※注意:このお話は前話である「スキマとキュウビ/零」の続きです。
もし未読でしたら、お手数ですがそちらをご覧になって頂いてからの方がよりお楽しみ頂けます。
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ここではないどこか───
顕界、冥界、地下世界、魔界、いずれでもないどこか───
「そこ」は存在と非存在の境界───
すきま妖怪・八雲紫は胎児が眠るかのごとくそこに在り、昔を思い出す。
「最初に出会ったのは、もうどれくらい前だったかしら」
彼女はある妖怪狐との再戦を前にその妖怪狐との戦いの歴史を振り返る。
そう、一番最初はもう数千年も前の話。
それは大陸にて商(殷)という王朝があった時代。
彼女の縄張りである商王朝に突如沸いた九本の尾を持った妖怪狐、そいつは妲己という名で当時の王に取り入り、彼女の縄張りをひたすら荒らし回っていた。
頽廃を極めた商王朝にもはや食材としての意義を見いだせなくなり、自らの食を奪われた事と、縄張りを好き勝手に荒らされた事に対して激昂した八雲紫は、呂尚という仙人と結託し激しい闘争の末、これを討つ。
しかし、九尾の妖怪狐は滅ぼされる直前、自らの身体と霊魂を三つに分け、それを彼方へ飛散させることにより、完全消滅を免れた。
八雲紫は三つに飛散した妖怪狐の欠片を追い、そのうちひとつは程なくして見つけ、これを封印したが、残り二つの行方は完全に見失ってしまった。
妖怪狐の存在をすっかり忘れる程の時間が経った頃、再び大陸にて妖怪狐が姿を現した。
しかし、その時代にて姿を現した妖怪狐は三つに分かれた欠片のうち、最も力の弱い部分であったのか、尾の数も少なく、八雲紫はこれを難なく撃破し、その欠片を封印した。
さらに千年近い時を経て再度また狐の存在を忘れかけた頃、大陸の外にある島国にて妖怪狐の存在を仄めかす噂をちらほらと耳にする。
さすがに商王朝時代の怒りは既に過去のものとなり消え失せていたが、退治したつもりの妖怪がまだ生き残っているという事実は、彼女に取ってあまり据わりの良くない出来事であった。 他にこれといってすることもなかった八雲紫は海を渡り、島国に降り立ち、妖怪狐の足取りを追ったが、その詳細は掴めずじまいで幕を閉じる。
しかし、確信こそないものの、妖怪狐の臭いを僅かに感じた八雲紫は、この島国に腰を落ち着けてみようと思った。 幸いこの国の風土は彼女の好みに合っていたし、大陸とは一風変わったこの島国の妖怪達は、それで怠惰に過ごしてきた彼女の興味を沸き立たせるのに十分な素質を持っていた。
八雲紫が島国に腰を落ち着けてからおよそ300年以上経ったある時代。
島国は平安と呼ばれる時代にあった。
そして久寿3年(1155年)、ついに八雲紫は妖怪狐の最後のひとかけらの居所を突き止める。
狐はその時代、玉藻前という名で鳥羽上皇という人物に取り入っていた。
二度ならず三度までも同じ手口にて自らの縄張りを荒そうとする狐に、再び激昂した八雲紫は当時部下であった魂魄妖忌や生前の西行寺幽々子、陰陽師・安倍晴明らを総動員し、今度こそとばかりに狐の包囲網を敷き、1年の激闘の末、妖怪狐の残りの二つの欠片と共に巨大な殺生石に封印せしめた。
その後、名居の一族の取り計らいによって、富士の麓にこの殺生石が、この国にて頻繁に起こる地震を抑制するための要石として安置されることとなった。
それから西行妖の封印劇があったり、迷いの竹林が騒がしかったり、御阿礼の子の幻想郷縁起の編纂を手伝ったり、魂魄妖忌が寄る年波に勝てず現役を退き、白玉楼の庭師になったりと色々あったが、それはまた別の話。
そして───宝永4年の神無月、今に至る。
「……やぁ、お目覚めかい」
八雲紫がまどろみから覚めると、それと同時に世界が覚醒した。
覚醒した世界にて、一番最初に目に止まり、彼女に声をかけてきたのは午睡ならぬ、午酔を楽しむ一匹の小鬼だった。
「萃香、あなたなんでこんな所に?」
午酔の小鬼──伊吹萃香は紫のその言葉が気に入らなかったのか、むくれ顔で反論をする。
「全く酷い話だ。 呼びつけておいてわざわざマヨヒガくんだりまで来てみれば主は居らず。 しかしその気配だけは存在するから目を凝らしてみれば夢うつつのまま、消えたり現れたりで客はほったらかしだ。 しょうがないから、私は紫の寝姿を肴に呑んでいたワケさ」
「貴女はそんなものが無くてもいつも呑んでいるでしょう。 まぁ、呼んでおいて歓迎をしなかったのは私の手落ちだわ。 申し訳ないわね」
紫は、頭は下げないが、軽く目を伏せて謝罪の意を表す。
萃香も彼女の意を汲んだのか、元々それほど怒っていないのか「いいよ、いいよ」と、寝そべったまま手をひらひらさせて返答した。
「ま、よっぽどお疲れだったご様子で。 月でこっぴどくやられたのかい」
「……次に向けての布石を打つため、ひとつ手駒を手に入れたいの。 貴女を呼んだのは、その件でちょっと手伝ってもらおうと思ってね」
「ふぅん……。 妖怪狐との決戦ってワケかい?」
伊吹萃香は見た目は幼い少女のそれであるが、それなりに長い年月を生き、紫の友人として過ごしている。 察しの良さ、機転の良さは同じ紫の友人である幽々子にも勝るとも劣らない。
そのため必要最低限の言葉を交わすだけで互いに意志の疎通が出来る。
「それで、どんな戦略で行くんだい? 私に手伝って欲しいということは何かを萃めるのかい」
「ええ。あなたにやってもらいたい事というのは───」
冥界・白玉楼。
この屋敷の主は今日も変わらず優雅に日々を過ごしている。
春には花吹雪、夏には夜光星、秋は色景色、冬は雪化粧。 四季折々の雅を堪能する西行寺幽々子は
変化のない日々の変化を愛でていた。
「先日の紫様のお話ですと、なにやら妖怪狐を狩りに行くような素振りでしたな」
白玉楼の庭師・魂魄妖忌は、主の雅を愛でる行為に色を添える酒を彼女の杯に酒瓶に残る最後の一滴まで注ぐと、彼の主人におもむろに問う。
「行くような、ではなく狐狩りに行くのよ、紫は」
「左様ですか。 幽々子様はご助力に顕界へ向かわれるおつもりですか」
「私は冥界から動けないし、動くつもりもないわ。 あれは紫の用事。 私の用事は別よ」
彼の主の言っていることは理解出来るが、言わんとしている真意が今ひとつ掴めない。
「用事……ですか。 先日のお二方の会話はお聞きしてはいましたが、その、狐狩りの段取りのようなお話は……ありましたでしょうか」
「あら、紫は私に何かお願いをしたかしら」
歯車が噛み合っていないとはまさにこのことである。
おそらく妖忌の言っていることは主にしてみれば全く別次元の話なのだろう。
彼女にしても、彼の元主人である紫にしても一般の者からすれば、ひとつ上の段階での会話と言うべきだろうか。 とにかく彼女らの会話には言葉が圧倒的に足りない。 否、足りていないのではなく会話や物事の順序に於いての起承転結の内、彼女らは常に起と結のみなのである。 間を必要とするその他大勢にしてみれば何の脈絡もない所でいきなり帰結されるので、全く理解の及ぶ所ではない。
彼女らと正常に言葉を交わすには一定の度合いを遙かに超えた理解力と洞察力が必要とされる。
しかし、妖忌とて彼女らとの交流は決して短いわけではない。 理解力や洞察力は及ばないまでも、彼女達との付き合い方は心得ているつもりであった。
「さて……なにも仰ってはいなかったようですが、某としては紫様が妖怪狐と決戦をされる旨だけは理解することが出来ました」
「そうよ。 狐狩り」
しかしながら魂魄妖忌といえど、今回は結局、幽々子の真意を汲むことは出来なかった。 だが、紫の妖怪狐との決戦に於いて幽々子が何かをする、という所だけは理解出来た。 おそらく、それで良いのだ、と妖忌は思った。 従者はただ黙って主に付き従うのみである。 どうせ今はわからなくとも後ほどわかることなのだから。
「そういえば妖忌。 貴方は以前、紫と一緒に妖怪狐とやりあったそうね」
突然幽々子は話を方向転換させ、狐という共通のネタを引き合いにし、押し黙った妖忌の口を開かせた。
「はい。 高名な陰陽師も共に居りまして、最終的には貴奴を殺生石にて封印致しました」
妖忌は生前の幽々子も一緒だったことは言わない。 彼女には生前の記憶は無く、名も在り方も全く別な存在として今ここにいるのだから、敢えて生前の話はすまい、と紫と共にその件に関しては口を閉ざしていた。
そんな半人半霊の老剣士の思惑を一切察すること無く、妖忌の今の主は彼の返答に対して言葉を紡ぐ。
「うふふ。 紫は言ったわ、金将を手に入れる、と。 古来からの宿敵を相手に屈服させるなら、封印されたまま打ち倒しても心から屈服するかしら」
「しませんな。 少なくとも、某ならその様な状況では決して屈服等致しません」
「そうでしょう。 なら、紫は封印を解くわ」
幽々子は杯を一度揺らして中に注がれている酒を波打たせる。
「いずれにせよ、私達が動くのはまだ後よ。 その時が来れば自ずとわかるわ」
そう言って酒を飲み干し、それきりその話題に触れようとはしなかった。
妖忌が夜空を見上げると、先日の雨月とは打ってかわって美しい十六夜の月が静かな夜に佇んでいる。
自分以外の生者が存在しない冥界には、音がほとんど無い。
一切の音が無い時、逆にそれは耳をつんざく大きな音を呼び起こす。
本当に静かと感じるのは、耳に聞こえる範囲の僅かな音のみが囁くように在る時だ。
嵐の前の静けさという言葉があるように、何も無いというのは、その反動で非常に大きな何か呼ぶものなのかもしれない。
僅かでも断続的に存る方が、物事は総じて安定出来るのだろう。
きっと、主の機嫌も酒が無くなって、放っておいたら後に酷い反動が来るに違いない。
例え酒といえども僅かに残っていた方が良いのだろう。
そう思った妖忌は主の側から離れ、台所へと酒の予備を取りに向かうことにした。
音の無い冥界に、彼の静かな足音が幽かに響いた。
「へぇ。 こりゃまた大層な策略じゃないの」
「最後の決戦を彩るのだからこのくらいの派手さは必要よ」
萃香は紫の作戦を聴き、常に安穏としている彼女は僅かな興奮を覚えた。
その程度には派手な作戦だということなのだろう。
「しかしまぁ、概要はわかったけれど、本当にこれで上手くいくのかい?」
「上手く行くわよ。 私が考えた案だもの」
揺らぐことのない自信、そして絶対の自分。
あらゆる物事を曖昧にするような能力を持っているくせに、自分だけは絶対の存在。
それがこの八雲紫である。
「そうかい。 それで、決戦はいつ頃に?」
「年内には決着を付けるつもりだから、そうね……。 3日後の10月4日にするわ」
「ん。 じゃあ、私は上手く萃めておくから。 合図はよろしく」
「ええ。 それじゃあ後はよろしく」
「はいよ」
作戦の段取りを終えると萃香の身体は霧散し、あっという間に消えてしまった。
マヨヒガの中にある屋敷には彼女一人のみとなった。
紫は屋敷の外に目をやると、もう既に日が傾いていた。
萃香が来た頃は確か昼下がり。 彼女と段取りを行っていた時間はおおよそ一刻半。
夏に比べればもうだいぶ日が短くなってる。
紫は何を想うわけでもなく、ただ外を眺めていたらいつの間にか日が落ち、夜となり、そしてそのまままた日が昇った。
身体の調子はほぼ完璧である。
金髪金目のすきま妖怪は座したまま目を伏せ、静かに時を待った。
そして宝永4年10月4日、八雲紫は富士の麓にある妖怪狐───白面金毛九尾の妖狐が封印されている殺生石の元へ降り立った。
「さぁ、はじめましょう。 美しく、残酷に、この地上と幻想の果てで、貴女との最後の宴を───」
前回のタイトルも変えておいたほうがいいかと思いますよ
まだ全容が見えてこないようなので、点数は無しで
大いに期待してます
中々面白くなってきそうな感じですねー
確かに俺設定が強いかもしれませんが、キャラ崩壊ってわけでもないし大丈夫だと思いますよ?