†
その明かりで、目が覚めた。
「…………ん、」
あるいは、それ以外のすべてのせいでなのかもしれないと――アリス・マーガトロイドは薄く薄く閉じた瞼を動かしながら思った。睫毛が停滞した空気をなでる。瞼の向こうからさす光は優しくて、その眩しさで目を覚ますとは思えなかったからだ。
太陽の光を反射して輝く月の光。
満月にすら足りない、三日月の光だ。
閉じたはずのカーテンは開いていて、角度を得た月光が、対端のベッドで横になる自身の顔にあたっている。眩しい、とは思わなかった。
光が、と。
そう想った。
「――――ん、」
まどろむ意識はまどろんだまま覚醒しない。夢うつつのままに開けた視界はどこまでもぼんやりとして夢のようだ。捉えどころのない光景を、三日月の光だけがおぼろげに照らしている。
夢のよう。
どこまでも現実味がなくて、瞼を閉じるだけで、すべては夢と化すだろう。明晰夢とも違う。対岸で、ただ見ているだけのような――
光。
光がある、と茫洋に思う。遠くの三日月だけでなく、近くに星がある。きらきらと、時とともに瞬き方を変える星の光。その瞬きが、金色の髪が月光を反射しているものだと――アリスはすぐには気づかなかった。気付くまでずっと、その姿を見ていた。
開いたカーテン、閉じた窓、金の髪と背を向けて、月を見上げる霧雨 魔理沙の姿を。
それは、切り取られた絵画じみた情景で――だからこそ、理解してしまう。
そこに、手が届かないことを。
絵画の中の人物に、触れることができないように。
「――――、」
霧雨 魔理沙は気づかない。振り向かない。アリスの視線に気づくことなく、魔理沙は果てを見上げている。
アリスから見えない向こうで、その瞳には月しか映っていない。月しか見えていない。月しか見ていない。月しか。
自身の姿は、瞳に映らない。
「…………、」
意志をもって――それは勿論、無意識下の意志だった。そうでなければ、アリスは瞼を開け、声をかけていたはずだ。言葉を発すれば、魔理沙は振り向いただろう。そうすれば、今、心にわいた感情をなかったことにできるからだ。
そうはならなかった。意志をもって、アリスは瞼を閉じる。光が、闇の中に消えていく。それでも意識は沈まない。覚醒することも、眠りに落ちることもない、まどろんだ意識。
夢うつつの中で、停滞した部屋の空気が動く。カーテンの閉まる音。微かな、忍んだ足音。足音は近づき、気配は近づき、吐息が聞こえる。
すぐ横で衣ずれの音。
魔理沙がベッドで横になる、すぐに寝息が聞こえてくる。
それを聞いて、アリスの意識もまた、深い眠りについた。
†
夏で、昼だった。
暑さが幻想となってしまったかのような、空気が煮えたぎる八月の夏。地面から湯気が立ち昇って見えかねない、陽炎に姿がゆがみかねない、夏。陽射しは未だ頂にあって、あまりにも強い輝きは遠く離れて見える。夏。空に雲は一つもなく、どこからか流れてくることもない、風が吹くことのない夏だ。
熱気は消えさることなく沈澱して重なっていく。思わずアリスは魔法で熱気をどこかへ流してしまおうかと考えるが、すぐに意味がないと頭を振る。この魔法の森だけでなく、幻想郷そのものが暑いのだ。天蓋で密封されたかのように、熱はどこへいくこともなく、ただここにある。
夏。
「……ここはまだマシだと、」
言葉とともに吹く息は熱をもっている。体温の方が高いのか、外気の方が暑いのか、そんなこともわからなくなる。
「そう思うべきなのかしら」
「……さぁ?」
となりをいく魔理沙の声からも、いつもの元気は失われている。
横目でうかがえば、木製のバスケットを抱えた魔理沙は犬のように舌を突き出していた。思わず笑いそうになる。姿は赤ずきんのようなのに、行動は狼のようだと、そんなことを考えたからだ。
――それにしては、黒いけれど。
魔法使いとしての矜持なのか、魔理沙の服はいつも通りに黒い。流石に帽子だけは外し、空いた手で持ってぱたぱたと団扇代わりに使っている。熱い空気をかきまぜているだけで意味がない、どころか体内に熱を生むだけだと思うのだが、やる気なく動かす手を魔理沙は止めない。
それでも――確かにまだマシなのかもしれない、とアリスは繰り返し思う。
自分たちが歩く魔法の森は、一年中鬱蒼とした木々に覆われた森だ。四方にのびた枝葉たちが光を受け止め、地面には影しか落とさない。ところどころに木漏れ日の光が見えるくらいだ。
同じように、木々に遮られているせいで風も入ってこないのだが、どのみちろくに風など吹いていないのだから意味のないことだった。
「紅魔館前の湖は」
「え?」
「水が気化して、酷く蒸すそうだぜ」
「ふぅん……」
その光景を想像する。紅い吸血鬼の紅い館、その周囲に広がる湖の情景を。
冬は広大な氷板となり、春は妖精たちが飛び交うそこを――それは酷い有様だった。水はぬるま湯のようにゆだち、気化した水蒸気は充満し、気体が熱を伴ってからみついてくるのだ。閉じ込められた熱により、水場は他の場所よりも遥かに過ごしづらくなっているに違いないのだ。
そして、思う。
彼女は、その話を誰に聞いたのだろう、と。
「……いきたくないわね」
思うだけで考えはしない。それは考えてはいけないことだからだ。熱で固まった脳はエラーを吐きだし少しも回ろうとはしない。記憶を引きずりだすことすら難しい。反射的な感情で動くだけだ。
だからこそ――夜がくるたびに考えてしまうのだ。
陽が沈み、熱が引き、月が昇る夜がくるたびに。
「いきたくないわね――どこにも」
口から出した言葉は熱気に溶けて消えていく。魔理沙には届かない。自分にさえ届かない。誰にも届かない言葉は生まれてきていないことに等しく、生まれることのない言葉は感情の底に沈んで積み重なっていく。
消えたわけではない。
沈澱して、底にあるのだ。
陽の光が強すぎるから見えないだけで。
月光の下で、それは姿を現すのだ。
「……今どれくらい?」
意志を持って問いかけた。
しゃがんでいた魔理沙は、声を発することも立ち上がることもなく、黙ってバスケットの中を向けてくる。片手で持てるバスケットに半分ほど詰まっている。それが、魔理沙が手に入れた魔法のキノコの総量だ。
魔法の森でしか手に入らない、魔法の材料となる、魔法のキノコ。ここしばらくの熱帯気候に騙されでもしたのか、キノコたちはいつもよりも二周りは大きい。そうでもなければ、いくら材料が切れたとしても、こんな暑い中出かけたりはしないだろう。
自身のバスケットへとアリスは視線を落とす。魔理沙の持つそれと同じ大きさのバスケットには、同じ魔法のキノコが詰まっている。けれど魔理沙が得た量にはわずかに足りない。二人分を足したところで、バスケットを満たすことはできないだろう。
つまりは、足りない。
一人でも、二人でも、足りていない。
もうしばらくは、この暑い中で活動しなければならない。そう思うと、周囲の熱気がどっと暑さを増したような気がした。眩暈のするような夏。
見てはいけないものを、見てしまうような、夏。
「……ま、がんばるとするか、な――」
言葉とは裏腹に、億劫そうに魔理沙は立ち上がる。その目を、アリスは見つめる。向かい合うと自身のそれよりもわずかに高いところにある瞳を見つめて、アリスは言う。
「そう、ね」
それは、本当に言おうとした言葉だったのだろうか。
本当は何か違うことを言おうとしたのに、口から出てきたのは曖昧な肯定だった。自身の言葉に違和感を覚え、けれど違和感はすぐに夏に溶けていく。
溶けて消えずに、
溶けて、沈んでいく。
「そうだな――」
魔理沙もまた曖昧な言葉を返し、話はそちらに引きずられて違和感を意識しなくなる。空白の頭蓋に、夏の暑さが滑り込んでくる。白く、熱と光に溶けるように、意識は希釈される。夏。摂氏三十度を超える、暑い暑い――
ひやり、と。
首筋に冷たい何かを感じた。茫洋と片手で首の後ろを触れてみる。冷たい感触――はなかった。温かくもない。
ただ、ぬるりと。
首筋は、酷く汗ばんでいた。
「………………」
汗で濡れた手を引き、スカートのポケットからハンカチを取り出し、アリスは自身の汗をぬぐう。汗をかいていたことを自覚していなかった。
あとで水分をとらなければ、と思う。水が足りていない。生きるために必要な水が。
飲まず食わずで生きられる魔女ならば、本来口にする必要のない、人間としての機能。人型としての名残り。
顔をあげる。
立ち上がり、前をいく魔理沙は背中を向けている。じっと見る。黒い服の隙間から見える白い肌は、端から見てわかるほどに汗ばんでいた。人間としての機能。少し前をゆく魔理沙の歩幅はアリスよりもわずかに広く、足早でなければ同じ速度で進めない。暑くて動きたくもないが、足を止めれば、置いていかれるのだ。
「……倒れるわよ、そんな無頓着だと」
足を速める。魔理沙に追いつき、彼女の肩に手をおいた。魔理沙は「ん」と頷き、足をとめ、わずかに振り返り、髪の陰から片目だけで見つめてくる。金色の瞳。光を帯びた瞳に、自身の顔が映っている。
その瞳を、
見上げることなく、アリスは指先をそらした。遠く、木漏れ日の向こうを見ながら、肩においた手を動かす。長くのびた魔理沙の髪を、片手でくくるようにして持ち上げる。あらわになった首筋は汗に濡れていて、白いうなじへアリスはハンカチを押し当てる。
魔理沙の肌が一瞬震え、汗が動き下へ流れようとする。それをぬぐうようにして、アリスはハンカチを肌に這わせた。肌は柔らかい――ハンカチごしでさえ温度が伝わってくるかのようだった。
「ん、…………」
むずがるような声に名残惜しさを感じ、名残惜しいと思ってしまったからこそアリスは手を離した。汗で濡れたハンカチをしまい、髪をおさえていた手を離す。長い髪は波打ち、たちまちに肌を隠してしまう。それすらも名残惜しく思う。
彼女はそこにいるのに、手を伸ばせば届くところにいるのに――どれだけ手を伸ばしても届かないような、そんな気がしてならなかったからだ。
あの夜のように。
「……あぁ、暑いわね」
吐いた言葉にウソがないと、アリスは思うことができなかった。世界は夏。降りしきる陽光に空気がゆがみ、際限なく暑くなる夏の中にあって、心は夜のように冷たかった。背筋を伝う汗を、心に積もった何かを、冷たく、寒いとすら思えた。
冷えていくのだ、と。
アリスは顔をあげる。鬱蒼とした枝葉の向こう、木漏れ日の果てに太陽がある。
伸ばした手が消えてしまいそうな、強い夏の日差しだった。
†
そして夜がくる。
昼間の暑さは太陽とともに地平の向こうへと沈んでいる。それでも暑さのすべては消えはしない。タオルケット一枚ですら暑く感じる、夏の夜。
夜が繰り返す。
カーテンは閉め切られ、窓は閉ざされている。月の光も、熱気を孕んだ風も、外からは入ってこない。
代わりに、何も外へは出ていかない。
逃げることなく沈んでいく空気は、熱だけでなく獣のような体臭すら混じっている。どこか蒸すのは、肌からこぼれる汗が気化するからか。ランタンに閉じ込められた魔法の灯が、魔法の森の魔法の家の雑多な室内を、ほのかに頼りなく、赤い彩に染めている。
その中にあって、余計に彼女の肌は白く見えた。朱がさすような空気の中で、夢のように肌は白い。
白、白、けれど冷たくはない。触れた箇所は熱を持ち、生きる肌は弾力を返す。指が熱いのか、肌が熱いのか、空気が熱をもつのか、アリスにはわからなくなる。
月はない。
それでも彼女の裸身は、シーツの上に広がる金の髪は、輝きを持って見えた。
部屋は閉ざされている。
何も外へと漏れることはない。むき出しになった肌も、閉ざした口から洩れる声も、だくだくと流れる汗も。声も、姿も、光も、感情さえも。外にはこぼれることがない。
ただ二人きり――ただ閉ざされた中だけで循環しているのだ。
「ぁ――――」
組みしいた下で、魔理沙の口から熱っぽい吐息が漏れる。近すぎるせいで、吐いた息が肌に触れてくすぐったい。そのくすぐったさをアリスは心地よく思う。互いに下着しか身につけていないせいで、息も熱も逃げることなく肌に触れていく。
熱い。
何もかもが。
何もかもが熱いせいで、どこかが冷えていることをアリスは自覚する。自覚したくないものから逃れるように、アリスは熱の中へ自ら没頭していく。
肌が熱を持ち、熱を持った肌同士が溶けあっていくところを幻視する。あつい。あつい。あつくなりたい。
近すぎる肌が、それでも遠いとばかりに近づいていく。距離はゼロになる、けれどもマイナスにはなれない。肌と肉の分だけ距離がある。
それを埋めるように、アリスは肌の上へと舌を伸ばした。汗ばんだ白いうなじへと顔を近づけ、吸いつくように唇をつけて、伸ばした舌で肌をなぞる。
「……ん、……」
少し上から声がする。うなじの辺りに息がかかってくすぐったい。うずめた顔の前には魔理沙の肌と髪があって、むせかえるような彼女の匂いがした。
触れた指先すら熱っぽい。
熱を感じるように、舌を這わせた。首に、蛞蝓の這ったような跡がつく。熱の中に、塩の味があった。しょっぱい――汗の味。肌の上で汗と唾液が混ざりあい、余計に匂いを際立たせていく。
彼女の匂いと、自身の匂い。
二つの体臭がとけあって、部屋の中に満ちていく。
内と外がひっくりかえったような。部屋そのものが、自身らの内へと入れ替わったような、幸福で魔術的な錯覚。意識は肥大化し、自我は揮発していく。暑い、熱い、――寒くてたまらない。部屋の温度は昼間のように熱いのに、沈み澱んだ何かは夜のように冷たいのだ。
「アリス――――」
声を呼ばれる。熱い吐息とともに。
もっと呼んで、と。
そう思いながらも、伝えるべき声はでない。舌は魔理沙の肌にはりついて離れようとしない。離れることなく、止まることなく、肌の上を這い続ける。
唾液が軌跡を残し、軌跡は赤の灯を受けてぬらぬらと輝き、口端から洩れた空気が音をたてる。息を吸うたびに肺腑に魔理沙の匂いが満ち、吐いた息は肌にすりこむように沈んでいく。
うなじを経て、舌は降りてゆく。衣ずれの音、魔理沙がみじろぎ、アリスは姿勢を落とす。微かに開いた両足の間に身体はすべりこんでいて、魔理沙の足が添えるように自身の脇腹にある。薄い胸が、吐息にあわせて上下しているのが、触れた個所から直接伝わってくる。
とくん、とくん、と。
心臓の音すら聞こえてきそうな距離。
うなじから鎖骨へと舌は動く。肉ばっていない細い体。浮き出た鎖骨を、アリスは口付けするようについばんだ。
「あ、」と魔理沙が肺腑から熱を吐く。シーツの上で遊んでいた魔理沙の手が、すがるようにアリスの手をとった。指と指が絡み合い、つかみ、力が入り、離れない。温かな手だ、とアリスは思い、そして自覚する。鋭敏になった感覚が、自覚してしまう。
自身よりも少しだけ――けれどもまぎれもなく長い指。少しだけ広い手のひら。強い力を。
自覚、した。
「、痛ッ――!!」
悲鳴のような声を魔理沙があげた。同時に、下腹部に重い衝撃が走る。痛い。痛い以上に冷たい。寒い。それが拒絶ではなく、痛みによる反射的な攻撃だとわかっていても、寒くて仕方がなかった。
「、あ、ごめ、ん――」
口が離れ、声が漏れる。視線の先には魔理沙の鎖骨があり、そこには鮮明な赤い跡が残っていた。微かに皮膚が破れ、赤い血が滲んでいる。すぐにでも治る小さなキズだが、キズであることにかわりはなかった。ついばむようにしていたその口で、その歯で、噛んでしまったのだ。
思わず。
それとも――意識しての行為だったのだろうか、今のは。
自問に答えはでない。アリスにはわからなかった。
沈黙するアリスに対し、魔理沙も、「いや――うん、こっちも、ごめん」と小さな言葉を漏らす。蹴ってしまったことを言っているのだろうが、その言葉は遠い現実のようにも聞こえた。意識は未だつないだ手に縛り付けられており、視線は鎖骨のキズに釘付けになっていた。
赤い血。/白い肌。
キズ。/大きな手。
赤。/白。
あつくて、つめたい。
「ごめん、ね――」
繰り返し呟き、繰り返すようにアリスは顔を落とす。握った手に痛いほどに力がこめられたが動きは止まらなかった。キズ口に、そっと、おそるおそる舌が伸びる。血はすでにとまりかけていたが、滲む血を舌先でぬぐい取る。
透明な唾液に赤い血が混ざる。汗ばむ肌の味に、苦い鉄の味が混ざる。混ざる、混ざる。
混ざって、溶けていく。
「ごめん――――」
何に対して謝っているのかも、もうわからなかった。舌は上から下、下から上へと戻り、首筋に口づけし、下で舐め、それから甘く噛んだ。
今度は予想していたのか、痛みに悶える声も衝撃もなく、魔理沙は声を噛み殺したように身をよじるばかりだった。
そしてアリスも、痛みを与えないように、優しく噛む。肩から首筋へ、白い肌へと、赤い跡をつけていく。一つ、一つ、また一つ。甘い痛みとともに、彼女の肌に、跡を。
「ごめん、なさい――」
それが、どちらの言葉だったのか、アリスにはもうわからなかった。
†
まどろむまどろむいしきがまどろむ。
とけるとけるじががとける。
みるみるゆめをみる。
みたくない。
みたくないものを、
まどろめない意識と溶け切れない自我と夢を見ない瞳が見てしまう。
「…………ぁ、」
いつかの写し身のようだった。現実感はなく、かつての記憶を、いつかの夢を、自身の目で見ているかのような光景。ゆえに現実味はどこにもなく、霧がかかったかのように明瞭としない。
月の光で、目が覚めた。
あるいは、それ以外のすべてのせいで。
「――――――」
薄く薄く閉ざされていた瞼を開く。何もかもが繰り返しだった。繰り返していく日常、繰り返していく夜、繰り返し行われる淫宴。昼と夜は繰り返していく。
閉じたはずのカーテンは開いていた。そして、角度を得た月光が、対端のベッドで横になる自身の顔を照らしていた。まぶしい、と思った。
光が。
窓の向こうに見える月は満月で、いつかの月よりもずっとずっとまぶしかった。それだけで目が眩んでしまいそうなほどに、妖しく光る満ちた月。その光が、遮られることなく部屋の内側へと入りこんでいる。
「――――――」
まどろむ意識はすでにどこかへ消えている。光にかき消されてしまったのかもしれないとアリスは思う。寝起きとは思えないほどに意識は覚醒しきっていて、だからこそ意志と意識をもって瞼を開ききった。
意識とは対照的に見える情景にはどこまでも現実感がなくて、瞼を閉じるだけですべては夢と――夢と化すことを願って、アリスは一度瞼をとじ、そしてもう一度開く。
けれど何も変わらない。
繰り返してきた夜と、同じ情景。ただ月だけが満ちている。
光が。
光がある、と明瞭に思う。遠くの満月に照らされて、近くに星がある。きらきらと、時とともに瞬き方を変える星が。その瞬きが、金の髪が月光を反射しているものだと――アリスは気づいていた。気づいてもずっと、その姿を見ていた。
開いたカーテン、閉じた窓、金の髪と背を向けて、満月を見上げる霧雨 魔理沙の姿を。
それは、切り取られた絵画じみた情景で――そして、アリスは理解している。
そこに、手が届かないことに。
絵画の中の人物に、触れることができないように。
「――――――、」
霧雨 魔理沙は気づかない。振り向かない。アリスの視線に気づくことなく、アリスの想いに気づくことなく、ただ果てを見上げている。アリスからは見えない向こうで、その瞳には月しか映っていないのだろう。月しか見えていない。月しか見ていない。月しか。
自身の姿は、瞳に映らない。
アリス・マーガトロイドは、そこに映ってはいない。
「………………、」
自身の胸にある意志を――それはもちろん、意識下にある意志だった。自覚しきった意志だった。そうでなければ、アリスは瞼を閉じ、眠りに落ちたはずだ。もう一度眠ってしまえば、今、心にわいた感情をただの夢にしてしまえるから。
そうはならなかった。アリスは瞼を閉じることなく、光に照らされた魔理沙の後ろ姿を見る。
自身よりも少し背の高い、その後ろ姿を。
――いつからだろう、とアリスは思う。
魔理沙の背が自身を越えたのは、果たしていつのことだっただろう。同じくらいの大きさだった手が、ほんのわずか大きくなっていたのは。育ったのは。魔法の力でさえ彼女の方が上だと自覚したのは、いつのことだっただろう。
あるいは、こうしてともに眠るようになったのは、夜が来るたびに耽るようになったのは、いつのことだったのか。それでもなお満たされないと気づいたのは、果たしていつだったのか。
いつからだろう。
いつのまに――霧雨 魔理沙は成長したのだろうと、アリスは思うのだ。
――いつのまに、置いていかれたのだろう。
それはまさしく恐怖だった。自覚してしまえば無視することのできない、心のすべてを占める圧倒的な恐怖だった。
彼女は成長していく。
彼女は前へと進んでいく。
彼女はどこかを見ている。
彼女はここにはいない。
彼女はこちらを見ていない。
彼女はどこかを見ている。
ここ以外のどこかへと、霧雨 魔理沙はいってしまう。
それは恐怖だった――恐怖以外の名前をつけることが酷く難しかった。つけてしまえば、それは別の感情になってしまうことをアリスは自覚していた。自分に対するものではなく、魔理沙に向かうものであることも。瞼を閉じるように、恐怖が別のものへと変わることを。
そして、
その方がいいのかと、アリスは思ってしまうのだ。
「――――ぁ、」
繰り返す夜と繰り返す恐怖の中、魔理沙は繰り返しではない行為をとった。
それは、満月のせいだったのかもしれない。
妖しい光が、彼女にそうさせたのかもしれない。
すなわち――いつものように踵を返すのでも、カーテンを閉めるのでも、ベッドに戻るのでもなく。
魔理沙は、手を伸ばして。
閉め切った窓を、開けたのだった。
「――――」
変化は一瞬で、些細なものだった。
開いた窓から夜の風が入ってくる。ただそれだけだ。ただそれだけのことに、アリスの意識は白く溶けた。風が入ってくる。新鮮な空気が。夏の匂いを孕んだ風が室内に入りこみ満たしていく。代わりに、室内に満ちていたものが消えていく。魔理沙と自身の体臭が混ざりあった空気が、熱っぽく澱んで沈んでいたものが、風にまき散らされて散っていく。
外と、繋がる。
内と、外が。
霧雨 魔理沙は、外へと繋がる窓を、開けた。
ただそれだけで、
それだけで、充分だった。
アリスは音もなくベッドから立ち上がり魔理沙へと歩み寄る。気配を感じた魔理沙が振り向こうとし、それよりも速く、彼女は手を、
「――魔理沙」
赤い赤い満月が見えた。
† † †
その赤さに、目が眩んだ。
「酷い有様ね」
あるいは、それ以外のすべてのせいでなのかもしれないと――パチュリー・ノーレッジは退屈そうな言葉を吐きながら思った。赤など見慣れている。彼女が本来住処とする赤い館はその名の通り赤で満ちており、吸血鬼の友人としてはこの赤色は見慣れたものだったからだ。
だから、眩むとしたらそれ以外の理由だろう、と自己判断を下す。恐らくは匂いだ。部屋に満ちた獣のような体臭。カーテンは閉まり、窓は閉ざされ、たった今扉を開けるまで室内は密封されていたに違いない。むせかえるような匂いは、部屋にこびりついてそれでも消えようとしない。
それは、図書館にはないものだ。図書館に沈み積もるのは時間と埃であり、人の体臭でも、汗でも、血でもない。そういったものに知識の魔女は縁がなく――だからこそ眩んでしまいそうになる。
臭いが。
あまりにも強い、生の痕跡に。
「――――――」
彼女は答えない。部屋の対端、ベッドの上に腰かける彼女は答えない。夢うつつのような瞳のまま、どこを見てもいない。髪や肌には赤が混じり、本来の色をまだらに失わせている。
パチュリーは彼女から一旦視線をそらし、室内をぐるりと見回す――嗚呼酷い有様だ、と呟いてしまう。彼女の友人が見たとしても同じような評価を下しただろう。こんな食事はあまりにもマナーがなっていない、と。
それには同感だと思い、しかし荒々しくも生を求めた痕跡には思うものがある。乱れた家具、飛び散った血液、その他、かつてヒトを構成していたものの残骸。食べ残しなのか食べそこないなのか、あちこちに飛び散った中には原型を想像できないようなものもあった。
それとも、わざと残しているのだろうか。あとで食べるために。
それはないだろう、とパチュリーは思う。
食べること自体が目的であったのではなく、
一つになることの方が、より目的に近かったのだろうから。
肌をこすりあわせても肉を重ねあわせても、埋めきれない距離を埋めるために。境界線を越えるために。
一つになったのだろう。
もう一度視線を戻す。ベッドの上の彼女は痩せてはいない。コレ以外に何も食べてもいないし飲んでもいないだろうに、それから一切外に出てきてはいないだろうに、外見には何の変化もなかった。
いや――変化しているのかもしれないが。
そのことに対して疑問を思いながら、パチュリーはうつろな彼女へと声をかける。こればかりは、聞かなければわからないことだ。
「ところで――あなた、どっち?」
ぴくり、と。
ベッドの上の彼女が身体を震わせた。声が届いている。言葉が届いている。それに対する反応もあった。そのことに充足感を覚え、パチュリーはひとり頷く。
それを確かめにきたようなものなのだ。まったくの見当違いだったら道化のようではないか――そう思うが、自身が道化であることを否定しようとは思わなかった。彼女たちが道化であることを否定しないように。
「まあ、どちらでも良いのだけど」
心の底からの言葉だった。
放るような言葉に、ベッドの上の彼女がこちらを向く。瞳が、パチュリー・ノーレッジを捉える。月のような瞳に映る自分の姿をパチュリーは見る。笑ってもいなければ泣いてもいない。怒ってもいなければ嘲ることもない。
ただ、見ているだけだ。
ただ見つめたまま、パチュリーは言葉を続ける。
「置いていかれるのと、置いていくのと――どちらを怖がったのかしら」
反応は一瞬で、顕著だった。
震える彼女の肌が、見開かれた彼女の瞳が、シーツを硬く握りしめる指先が、問いかけた言葉を肯定していた。
肯定するだけで、答えを返したわけではないが。
そのことに構うことなく、パチュリーは嘆息し、
「どちらの方が怖いのかしら。私にはよくわからないのよ、ヒトじゃないから。密室の内側で何があったかなんて、誰にもわからないものだし」
わからない。
わからない。
内側で何が起こっているのかなど。
おいていかれる方が何を思っているのかなど、
おいていく方が何を思っているのかなど、
外からはわからない。
肌を重ねてすら、一つになることなど、できないのだから。
「なら、どうしてここに?」
返事があった。彼女の紅い唇が動き、彼女は言葉を発した。そのことに微かに驚きを感じながら――その程度の活力はまだ残っていたのか――パチュリーは、
唇を動かした。
笑みの形に。
「私にとっては、どちらでも同じことだから」
笑んだ口から吐かれた言葉は楽しげだった。知識欲。知ることで満ちていく欲望。魔女にとっては、それは本を読むことと変わりがないのだから。
「…………?」
ベッドの上で彼女は首を傾げる。わかっていないのか、わかろうとしないのか。それともやはり、内側のことは、外側からではわからないのか――彼女は首を傾げるだけで答えに辿りつかない。
自分でやったことでしょうに、とパチュリーは思う。
彼女は魔法使いで、
彼女も魔法使いで、
彼女は魔女だった。
万感の想いをこめて、パチュリー・ノーレッジは、内側から外側へと声を吐く。
外側から内側へと、溶けるための意志を、言葉にこめて解き放つ。
「食べてしまえば、どちらでも同じでしょう?」
(了)
その明かりで、目が覚めた。
「…………ん、」
あるいは、それ以外のすべてのせいでなのかもしれないと――アリス・マーガトロイドは薄く薄く閉じた瞼を動かしながら思った。睫毛が停滞した空気をなでる。瞼の向こうからさす光は優しくて、その眩しさで目を覚ますとは思えなかったからだ。
太陽の光を反射して輝く月の光。
満月にすら足りない、三日月の光だ。
閉じたはずのカーテンは開いていて、角度を得た月光が、対端のベッドで横になる自身の顔にあたっている。眩しい、とは思わなかった。
光が、と。
そう想った。
「――――ん、」
まどろむ意識はまどろんだまま覚醒しない。夢うつつのままに開けた視界はどこまでもぼんやりとして夢のようだ。捉えどころのない光景を、三日月の光だけがおぼろげに照らしている。
夢のよう。
どこまでも現実味がなくて、瞼を閉じるだけで、すべては夢と化すだろう。明晰夢とも違う。対岸で、ただ見ているだけのような――
光。
光がある、と茫洋に思う。遠くの三日月だけでなく、近くに星がある。きらきらと、時とともに瞬き方を変える星の光。その瞬きが、金色の髪が月光を反射しているものだと――アリスはすぐには気づかなかった。気付くまでずっと、その姿を見ていた。
開いたカーテン、閉じた窓、金の髪と背を向けて、月を見上げる霧雨 魔理沙の姿を。
それは、切り取られた絵画じみた情景で――だからこそ、理解してしまう。
そこに、手が届かないことを。
絵画の中の人物に、触れることができないように。
「――――、」
霧雨 魔理沙は気づかない。振り向かない。アリスの視線に気づくことなく、魔理沙は果てを見上げている。
アリスから見えない向こうで、その瞳には月しか映っていない。月しか見えていない。月しか見ていない。月しか。
自身の姿は、瞳に映らない。
「…………、」
意志をもって――それは勿論、無意識下の意志だった。そうでなければ、アリスは瞼を開け、声をかけていたはずだ。言葉を発すれば、魔理沙は振り向いただろう。そうすれば、今、心にわいた感情をなかったことにできるからだ。
そうはならなかった。意志をもって、アリスは瞼を閉じる。光が、闇の中に消えていく。それでも意識は沈まない。覚醒することも、眠りに落ちることもない、まどろんだ意識。
夢うつつの中で、停滞した部屋の空気が動く。カーテンの閉まる音。微かな、忍んだ足音。足音は近づき、気配は近づき、吐息が聞こえる。
すぐ横で衣ずれの音。
魔理沙がベッドで横になる、すぐに寝息が聞こえてくる。
それを聞いて、アリスの意識もまた、深い眠りについた。
†
夏で、昼だった。
暑さが幻想となってしまったかのような、空気が煮えたぎる八月の夏。地面から湯気が立ち昇って見えかねない、陽炎に姿がゆがみかねない、夏。陽射しは未だ頂にあって、あまりにも強い輝きは遠く離れて見える。夏。空に雲は一つもなく、どこからか流れてくることもない、風が吹くことのない夏だ。
熱気は消えさることなく沈澱して重なっていく。思わずアリスは魔法で熱気をどこかへ流してしまおうかと考えるが、すぐに意味がないと頭を振る。この魔法の森だけでなく、幻想郷そのものが暑いのだ。天蓋で密封されたかのように、熱はどこへいくこともなく、ただここにある。
夏。
「……ここはまだマシだと、」
言葉とともに吹く息は熱をもっている。体温の方が高いのか、外気の方が暑いのか、そんなこともわからなくなる。
「そう思うべきなのかしら」
「……さぁ?」
となりをいく魔理沙の声からも、いつもの元気は失われている。
横目でうかがえば、木製のバスケットを抱えた魔理沙は犬のように舌を突き出していた。思わず笑いそうになる。姿は赤ずきんのようなのに、行動は狼のようだと、そんなことを考えたからだ。
――それにしては、黒いけれど。
魔法使いとしての矜持なのか、魔理沙の服はいつも通りに黒い。流石に帽子だけは外し、空いた手で持ってぱたぱたと団扇代わりに使っている。熱い空気をかきまぜているだけで意味がない、どころか体内に熱を生むだけだと思うのだが、やる気なく動かす手を魔理沙は止めない。
それでも――確かにまだマシなのかもしれない、とアリスは繰り返し思う。
自分たちが歩く魔法の森は、一年中鬱蒼とした木々に覆われた森だ。四方にのびた枝葉たちが光を受け止め、地面には影しか落とさない。ところどころに木漏れ日の光が見えるくらいだ。
同じように、木々に遮られているせいで風も入ってこないのだが、どのみちろくに風など吹いていないのだから意味のないことだった。
「紅魔館前の湖は」
「え?」
「水が気化して、酷く蒸すそうだぜ」
「ふぅん……」
その光景を想像する。紅い吸血鬼の紅い館、その周囲に広がる湖の情景を。
冬は広大な氷板となり、春は妖精たちが飛び交うそこを――それは酷い有様だった。水はぬるま湯のようにゆだち、気化した水蒸気は充満し、気体が熱を伴ってからみついてくるのだ。閉じ込められた熱により、水場は他の場所よりも遥かに過ごしづらくなっているに違いないのだ。
そして、思う。
彼女は、その話を誰に聞いたのだろう、と。
「……いきたくないわね」
思うだけで考えはしない。それは考えてはいけないことだからだ。熱で固まった脳はエラーを吐きだし少しも回ろうとはしない。記憶を引きずりだすことすら難しい。反射的な感情で動くだけだ。
だからこそ――夜がくるたびに考えてしまうのだ。
陽が沈み、熱が引き、月が昇る夜がくるたびに。
「いきたくないわね――どこにも」
口から出した言葉は熱気に溶けて消えていく。魔理沙には届かない。自分にさえ届かない。誰にも届かない言葉は生まれてきていないことに等しく、生まれることのない言葉は感情の底に沈んで積み重なっていく。
消えたわけではない。
沈澱して、底にあるのだ。
陽の光が強すぎるから見えないだけで。
月光の下で、それは姿を現すのだ。
「……今どれくらい?」
意志を持って問いかけた。
しゃがんでいた魔理沙は、声を発することも立ち上がることもなく、黙ってバスケットの中を向けてくる。片手で持てるバスケットに半分ほど詰まっている。それが、魔理沙が手に入れた魔法のキノコの総量だ。
魔法の森でしか手に入らない、魔法の材料となる、魔法のキノコ。ここしばらくの熱帯気候に騙されでもしたのか、キノコたちはいつもよりも二周りは大きい。そうでもなければ、いくら材料が切れたとしても、こんな暑い中出かけたりはしないだろう。
自身のバスケットへとアリスは視線を落とす。魔理沙の持つそれと同じ大きさのバスケットには、同じ魔法のキノコが詰まっている。けれど魔理沙が得た量にはわずかに足りない。二人分を足したところで、バスケットを満たすことはできないだろう。
つまりは、足りない。
一人でも、二人でも、足りていない。
もうしばらくは、この暑い中で活動しなければならない。そう思うと、周囲の熱気がどっと暑さを増したような気がした。眩暈のするような夏。
見てはいけないものを、見てしまうような、夏。
「……ま、がんばるとするか、な――」
言葉とは裏腹に、億劫そうに魔理沙は立ち上がる。その目を、アリスは見つめる。向かい合うと自身のそれよりもわずかに高いところにある瞳を見つめて、アリスは言う。
「そう、ね」
それは、本当に言おうとした言葉だったのだろうか。
本当は何か違うことを言おうとしたのに、口から出てきたのは曖昧な肯定だった。自身の言葉に違和感を覚え、けれど違和感はすぐに夏に溶けていく。
溶けて消えずに、
溶けて、沈んでいく。
「そうだな――」
魔理沙もまた曖昧な言葉を返し、話はそちらに引きずられて違和感を意識しなくなる。空白の頭蓋に、夏の暑さが滑り込んでくる。白く、熱と光に溶けるように、意識は希釈される。夏。摂氏三十度を超える、暑い暑い――
ひやり、と。
首筋に冷たい何かを感じた。茫洋と片手で首の後ろを触れてみる。冷たい感触――はなかった。温かくもない。
ただ、ぬるりと。
首筋は、酷く汗ばんでいた。
「………………」
汗で濡れた手を引き、スカートのポケットからハンカチを取り出し、アリスは自身の汗をぬぐう。汗をかいていたことを自覚していなかった。
あとで水分をとらなければ、と思う。水が足りていない。生きるために必要な水が。
飲まず食わずで生きられる魔女ならば、本来口にする必要のない、人間としての機能。人型としての名残り。
顔をあげる。
立ち上がり、前をいく魔理沙は背中を向けている。じっと見る。黒い服の隙間から見える白い肌は、端から見てわかるほどに汗ばんでいた。人間としての機能。少し前をゆく魔理沙の歩幅はアリスよりもわずかに広く、足早でなければ同じ速度で進めない。暑くて動きたくもないが、足を止めれば、置いていかれるのだ。
「……倒れるわよ、そんな無頓着だと」
足を速める。魔理沙に追いつき、彼女の肩に手をおいた。魔理沙は「ん」と頷き、足をとめ、わずかに振り返り、髪の陰から片目だけで見つめてくる。金色の瞳。光を帯びた瞳に、自身の顔が映っている。
その瞳を、
見上げることなく、アリスは指先をそらした。遠く、木漏れ日の向こうを見ながら、肩においた手を動かす。長くのびた魔理沙の髪を、片手でくくるようにして持ち上げる。あらわになった首筋は汗に濡れていて、白いうなじへアリスはハンカチを押し当てる。
魔理沙の肌が一瞬震え、汗が動き下へ流れようとする。それをぬぐうようにして、アリスはハンカチを肌に這わせた。肌は柔らかい――ハンカチごしでさえ温度が伝わってくるかのようだった。
「ん、…………」
むずがるような声に名残惜しさを感じ、名残惜しいと思ってしまったからこそアリスは手を離した。汗で濡れたハンカチをしまい、髪をおさえていた手を離す。長い髪は波打ち、たちまちに肌を隠してしまう。それすらも名残惜しく思う。
彼女はそこにいるのに、手を伸ばせば届くところにいるのに――どれだけ手を伸ばしても届かないような、そんな気がしてならなかったからだ。
あの夜のように。
「……あぁ、暑いわね」
吐いた言葉にウソがないと、アリスは思うことができなかった。世界は夏。降りしきる陽光に空気がゆがみ、際限なく暑くなる夏の中にあって、心は夜のように冷たかった。背筋を伝う汗を、心に積もった何かを、冷たく、寒いとすら思えた。
冷えていくのだ、と。
アリスは顔をあげる。鬱蒼とした枝葉の向こう、木漏れ日の果てに太陽がある。
伸ばした手が消えてしまいそうな、強い夏の日差しだった。
†
そして夜がくる。
昼間の暑さは太陽とともに地平の向こうへと沈んでいる。それでも暑さのすべては消えはしない。タオルケット一枚ですら暑く感じる、夏の夜。
夜が繰り返す。
カーテンは閉め切られ、窓は閉ざされている。月の光も、熱気を孕んだ風も、外からは入ってこない。
代わりに、何も外へは出ていかない。
逃げることなく沈んでいく空気は、熱だけでなく獣のような体臭すら混じっている。どこか蒸すのは、肌からこぼれる汗が気化するからか。ランタンに閉じ込められた魔法の灯が、魔法の森の魔法の家の雑多な室内を、ほのかに頼りなく、赤い彩に染めている。
その中にあって、余計に彼女の肌は白く見えた。朱がさすような空気の中で、夢のように肌は白い。
白、白、けれど冷たくはない。触れた箇所は熱を持ち、生きる肌は弾力を返す。指が熱いのか、肌が熱いのか、空気が熱をもつのか、アリスにはわからなくなる。
月はない。
それでも彼女の裸身は、シーツの上に広がる金の髪は、輝きを持って見えた。
部屋は閉ざされている。
何も外へと漏れることはない。むき出しになった肌も、閉ざした口から洩れる声も、だくだくと流れる汗も。声も、姿も、光も、感情さえも。外にはこぼれることがない。
ただ二人きり――ただ閉ざされた中だけで循環しているのだ。
「ぁ――――」
組みしいた下で、魔理沙の口から熱っぽい吐息が漏れる。近すぎるせいで、吐いた息が肌に触れてくすぐったい。そのくすぐったさをアリスは心地よく思う。互いに下着しか身につけていないせいで、息も熱も逃げることなく肌に触れていく。
熱い。
何もかもが。
何もかもが熱いせいで、どこかが冷えていることをアリスは自覚する。自覚したくないものから逃れるように、アリスは熱の中へ自ら没頭していく。
肌が熱を持ち、熱を持った肌同士が溶けあっていくところを幻視する。あつい。あつい。あつくなりたい。
近すぎる肌が、それでも遠いとばかりに近づいていく。距離はゼロになる、けれどもマイナスにはなれない。肌と肉の分だけ距離がある。
それを埋めるように、アリスは肌の上へと舌を伸ばした。汗ばんだ白いうなじへと顔を近づけ、吸いつくように唇をつけて、伸ばした舌で肌をなぞる。
「……ん、……」
少し上から声がする。うなじの辺りに息がかかってくすぐったい。うずめた顔の前には魔理沙の肌と髪があって、むせかえるような彼女の匂いがした。
触れた指先すら熱っぽい。
熱を感じるように、舌を這わせた。首に、蛞蝓の這ったような跡がつく。熱の中に、塩の味があった。しょっぱい――汗の味。肌の上で汗と唾液が混ざりあい、余計に匂いを際立たせていく。
彼女の匂いと、自身の匂い。
二つの体臭がとけあって、部屋の中に満ちていく。
内と外がひっくりかえったような。部屋そのものが、自身らの内へと入れ替わったような、幸福で魔術的な錯覚。意識は肥大化し、自我は揮発していく。暑い、熱い、――寒くてたまらない。部屋の温度は昼間のように熱いのに、沈み澱んだ何かは夜のように冷たいのだ。
「アリス――――」
声を呼ばれる。熱い吐息とともに。
もっと呼んで、と。
そう思いながらも、伝えるべき声はでない。舌は魔理沙の肌にはりついて離れようとしない。離れることなく、止まることなく、肌の上を這い続ける。
唾液が軌跡を残し、軌跡は赤の灯を受けてぬらぬらと輝き、口端から洩れた空気が音をたてる。息を吸うたびに肺腑に魔理沙の匂いが満ち、吐いた息は肌にすりこむように沈んでいく。
うなじを経て、舌は降りてゆく。衣ずれの音、魔理沙がみじろぎ、アリスは姿勢を落とす。微かに開いた両足の間に身体はすべりこんでいて、魔理沙の足が添えるように自身の脇腹にある。薄い胸が、吐息にあわせて上下しているのが、触れた個所から直接伝わってくる。
とくん、とくん、と。
心臓の音すら聞こえてきそうな距離。
うなじから鎖骨へと舌は動く。肉ばっていない細い体。浮き出た鎖骨を、アリスは口付けするようについばんだ。
「あ、」と魔理沙が肺腑から熱を吐く。シーツの上で遊んでいた魔理沙の手が、すがるようにアリスの手をとった。指と指が絡み合い、つかみ、力が入り、離れない。温かな手だ、とアリスは思い、そして自覚する。鋭敏になった感覚が、自覚してしまう。
自身よりも少しだけ――けれどもまぎれもなく長い指。少しだけ広い手のひら。強い力を。
自覚、した。
「、痛ッ――!!」
悲鳴のような声を魔理沙があげた。同時に、下腹部に重い衝撃が走る。痛い。痛い以上に冷たい。寒い。それが拒絶ではなく、痛みによる反射的な攻撃だとわかっていても、寒くて仕方がなかった。
「、あ、ごめ、ん――」
口が離れ、声が漏れる。視線の先には魔理沙の鎖骨があり、そこには鮮明な赤い跡が残っていた。微かに皮膚が破れ、赤い血が滲んでいる。すぐにでも治る小さなキズだが、キズであることにかわりはなかった。ついばむようにしていたその口で、その歯で、噛んでしまったのだ。
思わず。
それとも――意識しての行為だったのだろうか、今のは。
自問に答えはでない。アリスにはわからなかった。
沈黙するアリスに対し、魔理沙も、「いや――うん、こっちも、ごめん」と小さな言葉を漏らす。蹴ってしまったことを言っているのだろうが、その言葉は遠い現実のようにも聞こえた。意識は未だつないだ手に縛り付けられており、視線は鎖骨のキズに釘付けになっていた。
赤い血。/白い肌。
キズ。/大きな手。
赤。/白。
あつくて、つめたい。
「ごめん、ね――」
繰り返し呟き、繰り返すようにアリスは顔を落とす。握った手に痛いほどに力がこめられたが動きは止まらなかった。キズ口に、そっと、おそるおそる舌が伸びる。血はすでにとまりかけていたが、滲む血を舌先でぬぐい取る。
透明な唾液に赤い血が混ざる。汗ばむ肌の味に、苦い鉄の味が混ざる。混ざる、混ざる。
混ざって、溶けていく。
「ごめん――――」
何に対して謝っているのかも、もうわからなかった。舌は上から下、下から上へと戻り、首筋に口づけし、下で舐め、それから甘く噛んだ。
今度は予想していたのか、痛みに悶える声も衝撃もなく、魔理沙は声を噛み殺したように身をよじるばかりだった。
そしてアリスも、痛みを与えないように、優しく噛む。肩から首筋へ、白い肌へと、赤い跡をつけていく。一つ、一つ、また一つ。甘い痛みとともに、彼女の肌に、跡を。
「ごめん、なさい――」
それが、どちらの言葉だったのか、アリスにはもうわからなかった。
†
まどろむまどろむいしきがまどろむ。
とけるとけるじががとける。
みるみるゆめをみる。
みたくない。
みたくないものを、
まどろめない意識と溶け切れない自我と夢を見ない瞳が見てしまう。
「…………ぁ、」
いつかの写し身のようだった。現実感はなく、かつての記憶を、いつかの夢を、自身の目で見ているかのような光景。ゆえに現実味はどこにもなく、霧がかかったかのように明瞭としない。
月の光で、目が覚めた。
あるいは、それ以外のすべてのせいで。
「――――――」
薄く薄く閉ざされていた瞼を開く。何もかもが繰り返しだった。繰り返していく日常、繰り返していく夜、繰り返し行われる淫宴。昼と夜は繰り返していく。
閉じたはずのカーテンは開いていた。そして、角度を得た月光が、対端のベッドで横になる自身の顔を照らしていた。まぶしい、と思った。
光が。
窓の向こうに見える月は満月で、いつかの月よりもずっとずっとまぶしかった。それだけで目が眩んでしまいそうなほどに、妖しく光る満ちた月。その光が、遮られることなく部屋の内側へと入りこんでいる。
「――――――」
まどろむ意識はすでにどこかへ消えている。光にかき消されてしまったのかもしれないとアリスは思う。寝起きとは思えないほどに意識は覚醒しきっていて、だからこそ意志と意識をもって瞼を開ききった。
意識とは対照的に見える情景にはどこまでも現実感がなくて、瞼を閉じるだけですべては夢と――夢と化すことを願って、アリスは一度瞼をとじ、そしてもう一度開く。
けれど何も変わらない。
繰り返してきた夜と、同じ情景。ただ月だけが満ちている。
光が。
光がある、と明瞭に思う。遠くの満月に照らされて、近くに星がある。きらきらと、時とともに瞬き方を変える星が。その瞬きが、金の髪が月光を反射しているものだと――アリスは気づいていた。気づいてもずっと、その姿を見ていた。
開いたカーテン、閉じた窓、金の髪と背を向けて、満月を見上げる霧雨 魔理沙の姿を。
それは、切り取られた絵画じみた情景で――そして、アリスは理解している。
そこに、手が届かないことに。
絵画の中の人物に、触れることができないように。
「――――――、」
霧雨 魔理沙は気づかない。振り向かない。アリスの視線に気づくことなく、アリスの想いに気づくことなく、ただ果てを見上げている。アリスからは見えない向こうで、その瞳には月しか映っていないのだろう。月しか見えていない。月しか見ていない。月しか。
自身の姿は、瞳に映らない。
アリス・マーガトロイドは、そこに映ってはいない。
「………………、」
自身の胸にある意志を――それはもちろん、意識下にある意志だった。自覚しきった意志だった。そうでなければ、アリスは瞼を閉じ、眠りに落ちたはずだ。もう一度眠ってしまえば、今、心にわいた感情をただの夢にしてしまえるから。
そうはならなかった。アリスは瞼を閉じることなく、光に照らされた魔理沙の後ろ姿を見る。
自身よりも少し背の高い、その後ろ姿を。
――いつからだろう、とアリスは思う。
魔理沙の背が自身を越えたのは、果たしていつのことだっただろう。同じくらいの大きさだった手が、ほんのわずか大きくなっていたのは。育ったのは。魔法の力でさえ彼女の方が上だと自覚したのは、いつのことだっただろう。
あるいは、こうしてともに眠るようになったのは、夜が来るたびに耽るようになったのは、いつのことだったのか。それでもなお満たされないと気づいたのは、果たしていつだったのか。
いつからだろう。
いつのまに――霧雨 魔理沙は成長したのだろうと、アリスは思うのだ。
――いつのまに、置いていかれたのだろう。
それはまさしく恐怖だった。自覚してしまえば無視することのできない、心のすべてを占める圧倒的な恐怖だった。
彼女は成長していく。
彼女は前へと進んでいく。
彼女はどこかを見ている。
彼女はここにはいない。
彼女はこちらを見ていない。
彼女はどこかを見ている。
ここ以外のどこかへと、霧雨 魔理沙はいってしまう。
それは恐怖だった――恐怖以外の名前をつけることが酷く難しかった。つけてしまえば、それは別の感情になってしまうことをアリスは自覚していた。自分に対するものではなく、魔理沙に向かうものであることも。瞼を閉じるように、恐怖が別のものへと変わることを。
そして、
その方がいいのかと、アリスは思ってしまうのだ。
「――――ぁ、」
繰り返す夜と繰り返す恐怖の中、魔理沙は繰り返しではない行為をとった。
それは、満月のせいだったのかもしれない。
妖しい光が、彼女にそうさせたのかもしれない。
すなわち――いつものように踵を返すのでも、カーテンを閉めるのでも、ベッドに戻るのでもなく。
魔理沙は、手を伸ばして。
閉め切った窓を、開けたのだった。
「――――」
変化は一瞬で、些細なものだった。
開いた窓から夜の風が入ってくる。ただそれだけだ。ただそれだけのことに、アリスの意識は白く溶けた。風が入ってくる。新鮮な空気が。夏の匂いを孕んだ風が室内に入りこみ満たしていく。代わりに、室内に満ちていたものが消えていく。魔理沙と自身の体臭が混ざりあった空気が、熱っぽく澱んで沈んでいたものが、風にまき散らされて散っていく。
外と、繋がる。
内と、外が。
霧雨 魔理沙は、外へと繋がる窓を、開けた。
ただそれだけで、
それだけで、充分だった。
アリスは音もなくベッドから立ち上がり魔理沙へと歩み寄る。気配を感じた魔理沙が振り向こうとし、それよりも速く、彼女は手を、
「――魔理沙」
赤い赤い満月が見えた。
† † †
その赤さに、目が眩んだ。
「酷い有様ね」
あるいは、それ以外のすべてのせいでなのかもしれないと――パチュリー・ノーレッジは退屈そうな言葉を吐きながら思った。赤など見慣れている。彼女が本来住処とする赤い館はその名の通り赤で満ちており、吸血鬼の友人としてはこの赤色は見慣れたものだったからだ。
だから、眩むとしたらそれ以外の理由だろう、と自己判断を下す。恐らくは匂いだ。部屋に満ちた獣のような体臭。カーテンは閉まり、窓は閉ざされ、たった今扉を開けるまで室内は密封されていたに違いない。むせかえるような匂いは、部屋にこびりついてそれでも消えようとしない。
それは、図書館にはないものだ。図書館に沈み積もるのは時間と埃であり、人の体臭でも、汗でも、血でもない。そういったものに知識の魔女は縁がなく――だからこそ眩んでしまいそうになる。
臭いが。
あまりにも強い、生の痕跡に。
「――――――」
彼女は答えない。部屋の対端、ベッドの上に腰かける彼女は答えない。夢うつつのような瞳のまま、どこを見てもいない。髪や肌には赤が混じり、本来の色をまだらに失わせている。
パチュリーは彼女から一旦視線をそらし、室内をぐるりと見回す――嗚呼酷い有様だ、と呟いてしまう。彼女の友人が見たとしても同じような評価を下しただろう。こんな食事はあまりにもマナーがなっていない、と。
それには同感だと思い、しかし荒々しくも生を求めた痕跡には思うものがある。乱れた家具、飛び散った血液、その他、かつてヒトを構成していたものの残骸。食べ残しなのか食べそこないなのか、あちこちに飛び散った中には原型を想像できないようなものもあった。
それとも、わざと残しているのだろうか。あとで食べるために。
それはないだろう、とパチュリーは思う。
食べること自体が目的であったのではなく、
一つになることの方が、より目的に近かったのだろうから。
肌をこすりあわせても肉を重ねあわせても、埋めきれない距離を埋めるために。境界線を越えるために。
一つになったのだろう。
もう一度視線を戻す。ベッドの上の彼女は痩せてはいない。コレ以外に何も食べてもいないし飲んでもいないだろうに、それから一切外に出てきてはいないだろうに、外見には何の変化もなかった。
いや――変化しているのかもしれないが。
そのことに対して疑問を思いながら、パチュリーはうつろな彼女へと声をかける。こればかりは、聞かなければわからないことだ。
「ところで――あなた、どっち?」
ぴくり、と。
ベッドの上の彼女が身体を震わせた。声が届いている。言葉が届いている。それに対する反応もあった。そのことに充足感を覚え、パチュリーはひとり頷く。
それを確かめにきたようなものなのだ。まったくの見当違いだったら道化のようではないか――そう思うが、自身が道化であることを否定しようとは思わなかった。彼女たちが道化であることを否定しないように。
「まあ、どちらでも良いのだけど」
心の底からの言葉だった。
放るような言葉に、ベッドの上の彼女がこちらを向く。瞳が、パチュリー・ノーレッジを捉える。月のような瞳に映る自分の姿をパチュリーは見る。笑ってもいなければ泣いてもいない。怒ってもいなければ嘲ることもない。
ただ、見ているだけだ。
ただ見つめたまま、パチュリーは言葉を続ける。
「置いていかれるのと、置いていくのと――どちらを怖がったのかしら」
反応は一瞬で、顕著だった。
震える彼女の肌が、見開かれた彼女の瞳が、シーツを硬く握りしめる指先が、問いかけた言葉を肯定していた。
肯定するだけで、答えを返したわけではないが。
そのことに構うことなく、パチュリーは嘆息し、
「どちらの方が怖いのかしら。私にはよくわからないのよ、ヒトじゃないから。密室の内側で何があったかなんて、誰にもわからないものだし」
わからない。
わからない。
内側で何が起こっているのかなど。
おいていかれる方が何を思っているのかなど、
おいていく方が何を思っているのかなど、
外からはわからない。
肌を重ねてすら、一つになることなど、できないのだから。
「なら、どうしてここに?」
返事があった。彼女の紅い唇が動き、彼女は言葉を発した。そのことに微かに驚きを感じながら――その程度の活力はまだ残っていたのか――パチュリーは、
唇を動かした。
笑みの形に。
「私にとっては、どちらでも同じことだから」
笑んだ口から吐かれた言葉は楽しげだった。知識欲。知ることで満ちていく欲望。魔女にとっては、それは本を読むことと変わりがないのだから。
「…………?」
ベッドの上で彼女は首を傾げる。わかっていないのか、わかろうとしないのか。それともやはり、内側のことは、外側からではわからないのか――彼女は首を傾げるだけで答えに辿りつかない。
自分でやったことでしょうに、とパチュリーは思う。
彼女は魔法使いで、
彼女も魔法使いで、
彼女は魔女だった。
万感の想いをこめて、パチュリー・ノーレッジは、内側から外側へと声を吐く。
外側から内側へと、溶けるための意志を、言葉にこめて解き放つ。
「食べてしまえば、どちらでも同じでしょう?」
(了)
離れたくないがために、孤独にならないためにその行為を行う、
なんかちょっと恐ろしいですね。
しかし、そんな話が魅力的でグイグイと読み進めてしまう程に
面白かったです。
それでいて、狂おしいという!
頭はボーッとしているのだけれど、同時に張り詰めていて何かを求めているという感覚、僕にも覚えがあります!
今夜はいい夢が見られそうですよこれ!
「魔理沙を食べたアリスを食べる」ことが同じということ……?
うん。こえええええ。
そしてタイトルとあとがきは自重しましょうw
あとがきのせいで四肢を落とされて箱にみつしりと詰まった魔理沙を想像しちゃったじゃないかw
もっと彼は不細工ですよ!
愛の窮極型はカニバリズムですよねー
退廃的な物には美を感じるです
(°□°)
いい作品でした!乙!
読んでいて辛いですがそれがまた良い。
種族が魔法使いになる前と後では味は違わないのかな、とかどうでもいい事が浮かぶ。
アリスが魔理沙を食べたように取れるけど、逆もまた然り。はてさて事実はどっちなんでしょうね。
無論どちらでも取れるよう意図して書かれたのだと思いますが。
月光を雨に変換して読むと雨の森と同じ展開になりますね。
置いていかれることのほうが怖い場合と、置いていくことのほうが怖い場合とで、
ベッドの上に居るのは魔理沙なのかアリスなのかところで、あなたはどっち?ということですか。
まぁ、一つになっちゃったんですから、どっちでもいいか。
ニコ。的な黒さはいいものだ