「ねえ、大妖精」 と。
彼女は、唐突に尋ねてきた。
「なあに、チルノ」 と。
私は、すぐに答えてあげた。
彼女はこちらに体を向けながら、しかし、視線はこちらと交わらず宙に浮いている。
彼女の癖だ。どうやら言い辛いことについて話そうと構えている。
こういうときはいつも通りに静かに待つよりも、うながせた方がいいことを私は知っている。
「どうしたの、チルノ」
「うん……」
その真剣な表情に思わずこちらも身構える。
「ほかの奴らはあたいと遊んでくれないのに、どうして大妖精は遊んでくれるの?」
……なんだ、そんなことか。
言い辛そうにしていると思えば、そんな簡単なことだったのか。
全身にぴんと張った空気が柔らかくなるのを感じた。
そうして、すぐに私は言った。彼女の不安そうなその表情を私は何よりも嫌うから。
「それはね」
『どうして、彼女の周りには誰もいないんだろう』
花の妖精であるわたしはふとそんなことを考えた。
先ほど見かけた綺麗な氷の羽を持つ彼女、チルノに、わたしたちはいつも近づかないようにしていた。しかし何で近づかないようにしているのかがわからなかった。
しばらくその理由を考えてみると、彼女は妖精の中でも抜きん出た力を持っているからだと思い出した。そうだ、彼女はわたしたちとはひどく違うからだと教えられた。
さっきまで当たり前のように思っていたことをどうして今の今まで忘れていたのだろう、とまた考える。
今度はすぐに思い出せた。わたしが妖精だからだ。
妖精は頭が悪い、というより考えが浅い。楽しいことだけを考え、気の向くままに行動する自然の象徴だ。
だから、危険なものに近寄らないということを体では覚えていても、その理由までは覚えられなかったのだ。
わたしはこれでも他の妖精より多少は頭の回る方だったからか、考え事をよくする。そうして、様々なことを思い出す。
ああ、そうだった。チルノはわたしたちとは違うからだ。そう教えられたんだ。思い出せてよかった。
『……教えられたって誰に?』
また考える。このみんなよりも少しばかり働きのよい頭が恨めしい。こうして、いつもわたしは考え事を繰り返す。そうして、悩んでいる間にもみんなは楽しくおしゃべりをしている。
『妖精がいきなりいなくなるんだって』
風の妖精は噂好きの話好き。
『怖いなあ。誰がいなくなってるの?』
水の妖精は怖がりの知りたがり。
『ええと、誰だったかな。あの、色んなこと知ってるやつ。あと昔のことをすごく覚えているやつとか』
草の妖精は大げさで大ざっぱ。
『どこかへ引越したんじゃないかな』
大妖精は人気者で変わり者。
わたしもみんなとおしゃべりをしたい。早く思い出そう。
誰だ。誰だろう。誰だったか。おしゃべりを続けているみんなを眺めながら何とか思い出そうと頭は回り続ける。
ふと、視界の何かが引っかかった。
そうだ、彼女だ。
他のみんなも、わたしも、彼女にそう教えてもらったんだ。
『けれども、おかしいなあ……』
そう教えてくれた彼女は、わたしたちには近づくなと言っておいて自分はチルノと仲がいい。珍しくチルノを見かけるたびに彼女はすぐそばにいるのだから。
彼女は柔らかい性格のせいかみんなのまとめ役で人気者だ。だけど、そのせいで変わり者とも思われている。そうだ、また思い出した。
ふと、気が付けばその彼女以外はどこかへ飛んでいったようでいなくなってしまった。結局、おしゃべりはできなかったが丁度いい。
考え事にも限度がある。知らないことはいくら考えても思い出せない。
何でチルノと一緒にいるのか聞いてみよう。わたしは知らないことをなるべくなくしておきたい。そうすれば考えることも少なくなる。
ねえ、とわたしは彼女に話しかけた。
『何でチルノとよく遊んでいるの、大妖精?』
彼女、大妖精は少しだけ考えて言った。
『それって、どういうことかな』
『どういうことって……だって、あなたが言ったんじゃない。彼女はわたしたちとは違うから近づくなって』
大妖精は少しだけ目を細めた。そうして、わたしをじっと見つめてくる。
緑色に混じった青色がわたしを捉えて放さない。
その目が、普段は見慣れているはずの大妖精の目が、何だか少しだけ怖くて、わたしは知らずに震えていた。
『例えばね』
大妖精はこちらに背を向けて語り始めた。
『一本の木があったとして。その木の一部の枝が傷ついていたら』
大妖精は出来の悪いわが子に諭すような調子で言った。
『そのままにしておいたらどうなるか知ってるかな。傷が全身に移るんだよ』
大妖精は少しだけ顔をこちらに向けた。
『そうなったら大変だから、人間だったらその枝を切るんだよ。傷が広がらないようにね』
大妖精は目を静かに閉じた。
『でもそれっておかしいと思わないかな。頭のいいあなたならわかると思うけれど』
大妖精は髪を躍らせた。
『そう。その枝が咲かせるはずの花が死ぬ。その枝の可能性がなくなってしまう』
大妖精は空気を鳴らせた。
『そんな枝を切ってまでどうして木を守ろうとするんだろうね』
大妖精は風を抱いた。
『それはね、価値観の問題なの。ちょっと難しいかな。でも聞いてね』
大妖精は視線を交わした。
『枝を切る人は木が枝よりも大事なんだよ。だから木を脅かす枝を切る。自然だね』
大妖精は深く頷いた。
『でもなるべくなら枝を切りたくないと思わない? 面倒だし、枝にだって木ほどではないにしても愛着もあるだろうし』
大妖精は大地を蹴った。
『じゃあ、枝を切らないようにするにはどうすればいいと思う?』
大妖精はわたしの前に立った。
『そ……そんなこと、わたしにはわからない。あんまり頭、よくないし……』
『嘘』
まばたきの間もなくわたしの返答を大妖精は否定した。
またあの目がわたしを縛る。今度は自分が震えているのがよくわかった。怖い。怖い。怖い。怖い。
『あなたは頭がいいからわかるはずだよ。よおく、考えて。じっと、考えて。わかるはず。わかるはずだよ』
大妖精は念を押すように、重く耳に押し込むように、言葉を紡いだ。
わたしはなんとかいつもは恨めしかった働きのよい頭に答えを探すよう命令し続けた。そうして、願ったとおりの働きをわたしの頭はしてくれた。
彼女に恐る恐るわたしは言う。
『え、と。枝に傷ができないようにする、とか……』
『うん、正解。傷さえできなければ切る必要もないよね』
でも、と大妖精は言葉を切った。
耳には風を音が響く。肌は少し冷たくなり、空は重量を増していた。
『もっといい方法もあるんだよ。何だと思う?』
『……わ、わからないよ』
彼女は、そうだろうねと頷いた。
『わかっていたら、私にそんなことを聞くはずがないもの……』
そんなこと? そんなこととは一体どのことだ。
悲しそうに言う彼女にわたしは聞いた。聞いてしまった。
『どういうこと……?』
『じゃあ、答え合わせの時間』
大妖精は何を思ったのかわたしの背中に回った。
『傷さえなければ枝はそのままでいいと思うよ。けれどね、いくら注意を払っても、いつかは傷ができてしまうかもしれない。そういう可能性をなくすためにどうすればいいか、答えは簡単』
背中に何かが当てられる。
一体どういうことかと振り向こうとした。
『木からね、枝をなくせばいいんだよ』
気付けば、わたしは倒れていた。
体が熱い。吐き気がする。頭も痛い。羽は動かない。
そして、何よりもわたしの中から何か大事なものが抜け出ていくことを感じた。
倒れたまま上を見上げると、そこには大妖精がいた。ひどく澄んだ表情だった。あらゆる色を混ぜ合わせ、最後には色という色が抜け落ちてしまったような、透明な顔だった。
『な、んで……』
こんなことをするの、と続けようとしたが上手く口が回らない。それに呼応するように先ほどまでよく回っていた頭も今はぼんやりと熱に侵されている。
『まだわからないんだね』
わたしの言葉に大妖精は首をふった。そして、目線をわたしと同じほどの高さに下げ、ささやくように優しく優しく言ってくれた。体の震えはいつの間にか止まっていた。
『木はチルノ』
わたしにはわからない。
『枝はあなたたち』
わたしにはわからない。
『枝を切るのは私』
わたしにはわからない。
『傷は、恋慕』
わたしには、わかった。
また、思い出したから。
妖精が突然いなくなるという噂。いなくなる妖精はどういった特徴だったか。そうだ、思い出した。頭のいい奴らだった。
頭のいい奴らはいずれ、理由を思い出す。チルノを避けるその理由を。
思い出したらどうするか。
そうだ、そうだ、大妖精に聞くに決まっている。どうして、と。力はあってもやはり同じ妖精じゃないか、と。
そうして、放っておいた枝はいずれ傷ができる可能性を秘める。
そうだ、そうだ、そうだ、そうだ。ようやく、思い出した。
『わかったみたいだね』
大妖精は呟く。
『枝は花を咲かせる前に切らないと木が駄目になってしまう。……そういえば、あなたは花の妖精だったね』
そう言い残して、彼女はどこかへ行ってしまった。
一本の枝は花を咲かせる前に切られて、消えた。
「それはね、チルノが大事だからだよ」
私の答えに彼女は少しだけ考えて、それから言った。
「それだけ?」
「それだけ」
「ふうん……じゃあ他の奴らはあたいのことが大事じゃないのかなあ」
「……チルノは私が大事?」
「うん、大事」
「なら、それでいいと思うよ」
「そっか。いいんだね」
彼女は満足そうに頷いた。
そうして私たちはまた湖で遊ぶ。
浮かぶ波紋は二つだけ。騒ぐ声も二人だけ。
だけど、私たちにはそれだけで十分なのだから。
ずっとずっと私が大事にするからね
ヤンデレいいよね。見てる分には。
まぁそんな所も可愛いのですが。
歪故に世界は完結するのかと。
この微妙な背徳感が。
大妖精怖いw
こんな愛情も悪くない。
魔理佐ひでえw
あとがき自重wwww
しかしいいヤンデレでした。怖いだけじゃなく、共感できる部分もあるのが素敵です。
ダークな大ちゃんもたまにはいいものです。
>『そんな枝を切ってまでどうして木を守ろうとするんだろうね」
>『それはね、価値観の問題なの。ちょっと難しいかな。でも聞いてね」
この2か所だけ閉じ括弧が二重になってませんよー。
言葉の選び方がかっこいい。
その一点だけでも超好みだ。
怖っ!dieちゃん怖っ!
でも大ちゃんは可愛いはずだ…うん。
あとがきはいつも通りの二人だから何も言う事はないか…