風に、花の匂いが混じり始める。
いつもとは違う景色だ。遠出をしてよかった、と咲夜は思った。
午後の茶会を終えた後の、散歩の時間だ。眼下に、黄色く輝く向日葵畑が見えた。
「まあ、見て、咲夜」
「綺麗ですね、お嬢様。一本切り取っていきましょうか」
レミリアと咲夜、ふたりの主従は花畑に降り立つ。
「そうね、その方が楽しい運命になりそう」
レミリアの口調は何気ないものだったが、咲夜は何か引っかかるものを感じる。
「楽しい? お嬢様が?」
レミリアは見た目、人間の十歳前後の少女にしか見えない。フリルをふんだんにあしらった、淡いピンク系の服装でまとめている。水色の髪の毛も、見とれるほどに艶やかだ。
「うん。楽しい」
「何かそんな運命でも見えましたか」
「何も。そんな運命は見えないよ。ここにだって初めて来る」
「じゃあなぜ……」
そこで、咲夜は言葉を止めた。突然、近い位置にひとの気配を感じたからだ。背後を振り向くと、さほど遠くないところに緑色の髪の少女がいた。ブラウスの上に、上下揃いの赤いチェックのベストとスカートを身に付けている。
日傘を差している。レミリアのものより一回り大きく、遥かに優美な日傘だ。
「こんにちは」
少女は微笑み、一礼する。咲夜も礼を返す。
「あら、こんにちは。どこかでお会いしましたよね。確か、花の異変の時に」
「咲夜、知り合い?」
「ええ、まあ」
「見た感じ、すごく嫌な奴に見えるけど」
「ええ、まあ」
少女はクスクスと笑う。
「散々な言いようね。私はあなたのことなんかすっかり忘れてしまったというのに」
「お嬢様、これが楽しい運命ですか」
「そんな気がしたんだけれど。違ったみたい。こいつとは気が合わないわ」
「同感ね。花に傷をつける気なら、向日葵にするわ」
少女が日傘を銃口のようにして、ふたりに向ける。
(こいつは、格が違う)
身構えながら、咲夜は瞬時に理解した。花の異変の時は、向日葵畑は通りすがりだったし、咲夜自身あの狂い咲きの幻想郷に心を奪われていたこともあり、あまりこの少女と深くは関わらなかった。ただ、彼女があの異変で誰よりも愉快そうに暴れ回っていたのは確かだった。巫女も天狗も閻魔も、最後には彼女に辟易していたようだ。
名前は知っている。
風見幽香。
「あなたの弾幕、見てみたい気もするけれど、今日はいいわ」
レミリアは両手を後ろにやって、少女に背を向ける。
「あら、逃げるの? 吸血鬼」
「気が進まないのよ。咲夜」
「あら、花はもういいんですか?」
「うちのドライフラワーの方がまだマシよ。紅魔館に戻るわ」
「はい、お嬢様」
ふたりは浮き上がる。たちまち花畑は遠ざかる。もう、風見幽香の影も見えない。
「どうしたんですか、お嬢様。あそこまで挑発されて何もしないなんて、珍しいですね」
「ひとを何だと思っているのよ。だいたい、私はちょっと遊べばいいと思っていたんだけど、あの女、最初から飛ばす気でいたんだもの。付き合っていられないわ」
「へえ、そういうものですか」
久々に強者同士の弾幕合戦が見られるかと、少し期待していたので、咲夜は拍子抜けした。だが今日は珍しくレミリアの機嫌がいい。それだけで咲夜は十分だった。
幽香は地面に横になり、空と向日葵を眺めていた。どうにも気分が落ち着かない。そわそわする。起き上がって、花の世話をしようともしたが、如雨露に水を汲むのさえ煩わしく思えて、やめにした。
「ああ、駄目ね、こういう日は。昂って仕方ないわ」
数時間前にメイドと吸血鬼が飛び去った方の空を見る。
「紅魔館、ねえ」
ぽつりと呟く。自分で考えた思いつきに、ひとりでに笑みが浮かんだ。
階段を降りる音がする。こつ、こつ、と控えめで規則正しい音。青いスカートをちょっとつまんで、遠慮がちに階段を降りていく。そんなアリスの姿を、パチュリーは目の前に描くように、想像できた。
扉がノックされる。
「入って」
パチュリーの言葉で鍵が外れる。金髪碧眼、西洋人形を思わせる服装に身を包んだ少女、アリス・マーガトロイドが現れた。
パチュリーは息を呑む。最近アリスを見るたびに、こうなる。今日もアリスはいつもの格好だ。特別な装いをしているわけではない。それなのになぜ彼女が目の前に現れることが、これほど自分を悦ばせるのか、パチュリーにはわからない。
「こんにちは、パチュリー」
アリスの声は明るい。だが、動きに少し固さがある。その固さをほぐすために、ことさら明るい声を出しているようにも見える。
「さっき小悪魔にお茶を入れさせたから、もう少し待ってもらえるかしら」
「ええ、ありがとう」
アリスは微笑む。やはり、どこか固い。かといって偽りの表情というわけではない。
「なかなか時間通りにはいかないわね。正確に合わせようとしても、すぐにずらされるから。タイミングよくお茶を出すのは難しいわ」
「ずらすの? あのメイド」
「まあ本人は必要にかられて微調整しているんでしょうけど。きっと館の管理は大変なのよ。そんなことより、これ、この前借りた本。〈百年の孤独〉」
パチュリーは分厚い革表紙で装丁された本を机に置く。アリスは傍にある椅子を引き寄せて、机を挟んでパチュリーの正面に座った。アリスの髪が揺れ、香料の匂いが漂い、パチュリーの鼻をくすぐる。ここに来る前に、家で香料を髪に振りかけていたアリスの姿を、パチュリーは想像した。
「読んだ? どうだった」
「興味深い点がいくつかあったわね。ホセ・アルカディオ・ブエンディアが臨終の際、自分の寝室が無限に分裂した迷宮をさまようところ。他の部屋に居ついてしまったら、今までいた世界からは切り離される、つまり死ぬ。これは分岐可能な世界の終焉の形ね。ウルスラは当初から大地の恵みを受け継いだ巨大な母として君臨し続けるけれど、マコンドというひとつの世界が終息へ向かうにつれ、縮小していき、最後には何もわからない小人になった。また、最後のアウレリャノが読んだ、メルキアデスの残した羊皮紙には百年間、細部を微妙に異にしつつループする物語の……」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってパチュリー」
アリスに語りを中断され、パチュリーは戸惑った。これをパチュリーに貸したということは、アリスはアリスなりにこの物語に深い洞察を加えているはずだ。彼女ならば、レミリアや小悪魔と違い、パチュリーの話を聞き流したり感心したりするだけでなく、相互に意見を交わし、話題を深めることが可能だと思っていた。
「何? あなたは、この物語を幻想郷に照らし合わせて読んだんでしょう。それとも、自分じゃさっぱりわからないものを、埃をかぶっていたという理由で私に貸したの」
「いや、そうじゃないの。そうじゃなくて」
アリスは人差指をこめかみに当てて、目を閉じた。そして、目を開く。
「そう、こう言いたかったの、私は。『おもしろかった? パチュリー』って」
「ええ、おもしろかった」
即答した。アリスは顔をほころばせた。もう、固さはとれていた。
「よかった。私、それがはじめに聞きたかったの。あなたにつまらない時間を過ごさせてしまったかと思うと、気が気じゃなくて」
「じゃあそう言えばいいのに」
「言う前にあなたが内容の話をし出すから」
「それで、おもしろいかおもしろくないか聞くために、あなたはわざわざ魔法の森から湖を越えて、紅魔館くんだりまでやってきたの」
「そんなはずないでしょう。あなたの言う通りよ。私は、幻想郷の話をしに来たの」
そう言って、中を開こうと本に手を伸ばす。皮表紙の上で、同じく本を手に取ろうとしたパチュリーと、手が触れ合った。アリスは慌てて、パチュリーはさりげなく、ふたりとも迅速に手を引く。
「いいよ。あなたのだから」
パチュリーに促されて、アリスは本を手に取る。
「今のあなたの話から始めましょうか。たとえばこの本の最後のくだりなんだけれども、『予言の先回りをして、自分が死ぬ日とそのときの様子を調べるために、さらにページを飛ばした。しかし、最後の行に達するまでもなく、もはやこの部屋から出ることはないと彼は知っていた』……」
「『なぜならば、アウレリャノ・バビロニアが羊皮紙の解読を終えたまさにその瞬間に、この鏡の、蜃気楼の町は風によってなぎ倒され、ひとびとの記憶から消えることは明らかだったからだ』……」
ふたりは、本を交互に読み合いながら、話す。
途中、小悪魔が入って来た時も、ふたりはずっと話していた。
「あ、あの、お茶の時間です」
小悪魔にはさっぱりわからない話を熱を込めて話し合っているふたりの、邪魔をしてはいけないと思いつつも、声をかけないわけにはいかない。
パチュリーは、ふたつのカップが乗ったトレイを持って、傍に立っている小悪魔をちらりと見る。ブラウスに赤いネクタイ、黒のベストにスカートをきっちり着こなしている。幻想郷では珍しく、眼鏡をつけている。
「ありがとう、小悪魔。そこに置いてて」
「どうもありがとう、小悪魔さん」
「いいえっ、とんでもない」
小悪魔はトレイを机の脇に置いた。用意された角砂糖とミルクがひとりでに浮き上がり、カップの中に混ざり込む。カップが浮き、アリスの前に置かれる。
「あなたはミルクいらないんだったっけ」
「ええ」
今度は小さな人形がカップを持ち上げ、角砂糖を混ぜて、パチュリーの前に置く。ふたりは一口、二口すすって、また話しだす。小悪魔は部屋を出て、扉に背中をもたれかけさせ、ため息をついた。
「割り込む隙がないなぁ……」
アリスが紅魔館の門を通った時は、もう日が暮れようとしていた。門の横には、昼間と同じく、緑のチャイナドレスをまとった妖怪がいる。
「お疲れさま、美鈴」
「あ、アリスさん。どうも、お疲れさまです」
美鈴はにこやかに微笑むと、ぺこりと頭を下げた。肩までかかる赤い髪が揺れる。
「お昼からずっとパチュリー様と話されていたんですか?」
「ええ、うん、まあ、そうなるわね」
「すごいですね、私、パチュリー様と話し始めると五分で眠くなりますよ」
言って、快活に笑う。その笑った目元に赤いアザができているのを、アリスは見つけた。
「あら? そこの傷、昼にはなかったわよね」
「ああ、ちょっとひと仕事しましたので。蟲と宵闇の妖怪がいっぺんにやってきたので、大変でしたよ。でももう問題ないです。それにしてもよく気づきましたね。私、結構傷だらけだから、新しく傷ができても普通なかなか気づけないはずなんですけど」
美鈴の言う通りだ。アリスはこれまでに何度か紅魔館の門で紅美鈴と顔を合わせたことがあるが、毎回、顔だけでなく、腕や足にもひっかき傷や打ち身の傷がある。包帯を巻いていることも珍しくない。
「あと、ここにも傷できたんですよ」
そう言って、スリットの入ったスカートをたくしあげて、太ももの赤く腫れたところを見せる。治療が施されているようではあったが、何やら獣の噛み跡のように見える。
スタイルいいな、とアリスは思う。背も高いし。
今、アリスが新しい傷にたまたま気づいたのは、美鈴の笑顔を見ていたからだ。
紅魔館に住んでいて尚、こういう笑顔ができるのかと、感嘆していたからだ。
単純に能天気なのか、底なしにタフなのか、どちらかだろうとアリスは思っている。
「門番の仕事も結構ハードなのね」
「ま、これでご飯食べさせてもらってますから」
「それじゃあ、私は帰るわ。気をつけて」
「はい、アリスさんも、気をつけて」
アリスは空を飛んだ。紅魔館が離れるにつれ、何か重たいものが背中から剥がれ落ちていくように感じる。
パチュリーとこうして話せるようになったのは、最近のことだ。出会った当初は、何かにつけて目的がかち合って、何度も弾幕を交わした。
時間が経つにつれ、アリスはパチュリーの持つ魔法の種類や、パチュリー本人の性格にも興味を抱くようになった。しばしば本の貸し借りや魔法の実験を理由に、自分を紅魔館に招いているところからして、おそらくパチュリーも似たような心境であろうと、アリスは思っている。
ただ、ひとの本心というのは決してわからない。はじめは心から招待していたとしても、それは途中で後悔の念に変ってしまうかもしれない。自分の、パチュリーに対する興味がどんどん膨れ上がってきているのを自覚しているアリスは、必ずしも相手はそうではないと、ブレーキをかけるのに必死になっていた。
そうしなければ、どんどん行ってしまう。パチュリーとの逢瀬は悦びでもあったが、耐えがたい重圧でもあった。
本一冊貸すのも、勇気が必要だった。
気に入ってくれたようで、嬉しかった。
今回の〈百年の孤独〉は、アリスは明確な誘導目的があって貸したわけではない。おもしろいから読んで欲しいと思ったのが半分、幻想郷の仕組について話し合いたいと思ったのが半分だ。アリスもパチュリーも、生まれてまだ百年そこそこしか経っていない。幻想郷にやってきたのはさらに短く、十年にも満たない。八雲紫や博麗霊夢と言った、幻想郷の根源に関わる者に聞いた方が、答えにはより近づけるかもしれない。だが、答えだけ聞いても何の意味もない。だいたい、紫や霊夢と話していても、アリスはまったく楽しくなかった。彼女らはノリで会話をするので、理詰めでそれを追っていくと疲れるのだ。理がないのではない。伝達に適した形に情報を落としこむようなフォーマットを、紫も霊夢も使いたがらないのだ。もちろん、言葉イコール伝達でないことは、アリスも承知している。スタイルの問題だ。言葉イコール意志なのか、イコール力なのか、イコール世界なのか、どれかひとつというわけでもなく、それは使い手によって決まる。
たとえば霧雨魔理沙の言葉の使い方は、アリスがもっとも忌み嫌うものではあるが、魔理沙が言葉と非常に相性がいいというのは、認めざるを得なかった。嘘、偽り、叫び、思いつき、そしてパワー。それが魔理沙の言葉だ。
自分には持てないし持ちたくもないものばかり、魔理沙は持っている。
パチュリーは違う。
自分と似ている。
ただ、もっと関係性の中にいることを好んでいる。魔法の森で、ひとりで暮らす自分とは違って。
もう、紅魔館も小さく見えるばかりになってしまった。
あの館は、他者を拒絶する。
パチュリーに招待されて中に入ったはいいが、好戦的になった妖精メイドに散々弾幕を浴びせかけられたことは、一度や二度ではない。しかも割と強い。ひとを傷つけることに、彼女らは無頓着のようだった。
だから、紅美鈴のように気楽に話をできる存在は貴重だった。初対面の時、弾幕勝負を挑まれた。ただの遊びで、双方怪我もなく、心地よい疲労とともにそれは終わった。アリスが勝ちはした。だが、体術では勝てる気がしなかった。複数の色の弾を使って構成される虹色の弾幕も、見た目、威力ともにかなりのものだ。もちろん、魔法使いであるアリスに比べれば遥かに拙いものではあったが、その辺の妖怪では太刀打ちできないだろう。
それなのに優しい。
侵入者にもっとも厳しくあるべきはずの門番が、一番優しい。
不意に、空気が揺れた。地鳴りだ。アリスは小さくなった紅魔館を振り返る。多分、あそこからだ。
パチュリーは本を閉じ、立ち上がった。
そろそろか、とは思っていたから、さほど煩わしさは感じない。いつものようにするだけだ。
「小悪魔」
「はいっ」
呼ぶとすぐに来る。
「咲夜を呼んで。打ち合わせをするわ」
「あの、これって、やっぱり」
小悪魔は不安そうに眉をひそめる。
「妹様に決まっているでしょう。今まで何度も遭っているんだから、いい加減慣れなさい」
「はい。申し訳ありません」
肩をすくめる。すごすごと退室しようとする小悪魔の背中を見ると、パチュリーは意識しないうちに言ってしまっていた。
「あなたがしっかりしていないと、皆、動揺してしまう。頼りにしているのだから、しっかりなさい」
「あ……」
喜色を浮かびかけた小悪魔に、ぴしりと言いつける。
「さあ、早く!」
小悪魔が部屋から出て言った後、パチュリーは奥の部屋に入った。
そこには様々な魔道具が置かれている。一見、ごちゃごちゃと雑多なものが入り混じっている印象があるが、どこに何があるか、パチュリーは熟知している。どんな魔法を作るのにも柔軟に対応できるよう、合理的な配置になっている。
今回のケースでは、水符を用いる。すぐにでも準備に取りかかれるよう、魔道具を素早い手つきで取り出し、並べていく。あとは陣を敷くばかりとなった時、扉がノックされた。
「時間通りね」
扉を開けると、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が立っていた。
「この館ではあなただけが時間を好きにできる。待ち合わせに便利ね」
「来訪者に適切なタイミングでお茶を出すことができるのも、私だけですね」
咲夜はからかうように微笑む。パチュリーは目を細める。
「咲夜」
「あら、そんなジト目で見られても困りますわ。それで、配置の件ですけど」
咲夜は館の見取り図を机の上に広げる。
「今回は地下三階の第二回廊、食糧貯蔵庫側の床から侵入」
「あなたがここで悠長に作戦会議できているということは、網にはかかったってことね」
「ええ、パチュリー様のおかげです。今、地下三階は五秒で行ける距離を、五分かけなければ進むことはできません。」
「色々とやってみるものね」
咲夜の時符プライベートスクウェアを、パチュリーの魔法で瓶に閉じ籠めて、館、特に地下に数多く配置した。タネが割れてしまえば迂回することはたやすいが、興奮したフランドールならそもそもその存在に気づかない。
「まあ、妹様なら地下三階を行くのに五秒とかからないだろうけれど。目くらましにかかってくれるといいわね」
「天井を壊して上に行かれたら終わりですからね」
ふたりは無駄口を叩いているわけではない。話しながらも、ふたりの手は見取り図の上を素早く動き回っている。パチュリーの机上の提案と、それに対する、現場をよく知る咲夜の判断が、無言のうちに交互に行なわれている。
「さあ、それじゃあ今回もさっさと終わらせるわよ。いつものように、この部屋を一階に転移させて。作戦本部室にするわよ」
「了解しました。パチュリー様、ひとつ」
「何? 時間がもったいないわ」
「少し操作しますのでお付き合いください。お嬢様のことですが」
「レミィなら、部屋でしょう」
フランドールが暴れ出すと、レミリアは部屋に行く。もしくは、咲夜を呼び出して外に出る。
そういう時、行先はたいてい博麗神社だ。
以前はよく、レミリアが直接暴れるフランを押さえつけていた。姉妹が衝突すれば、紅魔館は無事では済まない。いつもひどい有様になる。強い者と相対すれば、フランはますます興奮して手がつけられなくなるので、レミリアが出張った時が一番周囲の被害が多いのも確かだ。レミリアがフランと会わない、というのは賢い選択だ。それでも尚、咲夜は納得できないものを感じていた。
「お嬢様を、お連れすべきではないかと思うのです」
「平時ならともかく、今のフランとレミィが顔を合わせたら大変なことになるわよ」
「そう言って避けることがそもそもの原因なのでは?」
「レミィが逃げているって言いたいの」
「語弊を恐れずに言えば、そうです。パチュリー様がすぐにその言葉に思い当ったのも、今のお嬢様の行為がそれに近いものであると、どこかで感じられているからではありませんか」
「物事に終始アグレッシブに挑み続けるレミィという図は、ぞっとしないわね」
「パチュリー様、茶化さないでください」
「わかっているわよ。あなたは博麗霊夢の話をしているのでしょう」
咲夜はうなずく。
紅魔異変があってからというもの、レミリアは頻繁に博麗神社に出かけるようになった。紅魔館の中でその話をすることもあった。
「妹様は、レミィが博麗霊夢に取られたと思っているのかもしれないわね」
「とにかく、一度お嬢様に話をした方がいいと思います」
「あなたは、直接そのことを話したことはあるの?」
「何度か」
「レミィの反応は? まあ、どうせはぐらかすだけだったんでしょうけど」
「そうです。実際にこういう状況にならないと、お嬢様の真意は測れないと思います」
パチュリーは奥の部屋へのドアを開ける。
「その件は好きにするといいわ。私は雨を降らせる」
美鈴は、急激に黒ずんでいく空を見上げた。
「あら、雨」
手のひらを広げて、雨粒を受け止める。
「まるで急かされて、慌てて降ったみたい。空の気が乱れている……」
ひとり呟き、紅魔館を振り向く。
「そうかあ、フランドール様か」
不自然に天気が悪くなる時は、パチュリーが何かした時だと相場は決まっている。以前にも、紅魔館が滅茶苦茶に破壊されて、門番の美鈴まで応援に駆り出されたことが何度かあった。その時に、レミリアの妹の姿を見た。一度か二度だ。正直、思い出すと背筋に冷たいものが走る。
レミリアと向かい合った時も、そのにじみ出るオーラに当てられて、体の芯が痺れてしまうような感覚があった。だが、レミリアはそれをうまく統御しているようだった。確かにレミリアはやることなすこと幼く、紅魔館のみならず幻想郷中を引っかき回すことしばしばだが、それでも彼女自身の力は、彼女の意志の制御下に置かれていた。
気を操る美鈴にはよくわかる。レミリアは、気の流れが安定しているのだ。
フランはもっと剥き出しだった。抑えきれないものが、絶えず噴出している感じだった。危ない、と思う。
レミリアは、気紛れに意図的に殺す。
フランは、一生懸命に無意識に殺す。
雨が強くなる。
しばらく騒がしくなりそうだ、と美鈴が覚悟を決めた、その時だった。
悪寒が、美鈴の全身を包み込んだ。
紅魔館へ向けていた視線を、ただちに門の外へ戻す。
誰かが傘を差している。こちらへ歩いてくる。赤いチェック入りのスカートが、揺れている。
「こんにちは、遊びに来たわ」
美鈴の足は震えていた。誰何の声を上げようとしたが、舌が喉にはりついている。
「あ……がっ……」
「ここには、綺麗な花がたくさん咲いていると聞いたから」
目を見開く。しっかりと相手の姿を捉えようとする。今はのろのろとした歩みだが、いつ飛びかかってくるかわからない。
喉元に刃を突き付けられている気色がする。
「震えるなッ! 足!」
気を込め、太ももを叩く。震えは収まった。腰を低く落とし、左半身を前へ、右半身を後ろへずらす。
「はああああああああっっっ!!」
腹の底から声を上げた。
(よし、声は出る。行ける。咲夜さんに睨まれたら声も出なくなるんだ。それに比べたら!)
緑の髪の少女が近づく。威圧感は増していく。
「何者だ! 止まれ!」
右の拳に気を集中させる。もう少しで射程距離に入る。
あと三歩。
「この紅魔館に入ろうとするなら、まず私を倒してからにしなさい!」
あと二歩。傘の少女は歩みを止めない。
「私は紅美鈴。この館の門番よ」
あと一歩。入った。
少女は相変わらずのんびりと歩いている。
美鈴の構えは変わらない。ただ、右手に集めた気が、拡散していく。とどめようと思っても止められない。
雨は強くなる一方だ。傘の少女は、美鈴のすぐ真横を通り過ぎる。
「お勤め、ご苦労さま」
すれ違いざま、声をかける。
恐怖だった。極大の恐怖が、美鈴の動きを完全に殺していた。傘の少女の足音が背後に遠ざかり、館の扉が開く音を聞きながら、美鈴はその場に両膝をついた。雨でぬかるんだ泥が跳ねる。
「あ……そ、そんな……」
両手をつく。また、泥が跳ねる。悔しさよりも先に、恐怖から逃れた安堵が勝った。
「ば、馬鹿な……」
一瞬だけ、傘の少女と目が合った。その一瞬で自分が感じたものが、今でも信じられない。
フランドールを見た時にも感じなかった、突き刺すような威圧感が、美鈴を打ちのめしていた。
レミリアを見た時にも感じなかった、大きく安定した気の流れが、美鈴を打ちのめしていた。
咲夜はレミリアの部屋の前にいた。そこでわずかの間、逡巡した。その後でノックをした。
「入りなさい」
レミリアはテラスに出て、雨に閉ざされた空を見ていた。
「せっかく、今夜は綺麗な空になるはずだったのに。パチェが台無しにしたわね」
「お嬢様、地下でフランドール様がお呼びです」
「私は呼んでいないわ」
「今日はこの雨です。もう神社へは行けませんよ」
「行かないわ。ここで寝てる」
テラスから部屋に戻る。ベッドに向かうと、咲夜が立ちはだかる。
「お嬢様」
「あのね、咲夜。私はあいつと会いたくないの。そういう気分なの。会いたくなったら会うわ。それだけ。別に仲が悪いわけじゃない。あんたたちが心配することじゃない」
「私は人として生まれました。だから、これは人としての感傷として受け取られても構いません」
咲夜とレミリアは、瞬時に部屋の外に出ていた。咲夜が時間を止めて、レミリアをつれて移動したのだ。レミリアは驚かない。
「私は、争わずに、仲睦まじく話すおふたりの姿を、また見たいのです」
「時々夜食には呼ぶでしょう」
「あれはフォーマルな行事です。お嬢様も、そういう態度でフランドール様に話しかけられる」
「そうかな。そう見える? だったらプライベートってのは、あんたに見えないところで話すことなのね」
「それでもいいですよ」
「だったらどうやって確認するの」
口を尖らせる。
「では時間がありませんので、その質問はまたの機会に」
レミリアの視界は次々と切り替わる。逆らおうとはしない。
気づくと地下三階にいた。目の前は、粘り気のある黒い霧が立ち込めている。その中に、赤い服を着た金髪の幼い少女、フランドール・スカーレットがいた。赤く輝く巨大な剣を振りかぶっている。レーヴァテインだ。おそらく時間の進みが遅いのに苛立って、てっとり早くこの周囲を破壊しようという考えになったのだろう。
「何気にギリギリだったようです」
「この霧は?」
「私とパチュリー様の特製です。時水符・プライベートミスト。解除するとフランドール様の時間も元に戻りますがよろしいですか」
「早くやって」
霧が消えた瞬間、レーヴァテインが怒涛の勢いで迫ってくる。咲夜にこれを受け止めるすべはない。かわすしかない。しかし咲夜は動かない。
レミリアの手に、ひと振りの槍があった。
「おはよう、フラン」
「あれ、お姉様?」
その時点で、フランにもはや戦意はなかった。だが勢いは止まらない。
剣と槍がぶつかる。暴風が、地下三階を吹き荒れる。天井、壁、床、所構わず亀裂が走る。レミリアとフラン、そして咲夜だけが、暴風吹き荒れる中、微動だにしない。
「どうしたの、お姉様」
レミリアは槍を消した。
「それを仕舞いなさい、フラン」
「わあ、自分がきちんと先に仕舞ってから言うなんて、なんだかおかしいんじゃない、お姉様」
「そうよ、今日の私はおかしいのよ。あなたと同じぐらい」
「私ってそんなにおかしいかな」
「情緒不安定なのよ」
レミリアは咲夜を見た。
(これでいいの?)
と、その目は言っているように、咲夜には見えた。
「私はお邪魔のようですね。それでは失礼します」
「そ。咲夜は邪魔なの。珍しいね、お姉様とふたりきりなんて」
レミリアはフランの手を引き、歩き出す。その先には、さらに下へ行く階段がある。
「私はこれで失礼しますけれども、その前にお嬢様、どちらに行かれるかだけ、お聞きしてもよろしいですか」
「フランの部屋でちょっと遊んでくる。その後、もう少し下に行く」
「もう少し……?」
「ああ、パチェならよく知っているんだけど。……いや、あんたも何度か行ったことがあるよ。現実との境界があいまいだから、私もあまり立ち寄らないようにしているけど、境界線上で遊ぶ分には構わないでしょう」
「どこでもいいよー、お姉様と遊べるなら」
レミリアが蝙蝠になると、続いてフランも蝙蝠となり、階段を降りていった。咲夜はふたりが見えなくなるまで、頭を下げて見送っていた。頭を上げた時、その目は、赤みがかっていた。
時を止め、一階のパチュリーの作戦室に行く。パチュリーは目を細め、眉間に皺を寄せ、魔道具を漁っている。かなりひどい形相だ。だが、自分も似たような表情をしているのだろうと、咲夜は思う。
「パチュリー様」
「ええ」
手をまったく休めず、パチュリーは応える。
「来るわ、咲夜」
「お嬢様とフランドール様は地下へ遊びに行かれました」
一瞬、パチュリーの表情に和らぎが戻る。またすぐに表情を険しくして、魔道具の山と格闘する。
「絶対にあのふたりの邪魔はさせない。あなたが奇跡的に持ち込んでくれた状況なのだもの」
「私の説得はほんのひと押しに過ぎなかったように思われます。私が言わなくても、今回か、あるいはその次くらいにはお嬢様はフランドール様の対話の要求に応じたのではないでしょうか」
「仮定の話はもうやめにしましょう」
床に刻まれた魔方陣が光り輝く。
「とうとう風見幽香に目をつけられたわね。いずれはこうなることと思っていたけれど、あの妖怪がこうも簡単に遠出をするとは思わなかったわ」
「知っているのですか、パチュリー様」
「直接見たことはないけれど。幻想郷の書物、特に妖怪の記した書物にはどこにだって出てくる妖怪よ。というか、あなた、花の異変の時に出くわしたって言ってなかったっけ」
「ほんのすれ違った程度です。弾幕も挨拶程度しか。あの時は大勢いて、弾幕も賑やかで、どれが誰の弾幕だかもよくわかりませんでしたし」
「花の妖怪だから、弾幕よりも花の狂い咲きに心を奪われていたのかしら」
「それは私もです」
「あの時、あなた結構興奮していたものね。とにかく、普段はそうやって向日葵畑で花の面倒を見ているだけらしいけど、自分の興味を引くような強者を見かけたり、花を傷つけたりする者には攻撃を加えてくるわ」
「ああ、なるほど」
「……なんだか物凄く心当たりがありそうね」
「今日の昼、私が向日葵畑の向日葵を切り取ろうとしました。それを止めに入った風見幽香とお嬢様が、視線を交わし合うことしばし」
パチュリーは手で顔を覆って、首をがくんと落とし、ため息をつく。
「それだわ。それに決まってる。ったく、あんたたち主従は……」
「その時は何もなかったんですけどね」
「ひとには準備とかテンションってものがあるでしょう。精神も肉体も意欲も万全のコンディションに整えてきたのよ」
こうして話しているうちにも、魔方陣からは黒い霧が絶え間なく噴き出している。
「咲夜、花の異変であいつを見た時の感想は?」
「話にならないぐらい強いですね。魔法使いとマスタースパークを打ち合ってました。どっちが打ち勝ったかは忘れました。確か春を告げる妖精がやってきて曖昧になったような気も。あと、兎から催眠術をかけられていましたが、構わずに殴り飛ばしていましたね。目に見えるものにあまり頼っていないんでしょうね。巫女から八方鬼縛陣でがんじがらめにされていましたが、口から妖気を吐き出して蹴散らしていました。天狗と真っ向から弾幕合戦をしていました。あの天狗はかなり強いと思うのですが。それから雨あられと降ってくる死神の銭や閻魔の卒塔婆を悉く弾き飛ばしていたような……」
「もういい、わかった」
「でも、勝ちますよ」
咲夜のあっさりとした言い方に、パチュリーは彼女の顔を見なおす。
彼女の目は、赤みが差している。
「なぜ、そう言い切れるの」
「理由の問題ではありません。お嬢様を守るためなら、私は勝ちます」
パチュリーは、巫女と魔法使いが紅魔館に殴り込んで来た時のことを思い出していた。あのふたりは強かった。特に、あの紅白の巫女だ。咲夜は圧倒されていた。
それでも、とパチュリーは思う。
それでももしレミリアが咲夜に、決して侵入者を自分の元まで通さないように厳命していれば、霊夢も魔理沙もレミリアと顔を合わせることはなかっただろう。咲夜は何がなんでも、ふたりを止めただろう。
咲夜の思考とは、生き方とは、そういうものだ。
幽香は扉を派手に破ったりしなかった。ただ、ノブをひねって、開けた。鍵が壊れる音がしたが、気にしない。傘を閉じ、中に入る。
吹き抜けの広間だった。正面に大階段があり、中二階へ続いている。
その大階段に、銀髪のメイドが立っていた。
「こんにちは、本物と偽物の花の区別もつかない、目の悪い吸血鬼はいるかしら」
「あいにくと、お嬢様は今手が離せません。もし手が空いていたとしても、園芸に関してはかけらも興味がありません。きっと何ひとつ話が通じることはないでしょう。お帰りになった方がいいと思います」
「私は居場所を聞いているだけなの。どうした方がいいか、なんて聞いてないわ」
「あらそう。私はただ、帰れと言っている」
メイドは姿を消した。幽香は、その動きを目で捉えることができなかった。
頭上のシャンデリアから弾幕が降ってきた。
「侵入者!」
「侵入者だ!」
弾幕をまとった妖精メイドが襲いかかる。幽香は弾幕を真っ向から浴びた後、飛び上がる。一瞬の跳躍で、両手にそれぞれ妖精の頭をつかんだ。妖精の頭は潰れ、体全体が霧のように散り、空気中に消えていった。妖精は人間や獣と違い、形を破壊されてもしばらくすれば戻るが、強い妖気で攻撃を加えられると、再生に異常に時間がかかる。
床に着地する寸前、幽香の足元に突如ナイフの弾幕が現れる。幽香は避けない。足をひと振りして弾く。着地すると、今度は四方をナイフ弾幕に囲まれる。すべて足を狙ってきている。位置は低い。今、ナイフ弾幕を払った足に、少しダメージがある。このナイフは目くらましや陽動ではなく、はっきりと幽香を削る目的で繰り出されている。
幽香は跳ぶ。シャンデリアに乗り、眼下を見渡す。誰かが潜んでいるのは明らかだが、捉えきれない。幽香は無意識のうちに、乾いた唇を舐める。かすかな悦びの予感が、腰から背中にかけてちりちりと踊っている。
素敵な夜になりそうだと、その予感は告げている。
手が、足が、金属に貫かれる。シャンデリアが全身ハリネズミのように鋭利な突起物と化していた。シャンデリアを蹴り壊して、反動で中二階に着地する。手や足に残った金属の破片が、赤々と輝き、燃え上がる。またしても低い位置にナイフ弾幕が配置される。今度は回転足払いですべて振り払う。そして中二階から、広間一階のある一点に向かって跳ぶ。
拳を振り抜く。確かな手ごたえがあった。
銀髪のメイドが体を錐揉み状に回転させながら、壁に激突する。壁はその衝撃に耐えきれず、メイドを巻き込んで崩れた。外の景色が見える。雨が、崩れた壁とその周囲のカーペットとメイドを濡らしていく。
「咲夜!」
突然、紫髪の魔法使いが姿を現す。幽香はまたしてもひと飛びで距離を詰める。そのまま膝を振り抜く。魔法使いの頭は弾ける。頭だけでなく、体全体が弾ける。
それが精巧に作られた人形だと知った時にはもう遅い。
「魔符・アーティフルサクリファイス」
黒い、ねっとりとした霧が幽香を包み込む。途端に幽香の動きが鈍くなる。黒い霧は幽香を中心として半径十メートルほど広がり、そこで留まった。
中二階の一室の扉が開き、パチュリーが姿を現した。手すりから一階の様子を眺める。大階段を降りて、霧に囚われた幽香を一瞥する。
「囮かどうかも判断せずに攻撃を加えた……その程度には、今の連係で判断力を鈍らされた、ということね。まったくこちらの攻撃が通用しないわけじゃないようだから、安心したわ」
そう呟き、崩れた壁の方へ行く。
「生きてる? 咲夜」
崩れた煉瓦から手が生え、次いで銀髪メイドの顔が現れる。咲夜の顔の片側は、痛々しく腫れ上がっていた。口と鼻、目からも血が出ている。
「風見幽香は……」
そう言って、広間に広がった黒い霧を見る。
「どうにか捉えたわ」
「さすがパチュリー様です。風見幽香の動きをこうも簡単に封じるとは」
「これでやっとまだ半分、いや、準備を含めると三分の一と言ったところね。特濃のプライベートミストだけれど、おそらく幽香をここに足止めしておけるのは三日」
「たった三日、ですか。その間に、蟻の隙間もないくらいの弾幕を敷き詰めて……」
「何を言っているの、咲夜」
パチュリーは笑った。咲夜は彼女の妖艶な表情を見て、安堵と畏怖の入り混じった感情を抱いた。パチュリーはこの強大な敵を前にして、明らかに楽しんでいる。咲夜の想像も及ばぬ、豊穣な魔法の世界を泳ぎ、眼前の花の妖怪を掃討するに足る要素を、ひとつひとつ見つくろっていく。あらゆる蒐集家がそうであるように、悦びに満ちた指先で、それを手に取り、愛で、己の望む世界を構築していく。
「何をずれたことを、言っているの」
パチュリーは手に銀の杭を持っていた。表面は滑らかだ。金符辺りで作ったものだろうと咲夜は推測する。
「こんなものをいくら詰め込んだところで」
そう言って、杭を幽香に向かって放つ。一瞬で黒い霧に到達するが、そこから途端に動きが鈍くなる。
「この妖怪の動きを鈍らせるだけ。多少力を削ったところで、莫大な妖力を持つ相手にはほとんど無意味だということは、今の戦いでよく理解できたでしょう。いい、咲夜。私たちがこれから三日間することの答えは」
顎で幽香を差す。
「この化け物を粉微塵にすること」
幽香は、こちらを見て笑っていた。凄艶に美しく。妖怪らしく。
「笑うがいい、妖怪よ。万全の準備を整えた魔法使いに叶う存在はない。そのことを思い知らせてあげるわ」
崩れた壁から、朝日が差し込む。
早朝、一階の作戦室には、妖精メイドの手によって次々と魔道具が運び込まれた。部屋で常用している魔道具以外にも、図書館の奥に眠らせているものが大量にあるので、その中から目ぼしいものを持ってこさせている。もはや奥の部屋だけでは入りきれないので、咲夜の能力で臨時に部屋を増設した。
「他の妖精メイドはどうします?」
「使わない。持久戦が通じる相手なら使うけれども、おそらく削るスピードより向こうが回復するスピードの方が早い。やるのは私とあなた、ふたり。お互いの最大の武器を一度ずつ当てる。風見幽香相手にはそれが限度でしょう。よくてもう一度、どちらかが再装填して二度目を打つ、ぐらいね」
「ならば私が幻符と傷魂を」
「そうね、あなたの手札ならその二つか。私は日符」
「賢者の石ではないのですね」
「使用魔力自体はあれが一番なんだけど。今回は用途との兼ね合いで、こっちにする。単発の威力や、当てる機会を考えても、こっちが上よ」
「パチュリー様」
咲夜が威儀を正したので、パチュリーは魔道具を扱う手の動きを止めた。
「どうしたの」
「お恥ずかしながら、風見幽香と直接干戈を交えて、遥かに向こうの力が上であることを痛感しました」
「それは始めから言っているじゃないの。何も恥じることはない。いい? 咲夜。レミィとフランがいない今、この紅魔館でもっとも戦いに長けているのはあなたなの。私ではない。私が風見幽香を仕留める計画を練る。あなたは、私の刃となって、それを実行する。そういうものでしょう?」
「風見幽香に殴られた時、私は、気を失いました」
「知ってるわ。私なら、死んでるか、少なくとも半年は寝たきりだったわね」
「悔しかった。時を止めるのすら間に合わなかった」
咲夜は拳を握りしめる。
「必ず勝つと言っておきながら、あの体たらく」
「咲夜」
パチュリーはぴしりと言い放つ。
「あなたの本分はレミリアの侍従かもしれない。けれど今から三日間は、私の刃よ。私に考えを添わせなさい、私の感じているように感じなさい、私の恐れを、私の悦びを、私の戸惑いを追い続けなさい。その他の余計なものを、捨てなさい」
うなずいた咲夜の目が、赤く光る。昨晩よりも濃い。
ドアが控え目にノックされた。今、魔道具の部屋へのノックを許されているのは、小悪魔だけだ。パチュリーはずっと部屋にいるのでノックの必要はないし、咲夜にはそうすることを許さなかった。
「あ、あのっ、お茶をお持ちしま」
「鼠が紛れ込んでいるわね」
パチュリーの傍らに立っている咲夜が、小悪魔を睨みつける。パチュリーは顔を上げようともしない。ふたりとも顔が青ざめ、殺気立っている。小悪魔は震え上がった。
「ひいっ、ごめんなさい。あの、でも、美鈴さん、一生懸命でしたし……」
「いいの、あとは私が言うから。ありがとう、こあちゃん」
小悪魔を半ば押しのけるようにして、美鈴が入ってきた。咲夜の視線は美鈴に移る。美鈴もまた、震え上がる。
(怖い……怪我をして元気がないなんて妖精メイドが言っていたけど、やっぱりそんなことない。いつもの……いや、いつも以上に怖い!)
美鈴は胸を張る。
「私は、風見幽香の侵入を許しました」
気づけば、ナイフの切っ先が喉にあった。
きぃん、と金属の弾ける音がする。美鈴が喉に気を集めて、ナイフを弾いたのだ。
「誰が口を開いていいと、許可を与えたの?」
咲夜は微動だにしていない。
「私が、私に許可を与えました」
再び金属音が三つ。ナイフが三本、床に転がる。
そして、二つは美鈴に刺さっている。
「いいわ咲夜、適当にしゃべらせておきなさい」
「パチュリー様、私は、風見幽香の侵入を許しました」
肩に刺さったナイフを抜きながら、美鈴は言う。
「そうね。でも全然期待していなかったから別にいいわ。はいもういいでしょう? 出ていって」
パチュリーは顔を上げない。
「私も風見幽香と戦います」
「好きにすれば」
「ありがとうございます」
美鈴は笑った。
(この状況で笑えるのか、このひとは……!)
小悪魔は思った。彼女は、怖くて足が竦んで、部屋を出るに出られず、まだここにいる。
「パチュリー様、私にも作戦をください。その方が、きっともっとお役に立てると思います」
咲夜の目つきがさらに険しくなる。パチュリーは手を上げて、咲夜を制する。
「黒い霧から風見幽香が抜け出した瞬間、ロビーは闇に包まれ、何も見えなくなる。風見幽香を混乱させる」
「パチュリー様!」
「いいから、咲夜。その闇は視覚だけでなく、聴覚、嗅覚も遮る。あなたはその状態で、風見幽香を十秒、足止めしなさい」
「はい、わかりました! ありがとうございます!」
美鈴は意気揚々と出ていった。それでやっと金縛りが解けたかのように、小悪魔もあとを追いかける。部屋を出る時、慌てて振り向いて、深々と頭を下げる。
「パチュリー様、なぜ美鈴を。聴覚や嗅覚も封じられるって言われているのに。あいつ、意味わかってないんじゃないですか」
「気を使えるわ。それで風見幽香の位置ぐらいわかるでしょう」
「ですが……でも」
咲夜の険しい目に、わずかに不安が差す。
「あの子、殺されてしまう……」
「それはさせない」
パチュリーは強く、言い切る。
「それよりも咲夜、今ので予定に多少の変更があったけれど、構わないわね」
「私の一度目に、美鈴が入るということですね」
「そう。風見幽香を仕留める確率が上がるわ。たとえ三秒でも足止めできれば、上出来よ。最悪、足手まといになりそうと感じたらその場で即座に逃げ出すくらいの判断は、あの子はできるはず」
フランドール・スカーレットの部屋は、パチュリーの地下図書館の、さらに地下にある。井戸のように深い穴が延々と続く。その底に、フランの部屋はある。ごつごつとした岩肌に囲まれた周囲の異常な景観を別にすれば、部屋自体は、至って普通の西洋風のものだった。といっても、上流家庭でなければ揃えられないような調度品や、極度に少女趣味的な飾り付けが施されているので、ひとによっては普通に見えないかもしれない。
幼い少女の外見を持ったレミリアとフランが、部屋に降り立つ。机の一番下の引き出しを開ける。鍵付きの、豪華な小箱だった。レミリアは自分の人差し指をかじった。第一関節から先は骨だけが残る。それは鍵の形をしていた。小箱の蓋を開けると、中はオルゴールだった。
「久しぶりだね、お姉様とこれを聴くのも」
フランはべったりと姉に寄り添った。姉の表情は曇っている。
「どうしたの?」
「うん、あまり、いいものでもないでしょ」
「そうかな。大変だったけど、楽しかったよ」
言いながら、フランはネジを巻く。澄んだ音色が流れだす。
音は、たちまち地の底のようなこの空間を支配する。
空間を捻じ曲げ、時間を捻じ曲げる。
床が波打ち、沼のように体が沈んでいく。ふたりは下降していく。
ふたりの少女は、手に手を取って、森の中を逃げている。
「こんなところ! もっとマシな場面にすればいいのに」
レミリアは腹が立ってきた。顔は煤だらけだ。腹と足を負傷している。
「えへへ、ごめんね。でも、私だってどの辺りの音楽がどこにつながっているかなんて、覚えていなかったもん」
フランの羽はズタズタにされている。レミリアはそれを見る。胸が痛くなる。
これは回想に過ぎない。ここでふたりが死なないことを、今のレミリアもフランも知っている。だが、回想に直面するたびに、レミリアは、もう戻らないものがいくつもあることを、直接間接に思い知らされる。
パチュリー・ノーレッジに出会って、十六夜咲夜に出会って、紅美鈴をはじめとする幻想郷の妖怪たちに出会って、大切な経験をした。それはなくならない。それと同じように、パチュリーも知らない、咲夜も知らない、幻想郷の妖怪たちも知らない、しかしレミリアとフランは知っている人々が、記憶が、存在する。なくならないはずなのに、今の幻想郷にそのことを知っている者はいない。自分と、フランを除いて。
フランは忘れるだろう。レミリアも、忘れさせるように仕向けている。思い出すには苦痛が伴う記憶が、あまりに多い。同時にレミリアは、フランに、新たな世界で新たな記憶を創り上げていくことを止めさせている。他にも理由はあるが、フランを未だに閉じ込めておくということは、結局のところそういうことだ。
レミリアは自分でもどうしたらいいかわからなくなる。
「あっ!」
レミリアは叫ぶ。森を抜けたその先に、聖道具で全身を覆った吸血鬼討伐隊がいた。ざっと見ても二、三十人はいる。当時レミリアは弱冠百歳。しかも相次ぐ波状攻撃にさらされ、余力をほとんど残していない。
絶望の叫びだったのだ、これは。討伐隊の槍部隊が、一斉に投槍する。レミリアはフランの上に覆いかぶさる。フランは笑っている。
「大丈夫だよ、お姉様。私はまだまだ元気だよ。お姉様が、ずっと守ってくれていたから」
討伐隊に向かってか細い手のひらを向ける。
そして、ぎゅっと握りしめる。
圧倒的な破壊が生じた。
レミリアははじめ、何が起きたのかわからなかった。徐々に状況を理解していく。討伐隊は半ば全滅していた。
妹がケタ外れの力を持っていることは、わかっていたはずだった。それでもこうして目の当たりにすると、戦慄が背筋をかけ昇るのを、抑えることができない。残った討伐隊の後始末をしながら、レミリアはフランを見る。
「この子は、危険すぎる」
フランはそんな姉の視線を受け止める。無邪気そうに笑う。
(ああ、そうか)
当時のレミリアは、この笑みを、姉の気持ちを知るべくもない、無邪気な妹の笑みだと解釈した。今ならわかる。フランは、レミリアの視線の意味を知っていた。
「私にだって、私の力は抑えきれない。怖いんだよ。でも仕方ないの。私は、こういう風に生まれちゃったんだ」
フランが言う。当時のフランはこんな言葉を言わなかった。これは、今のフランの言葉だ。
「それでも、こんな私を妹として大切にしてくれる。ありがとう、レミリア姉さん」
討伐隊の一隊を屠ったあとも、状況は何ひとつ変わっていなかった。追手は依然として、昼夜構わず周囲を探しまわっている。レミリアとフランは、村の教会にたどりついた。村自体はおそらく百年以上前に滅びてしまっているのだろう。あらゆるものが朽ち果てていた。管理者のいない教会に、力はほとんど残っていなかったため、満身創痍のレミリアでも中に入ることができた。吸血鬼が教会にいるとは向こうも思うまい、探されるとしてもおそらく後回しにされるだろう、そんな考えだった。レミリアは中に入り、説教壇の下にもぐりこんだ。
「お姉様、それ」
フランに言われて初めて気づいたが、手に、心臓を持っていた。さっきの討伐隊のひとりだ。フランの攻撃を受け、瀕死の状態になりながらも、レミリアの攻撃によく耐えた、強い男だった。無我夢中で心臓をつかみ取り、そのままここまで来たのだった。これを丸ごと食えば、少しは体力も回復するだろう。より遠くまで逃げられる。より確実にフランを守ってやれる。
「いる? はい」
レミリアはフランの手に心臓を乗せた。フランはきょとんとしている。
「お姉様、食べないの?」
「あんた食べなさいよ。うまいわよ、それ」
「それは匂いでわかるけど……でも、お姉様が取ったんだし」
「私が取って、あなたに与えたの。フラン、あなたは知らないでしょうけど、ひとに何かを与えるって、とても気持ちいいの」
「そうなの?」
「そう。君主になった気分」
「くんしゅ?」
「ロードよ。デーモンロード。まあいいわ。食べなさい」
フランはうなずき、心臓にむしゃぶりついた。血が、フランの口の両端から流れ、首を伝い、服にかかる。服にこびりついているフラン自身の血と混じる。レミリアは唾を飲み込む。
うまそうだ。
「はい、姉様」
フランは、半分残った心臓をレミリアに差し出す。
「何、これ」
「あげる」
「あげる……って、こんなんじゃフラン、あなた全然足りないでしょう」
「足りないよ。だから帰ってもっとお腹いっぱい食べよう」
「帰るって、どこに」
しまった、とレミリアは思ったが、もう遅かった。自分の口が止められなかった。
「館は焼き払われた。眷属も多くが討伐隊の手にかかった。私たちもどこまで逃げられるかわからない。それなのに帰る? いったいどこへ。もう、私たちは……」
絶望の言葉を口にしてはならない。そう言い聞かせてきたが、まだ若かったレミリアには抑えることができなかった。フランは、レミリアの頭に腕を回し、赤ん坊を抱きかかえるように、引き寄せる。
「私が帰る所は、お姉様がいるところ」
フランは半分残った心臓をレミリアの唇に押し付ける。暖かい、消えゆく命の芳香が、レミリアの口内に大量の唾液を分泌させる。
「食べて、お姉様」
レミリアは言われた通りにした。フランは微笑む。
「本当だ。人に何か与えるのって、すごく嬉しい」
オルゴールは止む。フランはもう眠っていた。このオルゴールは時間の感覚を狂わされる。あまり長い間回想していたつもりもないが、実際は二日か三日、ここにいたのかもしれない。
レミリアはフランを抱え、地の底から、見上げる。
これで何かが解決したわけではない。やはり今の不安定なままのフランを外に出すわけにはいかない。危険が多すぎる。自分とフランの記憶をどうするか、それだって決まっていない。音に記憶を封じ込めるこのマジックアイテムを、壊してしまおうかと思ったこともあったが、実行できずにいる。
「まあ、いいわ。フランを呼んで、屋内パーティでもまた開こうかしら。フォーマルですって? 咲夜め。あれはプライベートな集まりに決まっているでしょう。癪に障るわね」
翼をはためかせる。
「ちょっと参加人数を減らすか……それはそれで、紅魔館の主として、器が小さい気もするし。うーん、まあ、いいか、上に行ってからパチェと相談しよう」
戻る。地の底から、主を待ち望む、館へと。
博麗神社は午後の光を浴びて、のんびりと佇んでいた。
そこに勤める巫女も、縁側でのんびりと茶を飲んでいた。巫女は、空の向こうから、凄まじいスピードで飛行してくる影を発見した。躊躇せず札を飛ばす。札は、見事に影に当たった。
影は失速するかと思いきや、ますます速度を増して、そのまま神社の庭に突っ込んできた。地響きがし、埃が巻き起こる。埃が晴れると、できたばかりの穴からちょうど紅美鈴が出てくるのが、縁側の霊夢からは見えた。
「こんにちは、博麗霊夢。いきなり攻撃するなんて、相変わらず見境ないわね」
「何しに来たのよ中国妖怪」
「鬼、いる?」
「え?」
「いるよ」
霧が萃まり、一匹の小鬼の少女が現れた。
「何か用かい? 妖怪中国」
伊吹萃香は、宙を漂う霧の上で横になり、瓢箪から酒を飲んでいる。
美鈴は躊躇しなかった。勢いよく萃香に向かって頭から突撃する。そのまま滑り込んで土下座の体勢になった。
「お願いします! 師匠!」
萃香は剽悍から口を離した。
「はあ?」
霊夢は台所で湯を沸かして、急須の葉を新しいものに変えて、縁側に出た。そこで繰り広げられている弾幕模様を見て、おもむろにため息をつく。
「まだやってんの、あんたたち」
美鈴が繰り出す虹色の弾幕を、萃香は軽々とかわしている。萃香からの弾幕は、ほとんどない。申し訳程度に大弾や小弾をちょくちょくばらまく程度だ。美鈴は弾幕を止めた。萃香の動きも止まる。
「あの、ひょっとして、退屈してる?」
美鈴は情けなさそうな顔をした。萃香は飄々とした態度で答える。
「んー、そうでもないよ。あんたの弾幕綺麗だし、多分、あんたが自分で思っているほど弱くはないよ」
「……そんな微妙な慰めの言葉が聞きたいわけじゃなくて」
「おや? 慰めたつもりなんてこれっぽちもないけどね」
「うーん、これじゃ埒が明かないな。萃香さん、しばらく動かないでいてくれるかしら」
「いいけど。何するの?」
「私の全身全霊の攻撃を叩き込む」
「で、よけるな、と」
「そう。鬼のあなたに通用するなら、花の妖怪にも通用するはず」
「どうかな、技にも相性ってもんがあるからね。ま、いいや、やってごらん。私はここで何もせずに呑んでいるから」
瓢箪を逆さにして、口に注ぎ込む。美鈴は眉をひそめる。
「よくまあそんな四六時中呑んでいられるわね」
そう言いながらも、腰を落とし、どっしりと構える。
深く呼吸をし、気を練る。
ゆっくりと体内の気をまぜていく。スープにとろみをつけさせるように、ゆっくりと。
「へえ」
霊夢が、ほんの少し、感心したような声を上げる。萃香はにやにやと楽しそうに美鈴を見ている。
美鈴の足元からは、虹色の気が陽炎のように立ち上っている。美鈴が歩くと、水面に波紋が広がるように、虹色の輪が広がっていく。
「準備はできたようだね」
萃香は美鈴を見上げる。美鈴はうなずく。美鈴を見上げる萃香の視線が、次第に見下ろすようになっていく。萃香は大きくなっていた。今は、美鈴より頭二つ分大きい。
「的も大きい方がやりやすいだろう?」
「行くわ」
美鈴は腰を落とす。虹色の気が収束していく。両の拳、そして肩、この三点に集まる。
「三華・崩山彩極砲!」
踏み込みざま、掌底を萃香の腹に打ち込む。踏み込みのあまりの強さに、美鈴の足が地面にめり込む。第一撃の勢いを生かし、流れるような動きで身体を回転させる。背筋という強力な筋肉を生かし、肩で萃香の胸に体当たりする。萃香の巨大な体がわずかに浮き上がる。美鈴の両足はまたも地面に型を刻む。体当たりの反動を利用し、膝を落とし、わずかに屈む。そこから、最大出力で拳を突き上げる。三撃目は、萃香の顎を的確に捉えた。
「あーあ、庭を穴だらけにして」
庭にできた六つの足跡を見て、霊夢はため息をつく。美鈴は拳を打ち上げた後、すぐに元の構えに戻った。萃香は、殴られたあとしばらく上を向いていたが、やがて前を向いて、首を回し、関節を鳴らした。
「ど、どうだった」
「うーんそうだね。私が思うにさあぶおえろえろえろえろえろ」
「うわ、汚っ!」
「ちょっと萃香何吐いてんのよ! このアル中、すぐに片付けなさい!」
霊夢が怒鳴り終わる前には、萃香の口から出たものは、粗となり霧となって拡散し、消えていった。
「いや、最初の一撃がモロに胃に入っちゃって。そうそう、結論から言うとね、やめた方がいいよ」
「え……」
あまりにあっさりと否定され、美鈴はすぐには言葉が出なかった
「威力は悪くない。けど発動までに時間がかかり過ぎる。何か有利な条件があって、発動まで相手が待ってくれたとしても、あんた一撃目と二撃目の間にあんな時間があったら、普通誰だってガードするよ。私は練習だから、全部受けたけど」
「いや、普通は一撃目が入ったら二撃目ガードする余裕なんてないんだけど……」
「あんたがやり合おうとしているのは、普通じゃない奴なんだろ? じゃあ駄目だよ。諦めた方がいい」
「そんな」
「他の仲間の足手まといになりたくないだろう?」
それを言われると、美鈴は何も言えなくなる。咲夜やパチュリーの冷たい視線が頭に浮かぶ。美鈴は思わず目を閉じる。握りしめた両の手が、知らぬ間に震える。
「なりたく、ない。けど、私は役に立ちたいの」
「だから、どうやって」
「わからない。でも、このままじゃ私、あのひとたちに何もしてあげられない。せっかく門番にしてもらったのに、むざむざと素通りさせた。その上自分から戦力になるって志願したのに、やっぱり役に立ちそうにないですからやめますって、そんなこと、そんな情けないこと、絶対に嫌だ」
「気持はねえ、わかるけどさあ。いやあね、多分あんたの仲間も、そんな理由であんた責めたりしないと思うけどなあ」
「萃香、論点がずれてる。それじゃこいつは絶対に諦めない」
霊夢は縁側から立ち上がり、美鈴に近づく。美鈴は霊夢を振り向く。自然と、体に緊張が走る。それを見て、霊夢は苦笑する。
「気に敏感すぎるってのも考えものね。いいから、あんた、体の力を抜いてそこに立ってなさい」
美鈴は首を傾げる。
「いいから。ほら、こうするの」
霊夢は美鈴の前に立ち、足を肩幅まで広げ、両手をだらんと下げる。美鈴もそれを真似する。
「霊夢、あんたいったい何やって……」
萃香はわけがわからず、巫女に声をかけようとする。だが、途中で思いとどまった。美鈴の顔が輝きだしたからだ。
「うわ……うわっ、凄い、やっぱりあんた、ただ者じゃないのね」
「まあ、一応博麗の巫女だからね」
「いやあ、いいもの見せてもらったわ。うん、私はやっぱりこれで行く。ありがとう」
「感謝の意を示したいなら、そこにちょうどいい箱があるわ」
霊夢は賽銭箱を指差す。美鈴はにこやかにうなずき、突然その場で腰を低くして構えた。そのままゆったりとした踊りのような動きを始める。太極拳だ。
「萃香、あとはあんたの方が詳しく教えてやれるだろうから、ヒマなら教えてあげれば? お礼に紅魔館の酒でももらえるかもよ」
「んん? なんで妖怪中国にわかって私にわからないんだろう」
「あんたはわかりすぎているから、言われてもわからないのよ」
萃香は首を傾げながら、美鈴を見る。すぐに、合点がいった表情になる。
「ああ、気の通しをよくしているだけじゃん」
「そう。気というのは、一ヵ所に固めれば刃も弾き返すし、拡散させれば風より速く動ける。冬に気を練れば体は温まるし、夏に気を散らせば熱中症にもかかりにくい。こいつの能力は、本当は人間や獣向きなのよね。とても健康的。あいにくこいつの勤め先には健康を必要とする人間も獣もいないんだけど」
「ふうん、勿体ないね。おい、妖怪。あんた、霊夢の何を見てびっくりしたのさ」
「そいつ、気がないと思ったらあるの。あると思ったらどこにもないの。また見なおしたら、今度は表面張力ギリギリまで漲らせている。理解を絶するわ。でも、気とともにあるっていうのは、そういうことなのかなって、思った」
「よくわからないなあ。私と同じものを見ているはずなのに、なんでそんなに言葉がたくさん出てくるんだ」
「一緒に住んでいるひとの影響かしら」
ぴた、と構えを取り、止まる。
「おや、乱れたね。どれ、見ておいてやるからちゃんとしな」
萃香は地面に寝転がって、また酒を呑み出す。美鈴は飽くことなく、太極拳を続ける。
プライベートミストが風見幽香を覆ってから、二日目の夜も過ぎようとしていた。
パチュリーは魔道具の部屋で、寝ずに魔方陣を作り続けている。咲夜もまた、見取り図を睨んで、段取りの復習に余念がない。しばしば自前で作った部屋に行っては、シミュレーションをし、ひと汗かいて戻ってくる。もっとも、ひと汗というのはパチュリーの推測で、咲夜はこの状況にあっても、汗をかいたり服装を乱しているところをパチュリーに見せたりは決してしなかった。弱気な態度を見せたのも、一日目のあの朝だけだった。
「咲夜、広間の状況は知っている?」
「ええ。予定より早くミストから出てきそうですね」
黒い霧に閉じ込められた幽香は、今の段階では観察し放題だ。ただひたすら霧の外へ向かって逃れようとしている。近づけば巻き添えを食って自分まで時間が遅くなってしまうので、遠くから見るだけだ。
「明日の正午きっかりにミストを解く」
「かしこまりました」
「今夜は体を休ませておいた方がいいわ」
「パチュリー様はどうされます?」
パチュリーの顔は青ざめ、目の下には濃い隈ができている。唇の端を歪める。
「今、気分が昂っていてしょうがないの。とても眠れたものじゃないわ」
風見幽香の強さを目の当たりにした。身体能力といい、妖力といい、レミリアやフランドールと比べても遜色ない。もはや自分とは完全に別の次元の生き物だ。だが、パチュリーにはこれまで築き上げてきた魔法の知識と技術に、強い自負がある。あわよくばレミリアさえ抑え込めるのではないかという思いもある。
広間の黒い霧に捉えた大妖怪は、その格好の実験台だった。
「それに、私はどうせ体力を使わないし。あまり休む意味がない」
「あら、それなら私も同じです。勝負はおそらく一、二分。無駄な体力はあってもなくても同じ」
「ないよりはあった方がいいと思うけど」
「今のこの感覚を保っておきたいんです」
パチュリーほどではないにしろ、咲夜の顔色も、健康的とは言い難かった。
扉がノックされる。トレイを持って現れたのは、紅美鈴だった。
「今晩は、ただ今戻りました」
パチュリーと咲夜は、美鈴を見、一瞬戸惑い、次にお互い視線を交わす。
劇的に変わったわけではない。だが確実に、一段上に進んでいるのがわかる。
「あれ、どうかなさいましたか。あ、やっぱりわかります? 私、博麗神社で修行してきたんですよ」
構えを取る。
「気の流れを鬼に教えてもらいましたからね。前よりずっとスムーズになりました。巫女の気も見ました。やっぱりあの巫女、ただ者じゃないですね。まあ、真似できないし、真似したくもないですが」
「美鈴、あなた、休まなくていいの」
パチュリーは本から顔を上げて、尋ねる。
「はい? なぜです」
「決行の日時が早まったの。明日の正午に始めるわ」
美鈴の顔が引き締まる。
「わかりました、それでは今のうちに休んで体調を整えておきます。戦いは、グッスリ休んでバッチリ起きて五時間後がベストですからね!」
そう言って、部屋から出ていった。おそらく、そのまま自分の部屋のベッドに直行するつもりだろう。パチュリーと咲夜は顔を見合わせる。どちらからともなく、苦笑する。
「あれが……あの子の自然体なんでしょうね」
「見習ってあなたも休む?」
「やめておきます。あの図太さはあの子特有のもの。下手に真似したら私がペースを崩されます」
「お互い、融通が利かないわね」
翌朝、パチュリーは広間に出て、魔方陣を刻んでいく。下準備は以前に済ませていたので、文様を描いたあと、簡単な手続きを済ませれば、あとは発動を待つばかりだ。準備の間、プライベートミストの中にいる幽香の姿が常に視界に入る。
見られているのはわかる。こうして作っている間に、床や壁や天井に張り巡らせた魔方陣の位置くらいは記憶されてしまうだろう。しかし、パチュリーはそれでも構わないと思う。妖怪の書いた書物や、咲夜の情報、それに先日戦って得た情報から推測するに、風見幽香の魔法に対する知識はそこまでないと、パチュリーは考えている。長命の妖怪だけに魔法と対峙した経験は豊富だろうが、それを体系立てて覚えているタイプではない。どの魔方陣がどういった効果があるのかを一目で看破するのは、パチュリーやアリス級の魔法使いですら難しい。彼女らより長く生きている幽香とはいえ、初見で複数の魔方陣の性能をすべて把握できるはずがない。だから、安心してトラップを張る。
広間は魔方陣だらけになった。
「美鈴」
パチュリーが呼ぶと、作戦室から美鈴が現れた。靴にはパチュリーの作った護符が仕込まれている。魔方陣を踏んでも発動しないような術式を入れている。余程靴を酷使でもしない限りは、美鈴が陣の攻撃を食らうことはない。別の場所に潜んでいる咲夜にも、同様の処置を施している。
「よく眠れた?」
「はい。グッスリと。起きてから、五時間半ほど経過しています」
「そう。足手まといにならないように」
「はい」
「危ないと思ったらすぐに逃げなさい」
「はい。ありがとうございます」
パチュリーの体から、黒い煙が濛々と立ち昇る。天井を埋め尽くしていく。
「三盲・ヘレンスモッグ」
黒い煙の塊が、強風と共に広間全体に落ちる。黒い霧は吹き払われる。プライベートミストは解除される。
その直後、広間は闇に包まれる。
光が、音が、匂いが、消え去る。
パチュリーは、幽香の位置を把握している。三日前の攻撃で幽香の体に埋め込んだ金属が、居場所を教えてくれる。ひと呼吸置いてから、足を踏み出す。一瞬先に美鈴を行かせる。そこで幽香の足を鈍らせ、確実に特大の魔法を叩き込む作戦だ。
幽香ほどの妖怪ならば、空気のかすかな揺らぎや、魔力、妖力の増減を肌で感じて、たとえ目や耳が利かなくとも、すぐに敵の位置を探し当てるだろう。だがそれでも、最初の何秒かは、使い慣れた感覚が完全に殺されて、混乱するはずだ。そこを突く。
誰かがパチュリーの肩をつかむ。その瞬間、作戦が大幅に崩れたのをパチュリーは理解した。
「美鈴! 何をしているの」
既に互いの声は聞こえない。だが、触れたその手が美鈴であることはわかる。パチュリーは頭に血が昇りかけたが、すぐに冷静になった。美鈴の手から伝わってくる気が、パチュリーの周囲を覆っている。
(これは……守ろうとしている?)
そう思った直後、凄まじい衝撃がパチュリーの体全体を揺さぶった。
妖気だ。
(しまった……!)
激しい後悔の念に襲われる。
完全に風見幽香を侮っていた。確かに幽香は魔法を使わない。だが彼女の場合、何の加工もされていない単純な妖気を打ち出すだけでも、凶悪な武器になる。
(咲夜が言っていたじゃない。霊夢に拘束された時、妖気を吐いて反撃したと……! なんてこと、遠距離における風見幽香の選択肢は、悠長な花の弾幕か、超スピードで接近しての攻撃のみだと、頭から決め込んでいた)
自分で自分が情けなくなる。
だが、後悔と自責の念に駆られたのも一瞬だった。おそらく身を呈してパチュリーを守った美鈴は、幽香の妖気の直撃を食らったはずだ。もう戦力外と見ていいだろう。パチュリーの魔力も、今の攻撃でかなり削がれた。予定ではヘレンスモッグは十秒近く効果を持続させるつもりだったが、これではもうあと二、三秒で終わるだろう。
それでもまだまだ余力は十分にある。
「レミィとフランの邪魔はさせない。ふたりが帰って来た時のために、お茶会の準備を咲夜にさせないといけないの。それまでには消えてもらうわ」
幽香は黒い霧の中で、退屈だが、充実した時間を過ごした。極度に時間の流れを遅くされた肉体と違って、意識はほとんど通常通りのスピードで働いた。霧から出たあと、メイドと魔法使いがどう動いてくるか、楽しみだった。ふたりとも自分に比べれば非力なことこの上ないが、器用さと、精密さと、何よりひたむきさを持っていた。幽香は彼女たちに負けてはいないが、まだ勝ってもいない。
霧の外に足先が出ようという時だった。突然霧が晴れた。それを実感する間もなく、頭上から新たな闇が落ちてきた。
何も見えなくなる。それどころか、音も匂いも消えた。
幽香は惑乱の真っただ中に放り込まれた。それでも、どうにか敵のいそうなところは把握した。妖力や魔力の細かい区別は幽香はよく知らない。知らなくても、何かその辺りに違和感がする、ということさえわかれば十分だと、考えている。
そして今まさに、暗闇に、その違和感があった。ふたつだ。
口を開け、まるで叫ぶように、妖気を吐き出す。
妖気は、手や髪の毛から射出することも可能だ。だが、叫ぶという原始的な動作が、幽香には一番やりやすかった。もし手足をちぎられれば、あとは叫ぶしかないのだ。
確かな手応えがあった。ふたつのうち、ひとつは吹っ飛んだ。もうひとつはその場に留まっている。妖力だか魔力だかが、そいつの中で膨らんできている。
闇がうっすらと晴れてきた。光が、音が、匂いが、戻ってくる。
紫髪の魔法使いが、カードを差し出し、宣言する。
「日符・ロイヤルフレア」
幽香は体の奥からふつふつとわき上がってくる悦びに身を浸す。
再び妖気を吐く。光り輝く灼熱の炎が、妖気とぶつかる。炎は勢いを削がれつつも妖気を呑みこみ、そのまま幽香に襲いかかる。とっさに左に飛ぶ。かわしきれず、右半身が炎に呑みこまれる。着地すると同時に妖気を吐き、そのまま魔法使いへ向かった。魔法使いは妖気を弾くが、そのままうずくまってしまった。ほとんど魔力が感じられない。今ので使い果たしたのだろう。
闇はもうない。見慣れた紅魔館の中に、自分はいる。
魔法使いのもとへ行く途中まで、床から槍が生えたり、炎が噴き出したり、風の刃が切りつけてきたりした。無視できるダメージではないが、幽香は心地よい興奮状態のまま、魔法使いに一直線に向かっていた。
右手、真横から、何かが襲いかかってくる。闇と、魔法使いの攻撃と、足下のトラップで、今の今まで、そいつがこの場にいることすら気づかなかった。避けられないと判断し、右腕をかざす。
右腕が切断され、宙を舞う。
銀の刃がきらめく。
メイドだ。すぐさま左手で反撃を繰り出すが空を切る。背後に殺意を感じ、頭を下げる。頭上を銀の刃がかすめ、髪の毛が数本、宙を舞う。振り向かずに、そのまま背後へ足を蹴り上げる。わずかに手応えがあった。だがナイフを砕いただけだ。振り向きざま回し蹴りを打つ。敵を捉えることはできなかった。追いすがるべく一歩踏み出すと、そこから岩が突き上げてきた。体勢が崩れたところへ、メイドの襲撃がある。岩を蹴り、距離を取って着地すると、そこが沼のように沈みこむ。またもメイドが襲ってくる。横っ跳びにかわして床を転がると、体に糸がまとわりつく。魔力で作られた糸だ。引きちぎって身をそらした時には、銀の刃が頬をかすめる。
幽香は感嘆した。細部に至るまで計算された攻撃は、さながら自然そのものの仕組を彷彿させる。太陽の熱を浴び、大気を循環させる光合成のように、隅々まで理にかなった動きは、美しい。
パチュリーは肩で息をしながら、咲夜と幽香の戦いを見守っている。
「見事だわ、咲夜」
トラップの場所と、効果と、そこから標的が逃れる方向を、完全に計算しつくしていなければできない芸当だ。
だが、それでもまだ分が悪い。元々地力の差がありすぎる。先制攻撃で腕一本奪っていても尚、挽回しきれないくらいの明確な差だ。持久戦になれば、圧倒的に咲夜が不利だ。幽香は既に咲夜とトラップの複合攻撃に慣れ始めている。
本来なら、まだ辛うじてこちらに天秤が傾いている今こそ、パチュリーが援護射撃をするべきなのだ。しかし渾身の力でロイヤルフレアを放ち、そのあと妖気を食らったパチュリーに、余力はほとんど残っていない。
手近な魔方陣に手を触れる。そこから力を吸う。手元には、手のひらにちょうど載るほどの歯車があった。
「金符・オータムブレード」
この程度では、幽香の腕を切り落とすことすらかなわない。それでも、目くらまし程度にはなるはずだ。
しゅるしゅる、と歯車が回転を始める。加速し出す。幽香の位置を追い続ける。目まぐるしく動く、その行動を予測する。間違っても咲夜に当ててはならない。
足元から数本の槍が飛び出す。幽香は大きく跳躍する。
あのトラップはドヨースピアだ。あのあと天井で跳ね返り、もう一度幽香を狙う。頭上から攻撃を浴びた幽香は、体勢が不十分なまま床に着地しようとするだろう。着地地点には咲夜が待ち構えて攻撃を仕掛ける算段だ。
パチュリーはオータムブレードを放つ。
誤算が生じた。幽香はドヨースピアを蹴り砕いた。余裕を持って天井に張りつく。下で幽香が降りてくる瞬間を狙って攻撃を仕掛けようとした咲夜を、悠々と見下ろす。オータムブレードは空しく過ぎ去り、壁を切る。
攻撃が不発に終わった咲夜は、完全に無防備だった。幽香の足に力が漲る。
咲夜は三日前に食らった幽香の攻撃を思い出す。時間を止めようとしても間に合わなかった。攻撃を食らっている途中でどうにか止められたが、ほとんど意味がなかった。今、この隙だらけのところに攻撃を食らえば、二度と立ち上がれないだろう。
咲夜は諦めない。
立ち上がれなければ、這っていけばいい。両手両足が動かなくても、口でナイフは扱える。顎に力が入らなくても、目に力は宿る。目も潰されたら、時間そのものを破壊してやればいい。時間が止まれば、誰もレミリアに近づけなくなる。
パチュリーは諦めない。
見えたから。
「てえええやああああああぁぁぁぁっっっ!!」
紅美鈴の姿を、目に捉えたから。
「っ!!!」
幽香の目が、驚愕で見開かれる。美鈴の渾身の飛び蹴りが、幽香の顔面を捉えた。幽香はのけぞり、天井から落ちながら、腕を振り抜く。あとのことを何も考えていなかった美鈴は、その一撃をまともにくらい、錐揉み状に回転して、壁に叩きつけられた。幽香は空中で体勢を立て直し、着地する。
よろめいて、膝をついた。
幽香は、自分の体が自分のものでない気がした。意志と肉体が噛み合わない。ちぐはぐになっている。
「気を……乱したのね」
パチュリーは呟く。
咲夜はこの隙を逃さない。
幽香は猛スピードで体内の気の巡りを安定させる。時間にすれば、一秒と少し、それで正常に戻した。しかしナイフは喉元まで迫っていた。
銀の光が一閃する。
幽香の首が、胴から切り離される。宙に飛ぶ幽香の首に、咲夜は止めとばかりにナイフを投げつける。幽香は口を開き、ナイフを歯で抑え込んだ。そのまま噛み砕く。
咲夜の目が、真紅に染まる。両の手にナイフを持つ。
「傷魂・ソウルスカルプチュア」
切断、断裁、切断、滅多切り、また切断。斬撃の暴風の中心となった咲夜の手と、幽香の首は、もはやまったく見えなかった。
嵐が収まった時、幽香の首はどこもなかった。ナイフの暴風に呑まれて粉微塵になっていた。
右腕と首のない幽香の胴体が、さらさらと崩れていく。花びらになって、崩壊していく。あとには、ブラウスと、赤いチェックのベストとスカートだけが残った。
向日葵の、菫の、蒲公英の、スイートピーの、菖蒲の、無数の花弁が散っていく。
それは、目から赤い光をなくした咲夜を包み込む。
「さく……!」
パチュリーが危険を知らせようとしたがもう遅かった。花弁はさらに細かく分解され、、半透明の霧状の幽香となり、咲夜を背後からしめつけた。精根尽き果てていた咲夜は、たちまち気を失った。うっすらと人型となった幽香は咲夜の首を片手で釣り上げ、躊躇なく床に叩きつける。地響きがし、床が陥没する。
(駄目だ、もう動かない)
咲夜は朦朧とした頭で思う。
(でも、風見幽香だって限界のはず)
妖怪は人間と違い、ある程度肉体を破壊されても死にはしない。だが、今の幽香のように、本質に近い状態で長くいると、その本質そのものをすり減らしてしまう危険性がある。
(あと少し、あと少しでこいつを始末してしまえるのに)
指一本、力が入らない。咲夜は時間の破壊を考えた。
その時、耳をくすぐるような囁き声がした。
(咲夜、眠ってもいいのよ)
声が咲夜の頭に響く。よく耳に馴染んだ声だ。
なんだ、と咲夜は思う。
間に合っていたのか。
咲夜は安心して気を失った。
「う、うう……」
パチュリーは呻きながら、立ち上がる。もう、自分しか動ける者がいない。咲夜を撃沈した幽香は、一糸まとわぬ姿で立っていた。安定した形をとれないでいるのか、時々、指先や足先、髪の毛の先から花びらが散っている。
「レミィ、ごめん。守れなかった」
パチュリーは一歩踏み出すが、そこで力尽き、前のめりに倒れ伏す。それでも顎を上げ、幽香を睨む。幽香も見返す。
「ごめん、こいつを…… あんたには、何の心配もかけたくなかったのに」
力尽き、そのまま突っ伏した。
幽香の体から散る花びらは急速に増えていく。幽香は広間を歩き回り、次の標的を探すべく、妖気を放出する。しかし、うまくいかない。
体が思うように動かない。頭もうまく働かない。体全体がだるい。
気づいた時には、幽香もまた倒れていた。
「ああ、眠いわ」
幽香はそう言って、満足げにため息をつく。
夢も見ないほどの気持ちの良い眠りが待っていそうで、眠る前からわくわくした。
予想に反して、多くの夢を見た。
昔の血みどろの夢、寂しかった夢、朽ちた花園、空しい暴力、そういった嫌な夢をたくさん見た。
そしてまた、見渡す限りの花に囲まれている幸福な夢も見た。嫌な夢が、内容が豊富で具体的であるのに対して、幸福な夢は単純で、抽象的だった。
目を開けると、眠る前と同じく、紅魔館の広間だった。服は何も身につけていないままだ。
大階段を上がる。廊下を進み、階段を上り、最上階の奥の部屋に行きつく。扉の鍵はかかっていなかった。
部屋は薄暗く、奥のカーテンの隙間からうっすらと光が差し込んでいる。カーテンを開き、戸を開けると、そこはテラスだった。テラスは無人だったが、そこから紅魔館の芝生の庭が見渡せた。
庭に、真っ白なテーブルクロスが見えた。そのまわりに、ふたりの少女がいる。お茶会の準備をしている。
幽香は空を飛んでテーブルの傍に着地する。
レミリアはポットをテーブルに置いた。
「あら、席はないわよ」
椅子は全部で六つあった。
「あるじゃない」
幽香が応えると、忍び笑いが漏れる。フランが、テーブルに皿を置きながら、幽香を上目遣いで見て、笑っている。
「そんな風に言う決まりなの」
フランは、少女の裸体を、頭から足先まで、無邪気な視線で舐めるように見る。
「あなた、綺麗ね。触ってもいい?」
フランが差し伸ばした手を、レミリアがたしなめるように、軽く叩く。
「フラン、よしなさい。あんたも服ぐらい着たらどう」
「それとも服も着れないぐらい残機がないのかしら」
幽香は自分の手のひらに視線を落とす。そこを中心に、花びらが幽香のまわりに集まり、服を象っていく。ブラウスとベスト、スカートの姿になる。
「さすがに回復が早いわね」
レミリアは席についた。フランもレミリアの右隣に座る。幽香は、レミリアとテーブルを挟んで真正面の席に座る。
「ずいぶんと暴れ回ったみたいね。楽しかった?」
「ええ、楽しかったわ。おかげさまで。といっても、あなたのおかげじゃ全然ないのだけれど」
「ふうん、そう」
「いい友人をお持ちね」
幽香は微笑む。レミリアはそれを鼻で笑う。
「散々な目に合わせてくれたみたいね。しばらくは治療が必要でしょうね。明日から誰が家事をするのかしら、誰が館内の魔力の調整をしてくれるのかしら。紅魔館は放っておいて今の状態になっているわけじゃないのよ」
「紅魔館さえ正常な状態なら、それでいいということね」
レミリアは露骨に眉をしかめてみせる。
「話が通じないわね、あんた。誰もそんなこと言っていないでしょう。紅魔館なんてただのハコよ。私たちが寝泊まりするだけのハコ。気に入らなくなったら、捨てればいい。中にいる奴とは違うんだから」
「なんだ、思ったよりずっと素直なのね。つまらない」
「何の話よ」
「ひねくれた愚か者に、丁寧に物事を教えてあげるのって、その徒労さ加減が魅力的なの、っていう話よ」
「よくわかんないわね」
レミリアはポットから茶を淹れながら、問う。
「完全に力が戻るまで、あとどのぐらいかかるの」
「もう戻っているわ」
「強がる必要はないわよ」
幽香は空を見上げる。紅く曇っている。準備はもうできているようだ。
「戻っているなら、始めてもいいよね。握りつぶしてあげる」
フランは腕を幽香に向けて差し出す。
その、手首から先がない。血が滴っている。
「……え?」
フランは首を傾げた。見ると、自分の両の手首が、幽香の手に握られている。
「あれ、あれ?」
いつの間にかフランの右隣に幽香がいた。幽香はフランの頭を押さえて、目の前のポットに叩きつけた。ポットは砕け散り、テーブルは割れ、フランの頭は地面にめり込む。
「ふふ、こうしてみるとまるでドゥーマウスね。一生眠っていなさいな」
フランから手を離し、振り向きざまレミリアに裏拳を放つ。だがその攻撃は空を切った。レミリアは両腕を水平に伸ばし、十字架を模す。
やばいのが来る。
そう直感した幽香は体を丸めた。妖気で身を包み込む。
「紅魔・スカーレットデビル」
紅の暴力が、幽香を蹂躙する。幽香は自分の意識が遠くなるのを感じ、慌てて引き戻した。
指先を動かす。試しに、腕全体を動かしてみる。何とか動く。パチュリーは咳き込みながら、上半身を起こした。
広間は、皆が散々暴れ回ったせいで、悲惨な有様になっていた。立ち上がろうとして、膝をつく。
「パチュリー様!」
小悪魔がやってきて、パチュリーに肩を貸す。
「小悪魔……」
「大丈夫ですか。大丈夫じゃないですよね。すぐにお部屋に連れていきますから」
「外、へ……連れていって」
「何を言っているんですか。無茶ですよ」
「いいから、外へ。レミィたちのところへ」
パチュリーは有無を言わさぬ目で、小悪魔を見た。
「お願い」
小悪魔はうなずき、紅魔館の外に出る。
庭に、巨大な紅い十字架が輝いていた。
「あれは……レミリア様」
周囲は紅い霧で覆われ、昼過ぎだというのに薄暗かった。その中で、レミリアを中心とした紅い十字架は、異様な輝きを放っている。
「レミィ、全然手加減する気ないようね」
十字架が消え去ると、あとにはうずくまった風見幽香がいた。だが少し頭を上げ、レミリアと目を合わせたかと思うと、すぐさまその場から飛びのく。その直後、そこをレミリアの爪の一撃が通り過ぎる。
「スカーレットデビルの直撃を受けて、動けるって言うの?」
パチュリーは呆れたように呟いた。
レミリアは芝生の上を跳び回る。パチュリーの目には、レミリアが着地する瞬間しか捉えきれない。次にどこへ跳ぶかを予想しないと、目で追うことすらできない。
幽香は、目で追っている様子はない。ただ、その場に突っ立っている。幽香の右からレミリアが飛びかかる。頭を下げ、レミリアの横なぎの一撃に空を切らせ、屈み込んだ姿勢から拳を突き上げる。顎に幽香の拳を食らったレミリアは、宙に吹っ飛ばされる。宙でぴたりと止まり、紅く輝くナイフ弾幕を展開する。
「獄符・千本の針の山」
雨粒のように隙間なく降り注ぐナイフ弾幕に、幽香は真正面から突っ込んでいく。ナイフと紅弾が突き刺さるが、ものともしない。それでも、勢いが殺され、幽香本来のスピードは殺されていた。
レミリアの両手に、それぞれ槍が現れる。
「必殺・ハートブレイク」
幽香はナイフ弾幕を受けながら、飛んでくる槍を腕で弾く。槍がふたつに折れた。
「もう一発!」
これも払いのける。そこへレミリア本体が急降下して、突き飛ばす。幽香が地面に墜落するより先に着地し、膝を打ち上げる。幽香は大きくのけぞったが、持ちこたえた。レミリアを殴り返す。
「な、なんなの……」
パチュリーはそれ以上言葉が出なかった。幽香の強さはついさっき目の当たりにしたし、レミリアの強さはそれ以上に骨身に染みて知っている。わかっていて尚、パチュリーは唖然とせざるを得ない。
「次元が違う」
自分が精魂込めて作り上げた魔方陣のトラップは、幽香の足止め程度にしかならなかった。幽香がもっとも戦いにくい状況に、もっとも戦いやすい状態の咲夜を当てる。そういう戦い方だった。
レミリアは違う。幽香に全力を出させてしかもそれを上回ろうとしている。
レミリアは幽香から距離を取る。幽香との接近戦にたまりかねて距離を取った……という風にも、パチュリーには見えた。
「紅符・スカーレットマイスタ」
赤く禍々しい塊がレミリアから放出される。
幽香は傘を広げた。極大の筒状の妖力が迸る。
弾幕同士の激突の余波が、パチュリーが立っているところまで届く。小悪魔はパチュリーが倒れないように両腕で抱き込んだ。さらに周辺を複数の魔方陣で防護する。
「し、しっかり! パチュリー様」
「あれは、マスタースパーク……」
小悪魔の腕の中で、パチュリーは呟く。無論、幽香のそれは、そういう名ではない。そもそも幽香はそれに名をつけていない。だが、その威力は紛れもなく、あの霧雨魔理沙が入念に下準備を重ねて放つ、屈指のスペルと同等だった。それを幽香は、おそらくわずかな溜めだけで発動している。
「くくく……」
「あ、パチュリー様、どこか痛みますか」
うつむいて体を震わせるパチュリーに、小悪魔は声をかけた。
「笑うしかないわね、ここまで力の差を見せつけられると」
「あの……」
パチュリーは唐突に笑うのをやめる。
「馬鹿らしい。小悪魔、部屋に戻るわよ」
パチュリーと小悪魔が観客席から退場しても、戦いは続く。
爪を尖らせ、飛びかかる。普通の人間、あるいは普通の妖怪、あるいは普通でなく相当の腕前である人間や妖怪ですら、レミリアがその場から消えたようにしか見えなかったに違いない。
「デーモンロードウォーキング!」
幽香の喉がえぐれ、花びらが散る。幽香はわずかに体をよろめかせたが、立ち直った。レミリアは、幽香から少し離れたところにいた。頬が赤く腫れ上がっている。血の混じった唾を吐き捨てる。
「はじめから相撃ち狙いなんて……舐めてるわね、吸血鬼を」
「そんなことないわ」
幽香は言う。事実だった。後方に跳んで様子を窺うつもりが、ついつい正面から腕試しをしたくなったのだ。
不意に、幽香の背筋に怖気が走った。レミリアを凌駕する力が、迫ってきている。わかっていても、もうよけられない。そんな線の細い攻撃ではないことが、振り向かずともわかる。
「あははははッ! 禁忌・レーヴァテイン!」
跳んで身をひねって、辛うじて直撃を避ける。
下半身が吹っ飛んだ。花びらが舞う。巨大な剣を振り抜いたフランが、幽香の真下を通り過ぎようとしていた。フランは頭上の幽香を見て、笑う。
「あんたすごいね。楽しいなあ。まだ頭がくらくらする!」
頭上の幽香を仕留めるため、フランは剣を構えなおそうとする。敵を前にしてこの動き、幽香からすれば鈍重なことこの上ない。
「なら、今度はゆっくり眠ることね」
妖力を加え急降下し、隙だらけのフランの脳天に肘を叩き込む。フランは前のめりに突っ伏して、動かなくなった。
その瞬間、胸に重いものが突き込まれた。視線を落とすと、自分の胸を巨大な槍が貫いている。
「神槍・スピアザグングニル」
地面に縫いとめられ、動けない。
「フランは力は私よりあるのに、それをうまく利用できないの。経験が少ないのか、元々不器用なのか、困ったものね」
微笑むレミリアの体からは、濛々と紅い妖気が立ち上っている。幽香は体を花びらに分解する。
「やると思ったわ」
レミリアもまた無数の蝙蝠となり、無数の花びらに食らいついた。花びらは旋回しながら、上空へ向かう。蝙蝠は追う。花弁と蝙蝠のふたつの軌道が螺旋状に絡まり合い、やがて絡み合う幽香とレミリアになる。
レミリアは幽香の喉に牙を立てていた。幽香はそのレミリアを抱きしめるような体勢になっている。
ふたりは絡み合ったまま、地面に墜落した。レミリアは喉を食い破ろうと、顎に力を込める。幽香の体は、どれだけ噛んでも血が出てこない。奇妙な蜜のような味がするばかりだ。そう怪訝に思ったのも束の間、激烈な力で締め上げられる。
「がっ……」
何の工夫もない。ただ、抱きしめるだけ。抱きしめられるだけ。レミリアは自分の背骨が折られるのを感じた。たまらず蝙蝠に変化して、距離を取る。幽香が花びらになって追ってくることも覚悟したが、幽香は地面に倒れたままだった。
そのまま、動かない。ただ、荒い呼吸を続けるばかりだ。
もう幽香には追う力が残っていないのだと、やっとレミリアは理解した。蝙蝠から少女の形に戻る。今まで肩で息をしていたが、余裕を取り戻すかのように、優雅に深呼吸する。
「楽しかったわ。さよなら」
そう告げて、荘厳な紅い弾幕を展開する。幽香は大の字に寝転んだまま、呟く。
「私も、楽しかったわ」
それは、戦意喪失の言葉とも取れた。無論、レミリアは耳にとめない。
紅色の幻想郷は終わらない。
***
美鈴は大きく伸びをした。今日は快晴とは言い難い。夕方からひと雨来るかもしれない。
それでも気分は良かった。体はまだあちこち痛むが、心地よい疲労と充足感が、彼女の体全体を満たしていた。
あのあと、特に咲夜やパチュリーから面と向かって何か言われたわけではない。気がつくとそれ相応の手当てがされてあった。他の妖精メイドに混じって片づけをしようとすると、止められた。
「あなたはあなたの仕事をしていなさい」
そう、咲夜に言われた。正直、痛む体に鞭打って後片付けするのは気が重かったから、嬉しかった。外に出ると、夕日が目に染みた。あの戦いが、つい数時間前の正午に行なわれたものだとは、美鈴はなかなか自覚できなかった。考えてみれば、美鈴がした行動など数えるほどしかない。パチュリーの前に立って、幽香の攻撃に吹っ飛ばされたことと、幽香を攻撃した後、やはり吹っ飛ばされたことだけだ。それでも、ずっと気を張って幽香やパチュリー、咲夜の動きを見ていた。
こうして夕日を見ていると、ひと仕事終わったのだと実感でき、気が楽になった。
「なかなかいい気の練り方だったわ」
弛緩した美鈴の体が、一気に強張る。クスクス、と彼女は笑う。
「今日はもういいわよ。私も疲れたわ。久々に思い切り遊んだ」
風見幽香は、紅魔館の門から十メートルほど離れたところに日傘を差してしゃがみこんでいた。そこに咲いているタンポポと何か話していたようだ。美鈴が出てきたのを見て、声をかけてきたのだろう。
美鈴は、体の緊張を少しずつ解いていく。後片付けをしていた妖精メイドの話によると、幽香はスカーレット姉妹に完膚なきまでに叩きのめされたらしいのだが、そういった様子はまったく見られない。確かに三日前や、今日の昼に感じた、背筋が凍りつくような殺気は感じられないものの、ただ隠しているだけという気もする。もっとも、スカーレット姉妹とやりあって無事で済むとも考えられない。
「縁があったらまた会いましょう」
「それは勘弁願いたいわね」
美鈴は本心から言った。幽香はタンポポを一輪抜き、美鈴に近づく。
「あなたに合う花は、そうね、これだと思うわ」
「え……」
「水に差せば一日ぐらいは持つわ。枯れたら、その姿も目に納めて、土に還してしまうことね。あなたもいずれ還る土に」
美鈴の手にタンポポを押しつけると、幽香は去っていった。三日前と同じように、のんびりと、マイペースで歩いていく。美鈴は辺りを見回した。詰所まで行けば水はあるが、サボリだと思われるのも癪だった。とりあえず水筒の蓋を開けて、そこに差した。休憩時間にでも水と瓶を取りに行こう。花の気が混じった水筒の水は、それはそれでおいしいかもしれない、と美鈴は思った。
扉がノックされ、咲夜が部屋に入ってきた。パチュリーは安楽椅子にぐったりと座っていた。小悪魔に地下の自室まで連れていかれると、そのまま気力の糸が切れて座り込んでしまった。
「パチュリー様、お加減はいかがですか」
「あなたがレミィの傍にいずここまでやってきたということは……終わったのね」
「はい。妖怪は撃退されました」
「そう。報告ありがとう。レミィのところに行ってあげて」
「はい。それでは失礼いたします。パチュリー様、あなたのおかげで、紅魔館は最小限の被害で妖怪を撃退することができました。ありがとうございました」
咲夜が退室すると、パチュリーは椅子から立ち上がろうとして、そのまま崩れ落ちる。
「パチュリー様!」
「ねむ……い」
「は、はい、すぐにベッドに運びますね」
「汗で、ぬるぬる、する」
「はい、着替えも差し上げます」
「疲れた、本当に」
「パチュリー様は、がんばりました。私、見てましたから。だから、ゆっくり休んでください」
ひとまず彼女をベッドに押し込む。それから棚を開けて、清潔な、肌に優しい寝巻を取る。
「小悪魔、喉渇いた」
「はいはい。すぐに温かいお茶をお持ちします」
「小悪魔、私、負けた」
部屋から出ようとする小悪魔の背中に、パチュリーは言葉を投げかける。小悪魔はどう答えていいかわからない。
「レミィと妹様の邪魔をされるのだけは止めたけど、結局、私は何もできなかった」
「そんなこと、ないです」
「私は、弱い」
「そんなことないです。みんな、みんなあなたのことを誉めていました。咲夜さんだって」
「咲夜は、強かった。あの大妖怪相手によく戦ったわ。私は、見ていただけだった」
「パチュリー様! いい加減に……」
「いいの。ごめん、小悪魔。もういいから」
小悪魔はうなだれて、部屋から出た。長い付き合いだからわかる。主人はかなり落ち込んでいる。彼女が全身全霊をかけて、水も漏らさぬほどの緻密さで作り上げた魔方陣を、結局力技で突破されてしまったのだ。
小悪魔は考えた。どうすれば主人の気を楽にできるか。こういう時、レミリアはもちろん、咲夜もあてにはならない。彼女らはパチュリーと距離が近すぎる。かえってパチュリーの自尊心を傷つけるだけだ。かといって距離の遠い相手だと意味がない。
レミリアのベッドには、フランが眠っていた。レミリア本人は椅子に腰かけて、咲夜の淹れた紅茶を飲んでいる。
「やっぱり紅茶はひとに淹れてもらった方がおいしいわね」
「お誉めの言葉、ありがとうございます」
「それにフラン相手じゃ、張り合いがなくて。こいつは茶の良しあしもわからないのよ」
ベッドで眠っている妹を振り返る。咲夜もつられてフランを見る。
「だいぶ、お疲れのようですね」
「私はそうでもないけどね。フランが後先考えずに突っ込むものだから」
「すみませんね、お手を煩わせて。私たちだけで始末できればよかったんですが」
「別にいいわよ。この子とずっとふたりきりでいるのも、それはそれで気が重いから。いい気晴らしになったわ。晴らしすぎて、なんだか館が大変なことになっているみたいだけど」
「後片付けはもう少しかかりそうですねえ」
「パチェはどうしてる?」
「ああ、へこんでましたよ」
咲夜はあっさりと言った。レミリアは頬杖をつく。
「変に意地っ張りよね、あいつ。私が何か声をかけた方がいいかしら」
「あまりお勧めは致しません。多分パチュリー様のことですから、すぐに立ち直りますよ。お嬢様が下手に気を使って声をかけるとかえってこじれるような気がします」
「そうね。黙っとくわ。それが気楽でいいし」
窓から、外の庭を眺める。午前中まではきちんと整備されていた美しい庭も、今はボコボコに穴が空いてかなり見苦しくなっている。
「まったく、あの妖怪、暴れるだけ暴れて帰ったわね。本人は気持ちいいんだろうけど、片付ける側の身にもなってもらいたいものだわ」
「神社の巫女はいつもそう思っているのでしょう」
「あいつは寂しがり屋だから、本当はみんなにいてほしくて仕方ないのさ。だから仕方なく私たちも宴会に誘われていく」
「また自分に都合のいいように解釈されて……」
「ホントだって。それより、咲夜」
レミリアは咲夜の頬、そして喉に手を伸ばす。
「派手にやられたみたいね」
「ええ、まあ」
咲夜は、自分の喉に指を這わせたレミリアの手の甲に、指を添える。
「あなたとフランドール様に、仲直りの時間を少しでも与えたかったので」
「だから喧嘩しているわけじゃないってば」
ぐっ、と咲夜の喉をつかむ手に力を得る。咲夜は心地よさそうに目を細める。
「そう見えるんですよ」
「ふん、なんで年下のあんたに心配されなきゃいけないんだろう」
咲夜から手を離す。
「近々、内輪のディナーパーティーでもしようかしら」
「楽しい運命というのは、結局そう言うことだったんでしょうか」
「うん?」
「先日そんなことを仰っていたでしょう。あれは予言だったのかなあ、と。今思いました」
「そうだっけ。忘れた。わかんないわよ、私の能力で、先のことなんて」
日が暮れて、夕飯の弁当を食べ終わって、さらに一、二時間ほどすると、美鈴の勤務は終了だ。月は雲に隠れてその所在をはっきりとさせない。雨は降らず、肌寒い気温もかえって心地よかった。色々あったが何はともあれ快適な一日だった。
空の向こうから、何かが近づいてくるのを感じた。
美鈴はさほど緊張しなかった。幽香の強烈な気を間近で体感して、感覚がやや麻痺していたというのもある。だがそれ以上に、その気の持ち主をよく知っていたというのが大きかった。
まだはっきりと姿形の見えない相手に向かって、美鈴は手を振った。アリス・マーガトロイドらしき人影も、それに応えて手を振った。
扉が控えめにノックされた時点で、パチュリーは状況が読めた。
(小悪魔か。余計なことを)
魔方陣を立て続けに作成した反動と、幽香戦で直接負った傷のダメージが、同時に襲いかかってきていた。しかも、胸が焦げ付くような敗北感の相乗効果も加わり、今、パチュリーの疲労、不快感は頂点に達していた。
ノックを無視していると、控えめだが、確固たる意志でもって、ドアが開けられた。金髪碧眼、青いワンピースの上に白いケープを羽織った人形使い、アリスが姿を現す。
「今晩は、パチュリー。今日は招待されてなかったけど、来ちゃった」
「なぜ?」
短く、冷たい問いに、アリスはやや戸惑った風を見せた。だがすぐに元の穏やかな表情に戻る。
「元気がないから、だって」
パチュリーは、自分の中にある頑ななものが、たちまち溶けていくのを感じる。
彼女の笑顔を前にして、冷たい態度を取り続ける理由が見当たらない。
「つまらないことが、あったのよ」
それでも、声は無愛想なままだった。アリスは歩み寄って、パチュリーの隣に椅子を引き寄せて座る。
「どんな? 話してよ」
「別に。私の無能さ加減を改めて思い知らされただけ」
「ふうん」
人形がトレイをかついでいた。さらに別の人形が、アリスとパチュリー、ふたりの前にそれぞれカップを置く。
「ありがとう」
「淹れたのは小悪魔だけど」
「あとでお礼を言っておくわ」
パチュリーはカップを取り、口に近づける。
「私は、あなたは優れた魔法使いだと思っている」
パチュリーのカップの水面が揺れた。それは彼女自身の感情の揺れに似ていた。熱い液体が、パチュリーの唇と顎にわずかにかかる。
「熱っ」
「あなたがこつこつと研究を積み重ね、自分なりに体系化した魔法の理論は、聞いていてとても楽しいわ。尊敬できる」
人形にさせるのではなく、自分でハンカチを取り出し、パチュリーの唇と顎を拭いてやる。
「あなたはただ壁にぶつかっただけ。違う?」
「違う、と、思う」
パチュリーは、ハンカチを持ったアリスの手を押しやる。押しやる、といっても邪険な感じではなく、どこか甘えたような仕草だった。押しやりながらも、その手に指を這わせる。
「レミィみたいな化け物には、私がどう逆立ちしたって叶わないの」
アリスは呆れたように眉をひそめた。
「何、そういう話? 力の強さで吸血鬼に敵うわけないでしょう。そんな比較は意味がないわ。それとも、喧嘩に強くなりたかったの?」
「そうじゃないけれど。いざというときに、とても自分がちっぽけな存在だって思い知らされたの」
「そりゃあ、あなたはひとりの魔法使いだもの」
「全力を尽くしたわ。でも、全然駄目だった」
パチュリーは、言葉にすればするほど、自分があまりに小さなことでうじうじしていたことを痛感する。
「なんの魔法を作って、どう駄目だったのかよくわからないんだけど」
アリスは紅茶を啜る。パチュリーは、もうアリスの次の言葉が読めている。わかっていても、先を取ったりしない。考えてみれば、結論はもう出ているのだ。仮に今夜アリスがこなくても、やはりパチュリーは同様の結論に達し、早々にこの鬱屈から抜け出していただろう。
だが、たとえそうであっても、アリスに言ってもらうことに意味がある。
「また作ればいいじゃない。作って、失敗して、また工夫して、それでどんどんいいものを作り上げていく。魔法って、そこが楽しいでしょう? だったら続けるだけよ」
向日葵畑から、少女が上方へ飛び立つ。客人が見えたので、迎えるためだ。客人はふたり。
吸血鬼とメイドが少女の方へ飛んでくる。
「こんにちは」
メイドが挨拶をすると、幽香はスカートの両端をつまんで、お辞儀をする。
「ここは向日葵ばかりね。もっと色んな花があるところ、ないの」
レミリアが言う。
「お望みならそういうところに案内してもいいけれど」
「まあ、いいわ。同じ花ばかりというのも一興ね」
「あら、あなたにはこの子たちが全部同じに見えるのかしら? ずいぶん貧相な目ね」
幽香はそう言うと、下に降りていく。咲夜は苦笑してレミリアを見る。
「ふん、今日はそういう気分じゃないから、このぐらいで腹を立てたりしないわよ。安心しなさい」
レミリアは拗ねたように言う。
向日葵畑の中には、細い道が走っている。風見幽香が花を愛でる時に、花を踏まなくていいよう、道を作っているのだ。道は、他の道と交わるところで所々膨らんでいる。
「では、ここで」
咲夜は一枚のテーブルクロスを取り出し、それを広げる。するとたちまちテーブルクロスが膨らみ、食器やカップが現れる。
「まあ、こういう余興、好きだわ」
幽香は目を丸くした。全然驚いているように見えない。
レミリアと幽香が席に着き、咲夜が給仕をする。いつの間にかテーブルのまわりに色とりどりの花が咲いていた。
「おや、気が利くわね」
「おあがりなさい」
幽香は手元に咲いている竜胆の花弁をちぎり、口に放り込む。
「なんだ、あなたって花を大事することしか頭にないと思ってたけど。案外支離滅裂なのね」
「あら、私は花が大好きよ。花を愛でることしか頭にないわ。他のことはどうでもいいの」
もしゃもしゃと口を動かしながら、幽香は笑う。
「お嬢様、花は死んだり生まれたりするものなんですよ」
「あらそう」
「あなたのこともどうでもいいの。花が愛でられれば」
「いちいちうるさいわね」
「お嬢様、このひとは照れてるんですよ。どうでもいいならこうして招待なんてしませんよ」
「それもそうか。ふふん、素直じゃないのね」
「どうでもよかったら呼んではいけないという理由はないわ。反対に、どうでもよくない場合に呼ばないことが許されるということも、あるわね」
「こいつは何を言っているの? 咲夜」
「きっと禅問答ですよ。花の異変の時もよくしゃべってましたから。好きなんでしょう」
「禅、いいわね。坐禅すると落ち着くわ。そのまま眠るのが好き」
「興味ないね」
「あなたの興味は私に関係ないの」
「咲夜ぁ、話が続かない。間が持たないよ」
「でしょうねえ。私もさっきからそんな気がしていました」
「やっぱ霊夢のところに行けばよかったかな」
「あの妹を連れてくれば良かったじゃない。少しは退屈も紛れたでしょうに」
「絶対無理。あんたを目にしてじっとしていられるはずがない」
「あなたの方が大人なのね」
「妹の面倒見るのは大変なのよ」
「また遊びに来ましょうか? ああいう引きこもりは、程々に遊ばせた方がいいわよ」
「あんたが自制できるかも心配だけど。来る時は事前に連絡入れなさい」
レミリアは手元に生えてきた百合の花をむしった。
味は悪くなかった。
こんなの好きです
そしてほのぼのしまくりの平時
このギャップいいなぁ
ただ、場面が切り替わる際にはもう少し空白があると良いかと。
それとこれは私の個人的な感想かもしれませんが「たorだ」が多いように感じました。
最初の方ではそれも気にならなかったのですが・・・・。
ともあれ、面白い作品でした。
まぁ、要はただ戦うばかりじゃなくて他のところも大切にしていてくれているので見てて楽しかったと言うだけのことですが。
ちなみに上記の「見てて」のところは本来「読んでいて」となるでしょうが別に間違いじゃないです。
「読む」、というよりは「見る」、という感じを与える文章だったのでつい。無論、とてもいい文章であるということですよ。
キャラの解釈も東方らしさを失わず且つ独自性があり、
良い意味で生っぽさがあって好みでした。
次回作もwktkで待ってます。
紅魔館に侵入した幽香の、咲夜と対峙した時のシーンのところでぞっとする怖さを感じました。
また、幽香りんがこんなに素早く動いているssを久々に読んだ気がします。
強大なパワーの代償のように鈍重という設定が実際のゲーム内でも証明されてる哀しい事実なだけに
万能選手、を超えた文字通りのバケモノぽくてえらくかっこよく思えました。
それと甲斐甲斐しい小悪魔も大変良いものでした。
戦力にはならずとも、主人公たちの心の支えになる立ち位置というのは貴重ですよね。
ついでにスライディング土下座のめーりん、すばらしすぎる。
次回の少人数物も期待しています。
クリアはクリアです。時間切れでもクリアはクリアです(力説)。
それにしても、弾幕パラノイア! まるで極上のシャワーを浴びながら音楽を聴いているような幸s(ry
すいません長文コメです。適当に読み流してください。
>1
気に入ってもらえてうれしいです。
実は僕、幽香好きなんですよ。
>2
幽香りんは妖怪なので、ある程度破壊しちゃっても大丈夫かなぁ、と。
微エロと微グロは、物語を盛り上げる上でどんどん使っていくべきだと思うんすよ!
>煉獄さん
幽香VS紅魔組、ってのはいっぺんやってみたかったんですよ。
他のグループに比べて戦闘向きですもんね。
空白は、確かにいるかも。ちとギュウギュウな感じがしますね。
文末表現は、うーん……難しいところです。
動きが激しいシーンは、同じ調子の、単純なフレーズを繰り返すことで力強さを出すことを狙いました。
ただ、もしそれが他のシーン(たとえばまったり紅茶を飲んでるところとか)にまで及んでいたとしたら、
ただの単調な文章になっていたということで、失敗です。不本意です。
>12
「見てて楽しかった」とはうれしいお言葉ですねー。
東方の二次創作において、活字分野の不利な点は、
東方の醍醐味である音楽や映像から切り離されているところだ、と個人的に思っています。
音楽CDやマンガだと直でつなぐことができるけれど、活字にそれはできないです。
活字を通して、読者各人の東方体験と書き手の東方体験を、
互いに交換し合って完成にもっていくという、迂遠な道をたどらないといけないです。
でも、確かに活字は迂遠ですが、機動力と情報保存性に長けた、物語には欠かせない武器だと思っています。
この作品から東方を「見て」くれたというのは、だからとても嬉しいです。
>18
いやー、爽やかで無機質っぽいのって、駄目なんすよ。粘液が好きです。
かといって別に触手erではありません。だいたい触s(ry
もちろん綺麗な女の子がいいのですが、やはり一ヶ所二ヶ所、ねじれた、とはいわないまでも
どこか不穏なところがある方が、より親しみがわくというものです。
かといって別にヤンデレ好きではありません。だいたいヤn(ry
>27
どうも、(多分)またお会いしましたね。
おお、ホラーですか!
ホラー、ホラー……すいません不勉強でほとんど読んでおりません。
リングとか(古っ ひぐらしは途中まで(ホラー? かまいたちの夜はだいたい全部(ホラー? つかゲーム
背筋に何かが来るような文章を書きたいとは思っています。
それは恐怖でなくとも、畏怖だったり快楽だったりやるせなさだったり不可解さだったり
まあ要するに「ゾクッ」ですね。
ちなみに咲夜と対峙するシーンを書くよう示唆したのはうちの弟です。
「いきなり闘るんじゃなくて、さあ闘るか、的な演出あった方がいいよ」と。
あとでお礼言っておきます。
>32
最初つーと、〈百年の孤独〉辺りですか。
引かないで読み進んでもらってありがたいです。
ああいうところで読むのやめる人を増やしているのだとしたら
ちと次回から考えないとですね。
書いているときはつい楽しいから、だらだらと書いてしまうので。
次回は多分、蓮メリの短編です。冒頭に百合警報出すと思います。
状況が素直に目に浮かび、尚かつ程良い加減の緊張感がりました
まさに目に浮かぶという言葉通り。
ごちそうさまでした。
でもそれより時折出て来るパチュアリ+こあさんにあぁんもう。
ただパチュ←こあなのかこあ→アリなのか気になりました。
二股でもわたくしは一向に構いませんが。
他のメンバーも格好良かった。
ゆうかりんに頭砕かれ散っていった妖精メイド南無。復活するが。
制御化→制御下でしょうか?
強妖同士の戦闘は、良くも悪くも私の理解を越えたもののように思いました。
「馬鹿らしい。小悪魔、部屋に戻るわよ」と言った時のぱっちぇさんの心情……お察しします。
しかし、文章やその行間から垣間見える、キャラとキャラとの微妙な距離感が好みです。
美鈴に厳しい態度を取りながらも、心の中で心配している咲夜。
パチュリーとの逢瀬に重圧を覚えながらも、暖かく穏やかに接するアリス。
解り合えてはいないかもしれないけど、それが良い。そんな風に感じさせてくれる稀有な作品
でした。
> 「また作ればいいじゃない。作って、失敗して、また工夫して、それでどんどんいいものを作り
> 上げていく。魔法って、そこが楽しいでしょう? だったら続けるだけよ」
アリスのこの台詞、「魔法」を「小説(SS)」に置き換えることもできますね。
戦闘描写はこれからも書いていきたいですね。
物語を引き締めることができますから。
いいお手本のラノベでもあれば紹介してくださいw
〉mittyさん
ありがとうございます。
やっぱ文章書くなら、こう、五感にくるものを書きたいですよ。
次回は「触る」をテーマに書いてみます。
〉謳魚さん
こあ→アリ!?
なんだそりゃ、初めて聞いた!
何を仰るんですかパチュアリに決まってるじゃないですか。
パチュこあはただの主従ですよ。まあ主従といってもそこはこう独特なムニャムニャ
ちなみに小悪魔が眼鏡つけるのはもはやデフォでいいと思います。
エレメント見たらそう思いました。
>灰華さん
やっぱレミリアはカッコよくないと。
黄昏の「がおー」はまあ茶目っ気でおkとしても、一部の二次での扱われ方がひどすぎる……
とかいいつつ、れいてぃ屋の新刊は速攻で注文しましたが。
>53さん
おおっと!
誤字!
ご指摘ありがとうございます。制御化って変換で普通に出てきますね。どんな意味だろ。
制御できるようになるってことかな……
各キャラの距離感は大切にしたいですね。
自分はキャラによっては百合も全然アリだと思ってますが
それも距離感を描いてこそなんぼでしょう! と。
言葉や弾幕を交わすことはおそらく彼女らにとって快楽でしょうが
必ずしも理解にいきつくわけではないです。
「わかりあっている関係」というのは「黒い白馬」みたいなもんで
もはや語義矛盾ではないかとすら思えます。
まあ、それを小説として書き続けるのが楽しいわけですが。
スピード感ありますね。
首だけになってナイフを噛み砕くところと、最後の花畑での会話、が気に入りました。
お嬢様も
妹様も
まさにプロジェクトY