Coolier - 新生・東方創想話

月兎は狂気の夢を見るか

2008/10/18 03:39:41
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それは春の夢の話。
































月に居た私は、兎達に『十六夜姫』と呼ばれていた。
満月になれなかった十六夜。
この身は月のスキャンダル。
私はこの月に居てはならない存在だった。

兎は私を嘲笑う。
『月は姫を認めなし
 兎は姫を認めなし
 欠けた月は姫ならず
 嗚呼哀しきかな十六夜の月』

私の母は月の賢者。
彼女は月の守り手であり、永久の時を過ごす人。
私の父は月の王。
彼は月の担い手であり、忌まわしき人。
私の姉は満ちた月。
完全なる時の力を持ち、青き地に思いを馳せる人。
私自身は欠けた月。
混血の満足な力を持たない、十六夜姫。

『守りと担いの子は密とされ
 かの月の地に秘められる
 裁きを待ちし月の姫』






月兎は私を嘲笑ったが、姉様は味方で居てくれた。

姉様は時の力を操れた。
私が哀しいと言えば時を短くし。
嬉しいと言えば時を長くしてくれた。
部屋を広くしたいと言えば数倍に。
厠へ行くのが億劫だと言えば数割に。

私には時を止めるのが限界だった。

かつて姉様は語ってくれていた。
『月の頭脳も貴方の味方よ』と。
母様とは会った事が無かったが、姉様が保障してくれるのだ。
きっと間違い無いのだろう。



そんな姉様が処刑された。

姉様は禁断の秘薬を母様に作らせたのだ。
しかし、不死の薬を飲んだ姉様は決して死ぬ事は無かった。
だから地上に落とされた。

私は信じられなかった。
姉様が罪を犯したことではなく、姉様が興味本位で薬を作らせたということに。
噂通りなら母様が、大罪を犯させるわけが無い。
私の味方の母様が、私の味方の姉様を貶めるわけが無い。

そうして失意の中、私が月から消える日がやってきた。






その日の処刑場で不思議な事が起こることになる。
何度も何度も落ちる断頭台。
その下で生き続けている十六夜姫が居た。

台の傍に立っていた母様は微かに笑う。
『あなたの姉は素晴らしい蓬莱人ね。』
そう言って私に銀の懐中時計を握らせた。
痛みに苛まれる中、私は上手に笑い返せただろうか。

再び銀の刃が落ちた。



姉様と同じ身を持つ私はかの地へと落とされた。
青く澄んだかの地へと、母様の形見の銀時計と共に。

銀時計には小さなメモが挟まれていた。

【姫は罪を肩代わりをしてくれました。
 あなたに薬を飲ませるために。

 地上で共に永久を過ごすその日まで。
                         親愛なる娘へ】


















それは春の夢の話。


















蓬莱人は長く同じ地に留まれない。

私は様々な事を経験した。
奇術師、行商人、給仕、修道女。
軍人、一時は貴族の娘の真似事をした。
その過程で私は時の力を強くし、奇術を覚え、振る舞いを身につけた。
しかし、どれも長くは続かなかった。

徐々に私は人を避けるようになった。
人に在らぬ者を駆逐し、人里離れた場所で過ごす。
そうして、長き時を過ごしていった。
徐々に月の事を忘れつつあった。



ある紅い月の夜の事だ。
私に退魔の依頼が舞い込んできた。

紅の館に住まう『運命の悪魔』を殺して欲しいという内容だった。
『運命の悪魔』は自由気ままな略奪を繰り返す吸血鬼。
2人組みの吸血鬼の片割れ、少女の姿をした『悪魔』だった。

私は何時ものように銀時計を胸ポケットに入れ、小さな鞄を持ち出かけた。



丘にそびえた廃墟にも思える紅の館は不気味に笑っていた。
尤も、本当に笑っていたわけではない。
ぎしぎしと軋む音をたてながら、館は口を開けた。

扉のすぐ前には大階段と巨大な踊り場。
そして紅く黒く染まった長い長い絨毯。
左右には窓が規則正しく並んでいた。
大階段の間の四隅には小さな通路があり、外側には窓。
内側には小部屋へ続くドアが多くあった。
大階段の間の隅から隅の4辺には柱と柱の間に陶器と花、絵画が飾られていた。
また、どうやら大階段を境にシンメトリーになっているようだった。

壁には点々と蝋燭が燃えており、館を紅く照らしていた。
紅の館と呼ばれるのはこの蝋燭だろうか。

どうやら上階も下層と同じような構造になっているらしい。
また、大階段の奥には地下への階段も有った。
踊り場の上には巨大なステンドガラス。
七色に光る月の光が館に降りそそいでいた。
外見ほど荒れ果てた惨状でもなかったが、生活感は無かった。

上階から小部屋を一つ一つ探していく。
地下は窓から逃げられないため、袋小路になってしまう。
ましてや2人組みの吸血鬼だ。
下手をすれば袋小路となるだけではなく挟み撃ちにされてしまうだろう。
出来れば最後にしておきたい。

此処は・・・寝室だろうか。
眩しいまでに差し込む部屋の中に豪華な椅子と机。
そして、大きな垂れ幕がかかった寝台がそこにあった。
その部屋では外から吹き込む風にカーテンが揺れていた。

壁の蝋の融け方を見ると、ほぼ全てが融けきっており、冷めていた。
少なくとも誰かが此処を離れてから時間が経っているようだ。

小部屋探しを続ける。

そうして、様々な部屋を回った。
調理場のような場所や、無造作に本や薬品が置かれた場所。
中には窓が割れ、瓦礫が散乱した何も無い小部屋もあった。
他にも、直接大きなテラスへ続く扉もあった。
テラスには大きなパラソルとこじんまりとした机と椅子があった。
どうやら、部屋までもが左右対称となっているわけではないらしい。

そうして、地下以外の全ての小部屋を調べてしまった。
『運命の悪魔』どころかその片割れも見つけることが出来なかった。

出来れば避けたかった所だが、見つからない以上仕方が無い。
月の光が届かず薄暗い地下への階段へ、一歩一歩足を進めた。
長々とした螺旋状の階段へと。

地下は上の2つの階とは違う構造をしていた。
四角形の辺のような形をした通路の外側に沢山の小部屋の入り口が。
そして、階段に面した内側への入り口には大きな扉がついていた。
壁にはあの蝋燭がかかり、地下にも紅い絨毯が巡っていた。
小部屋が無い壁には蝋燭か、額縁だけの絵がかけられていた。

手始めに大部屋の扉を開けた。
入り口がそうだったように軋む音をたてて、扉は開いた。

中には荘厳たる本の山が広がっていた。
通路が少し出来るように規則正しく並べられた本棚。
壁際には柱と柱の窪みに大きな本棚が整然と並べられていた。
大図書館の中央には本棚が無く、小さな机と柔らかそうな椅子が。
そして、その図書館の奥の方にも本棚が無く、二つの階段が。
その階段の先には柵のついた小さな足場と、壁際にまた本棚。

果たしてこの場所だけでどれくらいの蔵書が有るのだろうか。



しかし、悪魔はここにも見つからなかった。
地下の捜索を続ける。

地下の部屋の殆どは荒れ果てていた。
尤も此処の場合は硝子が散乱していないので幾分マシに思えた。
中にはワインセラーなのか、カビに包まれた中にワインが何段にも積まれている部屋もあった。
全てが使われていない、というわけではないらしい。

ここにも寝室らしき部屋を一つ見つけた。
2階の寝室とはうってかわって質素で簡潔な部屋。
しかし、よく使われた羽ペンや散乱した紙。
見慣れぬ魔方陣が書かれた机を見ると寝室と言うより儀式的な場所なのかもしれない。
大図書館といい、2人の吸血鬼以外にも此処に住まう者が居るのだろうか。

そして、地下の小部屋の中に不思議な部屋を見つけた。
階段と大図書館の延長線上にある小部屋なのだが、明らかに様子が可笑しい。
扉などの見た目は別段可笑しな場所ではない。
しかし、立っているだけで異様な威圧感を覚えた。

此処に吸血鬼のどちらかが居るに違いない。
あるいは、2人とも居る可能性もある。
そっと部屋の入り口にかかった蝋燭の火を吹き消して、壁に背を着けた。
扉を少し開けて中の様子を窺うために。

『運命の悪魔』は青みがかった髪を持ち、片割れは金髪だという。
それさえ確かめる事が出来たら構わなかった。

心臓が高鳴る。

僅かに扉を開け、中を覗き込んだ刹那――
背中から抱きつかれた。

首に、少し爪が食い込んでいた。
『ここではあの子が起きてしまうわ。』
そう耳元で囁いて踵を返し、蒼い髪をたなびかせながら階段の方へと向かった。
ついてこい、という事だろうか。

しかし、その姿は間違いなく、『運命の悪魔』だった。

館を足音だけが支配する。



『運命の悪魔』は巫山戯た悪魔だった。
中央の階段を登り終えた瞬間、踊り場から一本の銀のナイフを投げつけた。
私の顔をかすり、扉に刺さったナイフ。
『刺してみなさい』
彼女の顔は獲物を見つけた鷹のように、鋭く歪んでいた。

私は深く刺さったナイフを抜き、階段を駆け上がり彼女に飛び掛った。
胸を狙ったナイフは彼女の心臓を貫き、紅の館に紅を上塗りするはずだった。

刹那、彼女は既にそこには居なかった。

背後から声がかかる。
『あら、手加減などしなくても構わないわよ。』
流れるような華麗な振る舞いをして、再度悪魔は首に爪をあてがう。
『尤も、脆い人間にはどちらもできないかしら。』
体を捻る様にして、再度強襲する。
『残念。』
またしても背後からの声だけが聞こえる。

一度距離を取った方が懸命だろうか。
いや、駄目だ。駆け引きは出来ても距離が届かない。
彼女が私に投げかけた銀のナイフの意図が判った気がする。

『もう終わり?』
彼女は大きく飛び上がり、七色の光に照らされていた。
『もう少し楽しませなさい。』
彼女の手にその七色の内の1色が集まる。
手に現れたのは血のような、赤色の槍。
『さようなら。脆弱な人間。』
槍は彼女が振った刹那、弾ける様にして私の体を貫いて消えた。

「残念なのは其方。」
蓬莱人はこの程度では死なない。少し痛むが、体は元通りになっていた。
「続けましょう、この夜を。」
何故だか笑みが込み上げてきた。
『そうね・・・足掻きなさい。』
踊り場に差し込む七色が、2人を包む。

胸の銀時計は静かに時を刻んでいた。



『面白い人間ね。』
手応えが有ったと思ったが、彼女の帽子がナイフの餌食になっていた。
「巫山戯た吸血鬼ね。」
また爪が首元に食い込む。
腹に穴が開いた服と、爪痕でボロボロの鞄はもう使い物にならないだろう。
これが終わったら依頼主にでも請求しようと考えていた。

紅い月は雲に隠れていた。

爪の支配から逃れるため、距離を一度取る。
もう何度この駆け引きをしただろうか。
後方へ飛び、足を半円を描くようにし手を付け、前傾姿勢をとった。
絨毯は既に爪痕とナイフの跡でボロボロになっていた。

帽子をナイフから取り、投げ捨てて再び飛び込むタイミングを見計らう。
彼女は襲われるとき以外微動だにしない。
それが故、意味を成さないものであったが、自分には大きな意味を伴っていた。
そこに凛とした声が響く。
『もうそろそろそういう動きは出来ないかしら。』

図星だった。既に呼吸はあがり、体のあちこちが悲鳴をあげている。
自分でも痛感するほど、様子見の時間は長くなっていた。
それを指摘するのは、さすが『運命の悪魔』と言わざるを得ないだろう。
こうなっては仕方が無い。この夜をこういった形で終えるのは不本意なのだが・・・。

紅い月は西に有った。
もう、七色の光は差し込まなくなっていた。

紅い月と紅い蝋燭が2人を照らす。



前屈姿勢から立ちなおし、自然体でナイフを構える。
そして、奇跡的に無事だった銀時計を胸ポケットから取り出し、目をやる。
短針は4を指していた。

息があがりきり、切れ切れになった言葉でそっと呟く。
「チェック、メイト。」
音をたてていた銀時計の秒針が止まる。
全ての物が停止し、光さえもその場から動こうとしない。
壁の蝋燭は歪んだまま止まり、辺りが灰色に包まれる。

『運命の悪魔』も例外ではなく、そこに佇んでいた。
冷静になって見ると彼女自身の服も端々が切れ、髪の切れ端が周りに散らばっていた。
だが、彼女には最初と変わらぬ気品が漂っていた。

少しだけ弔いの言葉を呟き、彼女の胸へとナイフを突き立てる。

一瞬だけ彼女の口が吊り上がったように見えた。
そして、止まっていた時が動き出した。

彼女の胸に銀のナイフが刺さるまで1寸といった所で、腕を捕まれていた。
『奥の手も、ここまでのようね。』
彼女に腕を捕まれたまま、傷ついた絨毯にへたりこんでしまった。



少しずつ朝日が、ステンドガラスから差し込んでいた。

『じゃあ、そろそろ眠るから。』
そう言って悪魔は階段を駆け上がり、蝋燭の消えた部屋へ入ろうとしていた。
「寝ている間に刺すかもしれないわ。」
精一杯の皮肉と余力をこめて、彼女に叫んだ。
彼女はニッと笑い、白い指で眼を指差し、
『生憎、私には運命が見える。』
とだけ言い返し、部屋へ消えていった。


















それは春の夢の話。


















『貴方・・・名前は?』

眼が覚めた彼女の第一声はそれだった。
長き時の流れで本当の名前は忘れ去っていた。
頭に残っていたのは忌まわしい月兎達が呼んだ名前だけ。

「十六夜・・・姫。」
自分自身で言うと何故か照れ臭く感じた。
小さな机に置かれた、私が淹れた紅茶をすすりながら彼女は言った。
『十六夜姫? 姫は私1人で十分だわ。』

紅茶共々気に入ったのか、お茶請けとして作った洋菓子も一緒にどんどん量を減らしていく。
『十六夜 サクヤはどうかしら。十六夜の前日、満月を約束された夜。』
優雅に最後の一滴までもを飲み干した彼女はこう言った。
『サクヤ、此処で働きなさい。』
この悪魔には呆れた。本当に私が自分を刺さないと信じきっている。

再び机に置かれた食器に紅茶を少しずつ入れる。
「運命、ですか?」
困ったような顔で尋ねた。
『ええ。』
自信満々に『運命の悪魔』は答える。

空には赤く染まった十六夜の月が浮かんでいた。


















それは春の夢の話。


















昨日見た夢が忘れられずに、作業を続ける師匠に尋ねてしまった。
「師匠、夢って何なんでしょうか?」
薬草が臼の中でよく潰されていく。

師匠はフラスコの中に鈴蘭を浮かべ、様々な液体に浸けて調べている。
どうやら、師匠自身も命の起源に興味があるようだ。
人形が生物化したというのだから、研究者としては仕方ないだろうが。
『そうね・・・夢は過去の体験を想起させるモノとされているわね。』
じっとフラスコを見つめながら師匠は答えた。

暫くの沈黙が2人を包む。
不満足そうにしているのが顔に出てしまったのだろうか。
フラスコをそっと割らないように置いて、軽いため息をついて此方を向いた。
『それと一緒に、夢は渡し舟でもあるわ。』

師匠の話はいつも断片的で分かりづらい。
薬草を潰す手を休めずに、続けて質問した。
「渡し舟?」
片手を頬につけて師匠は困ったように言う。
『ウドンゲ、一寸だけ止めなさい。』
薬草潰しの事だと分かるのに、少し時間がかかった。

『夢は人と人、真と嘘の渡し舟。
 他人の体験を追体験する事も、嘘の体験をすることもあるわ。』
薬草潰しで少し痺れる手を押さえながら、質問を返す。
「嘘の体験・・・ですか?」
師匠は不満そうに腕を組んで、回答する。
『断片的な記憶が繋がったものは真と言えるかしら?』

成る程、と思った。
「上手く繋がらなければ、真実じゃないですね。」
漸く満足そうな仕草をして、師匠は答える。
『そういうこと。さぁ、薬作りを再開して頂戴。』

永遠亭に再び臼で挽く音が響く。
薬を作り続ける永遠亭では別段変わったことではない。
「あ、そういえば師匠、十六夜姫・・・って心当たりあります?」
一瞬師匠の波長が乱れたのを感じた。

『何を体験したのか知らないけど、春の夢は往々にして不思議ね。』


















それは春の夢の話。

















 
ゆっくり書き始めたらもうこんな時間だ・・・orz

あまり上手な文章ではないですが、ここまで読んでくださって有難うございました。
紙細工
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コメント



0.480簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さん永琳の娘説もこういう感じならあっても良いですね。