ザーザーと、雨の音が聞こえる。
魔法の森、いや幻想郷は、今日も雨だった。昨日の夜から振り出しそうな天気をしていたが、予測は当たったようだ。普段からこの森はじめじめと湿っているが、雨が降ると余計にひどい。水滴が肌に吸い付くような気さえする。太陽が出ている日さえ薄暗いこの森は、雨が降るとまるで夜のようになる。ありとあらゆる生き物が姿を隠しているせいかもしれない。動物も妖怪も、どこかで雨宿りしながら時を過ごしているに違いない。
家の中で音を聞く限り、土砂降りとまではいかないが、けっこうひどい雨のようだ。河童あたりは山で小躍りしているかもしれない。そんなことを考える。
夏も終わり、だんだんと肌寒くなるこの季節、こんな雨の中を外に出ようなどという気は到底起こらなかった。今日はおとなしく家に篭るのが正解だ。薬草を煮詰めて、ほつれた人形の手当てでもしよう。それとも借りてきた本の続きを読もうか。魔道書の解読でもしようか。一日中家に居たって、やれることならたくさんある。
朝食を作りながら、人形遣いはそう思った。
朝起きて、顔を洗い、歯を磨いて、朝食を作る。そんな彼女の日常は今日も変わらない。雨が降ろうが、雪が降ろうが、いつも起床は夜明けと共にある。幻想郷に来てから今まで、どんなに夜遅くに出かけようとも、このリズムを崩したことは無い。というより、どんなにしたって起きてしまうのだ。月の異変を調査した時だってそうだった。二度寝はしたけれど。
「雨だね。上海、蓬莱」
人形遣いは朝食を作りながら人形に話しかける。
「雨は嫌よね」
人形たちは何かを言っている。何かを言っているが、普通の人ならば何を言っているかわからないだろう。しかし作り主ならば、何を言いたいのか全てわかる。付き合いが長いせいか、そのように作ったせいか。それはどちらでもいい。些細なことだ。
「あいつはどうしているのかしらね・・・・・・どう思う?」
フライパンをひっくり返しながら、アリスは尋ねる。人形たちは首をかしげる。
「考えても仕方ないか。・・・・・・はあ」
アリスがため息を付くと、人形たちは元気出して、元気出して、と言っている様にアリスを励ます。雨の日は気分が憂鬱になるというもの。だけど全部自分の気持ち次第でいくらでも変えられるものだ。
「そっか。そうだよね。上海、蓬莱。元気出さなくちゃ」
フライパンからはいい匂いがする。そろそろ完成である。
今日の朝食はトーストとスクランブルエッグ。それと紅茶も合わせて。簡素な朝食ではあるが、味付けは抜群だ。作り終わった朝食を運んでいると、人形たちも手伝いにやってくる。一人では大きすぎて運べないので、二人で協力して運ぶようにしているようだ。紅茶を運ぶ人形たちは、時々こぼしそうになるのを必死でこらえながら、なんとかテーブルまで持っていく。その姿はとても一生懸命で、微笑ましい光景だった。
「いい子ね。上海、蓬莱」
人形たちの頭を撫でてあげると、嬉しそうな仕草をしてくれる。
朝食を食べようと椅子に座ると、その前にやらなければいけない事があることを思い出す。いつも人形たちをおめかしさせてから、一緒に朝食をとるのが日課なのだ。
「着替えがまだだったわね。待ってて。今持ってくるから」
アリスは着替えを持ってくると、人形たちに着せ始める。お手製の服は、人形たちによく似合う。
「うん。とってもかわいいわ」
アリスがそう言うと、嬉しくなったのか、人形たちはアリスの胸に飛びついてくる。ちょっとびっくりしたけれど、その姿は本当に可愛らしいと思う。
「そんなに嬉しいの?もう。子供みたい。え、なあに?子供じゃないって?全く、上海ったら」
嬉しそうにくすくすと笑うアリス。
外は雨が降っている。ザーザーと音がする。
少し肌寒いこの季節でも、家の中は暖かさに満ちていた。
きっと今日もいい一日になるだろう。
人形遣いはそう思い、人形たちを抱え上げて、リビングの中央へ向かった。
「一人上手・・・・・・ぷっ」
玄関から声がした。
雨音に遮られてよく聞こえなかったが、ものすごく生理的に受け付けない蔑みようだった。
折角のいい一日のスタートが台無しである。
まさか見られた?さっきからずっと見られていたのか?
「人形相手に何やってんの。端から見るとすごく馬鹿みたいよ」
いいや違う。そんなはずあるか。この雨の中だぞ。
雨音が酷いから、空耳を感じただけだ。
ありえない。何がありえないって、今この場所にあいつが居るって事が。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
人形たちが私を呼んでいる。しかも玄関の方に手招いているようだ。
でも私は何も見ていない。見ていないのだ。
「アリス、いるんでしょ」
空耳、空耳。
「昨日の夜からここにいるんだけど」
え!?昨日の夜から!?只でさえ病弱なのに何を考えているのよ・・・・・って空耳なんだから関係ない!
「少しは心配してくれたっていいでしょう。病弱なんだから」
うるさい。自分で言うな。・・・・・・空耳になに返しているのよ私は!
「このまま雨の中放っておくつもりなの?それとも、雨音のせいにして空耳としてやり過ごすつもりなの?」
ギクッ
いやギクッじゃないわよ!やり過ごすも何も完全な空耳なんだから!
「開けないなら勝手に・・・・・・くしゅんっ!」
・・・・・・。
がちゃり。
「あらアリス」
「何しにきたのよ」
玄関には魔女が立っていた。ところどころ雨で濡れている。
「やっぱり何やかんやで優しいわよね、アリスって」
「!!ち、違うわよ!ゆ、幽霊でもいたら怖いでしょ!!」
赤い顔してそっぽ向くアリス。幽霊ってどんな言い訳だ。
「照れないでよ。嬉しいじゃない」
「下を向いてもじもじするな!照れてないし!」
言い訳は無用だった。本人は気付いていないが、どうもこの魔女の不意打ちの一言に、アリスは弱かった。
「で、用件は」
「遊びにきただけ」
「・・・・・・」
今より二ヶ月ぐらい前のことである。この魔女、パチュリー・ノーレッジは初めてアリスの家に遊びに来た。元々面識はあったし、同じ魔女同士話をすることもしていたが、泊めたりするのは今までにはない事だった。
彼女が玄関に立っているのを見たとき、アリスはとても驚いた。年中引き篭もっているであろう魔女が、自分の家に来るなどとは思ってもみない事だった。
「何しに来たの?」
「魔法の研究しに来たの。こっちの方が図書館より都合がいいのよ」
そう言うなり彼女は、懐の中から本を取り出し、本を読みだした。魔法の研究というからにはてっきり実験でもするのかと思えば、いつも通りに本を読む。一体何をしにここへ来たのだろう。最初アリスはそう思ったが、聞いても仕方の無いことだと思い、自分の研究部屋にこもることにした。
数時間後。
アリスが人形を5体作り終えたところでリビングに戻ると、相変わらず彼女は本を読んでいた。
(何でこいつここへ来たんだろう)
魔法の森に来たとなれば、真っ先に森へ出かけるものだと思っていたのに。
そんな風にアリスが考えていた矢先、彼女のほうから声が掛かる。
「アリス」
「な、何?どうしたの?」
「お茶」
「・・・・・・・」
魔女は本から目を放さず、顔すら上げず、アリスにお茶を要求してきた。元々こんな奴だった気がしないでもない。
「お茶」
「・・・・・・」
「お茶は?」
「・・・・・・」
仕方なく、紅茶を淹れにキッチンへ向かうアリス。ジト目に耐え切れなかったというのもある。
(何だかなあ・・・・・・)
しかし、それはまだ序の口だった。
「コーヒー」
「緑茶」
「なんかお腹空いたんだけど」
魔女は次々と新たなものを要求してきた。要求を聞き続けていたアリスも、いい加減腹が立ってきた。そして
「不味い」
緑茶を飲んで放った魔女のこの一言に、ついに堪忍袋の緒が切れる。
「じょ、冗談よ!さっきも冗談だったんだから!本気にしないでお願いだから!」
「うるさい」
アリスはパチュリーの胸倉をつかみ、外へ放り出そうと試みる。
「本貸しているでしょ!アリスったら!大目に見てよこのぐらい!」
「・・・・・・」
腕の中でジタバタするパチュリー。大方二言目には本の事を言われる。確かに、彼女の図書館にある本は自分の研究にとっては必要不可欠なものになっており、それを言われると何も言えなくなってしまう。
結局その日は、3時間室内立ち入り禁止の放置プレイでお互い了承した。向こうも悪いと思ったらしい。
それからというもの。
パチュリーは時々アリスの家に遊びに来るようになった。毎回魔法の研究だからとか言っているが、実際は本を読んでばかりいた。しかし、研究というのは建前で、本当は魔女仲間みたいなのができて嬉しいんですよーって小悪魔が言っていたのを聞いたことがある。そう考えるとなんか照れてしまうが、本人は決してその事は口にしないという。魔女というのは総じて意地っ張りなのかもしれない。
時々突飛な行動で困らせたり、カチンとくるような発言をすることはあっても、実害はそれほどでもなかった。物を盗むこともしないし、人の家の食料庫を勝手に開けるなんてこともしない。ひたすら本を読んでいる。本を読む場所は愛用のソファの上という所にもちょっと腹が立つが、些細なことである。
だから、別段泊まるということが珍しいわけでも、特に都合が悪い訳でもない。
訳でもないが。
「ねえアリス、さっきのってマジなの?マジで毎日やってるの?あんなおままごとみたいな・・・・・・ぷふっ」
そういう一言を言ってくるからすごい腹が立つのよ!この魔女は!
「パチュリー・・・・・・パチュリー!」
「ぷふふふっ、くっ!・・・・・・ああごめんアリス」
マジ笑いしてんじゃないわよ!しょうがないじゃない誰も居ないって思っていたんだから!私生活ぐらい自由にさせろ!
「それよりあいつって誰?」
しししし知らないわよそんなこと!私は何も言っていないわ!
「私と貴方の仲じゃない。教えなさいよ」
だから何も言っていないって!!ああもう!
「もしかして、私?」
「それはない」
即答だった。悲しいぐらいに即答だった。ちょっとしゅんとするパチュリーだった。
「しゅん」
「なにしゅんとしてるのよ。と、当然でしょ」
そんなパチュリーの反応に、ちょっとたじろぐアリスだった。変な空気が流れる。早い所本題に移らなくては。
「で、用件は何?笑いに来たのなら雨の中放り出すわよ」
「・・・・・・」
あ、あれ?
少しきつく言い過ぎた?
パチュリーは下を向いて俯いている。
嫌な空気が流れる。なんか前もこういうことがあったような。
「アリス」
顔を上げるパチュリー。いきなり名前を呼ばれ、びっくりするアリス。
いや、ここで騙されてはいけない。いつもならここでなにかオチがくるはずなのだ。心配した私が馬鹿だった・・・・・・なんてことはしょっちゅうなのだから。
わかっている、わかっている筈なんだけれど、いつもより小さく見えるパチュリーを、つい心配してしまう。
「ほんとに?」
「あ、い、いや今のは冗談よ冗談」
「じゃあ上がっていいの?」
「いいけど別に」
思わずそう返してしまう。しかし、それは魔女が仕掛けた巧妙な罠だった。
「いいのね」
「え・・・・・・う・・・・・・」
「本当にいいのね」
「・・・・・・」
ずいっと迫られ、思わずうなずくアリス。ちなみに今の二人の距離は15センチ程度。端から見ると今にもキスする5秒前だった。
「最高!」
パチュリーは無表情で親指を立てる。なにが最高だ。
騙された、と思ったときにはもう遅かった。パチュリーはアリスの横を通り、ズカズカと家に入って行った。
対するアリスは雨の中立ち尽くしていた。
独り言をつぶやいている。
「なんで・・・・・・なんでまた・・・・・・」
「アリスー、お茶はー?」
「お前は図々しいんだよいつもいつも!!」
いつもこのパターンなのだ。
パチュリーが弱気を見せて、それに騙され、口車に乗ってしまう。
初めて泊めてときもこんなやり取りがあった気がする。いや、いつも必ず一回はこんなやり取りをしている気がする。
我ながら学習能力というものがないと嘆くべきところなのだろう。でも逆に言えば、お人よしだということで。
何で朝からこいつの相手をしなくちゃいけないんだろう。
今日一日の運命を、紅い館の某主に呪うアリスであった。
~魔女の家で朝食を~
「もぐもぐ。おいしいわ。もぐもぐ」
「・・・・・・」
図々しくも魔女は、さっき作ったばかりの朝食を食べている。といってもアリスの分の余りなのではあるが。
もくもくと食事をするパチュリーに対し、アリスは全く手をつけていなかった。
表情も心なしか暗い。
「元気ないわね、どうしたの」
お前が原因だお前が。
というより、さっきの日常の秘密を見られたことが、アリスの頭の中を占めていた。
(よりによって・・・・・・よりによってこの魔女に!)
彼女は決してわざわざ口外するなどという事はしない。しかし、それをネタに交渉を仕掛けるということは十分あり得た。
認めたくないが、この魔女は頭がいい。
いたずらとか人を茶化したりすることに関して右に出るものは居ない。逆に言えば、そういう所でご自慢の知識を使ってくるから困る。
「ちゃんと食べなきゃ一人前になれないわよ」
少食の魔女に言われることじゃない。それと、その上から目線な物言いは何だ。確かに魔女歴100年の差はあるけれど、あんたは私の師じゃないだろう。
時々先輩面してくるところにもカチンときていた。実際先輩だから何も言えないけれど。
「さっきのこと、そんなにショックだったの?」
図星をつかれる。そんなにわかりやすいのだろうか、私って。
「いいじゃない、そんな面があっても・・・・・・ぷふっ」
食べながら思い出し笑いするな!汚いでしょ!
ああもう段々腹が立ってきた。爽やかな朝が本当に台無しだよ。
「あんた一体なにしに来たのよ、茶化しに来たの?」
これ以上この話題は止して欲しい。心が痛い。
そう思ってか、アリスはパチュリーに聞く。
「うん」
「・・・・・・」
一瞬紅茶をぶっ掛けたくなるような衝動に駆られた。
落ち着けアリス、落ち着くんだ。ここで取り乱したら相手の思う壺だ。
「カタカタカタ」
「震えているわよアリス。大丈夫?」
お前のせいだお前の。
怒りで歯がガチガチと音を立てる。周りの人形たちは怯えて部屋の端っこへ行ってしまった。
「シャ、シャンハーイ・・・・・・」
「ホラーイ・・・・・・」
そんなに怯えないでよ悪いのはあの魔女なんだから!
「そんなに寒いの?風邪引いた?」
しかも本人には一切伝わっていなかった。いや、気が付いていて気付いていない振りをしているかもしれない。
「原因はカルシウム不足かしら」
気が付いていやがった。
こいつといるといつまでもカルシウムは足りないままだ。
「落ち着け・・・・・・落ち着くんだ・・・・・・ここは私の家よ・・・・・・」
「どうしたのアリス、なにぶつぶつ言っているのよ。嫌なことでもあったの?」
嫌なことは現在進行中だよ!
この魔女の話のペースにつき合わされているとキリがない。どうにかして早い所追い出さなきゃいけないのに。
本題に話を戻そう。
冷静に冷静に、笑顔で笑顔で、いつもどおりに。
「何か用があったんじゃないの?こんな雨の中寒かったでしょうに」
口元が引きつっているのが自分でもわかった。
「シャ、シャンハーイ・・・・・・!」
「ホ、ホラーイ・・・・・・!」
人形たちは肩を抱き合って震えていた。そんなに怯えないでよお願いだから!
「寒かったわよ。アリスったらいつまで経っても出てきてくれないし」
「それは悪かったわね。いるなら起こしてくれればよかったのに」
「いいの?」
「よくないわ。撤回する」
寝ているところを起こされるとか、冗談じゃない。水ぶっ掛けたりとか平気でしそうだ。
いや、現にそういうことは過去にあった。あれはいつだったか、アリスが図書館で調べ物をしていて、夜が遅くなってしまい図書館で一夜を過ごした時である。
「ぐー」
「気持ち良さそうに寝てるわねこいつ」
その時アリスは本棚の間に横になっていた。手元には調べかけの本があった。調べるのに夢中になって寝てしまったのだろうか。
そのころはまだ、知り合って間もない頃だったので、アリスの方は何かと遠慮していた。そのせいもあるのだろう。彼女は部屋は借りずにここでいい、なんて事を言ってきた。
「小悪魔、こいつどうする?」
「毛布でも持ってきますか」
「いやそうじゃなくて。マジックペンとか色々あるでしょ」
「・・・・・・」
小悪魔は呆れて物も言えなかった。遠慮してこんなところで寝ているというのに。
「ああでもそうね、こういうのはどうかしら。ふふふ」
妖しげな笑みを浮かべつつ、呪文を唱えるパチュリー。
指先から出たのは水魔法だった。一点集中型なのだろう。水鉄砲のように指先から水が出る。
「レミィにこの魔法は使えないからね。マジギレした時以外は。首筋と耳、どっちがいいかしら」
「ぐー」
「・・・・・・」
こういうことばっかりに魔法を使う主に、小悪魔は呆れて物も言えなかった。
「耳は流石に不味いのでは」
「じゃあ首筋ね」
そう言うとパチュリーはアリスのうなじに指を合わせる。小悪魔は止める気すら起こらなかった。こういうことはよくあるのだ、主に自分に対して。
「こういうのってちょっとドキドキしない?小悪魔」
主はとても生き生きしていた。小悪魔は適当にはいそうですねと相槌を打つが、心の底では呆れていた。
(昔はもうちょっと真面目だった気がするのに。いつからこんな魔法使いになっちゃったんだろう。レミリア様もカリスマブレイク真っ最中だし)
「ぎゃおー」
そんな幻聴が小悪魔の脳裏をよぎる。聞かなかったことにしよう。
「いくわよ、小悪魔」
考え事をしているうちに場面は大事な箇所へと差し掛かっていた。
せーのの掛け声と同時に勢いよく水が出て、勢いよくアリスの首筋にかかる。
服とかを全くぬらさずに済ますあたり、伊達に100年魔女をやっていない。全く自慢にならないところだけれど。
「ぎゃああああああ!?」
冷たい水が首筋にかかり、飛び起きるアリス。その姿を見て、パチュリーは腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて発作を起こすほどだった。
「ぶはははは!!はっはひぃ!!」
小悪魔は笑いつつも必死で主の背中をさすっていた。
「この・・・・・・人が気持ちよくねむっている時に!」
「ゲホゲホッ!!ぶっくはははは!!げふう!!」
パチュリーの笑いは収まるところを知らない。それどころか血まで吐き出している。
アリスはそんなにしてまで笑う魔女に心の底から腹が立った。
「ぶっ殺す!」
そう叫んだその瞬間、アリスの顔に勢いよく水が掛かった。
「油断大敵よ、アリス」
「・・・・・・」
「ぷっ」
その後、夜中に図書館で弾幕り合う羽目になったのは言うまでもない。確か一晩中戦っていた気がする。
思い出すと段々腹が立ってきた。いけないけない。
「どうかした?アリス」
「なんでもないわ」
勤めて冷静にそう返す。声が震えているのが自分でもわかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
人形たちは最早声すら発していなかった。互いに抱き合って震えている。すごく泣きたくなった。
「で、なんでこんな時間に雨の中家まで?」
最初から疑問に思っていた事を聞く。これ以上話が脇道にそれるといつまで経っても終わらない。
「朝食食べに?」
「それかよっ!」
「冗談よ。いくら私でもそこまで厚かましくはないわ」
貴方は十分厚かましいです。フォローになっていません。
「ちょっとね、探し物を。でもいい加減疲れて倒れそうだったから雨宿りしていたのよ」
「探し物?」
それでか。体が少し濡れているのは。
しかし倒れるまで雨の中探し物って。自分の体のことをちゃんとわかっているのだろうか。
魔法の森は瘴気も酷い。喘息持ちには辛いはずだ。
「あとで風呂貸すわよ」
「いいわよそんな」
「いいから。ここで風邪引かれても困るし。ちゃんと温まりなさい」
自分でも甘いなと思う。しかしお茶は出せと言って風呂は遠慮する、いまいちこの魔女の基準がよくわからない。
「悪いわね、泊めてもらう上に」
泊まるのは前提なのか。別にいいけど。
「まあ、本当の事を言うと小悪魔と喧嘩しちゃって、なんとなく図書館に戻り辛いのよ」
またなにかやったのだろうか。
変な実験に巻き込んだとか、いたずらが過ぎたとか、よくある話だ。
「危うく魂取られるところだったわ」
やってしまえばよかったのに・・・・・・おっと本音が出てしまった。
「いま失礼なこと考えたでしょう」
ジトリとパチュリーが睨む。そんなに顔に出ていただろうか、私。
「ものすごく残念そうな顔をしていたわよ。何がそんなに残念だったのかしら」
パチュリーは目の前の本泥棒に制裁を加えるときのような目で私を見ていた。ちょっと怖かった。
何が残念かなんて決して口にはできない。
「まあいいけど。貴方の考えていることなんて大抵読めるから」
そうですか、まるで地下の彼女のようですね。
いや私の表情が読みやすいだけか。もっとクールなポーカーフェイスを身に付けなくては。元々クールなキャラなんだし。
「で、それで私の家に来たって訳ね」
「うん」
なるほど。確かあいつらの部屋は図書館内部にあり、毎日嫌でも顔を合わせなくてはいけない。それに耐え切れなかったという事だろう。
「でもそれだと根本的な解決にはならないでしょ。一体何したの」
アリスが聞くと、パチュリーはなにやら懐をごそごそと探し始める。これでもない、あれでもないと言いながら。次々と物が出てくる様はまるで魔理沙の帽子のようだった。ケープの中から出てきたのは、乾パンだったり、懐中電灯だったり、カイロだったり、ドラ焼きだったりと非常用具などが多かったが、時には魔法のステッキらしき物や、本だったり、人形だったり、蝋燭だったり、フリスビーだったり、何に使うのだかわからないものも出てきた。
ん?人形?
「ってこれ家にあった人形じゃない!なんでアンタが持っているのよ!」
「ギクッ」
「ギクッじゃない!!いつ盗んだのよ!!」
「死ぬまで借りるだけだぜ」
「人の台詞真似るなよ!似てねーよ!大体人形なんて何に使うのよ!この間まで気持ち悪いって言っていたくせに!」
そうなのだ。この家に泊まるときに大抵人形ばかりで気持ちが悪いと言われる。泊まるくせに失礼な、とよく思う。
「なんか・・・・・・不公平じゃない」
「なにがよ」
「アリスは私の所有物を持っていて、私は何も持っていない。そういうの、なんか不公平じゃない」
えっと・・・・・・今なんつった?この魔女。
どういう意味で、何を思って今の台詞を吐いたのか、アリスには理解できない。いや、理解したら最後な気がしてならない。
パチュリーはアリスの瞳をまっすぐ見ていた。アリスは視線を逸らせようにも動けない。
え?なにこの状況。パチュリー、なんでいつになく真剣な目でこっちを見るのよ。
困る。いきなりそんなことを言われると本当に困る。どう返せばいいのよ私は。第一所有物ってなによ。そういう意味で借りていたんじゃないわよ。
沈黙が部屋を包む。外の雨の音だけが聞こえる。そして自分の心臓の音も聞こえる。うるさくってしょうがない位に。
「えっと・・・・・・パ」
「冗談よ」
ずっこけた。正確に言うと、椅子から落ちた。
「あら本気にした?アリスったら」
パチュリーは口元を押さえて笑っている。その姿を私は床から見ていた。
「あ、アンタってやつは!」
思わず叫んでしまう。
腹が立つのはもちろんだが、それよりもホッとしたというのが今のアリスの心境だった。もしもこれが本気だったなら・・・・・・やめよう、ありえない。ありえないから。
もしもなんていう万が一の可能性の事を頭の隅に葬りつつ、アリスはパチュリーに聞く。
「で、見つかったの?探し物とやらは」
「ああ、あったわこれこれ」
ケープから出したものをしまい始めるパチュリー。さりがなくアリスの人形も中にしまわれた。アリスはそれに気付いていたが、あえて突っ込まなかった。
「これなんだけど」
机の上に置かれたのはビンに入った蛍光ピンクの液体だった。まるで塗料みたいにドロッとしている。
「な、なによそれ」
「悪魔用の風邪薬」
薬が蛍光ピンクな訳があるか。良薬口に苦しとはよく言うけれど、明らかにそれは劇物だ。この世の食べ物ではない。口に入れてはいけない物である。
「それ、飲ませたとか」
「飲ませようとしたら全力で拒否されたわ。殺す気ですかって」
そりゃそうだろう。罰ゲームじゃないんだから。罰ゲームにもならない、死刑宣告だ。
「小悪魔が風邪引いちゃってね。私の薬飲んでも全然効かないから、文献読んで適当にあるもので風邪薬調合したらこうなったのよ」
どこをどう間違えたら蛍光ピンク色になるというのだ。月の薬師もびっくりだ。
「何入れたのよ」
「なんだっけ・・・・・・トリカブト?」
お前は小悪魔を殺す気か。そして何故手元にトリカブトがある。
「冗談よ。えーと、何だっけ。忘れたわ。この文献に本当の材料は載っているのだけれど」
この本、というのはさっきケープから出した本のうちの一冊だ。ちなみに本は12冊出てきた。物理的な収納スペースよりも12冊も持って歩けるこいつの体力に驚いた。空間魔法を使っているのかもしれない。
「まさかあんなに怒られると思っていなくてね。売り言葉に買い言葉で大喧嘩になっちゃって。でもよく考えたら私はこんな液体絶対飲めないし。謝ろうにも寝込んだままだし」
さっきアリスを茶化していた時とは違い、パチュリーは心なしか沈んでいるようだった。
珍しいこともあるものだ、とアリスは思う。
「それで文献で調べた本当の材料を探しに魔法の森まで来たのね。こんな雨の中」
「まあ・・・・・・」
歯切れの悪い返答をするパチュリー。気恥ずかしいのか視線を外している。
「今回の風邪、けっこう長くて。ほら、いつも私寝込んでいるときに世話してもらっているから、それで」
「それでその恩返しのつもりで薬を調合したら裏目に出てしまった訳ね。せっかく作ったのに怒られて腹が立ったと」
「・・・・・・」
よくある話だ。好意をもって行った事が相手には伝わらず、逆に悪い結果になってしまう。しかし、具合の悪い中蛍光ピンクの液体を飲ませられようとした小悪魔の気持ちもわからなくはない。多分、小悪魔が怒ったのは蛍光ピンクの液体に対してではなくて、パチュリーが冗談を言っているものだと思ったからであろう。本気で心配していると思った相手に性質の悪い冗談を言われ、裏切られた気分になったに違いない。
でもその薬を出す前に、もう一度よく考えたほうがよかったんじゃないだろうか。
蛍光ピンクは明らかにおかしな色だ。
「で、見つかったの?材料は」
「それは・・・・・・」
それからの話をまとめると、こうである。
魔法の森にやってきたはいいが、文献に書いてある植物の実物がどんなものであるかわからない。もちろんわかるものもあったが、わからないものもあった。途方に暮れていると、最悪のタイミングで雨が降り出す。ここで喘息が発症すると大変なことになると思い、急いでアリスの家の屋根の下に駆け込む。
そうこうしているうちに朝が来て、現在に至る。
「今まで本ばかり読んでいたのが裏目に出たわ」
気落ちしながらパチュリーは言う。さっきまでの元気はどこへ行ったのだろう。
「なんとかして今日中に見つけないといけないのよ。じゃないと示しがつかないもの」
彼女はいつになく真剣だった。余程の大喧嘩だったのだろう。
「で、探すって、どうするのよ。実物知らないのに」
「それは・・・・・・」
パチュリーはまた黙ってしまう。実物を知らないのなら探しようがない。
「知識の魔女なんてよく言うわ。本当、ムダ知識ばかりね」
「そんなに気落ちしないでよ。今までどうしていたの?あったんじゃないの?風邪なんて」
ていうか悪魔が風邪を引くこと自体にびっくりだ。姉さんたちは風邪なんて引いていたかな・・・・・・覚えていないわ。
「いままでもこうやって自分で薬を作ってみたわ。その度に魂取られそうになったけど」
小悪魔、哀れだな。
君はよくがんばった。
「ちなみに前に作ったときの色はどうだったのよ」
好奇心にかられ、聞いてみる。
「ぬっとりした銀色の液体だったわ。つかもうと思ってもつかめないの」
それって水銀じゃないの。何を混ぜたらそんな薬ができるというのだ。錬金術じゃないんだから。
「いつもそうなのよね・・・・・・うまくいかなくて。でも大抵治って、少しすれば口利いてくれるんだけど」
そりゃうまくいかないだろう。もしかしたら今回こそは、って思っているのかも知れない。
普段の自信満々な彼女とは全く違う表情をしているパチュリーに、こっちが調子狂ってしまう。
「本見せて。何かわかるかも知れないし」
アリスはパチュリーに頼む。
「貴方にわかるの?私にすらわからないのに」
・・・・・・癇に障るような言い方をする魔女だな。でも私には確信があった。その本を見たときから、パチュリーにはわからないだろうなという確信が。
「それ、魔界の薬の本でしょ。違う?」
「だったらなんだって言うのよ」
「パチュリーにわからなくて当然なのよ。そこに書かれているのは魔界の植物なんだから」
あ、そうか。
そんなことに今まで気が付かなかった。
パチュリーはそんな表情をしている。しかし、すぐに思いつめたような表情に戻ってしまう。
「で、それで?魔界の植物は確かに見たこともないけれど。なら余計ここにはないって事じゃないの」
アリスを攻めるように言う。本当はパチュリーだってこんな言い方はしたくない。しかし、焦っているせいか、今まで上手くいかなかったせいか、つい八つ当たりをしてしまう。
「そう焦らないでよ。私には見覚えがあるもの。この植物に」
パチュリーは目を見開く。信じられないといった風に。
「なんでわかるのよ」
「私が魔界出身なのは知ってる?」
「え?」
「あれ、言っていなかったかしら。私が魔界から来たって。詳細は詳しくは言えないんだけど」
「聞いていないからいい」
そうですか。言えないっつーか言いたくないからいいんだけど。
「ともかく、家から魔界の植物図鑑も持ってきたから後で照らし合わせてみなさいよ。ああ盗んだら駄目よ」
「チッ」
いま軽く舌打ちしやがった。もしかしたらこれから盗まれる可能性も無くはない。注意しとこう。
「でも、わかったところで魔界の植物ならここにはないって事でしょ?どの道・・・・・・」
「それがあるのよ」
こっちへ来て、とアリスはパチュリーの手を取り地下室へ向かう。地下室は普段薬草などの調合に使われている場所である。保存状態が保てるというのが地下に設置した理由だ。
階段にはところどころ人形が置いてある。パチュリーはそれを見、「うわ、気持ち悪っ」などと呟いていたが、アリスは大人なので、繋いでいた手を強く握りつぶすことでその場をやり過ごした。
「痛い痛い痛い!!」
そんな声が聞こえたが、いい気味だと思うだけで、別段気にしなかった。
「さっき書いてあったのはこれよね・・・・・・ナツヤギソウ、ウツツソウ、フシギバナ、サイレントヒマワリ・・・・・・これくらいかしら」
「ドS・・・・・・アリスのドS・・・・・・」
隣で涙目になっているパチュリーをよそに、アリスは薬草を探す。
「これで全部ね・・・・・・なに泣いているの」
「泣いてなんかいないわよ。ぐすっ」
そんなに痛かっただろうか。骨の一つでも折ってしまったかもしれない。いい気味だ。
「さりげなく人が痛がっているのを見て喜んでいるんでしょ、やっぱりアリスったらそういう趣味していたのね。ぐすん」
確かに非常に喜ばしいが、なんでこういちいち引っかかる言い方をするのだろう。
「まあいいわ。パチュリー、これ」
アリスは薬草をパチュリーに渡す。戯言には付き合ってられない。とっとと用事を済ませよう。
「これは・・・・・・」
「魔界の薬草よ。仕送りで母からもらったものを家の庭で栽培してるの。もしかしたら森の方にも広がっているかもね。あとで図鑑と照らし合わせてみればわかると思うわ」
「いいの?」
パチュリーは目を白黒させている。信じられないといった顔だ。
「アリスがこんなに気前が良いなんて・・・・・・だから今日は雨なのね」
失礼な事を言う奴だ。しかも真面目に言うから腹が立つ。私ほど寛大なキャラって幻想郷中探してもそういないと思うのだけれど。
「あとこっちは種よ。育て方は幻想郷の植物と一緒だから。もしあれなら、貴方の本にも書いてあると思うわ」
「アリス・・・・・・」
「まぁ、困っていたようだし。いつもこっちは本を借りているからね。お返しよ。それにいつまでも変な薬飲まされたんじゃ小悪魔が可哀相でしょ」
「・・・・・・」
アリスは淡々と話すが、内面ではけっこう恥ずかしかった。人に何かをする事など滅多に無い。ましてや相手はパチュリー、こんな事は絶対無いだろうと思っていた。
パチュリーの方はといえば、薬草をまじまじと見ていて、動かない。
「いいの?本当に」
「だからいいって」
「ありがとう」
アリスが振り返ると、笑顔で礼を言うパチュリーの姿があった。普段のような馬鹿にしたような笑みじゃなくて、本当に礼を言っているときの表情だった。
そんな彼女を見て、アリスはなぜか顔が赤くなる。やっぱりこの魔女の不意打ちの一言に弱いのかもしれない。
「れ、礼はいいから!上行くわよ!」
「なに照れているのよ」
「照れてないから!!」
顔を見られないように先を行く。赤い顔なんて見せたら、またからかわれるに決まっている。
後ろでのパチュリーの冷やかしに耳を傾けないようにしながら、アリスは足早に階段を駆け上がった。
「もう行くの?」
玄関には魔女が立っていた。薬草は全てケープの中にしまわれ、右手には傘を持っている。
あれからパチュリーは、もらった植物を図鑑と照らし合わせたり、効果的な使用法などを調べたりしていた。こっそりケープの中にしまおうともしていたが、上海人形に現場を押さえられ、レーザーで危うく焼かれそうになっていた。
結局読むならアリスの家で読むということになった。持っていかれないことに関してはよかったが、これでまた一つこの魔女が家に来る理由が出来てしまい、アリスの心中は少々複雑だった。
そして今。ようやく朝のドタバタ劇が終わろうとしている。
「何アリス、寂しいの?」
「いいや、早く行ってしまえと思っていたところよ」
「それは残念ね。パチュリー寂しい」
パチュリーは泣きまねをする。似合わないからやめて欲しい。
「いまちょっと失礼なこと思ったでしょう」
やばっ。さっきポーカーフェイス宣言をしたばかりなのに。いつになってもクールになれないわ。
「アリスの考えていることは手に取るようにわかるものよ。隠そうとしてもムダよ」
その発言には少し鳥肌が立った。そんなに私のことを観察しているのだろうか。まるでストーカーの発言みたいだ。
「冗談よ」
「・・・・・・」
冗談であって欲しい。そう願うアリスだった。
「本当はもうちょっとアリスで戯れたかったんだけどね・・・・・・小悪魔との方が先よね」
アリスでの「で」という単語が非常に気になるところであったが、突っ込むときりが無い。ついでに言えば「戯れる」、という単語も妙に引っかかるが、細かいことを気にしてはいけない。気にしたら負けだ、多分。
「小悪魔、ちゃんとした薬なら飲んでくれるかしら。前科があるし」
「確かにそうかもね。でも大丈夫よ」
自信有り気に言うアリスに、怪訝な顔で返すパチュリー。
「どうしてわかるのよ」
「だって、ちゃんと小悪魔のことを思ってここまで来たんでしょ。冗談なら別として、本気ならわかってくれるんじゃない?今までのことも含めて」
「・・・・・・」
こういうことを言うなんて私らしくも無い。きっと雨だからだ。雨のせいで、変なことを言ってしまうのだ。
「あんたって案外良い奴ね。根暗だと思っていたのに」
根暗はどっちだ。あんただけには言われたくなかったよ。
「ほら、早く行きなさいよ。風邪引いているなら早く薬作ってあげなきゃ」
「そうね」
そうだ。はやく帰るんだ。一刻も早くここから。
「でももうちょっとアリスで遊んでいってもいいのよ?」
願い下げだ。誰がお前なんかに遊ばれるか。しかも上から目線で物を言う態度が余計に気に食わない。
「いいから早く行け」
「寂しいこと言うわね。だから友達できないのよ」
「いいから早く行け!余計なお世話よ!」
「冗談よ。他人にしたことは必ず自分の元へ還ってくるものだと相場が決まっているのよ、アリス」
ふわりと魔女は空に浮かび上がる。雨はさっきに比べ、少し弱くなっているようだった。
余計なことは言わなくていい。どう返せばいいかこっちが困る。
無言のアリスに対し、パチュリーは少し笑っているようだった。自分の心を読んでそういう行動をしてくるとしたら、本当に敵わない気がする。
「照れてんの?」
「照れてないわ!早く行け!」
ようやくこれで全てが終わる。何だか一日が終わったみたいだ。疲れた。突っ込みすぎて疲れた。今日は二度寝しようかしら・・・・・・そう考えていた矢先だった。
「ああ、そうそう、最後に一言だけ言い忘れたことがあるわ」
「なに」
パチュリーはアリスのほうに向き直り、こう言った。
「一人上手なら誰も居ないか確認してからやりなさいよ。ぷふっ」
次の瞬間、パチュリーはそこには居なかった。アリスが殴りかかろうとしたとき、彼女はそこには居なかった。
空に居る敵に向かってレーザーを放つ。しかし敵はそれを予測していたのか意図も簡単にひらりとかわす。一瞬不敵に笑ったような気がしてさらに腹が立った。
「二度と来るな!!!」
アリスの叫び声も、雨音に隠され本人に伝わったかどうかはわからない。だけど伝わろうが伝わりまいが、あまり関係のない事だ。
どうせこの魔女はまたやってくる。次は夕食時かもしれない。
アリスは今日パチュリーのためにした行動の数々を後悔していた。なんであの魔女のために色々と尽くしてしまったのだろう。最後の最後で本当に嫌な気分にさせられた。忘れていたが、そういう奴なのだ。
「シ、シャンハーイ」
「ホ、ホラーイ」
わなわなと震えるアリスに人形たちもたじたじである。というか隅っこで震えている。
私はまた騙された。ちょっとでも優しく接した自分が馬鹿だった。
『ぷっ』
奴が噴出す姿が目に見えてくる。実に腹立たしい。
近いうちにあいつの秘密を探って弱みを握ってやる。そして今までの非礼の数々を謝らせてやる。
アリスは堅く決意をすると、そのまま勢いよく家のドアを閉めた。
完
魔法の森、いや幻想郷は、今日も雨だった。昨日の夜から振り出しそうな天気をしていたが、予測は当たったようだ。普段からこの森はじめじめと湿っているが、雨が降ると余計にひどい。水滴が肌に吸い付くような気さえする。太陽が出ている日さえ薄暗いこの森は、雨が降るとまるで夜のようになる。ありとあらゆる生き物が姿を隠しているせいかもしれない。動物も妖怪も、どこかで雨宿りしながら時を過ごしているに違いない。
家の中で音を聞く限り、土砂降りとまではいかないが、けっこうひどい雨のようだ。河童あたりは山で小躍りしているかもしれない。そんなことを考える。
夏も終わり、だんだんと肌寒くなるこの季節、こんな雨の中を外に出ようなどという気は到底起こらなかった。今日はおとなしく家に篭るのが正解だ。薬草を煮詰めて、ほつれた人形の手当てでもしよう。それとも借りてきた本の続きを読もうか。魔道書の解読でもしようか。一日中家に居たって、やれることならたくさんある。
朝食を作りながら、人形遣いはそう思った。
朝起きて、顔を洗い、歯を磨いて、朝食を作る。そんな彼女の日常は今日も変わらない。雨が降ろうが、雪が降ろうが、いつも起床は夜明けと共にある。幻想郷に来てから今まで、どんなに夜遅くに出かけようとも、このリズムを崩したことは無い。というより、どんなにしたって起きてしまうのだ。月の異変を調査した時だってそうだった。二度寝はしたけれど。
「雨だね。上海、蓬莱」
人形遣いは朝食を作りながら人形に話しかける。
「雨は嫌よね」
人形たちは何かを言っている。何かを言っているが、普通の人ならば何を言っているかわからないだろう。しかし作り主ならば、何を言いたいのか全てわかる。付き合いが長いせいか、そのように作ったせいか。それはどちらでもいい。些細なことだ。
「あいつはどうしているのかしらね・・・・・・どう思う?」
フライパンをひっくり返しながら、アリスは尋ねる。人形たちは首をかしげる。
「考えても仕方ないか。・・・・・・はあ」
アリスがため息を付くと、人形たちは元気出して、元気出して、と言っている様にアリスを励ます。雨の日は気分が憂鬱になるというもの。だけど全部自分の気持ち次第でいくらでも変えられるものだ。
「そっか。そうだよね。上海、蓬莱。元気出さなくちゃ」
フライパンからはいい匂いがする。そろそろ完成である。
今日の朝食はトーストとスクランブルエッグ。それと紅茶も合わせて。簡素な朝食ではあるが、味付けは抜群だ。作り終わった朝食を運んでいると、人形たちも手伝いにやってくる。一人では大きすぎて運べないので、二人で協力して運ぶようにしているようだ。紅茶を運ぶ人形たちは、時々こぼしそうになるのを必死でこらえながら、なんとかテーブルまで持っていく。その姿はとても一生懸命で、微笑ましい光景だった。
「いい子ね。上海、蓬莱」
人形たちの頭を撫でてあげると、嬉しそうな仕草をしてくれる。
朝食を食べようと椅子に座ると、その前にやらなければいけない事があることを思い出す。いつも人形たちをおめかしさせてから、一緒に朝食をとるのが日課なのだ。
「着替えがまだだったわね。待ってて。今持ってくるから」
アリスは着替えを持ってくると、人形たちに着せ始める。お手製の服は、人形たちによく似合う。
「うん。とってもかわいいわ」
アリスがそう言うと、嬉しくなったのか、人形たちはアリスの胸に飛びついてくる。ちょっとびっくりしたけれど、その姿は本当に可愛らしいと思う。
「そんなに嬉しいの?もう。子供みたい。え、なあに?子供じゃないって?全く、上海ったら」
嬉しそうにくすくすと笑うアリス。
外は雨が降っている。ザーザーと音がする。
少し肌寒いこの季節でも、家の中は暖かさに満ちていた。
きっと今日もいい一日になるだろう。
人形遣いはそう思い、人形たちを抱え上げて、リビングの中央へ向かった。
「一人上手・・・・・・ぷっ」
玄関から声がした。
雨音に遮られてよく聞こえなかったが、ものすごく生理的に受け付けない蔑みようだった。
折角のいい一日のスタートが台無しである。
まさか見られた?さっきからずっと見られていたのか?
「人形相手に何やってんの。端から見るとすごく馬鹿みたいよ」
いいや違う。そんなはずあるか。この雨の中だぞ。
雨音が酷いから、空耳を感じただけだ。
ありえない。何がありえないって、今この場所にあいつが居るって事が。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
人形たちが私を呼んでいる。しかも玄関の方に手招いているようだ。
でも私は何も見ていない。見ていないのだ。
「アリス、いるんでしょ」
空耳、空耳。
「昨日の夜からここにいるんだけど」
え!?昨日の夜から!?只でさえ病弱なのに何を考えているのよ・・・・・って空耳なんだから関係ない!
「少しは心配してくれたっていいでしょう。病弱なんだから」
うるさい。自分で言うな。・・・・・・空耳になに返しているのよ私は!
「このまま雨の中放っておくつもりなの?それとも、雨音のせいにして空耳としてやり過ごすつもりなの?」
ギクッ
いやギクッじゃないわよ!やり過ごすも何も完全な空耳なんだから!
「開けないなら勝手に・・・・・・くしゅんっ!」
・・・・・・。
がちゃり。
「あらアリス」
「何しにきたのよ」
玄関には魔女が立っていた。ところどころ雨で濡れている。
「やっぱり何やかんやで優しいわよね、アリスって」
「!!ち、違うわよ!ゆ、幽霊でもいたら怖いでしょ!!」
赤い顔してそっぽ向くアリス。幽霊ってどんな言い訳だ。
「照れないでよ。嬉しいじゃない」
「下を向いてもじもじするな!照れてないし!」
言い訳は無用だった。本人は気付いていないが、どうもこの魔女の不意打ちの一言に、アリスは弱かった。
「で、用件は」
「遊びにきただけ」
「・・・・・・」
今より二ヶ月ぐらい前のことである。この魔女、パチュリー・ノーレッジは初めてアリスの家に遊びに来た。元々面識はあったし、同じ魔女同士話をすることもしていたが、泊めたりするのは今までにはない事だった。
彼女が玄関に立っているのを見たとき、アリスはとても驚いた。年中引き篭もっているであろう魔女が、自分の家に来るなどとは思ってもみない事だった。
「何しに来たの?」
「魔法の研究しに来たの。こっちの方が図書館より都合がいいのよ」
そう言うなり彼女は、懐の中から本を取り出し、本を読みだした。魔法の研究というからにはてっきり実験でもするのかと思えば、いつも通りに本を読む。一体何をしにここへ来たのだろう。最初アリスはそう思ったが、聞いても仕方の無いことだと思い、自分の研究部屋にこもることにした。
数時間後。
アリスが人形を5体作り終えたところでリビングに戻ると、相変わらず彼女は本を読んでいた。
(何でこいつここへ来たんだろう)
魔法の森に来たとなれば、真っ先に森へ出かけるものだと思っていたのに。
そんな風にアリスが考えていた矢先、彼女のほうから声が掛かる。
「アリス」
「な、何?どうしたの?」
「お茶」
「・・・・・・・」
魔女は本から目を放さず、顔すら上げず、アリスにお茶を要求してきた。元々こんな奴だった気がしないでもない。
「お茶」
「・・・・・・」
「お茶は?」
「・・・・・・」
仕方なく、紅茶を淹れにキッチンへ向かうアリス。ジト目に耐え切れなかったというのもある。
(何だかなあ・・・・・・)
しかし、それはまだ序の口だった。
「コーヒー」
「緑茶」
「なんかお腹空いたんだけど」
魔女は次々と新たなものを要求してきた。要求を聞き続けていたアリスも、いい加減腹が立ってきた。そして
「不味い」
緑茶を飲んで放った魔女のこの一言に、ついに堪忍袋の緒が切れる。
「じょ、冗談よ!さっきも冗談だったんだから!本気にしないでお願いだから!」
「うるさい」
アリスはパチュリーの胸倉をつかみ、外へ放り出そうと試みる。
「本貸しているでしょ!アリスったら!大目に見てよこのぐらい!」
「・・・・・・」
腕の中でジタバタするパチュリー。大方二言目には本の事を言われる。確かに、彼女の図書館にある本は自分の研究にとっては必要不可欠なものになっており、それを言われると何も言えなくなってしまう。
結局その日は、3時間室内立ち入り禁止の放置プレイでお互い了承した。向こうも悪いと思ったらしい。
それからというもの。
パチュリーは時々アリスの家に遊びに来るようになった。毎回魔法の研究だからとか言っているが、実際は本を読んでばかりいた。しかし、研究というのは建前で、本当は魔女仲間みたいなのができて嬉しいんですよーって小悪魔が言っていたのを聞いたことがある。そう考えるとなんか照れてしまうが、本人は決してその事は口にしないという。魔女というのは総じて意地っ張りなのかもしれない。
時々突飛な行動で困らせたり、カチンとくるような発言をすることはあっても、実害はそれほどでもなかった。物を盗むこともしないし、人の家の食料庫を勝手に開けるなんてこともしない。ひたすら本を読んでいる。本を読む場所は愛用のソファの上という所にもちょっと腹が立つが、些細なことである。
だから、別段泊まるということが珍しいわけでも、特に都合が悪い訳でもない。
訳でもないが。
「ねえアリス、さっきのってマジなの?マジで毎日やってるの?あんなおままごとみたいな・・・・・・ぷふっ」
そういう一言を言ってくるからすごい腹が立つのよ!この魔女は!
「パチュリー・・・・・・パチュリー!」
「ぷふふふっ、くっ!・・・・・・ああごめんアリス」
マジ笑いしてんじゃないわよ!しょうがないじゃない誰も居ないって思っていたんだから!私生活ぐらい自由にさせろ!
「それよりあいつって誰?」
しししし知らないわよそんなこと!私は何も言っていないわ!
「私と貴方の仲じゃない。教えなさいよ」
だから何も言っていないって!!ああもう!
「もしかして、私?」
「それはない」
即答だった。悲しいぐらいに即答だった。ちょっとしゅんとするパチュリーだった。
「しゅん」
「なにしゅんとしてるのよ。と、当然でしょ」
そんなパチュリーの反応に、ちょっとたじろぐアリスだった。変な空気が流れる。早い所本題に移らなくては。
「で、用件は何?笑いに来たのなら雨の中放り出すわよ」
「・・・・・・」
あ、あれ?
少しきつく言い過ぎた?
パチュリーは下を向いて俯いている。
嫌な空気が流れる。なんか前もこういうことがあったような。
「アリス」
顔を上げるパチュリー。いきなり名前を呼ばれ、びっくりするアリス。
いや、ここで騙されてはいけない。いつもならここでなにかオチがくるはずなのだ。心配した私が馬鹿だった・・・・・・なんてことはしょっちゅうなのだから。
わかっている、わかっている筈なんだけれど、いつもより小さく見えるパチュリーを、つい心配してしまう。
「ほんとに?」
「あ、い、いや今のは冗談よ冗談」
「じゃあ上がっていいの?」
「いいけど別に」
思わずそう返してしまう。しかし、それは魔女が仕掛けた巧妙な罠だった。
「いいのね」
「え・・・・・・う・・・・・・」
「本当にいいのね」
「・・・・・・」
ずいっと迫られ、思わずうなずくアリス。ちなみに今の二人の距離は15センチ程度。端から見ると今にもキスする5秒前だった。
「最高!」
パチュリーは無表情で親指を立てる。なにが最高だ。
騙された、と思ったときにはもう遅かった。パチュリーはアリスの横を通り、ズカズカと家に入って行った。
対するアリスは雨の中立ち尽くしていた。
独り言をつぶやいている。
「なんで・・・・・・なんでまた・・・・・・」
「アリスー、お茶はー?」
「お前は図々しいんだよいつもいつも!!」
いつもこのパターンなのだ。
パチュリーが弱気を見せて、それに騙され、口車に乗ってしまう。
初めて泊めてときもこんなやり取りがあった気がする。いや、いつも必ず一回はこんなやり取りをしている気がする。
我ながら学習能力というものがないと嘆くべきところなのだろう。でも逆に言えば、お人よしだということで。
何で朝からこいつの相手をしなくちゃいけないんだろう。
今日一日の運命を、紅い館の某主に呪うアリスであった。
~魔女の家で朝食を~
「もぐもぐ。おいしいわ。もぐもぐ」
「・・・・・・」
図々しくも魔女は、さっき作ったばかりの朝食を食べている。といってもアリスの分の余りなのではあるが。
もくもくと食事をするパチュリーに対し、アリスは全く手をつけていなかった。
表情も心なしか暗い。
「元気ないわね、どうしたの」
お前が原因だお前が。
というより、さっきの日常の秘密を見られたことが、アリスの頭の中を占めていた。
(よりによって・・・・・・よりによってこの魔女に!)
彼女は決してわざわざ口外するなどという事はしない。しかし、それをネタに交渉を仕掛けるということは十分あり得た。
認めたくないが、この魔女は頭がいい。
いたずらとか人を茶化したりすることに関して右に出るものは居ない。逆に言えば、そういう所でご自慢の知識を使ってくるから困る。
「ちゃんと食べなきゃ一人前になれないわよ」
少食の魔女に言われることじゃない。それと、その上から目線な物言いは何だ。確かに魔女歴100年の差はあるけれど、あんたは私の師じゃないだろう。
時々先輩面してくるところにもカチンときていた。実際先輩だから何も言えないけれど。
「さっきのこと、そんなにショックだったの?」
図星をつかれる。そんなにわかりやすいのだろうか、私って。
「いいじゃない、そんな面があっても・・・・・・ぷふっ」
食べながら思い出し笑いするな!汚いでしょ!
ああもう段々腹が立ってきた。爽やかな朝が本当に台無しだよ。
「あんた一体なにしに来たのよ、茶化しに来たの?」
これ以上この話題は止して欲しい。心が痛い。
そう思ってか、アリスはパチュリーに聞く。
「うん」
「・・・・・・」
一瞬紅茶をぶっ掛けたくなるような衝動に駆られた。
落ち着けアリス、落ち着くんだ。ここで取り乱したら相手の思う壺だ。
「カタカタカタ」
「震えているわよアリス。大丈夫?」
お前のせいだお前の。
怒りで歯がガチガチと音を立てる。周りの人形たちは怯えて部屋の端っこへ行ってしまった。
「シャ、シャンハーイ・・・・・・」
「ホラーイ・・・・・・」
そんなに怯えないでよ悪いのはあの魔女なんだから!
「そんなに寒いの?風邪引いた?」
しかも本人には一切伝わっていなかった。いや、気が付いていて気付いていない振りをしているかもしれない。
「原因はカルシウム不足かしら」
気が付いていやがった。
こいつといるといつまでもカルシウムは足りないままだ。
「落ち着け・・・・・・落ち着くんだ・・・・・・ここは私の家よ・・・・・・」
「どうしたのアリス、なにぶつぶつ言っているのよ。嫌なことでもあったの?」
嫌なことは現在進行中だよ!
この魔女の話のペースにつき合わされているとキリがない。どうにかして早い所追い出さなきゃいけないのに。
本題に話を戻そう。
冷静に冷静に、笑顔で笑顔で、いつもどおりに。
「何か用があったんじゃないの?こんな雨の中寒かったでしょうに」
口元が引きつっているのが自分でもわかった。
「シャ、シャンハーイ・・・・・・!」
「ホ、ホラーイ・・・・・・!」
人形たちは肩を抱き合って震えていた。そんなに怯えないでよお願いだから!
「寒かったわよ。アリスったらいつまで経っても出てきてくれないし」
「それは悪かったわね。いるなら起こしてくれればよかったのに」
「いいの?」
「よくないわ。撤回する」
寝ているところを起こされるとか、冗談じゃない。水ぶっ掛けたりとか平気でしそうだ。
いや、現にそういうことは過去にあった。あれはいつだったか、アリスが図書館で調べ物をしていて、夜が遅くなってしまい図書館で一夜を過ごした時である。
「ぐー」
「気持ち良さそうに寝てるわねこいつ」
その時アリスは本棚の間に横になっていた。手元には調べかけの本があった。調べるのに夢中になって寝てしまったのだろうか。
そのころはまだ、知り合って間もない頃だったので、アリスの方は何かと遠慮していた。そのせいもあるのだろう。彼女は部屋は借りずにここでいい、なんて事を言ってきた。
「小悪魔、こいつどうする?」
「毛布でも持ってきますか」
「いやそうじゃなくて。マジックペンとか色々あるでしょ」
「・・・・・・」
小悪魔は呆れて物も言えなかった。遠慮してこんなところで寝ているというのに。
「ああでもそうね、こういうのはどうかしら。ふふふ」
妖しげな笑みを浮かべつつ、呪文を唱えるパチュリー。
指先から出たのは水魔法だった。一点集中型なのだろう。水鉄砲のように指先から水が出る。
「レミィにこの魔法は使えないからね。マジギレした時以外は。首筋と耳、どっちがいいかしら」
「ぐー」
「・・・・・・」
こういうことばっかりに魔法を使う主に、小悪魔は呆れて物も言えなかった。
「耳は流石に不味いのでは」
「じゃあ首筋ね」
そう言うとパチュリーはアリスのうなじに指を合わせる。小悪魔は止める気すら起こらなかった。こういうことはよくあるのだ、主に自分に対して。
「こういうのってちょっとドキドキしない?小悪魔」
主はとても生き生きしていた。小悪魔は適当にはいそうですねと相槌を打つが、心の底では呆れていた。
(昔はもうちょっと真面目だった気がするのに。いつからこんな魔法使いになっちゃったんだろう。レミリア様もカリスマブレイク真っ最中だし)
「ぎゃおー」
そんな幻聴が小悪魔の脳裏をよぎる。聞かなかったことにしよう。
「いくわよ、小悪魔」
考え事をしているうちに場面は大事な箇所へと差し掛かっていた。
せーのの掛け声と同時に勢いよく水が出て、勢いよくアリスの首筋にかかる。
服とかを全くぬらさずに済ますあたり、伊達に100年魔女をやっていない。全く自慢にならないところだけれど。
「ぎゃああああああ!?」
冷たい水が首筋にかかり、飛び起きるアリス。その姿を見て、パチュリーは腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて発作を起こすほどだった。
「ぶはははは!!はっはひぃ!!」
小悪魔は笑いつつも必死で主の背中をさすっていた。
「この・・・・・・人が気持ちよくねむっている時に!」
「ゲホゲホッ!!ぶっくはははは!!げふう!!」
パチュリーの笑いは収まるところを知らない。それどころか血まで吐き出している。
アリスはそんなにしてまで笑う魔女に心の底から腹が立った。
「ぶっ殺す!」
そう叫んだその瞬間、アリスの顔に勢いよく水が掛かった。
「油断大敵よ、アリス」
「・・・・・・」
「ぷっ」
その後、夜中に図書館で弾幕り合う羽目になったのは言うまでもない。確か一晩中戦っていた気がする。
思い出すと段々腹が立ってきた。いけないけない。
「どうかした?アリス」
「なんでもないわ」
勤めて冷静にそう返す。声が震えているのが自分でもわかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
人形たちは最早声すら発していなかった。互いに抱き合って震えている。すごく泣きたくなった。
「で、なんでこんな時間に雨の中家まで?」
最初から疑問に思っていた事を聞く。これ以上話が脇道にそれるといつまで経っても終わらない。
「朝食食べに?」
「それかよっ!」
「冗談よ。いくら私でもそこまで厚かましくはないわ」
貴方は十分厚かましいです。フォローになっていません。
「ちょっとね、探し物を。でもいい加減疲れて倒れそうだったから雨宿りしていたのよ」
「探し物?」
それでか。体が少し濡れているのは。
しかし倒れるまで雨の中探し物って。自分の体のことをちゃんとわかっているのだろうか。
魔法の森は瘴気も酷い。喘息持ちには辛いはずだ。
「あとで風呂貸すわよ」
「いいわよそんな」
「いいから。ここで風邪引かれても困るし。ちゃんと温まりなさい」
自分でも甘いなと思う。しかしお茶は出せと言って風呂は遠慮する、いまいちこの魔女の基準がよくわからない。
「悪いわね、泊めてもらう上に」
泊まるのは前提なのか。別にいいけど。
「まあ、本当の事を言うと小悪魔と喧嘩しちゃって、なんとなく図書館に戻り辛いのよ」
またなにかやったのだろうか。
変な実験に巻き込んだとか、いたずらが過ぎたとか、よくある話だ。
「危うく魂取られるところだったわ」
やってしまえばよかったのに・・・・・・おっと本音が出てしまった。
「いま失礼なこと考えたでしょう」
ジトリとパチュリーが睨む。そんなに顔に出ていただろうか、私。
「ものすごく残念そうな顔をしていたわよ。何がそんなに残念だったのかしら」
パチュリーは目の前の本泥棒に制裁を加えるときのような目で私を見ていた。ちょっと怖かった。
何が残念かなんて決して口にはできない。
「まあいいけど。貴方の考えていることなんて大抵読めるから」
そうですか、まるで地下の彼女のようですね。
いや私の表情が読みやすいだけか。もっとクールなポーカーフェイスを身に付けなくては。元々クールなキャラなんだし。
「で、それで私の家に来たって訳ね」
「うん」
なるほど。確かあいつらの部屋は図書館内部にあり、毎日嫌でも顔を合わせなくてはいけない。それに耐え切れなかったという事だろう。
「でもそれだと根本的な解決にはならないでしょ。一体何したの」
アリスが聞くと、パチュリーはなにやら懐をごそごそと探し始める。これでもない、あれでもないと言いながら。次々と物が出てくる様はまるで魔理沙の帽子のようだった。ケープの中から出てきたのは、乾パンだったり、懐中電灯だったり、カイロだったり、ドラ焼きだったりと非常用具などが多かったが、時には魔法のステッキらしき物や、本だったり、人形だったり、蝋燭だったり、フリスビーだったり、何に使うのだかわからないものも出てきた。
ん?人形?
「ってこれ家にあった人形じゃない!なんでアンタが持っているのよ!」
「ギクッ」
「ギクッじゃない!!いつ盗んだのよ!!」
「死ぬまで借りるだけだぜ」
「人の台詞真似るなよ!似てねーよ!大体人形なんて何に使うのよ!この間まで気持ち悪いって言っていたくせに!」
そうなのだ。この家に泊まるときに大抵人形ばかりで気持ちが悪いと言われる。泊まるくせに失礼な、とよく思う。
「なんか・・・・・・不公平じゃない」
「なにがよ」
「アリスは私の所有物を持っていて、私は何も持っていない。そういうの、なんか不公平じゃない」
えっと・・・・・・今なんつった?この魔女。
どういう意味で、何を思って今の台詞を吐いたのか、アリスには理解できない。いや、理解したら最後な気がしてならない。
パチュリーはアリスの瞳をまっすぐ見ていた。アリスは視線を逸らせようにも動けない。
え?なにこの状況。パチュリー、なんでいつになく真剣な目でこっちを見るのよ。
困る。いきなりそんなことを言われると本当に困る。どう返せばいいのよ私は。第一所有物ってなによ。そういう意味で借りていたんじゃないわよ。
沈黙が部屋を包む。外の雨の音だけが聞こえる。そして自分の心臓の音も聞こえる。うるさくってしょうがない位に。
「えっと・・・・・・パ」
「冗談よ」
ずっこけた。正確に言うと、椅子から落ちた。
「あら本気にした?アリスったら」
パチュリーは口元を押さえて笑っている。その姿を私は床から見ていた。
「あ、アンタってやつは!」
思わず叫んでしまう。
腹が立つのはもちろんだが、それよりもホッとしたというのが今のアリスの心境だった。もしもこれが本気だったなら・・・・・・やめよう、ありえない。ありえないから。
もしもなんていう万が一の可能性の事を頭の隅に葬りつつ、アリスはパチュリーに聞く。
「で、見つかったの?探し物とやらは」
「ああ、あったわこれこれ」
ケープから出したものをしまい始めるパチュリー。さりがなくアリスの人形も中にしまわれた。アリスはそれに気付いていたが、あえて突っ込まなかった。
「これなんだけど」
机の上に置かれたのはビンに入った蛍光ピンクの液体だった。まるで塗料みたいにドロッとしている。
「な、なによそれ」
「悪魔用の風邪薬」
薬が蛍光ピンクな訳があるか。良薬口に苦しとはよく言うけれど、明らかにそれは劇物だ。この世の食べ物ではない。口に入れてはいけない物である。
「それ、飲ませたとか」
「飲ませようとしたら全力で拒否されたわ。殺す気ですかって」
そりゃそうだろう。罰ゲームじゃないんだから。罰ゲームにもならない、死刑宣告だ。
「小悪魔が風邪引いちゃってね。私の薬飲んでも全然効かないから、文献読んで適当にあるもので風邪薬調合したらこうなったのよ」
どこをどう間違えたら蛍光ピンク色になるというのだ。月の薬師もびっくりだ。
「何入れたのよ」
「なんだっけ・・・・・・トリカブト?」
お前は小悪魔を殺す気か。そして何故手元にトリカブトがある。
「冗談よ。えーと、何だっけ。忘れたわ。この文献に本当の材料は載っているのだけれど」
この本、というのはさっきケープから出した本のうちの一冊だ。ちなみに本は12冊出てきた。物理的な収納スペースよりも12冊も持って歩けるこいつの体力に驚いた。空間魔法を使っているのかもしれない。
「まさかあんなに怒られると思っていなくてね。売り言葉に買い言葉で大喧嘩になっちゃって。でもよく考えたら私はこんな液体絶対飲めないし。謝ろうにも寝込んだままだし」
さっきアリスを茶化していた時とは違い、パチュリーは心なしか沈んでいるようだった。
珍しいこともあるものだ、とアリスは思う。
「それで文献で調べた本当の材料を探しに魔法の森まで来たのね。こんな雨の中」
「まあ・・・・・・」
歯切れの悪い返答をするパチュリー。気恥ずかしいのか視線を外している。
「今回の風邪、けっこう長くて。ほら、いつも私寝込んでいるときに世話してもらっているから、それで」
「それでその恩返しのつもりで薬を調合したら裏目に出てしまった訳ね。せっかく作ったのに怒られて腹が立ったと」
「・・・・・・」
よくある話だ。好意をもって行った事が相手には伝わらず、逆に悪い結果になってしまう。しかし、具合の悪い中蛍光ピンクの液体を飲ませられようとした小悪魔の気持ちもわからなくはない。多分、小悪魔が怒ったのは蛍光ピンクの液体に対してではなくて、パチュリーが冗談を言っているものだと思ったからであろう。本気で心配していると思った相手に性質の悪い冗談を言われ、裏切られた気分になったに違いない。
でもその薬を出す前に、もう一度よく考えたほうがよかったんじゃないだろうか。
蛍光ピンクは明らかにおかしな色だ。
「で、見つかったの?材料は」
「それは・・・・・・」
それからの話をまとめると、こうである。
魔法の森にやってきたはいいが、文献に書いてある植物の実物がどんなものであるかわからない。もちろんわかるものもあったが、わからないものもあった。途方に暮れていると、最悪のタイミングで雨が降り出す。ここで喘息が発症すると大変なことになると思い、急いでアリスの家の屋根の下に駆け込む。
そうこうしているうちに朝が来て、現在に至る。
「今まで本ばかり読んでいたのが裏目に出たわ」
気落ちしながらパチュリーは言う。さっきまでの元気はどこへ行ったのだろう。
「なんとかして今日中に見つけないといけないのよ。じゃないと示しがつかないもの」
彼女はいつになく真剣だった。余程の大喧嘩だったのだろう。
「で、探すって、どうするのよ。実物知らないのに」
「それは・・・・・・」
パチュリーはまた黙ってしまう。実物を知らないのなら探しようがない。
「知識の魔女なんてよく言うわ。本当、ムダ知識ばかりね」
「そんなに気落ちしないでよ。今までどうしていたの?あったんじゃないの?風邪なんて」
ていうか悪魔が風邪を引くこと自体にびっくりだ。姉さんたちは風邪なんて引いていたかな・・・・・・覚えていないわ。
「いままでもこうやって自分で薬を作ってみたわ。その度に魂取られそうになったけど」
小悪魔、哀れだな。
君はよくがんばった。
「ちなみに前に作ったときの色はどうだったのよ」
好奇心にかられ、聞いてみる。
「ぬっとりした銀色の液体だったわ。つかもうと思ってもつかめないの」
それって水銀じゃないの。何を混ぜたらそんな薬ができるというのだ。錬金術じゃないんだから。
「いつもそうなのよね・・・・・・うまくいかなくて。でも大抵治って、少しすれば口利いてくれるんだけど」
そりゃうまくいかないだろう。もしかしたら今回こそは、って思っているのかも知れない。
普段の自信満々な彼女とは全く違う表情をしているパチュリーに、こっちが調子狂ってしまう。
「本見せて。何かわかるかも知れないし」
アリスはパチュリーに頼む。
「貴方にわかるの?私にすらわからないのに」
・・・・・・癇に障るような言い方をする魔女だな。でも私には確信があった。その本を見たときから、パチュリーにはわからないだろうなという確信が。
「それ、魔界の薬の本でしょ。違う?」
「だったらなんだって言うのよ」
「パチュリーにわからなくて当然なのよ。そこに書かれているのは魔界の植物なんだから」
あ、そうか。
そんなことに今まで気が付かなかった。
パチュリーはそんな表情をしている。しかし、すぐに思いつめたような表情に戻ってしまう。
「で、それで?魔界の植物は確かに見たこともないけれど。なら余計ここにはないって事じゃないの」
アリスを攻めるように言う。本当はパチュリーだってこんな言い方はしたくない。しかし、焦っているせいか、今まで上手くいかなかったせいか、つい八つ当たりをしてしまう。
「そう焦らないでよ。私には見覚えがあるもの。この植物に」
パチュリーは目を見開く。信じられないといった風に。
「なんでわかるのよ」
「私が魔界出身なのは知ってる?」
「え?」
「あれ、言っていなかったかしら。私が魔界から来たって。詳細は詳しくは言えないんだけど」
「聞いていないからいい」
そうですか。言えないっつーか言いたくないからいいんだけど。
「ともかく、家から魔界の植物図鑑も持ってきたから後で照らし合わせてみなさいよ。ああ盗んだら駄目よ」
「チッ」
いま軽く舌打ちしやがった。もしかしたらこれから盗まれる可能性も無くはない。注意しとこう。
「でも、わかったところで魔界の植物ならここにはないって事でしょ?どの道・・・・・・」
「それがあるのよ」
こっちへ来て、とアリスはパチュリーの手を取り地下室へ向かう。地下室は普段薬草などの調合に使われている場所である。保存状態が保てるというのが地下に設置した理由だ。
階段にはところどころ人形が置いてある。パチュリーはそれを見、「うわ、気持ち悪っ」などと呟いていたが、アリスは大人なので、繋いでいた手を強く握りつぶすことでその場をやり過ごした。
「痛い痛い痛い!!」
そんな声が聞こえたが、いい気味だと思うだけで、別段気にしなかった。
「さっき書いてあったのはこれよね・・・・・・ナツヤギソウ、ウツツソウ、フシギバナ、サイレントヒマワリ・・・・・・これくらいかしら」
「ドS・・・・・・アリスのドS・・・・・・」
隣で涙目になっているパチュリーをよそに、アリスは薬草を探す。
「これで全部ね・・・・・・なに泣いているの」
「泣いてなんかいないわよ。ぐすっ」
そんなに痛かっただろうか。骨の一つでも折ってしまったかもしれない。いい気味だ。
「さりげなく人が痛がっているのを見て喜んでいるんでしょ、やっぱりアリスったらそういう趣味していたのね。ぐすん」
確かに非常に喜ばしいが、なんでこういちいち引っかかる言い方をするのだろう。
「まあいいわ。パチュリー、これ」
アリスは薬草をパチュリーに渡す。戯言には付き合ってられない。とっとと用事を済ませよう。
「これは・・・・・・」
「魔界の薬草よ。仕送りで母からもらったものを家の庭で栽培してるの。もしかしたら森の方にも広がっているかもね。あとで図鑑と照らし合わせてみればわかると思うわ」
「いいの?」
パチュリーは目を白黒させている。信じられないといった顔だ。
「アリスがこんなに気前が良いなんて・・・・・・だから今日は雨なのね」
失礼な事を言う奴だ。しかも真面目に言うから腹が立つ。私ほど寛大なキャラって幻想郷中探してもそういないと思うのだけれど。
「あとこっちは種よ。育て方は幻想郷の植物と一緒だから。もしあれなら、貴方の本にも書いてあると思うわ」
「アリス・・・・・・」
「まぁ、困っていたようだし。いつもこっちは本を借りているからね。お返しよ。それにいつまでも変な薬飲まされたんじゃ小悪魔が可哀相でしょ」
「・・・・・・」
アリスは淡々と話すが、内面ではけっこう恥ずかしかった。人に何かをする事など滅多に無い。ましてや相手はパチュリー、こんな事は絶対無いだろうと思っていた。
パチュリーの方はといえば、薬草をまじまじと見ていて、動かない。
「いいの?本当に」
「だからいいって」
「ありがとう」
アリスが振り返ると、笑顔で礼を言うパチュリーの姿があった。普段のような馬鹿にしたような笑みじゃなくて、本当に礼を言っているときの表情だった。
そんな彼女を見て、アリスはなぜか顔が赤くなる。やっぱりこの魔女の不意打ちの一言に弱いのかもしれない。
「れ、礼はいいから!上行くわよ!」
「なに照れているのよ」
「照れてないから!!」
顔を見られないように先を行く。赤い顔なんて見せたら、またからかわれるに決まっている。
後ろでのパチュリーの冷やかしに耳を傾けないようにしながら、アリスは足早に階段を駆け上がった。
「もう行くの?」
玄関には魔女が立っていた。薬草は全てケープの中にしまわれ、右手には傘を持っている。
あれからパチュリーは、もらった植物を図鑑と照らし合わせたり、効果的な使用法などを調べたりしていた。こっそりケープの中にしまおうともしていたが、上海人形に現場を押さえられ、レーザーで危うく焼かれそうになっていた。
結局読むならアリスの家で読むということになった。持っていかれないことに関してはよかったが、これでまた一つこの魔女が家に来る理由が出来てしまい、アリスの心中は少々複雑だった。
そして今。ようやく朝のドタバタ劇が終わろうとしている。
「何アリス、寂しいの?」
「いいや、早く行ってしまえと思っていたところよ」
「それは残念ね。パチュリー寂しい」
パチュリーは泣きまねをする。似合わないからやめて欲しい。
「いまちょっと失礼なこと思ったでしょう」
やばっ。さっきポーカーフェイス宣言をしたばかりなのに。いつになってもクールになれないわ。
「アリスの考えていることは手に取るようにわかるものよ。隠そうとしてもムダよ」
その発言には少し鳥肌が立った。そんなに私のことを観察しているのだろうか。まるでストーカーの発言みたいだ。
「冗談よ」
「・・・・・・」
冗談であって欲しい。そう願うアリスだった。
「本当はもうちょっとアリスで戯れたかったんだけどね・・・・・・小悪魔との方が先よね」
アリスでの「で」という単語が非常に気になるところであったが、突っ込むときりが無い。ついでに言えば「戯れる」、という単語も妙に引っかかるが、細かいことを気にしてはいけない。気にしたら負けだ、多分。
「小悪魔、ちゃんとした薬なら飲んでくれるかしら。前科があるし」
「確かにそうかもね。でも大丈夫よ」
自信有り気に言うアリスに、怪訝な顔で返すパチュリー。
「どうしてわかるのよ」
「だって、ちゃんと小悪魔のことを思ってここまで来たんでしょ。冗談なら別として、本気ならわかってくれるんじゃない?今までのことも含めて」
「・・・・・・」
こういうことを言うなんて私らしくも無い。きっと雨だからだ。雨のせいで、変なことを言ってしまうのだ。
「あんたって案外良い奴ね。根暗だと思っていたのに」
根暗はどっちだ。あんただけには言われたくなかったよ。
「ほら、早く行きなさいよ。風邪引いているなら早く薬作ってあげなきゃ」
「そうね」
そうだ。はやく帰るんだ。一刻も早くここから。
「でももうちょっとアリスで遊んでいってもいいのよ?」
願い下げだ。誰がお前なんかに遊ばれるか。しかも上から目線で物を言う態度が余計に気に食わない。
「いいから早く行け」
「寂しいこと言うわね。だから友達できないのよ」
「いいから早く行け!余計なお世話よ!」
「冗談よ。他人にしたことは必ず自分の元へ還ってくるものだと相場が決まっているのよ、アリス」
ふわりと魔女は空に浮かび上がる。雨はさっきに比べ、少し弱くなっているようだった。
余計なことは言わなくていい。どう返せばいいかこっちが困る。
無言のアリスに対し、パチュリーは少し笑っているようだった。自分の心を読んでそういう行動をしてくるとしたら、本当に敵わない気がする。
「照れてんの?」
「照れてないわ!早く行け!」
ようやくこれで全てが終わる。何だか一日が終わったみたいだ。疲れた。突っ込みすぎて疲れた。今日は二度寝しようかしら・・・・・・そう考えていた矢先だった。
「ああ、そうそう、最後に一言だけ言い忘れたことがあるわ」
「なに」
パチュリーはアリスのほうに向き直り、こう言った。
「一人上手なら誰も居ないか確認してからやりなさいよ。ぷふっ」
次の瞬間、パチュリーはそこには居なかった。アリスが殴りかかろうとしたとき、彼女はそこには居なかった。
空に居る敵に向かってレーザーを放つ。しかし敵はそれを予測していたのか意図も簡単にひらりとかわす。一瞬不敵に笑ったような気がしてさらに腹が立った。
「二度と来るな!!!」
アリスの叫び声も、雨音に隠され本人に伝わったかどうかはわからない。だけど伝わろうが伝わりまいが、あまり関係のない事だ。
どうせこの魔女はまたやってくる。次は夕食時かもしれない。
アリスは今日パチュリーのためにした行動の数々を後悔していた。なんであの魔女のために色々と尽くしてしまったのだろう。最後の最後で本当に嫌な気分にさせられた。忘れていたが、そういう奴なのだ。
「シ、シャンハーイ」
「ホ、ホラーイ」
わなわなと震えるアリスに人形たちもたじたじである。というか隅っこで震えている。
私はまた騙された。ちょっとでも優しく接した自分が馬鹿だった。
『ぷっ』
奴が噴出す姿が目に見えてくる。実に腹立たしい。
近いうちにあいつの秘密を探って弱みを握ってやる。そして今までの非礼の数々を謝らせてやる。
アリスは堅く決意をすると、そのまま勢いよく家のドアを閉めた。
完
そんな御二人に。
つひゃくてん
いいぞもっとやれ
いややってくださいお願いします
少し文章に気になるところがチラホラとあるので僭越ながら
>付くような気さえする。太陽が出ている日さえ
「さえ」と同じ表現を連続で使うと聞こえが少しよくないかも
今後ともこの組み合わせの作品を量産してください。
図々しい先輩なパチュリー最高!
>1 仲悪いんだか良いんだかよくわからない二人であります。
>7 最近ss書こうとすると脳内でパチュリーがアリスの家に遊びに行きたがります。何故か。
>17 ご指摘ありがとうございます。
そうですよねー・・・・・・気にしていませんでした。次から気をつけてみます。
>18 乙。
>19 あんまり見るようで見ないですよね。この組み合わせ。でも作者の脳内ではまだパチュリーがアリスの家に遊びに行きたがっています。何故なんだ。
>20 同士よ。
パスワードを忘れてしまったので、こちらのコメント欄で10ヶ月ぶりのレス返しをさせていただきます。
読んでくださった方、評価を下さった方、本当にありがとうございました。
>25 行かせます、行かせますとも。脳内じゃアリスの家に入り浸っているのですから。
>44 がんばれ。作者も応援している。
>50 気に入っていただけたようで、なによりです。
>56 先輩は後輩のことが気になってしょうがないのです。
>57 ただのつんでれです。