「私の子供よーっ!」
真に迫った咲夜の声が、紅魔館に木霊する。
ここだけ抜き出せば何の話だかわからない。だがしかし、周りの反応を見ればすぐに理解できるだろう。
「まぁ、言っちゃあ何だけどありきたりな話よね」
「途中でオチもよめたしな」
「そういうものですわ」
辛辣な霊夢と魔理沙の評価に、咲夜は肩をすくめる。美鈴は苦笑いしながら抱きついてきたフランの頭を撫で、小悪魔はパチュリーに抱きつくタイミングを伺っていた。
「幽々子様、あなたが気絶してどうするんですか」
冥界からやってきた亡霊の御姫様は、打ち上げられた魚のように見事な仰向けで意識を手放している。
「まったく、幽々子は情けないわね。ところで、藍。お手洗いに行きたくない?」
「行きたいなら行きたいと言ってください」
怖がるから橙を連れ来なかったのに。藍の思惑は意図せぬ人物によって崩壊していた。
無言で裾をつかんでくる紫を連れて、お手洗いに向かう二人。
「ああも怖がってくれると、話したこちらも嬉しくなってきますね。ねえ、お嬢様」
レミリアは耳は塞ぎ、目を瞑って小さくうずくまっていた。どうやら、話が終わったことにも気づいていないらしい。
寒さに震える小動物のようで、思わず抱きしめたくなる。というか、気がついたら抱きしめていた。
「な、何っ!?」
しかしその甲斐あってか、ようやくレミリアは咲夜の怪談話が終わっていたことに気がついたようだ。手を離し、暑っ苦しいわよ、と咲夜から離れる。
小悪魔はどこかから舌打ちが聞こえたような気がして周りを見渡したが、そんなことをしそうな人物はどこにもいなかった。
「あ、ああ……終わったのね。なによ、終わってたなら終わってたって言いなさいよ。まったく、もう。それにしても、全然怖くなかったわね。甘いわ、咲夜」
誰もが呆れて何も言えなかった。あれだけ怖がっておきながら、まだ見栄をはるのか。
これが吸血鬼の持つプライドの高さである。
とりあえず咲夜はほほ笑ましい笑顔でもって、頭を撫でておいた。レミリアは大層嫌な顔をしたという。
「じゃあ咲夜が終わったから、次は誰? 早苗?」
急に名指しされた早苗は目を白黒させながら、自分を指さした。
「私ですか? でも、そういう話はあまり知らないんですよ」
「そう。なら、魔理沙は?」
「ああ、いいぜ。とびっきり怖い話を用意してあるんだ」
自信満々に言い放つ魔理沙。
戻ってきた紫は顔をひきつらせ、幽々子は妖夢にしがみつく。
「そんなに怖がってどうするんですか。亡霊でしょ」
「妖夢、あなた怖いものが苦手なんじゃなかったの」
「苦手ですよ。でも、このぐらいの話なら怖くありませんから平気です」
淡々と言い放つ従者に、恨めしい視線を送る幽々子。
傍目でそれを眺めていたレミリアは呆れたように肩をすくめ、首をふった。
「やれやれ。情けない主を持つと従者も苦労するようね」
そう言うレミリアの両手は、しっかりと己の耳を塞いでいた。準備は万端。後は話が終わるのを待つだけだ。
三者三様の反応に、魔理沙は苦笑いしながらも口を開く。
「あれは、私がある花を採りに行った時のことだ」
私はその日、ちょっとした用事があってある花が必要になったんだ。
何の花かは、まあ言う必要はないだろ。とにかく、ある場所から花を採ってこないといけなかった。
そのある場所ってのは、皆も知ってるはず。幽香の花畑だ。
おっと、言っておくが花を採る行為が怖いってオチじゃないからな。そりゃあ確かに幽香は怖いが、花を採るぐらいはわけない。
それでだ。私は意気揚々と花畑に向かったわけだ。
箒にまたがり、颯爽と風を切りながらな。天気も良かったし、今にして思えば最高の機嫌ってやつだったと思うよ。
そんな上機嫌な私はだ、当然のごとく何の警戒もしてなかったわけだ。
まあ、幽香の花畑に向かうわけだから、最低限の警戒はしてたがな。
特に変わった対策はとっていなかった。
だからだろう。
私は真正面から、それを見てしまったんだ。
地面に寝そべり、最高の笑顔で「うふふ、今日もお花さん達は綺麗ですねぇ」とか言ってる幽香の姿をな!
魔理沙が口を閉じる。
確かに怖い話であった。あったのだが、どうにも方向性が違うように思える。
その証拠に、紫と幽々子はすっかり回復しきっていた。
「ああ、それは怖いわね。ねえ、幽々子」
「まったく。持ちたる力に似合わない言動は、ただただ見苦しいだけなのよ」
などと、見苦しい発言をしている。
思ったような反応を得られなかったせいか、魔理沙の表情は優れない。不思議そうな顔で、首を捻っている。
早苗は小声で、隣にいた霊夢に尋ねた。
「さっきのって、母親が自分のセーラー服を着てポーズを決めていたとか、そういう方向性の話ですよね。そういうのでも良いんですか?」
「別に誰かが審査してるわけでもないし、良いんじゃないの?」
「そういうものですか……」
一様に肩透かしをくらったような反応を見せる中、レミリアだけは事情がわからずに右へ左へ視線をさまよわせていた。当然だ。話を聞いていないのだから。
それでも断片的に拾った単語で、何となく理解したらしい。
「ある意味ではUMAね」
どんな単語を拾ったのだろうか。謎だ。
「次は誰がする?」
霊夢の質問に、答えるものはなし。互いの顔を見合って、牽制しあっている。
そんな中、おもむろに妖夢が手を挙げた。
「じゃあ、私がやります」
「ちょっと妖夢。別に無理して挙げなくてもいいのよ」
「いえ、無理なんてしてません。ただ、私も話してみたくなっただけです」
「いいから! 話さなくていいから!」
必死な形相で幽々子は立ち上がろうとする妖夢を押しとどめる。後ろから、さりげなく紫がエールを送っていた。
しかし健闘むなしく、妖夢は話す権利を勝ち得たのだった。
「それでは、つまらない話ですが一つ」
「つまらないなら言わなくていいわよ」
まだ諦めてない主をよそに、従者は滔々と語り始めた。
庭師といえど、私は剣を携える者です。日々の稽古は欠かしたことがありません。
ですから、刃物の扱いには長けているつもりでした。
勿論、刀だけに限った話ではありません。包丁に関しても、技術だけなら幻想郷でも五指に入る腕前だと自惚れていました。
私は、幽々子様の夕餉の支度をしていました。
ただ、その日は遅くまで借りていた本を読んでいたもので、猛烈な睡魔が私を襲っていたのです。
困ったもので、単調な作業は私の睡魔を増幅させるだけでした。
ニンジンを切り、睡魔が増え。
じゃがいもを切り、睡魔が溜まり。
ピーマンを切っていたところで、うっかり手を滑らせてしまったんです。
ザクリ。
嫌な音がしました。
そして、手には妙な感触と遅れて激痛が。
下を見れば、私の親指を深くえぐるように刺さる包丁の姿がありました。
見事にスッパリ切れたところからは白い骨に桜色の肉が……
グロテスクな場面を事細かに話し始めた妖夢に、さすがのストップがかかる。
霊夢と魔理沙に止められて、妖夢は少し不満顔だ。
「まだ話の途中なのに」
文句を言われても困る。
ただグロには耐性があったのか、紫と幽々子は困ったものねと呆れ顔だ。しかし、微かに安堵感が混じっているのを藍は見逃さなかった。
指摘しないけど。
「お嬢様、終わりましたよ」
「えっ、ああ、大したことなかったわね。ふん」
まさしくコウモリのような身の変わりように、咲夜は微笑みを隠せなかった。
「抱いていいですか、お嬢様?」
ついでに欲望も隠せなかった。
ノーと叫ぶレミリアを無視して、愛の抱擁が始まる。
ちなみにフランドールはいつのまにか美鈴の膝の上で寝ていた。ある意味、この場で一番幸せなのはフランドールかもしれない。
「そろそろ誰か方向性を戻してくれないかしら」
霊夢の頼みに、答える者はやっぱり無し。
ならば、と妖夢が立ち上がりそうになるけれど魔理沙が強引に戻す。
「無いようだったら、この辺でお開きにしたいんだけど」
拍手喝采で賛同する紫と幽々子。そんなに嫌なら来なかったら良かったのに。
どうして来たのか、まったくもって謎だ。
「じゃあ無いようだから……」
「あっ、東風谷早苗さんはいますか?」
何の前触れもなく椛が現れる。
早苗は怪訝そうな顔をしながら、いますけど、と立ち上がった。
椛は懐から小さな箱を取り出す。
「地下からこれをお届けにきました」
地下から?
妙な場所からの届け物に、皆が同じような顔をする。
早苗はとりあえず受け取り、差出人を確かめた。
『古明地さとり』
嫌な予感がした。全力で嫌な予感がした。
さとりと会ったことは無い。
だが、その能力は知っている。そして、どんな攻撃をしてくるのかも。
そこから導き出される答えは、早苗にとって非常に都合の悪いものだった。
「なになに……拝啓、東風谷早苗様」
小箱には手紙も同封されていた。魔理沙は横から盗み見るように顔を出し、手紙の内容を声に出す。
「この度の宴に私も参加したく思っていたのですが、飼い猫がマタタビを嗅いで絶賛発情中なので参加することができなくなりました。つきましては、参加者の一人である東風谷早苗様にまつわる怖い話を手紙にさせてもらいました。同封した小箱には、それにまつわるものが収められています、か」
読み終えるや否や、早苗は全速力で走り始めた。
どこへ? どこへでも。
とにかく、誰もいない場所へ行きたかったのだ。でなければ、この小箱を取られてしまう。そして、中を見られてしまう。
早苗は箱の中身が何か知らない。だが、思い当たる節は山のようにあった。
逃げなくては。自分のプライドが危ない。
しかし、この面子を相手に逃げ切れると思う方がどうにかしている。
咲夜が時間を止め連れ戻し、紫とレミリアが両側を固めた。ついでに、足はパチュリーの魔法によって凍らされている。
「おいおい、逃げることないだろ。安心しろよ。これはちゃんと、私たちが責任もって開けてやるから」
至極楽しそうな笑顔で、魔理沙は悪魔のごとき言葉を紡ぎ出す。
早苗は唇を噛みしめながら、この場にいなかった神様二柱を恨んだ。しかし、いたところで面白がって早苗を拘束しただろう。
「さて、箱の中身はなんだろか」
パカリ、と終わりを告げる音が響く。
魔理沙は中を見た。
「なんだ、これ?」
中に入っていたのは、手紙とカセットテープ。
とりあえず魔理沙は手紙を取り出し、内容に目を通す。横から咲夜や霊夢も興味深そうにのぞき込んでいる。
『東風谷早苗様のトラウマです。聴く時はくれぐれも、心の準備をしておくよう注意しておきます』
手紙には、その一文だけが記されていた。
これでは、何のことだかわからない。
ただ、本人には理解できたらしく早苗の暴れっぷりときたら闘牛もかくやという勢いであった。
「しかしカセットテープか。誰か再生できるもん持ってないか?」
そう言われても。そんな物を常備している人間などいない。
「ああ、それならあるけど」
人間にはいないが、スキマ妖怪にはいるらしい。
なら話は早いと、魔理沙は箱のカセットテープを取り出した。紫はスキマに手を突っ込み、テープレコーダーを引っ張り出す。
いそいそとテープを入れて、再生ボタンを押した。
『東風谷早苗の風祝レディオショー!』
全員が一斉に吹き出した。
『はーい、始まりました東風谷早苗の風祝レディオショー。お相手は皆さんおなじみの風祝。美人で評判の東風谷早苗でーす。あっ、誰も言ってない? いやだなぁ、冗談ですよ冗談』
淡々とラジオが進行していくよそで、早苗はいっそ殺せと叫んでいた。
『それじゃあ、一通目のお便りを紹介しちゃいましょう。ラジオネーム守矢の巫女さんからです。早苗さん、聞いてください。私は高校生なんですけど、なんと先日クラスの男子から告白されちゃいました』
自分で自分に相談という斬新なスタイルに、それまで笑っていた幻想郷の面子もさすがに笑えなくなってきた。逆に同情的な表情へと変わっていく。
ちなみに、早苗は告白なんてされていなかった。
『あー、確かに男の人は恋愛よりも身体を優先しちゃいますからね。嫌らしい目で見てくるのも、しょうがないと言えばしょうがないことですよ。それはもう、そういうものだと割り切っていくしかありませんね』
自信たっぷりにお伝えしく早苗だったが、恋愛経験はゼロだった。
『じゃあ続いては、私が詩を朗読する風祝の調べのコーナー!』
いたたまれなくなって、さすがに魔理沙もスイッチをオフにする。
しかし時すでに遅く、早苗は生きた屍のようにぐったりして動かない。
妙な沈黙が場を支配していた。
誰も口を開こうとしない。
そのくせ、誰かこの空気を打ち壊してくれる救世主を求めているようだ。
でしたらここは、と妖夢が立ち上がろうとするけれど幽々子に引っ張り戻され、口にガムテープを貼られる。
「いいわ。だったら、次はこの私が話を披露するわよ」
立ち上がったのは、レミリアだった。
意外な人物の立候補に、紅魔館のみならず他の面子も驚きの表情を見せる。
レミリアは威風堂々と胸を張り、鼻息も荒く、話し始めた。
あれはそう、つい先日のことだったわ。
私はどうにも寝苦しくて、不意に目を覚ましたの。
確かに私が寝ていたのは昼だけど、紅魔館は基本的に涼しくなるようにできている。だから、暑さが私を起こしたわけじゃない。
だったら、どうして目を覚ましたのかしら。私は不思議に思いながら、また寝直そうとしたの。
でも、やっぱり寝苦しい。
というよりも、どうも誰か見られているような気がする。
私は薄目を開けて、こっそりと周りの様子をうかがったわ。
だけど、当然誰もいない。
怖くな……じゃなくて、とにかく私は布団をかぶったの。
視線を遮るようにしてね。
どれだけの間、そうしていたかしら。
そろそろ大丈夫だろうと、私は布団から出たの。
その瞬間、背筋に何とも言えない寒さを感じたわ。
まだ、見てる。私を。
さすがにここまできたら、誰が見てるのか確かめないと吸血鬼の名が廃る。
私は震える足で、視線の元を探ったの。
視線は、クローゼットの中からだったわ。
息をのみ、間髪入れずに私はクローゼットを開けた。
そこには!
「鏡があったのよ」
なんだ、と一斉に皆が崩れ落ちる。
幽々子と紫は心臓の辺りを押さえながら、まあ途中でオチが読めたけど、などとどこかで聞いたような事を話し合っている。
でもまあ、これで少しは場の空気も変わったというもの。
レミリアは満足そうな顔で、再び腰をおろした。
「オチはあれだけど、あんたもそういう話を持ってるのね」
霊夢の言葉に、むっとレミリアは口をとがらせる。
「失礼ね。それじゃあ、まるで私が怖い話が苦手みたいじゃない!」
「……いやもう、何も言わないけど」
呆れるのも疲れたという風に、霊夢はため息をついた。
「じゃあ、今度こそ最初の流れに戻してくれる人は……」
さっ、とパチュリーが手を挙げる。
「ああ、じゃあ次はパチュリーね」
「いえ、別に何か話があるわけじゃないわよ。ただ、一つだけ気になることがあって。レミィ」
呼びかけられたレミリアは、何よ、と言葉を返した。
パチュリーは淡々と、言った。
「吸血鬼って鏡に映るの?」
レミリアは絶句した。
そして、その日以来、必ず誰かと一緒に寝るようになったという。
ついでに紫も、幽々子も。
って他の場所にはあるのかw
ほぼ全員まともな怪談話をしていないのもまあお約束と言えばお約束w
一番怖かったのは早苗さんの話(?)ですけどね! 読んでる内に変な脂汗が……いやさすがに自作ラジオとか作ったことはないッスけど。
後書きの咲夜さんは、つまりクローゼットなんてわかりやすい場所に隠れていたことはないという(ry
> 私が誌を朗読する風祝の調べのコーナー!
さとりは早苗の黒歴史テープをどうやって入手したんだ?w
美鈴の膝枕でおねむになってしまったフランドールをしっかりと幻視しましたよ。フラン可愛いよフラン。
あ、あと早苗さんのトラウマテープ、ダビングして欲しいんですけど。
そういったものは体験らしいものはしたことないですね。
何気に主たちが怖がってるのが良かったです。
咲夜さんが隠れているのはきっと天井裏とかベッドの下とかかな?
そして痛い!!!
誰?
てかさとりちゃん!人にはそっとしておくべき歴史があるものなんですよ!!
2次設定だったかな?
なんでこっちの様子をテープに録音してこなかったんださとり様!
>24の名前が無い程度の能力さん
妖夢が怖がりは1次設定ですね。ソースは永夜抄おまけtxt(肝試しにびびってる)。
>24.
苦手じゃないのかというつっこみは、作品中に幽々子様がしてくれてます
と一応つっこんでみる
>16.
そりゃあ離れられた咲夜さんでしょw
あと苦手なのに怖がらないみょんいいよみょん。
テンポよし、ギャグよし、落ちよしで見本の様。
私もこういうの書けるようになりたいなぁ…。
オチがこうなる怪談がどうしても思いつかない。
く、腐れ外道~~~!!
そして咲夜さんはベッドの下でドレスを顔に巻きつけているんですね、わかりまs(ry
構成が単調だったのと、文がぶつ切りな感じがしたので多少点を引いてこの点数をつけさせてもらいます
クローゼットに隠れてたのは美鈴ですもんねw