それは冬の寒いある日の出来事だった。
「レティー、レティー! これ読んで―!」
「ん? どうしたの」
チルノがレティに一冊の古びた本を差し出した。
「博麗神社の裏山で拾ったんだ」
「ふーん、神社の裏山で……って事は、外の世界の本なのかしら?」
多少、水食いをしてふやけているその本には『一杯のかけそば』と書いてあった。
「さー、分からないけど。今はレティがいるんだし、せっかくだから読んでもらおうかなー、って思ったんだけど……ダメ?」
そう言うとチルノはレティを上目遣いで見る。
「ふふ、別にダメって事はないわ。ただ、いきなりチルノが『本を読んで!』なんて言うものだから、ちょっとびっくりしただけよ」
「むー、あたいが本を読んで欲しいって言うのはそんなに可笑しい?」
「そうね、日頃の言動とかを思い返すと、チルノが知的な活動をしようとしてるってだけで驚いちゃうかな」
「うー、酷いよレティー」
まだ感性の幼い氷の妖精をおちょくるレティに、冬の妖怪にからかわれて頬を膨らませるチルノ、今日も雪山は平和である。
「……でも、なんだってこの本を読んで欲しいの?」
いまいちチルノの行動が不可解なので、レティは改めて尋ねた。
さらに言えばチルノは、文字が読めないわけではない、あえてレティに読んでもらう理由は存在しなかった。
それなのにレティの本の読み聞かせを要求するのは、レティと一緒に居られる間は甘えていたいという気持ちがあるのかもしれない。
「いや、なんか面白そうじゃん。それにあたいは『かけそば』って食べたことないし」
「まあ、かけそばを食べたことのある妖精というのも、随分とユニークだと思うけどね」
本来、妖精は食事を取る必要が無い。
それでも、果物やお菓子やお茶などは嗜好品として嗜むが、流石にかけそばを好む趣味の渋い妖精はそうはいないだろう。
「まあ、いいわ。じゃ、読んでみましょうか?」
「わーい」
こうしてレティは、チルノの持ってきた『一杯のかけそば』の読み聞かせを始めた。
一杯のかけそば
それは、大晦日のある晩のことです。
「あー、寒いなぁーコンチクショウ!」
幻想郷の外れにある蕎麦屋『霧雨亭』は正直、あまり賑わっていません。
大晦日は蕎麦屋のせっかくのかき入れ時、それなのにまるで人がいないのには理由がありました。
基本的に、商売に対して熱心な態度では無い店主の魔理沙は、このふた月ほど店を閉めていたのです。
それで、大晦日だから客が来ると考えて慌てて店を開くのですから、少し人を舐めてます。
「くそー、こんなことなら店を畳んだ方がマシだな……」
そんな事をぼやきながら、のれんを畳もうと店の外に出ようとすると、突然、店の戸が開きました。
「おお、客だ!」
突然の来客に魔理沙は思わず『へい、らっしゃい!』の挨拶も忘れて声を上げました。
「え、ええと。い、いいかな……」
現れたのは、ルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹でした。
その長女であるルナサは、魔理沙におずおずと声をかけます。
「勿論だぜ! さあさあ、さっさと椅子に座って注文をしてくれ!」
そう言うと魔理沙は、入口に近い席のテーブルをバシバシ叩きます。
そこにはお客に対する敬意はまるで無いようです。そんなだから客が寄り付かないのだと、つい突っ込みを入れたくなります。
「いえ、その、本当に恥ずかしい話なんだけど……かけそばを、その一杯だけ頼めるかな」
恥ずかしそうに魔理沙に注文するルナサ、その背後ではメルランとリリカが不安そうに魔理沙を見ていました。突然のプリズムリバー三姉妹の提案に『霧雨亭』の店主、魔理沙は思わず目を白黒させます。
しかし、よくよく見てみれば三姉妹の服はどこかしらがほつれていたり、つぎはぎになっていたりと、みすぼらしい身なりです。
そこですべてを理解した魔理沙は、
「分かった。少し時間がかかるけど待ってろよ……んじゃ、かけ一丁!」
そう言って、魔理沙は笑いながら厨房でと向かいました。そんな魔理沙の後ろでは、プリズムリバー三姉妹が安堵のため息を付きます。
何の具もないシンプルな蕎麦である、かけそば。
それを茹でる時、魔理沙はこっそりと半玉加えて茹でました。
増量された1.5人前のかけそば、別に同情したわけじゃないぜ、と心の中で自分に言い訳をしながら、魔理沙は三姉妹にかけそばを出します。
一杯のかけそば、そんなかけそばに零れるような笑顔を浮かべるメルランとリリカ、末っ子のリリカにメルランがかけそばを食べさせ、そんな妹たちの様子をルナサは嬉しそうに眺めていました。
「……どう? リリカ、おいしい?」
メルランの問いかけにリリカは、
「うん、すっごくおいしくて、温かくて……姉さんたちも食べようよ!」
と促します。
そう言われて、ルナサとメルランは顔を見合せて三人でかけそばを仲良く分けあいながら食べ始めました。
ただの、一杯のかけそば。
それが人の心を満たしている様子に魔理沙は見とれています。
なぜなら、この光景が見たくて、人の喜ぶ顔が見たくて魔理沙は蕎麦屋を始めたのですから、荒んだ生活の中で忘れていた原点を思い出しているのでしょう。
そうして、かけそばの代金150円を払うとプリズムリバー三姉妹は、
「ごちそうさまー!」
「美味しかったです!」
「本当にすまない……お蕎麦、おいしかった」
と、魔理沙に口ぐちにお礼を言います。
「ありがとうございあした! よいお年を!」
だから、魔理沙も三姉妹に礼を言って、店の外まで送り出しました。
……店を畳むのは、もう少し先にするか。
そんな事を思いながら、魔理沙は店に戻りました。
それから毎年、大晦日になるとプリズムリバー三姉妹は『霧雨亭』へとやってきました。
その度に頼まれるかけそばと、その度に繰り返される三姉妹と魔理沙のほんのわずかな交流、少しずつ良くなっているような三姉妹の生活、魔理沙は大晦日が来るのが楽しみになっていました。
ついでに心を入れ替えた魔理沙の営業努力のおかげで『霧雨亭』の客足もだいぶ良くなったのですが、その過程は冗長になりそうなので省略します。
「おいっ! 省略すんな!」
そんな魔理沙の抗議は無視して話を続けましょう。
しかし、ある年を境ににプリズムリバー三姉妹が来ることありませんでした。
次の年も、その次の年も三姉妹はきません。
そんなある年の大晦日、魔理沙がいつものように、三姉妹が毎年座っていた席に『予約席』と書かれたプレートを置いて待っていると、外が何やら騒がしくなってきました。
「ん? 一体何なんだ」
不審に思った魔理沙が店の戸を開けた時、凄まじい閃光が襲いました。
「うわっ! 何なんだ!」
「突然ですが、リポーターの射命丸です! こちらが『プリズムリバー三姉妹』の思い出の店である『霧雨亭』ですね!」
突然の閃光はカメラのフラッシュでした。そのフラッシュの中からいきなり現れた射命丸は、魔理沙の頬に黒光りするマイクを突き付けます。
「な、なんなんだお前は!」
びっくりした魔理沙ですが、リポーターの射命丸はお構いなしです。
「それではご店主らしきあなた! 何かひとことお願いします!」
周りを見回せば、相当な量の報道陣(主に芸能リポーター)が、魔理沙にカメラやマイクを向けています。
「い、いったいどうなっているんだ!?」
狼狽する魔理沙、興奮するリポーターやカメラマン、そんなカオスの現場に黒くてでかいリムジンが颯爽と現れました。
「一体、何をしてるんだ! あなた方は!」
そのリムジンから姿を現したのはプリズムリバー三姉妹の長女、ルナサです。
「まったく、いったい何事です」
「ほんと、ひどいよー」
その後ろにはメルランやリリカも続いていました。
「あ、プリズムリバーです! 虹川です! 情報通り虹川が現れました!」
魔理沙に群がっていた報道陣が、今度は現れたプリズムリバーに集中します。
しかし、三姉妹は慣れた様子で報道陣の中を突き抜けると、呆然としていた魔理沙の腕を掴み『霧雨亭』へと転がり込みました。
「ご迷惑をおかけして申し訳ない」
ルナサが深々と頭を下げました。
見れば、他の二人も魔理沙に謝っています。
「い、いや、別に大丈夫だぜ。しかし、いったい何事なんだ?」
店の椅子にもたれかかり、魔理沙が三姉妹に聞きました。
「すまない、ついラジオで、軽率にもこの店のことを喋ってしまって……ええと、そのテレビとかで私たちのこと、見ないか?」
「うーむ、残念だがテレビは野球中継ぐらいしか見ないぜ」
「そうなんですか、それは残念……結構有名になったと思ったんですけどまだまだね」
残念そうにメルランは呟きました。
「まあ、そんな事は置いておいて、私たちは今年こそかけそばを食べに来たんだよ!」
そう言って三人は説明を始めます。
大手レコード会社と契約し、現在ではアーティストとして大成功を収めたこと。
そのおかげでずっと忙しく、また、毎年大晦日の大型歌番組もあって店に行けなかったこと。
そして、今年は番組を辞退して、大晦日にこの思い出の店に行く事を計画していたことと、その計画をラジオでつい口を滑らせて、芸能リポーターを呼び寄せてしまった事などを三姉妹は魔理沙に説明しました。
「そっか、良かったなお前ら……っとと、ところでせっかく店に来たんだ何を食う? 変な騒動があったおかげでそろそろ年が明けちまうぜ」
そんな魔理沙の言葉に三姉妹は顔を見合せて、
「それは勿論、かけ三つ!」
と、注文します。
それに魔理沙は、
「あいよ! かけ三丁!」
と、元気よく注文を繰り返しました。
こうして有名芸能人御用達の店となった霧雨亭は、毎日たくさんのお客で賑わってウハウハになりました。
左団扇となった店主の魔理沙はチェーン店を展開し、ここで経営者の才覚を示して、大手外食グループを立ち上げ、ついには外食産業を牛耳るまでに成長します。
そんな外食産業の独裁者『キリサメ・グループ』の総帥となった魔理沙に『包丁の二刀流を使う正義の料理人』妖夢が立ち向かうわけですが、それは別の話です。
めでたしめでたし。
「はい、おしまい……どうだった?」
読み聞かせが終わり、本を閉じたレティはチルノに感想を尋ねた。
なぜか、登場人物が知り合いになっているが、その辺の事をレティはあえて気にしないことにした。
ついでに終わり方が実にアレなのももちろん無視だ。
幻想郷ではよくあることだ、たぶん。
一方、チルノは話の途中から、あぐらをかき、目を閉じて『うーん』と唸っている。
少し、チルノには難しかっただろうか? そんな事を考えながらレティはチルノを見守っていると、深く思案する氷の妖精は突然、
「かけそば食べたくなった!」
と、言って立ち上がった。
その決意に満ちた顔を見て、レティはぷっ、と吹き出し、
「それじゃ、ちょっと里に下りてお蕎麦屋に食べに行こうか?」
と尋ねた。
「わーい、かけそばかけそばー」
花より団子、色気より食い気、まことにこの氷の妖精は健康的な思考をしているようだった。
そんな訳で、チルノとレティは人間の里へと向かったのであった。
冬の里は意外と人や妖怪でにぎわっていた。
混雑してかなり歩きにくい……と言いたいところであるが、この寒い中、氷の妖精と冬の妖怪に近寄りたいと思うものは少ない訳で、二人は周囲の混雑とは対照的に、余裕をもって人間の里の大通りを進んでいた。
「おっ、レティー! あそこに蕎麦屋があるよー!」
チルノがぴょんよん飛び跳ねる。
「はいはい、それじゃチルノ手を出して」
そう言ってレティは懐から財布を取り出し、
「……だいたい、これぐらいあれば十分足りると思うわ。あと、おつりはお小遣いにして良いからね」
と、二銭銅貨を三枚、チルノに渡し『それじゃ、私はそこの市場でも見ているから』と市場の方を向いた。
暑さを冷気で強引にねじ伏せるチルノと違い、自然に従うレティは暑さに弱い。だから、冬の店内という暖房の効いた場所に入りたがらないのだ。
そんなレティをチルノは渡された三枚の二銭銅貨をジーッと見ながら不満そうな顔をしている。
「……三人で一杯のかけそばが食べたい」
「え?」
「あの話みたいに三人で一杯のかけそばが食べたいよ……」
二銭銅貨を三枚握りしめながら、チルノはうつむきながら呟く。
その姿を見た瞬間、レティのハートはきゅんきゅんと凄まじい音を立てた。
「ごめんね! チルノ! 一人で蕎麦屋に入れなんて、血も涙もないことを言って!」
凄まじい勢いでレティはチルノを抱きしめる。
「ううん、あたいもわがままばかりでごめんね! でも、冬しか会えないレティとたくさん思い出作りたいんだ!」
抱きしめられたチルノも負けじとレティを抱きしめた。
混じり合う冷気と寒気、二人の凍気は高まり合い、人間の里はその冬一番の寒さを記録した。
はた迷惑にもほどがある。
「しかし、どうしようか……私とチルノ、合わせて二人。あの本のシチュエーションを再現するには一人足りないわ」
そう言ってレティは周りを見回すと、突然の寒気を発生させた、このはた迷惑な二人組を遠巻きに眺めていた群衆は一斉に目をそらした。
正解だ。目が合えばレティは、『一杯のかけそば』のシュチエーシュンを再現すべるため、その不幸な人物を引きずってでもチルノと蕎麦屋に入るだろう。
そうしてレティが生贄を探していると、
「何やってんだ、お前らは」
と、突然背後から声をかけられた。
野次馬の中から現れたのは、完全に冬支度を整え、小ぶりの熊手を肩に担いでいる『普通の魔法使い』霧雨魔理沙だった。
「あっ、蕎麦屋のおやじだ」
「だれが蕎麦屋だ」
チルノは『一杯のかけそば』の話を引きずっているようだった。
しかし、そんなチルノとは異なりレティは、
「ま、それは置いておいて。久しぶりね魔理沙」
と、不自然なほど友好的な笑顔で魔理沙に挨拶した。
「おう、久しぶりだな。しかし、冬は山から下りてくるなよ、お前らの近くは寒くてかなわないからな」
そんな憎まれ口を叩きながらも、魔理沙は二人の発する寒さに怯むことなくレティとチルノに近づいて行く。
「まったく、酷い良いようね……ところで貴方は熊手を買いに里へ出て来たの?」
「ああ、食いもんに関しては大晦日から正月にかけて神社にこもるつもりだから要らないしな。年の瀬に買うもんなんてこれぐらいだ」
そう言って魔理沙は熊手で肩をトントンと叩く。
商売繁盛のための熊手、しかし、そんなものを買う前にもう少しまともに商売することを考えた方が良い気はする。
そんな魔理沙の熊手をチルノは『おおー、カッコイイかも』と、物珍しそうに見ていた。
「ふーん、気楽ねぇ」
「ははっ、妖怪や妖精に言われるとは思わなかったな。で、お前らは何で里に来たんだ?」
「かけそばを食べに」
「はぁ? 年越し蕎麦にはまだ早いぜ?」
物珍しそうに熊手から大黒様を引っ張り出そうとするチルノを牽制しながら、魔理沙はレティに尋ねた。
「実はね……」
と、レティは魔理沙に事のあらましを伝える。
「へぇ、そりゃちょっと面白そうだな」
と、ノリが良い魔理沙はあっさりとレティの提案を飲んだ。
また、『一杯のかけそば』に自分が出ている事を魔理沙は全く気にしていない。なぜなら、幻想郷ではよくある事だからだ、きっと。
「ま、ちょっと小腹も空いてきたから、ちょうどいいぜ」
そんな事を言っている魔理沙を先頭に一行は立って蕎麦屋に向かう。
目的は、三人で一杯のかけそばを食う事。
どうにも、はた迷惑な一行であった。
大晦日がかき入れ時とはいえ、幻想郷の冬の蕎麦屋は基本的に繁盛している。
やはり、温かい蕎麦と言うものは寒さに震える人の心を癒すからだ。
湯気の立つ蕎麦にデン! と乗った天麩羅が眩しい天ぷらそば。
サクサクの天かすがドバッ! と入ってるたぬきそば。
狐の妖怪に大人気! 油揚げが素敵なきつねそば。
他にも、山菜がたくさん取れる幻想郷ではスタンダードな、山菜一杯の山菜蕎麦や、昼でもお月見気分が味わえる生玉子を落とした月見そば、鴨が美味しい鴨南蛮や蕎麦屋のカレーの香りが堪らないカレー南蛮、蒲鉾やほうれん草の乗ったおかめ蕎麦などなど。
もちろん、なぜか癖になる『蕎麦屋のカレー』も、人気のラインナップの一つだ。
あるいは冬だからこそ、ざるそばを食べる通人も多い。
特に、蕎麦を食べた後の白くドロリとしたアツイ蕎麦湯は、冷えた身体を余裕で温める上に実に旨い。
そう、蕎麦屋の本番は冬にこそあり!
そうして賑わっている蕎麦屋の戸がガラっと音を立てて開いた。
蕎麦屋の看板娘は、お客に挨拶をしようと、
「いらっしゃいませー」
と言った瞬間に凍りついた。
比喩ではなく、その客たちが入った瞬間に室温が確実に2度は下がったのである。
現れたのは熊手を担いだ魔女と、雪女に氷の妖精というどうにもよく分からない三人組だった。
「あー、あつぅ。やはり店の中は暑いわね」
寒気をまき散らしながら雪女は呟いた。
「まあ、それぐらいは我慢しろよ」
熊手の魔女が寒そうにしながらぼやく。
「だったら、あたいがレティと一緒の椅子に座るよ。そうすればあたいは冷たいからレティも涼しいでしょ?」
雪女と同等の冷気を振りまく氷の妖精が言う。
「チルノ!」
「レティ!」
氷の妖精と雪女は抱き合い、それで蕎麦屋の室温がさらに2度下がった。
何人かの客が厄介な客が来たと席を立ち、そそくさと勘定をすませて店を出る。
「いや、良いからさっさと座ろうぜ……そこのねーちゃん、席に案内してくれないか?」
「は、はい。椅子とお座敷がありますがどちらになさいますか?」
熊手の魔女に声をかけられた看板娘だが、彼女も伊達に幻想郷で接客業をしていない。
三日に一度、きつねうどんを食べにくる九尾の狐や、店に入るなり頭から齧りつこうとする闇の妖怪を相手に生き残って来たのだ。
覚悟をきめ、看板娘は三人組を案内する。
『本と同じように椅子が良い』と意味の分からない主張する氷の妖精の意見によって、三人組は店の端、トイレのすぐそばの席となった。
また、ここなら三人組の凍気の影響も少なかろうという、看板娘なりの配慮もある。そうして、冬の妖怪の膝の上には氷の妖精が座り、その向かいには熊手の魔法使いが座った。
「それでは、ごちゅ……」
「かけそば一杯!」
看板娘の注文聞きを遮って、氷の妖精はかけそばを注文した。
「……ええと、かけそばを一点ですか?」
「うん」
「ほ、他にご注文は?」
「ないよ、かけそば一杯だけ頂戴」
「ほ、他の皆様がたは?」
「それだけでいいわ」
「だぜ」
「……わ、分かりました。かけ一丁!」
看板娘は厨房に向かって注文を繰り返した。
出てきた一杯のかけそば。
「なんかふつーだね」
「そりゃ、かけそばだからな」
「具が無いのね」
「ええと、かけは具の無い蕎麦なんですよ。茹でた蕎麦につゆをかけただけだから、かけそばなんで……」
かけそばを注文されたので出したら、『具が無いとクレームを言われる』という、よく分からない状況に陥った看板娘は必死に説明する。
冬の忘れものと氷の妖精、いったいどのようなイメージをかけそばに抱いていたのだろうか。
「まー。んじゃ、三人で分けて食べよーか」
そう、氷の妖精が音頭を取ると、三人はかけそばに群がった。
「あちい!」
「ほんと……これは熱くて食べられないわ」
「そりゃ、かけが熱くなけりゃ困るだろうが」
そんなこと言いながら魔理沙は一人でかけそばを啜る。
「ううー……冷やそっ」
チルノは、ポンッ、と氷を生み出してそれをアツアツのかけそばの中に放り込んだ。
「わ、バカ! お前、なに氷を入れてるんだ!」
「ナイスチルノ! これで食べられるわね」
「何言ってんだ、冷えたかけそばなんて食えるわけないだろうが!」
どうにも騒がしくなってきた。
他のお客は騒がしいのか、またしても席を立って帰りはじめる客が目立つ。そんな店内の様子に看板娘は微妙に涙目になっている。
それは明らかな営業妨害であると笑顔で断言できるほどの迷惑度だった、たぶん訴えれば余裕で勝てるだろう。
こうして蕎麦屋に多くの犠牲を強いつつ、一行はチルノの希望通りに『三人で一杯のかけそばを食べる』という目標を達成したのであった。
「なんか物足りないね」
氷の妖精は呟いた。
「そうね、ほんの二口ぐらいだったかしら、私が食べたのは」
冬の妖怪も、物足りなそうに言った、その二口がどれぐらいかは語るまい。
「つっても、お前らが大半食ってたじゃないか。私は最初の一口しか食べられなかったぜ」
熊手の魔法使いは、呆れたように言った。
三人は周りを見る。
客は少なくなったが、まだまだ多くの客が蕎麦屋のおいしい蕎麦に舌鼓を打っている。そしてカレーやら、おかめ蕎麦やら、鴨南蛮やら、蕎麦湯の香りなどが三人の席に漂ってくるのだ。
その匂いを嗅いだ三人は、顔を見合わせると、
「鴨南蛮を追加ー」
「冷やしたぬきとアイスクリームお願いー」
「えっとね、天麩羅御膳っていうのとー、あとフルーツ蜜豆ちょうだい!」
示し合わせたように追加注文をしたのであった。
「たまには蕎麦屋もいくのもいいね!」
チルノが元気いっぱいと言った調子で、レティと魔理沙を振り返る。
「そうね。蕎麦屋のアイスというもの悪くはなかったわ」
「ま、鴨が旨い蕎麦屋に悪い蕎麦屋は無い。ちょくちょく通うのは悪くないかもな」
そんな話をしながら帰路に着く三人、その会話の中に『かけそば』という単語が出ることはなかった。
一番にかけそばを主張していたチルノなど、かけそばを食べたことすら忘れているのかも知れない。
花より団子は真理である。
しかし、その団子は、ただの白団子よりもみたらし団子や醤油を塗った焼き団子、はたまた餡を乗せた餡団子に見た目も綺麗な三色団子や掟破りの肉団子などの方が、美味しいのは歴然たる事実なのである。
そうして意気揚揚と帰路に着く三人を見送りながら、看板娘は『最初からちゃんと頼めよ』と万感の思いを込めて、塩を豪快に撒いたのだった。
―‐しかし、看板娘は知らない
「ねえねえ、咲夜……こんな本を見つけたんだけど」
――あの本が、最後の『一杯のかけそば』ではない事を。
「ねえ、妖夢。今度、里に蕎麦を食べにいかない?」
――これから始まる恐怖を。
「でさー、えーりん。今度の大晦日にね?」
――本当のXデーがまだ到来していない事を。
「神社総出でかけそばを食べに行こうか!」
――本当の地獄がこれから始まる。
・・・To be continued.
「レティー、レティー! これ読んで―!」
「ん? どうしたの」
チルノがレティに一冊の古びた本を差し出した。
「博麗神社の裏山で拾ったんだ」
「ふーん、神社の裏山で……って事は、外の世界の本なのかしら?」
多少、水食いをしてふやけているその本には『一杯のかけそば』と書いてあった。
「さー、分からないけど。今はレティがいるんだし、せっかくだから読んでもらおうかなー、って思ったんだけど……ダメ?」
そう言うとチルノはレティを上目遣いで見る。
「ふふ、別にダメって事はないわ。ただ、いきなりチルノが『本を読んで!』なんて言うものだから、ちょっとびっくりしただけよ」
「むー、あたいが本を読んで欲しいって言うのはそんなに可笑しい?」
「そうね、日頃の言動とかを思い返すと、チルノが知的な活動をしようとしてるってだけで驚いちゃうかな」
「うー、酷いよレティー」
まだ感性の幼い氷の妖精をおちょくるレティに、冬の妖怪にからかわれて頬を膨らませるチルノ、今日も雪山は平和である。
「……でも、なんだってこの本を読んで欲しいの?」
いまいちチルノの行動が不可解なので、レティは改めて尋ねた。
さらに言えばチルノは、文字が読めないわけではない、あえてレティに読んでもらう理由は存在しなかった。
それなのにレティの本の読み聞かせを要求するのは、レティと一緒に居られる間は甘えていたいという気持ちがあるのかもしれない。
「いや、なんか面白そうじゃん。それにあたいは『かけそば』って食べたことないし」
「まあ、かけそばを食べたことのある妖精というのも、随分とユニークだと思うけどね」
本来、妖精は食事を取る必要が無い。
それでも、果物やお菓子やお茶などは嗜好品として嗜むが、流石にかけそばを好む趣味の渋い妖精はそうはいないだろう。
「まあ、いいわ。じゃ、読んでみましょうか?」
「わーい」
こうしてレティは、チルノの持ってきた『一杯のかけそば』の読み聞かせを始めた。
一杯のかけそば
それは、大晦日のある晩のことです。
「あー、寒いなぁーコンチクショウ!」
幻想郷の外れにある蕎麦屋『霧雨亭』は正直、あまり賑わっていません。
大晦日は蕎麦屋のせっかくのかき入れ時、それなのにまるで人がいないのには理由がありました。
基本的に、商売に対して熱心な態度では無い店主の魔理沙は、このふた月ほど店を閉めていたのです。
それで、大晦日だから客が来ると考えて慌てて店を開くのですから、少し人を舐めてます。
「くそー、こんなことなら店を畳んだ方がマシだな……」
そんな事をぼやきながら、のれんを畳もうと店の外に出ようとすると、突然、店の戸が開きました。
「おお、客だ!」
突然の来客に魔理沙は思わず『へい、らっしゃい!』の挨拶も忘れて声を上げました。
「え、ええと。い、いいかな……」
現れたのは、ルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹でした。
その長女であるルナサは、魔理沙におずおずと声をかけます。
「勿論だぜ! さあさあ、さっさと椅子に座って注文をしてくれ!」
そう言うと魔理沙は、入口に近い席のテーブルをバシバシ叩きます。
そこにはお客に対する敬意はまるで無いようです。そんなだから客が寄り付かないのだと、つい突っ込みを入れたくなります。
「いえ、その、本当に恥ずかしい話なんだけど……かけそばを、その一杯だけ頼めるかな」
恥ずかしそうに魔理沙に注文するルナサ、その背後ではメルランとリリカが不安そうに魔理沙を見ていました。突然のプリズムリバー三姉妹の提案に『霧雨亭』の店主、魔理沙は思わず目を白黒させます。
しかし、よくよく見てみれば三姉妹の服はどこかしらがほつれていたり、つぎはぎになっていたりと、みすぼらしい身なりです。
そこですべてを理解した魔理沙は、
「分かった。少し時間がかかるけど待ってろよ……んじゃ、かけ一丁!」
そう言って、魔理沙は笑いながら厨房でと向かいました。そんな魔理沙の後ろでは、プリズムリバー三姉妹が安堵のため息を付きます。
何の具もないシンプルな蕎麦である、かけそば。
それを茹でる時、魔理沙はこっそりと半玉加えて茹でました。
増量された1.5人前のかけそば、別に同情したわけじゃないぜ、と心の中で自分に言い訳をしながら、魔理沙は三姉妹にかけそばを出します。
一杯のかけそば、そんなかけそばに零れるような笑顔を浮かべるメルランとリリカ、末っ子のリリカにメルランがかけそばを食べさせ、そんな妹たちの様子をルナサは嬉しそうに眺めていました。
「……どう? リリカ、おいしい?」
メルランの問いかけにリリカは、
「うん、すっごくおいしくて、温かくて……姉さんたちも食べようよ!」
と促します。
そう言われて、ルナサとメルランは顔を見合せて三人でかけそばを仲良く分けあいながら食べ始めました。
ただの、一杯のかけそば。
それが人の心を満たしている様子に魔理沙は見とれています。
なぜなら、この光景が見たくて、人の喜ぶ顔が見たくて魔理沙は蕎麦屋を始めたのですから、荒んだ生活の中で忘れていた原点を思い出しているのでしょう。
そうして、かけそばの代金150円を払うとプリズムリバー三姉妹は、
「ごちそうさまー!」
「美味しかったです!」
「本当にすまない……お蕎麦、おいしかった」
と、魔理沙に口ぐちにお礼を言います。
「ありがとうございあした! よいお年を!」
だから、魔理沙も三姉妹に礼を言って、店の外まで送り出しました。
……店を畳むのは、もう少し先にするか。
そんな事を思いながら、魔理沙は店に戻りました。
それから毎年、大晦日になるとプリズムリバー三姉妹は『霧雨亭』へとやってきました。
その度に頼まれるかけそばと、その度に繰り返される三姉妹と魔理沙のほんのわずかな交流、少しずつ良くなっているような三姉妹の生活、魔理沙は大晦日が来るのが楽しみになっていました。
ついでに心を入れ替えた魔理沙の営業努力のおかげで『霧雨亭』の客足もだいぶ良くなったのですが、その過程は冗長になりそうなので省略します。
「おいっ! 省略すんな!」
そんな魔理沙の抗議は無視して話を続けましょう。
しかし、ある年を境ににプリズムリバー三姉妹が来ることありませんでした。
次の年も、その次の年も三姉妹はきません。
そんなある年の大晦日、魔理沙がいつものように、三姉妹が毎年座っていた席に『予約席』と書かれたプレートを置いて待っていると、外が何やら騒がしくなってきました。
「ん? 一体何なんだ」
不審に思った魔理沙が店の戸を開けた時、凄まじい閃光が襲いました。
「うわっ! 何なんだ!」
「突然ですが、リポーターの射命丸です! こちらが『プリズムリバー三姉妹』の思い出の店である『霧雨亭』ですね!」
突然の閃光はカメラのフラッシュでした。そのフラッシュの中からいきなり現れた射命丸は、魔理沙の頬に黒光りするマイクを突き付けます。
「な、なんなんだお前は!」
びっくりした魔理沙ですが、リポーターの射命丸はお構いなしです。
「それではご店主らしきあなた! 何かひとことお願いします!」
周りを見回せば、相当な量の報道陣(主に芸能リポーター)が、魔理沙にカメラやマイクを向けています。
「い、いったいどうなっているんだ!?」
狼狽する魔理沙、興奮するリポーターやカメラマン、そんなカオスの現場に黒くてでかいリムジンが颯爽と現れました。
「一体、何をしてるんだ! あなた方は!」
そのリムジンから姿を現したのはプリズムリバー三姉妹の長女、ルナサです。
「まったく、いったい何事です」
「ほんと、ひどいよー」
その後ろにはメルランやリリカも続いていました。
「あ、プリズムリバーです! 虹川です! 情報通り虹川が現れました!」
魔理沙に群がっていた報道陣が、今度は現れたプリズムリバーに集中します。
しかし、三姉妹は慣れた様子で報道陣の中を突き抜けると、呆然としていた魔理沙の腕を掴み『霧雨亭』へと転がり込みました。
「ご迷惑をおかけして申し訳ない」
ルナサが深々と頭を下げました。
見れば、他の二人も魔理沙に謝っています。
「い、いや、別に大丈夫だぜ。しかし、いったい何事なんだ?」
店の椅子にもたれかかり、魔理沙が三姉妹に聞きました。
「すまない、ついラジオで、軽率にもこの店のことを喋ってしまって……ええと、そのテレビとかで私たちのこと、見ないか?」
「うーむ、残念だがテレビは野球中継ぐらいしか見ないぜ」
「そうなんですか、それは残念……結構有名になったと思ったんですけどまだまだね」
残念そうにメルランは呟きました。
「まあ、そんな事は置いておいて、私たちは今年こそかけそばを食べに来たんだよ!」
そう言って三人は説明を始めます。
大手レコード会社と契約し、現在ではアーティストとして大成功を収めたこと。
そのおかげでずっと忙しく、また、毎年大晦日の大型歌番組もあって店に行けなかったこと。
そして、今年は番組を辞退して、大晦日にこの思い出の店に行く事を計画していたことと、その計画をラジオでつい口を滑らせて、芸能リポーターを呼び寄せてしまった事などを三姉妹は魔理沙に説明しました。
「そっか、良かったなお前ら……っとと、ところでせっかく店に来たんだ何を食う? 変な騒動があったおかげでそろそろ年が明けちまうぜ」
そんな魔理沙の言葉に三姉妹は顔を見合せて、
「それは勿論、かけ三つ!」
と、注文します。
それに魔理沙は、
「あいよ! かけ三丁!」
と、元気よく注文を繰り返しました。
こうして有名芸能人御用達の店となった霧雨亭は、毎日たくさんのお客で賑わってウハウハになりました。
左団扇となった店主の魔理沙はチェーン店を展開し、ここで経営者の才覚を示して、大手外食グループを立ち上げ、ついには外食産業を牛耳るまでに成長します。
そんな外食産業の独裁者『キリサメ・グループ』の総帥となった魔理沙に『包丁の二刀流を使う正義の料理人』妖夢が立ち向かうわけですが、それは別の話です。
めでたしめでたし。
「はい、おしまい……どうだった?」
読み聞かせが終わり、本を閉じたレティはチルノに感想を尋ねた。
なぜか、登場人物が知り合いになっているが、その辺の事をレティはあえて気にしないことにした。
ついでに終わり方が実にアレなのももちろん無視だ。
幻想郷ではよくあることだ、たぶん。
一方、チルノは話の途中から、あぐらをかき、目を閉じて『うーん』と唸っている。
少し、チルノには難しかっただろうか? そんな事を考えながらレティはチルノを見守っていると、深く思案する氷の妖精は突然、
「かけそば食べたくなった!」
と、言って立ち上がった。
その決意に満ちた顔を見て、レティはぷっ、と吹き出し、
「それじゃ、ちょっと里に下りてお蕎麦屋に食べに行こうか?」
と尋ねた。
「わーい、かけそばかけそばー」
花より団子、色気より食い気、まことにこの氷の妖精は健康的な思考をしているようだった。
そんな訳で、チルノとレティは人間の里へと向かったのであった。
冬の里は意外と人や妖怪でにぎわっていた。
混雑してかなり歩きにくい……と言いたいところであるが、この寒い中、氷の妖精と冬の妖怪に近寄りたいと思うものは少ない訳で、二人は周囲の混雑とは対照的に、余裕をもって人間の里の大通りを進んでいた。
「おっ、レティー! あそこに蕎麦屋があるよー!」
チルノがぴょんよん飛び跳ねる。
「はいはい、それじゃチルノ手を出して」
そう言ってレティは懐から財布を取り出し、
「……だいたい、これぐらいあれば十分足りると思うわ。あと、おつりはお小遣いにして良いからね」
と、二銭銅貨を三枚、チルノに渡し『それじゃ、私はそこの市場でも見ているから』と市場の方を向いた。
暑さを冷気で強引にねじ伏せるチルノと違い、自然に従うレティは暑さに弱い。だから、冬の店内という暖房の効いた場所に入りたがらないのだ。
そんなレティをチルノは渡された三枚の二銭銅貨をジーッと見ながら不満そうな顔をしている。
「……三人で一杯のかけそばが食べたい」
「え?」
「あの話みたいに三人で一杯のかけそばが食べたいよ……」
二銭銅貨を三枚握りしめながら、チルノはうつむきながら呟く。
その姿を見た瞬間、レティのハートはきゅんきゅんと凄まじい音を立てた。
「ごめんね! チルノ! 一人で蕎麦屋に入れなんて、血も涙もないことを言って!」
凄まじい勢いでレティはチルノを抱きしめる。
「ううん、あたいもわがままばかりでごめんね! でも、冬しか会えないレティとたくさん思い出作りたいんだ!」
抱きしめられたチルノも負けじとレティを抱きしめた。
混じり合う冷気と寒気、二人の凍気は高まり合い、人間の里はその冬一番の寒さを記録した。
はた迷惑にもほどがある。
「しかし、どうしようか……私とチルノ、合わせて二人。あの本のシチュエーションを再現するには一人足りないわ」
そう言ってレティは周りを見回すと、突然の寒気を発生させた、このはた迷惑な二人組を遠巻きに眺めていた群衆は一斉に目をそらした。
正解だ。目が合えばレティは、『一杯のかけそば』のシュチエーシュンを再現すべるため、その不幸な人物を引きずってでもチルノと蕎麦屋に入るだろう。
そうしてレティが生贄を探していると、
「何やってんだ、お前らは」
と、突然背後から声をかけられた。
野次馬の中から現れたのは、完全に冬支度を整え、小ぶりの熊手を肩に担いでいる『普通の魔法使い』霧雨魔理沙だった。
「あっ、蕎麦屋のおやじだ」
「だれが蕎麦屋だ」
チルノは『一杯のかけそば』の話を引きずっているようだった。
しかし、そんなチルノとは異なりレティは、
「ま、それは置いておいて。久しぶりね魔理沙」
と、不自然なほど友好的な笑顔で魔理沙に挨拶した。
「おう、久しぶりだな。しかし、冬は山から下りてくるなよ、お前らの近くは寒くてかなわないからな」
そんな憎まれ口を叩きながらも、魔理沙は二人の発する寒さに怯むことなくレティとチルノに近づいて行く。
「まったく、酷い良いようね……ところで貴方は熊手を買いに里へ出て来たの?」
「ああ、食いもんに関しては大晦日から正月にかけて神社にこもるつもりだから要らないしな。年の瀬に買うもんなんてこれぐらいだ」
そう言って魔理沙は熊手で肩をトントンと叩く。
商売繁盛のための熊手、しかし、そんなものを買う前にもう少しまともに商売することを考えた方が良い気はする。
そんな魔理沙の熊手をチルノは『おおー、カッコイイかも』と、物珍しそうに見ていた。
「ふーん、気楽ねぇ」
「ははっ、妖怪や妖精に言われるとは思わなかったな。で、お前らは何で里に来たんだ?」
「かけそばを食べに」
「はぁ? 年越し蕎麦にはまだ早いぜ?」
物珍しそうに熊手から大黒様を引っ張り出そうとするチルノを牽制しながら、魔理沙はレティに尋ねた。
「実はね……」
と、レティは魔理沙に事のあらましを伝える。
「へぇ、そりゃちょっと面白そうだな」
と、ノリが良い魔理沙はあっさりとレティの提案を飲んだ。
また、『一杯のかけそば』に自分が出ている事を魔理沙は全く気にしていない。なぜなら、幻想郷ではよくある事だからだ、きっと。
「ま、ちょっと小腹も空いてきたから、ちょうどいいぜ」
そんな事を言っている魔理沙を先頭に一行は立って蕎麦屋に向かう。
目的は、三人で一杯のかけそばを食う事。
どうにも、はた迷惑な一行であった。
大晦日がかき入れ時とはいえ、幻想郷の冬の蕎麦屋は基本的に繁盛している。
やはり、温かい蕎麦と言うものは寒さに震える人の心を癒すからだ。
湯気の立つ蕎麦にデン! と乗った天麩羅が眩しい天ぷらそば。
サクサクの天かすがドバッ! と入ってるたぬきそば。
狐の妖怪に大人気! 油揚げが素敵なきつねそば。
他にも、山菜がたくさん取れる幻想郷ではスタンダードな、山菜一杯の山菜蕎麦や、昼でもお月見気分が味わえる生玉子を落とした月見そば、鴨が美味しい鴨南蛮や蕎麦屋のカレーの香りが堪らないカレー南蛮、蒲鉾やほうれん草の乗ったおかめ蕎麦などなど。
もちろん、なぜか癖になる『蕎麦屋のカレー』も、人気のラインナップの一つだ。
あるいは冬だからこそ、ざるそばを食べる通人も多い。
特に、蕎麦を食べた後の白くドロリとしたアツイ蕎麦湯は、冷えた身体を余裕で温める上に実に旨い。
そう、蕎麦屋の本番は冬にこそあり!
そうして賑わっている蕎麦屋の戸がガラっと音を立てて開いた。
蕎麦屋の看板娘は、お客に挨拶をしようと、
「いらっしゃいませー」
と言った瞬間に凍りついた。
比喩ではなく、その客たちが入った瞬間に室温が確実に2度は下がったのである。
現れたのは熊手を担いだ魔女と、雪女に氷の妖精というどうにもよく分からない三人組だった。
「あー、あつぅ。やはり店の中は暑いわね」
寒気をまき散らしながら雪女は呟いた。
「まあ、それぐらいは我慢しろよ」
熊手の魔女が寒そうにしながらぼやく。
「だったら、あたいがレティと一緒の椅子に座るよ。そうすればあたいは冷たいからレティも涼しいでしょ?」
雪女と同等の冷気を振りまく氷の妖精が言う。
「チルノ!」
「レティ!」
氷の妖精と雪女は抱き合い、それで蕎麦屋の室温がさらに2度下がった。
何人かの客が厄介な客が来たと席を立ち、そそくさと勘定をすませて店を出る。
「いや、良いからさっさと座ろうぜ……そこのねーちゃん、席に案内してくれないか?」
「は、はい。椅子とお座敷がありますがどちらになさいますか?」
熊手の魔女に声をかけられた看板娘だが、彼女も伊達に幻想郷で接客業をしていない。
三日に一度、きつねうどんを食べにくる九尾の狐や、店に入るなり頭から齧りつこうとする闇の妖怪を相手に生き残って来たのだ。
覚悟をきめ、看板娘は三人組を案内する。
『本と同じように椅子が良い』と意味の分からない主張する氷の妖精の意見によって、三人組は店の端、トイレのすぐそばの席となった。
また、ここなら三人組の凍気の影響も少なかろうという、看板娘なりの配慮もある。そうして、冬の妖怪の膝の上には氷の妖精が座り、その向かいには熊手の魔法使いが座った。
「それでは、ごちゅ……」
「かけそば一杯!」
看板娘の注文聞きを遮って、氷の妖精はかけそばを注文した。
「……ええと、かけそばを一点ですか?」
「うん」
「ほ、他にご注文は?」
「ないよ、かけそば一杯だけ頂戴」
「ほ、他の皆様がたは?」
「それだけでいいわ」
「だぜ」
「……わ、分かりました。かけ一丁!」
看板娘は厨房に向かって注文を繰り返した。
出てきた一杯のかけそば。
「なんかふつーだね」
「そりゃ、かけそばだからな」
「具が無いのね」
「ええと、かけは具の無い蕎麦なんですよ。茹でた蕎麦につゆをかけただけだから、かけそばなんで……」
かけそばを注文されたので出したら、『具が無いとクレームを言われる』という、よく分からない状況に陥った看板娘は必死に説明する。
冬の忘れものと氷の妖精、いったいどのようなイメージをかけそばに抱いていたのだろうか。
「まー。んじゃ、三人で分けて食べよーか」
そう、氷の妖精が音頭を取ると、三人はかけそばに群がった。
「あちい!」
「ほんと……これは熱くて食べられないわ」
「そりゃ、かけが熱くなけりゃ困るだろうが」
そんなこと言いながら魔理沙は一人でかけそばを啜る。
「ううー……冷やそっ」
チルノは、ポンッ、と氷を生み出してそれをアツアツのかけそばの中に放り込んだ。
「わ、バカ! お前、なに氷を入れてるんだ!」
「ナイスチルノ! これで食べられるわね」
「何言ってんだ、冷えたかけそばなんて食えるわけないだろうが!」
どうにも騒がしくなってきた。
他のお客は騒がしいのか、またしても席を立って帰りはじめる客が目立つ。そんな店内の様子に看板娘は微妙に涙目になっている。
それは明らかな営業妨害であると笑顔で断言できるほどの迷惑度だった、たぶん訴えれば余裕で勝てるだろう。
こうして蕎麦屋に多くの犠牲を強いつつ、一行はチルノの希望通りに『三人で一杯のかけそばを食べる』という目標を達成したのであった。
「なんか物足りないね」
氷の妖精は呟いた。
「そうね、ほんの二口ぐらいだったかしら、私が食べたのは」
冬の妖怪も、物足りなそうに言った、その二口がどれぐらいかは語るまい。
「つっても、お前らが大半食ってたじゃないか。私は最初の一口しか食べられなかったぜ」
熊手の魔法使いは、呆れたように言った。
三人は周りを見る。
客は少なくなったが、まだまだ多くの客が蕎麦屋のおいしい蕎麦に舌鼓を打っている。そしてカレーやら、おかめ蕎麦やら、鴨南蛮やら、蕎麦湯の香りなどが三人の席に漂ってくるのだ。
その匂いを嗅いだ三人は、顔を見合わせると、
「鴨南蛮を追加ー」
「冷やしたぬきとアイスクリームお願いー」
「えっとね、天麩羅御膳っていうのとー、あとフルーツ蜜豆ちょうだい!」
示し合わせたように追加注文をしたのであった。
「たまには蕎麦屋もいくのもいいね!」
チルノが元気いっぱいと言った調子で、レティと魔理沙を振り返る。
「そうね。蕎麦屋のアイスというもの悪くはなかったわ」
「ま、鴨が旨い蕎麦屋に悪い蕎麦屋は無い。ちょくちょく通うのは悪くないかもな」
そんな話をしながら帰路に着く三人、その会話の中に『かけそば』という単語が出ることはなかった。
一番にかけそばを主張していたチルノなど、かけそばを食べたことすら忘れているのかも知れない。
花より団子は真理である。
しかし、その団子は、ただの白団子よりもみたらし団子や醤油を塗った焼き団子、はたまた餡を乗せた餡団子に見た目も綺麗な三色団子や掟破りの肉団子などの方が、美味しいのは歴然たる事実なのである。
そうして意気揚揚と帰路に着く三人を見送りながら、看板娘は『最初からちゃんと頼めよ』と万感の思いを込めて、塩を豪快に撒いたのだった。
―‐しかし、看板娘は知らない
「ねえねえ、咲夜……こんな本を見つけたんだけど」
――あの本が、最後の『一杯のかけそば』ではない事を。
「ねえ、妖夢。今度、里に蕎麦を食べにいかない?」
――これから始まる恐怖を。
「でさー、えーりん。今度の大晦日にね?」
――本当のXデーがまだ到来していない事を。
「神社総出でかけそばを食べに行こうか!」
――本当の地獄がこれから始まる。
・・・To be continued.
しかし・・・蕎麦屋のこれからがどうなるのか。
一杯のかけそばを注文して、やっぱり物足りなくて追加する各メンバー・・・・。
あ~・・・なんとなく想像できる。(苦笑)
ともあれ、面白かったです。
熊手の魔法使いって異名がかっこよく見えた私は異常ですか?
山田「店を閉めなさい。それがあなたにできる(一般客に対しての)善行で・・・」
通りすがりの死神「はぁ・・・えーき様へのクリスマスプレゼントですっかりオケラ・・・年末は『かけそば』の一杯も買えないとはねぇ」
通りすがりの門番「なら割り勘にしません?こちらも減給続きでして」
通りすがりの月兎「あ、私も便乗していいですか?」
山田「前言撤回。全力をあげて店を運営しなさい!小町!経費で落とします!ええ!三人分!」
>リリカ「すごく……おいしいです」
な ぜ 思 い と ど ま っ た 。
しかし花より団子すぎるのがしっくりきてるのに吹いたw
だがこれからが本当の地獄だ……!
蕎麦屋の娘さん……生きろ!!
おみそれ致しました。
そして蕎麦屋逃げてー!
>「すみままない、ついラジオで~」
とありますが、正確には「すまない」と書きたかったのかな?
>芸能リポーターを呼び寄せてしまったこのなどを~
正確には「~呼び寄せてしまったことなどを」ですね。
以上、報告でした。
ちょっとばかり古いネタで文を始めさせていただきました。実際には本筋も楽しませていただきましたよ。
『かけそば』のほうの続き、まってます(マテ)
というわけで、行ってきます。
今すぐ逃げてーーーーーーwwwwwww
逃げるやつは看板娘だ!
逃げないやつはよく訓練された看板娘だ!
ほんと 蕎麦屋は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
黒幕は誰なんでしょ?案外、ルナサ辺りだったりして…楽しませていただきましたwww
日本の純文学に謝れぇぇぇwwwww
守矢組は普通の客だと思いたい・・・
読みてえwwwwwww
>そんな外食産業(ry
みてぇwwwwwww超読みてぇwww