「ふむ。ここが幻想郷か」
私は人間ではない。
妖怪怪異異形人外好きに呼ぶといい。
私にとって重要なのは、人間たちが私の名を口にするとき、そこに恐怖や不安が含まれているということなのだ。
故に私の様な人間でない者の総称から、更に私を識別するための呼称、つまり私の名にも興味はない。
だから人間たちよ、好きに呼ぶがいい。
私の風体から名付くなら、外の世界と似たようなものに落ち着くのだろう。
だから好きに呼ぶがいい、私は名乗らない。
だが、黄昏時に子供たちを攫う、私への恐れは忘れるな。
恐怖の対象である私は名乗る必要もその気もない。
これから人間たちが、恐怖と不安から名付けてくれるのだから。
―――もうじき日が落ちる。私の時間だ―――
この幻想郷とやらに来て、最初の人攫い。
十分に吟味しよう、記念すべき犠牲者第一号を選ぶのだから。
しかしこの幻想郷という地は素晴らしい。
この地は外の世界よりもずっと文明が遅れている。
だからこそ外の世界では失われてしまったよき時代、よき獲物がひしめいている。
私の活躍した時代よりも、更に遡った時代に強い力で閉じられた世界。
その存在は嘘か誠かと、断片的な噂に伝え聞く程度だった世界。
蹂躙しよう。
全国の子供たちを恐怖に苛んだ私が、この幻想郷で再び猛威を振るおう。
期待と決意を胸に、嗤う私の目はとても良い映像を捉えた。
獲物だ。
人里から陽気な足取りで出てきた小さな姿。
幼い少女は夕日に照らされ、長い影を後ろに連れて人里を後にしている。
年の頃は十を過ぎているかどうか。
その少女は、友人たちとの楽しい遊びの帰りなのか、陽気な足取りで手に持った瓢箪を楽しそうに振り回している。
いけない。
大変良くない。
こんな時間に、一人で人気のない道を出歩くなんて。
そんなことでは、
―――私に攫われてしまうよ?―――
少女の足元にするりと私の影が伸びる。
少女の前方、夕日を背にして私は立ちはだかった。
路傍の小石の影から草木が芽吹くように、しかしそれよりも遥かに早く煙のように立ち昇る私の姿。
少女には私がいつ道の向こうから来たのか分からなかったろう。
分からなくて当然だ、真実私は小石の影から物理法則を無視して現れたのだから。
少女の足元をほんの少し越えて伸びる私の影は、私から見るとまるで少女に肩車をしてやっている様にも見える。
いいな。
恐怖で泣いてしまった少女を、下ろして離してと、家に帰りたいと、お父さんお母さんとしゃくり上げる少女を肩車してやって、そのまま攫ってしまうか。
悪くない。
この幻想郷とやらでの最初の事件に相応しい、不気味な幕開けだといえる。
そう思って私は、アスファルトもコンクリートも敷かれていない砂利道を、少女へ向かって歩き始める。
少女は珍しいものを見るように、私を見ている。
そこに恐怖も不安の色もない。
この地はずっと昔に隔離されてしまった世界。
私のことを知る者は誰一人としていまい。
だから私のことをまだ恐れていない。
私の姿に不安を抱かない。
しかし、何をやっても歯が立たない相手にいいようにされる。
攫われる恐怖をこれからじっくり味わってもらうのだ。
そしてこの幻想郷とやらに、じわりじわりと恐怖を伝染させていく最初の一人となるのだ。
ああ、攫うにしても手がかりを残しておかないといけない。
道端に落ちている消えた少女の遺留品。
特徴的なものがいいな。
瓢箪にするか、それともあの左右に伸びる角を模した様な、珍しい形の帽子にするか。
「帽子にしよう」
気分が高揚したせいか、我知らず思いが口をついて出た。
あの帽子はどうも手作りのように見える。
かつて外の世界で子供を攫ったとき、皆が被っている黄色い帽子を遺してやったものだ。
ああいった大量生産の、皆が持っている様な物だと、すぐには誰の物かは分からない。
そして、発見者は帽子にかかれた名前が、自分の知る者の名前でないことを祈りながら名前を確かめるのだ。
何千分の一のハズレくじを引かないように祈りながら。
そのときの人間たちの浅ましい悲喜を眺めるのが好きだ。
しかし、一目で所有者の分かる遺留品が、悲壮さを纏わせて家族の下に届くのを見るのも好きだ。
そして少女の目前、手の届く位置にまで来た私は、カパッと口を開けて嗤いかける。
「こんにちはお嬢ちゃん」
私の服装が珍しいのか、少女はぼうっとした表情で見ているだけだ。
「肩車をしてあげよう」
私は少女の困惑の声など当然のように無視して、少女の軽い体をヒョイと持ち上げて素早く両肩に乗せる。
「そしてこのまま攫ってあげよう。
もう家に帰ることは出来ないよ、私に攫われてどこかに連れて行かれてしまうのだからね」
ふははははは、と声を上げつつ、子供をあやすように、しばらく肩車のままその場を歩き回ることにした。
恐怖はじっくり与えるべきだ。
ましてやこんな自分の身に何が起こっているのか未だに理解できていないような察しの悪い子ではな。
そう思いながら、少女の手につけられた不釣合いな鎖を掴んで逃げられないことをアピールしてみようかと思う。
しかし、こんな少女の手にこんな鎖とは外の世界もそうだったが、最近の若い子のファッションは理解に苦しむ。
と、そんなことを思ったとき、それまで意味のある言葉など話さなかった少女がようやく口を開いた。
「なんだいアンタ、奇天烈な格好して大道芸人かと思ったら妖怪かい」
私の掴んだ少女の両足がぐっと強い力で動き、私の手を振りほどく。
「何っ?」
私は驚きを禁じ得なかった。
肩に乗っていた少女の重みがフッと消えてしまったのだ。
少女が私の頭を跳び箱のように越えて下りてしまったからだ。
「ハァ……
私を攫おうだなんて、怒りを通り越して呆れるねえ」
少女は綺麗に着地すると、くるりと向き直って小馬鹿にする様に肩をすくめて見せた。
可愛らしい容姿と相まって、何とも小憎らしい。
「……活きの良いお嬢ちゃんだ」
油断していたせいで子供に手を振りほどかれるとは、なんと言う失態だろうか。
そしてなんと小生意気な少女だ!
これは生半可な恐怖では終わらせられない。
「大人しく攫われていれば少しだけマシな恐怖だったろうに」
私は人間では真似できない速さで少女へと迫り、手を伸ばす。
もう油断などない。
腕を掴んだら骨が折れるほどの強い力で握り潰してやろう。
そう思って少女の腕を掴んだ。
確かに掴んだ。
「む!?」
確かに握りつぶそうと思った。
しかし、千切ったりはしていない。
だのに、掴んだ少女の腕は私の手の中から消えうせ、さらには少女の姿まで消えてしまった。
まさか、と思った瞬間私の頭上に影が差す。
反射的に見上げれば、そこには霞のように消えた少女が現れ拳を振りかぶっていた。
その獰猛な笑みを見た瞬間、私は気付いた。
少女の帽子は角を模していたのではない。
霞と消えたときに帽子が脱げてしまい、少女の頭には左右に伸びる長い角が自前で生えていたのだ。
「鬼?」
どごん、と寺の鐘突きで大木を打ち据えたような音が夕暮れに響き渡る。
私の頭はまるでボールのように地面へと叩きつけられ、更には跳ねて舞い上がったのだ。
今度から子供を攫う時にはボールで遊んでいる子を優先的に攫う事にしよう。
何もかもが乱暴に揺さぶられる感覚の中、私はボールには優しく接すべきだとの持論を持った。
ボールは友達、友達を蹴るな投げるな叩き付けるな。
――――――――――――――――――――――――紳士気絶中
星空が見えた。
その前にも河とかひんやりした白い影の行列とか見た気がしたが気のせいだろう。
「お、起きたかい」
星空を遮って私を覗き込む顔は先程攫おうとした少女のものだ。
いや、少女なのかは分からない。
「鬼……」
「ああ、アタシは伊吹萃香って鬼だよ。
人間じゃない」
にっかりと歯を見せて笑う少女は鬼なのだ。
鬼と言えば人攫いであり、人食いであり、古来より恐怖の象徴である。
私の誕生よりもずっと以前、千年単位での大先輩に当たるのだ。
いくら童女の姿をしていらしても、私よりも年上と見て間違いないだろう。
「しかし、アンタも相当間抜けだねえ。
いくら帽子で角を隠してたからって、よりにもよって最強の人攫いを人間と間違えて攫おうとするなんて……
あっはっはっは、っぷぷぷっ……」
童女姿の伊吹大先輩はどっかりと座ると、思い出し笑いをして地面をバシバシ叩き始める。
加減無しのその行為は、道路工事のように派手な音と揺れ、砂埃を巻き上げる。
地面を割るほどのその腕力、私はよく自分の頭が無くならなかったものだと内心胸を撫で下ろした。
まだ頭がふらふらするが体を起こして伊吹大先輩に向き直る。
「あの、先程は誠に申し訳ございませんでした……」
とりあえず謝っておこう。
出来れば今回の失態も内緒にしておいて貰いたい。
しかし、まずは先程の件を許してもらうことが先決だ。
機嫌を損ねてしまえば私などあっという間に縊り殺されかねない。
人攫い業界は上下関係に厳しいのだ。
私の生まれるずっと前に引退していてもその力は計り知れない。
伝説級の伊吹大先輩と噂程度の私では、ブラジルまでパンを買いに行かされても逆らえまい。
そんな打算も何処吹く風で、伊吹大先輩は気楽そうに手をヒラヒラさせて答えてくれる。
「あー、いいよいいよ。
殺しても文句言われる筋合いもない様な話だけど、ここまで笑える話はないからね。
良い酒の肴だし、許してあげる」
「ええっと、酒の肴と仰いますと……
やはり他の鬼の方にも話してしまわれるので?」
「もっちろ~ん、鬼じゃないけどね」
私の焦りなどどこ吹く風で、伊吹大先輩は水でも呑むかの様に再び酒を呑んでらっしゃる。
不味い。
非常に不味い。
こんな噂が広まっては私の沽券に関わる。
第一歩から思い切り踏み外してしまったら怖い噂などになれもしない、笑い話だ。
私の存在意義に矛盾が生じるほどの大問題。
「それは出来れば勘弁して頂きたいのですが……」
私は恐る恐る、出来るだけ刺激しないように伊吹大先輩に誰かに話さないようにお願いしてみた。
外の世界の同胞たる“いじんさん”は、秘密を約束させて話したら感知できる能力を持っているが彼にも無理だろう。
人攫い業界の上下関係は非常に厳しい。
「駄~目っ、こんな面白い酒の肴を黙っておくなんて、私にゃ出来ないよ」
うっわ、酒臭っ!
ぶはあ、と酒臭い息を吹きかけられたせいで、また頭がくらくらしてきた。
私は酒が弱点なのだ。
一滴も飲めない。
匂いも駄目だ。
思い切り顔を顰めてしまった。
だが、それを見た伊吹大先輩の顔も歪む。
「何よ、私の酒が臭いっての?」
「いえっ、決してその様なことはっ!」
気持ちよく呑んでいる酒を侮辱されたとでも思っているのだろう。
鬼の腕力で絡まれた日には死んでしまうかもしれない。
「本当に?」
「本当です」
「本当に本当?」
「本当に本当です」
「本当に本当に本当?」
「本当に本当に本当ですともっ!」
嗚呼、誰かこの酔っ払いを止めていただきたい。
こんな姿は外の世界の後輩には見せられない、見せたくない。
「ん~、ま、いっか」
「私は単に下戸なだけですので、どうかお気を悪くしないで頂きたい」
「下戸ぉ~?」
私は酒が弱点だということをオブラートに包んで告げると、伊吹大先輩は蛙の鳴き声のような声で繰り返した。
なんとも変なものを見る目で見られたが仕方ない。
鬼と言う種が基本的に酒好きであり、笊を通り越して箍なのなのだから。
ロシア人の三倍は強い。
「下戸ねえ、それじゃ幻想郷じゃやっていけないよ」
「あの、下戸と人攫いには関係ない様な気がするのですが……」
私がそう言うと、伊吹大先輩はとんでもないとばかりに驚いた顔をする。
「幻想郷にいるなら宴会は欠かせないよ!
宴会に酒は欠かせないんだから、下戸だとやっていけないに決まってるじゃない!」
バシバシと地面を叩きながら伊吹大先輩が吼える
興奮しすぎて地面が凄いことになっている。
まるで大きな地震や地盤沈下でもあったかのだ。
……私の頭は本当に無事だったのかいささか不安になってきた。
無事なつもりでいても気付いていないだけで、既に取り返しのつかない事になっていたらどうしよう。
後で鏡を見て確認しておこう。
砂埃を吸い込んで意識が現実に引き戻される。
「申し訳ありませんが……
その、私は宴会などはご遠慮させて頂こうかと……」
「えーっ、宴会に出ないなんてあり得ないわよ!」
「はあ、ですが私は下戸ですので、宴会に出ても場の空気を壊してしまうだけですし」
「うーん、アンタも酒が飲めれば良いのに……」
「……こればかりはどうにもなりませんので」
正直酒が飲めても伊吹大先輩と一緒に飲みたいとは思えない。
地面の変わりに背中を叩かれて死にかねない。
普通、人攫いに限らず上下関係が厳しい怪異同士でも、先輩が後輩にじゃれ付いた拍子にうっかり殺してしまうなんてことはない。
私も後輩の女性には紳士に接したものだ。
控えめで物理的にも奥ゆかしい隙間女は、私がいなくともきちんとやっていけているだろうか?
「隙間妖怪に下戸と笊の境界を弄ってもらえば……」
「隙間?こちらにも隙間女がいるのですか?」
「ん?ああ、八雲紫っていう名前のがいるわよ」
「ほほう、私は外の世界で一線を退いた後は後輩の育成に力を入れてまして。
その中に一人隙間女がいたのですが、引っ込み思案なので特に面倒を見てやったのですよ」
思い出される隙間女を指導した日々。
彼女は人攫いではないが、大人しすぎて人間に気付いてもらえなかったり害がなさ過ぎるということで、私が指導する事となったのだった。
初めは人間の住む部屋の、家具の隙間からひたすら人間を見つめるものの、気付かれそうになると隠れてしまうという内気すぎる子だった。
視線でプレッシャーを与え、気付かれた後にこそ気の狂うような恐怖を与える。
一人前の隙間女にまで育て上げた時の感慨もひとしおだった。
また彼女の、出しゃばらずお淑やかで一歩引いた、古きよき大和撫子な性格は大変良かったとも思う。
「へえ、そうなのかい。
でも紫は引っ込み思案なんて可愛い性格してないからね。
頭はいいんだけど、何考えてるかわかんなくって胡散臭いし、話をしてもすぐに煙に巻いちゃうからね。
騒動から一歩引いてるけど、奥ゆかしいんじゃなくて裏で糸引いてるタイプだから」
「なんと!
それはけしからんですね」
伊吹大先輩にこうも言われるとは。
邪悪な性格は私達には美徳ではあるが、上下関係においても胡散臭いだの煙に巻くだの言われるようではいけない。
伊吹大先輩が鬼と言う、非常に単純な頭と性格の種族であったとしてもだ!
と、私が幻想郷でも後進育成の必要があるとの熱意を燃やし始めたとき、伊吹大先輩は何か思いついたらしく、にへら、と嫌な笑みを浮かべた。
……邪悪な笑みだ、ヤだなあ。
「あ、良いこと思いついた」
「何でしょうか?」
私は非常に気が進まなかったが聞いてみた。
伊吹大先輩のまとう空気が、鬼気が、いいから聞けと私に言っているのだ。
「外の世界の“さーくる活動”とかではさ、後輩が呑めなきゃとりあえずこういうらしいわよ?」
嗚呼、聞きたくない聞きたくない。
しかし上下関係は絶対だ。
私は自分の喉がごくりと音を立てるのを聞いてから視線で先を促した。
「いーから呑め。
呑んでから限界を知れ」
そう言うと伊吹大先輩は持っていた瓢箪を無理矢理私の口にねじ込んだ。
酒は呑めないと言うよりも、弱点である。
鬼が豆まきや、鰯の頭を刺した柊の枝の前に退散するのと同じであるのだ。
「っぷふぉッ!」
「うわっ、汚っ!?」
私の目は、むせて吐き出した酒の霧に掛かる綺麗な虹を捉えたと同時に、グルンと白目を見せる形で仕事を放棄した。
――――――――――――――――――――――――紳士泥酔中
「うぃ~、ヒック……」
私は気がつくとどこかの山中をさ迷っていた。
頭がガンガンする。
すこぶる気分が悪い。
胸がムカムカする。
今にも吐きそうだ。
3、
2、
1、
「ぜろぅう**お*@えぇ~」
意味不明、普段なら発音すら不可能な声と共に、私は手近な木の根元に吐寫物を撒き散らした。
少し気分が良くなって記憶を探る。
ああ、そうだ。
私は伊吹大先輩のアルハラによってヴァルハラ逝きになりそうだったのだ。
アルハラでヴァルハラ……
……脳がかなりやられているようだ、自重しよう。
外の世界では中身も外見も紳士で通っていたのだ。
自分で思いがけず頭を冷やすことに成功した私は、プラス思考を心がける。
近くに伊吹大先輩の姿はない。
どうやら意識や記憶を失っている間に分かれることに成功したらしい。
上出来である。
痛む頭を押さえながらも喜びがこみ上げる。
「ふ、ふははは。私は生き延びたぞ」
アルコールが弱点であるものには、伊吹大先輩との遭遇は十分に死線である。
頭痛さえなければ、はしゃいで木々の上を跳び渡っていこうかと言うくらいだ。
……木の上か、それもいいかも知れない。
はしゃぐのではない、辺りを見渡すためだ。
私の記憶では、私は先程まで伊吹大先輩と一緒にいた。
しかし、今は山の中に一人きり。
正直現在地が分からない。
迷子である。
更に言うなら、あれからどれだけの時間が経っているのかも分からない。
いや、丸一日近くは経っているのだろう。
伊吹大先輩に殴り倒されたのが夕方。
目が覚めてアルハラされたのは、恐らく日が落ちてそう時間も経っていない頃だろう。
話をしたのはごく短い時間だが、あの伊吹大先輩は私が長いこと気絶していたなら、面倒くさくなって帰ってしまったのではないかと思える。
そして今は夕方、奇しくも伊吹大先輩を攫おうとしたのと同じ頃。
弱点である酒を呑まされたのだ、ひょっとしたらあれから2、3日経っていてもおかしくはない。
私は軽やかな跳躍で枝を階段代わりに木を上り、あたりを見渡した。
うむ、分からん。
人里は見あたらない、とにかく山を降りるべきか?
そう考えた時、視界の端に何か動くものを捉えた。
その何かは赤い。
獣の類ではない、赤毛だとかそういうのとは違う、もっと鮮やかな赤だ。
確かめようと目を凝らしたが、草木が邪魔で見えなくなってしまった。
ちらりとしか見えなかったが、きっとあれは人だ。
丁度好い。
私は早速木々を飛び移りながら、先ほど人影らしき赤い何かを見た辺りを目指して移動する。
数百メートルはあったが、その程度の距離は私にはホンの少し、人間の感覚なら数十メートルといったところか。
近い、私の鋭敏な感覚がそう告げている。
私は気配を消して、枝を揺らさないように気をつけながら近づいて行った。
居た、赤い洋服の少女だ。
周りの木々が少々邪魔だが、はっきり見えた。
秋田名物きりたんぽに似た、ガマという草を三本も振り回しながら歩く少女は、上機嫌に鼻歌を歌っている。
丁度攫い頃の年なのだが……このままついて行って人里まで案内してもらうか迷いどころである。
人里近くまでついて行ってそれから攫うとしようか?
そう考えていて妙なことに気づく。
進行方向がおかしい。
この少女は山を降りるのではなく、登っている。
この、もうじき日が暮れようとするこの時間に?
おかしい、家が山の中にあるのか?
それにしては道がない、百歩譲って山中にぽつんと一軒家があったとしても、ちょっと位は踏み均された道があって然るべきだ。
嫌な予感がしてきた。
私はそうっと近づきながら、どうにか草木に邪魔されず少女が見える場所へ移動した。
私がそこへ移動し、少女を視界に収めると同時に鋭い誰何の声が響く。
「誰だっ!?」
少女は牙を剥いて正確にこちらを睨み付けてきた。
警戒しているのだろう、耳はピンと立ち上がり、二本の尻尾も毛を逆立てている。
要するに少女は人間じゃなかった。
にらみつけてくる目で縦瞳孔が煌き、フーッと警戒の吐息を発する可愛らしい顔立ちの少女はどう見ても猫娘。
緑の帽子の両横でピンと立っているのは猫の耳で、ガマに見えた内の二本は尻尾だった模様。
人型に化ける程度の能力は持っている猫又だ。
人間ならともかく、妖怪の少女では攫えない。
というか猫又といえば私よりずっと古い種族、ある意味名門だ。
紳士として敬意を払わねばなるまい。
私は素直に猫又少女の前に出て行った。
「すまない、驚かせたかね?」
敵意がないことを表すように軽く両手を挙げて近づいていく。
敵意がないことは伝わったのだろう、猫又の少女は警戒心を顕にはしなくなった。
まあ、そう見えても内心警戒しているのが猫という生き物なのだが。
「何か用?」
「そう警戒しないでくれ、私はこの幻想郷に来たばかりでね。
良ければ道を教えてもらいたい」
私がそう言うと、少女は怪訝な顔をして答える。
「道に迷ったの?
迷子?」
痛いところを突いてくる。
さすがは妖獣、野生の本能だろうか?
「う、うむ。まあそう言う事だな。
何せ来たばかりで右も左も分からないのだよ。
初めての土地で、地図もコンパスもなければ誰だって迷うというものだ」
「ふーん。
でもここはマヨヒガの庭先だから、きちんとした道順なんて存在しないわよ」
「マヨヒガ?」
「うん、ほらソコ」
猫又少女が指差した先を見ると、そこにはいつの間にか一軒の大きな家がある。
「いつの間に……」
「マヨヒガだからね。
たどり着くのにいつも同じ道があるわけじゃないし、いつの間にかそこにあるものなのよ」
「しかし、それだと君もたどり着けないのでは?」
「私は藍様の式だから。
藍様たちはここに住んでるし、住んでる家に帰れない訳ないじゃない」
「まあ確かにそういうものだが……
それでは、私はいったいどうやって人里まで行けばいいのだ」
道順など存在しない特殊な空間なのだろうということは分かったが、つまり私は思っていたより重度の迷子であると判明しただけだ。
下手すると、ここでずっとさまよい続けるとか、そういうことになるのではないだろうか?
「うーん、後でいいなら私が案内してあげるけど?」
「おお、本当かね?
それはありがたい、是非お願いしたい」
私はうれしさのあまり、つい少女の手を取り握手してぶんぶんと上下に振って、少々嫌な顔をされてしまった。
まだアルコールが残っているのかもしれない、自重しよう。
うむ、紳士としてのマナーと威厳を忘れてはいけないな。
「じゃあちょっと待ってて。
私はお使い終わった事を藍様に報告してくるから」
藍様とは彼女の主だろうか?
本来群れることをしない気ままな性格の猫又を使うとは、きっと強力な妖怪なのだろう。
それほど強力な妖怪ならこのマヨヒガの主でも不思議はないな。
少女を待ちつつ、玄関先でそんなことを考えていた。
するとひどい悪寒が走る。
ゾクリと来た。
とても恐ろしい何かに獲物として狙いを定められたかのような、そんな気がして慌てて辺りを見回した。
きっと一瞬のことなのに脂汗が浮いて、顔色も酷かっただろう。
それほどの悪寒が走ったのだ。
しかし、私の焦りはすぐに治まった。
犯人を見つけたからだ。
玄関先で佇んでいた私を見つめる瞳と目が合ったのだ。
それは先ほどの猫又の少女が入っていった玄関から。
戸を数センチだけ開けて、その隙間からじっとこちらを見つめる瞳。
隙間から僅かに見えるその姿は、まだまだ少女の域を脱しないものだった。
こんな少女が視線の主だったのか。
安堵と共にみっともなく慌ててしまった羞恥、そして八つ当たり気味ではあるが怒りが湧いてきた。
「あー、オホン。
何か御用かなお嬢さん?」
私は紳士として感情を押さえ込み、紳士的に尋ねた。
すると少女は戸を開け放ち、その姿を晒した。
中国の道服と西洋の宮廷で着るようなドレスを合わせたような服を着て、巾着のような帽子を被った少女だった。
「こんにちは、貴方はお客様かしら?素敵な服ですわね」
「うむ、こんにちはお嬢さん。
お褒めに預かり恐縮だが、私は客ではないよ。
猫又の少女を待っているのだ、道案内をしてもらう約束でね」
「あら、橙ったらこんな所で待ってもらわなくても、中で待ってもらえばいいのに」
頬に手を当てて少女は困り顔をした。
うむ、上品な貴婦人の素質を思わせるな。
大変よろしい。
「いや、それには及ばない。道案内してもらうだけだからな」
「でもきっと時間がかかるわよ。橙はすぐに済むと思ってここで待つように言ったのでしょうけど、終わるまで中でお茶でもいかがかしら?」
時間がかかるならそれも良いかも知れない、断るのも悪いだろう。
外にいなければいけない理由もない、誘いに乗ることにしよう。
「ではお言葉に甘えさせていただこう」
「いらっしゃい、ようこそマヨヒガへ」
こうして私は少女に招かれ、マヨヒガの中へ通された。
マヨヒガの中は外観よりずっと広い事を教えてくれる廊下を歩き、通された部屋には座布団画二組あり、卓袱台の上には入れたてであろうお茶が湯気を立てていた。
この少女はもしかすると、私を見つけてそのまま戸の隙間から除いていたのではなく、すべて分かった上で用意してから私を呼びに来たのではないだろうか?
「さあ、冷めない内にどうぞ。
ああ、申し遅れました。
私はここに住んでおります隙間妖怪の八雲紫と申します」
「八雲紫?」
「ええ、八つの雲にムラサキと書いて八雲紫ですわ」
ご丁寧にどんな漢字なのかまで説明してくれたが、私の疑問はそんな所にはなかった。
八雲紫と言えば伊吹大先輩が言っていた隙間女ではないか。
それで合点がいった!
先ほど玄関先で八雲紫に隙間から見つめられたとき感じた悪寒は、この隙間女がわざとやったのだ!
かつて外の世界で、とある隙間女の後輩を指導したから分かる。
隙間女は、空間の広さを無視して隙間に入ることが出来る。
そしてそこから人間へと視線を送るのだが、その視線に妖力を籠めるという上級技術が存在するのだ。
人間たちの中には鈍感な者もいるし豪胆な者もいる。
鈍感な者は何とかして気づかせてしまえばいい。
しかし稲生物怪録の様な豪胆な者は天敵だ。
勿論それほどまでに豪胆な者になどお目にかかった事はないが、そこそこ気の強い者は偶にいるのだ。
そういった、そこそこ気の強い者達を怯えさせるのに使う能力だ。
視線に妖力を籠めることで、妖術で以って相手に恐怖や不安を植え付ける。
ある意味力技と言って良いだろう。
きっと、それを使ったに違いない!
そして、一世を風靡した人攫いのスペシャリストであるこの私を虚仮にしたのだ!
成る程、確かに胡散臭くて煙に巻く、一歩引いているが裏で糸を引く黒幕的な根暗で陰険ということか。
伊吹大先輩に聞いていたよりも酷いかもしれない。
初対面の相手に失礼な。
それに先ほど私に妖術を仕掛けたことを、謝罪していなければ白状すらしていない。
人間に恐怖と不安を振りまく私に恐怖と不安を与えるとは!
もし私が白面の者なら、八雲紫を獣の槍の如く憎んでいても当然である。
ここは一つ、伊吹大先輩に成り代わり、この私が説教せねばなるまい。
自慢ではないが、金八先生もスクールウォーズもスクールデイズも全部見た!
外の世界での隙間女は皆私より若く、後輩に当たったが、この幻想郷での隙間女の発祥時期がいつ頃なのかは分からない。
この隙間女が私よりも先輩なのか後輩なのか、はたまた同輩かは分からないが、もし先輩であったとしてもそう年は離れていないだろう。
「君の事は昨日会った伊吹大先輩から聞いている」
「あら、萃香に会ったのですね」
伊吹大先輩を呼び捨てにした事が気になったが、先程の呼び声には随分と親しみが籠められていた。
もし呼び捨てを許されている程度の親しさがあるなら、私がとやかく言うことではない。
ひとまず保留にしておこう。
「君の態度は些か度が過ぎている様だな」
「度が過ぎているとは、どういった意味でしょう?」
渋面の私の言葉も気にした風はなく、愛嬌ある面持ちで首を傾げて見せられた。
人を煙に巻くというから単刀直入に言ったつもりだったが、とぼける気だろうか?
しかし世の中にはやたらと細かな確認を好むものもいる。
この八雲紫もそうかも知れない、もしそうなら真面目に説教を聴く気があるということだろう。
「胡散臭くて話をすれば煙に巻き、裏で糸引く性格と聞いていたが……」
「まあ!それは酷いですわ。
萃香ったらあの通り大雑把な性格ですから物事を正確に伝えてないのね」
「ほほう。
では君はかの伊吹大先輩に対して胡散臭げな態度も取らず、話をすれば煙に巻くことはないのだね?」
「それは答え難い質問ですわね」
八雲紫はまったく悪びれもせず答えてから呑気にお茶を啜っている。
どうやらこの八雲紫は細かな確認を好むのではなく、単に煙に巻くつもりの様だ。
「答え難くはないだろう?
“はい”か“いいえ”で済む答えだ!」
私はやや語気を荒くし、詰問の雰囲気を作る。
外の世界で私が指導した後輩の中にも、こうした反抗的な態度の輩はいたものだ。
なにせ無害な性格ではやっていけないのが私達の業界。
当然こういった輩がおり、指導の経験もある。
舐められてはいけない、紳士として、先輩として、私は断固たる態度を取って来た!
まあこの八雲紫が一体何歳なのかは知らないが……
義は我にあり!
「では、はいと答えますわ」
「“では”とは何だねっ。
“では”とは!?」
八雲紫はにっこり笑って答えたが勿論そんな答えが通るわけがない、通せるわけがない。
更に語気を荒くする私だったが、八雲紫はなだめるように微笑んだ。
その時、再び私の背筋に悪寒が走った。
先程玄関で感じたような、酷く気味の悪い何かが突然現れたような気がしたのだ。
「まあまあ落ち着いて下さいな。
甘いものでもいかが?」
いつの間にか、卓袱台の上に美味しそうな饅頭が載っていた。
酷く気味の悪い何かが突然現れたような気配、そして差し出された饅頭。
私は“饅頭怖い”という落語オチを体現したかった訳ではないし、そもそも饅頭なぞ怖くない。
次に悪寒が走れば熱いお茶が出てくるとでも言うのだろうか?
思考が脱線してきたな、少々興奮しすぎていたのかもしれない。
饅頭を食べて気を落ち着けよう。
……うむ、甘い。
脳に糖分が行き渡る気がする。
……人間でない私に脳があるかどうか分からないが。
自分の頭を開いて確認する気にもなれないしな。
益体もないことを考え始めると、今度は八雲紫から話し始める。
「そもそも胡散臭い、煙に巻くとはどういうことか?
そこから考えるべきですわね」
「そこまで話を戻す所が煙に巻くと言われる所以ではないかね?」
「いいえ、これは相手によっては必要なことですもの」
「君は私が胡散臭い、煙に巻くという言葉の意味を履き違えているとでもいう積もりかね?」
「まさか、貴方のことではありませんわ」
……相手≠私
……相手=伊吹大先輩
because鬼=複雑な話を理解出来ない
……一応は仮説が成り立つな。
「つまり伊吹大先輩のほうに問題があると?」
「そういう言い方も出来ますわね」
胡散臭いというのはつまり、何か考えているであろう相手の考えが読めないだけなのか?
煙に巻くというのはつまり、話についていけてないだけなのか?
伊吹大先輩の知能が如何程のものか分からないので判断がつかない、保留にしておこう。
今度会ったら算数ドリルでもやってもらおうか。
「それでもだっ。
伊吹大先輩の頭が少々残念な性能であったとしてもだ。
残念な相手にはそれなりの対応をすればいいだろう?
要は相手に不満を抱かせないように対応して差し上げるのが、目下の者の義務の筈だ」
私の“不満を抱かせないように”という言葉に対して、八雲紫は好反応を示したように思える。
説教に対しても、どうも真面目に聞いているとも思えない様子だったのだが、この言葉を言った時に機嫌良さそうに頷いたのだ。
しかし八雲紫の機嫌良さそうな顔というのも、なんだか妙に胸がざわつく。
「ええ、確かにその通りですわ。
不満を抱かせないようにする。大事なことですわね」
八雲紫は、したり顔でそう賛同した。
「しかし君はそれを成していない!
理解出来るのならそれを成すべきだろう!」
「耳が痛いですわね。その点貴方は素晴らしいわ。
不満を抱かせないどころか体を張って楽しませているのですから、百点満点ですわね」
「私を馬鹿にしているのかね!?」
「まさか、とても有意義な時間を過ごさせて頂いてますもの。
馬鹿にするなんてとんでもない」
「では君は態度を改める気があるというのだな?」
「そうですわね。
私よりも格上と認められる相手には、それもまた吝かではありませんわ」
「ようし、言ったな?嘘ではないな?」
「ええ、勿論。閻魔様に誓って」
ようし!
言質は取った!
我々は人間と違って閻魔が実在する事を知っている。
その実在する閻魔にすら誓ったのだ!
この約束は軽いものでは有り得まい!
今っ!
私はっ!
八雲紫の更正に成功したぁっ!
「あら?楽しい時間もそろそろ終わりみたいですわね」
しかし、私の歓喜の興奮も達成感も知ったことではないと言わんばかりに、八雲紫は襖の向こうに目を向けて一人ごちた。
八雲紫がのんびりと茶を啜る音が空気の長閑さを強調する。
こうもサラリと対応されては私がまるで馬鹿みたいではないか。
正直ムッとしたが深呼吸して紳士として我慢だ。
すー、はー、すー、はー。
気分を落ち着けてから八雲紫の視線の先、廊下とこの部屋を仕切る襖の向こうに私も注意を傾ける。
すると、とすとすとす、と落ち着いた様子の足音が聞こえて来る。
それはやがて部屋の前で止まり、八雲紫がつまらなさそうな楽しそうな、目元と口元に相反する表情を浮かべることとなった。
「失礼致します」
そう断って襖を開けたのは、八雲紫のそれと似た印象を受ける服を着た女性だった。
いや、服とか性別だとか、その様なものは瑣末な情報だ。
私が注目し、なおかつ畏怖でこの身を震わせた原因は彼女の後ろ、背面から覗く九つの尾だ。
九尾の狐。
妖獣の中でも最高位に位置するものの一つ。
この女性がこのマヨヒガの主“藍様”に違いない!
しかも“失礼します”ときちんと断ってから入ってくるとは、なんと言う淑女。
目下の我々にも礼節を忘れない、出来た御方に違いあるまい。
私は粗相の無いよう、居住まいを正して向き直った。
「お初にお目にかかります、私は先日初めてこの幻想郷に参りました……」
「ああ、橙から聞いているよ。
道に迷ったのだったな」
私が自己紹介しようとした所で、用件は分かっているとばかりに遮られてしまった。
「紫様、今月も測量と計算は終わりました。
幻想郷に異常はありません」
「あらそう、藍。
ご苦労様。」
今、聞き間違い出なければ紫様と言ったのだろうか?
そして八雲紫のぞんざいな口調、明らかに目下の者に対して使うそれだった。
私の脳裏に嫌な予感が駆ける、駆け巡る。
やめてくれと言うほどにその嫌な予感は、目の前の“藍様”によって肯定されている。
八雲紫の態度を当然のものとして受け入れるその態度によって。
すなわち、この状況において以下の仮説が成立する。
八雲紫>“藍様”
うむ、Q.E.D.
正直勘弁していただきたい。
きっと私の顔色は酷く悪いだろう。
顔を滴るのは脂汗だ。
非常に気が進まないながらも私は、必死に抵抗する首の筋肉を無理やり動かして八雲紫に視線をやる。
そこにあったのは扇子で口元を隠しつつも、笑いを隠せぬ目だった。
そして、すごくすごく嬉しそうに八雲紫が口を開く。
だがその口元は見えはしない、口を開いたと分かったのは単に声を発したからに他ならない。
「改めて自己紹介させていただきますわ。
このマヨヒガの主で幻想郷を創った者の一人、隙間妖怪の八雲紫と申します。
年齢はひ・み・つ」
「……紫様、また何か良からぬ事をされましたね?」
「良からぬ事なんて失礼ね。
橙が玄関先にお客様を待たせっ放しにしているからお相手してたのよ」
「彼の顔色を見る限りとてもそうとは思えませんが」
「人間じゃあるまいし顔色が健康状態のバロメーターにはならないわよ。
元々血色が悪い妖怪なんて、世の中には掃いて捨てるほどいるもの。
幽々子とか」
「私が部屋に入ってからの顔色の変化からして、元々の顔色は人間と変わらないのではないのですか?」
「そうね、面白いくらいの変わりっぷりだわ。
きっと血の気が引く音が自分でも聞こえたんじゃないかしら?」
「さぞや嫌な音でしょうね」
世界が酷く遠く感じられる感覚に包まれた私を、テレビでも見ているかのように眺めて話す二人の女性がいる。
一人は政経ニュースを見て自分の意見を述べるかのように真面目そうで、純粋にこちらを批評しているかのようだ。
もう一人はそれはもう楽しそうで邪悪そうで、獲物を追い抜いて振り返ったときのターボババアの笑顔がこんな感じだったと記憶している。
「ぁ痛ァ!?」
あまりの事態にトリップしたままの私の精神を、強い痛みが現実に引き戻した。
「今、何か、不快な、とても見過ごせない気配を感じたわ」
どこから出したのかも分からない傘を、居合い抜き宜しく振り抜いた姿の八雲紫が目の前にいる。
とめどなく溢れ出る鼻血から察するに、きっと八雲紫が傘で私の鼻を引っ叩いたのだろう。
とりあえず鼻を押さえるが、酷い鼻の痛みと、手に纏わりつく鼻血の感触しかない。
まだちゃんと付いているだろうか、私の鼻は?
八雲紫が傘を振り抜いた方の壁を見ると、血飛沫だけが着いている。
良かった。
壁には私の顔面も、その一部も貼り付いてはいない。
私の顔は比較的無事なようだ。
「ああ、紫様落ち着いて。
染みが出来てしまいます、血は落ちにくいんですよ」
「仕方ないじゃない、少女として何か譲れないモノを感じたの」
「……そうですか。ああ、君。ほら、ティッシュだ。使いなさい」
私の顔面への心配をよそに会話を続けていた二人だが、“藍様”の方が箱ティッシュを差し出してくれた。
「ばあ゛、ずみ゛ばぜん゛」
懇々と湧き出ずる鼻血によって、かなり聞き取り難くはなったものの礼を言ってティッシュを受け取った。
とりあえず鼻血を拭いたのだが、まだ止まる気配がないのでティッシュを詰めておく。
少々情けない姿になった気がするが致し方あるまい。
「ええと、それで、何の話だったかしら?」
「彼の顔色の話ですね」
「貴女との話の内容じゃないわよ」
「私が来る前に何を話していたか迄は知りませんが……道案内の話とかではないのですか?」
「それも違うわね、ええと、何だったかしら?」
ちらりとこちらに視線が向けられる。
アレはきっと話題を忘れてなどいはしない。
覚えていてなお、私の口から言わせたいのだ。
やはり答えなければならないのか……
しかし答えた所で、それによって嬲られるに決まっているのだ。
「うーん、ここまで出掛かってるのよね……」
チラリチラリとこちらに向けられる視線が痛い。
「あー、何だったかしらー」
パシンパシンと急かすかのように、扇子を掌に打ち付けて音を立てている。
アイタタタ、まるで自分の胃壁を打ち据えられているかのように思えてきた。
「お、も、い、だ、せ、な、い、わ、ねぇ!」
扇子の両端を持って、へし折らんとばかりに力を籠め始めた。
みしみしと悲鳴を上げる扇子の骨が我が事の様に思えて仕方ない。
「ふふ、紫様でも物忘れされるのですね。やはり長く生きたせいか私もたまに……」
「アンタはお黙りなさい」
「へぶっ!?」
状況を理解しないまま口を挟もうとした“藍様”が傘で引っ叩かれた。
私のように流血沙汰ではないが酷く痛そうだ。
悲鳴を噛み殺しながら仰け反っておられる。
ああ、このまま先延ばしすればするほど酷い目にあいそうだ。
覚悟を決めて口を開く。
「……た、確か、礼節についての話であったかと、き、記憶しております」
「ああ、そうだわ!
そうね、そういった話だったわね!
目上の相手への態度がどうとか!」
わざとらしく、酷くあざとい様子で八雲紫は叫ぶように言った。
まるで演劇のような大袈裟なその仕草は、着実に私の神経を鑢にかけている。
それはもうゴリゴリゴリゴリ、チクチクチクチクと。
「それで、私はどうすれば良かったのかしら?」
「そ、それは……」
「それは?」
私は、断腸の思いで、敗北を認めた。
「……め、目上の者として……どっしりと、構えていらっしゃれば、良いかと……思われます」
「……どっしり?」
嗚呼、もう自分で何を言ってるのか良く分からなくなってきた。
きっと感じていた悪寒はこの邪悪な悪巧みの気配を感じて、って言うか顔近っ!
据わって澱んで腐った目つきで、吐息が触れそうなほどに近づいた八雲紫の顔。
まるでアフガン帰りのロシアンマフィアの目だ。
「あ、いえ、体重がではなくてですね」
「私は体重なんて一言も言ってないのだけど?」
「それは何と言うか言葉のアヤと言うか!?
つまり私が言いたかったのは年功序列に基づいてッ!?」
私は必死で話を逸らす。
きっとNGワードというか地雷だった“どっしり”を誤魔化そうとする。
「年功序列?」
「つまり年上を敬うということでしてッ、敬われるべき老師様とでも言いましょうかッ!?」
「ろ、老ッ!?……」
やばい。
八雲紫の米神にはっきり血管が浮かび上がった。
「あいえ中国で言うところの先だ……」
ぼきん、という鈍い音が私の言葉を遮って室内に響く。
八雲紫の持つ扇子がへし折れたのだ。
「人間のいるところまで送ってあげるわ」
私の言葉で般若の如き形相だった八雲紫の顔が、急に能面のような、どの感情とも読めない表情になった。
実にフラットなその表情。
私の脳裏に、ピーっと一定の音を立てて平坦な横線を表示し続ける心電図が連想された。
何故だろう?
八雲紫の顔から連想されたというのに、その心電図から延びるコードは彼女でなく私に繋がっているのだ。
「隙間を潜って頭を冷やして来なさい」
私の足元の空間が裂け、マヨヒガに来て一番の悪寒が背筋を駆ける。
その時の八雲紫の顔といったら、もう。
兎にも角にも、筆舌にしがたかった。
――――――――――――――――――――――――紳士寅馬中
ザッザッザッという音と、顔にかかるこそばゆさで目が覚めた。
頬に当たる砂の感触と視界の右側を占める地面によって、自分が地面に転がっていることが自覚出来た。
左手を動かして視界に入れ、指先が動くことを視認した。
思考は酷く鈍重で、視界はゆっくりと揺れている様な軽い眩暈があるが、身じろぎすればきちんと四肢の感覚があった。
「生きている?」
ゆっくりと上体を起こし、地面に座ったまま自分の体を見下ろせば確かに五体満足のようだった。
「あ、起きたのね」
背後から掛けられた声に振り向けば、そこには箒を持った巫女服の少女がいた。
その少女はこちらを見ながら、そのまま掃除を続けている。
これは一体どういうことだろうか?
私は確か、八雲紫の怒りを買って、足元に開いた変な穴、というか空間の裂け目の様なものに飲み込まれて……
ぶわっ、と全身を撫でられたかのような感覚がして私は再び意識を手放しそうになった。
「きゃっ、ちょっと何?」
頭痛、眩暈、動悸、息切れ、悪寒、胃痛、痒み、吐き気、痺れ、痙攣。
そういった様々な症状に一度に襲われた私を、変なものでも見る目で見つめている少女は、恐る恐るといった様子で近づいてくる。
「顔、凄い事になってるわよ?」
「顔?」
一瞬で顔色でも悪くなっただろうか?
意識を手放しそうになる前から、私は体勢を崩していない。
ナニかを思い出しそうになっただけで、体が硬直してしまったからだ。
先程少女が悲鳴を上げたのは、きっと私が意識を手放しそうになった事以外が原因であるはずだ。
悲鳴の前からずっと、気絶している間も含めて私は顔を晒していたのだから、酷い怪我だとかではない筈。
多分、落書きでもないと信じたい。
近づいた少女が、ゴソゴソと袴の中に手を突っ込み、手鏡を取り出してこちらに向けた。
巫女服の癖に、ポケットがついているらしい。
袴以外にも、胴衣も明らかに西洋的なデザインが取り込まれている。
特に腋。
袖がセパレートな巫女服なんて聞いたことがない。
などと益体もないことを考えつつ手鏡を覗くと……
「ぅおう」
顔中凄い蕁麻疹が出ていた。
我が顔ながら、心の準備なしにアップは心臓に悪いかも知れない。
びっしり顔中浮き上がった蕁麻疹。
当然私はアレルギーなど持っていなかった。
なのに何故こんな?
あの、変な空間に飲まれて先程目を覚ますまでのナニかを思い出しそうになっただけで……
「うわ」
「きゃ」
蕁麻疹が一層酷くなった。
成る程。
よく分からないが、この蕁麻疹は変な空間に飲み込まれて、気を失うまでの間に起こった事を思い出そうとすると発生するらしい。
精神的なものの様だ。
「あえて言うなら八雲紫アレルギーか?」
「あら、貴方紫に会ったの?」
私の独り言に、巫女服の少女は思わぬ反応を返してくれた。
「む、君は八雲紫を知っているのか?」
「ええ、勿論」
「成る程……やはり有名であったのだな」
自分の滑稽さをしみじみと思い出し、ちょっと鼻の奥がツーンとし始めたのを我慢しながら呟いた。
自分より遥かに強大で古い者を相手にあの説教。
穴があったら入りたいというのは、まさにこういった心境だろう。
「隙間妖怪八雲紫といったら、幻想郷の妖怪の中でも1、2を争う強力な妖怪よ。
知らないなんて……もしかして貴方、外から来たの?」
「そう!その隙間妖怪とは何だ!?
そのせいで騙されたのだよ私はっ!
隙間女とは違うのかねっ!?」
少女の疑問も無視して、私は叫んだ。
剥き出しの肩を掴み、口角泡を飛ばしながら詰問したのだ。
「隙間妖怪っていうのは紫の渾名みたいなものかしら。
一種一個体だから特に種族名なんてないんだけど、よく空間に隙間を創ったりしてるからそういう名前がついたんじゃない?」
「空間に隙間……?」
私を飲み込んだアレの事だろうか?
ハッ、いかんいかん。
思い出したらまた蕁麻疹が出てしまう。
「ねえ、隙間女って?」
少女がしゃがみ込んで私に問いかけてきた。
箒を杖代わりに体重を掛けるのどうかと思う。
竹箒が室内用の箒に比べて頑丈だといっても、先が変に曲がってしまうかも知れない。
その事を指摘したら、タダで直してくれる腕のいい古道具屋がいるから、むしろ望む所だと返された。
「隙間女というのはだね。
部屋の中にある色んな家具の隙間に潜んで、そっと視線を送る妖怪の事だ」
「……何ソレ」
心底呆れ返ったといった様子の少女に、私のプライドがやや刺激された。
「何、とはどういうことかね?」
「家具の隙間から見つめられて、だから何?」
「怖いだろうが?」
「そりゃ怖いでしょうよ。見つけた瞬間ビクッとしちゃうわね」
「そうだろうそうだろう、怖かろう怖かろう」
隙間女の怖さを認めさせ、私は幻想郷に来て以来、深刻なダメージを負い続けているプライドを癒した。
だというのに少女は、眉根を寄せて納得いかないといった表情を作る。
「でも怖いけどそれだけでしょう」
「む?」
「そりゃあ見つけた瞬間は怖いわよ、家の中で大きな足の長い蜘蛛見つけた気分よね。
でも、それってそれ以上何か害があるの?
お茶請けに黴生えてる方が怖いし問題じゃない」
「アシダカグモと一緒にするな、それにアレは益虫だっ!
妖怪視線に晒され続けたらストレスがたまる!
何より妖怪が部屋に潜み、己を観察し続けているという事実を認識した時、人間は恐怖に苛まれて発狂にいたるのだっ!」
「えー?いるって分かっているなら追い出せばいいじゃない。
箒の柄とかで突っついて。箒の柄で駄目なら煙で燻すとか」
「よ、妖怪を軒下屋根裏に住み着いた小動物と一緒にするなぁ!」
何という事を言い出す少女だ!
いくら巫女だといっても、考えが乱暴すぎるぞ。
「それにだな!上級の隙間女ともなれば、視線に妖力を籠めて極めて短時間で人間を発狂させることが可能なのだッ!」
「ふーん、それって大体何秒位で?」
「……ろ、六十万四千八百秒位……」
大体一週間である。
「……はン」
鼻で笑われたっ!
「まっ、その隙間女って言う妖怪が大体どんなのかっていうのは分かったわ。
大方紫をその隙間女と勘違いして、好い様におちょくり回されたって所でしょ」
全くの図星である。
巫女という連中は恐ろしく勘がいい。
バックに神がついているだけはある。
「んんっ、ゴホン……まあ、色々あって隙間とやらに飲み込まれた後、気がついたのが先程だと言う事だ」
「もー、おちょくり終わって飽きたからって、うちの境内に捨てないで貰いたいわ」
ぶつぶつ言いながら少女は私から離れ、掃除を再開した。
「それで君が私を見つけて介抱してくれたのかね?」
もしそうならこの失礼な少女にも礼を言わねばなるまい。
「ううん、掃除しようとしてたら見つけたからゴミと一緒に捨てようと思って」
少女はそう言いながら地面を掃いて、ゴミを私の方に寄せて来る。
ふと見れば私の周りも体も落ち葉だとか虫の死骸だとかゴミまみれである。
焼き鳥の串っぽい物や、酒瓶の蓋っぽい物まである。
要するに私はゴミと一緒に掃き集められたのか。
「……お嬢ちゃん、念のため聞いておくが君は人間かね?」
「当たり前でしょ、博麗の巫女なんだから」
「本当に?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「本当の本当よ」
「本当の本当の本当に?」
「本当の本当の本当よ」
良し。
好し!
善し!!
「小娘ぇっ、貴様に妖怪の恐ろしさというものを教育してやるうぅぅぅっ!!」
「夢想封印」
怪鳥の如く襲い掛かった私は、一瞬にして快楽弾幕でピチュンされた。
――――――――――――――――――――――――紳士コンティニュー中
「ふーん、それじゃ貴方は外から来た妖怪で、子供を攫っては殺す妖怪なのね」
「……はい、そうなんです」
瞬殺された私は、今まさに正座させられて事情聴取を受けている。
場所は神社の軒先。
この神社の巫女だという少女は、呑気にお茶なんぞを啜りながら私の話を聞いていた。
嗚呼、脛に当たる尖った石粒が痛い。
「それで、この幻想郷でも同じ事をして人間を怖がらせようとした、と」
「はい。それはもう、恐怖のどん底に」
ぼうっと空を見上げながら、少女は完全に世間話の体勢である。
「ご苦労なことねえ」
ポツリと呟いて、少女はまたお茶を啜る。
「いや、まあ、そういう業界ですし……」
所在無く言う私に、再び少女の視線が戻ってきた。
「でも、攫って、殺すだけなのよね?」
「あの、強いて言えば、殺すことで怖がらせたりも……」
「ねえ、幻想郷にどれくらいの数の妖怪が居るか知ってる?」
消極的に補足する私の言葉を無視するかのように、不思議そうな顔で少女は言った。
私は幻想郷に来たばかりである。
更に言えば外の世界でも幻想郷は眉唾物だ。
「……知りませんよそんなの」
「そうね、私も知らないわ」
「……」
自分も知らない妖怪の数を私に聞いて、どうする積もりなのだろうか?
もしかして、純粋に幻想郷の妖怪の数を知りたかったのだろうか?
「私も知らない位に沢山いるのよ」
どうやら妖怪の数を知りたかった訳ではないようだ。
何が言いたいのだろうか?
「沢山いるのよ、割と身近に」
少女が何を言いたいのか正直掴めない。
「外の世界では違うのかも知れないけど……幻想郷だとね、妖怪は普通皆、人間を食べるのよ」
まさか、別に今更怖くないとか……
「だから妖怪に食べられて死ぬ人間も沢山いるの」
少女は眉根を寄せて私の頭の上、空中を見ている。
なんだろうか、どう説明すればいいのかと言葉を探している感じである。
「そういう生態系……うん生態系なのよ」
自分の言葉に一度強く頷いて、納得したかのように繰り返した。
どうやら丁度良い言葉が見つかったのだろう。
少女は一度晴れやかな顔になって、三度こちらに視線を戻した。
だがすぐに、その顔は曇る。
だがそれは、今度は苦笑するような、申し訳なさそうな、そんな表情だ。
今更怖くない等と言われた日には、私の存在意義が否定されてしまう。
ゴクリと固唾を呑んで、私は神妙に耳を傾ける。
「ゴメンなさい。
幻想郷にはね、間に合ってるのよ。
貴方みたいな妖怪って。
ほら、生態系に妖怪が組み込まれているって言うか、だから人間を殺すだけで食べもしない妖怪って、正直不十分って言うか……
態々来てもらって悪いんだけど、ウチはもう間に合ってるから……
ゴメンナサイね?」
新聞の勧誘を断るかの様な、気安げで申し訳なさげな、テヘッとしたあの顔。
今更怖くないとかそんなレベルではない、我が存在意義への否定。
ソレを見た後のことは私も良く覚えていない。
――――――――――――――――――――――――紳士数年放浪中
「おおい、赤井さん。次の劇の日取りが決まったよう」
「もう決まりましたか!」
「赤井さんの舞台は評判でなあ。
ほンら、上白沢先生ン所の寺子屋でもサァ、言いつけ破って妖怪の縄張りに入っちまう子供なんて一人もいなくなったってよう。
上白沢先生も感心してて、また今度やって欲しいってよう」
「はっはっはっ、そんなに怖かったですかな、私の舞台は」
「わしら大人でも怖いくらいだからナァ」
「んん、そーだそーだ」
「最近じゃ子供を躾ける時にゃ、赤井さんを引き合いに出すのが一番だって」
「いやあ、照れますなあ、はっはっはっ!」
幻想郷に来て早や数年の年月が流れた。
私は現在、人里の片隅にて小さな劇団に所属している。
子供ならではの冒険心や強がりで、妖怪の縄張り入ろうとする子供に訓告を与えるのが私の得意な演目だ。
存在意義も何もかもを喪失し、ふらふらと行き倒れていた私を拾ってくれた団長には本当に感謝している。
また、新しい生き甲斐を提案して頂いた上白沢先生。
支えてくれた団員の皆。
先日は休暇中の四季映姫様が態々いらして、直々にお褒めと労いの言葉を頂いた。
人情が沁みる。
皆のお陰で私は新たな人生を始める事が出来た。
「さあ、今日も張り切って舞台に立ちましょう!」
私はしがない劇団員。
怪人赤マントと呼ばれ恐れられていた、そんな時代もありました。
私は人間ではない。
妖怪怪異異形人外好きに呼ぶといい。
私にとって重要なのは、人間たちが私の名を口にするとき、そこに恐怖や不安が含まれているということなのだ。
故に私の様な人間でない者の総称から、更に私を識別するための呼称、つまり私の名にも興味はない。
だから人間たちよ、好きに呼ぶがいい。
私の風体から名付くなら、外の世界と似たようなものに落ち着くのだろう。
だから好きに呼ぶがいい、私は名乗らない。
だが、黄昏時に子供たちを攫う、私への恐れは忘れるな。
恐怖の対象である私は名乗る必要もその気もない。
これから人間たちが、恐怖と不安から名付けてくれるのだから。
―――もうじき日が落ちる。私の時間だ―――
この幻想郷とやらに来て、最初の人攫い。
十分に吟味しよう、記念すべき犠牲者第一号を選ぶのだから。
しかしこの幻想郷という地は素晴らしい。
この地は外の世界よりもずっと文明が遅れている。
だからこそ外の世界では失われてしまったよき時代、よき獲物がひしめいている。
私の活躍した時代よりも、更に遡った時代に強い力で閉じられた世界。
その存在は嘘か誠かと、断片的な噂に伝え聞く程度だった世界。
蹂躙しよう。
全国の子供たちを恐怖に苛んだ私が、この幻想郷で再び猛威を振るおう。
期待と決意を胸に、嗤う私の目はとても良い映像を捉えた。
獲物だ。
人里から陽気な足取りで出てきた小さな姿。
幼い少女は夕日に照らされ、長い影を後ろに連れて人里を後にしている。
年の頃は十を過ぎているかどうか。
その少女は、友人たちとの楽しい遊びの帰りなのか、陽気な足取りで手に持った瓢箪を楽しそうに振り回している。
いけない。
大変良くない。
こんな時間に、一人で人気のない道を出歩くなんて。
そんなことでは、
―――私に攫われてしまうよ?―――
少女の足元にするりと私の影が伸びる。
少女の前方、夕日を背にして私は立ちはだかった。
路傍の小石の影から草木が芽吹くように、しかしそれよりも遥かに早く煙のように立ち昇る私の姿。
少女には私がいつ道の向こうから来たのか分からなかったろう。
分からなくて当然だ、真実私は小石の影から物理法則を無視して現れたのだから。
少女の足元をほんの少し越えて伸びる私の影は、私から見るとまるで少女に肩車をしてやっている様にも見える。
いいな。
恐怖で泣いてしまった少女を、下ろして離してと、家に帰りたいと、お父さんお母さんとしゃくり上げる少女を肩車してやって、そのまま攫ってしまうか。
悪くない。
この幻想郷とやらでの最初の事件に相応しい、不気味な幕開けだといえる。
そう思って私は、アスファルトもコンクリートも敷かれていない砂利道を、少女へ向かって歩き始める。
少女は珍しいものを見るように、私を見ている。
そこに恐怖も不安の色もない。
この地はずっと昔に隔離されてしまった世界。
私のことを知る者は誰一人としていまい。
だから私のことをまだ恐れていない。
私の姿に不安を抱かない。
しかし、何をやっても歯が立たない相手にいいようにされる。
攫われる恐怖をこれからじっくり味わってもらうのだ。
そしてこの幻想郷とやらに、じわりじわりと恐怖を伝染させていく最初の一人となるのだ。
ああ、攫うにしても手がかりを残しておかないといけない。
道端に落ちている消えた少女の遺留品。
特徴的なものがいいな。
瓢箪にするか、それともあの左右に伸びる角を模した様な、珍しい形の帽子にするか。
「帽子にしよう」
気分が高揚したせいか、我知らず思いが口をついて出た。
あの帽子はどうも手作りのように見える。
かつて外の世界で子供を攫ったとき、皆が被っている黄色い帽子を遺してやったものだ。
ああいった大量生産の、皆が持っている様な物だと、すぐには誰の物かは分からない。
そして、発見者は帽子にかかれた名前が、自分の知る者の名前でないことを祈りながら名前を確かめるのだ。
何千分の一のハズレくじを引かないように祈りながら。
そのときの人間たちの浅ましい悲喜を眺めるのが好きだ。
しかし、一目で所有者の分かる遺留品が、悲壮さを纏わせて家族の下に届くのを見るのも好きだ。
そして少女の目前、手の届く位置にまで来た私は、カパッと口を開けて嗤いかける。
「こんにちはお嬢ちゃん」
私の服装が珍しいのか、少女はぼうっとした表情で見ているだけだ。
「肩車をしてあげよう」
私は少女の困惑の声など当然のように無視して、少女の軽い体をヒョイと持ち上げて素早く両肩に乗せる。
「そしてこのまま攫ってあげよう。
もう家に帰ることは出来ないよ、私に攫われてどこかに連れて行かれてしまうのだからね」
ふははははは、と声を上げつつ、子供をあやすように、しばらく肩車のままその場を歩き回ることにした。
恐怖はじっくり与えるべきだ。
ましてやこんな自分の身に何が起こっているのか未だに理解できていないような察しの悪い子ではな。
そう思いながら、少女の手につけられた不釣合いな鎖を掴んで逃げられないことをアピールしてみようかと思う。
しかし、こんな少女の手にこんな鎖とは外の世界もそうだったが、最近の若い子のファッションは理解に苦しむ。
と、そんなことを思ったとき、それまで意味のある言葉など話さなかった少女がようやく口を開いた。
「なんだいアンタ、奇天烈な格好して大道芸人かと思ったら妖怪かい」
私の掴んだ少女の両足がぐっと強い力で動き、私の手を振りほどく。
「何っ?」
私は驚きを禁じ得なかった。
肩に乗っていた少女の重みがフッと消えてしまったのだ。
少女が私の頭を跳び箱のように越えて下りてしまったからだ。
「ハァ……
私を攫おうだなんて、怒りを通り越して呆れるねえ」
少女は綺麗に着地すると、くるりと向き直って小馬鹿にする様に肩をすくめて見せた。
可愛らしい容姿と相まって、何とも小憎らしい。
「……活きの良いお嬢ちゃんだ」
油断していたせいで子供に手を振りほどかれるとは、なんと言う失態だろうか。
そしてなんと小生意気な少女だ!
これは生半可な恐怖では終わらせられない。
「大人しく攫われていれば少しだけマシな恐怖だったろうに」
私は人間では真似できない速さで少女へと迫り、手を伸ばす。
もう油断などない。
腕を掴んだら骨が折れるほどの強い力で握り潰してやろう。
そう思って少女の腕を掴んだ。
確かに掴んだ。
「む!?」
確かに握りつぶそうと思った。
しかし、千切ったりはしていない。
だのに、掴んだ少女の腕は私の手の中から消えうせ、さらには少女の姿まで消えてしまった。
まさか、と思った瞬間私の頭上に影が差す。
反射的に見上げれば、そこには霞のように消えた少女が現れ拳を振りかぶっていた。
その獰猛な笑みを見た瞬間、私は気付いた。
少女の帽子は角を模していたのではない。
霞と消えたときに帽子が脱げてしまい、少女の頭には左右に伸びる長い角が自前で生えていたのだ。
「鬼?」
どごん、と寺の鐘突きで大木を打ち据えたような音が夕暮れに響き渡る。
私の頭はまるでボールのように地面へと叩きつけられ、更には跳ねて舞い上がったのだ。
今度から子供を攫う時にはボールで遊んでいる子を優先的に攫う事にしよう。
何もかもが乱暴に揺さぶられる感覚の中、私はボールには優しく接すべきだとの持論を持った。
ボールは友達、友達を蹴るな投げるな叩き付けるな。
――――――――――――――――――――――――紳士気絶中
星空が見えた。
その前にも河とかひんやりした白い影の行列とか見た気がしたが気のせいだろう。
「お、起きたかい」
星空を遮って私を覗き込む顔は先程攫おうとした少女のものだ。
いや、少女なのかは分からない。
「鬼……」
「ああ、アタシは伊吹萃香って鬼だよ。
人間じゃない」
にっかりと歯を見せて笑う少女は鬼なのだ。
鬼と言えば人攫いであり、人食いであり、古来より恐怖の象徴である。
私の誕生よりもずっと以前、千年単位での大先輩に当たるのだ。
いくら童女の姿をしていらしても、私よりも年上と見て間違いないだろう。
「しかし、アンタも相当間抜けだねえ。
いくら帽子で角を隠してたからって、よりにもよって最強の人攫いを人間と間違えて攫おうとするなんて……
あっはっはっは、っぷぷぷっ……」
童女姿の伊吹大先輩はどっかりと座ると、思い出し笑いをして地面をバシバシ叩き始める。
加減無しのその行為は、道路工事のように派手な音と揺れ、砂埃を巻き上げる。
地面を割るほどのその腕力、私はよく自分の頭が無くならなかったものだと内心胸を撫で下ろした。
まだ頭がふらふらするが体を起こして伊吹大先輩に向き直る。
「あの、先程は誠に申し訳ございませんでした……」
とりあえず謝っておこう。
出来れば今回の失態も内緒にしておいて貰いたい。
しかし、まずは先程の件を許してもらうことが先決だ。
機嫌を損ねてしまえば私などあっという間に縊り殺されかねない。
人攫い業界は上下関係に厳しいのだ。
私の生まれるずっと前に引退していてもその力は計り知れない。
伝説級の伊吹大先輩と噂程度の私では、ブラジルまでパンを買いに行かされても逆らえまい。
そんな打算も何処吹く風で、伊吹大先輩は気楽そうに手をヒラヒラさせて答えてくれる。
「あー、いいよいいよ。
殺しても文句言われる筋合いもない様な話だけど、ここまで笑える話はないからね。
良い酒の肴だし、許してあげる」
「ええっと、酒の肴と仰いますと……
やはり他の鬼の方にも話してしまわれるので?」
「もっちろ~ん、鬼じゃないけどね」
私の焦りなどどこ吹く風で、伊吹大先輩は水でも呑むかの様に再び酒を呑んでらっしゃる。
不味い。
非常に不味い。
こんな噂が広まっては私の沽券に関わる。
第一歩から思い切り踏み外してしまったら怖い噂などになれもしない、笑い話だ。
私の存在意義に矛盾が生じるほどの大問題。
「それは出来れば勘弁して頂きたいのですが……」
私は恐る恐る、出来るだけ刺激しないように伊吹大先輩に誰かに話さないようにお願いしてみた。
外の世界の同胞たる“いじんさん”は、秘密を約束させて話したら感知できる能力を持っているが彼にも無理だろう。
人攫い業界の上下関係は非常に厳しい。
「駄~目っ、こんな面白い酒の肴を黙っておくなんて、私にゃ出来ないよ」
うっわ、酒臭っ!
ぶはあ、と酒臭い息を吹きかけられたせいで、また頭がくらくらしてきた。
私は酒が弱点なのだ。
一滴も飲めない。
匂いも駄目だ。
思い切り顔を顰めてしまった。
だが、それを見た伊吹大先輩の顔も歪む。
「何よ、私の酒が臭いっての?」
「いえっ、決してその様なことはっ!」
気持ちよく呑んでいる酒を侮辱されたとでも思っているのだろう。
鬼の腕力で絡まれた日には死んでしまうかもしれない。
「本当に?」
「本当です」
「本当に本当?」
「本当に本当です」
「本当に本当に本当?」
「本当に本当に本当ですともっ!」
嗚呼、誰かこの酔っ払いを止めていただきたい。
こんな姿は外の世界の後輩には見せられない、見せたくない。
「ん~、ま、いっか」
「私は単に下戸なだけですので、どうかお気を悪くしないで頂きたい」
「下戸ぉ~?」
私は酒が弱点だということをオブラートに包んで告げると、伊吹大先輩は蛙の鳴き声のような声で繰り返した。
なんとも変なものを見る目で見られたが仕方ない。
鬼と言う種が基本的に酒好きであり、笊を通り越して箍なのなのだから。
ロシア人の三倍は強い。
「下戸ねえ、それじゃ幻想郷じゃやっていけないよ」
「あの、下戸と人攫いには関係ない様な気がするのですが……」
私がそう言うと、伊吹大先輩はとんでもないとばかりに驚いた顔をする。
「幻想郷にいるなら宴会は欠かせないよ!
宴会に酒は欠かせないんだから、下戸だとやっていけないに決まってるじゃない!」
バシバシと地面を叩きながら伊吹大先輩が吼える
興奮しすぎて地面が凄いことになっている。
まるで大きな地震や地盤沈下でもあったかのだ。
……私の頭は本当に無事だったのかいささか不安になってきた。
無事なつもりでいても気付いていないだけで、既に取り返しのつかない事になっていたらどうしよう。
後で鏡を見て確認しておこう。
砂埃を吸い込んで意識が現実に引き戻される。
「申し訳ありませんが……
その、私は宴会などはご遠慮させて頂こうかと……」
「えーっ、宴会に出ないなんてあり得ないわよ!」
「はあ、ですが私は下戸ですので、宴会に出ても場の空気を壊してしまうだけですし」
「うーん、アンタも酒が飲めれば良いのに……」
「……こればかりはどうにもなりませんので」
正直酒が飲めても伊吹大先輩と一緒に飲みたいとは思えない。
地面の変わりに背中を叩かれて死にかねない。
普通、人攫いに限らず上下関係が厳しい怪異同士でも、先輩が後輩にじゃれ付いた拍子にうっかり殺してしまうなんてことはない。
私も後輩の女性には紳士に接したものだ。
控えめで物理的にも奥ゆかしい隙間女は、私がいなくともきちんとやっていけているだろうか?
「隙間妖怪に下戸と笊の境界を弄ってもらえば……」
「隙間?こちらにも隙間女がいるのですか?」
「ん?ああ、八雲紫っていう名前のがいるわよ」
「ほほう、私は外の世界で一線を退いた後は後輩の育成に力を入れてまして。
その中に一人隙間女がいたのですが、引っ込み思案なので特に面倒を見てやったのですよ」
思い出される隙間女を指導した日々。
彼女は人攫いではないが、大人しすぎて人間に気付いてもらえなかったり害がなさ過ぎるということで、私が指導する事となったのだった。
初めは人間の住む部屋の、家具の隙間からひたすら人間を見つめるものの、気付かれそうになると隠れてしまうという内気すぎる子だった。
視線でプレッシャーを与え、気付かれた後にこそ気の狂うような恐怖を与える。
一人前の隙間女にまで育て上げた時の感慨もひとしおだった。
また彼女の、出しゃばらずお淑やかで一歩引いた、古きよき大和撫子な性格は大変良かったとも思う。
「へえ、そうなのかい。
でも紫は引っ込み思案なんて可愛い性格してないからね。
頭はいいんだけど、何考えてるかわかんなくって胡散臭いし、話をしてもすぐに煙に巻いちゃうからね。
騒動から一歩引いてるけど、奥ゆかしいんじゃなくて裏で糸引いてるタイプだから」
「なんと!
それはけしからんですね」
伊吹大先輩にこうも言われるとは。
邪悪な性格は私達には美徳ではあるが、上下関係においても胡散臭いだの煙に巻くだの言われるようではいけない。
伊吹大先輩が鬼と言う、非常に単純な頭と性格の種族であったとしてもだ!
と、私が幻想郷でも後進育成の必要があるとの熱意を燃やし始めたとき、伊吹大先輩は何か思いついたらしく、にへら、と嫌な笑みを浮かべた。
……邪悪な笑みだ、ヤだなあ。
「あ、良いこと思いついた」
「何でしょうか?」
私は非常に気が進まなかったが聞いてみた。
伊吹大先輩のまとう空気が、鬼気が、いいから聞けと私に言っているのだ。
「外の世界の“さーくる活動”とかではさ、後輩が呑めなきゃとりあえずこういうらしいわよ?」
嗚呼、聞きたくない聞きたくない。
しかし上下関係は絶対だ。
私は自分の喉がごくりと音を立てるのを聞いてから視線で先を促した。
「いーから呑め。
呑んでから限界を知れ」
そう言うと伊吹大先輩は持っていた瓢箪を無理矢理私の口にねじ込んだ。
酒は呑めないと言うよりも、弱点である。
鬼が豆まきや、鰯の頭を刺した柊の枝の前に退散するのと同じであるのだ。
「っぷふぉッ!」
「うわっ、汚っ!?」
私の目は、むせて吐き出した酒の霧に掛かる綺麗な虹を捉えたと同時に、グルンと白目を見せる形で仕事を放棄した。
――――――――――――――――――――――――紳士泥酔中
「うぃ~、ヒック……」
私は気がつくとどこかの山中をさ迷っていた。
頭がガンガンする。
すこぶる気分が悪い。
胸がムカムカする。
今にも吐きそうだ。
3、
2、
1、
「ぜろぅう**お*@えぇ~」
意味不明、普段なら発音すら不可能な声と共に、私は手近な木の根元に吐寫物を撒き散らした。
少し気分が良くなって記憶を探る。
ああ、そうだ。
私は伊吹大先輩のアルハラによってヴァルハラ逝きになりそうだったのだ。
アルハラでヴァルハラ……
……脳がかなりやられているようだ、自重しよう。
外の世界では中身も外見も紳士で通っていたのだ。
自分で思いがけず頭を冷やすことに成功した私は、プラス思考を心がける。
近くに伊吹大先輩の姿はない。
どうやら意識や記憶を失っている間に分かれることに成功したらしい。
上出来である。
痛む頭を押さえながらも喜びがこみ上げる。
「ふ、ふははは。私は生き延びたぞ」
アルコールが弱点であるものには、伊吹大先輩との遭遇は十分に死線である。
頭痛さえなければ、はしゃいで木々の上を跳び渡っていこうかと言うくらいだ。
……木の上か、それもいいかも知れない。
はしゃぐのではない、辺りを見渡すためだ。
私の記憶では、私は先程まで伊吹大先輩と一緒にいた。
しかし、今は山の中に一人きり。
正直現在地が分からない。
迷子である。
更に言うなら、あれからどれだけの時間が経っているのかも分からない。
いや、丸一日近くは経っているのだろう。
伊吹大先輩に殴り倒されたのが夕方。
目が覚めてアルハラされたのは、恐らく日が落ちてそう時間も経っていない頃だろう。
話をしたのはごく短い時間だが、あの伊吹大先輩は私が長いこと気絶していたなら、面倒くさくなって帰ってしまったのではないかと思える。
そして今は夕方、奇しくも伊吹大先輩を攫おうとしたのと同じ頃。
弱点である酒を呑まされたのだ、ひょっとしたらあれから2、3日経っていてもおかしくはない。
私は軽やかな跳躍で枝を階段代わりに木を上り、あたりを見渡した。
うむ、分からん。
人里は見あたらない、とにかく山を降りるべきか?
そう考えた時、視界の端に何か動くものを捉えた。
その何かは赤い。
獣の類ではない、赤毛だとかそういうのとは違う、もっと鮮やかな赤だ。
確かめようと目を凝らしたが、草木が邪魔で見えなくなってしまった。
ちらりとしか見えなかったが、きっとあれは人だ。
丁度好い。
私は早速木々を飛び移りながら、先ほど人影らしき赤い何かを見た辺りを目指して移動する。
数百メートルはあったが、その程度の距離は私にはホンの少し、人間の感覚なら数十メートルといったところか。
近い、私の鋭敏な感覚がそう告げている。
私は気配を消して、枝を揺らさないように気をつけながら近づいて行った。
居た、赤い洋服の少女だ。
周りの木々が少々邪魔だが、はっきり見えた。
秋田名物きりたんぽに似た、ガマという草を三本も振り回しながら歩く少女は、上機嫌に鼻歌を歌っている。
丁度攫い頃の年なのだが……このままついて行って人里まで案内してもらうか迷いどころである。
人里近くまでついて行ってそれから攫うとしようか?
そう考えていて妙なことに気づく。
進行方向がおかしい。
この少女は山を降りるのではなく、登っている。
この、もうじき日が暮れようとするこの時間に?
おかしい、家が山の中にあるのか?
それにしては道がない、百歩譲って山中にぽつんと一軒家があったとしても、ちょっと位は踏み均された道があって然るべきだ。
嫌な予感がしてきた。
私はそうっと近づきながら、どうにか草木に邪魔されず少女が見える場所へ移動した。
私がそこへ移動し、少女を視界に収めると同時に鋭い誰何の声が響く。
「誰だっ!?」
少女は牙を剥いて正確にこちらを睨み付けてきた。
警戒しているのだろう、耳はピンと立ち上がり、二本の尻尾も毛を逆立てている。
要するに少女は人間じゃなかった。
にらみつけてくる目で縦瞳孔が煌き、フーッと警戒の吐息を発する可愛らしい顔立ちの少女はどう見ても猫娘。
緑の帽子の両横でピンと立っているのは猫の耳で、ガマに見えた内の二本は尻尾だった模様。
人型に化ける程度の能力は持っている猫又だ。
人間ならともかく、妖怪の少女では攫えない。
というか猫又といえば私よりずっと古い種族、ある意味名門だ。
紳士として敬意を払わねばなるまい。
私は素直に猫又少女の前に出て行った。
「すまない、驚かせたかね?」
敵意がないことを表すように軽く両手を挙げて近づいていく。
敵意がないことは伝わったのだろう、猫又の少女は警戒心を顕にはしなくなった。
まあ、そう見えても内心警戒しているのが猫という生き物なのだが。
「何か用?」
「そう警戒しないでくれ、私はこの幻想郷に来たばかりでね。
良ければ道を教えてもらいたい」
私がそう言うと、少女は怪訝な顔をして答える。
「道に迷ったの?
迷子?」
痛いところを突いてくる。
さすがは妖獣、野生の本能だろうか?
「う、うむ。まあそう言う事だな。
何せ来たばかりで右も左も分からないのだよ。
初めての土地で、地図もコンパスもなければ誰だって迷うというものだ」
「ふーん。
でもここはマヨヒガの庭先だから、きちんとした道順なんて存在しないわよ」
「マヨヒガ?」
「うん、ほらソコ」
猫又少女が指差した先を見ると、そこにはいつの間にか一軒の大きな家がある。
「いつの間に……」
「マヨヒガだからね。
たどり着くのにいつも同じ道があるわけじゃないし、いつの間にかそこにあるものなのよ」
「しかし、それだと君もたどり着けないのでは?」
「私は藍様の式だから。
藍様たちはここに住んでるし、住んでる家に帰れない訳ないじゃない」
「まあ確かにそういうものだが……
それでは、私はいったいどうやって人里まで行けばいいのだ」
道順など存在しない特殊な空間なのだろうということは分かったが、つまり私は思っていたより重度の迷子であると判明しただけだ。
下手すると、ここでずっとさまよい続けるとか、そういうことになるのではないだろうか?
「うーん、後でいいなら私が案内してあげるけど?」
「おお、本当かね?
それはありがたい、是非お願いしたい」
私はうれしさのあまり、つい少女の手を取り握手してぶんぶんと上下に振って、少々嫌な顔をされてしまった。
まだアルコールが残っているのかもしれない、自重しよう。
うむ、紳士としてのマナーと威厳を忘れてはいけないな。
「じゃあちょっと待ってて。
私はお使い終わった事を藍様に報告してくるから」
藍様とは彼女の主だろうか?
本来群れることをしない気ままな性格の猫又を使うとは、きっと強力な妖怪なのだろう。
それほど強力な妖怪ならこのマヨヒガの主でも不思議はないな。
少女を待ちつつ、玄関先でそんなことを考えていた。
するとひどい悪寒が走る。
ゾクリと来た。
とても恐ろしい何かに獲物として狙いを定められたかのような、そんな気がして慌てて辺りを見回した。
きっと一瞬のことなのに脂汗が浮いて、顔色も酷かっただろう。
それほどの悪寒が走ったのだ。
しかし、私の焦りはすぐに治まった。
犯人を見つけたからだ。
玄関先で佇んでいた私を見つめる瞳と目が合ったのだ。
それは先ほどの猫又の少女が入っていった玄関から。
戸を数センチだけ開けて、その隙間からじっとこちらを見つめる瞳。
隙間から僅かに見えるその姿は、まだまだ少女の域を脱しないものだった。
こんな少女が視線の主だったのか。
安堵と共にみっともなく慌ててしまった羞恥、そして八つ当たり気味ではあるが怒りが湧いてきた。
「あー、オホン。
何か御用かなお嬢さん?」
私は紳士として感情を押さえ込み、紳士的に尋ねた。
すると少女は戸を開け放ち、その姿を晒した。
中国の道服と西洋の宮廷で着るようなドレスを合わせたような服を着て、巾着のような帽子を被った少女だった。
「こんにちは、貴方はお客様かしら?素敵な服ですわね」
「うむ、こんにちはお嬢さん。
お褒めに預かり恐縮だが、私は客ではないよ。
猫又の少女を待っているのだ、道案内をしてもらう約束でね」
「あら、橙ったらこんな所で待ってもらわなくても、中で待ってもらえばいいのに」
頬に手を当てて少女は困り顔をした。
うむ、上品な貴婦人の素質を思わせるな。
大変よろしい。
「いや、それには及ばない。道案内してもらうだけだからな」
「でもきっと時間がかかるわよ。橙はすぐに済むと思ってここで待つように言ったのでしょうけど、終わるまで中でお茶でもいかがかしら?」
時間がかかるならそれも良いかも知れない、断るのも悪いだろう。
外にいなければいけない理由もない、誘いに乗ることにしよう。
「ではお言葉に甘えさせていただこう」
「いらっしゃい、ようこそマヨヒガへ」
こうして私は少女に招かれ、マヨヒガの中へ通された。
マヨヒガの中は外観よりずっと広い事を教えてくれる廊下を歩き、通された部屋には座布団画二組あり、卓袱台の上には入れたてであろうお茶が湯気を立てていた。
この少女はもしかすると、私を見つけてそのまま戸の隙間から除いていたのではなく、すべて分かった上で用意してから私を呼びに来たのではないだろうか?
「さあ、冷めない内にどうぞ。
ああ、申し遅れました。
私はここに住んでおります隙間妖怪の八雲紫と申します」
「八雲紫?」
「ええ、八つの雲にムラサキと書いて八雲紫ですわ」
ご丁寧にどんな漢字なのかまで説明してくれたが、私の疑問はそんな所にはなかった。
八雲紫と言えば伊吹大先輩が言っていた隙間女ではないか。
それで合点がいった!
先ほど玄関先で八雲紫に隙間から見つめられたとき感じた悪寒は、この隙間女がわざとやったのだ!
かつて外の世界で、とある隙間女の後輩を指導したから分かる。
隙間女は、空間の広さを無視して隙間に入ることが出来る。
そしてそこから人間へと視線を送るのだが、その視線に妖力を籠めるという上級技術が存在するのだ。
人間たちの中には鈍感な者もいるし豪胆な者もいる。
鈍感な者は何とかして気づかせてしまえばいい。
しかし稲生物怪録の様な豪胆な者は天敵だ。
勿論それほどまでに豪胆な者になどお目にかかった事はないが、そこそこ気の強い者は偶にいるのだ。
そういった、そこそこ気の強い者達を怯えさせるのに使う能力だ。
視線に妖力を籠めることで、妖術で以って相手に恐怖や不安を植え付ける。
ある意味力技と言って良いだろう。
きっと、それを使ったに違いない!
そして、一世を風靡した人攫いのスペシャリストであるこの私を虚仮にしたのだ!
成る程、確かに胡散臭くて煙に巻く、一歩引いているが裏で糸を引く黒幕的な根暗で陰険ということか。
伊吹大先輩に聞いていたよりも酷いかもしれない。
初対面の相手に失礼な。
それに先ほど私に妖術を仕掛けたことを、謝罪していなければ白状すらしていない。
人間に恐怖と不安を振りまく私に恐怖と不安を与えるとは!
もし私が白面の者なら、八雲紫を獣の槍の如く憎んでいても当然である。
ここは一つ、伊吹大先輩に成り代わり、この私が説教せねばなるまい。
自慢ではないが、金八先生もスクールウォーズもスクールデイズも全部見た!
外の世界での隙間女は皆私より若く、後輩に当たったが、この幻想郷での隙間女の発祥時期がいつ頃なのかは分からない。
この隙間女が私よりも先輩なのか後輩なのか、はたまた同輩かは分からないが、もし先輩であったとしてもそう年は離れていないだろう。
「君の事は昨日会った伊吹大先輩から聞いている」
「あら、萃香に会ったのですね」
伊吹大先輩を呼び捨てにした事が気になったが、先程の呼び声には随分と親しみが籠められていた。
もし呼び捨てを許されている程度の親しさがあるなら、私がとやかく言うことではない。
ひとまず保留にしておこう。
「君の態度は些か度が過ぎている様だな」
「度が過ぎているとは、どういった意味でしょう?」
渋面の私の言葉も気にした風はなく、愛嬌ある面持ちで首を傾げて見せられた。
人を煙に巻くというから単刀直入に言ったつもりだったが、とぼける気だろうか?
しかし世の中にはやたらと細かな確認を好むものもいる。
この八雲紫もそうかも知れない、もしそうなら真面目に説教を聴く気があるということだろう。
「胡散臭くて話をすれば煙に巻き、裏で糸引く性格と聞いていたが……」
「まあ!それは酷いですわ。
萃香ったらあの通り大雑把な性格ですから物事を正確に伝えてないのね」
「ほほう。
では君はかの伊吹大先輩に対して胡散臭げな態度も取らず、話をすれば煙に巻くことはないのだね?」
「それは答え難い質問ですわね」
八雲紫はまったく悪びれもせず答えてから呑気にお茶を啜っている。
どうやらこの八雲紫は細かな確認を好むのではなく、単に煙に巻くつもりの様だ。
「答え難くはないだろう?
“はい”か“いいえ”で済む答えだ!」
私はやや語気を荒くし、詰問の雰囲気を作る。
外の世界で私が指導した後輩の中にも、こうした反抗的な態度の輩はいたものだ。
なにせ無害な性格ではやっていけないのが私達の業界。
当然こういった輩がおり、指導の経験もある。
舐められてはいけない、紳士として、先輩として、私は断固たる態度を取って来た!
まあこの八雲紫が一体何歳なのかは知らないが……
義は我にあり!
「では、はいと答えますわ」
「“では”とは何だねっ。
“では”とは!?」
八雲紫はにっこり笑って答えたが勿論そんな答えが通るわけがない、通せるわけがない。
更に語気を荒くする私だったが、八雲紫はなだめるように微笑んだ。
その時、再び私の背筋に悪寒が走った。
先程玄関で感じたような、酷く気味の悪い何かが突然現れたような気がしたのだ。
「まあまあ落ち着いて下さいな。
甘いものでもいかが?」
いつの間にか、卓袱台の上に美味しそうな饅頭が載っていた。
酷く気味の悪い何かが突然現れたような気配、そして差し出された饅頭。
私は“饅頭怖い”という落語オチを体現したかった訳ではないし、そもそも饅頭なぞ怖くない。
次に悪寒が走れば熱いお茶が出てくるとでも言うのだろうか?
思考が脱線してきたな、少々興奮しすぎていたのかもしれない。
饅頭を食べて気を落ち着けよう。
……うむ、甘い。
脳に糖分が行き渡る気がする。
……人間でない私に脳があるかどうか分からないが。
自分の頭を開いて確認する気にもなれないしな。
益体もないことを考え始めると、今度は八雲紫から話し始める。
「そもそも胡散臭い、煙に巻くとはどういうことか?
そこから考えるべきですわね」
「そこまで話を戻す所が煙に巻くと言われる所以ではないかね?」
「いいえ、これは相手によっては必要なことですもの」
「君は私が胡散臭い、煙に巻くという言葉の意味を履き違えているとでもいう積もりかね?」
「まさか、貴方のことではありませんわ」
……相手≠私
……相手=伊吹大先輩
because鬼=複雑な話を理解出来ない
……一応は仮説が成り立つな。
「つまり伊吹大先輩のほうに問題があると?」
「そういう言い方も出来ますわね」
胡散臭いというのはつまり、何か考えているであろう相手の考えが読めないだけなのか?
煙に巻くというのはつまり、話についていけてないだけなのか?
伊吹大先輩の知能が如何程のものか分からないので判断がつかない、保留にしておこう。
今度会ったら算数ドリルでもやってもらおうか。
「それでもだっ。
伊吹大先輩の頭が少々残念な性能であったとしてもだ。
残念な相手にはそれなりの対応をすればいいだろう?
要は相手に不満を抱かせないように対応して差し上げるのが、目下の者の義務の筈だ」
私の“不満を抱かせないように”という言葉に対して、八雲紫は好反応を示したように思える。
説教に対しても、どうも真面目に聞いているとも思えない様子だったのだが、この言葉を言った時に機嫌良さそうに頷いたのだ。
しかし八雲紫の機嫌良さそうな顔というのも、なんだか妙に胸がざわつく。
「ええ、確かにその通りですわ。
不満を抱かせないようにする。大事なことですわね」
八雲紫は、したり顔でそう賛同した。
「しかし君はそれを成していない!
理解出来るのならそれを成すべきだろう!」
「耳が痛いですわね。その点貴方は素晴らしいわ。
不満を抱かせないどころか体を張って楽しませているのですから、百点満点ですわね」
「私を馬鹿にしているのかね!?」
「まさか、とても有意義な時間を過ごさせて頂いてますもの。
馬鹿にするなんてとんでもない」
「では君は態度を改める気があるというのだな?」
「そうですわね。
私よりも格上と認められる相手には、それもまた吝かではありませんわ」
「ようし、言ったな?嘘ではないな?」
「ええ、勿論。閻魔様に誓って」
ようし!
言質は取った!
我々は人間と違って閻魔が実在する事を知っている。
その実在する閻魔にすら誓ったのだ!
この約束は軽いものでは有り得まい!
今っ!
私はっ!
八雲紫の更正に成功したぁっ!
「あら?楽しい時間もそろそろ終わりみたいですわね」
しかし、私の歓喜の興奮も達成感も知ったことではないと言わんばかりに、八雲紫は襖の向こうに目を向けて一人ごちた。
八雲紫がのんびりと茶を啜る音が空気の長閑さを強調する。
こうもサラリと対応されては私がまるで馬鹿みたいではないか。
正直ムッとしたが深呼吸して紳士として我慢だ。
すー、はー、すー、はー。
気分を落ち着けてから八雲紫の視線の先、廊下とこの部屋を仕切る襖の向こうに私も注意を傾ける。
すると、とすとすとす、と落ち着いた様子の足音が聞こえて来る。
それはやがて部屋の前で止まり、八雲紫がつまらなさそうな楽しそうな、目元と口元に相反する表情を浮かべることとなった。
「失礼致します」
そう断って襖を開けたのは、八雲紫のそれと似た印象を受ける服を着た女性だった。
いや、服とか性別だとか、その様なものは瑣末な情報だ。
私が注目し、なおかつ畏怖でこの身を震わせた原因は彼女の後ろ、背面から覗く九つの尾だ。
九尾の狐。
妖獣の中でも最高位に位置するものの一つ。
この女性がこのマヨヒガの主“藍様”に違いない!
しかも“失礼します”ときちんと断ってから入ってくるとは、なんと言う淑女。
目下の我々にも礼節を忘れない、出来た御方に違いあるまい。
私は粗相の無いよう、居住まいを正して向き直った。
「お初にお目にかかります、私は先日初めてこの幻想郷に参りました……」
「ああ、橙から聞いているよ。
道に迷ったのだったな」
私が自己紹介しようとした所で、用件は分かっているとばかりに遮られてしまった。
「紫様、今月も測量と計算は終わりました。
幻想郷に異常はありません」
「あらそう、藍。
ご苦労様。」
今、聞き間違い出なければ紫様と言ったのだろうか?
そして八雲紫のぞんざいな口調、明らかに目下の者に対して使うそれだった。
私の脳裏に嫌な予感が駆ける、駆け巡る。
やめてくれと言うほどにその嫌な予感は、目の前の“藍様”によって肯定されている。
八雲紫の態度を当然のものとして受け入れるその態度によって。
すなわち、この状況において以下の仮説が成立する。
八雲紫>“藍様”
うむ、Q.E.D.
正直勘弁していただきたい。
きっと私の顔色は酷く悪いだろう。
顔を滴るのは脂汗だ。
非常に気が進まないながらも私は、必死に抵抗する首の筋肉を無理やり動かして八雲紫に視線をやる。
そこにあったのは扇子で口元を隠しつつも、笑いを隠せぬ目だった。
そして、すごくすごく嬉しそうに八雲紫が口を開く。
だがその口元は見えはしない、口を開いたと分かったのは単に声を発したからに他ならない。
「改めて自己紹介させていただきますわ。
このマヨヒガの主で幻想郷を創った者の一人、隙間妖怪の八雲紫と申します。
年齢はひ・み・つ」
「……紫様、また何か良からぬ事をされましたね?」
「良からぬ事なんて失礼ね。
橙が玄関先にお客様を待たせっ放しにしているからお相手してたのよ」
「彼の顔色を見る限りとてもそうとは思えませんが」
「人間じゃあるまいし顔色が健康状態のバロメーターにはならないわよ。
元々血色が悪い妖怪なんて、世の中には掃いて捨てるほどいるもの。
幽々子とか」
「私が部屋に入ってからの顔色の変化からして、元々の顔色は人間と変わらないのではないのですか?」
「そうね、面白いくらいの変わりっぷりだわ。
きっと血の気が引く音が自分でも聞こえたんじゃないかしら?」
「さぞや嫌な音でしょうね」
世界が酷く遠く感じられる感覚に包まれた私を、テレビでも見ているかのように眺めて話す二人の女性がいる。
一人は政経ニュースを見て自分の意見を述べるかのように真面目そうで、純粋にこちらを批評しているかのようだ。
もう一人はそれはもう楽しそうで邪悪そうで、獲物を追い抜いて振り返ったときのターボババアの笑顔がこんな感じだったと記憶している。
「ぁ痛ァ!?」
あまりの事態にトリップしたままの私の精神を、強い痛みが現実に引き戻した。
「今、何か、不快な、とても見過ごせない気配を感じたわ」
どこから出したのかも分からない傘を、居合い抜き宜しく振り抜いた姿の八雲紫が目の前にいる。
とめどなく溢れ出る鼻血から察するに、きっと八雲紫が傘で私の鼻を引っ叩いたのだろう。
とりあえず鼻を押さえるが、酷い鼻の痛みと、手に纏わりつく鼻血の感触しかない。
まだちゃんと付いているだろうか、私の鼻は?
八雲紫が傘を振り抜いた方の壁を見ると、血飛沫だけが着いている。
良かった。
壁には私の顔面も、その一部も貼り付いてはいない。
私の顔は比較的無事なようだ。
「ああ、紫様落ち着いて。
染みが出来てしまいます、血は落ちにくいんですよ」
「仕方ないじゃない、少女として何か譲れないモノを感じたの」
「……そうですか。ああ、君。ほら、ティッシュだ。使いなさい」
私の顔面への心配をよそに会話を続けていた二人だが、“藍様”の方が箱ティッシュを差し出してくれた。
「ばあ゛、ずみ゛ばぜん゛」
懇々と湧き出ずる鼻血によって、かなり聞き取り難くはなったものの礼を言ってティッシュを受け取った。
とりあえず鼻血を拭いたのだが、まだ止まる気配がないのでティッシュを詰めておく。
少々情けない姿になった気がするが致し方あるまい。
「ええと、それで、何の話だったかしら?」
「彼の顔色の話ですね」
「貴女との話の内容じゃないわよ」
「私が来る前に何を話していたか迄は知りませんが……道案内の話とかではないのですか?」
「それも違うわね、ええと、何だったかしら?」
ちらりとこちらに視線が向けられる。
アレはきっと話題を忘れてなどいはしない。
覚えていてなお、私の口から言わせたいのだ。
やはり答えなければならないのか……
しかし答えた所で、それによって嬲られるに決まっているのだ。
「うーん、ここまで出掛かってるのよね……」
チラリチラリとこちらに向けられる視線が痛い。
「あー、何だったかしらー」
パシンパシンと急かすかのように、扇子を掌に打ち付けて音を立てている。
アイタタタ、まるで自分の胃壁を打ち据えられているかのように思えてきた。
「お、も、い、だ、せ、な、い、わ、ねぇ!」
扇子の両端を持って、へし折らんとばかりに力を籠め始めた。
みしみしと悲鳴を上げる扇子の骨が我が事の様に思えて仕方ない。
「ふふ、紫様でも物忘れされるのですね。やはり長く生きたせいか私もたまに……」
「アンタはお黙りなさい」
「へぶっ!?」
状況を理解しないまま口を挟もうとした“藍様”が傘で引っ叩かれた。
私のように流血沙汰ではないが酷く痛そうだ。
悲鳴を噛み殺しながら仰け反っておられる。
ああ、このまま先延ばしすればするほど酷い目にあいそうだ。
覚悟を決めて口を開く。
「……た、確か、礼節についての話であったかと、き、記憶しております」
「ああ、そうだわ!
そうね、そういった話だったわね!
目上の相手への態度がどうとか!」
わざとらしく、酷くあざとい様子で八雲紫は叫ぶように言った。
まるで演劇のような大袈裟なその仕草は、着実に私の神経を鑢にかけている。
それはもうゴリゴリゴリゴリ、チクチクチクチクと。
「それで、私はどうすれば良かったのかしら?」
「そ、それは……」
「それは?」
私は、断腸の思いで、敗北を認めた。
「……め、目上の者として……どっしりと、構えていらっしゃれば、良いかと……思われます」
「……どっしり?」
嗚呼、もう自分で何を言ってるのか良く分からなくなってきた。
きっと感じていた悪寒はこの邪悪な悪巧みの気配を感じて、って言うか顔近っ!
据わって澱んで腐った目つきで、吐息が触れそうなほどに近づいた八雲紫の顔。
まるでアフガン帰りのロシアンマフィアの目だ。
「あ、いえ、体重がではなくてですね」
「私は体重なんて一言も言ってないのだけど?」
「それは何と言うか言葉のアヤと言うか!?
つまり私が言いたかったのは年功序列に基づいてッ!?」
私は必死で話を逸らす。
きっとNGワードというか地雷だった“どっしり”を誤魔化そうとする。
「年功序列?」
「つまり年上を敬うということでしてッ、敬われるべき老師様とでも言いましょうかッ!?」
「ろ、老ッ!?……」
やばい。
八雲紫の米神にはっきり血管が浮かび上がった。
「あいえ中国で言うところの先だ……」
ぼきん、という鈍い音が私の言葉を遮って室内に響く。
八雲紫の持つ扇子がへし折れたのだ。
「人間のいるところまで送ってあげるわ」
私の言葉で般若の如き形相だった八雲紫の顔が、急に能面のような、どの感情とも読めない表情になった。
実にフラットなその表情。
私の脳裏に、ピーっと一定の音を立てて平坦な横線を表示し続ける心電図が連想された。
何故だろう?
八雲紫の顔から連想されたというのに、その心電図から延びるコードは彼女でなく私に繋がっているのだ。
「隙間を潜って頭を冷やして来なさい」
私の足元の空間が裂け、マヨヒガに来て一番の悪寒が背筋を駆ける。
その時の八雲紫の顔といったら、もう。
兎にも角にも、筆舌にしがたかった。
――――――――――――――――――――――――紳士寅馬中
ザッザッザッという音と、顔にかかるこそばゆさで目が覚めた。
頬に当たる砂の感触と視界の右側を占める地面によって、自分が地面に転がっていることが自覚出来た。
左手を動かして視界に入れ、指先が動くことを視認した。
思考は酷く鈍重で、視界はゆっくりと揺れている様な軽い眩暈があるが、身じろぎすればきちんと四肢の感覚があった。
「生きている?」
ゆっくりと上体を起こし、地面に座ったまま自分の体を見下ろせば確かに五体満足のようだった。
「あ、起きたのね」
背後から掛けられた声に振り向けば、そこには箒を持った巫女服の少女がいた。
その少女はこちらを見ながら、そのまま掃除を続けている。
これは一体どういうことだろうか?
私は確か、八雲紫の怒りを買って、足元に開いた変な穴、というか空間の裂け目の様なものに飲み込まれて……
ぶわっ、と全身を撫でられたかのような感覚がして私は再び意識を手放しそうになった。
「きゃっ、ちょっと何?」
頭痛、眩暈、動悸、息切れ、悪寒、胃痛、痒み、吐き気、痺れ、痙攣。
そういった様々な症状に一度に襲われた私を、変なものでも見る目で見つめている少女は、恐る恐るといった様子で近づいてくる。
「顔、凄い事になってるわよ?」
「顔?」
一瞬で顔色でも悪くなっただろうか?
意識を手放しそうになる前から、私は体勢を崩していない。
ナニかを思い出しそうになっただけで、体が硬直してしまったからだ。
先程少女が悲鳴を上げたのは、きっと私が意識を手放しそうになった事以外が原因であるはずだ。
悲鳴の前からずっと、気絶している間も含めて私は顔を晒していたのだから、酷い怪我だとかではない筈。
多分、落書きでもないと信じたい。
近づいた少女が、ゴソゴソと袴の中に手を突っ込み、手鏡を取り出してこちらに向けた。
巫女服の癖に、ポケットがついているらしい。
袴以外にも、胴衣も明らかに西洋的なデザインが取り込まれている。
特に腋。
袖がセパレートな巫女服なんて聞いたことがない。
などと益体もないことを考えつつ手鏡を覗くと……
「ぅおう」
顔中凄い蕁麻疹が出ていた。
我が顔ながら、心の準備なしにアップは心臓に悪いかも知れない。
びっしり顔中浮き上がった蕁麻疹。
当然私はアレルギーなど持っていなかった。
なのに何故こんな?
あの、変な空間に飲まれて先程目を覚ますまでのナニかを思い出しそうになっただけで……
「うわ」
「きゃ」
蕁麻疹が一層酷くなった。
成る程。
よく分からないが、この蕁麻疹は変な空間に飲み込まれて、気を失うまでの間に起こった事を思い出そうとすると発生するらしい。
精神的なものの様だ。
「あえて言うなら八雲紫アレルギーか?」
「あら、貴方紫に会ったの?」
私の独り言に、巫女服の少女は思わぬ反応を返してくれた。
「む、君は八雲紫を知っているのか?」
「ええ、勿論」
「成る程……やはり有名であったのだな」
自分の滑稽さをしみじみと思い出し、ちょっと鼻の奥がツーンとし始めたのを我慢しながら呟いた。
自分より遥かに強大で古い者を相手にあの説教。
穴があったら入りたいというのは、まさにこういった心境だろう。
「隙間妖怪八雲紫といったら、幻想郷の妖怪の中でも1、2を争う強力な妖怪よ。
知らないなんて……もしかして貴方、外から来たの?」
「そう!その隙間妖怪とは何だ!?
そのせいで騙されたのだよ私はっ!
隙間女とは違うのかねっ!?」
少女の疑問も無視して、私は叫んだ。
剥き出しの肩を掴み、口角泡を飛ばしながら詰問したのだ。
「隙間妖怪っていうのは紫の渾名みたいなものかしら。
一種一個体だから特に種族名なんてないんだけど、よく空間に隙間を創ったりしてるからそういう名前がついたんじゃない?」
「空間に隙間……?」
私を飲み込んだアレの事だろうか?
ハッ、いかんいかん。
思い出したらまた蕁麻疹が出てしまう。
「ねえ、隙間女って?」
少女がしゃがみ込んで私に問いかけてきた。
箒を杖代わりに体重を掛けるのどうかと思う。
竹箒が室内用の箒に比べて頑丈だといっても、先が変に曲がってしまうかも知れない。
その事を指摘したら、タダで直してくれる腕のいい古道具屋がいるから、むしろ望む所だと返された。
「隙間女というのはだね。
部屋の中にある色んな家具の隙間に潜んで、そっと視線を送る妖怪の事だ」
「……何ソレ」
心底呆れ返ったといった様子の少女に、私のプライドがやや刺激された。
「何、とはどういうことかね?」
「家具の隙間から見つめられて、だから何?」
「怖いだろうが?」
「そりゃ怖いでしょうよ。見つけた瞬間ビクッとしちゃうわね」
「そうだろうそうだろう、怖かろう怖かろう」
隙間女の怖さを認めさせ、私は幻想郷に来て以来、深刻なダメージを負い続けているプライドを癒した。
だというのに少女は、眉根を寄せて納得いかないといった表情を作る。
「でも怖いけどそれだけでしょう」
「む?」
「そりゃあ見つけた瞬間は怖いわよ、家の中で大きな足の長い蜘蛛見つけた気分よね。
でも、それってそれ以上何か害があるの?
お茶請けに黴生えてる方が怖いし問題じゃない」
「アシダカグモと一緒にするな、それにアレは益虫だっ!
妖怪視線に晒され続けたらストレスがたまる!
何より妖怪が部屋に潜み、己を観察し続けているという事実を認識した時、人間は恐怖に苛まれて発狂にいたるのだっ!」
「えー?いるって分かっているなら追い出せばいいじゃない。
箒の柄とかで突っついて。箒の柄で駄目なら煙で燻すとか」
「よ、妖怪を軒下屋根裏に住み着いた小動物と一緒にするなぁ!」
何という事を言い出す少女だ!
いくら巫女だといっても、考えが乱暴すぎるぞ。
「それにだな!上級の隙間女ともなれば、視線に妖力を籠めて極めて短時間で人間を発狂させることが可能なのだッ!」
「ふーん、それって大体何秒位で?」
「……ろ、六十万四千八百秒位……」
大体一週間である。
「……はン」
鼻で笑われたっ!
「まっ、その隙間女って言う妖怪が大体どんなのかっていうのは分かったわ。
大方紫をその隙間女と勘違いして、好い様におちょくり回されたって所でしょ」
全くの図星である。
巫女という連中は恐ろしく勘がいい。
バックに神がついているだけはある。
「んんっ、ゴホン……まあ、色々あって隙間とやらに飲み込まれた後、気がついたのが先程だと言う事だ」
「もー、おちょくり終わって飽きたからって、うちの境内に捨てないで貰いたいわ」
ぶつぶつ言いながら少女は私から離れ、掃除を再開した。
「それで君が私を見つけて介抱してくれたのかね?」
もしそうならこの失礼な少女にも礼を言わねばなるまい。
「ううん、掃除しようとしてたら見つけたからゴミと一緒に捨てようと思って」
少女はそう言いながら地面を掃いて、ゴミを私の方に寄せて来る。
ふと見れば私の周りも体も落ち葉だとか虫の死骸だとかゴミまみれである。
焼き鳥の串っぽい物や、酒瓶の蓋っぽい物まである。
要するに私はゴミと一緒に掃き集められたのか。
「……お嬢ちゃん、念のため聞いておくが君は人間かね?」
「当たり前でしょ、博麗の巫女なんだから」
「本当に?」
「本当よ」
「本当の本当に?」
「本当の本当よ」
「本当の本当の本当に?」
「本当の本当の本当よ」
良し。
好し!
善し!!
「小娘ぇっ、貴様に妖怪の恐ろしさというものを教育してやるうぅぅぅっ!!」
「夢想封印」
怪鳥の如く襲い掛かった私は、一瞬にして快楽弾幕でピチュンされた。
――――――――――――――――――――――――紳士コンティニュー中
「ふーん、それじゃ貴方は外から来た妖怪で、子供を攫っては殺す妖怪なのね」
「……はい、そうなんです」
瞬殺された私は、今まさに正座させられて事情聴取を受けている。
場所は神社の軒先。
この神社の巫女だという少女は、呑気にお茶なんぞを啜りながら私の話を聞いていた。
嗚呼、脛に当たる尖った石粒が痛い。
「それで、この幻想郷でも同じ事をして人間を怖がらせようとした、と」
「はい。それはもう、恐怖のどん底に」
ぼうっと空を見上げながら、少女は完全に世間話の体勢である。
「ご苦労なことねえ」
ポツリと呟いて、少女はまたお茶を啜る。
「いや、まあ、そういう業界ですし……」
所在無く言う私に、再び少女の視線が戻ってきた。
「でも、攫って、殺すだけなのよね?」
「あの、強いて言えば、殺すことで怖がらせたりも……」
「ねえ、幻想郷にどれくらいの数の妖怪が居るか知ってる?」
消極的に補足する私の言葉を無視するかのように、不思議そうな顔で少女は言った。
私は幻想郷に来たばかりである。
更に言えば外の世界でも幻想郷は眉唾物だ。
「……知りませんよそんなの」
「そうね、私も知らないわ」
「……」
自分も知らない妖怪の数を私に聞いて、どうする積もりなのだろうか?
もしかして、純粋に幻想郷の妖怪の数を知りたかったのだろうか?
「私も知らない位に沢山いるのよ」
どうやら妖怪の数を知りたかった訳ではないようだ。
何が言いたいのだろうか?
「沢山いるのよ、割と身近に」
少女が何を言いたいのか正直掴めない。
「外の世界では違うのかも知れないけど……幻想郷だとね、妖怪は普通皆、人間を食べるのよ」
まさか、別に今更怖くないとか……
「だから妖怪に食べられて死ぬ人間も沢山いるの」
少女は眉根を寄せて私の頭の上、空中を見ている。
なんだろうか、どう説明すればいいのかと言葉を探している感じである。
「そういう生態系……うん生態系なのよ」
自分の言葉に一度強く頷いて、納得したかのように繰り返した。
どうやら丁度良い言葉が見つかったのだろう。
少女は一度晴れやかな顔になって、三度こちらに視線を戻した。
だがすぐに、その顔は曇る。
だがそれは、今度は苦笑するような、申し訳なさそうな、そんな表情だ。
今更怖くない等と言われた日には、私の存在意義が否定されてしまう。
ゴクリと固唾を呑んで、私は神妙に耳を傾ける。
「ゴメンなさい。
幻想郷にはね、間に合ってるのよ。
貴方みたいな妖怪って。
ほら、生態系に妖怪が組み込まれているって言うか、だから人間を殺すだけで食べもしない妖怪って、正直不十分って言うか……
態々来てもらって悪いんだけど、ウチはもう間に合ってるから……
ゴメンナサイね?」
新聞の勧誘を断るかの様な、気安げで申し訳なさげな、テヘッとしたあの顔。
今更怖くないとかそんなレベルではない、我が存在意義への否定。
ソレを見た後のことは私も良く覚えていない。
――――――――――――――――――――――――紳士数年放浪中
「おおい、赤井さん。次の劇の日取りが決まったよう」
「もう決まりましたか!」
「赤井さんの舞台は評判でなあ。
ほンら、上白沢先生ン所の寺子屋でもサァ、言いつけ破って妖怪の縄張りに入っちまう子供なんて一人もいなくなったってよう。
上白沢先生も感心してて、また今度やって欲しいってよう」
「はっはっはっ、そんなに怖かったですかな、私の舞台は」
「わしら大人でも怖いくらいだからナァ」
「んん、そーだそーだ」
「最近じゃ子供を躾ける時にゃ、赤井さんを引き合いに出すのが一番だって」
「いやあ、照れますなあ、はっはっはっ!」
幻想郷に来て早や数年の年月が流れた。
私は現在、人里の片隅にて小さな劇団に所属している。
子供ならではの冒険心や強がりで、妖怪の縄張り入ろうとする子供に訓告を与えるのが私の得意な演目だ。
存在意義も何もかもを喪失し、ふらふらと行き倒れていた私を拾ってくれた団長には本当に感謝している。
また、新しい生き甲斐を提案して頂いた上白沢先生。
支えてくれた団員の皆。
先日は休暇中の四季映姫様が態々いらして、直々にお褒めと労いの言葉を頂いた。
人情が沁みる。
皆のお陰で私は新たな人生を始める事が出来た。
「さあ、今日も張り切って舞台に立ちましょう!」
私はしがない劇団員。
怪人赤マントと呼ばれ恐れられていた、そんな時代もありました。
ビビッていた記憶が有りますよw男なのにw
負けるな紳士
そのうち良いことあるさ
と言おうとしていましたが、最後の最後で盛大に吹いたわw
赤マント……懐かしいですねぇ。幻想郷じゃないけど、今じゃ正体のわからん妖怪よか、名前のわかる人間の方が怖いという罠……
しかし、コイツが幻想入りするとなると、口裂け女や人面犬もそろそろ幻想入りしそうだ……
最後のそれで盛大にむせたわw
最初は「ん~?オリキャラかな?」と読んでいたんですけど
最後で赤マントとは・・・。
確かにいましたねぇ・・・存在も忘れてましたが。(苦笑
幻想になって郷に来て色々ボコられたり存在意義がなくなったり。
そして劇団の団長に拾われて今を楽しく生きる赤い紳士と。
いやいや、大変面白い作品でした。
赤マント・・・幻想入りしてそうですね
果てはトイレの花子さんまで
そういえば映画の学校の怪談でトイレに「紫ババア」ってでていたよう(ピチューン
笑わせてもらいました。
非常に裏切られました(良い意味で)
どうでもいいけど、僕の地域ではターボババァは「ジェットババァ」でした。
いやいや、赤マントさんキャラ立ってました。東方話かと言えば、「幻想郷」と言う視点において非常にらしかったですし。
口裂け女は、何年か前にお隣の国で目撃されたらしいので、まだこっちにいるんでしょうが…
魅力的なキャラSSを書ける人って貴重だと思うのですよ。
もうだめじゃないですかwwwww
紫の声は小山さんより田中さんのほうをいめぇじしたり(どうでもいいですが)
おもろかったです~
>ターボババア
>マッハババア
>ジェットババア
自分の地元ではダッシュババアと呼ばれていた模様。
いろんな呼び方がありますね。
幻想郷に来なくても、現代のネオンの隙間でたくましく生きている感じです。
外の世界でのこの紳士の自宅には、テレビやパソコンが完備してありそうだ。
たぶん、それで金八とかスクールウォーズとかスクールデイズとか見たんだろうな。
スクールデイズとか、むしろこの紳士が人間に対してトラウマを抱いてしまいそうですが。もしくは主人公にマジ切れする。
あと、大和撫子な隙間女が見たいです。きっとこの赤マントとフラグが立っているに違いない。
脱力系の名作でした。
……光速ババアとかが幻想郷に入ったらあややの立場も危うそうですね。
現実に適応し「進化」した君たちは、幻想郷の妖怪達にも負けない筈だ!
楽しませて頂きました。次回作も楽しみにしていますw
それにしてもこの赤マント、運が悪すぎる。
でも最終的には恵まれているので読後感も素晴らしい。
ああ、読んでよかった。
赤マントといえば、現代では超有名で昭和から平成にかけての筆頭妖怪ですが、
ぶっちゃけ今の路地裏で感じる不安と、昔の月の光だけが頼りの、獣の遠吠えが聞こえる山道で感じる不安、ってか恐怖は比べ物にならないわけで・・・。
攫って殺す!とかじゃなくて、もっと捻った怖がらせ方が必要ですよね!文明妖怪としては!
そんなわけで役者というのは正にハマリ役ですね!天職だと思います!
おめでとう赤マント!!
しかし、「間に合ってるのからごめんなさいね」って。
幻想郷は車も道路もないから、ターボババア(私は100キロババアで覚えていましたが)も
存在意義が問われそうな…
それで、射命丸どころか人間の魔理沙にも負けて落ち込んだり……、とかまで考えてしまいましたw
ところで、ターボ婆が幻想郷入りしたら、やっぱり少女になるんですかね?
しかし、この赤マントさん人がよ‥妖怪がよすぎますよ。つか、幻想郷の妖怪(人間含む)に根性曲がりが多すぎるのかな。
世間…ではなく幻想郷知らずの新人さんの演じる道化っぷり、大変面白かったです。
またこんな一風変わった東方SSが読んでみたいです。
最後に劇団員になる下りからすると……元ネタというか案の元はSNEの妖魔夜行シリーズ?
紫様、相変わらず鬼畜である
語り口調が紳士然としてるのにマヌケなやっちゃw
こういうやつは確かにいじり甲斐あるw
またあなたの作品が見たいです!