小悪魔の体は軽く、清涼感に満ち溢れていた。
あれだけ騒いだ後だというのにそれすらも忘れかけていた。
パチュリーの力に、改めて敬意を覚える。
大分遅めに起きた小悪魔は自らの手の甲に書かれた「3」の文字を見て首を傾げたが、すぐに合点がいき、頷いた。
今日は自分の誕生日だ。忘れないようにメモしておいたのだ。
小悪魔はもはや自分の年齢など正確に思い出せなかった。ただ、パチュリーによると自分が紅魔館に来たのは50年前のことだったらしい。
これまで、レミリアやフランドール、パチュリー、咲夜、美鈴の誕生日会は毎年行われていたが、小悪魔の誕生日会が行われることは無かった。
また、それを気にすることは無かったし、当たり前に年を重ねて生きてきた。
しかし、最近紅魔館の門戸が外に向けて多少ではあるが開かれ、フランドールの部屋に続く扉も開かれた。
それによって今まで細々と行われていた誕生日会の華美化が進み、見かねたパチュリーが小悪魔と契約した日を誕生日としてパーティーを計画してくれた。
時計が10時を指していた。
そろそろか、と小悪魔が自室で紅茶を淹れていると、真っ赤なパーティーハットを被った美鈴とフランドールが扉を蹴破ってやって来た。
「誕生日、おめれとうございます」
「誕生日、おめでとう」
小悪魔は嬉しくなって、勢いよく羽を動かした。
「ありがとうございます」
「ちょっと早いけど、はい」
フランドールと美鈴は、小悪魔にプレゼントを渡した。
これまた、どちらも真っ赤な包み紙に包まれている。
美鈴の方は中に金属が入っているらしく、ずしりと重い。
「開けてみて」
そう言われた小悪魔は、意地悪く笑った。
「まだ、開けません。楽しみにしておいて、誕生日が終わりそうになったら開けますよ」
フランドールと美鈴も笑った。
美鈴は酔っぱらっているらしく、上手く舌が回っていない。
続いて、咲夜とパチュリーがやって来た。
パチュリーはパーティーハットを被っていたが、咲夜は被っていなかった。
「おめでとう。小悪魔」
「あ」
咲夜が破れたドアを見るなり、目をいからせる。
「こんなことをしたのは誰」
「私」
フランドールが高らかに宣言し、ドアの残った部分を蹴り飛ばした。
部屋のドアが無くなり、外のざわめきが聞こえてくる。温まっていた部屋が、寒くなってきた。
「ああ」
咲夜はしばらく肩を震わせていたが、何やら落ち着いたらしく平静を装って話し始めた。
「霧雨魔理沙と博麗霊夢とアリス・マーガトロイドに予め招待状を出しておきました」
咲夜が自分に敬語を使っているのは、何度見てもおかしい。
いつもとほぼ変わらぬセリフであるが、小悪魔は軽く噴き出してしまった。
「結構来るね」
フランドールが言うのもそのはずで、レミリアの誕生日会には霊夢と魔理沙、フランドールの時にも同様の二人を招待したのみで、咲夜達の時には誰も招待しなかった。3人もの招待客が来るのは初めてだ。
5人はしばらく話に花を咲かせたが、仕事に追われた咲夜が出て行くとフランドールと美鈴も出て行ってしまい、部屋には小悪魔とパチュリーが残された。
扉のあった場所から吹き込んでくる風のせいか、パチュリーはくしゃみをした。
「まだ時間があるわね」
パチュリーは12時を示している時計を見て頭を掻いた。
小悪魔は自分の部屋の扉が少なくとも今日中には修理されないので、今日は仕事がないと分かりつつも、いつものように図書館にやって来た。
開宴の7時までは、まだ時間が有り余っている。
「あなたと契約してから50年。誕生日なんて考えたことも無かったわ。私も馬鹿ね」
「感激です。こんな素晴らしいパーティー」
小悪魔はどんな顔をすればいいのか迷い、こぼれ出る笑いを抑えた。
パチュリーは持っていた本を机の上に置いて頷いた。
「今まで、気付いてあげられなくてごめんなさい。みんな、あなたに50年分楽しんで欲しいと思っているのよ。望みがあったら何でも言いなさい」
「パチュリー様、そのセリフ、前と全く同じですよ」
パチュリーは苦笑いし、小悪魔も笑った。
「シリアスな雰囲気になるとつい、やっちゃうのよ。まあ、いいわ。存分に楽しみなさい。あなたのためのパーティーなんだから」
いよいよ開宴時間の5分前になった。
本来ならばレミリアが座る最上座には、赤いドレスを着た小悪魔が座っている。
レミリアとフランドールとパチュリー達が向かいに座った。遠くの方には紅白衣装と白黒衣装、そしてアリスの顔が見えた。
騒霊三姉妹の軽快な演奏が終わると同時に、各所でクラッカーが弾けた。
「誕生日、おめでとうっ」
拍手が鳴り響き、小悪魔は立って礼をする。
「今日は、私のために集まってくださいましてあひがとうございます」
小悪魔が噛んだことで、爆笑が起きた。
開宴したばかりだというのに、もうみんな顔が赤い。
「噛むの、何回目よ。もう」
パチュリーは必死に笑いをこらえていた。
小悪魔は顔を真っ赤にして着席する。
すぐに咲夜が並々とワインを注いだ。
「私、こんな美味しい料理食べたの初めて」
ステーキを一片、口に放り込んだ美鈴が舌鼓を打った。
小悪魔も、このように豪華な料理は自分の誕生日を除いてしばらく見ていない。
ただただ破格の厚遇に感動した。
少しすると小悪魔の背ほどもある巨大な白いケーキが運ばれて来た。
頂上は見えなかったが、「誕生日おめでとう、小悪魔」と書かれているチョコレートが載っているはずだ。
同時に咲夜が解説を始めた。
「このケーキに使われている卵は、こちらで飼われている鶏が一生に産む内の……、非常に貴重なもので……、ですから、このクリームは……」
誰も聞いていないが、延々と話し続ける。
彼女もまた、酔っているらしい。
「代わりに、私が切ります」
美鈴がナイフを持って、ケーキを上の方から切り分け始めた。
「これも載せちゃいますね」
美鈴は、小悪魔の皿に「誕生日おめでとう、小悪魔」とデコレートされたホワイトチョコレートを載せた。
小悪魔はこの部分が一番好きである。
「よっ、小悪魔。飲んでる?」
「あっ」
ワイングラスを持った魔理沙が、小悪魔の首筋に抱きつこうとして近くのボトルを倒した。
美鈴が懸命に手を伸ばすも届かず、ボトルは机から落ちていったが、小悪魔が何のことなく尻尾で掴まえた。
「お、ナイスキャッチ」
魔理沙は大分酔っぱらっているらしく、小悪魔にもたれかかったまま動かない。
堰を切ったように霊夢とアリスが駆けてきた。
「挨拶も無しに、何してるのよ」
アリスが甲高い声を出して魔理沙を立たせたが、またすぐに壁にもたれかかってしまった。
「全く」
ほとんど飲んでいないのか、青白い顔色のアリスは眉をひそめて懐から小さな箱を取り出した。
「あ、誕生日プレゼントですね。ありがとうございます」
小悪魔は深々と頭を下げた。
霊夢も、白い包み紙に包まれた小さな箱を取り出した。
「私も、あまりいいものじゃないけど」
本当に、余りいいものではないらしく箱は軽かった。
「小悪魔、ドレス似合ってるわよ」
「ほら、あんたも出せば」
アリスが促すと、壁によりかかっていた魔理沙が小悪魔に近づいてきた。
魔理沙は懐をしばらく探っていたが、その内怪訝な表情になり、手を叩いた。
「ああ、あれだ。家に忘れた」
「はあ?」
アリスは魔理沙に軽蔑の視線を送った。
「ちょっくら取って来るぜ」
魔理沙は自分の席まで戻ると、箒を掴んで詠唱を始めた。
勘の良い何人かが叫んだのもつかの間。
「マスタースパーク」
壁とガラス窓がいっしょくたになって吹き飛び、広間の外壁に大きな穴が開いた。
未だに料理の説明を続けていた咲夜はふと我に返って穴を見つめたが、美鈴に「明日、修理」とだけ言うとまたしても料理の説明を始めた。
ジグザグ飛行を続けていた魔理沙は、いつの間にか黒い空に消えてしまった。
3人がプレゼントを手渡したので、他の面々もプレゼントを渡そうと立ち上がり始める。
レミリアが、小悪魔に大きな箱を手渡した。
「小悪魔、今までご苦労様。これからもよろしく」
「ありがとうございます」
箱はこれまでで一番重かった。
咲夜は「メイド一同より」と書かれた、これまた大きな箱を渡した。
「フラン、美鈴。あなた達は?」
「私達はもうあげたもん」
フランドールは笑った。
演奏が止んで間もなく、ルナサが駆けてきた。
「小悪魔さん。お誕生日おめでとうございます。何か、リクエストありますか?」
小悪魔は少し考えて答えた。
「リスト、大演習曲」
「分かりました、リストですね」
ルナサは元の位置に戻り、他の姉妹と共に小悪魔の指定した曲を演奏し始めた。
小悪魔は意地悪のつもりで難易度の高いマニアックな曲を注文したのだが、見事に弾きこなされて苦笑した。
少し離れたテーブルでは、アリスがメイド達に人形劇を披露していた。
アリス「きゃあ、すみません。お皿を割ってしまいました」
魔理沙「ええい、この。役たたずめ、こうしてやる」
ナレーション「びりっ、びりっ。 こうして、今日もアリスは意地悪な魔法使いに虐められておりました」
アリス「ううっ、酷い」
ナレーション「しかし、そんな彼女にも夢があったのです。いつか満月の日に、白馬の王子様が迎えに来て、ここから助けてくれ
るはずだと信じていたのです」
幾分、大人向けの内容を挟む劇ではあったが、酒の席でのウケは良かった。
レミリアは酔いが回ったのか寡黙になり、美鈴はテーブルクロスの上に突っ伏していた。
霊夢はフランドールを肩車しようとして、勢い余りシャンデリアにぶつけてしまい、泣き出したフランドールをあやしている。
実に楽しそうであった。
「そろそろ、図書館に戻る?」
うっかり眠りかけていた小悪魔は、目を開き頷いた。
「はい。ちょっと飲み過ぎました」
移動中おし黙っていた二人であったが、図書館に入ってプレゼント類を机の上に置くなり、お互いに顔を見合わせて笑った。
「50年分、楽しめそう?」
「はい」
「よかったわ。はい、これはいつも通り私からのプレゼント」
パチュリーは綺麗にカバーされた一冊の本を小悪魔に手渡した。
小悪魔は、中身を確かめようともせずに、他のプレゼントと一緒に机の上に置いてしまった。
「プレゼントを開けないの?」
「嫌ですねえ。私が誕生日の最後までプレゼントを開けないで楽しみにしているのを知ってるくせに」
「そうね。まだまだ先の話しだけど。劇を最後まで、見なくてよかったの?」
「結末だったら、もう知ってるじゃないですか。ハクタクが出てくるコメディですよ」
二人して、また笑った。
「どうする? もう50年分楽しんじゃった? 終わりにする?」
小悪魔はとんでもない、と首を振った。
「まだリクエストしたい曲が、たくさんあるんです。それにパーティーが長い程、プレゼントを開ける楽しみが増えるんじゃないですか」
「そうでなくちゃ。ボトル、ナイスキャッチだったわよ」
パチュリーは、笑って小悪魔の尻尾を撫でた。
小悪魔は嬉しくなって頭の上の羽を勢いよく動かす。
「何て言うか、予想出来すぎるのもつまらないですから次は趣向を変えて行きたいですね。それと。そろそろ、魔理沙さんが帰って来る時刻です」
時計の短針が10を指していた。
「ええ、そうね。行きましょう。誕生日が終わらないうちに」
「次はもっと大勢呼んでいいですか? あの、幽霊さんとか。私、もっとプレゼント欲しいです」
パチュリーはやれやれと頭を振った。
「いいわよ。好きに楽しみなさい。それじゃあ、今度はもっと余裕を持って戻りましょう。プレゼントを用意する時間がなくなっちゃうから」
小悪魔は嬉しくなる。
その時、どたどたどたどた、と階段を下りて来る音が聞こえた。
「小悪魔。プレゼントを持ってきたぜ」
「さ、もう行きましょ。次は噛まないようにしなさいよ」
パチュリーが指を鳴らすと同時に突風が吹き、空中に無数の魔法陣と時計が現れ、二人は消えた。
どたどたどたどた。
「おーい、二人ともどこいったんだよ」
大分遅めに起きた小悪魔は自らの手の甲に書かれた「4」の文字を見て首を傾げたが、すぐに合点がいき、頷いた。
来週は自分の誕生日だ。忘れないようにメモしておいたのだ。
しばらくすると、部屋に咲夜がやって来た。
「やっと起きたわね。疲れてたの?」
「いいえ、全く。それよりも来週のパーティーのことなんですが、招待客を追加していいですか?」
咲夜は多少、面食らったように見えた。
「ええ」
「それじゃあ、まずはですね白玉楼の……」
小悪魔は、数十回の誕生日の後にどっさり溜まったプレゼントを一つ一つ開ける楽しみを想像して死にそうになった。
あれだけ騒いだ後だというのにそれすらも忘れかけていた。
パチュリーの力に、改めて敬意を覚える。
大分遅めに起きた小悪魔は自らの手の甲に書かれた「3」の文字を見て首を傾げたが、すぐに合点がいき、頷いた。
今日は自分の誕生日だ。忘れないようにメモしておいたのだ。
小悪魔はもはや自分の年齢など正確に思い出せなかった。ただ、パチュリーによると自分が紅魔館に来たのは50年前のことだったらしい。
これまで、レミリアやフランドール、パチュリー、咲夜、美鈴の誕生日会は毎年行われていたが、小悪魔の誕生日会が行われることは無かった。
また、それを気にすることは無かったし、当たり前に年を重ねて生きてきた。
しかし、最近紅魔館の門戸が外に向けて多少ではあるが開かれ、フランドールの部屋に続く扉も開かれた。
それによって今まで細々と行われていた誕生日会の華美化が進み、見かねたパチュリーが小悪魔と契約した日を誕生日としてパーティーを計画してくれた。
時計が10時を指していた。
そろそろか、と小悪魔が自室で紅茶を淹れていると、真っ赤なパーティーハットを被った美鈴とフランドールが扉を蹴破ってやって来た。
「誕生日、おめれとうございます」
「誕生日、おめでとう」
小悪魔は嬉しくなって、勢いよく羽を動かした。
「ありがとうございます」
「ちょっと早いけど、はい」
フランドールと美鈴は、小悪魔にプレゼントを渡した。
これまた、どちらも真っ赤な包み紙に包まれている。
美鈴の方は中に金属が入っているらしく、ずしりと重い。
「開けてみて」
そう言われた小悪魔は、意地悪く笑った。
「まだ、開けません。楽しみにしておいて、誕生日が終わりそうになったら開けますよ」
フランドールと美鈴も笑った。
美鈴は酔っぱらっているらしく、上手く舌が回っていない。
続いて、咲夜とパチュリーがやって来た。
パチュリーはパーティーハットを被っていたが、咲夜は被っていなかった。
「おめでとう。小悪魔」
「あ」
咲夜が破れたドアを見るなり、目をいからせる。
「こんなことをしたのは誰」
「私」
フランドールが高らかに宣言し、ドアの残った部分を蹴り飛ばした。
部屋のドアが無くなり、外のざわめきが聞こえてくる。温まっていた部屋が、寒くなってきた。
「ああ」
咲夜はしばらく肩を震わせていたが、何やら落ち着いたらしく平静を装って話し始めた。
「霧雨魔理沙と博麗霊夢とアリス・マーガトロイドに予め招待状を出しておきました」
咲夜が自分に敬語を使っているのは、何度見てもおかしい。
いつもとほぼ変わらぬセリフであるが、小悪魔は軽く噴き出してしまった。
「結構来るね」
フランドールが言うのもそのはずで、レミリアの誕生日会には霊夢と魔理沙、フランドールの時にも同様の二人を招待したのみで、咲夜達の時には誰も招待しなかった。3人もの招待客が来るのは初めてだ。
5人はしばらく話に花を咲かせたが、仕事に追われた咲夜が出て行くとフランドールと美鈴も出て行ってしまい、部屋には小悪魔とパチュリーが残された。
扉のあった場所から吹き込んでくる風のせいか、パチュリーはくしゃみをした。
「まだ時間があるわね」
パチュリーは12時を示している時計を見て頭を掻いた。
小悪魔は自分の部屋の扉が少なくとも今日中には修理されないので、今日は仕事がないと分かりつつも、いつものように図書館にやって来た。
開宴の7時までは、まだ時間が有り余っている。
「あなたと契約してから50年。誕生日なんて考えたことも無かったわ。私も馬鹿ね」
「感激です。こんな素晴らしいパーティー」
小悪魔はどんな顔をすればいいのか迷い、こぼれ出る笑いを抑えた。
パチュリーは持っていた本を机の上に置いて頷いた。
「今まで、気付いてあげられなくてごめんなさい。みんな、あなたに50年分楽しんで欲しいと思っているのよ。望みがあったら何でも言いなさい」
「パチュリー様、そのセリフ、前と全く同じですよ」
パチュリーは苦笑いし、小悪魔も笑った。
「シリアスな雰囲気になるとつい、やっちゃうのよ。まあ、いいわ。存分に楽しみなさい。あなたのためのパーティーなんだから」
いよいよ開宴時間の5分前になった。
本来ならばレミリアが座る最上座には、赤いドレスを着た小悪魔が座っている。
レミリアとフランドールとパチュリー達が向かいに座った。遠くの方には紅白衣装と白黒衣装、そしてアリスの顔が見えた。
騒霊三姉妹の軽快な演奏が終わると同時に、各所でクラッカーが弾けた。
「誕生日、おめでとうっ」
拍手が鳴り響き、小悪魔は立って礼をする。
「今日は、私のために集まってくださいましてあひがとうございます」
小悪魔が噛んだことで、爆笑が起きた。
開宴したばかりだというのに、もうみんな顔が赤い。
「噛むの、何回目よ。もう」
パチュリーは必死に笑いをこらえていた。
小悪魔は顔を真っ赤にして着席する。
すぐに咲夜が並々とワインを注いだ。
「私、こんな美味しい料理食べたの初めて」
ステーキを一片、口に放り込んだ美鈴が舌鼓を打った。
小悪魔も、このように豪華な料理は自分の誕生日を除いてしばらく見ていない。
ただただ破格の厚遇に感動した。
少しすると小悪魔の背ほどもある巨大な白いケーキが運ばれて来た。
頂上は見えなかったが、「誕生日おめでとう、小悪魔」と書かれているチョコレートが載っているはずだ。
同時に咲夜が解説を始めた。
「このケーキに使われている卵は、こちらで飼われている鶏が一生に産む内の……、非常に貴重なもので……、ですから、このクリームは……」
誰も聞いていないが、延々と話し続ける。
彼女もまた、酔っているらしい。
「代わりに、私が切ります」
美鈴がナイフを持って、ケーキを上の方から切り分け始めた。
「これも載せちゃいますね」
美鈴は、小悪魔の皿に「誕生日おめでとう、小悪魔」とデコレートされたホワイトチョコレートを載せた。
小悪魔はこの部分が一番好きである。
「よっ、小悪魔。飲んでる?」
「あっ」
ワイングラスを持った魔理沙が、小悪魔の首筋に抱きつこうとして近くのボトルを倒した。
美鈴が懸命に手を伸ばすも届かず、ボトルは机から落ちていったが、小悪魔が何のことなく尻尾で掴まえた。
「お、ナイスキャッチ」
魔理沙は大分酔っぱらっているらしく、小悪魔にもたれかかったまま動かない。
堰を切ったように霊夢とアリスが駆けてきた。
「挨拶も無しに、何してるのよ」
アリスが甲高い声を出して魔理沙を立たせたが、またすぐに壁にもたれかかってしまった。
「全く」
ほとんど飲んでいないのか、青白い顔色のアリスは眉をひそめて懐から小さな箱を取り出した。
「あ、誕生日プレゼントですね。ありがとうございます」
小悪魔は深々と頭を下げた。
霊夢も、白い包み紙に包まれた小さな箱を取り出した。
「私も、あまりいいものじゃないけど」
本当に、余りいいものではないらしく箱は軽かった。
「小悪魔、ドレス似合ってるわよ」
「ほら、あんたも出せば」
アリスが促すと、壁によりかかっていた魔理沙が小悪魔に近づいてきた。
魔理沙は懐をしばらく探っていたが、その内怪訝な表情になり、手を叩いた。
「ああ、あれだ。家に忘れた」
「はあ?」
アリスは魔理沙に軽蔑の視線を送った。
「ちょっくら取って来るぜ」
魔理沙は自分の席まで戻ると、箒を掴んで詠唱を始めた。
勘の良い何人かが叫んだのもつかの間。
「マスタースパーク」
壁とガラス窓がいっしょくたになって吹き飛び、広間の外壁に大きな穴が開いた。
未だに料理の説明を続けていた咲夜はふと我に返って穴を見つめたが、美鈴に「明日、修理」とだけ言うとまたしても料理の説明を始めた。
ジグザグ飛行を続けていた魔理沙は、いつの間にか黒い空に消えてしまった。
3人がプレゼントを手渡したので、他の面々もプレゼントを渡そうと立ち上がり始める。
レミリアが、小悪魔に大きな箱を手渡した。
「小悪魔、今までご苦労様。これからもよろしく」
「ありがとうございます」
箱はこれまでで一番重かった。
咲夜は「メイド一同より」と書かれた、これまた大きな箱を渡した。
「フラン、美鈴。あなた達は?」
「私達はもうあげたもん」
フランドールは笑った。
演奏が止んで間もなく、ルナサが駆けてきた。
「小悪魔さん。お誕生日おめでとうございます。何か、リクエストありますか?」
小悪魔は少し考えて答えた。
「リスト、大演習曲」
「分かりました、リストですね」
ルナサは元の位置に戻り、他の姉妹と共に小悪魔の指定した曲を演奏し始めた。
小悪魔は意地悪のつもりで難易度の高いマニアックな曲を注文したのだが、見事に弾きこなされて苦笑した。
少し離れたテーブルでは、アリスがメイド達に人形劇を披露していた。
アリス「きゃあ、すみません。お皿を割ってしまいました」
魔理沙「ええい、この。役たたずめ、こうしてやる」
ナレーション「びりっ、びりっ。 こうして、今日もアリスは意地悪な魔法使いに虐められておりました」
アリス「ううっ、酷い」
ナレーション「しかし、そんな彼女にも夢があったのです。いつか満月の日に、白馬の王子様が迎えに来て、ここから助けてくれ
るはずだと信じていたのです」
幾分、大人向けの内容を挟む劇ではあったが、酒の席でのウケは良かった。
レミリアは酔いが回ったのか寡黙になり、美鈴はテーブルクロスの上に突っ伏していた。
霊夢はフランドールを肩車しようとして、勢い余りシャンデリアにぶつけてしまい、泣き出したフランドールをあやしている。
実に楽しそうであった。
「そろそろ、図書館に戻る?」
うっかり眠りかけていた小悪魔は、目を開き頷いた。
「はい。ちょっと飲み過ぎました」
移動中おし黙っていた二人であったが、図書館に入ってプレゼント類を机の上に置くなり、お互いに顔を見合わせて笑った。
「50年分、楽しめそう?」
「はい」
「よかったわ。はい、これはいつも通り私からのプレゼント」
パチュリーは綺麗にカバーされた一冊の本を小悪魔に手渡した。
小悪魔は、中身を確かめようともせずに、他のプレゼントと一緒に机の上に置いてしまった。
「プレゼントを開けないの?」
「嫌ですねえ。私が誕生日の最後までプレゼントを開けないで楽しみにしているのを知ってるくせに」
「そうね。まだまだ先の話しだけど。劇を最後まで、見なくてよかったの?」
「結末だったら、もう知ってるじゃないですか。ハクタクが出てくるコメディですよ」
二人して、また笑った。
「どうする? もう50年分楽しんじゃった? 終わりにする?」
小悪魔はとんでもない、と首を振った。
「まだリクエストしたい曲が、たくさんあるんです。それにパーティーが長い程、プレゼントを開ける楽しみが増えるんじゃないですか」
「そうでなくちゃ。ボトル、ナイスキャッチだったわよ」
パチュリーは、笑って小悪魔の尻尾を撫でた。
小悪魔は嬉しくなって頭の上の羽を勢いよく動かす。
「何て言うか、予想出来すぎるのもつまらないですから次は趣向を変えて行きたいですね。それと。そろそろ、魔理沙さんが帰って来る時刻です」
時計の短針が10を指していた。
「ええ、そうね。行きましょう。誕生日が終わらないうちに」
「次はもっと大勢呼んでいいですか? あの、幽霊さんとか。私、もっとプレゼント欲しいです」
パチュリーはやれやれと頭を振った。
「いいわよ。好きに楽しみなさい。それじゃあ、今度はもっと余裕を持って戻りましょう。プレゼントを用意する時間がなくなっちゃうから」
小悪魔は嬉しくなる。
その時、どたどたどたどた、と階段を下りて来る音が聞こえた。
「小悪魔。プレゼントを持ってきたぜ」
「さ、もう行きましょ。次は噛まないようにしなさいよ」
パチュリーが指を鳴らすと同時に突風が吹き、空中に無数の魔法陣と時計が現れ、二人は消えた。
どたどたどたどた。
「おーい、二人ともどこいったんだよ」
大分遅めに起きた小悪魔は自らの手の甲に書かれた「4」の文字を見て首を傾げたが、すぐに合点がいき、頷いた。
来週は自分の誕生日だ。忘れないようにメモしておいたのだ。
しばらくすると、部屋に咲夜がやって来た。
「やっと起きたわね。疲れてたの?」
「いいえ、全く。それよりも来週のパーティーのことなんですが、招待客を追加していいですか?」
咲夜は多少、面食らったように見えた。
「ええ」
「それじゃあ、まずはですね白玉楼の……」
小悪魔は、数十回の誕生日の後にどっさり溜まったプレゼントを一つ一つ開ける楽しみを想像して死にそうになった。
というか私もこんな風に盛大に祝われてみたい…