「早苗ちゃん、一回引いてきなよ」
あれは私が五、六歳の時だったかな。
守矢神社の縁日で、くじ引きを引かせてもらったのは。
あの時、私は奉納の舞を終えた後で少し疲れてた。
だから的屋のおじさんは笑いながらただでクジを引かせてくれたのかもしれない。
お祭りっぽい匂いっていうのかな。
あのソースが焼ける匂いとザラメがとける甘い香り。
それと日焼けしたおじさんの笑顔をまだ覚えている。
目の前に並ぶ紅白の紐、目の前のガラスのケースの中には色々な玩具が並んでいる。
私は少し考えて紐を選ぶ。
紐が重くて両手で力一杯引っ張った。
「あちゃー、あんまり良い物じゃなかったね」
的屋のおじさんは苦笑いをした。
紐に引っ張られてするすると上ってきたのは玩具の指輪。
「もう一回やるかい?」
おじさんが私に指輪を渡しながら言った。
でも私にはその指輪が嬉しかった。
お母さんが大事そうに身につけていた指輪に、私は憧れていた。
「ううん、うれしいよ。ありがとう」
私がお辞儀をすると、おじさんも笑顔になった。
「早苗ちゃんに、そういわれると嬉しいね」
おじさんは腕組みをしながら上を向いて笑った。
私はもう一度お辞儀をして振り返った。
銀色の金属にプラスチックのビーズのようなものが嵌められている。
さっそく人差し指に嵌めてみる。
私の指よりちょっただけ大きい指輪は難なく私の指に落ち着いた。
色々な角度から見てみると提灯の光を反射して綺麗に輝いた。
それが嬉しくてしばらく眺めてた。
少しだけ大人になれた気がした。
私だけの小さな宝物。
大事なものって他の人にはわかりづらいものだったりする。
それでも良かった。
その小さなプラスチックの輝きが本当に嬉しかった。
その夜はお風呂に入った後も指輪を付けて寝たっけ。
一人で、自分の手を見て笑っていた。
それから何日かたったとき、私が境内で祝詞をあげる練習をしていたら、八坂様が私にこう言った。
「おやおや、ポケットに宝物を持ってるみたいだね」
私はお祭り以来ずっと指輪を持ち歩いていた。
何故か、あのちっぽけな指輪があるだけで私は安心した。
「はい」
私は頷く。
すると八坂様はにやっと笑う。
「見せてごらん」
八坂様が手を差し出した。
急いでポケットから指輪を取り出すと八坂様の手に乗っけた。
「ふーん」
八坂様は手にとって指輪を見渡す。
私の自慢の指輪を見てもらって私は嬉しかった。
そして、八坂様は一度指輪を持った手を握り締める。
「早苗、手をだしてごらん」
私は言われるがままに八坂様に手を差し出した。
八坂様が私に指輪を返す。
「ん、なんですか。これは」
指輪には綺麗な紅い細い糸が結ばれていた。
八坂様は微笑む。
「これはね、私の神徳の証し。いいね、早苗。神様直々のお守りだ」
今まで銀色だった指輪に綺麗な紅が添えられて指輪はもっと綺麗になった。
「これで、私の神徳が届かないはずが無いからね」
そういって優しく、私の頭を撫でる。
私以外には八坂様のお姿は見えない。
でもその手は暖かかった。
それからずっと私はその指輪を大事にしていた。
あの縁日の思い出と八坂様の想いが詰まった宝物。
いつしか私は持ち歩くのをやめて勉強机の引き出しに大事にしまっておいて、
ことあるごとにそれを取り出して眺めていた。
何か辛いことがあってもその紅い紐が付いた指輪をみると不思議と元気が出た。
安いプラスチックの指輪だけど、私にとっては魔法の指輪。
きっとこの魔法は私にしか効かない。
でも、いつの間にか指輪はなくなっていた。
いつも通り引き出しに入れてあるはずだったに、ある日指輪は消えていた。
そのとき、私は必死に探した。
机の奥を、引き出しの中を、部屋の隅を。
それでも指輪は見つからなかった。
もう中学生にもなってちょっとだけ泣いてしまった。
八坂様にそのことは言えなかった。
折角、神徳を授けてくれたのにそれを失くしてしまったのだから。
その指輪のことは頭の隅で罪悪感と共に残り続けていた。
「どうしたんだい?」
顔を上げると香霖堂の店主、森近霖之助さんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
ほこりの匂い、雑談とした店内。
「あ、すいません」
つい、ぼうっとしてしまっていたらしい。
「それにしてもおかしな指輪だ」
霖之助さんは紅い紐が付いた指輪を手にとってしげしげとながめる。
銀色のリングにプラスチックの珠が嵌っている。
もちろん、紅い紐もついている。
「この指輪は今日、拾ったのだけれどね」
独り言のように霖之助さんは言った。
今日たまたま買い物の帰りに寄ったのだが、店主があの指輪を持っていたので驚いた。
でも、私はすぐにわかった。
――あの指輪は幻想入りしたのだ
――幼い頃の私の想いと、魔法と一緒に
「それにしてもこの紐はなんだろう」
遂に店主は虫眼鏡を取り出して、観察を始めた。
そしてそれが、なんなのか思いをめぐらせる様に独り言を呟いている。
それをみて私は自然と笑ってしまった。
「それは、きっと魔法の指輪です」
霖之助さんが驚いた顔つきになった。
「言われてみればそうかも知れない。そうか、この紅は生命の紅かもしれない……」
違いますよ、八坂様の魔法の紅です。
私は心の中で呟いた。
そう、それでいいのかもしれない。
想いと魔法は幻想入りをして、永遠になったのだ。
「それでは、失礼します」
私はまだ、指輪を眺めている霖之助さんを他所に香霖堂を出た。
もう冬が近づいてきているらしく、空気が冷たい。
でも私は不思議と元気だった。
やっぱりあの指輪は魔法の指輪だったのだ。
でも、バイバイ。
あれは私が五、六歳の時だったかな。
守矢神社の縁日で、くじ引きを引かせてもらったのは。
あの時、私は奉納の舞を終えた後で少し疲れてた。
だから的屋のおじさんは笑いながらただでクジを引かせてくれたのかもしれない。
お祭りっぽい匂いっていうのかな。
あのソースが焼ける匂いとザラメがとける甘い香り。
それと日焼けしたおじさんの笑顔をまだ覚えている。
目の前に並ぶ紅白の紐、目の前のガラスのケースの中には色々な玩具が並んでいる。
私は少し考えて紐を選ぶ。
紐が重くて両手で力一杯引っ張った。
「あちゃー、あんまり良い物じゃなかったね」
的屋のおじさんは苦笑いをした。
紐に引っ張られてするすると上ってきたのは玩具の指輪。
「もう一回やるかい?」
おじさんが私に指輪を渡しながら言った。
でも私にはその指輪が嬉しかった。
お母さんが大事そうに身につけていた指輪に、私は憧れていた。
「ううん、うれしいよ。ありがとう」
私がお辞儀をすると、おじさんも笑顔になった。
「早苗ちゃんに、そういわれると嬉しいね」
おじさんは腕組みをしながら上を向いて笑った。
私はもう一度お辞儀をして振り返った。
銀色の金属にプラスチックのビーズのようなものが嵌められている。
さっそく人差し指に嵌めてみる。
私の指よりちょっただけ大きい指輪は難なく私の指に落ち着いた。
色々な角度から見てみると提灯の光を反射して綺麗に輝いた。
それが嬉しくてしばらく眺めてた。
少しだけ大人になれた気がした。
私だけの小さな宝物。
大事なものって他の人にはわかりづらいものだったりする。
それでも良かった。
その小さなプラスチックの輝きが本当に嬉しかった。
その夜はお風呂に入った後も指輪を付けて寝たっけ。
一人で、自分の手を見て笑っていた。
それから何日かたったとき、私が境内で祝詞をあげる練習をしていたら、八坂様が私にこう言った。
「おやおや、ポケットに宝物を持ってるみたいだね」
私はお祭り以来ずっと指輪を持ち歩いていた。
何故か、あのちっぽけな指輪があるだけで私は安心した。
「はい」
私は頷く。
すると八坂様はにやっと笑う。
「見せてごらん」
八坂様が手を差し出した。
急いでポケットから指輪を取り出すと八坂様の手に乗っけた。
「ふーん」
八坂様は手にとって指輪を見渡す。
私の自慢の指輪を見てもらって私は嬉しかった。
そして、八坂様は一度指輪を持った手を握り締める。
「早苗、手をだしてごらん」
私は言われるがままに八坂様に手を差し出した。
八坂様が私に指輪を返す。
「ん、なんですか。これは」
指輪には綺麗な紅い細い糸が結ばれていた。
八坂様は微笑む。
「これはね、私の神徳の証し。いいね、早苗。神様直々のお守りだ」
今まで銀色だった指輪に綺麗な紅が添えられて指輪はもっと綺麗になった。
「これで、私の神徳が届かないはずが無いからね」
そういって優しく、私の頭を撫でる。
私以外には八坂様のお姿は見えない。
でもその手は暖かかった。
それからずっと私はその指輪を大事にしていた。
あの縁日の思い出と八坂様の想いが詰まった宝物。
いつしか私は持ち歩くのをやめて勉強机の引き出しに大事にしまっておいて、
ことあるごとにそれを取り出して眺めていた。
何か辛いことがあってもその紅い紐が付いた指輪をみると不思議と元気が出た。
安いプラスチックの指輪だけど、私にとっては魔法の指輪。
きっとこの魔法は私にしか効かない。
でも、いつの間にか指輪はなくなっていた。
いつも通り引き出しに入れてあるはずだったに、ある日指輪は消えていた。
そのとき、私は必死に探した。
机の奥を、引き出しの中を、部屋の隅を。
それでも指輪は見つからなかった。
もう中学生にもなってちょっとだけ泣いてしまった。
八坂様にそのことは言えなかった。
折角、神徳を授けてくれたのにそれを失くしてしまったのだから。
その指輪のことは頭の隅で罪悪感と共に残り続けていた。
「どうしたんだい?」
顔を上げると香霖堂の店主、森近霖之助さんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
ほこりの匂い、雑談とした店内。
「あ、すいません」
つい、ぼうっとしてしまっていたらしい。
「それにしてもおかしな指輪だ」
霖之助さんは紅い紐が付いた指輪を手にとってしげしげとながめる。
銀色のリングにプラスチックの珠が嵌っている。
もちろん、紅い紐もついている。
「この指輪は今日、拾ったのだけれどね」
独り言のように霖之助さんは言った。
今日たまたま買い物の帰りに寄ったのだが、店主があの指輪を持っていたので驚いた。
でも、私はすぐにわかった。
――あの指輪は幻想入りしたのだ
――幼い頃の私の想いと、魔法と一緒に
「それにしてもこの紐はなんだろう」
遂に店主は虫眼鏡を取り出して、観察を始めた。
そしてそれが、なんなのか思いをめぐらせる様に独り言を呟いている。
それをみて私は自然と笑ってしまった。
「それは、きっと魔法の指輪です」
霖之助さんが驚いた顔つきになった。
「言われてみればそうかも知れない。そうか、この紅は生命の紅かもしれない……」
違いますよ、八坂様の魔法の紅です。
私は心の中で呟いた。
そう、それでいいのかもしれない。
想いと魔法は幻想入りをして、永遠になったのだ。
「それでは、失礼します」
私はまだ、指輪を眺めている霖之助さんを他所に香霖堂を出た。
もう冬が近づいてきているらしく、空気が冷たい。
でも私は不思議と元気だった。
やっぱりあの指輪は魔法の指輪だったのだ。
でも、バイバイ。
作品はまぁ点数の通りで