Coolier - 新生・東方創想話

人間と妖怪の境界 其の壱 「ヤミバト」

2008/11/03 14:30:48
最終更新
サイズ
8.13KB
ページ数
1
閲覧数
768
評価数
3/25
POINT
1170
Rate
9.19
真夏の太陽が、じりじりと地面を焦がしている。去年までは青々とした草木に覆われていたお気に入りの空地も、
今ではすっかり干上がって、陽炎さえ登らない。

……お日様なんて、だいっ嫌い――私は思う。
きっと私だけではない。村中の皆がそう思っているんじゃないだろうか?
――その村の皆も、随分と数が減ってしまったけれど。

あのお日様は、毎年秋のお祭りにお供えしているお米だけじゃ足りないのだろうか?
あのお供え物だって、大して豊かでもない私の村では、なけなしのお米なのに……こんな風にじりじりと虐めるくらいなら、いっそひと思いに火でも降らせて、全部焼いて持って行ってしまえば良いのに。

「あれ……でも、あのお米は、稔子様にお供えしてるんだっけ?」

暑さで茹卵みたいになった頭からは、やっぱりまともな考えは生まれてこないみたい。
仕方なく私は、膝を抱えたままの姿勢で、この夏一番の流行語を口ずさむ。

「お腹減った……」





「……それじゃ、行ってくるよ」

そう言って、お父さんが鍬を担いで出て行きました。今日も遠くの田んぼまで行くそうです。
私の家の田んぼはすっかり干上がってしまって、今では村で唯一残っている遠くの田んぼが、
この村の最後の希望です。

……それにしてもお父さん、やつれたなぁ――お父さんだけじゃないけれど。
家には鏡なんて高級品はないから解らないけれど、きっと私も同じくらいやつれているんじゃないかな。
少なくとも、目の前で藁を編んでいるお母さんの顔は、お父さんと同じくらいやつれている。

今年は数十年に一度の大凶作なんだそうです。
そうは言っても、十年くらいしか生きていない私には、それがどれくらい凄いことなのか良く解らないけれど。
そう言っていたのは隣の家のお婆ちゃんだそうで、そのお婆ちゃんは真っ先に死んじゃったから、
聞いてみようにも答えられる人が居ないのだけれど。

そんなとりとめもないことを考えていても仕方がないから、私もお母さんと一緒に藁を編む。
お母さんも何も言わない。言葉を口にするのだって、お腹は減るのだ。
流行語が流行語なのは、他に言う言葉がなくなってしまったからなのかも知れない。

「……未亞。悪いのだけれど、お父さんにこれ持って行ってあげて。あの人、忘れたみたい」

ふいにお母さんが、流行していないことを言った。目を上げると、笹に包んだ麦飯のおにぎりが目に入り、
私は思わず涎を飲み込んでしまう。
この一日一食の麦飯は、目下の所、家の最後の備蓄。お父さんだけ日に二食べるのは、
それは当たり前のことだけれど、ちょっと羨ましく思ってしまう。
でも、それを忘れて行ってしまうのだから、頭が茹卵なのは、お父さんも同じなのだろう。私は頷くと、
それを受け取って家から出た。



ちょっと遠い田んぼまで、私は歩いて行く。走るとお腹が減るから、ゆっくり歩いて行く。
村の最後の希望までは、小さな山を一つ越えなければならない。妖怪が出たという話は聞かないけれど、
遊びに行くにはちょっと遠いし、子供はあまり行かない。ちゃんと辿り着けるかな?

てくてく歩いて行くと、やがて景色が山のものに変わって来た。村程じゃないけれど、山の木々も、
今年はどこか元気がない。元気なのは、うるさく鳴く蝉達だけだ。
本当、何を食べたらこんな大きな声が出るのだろう? 私は両手で耳を塞いで、また歩き出す。



――ふと、目の前を何かが通り過ぎたような気がした。
びっくりした私は、そのまま木の根に躓いて転んでしまった。



痛たた……何だろう? 転んだまま顔を上げると、目の前に人が立っていた。
人……というより、人みたいな陽炎? ゆらゆらと、朧気な目で、私を悲しげに見下ろしている。
私はそれが何か確かめたくて立ち上がろうとしたけれど、何故か立ち上がれなかった。体に力が入らない……

「あれ? えーと、これって……」

必死になって、茹だった卵から雛を孵そうとする。確か、昔村にやって来た美人の先生がこんなことを
言っていたような?
「――妖怪? えと……ヒダル神?」
怒ると怖い美人の先生が言うには、ヒダル神は飢えて死んだ人の幽霊で、取憑かれるとお腹が減って
動けなくなるとか――。

私は慌てて逃げようとしたけれど、やっぱり体は動かない。
陽炎のようなその人も、黙ったままで私を見下ろしている。

「……どうすれば良いんだっけ?」

怒ると頭突きする美人の先生は、助かる方法も教えてくれたような気がする。
確か、手の平に米の字を三回書いて、舐めるんだっけ――?
何とか動かそうとした私の手から、何かが零れ落ちた。突然、陽炎のような人が、びっくりしたように後ずさる。
私の手から零れたのは、お父さんのおにぎり――。

……そう言えば、美人の先生は、こうも言っていたような気がする。ヒダル神に取憑かれた時は、一口でも良い、
何かを口にすれば助かる……って。でも、これはお父さんのおにぎりだし――。

暫くの間、私と陽炎は、二人しておにぎりを睨んでいた。私は、陽炎がおにぎりを食べてしまわないかと
気が気じゃない。
早く何とかしないと……私はおにぎりに手を伸ばす。一口だけで良いんだ……一口だけなら、きっとお父さんも
許してくれるよね――?





気がつくと、辺りは夕日に照られさていた。
陽炎のような人も何時の間にか消えてしまって、私は一人、おにぎりを包んでいた笹の葉を握りしめて
座り込んでいた。

――全部、食べちゃった。
私は途方に暮れる。

おとうさんのおにぎりを食べてしまった。全部食べてしまった。
でも、仕方ないよね……お父さんは許してくれるかな? それとも、怒るかな?

おにぎりはとっても美味しかったけれど、私は暗い気持ちになった。もうあの田んぼに行っても届けるものが
ないし、それにすっかり遅くなってしまった。でも、帰ったらお母さんに怒られるし……

私は立ち上がり、結局田んぼに向けて歩き出した。
……お父さんに謝らないと。お父さんだって、お腹が減っているのを我慢して、私達の為にがんばっているんだ。
ちゃんとごめんなさいって言わないと。





でも、お父さんは怒らなかった。怒らなかったというか――お父さんは、田んぼの中に倒れていた。
殆ど泥だけになった田んぼの真ん中で、お父さんは仰向けに倒れていた。

「お父さん!」

私が抱き起こすと、お父さんはうっすらと目を開けた……この目は良く知っている。飢えた村人達が、
死んでしまう前にする目だ。

「……お父さん。私――あの、おにぎり……」
「――わざわざ持って来てくれたのか。未亞は良い子だな。そのおにぎりは、未亞が食べなさい……」

それだけ言うと、お父さんは目を閉じて何も言わなくなった。





すっかり暗くなった田んぼで、私は一人座り込んでいた。
目を上げると、空にはまん丸のお月様が浮かんでいた。
そのお月様に見られているような気がして、私はまた膝を抱えて俯いた。

「……お腹、減ったな」

こんなに悲しくても、やっぱりお腹は減るみたいだ。
帰ったら、お母さんはご飯を用意していてくれるだろうか?でも、それはお父さんのご飯だし、
それに動かなくなったお父さんは重たくて、私ではとても連れて帰れない。

バサバサ。

夜に羽ばたく鳥の羽音がして、私は顔を上げた。
動かなくなったお父さんの上に、一羽の鳩がとまっていた。墨で染めたような、真っ黒な鳩。
(食べてしまったのね、おにぎり)
鳩がそんなことを言った。紫色の服を着た女の人の姿になって、鳩がそう言った。
(悪い子ね)
でも、仕方がなかったんです。
(そうね――でも、それを食べたらお父さんが困ることは解っていたでしょう?
 それを食べちゃいけないことは、貴女だって知っていたでしょう?)
それはそうだけれど……でも、お腹も減っていたし――。
(お腹が減っていた貴女は、それが悪いことだと知っていて、それでもそれを口にしたの。
 貴女は貴女の望みを叶える為に、人間の倫理を――ヒトのカタチを捨てた。ヒトであることを止めた貴女には、
 この境界を……『人間と妖怪の境界』を通る資格がある。人の身では叶わぬ願いを、
 人ならぬ身となって叶える資格があるわ)

女の人だった鳩は、今度は大きな黒い壁になっていた。私の目の前にある、夜空みらいに大きな壁。
カーテンのように揺らめく黒い壁には、一人の女の子が映っていた。
綺麗な異国の服を着た、俯いていて貌の見えない女の子。
女の子は、手におにぎりを持って、口だけでにっこりと微笑んでいる。

(選びなさい。貴女の通る道を――)

……美味しそうなおにぎり。
私が壁に触れると、水溜まりみたいに壁に波が立った。
波紋の向こう側で、女の子が貌を上げた。お母さんに……ううん、きっと私に良く似た貌で、
女の子がにっこりと微笑んでいる。

この壁を通ったら、もう悲しかったり、お腹が減ったりしなくなるのだろうか?
もし私があっち側に行ってしまったら、動けないお父さんはどうなるのだろうか?
でも、私の口から出た言葉は――。

「――お腹、減ったよ……」

ゆっくりと、私の手が黒い壁を突き抜けて行く。
向こう側の私が持っているおにぎりに、こっち側の私が手を伸ばす――。





■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





紅い紅い霧に覆われた夜。空を散歩していた私の目の前に、一人の女の子が浮かんでいる。
赤と白のひらひらした服を着た、蝶々みたいな女の子。
蝶々みたいに、美味しそうな女の子――。

人のモノを食べるのは、良くないことです。だから私は、お月様に見つからないように闇を纏います。
人のモノを勝手に食べるのは、悪い子のすることです。だから私は、ちゃんと相手に尋ねます。





「――貴女は食べても良い人間?」










                                        山鳩(ヤマバト)―青森の伝承より
...オリキャラではありませんw

「正体不明な妖怪」達の正体を考えてみようと言うシリーズ...さしあたり、彼女に焦点を当ててみました。
一応、七部構成です。
plant
http://plant-net.ddo.jp/~gypsy/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1050簡易評価
15.10名前が無い程度の能力削除
最期にルーミアと絡めるのが丸分かりだったから、まだオリキャラの方が良かった気がする
17.50名前が無い程度の能力削除
>「あれ……でも、あのお米は、稔子様にお供えしてるんだっけ?」

間違ってる、間違ってるよ!というか稔子って日照り神か何かか?
19.60削除
おもしろいと思う