Coolier - 新生・東方創想話

夕焼け空とさようなら

2008/10/18 07:11:05
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──コンコン

「? 誰かしら」

 厄神、鍵山雛はその日厄を山の上まで届けに行ってきた。道中の自然は秋の今金色の染まっていてとても美しく、雛も何度か足を止めてそれに見入った。しかし、帰ってくると美しさの余韻に浸るまもなく疲労のほうが雛のほうにやってきた。雛は居間にごろんと寝転がり、何を考えるともなく天井を見つめていた。
 やがて、どれだけ経っただろうか。不意に家の扉をたたく音が聞こえた。雛はゆっくりと起き上がると「はいはい」と言って玄関に歩いた。
 だるくて動きたくないわ。

「どなた?」
「……こんにちは」

 戸を開けるとそこには秋を司る神様姉妹の片割れ、紅葉の神秋静葉が立っていた。雛は静葉が一人で自分の家に来るのは珍しいと思った。今まで雛が静葉と会うときはいつでもそこに穣子がいた。少なくとも夏が終わって秋に入るまではそうだった。秋に入ると急に二人は──特に静葉は変わった。春は明るく優しく、夏はテンションが高く、冬には一気に鬱になる秋の神様は秋になると名前の通り静かになった。いつもボーっとしているようで、何を考えているのか分からない性格へと変わった。穣子が言うには秋の間は毎回こうなるのだという。
 静葉はじっと雛のほうを見ている。雛は早く話を切り出さないものかと思い一分ほど待ったが、静葉に全く動きが見られなかったので待つのを諦めて自分から聞いてみることにした。

「何か用かしら?」

 静葉は雛の言葉に頷くことも表情を変えることもせず、ただ口を少し動かして返答した。

「今、暇?」

 静葉はそう言うと目を瞑った。ややあって風が一陣吹き、風が過ぎ去ると静葉はゆっくりと目を開け、そしてまた雛を見た。

「そうね。確かにやることは無いわ。暇よ」

 少し寝たいという欲望もあったが、静葉が一人で来て雛に暇かと聞くことをなにやら特別だと感じた雛はそれを抑えて暇と言った。
 それを聞いた静葉は雛の目の前まで行くと、その白い手を手に取った。

「少し連れて行きたいところがある。……ついてきて」

 言って静葉は手を離した。
 雛は一言「ええ」と言うと玄関に下りてブーツを履き、外に出た。普通ならどこに行くのか聞くところなのだが、雛には今の静葉がそれを答えてくれないような気がして聞かなかった。外に出ると、辺り一面がすべて紅葉に染まっていた。

「……さすが紅葉の神様ね」

 雛は先ほど帰ってきたときに見た黒い木々を思い出し、その変化に呆れた。変化を起こした張本人は数十歩先でついて来いという目をしながら首だけをこちらに向けていた。雛はため息をつくと歩き出した。



 静葉は心なしか急いでいるように樹海を抜けていった。雛は雛よりも樹海暦が低い静葉が軽々と木々の間を抜けていくのに感心する反面少し悔しくも思った。
 雛は静葉の後ろにつきながら、自分たちは一体どこに向かっているのだろうと考えた。樹海から山に向かっているのは分かる。しかし山の方面に行ったってあるのは滝程度。天狗の里やら最近来たという神社なんかは山の上に行かなければ無い。
 ……もしかして静葉は山の上に向かっているのかしら。

「あとどれくらい?」

 一応雛は静葉に所要時間を聞いてみることにした。静葉は急に立ち止まると右上を見た。そこには一本の金色に染まった木があった。静葉は小さく口を開いて木に向かって何か言葉を発した。そしてそのまま何回か同じ行動を繰り返し、やがて雛のほうを向いた。

「……十分程度。……だって」
「だって?」

 まるで木に聞いたみたいね。……きっとそうなんだろうけど。静葉だし。
 静葉は雛が理解したことを確認するや否やまた進行方向を向いて歩き出した。
 あと十分ねぇ……。十分もしたら樹海は抜けるかしら。樹海の外って言うと……私はあまり出ないから分からないわね。静葉だし生命の危機に立たされるような場所には連れて行かれはしないでしょう。まぁ期待はさせてもらうわよ、疲れてる私を連れ出したんだから。
 雛はクスッと笑いながらそう思った。
 やがて木が薄くなり空が見え始めてきた。前には山が見える。
 静葉と雛はさらに歩き、そして山の目の前まで来た。

「へぇ……こんな洞窟があったのね」

 さらに少し山の周辺を歩くと洞窟がそこに現れた。中は暗く、先は見えない。静葉は雛の手をとって中に入った。

「……足元に気をつけて」

 静葉は一度立ち止まって、それだけを言うとまた歩き出した。
 滑りでもするのかしらね。
 雛はそう思って洞窟の中に入り歩き始めようとして、

 ──ガカッ!

「えっ? きゃあっ!」

 いきなりコケた。地面とキス。
 何なのよもう……それにしても今のは……木の根っこ? ……なるほどね。だから足元に気をつけろって言ったのね。下手したら滑るよりも危険だもの。
 雛はそう思い、顔を上げた。

「…………大丈夫?」

 そこには心配そうな顔をしてこちらに手を差し伸べている静葉がいた。雛は「大丈夫よ。生きてるわ」と言ってその手を取り、立ち上がった。そして軽くスカートを叩いた。

「……足元に気をつけて。手も離さないで」
「わかったわ」

 雛は頷いた。静葉はそれを見るとすぐに前を向き、また歩き出した。やがて一、二分すると光が先に見え、さらに少し歩くと視界が一気に開けた。雛はあまりのまぶしさに右腕で目を隠した。少しして、目が光に慣れてきたのを確認すると右腕を退けた。
 そして、前を見た。

「へぇ…………」

 思わず雛の口から感嘆の声が漏れる。
 五メートルほどの紅葉のトンネルがそこにはあった。そしてその先、遠くて少し分かりづらいがどうやら丘のようになっているらしい。さらに、その先は、

「こんな綺麗な夕焼け空も久しぶりに見るわね……」

 やや紫がかった赤い空。ぽつぽつと見られる雲はその魅力を引き立てている。赤い木々に赤い空。そして、

「静葉」

 こちらに向かってニコリと笑う赤の神。その様子はとても幻想的で、雛は一瞬別世界に迷い込んだのではとさえも思った。
 雛は一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めて丘のほうへと向かう。静葉も歩き、やがて二人は丘の先のほうに着いた。
 原風景。
 そこから見た景色は、言葉では表現できない美しさを持った幻想郷の原風景。眼下に広がる黒い樹海と、その先に広がる赤い幻想郷。模型を見ているような錯覚すら覚えてしまう。
 雛はその場に座った。静葉もつられるようにして座る。雛は紅葉の舞う空を見上げると、一度ため息をついた。そして静葉を見た。静葉は少しだけ色を感じられる顔で空を見上げていた。

「この景色が見せたかったのね?」

 雛は静葉に聞いた。静葉はこちらを向き、目を少し細めると「うん」とはにかんだ表情で言った。

「どう…………?」

 静葉は雛に聞いた。風が吹いて静葉の髪が揺れた。さらに紅葉が舞い、赤い絵の具塗りの空をさらに彩った。
 雛はもう一度空を見て、目を瞑ると「そうねぇ」と言った。

「……とってもいい場所だと思うわ。景色も綺麗だし……それに、感動したわ。…………ありがとう」
「…………!!」

 雛が言ってニコリと笑うと、静葉は急に驚き、顔をほんのり赤くした後で顔を逸らした。

「? どうかしたかしら?」
「べ……べつに……。……風が吹いたから」

 風なんて吹いたかしら?
 雛はクエスチョンマークを浮かべたが、まぁ静葉にも何か事情があったのだろうと納得した。誰しも事情はあるものである。




「そう……」

 少しして、静葉が唐突につぶやいた。手に小さな紅葉を乗せてそれを見つめている。そのとき、風が吹いて手の中の紅葉を運んでいった。静葉はそれをずっと見ている。やがて、紅葉は空高く舞い上がり、そしてどこかに消えた。
 静葉は「あの子もだった」と言った。

「あの子も、私に『さよなら』って……」
「え?」

 雛の方を向いて、寂しそうに静葉は言った。

「どの紅葉も私に言って逝く。……私には紅葉の言葉が聞けるからわかる。…………私、それを聞くたびに悲しくなるの。あの子達の最期の言葉を聞くたびに。…………でもそれは私が象徴だから。分かってる」

 寂しさと終焉の象徴。紅葉の神はそうだった。
 秋の終わりを司る神故に、終わりを知らなければいけない。
 雛は思った。静葉は紅葉たちのさよならを聞くことになるから、秋にこう寂しそうにするのかもしれない、と。

「けど、それでも私は思ってしまう…………。……終わりなんて来なければ良いのにって」

 言って静葉は悲しそうに笑った。雛はそれを見て少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。そして目を瞑った。

「……残念だけど、永遠でも操れない限りそんなことは有り得ないわ。終わりは必ずやってくる。……どうしてだかわかるかしら?」
「……生きて、いるから?」

 雛が聞くと、静葉は自信なさげに答えた。
 雛は目を開けて左手を顎に持っていくと、少し考えるような顔をしてから「七十点……八十点ってところかしらね」と言った。

「正解は始まりがあるから。だって生まれなければ死なないし、原因が無ければ結果は無いもの。……終わりって言うのはどんな存在でも持ち合わせているもの。存在するというのは始まりが無ければ有り得ないことだから。……言うなれば終わりは運命みたいなものね」

 静葉は「運命……」と言うと目を閉じた。

「それは確かに悲しいかもしれない。だけど受け入れなければいけないのも事実。私は少なくともその紅葉たちはそれを知っていて散っていっているのだと思うわ」
「……どうしてわかるの?」

 静葉が疑問を顔に浮かべてそう言うと、雛は待ってましたと言わんばかりにニコリと笑い、言った。

「あなたにさよならって言っているからよ」
「……え?」

 静葉は心底分からないといった顔をした。それを見て雛はさらにうふふと笑った。

「紅葉の神様であるあなたに、最後の力を振り絞って別れを言いたいんだと思うわ。きっと、生まれたときには終わりを知っているんだと思う。だから紅葉になって、最後に落ちるときまでさよならを言う為の力を蓄える。誰か、自分たちの言葉がわかる者に自分が存在したってことを伝えるために」

 気づくと、静葉は泣いていた。
 驚いた表情のまま、涙を流していた。静葉は自分の目から熱いものが頬を伝わって流れ落ちてくるのがわかった。

「あなたは紅葉の言葉がわかるんでしょう? なら、永遠なんて願うよりかは必死に自分の存在を伝えている紅葉の声に耳を傾けてあげたほうがいいと私は思うわ。それが紅葉のためにあなたができることなんだから」

 雛が言い終わると同時に風が吹いた。紅葉が何枚かまた飛び、そのうちの一つが静葉の目の前に落ちてきた。静葉はそれを開いた両手の上に乗せ、優しく包み込んで胸に当てた。

「…………ありがとう。……………………そう、言ってる気がする」

 静葉は雛にニッコリと笑った。

「そう。……良かったわね」

 雛もニコリと笑った。

「…………さて、と。今日はちょっと朝から出張してきてたから疲れてるのよ。と、いうわけでそろそろ家に帰ろうと思うんだけど……ついでに家でお夕飯でも食べていかない?」
「……うん。そうさせてもらう」

 雛の問いに静葉は頷いた。雛が立ち、静葉も続いて立った。そして洞窟のほうに向かい、ふと、静葉は振り返って紅葉を手から離した。紅葉は地面に着く寸前に風によってさらわれ、終盤を迎えつつある紅空に舞い上がった。
 そして、

「さようなら」

 消えた。
試験前に風邪を引いた状態で某始まりがあれば終わりもあるヒナクルな厄神様の通り道アレンジ曲を聞きながら書いたらこんなのが書けました。
さぁもう試験まで数日だ。教師の作った試験問題に、解けるものなどあんまりない!

あ、今回雛に「はぅ」って言ってもらってませんね。まぁにとりが出てないので仕方ないでしょうけど。……ここに、にとりの皆勤終わる。

雛「はぅ!」

「はぅ」は皆勤賞ですね。
メガネとパーマ
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コメント



0.460簡易評価
11.70名前が無い程度の能力削除
静葉が雛を誘ったのは、もしかしたら雛に景色を見せるためではなく
秋の逝く声を共感してほしかったからなのかも…美しい秋の一幕でした

最近、貴方の綴る雛の「はぅ!」を見ないと落ち着かない自分がいるぜw
12.無評価メガネとパーマ削除
コメントありがとうございます。
>11さん
普段ギャグを書いてる私がちょっと挑戦で書いてみた話なんですが、楽しんでもらえたみたいで嬉しいです。
これからも「はぅ!」を書いていきたいと思います。