Coolier - 新生・東方創想話

不機嫌な果実

2008/10/12 19:57:07
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シリアスな感じの紫様と霊夢のお話。
少々百合要素を匂わせてあるので苦手な方は注意。







境内に座り、空を見上げた霊夢はお茶を啜った。
流れる雲を眺めながら、ぼんやりと過ごす。
これが毎日の繰り返し、変わることのない日常。
たまに魔法使いだとか妖怪だとか鬼だとかが来るけど
基本のこのスタイルはほとんど変わることはない。
天気が変わろうが、季節が変わろうが、大した変化もない。
第一に自身の心が不変であるからだ。
何者にも何事にも影響される事のないその心はいつから形成されたものなのだろうか。
自分自身でも『気付けばこうなっていた』程度の感覚で、明確な理由などない。
たまに感じる事は意味の無い気だるさと、面倒臭いという気持ち。
それすらも最近は考える事がすっかり減った。
流されるままに生きる、生きているから流される。その程度の捉え方で日々を過ごす。
この事を深く考える事ももちろん無い。
今がこうだから、こうなった。
そこまで考えを巡らせた霊夢がはっと気付いて、ゆっくりと首を振った。
何を面倒な事を考えているのだと、考えをかき消し、傍にあった湯飲みを持ち上げる。


そろそろ魔理沙がお茶とお菓子をたかりに来る頃か、なんて事を考えていると目の前の空間に裂け目が生じた。
もう驚くのも面倒で霊夢はずず、とお茶を啜りながらその亀裂から現れるであろう相手を待つ。
…本当は待ちたくもないのだが。
空間の裂け目からレースの手袋に包まれ、扇子を持った手が姿を見せる。
そしてそのままずるずると全身が姿を現し、空間から飛び出した。

「あら」
目の前すぐで何事もなくお茶を啜る霊夢に空間から現れた八雲紫は少しばかり残念そうな表情を浮かべた。
「もっと快く迎え入れてくれると思ったんだけど」
「お賽銭入れてそう願えば叶うかもね」
さらっと言ってのける霊夢に紫が一瞬呆気に取られたが、すぐに笑った。
「貴女らしい答えね」
「それは褒め言葉なのかしら」
紫の言葉に皮肉が含まれているような気がして霊夢の方もついつい棘のある言葉になる。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
む、と顔をしかめた霊夢の頬をちょんとつつき笑う紫がどうも癪に触った。

「何しに来たのよ」
「愛しい貴女の顔を見に来たに決まっているわ」
「何言ってんの」
紫の言葉に霊夢が小さく舌打ちをする。
「あらあら、せっかくの睡眠時間を削って来たのに」
「だったら寝てればいいでしょ、別に来いなんて言って無いわよ」
余計なお世話よ、と霊夢が言うと紫は少し呆れたようにふう、と溜め息を吐く。

「貴女が心配だからよ」
その言葉に一瞬だけ霊夢の心が戸惑いを感じたが、すぐに嘲笑った。
「紫が心配してくれるなんて、明日は嵐かしらね」
そう言って霊夢が肩を竦め、紫に背を向ける。
「霊夢」
紫の言葉をはぐらかす霊夢に紫が少し強い口調へ変わった。
「…何よ」
だんだんと湧き上がる苛立ちを抑えられなくなってきた霊夢が紫に対して攻撃的な空気を放つ。
「いい加減に吐き出さないと」


壊れるわよ。


その言葉に霊夢の表情が、態度が一変した。

「うるさいわね!そんな事言う為だけにここに来たの!?さっさと帰って寝てなさいよ!」
鋭い視線を紫へ向けるが紫は平然と構えている。
「あまり興奮しないの」
「…紫が帰れば落ち着くと思うんだけど」
どこまでも敵意を向ける霊夢に紫は溜め息を吐いた。
「本当に困った子ね」
そう言うものの紫の表情には余裕がある。
それがわかるから余計に霊夢の感情が逆撫でされるのだ。

「…いいから、出てってよ」
その言葉を口にした瞬間、霊夢の心は猛烈な勢いで締め付けられた。
出てって、という言葉は望みであって望みでは無い。
言葉とは裏腹なその事に霊夢の心は過剰に反応する。
「何時にも増してご機嫌斜めね」
じゃあ言う通りにしようかしら。
そう言って紫が空間へ歪みを作り出そうとする。
それを感じだ霊夢が焦ったように振り返る。
その動きに紫が境界を操ろうとした手を止め、霊夢へと視線を送る。
その表情は絶望と喩えても過言では無いほどに、血の色が引いた蒼白い顔だった。

「どうしたの?」
「何でも、ないわ…」
ぎゅっと自分の身体を抱き締めるように霊夢が腕に力を込める。
かたかたと小刻みに震える肩に紫が霊夢に一歩踏み出した。
「霊夢、貴女…」
紫の言葉がはっきりと聞こえなくてもっとはっきり喋ってよ、と言おうとしたら
急に身体が重くなって、霊夢の意識が途切れた。

「霊夢…っ…!」
とっさに紫が手を伸ばしても、霊夢の服を掠めただけで霊夢はそのまま畳へと倒れ込む。
すぐに駆け寄った紫が霊夢の身体を抱き起こしたが霊夢は目を閉じたまま動かなかった。
しかし小さな身体は息をする度に微かに上下していた。
恐らくストレスと疲れとで心身ともに疲れ切っていたのだろう。
「だから言ったのに…」
呆れた様な声色で呟いた言葉は霊夢には届かないが、それでもこの状況ではその言葉を抑える事は出来なかった。

「このまま放っておく訳にはいかないわね…」
ぽつりと呟いた紫は霊夢を抱え上げる。
「あら…」
掴まえた腕が以前よりも細くなっている事に気付いた。
身体の線も少し細くなった気がする。
「こんなになるまで…」
眠る霊夢に語りかけた紫がそっと頭を撫でる。
しかし感傷に浸っている場合ではない事に気付き扇子で空を切ると、その軌道に合わせて空間に裂け目が生まれた。
歪の先は屋敷へと繋げてある。
その空間の歪へ足を踏み入れようとした時、外から微かに聞こえる声に紫は動きを止めた。


「おーい、霊夢ー」
聞き慣れたその声は魔理沙の声だった。
「いないのかー?」
すっと障子を開けた魔理沙が紫の姿を見つける。
一瞬驚いたような表情をした魔理沙は更に意識を失っている霊夢へと視線を送り、再び紫へと視線を戻す。
今度は多少の鋭さを込めて。
「何やってんだよ」
「霊夢がこんな事になっているのは私のせいじゃないわよ」
紫の言葉に魔理沙は疑いたっぷりの視線で紫を見つめた。

「この状況でその言葉は合ってないぜ」
魔理沙の気持ちもわからなくないが、霊夢がこうなったのは紫のせいではない。
まぁ、興奮させてしまった事が導火線に火を点けたとすれば少しは原因があるかもしれないが。
「事情を説明すると長くなるからまた今度にでも話すわ」
「おい、ちょっと待てよ!」
そんな理由が納得できるはずもない魔理沙が紫を引き止めようとすると
魔理沙の言葉を完全に無視して紫は霊夢を抱きかかえたまま空間の裂け目へと身体を半分ほど入れた。

「霊夢は私がしばらく面倒を見るわ」
大丈夫、心配はいらないから。
そう言って魔理沙に微笑みかけると、魔理沙は苦そうな表情を浮かべた。
「その笑顔が胡散臭いんだよ」
魔理沙の言葉を聞かなかったことにして、紫は霊夢と共に空間の歪へ消えていく。
それと同時に歪も消えた。
すっかり消えた歪があった空を見ながら、魔理沙は状況が掴めず無意識に舌打ちをする。

霊夢におかしな事はなかったはずだ。
昨日だって、その前だって少しばかり掃除をサボってお茶を飲んでいて、いつもと違う様子なんてなかったはずなのに。
「霊夢に何があったんだ…?」
ぽつりと呟いた魔理沙の疑問に答えてくれる人はもうすっかり空間の狭間へと消えてしまった。



紫が博麗神社へ出向いている間、屋敷では紫の式神である八雲藍が紫に代わって雑務をこなしていた。
机に向かい書き物をしていると、自分の意思とは別のところで何かを感じ取ったらしく、帽子の下の耳がぴくりと動く。
「ん…?」
第六感で空間が歪むのを感じた藍はふと視線をまだ何もない一点へ向けた。
藍が凝視した空間がみるみるうちに裂け目が生じ、そこから霊夢を抱えた紫が飛び出す。
紫が霊夢を連れていた事に一瞬は驚いたが、主が帰ってきたのならまずすべき事があるだろう。
そう判断した藍は席を立ち、紫に向かって頭を下げた。

「おかえりなさいませ、紫様」
「ご苦労様。藍、早速で悪いのだけど寝室の用意をしてくれないかしら」
紫の、ではなく紫が抱えているその人の為だろう。
「わかりました、すぐに準備します」
そう言って再び頭を下げた藍は足早に寝室の準備へと向かった。

抱えた霊夢を下ろすにはまだ少しかかる。
流石に少し腕が疲れてきたので、霊夢を抱えたまま紫は傍にあるソファーへと座った。
霊夢は本当に疲れ切って消耗しているらしく、少しの揺れくらいでは目を開ける気配はない。
そのあどけない寝顔に思わず紫の頬が緩む。
こんな状況で和んでしまうなんてとても失礼な事なのだが…
それは重々承知しているものの、こんなに傍で霊夢を見るのは久しぶりだったせいか
紫の心は心配と幸せが入り混じる、筆舌尽くしがたい気持ちになる。

「この身体にどれくらいの重さを抱えてきたのかしらね」
紫がいろいろな想いを巡らせながら、霊夢の髪を撫でた。
一束を掬い上げて手のひらを滑らせるようにして落とすと
艶のある黒髪がさらさらと零れ落ちていく。
「霊夢、貴女は…」
目を細め霊夢を見るが、その視線に霊夢が気付く事はなかった。

しばらくしてからぱたぱたと聞こえる足音に気付くと、藍が再び部屋へと戻ってきた。
「紫様、寝室の準備が出来ました」
「ご苦労様」
藍を労った後、紫は再び霊夢を抱え上げる。
「紫様、私がお運びしましょうか?」
少しばかり心配そうな様子で藍が紫に尋ねると、紫はゆっくりと首を振った。
「大丈夫よ」
そう言って、寝室へと足を向けようとした紫がはたと立ち止まる。
そして藍の方を向くと、はっきりとした口調で言った。

「この子の面倒は私が見るから」
そう言った紫の表情はいつもと違い、とても真剣味を帯びていた。
その言葉に藍は素直に従う。
「了解しました」
「何かあったらこちらから呼ぶわ」
それだけ言って紫は部屋を出て行った。


藍が用意した部屋へと入った紫はすぐにベッドへ向かう。
出来るだけそっと、振動を与えないようにと霊夢を横たえると。
すぐ傍に用意されていた着替えを手に取り、霊夢へと向き直った。
そして手を伸ばしゆっくりと霊夢の巫女装束を取り払っていく。
透き通るような白い肌は、とても綺麗だった。

「…身体はこんなにも綺麗なのにね」
独り言のように呟く言葉は霊夢には届かない。
触れる指先に時折霊夢の身体がぴくりと跳ねたが、目を開けることはなかった。
このままいつまでも眺めている訳にもいかないので、さっさと着替えを済ませると
再びベッドへと身を沈めさせて、シーツを掛けてやる。
そして傍にあった椅子へと腰掛け、先程よりも少しだけ血色の良くなった顔を眺めた。
霊夢がいつ目を覚ますかはわからないが、霊夢が目覚めたときに真っ先に傍にいてやりたいという気持ちが紫をその場所に

とどまらせる。
「今はゆっくり休みなさい」
そう呟いて霊夢の頭を撫でると、その表情が少しだけ和らいだように思えた。
そんな霊夢を見ながら紫は霊夢が目を覚ますのを、その傍で待ち続けることにする。


紫に看病された霊夢は少しの苦しさの中、夢を見ていた。
夢と言うには少々現実味の強く、眠っていながらにして起きている時に近い感覚だ。


『神社は妖怪に乗っ取られたのか?』
『あの巫女は何故仕事をしない?』
『そもそも何が仕事なんだ?』

耳に入る雑音は山程あるがすぐに頭から出ていく。
これでも自分は自分なりに考えて動いているのだ。
紅い霧が発生した時も、なかなか春が来なかった時も、夜が明けなかった時も一応の原因は潰した。
だから今こうやって平穏な日々を過ごす事が出来ている。
その事を感謝しろなんて恩着せがましい事を言うつもりはないが、それなりに幻想郷を守ってきたつもりだ。
それが人々に届いていないのは自分が仕事ぶりをアピールしないからだろうか。
アピールする事自体が押し付けがましくて気に入らない。
自分のスタイルではない気がするから、実行しない。それだけの話だ。
里の人には慕われずに、妖怪やら何やらには慕われて
それはそれで悪くはないのだけど、妖怪と同盟を組んだ、みたいな誤解されるというのも多少は心に引っ掛かる。
しかしそんな事を一々気にしていては埒があかない。
だから何も考えない。自分は自分だから。何を言われたって変わる事はない。

そう、変わる事は…


「ん…」
うっすらと目を開けると、その先には見慣れない天井が見えた。
寝ている場所もいつもと違い、とても柔らかい。
ぼんやりとした頭でここはどこなんだろうと考えてみたが
起き抜けの頭では何がどうなってるのかを判別するには少々難しい。
何となしにふいと首を横へ向けると、視線の先が俯き加減の紫を捕らえた。

あぁ、そうだ。
確か紫が神社に来て、何だかかんだ話してる途中で意識がなくなっちゃったんだっけ…?
ぼんやりとそんな事を考えながら、ふと横を見ると紫が椅子に腰掛けたまま眠っていた。
もしかして、いや、もしかしなくても紫が付いていてくれた…?
いつもあまり自分から動く事の少ない紫が、自分の面倒を見てくれていたという事に霊夢は少しだけ申し訳さを感じた。
それにしても自分はいったいどれくらい眠っていたのだろう…
時計を見たところで今日が倒れた日と同じとも限らない。
神社はどうなっているだろう。賽銭…入ってないわよねぇ…
魔理沙がお茶でも飲みに来てるんじゃないか、なんて事を考えていると紫がもぞもぞと動き始める。
そしてゆっくりと顔を上げると、眠そうな目で霊夢へと視線を向けた。

「あら、起きたのね」
にっこりと微笑むその顔に霊夢は思わず目を逸らしてしまう。
「霊夢が目を覚ますまで起きていようと思ったのだけど」
あなたってば2日も眠っているんだもの。
そう言って紫はくすくすと笑った。
「悪かったわね、ぐっすり眠って」
「具合が悪いなら仕方ない事よ」
そう言って紫は霊夢の頭を撫でた。
「なんかやけに優しくない?」
「そうかしら?」
私はいつも優しいわよ。
一言多い紫の言葉に眉間に皺を寄せると、紫がふと目を細める。

「霊夢が辛い事くらいお見通しよ」
その言葉に霊夢の視線が鋭くなる。
「その話は倒れる前もしてた気がするんだけど」
明らかに不機嫌そうな声に、紫が目を閉じた。
「根本から絶たないと、また倒れてしまうでしょう」
「何よそれ」
淡々と語る紫に霊夢の苛立ちがどんどんと募る。
「貴女はいろいろと抱えすぎるから」
「抱えてなんかないわ」
どうしてそんな面倒な事、と言い掛けると同時に紫は霊夢の口へと扇子を向けた。

「それが貴女でもあるからよ」
くるりと円を書く扇子の先を見てから、霊夢は視線を紫へと向けた。
苛立ちと、そして怯えを含んだ視線。
「今貴女がどんな顔をしているか鏡を見てもらいたいくらいだわ」
その表情は図星ってとこかしら。
紫の言葉に霊夢の表情が少し歪む。
その表情をちらりとだけ見た紫は椅子から立ち上がると、今度はベッドへと座り直した。
そして何ともいえない表情で呆然としている霊夢へと顔を寄せる。

「きっとほぼ毎日会いにくる魔理沙ですら気付いていないでしょう」
貴女はいつものんびりお茶を飲んで、気の向くままにぼんやりと空を眺めて
きっと悩みなんてないのだろうと、いつも同じ姿にしか映っていない。
「人の事に関心のない、どうでもいいなんて思っていても、実際それを実行出来るのかとでは話が違うわ」
どうでもいい、なんて思いながらもこの世界で一番悩んでいるのは貴女でしょうからね。
紫の言葉に霊夢の顔が青ざめていく。

「周りの事なんて知らないなんて、嘘でしょう」
容赦ない紫の言葉に霊夢はふるふると首を振った。
「嘘じゃない」
「じゃあ閻魔様にでも裁いてもらいましょうか」
まぁ、まだ生きてる人間は裁く事は出来ないけどね。
冗談交じりの言葉も霊夢には耳に入れたくもない雑音も雑音だ。
「別に隠さなくてもいいのよ」
紫の言葉に霊夢はすっかり俯いてしまった。
「貴女は強いように振舞っているけど、本当はとても繊細で壊れやすいのよ」
「…め…よ」
消えそうな霊夢の声に紫が少し黙る。
「なぁに?」
わざとらしく聞き返す紫の声に霊夢の身体が震え出した。
「…止めてよ」
無理矢理絞り出したような今にも消えそうな声と共にぽたりとシーツへ涙が落ちる。
その雫には少しばかり驚いた紫が霊夢へと手を伸ばした。

「あぁ、ごめんなさい」
泣かせるつもりはなかったのよ。
そう言って紫は霊夢の頬を包むと上を向かせる。
その拍子に涙が頬を伝った。
流れた涙をそっと親指で払うと、霊夢はまた涙を流す。
「…どうして」
ぼろぼろ涙を零しながら霊夢は紫の胸へともたれ込んだ。
「どうしてあなたにはわかるよの…」
紫の服を握り締めて消えそうな声で呟くと、紫はその背中を優しく撫でる。
「貴女が好きだからに決まっているじゃない」
その言葉に霊夢の身体がぴくりと跳ねた。

「…嘘よ」
「あら、どうしてそう思うのかしら」
腕の中の霊夢の耳元で囁くように言うと、霊夢はふるふると首を振る。
「こんなろくでなしを好きだなんて、どうかしてる」
「そういう部分も全て含めて好きなのよ」
今までだって何度も言っているでしょう。
そう言って更に霊夢の耳元に唇を寄せた。


「愛しているわ」


その言葉に霊夢の身体から力が抜けた。
だらりと垂れた腕が、シーツへ投げ出される。
「…そんな事…」
そんな事言わないでよ。
嘘だとしても、涙が止まらなくなるじゃない。
ああ、どうしてこんなにも心が打ち震えるの。
たった一言の言葉で、全部が救われるような気持ちになる。
自分を理解ってくれる存在が、此処に在る。
投げ出した腕にもう一度力を込めて、ありったけの力を込めて霊夢は紫へしがみ付いた。

「…あなたは本当に非情い妖怪ね」
「でも、そんな妖怪に口説かれて堕ちたのはどこの誰かしら?」
くすくすと笑う声と共に肩口を押されると、霊夢はそのままベッドへと倒れ込んだ。
その上に紫が覆い被さるように霊夢の上に影を作る。
「貴女が望む事は全てしてあげてもいいと思っているわ」
欲しいもの、望むもの全てをね。
そう言って霊夢の額に口付けた。

紫は理解っている。
霊夢の考えも、心も、気持ち、その全てを。

これだけ強力なものを差し出されて、これをどう拒めばいいのだと言うのだ。

「非情いと言うよりは狡いの方が似合っているわ」
「私が非情くても狡くても、霊夢の気持ちは変わらないでしょう」

今この瞬間に、貴女が欲しがるものを口に出して言ってみて?
そう言って紫が霊夢の唇を指先でなぞる。
早く言葉を紡いで、と懇願されているような気がした。
その指先に霊夢が戸惑う。
しかし答えはもう出ているのだ。
困ったような、切ない表情を浮かべて紫を見つめると、ゆっくりと唇を動かした。



「      」



震える声で求めたものはすぐそこに在る。
求めるものを言葉にした霊夢に優しく微笑んだ紫が霊夢の身体をそっと包み込むと、霊夢は甘える様に紫にすり寄った。
紫の腕に抱かれ、霊夢はまた頬に一筋の涙を伝わせる。


不変だと思っていた気持ちの中、唯一の変化は
真実の自分を認めてくれる貴女という存在に惹かれたという事だった。





―END―
以上です。
とある、東方アレンジのボーカル曲のオマージュといったところでしょうか。
この曲を聴いたときに、これは書くしかないと思い勢いだけで書き上げました。
最初はあまり興味のなかったゆかれいむでしたが
書いていくうちにどんどん思い入れが強くなり、長さも今まで書いてた二次創作とは比べ物にならない長さになりました。
(基本的に普段短編しか書かないので…)
そしてゆかれいむの魅力にどっぷりとハマる結果に…w
こんな文章でも気に入っていただける方がいれば幸いです。
YR
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コメント



0.760簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
アレンジボーカル曲の曲名を教えていただきたいところ。
霊夢と紫のほんのりねっとりとした空間のお話、堪能しました。
雰囲気が好きです。面白かった。
8.100煉獄削除
霊夢の仕事振りが理解されていないのは情報が滞っていることや、幻想郷縁起などでも
詳しく「何々を解決した」とか書かれていないから・・・ということなんでしょうが・・・。
実際、霊夢は数々の異変を解決してきているのは事実。
それが里の人たちが知ろうとしていないという考え方も私は持っていたり。(苦笑)

紫様は霊夢の感情に気付いていたようですけど、やはりそれだけ「霊夢」という存在を
ちゃんと見ているからなのでしょうかね?
二人のやり取りは中々見ごたえがあり面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
B@d @pple のことですよね?(作者さんがわざわざ伏せてるので形だけでも伏せますが)
読んでるだけで曲が脳内で再生されそうなくらい忠実だったと思います。良かったです。
10.100名前が無い程度の能力削除
霊夢さんの心のスキマを埋めることが出来るのは胡散臭いこの妖怪だけです。この妖怪だけなのです。大事な事なので2回言いました。
霊夢さんの無関心っぷりは本心からそうあろうと務めてるだけで生まれ持った処世術では無いと思う。かっこだけ。
そこら辺見抜いて霊夢さんの心を奪っちゃう紫様素敵です。やはり霊夢さんと比翼連理の契りを交わせるのはこの妖怪だけですね。大事な事なので3回(ry
素敵なゆかれいむありがとうございました。
11.80名前が無い程度の能力削除
全体的にはとっても美味しいゆかれいむでした。

ですがあえて一点。
魔理沙というキャラを出すのなら、もう少し霊夢にとっての紫と魔理沙の違いを明確にしたほうが、魔理沙をあえて出した意味があったと思います。
今回の展開だとあえて魔理沙を出さなく、あの会話場面カットしても話が無理なく進んだと思うので。
逆に紫と霊夢の二人にだけ焦点が絞れたままで進んですっきりした気がします。

魔理沙を出すなら、例えば紫は歴代の巫女を見続けているから、そして人間と言う生き物も見続けている妖怪だからこそ、
歴代の巫女と霊夢の意識の違いやそこから人間としての霊夢の在り様と負担がわかる
といった魔理沙=人間では絶対窺い知れない経験や洞察をはっきり出してしまったほうが、比較対象としてわかりやすい。
そしてその差の描写を受けて、再度霊夢の心情において紫と魔理沙の違いをフィードバックさせる展開であるなら
魔理沙というキャラをあそこで出した意味づけになり、魔理沙が物語で生きたキャラになったと思いますね。

構成としては以上の一点が「うん?」と思いましたが、それを引いてもいいゆかれいむ。
特に後半の二人の描写の空気感はとっても「濃く」素晴らしかった。
今度はいっそあの濃い空気のままなゆかれいむを短編1シーンでもいいんで読んでみたいです。
22.100名前が無い程度の能力削除
グッド