きっかけは単純なものだった。
自らのペットの暴走により人間達が地下へとやってきた。
そしてその人間達に倒された。
だからといって、古明地さとりの生活がそれによって変わったわけがなく。
「・・・・・・暇ですね」
今日も彼女は地霊殿で一人――否、ペットと共に暮らしていた。机の前に座った彼女は湯気の立つお茶を飲んでいる。妹のこいしはふらふらとどこかを彷徨っているし、わざわざこんなところを訪れる人妖も居ないので、彼女はたいてい暇だった。
というよりは、これが彼女の日常だったのだから、『暇』と感じることは今まで無かったのだ。例の間欠泉騒ぎが起こり、前述した人間達に倒されてから、何故か地上
の人妖が地下に訪れるようになり、ほんの少し地霊殿も騒がしくなったからこそ『暇』だと感じているのだ。
何せ、一時の騒がしさは尋常ではなかった。
「まったく・・・・・・地上の人間というのは、みながあのような者なのでしょうか」
独り言は誰にも届かない、だからこその独り言であり、どんなことを言っても何ら煩わされることはない。
彼女が“あのような”と形容するのも仕方が無い。いくら地下が騒がしくなったとはいえ、何の力も持たない人間が気軽に訪れることが出来るわけもなく、必然的に足を運んでくるのは魔法使いだったり巫女だったりするからだ。
後者はまだいい。お茶に少々うるさいぐらいしか迷惑をかけてこないのだから。だが前者は違う。隙あらば家捜しを行い、大なり小なり盗まれた物は早くも二桁を数えようとしている。
一度、さとりがその泥棒魔法使いを咎めたことがあるが、「死んだら返すぜ」といわれて強引に持って帰られた。身体的にはあまり妖怪の恩恵を受けていないらしいさとりにとって、幻想郷最速とも呼ばれたことがある人間に追いつけるわけが無かった。
「・・・・・・あそこまで欲に忠実な存在も珍しい」
自らの『心を読む能力』で覗いてみた魔法使いの心は、素敵過ぎるほどに欲望に忠実だった。下手な妖怪が裸足で逃げ出すほどである。それでいて人間の心は失っていないのだから、まことに恐ろしい。
「今度、本当の意味でのトラウマを思い出させてあげようかしら」
生来の悪戯心をさとりが発揮できる日は、そう遠くないだろう。
さて、そんな風に迷惑をかけにくる人妖達も、今日はおとなしくしているようだ。だからこそさとりは暇で退屈で平和な日常を堪能している。
机に置いた湯飲みの中身はもう少なくなってきた。お茶用のペットでも呼んでみようかと彼女は思ったが、すぐになぜ今日はこんなに暇なのかを思い出す。
「そういえばそうでした・・・・・・」
賑やかになった地下世界。交通は『地上→地下』だけではない。『地下→地上』というのも最近では多くなってきた。なぜかツアーを組む妖怪まで現れる始末。
そして今日はそんなツアーの初日だった。
「さとり様、行ってきます!」
普段、地霊殿に住んでいるペットはそう挨拶をしてから、地上へと出発していった。
ちなみにそのツアーの責任者は星熊勇儀である。彼女もまた地上への旅行を楽しみにしており、また力がある鬼ということで責任者という立場にはうってつけだったからだ。
ツアーの参加者が暴れたところで勇儀一人で何とかなる、そういう計算もあったらしい。
「それ故の静けさでしたね」
普段は何かしら雑用係のペットと接する機会が多いからか、そのペットが居なくなると途端に『暇』になる。ペットとの遊び(主に弄くり)、ペットとの会話(主に心を読んでの弄くり)、ペットの世話(主に弄くり)というのがさとりの数少ない趣味だからだろう。
こんな取り留めのないことを考えていたさとりだったが、ようやく現実を見て立ち
上がった。ペットが居ない以上、座っているだけでお茶のお代わりはやってこない。
よいこらせ、と外見に相応しくなく実年齢に相応しい声を出して立ち上がった彼女の耳に、“音”が飛び込んできた。
「・・・・・・そういえば、彼女が居ましたね」
細めていた目をほんの少し見開いて、さとりは台所ではなく玄関へと歩いていくことにした。長い廊下の先、玄関扉の向こうでは早くも待ちかねているのか、“来客”が二度目のノックを始めていた。
「はいはい、開いてますよ」
さとりの言葉が届いたのか、扉の向こうから何やらぶつぶつと声が漏れてくる。『玄関扉の鍵閉め』用のペットも居るのだが、どうせこんなところに物取りにくる存在も居ない――いや、居なかったし、だいたいそのペットも旅行に行っているのだから鍵が閉まっているはずがない。
もちろん扉の向こうの来客がそんなこと知る由も無いのだが。
「こんにちは、今日はどういったご用件で?」
玄関扉を開けてそう聞くのはただの社交辞令。どうせ聞きたくなくても心を読めるために用件ぐらいは簡単に把握できる。
だが、この“来客”にはそんなことも必要ない。それはつまり、別段心を読む必要がないということで、なぜなら用件の理由を作っているのは自分だから。
それでもさとりは聞くことにしている。
「・・・・・・分かってるくせに、ほんと――妬ましいわ」
そんな対応が来客――水橋パルスィを苛立たせることを、良く分かっているから。
さとりとパルスィは“パートナー”である。
別段、深い意味があるわけではない。
先の事件でやってきた人間は、それぞれ地上の妖怪とパートナーを組んで連携していた。ちなみにさとりはそれを利用して、弾幕ごっこに応用した。
そして全てが終わり。
地霊殿を訪ねてくる存在が増えたこと以外にはほとんど日常生活に変化は訪れなかった彼女だが、外見的には変化がなくとも内面的な変化は訪れていた。
「パートナー・・・・・・とはどういうものなんでしょう」
わざわざ地下深くまでやってきておきながら、(弾幕的な意味で)暴れた以外には特に何もしなかった彼女達にさとりは興味を持ち、また彼女達がわざわざパートナーを組んでいたことにも同様に興味を持った。
地下世界では、わざわざ対等なパートナーを組んでいる存在はなかなか居ない。強者は単体で行動し、弱者は徒党を組むか強者に付き従うかのどちらかだからだ。弱者のそれはパートナーとは呼ばない。
それなのに、地上から来た人間はそれぞれが強さを持ち合わせていながら、妖怪とパートナーを組んでいた――片方はよりにもよって妖怪を倒す立場だというのに。
そういった事実に新鮮な驚きを感じたから、さとりは行動に出た。
自らもパートナーを組もうと考えたのである。
だが、地霊殿で嫌われ者の彼女とパートナーを組んでくれる存在など、居るのだろうか?
さとりの能力を気にしない妖怪はたいてい強者であり本質的には単独行動を取っているから始末が悪い。もちろん能力を気にする妖怪とは対等なパートナーなど組めるはずもない。
ではペットはどうだろうか?
彼女の能力は逆にペットには好まれている――最近はそれも怪しいが。
ペットといえど、妖怪化した存在も居る、力の強い・・・・・・というより制御しきれていないような存在も中には居る。そういった存在とならパートナーを組めるのだろうか。
答えは、否だ。
力がどうあれ能力がどうあれ、“ペット”との関係は主従のそれであり、対等ではない。もちろんさとりは暴力君主ではない、ペットとは“彼女なりの”愛情を持って接している。だがそれとこれとは別問題だ。
そして、妹のこいしはこれまた論外。
対等だなんだという前に、姉妹という繋がりが二人にはある。それは何事よりも優先されるものであり、強制的なものだ。その繋がりがある以上、やはり彼女ともパートナーは組めない。
それ以前に、どこへともなくふらつくことを趣味としているような妹と果たしてパートナーを組めるのか、甚ださとりには疑問だった。
単純な消去法の問題だ。有り得ないことを消していけば、残ったモノが真実、この場合で言うところの選択肢となる。
そして、彼女は一つの結論に至る。
「・・・・・・あなた、何でこんなところまで来てるのよ。まさか、地上に行くつもり?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
地上と地下の往来を見守る妖怪。
「それなら暇つぶし? 妬ましいわね、潰せるほどの暇があるって」
「それもまた違いますね」
嫉妬狂いの妖怪。
「ならば私に用事――ああ、からかいに来たのね、やっぱり暇があるんじゃない妬ましい」
「自己完結が甚だしいですねほんと」
どこかプライドの高い妖怪。
「じゃあ何しに来たのよ」
「本題に入りますね」
そして――徒党を組まない実力者。
「パルスィさん・・・・・・私のパートナーになってみませんか?」
いささか唐突な会合だった。
いささかの打算があったことをさとりは心の中で認める。
自分と同じように嫌われ者であるパルスィとなら、同じ境遇ということでパートナーになってくれるかもしれない、と。
だがそれは半信半疑のことだった。
パートナーが成立したことに一番驚いているのは、さとり自身である。
パートナーを組んだといっても何か特別なことをしているわけではない。
大抵はパルスィがさとりを尋ねてくる。そして談笑したりお茶を飲んだりお菓子を食べたり。
これがパートナーといえるかどうかは分からないが、さとりはこれに満足している。
「さぁさぁ、何のお構いもできなくて」
「・・・・・・誠意のかけらもこもってないわね」
自らの分と共に来客に対してお茶を持ってきたさとりの言葉に対し、パルスィはそんなことを口にした。ちなみに彼女の言葉は正しい。むしろ来客にお茶を出す時点で
(妖怪の世界では)かなりの待遇だ。
もちろんそんなことは言葉にしない。言葉にしなくても口調に出てきているが。
「ほんとにもう・・・・・・」
文句を言いながらも素直にパルスィは湯飲みに手をつけた。一口すすって盆に戻した彼女の心は、お茶の美味さに対する嫉妬とそんなお茶を淹れることのできるさとりに対する嫉妬だった。
もちろんこれ以外にも細々とした情報があるが、さとりもそういったことについてはあまり囚われない。脳を持つ存在はたいてい考え事が一つではない、それは休息をとっているときでもそうだ。
「パルスィは地上には行かれないのですか?」
「なんでわざわざ、あんな奴らと一緒に行かなきゃならないのよ・・・・・・」
表情・口調ともに苦々しげ。今度は能天気に騒いでこようとしている連中に対する嫉妬と、それより比重を置いて「どうせ心を読めるんだから分かってるくせに」という嫉妬だった。
さとり種に対する偏見や恨みには慣れているが、純粋(と言えるかどうかはかなり怪しい)妬みを受けるのはさとりにとって滅多に無いことだった。
(面白い・・・・・・)
目の前でまたお茶を一口啜ったパルスィは観察対象としては面白い。次から次へと出てくる嫉妬はさとりとしても舌を巻かざるを得ない。
最近ではその嫉妬が向く先は大半が自分だということについては少々複雑な気分である。
「・・・・・・そういうあなたは、地上には行かないの? ペットは入りびたりでしょう、どうせ」
「主が家を空けるわけにはいかないでしょう」
パルスィの心は「行けないじゃなくて行きたくないのね、妬ましい」といった考えが大きかった。何かしらにつけて妬みを持ち出してくる彼女を、さとりはどこか“可愛い”と想っている。
『嫉妬狂い』と称されていても、その本質は可愛いものだ。
「・・・・・・嬉しそうね、妬ましいわ」
彼女がハッとしてみれば、ジト目のパルスィが睨んできていた。顔に出てしまったか、と反省しながらさとりは上手い言い返しを思いつく。
「あなたとこうやっておしゃべりするのが楽しいんですよ」
「――ふぅん」
一瞬びくりと動きを止めたパルスィだったが、すぐに普段の調子を取り戻して相槌を打つ――外見だけは。彼女の内面では感情が迸っていた。
こんなことを口に出せるさとりが妬ましい。表情を変えずにこんなことを言えるさとりが妬ましい。心を読めるさとりが妬ましい。妬ましい妬ましい妬ましい。
「――っ」
「・・・・・・どうしたの?」
突然渋い顔をして右手で額を抑えたさとりに、少し驚いた様子でパルスィが尋ねる。さとりは「大丈夫」とだけ呟いて二度深呼吸をした。
右手をどけたさとりの顔は何時もと変わらなくて、パルスィは少しだけ安心する。
「お茶、お代わり持ってきますね」
そういってさとりは立ち上がり、急須と湯飲みが載った盆を持って部屋を出ていく。
どこか逃げるようなその態度に、パルスィはほんの少しだけ顔をしかめた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
台所へとたどり着き盆を流しに置いたところでさとりはへたり込んだ。先ほどの表情とは打って変わり、額からは脂汗が流れている。
長く味わっていなかった感触だ。
さとり種は心を読むことが出来る。それは悲しみ・憎しみ・喜びその全てを、だ。もちろんそういった心を読むことにさとりは慣れている。
だが、彼女でも慣れていないことはある。強すぎる思いだ。
さとり種と似たような能力を持った存在に立ち向かうために愛する者への強すぎる想いを心に思い浮かべたものだって居る。自らの心をたった一つの想いで占めた者も
居る。強すぎる想いは毒であり、呪いだ。それが自らに向けられているものならなおのこと。
「・・・・・・あそこまで妬まれるなんて」
パートナーとなってから、パルスィの妬みの対象はほぼさとり一人だけになった。それがどういう意味を示すのかはさとりには分からないが、ここまで強すぎる想いを読んだことは最近なかったものだから、少々調子が悪くなったのだ。
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
何時までもへたりこんではいられない。とりあえず一息ついてさとりは立ち上がる。問題なく立ち上がれたことから調子は戻ってきているようだ。
そうして顔を上げてみれば、何時の間にか目の前に誰かが立っていた。
「お姉ちゃん・・・・・・大丈夫?」
心配そうに尋ねてきたのは、さとりの妹である古明地こいしだった。いつもの服にいつもの表情、ほんの少しだけ心配そうな顔をしている。帽子を被ったままだということは、どこかから帰ってきたのだろう。
「ええ・・・・・・大丈夫です」
さとりが唯一心を読めない存在である、こいし。読みにくいとか読みづらいとかごちゃごちゃしているとかそういった問題ではない、“読めない”のだ。
普段はそのことについて悩んでいるが、今はその読めないことがありがたい。
「パルスィさんに何か言われたとか? 喧嘩しちゃったとか?」
「そんな訳がないでしょう」
何を馬鹿なことを言っているんだ、という表情を出してやるといかにも「傷つきましたぁ」という表情が返ってくる。それが本心なのかどうかさとりには分からないが、それが今は逆に安心できる。
こんな風に、妹の心を読めないことで安心したことはなかったなぁとさとりは考える。
「それじゃあ・・・・・・どうしたの?」
「心配ですぅ」といった表情で問いかけてくる妹を拒むことなど、さとりにはできない。
「・・・・・・と、こんな感じなんです」
「ふぅん・・・・・・そうだったんだ」
短い時間で話すのだからいろいろと端折り要点だけをかいつまんで話したが、こいしは自らの姉がパルスィの嫉妬心について悩んでいることを理解した。
自らの姉がパルスィと“パートナー”になったことはこいしも知っていた。何せ姉のことであるし、実をいうとさとりとパルスィがパートナーを組んだ際も離れたところから見ていたりする。
無意識の行動である、ストーカーではない。
「ほんとお姉ちゃんってよく分からないね。いきなりパートナー組んでるし、それで悩んじゃってるし」
「む・・・・・・」
「そういうのって自業自得っていうんだよね」
「むぐ・・・・・・」
正論で攻め立てられてはさとりもどうしようもない。心を読めないから反撃のチャンスもつかめない。心を読めなければさとりも普通の妖怪でしかない。
無意識の行動である、Sではない。
「だいたいさぁ・・・・・・お姉ちゃんって悩みすぎだよねほんと」
「・・・・・・」
とうとう無言になってしまった姉を面白そうにこいしは観察する。思えばここ最近、こういった風に顔を合わせて喋ったことがあまりない。さとりは地霊殿に居るし、こいしはふらふらと彷徨っているのだからそれも当然だが。滅多に顔合わせもしない関係というのも奇妙だ。
それでも、二人は姉妹だ。さとり種である前に姉妹なのだ。たとえ心を読めなくても、それより深いところで二人は繋がっている。
だからこいしは核心を突くことにした。
「それに・・・・・・お姉ちゃんが悩んでるの、そのことだけじゃないでしょ」
「それは――どういう意味?」
いつもは見せない驚きの表情。姉のそんな顔を見られるのもこいしだけだ。そのことに優越感となぜか寂しさを感じながら彼女は続ける。
「何かは知らないけど・・・・・・分かるもん、私には」
「・・・・・・おかしな話ですね」
「だけど分かるもん・・・・・・お姉ちゃんのことだから」
理屈ではない、能力でもない。
姉のことだから、分かる。ただそれだけの単純な真理。
そんな単純なことなのに、にわかにはさとりも信じがたい。心を読むことに慣れ切ってしまった彼女には、すぐには理解できないのだ。
だが、それでも妹が嘘をついていないことは分かる――だって姉妹なのだから。
「・・・・・・分からないんですよ、彼女が――パルスィがなぜ私とパートナーを組んでくれているのか」
「どういうこと?」
「彼女の心には、いつも妬みがある・・・・・・私と居る時でも。私がからかっても、何か怒っても、笑いかけても、彼女はいつも妬んでいる――主に、私を。だから分からないんですよ」
怒りも悲しみも喜びも、パルスィからは感じられない。それはより大きな『妬み』という感情があるから。
強い想いは、他の感情より優先される。
「そこまで私を妬んでいるのに・・・・・・なぜ、一緒に居てくれるのか。パートナーとなってくれているのか――彼女の心が分からないんですよ」
心を読めるということと、心を理解するということはまったくの別物だ。
誰かが心で想っていることが真実だとは限らない。人妖にはさまざまな心理がある。強い思いがAを指し示したとしても、その陰でBを指し示す想いがあるかもしれない。もしかするとまったく別のXがあるかもしれない。
だから、彼女にはパルスィの心が理解できない。読めるのに、理解できない。まったくの矛盾。
「お姉ちゃん・・・・・・」
閉ざした記憶の底、自らも苦悩した矛盾に対して苦悩している姉を、こいしは見つめる。最近になって思い出すようになってきたその矛盾は、今でもこいしの胸を痛める。
それでも、彼女は姉に言わなければならないことがある。
「お姉ちゃんってさ・・・・・・意外と頭悪いよね」
「・・・・・・え?」
妹の口から出てきた言葉に、さとりは呆けた表情をする。
姉に対してこんなことをいうのもあれかもしれない、それでも言ってあげなければならない。そうでなければ、この素直じゃない姉は理解してくれない。
(素直じゃないのは、あっちもか)
元凶に思いを馳せながら、こいしは言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃん、分かってるんでしょ? パルスィさんの妬みがどういうものか」
「どういうものかって・・・・・・・妬みは妬み――」
「ああもう分かんないかな」
心を読むことに慣れ切って単純なことさえ分からなくなった姉に対して少しだけ哀れみすら感じてくる。
能力ゆえに嫌われているのに能力に慣れきっているというのも、またおかしな矛盾。
「だいたい、お姉ちゃんと居る時は何時だってお姉ちゃんのこと妬んでるんでしょ?
それでもう答えは出てるじゃない」
「・・・・・・あ」
妬みというのは、羨ましいと想う気持ちであり、他者に対する感情。
それは誰しもが持っている普通の感情だ。
ただ、パルスィはそれが強すぎるだけのこと。能力故か性格故か、彼女は他者に対する興味といったものを全て妬みに置き換えてしまう、無意識下で。
本当に、ただそれだけのこと。
唐突に思い至った真実に、さとりは絶句する。
それだけ、単純な真実だった。興味の無い、関心の無いパートナーと手を組む存在はなかなか居ない。相手がさとり種となればなおさらのこと。
だから彼女は、さとりとパートナーを組んだ。
わざわざ嫌われ者の自分をパートナーに誘うさとりのことが気になったから。
「遅かったわね・・・・・・茶葉でも摘んできたの?」
人を待たせて涼しい顔をできるなんて妬ましい。パルスィの心はそういっている。あまりにも強すぎる妬みも・・・・・・その真相が分かってしまえばどうということはない。
結局は気の持ちようだ。妖怪というのは精神が主体なのだから。
「いえ、ちょっと手間取っていたもので・・・・・・ああ、そういえば一つ提案が」
「・・・・・・何かしら?」
考えてみれば、パートナーだというのにパートナーらしいことは何もしていない。
現状に満足して、相手が何を考えているか理解しようともしなかった。
怠惰すぎる。パートナーらしきことはしていなくても、『嫉妬狂い』がただの可愛い妖怪であることは分かっていたというのに。
では、パートナーらしいことをすればどんなことが分かるのか。
「今度、地上に行きませんか――二人で」
それはさとりにも分からない。彼女は心を読めても未来は読めないのだから。
「・・・・・・いいわよ」
だからこそ、さとりは未来を楽しみにする。
この二人が地上で起こすごたごたは、語られることのない未来のお話。
さとりとパルスィ、意外なようで自然なような組み合わせですね。
ただ、描写は丁寧で展開にも納得は出来るのですが、この作品は『序章』のように
見えてしまいます。
つまり、「2人はこうしてパートナーになりました」という説明の為の導入部。
せっかく魅力的なコンビを結成したのですから、「語られることのない未来のお話」
なんて仰らず、是非さとりとパルスィの地上珍道中を書いていただきたいです。