Coolier - 新生・東方創想話

人間と妖怪の境界 幕 「バルトアンデルス」

2008/11/06 22:58:57
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※人間と妖怪の境界 其の壱~其の陸の続編にあたります。
 そちらを読んでいないとさっぱり内容が解らないと思いますので、お気をつけください。









――それは一羽の鳩だった。
僅かな糧を得る為に、小さな自分自身を代償にした、痩せこけた一羽の山鳩。

――それは、一体の人形だった。
人の弱さを許す為に、全ての業を抱えて流れていった、一体の流し雛。

――それは、一つの古時計だった。
求められることを求め続け、ついには塵山の頂に辿り着いた、古道具達の王。



まるで万華鏡のように、影は次々と輪郭を変えていく。



――それは一羽の雀だった。
歌うべき歌を忘れ、それでも聴き手を求め続けた、愚かで哀れな一羽の雀。

――それは一匹の鬼だった。
遠き日の恩に報いる為、ただ一度だけ人を喰らった、人の姿をした一匹の鬼。

――それは一輪の花だった。
儚さを呪い、理に逆らってまで咲き続けた、枯れることのない一輪の花。



鏡のような黒い壁に映し出されたその影は、走馬燈にように輪郭を変えていく。

――国の為に全てを捧げ、その国を追われた狐がいた。

――疫病に冒され、暗闇に自らを閉じ込めた蜘蛛がいた。

――迎えに来ることはないと解っている人を、橋の梺でいつまでも待ち続ける遊女がいた。

猫がいた。兎がいた。鴉がいた。蛇も、蛙もいた……。
一時も留まることなく、影はその輪郭を変えていく――。



――やがて影は、一人の女の姿をとる。
紫色のドレスを纏い、妖しく微笑む、私の姿に……。










「――そうそう、それでね。昨日はこんな夢を見たのよ」

私は蓮子に話りかける。

「……って。また夢の話なのぉ?」

不満そうな声を上げ、蓮子が真赤な苺を口に運んだ。

私の名前はマエリベリー・ハーン。蓮子は私のことをメリーと呼ぶけれど。
私達は、この昏い街で、オカルトサークルをやっている。その名も秘封倶楽部――命名は蓮子である。
そんな妖しいサークル活動を行う妖しい私達には、やっぱり妖しい力があった。
私の目には世界中の結界……つまり、境目が視えてしまうのだ。
元々うちの家系は霊感がある方だったようだけれど、特に私はその血を濃く受け継いだようで、そのせいで
周囲から孤立していた子供の頃の私は、この力を憎んだりもしたものだ。
でも彼女――蓮子に出逢い、そんな私の暗い子供時代は終わりを告げた。
蓮子にもまた、不思議な力があった。夜空に浮かぶ月と星を視て、今の時間と自分の位置を正確に
知ることが出来る能力――スターナビゲーションとでも言うのかしら?
私達は惹かれ合うように出逢い、そしてお互いを知った。お互いの能力を生かすことで、世界中の神秘に
触れることが出来ることを知った。
私は蓮子と出逢うことで、自分の力を憎まなくて済むようになったのだ。

「だから、楽しみに取っておいた苺を摘み食いされても、私は平気」
「むぐむぐ……悪かったわよ。そんなモノローグ付で、遠回しに責めなくったって良いじゃない」

顰め面をする我が親友。
でも、今言った言葉に嘘はない。
私のショートケーキの上に乗っていた可愛い苺を取られてしまったことは、それはやっぱり悔しいのだけれど、
蓮子には本当に感謝している。
そして時々不安になるのだ――もし彼女に出逢えなかったら、私はどうなってしまっていたのだろう……と。

「そんなことより、夢の話でしょ。昨日はどんな夢を視たの?」

自分のチーズケーキの一欠片を私のお皿に取分けながら、蓮子が促す。
そうそう、忘れるところだったわ。今日は私のカウンセリングをして貰う為に、こうして蓮子と
お茶しているのだっけ。私は蓮子の寄越した謝罪の気持ちを食べ終わってから、昨日視た夢の話を始める。

最近私は、よく夢を視る。不思議な世界を独りぼっちで彷徨う、そんな夢を。
蓮子が言うには、私の視る夢は普通の人が視る夢とは違うらしい。何が違うのか、私には良く解らないの
だけれど。とりあえず、夢の世界から持ち帰った湿気たクッキーなどを披露しつつ、事細かに視た夢の説明を
する私。最初は不満そうだった蓮子も、何時しか夢中で私の話に耳を傾けてくれる。



――これが私の、かけがえのない日常。

だから蓮子に話すことが出来なかった。
この夢には、本当は続きがあるのだということを……。



今日も私は夢を視る。不思議な世界を彷徨う私は、夢の終わりには何時も決まってその場所に辿り着く。
月も、星すらもない夜空のような、真黒い壁の前に。
黒い壁を覗き込んだ私は、其処に染みのような影を見付ける。最初雲のように曖昧だったその影は、
立ち尽くす私の前で、やがて決まった輪郭を持ち始める。
名画座の古い映写機に映し出されるように、次々と輪郭を変えていく影。
そして最後には、必ず私の姿を映し出すのだ。

「――貴女は誰?」

私は私に問いかける。

「――貴女は私なの?」

影だった私は応えない。ただ、その手に持った扇を揺らし、私を招くのだ。
越えては帰ることの叶わない、その境界の向こう側へと――。



その日、私は蓮子と喧嘩をした。
きっけかは些細な事だった。売り言葉に買い言葉……そんな例えでは済まされないような酷いことを、
私は蓮子に言ってしまった。
蓮子の哀しそうな顔を見た時、私は我に返り後悔した……大切な親友を傷付けてしまったことを。
そして恐ろしくなった――もし彼女に嫌われてしまったら、私はまた独りぼっちになってしまうんだということが。

今日も私は夢を視ていた。
夢の世界を、私は俯きながら歩いていた。あれ程までに美しく、刺激に満ちていた夢の世界が、
今日は酷く荒んで視えたから。
やがて私は、またあの黒い壁に辿り着く。其処に映し出される、次々と輪郭を変えていく影を、私はぼんやりと
眺めていた。
影はやがて私の姿を映し出すだろう。そうすればこの夢は終わり――憂鬱な現実の世界へと、私はまた
帰らなければならない……。



(――貴女はこちらに来るべきよ)



……今、初めて。
黒い鏡に映った私が、微笑みながら私に語りかけた――。





「……どうして? どうして私は此処に居てはいけないの?」

予想外の展開に驚きながら、私は私に問いかける。
(それは貴女自身が誰よりも解っていることでしょう?
 ――貴女のような力を持って生まれた者は、そちら側では決して幸せになれないからよ)
扇で口元を隠し、もう一人の私が言葉を連ねる。私には決して真似ることの出来ないその鋭い視線が、
私の心を掻き乱す。
(この境界を越えて行った者は、例えば人の身では叶わない望み願った者。
 例えば望みを叶えることで、人ではいられなくなってしまった者。
 例えば人の身では許されない望みを抱いてしまった者……その理由は様々よ。
 でも、貴女はその誰とも違う。貴女は人として生まれながら、人の領域には収まらない力を持ってしまった。
 人の世界に留まれば、何時か貴女は後悔するでしょう。
 だから、貴女はこちら側に来るべきなのよ。私達の、夜の世界に――)

私の目が、微笑む私の向こう側にその世界を視る。

鳩が、人形が、古時計が居た。
雀が鳴いていた。鬼が笑っていた。花が咲いていた。
この境界を越えていった者、その誰もがその悲しみや苦しみを忘れ、楽しそうに遊んでいた。

其処は正に、人ならぬ者達の楽園だった――。



(おいでなさい、私達の楽園に。誰もが焦がれる、この幻想郷に――)
私が私に手を差し伸べる。かつて私が求め続け、でも決して与えられることのなかったその手が、
今やっと、私の前に差し出される……。

「……もう、独りぼっちは嫌だよ――」

私こそが鏡に映し出された影だったように、私はその手にこの手を重ねた。
私は目を閉じる。瞼の裏側に、蓮子の哀しそうな顔が映った。

――そして私は……。















「……私は行きません」

――そして私は、重ねた手を解いた。

(――良いの?)
向こう側の私が、諭すように静かに私に問いかける。。

「うん……だって、蓮子を独りぼっちにする訳にはいかないもの」

今まで私を支えてくれた、かけがえのない私の親友。彼女だって。きっと私と同じ気持ちだった筈だ。
そんな彼女を置きざりにして、私が独りで行く訳にはいかない。

「あら……でも、そうすると、貴女はどうなるのかしら? 貴女は私なんでしょう?」
(……いいえ、私は貴女ではないわ――私はただ、貴女だったかも知れない一つの可能性に過ぎないの)

私の言葉に、彼女は静かに首を横に振る。

(私は隙間に潜む妖怪。隙間とは、何かと何かの間にあって、決して目を向けられることのない空間のこと。
 何かと何かの境界を越えて、私は何にでもなることが出来る。それでも私は、その何かの
 どちらでもないの……目を向けられてしまえば、隙間は隙間ではなくなってしまうのだから――)
私は何時でも、他の何かなのよ――私だったかも知れないその影が、少し寂しそうに微笑んだ。

――私は何時か、夢枕に母から聴いた、故郷に伝わる御伽話を思い出していた。
昔、ある一人の靴屋の夢に現れたその妖怪は、ありとあらゆる姿に変身して見せたという。
石像に、樫の木に、クローバーの畑に、桑の茂みに、絹の綴れ織りに……しかしその妖怪は、特定の
何かになることは、決してなかった。

そしてその妖怪は、生まれ付き口が訊けない者達と会話する方法を、彼に教えたという。
――彼らが口にすることの出来なかった、言葉に出来ないその想いを、誰かに伝える方法を……。



ぴしりと鋭い音がして、黒い壁に罅が走った。罅は伝搬し、やがて壁の表面を覆い尽くす。
現実と夢の境界が……私と彼女の、『人間と妖怪の境界』が壊れていく――。



「……また何時か逢えるかしら?」
私は彼女に問いかける。

(ええ、また何時か逢いましょう――)
罅と罅に遮られて、幾人もの彼女がそう応える。

やがて欠け墜ちた黒の隙間から、眩い光が差し込んだ。夢の終わりを告げる、清々しい朝の光が――。

崩れていく境界に背を向けて、私は再び歩き始めた。
現実の世界でも、まだ私に出来ることがある筈だ。まずは蓮子に謝らないと。
蓮子は許してくれるだろうか。
私のこの望みは、蓮子が待っているあの世界でも、叶えることが出来るだろうか……。





「……メリーだけ見てるなんてずるい!」

今日も私は、ショートケーキを食べながら蓮子のカウンセリングを受けていた。

「そんなこと言われてもねぇ……」

私は困惑する。一緒に世界の不思議を視て廻ることは出来ても、流石に夢の中までは……
それともこの子、私のベッドの中にまで潜り込んでくるつもりなのかしら?

私達は仲直りをした。
蓮子は実にあっさりと、私のことを許してくれた。そのささやかな代償として、今私のショートケーキには、
苺が乗っていないのだけれど……でも、私は平気です。

「そんなことより、カウンセリングでしょ」
「……これってカウンセリングなのかなぁ?」

蓮子は不満そうだが、私は構わなかった。何分暫く逢わなかったものだから、話したい夢の話が
沢山貯まってしまったのだ。
暖かい紅茶が冷えてしまう前に、それを蓮子に聴いて貰いたい。

私はまた、蓮子と歩み始める。
幾つもの境界を越えて、不思議な世界を彼女と一緒に視るだろう。
でも、もう迷うことはない。蓮子が隣に居る限り――彼女の目に月と星が映っている限り、私達はこの
かけがえのない日常に帰ってくることが出来るのだから。

――あの、月も、星すらもない夜空のような黒い壁は、もう壊れて消えてしまったのだから。

だから私は安心して、蓮子にこの夢の話をすることが出来る。





「昨日視た夢はね、一人の女の子の話。
女の子の住んでいる村は酷い飢饉でね、その女の子はおにぎりをお父さんに届けに行こうと
するんだけれど――」










    -バルトアンデルス。この名前は、《何時でも=他の=何か》
     ないし、《やがて=別の物》と訳される-

    ホルヘ・ルイス・ボルヘス『幻獣辞典』バルトアンデルス――より





                                                  人間と妖怪の境界 了
妖怪は良く、何かに化けます。それは、人間を騙す為であったり、或いは自分の正体を隠す為だったりします。
しかし、この妖怪の変身は、それらとは一線を画しています。

本性がないことが本性であり、変わらないことは変わり続けるということだけ...そんな不可思議な存在を、
今回は彼女に見立ててみました。

彼女が結局何者なのか...私達の知る八雲紫という妖怪なのか、それとも別の何かなのか。
それは、あまり考える意味のないことでしょう。



「正体不明な妖怪」達の正体を考えてみようと言うシリーズ...「人間と妖怪の境界」は、
これにてスペル・ブレイクです。
...ある意味、夢オチですねw

このような拙い作品を読んでくださった方、点数を入れてくださった方、コメントをくださった方に、
最大限の謝辞を。

本当にありがとうございました。
機会があれば、また宜しくお願い致します。



【追記】
皆様、過分な評価を頂き、ありがとうございます。

今更な上に蛇足ですが、思い出したことを一つ...。
この作品、「夢違科学世紀」(ジャケット)の物語をベースに、勝手な解釈をもとに、一部行間を埋めるような
手法をとって書かせて頂きました。
お手元に「夢違科学世紀」があれば、それと並べて読み比べてみるのも面白いかも知れません。

...いや、それだけなんですがw
plant
http://plant-net.ddo.jp/~gypsy/
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コメント



0.820簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
ぬぬぬ、バルトアンデルスが紫かどうかは隠したままですが。結局本物なのか偽者なのか……
今回の話でちょっとぷよぷよを思い出したのは内緒。
2.80煉獄削除
バルトアンデルスと聞いて某モグリの金を貸す魔術師を思い出してしまった・・・・。
まさか、再びこの名前を聞いて意味を即座に思い出すことになるとは。
面白かったです。
7.100名前が無い程度の能力削除
シリーズ通して読ませていただきました。最後はやはり紫かなぁ、と思いましたがなるほど、こうくるとは。
11.100#15削除
貴方に、最大限の賛辞を贈らせていただきます。

よく考えたら、タイトルの時点で確定していたのですよね、このラストは。
メリーには是非来て欲しくないものです。少なくとも、彼女と一緒にいる間には…

>バルトアンデルス
元ネタあったんですね、アレ。てっきり…
15.100名前が無い程度の能力削除
最後まで一気に楽しませて頂きましたー