Coolier - 新生・東方創想話

黄昏の郷の黄昏 箭

2008/11/02 22:26:56
最終更新
サイズ
108.72KB
ページ数
1
閲覧数
4307
評価数
70/158
POINT
10320
Rate
13.01
 五 譬如朝露


 1


 夜気が植物を枯らす冷気に変わり、生きている者たちに眠りの時間を知らせようとしている。
 満月が煌々と大地を照らす夜。紫の体は妖怪の山連峰に存する無数の峰の一つに突き刺さっていた。
 西行妖を利用した儀式の後、白玉楼から吹き飛ばされてこんな場所まで落ちてきたのだ。
 硬質の岩で胸の真ん中が綺麗に貫かれているが、紫はそれを抜こうとしない。伏せったまま動かないで、彼女は思考していた。
 失敗した。
 いや、まだ手はある。
 かつて天界が地上に刺された要石だったように、もう一度天界を落として水が湧き出してくる場所に突き刺せば、あるいは。
 天女がいくら犠牲になろうとも、それで幻想郷が助かるのなら――違う
 ――もしくは八咫烏の力を解放してその熱で水を蒸発――それでは幻想郷そのものが蒸発してしまう。
 違う、違う、自分は何を考えているのだ。
 天界を栓として突き刺す? そんなことをしても無駄じゃないか。あの水は空間そのものを溶解させているのだから。
 天女がいくら犠牲になってもいいだって? いつから自分はそんな風な思考をするようになったんだ。
 それに霊でできた郷自体を分解する力、それは全く上位の世界の力で、

「八雲紫」

 呼ばれたのを自覚するまでに時間がかかった。
 冷然たる声だった。
 冷たく熱く、地獄に住んでいる悪魔の軍団長みたいに容赦の無い声。
 声の主、真紅の月を背負って自分を見下ろす姿を発見し、紫は起き上がって身構える。

「レミリア」

 紫は妖術を行使し、即座に胸に空いた穴を修復する。

「便利な体ね。吸血鬼と似ているのかしら」
「……何の用かしら」
「だいぶ派手にやらかしたみたいね」
「そちらこそ満身創痍のように見えますけど。まさか水に攻撃をしかけたの?」

 紫は嘲笑気味にそう言った。
 レミリアの方からぎりと牙がかみしめられる音がした。
 ああ、この感情は知っている。自分に向けられたこの純粋な感情の波。
 妖にとっては心地よい感情。混ざりものの無い憎悪だ。 

「考えたのよ。お前はどこまで知っていたのか。もともとこうなることを知っていたのか。あの水に何をしても無駄だと」

 レミリアはまだ、紫が西行妖を使ってその霊力で水を異界に飛ばそうとしたことを知らない。
 が、冥界方向から発生した爆発から推測し、紫が幻想郷を救うために何らかの術を行使したのだと見当をつけていた。

「嘘なんだろう」
「何が」
「幻想郷が滅亡した後は、夢の外の世界に戻る」
「……」
「外の世界なんてないのか?」
「どうしてそう思うの?」
「考えたのよ。例大祭。神楽だったかしら。何故お前はあれを私達に見せたか。何故あんなものを見せなくてはならなかったか。ただの娯楽じゃない。あれにはちゃんとした意図があったんだ」

 そう言われて紫は表情を硬くする。
 彼女は一体どこまで知っているのだろうか。
 紅の悪魔、運命を操る程度の能力。その能力は、はたして自分の運命の先を見通すことができるのだろうかと紫は考える。
 能力、そもそもそれは幻想郷にとっては……

「気付いてほしくなかったのだろう。本当のことに。幻想郷は決して夢の世界ではない。お前はあの神楽を見させて、幻想郷は永い歴史を持っている場所で確かにそこに存在していると、私たちにそう再認識させたかった。目覚めてもらっては困るからだ。なぜなら、幻想郷の夢が醒める、それが意味することは……」

 憤怒を押し殺しながら深紅の視線が射すくめている。目に捉える全てを逃がさぬように。
 二者の間に緊張が走る。レミリアが続けて言葉を紡ぐ。

「聞けるだけ夢の情報を集めてみたわ。最後の瞬間まで、夢を見た者たちの話を」
「……」
「まだ最後まで夢を見たものは数が少ないらしいから。探すのには苦労した。あの天人、あいつが言っていたわ。東風谷早苗は神社の延焼によって死んだそうね。幻想郷に居るものは皆、不慮の事故や病気で夭逝したものばかり。死霊達を結界の中に閉じ込めて、お前は一体何をしている?」

 紫の表情はあくまで憮然としていて、外見からその内を伺い知ることは出来ない。
 だが彼女の内心は、氷の煉獄に突き落とされたような心持ちになっていた。
 レミリアがもたらした情報は一部紫でさえ知りえない事だったのだ。
 紫はそれに衝撃を感じていた。同時に、異変が始まって以来感じていた薄気味の悪い違和感が、確信に変わりつつある。
 結界の中に居るのは皆死んだ者達。
 ネクロファンタジアへようこそ、ここは死霊達の楽園、失われた記憶が集うユートピア。
 唐突にそんなフレーズが思い浮かぶ。さてそのシャングリ・ラを演出しているのは、いったい誰なのか。
 レミリアの言った通りだ。お前はもう気づいているんじゃないのか、そう自分で自分に言い聞かせる。
 なぜ自分は夢を見ないのか。なぜ自分は異変が水辺から始まるなどと言う予感を抱いたのか。

「恵まれない子供達に愛の手を、ですわ」

 思わず飛び出した軽口。言ったなり自分でもひどい言い草だと思う。

「……!! ふざけるな! フランドールは……私をかばって消えたんだぞ! 私の妹を返せ!」

 それはレミリアの逆鱗に触れる発言だった。
 妹に全部打ち明けて、これまでのことを謝罪して、二人でやり直そうと思っていた矢先の事だ。
 自分の浅慮から出たミスに、レミリアは心の底から打ちひしがれていた。だから紫に対する怒りも半ば八つ当たりに近かったが、今の言葉で憎悪は収斂し、一切の感情が紫に対して向けられる事になった。

「お前があの劇のように万能の存在で幻想郷を見守ってきた神だと言うのなら、その力で幻想郷を救って見せなさいよ! 天之御中主神様とやらがっ!」
「以升量石。あなたのような存在にはわからないわ」
「ふん、できないからそんな事を言うんだろう、結局お前は勿体ぶって知ったような口を聞いているだけだ。本当はお前自身、何が起こっているのか自覚していないんだろうが!」

 図星を付かれても、紫は少なくとも表面上は動揺していないように見える。
 紫はいつでも泰然自若としていなければならなかった。
 自分には責任があるから。解っていなくてはならないから。
 指導者として、創始者として。妖怪の賢者として。幻想を統御する全知の聖人として。
 しかし既に彼女の表面を覆っていた鱗は剥がれようとしている。
 レミリアの追及は直情的で真っ直ぐで、それだけに嘘でそらす余裕がない。

「役立たずのお前を取り込んで、私がこの郷を救って見せる!」
「愚かな、その運命を操る能力だって、この郷の枠組みの中で与えられたものだと言うのに」
「お前に愚かなどと言われる筋合いはないわっ!」

 言った瞬間に、レミリアの体から闇が広がり、紅の憤怒が世界を埋め尽くした。
 すぐさま紅い魔力のオーラを纏いこみ、加速して錐揉み状態で紫の方へ突っ込んできた。
 夜符「バッドレディスクランブル」。
 紫は狂想穴を開いてそれを避けたが、穴を開いて顔を出したところに即座にグングニル投擲が飛んできた。
 胸を貫かれて空中でよろめく紫。だが、すぐにその槍を引き抜いて、さきほど峰に突き刺さっていた時のように胸に空いた穴を妖術で塞ぐ。

「無駄よ、私にこんなことをしても」
「ふん、どうせそれだって限りがあるはずだ」

 言うなりまたしても紅い霧が広がった。
 スカーレットシュート、レッドマジック、スカーレットデビル、スカーレットマイスター。紅を冠した悪魔の緋術が間断なく繰り出され、大空を彼女の色に染め上げる。最初から紅の吸血鬼は全開で、持てる魔力の全てを投入し猛襲した。
 紫は自身も本性を現し、複数の瑞雲となって紅い霧と絡み合いながら死闘を演じる。レミリアが幻想郷を訪れた時に起きた吸血鬼事変の再来だった。
 戦いの最中冷静になったレミリアはあることに気付く。
 以前幻想郷来訪時に紫と戦った時は、確か紫の本性である瑞雲は八つあったはずだ。それが今は六つしかない。おかげで本来なら総合力で紫に劣る自分がある程度優勢に戦えるのだが。残りの二つは一体どこへ行ったのだろう? 何故こいつは残り二つも呼び寄せて全力で戦わないのか?
 ……まあいい、謎ではあるが、それも全て紫を取り込んで幻想郷を制御する力を手に入れてから考えれば良い。
 レミリアは目前の戦いに集中することにする。レミリアの目論見は紫の妖力と存在を隷属させ、彼女と融合してその力と知識を自分のものとすることだった。そうなれば、もしかしたら紫の無意識の中から、彼女でさえ自覚していない幻想郷を救うための手がかりが見つかるかもしれない。そうすれば、まだ妹も。肉体が消えたとはいえ、妹の魂はまだこの郷の中を彷徨っているかもしれない……魂を拾い集めて妹を救う……。

 だがそうはならなかった。
 レミリアを待っていた運命は最初から決まっていた。それは彼女自身の、破滅。
 長い死闘の半ばで、レミリアは紫の一部を取り込むことに成功したが、そのために行使した術が彼女の死を決定づけた。

「何よ、これ」

 中継の為にかろうじて霧から人型に戻ったレミリアの姿は、半透明になっていた。

「薄まりすぎたんだわ……」

 雲状になった紫の姿を絡め取るために、レミリアは自身を全て霧に変化させて空一杯に広がった。そのために、彼女の存在が希薄になってしまった。薄まった存在は霧の消失の力をより強く受ける。レミリアは幻想郷に漂っている三途の毒素をも目一杯、吸い込んでしまったのだ。
 レミリアは鼻で笑った。何を笑っているのか。自分のことだ。己の愚かさと無力を再度自覚し、自嘲気味に。
 大言を吐いたくせにこの程度だ。しょせん自分も運命に踊らされているだけで、幻想郷を救うことなど到底できなかった。

「ごめんなさい、全て私の責任よ」
「今更謝るな」

 紫と混ざり合ったところでレミリアには真実が判っていた。
 それは紫が自分でも気づいていない真実だった。紫の体は、まさしく幻想郷そのものと繋がっていたのだ。

「なるほど、こんな仕組みでできているのであれば、お前が自覚していないのも無理はない」
「……いったい、私の中で何を見たの?」
「やっぱりお前は、自分では気づいていないんだな。あるいは、お前がそれを自覚する時が、この郷の本当の終焉なのかもしれない。だから」

 そこまで言ってレミリアは再び沈黙する。彼女の姿はもうほとんど消えかかっていて、声の響きもどこか虚ろに聞こえる。
 
「救えるんだろう、幻想郷は」
「わからない、私には……」
「救わなくてはならないんだ」

 ぼそぼそとして今にも消え入りそうな小声を、紫は必死で聴き取ろうとした。

「お前には責任があるんだろう、最後まで……やりとげろ」

 紫は半泣きになりながら、自分の弱さを露呈しながら必死で肯く。

「私の従者が下に来ている。私が消えたら我失してお前を襲うだろうが、ちゃんと受け止めてあげなさいよ」
「わかったわ……」
「情けない顔をするな大妖、笑えない。もっと傲岸不遜にして、いつもみたいに全てを嘲笑しなさい。謝罪なんて無礼なだけ。とてつもなく失礼。私達は自分の意思で選択し、自分で失敗したのだからね。お前なんか関係ない」

 最後の笑い顔。消えていく声。霞のように。優しい夜の大海の中に泡のように。
 誰彼に抗った高貴な魂が、紅い霧が無いはずの陽光に照らされて消えていく。
 紫雲から数滴の雫がこぼれて、霧の中を通ってくる月光にきらめいた。

「それが私達がこの郷で生きた証だから……それが、運命と戦うということだったから」

 不羈の魂であれかしと。最後に言い残して。

「残念、もうちょっと遊んでいたかった」

 紅い霧が、晴れた。

 後に残されたのは六つの紫雲。彼女はしばらく独りでたたずんでいた。
 涙が乾くまでずっと。



 ……ふと我に返り周囲を見渡すと、数百本の銀色の物体が自分を取り囲んでいることに気付く。
 瀟洒な銀髪が夜風に流れる。
 止まっていた月時計がカチリと刻を刻み、月齢が欠けて十五から十六となる。
 血の慟哭を湛えた深紅の瞳が、紫雲の大妖を雪恨の仇として捕捉していた。



 2


「百本のナイフ、千本の約束。正直村のたった一人の生き残り。だけど勘違いしていたのは彼女。最後に死んだ少年は、実は女の子だったの。死んだと思われていた彼女は生きていて、館の悪魔に誓約を誓い、新しい名前を与えられて悪魔の僕となった」
「なあにそれ」
「正直村から逃げだした八人のインディアンの話よ。そして彼らの名前は全て消え去り、幻想郷は正直者を永遠に失った。Q.E.D.」
「なあんのことだか」

 図書館の中では二人の魔女がいつもどおりに本を読んでいた。

「皆神社に集まってるみたいよ。あなたは行かないの?」
「私は今までずっとここにいたもの。消える時も本に包まれて消えたいわ」
「なるほど」
「あなたはどうしてここに?」
「うーん。同じ魔法使いなのに、これまであなたとあまり話してこなかったし」

 書架をあさってめぼしい本を探しながら、アリスはパチュリーの方を見ないで言う。

「幻想郷終了です、って言われて。もうちょっと仲良くしておけばよかったかなって惜しく思った」
「そういうことを声に出して言う」

 デスクに座っている七曜の顔が、とたんに気恥ずかしさに包まれる。人形師も最後の瞬間には存外に素直になっている。
 アリスが本を持ってきて、パチュリーの前の席を引き腰かけた。

「これからどうなるのかしらねえ」
「さて」
「この図書館にだって、水は流れ込んでくるんでしょ? 洪水になったら本なんて全部ダメになっちゃうわよ」
「死ぬ瞬間まで本を読んでいたいわ」
「あなた、さっきから何の本を読んでるの?」

 言われてパチュリーは自分が読んでいた本を閉じ、それをすっとアリスに差し出した。
 アリスはその表紙に書いてある題名を読む。

「世界の民俗伝承15 東アフリカ」
「アフリカを中心としたスワヒリ語の言葉にサーシャとザマニというのがあるわ。サーシャとは、肉体が滅んでも人の記憶の一部として『生き続ける』人のことを指す。ザマニとは、生前のその人を知る者がみんな亡くなってしまった人を指すの。死者は生者のために生き続けるという信仰ね」
「それが?」
「各地の理想郷伝説から、今の幻想郷に符合した状況がないかと思って調べていたの。自分達が滅びる理由を知っておきたいと思って」
「なぜ今更? 郷の大半が水没してしまったというのに」
「あらあなたがそんなこと言うとは思わなかったわ。あなたはあの子と違って、私達魔法使いと言うものがどういう生き物かを知っていると思ったけど」
「なるほど。我々は魔法使い。魔法使いは思索する故にそこに在る」
「そういうこと」

 コギト・エルゴ・スムは外の世界では幻想になった。
 今はそれは魔法使い達の理論武装に用いられている。

「結果は重要ではない。唯思索し続けるということに魔法使いとしての本質がある。我思う故に、我魔法使いと呼ばれる」
「紫はお茶を濁したようなことしか言わないしね。私達で幻想郷終焉の真実をアームチェア・ディテクティブするのも洒落ているかもしれないわね」
 
 滅亡に際して、というのは若干デカダンじみていると思って苦笑してしまうが。

「あの水は普通の水とは違う。水は本来高いところから低いところへ流れるもの。だけどあの水は、その理に囚われていない。ただ時間と共に範囲を広げ、幻想郷の大地を削り取っていく」
「削り取られた大地の下には何があるのかしら」
「おそらく、何もないのでしょう。そこには」
「そこには?」
「真なる虚無だけが広がっているはず」
「どういうことなのかしら。そこまで確信めいたことを言うってことは、あなたはもう答えを掴みかけているんじゃないの?」
「推論を始める前に状況を整理する必要があるわ。私達の認識を合わせたいの」
「いいわよ。聞いてあげる」
「まず、三途の川の水、現在の赤くなった部分だけど。これに触れると、種族を問わず幻想郷の住人は消える。これは事実ね」
「ええ」
「もともと三途の川の水は、長く浸っていると幽霊を消す効果があった。だから住人も消す力がある。これは?」
「それだとおかしいわね。幽霊を消す力があるとしても、人間や妖怪が消える理由にならない」
「そうね。そこで私は考えたの。幻想郷が取り込むもの。幻想……それは、かつて覚えられ、かつて忘れ去られたもの。古の幽玄の世界の記憶……もし、幻想郷の、全てが」

 パチュリーはそこで言葉を切ってアリスを見つめた。勿体ぶっているが、その後に何かを重大な真実を言おうとしている。生唾を飲む。

「幽霊だったとしたら?」

 死霊達の国。
 ネクロファンタジア。アリスはその言葉をどこかで聞いた覚えがあるが、どこでだったか思い出せない。
 箱庭霊界。幽霊達を結界で囲ってそして一つの意思がそれを――

「幽霊だったとしたら? どうなる?」
「三途の川の水は、本当の水底のそれは、幽霊を消す――でも何で幻想郷が幽霊だなんて思うの?」
「幻想郷の皆が勘違いしていることが一つあるわ。霊と魂は同一ではない、ということなんだけど」

 霊と魂? それがどうしたというのだろう。仮に霊と魂が同一でないとして、それが今の幻想郷の状況とどう関わりがあるのか。

「西洋の宗教では、魂と霊は別として語られるわ。アイデンティティーを示すものが魂で、霊とは異なる。霊とは存在の主格たる魂と、肉体とを繋ぎとめる紐に過ぎない。重要なのは魂、次に肉体よ。西洋では霊とは紐……魂を肉体という現世に繋ぎとめる未練のことを指すの」
「未練」
「霊とはこの世への執着のことなの。未練を残して死んだ魂は、現世の執着を忘れることができない。だから霊が彷徨い出て、幽霊となる。私の夢、前世だと言われていたあの夢の中で、私はこう思ったわ。もしやり直せるなら、二度と同じ道は歩まない。あなたの記憶は、どうなのかしら」

 会話が起こした冷気が図書館の暗く冷えた空気をさらに一層冷たくした。
 アリスは身震いしてしばらく沈黙したが、やがて自らを奮い起こすように口を開いた。

「もし、仮にそうだったとしても」

 そうだとしても、私達の本質が変わるわけではない。アリスはそう言おうと思った。

「思い出した」

 言いすがろうとした時にパチュリーが目を見開いて叫んだ。

「私が撃たれたとき、一人の女性が駆け寄ってきた。女性は瀕死の私に向かって言ったわ」

 ドシャン。図書館の一角で何かが崩れ落ち何かが床に跳ねる音がした。
 二人は音のした方角に顔を向ける。
 壁の一角が崩れ、水が空を踊っていた。
 アリスは水に飲まれる前にパチュリーの言葉を聞いた。それは自分が夢の中で聞いた言葉と同一だった。
 パチュリーの夢の中に出てきた女性はこう言ったのだ。

『もしあなたさえよければ、私と一緒に来ないか』



 3


 森のはずれにある道具屋は自分のことを幻想郷の中心だと自称している。
 こんな辺鄙な場所にある道具屋がどうして幻想郷の中心だと言い張れるのかはわからない。
 ただ少なくともこの場所にはまだ水が来ていない。
 忘却のレテの水は既に幻想郷のほとんどの土地に洗礼を与え終わっているが、神社を中心としたいくつかの場所はまだ残っていた。
 洪水によって三途の川は境界がなくなり、彼岸、中有の道、冥界、太陽の畑、人間の郷、天界、妖怪の山の一部が既に消失しているようだ。だが詳しいことは伝聞でしかわからない。水の訪れと共に郷を包み込んだ深い霧が、一寸先さえ見えなくしているからだ。

「みんなが夢を見た。夢を見なかった者もいた」
「私と魔理沙は夢を見ていないわ。それがどうしたの?」
「いいや、もしかしたら。さほどのことではないのかもしれないが」

 朝のまだ早い時刻。猛禽類の鳴き声が魔法の森から響いてくる。
 商店の中にはさまざまな品物が雑然と並んでいる。
 今ここには霊夢が居て、香霖の最後の後始末を観察している。
 元々最後の別れの挨拶に霊夢が香霖堂を訪れたのだ。

「もし夢ならば」

 香霖は先ほどから、店の中の品物を移動させている。
 滅亡に際して身辺を整理しようなどと言う殊勝な心がけではなく、探し物をしているらしい。

「もし夢ならば、誰のために用意された夢なんだろうか。ふと、そんなことが気になったんだ」

 誰のために? おかしなことを言うと霊夢は思う。
 あの夢は、皆が昔の記憶を思い出しているだけなんじゃないのだろうか。

「誰のためって、夢は自然にみるものでしょう? 寝ている時に、勝手に頭に浮かんでくる」
「君は本当にそう思っているのかい?」

 香霖は作業を止めて、霊夢の方を見つめた。

「自分について。なぜ君が夢を見ないのか。きっともう多くの者が気づいているだろう」

 そう言って、まっすぐに霊夢を見つめる。
 霊夢は直視されて落ち着かない気分になった。

「僕は夢を最後まで見たんだ。あの誰にとっても悲しい結末。現実の世界の森近霖之助は既に死んでいる」

 淡々と霖之助は言ってのけた。いつもの、知性的な面持ちを崩さずに。まるで、昨日は晴れていたとか庭の桜が咲いたとか、日常のとりとめのないことを話すのと同じように平然とした顔で自分の死を語る。

「僕だけじゃない。他にも多くの者が。僕たちは、幽霊に過ぎなかった。幽霊は幻想郷にとっての材料源だったわけだ。だから三途の川の水は、幻想郷の全ての存在を消し去る力を有している。君はどうなんだろう。君も、僕たちと同じで元は幽霊にすぎないのだろうか」
「……」
「死霊達はここが現世の延長なのだと信じた。いや、信じたかったのかもしれない」
「どうして今私にそんなことを?」
「今、消えていく世界の中心にいながら君のことを考えている。博麗霊夢は……結局のところ何者であったのかと」

 そこで霊夢は思った。霖之助には不思議な力がある。
 それは物を見ただけで名称と使い方が判る能力だ。今までそれは、本当に品物だけにしか通用しない力なのだと思ってきたが……自分を見つめている霖之助の視線が気になる。まるで、あれは何かを読み取ろうとしているような。

「君は妖怪にとって余りにも理想的すぎる。そう、まるで夢みたいに。半妖の僕ですら君に魅かれる。側にいるととても落ち着いた気分になれる。これは異性として好意を抱いていると言う意味じゃない。君には否が応にも幻想郷にいる者たちを魅きつける力があるんだ」
「……」

 二人は黙っていた。
 霊夢の顔は今までにないくらい真剣な顔になった。
 しばらくしてふっ、と霖之助は笑みをもらし、破顔した。
 緊張が解けた。

「さあ、もう行こうか」
「神社に行くのにそんな大荷物?」
「きっともうみんな集まっている頃だろう? 最後だから、僕の能力もまた違った形を示したらしい、こんな見え方をするなんてね」

 霊夢は訝しがる。それは霖之助が倉庫の奥から引っ張り出してきた道具のことを言っているのだろうか。
 それとも。



 4


 魂を洗い流すためにノアの洪水がやってくる。
 水に飲まれたのちは、魂たちは皆、涅槃と呼ばれる無何有の郷へと旅立つのだろうか。
 幻想郷を覆っているこの川を渡った先には、本当の死後の国があるのだろうか。
 あるいは、郷に漂っている魂達の業を全て足し合わせて三途の川幅を計算してみると、それは無限に近い長さになってしまうから、結局終わりのないどこまでも続くただの水溜りになってしまって、誰も極楽浄土などへはたどり着けないのかもしれない。

 悲痛の夜が明けて、秋晴れの午前。神社の上空ではすでに苛烈な弾幕合戦が繰り広げられていた。
 輝夜と妹紅の二人だ。その下には慧音と永琳が控えているが、阿求や鈴仙の姿は見えなかった。 

「この世をば、我が世とぞ思う望月の、か。お父様が手に入れられなかったものを私は……」

 妹紅のかいなに紅蓮の炎が凝縮し始める。手を振るうと、それは火の鳥の形となり、前方に居る蓬莱の人型へ嘴角を向け、優雅に直進する。
 由来のある技だ。鳳翼天翔。
 炎剣、天界を守護せし鳳凰の羽ばたき。師、天導老仙・徐福から譲り受けた中華の宝貝。
 輝夜はサラマンダーシールドを展開し、その鳳翼天翔が起こす二千度の炎を相殺するつもりだ。
 妹紅は既に弾幕を放った場所を移動し、次の攻撃への予備動作に入っている。
 戦いの陶酔の中で妹紅は相手を見、自分を見、そして考えた。
 こうして火の弾幕を展開しているとき、自分は世界と一体になれる。
 そうすると、世界の全てがまるで自分の写し身のように感じられ、目の前の仇敵ですら愛おしく思える。
 時が止まった世界で妹紅は相手を認識する。
 そしてふと、いったい輝夜は自分のことをどう考えているのだろう、と相手の思考を慮る。
 永遠と須臾の間の暇つぶし程度にしか考えていないのだろうか?
 いいや、そうではないと思う。だって、空の中で輝夜が言うから。

――妹紅、解かるでしょ? 蓬莱人にとっては永遠も須臾も同じことなのよ。

 それは時間は関係ないということだ。
 何十年一緒にいても、数分一緒にいても、解かりあえる人間は解りあえるし、解かりあえない人間は解りあえない。
 自分と輝夜はどうだっただろうか。
 始めて彼女を見たとき、どう感じただろうか。
 認めないようにしていた。しかし、ぬぐえない決定的な感覚があった。
 輝夜と会った時に感じた、あの運命的な予感。それはまだ記憶として残っているのだ。
 共有夢の中で、妹紅と輝夜は姉妹だった。何故そうだったのか。そうあるべきだったのか。
 自分が本当は誰を欲していたのか。ずっと解っていた。


「私達は幻に過ぎなかった。本当にそうなのでしょうか」

 空を見上げたまま、慧音は隣の人物に話しかけた。

「否定されたと思っているのですか?」

 隣に居た永琳に問われたが、慧音は黙って空を見上げている。
 沈黙と言うことは正ということだろう。
 守ろうとしていた人間達も、皆希望を失って霧の中に消えた。
 慧音は落ち込んでいた。
 幻想郷に住んでいる人間達の歴史が否定されてしまった以上、幻想郷の歴史を承認する役割を担っていた白沢に居場所はない。
 歴史とは人々の記憶のことだ。記録され、記憶された事実の総体が歴史となる。
 記憶がなくなれば、誰も覚えていなければ、それは歴史とはならない。
 存在があるから歴史という記述が生まれるのであって、歴史があるから存在が生まれるのではない。
 そんなことはとうに分かっていたはずなのに。今更になって。

「幻では嫌? あなたも確かなものが欲しかったの?」
「この郷に住む人間たちが好きだった。その人たちに人々の営みの素晴らしさを伝えたかった。ここには、偉大な歴史があるんだって。それを私は守って来たんだって思いたかったんです」

 思いたかった。そうだ。自分が歴史だと思って来た事々は、全て虚妄に過ぎなかったのだ。
 それを聞き、少し考えて、永琳は口を開いた。

「慧音、考えてみて。あなたの名前」
「私の名前?」
「慧とはみずみずしい知恵のことよ。そして音。郷に音と書いて響くと言うわ。知恵に形はあるのかしら。音には形は? 形のないもの、形のあるもの。果たして違いはあるのかしら? 形がなくても、記述に残っていなくても、あなたのもたらした知恵の音は、間違いなく人々の心に響いていたわ。私はそれを見てきた」

 例えそれが須臾の一時に過ぎなかったとしても。胡蝶の夢に過ぎなかったとしても。
 成したことの素晴らしさは変わらないだろう。郷に生きた魂達は、そのことを覚えている。そう永琳は言う。

「皆でそれを共有してきた。だから」
「ありがとうございます、永琳」

 一瞬の夢に過ぎなくても。偽りの歴史だったとしても。それが何だというのか。
 自分達はかけがえのないものを共有したんじゃないのか?
 場所が場所である所以はその場に内在する精神にある。決して物や形のあるものだけが全てではない。
 仮に明日世界が終わるとしても、今を精いっぱい楽しむ者たちの住む郷。それが幻想郷だったんじゃないのか。

「そう、そうですよね」

 太古の神話の時代のことだ。伝説の君主である黄帝が東方を巡回した折に、一匹の神獣と出会った。
 黄帝はその神獣から古今の妖怪変化についての話を聞き絵図に記した。
 一万一千二百種類もの妖怪変化を記したこの絵図を白澤図と呼び、そしてその神獣こそが、歴史を承認する役割を担っているという白澤である。
 最初の白澤も誰かに語り、人と妖を見、そして彼らと共に在った。白澤とはいつの時代も人と妖と共にある獣だ。
 慧音は知っている。自分の奏でた音が郷に響いて、それが木霊として返ってきた音を確かに聴いた。
 彼女の伝えたかった精神は郷に根付いている。それで充分に、自分は誇らしい気持になれるはずだ。
 ふと、じゃりと足で小石をずらす音が聞こえた。
 弓を肩にかけ、矢を腰に何本も入れ。肩をまくりあげてそれの準備をした人を慧音は見る。

「その格好は……」
「見ているだけでは退屈でしょう」

 いつの間にか戦装束に着替えた八意永琳がいた。彼女は微笑を浮かべ、確認を求めるようにちょっと頭を傾ける。
 愛嬌のあるしぐさに、慧音の顔も思わずほころぶ。
 思えば慧音は永琳と弾幕勝負をしたことがない。ずっとするはずが無いと思っていた。
 八意永琳の八意とはどういう意か。八百万、八幡、八卦。我が国では八という数字には古来より「数多の」「全ての」という意味がある。八意思兼神は知恵の神格。彼女の存在は森羅万象全てが持つ意思を表しているのだ。
 人間を人間以外を、万物を含蓄した総意。せいぜい人間の居る時代しか見てこなかった白澤にそんなものが越えられるだろうか?
 歴然たる力の差がある。戦っても勝てるはずがない。力では輝夜や妹紅のような蓬莱人に及びもつかない自分は、いつも脇役に過ぎなかったではないか。
 いや。
 脇役などいない。
 人はそれぞれの人生において、自分だけが主役だ。
 慧音は歴史を信じる半獣だ。人の可能性の無限大を信じている。だから、彼女は矛を取るのだろう。
 自分達の生まれていなかった時代でさえも空想し、記述して自身のものとしてしまう。それが人間の力。
 慧音はその人間の力を信じている。
 だから彼女は悠然と立ち、自負に溢れた眼差しで歩を進める。
 人の意思が、万物の意思に立ち向かうのだ。

「よろしい、八意思兼神。あなたの生きた神代の歴史、人と獣の身に過ぎぬ我らが汲みつくしてあげましょう! 今宵はあなたの歴史で満漢全席だ!」


 妹紅の放った鳳凰と輝夜の放った火蜥蜴が空中で激突し、華々しい爆炎を巻き上げた。
 それを見上げる目線はもうかなり多くなっている。
 誰にも言われることもなく、示し会わせることもないのに妖怪達は、境内に集まっていた。
 つい少し前に例大祭を行った時と同じメンバーが。
 鬼が、闇妖や蟲妖が、向日葵畑の妖怪、永遠亭の生き残り。霧の中から一人、また一人と現れた。
 彼女らはお互いに相手を選んで、弾幕勝負をすることになった。
 すでに蓬莱人の二人組が上空で激しい火花を散らしており、その下で満月でもないのに角を生やした白澤と、不死身の薬師が対峙していた。
 皆思っている。最後の時まで辛気くさくしてるなんてバカのすることだと。だから、夏の終わりにはお祭り騒ぎをするのだ。暗い虚無の闇に弾幕による鐘楼流しをして、魂を鎮め彼らの来世を祝福するんだ。そういうことで神社に集まった人妖達の意見は一致していた。
 誰かが囃したてた。
 さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、一世一代、これが打ち止め、弾幕の祭典の始まりだよ!
 喧嘩は祭りの華! 華々しく、馬鹿馬鹿しく、お祭り騒ぎをしようじゃないか!
 肝心なのは伊達と酔狂と遊び心、それを一凛の花として、しばしの間頭の片隅に留め置いておくれ!

 最も痛ましいものだけを集めて人生を形作らなければならないなんて、馬鹿げている、けど。
 そうせざるを得なかった人達もいるんだ。それを知ってるから。
 その人達の為にもこの郷は必要だった。
 あるいはそれすらできなかった者達のためにも。
 そいつらのために、幻想の郷は必要だった。

 炸裂する飛礫の音が境内を彩り始めて、しばらく時間が経った頃。
 黒いてらてらと輝く烏の羽が、すたり、と霧の中から湧くように出てきて境内に着地した。

「これほど大規模な濃霧も久々です。紅魔館が起こした異変以来ですかね」
「文、あんた妖怪の山は」

 萃香が走ってきて、文に問いかける。妖怪の山は萃香にとっても故地だ。当然気にかかる。
 文から返ってきたのは無言だった。
 それで鬼は悟る。懐かしい顔、いくつもの顔。別れを済ませぬままの顔。彼らは既に、陽関の彼方に旅立った。
 萃香は一つうなずくと、身をさっと翻して、どこからともなく太鼓を取り出しぽんとそれをたたいた。

「さあさあさ! 始めようぞ皆の衆! 聞けばこの郷は夢の世界であるというじゃないか! 奇妙、奇妙、真に奇妙! しかれどもその程度の事にて、我らが本質、いかように変わろうか! さあ、この大江山の鬼、伊吹萃香が囃してやろうぞ! 謡う、舞うも、吹くも、遊ぶも、何をするのも自由だよ! これが見おさめ、最後の乱稚気騒ぎだ、思いの丈ェ、自らの創意溢れた弾幕に乗せぇ思う存分吐き出すがいいさ!」

 いよおっ、と言う拍子がその掛け声に合わせられた。
 木の葉の旋風を背にした天狗が、境内の端で古の団扇を体の前にかざして白拍子の如くにポーズを取り、鬼の囃子に合わせて緩やかな舞を踊っている。
 夢の世なれば驚きて。夢の世なれば驚きて。捨つるや現なるらん。
 朗々たる歌声が聞こえてくる。
 それは能・敦盛の一節だ。源氏に追われ死を覚悟した平敦盛が、世を儚んで詠った一節。

「さあさあさ、このうわばみの相手をする勇者はどこにいる?」
「ここにいるぞ!」

 端から中央へと躍り出た烏天狗。その右手には楓の葉に似た団扇が握られている。
 秋口に近づいた樹木が天狗の周りに渦巻いた風に煽られ、新しく枝から取れて舞い上がった。

「もうすでに天狗は鬼を超えているのです! 知名度でも信仰でも!」
「おっと大きく出たな鳥類! だけど、慇懃無礼ないつもの態度より、そっちの方がずっと好感が持てるねえ!」

 そう言った時、上空で雷鳴が轟いた。燃え盛る紅蓮の光線がまっすぐに蒼天を切り裂いていく。
 それを見て酔いどれの鬼は満足そうにほくそ笑む。

「蓬莱人達はさすがだね。物事の道理を知っているじゃないか?」
「それは何のことです?」
「世の中はね、楽しんだもの勝ちってことさね!」

 吐いたなり萃香のかいなが左右に延びる。腕が胸の前で交差されると、奈落の底より火炎の弾が召喚され、その場で爆ぜ、踊り、天狗を襲う。

「いきなり不意打ちですか!」

 さっと身を翻し、文はその一撃をやり過ごした。
 そのまま風精達を従えて、高らかなる進軍喇叭の音と共に、風神少女が空高く舞い上がった。
 風よ、猛き者達の歌を聴け、戦士への賛美歌を歌え! 
 天狗の団扇が打ち下ろされ、暴風が鬼の体を薙いだ。
 だけどいつもより弱い気がする。

「て、なんだ天狗。お前なんか疲れてないか?」
「さすがに連戦はちょっときつかったですかね」
「なにィ」
「先ほど雷雲の中でちょっと。手強い相手でしたが」
「鬼をなめすぎだよ、お前」

 言葉と共に妖気を密に集め、萃香はそれを文に投げつける。
 瞬、と残像ができるかと思えるぐらいの速さでそれを避けた文は垂直に飛び上がった。

「体力が付きる前に全力を出させてもらいます!」
「!」

 文は天空高く舞い上がり萃香の頭上に回ると、勢いをつけて団扇を目前の空間に叩きつけた。瞬間、小さなつむじ風が巻いたと思うと、それらは一挙に増幅されて、下向きの下降流となった。
 『逆・天孫降臨の道標』落とし。発生した竜巻の強大な風圧に押されて、耐えている鬼の体がびりびりと震える。

「まだです、行きますよ、猿田彦の先導!」
「!!」

 天孫降臨の上に竜巻を伴った体当たり、猿田彦の先導が重ねられた。竜巻の上に二重の竜巻が重なり、風圧が加速的に倍加する。一度に圧縮された空気は、爆風と化して地面にあったものをすべて吹き飛ばした。
 音の余韻がまだ残り、もうもうと砂煙が上がる中に、余裕の表情で天狗がすたりと着地した。
 およよと辺りを見回し文は萃香の姿を探すが、煙が晴れてもそこに鬼の姿はなかった。

「意外とあっけなかったですね。鬼神様を倒してしまった以上、私が妖怪の山の暫定君主ということでしょうか? 一気に出世しちゃいましたねー」
「あんたの大言壮語、天魔と崇徳院当たりに言いつけとくよ!」
「ん? どこから声が」

 ずぼっと文の後ろの地面が破裂して、中から元気な萃香が飛び出て来た。

「あや? まだ息がありましたか。さすがに鬼はしぶといですねー」
「あんな大技を隠し持ってたなんてね。出し惜しみか意表を突くためか。天狗ってのはいつもこずるい真似をするよ」

 酔っ払い上気した顔で萃香は皮肉を言う。こずるい、と言う単語に文の眉がぴくりと動いた。

「そうやって鬼が天狗を見下してこれたのも今日までですよ。私が証明してあげましょう、天狗の方が鬼より上だと。そもそも本当に歴史があって倭国を陰から支配してきた精神は、天狗道なのです! たかが平安時代当たりにポッと出の小娘になめられる謂れはない!」
「馬鹿言うない! 適当に聞きかじった程度の知識で鬼の歴史が浅いとか言ってもらっちゃ困るねぇ、古事記の時代から鬼は出てるんだ。麻呂子皇子の鬼退治とかさ」
「麻呂子皇子は聖徳太子の弟で飛鳥時代の人物ですから、せいぜい千五百年ほど前の出来事ですね。一方天狗が最初に歴史に登場するのは神話の時代。神武天皇の東征に随伴した八咫烏が烏天狗の祖とされています。天狗道は二千年の歴史があるんです。どちらの歴史が古いのかは明白ですね」
「いちいち理屈臭いねぇ。これだから中途半端にインテリぶってるオタクは手に負えない」

 とか言っている間に片足を上げワインドアップし、火球の投球フォームに入る萃香。

「また不意打ち!? こずるいのはどっちですか!」

 ああ言えばこう言う天狗の相手がもう面倒くさくなったのか、口論ではマスコミくずれに勝てないと思ったのか。
 うなりを上げて文に灼熱の剛速球がせまる。文はそれをすんでのところで避わすと、また空中に逃げた。
 お得意の空中戦に誘おうという腹らしい。

「なんの、させるかミッシングパープルパワー!」

 萃香が一瞬だけ巨大化した。いきなり大きくなった萃香によって風がかき混ぜられたのか、文は態勢を崩した。そこへ萃香の巨大化パンチが狙う。

「それ!」
「うわっ!」

 体をひねって避けようとするが、不安定な姿勢のため上手くいかない。
 萃香のげんこつを半分だけくらって、文が吹き飛ばされる。そのまま鳥居の向こうまで吹っ飛んで行った。
 霧の向こうで文が墜落したのが見えた。

「へっへっへ、油断したね」

 また小さくなった萃香が、文のダメージを確認しようと境内を降りて行く。
 巨大化した時に見た文の墜落地点まで行って、そこで萃香は絶句した。
 いつの間にか、境内のすぐ下まで水が張っていた。
 こんなに早く水が進んでくるとは思わなかった。
 もうすでに文は下半身を水に浸し、体が煙になろうとしている。

「ご、ごめん!」
「いいんです。どちらにしろ、遅いか早いかの違いだけでしたし……確かに残念ではあります。もうちょっと鬼神様と遊んでいたかったですね」

 薄い靄のように、幻影の向うに天狗が消える。
 その顔は困ったような笑みだった。
 鬼の目にも涙、萃香は半べそをかいた。

「天狗……あんたも消えるんだね」

 そんな鬼を見詰めながら、文は唯優しく微笑んでいる。

「さよならぐらい言いなよ……」

 そうやって萃香はまた一人、朝靄の中に消えていく幻想を見送った。


 5


「神奈子様、諏訪子様、どちらへ行かれたんですか?」

 きょろきょろと左右を見渡し、早苗が叫ぶ。
 境内に行く途中、霧に巻かれて二神とはぐれた。
 地面に降り立って二人の名前を何度も呼ぶが、返事がない。
 ふと後ろに気配を感じて振り向く。先の見通せない濃い霧の中に人影が見える。
 眼をこらす。ちゃらちゃらと金属質の物がこすれて当たる音が聞こえる。
 霧の中に七色に光る装飾品が見え、続けて少女の姿が露になる。
 影は一緒に来た天子だった。

「あ、天子さん……」

 霧の中にたたずむその美しい姿は、どこか現実離れして見える。
 天子はゆっくりと歩を進めて早苗の前を横切る。

「むかしむかしのことでした。あるところに、一人の巫女がいました。巫女は毎日が退屈で退屈でしかたがありませんでした」

 急に天子は語り出した。早苗は何事かと思い、きょとんとして天子の顔を見る。

「その巫女は死んだことに気づきませんでした。天界に行き、天人になれたと思ったのです。でもそれは、夢の中のできごとにすぎませんでした」
「……何が言いたいんですか?」
「あなたと私。似ているわね」
「なにが!」
「あなたは気づいていないのね。いや、気付かないようにしているのかしら」

 気の毒そうに自分を見つめるその瞳を見て、少女は思い出す。
 少女にはふとするといつも脳裏に浮かんでくるイメージがあった。
 暗い神殿の中で少女が一人で座っている。
 やがてそれが自分だと気づく。
 辺りには他に人影が見当たらず、ずっと静けさだけが冷たい床を通して伝わってくる。
 そう、自分はずっと一人で……

「やめて」

 少女は叫んだ。
 少女には両親がいなかった。
 母親とは早くに死に別れ、父親も病気で先月死んだ。
 彼女の家族はもういなかった。
 父親の葬式で、伯母が自分の家に来ないかと誘ってくれたが、しばらく考える時間が欲しいとだけ伝えて断った。
 一人になったことが実感できなかった。彼女は天涯孤独になってしまったのだ。
 学校もしばらく休み、神社で一人で暮らした。広い神社の建物と敷地が、余計に彼女の孤独感を増した。
 つらく寂しい日々の生活の中で、いつしか彼女は言うようになった。
 私は独りじゃない。
 なぜって、神社を見守ってくれる神様が、いつも傍で私を見守ってくれているのだから。
 その思考は彼女のよりどころだったのだ。

「違う、私は」

 めらめらと炎が舞っている。煙を吸い込んで、少女はせき込んだ。
 目に煙が入り、涙ぐむ。
 燃える。神社が燃える。焼け落ちる建物。
 何があったのだろう。何故燃えているんだろう。
 母や父や祖母と暮らした思い出の神社。
 重要文化財とか、諏訪の人々の信仰の拠り所とか、由緒正しき神様がおわす場所とか、そう言った言葉の装飾は彼女にとっては大した意味を持っていなかった。
 ただ生まれ育った場所で、家族との思い出が匂いとなって染みついていた。だから。
 始めて神楽を踊った神檀も、立派な飾り彫りのある神殿も全てが燃えて行く。
 従姉の子と背比べをして、記しを刻み込んだ柱も。
 ばりばりと天井が裂ける音がした。
 上から焼けただれた柱が落ちてくる。
 思い出した。
 あの世界が終ってしまうぐらいの揺れを。
 大地震――

「名居守は、日本中に社を作ったらしいの。私は巫女とは言っても、池の畔にある小さな祠を祀るだけの形だけの巫女。でも家は裕福だった。裕福だったけど、退屈していた。だから、あんなことを――」 

『私だって巫女なんだから! ……神社はないけど』

 そう自分は叫んだ。本当の由緒正しき巫女であるという、諏訪の風祝と会わされて。
 自分の従妹は本物の巫女だった。自分は偽物だ。私は憧れていたし、嫉妬していたんだ。

「私は、私は」

 腹にあの重い感触がよみがえってくる。
 じゅっという音がした。焼けた床と自分の手が接している。重量感が下半身を支配している。
 焼けただれた天井の梁が落ちてきて、自分の真上に落下したのだ。
 足を挟まれて動けない。感覚がないから、もう両足とも潰れてしまっているのかもしれない。
 周りは炎に囲まれている。ごうごうと、めらめらと。
 その炎はやがて、自分の脚を押さえ付けている材木にも燃え移る。

「あつい、痛いよ。こんなところで、一人で死ぬの? 嫌だよ。一人は嫌。さびしいよ。お母さん、お父さん。神様。神様はどうして助けてくれないの? 私、いっぱい神様のために祈祷したのに。どうして神様は出てきてくれないの?」

 伏せる。泣き崩れる。神奈子様、諏訪子様、お二人はどこへ行かれたのですか?
 どうして出てきて、こんな夢なんて幻だって言ってくれないのですか?

「あははは、私、もう死んでたんだ」

 死んじゃったのに。神様が来てくれるなんてずっと信じて。子供の頃からずっと。ねぇ、馬鹿みたい。

「神奈子様、諏訪子様、本当はいないんでしょ? 馬鹿みたい」

 泣き崩れて、その少女は地面に伏せったまま動かない。
 その声ならぬ声を、叫びを聞く者は、もう地上にいないのだろうか。
 風祝の少女は霧の中で、二つの幻想と逸れてしまった。
 その二つの幻想は、最も脆い幻想だったから、幻想を消してしまう霧の中ではほとんど抵抗力がなかった。
 彼女らは別れを告げる時間もなく、いつの間にか消えていた。
 だから、もう少女の声に答える者はいない。
 少女の声を聞く者はいない。
 彼女は独り。
 独りで生きて、独りで消えていく。
 仕方の無いことだ。
 人は誰しも、生まれながらに孤独で、死ぬ時も独りで死ぬものなのだから。
 

 ……いいや。

――早苗が、呼んでるよ
――早苗が、さびしがっている。
――いかなきゃ

 どこからか声が聞こえる。
 乾を癒し、坤を埋め。
 その声は近づいて来る。
 呼ばれていることを知っている魂が居た。
 幻想でもなく、夢でもなく。
 確かにそれらはそこに居たのだ。
 だから、彼女達はそこへ来ることができたのだ。

「早苗、私達はここにいるよ」
「……ああ! 神奈子様、諏訪子様? どこへ行ってたんですか! 私、寂しくて寂しくて」
「大丈夫、もう心配いらないんだよ。ずっとそばにいるから」
「ああ、私は一人じゃないんですよね? 諏訪子様も神奈子様も、ずっと守矢を見守ってくれていた守り神様なんですよね!?」
「当たり前だろ? 今更何を言うんだい。ずっと小さい頃から早苗と一緒だったじゃないか」
「ああ、よかった」
「怖い夢をみたんだね、可哀想に。大丈夫だよ。心配しなくても。こうして手を握っていてあげるから」
「よかった……夢だったんだ……神奈子様、諏訪子様、二人とも、大好きです……」

 ことり、と地面に蛙と蛇の置物が落ちた。守矢の風祝が身に着けていた髪飾り。
 さきほどまで確かに居たその少女の手を握っていた人物は、目からとめどもなく雫を垂らしていた。

「なぜあなたが?」
「私がこうしなきゃいけなかった、あの時も、あの時も私は間に合わなかった。この子を一人で死なせてしまった」
「いいえ、違う、違う。あれは、あれは私が要石を……わからない! 私は一体何を、私はいったいどこの要石を抜いたの??」
「天子……いいえ、地子」

 天人五衰。
 天界に住む天人が死ぬ理由に五あるという。
 頭の上の花鬘が萎む。美しい衣に埃や垢が着く。腋下から汗が出る。目が眩む。
 そして、何だか楽しくなくなる。
 楽しくなくなる。たったそれだけのことで、天人は死ななければならないと言う。
 繊細すぎる天人は、世に飽いただけで精神を病んで死んでしまう。
 山の手のお嬢様学校に通っていた地子のことを、私は嫌いだった。
 いつもお高くとまっていて、私達のことを見下していると思っていた。
 ずっと罪悪感を抱えていたのだろう。
 地子は要石を抜いてしまってから、自分にあれの責任があるのだと思い込んでいた。
 だから幻想の世界に来てまで、比那名居の天人などという役割を続けて。
 本当はそんなことであれが起こるはずはないのに。

「さあ、神社へ行きましょう。みんなが待っている」

 ブロンドの少女、八雲紫は立ち上がって天子の手を取った。


 6


 暗い神社の中に向けて由香里は声をかけた。

「早苗?」

 靴を脱いで本殿の中に上がる。
 雨戸を閉め切り、暗く天上の高い建物の中。
 燭台の蝋燭が唯一の灯りとしてぼんやりとした赤い光を放っている。
 中央に巫女が一人正坐している。
 由香里の親友の早苗。子供の頃からこの守矢の郷で一緒に育った幼馴染。

「何だ、いるんじゃない」
「うん」

 か細い返事。目は宙を見つめている。
 親友の早苗がこんなになってしまうなんて、とてもいたたまれなかったんだ。

「早苗、今度の日曜私達バレー部で遠征に行くんだ」

 声は暗い神殿の床と天井に虚ろに響く。
 床に座っている早苗は背を向けたまま、少しも動こうとしない。

「早苗も入ればよかったのに。皆いるよ。それに、私達のチーム、かなり強いんだよ。夕香がアタッカーやってくれることになって、私がセッター。最近はコンビネーションもあってきて」
「ごめん、由香里」
「早苗……」
「私は大丈夫だから……私は大丈夫だから、少し放っておいてほしいの」

 ふさぎこんでいる早苗を何とかして元気づけたかった。
 バレー部で友達が元気に遊んでいる姿を教えてあげれば。
 早苗も運動で汗を流せば嫌なことも忘れるんじゃないかって。
 でもそれは結局無神経なお節介にすぎなかったんだろうか。


 遠征途上のバスの中。でこぼこした山道に揺られながら、映姫は部活のメンバーを眺めていた。

「萃香先輩の髪の毛って角みたいだよね」
「やめろバカー!」

 前の席で小町が萃香の髪を引っ張っている。そんな光景を見て微笑ましく思う。メンバーのチームワークはおおむね良い。だけど映姫には少し懸念していることがあった。
 由香里と夕香の関係だ。
 この二人は性格の面でウマが合わず、これまでことあるごとに対立してきていた。
 元々理詰めで攻める由香里に対して、夕香は直情径行で感情的に戦う。
 由香里のセッター、夕香のアタッカーと言うコンビははまればものすごく強いのだが、性格が正反対なせいか、ムラっ気がある。キャプテンの映姫はこれまでも幾度となく二人の仲を取り持とうと努力してきたが、その試みは上手く言ったためしがない。
 せめて試合の時だけは仲良くしてくれると助かるのだが、と映姫が考えていると、由香里が夕香の方に歩いて行った。何をするつもりなのだろう。

「夕香」
「ん」
「ホラ」

 由香里が席に座っている夕香にポッチーを差し出した。つぶつぶイチゴのやつだ。

「いらないんだったら全部食べちゃうわよ」
「おお」
「由香里が夕香を餌付けしている!」

 小町と萃香が驚いて二人の方を振り返った。
 夕香はといえば、頬をほんのり染めて由香里が差し出したポッチーを一本取って口に咥えている。

「これが百合ですか、先輩方」
「ツンデレのデレ期に入ったんだね」

 どういう心境の変化だろう。二人の仲が進展するイベントでも知らないうちに発生していたのだろうか。
 なんにしろ、仲良くなってくれるのはチームにとっても良いと映姫は二人の情景をほほえましい思いで眺める。

「お前らみせもんじゃねえぞ!」
「わあ、ツンの方の夕香がキレた!」
「先輩、みせもんじゃないってその発言は結構ドツボにはまってるような」
「お前ら、静かにしろよ」
「「は、はーい」」

 顧問の森近からお叱りが入ったため、しばらくバスの中が静かになった。
 車窓を信濃の山地の風景が流れて行く。
 遊由子は窓の外を見ながらふさぎこんでいる由香里が気になった。

「由香里、どうしたの? 浮かない顔しちゃって」
「うん」
「東風谷さんのこと? やっぱり気になる?」
「うん……」
「東風谷さん、お父さんを亡くされて大分落ち込んでいるみたいだね。由香里、幼馴染だったんだもんね。それは気になるわよね」
「うん。あの子やっぱり一人で家にいるべきじゃないと思うの。でも余計なお節介に思われそうで」
「今はそっとしておいてあげた方がいいんじゃないかな? 心の整理がつくまで」
「そう、そうよね……」

 そこまで遊由子と話したのを覚えている。
 そこで、世界が暗転した。

 ――断絶。




 気が付くと、何かが燃える匂いがした。
 割れたガラスの破片や、ひしゃげた窓枠が目に入った。
 紅い色の雫が前のシートにこびり付いている。血!
 頭ががんがんする。割れるように痛い。もうすでに割れてしまっているんじゃないかと思う。

「遊由子? 夕香?」

 バスの椅子に手を付きながら、朦朧とする頭を引きずって手探りで辺りを調べる。
 自分の左、通路側に座っていた遊由子の方へ手を伸ばす。
 やわらかい感触。目の前に何かよくわからないものがあった。
 その首はぐにゃりと曲がり。
 その目は顔から飛びててだらんと垂れさがり。
 なんだか良く分からない塊。目がだんだんと慣れてきて、それの輪郭が分かると、由香里は絶叫したが、声にならなかった。
 ふと、自分の顔にべっとりと半液体状のものがついているのに気付く。
 手でそれをぬぐい取ろうとして、うっかり視界に運んでしまった。
 血液と脳漿と臓物が混じり合った液体。

「いやあ、いや」

 それでやっと、目の前の状況を頭で解釈できるようになってきた。
 自分の隣に座っていた親友が居なくなっていて、代りにバスの通路におかしな形の塊がある。その塊は、ところどころに赤黒い染みがあって。
 口を押さえる。頭を押さえる。まさか、まさかこれが。そんなことが。
 さっきまでにぎやかに騒いでいたみんなが。
 大切な大事な何物にも代えがたい仲間が。
 映姫、小町……森近先生! 目に留まるのは、以前は生きていた残骸ばかり。
 由香里は走って逃げ出そうとした。しかし、すぐに足が何かの破片にぶつかる。
 それでまた、周りに目が行く。
 割れたガラス、歪んだ座席。窓から入り込んだ木。無残に壊れた車内に転々と転がって居るものは、塊ばかり。
 みんなみんな、……死んでいる。

「う、嘘」


 ほうぼうのていでバスの割れた窓から体を出す。
 バスは崖の下に落下していた。
 ほとんど無意識に上を目指す。
 壁に生えていた蔦を取り、何度も脚を滑らせながらも、擦り切れた手で斜面を登る。
 助けを呼ばないと。
 バスの中に、もう生きている者はいない。
 登る途中でその事実に再度気づき、涙がとめどなく溢れてきた。
 振り向きたくなかった。振り向くと、先程見たものを思い出してしまうから。

 崖を登り切ってアスファルトに震える足を付ける。鼓動が激しい。
 息を整えたのちに顔を上げて道路の向こうを見る。
 そこでまた眼を疑う。
 これを歩いて帰れと言うのか。
 信じ難い光景。道が崩れて寸断されている。
 かろうじて、向こう側に渡れそうな場所が左の岩壁側に残っている。そこを伝って、向こう岸になんとか渡る。
 途中足場が崩れそうになって、はらはらする。
 反対側の岸辺に渡って、膝をついて考え込む。いったい何が起こったのか。
 そういえば、崖に落ちる寸前に、車体が大きく横にぶれていた。
 もしかして、もしかして。よろよろと足を進める。やがて、衝動にかられて走り出す。
 もう体は疲れ切っているはずなのに、色んな場所を打ちつけて脚にもあざができているのに、どこからそんな力が湧いてくるのだろう。
 由香里は走った。
 どれくらい走っただろうか。時間の感覚が分からなくなっていた。疲労感も麻痺している。
 だんだんと周囲が知っている景色になってくる。
 この辺りまでは、子供のころに自転車で来たことがある。
 この道を抜けると、開けた崖に出るはずだ。
 その崖から諏訪の市街が一望できるはず。
 由香里はとうとうたどり着いた。
 その開けた丘から覘いた先に広がっていた景色は。
 荒れはて、崩れ落ちた建物の数々。立ち上っている黒煙。
 生まれ育った街の死に果てた姿だった。

 なんだ、これは。
 目を疑う。
 ちがう、こんなのは現実じゃない。
 必死で否定する。目をつぶる。きっと、崖から車ごと落ちたせいで気が動転しているんだ。
 心を落ち着けてしっかりと見れば、幻覚だったとわかる。いつもどおりの見慣れた平和な街の姿が見えるはずだ。
 うっすらと目を開ける。
 どんな開き方をしても、目の前の光景は変わってくれない。
 赤い森が見えた。良く眼を凝らすと、それが燃え盛る建物と周りの林なのだと言うことが分かった。
 守矢山のすぐ麓にある大きな区画。その位置は、確か。親友が、住んでいた、守矢の

「うわああああああああああああ!!」

 ユカリは絶叫する。
 ユカリは頭を抱える。

 余りにも、失ったものが大きすぎたから
 受けた衝撃が大きすぎたから。
 少女には夢を見ると言う選択肢しか残されていなかった。
 それでも少女は生きたのだ。
 すべてを失った日から幾年、さらなる喪失が少女を待ち受けていた。 









 六 無何有郷


 1


 いつの間にか、妖夢は博麗神社の前に辿りついていた。
 どこをどうやって歩いてきたのか、なぜここに来たのか、自分でもわからない。
 蛾が灯に誘われるように、亡者が蜘蛛の糸に群がるように、自然に神社に足が向いて、気が付くと階段を上っていた。
 体の節々が痛むが、そんなものは気にならない。
 登坂の途上で、弾幕が交差する音が聞こえてくる。誰かが戦っているのだろう。
 そいつらは知らないのだろうか。幻想郷にいる者たちに、次なんてない。紫は嘘をついていた。
 境内の上空で萃香と文が交戦している。遠くには赤い鳥が飛んでいるのが見える。妹紅と輝夜だろう。
 社の前で霊夢と魔理沙も対峙しているから、これから始めようとしているらしい。
 忌々しい、と思った。
 自分は大切な、何物にも代えがたいたった一人の主を失ったと言うのに、こいつらは何をしているのか。
 幻想郷の最後に抵抗もせず、滅びを受け入れようとしている。
 あまつさえ、この期に及んで終わりを楽しむために弾幕ごっこなどと。
 真剣味の無い、おちゃらけた生き方。精神が腐りきっている。滅んで当然ではないか。
 歯軋りをしながらそう心の中に吐き捨てた言葉が、全て自分に向かって刺さってきた。
 少し前までは、自分も幽々子と共に滅ぶのなら、それも良いだろうなどと考えていたのだ。
 来るべき滅亡に対して、抗おうとしなかった。
 母親や姉のような存在が、ずっと暖かく自分をくるんでくれている。揺り篭の様な心地よい時間がずっと流れていたから。
 ずっと同じ時間が続くと思っていたのだ。余りにも無邪気で幼かった。
 自分は甘えていたのだろう。真実を知ろうとしなかったし、それと戦おうともしなかった。
 何も分かっていなかった自分の愚かさに虫唾が走った。
 そして薄々気づいていた。自分は、愚かな自分に対する憎しみを、周囲の者への憎しみに転じているだけなのだ。
 上で楽しんでいるやつらは、単に真実に気づいていないだけだ。だからああして能天気に弾幕ごっこなんかで遊んでいられるのだ。

「妖夢っていったっけ」

 名前を呼ばれて振り向く。

「相手がいないんだ。付き合ってくれないかい?」
「あなたは……」

 ぴんと立った赤い角。萃香の友人と言う地底の鬼だ。
 確か名前は星熊勇儀。
 語らずとも、そこに居るだけで伝わってくる空気というものがある。
 この一角鬼は強い。おそらくは何よりも強い。最後の勝負と念じているからか、それに望む気迫が違う。
 仕合えば、それは死合になるのではないかと考えた。
 それでも妖夢は薄ら笑いを浮かべる。所詮はごっこ遊びではないか。

「最後に弾幕るのは、サムライと。そう決めていたんだ。私は昔からサムライに縁があるらしいからねえ」
「私は侍ではありません。庭師です」
「サムライの語源はさぶらう……それは誰かに仕えて守るものという意味があったが……そんなことはどうでもいいね。言葉じゃないんだよ。あんたの魂は、サムライだ。見りゃわかる」

 グッと心臓を掴まれたみたいな気分になる。
 相手はこちらの全存在を認識しようとしている。逆に言えば、そこまで見こまれたということだ。
 普段の自分ならば、何たる名誉と感極まったであろうが、今は違う。自分のどこがサムライなのかと思う。今の自分は……

「妖夢様」

 隣で呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だ。

「あれ、金太」

 そこに座っていたのは、きれいな黒髪のおかっぱ頭をした男の子だった。
 妖夢はそれを見て驚いた。
 そこにいるのが、いつも白玉楼で巻き割りや風呂焚きをしている金太と言う名の幽霊だということは、声を聞いて解ったが、彼が人型を取った姿を妖夢は始めて見たのだ。見れば彼は平安風の狩衣姿をして、腰には大小二本を挿し、頭には烏帽子を被っている。立派な古武士姿の美丈夫だ。

「妖夢様、お着替えをお持ちしました」
「え? 着替え? 何この服。それに金太、その格好は」
「こはいかに、お主もしや坂田金時ではないか!?」

 目の前の鬼が驚いて言った。

「金時公に相違あるまい。人の身にして、ただ一人わらわを打倒せし者じゃ。その顔を見過もうものか。武人たるそなたが、まさか白玉楼中の人となっておったとは……久しいのう、こんなところで昔馴染みに会えるなんて! まこと人の世の縁とは面白きものよ!」

 足柄山の金太郎、まさかりかついだ金太郎は源頼光と共に酒呑童子を退治に行った人物として名高い。
 妖夢は自分の前に立った少年をきょとんと見る。

「金太、金時公?」
「昔の名前です、さ、お着替えを」

 そう言って金太は妖夢の前に一着の服を差し出した。

「この服は?」
「この服はご祖父の魂魄妖忌様が幼少のみぎり、朝廷にお仕えになっていた時に身に着けておられたものです」
「お爺様の服!」

 言われて気づいた。自分の服は白玉楼での事件によって至るところが破れていた。歩いている間に乾いてはいるものの、湖に落ちたことによって汚れてもいる。着替えがあるというのなら幸いだ。目の前の鬼は自分との一騎打ちを所望している。強い者を見ると交戦してみたくなると言う鬼の性格。正直、今は鬱陶しい。はっきり言ってこんな奴の相手をしている暇はないのだが、どうも見逃してくれそうにない。全てが馬鹿馬鹿しく思えるが、避けられない戦いであるという予感はした。
 自分にとっての最後の戦いも近い。今のうちに正装に着替えておくのも良いだろう。妖夢は金太の言に従って、衣服を着替えることにした。黙ってこの幽霊は、妖夢の傍らに控え、着替えを手伝った。
 十分ほどして境内に現われたのは、立派な検非違使姿に着替えた妖夢だった。

「おお、おおお! なんと麗しくも勇壮なる井出達。気に入った、相手にとって不足なし!」
「やあやあや、遠からんものは音にも聞かん、我こそは冥界は白玉楼が住人、魂魄・右兵衛権佐・妖夢なるぞ!」

 妖夢の名乗りが境内に響き渡った。右兵衛権佐の官位ははったりだろうと思ったが、それも小芝居がかっていて懐かしく楽しいと勇儀は思う。
 平安の御代にもこうやって武者達の名乗りを受け、力比べを幾度となく行ったものだ。もっともそれはいまや偽の記憶ではないかと疑われているのだが。
 かたや妖夢の方は、半ば破れかぶれだった。もう幽々子もいないし、命を賭すものがない。
 鬼との一騎打ちを受けたのも、何か叩き斬ってみれば少しは気が晴れるのではないかと考えたのだ。本当は斬り裂きたい相手は他にいるのだが、どうもその相手が見つからない。だが、あの女も待っていればいずれこの境内を訪れるだろう。それまでの肩慣らしにこの思い上がった鬼を斬ってみるのも一興かもしれない。
 しかし残念なことに、今の自分には刀がなかった。楼観剣は先程、冥界での異変によって折れてしまった。
 剣士が長刀無しでは恰好がつかない。やり場のない怒りを八つ当たり気味にぶつけるにしても長物が欲しい。
 そこで一座へ進み出た男がいた。
 香霖だった。彼は手に持っていた長い筒状の包みを開けると、中から鞘に入った立派な長刀を一本取り出す。
 そしてそれを妖夢に向かって投げた。

「妖夢、この刀を使うんだ」

 投げられた刀を妖夢ははっしと受けとる。

「や? そ、その刀はもしや!」

 すると一角鬼が大袈裟に驚いて見せる。

「いかにも。この刀こそ天下五剣の一つ、伯耆国大江安綱作、清和源氏伝来、童子切安綱」

 妖夢は鞘から太刀を抜いて刀身を確認する。互の目乱れも美しい、平安期の立派な業物だった。

「用途は『鬼を退治する』だ」
「なるほど、その刀を届けに来たのか」

 童子切安綱は日本三大妖怪の一、酒呑童子を討った刀とされている。
 退魔の刀として最も名高い。
 
「ふん、これで互角かね」

 かくして即席の侍と千年を生きる太古の鬼が境内にて対峙した。
 戦いは最初、数刻の沈黙から始まった。
 この間、妖夢の内心は再び腐りつつあった。
 刀を握ると、自分がそれを通して学んできたことが思い出されてきて、虚しい心の内がなおさら露になった。
 一体自分は何のために刀を取ったのか。それを思い出す。
 剣心合一とか、梵我一如の境地とか、この世の一切合財を己が内に抱くとか。
 色々と煩悩にまみれた衆生はうんちくをつけたがるが、そんなものは言葉の上だけのことだ。実質を持たない言葉は虚しい。
 剣でできることなどたかが知れている。結局のところ、刀というのは単なる人斬り包丁だ。
 現に自分は主を守れなかったではないか。自分が守るべきものはもう永遠に失われてしまった。
 主を守るために、来るべき時の為に、万日を技の練磨に費やしてきたのではなかったか。
 すべては無駄だったと言うわけだ。今更こんな棒切れを振るったところで何になると言うのか。
 生者必滅の条理が自分に斬れるのか。輪廻の鎖を断ち切って、失われた命を取り戻すことができるのか。 
 できないのであれば、無用の長物だ。長い間剣道を通して培ってきたすべての教えが空虚に聞こえる。
 鬼の覚悟とやらも、最後の瞬間にも幻想郷らしくしていたいなどと言う美学も、滅んでしまったら、何にもならないじゃないか。
 くだらない。くだらなさすぎる。明かしてしまおうか。おまえらの信じているものはすべて嘘なんだって。
 そしたらこの鬼はどんな顔をするだろう。
 妖怪だの、幻想だのと言って、結局は紫の良いように踊らされていた死霊の集まりにすぎないじゃないか。
 目に熱いものが再びこみあげてきた。何と情けない。自分は主を守れなかった言い訳を探しているだけだ。
 何よりも矮小な自分を自覚する。

「妖夢様」

 膝を着いて脇に控えていた金太、坂田金時公が囁いた。
 妖夢は胡乱な視線を今の自分の従者に向ける。

「今は目の前のことだけをお考え下さりませ」
「前って……お前だって知っているでしょうに。我らが主は」
「言いなさりますな」

 その従者は黙って眼を伏せた。その態度ではっとなり、気づく。
 自分の傍らに居る者、自分の戦いを見守っていてくれる者。それがなぜ師匠の妖忌でいてくれないのかと妖夢は不満に思っていた。
 そんな自分を恥ずかしく思う。
 金太は白玉楼の幽霊を代表して来てくれている。彼はもう、冥界の滅びを目の当たりにして、そして紫の嘘にも気付いているはずだ。
 もしかして目の前の鬼も。感無量と言った表情で笑いながら睫毛に粒を蓄えている彼女も。
 そう、もうこの境内に居るものは知っているのだ。
 幻想郷の滅亡が避けられないことを。そしてその滅びに巻き込まれて、自分達も消えるのだということを。次の生なんて無いってことも。
 最初の生を終えた霊魂達が何らかの理由でこの郷に集められて、あの世に旅立つまでの間、古の空夢を見ていた。
 かりそめの夢。おそらくは、それが自分達の体験してきた全てだったのだろう。
 それでも妖夢には判らなかった。尚更判らなかった。
 今になって、何故このような不毛な争いに身をやつさなければならないのか。
 勇儀や金太や境内に居る全ての人妖達が見たがっているものは、望んでいるものは、作りたがっているものはなんなのか。
 諦観なのだろうか。抗っても無駄だから、せめて最後だけは一花咲かせたいと言う。
 命とは所詮儚い。譬えるなら、朝露の如きものだ。いずれ散りゆく定めなのだから、せめて。
 今となっては自分にできることは、この鬼の相手となって慰めることぐらいということなのだろうか。
 それでもやはり疑問だった。自分が剣を向ける相手は、他にいるのではないのか。
 主を死に追いやった、憎き敵、八雲紫。この切っ先は彼奴にこそ向けられるべきではないか。
 しかし否応なしに戦いが始まり、鬼に合わせて刀を振るうたびに、心が澄んできて、それも解ってきた。
 幽々子は自ら望んで西行妖に向かい、入滅した。
 主の望みが死である以上、覚悟をした人間を止めることはできない。
 紫は幽々子にお願いしたと言った。幻想郷を救ってくれと、懇願したのだろう。それを幽々子は受けた。
 それは半ば強制に近い願いだったかもしれないが、確かに幽々子は自分で受けたのだ。自ら歩を進め、西行妖の中に入った。
 今になってみれば、何故自分に相談してくれなかったのだろうと悲しく思う。紫とだけ図って勝手に決めた。
 ただ単に。ただ単に自分は蚊帳の外に置かれていただけだった。
 そして妖夢は思い出す。
 鬼の強力を幾度も受けながら想いを馳せた。
 幽々子が西行妖に入る前に、庭を眺めながら最後の一時を過ごしていた時に、自分は主の問いに対して何と言ったか。
 主は自分に聞いた。幻想郷は滅びてはいけないか、という問い。
 それに対して自分は何と答えたか。

『生まれ故郷です、滅びてほしくないです』

 そう主に縋って懇願したのではないか。それが、自分の願いが主の決意を後押ししていないとは言い切れないではないか。

 ……そうか、自分が殺したのか。

 仇などいない。幽々子も紫も、幻想郷を救おうと精一杯動いていただけだ。
 自分は最初からその事を判っていたのだろう。だからこれほどまでに喪失感を感じているのだ。
 何もかも自分の愚かさのせいだったのか。
 そう悟ると心の中に風が吹いた。
 それで妖夢の中の何かに火がつき、吹っ切れた音がして、体が軽くなった。

 思考の切れ間に、鬼が飛礫を投げてきた。とっさにその弾丸を長刀で受ける。
 続けて鬼が放ってきた光線を一重で交わし、二重で相手の懐中に歩を詰め、一瞬の刹那に、抜刀――
 刀は鬼の姿を捕らえたが、一切の手ごたえがない。外した。妖夢は残影を斬っていただけだった。
 それで確信する。この勇儀という鬼は、力だけではない。心技体兼ね備えた真の剛者だ。
 あの伊吹萃香と互角? いや、力だけ比すれば、それを凌駕している。
 不思議なものだ。もう死んでしまいたいと思っていたはずなのに、思考は自然に相手の戦力を分析しているし、体は刻まれた訓練通りに動く。
 結局自分もどこまでも幻想郷に毒されているのだ。
 思えば亡き主も巫女や魔法使いや友人を前に弾幕を並べている時は、実に楽しそうにしていた。
 前の鬼も実に楽しそうで、そして良く動く。鈍重な体躯に見える割に、動きは軽快で速い。
 それだけでなく一挙手一投足に華がある。獰猛な本能を年月をかけて洗練した武だ。
 正眼に構えた妖夢に、大江山の嵐が斜め上方から流星雨となって降り注いだ。それは単なる牽制で、すぐに近接して孤拳の一撃を叩きこんでくる。
 受けた刀が振動する。童子切安綱にこめられた退魔の力によって、鬼の邪力が中和されているため耐えることができたが、他の刀で受けていたら折れていただろう。
 強烈で鮮烈な攻撃だ。しかし、おかげで意識が澄んできた。思い出してきた。今世界には自分とこの鬼と、他に何者もいない。真剣勝負とはそう言うものではなかったか。

「いい顔になってきたじゃないかい」

 前の鬼が言う。自分はそんなに情けない顔をしていただろうか。
 そうなのだろうと思う。さぞや迷いに満ちたふぬけた剣を振るっていたのだろう。
 傷ついたサムライは想う。中国の思想家、老子によれば兵は不祥の器であると言う。人を傷つける手段でしかない剣、兵の手段でしかない剣もまた不祥。そもそも剣で無ければ成しえない事など何も無いのだ。だいたいが他の手段で代用が利く。
 それでもサムライは己の矜持をたった一本の刃に込める。抗えない運命の前に、ただ己の縋る一本の心の刀を振るうだけ。結局自分の生とはそんな程度の物だろう。憤懣も悲愴も悔悟も自責の念もやり場の無い感情の全てを込めて、時代錯誤の精神を意固地に守って、一心不乱に剣を振るう。それが彼女の剣だった。そして今は目の前の鬼が、それを全身全霊で受け止めてくれる。
 全力で放つ剣閃のきらめきが、自分が生を主張することが亡き主への手向けとなるだろうか。弔いに。

 ふと、妖夢が姿勢を変えた。
 それを見て鬼がはっとした顔になる。
 構えはない。ただぶらんと両手を下ろし、仁王立ちになる。
 無形の位、と言う。
 孫子曰く、兵を形するの極は無形に至ると言う。そんな体勢だった。構えを捨てた、究極の臨機応変の形。
 鬼が立ち止まって口元に笑みを浮かべた。
 剣聖・上泉信綱が編み出したその構えを、中古の鬼は実際に見たことがない。だが、彼女は相手の体勢や気の流れから、一瞬で本質を察した。
 これは、捨身の殺法だ。宿敵の覚悟の程に心地よい緊張感を抱く。
 次の剣が必殺の一撃になるだろう。今まで以上に集中し、勇儀は間合いを読み始めた。
 境内にしばし静寂の時が訪れた。
 時が止まった空間に、上空からひらひらと在るはずの無い古の桜が舞い落ちてくる。
 今ありし昔ありしは平安の御代より所縁の地、華のさかずき大江山。
 そこに両雄が動きを止め、にらみあったまま対峙する。
 しばし無音。一瞬の無窮の時が訪れる。
 宇宙が白く染まる。世界が完全に見える。

 突如、妖夢の目に一角鬼の顔が映る。
 勇儀が刹那にて間合いを詰め、いつの間にか妖夢は三歩必殺の領域に入っていた。
 妖夢が敵の攻撃を認識した時には、既に全てが終わっていた。
 怪力乱神。圧搾。ぐちゅり、と妖夢の右で嫌な音がした。
 おそらく右手がちぎれて飛んだのだろう。だが、妖夢にはそれが見えていない。もとより右手は捨てるつもりだったのだ。
 それが証拠は勇儀の顔に出ていた。してやられた、という表情。どういう性質の構えであるか分かっていたはずなのに、狙いを逸らされた。
 そして置いた次の瞬間。肉も骨も斬らせて半身を犠牲にして敵の息の根を断つ、そのような一撃。
 神速で抜刀した白楼剣の一閃が、勇儀の頭の上から脇腹までを袈裟掛けになぞった。

「お、お見事……!」

 ぱきん、という金属音が響き、勇儀の一本角が根元から折れた。
 それを合図にして、半拍遅れて胸の切れ目から鮮血が吹き出す。飛んだ血糊が妖夢の顔にぽつぽつと当たった。

 丁度その時。空に二つの影が現れた。
 文を看取った萃香が返ってきた。
 もう一方は早苗を送った天子。
 二人は境内に立ちつくしている侍と一角鬼に目をやる。
 すでに満身創痍の体の二人は、蒼白な顔で鬼と天人を見上げる。
 空中の二人は無言で見返した。
 一角鬼の体から煙が湧き出ている。霊力が底を突き、間もなく消える運命なのだろう。
 それを見た萃香は目に熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
 でも、自分の親友は笑っている。満足そうな笑みだった。
 彼女が何を考えているのか解る気がした。
 何故そんなことをするのか、無駄じゃないか。そう問われた時の返答が、そいつの人生を物語る。
 親友の行為や傷痕は無言でそれを伝えている。

 満身創痍になっても妖夢は分からなかった。自分が何をしていたのか。何がしたかったのか。
 幽々子が死んで、紫を仇として憎んで、半ば自暴自棄になったままわけもわからず鬼と戦って。そして自分も意味なく消える。
 サムライは二君に仕えないと言う。しかし、それでは主人を失った犬はどうすればよいのか。
 ひたすらに帰らぬ主人の面影を追い続け、主人が生きてきた頃と同じことを繰り返すだけだ。だから自分もそうした。それだけのことなのかもしれない。思えば白玉楼で自分は既に死んでいたのだ。何も成し得ない虚しい生だったと思う。

 ――でもそれでも。

 そこまで考えたとき、それまで二人の戦いを見守っているだけだった周りの霊達に、動きがあった。
 坂田金時の体が人型から人魂型に戻り、その周りに漂う霊達と一体になって妖夢のちぎれた右腕の周りにまとわりつき、そして新たな腕となった。
 神社の隅にあった間欠泉から怨霊がわっと湧き出してきて、勇儀の傷に取憑いてそれを塞いでいく。
 驚きにぽかんとした表情をした後、ふっと、最後の侍と古式の鬼の顔に笑みが浮かぶ。
 仕切り直し、というわけか。
 まだ戦えと。まだ足りぬ。
 鬼は微笑する。もうお互いの間にはお互いしかいないんじゃないか。
 さあ、また始めようじゃないか。そう無言で得難い宿敵に向かって語りかける。
 だけどサムライの方の笑みは意味が違うだろう。
 彼女は終始、惑っているだけだった。そして惑いながら剣を振るうそんな自分が、自分らしいと思う。
 戦いを心底楽しんだ鬼と、戦いの虚しさに気付きながらも尚それを捨てられなかったサムライ。
 対象的な二人は無言で示し合わせて、またお互いの必殺の構えを取った。

「心得たよ! 鬼の心意気、見せてやろうじゃないか! 四天王奥義『三歩必殺』!!」

 一角鬼の切符の良い華のある声が境内に響いた。跳躍の途中、刹那の間にそれを聞き、侍の心中にまた想念が浮かぶ。
 古の昔よりサムライの刀は主の為に振るわれる。彼にとって、主とは名や家のことではなく、魂をかけるべき価値のことを指した。
 彼の技は不祥の器、故に誇るものでは無く表に出すものでも無く。だから、サムライは己の技の名を叫ぶ愉悦を持たない。
 自分の剣は主の、大切な人達の精神を映す鏡でなくてはならない。
 だからこそ唯一人、魂魄妖夢は心の眼を瞑目させ、己の魂魄の内で呟くのだ。
 走馬の灯明に浮かぶは在りし日の幽冥楼閣。もはや懐かしくもある主と共に過ごした久遠に近き安寧の日々。
 人鬼『未来永劫斬』、永劫は確かに此処にあったのだな、と。


 2



 萃香と天子は境内に降り立つと、自然に向かい合っていた。
 天子は辺りを見回す。
 紫と一緒に入ってきたはずだったが、いつの間にかいなくなっていた。一瞬彼女の行方を探したが、すぐに向き直って正面を向く。

「私達も始めようか」

 萃香が声を掛ける。天子の方にも不足はない。しかし、

「でも、剣がないわ」

 両手を広げて困ったのポーズを取る天子。

「あれ? 緋想の剣はどうしたんだ」
「天界に返還しちゃったわよ。元々私の物じゃなかったし」
「何でまたそんな律儀に。そんな性格だったっけ?」
「借りた物を返さないまま死ぬなんて、寝覚めが悪いじゃない」

 それを聞いて萃香は苦笑する。
 天子は以前、異変ごっこをしたいからと言う理由で緋想剣を盗み出し、それで天候を操作して異変を起こし、巫女をおびき出した。
 あれだけ自分勝手な異変を起こしておきながら、今になって借りた物は返すべきだなどと、どこかの魔法使いに聞かせてあげたいような律儀な事を言っている。良く分からない性格だが、彼女なりの美学があるのだろうか。
 それにしても剣無しでは天子の戦力は半減してしまうだろう。最後の一戦をやらかそうとしているのに、相手が丸腰では少々しまらない。
 そこで萃香はちらりと眼を横にやる。丁度そこで観戦していた香霖を見つけ、視線が交差する。
 片眉をくいっと上げて神妙な表情を浮かべる香霖に向かって、萃香はにへっと笑みを浮かべる。
 笑い掛けられて香霖は頭をぽりぽりと掻きながらため息をつく。

「いつから僕は武器屋に転職したのか……仕方無い」

 渋々といった態度を取りながら、香霖は下ろした荷物の中からまた長物を取り出した。本当はもうこうなる事を知っていて用意していたのだが。
 香霖は袋に包んだ長物を天子の方に投げる。
 受け取った天子はすぐに袋から剣を取り出す。見覚えのある両刃剣。翡翠の飾り物が付いた随分古臭い造りの剣だ。

「これは劇で使っていた剣じゃない……まさか!」
「そうだよ。天叢雲剣、または草薙の剣。持つものが持てば、頭上に瑞雲が輝くと言われる剣。長らく霧雨の剣と呼ばれていたんだけどね」
「本物だったとは……」

 萃香が嫌そうな顔をする。神話クラスの剣。万世一系の神威を保証する三種の神器の一。
 天に所縁のある者の手に日本神道最強の神剣と言うわけだ。鬼にも十分すぎるくらい効き目があるだろう。

「元は蛇退治の剣だけど。蛇はもう海に帰ってしまったから」

 天子は軍団を睥睨し鬨の声を上げる皇帝のように、おごそかに神威の剣を頭上に掲げて見せる。
 剣は日輪の光を反射してきらめいた。
 萃香はそれを見た後、ごそごそと懐を探り何かを取り出す。手のひらに入れたそれを見て、綺麗な声で言う。

「大江山、衣玖(いく)野の道の遠ければ、まだ文(ふみ)も見ず天の橋立」

 和歌だ。詠んだなり、ぴっと手に持ったそれを天子に投げつける。
 天子がそれを受け取ってみると、スペルカードだった。二枚ある。
 突風「猿田彦の先導」、棘符「雷雲棘魚」。どのような寓意があるのか。
 投げた萃香の手にまだ残っているものがあった。楓型の手持ちの扇。天狗の団扇だった。

「それをあなたが使うのですか?」
「いいや、一緒に戦ってくれるかと思ってさ」

 天狗の団扇。天狗の新聞記者、射命丸文。そこで天子は言い換えに気づいた。
 天界で最後の別れを告げた相手。これから竜宮に帰ってそこで消えると言っていた。
 そうか、衣玖ももう行ってしまったんだなァ。
 世話になったなあと思う。あの使いには、数えきれないくらいの恩を受けてしまった。どうやったら恩を返すことができるのだろう。全く分からない。
 とりあえず、精一杯やるから見ていてくれるかしら? と考えて天と地の子は大地を蹴った。



 3



 博麗神社の境内に、傷ついてぼろぼろになった紫が入ってきた。
 それを見止めた霊夢が手を止めて、彼女にそっと近づいて行く。

「……紫」
「うん」

 境内に居るものはもう知っているだろうか。
 あれだけの異変を起こしたのだ。気付かないはずがない。
 西行妖の消滅が起こした爆裂は、遠く博麗神社の地上からも見えただろう。

「……咲夜は?」

 ああ、霊夢は知っているのか。紫は嘆息する。この巫女は、教えられなくても全てを悟る。
 咲夜、あの銀色のメイド。

「消えたわ。主を失って、私にナイフを突き付けて……それでも何も成せなくて」
「そう」

 自分を怨みながら憎みながら消えたあの少女。
 できることなら新しい人生を送りたかったと病室で語ったあの少女。
 自分は彼女に与え、そして奪った。実質は奪うために与えていただけなのだ。
 元の木阿弥ではないか。

「貴方のせいじゃないわ」
「霊夢」
「貴方はそうするしかなかったのだから。内側からではどうしようもないのでしょう?」

 自分は最後の賭けにも失敗した。
 元々どうにもならなかったのかもしれない。
 幻想郷自体の生きる意思が弱まっている以上、その中から何かをしたとしても大勢を覆すことはできない。
 たとえ胎内に蓄えた霊力のすべてを消費したとしても。仮にそれをしたとしても、それでは守るべき幻想郷自体が無くなってしまう。

「あなたは解っているのね」
「紫がそういう風に作ったからね」
「ああ、霊夢。あなたはいつも優しいのね。あなたはいつでも私達妖怪の望む姿でいてくれた」

 傷ついて涙を流さないで泣いているその少女のすぐ前に、優しい巫女が立った。
 少女は自然に、その自分よりいくらも小さな体に額を押し当てる。
 優しい巫女はしばらくの間黙ってその体を抱いてあげる。

 少女はその地震で多くを失ったから。
 その都市は、その地震で多数の死者を出した。
 それからずっと、少女は死者達に引きずられて生きるようになった。
 新しい命が宿った時にかつての少女は恐怖を感じた。
 自分は今でも、あの死の夢に囚われているのではないか。
 ぬぐえない傷痕。それを繕うために少女は夢を必要とした。
 その災厄で奪われたものを寄り集めて。
 死霊達に安らぎを与えるために。
 すべてを癒してあげるために。
 自分も自分を取り巻く何もかもを。
 だが運命は彼女に優しくなかった。
 悪夢から逃れようとした彼女を待っていたのは、更なる喪失だったのだ。

 霊夢が歩いて行った。
 きっと親友に呼ばれたのだろう。
 彼女には最後の役目がある。この郷を締めくくる最後の神楽を踊る。
 親友の為に彼女と共に舞う必要がある。
 紫は境内から、滅びゆく自らの魂の故郷を眺めていた。以前もう一つの故郷の、生まれた街の滅びをそうして眺めたように。
 神社の周囲が黄昏の茜色に染まりつつある。社の周りに満ちている液体が紅いのは、その下にある空間のせいだった。
 三途の羊水は幻想郷のすべてを満たしていた。
 異様な空間の上に、神社を包む瑠璃色の森だけがこんもりと生い茂っている。もはや残っている場所と言える場所は、ここだけなのだ。

 今、神社には三人だけが立っていた。
 紫が周囲に気を配ると、音がするのは目の前で戦っている霊夢と魔理沙の二人だけで、他は先ほどまでの騒ぎが嘘みたいに静まり返っている。
 もう他の者は皆消えてしまったのだろうか。別れも告げず、弾幕勝負の果てか、もしくは最中に霧が晴れるように兆しもなくただうっすらと消えた。
 彼女達らしくもあると思う。
 紫は考える。かつて自分の精神がこのような状態になったことがあっただろうか。
 自分は今、途方もないくらいの罪悪感に包まれている。
 結局、彼女達は真実に気づいていたのだろうか。
 今でさえ、自分は納得できずにいる。ましてや演じているだけの俳優であった彼女達はどうなのか。

 すたり、と霊夢が境内の中央に着地した。既に霊夢と魔理沙の弾幕勝負が始まって四半刻ほど経つ。
 境内に立ち相手を見据える究極の巫女。息が荒れていない。さすがだと紫は思う。
 対する魔理沙の方は、肩で息をしている。服がところどころ破れているし、自慢の帽子も煤けている。
 だいぶ差がある。
 自分の宿敵のその姿を見た後、霊夢は一瞬目をつぶってにこりと笑った。

「よくぞここまでたどり着いたわね。ほめてあげるわ。でもそれもこれで打ち止めよ。幻想を守護する我が結界に抱かれて、安らかに眠りなさい!」
「ラスボスっぽいセリフだぜ。やっぱり霊夢がラスボスだったんだな!」

 にらみ合い、無言で相手のことを察する。選ばれた巫女とヒーローは悠然と立ってお互いの全存在を認識し合う。
 二人とも、既にスペルカードを引いている。ゆっくりとした動作で右手につかんだそれを宣言の位置まで持っていく。
 コールオアドロップ? 聞かいでか。何も言わなくてもわかっている。
 この戦いに恐らく意味はない。だけど、それがどうしたって言うんだ! 自分達は戦士だ。戦うからこそ魂は輝くんだ!
 さあ、最終最後の弾幕勝負の始まりだ!!

 魔理沙は思う。正面に立つといつも思う。勝利の女神に愛された人間て言うのは、こいつみたいなのを言うんだろうと。
 自分には、彼女のような天賦の才はない。
 自分にあるのは何だろう?
 ぎゅっと、箒を握る手に力を込める。
 いつだってそうだったじゃないか。
 こいつとこの身一つでやってきた。

 決意を秘めて魔理沙が走り出す。霊夢も裾を風に流して追う。牽制のために星弾を霊夢の進行方向に投擲する。
 だがその弾は全く霊夢に触れられない。いわゆるグレイズってやつをされて、はじめから当たらないことが決定されていたみたいに彼女の後ろに吸い込まれていく。
 まるで霊夢の後ろに見えないブラックホールがあって、弾道が捻じ曲げられているみたいに綺麗に通り過ぎて行く。
 全くふわふわと雲みたいに捉えどころの無い相手だ。行雲流水。花鳥風月。森羅万象。羽化登仙。まあ、なんかそんなようなものだ。博麗霊夢というのは。
 お金や物事に執着が無い。唯一の財産である神社が地震でぶっ潰れたときだって、さほど気にしてなかったみたいだ。
 いつもどうやって生活してるんだろうと一番親しく長く一緒にいるはずの自分でさえ不思議に思う。
 もしかしたら霞を食って生きてる仙人なのかもしれない。だったら何となく全部説明が付くなア、などと今更ながらに思う。
 興味はなかった。結局こいつがどこから来た何者なのかなんて関係なかったんだ。
 ただ一緒に居たら楽しかったから、だから。なあ霊夢、お前だってそうなんだろう? 口に出して言わないけどさ。

「マスタースパーク!」
「八方鬼縛陣!」

 互いに必殺技を出し合った後、それの効果があまりなかったことを最初から知っているのか、すぐに二人は空中に舞い上がった。そして常人の目には止まらない速度で数合撃ち合う。
 飛翔。弾幕。交差。隙。回避!
 やがて近接の鍔迫り合いから脱した魔理沙は、低空地面すれすれを滑空し始める。
 その上空を抑えるように、霊夢が追撃してくる。
 このままいけば、魔理沙の後ろを取れる、と霊夢が思った瞬間、魔理沙が箒の先端を真上に向けた。
 空気の流れが変わり、魔理沙は激しく減速するが、そのまま上向きの姿勢のままで水平に前進していく。
 一体何をしているのかと霊夢は訝しがった刹那、すぐにその意図が分かった。
 それは外の世界では”プガチョフのコブラ”と呼ばれている機動<マニューバ>だった。
 魔理沙が急激に減速したために、後ろで追っていた霊夢が丁度魔理沙の真上に来た。やばい、と霊夢が感じた時には既に遅かった。

 相対速度、OK。
 仰角、OK。
 出力、OK。
 OK、魔砲使い!

「発砲!<ファイア>」

 星の彩り、光符「ルミネスストライク」。
 箒の先端が砲塔と化し、上空の霊夢めがけてアステロイドのシャワーが降り注ぐ。それが当たったのか当たらなかったのか、確認し終わらないうちに魔理沙はすぐに次の行動に移っている。
 霊夢は片腕に傷を負った。飛び退りながらもやるなあと思う。だがこちらも負けていられない。懐から符の束を取り出し散布し、さらに陰陽玉を呼び寄せてホーミング弾の準備をする。
 符の雨を迎え打って、霰と流星雨が降り注ぐ。絵の具のバケツをひっくり返したみたいにいろんな色のスパークが華々しくドンドンと炸裂して天空を震撼させる。ファーストルック、ファーストシュート、見敵必殺、見敵必殺。緻密で瀟洒で洗練された度し難く容赦の無いファイアーカーテン。その境界、針穴よりも細い罪人が天国へ至る唯一の道を、少女達は難無くすり抜けては冥府の門をガンガン叩く。
 少女達は藍より青い蒼穹の空の上、一見美しく、一見凄惨な”ごっこ”遊びを繰り広げる。
 目下のところ優勢なのは星の恋人、モノクロームの魔法使い。
 彼女が踊ると、星々の賛美歌が鳴り響く。月火水木金土日計都羅候九曜黄道百八宿。天寵を司るいろんなものの加護を受けて、ありがとよ、サンキューなとだけ言い残してそいつらを吹っ飛ばして。
 無限の夜が白けてしまわないうちに、夜通し遊び倒してみせる。彼女はそう考えている。
 いつまでもいつまでも続くと思っている。
 永遠に終わりなんて来ないと信じている。
 そんなの考える必要はないのかもしれない。
 けど、もしこの戦いに意味があるとするならば、全身全霊を賭けて一個として対峙する、その存在そのものにあるのだろう。
 自分はここにいる、自分を見ろ。そんな自己主張を声高にする必要すらない。
 だって、それはそこにあるだけで美しいのだから。
 符の陣をグレイズして切り抜けたら、箒の一撃、それを払われても即座に接近して霊夢の頭上から二撃。魔理沙の手の平から元気玉が発射される。
 甲高い音が鳴り響いて霊夢の持つ玉串と衝突する。神聖な加護を受けた榊葉御幣が重厚な陰陽魔方陣が、過度の衝撃に耐えかねて酷使抗議の悲鳴を上げる。
 今まで一歩も退かなかった霊夢が、魔理沙の猛攻に耐えきれず、ついに自分から後退した。
 だが、それは反撃の糸口を掴もうとしているだけの擬態であることはすぐに見てとれる。
 魔理沙は警戒して深追いしない。
 霊夢は博麗神社神殿の前に立つと、深呼吸を一つした。そして声を張り上げる。

「ここまで私を追い詰めるとは流石は普通の魔法使いね、褒めてあげる! だけどあんたのその目一杯の努力もここで水泡に帰すわ!」

 それを聞いて、魔理沙はやっぱりラスボスっぽいぜと思う。

「究極の巫女の最終奥儀をその目に焼き付けるがいい!」

 何かが始まる。今まで感じたことのない尋常でない規模の霊気が集まってきている。

「幻霊」

 それはぽつりと、歌でも洩らすかのようなつぶやきだった。
 小さな囁くような声だったので、聞いていた魔理沙は拍子抜けした。
 最後だというのになんだかしまりがないぜと金髪の少女は不満を漏らす。

「夢想・今昔拾遺物語」

 聞いたことの無い幻符<スペルカード>だった。間違いなく霊夢が始めて出す符だ。
 コンジャクシュウイモノガタリ。確か大昔にそんな物語を書いた文人がいたような気がする。だけどそれは今昔物語と宇治拾遺物語ではなかったか。なんだかちぐはぐで、いろいろくっつけたみたいな名前で苦笑してしまうが。
 オオトリで出すんだからやっぱり大技なんだろうけど、どんな技か想像がつかない。
 見れば霊夢を中心としてオーソドックスな八卦陣が張られていて、オクタグラムの頂点には八つの陰陽玉が鎮座している。それを見て、自分のオーレリーズサンのようなオプション技だろうかと魔理沙は推測する。
 玉は大分肥大化している。陰陽宝玉で繰り出されるエネルギー球と同等の大きさがあるだろうか。
 八卦陣が陰陽玉の霊力を拡張しているのだろう。いや、相互に増幅し合っているのか。
 やがてその八つの陰陽玉の中心に、それぞれ七色の入り口が開かれた。力の収束を感じる。陰陽玉に強烈な力が集まっている。
 じり、と冷や汗が魔理沙の額を伝わる。陰陽玉の開いた口の一つ、そこから飛び出したものは。
 紅、天空を埋め尽くす何よりも紅い光。

「な、なに? スカーレットシュート!?」

 身を捩って赤色巨星みたいな高速弾を避ける。鮮烈なる深紅。あの紅色吸血鬼が得意とする高速シューティングが轟、と大気を切り裂いて魔理沙のすぐ横っつらを掠めて行った。
 そこへ剣閃のきらめきが交差する。

「こっちは反射衛星斬だって!?」

 待宵反射衛星斬。白玉楼が庭師・魂魄流免許皆伝・魂魄妖夢の必殺剣。
 かちっ、という音がして手の甲に切り傷ができる。避けそこなった。だがそれでひるんでいる暇はない。
 間髪入れずに、知っている弾幕が続々と湧き出て来て魔理沙を襲う。八つの陰陽玉が次々に記憶の中の弾幕を吐き出してくる。

「そうよ。博麗最終神楽・夢想今昔拾遺物語は博麗が今まで体験した弾幕を全て吐き出すの! それも連続で!」

 嬉しそう。本当に嬉しそうにスペルの説明をする霊夢。
 若干嗜虐の笑みに見えるぞ、と魔理沙は一人ごちる。
 この陰陽玉が弾幕を記憶していてー、先祖伝来でー、一子相伝でー、とスペルの仕組みを説明しだす霊夢。
 霊夢がうんちく語りだすなんて珍しすぎる。いつもめんどくさがって話を手短に終わらせようとするのに。意外と貴重な物を見ているのかもしれないが、相手の魔理沙にはそんな声は聞こえていない。

「なんなんですか、それ。呆れて物も言えないなのぜよ。始めて聞きましたわよ、そんなチートスペル……」
「言ってなかったからね!」

 思わずげんなりしてしまうし言葉使いも変になってしまう。無理もない。今まで体験した全ての弾幕ってなんだよそれ。
 それでは幻想郷の全ての弾幕使いを一度に相手にするのと同じじゃないか。
 なるほど、確かにそれは最終最後の弾幕に相応しいかもしれないが、受ける方の身にもなってみろ。
 怒るよりあきれる。チートもたいがいにしろ。抗議したい気分で一杯だった。
 そんな魔理沙の気持ちをよそに攻撃が再開された。
 彼女は涙目になりながら、大地を走り、大空を駆け、あらん限りの空間を使って執拗に放たれる弾幕を避け続ける。
 最初は、なんの、真っ向から立ち向かうぞと意気込んでいたが、実際前にすると、無理無理、あり得ない物量だった。
 もう反撃なんて考えずに、ひたすら逃げ回ることしかできない。

「なかなかねばるわね……」

 今日の魔理沙は冴えている。一発当たったら空中に浮かされて、死ぬまで連続攻撃<コンボ>をもらいそうな弾幕の嵐を、それでもなんとかかんとかすんでの所で避け続けている。でも、悲しいかな、相手を圧倒していても、全力を尽くすのが戦いの礼儀なのだ。霊夢は世を儚む悲しげな表情で懐からまた新たな符を取り出した。

「ごめんね、霊符」
「ゲッ!? うそでしょ!?」
「むそーふーいん、っとな」

 陰陽玉がスペルカードを展開し続けているのに、霊夢本体が横やりを入れるなんて反則だ。
 声にならない魔理沙の批難が響く。
 霊夢の周囲から本当に弾が出やがった。七色のホーミング殺人魔球、霊符「夢想封印」。いつもどおりの反則級追尾能力で迫ってくる。
 どうなってんだ、こいつの霊力は無尽蔵か? 心の中で疑問を絶叫する魔理沙。

「鬼っ! アクマッ!」
「フフフ、この世は無情なのよ」

 フォービドンフルーツの幾何学的文様や賢者の石の追尾弾の群れを避けながら、魔理沙は叫んだ。そこへ横から光の三原色に輝くパワーボールがヘアピンカーブを描いて飛来する。その一発が魔理沙の足に当たり、もつれてすっころぶ。

「お?」

 一瞬のことで痛みも麻痺しているせいか、間抜けな声が漏れた。
 そこへ左右の陰陽玉からの攻撃。
 魔理沙の良く知っている弾幕。恋心ダブルスパークだ。
 笑えない冗談にも程がある。目にも体にも優しくない暴力的な閃光が視界一面を徹底して埋め尽くす。
 
「なんの!?」
「おお?!」

 前かがみに転ぼうとしている姿勢からすぐに両手を地面につき、体を持ち上げて逆立ちの姿勢になった魔理沙は、そのまま手のひらに魔力を集約させ、爆発させてその反動で空に舞い上がった。
 ダブルスパークが標的を見失い、空しく宙を焼く。

「どうだ……お?」

 逆さまに飛びあがった姿勢で地上を眺めると、嫌な光景が目に入った。
 今までは動かないで固定された位置にあった陰陽玉が一つ、下がってきている。
 魔理沙の斜め下三十度。その位置にはなんとなく記憶がある。自分がそこにいたら、やはり絶好の角度だと喜んで涎を垂らすだろうから。

「げ」

 陰陽玉の中心に七色に輝く砲口が開いた。
 瞬間、白熱の光が全天を覆う。
 対空砲「ファイナルスパーク」。その業火を真っ正面に受ける魔理沙。

「うわわわわ!」

 焦燥。狼狽。絶望?
 ……いや。
 口元ににやっ、と言う笑み。不敵な表情。

「なんてね」

 両脚の間にあった箒を前に出し、握る。
 ぎゅっと魔力を凝縮。霊魂に内在されたエネルギーが、狂おおしく鼓動を上げる。
 彗星『ブレイジングスター』。ミクロコスモスとマクロコスモスの完全一致により発動した凶悪な魔力暴走が、青白い超新星と化して少女を抱擁し、彼女の身体は星と一体になる。
 面破壊力では幻想郷最強と言われたあのファイナルスパークを、そいつは真っ向からグレイズしながら突っ切ってくる。
 土壇場で起死回生の鬼札<ジョーカー>。それでエネルギーとエネルギーの正面衝突が引き起こされる。

(へへっ、私も霊夢を退屈させないぐらいにはなったかな?)

 心の中でつぶやいた。
 そして星になった。
 夜空を真っ二つに切り裂く一条の星河。
 燃え尽きるのが先か、突きぬけるのが先か。
 熱量の臨界、その先に目指す敵が、友が、霊夢がいる。
 そして遂にそいつは境界を突き抜けた! 世界が、視界が開ける。そこに待ち構えていたものは。

「霊符・夢想天生」

 符の陣営が、魔理沙を、彗星を出迎える。

――魔理沙、幻想郷は、楽しい?

 声が聞こえる。
 その声は世界の奥底から湧き出てきて、全てを包む。

(誰だ? 霊夢? 紫? ――いや)

「ああ、楽しいぜ。いつだってな! こんなにふざけた場所、他にないもんな!」

 大声で叫ぶ。魂の絶叫だ。
 そのまま彗星は直進する。
 何者にも縛られず、何物にも拘らない自由の象徴として。
 陰陽玉型の熱球が、力の具現が吸い寄せられるように彗星の穂にぶちあたり、結界表面の大気を焼いていく。
 符の雨がもたらす衝撃が結界と熱量の幕間を突きぬけて、そして――


 見上げれば空だった。
 青く澄んだ、空。
 ぼんやりとした霧の中、真ん中にぽっかりと空いた青い空で、その周辺は黄昏に染まりつつある。
 空の黄昏ではなく、この幻想郷と言う名前の宇宙の黄昏。
 その茜に添えた花束みたいに、視界の焦点に見慣れた白い顔が入ってきた。
 本当に、綺麗な顔。

「霊夢…」

 気がつくと地面に突っ伏していた。
 目の前に良く知っている少女が無表情でたたずんでいる。

「そうか、また負けちゃったんだな」

 口元が緩んだ。
 最後の最後だって言うのにしまらない。

「いいえ、あんたの勝ちよ」
「へへ、どこがだよ。どう見てもボロボロなのは私のほうだぜ」

 霊夢は立っているのに、自分は地面に仰向けに倒れていた。

「手もちのお札を全部使い切っちゃったわ。陰陽玉も」

 寝ころんだまま視線を横にずらす。
 霊夢の言ったとおり、陰陽玉が大地に落ちて動かなくなっている。

「あんたは余力を残している、でしょ?」
「余力、ね」

 金平糖サイズの魔法弾一個ぐらいなら撃てるかもしれないが。どう見てもこれを勝ちとは言わないだろうが。
 勝ちを譲ってくれたということなのだろうか。普段なら、同情すんないと怒るところだが、全てが終わると言う今では、そんな気づかいも良いものだと思う。

 夕暮れ時まで遊んだ仲の良い友達に半分体重を預けて。
 肩を抱きながら二人で神殿の方へ歩いて行く。
 別段特別なことをしていたつもりはないのに、いつも通りの遊びだったのに、やり遂げたという感触が体を支配している。
 馬鹿みたいだと思う。でも親友の肩は暖かくて、歩を進めるたびに自分達は確かに生きているのだと思えた。
 そうやって口元になんだか自分でも分からない笑みを浮かべて歩いていると、紫が賽銭箱の隣に座ってこちらを見ているのに気づいた。

「一休み?」

 優しい静かな落ち着いた声。夏の終わりと秋の始まりを感じさせる夕暮れの少し寂しげな声。
 蝉の声もなく、虫の声もなく、ただ黄昏に彩られて、境内には三人しかいない。他に何もない。
 一休み、紫の言った言葉を反芻する。お終いではなく、一休み。終わらない物語のしばしの幕間。

「そうだな」
「楽しかった?」

 同じ言葉を少し前にも聞いた気がする。
 やっぱりさっき呼びかけてきた声は、紫だったのだろうか。

「ああ、いつでも楽しいぜ」

 また同じことを答える。何度でも同じことを答えると思う。だって、本当に楽しかったんだから。
 本当にここは楽しい場所だった。
 魔理沙はふう、と息をつき、霊夢の肩から外れて神殿の高床にへたりこむ。
 体中が痛い。でも不快感は少ない。精一杯運動した後の筋肉痛のように心地よい痛さだ。
 しばらくそうやって、半目を開けながら佇んでいる。

「え?」

 隣にいた紫が魔理沙の背に抱きついてきた。
 そっと首元に手を回し、頭をゆっくり引っ張って自分の胸元に引き寄せる。
 紫に抱かれながら、魔理沙は奇妙な気持ちを味わっていた。
 意外だった。てっきり紫は、最後の瞬間には霊夢の隣にいるものだと思っていたから。
 それにこれはどういう感情なんだろう、と魔理沙は首をひねるけど、とんと思いつかなかった。
 でも悪い気はしない。お姉さんに抱かれている気分になってくる。
 霊夢も隣に座って、黙っている。唯黙ったまま。
 魔理沙は最初はきょとんとしていたけど、だんだん気持ち良くなってきて、疲れも混ざって眠くなってきた。
 こんなに落ち着いた気分になったことは今までにないような気がする。
 もしあるとすれば、幼い日に、まだ実家で暮らしていた時に、自分を抱いてくれたあの陽だまりのような……

「紫の髪って、私の髪に似てるな」

 なぜだか唐突に、そんな言葉が浮かんできた。
 長い金髪が巻きついて魔理沙の頬に当たる。
 そうだ、あれに似ているんだと魔理沙は考えるけど、だんだんと意識が亡羊としてくる。
 心地の良い睡魔が魔理沙を包む。やがて、すうすうと息を立てて、ただただ静かに彼女は眠りに入った。
 本当に安らかな顔で。全てに終わりが迫っているなんて冗談にしか思えないぐらいの。
 霧雨魔理沙。静寂の銀河に夢の調べをまき散らして暴走する恋の箒星。
 ユーザーはこの少女の視点を通してメーカーが用意したおもちゃ箱みたいな箱庭世界を追体験する。
 彼女がこの世界の主人公。
 自分がこの子に与えたかったのは、ヒーローになっている夢なんだから。
 誰かがそんな風に、誰にも聞こえない独白を自分の内奥の世界でひっそりと呟いた。
 遠い昔にその少女は死神にこう言われたのを覚えている。
 自分の希望を叶えようとする努力は、ただの欲の現れに過ぎない。
 欲は執着を生み、執着は迷いを生み、迷いは未練を残す。
 自分は未練のかたまりだった。あさましく見苦しく失われた夢に固執した。
 死後の世界が見えないのなら、作ってしまえばいい。体験できるのならそれはもう幻想とは呼ばない。
 子供達が心の底から笑い合える世界。
 あの時を取り戻したかった。もう一度子供に戻って夢を見たかった。
 ある時を境に信じられなくなった、希望に満ちた世界を。
 だから自分は――

 霊は未練の塊だった。霊で構成された幻想郷も、忘れ去られた過去の記憶。未練の象徴。
 消えゆくは昔日の残影、満ちゆくは死霊の慟哭。
 三人の少女が境内で黄昏を見ている。もともと黄昏の郷に過ぎなかった場所の黄昏を。
 やがて終わり行く世界を。
 

 病室で女の子が一人、泣きわめいている。
 ベッドに寝かされた女性の体にしがみついている。
 開かれた窓から風が吹きこんだ。初秋の風は涼しくて肌に心地よいはずなのに、部屋の中には嗚咽と慟哭によって陰鬱な空気が満ちている。
 自分は俯瞰する視線になっていて、病室の様子をずっと空から眺めている。
 何かが、確かに、この部屋で終わりを迎えたのだ。
 医師が何事かを、傍らに立っていた女の子の父親らしき人物に囁きかけた。
 デスクに置かれていた機械には、意識の終りを示す直線がずっと続いている。
 看護婦がベッドにしがみ付いてシーツに顔をうずめている少女を宥め、部屋の外へ連れて行こうとする。
 だけど少女はぐずってわめくばかりで全く言うことを聞いてくれない。
 父親が娘と思わしきその少女の肩に手を触れて、静かに何か伝えた。
 中肉中背のこの中年男性も、内心では打ちひしがれているのだろう。表情が弱々しく沈んで見える。
 彼は娘を抱き寄せて何かを言っている。
 おそらくはベッドに寝ている女性はこの男性の妻で、少女の母親なのだろう。
 しばらくしてようやく少女はベッドから顔を起こし、泣きはらしてぐずっている顔を父親に見せた。
 父親はその少女の綺麗な金髪をくしゃくしゃとなでてやる。
 また少女は鼻水を垂らして、涙を流し、父親の胸の中に飛び込んだ。
 父親の高価そうなスーツが少女の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で汚れた。
 そんな少女達の様子を見ていると、部屋の上から眺めている何かは胸が詰まった。
 この子に自分は何かしてあげられないのだろうか。
 この子の未来のために自分は何もできないのだろうか。
 どうか泣かないでほしいと言いたかった。強く生きて行ってほしいと伝えてあげたかった。
 だけれども、ただ浮いているだけの自分には声を発することすらできない。
 何もできない自分がもどかしい。そんな風に考えていた。
 そしてふと疑問に思う。
 この少女とその父親と、自分との関係は一体……。
 なぜ自分はこんな光景を見ているのだろう。
 そしてこれは、いったい何時、何処で起こったことなのだろう?




 4



 閑静な住宅街の一角にその寺がある。
 寺の裏山は墓地になっており、メリーと蓮子の二人はその真ん中の道を歩いて行く。
 メリーはお墓参りセットを持ち、蓮子にはお寺で借りてきた桶を持ってもらっている。
 ひとつの墓の前に着くと、二人は持ってきた荷物を下ろし、桶の水で墓をきれいに掃除する。
 墓にはメリーと蓮子の良く知っている人が眠っている。
 ふと、蓮子は掃除した墓の後ろ側に回ってみる。
 碑銘が目に入る。蓮子も知っている人の名前が刻まれている。今日はその人の墓参りに来たのだ。
 小泉由香理、享年三十二歳。

「アレ、名前がもう一つ」

 その隣にもう一つ女性の名前が刻まれていた。
 小泉理沙、享年は、0歳。

「これは・・・…」
「それは私のお姉さんらしいわ」
「へえ、メリーにはお姉さんがいたんだ」

 生きて成長していたら、メリーに似て綺麗な人物だったんだろうと想像する。

「死産だったらしいわ。たまたま悪いことが重なったらしいの。夜中だったって。破水して、入院していたお母さんはナースコールを何度もしたんだけど、その時病院には誰もいなかったんだって」
「誰もいなかったって」
「詳しい原因は今でも解っていないわ。とにかく間が悪かったのね。その日病院にはお母さんを助けてくれる人は誰もいなかった。お父さんも仕事を抱えていて、出張から帰ってきている途中だった。それでね、お母さんは何とかしてお姉ちゃんを産もうとしたんだけど、自分一人ではどうしようもなかったの。だから病室から抜けだして先生を呼ぼうとした。でも痛みで気絶してしまって。病室の前に倒れていたの。最初に発見されたのは、次の日の朝。お母さんが流した羊水や血は、もう全部乾いてしまってたって」

 メリーの声は淡々としていたが、それは暗く重く静かな墓地を包む。

「お姉さんが生まれてこなかったことで、お母さん、だいぶショックを受けたらしいわ。それでしばらくノイローゼになっちゃって。蓮子は聞いてないかもしれないけど。お父さんが言ってたんだけどね、お母さんが病気になったのは、お姉さんのことを引きずっていたせいなんじゃないかって言うの。ほら、蓮子東京に行く前ずいぶんお母さんに懐いていたじゃない?」

 蓮子は返事をしない。
 黙ったままメリーの背中を見つめる。

「ああ、ごめん。あんまり楽しい話じゃなかったね」
「ううん、いいのよ。ところで、気になったんだけど」
「なに?」
「メリーのお母さんの苗字って、小泉さんていうの?」
「ああ、私の苗字でもあるのよ。ハーンの日本名は小泉っていうの」
「メリーは小泉さんだったの?」
「そうよ。小泉八雲って知っているかしら」
「ああ、ラフカディオ・ハーンのことね。雪女や耳なし芳一を書いた明治期の日本研究家」
「さすが蓮子、博識ね」
「博識だからね。それがどうしたの? ん? ハーン? 小泉?」
「そういうこと。私の御先祖様がそのラフカディオ・ハーンなのよ」
「え!? ホント!? それってけっこうすごくない?」
「だから昔から、小泉家は日本文化に精通しているのよ」
「へー、驚いたわ。ね、苗字が小泉ってことは、もしかして下の名前もあるの?」
「あるわよ」
「何ていうの?」
「桑花」
「小泉……桑花さんか。メリーは桑花さんね。良い名前じゃない」
「改まって言われると照れるわね。その名前で呼ばれることはほとんどないの」

 しばらく二人は線香を前にお墓の前でお祈りをした。この墓に由来を持つ死者に向けて。

「ねえ、メリーは自分の能力のことをどう思っているの?」

 ぽつりと蓮子が漏らした。
 メリーは本当は蓮子の専攻する超統一物理学の内容も少しは解っているはずだ。
 なぜなら相対性精神学でも量子力学のエヴェレット解釈を応用するからだ。
 人間は厳然たる法則の支配する物質界に物質として存在するのではなく、相対的な個々の精神世界において外界という描像を共有しているに過ぎないとする学問。それがメリーの専攻する相対性精神学だった。

「異界症候群って知ってる?」
「いえ、聞いたことないわ」
「近年弱年層で流行している、一種の脳障害ね。これを罹患すると、現実を正しく認識できなくなるの。ありもしない幻覚が見えるようになる。相対性精神学の一分野で研究されているのよ」
「結界を見る能力は幻覚だと?」
「母は異界症候群の研究をしていた」
「え?」
「母も相対性精神学の研究者だったのよ。異界症候群研究の第一人者」

 それを聞いて蓮子は唖然とする。蓮子も小さい頃にメリーの母と会っていた。研究者と言うことは聞いていたが、何を研究しているかまでは知らなかった。

「母は自分の病気について調べていたの。母は高校生の時に、信越大震災を体験して強いショックを受けた。それから母は現実を正しく認識できなくなったの。幻想郷なんてありもしない世界を捏造して……娘にもそれを信じてほしかったのね」
「違うわ」
 
 蓮子が強い口調で言う。

「幻想郷は、確かに存在するのよ。メリーだって見たじゃない。七つの石。それに、急に消えた藍さん。あれは幻覚じゃなかった。私と、早苗ちゃん。三人で目撃したんだから」
「集団催眠だったのかも。ああいった洞窟のような閉鎖空間ではそういう精神異常を引き起こしやすいから。一種の神懸かり状態で……」
「それこそこじつけよ」
「蓮子、実はオカルトを信じていたの?」
「私は……」



 5



 霧が濃度を増しているのが解るのに、目の前は見通せた。
 見るという感覚がそろそろ意味を持たなくなってきた。
 黒い土くれが神社の、かつては幻想郷だったものの切れ端からぼろりと崩れ落ちた。
 その落ちてゆくところには、本当の闇が、名付けられない虚無が広がっている。
 一つきりの土地となってしまった世界では、三人の姉妹が終わりの時を抱き合って過ごしていた。
 互いの体温もやがて全て元の無になって消えてゆく。
 幻想が終わりを告げる。
 そして、彼女も。

「ありがとう、霊夢。今まで本当にありがとう」

 うっすらと透き通った、本当に美しい巫女が紫の目の間に立っていた。
 悟りの境地に至って達観したかのような、菩薩の笑み、アルカイックスマイルを浮かべて。

 彼女は最初からそこにいた。
 誰かが望んだ。
 そこに彼女がいることを。
 妖怪と人間の橋渡しとなってくれる少女がいることを。
 だから、彼女は最初からそこにいた。
 その少女も消える。
 霊の夢。霊達が望んだ未練の夢も消えるのだ。
 紫は深甚に涙を流す。
 熱いものと、感謝と、申し訳無さととてつもない喪失感が溢れて胸の中がどうしようもなく痛む。
 
 最後の方舟に残った者は、二人だけとなった。
 いつしか魔理沙は、紫に抱かれながら時間を逆行していた。
 生まれる前の姿に。
 これから彼女は胎児にまで戻り、母の筒の中に帰り、大きな羊水の中にたゆたっていくのだ。
 博麗神社は子宮の中の胎盤のように、羊水の海にぽつんと浮かんでいた。
 空間がきしみ、境界が狭まってきている。
 やがて空が落ちてきて、彼女らを押しつぶし、遠くの次元へと運ぶあの強い力が迫ってくるのだろう。
 くちゅりと言う音と共に子宮は潰れ、命を包む羊水がまき散らされ、中の胎児は死ぬ。
 紫は恐怖した。今まで感じていた恐怖ですら、ある一定の摂理の元に置かれたものでしかなかったことを実感した。
 今彼女らを取り巻いているものは、それとはまったく違っていて、まるで秩序の無い単なる混沌だった。
 紫はもう一度恐怖した。
 世界の終わりがこんな希望の無い形で訪れることに。
 そして胸の中の赤子をもう一度強く抱いた。
 せめてこの子だけはと願った。















 その時だった。
 ぼこっと目の前の地面がへこんだ。
 そこから稲穂のような色の頭が這い出して来た。頭は体を地上に出し終わると、蘇芳色のぼってりした着衣についた泥をぱんぱんと払い、自分の前に立った。動作がゆっくりしていて、どこか呑気にすら感じられる。
 出てきた頭についている見覚えのある少女の顔を見て、紫は驚くことすらできなかった。
 あまりに驚くと、人間はしばらくの間何も考えられなくなって固まってしまうのだ。
 まさか、まさか、彼女だなんて。
 奇妙を通り越して滑稽だ。現実の光景に見えない。死ぬ前に幻覚を見ているのだろうか。

「あなたは……ヤマメ?」

 呆気に取られてわななきながら声を発する。
 それは確かに土蜘蛛の妖怪の黒谷ヤマメだった。
 正直紫は彼女の存在を忘れていた。取るに足らない弱小妖怪の一人だとさえ思っていた。今回のような異変には真っ先に消えてしまったのだろうとすら。
 なぜいまさら彼女が出てくるのか。
 地底に残った妖怪達の旧都は無事だったのだろうか。

「旧都や地霊殿はとっくに水没して消えちゃってるわ。私はヤマメであってヤマメじゃないの。私は補間措置処理係よ」
「??」

 つまんでくれる狐ももういないのに、あまりにも理解に苦しむ言葉を目の前の妖怪は吐く。
 紫は状況が全く把握できずにただただ首を傾げた。

「自分でも驚いている。最後にこんな役回りが回ってくるなんて。どういう脚本?」
「いったい?」
「その子を私に渡しなさいな。その子を助けたかったらね。と、言うべきらしいわ」

 言い回しが変だ。なんだろう、これは。

「状況がわからない? つまり私はあなたが望んだデウス・エクス・マキーナってわけだよ。これも唐突に頭の中に浮かんできた情報で、というかあなたが植え付けた夢だと思うのだけど。このような想起がなされる原因を探るなら、ネイティブアメリカンの伝説にあるらしいわ。『世界の終りに、蜘蛛女がやってきて最後の人間を地底の安全な避難所へと案内する』博識ね、ユカリ。いろんな世界の神話を知っているのね」

 ぽかんとした顔をする。
 言葉が出ない。

「蜘蛛女ってだけでそんな役回りなのね。まあ、いいわ。で、どうするの? その子。私に預ける? 預けない?」





 6



 喫茶店の一席に、ブロンドの少女が一人で座っている。
 慣れないサングラスはもうすでに外して、机の上に置いてある。
 黒髪ですらりとした体型の女性がその席に近づいてきた。

「えっと、小泉先生でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。そうです」
「電話で約束した、鞍馬です。ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いえ、待ち合わせの時間にはまだ10分ありますから。私が早く来すぎたんです」

 喫茶店に入ってきたその女性の姿を、小泉先生と呼ばれた少女はじろじろと見まわした。

「あれ? 私の格好何か変でした?」
「いえ、ごめんなさい、じろじろ見ちゃって。実は驚いていたんです。その、鞍馬さんがお話の中に出てくるキャラクターのイメージにそっくりだったから」
「え、もしかしてそれって。『幻想郷今昔』に出てくるキャラクターってことですか?」
「そうです。射命丸文っていう、その、天狗の」
「ホントですか!」

 思わず手を取る記者。そのまま”先生”の手をぶんぶんと振る。

「私文ちゃんの大ファンだったんですよ! うわあ、嬉しいなあ」
「そういえば、鞍馬さんてまるで天狗みたいなお名前ですね」
 
 二人笑い合って席に着く。
 黒髪の女性は鞄の中から手帳を取り出し、ボールペンを手に取って少女の顔を見る。

「小泉先生、インタビューを受けたご経験は?」
「ないんです。だから、緊張しちゃって」
「そんなに気を張るようなものでもないですよ。リラックスしていってください」

 ……

「さて、『幻想郷今昔』、大人気ですね。さっきも言ったとおり、私も昔からのファンなんです」
「ありがとうございます。みなさんに喜んでいただいて、本当になんて言っていいか」
「最初ウェブ上に掲載したのは何か理由があったんですか?」
「とにかく早く、できるだけ多くの人に知ってもらいたかったんです。この物語は、私にとっても特別な意味を持っていますから」

 ……

「先生がこのお話を思いついた契機を教えてもらえますか?」
「急に、頭の中にふっと湧いて来たんです。夢の中にも何度か出てくるようになって。それから、いてもたってもいられなくなって。気がついたら、ずっと自分の頭の中にある世界を書き綴っていました」

 ……

 インタビューが終わり、少女と記者の女性が喫茶店を出る。
 入口で挨拶を交わし、少女は“小泉先生”を見送った。
 しばらくして少女の姿が見えなくなると、女性は一人で呟いた。

「なるほど、似てますね。面影があります」

 黒い烏の羽がどこからともなく降ってきた。
 ひらひらと舞い落ちてくるそれは、雪のようにアスファルトの上に積もる。

「……記事の題名が決まりました。『全てのファンタジアの母に、感謝を込めて』」

 いつの間にか、女性の背中には羽が生えている。
 誰もいない道路の真ん中で、女性は空へと飛び上がった。
 そしてそのまま、青空に浮かぶ雲の向うへと消えて行った。


 私達は記録を残す。
 かつて覚えられ、そして忘れ去られたものは、書物によって読者に伝わる。
 読者は書物を通じてその姿を想起する。
 書物が記された頃より遥かな未来であったとしても、遠い昔の記憶が思い出されて蘇る。
 であれば。幻想も、いつかは。
 


 7



 昔は賽の川原と言われていた場所に、子供の霊魂が漂っている。
 体の形がいびつでまばらでゆらめいている。
 その魂には記憶がなかった。自分がどこで生まれたのか、どこで生きてきたのか、どんな人生を歩んできたのか、まるで知らない。魂には知っている事が一つだけあった。自分がそれをしなければいけないという事。

「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」

 読経のようにぶつぶつと単調に呟きながら、黙々と石を積み上げている。
 父の為に、母の為に、川原に石を積み上げて塔を作る。
 なぜか魂はそれが自分の仕事なのだと考える。

「もう、そんなことしなくてもいいんだ」
 
 我々の良く知っている顔の、赤い髪の少女がやってきて、棒立ちになりながらそう声をかける。
 少女は前で羽織る着物を帯で結び、片手に釣り竿を抱えている。
 魂は声のした方に薄れた顔を向け、あなたは三途の川の死神か、とその少女に向かって尋ねる。

「前はそうだったけど、今はもう違う。地獄も裁きもなくなって……老いも若いも、罪深き者も徳深き者も……どの魂もみんな暖かい場所へ行けることになったんだよ」

 じゃああなたは何をするのか、そんな変なことを尋ねた。
 なぜそんな事を尋ねてしまったのか、魂は自分でも分からなかった。
 そして続けて、今更そんなことはどうでもよいだろうにと考える。そう考える自分を、また不思議に思う。

「今は一日中船を浮かべながら、釣りをしている。今でも船頭をやっているけどね。川下の方に立派な橋ができて、ほとんど船を使う者はいない」

 その女性は、どこか寂しげな表情でそう言う。
 目の前にいるのに、とても離れた場所にいるような雰囲気を受ける。
 ふと、魂は思い至る。
 昔この人に似たような状況で会った覚えがある。
 その時確か、彼女は自分に何かを伝えた。
 自分自身のためにすることは欲の現れさ。欲は未練を生む。
 そうだ。確かそんな言葉を、聞いたような気がする。

「さあ、もう彼岸会の時期だよ。私が向こう岸に送ってあげるから、お前のおっかさんに会いに行こう」

 そう言って少女は、釣り竿を持っていない方の手を差し出す。
 子供の霊魂はかなり逡巡した後に、おそるおそるその手を取った。
 赤髪の少女は魂の手を引いて川原を歩き、ずっと川下の方へと進んで行った。



 川が流れている。
 黄昏の郷の中心に、何よりも広い幅を持った一本の川が。
 人々は昔その川のことを忘却の川と呼んだ。
 今はもうその川には忘却の力は無い。
 
















 
 春。
 一面。
 花。



 ――幻想郷が蘇生した。

 春の日差しに彩られ、幻想郷は完全に生の色を取り戻していた。
 季節風が瀟洒な空気を吹き込み、色の力が目覚め、幻想郷を覆う。
 咲き乱れた花々と同時に妖精達も騒がしくなる。
 どこか遠くから騒霊たちの歌声が聞こえてくる。
 黎明の蜃気楼の向うに、終わらない子供たちの笑い声が響く。
 八雲立つ永遠の楽園がそこにあった。
 今度はもっと強固で、もっと命に溢れ、もっと永劫に満ちた世界だ。

 伏せていた少女の頬に野草の穂が当たり、そのくすぐったさで少女は目を覚ました。
 三百六十度に広がる大草原の中に、少女は伏せっていた。
 起き上がって、青い空と、風と、草の息遣いを感じる。
 そうして生命の溢れる草原で少女は安堵の溜息を洩らした。
 何だ、何も心配はいらなかったじゃないかと。
 そしてすぐに、そう考える自分を不思議に思う。新しく生まれた彼女には、前回の記憶など残っていないのだから。
 地平線の向う、大きな雲が空を西から東へ移動して行く。
 一面に生えそろった背の高い草は、先端に小さな白い花を付けている。
 それが水平線の先までずっと広がっているので、まるで白い絨毯のように見える。
 しばらくぼっと空を眺めていると、その空を飛ぶ点が見えた。やがてそれが赤白の服を着た小さな女の子だとわかると、少女はぱああと太陽が咲いたみたいに顔を輝かせる。
 なんて不思議で滑稽で、夢にあふれた光景なんだろう。
 見ているだけで冒険の予感がする。彼女に着いて行ったらきっと楽しいことがあるに違いない。なぜだかそんな風に確信する。
 胸に踊る憧れに似た気持ちに、居てもたってもいられなくなって、少女はその影を追いかけて走り出す。

「おーい」

 影を追いかけて走りながら手を振る。
 どこへ行くんだ、と声をかける。
 気づいてくれない。
 少女は空の紅白を追いかけて草原を駆けていく。
 きっと、その行く先には一年中瘴気にあふれた魔力の森があるのではないか。
 きっとそこには魔法を教えてくれる親切な魔法使いが住んでいて。
 少女はその魔法使いに言うんだ。私も、魔法使いになりたいって。
 親切な森の魔法使いは、少女に箒で空を飛ぶ方法と、さらにせがむ彼女に、自分が得意としていた物騒な攻撃魔法ばっかり教え込む。
 少女は魔法を教えてもらったことで調子に乗って、今まで身に着けていたブラウスは脱いで、鍔広のとんがり帽子をかぶり、白黒のエプロンドレスに着替えて空を飛びまわる。
 ある時少女は、郷のはずれの神社の噂を聞きつける。
 そこには巫女が一人で住んでいるという。その巫女は自分と同年代で、大層強いと評判だった。
 それで興味を抱いて、そしてそこへ行って。
 また彼女と出会うのだ。
 それから、それから、……

 ……幻想に終わりが来るなんて、誰が決めたんだろう。
 夢幻は、無限だ。
 死んでもまた生まれ変わるのがこの国の流儀だったじゃないか。
 晴れない雨はないし、明けない夜はないし、季節は巡ってくる。
 終わりの後には始まりがあるのだ。
 だから物語は終わらない。ずっと続いて行く。

 古の太古の昔日の夢を映した郷。
 誰もが望み、誰もが語り、誰もが愛した郷。
 その幻想の郷には、いつでも風が吹いている。
 永遠の黄昏を祝る魂の風が。
 だから少女の笑顔は途絶えないのだろう。
 彼女はいつも野原を駆けている。
 未来永劫に広がる辺境をいつまでも駆けて行く。
 これまでも、これからもそうだった。
 ずっと、ずっと。
 きっと、きっと。
 いつまでもどこまでも、ずっと駆けて行くのだろう。
 
 だってこれは。




 彼女にとっての幻想の始まりで、終わりの無い始まりなのだから。






























 エピローグ




「現し世は……崩れゆく砂の上に……
 空夢の……古の幽玄の世界の歴史を……」

 暗い、電気を点けていない室内に、少女の歌声が響いた。
 大学の研究室の一角、そのPCに入っているファイルの内容がモニタに映っている。
 何かの研究資料。びっしりと並んだ文章の随所に、複雑な方程式と図表が羅列されている。
 カタカタとキーが動いて、画面がスクロールする。
 液晶ディスプレィの画面を高速で文字の列が流れていく。

 試験項目の一覧
 異界症候群罹患者に見られる特有の脳障害
 腫瘍部位
 シナプス結合の特異性
 サヴァン症候群との類似性
 催眠学習により潜在記憶に作用
 脳内誘導効果
 増幅・脈動
 シンプレックス波長と変位のモード
 を利用して
 結界
 相対精神間の
 人格転写
 被検体

 マエリベリー・ハーン


「私、上手くできたのかな」

 カタン、カタン。
 リズミカルにキーをたたく音が室内に響く。
 少女の眼はうつろで、声はどこか奇異に聞こえる。

「ユカリさん……私、うまくできたかしら」

 繰り返してつぶやく。冷たい感情の無い声。
 まるで自動音声のテープが再生されているかのように表情が無い。
 ファイルの下まで行ったところで、少女はデリートキーを押した。
 確認を求めるウィンドウが開いたが、すぐにYキーを押す。
 もう彼女にとっては必要のない情報だ。全て記憶したし、全て終わったことだから。
 これからは収穫期に入るのだ。
 モニターから離れ、窓を開けた。
 身を乗り出すと少女は夜空に向けて静かに歌い出した。
 静かに、しかし透き通った声で。

 現し世は 崩れゆく砂の上に
 空夢の 古の幽玄の世界の歴史を

 その詩は病室で、少女の一人目のパートナーが歌っていたもの。
 幼い頃に出会い、一度は彼女を失って絶望の淵に沈んだ。
 だけど彼女は可能性を残してくれた。
 少女はそれにすがることで、かろうじて生きながらえてきたのだ。

 白日は、沈みゆく街に
 幻か、砂上の楼閣なのか

「かつては。でも今は?」

 夜明け迄、この夢、胡蝶の夢
 私が蝶なのか、蝶が私なのか、それともあなたが私なのか……

「どちらが現実になったのかしら」

 空夢の、古の美しき都のお伽を
 白日は、穢れゆく街に

 深い緑の森、冷たい川の水
 白く輝く湖、淀んだ石の塔
 紅い洋館、霊の大地
 まあるい月、いびつに歪んだ永遠のお月さま
 ――夢か現か、正夢か、それとも……

 正直者の村を旅立ったブロンドの少女――
 彼女は夢幻の狭間を歩いてここに来た。

 いいえ、夢じゃないわ。

 少女は顔を上げ、シンギュラリティの異空に向けてつぶやく。
 少女は知っている。
 少女は研究室を出て、構内の路地を歩きだした。
 常より大きな月がその背後の夜空を飾っている。
 少女はしばらく歩いた。
 大学構内を抜けて市街に入る。
 道はやがて上り坂になり、公園のような場所に続いていく。
 その公園の中、盛り上がった丘の上にもう一人の少女がいる。
 暗闇で精彩を放つ日本人には在り難いブロンドの髪。
 自分のパートナー。片割れ。
 ブロンドの少女は青い服を着ている。
 黒髪の少女はブロンドの少女に呼びかける。
 振り向いたその目には星々の輝きが映っていて、黒髪の少女はその光から今の時と場所を読み取る。
 二十一時〇五分三十三秒、東経百三十五.六度、北緯三十五.四度、太陽系第三惑星辺境――現世。
 遅かったのね、とブロンドの少女が言う。待ち合わせをしていた。ずっと前から。約束していた。
 しばらく二人で夜空を見る。
 知ってる? この公園の上空にも結界の裂け目があるのよ。霊的な研究が進んでいる京都でも、これほどの規模の裂け目がほったらかしにされているなんてね。
 その言葉に答えを返さないで、黒髪の少女は黙って空を見ていた。
 時間、永遠と須臾。意味のない区分け。

「ねえ、メリー、手を繋ぎましょうか」

 そう言うと、相手は不思議そうな顔をして眼をぱちくりとしばたく。
 黙って魂よりも濃い絆で結ばれた己の片割れの手を取る。
 少女は知っている。
 この娘は母とは違う。
 母は死霊の夢を集めてまほろばの国を作ったが、娘はそれを現実に変えるのだ。
 夢の観測者と、現の観測者。
 自分達二人がそろえば、あの世界が戻ってくる。
 生と死と夢と現とが互いに補完し合い、融合して一つになって、そうすれば。
 ハードでルナティックな思想。自覚している。
 何が正常で何が異常か判断が付けられなくなった者だけが抱く虚妄の幻想。
 しかし少女は子供の時にそれを見て以来、ずっと信じていたのだ。
 信じるようになってしまった。
 
 夜空には雲一つない。
 手を繋いだ二人の少女は空を見上げていた。
 その目には、アメーバのようにうごめき伸縮を繰り返す異形の星々が映っている。
 見ようとしない者には永遠に見えぬ星彩。
 存在と非存在の境界を彷徨う、まだ生まれていない、これから生まれゆく幻想の銀河――
 全てのファンタジアの読者様と作者様に感謝を込めて。
 このような長い話、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 元々東方SSこんぺ(お題:水)提出用に書いていたので、かなりお祭り気分で好き勝手書いてしまってます、ごめんなさい。
 長いです。後書きから読んでいく方は、お茶しながらごゆっくりとお楽しみいただければ嬉しゅうございます。
 自己設定満載の為お気を付けください。
 万が一何かの間違いでこんぺ初稿版をお持ちの方がいらっしゃいましたらすぐさま捨てていただきとうございます、どうかヨロシクお願いします。(心中穏やかでありません)
 

※コメント、ご意見皆様ありがとうございました。馬鹿みたいに長い話、こんなにもたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです。元々情熱をたたきつけた部類のお話だったので、言いたいことが多すぎて伝えきれていないというのは言いえて妙だと思います。
 すっきりしないと言う方が多いようです。設定は全部書き込んでいるつもりだったのですが、良く読み返してみたら作者自身しか解りそうにないことばかりです。ために、一応URLにネタばらしというかご質問の回答を用意しました。ご興味のあるかただけご覧いただければと思います。
nig29
http://anythingnigo.blog7.fc2.com/blog-entry-3.html
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.4030簡易評価
3.50名前が無い程度の能力削除
面白かったんですけど・・・・私の感想としてはちょっと無理があるかなぁ・・・と。
死者?の魂などで構成されているのが幻想郷ってのはちょっと。
解釈のしかたは人それぞれだとは思います。
が、ちょっとこれはね・・・。
話には引き込まれる強さがあって良かったと思います。
4.20名前が無い程度の能力削除
哲学は苦手
6.80名前が無い程度の能力削除
賛否が分かれると思いますが私は好きですし面白かったです。

ところで現実世界から消失した藍は何処へ?
10.100名前が無い程度の能力削除
好し
14.100名前が無い程度の能力削除
賛否は交々だろうが私は一人の活字狂いとして、木っ端モノ書きとして満点をつけたい。
そして一言言わせて欲しい。
「いやはや参った」
15.100名前が無い程度の能力削除
弾幕の描写が、魂と魂のぶつかり合いが、妖夢と勇儀の、霊夢と魔理沙の戦いが……。凄かった。そうとしか言い表せない。満点。

でもそんな魂の咆吼とは全く別に、由香理の都合で世界が消えて、桑花の都合で世界が蘇生した。そこに彼女らの魂は殆ど関わっていない。(例外が藍の消失?) 良くできているとは思いますが、意味が見出せません。ぶっちゃけ蛇足に見えます。あるいは単なるお膳立てに過ぎないのでしょうか?
16.80名前が無い程度の能力削除
救いようのないおぞましい話だけど面白かったわ
17.100名前が無い程度の能力削除
正直よく分からなかった箇所も多かったんだけどそんなものが霞んでしまうほどの圧倒的なものを見た、そんな感じ。
読むたびに胸が締め付けられる思いだったよ!ああ、また消えていく……みたいな。
もう何と言えばいいか分からない。100点もってけー

あとヤマメは全く予想してなかった。驚き。
20.100名前が無い程度の能力削除
ぶっちゃけアホな自分にはいまいち理解できなかった。
つってもなんか色々表現とかすごかったっす。特にヤマメのところなんか。
大作ごっそーさんでした。
21.100名前が無い程度の能力削除
場面場面の映像が浮かんでくる表現が秀逸。
世界観がしっかりしていて味わい深かったです。
22.無評価名前が無い程度の能力削除
もうちょと纏めろ
24.90名前が無い程度の能力削除
解釈の仕方などの各々の考え方によって賛否が分かれそうな印象は受けましたが、私にとっては大好物でした。
名前が幻想郷ってのも意味ある事に思えてきますよね。なんせ、あくまで幻想の郷、幻想達の郷じゃないんですね、なんとも朧気な存在に思えてくるじゃないですか。
公式に使われている用語の自己解釈も面白かったです。
もうチョット纏められるんじゃないかな、って部分もありましたのでこの点数です。
色々な意味で目が覚める様な作品でした。
25.100fs削除
凄い大作有難うございました。お腹いっぱいです。
26.70シリアス大好き削除
終盤までは良かったんですが…その後がちょっと???なのが…少々残念です
28.100名前が無い程度の能力削除
ネクロファンタジア。
悲壮なで幻想的な雰囲気を存分に堪能させてもらいました。
まったくお見事です。

そしてまさかのヤマメちゃんw
29.100名前が無い程度の能力削除
貴方のおかげで東方の世界観がさらに広がったような気がします。
大作ありがとうございました。
31.90名前が無い程度の能力削除
結局何がどうなってるのかいまいち把握できなかったです。
けど凄く引き込まれました
32.40名前が無い程度の能力削除
色々と無理のある設定は気になりました。
私のような設定厨でも点を入れたくなるほど文章はよかったです。
35.100名前が無い程度の能力削除
たまげた。誰も彼もが格好良すぎて脱帽です。
てゐが消える少し前あたりから泣き始めて。最後のどんでん返しで驚愕しました。
作者の方が言っている通りトンデモ理論もきっとあるのでしょうけど、私には解らなかったので
38.50名前が無い程度の能力削除
面白かったんですが
やりたいことが多すぎて纏まりきれてないのが痛い
41.100名前が無い程度の能力削除
見終わるまでに3時間もかかった。後悔はしていない。
後味はあまりよくないですが、変に大団円になるよりはいいですかね。
43.80名前が無い程度の能力削除
凄いって言葉しか出てこない。嗚呼、圧巻ってこういう事をいうのねって気分です

でも、藍様がどうなったのかが解らず終い。てか、どうして現世で肉体を持てたのか謎でした
44.100名前が無い程度の能力削除
…思考力の足らない私ですが、これには、惹かれる 
幻想郷のありかたやら何やらにも呑まれたけど、
そこにあった幾つもの想いのひかり輝く様が… 
蓮子、メリー…ひどい話だったけど、いや、ひどい話なのかも判断が付け難いけど…
惚れたわ 脱帽
45.100名前が無い程度の能力削除
引き込まれました。抜け出すのに時間がかかりそうです。蜘蛛の糸的な意味で。
他の作品を(主にヤマメ中心に)見ながら次回作を期待することにします。主にヤマメ。

三回言ったぞ。ヤマメ(4回目
47.100名前が無い程度の能力削除
多少気になる点(藍様の事)があったものの、個人的には100点でも足らないくらいでした。
50.80名前が無い程度の能力削除
こういう話はもっとあるべきだと思います。
人の解釈は自由だからこその二次創作だからして。
52.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷はゆかりんが、死んでしまった魔理沙のために創った死霊の箱庭だったんだよ!!
ΩΩ Ω<な、なんだってー!

ラスボス霊夢がはまり役すぎw
55.50名前が無い程度の能力削除
やりたいことが多すぎて、伝えたいことが伝わりきらない
そんな感じだなぁ 
いや、ここまでの大作を仕上げたことは素直に凄いと思うけども。
58.100bot削除
すごくよかったです、
自分は結構こういうのがすきです。
ですが二回読んでやっと理解できました

えーと・・。うなされそうでした
60.100しず削除
読めて良かった。
そう思いました。
物語に幸あれ。
61.100名前が無い程度の能力削除
みんなの見ていた夢がなんだったのか、霊夢が、そしてなぜ魔理沙が夢を見なかったのか気づいたら画面がゆがんで見えなくなった。
その後のお墓参りから先は完璧に涙腺決壊した。
その他にも怒涛のような独特の解釈、しっかり消化するにはもう何度か読み返すなり、時間がかかりそうですが今はただただ万感の思いと共にこの一言を。
すばらしい大作をありがとうございます。あんた最高だ。
62.80名前が無い程度の能力削除
凄い話でした。切ないですけど。
私も藍さまがどうなったのかが気になります。
西行妖の場面でどこかに吸い込まれたから、外の世界に現れたということでしょうか…
あと最後の方のインタビューの所は外の世界?烏天狗なのかわかりませんが、そういった存在が
外の世界に居るという解釈をしていいのでしょうか?
63.20名前が無い程度の能力削除
壮大なお話でした。でも、ところどころ伏線が回収されてないところがありますね。

結局、藍が帰ったというのはどこへなのか、最後の救われた展開はどういった理由でそういう展開になったのか、
ユカリ博士の死とインタビューを受けた時期のつじつまの合わなさ、なぜ鴉天狗が現代に具現化しているのか、
そして最後に出てきたメリーがどうしていきなり文中の行動に出たのか、他いろいろと。
スケールの大きさに圧倒はされるのですが、ひとしきり過ぎてしまうと説明不足で首をひねることも多々かと。
文章力自体はお見事だと思います。
65.100名前が無い程度の能力削除
キュ~ンとしたねえ…いろんな意味で。すごいよかった。
藍きになるねえ。あと永遠亭も思わせぶりでまだ何かあるのかと。小泉先生はメリーでいいのかな?
早苗さんと二柱のやさしさはガチ
66.無評価名前が無い程度の能力削除
秘封の諏訪旅行が時間的に最後(脳改造後)とかんがえればありえなくも!…なくなくない?藍さま?
でも外で復活した理由や割れ要石で帰れた理由が…じゃあ集団催眠でいいです…
67.無評価名前が無い程度の能力削除
最後、ヤマメって魔理沙を河原につれていっただけ?
それって救ってるというにはあまりにも印象が薄いのでは。放置っぽいし。。。
小町を出さずにヤマメで統一したほうがよかったかもと思いました。
他にも同じように、あまりにも多くのキャラが詰め込まれたために印象が薄くなったキャラのシーンがいくつかあって残念だったかな、という感じです。(天子とか、藍とか)
あと、霊夢の立場は話に深みを持たせるためにもっと利用できたんでないかなとも思います。霊夢の正体が「みんなの夢だった」っていうのは話の流れ上、中核に近くてすごく大きい意味を持ってたと思うんですよ。なんだかもったいないかなと思いました。
70.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
何度も読み直すお話の一つになると思います。
72.100名前が無い程度の能力削除
やっと読み終えたー。脱帽です。圧倒的な破壊力でした。
この長さを一気に読まされました。
作者さんのパワーに圧倒されました。
74.無評価名前が無い程度の能力削除
最後童祭の歌詞に酷似しているのですが
もちろん知っていてこれを書いたんですよね?
もし知らずにかいたんだったらすごすぎる
76.無評価nig29削除
No.74の方にご返信します。もちろん知っていてこれを書きました。
童祭は上海アリス幻樂団発売の夢違科学世紀のブックレットに書いてある詩です。これを引用しました。
当作が東方プロジェクトの二次創作であることを前提におけば、たぶんあなたが考えていらっしゃるような問題は無いかと思います。
著作権者であるZUNさん自身から「ダメです」と言われましたら当然削除します。
確か曲に合わせて歌うようなものではなかったように思うんですけど……記憶違いだったらすみません。
歌詞だったらJASRACとか出てきそうで怖いですが(汗)

私も東方プロジェクトが大好きです。
今回は「幻想郷は死霊の国だった」というある意味一部のファンの方には受容しがたい設定で書いてしまいましたが、
それも私の中の東方観(特に最初に妖々夢ファンタズムで紫と対峙した時のイメージ、ネクロファンタジアの曲のイ
メージ)をなんとか形にしたいと熟慮しての結果ですので、決して悪意あってのことではありません。
どうかご理解いただきたいと思います。
77.100名前が無い程度の能力削除
気になる点は多少ありましたが強烈な印象と文章力で全く遜色がありません。非常に楽しく読めました。
これからも新しい作品を楽しみにしております。
79.90名前が無い程度の能力削除
とてもいい作品だと思います。
ですが、蘭さまなどの件があまり出されていないのでもう少し纏めてほしいと思いました
次回作お待ちしております。
81.80名前が無い程度の能力削除
面白かったけれど、もう少し纏めて欲しかった
83.100deso削除
ヤマメ、美味しいところ持って行くなあw
面白かったです。
実は、前半の序盤あたりでちょっと読むのを中断してたんですが、今日、再開したら止まらない、止まらない。
ついつい夢中で読んでしまいました。
蓮子の壮大な計画に惚れました。このスケールがたまりません。
85.100Samidy削除
まず、何故ここは100点以上が付ける事が出来ないのか!!

とても面白く、また興味深く読み進むことが出来ました。
まさか天狗から崇徳の名が出てくるとは…筆者さんとは東方以外でも旨い酒が飲めそうです。
私自身が歴史や民俗学を専攻していたので、ネタがわかってしょうがないwww勿論、お話の内容も心惹かれましたよ?

くどいようですが、こんないい作品を生み出してくれてありがとうございます。
もし出来るのであれば、今回のような作品をこれからも生み出していってもらえると幸いです。応援しております。
86.100名前が無い程度の能力削除
今読み終わって面白かったなあと思ってはいるのですが、頭が悪くて1割ぐらいしか内容理解できてない感じw
個人的には早苗さんが一番切なかったなあ。いや全員悲しくはあったんですけれども。
正直こういう終末的な話は読んでて胃が重たくなるので嫌なんですが、それでも楽しめたです。
最後小町が出てきてくれたときは「ああなんかよく分かんないけど元通りになったんだな」と物凄く安心しました。

なんかいろいろよく分からんけど、まあ強い幻想郷に生まれ変わったみたいだからいいかあ! と空元気を出してみる俺。
ともかくも楽しかったです。ありがとうございました!
88.100名前が無い程度の能力削除
やや強引な部分もあったように思えますが、
それを補って余りあるほど精緻に組み立てられている部分もあると思いますし、
何より中盤が怖すぎました。
軽い不快感を伴う、陰鬱でねっとりとした不気味さ。
ネット上のSSでこの手の気分にさせてくれた作品はほんとうに久しぶりです。

賛否両論分かれる作風で、かつこの長さ。
なのに5000を越える点数をこの作品が獲得していることが、
この作品の美点の凄まじさの何よりの証拠でしょう。
90.無評価名前が無い程度の能力削除
私は賛否両論の「否」の側に属する人間なので作品への評価は控えますが、
現実世界のバレー部設定が、現在雑誌連載中の某レイマリの大家を彷彿とさせてニヤニヤしました
作者さんも知っておられたのか、わりと一般的に連想しやすいイメージなのかは分かりませんが…
92.90三文字削除
コンペで一番最初に読んで、感想書いたらいつの間にか消えていて、ひどく混乱しましたよ。
幻想郷の生まれ変わったシーンがどこまでも爽やかで、気持ちが良かったです。
悲しみの幻想郷にありがとう。新しい幻想郷にこんにちは。
ありがとうございました。
93.100無名削除
東方でこんな話が書けることに驚いた。脱帽です
一つだけ気になるのがあの水の正体。ネタバレの記述から考えると、あれは羊水なんじゃないかと勝手に思ってます
95.80名前が無い程度の能力削除
これはまたなんとも凄い作品でした、もう一回読んできます。
とりあえず神奈子様と諏訪子様の出てくるトコがカッコよすぎて泣いた。
96.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ただ、紫(旧・現実)が可哀想。

元ネタ読んでみました。難解でした。
105.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品でした
最高です
106.90名前が無い程度の能力削除
「おれが幻想郷だと思っていた場所は幻葬郷だった」
な、なにを(ry
途中までのどうしようもない滅びがどうなるかハラハラしましたが…こう再生させるとは……
いやー…お腹いっぱい。詰め込みすぎて説明しきれなかったことだけが惜しまれる。
110.100名前が無い程度の能力削除
二回読み直して、やっと伏線理解できた
涙が・・・
115.100名前が無い程度の能力削除
気がついたら読見終わっていました。
こういう幻想郷もありなのではないかと思います。
とてもおもしろかったです。
116.100名前が無い程度の能力削除
藍様が気になっていましたがブログを拝読してすっきりしました。
とても楽しませていただきました。
118.100名前が無い程度の能力削除
今の僕には理解できない
ではありませんが
自分の浅学ではまだ理解しきることができないようです
これから時間をかけて読み明かして生きたいと思います
119.100名前が無い程度の能力削除
早苗さんのところで泣きました。
あまりに、あまりに幻想的な話です。
121.100名前が無い程度の能力削除
最終的には輪廻?
エピローグにぞわぞわしながらまた読んできます。
122.100名前が無い程度の能力削除
文句無しの最高傑作
天才です
124.100名前が無い程度の能力削除
本当に、素晴らしかったです。
圧倒されるような文章とお話でした。

泣きそうです。

妖夢の未来永劫斬がもう……
126.100名前が無い程度の能力削除
きっと、夢は現になったんだな。
131.100名前が無い程度の能力削除
ふふ…泣かせてもらった

サイトの解説も一緒に読ませていただきました
132.無評価名前が無い程度の能力削除
面白すぎた。止められない止まらない。最高にハイになれました。途中ちょっと泣いた。オリ設定もあったし伏線の未回収?や強引さもあったけど読んだ後にちょっと気になっただけで、読んでる最中はそれどころじゃなかったです。100点以上点が入れられねええ!!!
とはいえ自分が作品をちゃんと読めてないせいで最後らへんの記者とか分かんないとこはあったけども・・・解説が欲しい。切にw絶対誤解してるとことかあるだろうし・・・

最後のどことなく某天狗っぽい名前の記者は大地震と関係あるとは思えないから偶然と見ていいんですよね。文も夢を見てた一人=現実ではもう死んでるハズだし。地震の直前直後で死んでないかもだけど・・・こういうとこは分かりにくかったかも。でも羽が生えて飛んでったのなら・・・やはり全てが夢ってだけでは終わらなかったのか?

現実から消失した藍と幻想郷から消失した藍とか時系列が分かりにくいところがあった。
幻想郷→飛ばされて現実→再び夢の世界(幻想郷)へ・・・なんだろうか?それなら幻想郷は誰かの夢でなく本当にあったっていう唯一の確証になるからいいよね!メリーの言う集団催眠の可能性を否定出来ないけど・・・でもそうでなくてもいいじゃない!

それと結局全て夢の産物なら夢の住人の1人でしかない幽々子と西行妖を使ってなんとか出来る可能性はあったんだろうか・・・紫の行動にも分からないことがあったな。んでもレミリア曰く紫自身も気づかなかったこととかあったらしいから可能性があるかもしれないと思っての行動だったのかな・・・
133.100名前が無い程度の能力削除
↑に点数入れ忘れた。申し訳ないw文句なしの100点です!

そういえばラストの蓮子さん。ここから名セリフ「夢を現実に変えるのよ!」が繋がってくるのか・・・夢を忘れた科学世紀の少女だからこそ魅了されたんだろうな。秘封が締めてくれたことも嬉しかったです。
オリ設定で時系列が絶対に違うってのは分かるんですけど・・・原作の蓮子達と早苗の時代って外の世界とはいえ軽く数百年くらいの差がありそうですもんね。合成~とか月旅行とか実現してたし。

ああ解説が読みたいwヤマメのとことか表現は素敵だし言いたいことはなんとなく分かるんですけど、あのあと何がどうなったのかとかそういうのが分かんなくってw
でも面白かった!こういう作品に出会えたことに感謝します!書いてくれた作者様に乾杯!
140.90名前が無い程度の能力削除
これをああだこうだツッコミたいとこもあります。しかしそれ以前にこの壮大な設定。読後感や感想は賛否両論でしょうが、恐ろしいものをみた。そう感じます。こんな作品をありがとう。たぶん私はここにいなかったら読まなかったタイプの話だ。しかしそれだけに伏線回収と解説不足がおしまれる。解説がほしいなぁと
145.40名前が無い程度の能力削除
うーん 長くて読み飛ばしながらって感じです。最初は面白かったんだけど段々訳がわからなくなって面白くなくなってきました。
146.100名前が無い程度の能力削除
ネクロファンタジア。なるほどなあ。
蓮子周りの設定は解説読まないとわからなかったのが残念ですが、
そんなことよりなんかすげえもの読んだという感覚のほうが圧倒的に勝る!
こういう作品に出会えるのが創想話の醍醐味だと、つくづく実感せずにはいられません。
このお話を読ませていただき、ありがとうございました。
148.100名前が無い程度の能力削除
おそまつさまでした、引き込まれた。こんなことしか言えない貧弱な語彙がうらめしい・・・
149.100名前が無い程度の能力削除
100点どころではない。
このような素晴らしい作品を読めることは、東方ファン冥利に尽きる。
なるほど、まとめきれなかった面もあるかもしれない。
だが、溢れ出る作品への情熱に感動した。
今後も大切に読んでいきたいとおもいます。どうもありがとう。
153.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれ…なんだこれ…百点じゃ足りない…
とんでもないものを読ませてもらいました。作者はキチガイか?それとも神主なのか、そうなのか?
154.100名前が無い程度の能力削除
いい
157.100名前が無い程度の能力削除
ごちそうさまでした
159.90名前が無い程度の能力削除
これだけエネルギーの籠もった大作を読めて感無量です。
確かに設定や物語の時系列の分かりにくさはありましたが、それを補って余りある熱量がすばらしかった。
文章量は膨大でしたが、けして冗長ではない。感心させられました。
あと、幻想の消失というイメージはエンデの「はてしない物語」からの影響なのかな?
終末観漂う描写に共通するものを感じました。(良い意味で)
161.80名前が無い程度の能力削除
最後のほうの展開には少しついていけませんでしたが、
総じて好きな雰囲気だったのでこの点数で。
165.100名前が無い程度の能力削除
何というか、凄い…
読み終えた後うまく感情がまとまりませんでした。
切ないような悲しいような安堵するような。
消え行く幻想郷での皆の想いや、現実でのユカリの体験などとても胸に来ました。
ユカリちょっと可哀想すぎ…。
とにかくすごい作品に感謝。