Coolier - 新生・東方創想話

それは音無き雪の日

2008/10/26 16:15:23
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「あんたを作った人に会いたいかい?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――



 今日は平和だ。いんや、間違えた。今日も平和だ。
 吹き抜けるような空を見て、そんな平和な幻想郷を体で感じる。
 もう秋もそろそろ終わりだな。
 紅葉もとっくに終わって、地面に落ちている葉っぱは枯れ始めている。

 これから寒い冬がやってくるのか。
 ふう、と息が白くなるような溜息をつく。
 まだ白くならないな、これからもっと寒くなるのか。
 あたいは嫌だな。寒いのは嫌いなんだ。
 
 さてと、今日はどこへ行こうか。
 今日も魂を運ぶ仕事をちょっと休憩して、幻想郷をぶらぶらしている。
 昼寝をする気分にはならないね。
 それに、昨日、昼寝の現場を四季様に見つかったしな。
 そうだな、今まで行っていなかったところに行ってみようか。
 面白いものがあったらもうけもんだ。

 枯れた木々の間を抜けていくと、やっぱりもう秋は終わるという実感がする。
 サボるっていうのはいいな。いつもと違う何かが見つかりそうだ。
 大丈夫、バレても何とかなるさ、 四季様に見つかっても、あたいは大丈夫。
 鎌をぶんぶん振りまわして、林を抜けていった。


 思えば遠くへ来たものだ。幻想郷を横断しているんじゃないかな。
 まあ、あたいの能力を使えばすぐに戻れるさ。

 さて、と。ここはどこだろう。
 なんだか、瘴気が漂っているような気がする。やばいんじゃないか。
 でも、ここで引き返しても仕事に戻るしかないし。
 ううん、面白そうだから、行ってみようか。


 うわあ、なんだこれ。
 目の前には白い、小さな花が咲き乱れていた。
 鈴蘭ばかりじゃないか。瘴気の正体はこれか。
 これはやばいな、毒が辺りに充満してる。
 鈴蘭が畑になるほど集まるなんて、あたいも初めて見たよ。
 ここに入ろうか、どうしよう。

 あまりの事態に、あたいは立ち止った。
 毒が充満しているところにわざわざ入るなんて、無謀だ。
 毒だけじゃない。ここには入っちゃいけない、そんな雰囲気もするし。

 でも、せっかくだから、あたいは入ることを選ぶな。
 誰かが怒ったら、すみませんでした、でいいんだ。
 そう決めて、畑に足を踏み入れていった。

 普通の人間なら入っちゃいけない場所なんだろう。
 それはあたいでもあんまり変わらない。
 でも、なんでだろう。
 奥に進むほど、すごく、ほっとするような、そんな気持ちもするんだ。




 遠くに何かの影を見た。生き物、人間、妖怪?
 どれをとっても、この毒の充満する場所にはいられないだろうな。
 ひょっとしたら、毒を操る妖怪とか。
 それしかないな。

 「おーい」
 声をかけてみた。お、影が動いた。
 少し待ってみたけど、返事が無い。でも、影がさらに動く雰囲気もない。
 こりゃ、あたいが行かなきゃダメみたいだね。


 近くに寄ってみたら、それが小さな人間だと気付いた。
 人間は私のことをじっと見ていた。
 ふうん、まさか人間がこんなところにいるとはねえ。
 白い顔をしているけど、元々みたいだし。
 それに、着ている服もずいぶんいい服みたいじゃないか。
 決めた。この子は嬢ちゃんと呼ぼう。
 それが一番ふさわしい呼び方だ、そう思う。顔つきもお嬢様だ。

「嬢ちゃん、こんなところにいて大丈夫かい?」

 ちょっと遠くからもう一度、話しかけてみた。
 すると、嬢ちゃんは少し間を置いてから頷いた。

「うん、私は鈴蘭の毒も平気よ」

 へえ、これが毒だって知っているんだな。
 結構長いこと、ここにいるのかもしれないな。

「あの、お姉ちゃん、だれ?」
「うん?あたいかい?」

 嬢ちゃんはおずおずと私に尋ねてきた。不安、なのかね。
 そういや、あたいとの身長差はかなりある。
 ちょっと威圧しているかもしれない。


 自分の職業を簡単に名乗ってもいいものなのかね。ふと考えてみる。
 子供にゃ、ちょっとあたいの仕事が怖いと思うのかもしれない。
 まあ、いっか。子供だし、案外面白がってくれるかも。
 思考破棄。

「あたいは小野塚小町。死神さ」
「死神?」
「ほら、鎌持ってるだろ?」
「あ、本当だ」

 お、本当に怖がらない。意外だ。
 嬢ちゃんは初めて笑った。やっぱり不思議な譲ちゃんだ。

「嬢ちゃんはなんていうんだい?」
「私はね、メディスン・メランコリー。人形よ」

 ああ、人形。その線は考えてなかったね。
 なるほど、人形なら毒も効かない。

 あたい達は鈴蘭畑の少し外れのほうに腰をおろした。
 鈴蘭の毒は絶えないけど、それでも少しはマシだと思う。

「お姉ちゃん、どうしてここに来たの?」
「うん?」

 これは予想外の質問。この質問には答えるべきだね。
 あ、サボりとは言えないな。
 頭をかきながら質問に答える。

「今日は仕事がたまたま休みでね、散歩してたら面白そうだな、と思って来たのさ」

 9割9分本当の話だから、後ろめたくない。後ろめたくないね。
 嬢ちゃんはあたいに興味を持ったようだ。目をきらきら輝かせる。

「死神ってどんな仕事してるの?人の命をとるの?」
「まさか」

 ちょっと吹き出してしまったじゃないか。

「あたいは死んだ人の魂を、閻魔様にところに送るんだ。三途の川を舟で渡してあげるのさ」
「舟ってどんな舟?」
「そんなに大きくないよ。あたいが一人で漕ぐんだから」
「うわあ、結構大変そう」
「まあ、死神の仕事も楽じゃないさ。閻魔様には結構叱られるし」
「閻魔様のために働いているの?」
「そう言えばそうなるかね」

 嬢ちゃんはにこにこしながらあたいの話を聞いてくれている。
 ううん、こうしてみるとますますお嬢様っぽいね。
 それに、なんだかウブさが残っているみたいだし。


 ふと、初めて四季様と出会った時のことを思い出した。
 あの頃のあたいも、まだウブだったんだな。

「は、初めまして!小野塚小町と言います!
 死神としての仕事を、精一杯やっていきます!
 これから、よろしくお願いします!」
「私は四季映姫です。二人で一緒に頑張っていきましょう」
「は、はい!」

 四季様はクスッ、と少し笑った。

「そんなに固くならずに。あなたらしくやっていけばいいんですよ、小町さん」

 今は、きっと四季様の言葉通りにやっているんだ。
 あたいらしく、マイペースに、ね。


 さて、そろそろあたいからも質問するかな。

「嬢ちゃん、嬢ちゃんは人形だよな?」
「うん、そうよ」
「あたい、勝手に動いたりしゃべったりする人形を初めて見たんだ。
 どうしてそうなったか、自分で知っているのかい?」

 結構きつい質問だと思う。
 だけど、嬢ちゃんは笑顔を絶やさないままに答えた。

「うん、ここのスーさん達がね、私に力をくれたの」
「スーさん?ああ、鈴蘭のことか」
「そう。気が付いたら、スーさん達の中で寝転がっていたのよ」

 ふうん。そんなことがあるもんなのかね。
 まあ、ここは幻想郷だし、深いことは気にしないでおこう。



 さて、そろそろ帰ろうか。
 いつの間にか太陽が地平線に落ち始めている。
 さすがに帰らないと四季様にばれるだろうな。

 「よっ」、と鎌を持って立ち上がると、嬢ちゃんがふいに訊いてきた。

「帰るの?」

 嬢ちゃんが少し寂しそうに私を見つめる。
 ううん、ますます子供っぽい。

「そうだね。暗くなる前に帰らないと、道に迷うかもしれないし」
「そっか、そうだよね」

 嬢ちゃんはちょっと俯いてしまった。
 そんな寂しそうにしないでくれよ。困るじゃないか。
 仕方ないね。

「大丈夫さ。また来るよ」

 それを聞いた嬢ちゃんの顔が、ぱあっと輝く。
 ううん、純粋っていうか、わかりやすいっていうか。
 本当にお嬢様だね。


 嬢ちゃんはあたいの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 そこまでは、なんとなく、能力を使いたくなかった。


 幸い、四季様にはバレていないらしいな。
 さて、ちょっとだけ仕事して、今日は寝るとしよう。


 そのうち、また鈴蘭畑に行こうか。




 それからあたいは時々嬢ちゃんの所へ行くようになった。
 話すのは他愛もないこと。天気の話だとか、あたいの仕事のこととか。
 時々愚痴をこぼしたりしているけど、嬢ちゃんはいつもにこにこして聞いてくれる。

 秋が終わっていくけど、あたいは寂しくなかった。
 鈴蘭はずっと、そこに咲いているから。





 今日はひどく冷える日だ。
 あたいにとっちゃあ、寒い日なんてどれも変わらないけどね。
 でも今日はなんだか一段と冷える。


 だけど、どうしてだろうね。
 この鈴蘭畑に来るとなんだか、あったかい場所にいる気になるんだ。
 毒のせいじゃないと思うけど、なんかあるんだろう。

「だから今日もお仕事が休みなの?」
「そうさ。寒いから閻魔様も働きたくないんだ、きっと」

 嬢ちゃんは、ふふふ、と笑った。
 さすがにあたいがサボっていることはわかってきたみたいだ。

 こうやって嬢ちゃんと隣り合って座っていると、この嬢ちゃんはやっぱり子供だと思うね。
 喜怒哀楽の表現がわかりやすい。
 この前もちょっと背が小さいことをからかったら、頬を膨らませて怒ってた。

「いくら寒いからって、五日に二日休んだりする?」
「それはさすがにないね」

 いい加減、サボりだと認めようか。

「閻魔様はねえ、まじめな性格だから、結構頑張っちゃうんだね。
 まあ、それはいいんだけど、困るのは部下のあたいなんだよ。
 上司に振り回される部下っていうのも楽じゃないもんさ」
「お姉ちゃんがマイペースすぎるんじゃない?」
「嬢ちゃん、あたいもやるときはやるよ」
「いつもやってくれてると、閻魔様も助かると思うわ」
「いいのさ。閻魔様もあんまりたくさんの魂が来ると困るからな」
「そうやって言い訳するー」

 嬢ちゃんは軽く私の腕を叩いた。
 うわあ、と大げさに言って、仰向けに倒れこむ。

 空が見える。

 ふいに嬢ちゃんが呟いた。

「お姉ちゃん、嬉しそうね」
「そりゃそうさ。こういう時間だって大切なんだ」
「ううん、そうじゃなくて」

 嬢ちゃんの顔が見えない。
 それでも起き上がる気にはならないね、不思議と。

「いつも、閻魔様の愚痴をこぼしてるけど、その時のお姉ちゃんの顔、笑ってるよ」
「そうかい、そりゃ全然気づかなかったな」

 そんな嬉しそうにしてたっけな、あたい。

「お姉ちゃん、その閻魔様が好きなのよ、きっと」
「そう見えるかい?」
「うん、絶対そう思う」

 やれやれ、嬢ちゃんに見抜かれるようじゃあ、あたいもまだまだだね。

「そうさ。あたいの上司の閻魔様はね、最高の閻魔様だとあたいは思ってる。
 他の人がなんと言おうとね」
「そうなんだ」

 嬢ちゃんがあたいの顔を覗き込む。あたいの目と合う。
 嬢ちゃん、あたいは嘘なんかついちゃいない。

 確かに四季様は真面目すぎると思う。
 だけど、そこがあたいは大好きなんだ。


 嬢ちゃんはあたいの顔を覗き込むのをやめた。

「閻魔様が、好きなのね」

 何となく、違和感を覚える独り言だな。

「私、雪の日にここに捨てられたのよ」

 初めて聞く話だ。

「私を作った人が、ここに捨てて、それでいなくなったの。
 すごく昔の話だって、スーさんたちが言ってた」

 ふうん、なんだかありそうで、ありそうな話だね。
 ちょっと、雪の中に捨てられた一体の人形を想像してみる。

 すごく、悲しい絵が浮かんできて、急いでそれを打ち消した。
 何考えてるんだ。嬢ちゃんは今、こうして楽しく暮らしてるじゃないか。
 むう、と、頭を振ってみる。

「どうしたのお姉ちゃん」
「ん、なんでもないさ」

 仰向けに寝てるから、嬢ちゃんの後姿は見えても顔は見えない。
 見えなくてもいいか。

 ふう、と息を吐いてみる。真っ白に染まって、流れていった。
 これを訊くべきかどうか、迷う。
 でも、いつかは訊かなきゃいけないんじゃないか、とも思う。
 それが今でも先でも、あんまり変わらないんじゃないかな。
 だったら、今訊いてしまってもいいね。

 決めた。

「嬢ちゃん」

 嬢ちゃんは振り向かない。
 そっちのほうがやりやすいか。

「あんたを作った人に会いたいかい?」

 少し間があいた。鈴蘭の花の匂いが鼻をつく。
 それからちょっとして、嬢ちゃんは答えた。

「・・・わからないや」

 そう言って、嬢ちゃんは振り返る。
 いつもの可愛い笑顔じゃなくて、ちょっと寂しい微笑み、だと思う。

 あたいはそれ以上訊くことができなくなった。
 その代わり、嬢ちゃんの顔に背を向けてごろんと寝がえりをうった。




 とうとう幻想郷にも雪が降り始めた。
 寒いのは嫌だけど、雪は好きだ。
 なんていうのかね、こう、ゆっくりと優しく降りてきて、柔らかく積もっていく。
 それを見てるだけで、体は冷たいけど、心は温かくなるじゃないか。
 あたいの船に乗る魂たちと雪の話はよくするんだ。

 今年初めての雪の日は、一日中仕事だった。
 なんだかんだ言って、あたい、結構やるんだよ、死神なんだから。

 だけど、疲れた。明日は鈴蘭畑へ行こう。



 今日も雪が降っている。
 ううん、雪が降るのはいいんだけど、この寒さは何とかできないかね。
 まあ、寒くなきゃ雪は降らないからな。
 林の木の葉っぱも完全に落ちてしまった。なんだか、寂しい光景だな。

 やっぱり、鈴蘭畑のほうも雪が積もってるみたいだね。
 鈴蘭は多年草みたいだけど、さすがに毒が少し薄くなってる。
 鈴蘭がほとんど見えなくて、あたり一面雪だらけ。
 白銀の世界ってこういうことを言うんだな。

 あたいは鈴蘭畑に足を踏み入れようとして、遠くに見える影に気がついた。
 嬢ちゃん、だよな?

 駆け寄ろうと思ったその時、信じられないものを聞いた。

 赤ん坊の泣き声。

 違う。赤ん坊の泣き声なんかじゃない。
 嬢ちゃんが泣いてるんだ。


 少しだけ、近くに行ってみると、
 雪が降る中で譲ちゃんが一人佇んで、泣き声をあげていた。
 ずっと、ずっと。

 あたいはそれ以上近寄れない。
 近づいちゃいけない気がするんだ。

 あたいと嬢ちゃんの距離はすごく、遠く感じる。
 あたいは距離を操れるのにな。おかしな話だね。

 情けない。
 そこで泣いてる嬢ちゃんがいて、ただ見ているあたいがいる。
 だけど、あたいには何もできないんだろうな。


 あたいは嬢ちゃんに気付かれないように、そっと鈴蘭畑を離れた。
 早く雪が止めばいいんだ。初めてそう思ったな。




 やっぱり四季様にはサボっているのがばれた。
 早く戻りすぎたみたいだな。
 今、四季様の大好きなお説教をありがたく聞いているところさ。

「大体、あなたは休みすぎです。
 あなたらしく、とは言いましたけれど、それでも五日中二日は多すぎます。
 もうちょっと真面目にやってほしいものです。
 魂を長い時間待たせるのは、失礼というものでしょう」

 ううん、長い。
 聞いているうちにこっくりこっくりしていたら、あの棒で叩かれた。

「きゃん!」
「ちゃんと話を聞いていなさい。全く、小町は優秀な死神なのに、もったいない」
「すみませんー」

 四季様は諦めたらしい。

「もういいわ、早く仕事に戻りなさい。サボった分まできっちりと働くのよ」
「へいへいー」

 四季様は自分の仕事に戻っていった。
 自分の仕事を中断してまであたいにお説教するのが、いかにも四季様らしいね。
 あたいも適当な返事をしているけど、まあ、やってやろうじゃないの。


 雪は止まない。魂を舟に乗せていく。これがあたいの仕事。

 だけど、どうしてだろうな。今日は鎌が重く感じられる。
 いつも持っているのにね。あたいも、もう歳かな?それに、三途の川も広くなったかな?
 なんて余計なことを考えている場合じゃない。
 あたいは舟を漕ぎだした。


 今日の仕事は終わり。あたいも結構頑張ったね。
 冬だから日が暮れるのも早い。もう夜だ。
 現世側に魂がいないことを確認して、四季様のところに戻る。
 四季様も、三途の川の岸で嬉しそうな顔であたいを迎えてくれた。
 その笑顔は反則ですよ、四季様。

「今日もよく頑張ってくれましたね、小町」
「まあ、お説教の効果ですかねー」
「それが毎日続けばいいのだけど」

 また小言ですか。
 舟から降りて、四季様と一緒に戻る。

 歩いていたら、四季様の帽子に雪の粒が降りてきた。
 結局、今日は一日中雪が止むことはなかったな。


 それで思い出した。

「四季様、頑張った代わりに一つ、訊いてもいいですか?」
「・・・?ええ、いいわ」

 四季様は不思議そうな顔であたいを見る。
 頑張った代わり、と言ったのはちゃんと理由があるんだ。

 雪の中で一人、泣き続ける嬢ちゃんの姿が目に浮かぶ。

「自分がどうして生を受けたか、わからないまま死んだ人がいたとしたら、
 四季様はどういう判断をします?」
「それは、私の仕事として、ということ?」
「そうです」

 答えを聞くのが少し、怖い。

「・・・もちろん、黒です」

 四季様はもうあたいの顔を見ていなかった。

 やっぱりそうなんだな。
 だけど。
 この時だけは、四季様の能力の高さを少し、恨んだ。




 また今日も雪が降っている。今日は真面目に仕事をやろうか。
 あたいは雪が降らない日に嬢ちゃんのところに行った。
 幻想郷では雪が降らない日のほうが少ない。
 そうだな、五日中三日は雪が降る。


 初めて雪が降ってから、もう大体1ヶ月くらい経つかな。
 今日は少し曇っているけど、雪が降るほどじゃないかね。

 嬢ちゃんのところに行こうか。

 鈴蘭畑に足を踏み入れる。雪が解けないで残っている。
 最近、温かいけど、ずっとここにいちゃいけない、そんな気もする。
 それは毒のせいだけじゃない、きっと。

 嬢ちゃんはいつものように畑の少し外れのほうに座っていた。
 あたいが来るときは、いっつも嬉しそうに笑っているんだ。
 そう言えば、嬢ちゃんの服も、全然変わっていない。

「もう一月ね」
「そうだな、本格的な冬ってやつだ」
「でも、あとふた月我慢すれば春よ」
「そうだな、春が早くやってくれば暖かくて、あたいも助かるんだけどね」

「外の春ってどんな感じなのかしら?」
「うん?嬢ちゃん、外に行ったことがないのかい?」
「あまりないわ。私、ほとんどこの鈴蘭畑にいるから」

 わかるような気がするね。いや、同情じゃない。

「そうだな、外の春はきれいだね。
 桜が咲き乱れて、暖かい風が吹いて、桜が散って。
 それで夏草が生え始めて、段々と暑い夏になっていくんだ」

 何度も見た光景だから、嫌でも思い出せる。

「嬢ちゃん、外に行きたいと思うかい?」
「ちょっとはね」

 ううん、曖昧な答えだな。

「なんか夢でもあるのかい?」

 そう訊くと、嬢ちゃんは恥ずかしそうに、ふふ、と笑った。
 手を口に当てる仕草も、子供っぽくてお嬢ちゃんっぽいな。

「私、ほら、人形でしょ?」

 ああ、そうだった。嬢ちゃんは人形なんだっけ。
 頭をかく。

「でも、私は捨てられた。
 もう、そんな悲しい人形がないようにね、人形解放することが夢、かしら」


 どうしようもない、な。
 その時、あたいはそう感じた。

 どうしようもなく、嬢ちゃんとあたいの距離は遠い。
 そういう気がする、じゃない。遠い。

 だからあの雪の日、嬢ちゃんに話しかけられなかったんだ。




「ほら、舟に乗りな。

 ん?お金がそんなに無いって?
 いいって。どうせあたいは今日、これで終わりなんだ。
 運が良かったじゃないか、ちゃんと向こうまで連れてくよ。

 あんた、昔は何してたんだい?
 へえ、雑貨屋か。それも自分で作ってたのかい。
 器用な人なんだな、羨ましいよ。

 ん、どうしたんだい、黙っちゃって。
 いいって、あたいが聞くよ、遠慮しなくていいって。

 ふうん、後悔していることがあるのか。

 女の子の人形を作ってたんだ。本当に器用だねえ。

 捨てたのかい。

 鈴蘭畑に。

 雪の日・・・?


 え、ううん、いや、なんでもない。あたいは大丈夫さ。

 そうか、それは赤ん坊の代わりだったんだね。
 それから、本当の赤ん坊が生まれたのかい?
 うん、それは良かった。本当に良かったなあ。

 でも、その赤ん坊が人形を嫌がったのか。
 だから、捨てるしかなかったのかい。

 そりゃ・・・仕方ないね・・・」




 もう三月だ。今日は雪が降ってないけど、空は曇っている。まだまだ寒い。

「小町、今日は休みよ」
「そうでしたっけ」

 舟を漕ぎだそうとするあたいに四季様があわてて駆け寄ってきた。
 そうか、今日は休みだっけな。

 あたいは舟を岸につけてから降りた。
 四季様がいつもより小さく見えるね。

「こんなに寒くなかったら、あなたとどこかに出かけられたのに」
「はは、そうですね。春になったらピクニックでも行きましょうか」
「そうね、暖かくなったら一緒に行こうかしら」

 ううん、仕事の時じゃない四季様は可愛いね。

「そうですね。じゃ、今日はあたい、ゆっくり寝るとします」
「わかったわ。じゃあ、また明日」

 四季様は手を振りながら帰っていく。
 あたいも、四季様の姿が見えなくなるまで手を振る。

 すみません、四季様。あたい、今日はゆっくり寝ないんです。




 鈴蘭畑に向かう。
 少しずつ、枯れた木に緑色の小さなふくらみが見える。
 そのうち、葉っぱが生えてくるんだろう。
 こうして木だって、生まれているのに、な。

 ふう、なんでこんなに感傷的なんだろう。

 ちらほらと雪が降ってきた。だけど、今更帰れない。
 なんだか、お天道様が今日は意地悪だね。


 鈴蘭畑に雪は積もっていなかった。
 向こうに影が見える。あたいは腰をおろした。
 ここで座ったら嬢ちゃんからも見えないだろうな。
 あたいも嬢ちゃんに背を向けている。


 泣き声が聞こえてきた。
 嬢ちゃんの泣き声だ。あの日と同じで。

 たった一人の泣き声。
 傷つきやすい、赤ん坊の泣き声だ。



 本当は、最初から知っていたんだ。
 あたいと嬢ちゃんが出会った日から、ずっと知っていた。

 嬢ちゃんの寿命が見えないから。
 人間でも妖怪でも、あたいにはその寿命が見えるんだ。


 嬢ちゃん。

 もともと、嬢ちゃんは生まれるはずのなかった子供なんだ。
 でも、あんたは自分のことを人形だと思ってる。

 違う。

 嬢ちゃんは赤ん坊さ。



 雪の粒があたいの目の前を通り過ぎていった。
 あたいは、それを掌で受け止める。

 知ってるかい?
 小さな、白い粒。

 あたいも、嬢ちゃんも、この小さい粒なんだ。

 ゆっくりと、雪が溶けていく。
 溶けて、どこかへ消えてしまった。


 ずっと、いままで、嬢ちゃんは雪が降る日、一人で泣いていたんだろうな。
 そして、これからも、一人で泣くんだろうな。

 あたいはただ、ここで聞くだけさ。










 それは音無き雪の日。

 儚い雪の粒を掴むは白い手。
最初の小町のセリフが全てです。
感動ものでも、ギャグものでも、ほのぼのものでもないものを目指しました。
なので、盛り上がりも(意図的に)欠けています。

その中で、何か感じてくれるものがあれば、幸いです。


冬の終わりは春の始まり。少女がそこに見たのは一瞬で永遠の時。
次で、とりあえず「春夏秋冬」はラストです。


10/30 追記
感想ありがとうございます。作者冥利に尽きると思います、ほんと。

で、現在、春夏秋冬シリーズラストを書いているのですが。
詰まっています。いえ、形にはなりましたが、本当に駄作。
色々とスランプのようです。
しばしお待ちを。ここに投稿できるレベルにまでは何とか引き上げます。
コメッド
http://bantenmaru.at.webry.info/
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コメント



0.340簡易評価
2.70煉獄削除
最初はほのぼのとした雰囲気でしたが
後々になるとちょっと悲しくなるような話でしたね。
良い話だったと思います。

誤字?の報告
>譲ちゃん
と、ありますが……正確には嬢ちゃんではないのでしょうか?
3.無評価コメッド削除
>2
はい、嬢ちゃんでした。ほぼすべて間違ってました。
申し訳ありません。
5.90名前が無い程度の能力削除
メディの話は常々読みたいと思っておりましたよ
自分でも書こうと思ってたんですが、どうにもイメージが湧かなくて・・・

でも、これはかなりしっくりきました
考えてみると、メディはなんだかかなり物悲しいイメージを持ってますね
8.90名前が無い程度の能力削除