Coolier - 新生・東方創想話

それは桜散りゆく日

2008/11/04 17:02:10
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 氷漬けのカエル。

「えい」

 ぽん、という音がしてカエルは生気を取り戻した。あわてて、カエルは湖に戻ろうとする。

「ほれっ」

 一瞬のうちにカエルはまた氷に覆われた。湖の上で凍って、湖の下に落ちた。水が飛び散る。
 生温かい水が小さな妖精の肌にもはねた。

 小さな妖精はカエル入りの氷の塊を手に取る。

―なかなかいい出来じゃないの、あたい。

「それ」

 妖精は再び、カエルを包む氷を溶かす。そして、再びカエルは妖精の手から逃げようとした。

「えい」

 ぽん、という音がして、しかし、今度はカエルは氷漬けにならなかった。
 カエルごと氷が砕け、湖に落ちて溶けていく。

「あーあ、失敗だ」

 妖精は少し残念そうに、水辺に腰を下ろした。


 もう雪が降らなくなって、段々暖かくなってきた。
 妖精は何もせず、何も考えず、湖を見ていた。
 風ひとつない。湖は静かに幻想郷を映し出す。少しの歪みも無く。

 ふわあ。

 ふと、妖精は小さなあくびをした。少し眠いのかもしれない。

 これはこれで幻想郷のひとつの姿だった。







「こんにちは、チルノ」

 妖精の後ろから声がした。

「ん、誰だい」

 チルノは立ち上がって、声のした方を振り返った。
 そこに立っていたのは冬の妖怪。

「あー、レティ!」

 チルノはレティのもとに駆け寄った。

「レティ、今日は何しに来たのさ?」
「何をしに来たってわけでもないけど」

 レティは水辺に腰を下ろした。チルノもレティの隣に座る。

「チルノは何をしてたの?」
「あたい、別に何もしてない」
「そう。もう、春ね」

 もうすぐ桜は満開になる。寒い日も少なくなってきた。
 二人で湖を見つめる。湖には幻想郷の桜がよく映えた。

 湖の中の時は、止まっているように見える。妖精のような時間。時を刻まない空間。


 ふと、レティは滑るように言葉を吐き出した。

「チルノ、そろそろ、私はいなくなるころだと思うの」
「へっ?」

 チルノは驚き、次に首をかしげた。レティが何を言ったのか、わからなかったらしい。
 レティはもう一度、ゆっくりと話した。

「だから、もう春でしょ?」
「そうね」
「私、春になるとどこかに隠れなきゃいけないこと、覚えてる?」

 チルノは、ぽん、と手を打った。

「あー、そうか。レティ、そろそろいなくなっちゃんだ」
「そうそう」

 レティはそのまま続けた。

「私、もしかしたら、隠れたままかも」
「へっ?」

 チルノはまた首をかしげた。
 しばらく、ぐるぐると首を回したり捻ったりしていたが、今度は自分で答えが出せたらしい。

「嫌だ」


 チルノは低い声で答えた。目はレティを見据えている。

「レティが冬になっても戻ってこないの、嫌だ」

 レティは困惑の表情を浮かべた。

「チルノ、そんなこと言われても、私にはどうしようもできないわ」
「どうして」

 チルノは頑としても動かないようだった。
 元々この妖精はそうなのだ、とレティはわかっている。
 わかっていても、納得させるのは楽ではない。

「私、暖かくなりすぎると、気分が悪くなるのよ。
 だから、幻想郷がずっと暖かいままだと出てこられない」
「嫌だ!」

 突然、チルノは首を横に振って叫ぶ。駄々っ子のようだった。

「嫌だ!レティと別れるの、嫌だ!」
「チルノ、気持ちはわかるけど・・・」
「嫌だ嫌だ嫌だ!そんなの嫌だ!」
「ちょっと、チルノ」

 レティは困り果てた。
 いつも春になって、自分が隠れる時期になると、こうやって駄々をこねる。
 いつもは「また帰ってくるから」となだめていた。

―でも、今回はそうじゃないわ。
 本当に私、戻ってこれないかもしれない―

 それをはっきりと言葉にできない。


 しばしの沈黙、そして、チルノの表情が突然、明るくなった。

「そうだ!明日、あの馬鹿巫女のところで花見をやるって大ちゃんが言ってた!
 レティ、一緒に行こうよ!」
「チルノ、だから、それは無理だって言っているの」

 むう、とチルノは低く唸り、少し考え込む。

 少しの間が空いて、チルノはレティの手を強く握った。
 レティはチルノの行動に一瞬戸惑う。
 しかし、すぐに、手を繋いだ理由がわかった。

「こうすればいいじゃない。あたいが寒くしてやるからさ!」
「チルノ・・・」

 チルノの力は対して強くない。それでも、レティはチルノの手を振り払えなかった。

 それはレティが本気で振り払おうとしなかったからなのか、それとも。
 もうそんなことは関係なかった。答えは明白。

「わかったわ。一緒にお花見に行きましょう。」
「本当!?」

―はあ、困ったものね―

 レティは心の中でため息をついた。






 日が暮れる。月が昇る。
 夕日はその形をゆらゆらと、月はその形をおぼろげに映し出す。
 それはどこか似ているようで、やはりどこか似ている。

 チルノとレティの手は繋がれたまま。


 チルノはレティを自分の居場所に連れてきた。
 家、という家はない。いつも桜の木の下で安息を得ている。
 そして、もう一人、その居場所にはいた。

「うわっ、レティちゃん、どうしたの?」

 二人の姿を見た大妖精が驚く。両手には果実を大量に抱えていた。
 夕食にでもするつもりだったのだろう。

「今日からレティもずっと一緒さ!」

 レティの代わりにチルノが誇らしげに答えた。
 レティは少し無理して笑い、大妖精にひらひらと手を振った。

 大妖精はチルノを見て、レティを見て、チルノを見て、レティを見た。
 そして、一人でうんうんと頷いて、笑顔で応えた。

「今度から私たちと同棲するんだね」

 レティは盛大なため息をついた。

―もう、どうにでもなれ・・・―




 真夜中。

 桜の木の下で、チルノと大妖精、そしてレティが寝ていた。
 三人並んで座り、寝ている光景。

 正確にはレティは寝ていなかった。

「むにゃむにゃ、あたいに勝とうなんて、おとといきやがれ・・・」

 レティはため息をつく。今までに何度ため息をついたことやら。
 チルノはレティを抱き枕にして寝ていた。
 顔を背中に当てて、穏やかな寝顔をしている。

「ううん、アイシクルフォール・・・イージー・・・」

―なんの夢を見ているのやら。
 大体、どうしてイージーなのよ。夢の中でも負けちゃうじゃないの―

 またレティはため息をつく。


 朧月。





 レティとチルノが初めて出会ったのも、月がはっきり見えない夜だった。

「何だい、あんた」

 初めて見る妖怪にチルノは突っかかった。
 自分の領域に入ってくる奴はとりあえず気に入らない。
 しかし、妖怪は鋭い眼をチルノに向けた。

「あなたこそ何よ。そんな小さいなりで随分偉そうね」

 チルノはいらついた。この妖怪は新顔のくせに、古株の自分をなめているようだった。

―とりあえず、あたいの力、見せてやる―

「そうさ!あたいはチルノ!氷の妖精さ!」

 そう叫ぶや否や、チルノは氷の弾幕をまき散らした。

「あら、あなたも弾幕が使えるの」

 妖怪も雪の弾幕で応戦した。

 スペルカードなんて無い。仮にあったとしても、その時の彼女たちが使うことはなかった。
 周囲は冷気と寒気に覆い尽くされた。





―あの時の私は独りだった―

 うつらうつら、夢と現の間を彷徨うレティ。

―あの時の私は今よりもずっと・・・―


 レティもいつの間にか、眠りの世界に入っていった。
 朧月がそっと彼女たちの姿を照らし、桜の木が寄り添うように立っている。

 それは儚げで、切なくて、美しい光景。






「ねえ、チルノ。やっぱり、私行きたくない」
「何言ってるのさ!昨日約束したはずだよ!」

 花見がもうすぐ始まる。大妖精を先に行かせ、レティは渋っていた。
 チルノはレティの手を引っ張り、博霊神社の階段まで辿り着いたところだ。

「だって、私が行っても行かなくても関係ないでしょ?」

 むっ、とチルノが不満そうな顔を向ける。そして、レティの両手を強く握った。

「関係なくないー!あたいたちが、喜ぶっ!」

 チルノは思いっきりレティを引っ張り上げた。
 いつものレティより重い。チルノは少しふらつく。

「無理しなくても」

 しかし、チルノは歯を食いしばった。
 時々階段で休み、そしてもう一度レティごと空に浮かぶ。
 チルノの額には汗が浮き出た。氷の妖精なのに。

「っは、もう、ちょっとぉ!」

 とうとう、チルノはレティを上まで引っ張り上げた。
 途端、地面に墜落した。

「チルノ!」

 レティは地面にうつ伏せになって倒れているチルノを抱き起した。

「ごめん、私のせいだわ」

 しかし、レティの腕の中でチルノは笑顔を浮かべた。

「あたいは大丈夫。それよりも、ほら」

 チルノはレティの背後を指差した。
 そこにはレティの見たこともない光景が広がっていた。


 宴会はよく知っている。
 大晦日の日、いつもレティは博霊神社で宴会を楽しんでいる。
 そう思っていた。

 でも、これは花見だ。

 沢山の妖怪、人間、妖精、宇宙人、幽霊、他にも。
 そして何より。

 桜が満開だった。


「驚いた?」

 立ち上がって、チルノはレティに微笑んだ。
 レティはチルノに微笑み返した。

「うん」


 向こうで大妖精が手を振っている。
 二人はもう一度顔を見合わせ、手を繋いだまま花見の宴に交わった。



「へえ、寒気を操る二人が一緒に花見とはな」
「チルノ、レティに無理をさせていないだろうな」

 前者が妹紅、後者が慧音。二人はのんびりと二人の時間を楽しんでいた。

「大丈夫さ!あたいがこうして手を繋いでいるんだから!」
「そういうことなの」
「そういうことか」

 慧音が感心したように頷く。妹紅は、ははは、と笑った。

「妖精にしちゃあ、ずいぶん考えたもんだ」
「なにさ、失礼しちゃうわさ!」
「いや、いい。それが妖精だもんな」

 そう言って、妹紅はおちょこの酒を一気に飲み干す。妹紅の身体は熱くなっていた。

「それで満足できるならいいさ」



「あんたが一人なんてめったにないね」
「あら、私には悪魔の犬というイメージがあって?」

 今度は紅魔館のメイドに突っかかるチルノ。
 レティははらはらとその様子を見守る。

「犬?あんた、人間じゃないのさ」
「はあ、別にいいわ。そんなイメージなんて無いのね」

 チルノは自分が馬鹿にされたと感じたらしく、ふくれっ面をしている。
 レティは、ははは、と乾いた笑いを発した。

「あと、その冬の妖怪さんは大丈夫なのかしら」
「大丈夫さ!あたいがこうして手を繋いでいるんだから!」

 咲夜は、二人の姿をしばらく見ていた。

「そうね、それなら大丈夫だと思うわ」



「おお、そこの妖怪と妖精!一杯やってかないかい?」
「お姉ちゃん、ちょっと飲みすぎじゃないかしら?」
「あっははは!いいのさ。いざとなったら、あたいはちゃんとやるさ」

 大柄な死神と、小さな人形。

「ほれ、そこのちっこいの、どうだ?」
「あたいはお酒飲まない」
「なんだい、つれないねぇ。そこの妖怪さんはどうだい?」
「私も今日は遠慮しておくわ。気持ちはありがたいけど」

 メディは小町を不安そうな顔で見つめる。

「なんだいなんだい。だったらいいさ」

 小町はとっくりごと、一気に酒を口につけた。

「あたいはあたいで飲んじゃうからね」
「ちょっと、お姉ちゃん!」






 宴は盛り上がる。

 吸血鬼は酔っ払ってあちこちに絡みだす。
 亡霊の姫は庭師の制止も聞かず、ただひたすら食べる。
 山の二柱はいつ終わるともわからない飲み比べをしている。
 そして、それを煽る者、黙って見ている者、止めようとしている者。

 各々が各々の宴を楽しんでいた。


「一番!チルノ!歌います!」
「二番!レティ!歌います!」

 そして、ここにもまた、宴を楽しむ二人がいた。
 二人の手にはどこからやってきたのか、マイクが握られていた。

「いいぞ!やれやれ~!」

 あちこちから歓声が沸き上がる。皆、酒を飲んで酔っ払って、どこかが外れているようだ。

 すう、とチルノはゆっくり息を吸い込んだ。
 レティもチルノの呼吸に合わせた。


―もしかしたら、チルノは最後に・・・。
 いえ、考えすぎね。チルノだから。

 でも、チルノだから―





寒い日は好きなの? わたしは好き
粉雪降る時も
あなた想う この気持ち

暑い日は嫌いよね  だるくって
照りつける光に
恨みごとを 投げつける


誰なの? どこなの?
手を繋いで

あなたの 冷たさを
心で感じる (心で感じる)


いなくなるあなたの影

ねえ

ずっといるって言ったでしょ?



闇夜に溶ける月 可愛くて
小さなあなたのことを
思い出す この気持ち

薄雲に昇る日が 切なくて
きっと会えなくなるから
悲しみを ひた隠す


誰なの? いつから?
手を繋いで

あなたの 冷たさが
心に沁みる (心に沁みる)


薄れてくあなたの影

ねえ

すぐ消えるって言ったでしょ?



氷雪 二人の
距離を縮め

あなたと わたしとが
ひとつになった (ひとつになあれ)


たった二人の時 この体が
溶けてしまいそうだよ (消えてしまいそうだよ)
大好きで 大好きよ





 沈黙が辺りに流れる。

―あ、あれ・・・―

 しかし、次の瞬間、歓喜の渦に二人は巻き込まれた。

「結構やるじゃないの!」
「いいぞー、もっとやれー!」




「ねえ、あなたたち、どうして手なんか繋いでるの?」
「チルノが、私に花見を楽しんでもらいたい、そう言って手を繋いでくれたのよ」
「なるほどな、お互い冷気を操る、ってことか」

 二人は紅白巫女と白黒魔女と一緒に神社の縁側に座っていた。

「あたいってば、天才よね!」
「まあ、チルノにしちゃあ、いいアイディアだぜ」
「レティ、あんたは平気なの?」
「そうね、意外と大丈夫みたい。」

 四人は桜の木々を見ていた。

「もう桜もだいぶ散ったな」

 朝は満開だった桜が、今は殆ど残っていなかった。

「そうね、いつもはもうちょっと長く咲いているんだけど。
 あまりにも散るのが早い気がする」
「あたいのこと呼んだ?」
「馬鹿、違うわよ」

 霊夢はため息をついた。

「桜は人に見てもらうために、花を咲かせているんじゃないわ」

 レティはビクリ、と体を震わせた。チルノは何が起こったのか、理解できなかった。
 それでも、霊夢と桜を見るレティの目が、美しく、物悲しいものだということ。
 それだけをチルノは肌で感じ取った。

 魔理沙は帽子を深くかぶり直した。



 桜の花はすぐに散ってしまう。

 それでも、毎年、また花は咲く。

 人が桜を見るとき、そこに同じ風景はない。








「あー、楽しかった!」
「そうね」

 花見が終わって、チルノとレティは神社を後にした。
 今は二人きりだ。

「レティもあんな風に歌うなんて、あたい、ちっとも考えなかった」
「私もよ」



 小さな小川にさしかかった。綺麗で澄んだ水は湖に流れ込む。

 ふと、チルノの前を歩くレティは立ち止った。
 チルノも立ち止まる。ゆっくりと、レティは振り返った。

「チルノ、今日は本当に楽しかった」

 レティはチルノから視線を外さない。チルノもレティを見つめる。

「今日で、私はいなくなるわ。もしかしたら、永遠の別れかもしれない」

 はっきりと、レティは別れを告げた。チルノは黙ったままだ。

「最近、幻想郷も暖かくなってきたの。
 もしかしたら、二度と冬は来ないのかもしれない。
 そうなったら、多分、私は起きてこれないわ」

 それでもチルノは何も言わない。

 突然、チルノは柔らかくて、少しひんやりとした感触を覚えた。
 レティがチルノを抱いていた。

「あなたの気持ち、嬉しかったわ。
 でもね、いつかは私は消えてしまうの。それが今日になっただけの話よ。」


 レティはいつか消えてしまう。チルノもそのことは薄々と理解していた。
 ただ、それがすぐのことだとは思っていなかった。
 チルノは嫌だった、昨日までは。
 だから、レティと手を繋いで今日の花見に半ば無理やり連れて行ったのだ。

 だけど。

 チルノはとうとう堪え切れなくなった。

「うわあああああああ」

 小さい、それでも、泣き声を上げた。堰を切ったように、涙がチルノの目から次々溢れ出す。
 チルノはレティを強く抱きしめた。

「レティ、ずっと、あだいが、手をつないでであげるがら・・・。
 だがら、いなぐならないでよ・・・!」

 レティは何も言わず、チルノの頭を優しく撫でた。

―チルノは私と別れるのが嫌なんじゃない。
 私が消えるのがただただ、哀しいだけ―

 レティはチルノが泣き止むまで、そっと頭を撫でていた。
 おてんばで、単純で。

 でも、優しくて。

 そんな妖精をふわりと抱いていた。



 チルノは泣き止んだ。そしてレティを見上げる。
 少し、目が赤くて、息は荒いが、その顔は美しい。
 レティは少し、どきりとした。

「そろそろ、私、行くね」
「うん」

 チルノはレティから離れた。そして手を差し出した。

「チルノ?」
「えへへ、最後に、もっかいだけ」

 チルノはすっきりとした笑顔を浮かべた。レティもチルノの手と、顔を見て微笑んだ。

「うん」

 もう一度、二人の手が重なる。
 チルノは少し強く、レティはそっと、互いの手を握る。


 それは、出会い。そして、別れ。


 二人の手は離れた。

「じゃあね」

 レティはチルノに背を向けた。ゆったりとした足取りで、遠くへ行ってしまう。

「元気にしててよ!レティ!」

 一度だけ、レティはチルノを振り返った。
 そして、ひらひらと、手を振った。
 それに応えるように、チルノは大振りに腕を振った。

 小川を越え、レティは遠くなっていく。

 遠く

 遠く

 とおく

 とおく



 レティの姿は桜の中に薄れていく。
 チルノは、ただ、そこに佇んでいた。

 その時、強い春風が桜の木々を通り抜けた。
 チルノは思わず目を瞑った。

 殆どなくなっていた桜の花びらが散っていく。
 春風は桜をさらっていく。残っていた匂いまで運んでいく。

 チルノがそっと目を開けると、もう桜の木に花は残っていなかった。
 花はゆらりゆらり、と落ちていく。

 そして、レティの姿も遥か彼方に消えてしまった。





 レティと初めて、出会った時のこと。

 冬の真っただ中で、どちらが強いのか、闘ったこと。

 引き分けに終わって、互いを認めたこと。

 二人で雪だるまを作って、バケツの代わりにレティの帽子をのせたこと。

 喧嘩して、どちらからともなく謝って仲直りしたこと。

 春になって、また遊ぼうと約束していたこと。

 そして、花見をしたこと。





 チルノは嗚咽を漏らし、そして、泣き声を上げた。今はたった独り。

 春風は、レティの面影を持っていってしまった。











 桜は散るから。

 淡い色、淡い匂いの花をつけるから。

 色々な人が綺麗だ、儚い、寂しいと言うから。


 だから、美しいのではない。



 たったひと時の輝ける時間を持つから。

 永遠の中に一瞬だけの時を持つから。

 一瞬で永遠の時を持つから。


 だから、美しくて、儚くて、切ない。









 それは桜散りゆく日。


 薄い花の色が行くは淡い川。




















 氷漬けのカエル。

「えい」

 ぽん、という音がしてカエルは生気を取り戻した。あわてて、カエルは湖に戻ろうとする。

「ほれっ」

 一瞬のうちにカエルはまた氷に覆われた。湖の上で凍って、湖の下に落ちた。水が飛び散る。
 冷たい水が小さな妖精の肌にもはねた。

 小さな妖精はカエル入りの氷の塊を手に取る。

―なかなかいい出来じゃないかな、あたい。

「それ」

 妖精は再び、カエルを包む氷を溶かす。そして、再びカエルは妖精の手から逃げようとした。

「えい」

 ぽん、という音がして、しかし、今度はカエルは氷漬けにならなかった。
 カエルごと氷が砕け、湖に落ちて溶けていく。

「あーあ、失敗だ」

 妖精は少し残念そうに、水辺に腰を下ろした。


 段々寒くなってきた。妖精は何かを考えながら湖を見ていた。
 木枯らしが吹く。湖は静かに幻想郷を映し出す。少し歪だが。

 はあ。

 ふと、妖精はため息をついた。少し寂しいのかもしれない。

 これでこれも幻想郷のひとつの姿だった。




「こんにちは、チルノ」
「ん、誰だい」

 チルノは立ち上がって、声のした方を振り返った。














 季節は巡る。

 夏は永遠の命が芽吹いた。

 秋は人を想って月を見上げた。

 冬は雪の粒と己の姿を重ねた。

 そして、春は桜の花が散っていった。


 これが少女たちの生きる世界。


 これが幻想郷。
「春夏秋冬」はこれで完結です。
このシリーズを全て読んで下さった方がいるかもわかりません。
それでいいと思います。

だた、この作品を読んで何かを感じた、と思っただけでも。
それだけでも、私としてはこれ以上のことはありません。

まさか、作詞までするとは思わなかった。


次からは改名いたしまして、「蛮天丸」と名乗ろうと思います。
次回作は魔理沙が主人公だと思います。重い話になりそうです。



「春夏秋冬」

それは夏草生ゆる日 ・・・作品集60
それは望月欠ける日 ・・・作品集61
それは音無き雪の日 ・・・作品集61
コメッド
http://bantenmaru.at.webry.info/
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