河童がテレビ番組というものに興味を持ったようです。
隊員たちは今、妖怪の山に登るべく紅魔館にて準備を行っている。
今回我々が探す不思議、それは『イパツオチチイナ』と呼ばれる生物である。
正直誰も聞いたことも見たこともない存在ではあるのだが、何か不思議な生物について知らないかと動かない大図書館に縋りついた結果、もの凄く嫌そうな顔をしつつ適当に情報を流してくれたのだから本当だろう。本当に嫌そうに情報を流してくれたが、その不思議生物『イパツオチチイナ』は存在する、筈。存在しなければ話が進まない。
隊員は全部で五名。暇そうに遊んでいたバカルテットたち、そして体力に自信がありそうでたまたま近くにいたから荷物もちとしてついて行くことになった門番である。
門番は最初難色を示したが、主のGOサインでしぶしぶついてくることになった。その際、メイドも行動を共にするようにいわれたことも頭に入れて置くべきだろう。
河童はカメラマン件ナレーターとして同行するらしいが、画面に入らないように常に迷彩をかけているのでどこにいるのか分からない。浮いているカメラが目印である。
兎に角、この五名が不思議生物『イパツオチチイナ』の正体を掴むため、動き出した。
「ちょっと咲夜さん、ポジション変わってもらえませんか」
「嫌よ。私は画面に映らないように同行するんだから。あぁもう、お嬢様の気まぐれには困ったものね」
我々の向かう先、それは妖怪の山である。数多くの妖怪が生息しているこの山にこそ『イパツオチチイナ』が生息しているという。情報は全て不動大図書館から。
「チルノ。この先どうする?」
何故か副隊長に抜擢されたリグルが、これまた何故か隊長になっているチルノに尋ねる。
「あたいってば最強ね!」
「ん~。そうね、やっぱり湖から登っていくのが筋なんじゃない? 生き物だったら水飲むだろうし」
「そーなのかー」
道は決まった。チルノ隊長たちのいつもの遊び場である湖、そこから妖怪の山へと登る。
妖怪の山。それは前人未到のように見えて実は結構人が通っていたりするが、妖怪や妖精などが生息しており生半可な覚悟で入り込んではいけないといわれている。
そのような危険な場所にあえてチルノ隊長含む隊員たちは足を踏み入れた。情報どおりであるのならこの山の中に『イパツオチチイナ』が生息している、もしそれが本当ならこの山に入るだけの価値はある。
暗い、山の中はとても暗かった。まだ昼であるというのに太陽の光は全く届かず、まるで夜のような闇、いつもルーミアが纏っているような闇。暗黒。
「いたっ。く、暗くて前が見えない……。ちょっとルーミア、雰囲気のために薄暗くしろっていわれたのは分かるけど」
「ちょっと暗くしすぎよ。もう、私たちを鳥目にしてどうするのよ」
「そーなのかー」
隊員たちは闇の中を進む。肌寒く気味の悪い闇の中を木にぶつかり、石に転びながらひたすら歩を進める。
このような危険はまだまだ序の口。この先襲い来るであろう危機を考えればどうということはない。
「あたいってば最強ね!」
チルノ隊長の掛け声に全員で頷き、隊員たちは決意を固める。
必ずや『イパツオチチイナ』の正体を暴く。そのためならどのような危機が襲ってこようとも諦めない。
しばらく歩くと隊員たちにまとわりついていた不思議な闇も晴れた。
久々に見た太陽は一番高い位置に。時間も時間である、隊員たちは木々の間から川の傍まで出て川原で食事をとることにした。
「わんぱくでもいい~たくましくそだってほしい~」
「何、その変な歌」
皆で食べるのはミスティア隊員お手製の焼き八目鰻。
その辺りに落ちていた木に八目鰻を挿し火で焼く。八目鰻は今朝ミスティア隊員が市で厳選した物を使用している。
持ってきていた自身の串で焼きたいというミスティア隊員と、雰囲気作りのために譲れないというにとりの間で弾幕勝負が勃発しているがこの話は割愛する。
「意外においしいですね、香ばしくて。うん、おいしい。香ばしくて。今度お店の方にもお邪魔させていただきますね、フラン様と」
「別に構わないけど、屋台を壊したらタダじゃおかないわよ」
他愛もない談笑をしながら体を休める隊員たち。
登り始めてまだあまり時間が経っていないが、常に緊張し危機センサーを働かせていたことを考えると仕方がないともいえる。それほどこの妖怪の山は恐ろしいということだ。
僅かな時間でも休憩をとれば心持ちというものは軽くなる。チルノ隊長が皆に昼食を取るように指示したのもそういう理由があったのかもしれない。なかったかもしれない。
隊員を思う優しさ、そして先を見据えた考え。
「あたいってば最強ね!」
チルノ隊長は隊員たちの談笑を他所に、八目鰻の肉の固さと休憩時間中ずっと戦い続けた。
休憩も終わり隊員たちはまた山を登ることにする。
「そういえばさ、その『イパツオチチイナ』ってどんな妖怪なの?」
「あれ、リグルが知ってるんじゃないの?」
「え、私聞いてないよ?」
「『イパツオチチイナ』とは二足歩行の人のような生き物らしいわ。道具を使う知能も持っていて、特に遠距離からの投擲が得意。それ以上の生態・数ともに分かっていないけれど、おびき出す手段は不動大図書館から教えてもらっているから心配しないで。その為の道具も用意してある。気になる点といえば、今日は妖怪の山に来ているっていっていたことかしら。言葉通りなら普段は色々なところを動き回っているようだけど、それなら何故今日妖怪の山に来ているのか、そしてどうしてそれを知っていたのかが分からないわ。行動範囲、その習性までしっかり把握できているなら不思議生物とはいわないしね」
「……ルーミア。そういうのは私たちがするからいつも通りでいこうよ」
「そーなのかー」
今回の標的の情報を整理しながら隊員たちは進む。背後から襲い来る不穏な気配には全く気づかずに。
唯一気がついてる美鈴隊員が顔を真っ青にしているが隊員たちは気がついていない。むしろ気がつかないほうがいい。
美鈴隊員以外は後ろを振り向かない、美鈴隊員は後ろを振り向けない。
一向はゆっくりと、ただ確実に山を登っていく。
「うわぁぁぁぁ!」
急に木霊した悲鳴。声の主であるリグル隊員が指差すその先には、
「ま、丸太!?」
「しかも綺麗に切りそろえられたのがいっぱい転がってきてるわ!」
まるで我々の進行を妨げるように斜面を転がり来る丸太。
その数は多く、重さも恐らくは五十Kgはあるであろう丸太たちが隊員に襲い掛かる。
「任せてください!」
力自慢の美鈴隊員が荷物をその場に投げ捨て丸太へと走った。
「くっ。この程度、止めてみせます!」
間一髪。美鈴隊員は咄嗟の判断とその腕力によって我々に襲い来る丸太を全て止めてみせた。美鈴隊員だからこそ何とかなったものの、他の隊員ではどうなっていたことか。
チルノ隊長はナイスガッツを見せ、隊の危機を救った美鈴隊員に上空から労いの言葉をかける。
「あたいってば最強ね!」
他の隊員たちもそれぞれが美鈴隊員のファインプレーに少々興奮気味に、全員が上空から賞賛する。
「凄いね。全部止めちゃったよ」
「そうね……。でも、私たち飛べるんだから転がってくる丸太を止める必要ってないんじゃないかしら?」
「そーなのかー」
「丸太は止められるのに侵入者は止められないのね」
一人変な声が混じったが、全員が美鈴隊員の素晴らしい行動を褒め称えた。
美鈴隊員の目には涙。今までただの荷物もちとしか認識されていなかった自分が、隊にようやく溶け込めたことを理解しての嬉し涙であろう。断じて悲しみの涙ではない。何故なら流す理由が一つとしてないからだ。
丸太の一件から隊員たちは目的である『イパツオチチイナ』が近いことを確信した。
『イパツオチチイナ』は道具を使う知能を持っているという。そのことから考えるに先ほどの丸太の罠は『イパツオチチイナ』が仕掛けたに違いない。恐らくはその辺に朽ちていた倒木などを使って自分のテリトリーに入ってくる存在を撃退しているのだろう。ただ丸太が転がってきたという可能性もある。しかし、あまりのタイミングのよさ、そしてその丸太の量から隊員一同は『イパツオチチイナ』との接近に胸を躍らせる。
「え? ちょ、ちょっとルーミア!?」
またもや悲鳴。今度はミスティア隊員がルーミア隊員の肩を見ながら言葉を続ける。
「か、肩! 肩に蠍が!」
「そーなのかー」
ミスティア隊員の言うとおりにルーミア隊員の肩には蠍の姿が。しかも尻尾を持ち上げて威嚇の体勢を取っている。あまりにも危険。蠍に刺された場合、その毒も勿論のこと傷口から雑菌が入り発熱や何かしらの病気を発症する恐れがある。ましてや我々がいるのは妖怪の山、十分な医療道具もないこの前人未到っぽい山間では命にかかわる可能性が高い。
「なんだよー。もう蟲くらいでそんなに驚かない驚かない。ルーミアも食べようとしないで! 全く、私に任せてくれればすぐに退かせ」
「あ、ああああ、あたいってば最強ね!」
チルノ隊長の素早く大胆な手刀によってルーミア隊員の肩に乗っていた蠍はふき飛ばされる。あまりの出来事に隊員たちが立ち止まってしまっていてもチルノ隊長だけは冷静だったのだ。もし、チルノ隊長の手刀が後少しでも遅かったならルーミア隊員の命はなかったかもしれない。
そして蠍を払った技術についても注目しておかなければならない。蠍は既に臨戦態勢を取っていた。下手に払いのけたならルーミア隊員に確実に傷がついていただろう。その蠍をすごく粗野に見えてある程度繊細なような一撃で払いのけたその技、流石はチルノ隊長である。
「ち、チルノ! なんてことを! 私が退かすっていったでしょ! あぁ、もうごめんよ蠍君……」
「そーなのかー……」
蠍に向かって謝るリグル隊員に、蠍を見ながら涎を垂らすルーミア隊員。恐らく二人はあまりの出来事に混乱しているのだろう。それらを考えてもチルノ隊長の行動は迅速にして最善であった。
「あたいってば最強ね!」
隊長の名は伊達や酔狂でついていないということをチルノ隊長は行動で示して見せたのだ。
丸太、蠍、あらゆる危機を乗り越え隊員たちは『イパツオチチイナ』に近づく。
そう、近づくに連れて危険になってきていると言い換えてもおかしくない。我々はゆっくりとだが着実に『イパツオチチイナ』に近づいている。
「ん、こんなところに池が」
隊員たちを阻むように現れた池。そこで一度隊は進行をとめることを余儀なくされた。
池の幅は大きく、迂回することは難しい。何より段々と日が落ちてきていることを考えるとここで時間を食うわけにはいかない。
池を直線状に結んでいたであろう橋も老朽化したのか、まるでどこぞのメイドが使っている鋭利なナイフでやられたかのように、切れてしまっていて使えないという状況だ。
このままではまずい。この状況を打開すべく誰がいいだしたか、深さを測るためにと一番身長の高い美鈴隊員が池の中に入ることになった。
「んー、そうですね。水温は普通で深さもある程度ありますよ。この浅いところでも私の腰まであるんですから中心は相当かと。あ、しかもヒルもいますね。これじゃあチルノちゃんだと足がつかずに溺れてしまうかもしれませんし、血も吸われてルノちゃんになってしまうかも」
ここまでか、ここで終了なのか。
隊員たちが肩を落とし諦めかけたそのとき、チルノ隊長はいった。
「あたいってば最強ね!」
その言葉には「あたいってば最強ね!」や「あたいってば最強ね!」、また「あたいってば最強ね!」といった意味が込められていた。そして隊員たちはその言葉の外に隠れた意味をしっかりと読み取った。
私たちはここまで色々な危機を乗り越えてきた。なのに何故この程度の障害で気を落としているんだ。我々の目的はなんだったのか、不思議生物『イパツオチチイナ』を見つけることではなかったのか。まだ私たちは見つけていない。なぜ諦める。もっと熱くなれよ。道がなければ作ればいい。たとえ溺れる危険があるとしても私は進もうと思う。
そうチルノ隊長はいった。言外で。
隊員たちはチルノ隊長の言葉にハッとする。何故諦めようとしたのか。ルーミア隊員などは隊長の熱さ、そして飽くなき探究心に心を打たれ、お腹を鳴らし目でおさまらなかった液体を口から垂らしている。
隊員たちはチルノ隊長の言葉を受け、心を改める。
決して諦めない。不思議生物『イパツオチチイナ』を見つけるまでは絶対に諦めない。
この池において進行自体は止まってしまった。しかし、隊員たちに今まで以上の気持ちが宿ることになったことを考えると、むしろこのアクシデントはいい影響与えたといえる。
そうして隊員たちは空を飛んで池を渡った。美鈴隊員の服と目元は濡れていた。
隊員たちが妖怪の山へ探検にきて大分時間が経った。日も暮れかけている。
「そろそろ限界じゃないかな。チルノ、どうしようか?」
「あたいってば最強ね!」
隊長の一声から隊はここでキャンプを開くことにする。
夜の森は危険。そのことは誰もが理解している。しかも『イパツオチチイナ』が罠を仕掛けている可能性もあり、更には昼食からずっと歩き詰め。チルノ隊長含む隊員たちも疲労の色を隠せない。
「じゃあここで休みながら『イパツオチチイナ』を捕まえる罠でも一応仕掛けておきましょうか。ルーミア、そのおびき出す手段ってのを見せてよ」
「そーなのかー」
ルーミア隊員が懐から取り出した『イパツオチチイナ』捕縛に使うその道具、それは全員が目を瞠るほどの驚くべき物であった。
「……ブラジャー?」
「あ、私それ知ってますよ。キューカンバー商工が新しく発売した『小悪魔フェイクで皆を一殺☆ 寄せて持ちあげるブラ!』ですね。何故か紅魔館の客間にチラシが落ちてました」
「こんなので『イパツオチチイナ』を捕まえられるのかな?」
「どうかしら……。まぁ不動大図書館がいうことだし間違いはないと思うけどね。っていうか間違いだったら今までの全部無駄だし」
「そーなのかー」
「あたいってば最強ね!」
隊員たちは戸惑いながらそのブラジャーを近くの木に吊るして『イパツオチチイナ』をおびき出すことにした。夜の闇の中であろうが昼間と同じように見ることが出来るミスティア隊員、虫たちと連絡を取り合うことで多角的に標的を見定めるリグル隊員、周りに気を張り不審な生き物が近づいた場合すぐに分かる美鈴隊員がそれぞれ見張りの役につく。ルーミア隊員とチルノ隊長はもしものことがあった場合のために体を休めてもらうことになった。
こうして隊員たちの緊張した見張り作業が始まるのである。
「あ、あの、にとり。ちょっといいかしら?」
「ん。一体どうしたの、何か問題が?」
「ほら、もう夜じゃない? そろそろ館に帰らないといけないのよ。うん、そう帰らないといけないの」
「そうか……。今まで丸太とか蟲とか橋でお世話になったしね。うん、ありがとう。貴方の協力でいいものが撮れた、感謝するよ!」
「そう、じゃ、じゃあ私は帰るから。いい? 私、帰るからね?」
「了解。盟友よ、何かあったらいってね。次は私が手助けするから」
「あたいったら最強ね!」
チルノ隊長が寝言でまで自己主張をしながら寝返りをうちまくっている。
今見張り番についているのは美鈴隊員だが、やることも特にない他の隊員たちも同様に木に吊るされたブラジャーに視線をやっている。
「それにしても、あぁいうの欲しがったりするものなの?」
「さぁ。私たちにはよく分からないわね」
「うーん。胸のことで色々と悩んでいる人も結構いると聞きますし」
「そーなのかー」
あまりブラジャーという物に興味もなく、また接点もないリグル隊員・ミスティア隊員・ルーミア隊員は美鈴隊員の言葉に首を傾げる。そもそも妖怪が人間のようにブラジャーをつけることも殆どなく、隊員らがその重要性について知ることもないのだろう。
焚き火のパチパチという音を聞きながら、隊員たちは普段見ないブラジャーについて話を続ける。
「このブラジャーって特別なんだよね? 何が普通のと違うのかな」
「そういえばそうね。寄せて何とやら~って名前がついてるみたいだけど」
「このタイプのブラジャーはですね。何というか、形を整える以外に胸を出来るだけ大きく見せる効果があるんですよ」
「そーなのかー」
月が雲に隠れ、隊員たちの周りも少しだけ暗くなる。ほんの少しだけ。
「大きく見せる、ね。そんなことしてそうするんだろうね」
「大きさといえば中国さんは大きいわよね、胸。このブラジャー使ってるの?」
「あぁ、いえ。私は使っていませんよ。こういうのを使うのは胸が貧しギャー!」
「そーなのかー」
周りに響く美鈴隊員の悲鳴。なんと美鈴隊員の胸には鋭利なナイフが刺さっている。
「う、うわぁぁぁ! 中国さんの胸にナイフが!」
「ちょっと! あれを見て!」
ミスティア隊員の声を聞き、木に吊るしていたブラジャーの方を見てみると、そこにブラジャーの姿はなかった。吊るしていた紐は鋭利な刃物でスッパリと切られている。
隊員たちは戦慄した。いる、今この近くに『イパツオチチイナ』がいる。
美鈴隊員の胸に刺さっているナイフが不動大図書館からの情報にあった投擲が得意という一文を思い出させる。
ついに隊員たちは『イパツオチチイナ』に近づいた。あとは捕まえるだけ。
だが隊員たちには『イパツオチチイナ』がどこにいるのか分からない。不思議なことである。美鈴隊員に見つからないように気配を消し、更に虫たちからも隠れきっていなければまず近づいた時点で皆気がついているはず。
隊員たちは戦慄する。そんなことが可能なのだろうか。達人の察知能力、虫たちの多角的監視を全て乗り越えブラジャーを奪い取られた。音もなく、姿もまるで見せずに。
「あ、ありのままに今起きたことを話すよ……。『気がついたらブラジャーがなかった』。な、何を言っているのか分からないと思うけど、私も何が起きているのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだよ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったんだ……」
「そーなのかー」
隊員たちはパニックに陥る。どうすればいいのか。近くに捜し求めた『イパツオチチイナ』がいる。確実にいる。しかしどこにいるのか、また何故美鈴隊員が襲われたのかも分からない。『イパツオチチイナ』は好戦的な生き物なのか。もしそうであるなら隊員たちの命が危ない。
「と、兎に角、中国さんをなんとかしないと!」
「そうね。この大きな胸に刺さったナイフを……きゃっ!?」
「ま、また飛んできた! 何で? どうして中国さんの豊満な胸に、ってまた!?」
「そーなのかー」
「このままじゃ中国さんのビッグバストが! また飛んできた!」
「もうやめて! 中国さんの大きな乳のライフはもう……あぁ、マイナスにいっちゃう!」
「そーなのかー」
「くっ、卑怯だぞ『イパツオチチイナ』! 姿を見せろ! これ以上中国さんのたわわに実った果じ、うわぁ!? 言い切らないうちにまた飛んできた!」
「ほ……、まだ『ほ』しか言ってないのに飛んできたわ!」
「そーなのかー」
暫く『イパツオチチイナ』によるナイフの投擲は続き、美鈴隊員の胸はまるでサボテンのような姿に。
隊員たちは戦慄した。認識が甘かった。『イパツオチチイナ』をただの不思議生物としか思っていなかった自分たちの考えの甘さ、悔やんでも悔やみきれない。もし美鈴隊員の胸に集中されたこの攻撃が自分に向いていたら、考えるだけでも恐ろしい。『イパツオチチイナ』の本当の恐怖は罠を使うその知性ではなく、あまりにも高い戦闘能力と我々に一切姿を見せないその高い潜伏能力であった。
隊員たちはなすすべもなく『イパツオチチイナ』の前に敗北した。主に美鈴隊員が。
もうこちらに近づく意図がないことに気がついたのか、もしくはナイフがなくなったのか。『イパツオチチイナ』の攻撃は止んだ。
その様子をがたがたと震えながら見守ることしかできない隊員たち。
夜が明ける。我々は『イパツオチチイナ』の前に完璧に敗北した。
チルノ隊長は何かあったときのためにずっと寝ていた。
「あたいってば最強ね!」
夜も明けきり、なんとか息を吹き返した美鈴隊員を全員で担いで我々は妖怪の山を降りる。
目標の『イパツオチチイナ』には出会えた。しかし、その圧倒的な力の前に我々はただ震えることしか出来なかった。
不甲斐ないと笑う者もいるだろう。馬鹿なやつらだと呆れる者もいるだろう。
我々はその言葉をバネに、次こそはその正体を解き明かすことを約束したい。
我々は諦めない。かの『イパツオチチイナ』の正体を解き明かし、そして捕まえることを絶対に諦めない。
隊員たちはこの敗北を心に刻み、次の挑戦へ向かって走り出す。
ただ、最後に一ついわせてもらいたい。
『イパツオチチイナ』は存在するということを。
「パチュリー様。ちょっとよろしいですか?」
「どうしたの咲夜。額に青筋浮かべて」
「あの、にとりたちが来た時に話していた『イパツオチチイナ』とは何なのでしょうか」
「別にそんなことどうだっていいじゃない。結局見つからなかったんでしょ?」
「どうして、『イパツオチチイナ』っていう名前なのでしょうか」
「さぁ。適当に目に付いたのを適当にいっただけだからその時の私でないと分からないわ」
「……うふふふ。今夜は長い夜になりそうですね」
「そうね。ついでにレミィも呼んでおいてくれない? 発案はあの子なんだから」
今夜の紅魔館はいつも以上に紅かった。
隊員たちは今、妖怪の山に登るべく紅魔館にて準備を行っている。
今回我々が探す不思議、それは『イパツオチチイナ』と呼ばれる生物である。
正直誰も聞いたことも見たこともない存在ではあるのだが、何か不思議な生物について知らないかと動かない大図書館に縋りついた結果、もの凄く嫌そうな顔をしつつ適当に情報を流してくれたのだから本当だろう。本当に嫌そうに情報を流してくれたが、その不思議生物『イパツオチチイナ』は存在する、筈。存在しなければ話が進まない。
隊員は全部で五名。暇そうに遊んでいたバカルテットたち、そして体力に自信がありそうでたまたま近くにいたから荷物もちとしてついて行くことになった門番である。
門番は最初難色を示したが、主のGOサインでしぶしぶついてくることになった。その際、メイドも行動を共にするようにいわれたことも頭に入れて置くべきだろう。
河童はカメラマン件ナレーターとして同行するらしいが、画面に入らないように常に迷彩をかけているのでどこにいるのか分からない。浮いているカメラが目印である。
兎に角、この五名が不思議生物『イパツオチチイナ』の正体を掴むため、動き出した。
「ちょっと咲夜さん、ポジション変わってもらえませんか」
「嫌よ。私は画面に映らないように同行するんだから。あぁもう、お嬢様の気まぐれには困ったものね」
我々の向かう先、それは妖怪の山である。数多くの妖怪が生息しているこの山にこそ『イパツオチチイナ』が生息しているという。情報は全て不動大図書館から。
「チルノ。この先どうする?」
何故か副隊長に抜擢されたリグルが、これまた何故か隊長になっているチルノに尋ねる。
「あたいってば最強ね!」
「ん~。そうね、やっぱり湖から登っていくのが筋なんじゃない? 生き物だったら水飲むだろうし」
「そーなのかー」
道は決まった。チルノ隊長たちのいつもの遊び場である湖、そこから妖怪の山へと登る。
妖怪の山。それは前人未到のように見えて実は結構人が通っていたりするが、妖怪や妖精などが生息しており生半可な覚悟で入り込んではいけないといわれている。
そのような危険な場所にあえてチルノ隊長含む隊員たちは足を踏み入れた。情報どおりであるのならこの山の中に『イパツオチチイナ』が生息している、もしそれが本当ならこの山に入るだけの価値はある。
暗い、山の中はとても暗かった。まだ昼であるというのに太陽の光は全く届かず、まるで夜のような闇、いつもルーミアが纏っているような闇。暗黒。
「いたっ。く、暗くて前が見えない……。ちょっとルーミア、雰囲気のために薄暗くしろっていわれたのは分かるけど」
「ちょっと暗くしすぎよ。もう、私たちを鳥目にしてどうするのよ」
「そーなのかー」
隊員たちは闇の中を進む。肌寒く気味の悪い闇の中を木にぶつかり、石に転びながらひたすら歩を進める。
このような危険はまだまだ序の口。この先襲い来るであろう危機を考えればどうということはない。
「あたいってば最強ね!」
チルノ隊長の掛け声に全員で頷き、隊員たちは決意を固める。
必ずや『イパツオチチイナ』の正体を暴く。そのためならどのような危機が襲ってこようとも諦めない。
しばらく歩くと隊員たちにまとわりついていた不思議な闇も晴れた。
久々に見た太陽は一番高い位置に。時間も時間である、隊員たちは木々の間から川の傍まで出て川原で食事をとることにした。
「わんぱくでもいい~たくましくそだってほしい~」
「何、その変な歌」
皆で食べるのはミスティア隊員お手製の焼き八目鰻。
その辺りに落ちていた木に八目鰻を挿し火で焼く。八目鰻は今朝ミスティア隊員が市で厳選した物を使用している。
持ってきていた自身の串で焼きたいというミスティア隊員と、雰囲気作りのために譲れないというにとりの間で弾幕勝負が勃発しているがこの話は割愛する。
「意外においしいですね、香ばしくて。うん、おいしい。香ばしくて。今度お店の方にもお邪魔させていただきますね、フラン様と」
「別に構わないけど、屋台を壊したらタダじゃおかないわよ」
他愛もない談笑をしながら体を休める隊員たち。
登り始めてまだあまり時間が経っていないが、常に緊張し危機センサーを働かせていたことを考えると仕方がないともいえる。それほどこの妖怪の山は恐ろしいということだ。
僅かな時間でも休憩をとれば心持ちというものは軽くなる。チルノ隊長が皆に昼食を取るように指示したのもそういう理由があったのかもしれない。なかったかもしれない。
隊員を思う優しさ、そして先を見据えた考え。
「あたいってば最強ね!」
チルノ隊長は隊員たちの談笑を他所に、八目鰻の肉の固さと休憩時間中ずっと戦い続けた。
休憩も終わり隊員たちはまた山を登ることにする。
「そういえばさ、その『イパツオチチイナ』ってどんな妖怪なの?」
「あれ、リグルが知ってるんじゃないの?」
「え、私聞いてないよ?」
「『イパツオチチイナ』とは二足歩行の人のような生き物らしいわ。道具を使う知能も持っていて、特に遠距離からの投擲が得意。それ以上の生態・数ともに分かっていないけれど、おびき出す手段は不動大図書館から教えてもらっているから心配しないで。その為の道具も用意してある。気になる点といえば、今日は妖怪の山に来ているっていっていたことかしら。言葉通りなら普段は色々なところを動き回っているようだけど、それなら何故今日妖怪の山に来ているのか、そしてどうしてそれを知っていたのかが分からないわ。行動範囲、その習性までしっかり把握できているなら不思議生物とはいわないしね」
「……ルーミア。そういうのは私たちがするからいつも通りでいこうよ」
「そーなのかー」
今回の標的の情報を整理しながら隊員たちは進む。背後から襲い来る不穏な気配には全く気づかずに。
唯一気がついてる美鈴隊員が顔を真っ青にしているが隊員たちは気がついていない。むしろ気がつかないほうがいい。
美鈴隊員以外は後ろを振り向かない、美鈴隊員は後ろを振り向けない。
一向はゆっくりと、ただ確実に山を登っていく。
「うわぁぁぁぁ!」
急に木霊した悲鳴。声の主であるリグル隊員が指差すその先には、
「ま、丸太!?」
「しかも綺麗に切りそろえられたのがいっぱい転がってきてるわ!」
まるで我々の進行を妨げるように斜面を転がり来る丸太。
その数は多く、重さも恐らくは五十Kgはあるであろう丸太たちが隊員に襲い掛かる。
「任せてください!」
力自慢の美鈴隊員が荷物をその場に投げ捨て丸太へと走った。
「くっ。この程度、止めてみせます!」
間一髪。美鈴隊員は咄嗟の判断とその腕力によって我々に襲い来る丸太を全て止めてみせた。美鈴隊員だからこそ何とかなったものの、他の隊員ではどうなっていたことか。
チルノ隊長はナイスガッツを見せ、隊の危機を救った美鈴隊員に上空から労いの言葉をかける。
「あたいってば最強ね!」
他の隊員たちもそれぞれが美鈴隊員のファインプレーに少々興奮気味に、全員が上空から賞賛する。
「凄いね。全部止めちゃったよ」
「そうね……。でも、私たち飛べるんだから転がってくる丸太を止める必要ってないんじゃないかしら?」
「そーなのかー」
「丸太は止められるのに侵入者は止められないのね」
一人変な声が混じったが、全員が美鈴隊員の素晴らしい行動を褒め称えた。
美鈴隊員の目には涙。今までただの荷物もちとしか認識されていなかった自分が、隊にようやく溶け込めたことを理解しての嬉し涙であろう。断じて悲しみの涙ではない。何故なら流す理由が一つとしてないからだ。
丸太の一件から隊員たちは目的である『イパツオチチイナ』が近いことを確信した。
『イパツオチチイナ』は道具を使う知能を持っているという。そのことから考えるに先ほどの丸太の罠は『イパツオチチイナ』が仕掛けたに違いない。恐らくはその辺に朽ちていた倒木などを使って自分のテリトリーに入ってくる存在を撃退しているのだろう。ただ丸太が転がってきたという可能性もある。しかし、あまりのタイミングのよさ、そしてその丸太の量から隊員一同は『イパツオチチイナ』との接近に胸を躍らせる。
「え? ちょ、ちょっとルーミア!?」
またもや悲鳴。今度はミスティア隊員がルーミア隊員の肩を見ながら言葉を続ける。
「か、肩! 肩に蠍が!」
「そーなのかー」
ミスティア隊員の言うとおりにルーミア隊員の肩には蠍の姿が。しかも尻尾を持ち上げて威嚇の体勢を取っている。あまりにも危険。蠍に刺された場合、その毒も勿論のこと傷口から雑菌が入り発熱や何かしらの病気を発症する恐れがある。ましてや我々がいるのは妖怪の山、十分な医療道具もないこの前人未到っぽい山間では命にかかわる可能性が高い。
「なんだよー。もう蟲くらいでそんなに驚かない驚かない。ルーミアも食べようとしないで! 全く、私に任せてくれればすぐに退かせ」
「あ、ああああ、あたいってば最強ね!」
チルノ隊長の素早く大胆な手刀によってルーミア隊員の肩に乗っていた蠍はふき飛ばされる。あまりの出来事に隊員たちが立ち止まってしまっていてもチルノ隊長だけは冷静だったのだ。もし、チルノ隊長の手刀が後少しでも遅かったならルーミア隊員の命はなかったかもしれない。
そして蠍を払った技術についても注目しておかなければならない。蠍は既に臨戦態勢を取っていた。下手に払いのけたならルーミア隊員に確実に傷がついていただろう。その蠍をすごく粗野に見えてある程度繊細なような一撃で払いのけたその技、流石はチルノ隊長である。
「ち、チルノ! なんてことを! 私が退かすっていったでしょ! あぁ、もうごめんよ蠍君……」
「そーなのかー……」
蠍に向かって謝るリグル隊員に、蠍を見ながら涎を垂らすルーミア隊員。恐らく二人はあまりの出来事に混乱しているのだろう。それらを考えてもチルノ隊長の行動は迅速にして最善であった。
「あたいってば最強ね!」
隊長の名は伊達や酔狂でついていないということをチルノ隊長は行動で示して見せたのだ。
丸太、蠍、あらゆる危機を乗り越え隊員たちは『イパツオチチイナ』に近づく。
そう、近づくに連れて危険になってきていると言い換えてもおかしくない。我々はゆっくりとだが着実に『イパツオチチイナ』に近づいている。
「ん、こんなところに池が」
隊員たちを阻むように現れた池。そこで一度隊は進行をとめることを余儀なくされた。
池の幅は大きく、迂回することは難しい。何より段々と日が落ちてきていることを考えるとここで時間を食うわけにはいかない。
池を直線状に結んでいたであろう橋も老朽化したのか、まるでどこぞのメイドが使っている鋭利なナイフでやられたかのように、切れてしまっていて使えないという状況だ。
このままではまずい。この状況を打開すべく誰がいいだしたか、深さを測るためにと一番身長の高い美鈴隊員が池の中に入ることになった。
「んー、そうですね。水温は普通で深さもある程度ありますよ。この浅いところでも私の腰まであるんですから中心は相当かと。あ、しかもヒルもいますね。これじゃあチルノちゃんだと足がつかずに溺れてしまうかもしれませんし、血も吸われてルノちゃんになってしまうかも」
ここまでか、ここで終了なのか。
隊員たちが肩を落とし諦めかけたそのとき、チルノ隊長はいった。
「あたいってば最強ね!」
その言葉には「あたいってば最強ね!」や「あたいってば最強ね!」、また「あたいってば最強ね!」といった意味が込められていた。そして隊員たちはその言葉の外に隠れた意味をしっかりと読み取った。
私たちはここまで色々な危機を乗り越えてきた。なのに何故この程度の障害で気を落としているんだ。我々の目的はなんだったのか、不思議生物『イパツオチチイナ』を見つけることではなかったのか。まだ私たちは見つけていない。なぜ諦める。もっと熱くなれよ。道がなければ作ればいい。たとえ溺れる危険があるとしても私は進もうと思う。
そうチルノ隊長はいった。言外で。
隊員たちはチルノ隊長の言葉にハッとする。何故諦めようとしたのか。ルーミア隊員などは隊長の熱さ、そして飽くなき探究心に心を打たれ、お腹を鳴らし目でおさまらなかった液体を口から垂らしている。
隊員たちはチルノ隊長の言葉を受け、心を改める。
決して諦めない。不思議生物『イパツオチチイナ』を見つけるまでは絶対に諦めない。
この池において進行自体は止まってしまった。しかし、隊員たちに今まで以上の気持ちが宿ることになったことを考えると、むしろこのアクシデントはいい影響与えたといえる。
そうして隊員たちは空を飛んで池を渡った。美鈴隊員の服と目元は濡れていた。
隊員たちが妖怪の山へ探検にきて大分時間が経った。日も暮れかけている。
「そろそろ限界じゃないかな。チルノ、どうしようか?」
「あたいってば最強ね!」
隊長の一声から隊はここでキャンプを開くことにする。
夜の森は危険。そのことは誰もが理解している。しかも『イパツオチチイナ』が罠を仕掛けている可能性もあり、更には昼食からずっと歩き詰め。チルノ隊長含む隊員たちも疲労の色を隠せない。
「じゃあここで休みながら『イパツオチチイナ』を捕まえる罠でも一応仕掛けておきましょうか。ルーミア、そのおびき出す手段ってのを見せてよ」
「そーなのかー」
ルーミア隊員が懐から取り出した『イパツオチチイナ』捕縛に使うその道具、それは全員が目を瞠るほどの驚くべき物であった。
「……ブラジャー?」
「あ、私それ知ってますよ。キューカンバー商工が新しく発売した『小悪魔フェイクで皆を一殺☆ 寄せて持ちあげるブラ!』ですね。何故か紅魔館の客間にチラシが落ちてました」
「こんなので『イパツオチチイナ』を捕まえられるのかな?」
「どうかしら……。まぁ不動大図書館がいうことだし間違いはないと思うけどね。っていうか間違いだったら今までの全部無駄だし」
「そーなのかー」
「あたいってば最強ね!」
隊員たちは戸惑いながらそのブラジャーを近くの木に吊るして『イパツオチチイナ』をおびき出すことにした。夜の闇の中であろうが昼間と同じように見ることが出来るミスティア隊員、虫たちと連絡を取り合うことで多角的に標的を見定めるリグル隊員、周りに気を張り不審な生き物が近づいた場合すぐに分かる美鈴隊員がそれぞれ見張りの役につく。ルーミア隊員とチルノ隊長はもしものことがあった場合のために体を休めてもらうことになった。
こうして隊員たちの緊張した見張り作業が始まるのである。
「あ、あの、にとり。ちょっといいかしら?」
「ん。一体どうしたの、何か問題が?」
「ほら、もう夜じゃない? そろそろ館に帰らないといけないのよ。うん、そう帰らないといけないの」
「そうか……。今まで丸太とか蟲とか橋でお世話になったしね。うん、ありがとう。貴方の協力でいいものが撮れた、感謝するよ!」
「そう、じゃ、じゃあ私は帰るから。いい? 私、帰るからね?」
「了解。盟友よ、何かあったらいってね。次は私が手助けするから」
「あたいったら最強ね!」
チルノ隊長が寝言でまで自己主張をしながら寝返りをうちまくっている。
今見張り番についているのは美鈴隊員だが、やることも特にない他の隊員たちも同様に木に吊るされたブラジャーに視線をやっている。
「それにしても、あぁいうの欲しがったりするものなの?」
「さぁ。私たちにはよく分からないわね」
「うーん。胸のことで色々と悩んでいる人も結構いると聞きますし」
「そーなのかー」
あまりブラジャーという物に興味もなく、また接点もないリグル隊員・ミスティア隊員・ルーミア隊員は美鈴隊員の言葉に首を傾げる。そもそも妖怪が人間のようにブラジャーをつけることも殆どなく、隊員らがその重要性について知ることもないのだろう。
焚き火のパチパチという音を聞きながら、隊員たちは普段見ないブラジャーについて話を続ける。
「このブラジャーって特別なんだよね? 何が普通のと違うのかな」
「そういえばそうね。寄せて何とやら~って名前がついてるみたいだけど」
「このタイプのブラジャーはですね。何というか、形を整える以外に胸を出来るだけ大きく見せる効果があるんですよ」
「そーなのかー」
月が雲に隠れ、隊員たちの周りも少しだけ暗くなる。ほんの少しだけ。
「大きく見せる、ね。そんなことしてそうするんだろうね」
「大きさといえば中国さんは大きいわよね、胸。このブラジャー使ってるの?」
「あぁ、いえ。私は使っていませんよ。こういうのを使うのは胸が貧しギャー!」
「そーなのかー」
周りに響く美鈴隊員の悲鳴。なんと美鈴隊員の胸には鋭利なナイフが刺さっている。
「う、うわぁぁぁ! 中国さんの胸にナイフが!」
「ちょっと! あれを見て!」
ミスティア隊員の声を聞き、木に吊るしていたブラジャーの方を見てみると、そこにブラジャーの姿はなかった。吊るしていた紐は鋭利な刃物でスッパリと切られている。
隊員たちは戦慄した。いる、今この近くに『イパツオチチイナ』がいる。
美鈴隊員の胸に刺さっているナイフが不動大図書館からの情報にあった投擲が得意という一文を思い出させる。
ついに隊員たちは『イパツオチチイナ』に近づいた。あとは捕まえるだけ。
だが隊員たちには『イパツオチチイナ』がどこにいるのか分からない。不思議なことである。美鈴隊員に見つからないように気配を消し、更に虫たちからも隠れきっていなければまず近づいた時点で皆気がついているはず。
隊員たちは戦慄する。そんなことが可能なのだろうか。達人の察知能力、虫たちの多角的監視を全て乗り越えブラジャーを奪い取られた。音もなく、姿もまるで見せずに。
「あ、ありのままに今起きたことを話すよ……。『気がついたらブラジャーがなかった』。な、何を言っているのか分からないと思うけど、私も何が起きているのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだよ。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったんだ……」
「そーなのかー」
隊員たちはパニックに陥る。どうすればいいのか。近くに捜し求めた『イパツオチチイナ』がいる。確実にいる。しかしどこにいるのか、また何故美鈴隊員が襲われたのかも分からない。『イパツオチチイナ』は好戦的な生き物なのか。もしそうであるなら隊員たちの命が危ない。
「と、兎に角、中国さんをなんとかしないと!」
「そうね。この大きな胸に刺さったナイフを……きゃっ!?」
「ま、また飛んできた! 何で? どうして中国さんの豊満な胸に、ってまた!?」
「そーなのかー」
「このままじゃ中国さんのビッグバストが! また飛んできた!」
「もうやめて! 中国さんの大きな乳のライフはもう……あぁ、マイナスにいっちゃう!」
「そーなのかー」
「くっ、卑怯だぞ『イパツオチチイナ』! 姿を見せろ! これ以上中国さんのたわわに実った果じ、うわぁ!? 言い切らないうちにまた飛んできた!」
「ほ……、まだ『ほ』しか言ってないのに飛んできたわ!」
「そーなのかー」
暫く『イパツオチチイナ』によるナイフの投擲は続き、美鈴隊員の胸はまるでサボテンのような姿に。
隊員たちは戦慄した。認識が甘かった。『イパツオチチイナ』をただの不思議生物としか思っていなかった自分たちの考えの甘さ、悔やんでも悔やみきれない。もし美鈴隊員の胸に集中されたこの攻撃が自分に向いていたら、考えるだけでも恐ろしい。『イパツオチチイナ』の本当の恐怖は罠を使うその知性ではなく、あまりにも高い戦闘能力と我々に一切姿を見せないその高い潜伏能力であった。
隊員たちはなすすべもなく『イパツオチチイナ』の前に敗北した。主に美鈴隊員が。
もうこちらに近づく意図がないことに気がついたのか、もしくはナイフがなくなったのか。『イパツオチチイナ』の攻撃は止んだ。
その様子をがたがたと震えながら見守ることしかできない隊員たち。
夜が明ける。我々は『イパツオチチイナ』の前に完璧に敗北した。
チルノ隊長は何かあったときのためにずっと寝ていた。
「あたいってば最強ね!」
夜も明けきり、なんとか息を吹き返した美鈴隊員を全員で担いで我々は妖怪の山を降りる。
目標の『イパツオチチイナ』には出会えた。しかし、その圧倒的な力の前に我々はただ震えることしか出来なかった。
不甲斐ないと笑う者もいるだろう。馬鹿なやつらだと呆れる者もいるだろう。
我々はその言葉をバネに、次こそはその正体を解き明かすことを約束したい。
我々は諦めない。かの『イパツオチチイナ』の正体を解き明かし、そして捕まえることを絶対に諦めない。
隊員たちはこの敗北を心に刻み、次の挑戦へ向かって走り出す。
ただ、最後に一ついわせてもらいたい。
『イパツオチチイナ』は存在するということを。
「パチュリー様。ちょっとよろしいですか?」
「どうしたの咲夜。額に青筋浮かべて」
「あの、にとりたちが来た時に話していた『イパツオチチイナ』とは何なのでしょうか」
「別にそんなことどうだっていいじゃない。結局見つからなかったんでしょ?」
「どうして、『イパツオチチイナ』っていう名前なのでしょうか」
「さぁ。適当に目に付いたのを適当にいっただけだからその時の私でないと分からないわ」
「……うふふふ。今夜は長い夜になりそうですね」
「そうね。ついでにレミィも呼んでおいてくれない? 発案はあの子なんだから」
今夜の紅魔館はいつも以上に紅かった。
そしてこういう咲夜さんの胸のネタなどがいい加減煩わしい。
ついでに私はそのネタが解りませんでした。
読み物としては悪くないのかもしれませんが、冒頭にも書いたとおり
チルノのセリフで下降気味。
今度は既存の二次設定に頼らないようにするとなお良くなるのでは。
チルノがおなじことしか言わないのが最初疑問でしたが、ネタが分かってからはそういや毎回隊長っておなじことしかいってなかったな……と思って納得。そしてUMAな咲夜に泣いた。
ギャグ物初挑戦のようですが、私は楽しく読めました。次回も期待しています
>もう、私たちを鳥目にしてどうするのよ
何故ルーミアで鳥目?ミスティアでしょ
>キャンプを開く
キャンプを敷く
不思議生物のえろやさしい捕獲を期待していたので、それが残念です。