「あんたクビ」
いきなりそんなこと言われても対応に困る。
A4。
つまり四人の代表的なアリスが定期的に集まって議論を交わす場で、『友達いないロンリーアリス』である私は、開口一番に告げられた。侮蔑の目線とともに。
私のヒエラルキーは元々最下層なのでそういった目線には慣れているのだが、さすがにこれは精神的にきた。
「ロリスはさぁ、あれじゃん?」
眉を寄せて、この中でも一番発言力の強い『マリアリ担当アリス』通称マリスが口を開いた。
私は彼女が苦手だ。ちなみにロリスは、ロンリーアリスの略のことである。
「ぶっちゃけ、アリスファンとしては見たくない姿じゃん」
「はぁ」
そんなこと言われても困る。どのキャラクターにだってそういった負の部分を担うキャラクターがいるじゃないか。
例えば蓬莱山輝夜。彼女たちは、メインキャラクターを『自宅警備し輝夜』が務めてる。
先日彼女と飲んだとき、「辛いけど、そう認知されてるなら仕方ないよね」って笑ってた。
本当は負の部分に光なんて当たって欲しくないけど、注目を集めるには仕方ないからって。
「まぁ、私はどうでもいいんだけどね」
こちらに目線も向けずに『クールでカッコイイアリス』が口を開いた。彼女は通称クリス。
マリスと人気を二分していて、私も彼女の立ち振る舞いには憧れていた。
「でも、マリスがね」
助け舟は出してくれなかった。
憧れている人が、全てを救ってくれるヒーローはなり得ないんだって、そんなのわかっていたって辛いものは辛い。
「べっ、別にあんたがいなくたって寂しくないんだから!」
嘘吐くな。
ニヤケ顔の彼女は『とりあえずツンデレにしとけ』の通称レイリス。名前は自分で申告していた。イはどっから混じったんだよちくしょう。
「これからの発展のためにも、ロリスがいたら私たちのためにもならないと思って・・・・・・。わ、私はその、全然ロリスのこといらないとか思ってないからっ!」
もうツンデレでもなんでもない。
最後に小さいつとエクスクラメーションマークをつければなんでもツンデレだと思ってるんでしょ。
「何か、言わないの?」
クリスは、俯いて黙りこくっている私に少しいらだっているみたいで、机を指でトントン叩きはじめた。
「べ、別に。私が疎まれてることぐらい、わかってたつもりだし……」
「あんたと喋ってると、歯切れが悪くてイライラする」
マリスだって、百合サと喋ってるときは歯切れが悪いくせに。
そういいかけて私は思いとどまった。
逆上されたら、何をされるかわかったものじゃない。
ちなみに百合サは、『男前でモテモテの魔理沙』のこと。幻想郷中の女の子の目線は独り占め。
そういえば先日、魔理沙サイドでも『他人の痛みを知らない魔理沙』が追放されたとかなんとか。
あの子に関しては擁護もし辛いけど、今は自分も同じ位置に立たされていると思うと親近感が沸いてきた。
もしかしたら、話してみたらいい子かもしれないし。
私はいつのまにか、A4から外された後のことばかり考えていた。
レイリスやマリスが何か言っていたみたいだけど、あまり、覚えてない。
ただ、安アパートに辿り着いてから、悔しくって涙が溢れてきた。
でも、涙が自然と乾くまでにはそう時間はかからなかった。本当、笑えるぐらいに。
卑屈さは性根まで叩き込まれていて、壊されたプライドは私を形作っているネジ一本程度にしか過ぎなかったのだ。
「あは、あはははは」
なんだか笑えてきてしまった。
一体私はいままで、何を思って辛い役割を演じてきたのだろうか。
ときには新人のお笑い芸人のような真似までさせられて、悔しさに泣きながら五寸釘を打ってみせたこともあった。
それが渾身の演技だと勘違いされて、便利だと仕事はよく舞い込んだけど、それもマリスやレイリスにとっては気に入らなかったみたい。
「もう、アリスやめちゃおっかなぁ」
A4から外された時点で、もうアリスをすることなんてできない。
でも、自分からアリスを捨てることを決心するというのは、また違う。
「紅魔館のメイドとか、妖精とか……。モブキャラクターだって、立派な職業じゃない」
職業に貴賎なし。この言葉は嘘だと思う。
現に私は放り出されて、消えようとしているのだ。
それでもそう自分に言い聞かせなければ、前にも進めないのも事実。
涙も悔しさも枯れ果てたけど、それでも生きているからには生きないといけない。
「そうだ、街に出よう。そうしよう」
ついでにエキストラでもなんでも、仕事を探さないといけない。
今のまま腐ってしまったら、そこでお終いだと思ったから。
でも、ウインドウショッピングなんて、できる気分じゃなかった。
大好きな雑貨屋さんに入っても、すぐに息苦しくなって逃げだしてしまう。
仕方ないからそこらへんのコンビニに入って、アルバイトの情報誌を一冊貰った。
それだけだと示しがつかないと思ってジュースを買ったけれど、店員と目を合わせることができなかった。
アパートの近くにある、小さな公園。
よく通りかかるけれど、遊んでる子供も滅多にいない。
私はその公園のベンチに腰掛けて、雑誌を開いてみた。
フランドール・スカーレット世話役、募集中。
CAVE!! スタントマン募集中。
河童工場ライン工。
選ばなければ、いくらでも働き口はあるのだな。
そう思いながらペラペラとページをめくっていく。
「あの」
突然呼びかけられ、びっくりして顔をあげると、なんだか疲れた顔をした魔理沙が立っていた。
どの魔理沙かは、わからないけれども。
「ロリスさん、ですよね?」
「え、えぇそうですけど。あの、私何かしました?」
「よかった、探していたんで……だぜ」
そういうと、魔理沙さんは顔をほころばせた。
人懐っこい笑顔だった。
◆
案の定というべきか、彼女はクビにされた魔理沙さんだった。
「完璧な人間が、いるわけないじゃないか。相手の心を完璧に読みとって、失敗しないキャラクターを読んで何の魅力があるんだ?」
俗に言う、メアリー・スーのことを指しているのだろう。
熱弁を振るう彼女の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「成長するから、何かを見つけるから魅力的になるんであって、最初から完璧なキャラクターなんて!」
「まぁまぁ」
彼女なりの哲学があり、誇りを持って務めてきた仕事をクビにされたのだろう。
同じクビにされた立場でも、自分とは大違いだ。
反論もせずに、俯いて頷くのみだった自分。
熱い彼女が、私は羨ましかった。
「私だって、歳相応の女なんだぜ!? 恋をして何が悪い、自己中心的に振舞って何が悪いって言うんだ!
パチュリーたちは私に理解を示してくれたけど……。悔しいんだ、私は。
都合のいい部分だけを認めて、裏方の仕事を認めようとしない。
おままごとの仲良しこよしだけじゃないんだって、なぜ認めることができないんだ?」
安アパートの一室に、慟哭が響いた。
壁が薄いから隣の人にどやされちゃうかもしれない。
「お前だってそうじゃないのか? 周りを寄せ付けないけど、友達が欲しい。
ただそれだけのキャラ付けじゃなかったのか。それを否定されて、悔しくないのか?」
「でも、私は……」
私には、憤れるだけのプライドも何もなかったのだ。
言いたいことはわかるけど、口に出せるぐらい、自己主張ができたら私はこんな役を負っていなかったと思う。
「負け犬、だな」
その言葉で、私は心臓を一突きにされたような感覚に陥った。
「負け犬だよ。それでいいのか? 自分のしてきた役目に、誇りはないのか?」
何か言おうとするのだけど、喉まででかかった言葉出てこない。
口を酸欠の金魚みたいにパクパクさせて、見ていたほうにとっては滑稽だったに違いない。
でも、彼女は笑わなかった。
「腑抜けの相手をしている時間はないんだ。私は帰るぜ」
身を翻して、ひったくるように帽子を掴んだ。
「じゃあな」
「ま、待って!」
二の句を注ぐことはできなかった。
でも、それでも十分だったらしい。
「のるか? そるか?」
「……乗ります!」
「そうこなくっちゃ」
彼女はまた、人懐っこく笑って見せた。
◆
「お互い、邪魔な奴らを追い出せたし」
「ああ、気分爽快ってやつだな」
「そうかしら?」
「なんで浮かない顔してるのよ! せっかく魔理沙グループと飲み会だっていうのに。チャンスじゃないっ!」
「カンパーイッ!」
三名のアリスと、同じく三名の魔理沙。
実は追い出し作戦は、お互いが共謀して行われたものだった。
それが成就した今、新しい門出を祝っての飲み会を開いている。
「ねぇ、クリス」
「何?」
「あんまし、気分よさそうじゃないけど」
マリスは、せっかくの飲み会にも関わらず文庫本に目を落としているクリスを心配していた。
今回、ロリスを追い出すことを画策したのはマリスとレイリスの両名だったのだが、一番の切れ者のクリスは何も口を出さなかった。
マリスは、心の底からクリスを恐れていたのだ。
「別に、騒がしいのが好きってわけじゃないから」
サラサラの金髪を、手で払うクリス。
同じ容姿だというのに、マリスはその姿に一瞬見とれた。
「やっぱり、不公平」
「何が?」
「なんでもない。ねぇ魔理沙ぁー」
マリスはクリスとの会話を打ち切って、魔理沙に絡むレイリスに加わった。
クリスはケースから眼鏡を取り出し、改めて文庫本へと目を落とす。
「ねぇ、二次会いこうよぉ二次会」
「仕方ないやつだなぁアリスは、このこのっ」
レイリスとマリスはそれぞれ、違う魔理沙へとしなだれかかっていた。
マリスに至っては両手に魔理沙だとかわけはわかるがわからないことを言って喜んでいる。
「あれ? 凄い人ごみ、何かやってるのかしら」
「見てくか? 二次会は逃げないしな」
「べ、別に見たがってるわけじゃないわよっ!」
ケラケラと五人が笑いあう中で、クリスだけは表情を崩さずに、眼鏡のズレを直した。
「ちょっとしっつれいー」
魔理沙が無理やり人ごみに割り入り、それにアリスが続くという構図で、ついに彼女らは最前列まで辿り着くことができた。
「あれ。あいつらは」
「え? ……あ」
「アリス、私はお前が人を拒絶する気持ちなんてわからない! けどな、私のワガママで、私はお前を連れ出すんだよ」
「アリスは悩みました、本当はいますぐ扉を開け、弱い自分を曝けだして、魔理沙へ素直な気持ちを伝えたいと。
でも、アリス自身のプライドがそうはさせなかったのです。同じ魔法使いとしての確執や、アリス自身にも説明し辛い感情が渦巻いていて」
「お前が出てくるまで、私は扉の前で座り込んでやるからな。私は、私のしたいようにするだけだ」
そういうと、小さな魔理沙人形がチョコンと座り込む。
人形の器用な仕草に、観客からは感嘆の声があがっていく。
「なぁ。あれって」
「う、うん。ね、ねぇもう行こう?」
その場に居辛くなった魔理沙たちとアリスたちは、今度は人を割ってその場から逃げ出した。
ただ一人、クリスだけを除いて。
「く、クリス!」
「あなたたちだけで、行けばいいじゃない。私は見ていくわ。あの娘たちに、何ができるかをね」
相変わらずクリスは表情を崩さなかったが、少しだけ、声の調子が高かった。
「そして開く扉。ぐしゃぐしゃの表情をアリスは必死で取り繕って言いました。
『あんたが五月蝿くって、オチオチ眠れもしなかったわ。おかげで目が冴えちゃったから、責任とってどこかに連れて行きなさいよ』、と。
魔理沙は自分の不器用さと、アリスの割り切れない態度を見て苦笑しながら言いました」
「ああ、無理やり連れ回してやるから、覚悟しときな」
「「……ご清聴、ありがとうございました」」
二人が頭を下げると、口々に賞賛の声と、拍手が贈られた。
もちろんクリスも、今度は頬を緩めて拍手を贈った。
二人の人形劇のストーリー構成は、ひどく稚拙だった。
何か理由をつけなくては動けない理屈っぽい魔法使いと、直情的で相手の気持ちを理解しない魔法使いが、お互いに刺激を受けあって友達になる物語。
それは王道すぎるけれど、何か、懐かしくさせる人形劇だった。
「そのストーリーを作り上げる基礎が、あなたたち二人なのよね」
クリスは眼鏡をケースへと仕舞い込み、賞賛を受けて照れている二人へと足を踏み出した。
「人形劇、楽しかったわよ」
おしまい。
どこで読んだか忘れたけど、こんなフレーズ思い出した。
> ただそれだけのキャラ付けじゃなかったのかに否定されて、
二次、三次創作特有のキャラ付けを皮肉ったSS、でしょうか?
発想もストーリー展開も上手いとは思うのですが、読んでいて複雑な心境だったというか……。
正直なところ、楽しい気分にはなれませんでした。
点数も、ちょっと自分には付けられないので、フリーレスで。
誤解の無いように言っておきますけど、「評価に値しない」という意味ではないです。
ごめんなさい。
この文に胸を打たれた。空から金貨が降ってくるのを見た気分。
そんな印象を受けました、心にじんわりと何かが染み込む様な…そんな感覚です。
ちょっと呆気ない感じもしたけど、読後感が気持ちよかったです。
ところでメアリー・スー→メ・アリースー(ry
魔理沙とアリスはツンデレだとか外道だとか極端な性格にされ易くてファンには不憫だろうなと
もっと点付けたいという気持ちも湧かされましたが反面コレどうなんだという気もするのでこの位で
A4、M4(だよね?)とかがあるんだったらR(霊夢)4とかもあるのかな・・・?
怠け霊夢、貧乏霊夢、懐か霊夢、あと・・・・・・ゆっくり?
そう、メアリー・スーとはMなアリスのことだっt(ry
というか本当にこの二人仲良しじゃないのに、どうして二次創作界隈ではこんなキャラになったのかw
でも、ちょっと紛らわしい
素直に楽しめました
輝夜ファンはいつだって涙をのんでます
どのジャンルでも、メジャーになればなるほど同様の問題を抱えると
思いますが、それを乗り越えた例などほとんど知りませんし、仕方が
ないことかもしれませんね。
あと、後書き自重www
目からウロコです
貴兄ほど奇才って形容詞が似合う人はおりませんぜ。
GJ!
きっと「役者と舞台をそろえられた状態で同時に白紙の台本に手を加えることができるから」
なのだと思います。
たとえば霊夢は貧乏であったり最強であったり他人に興味がなかったり孤独であったり
……という演技ができる役者、みたいな。
あなたの書かれたお話は、ちょっと自分の考えが認められたような気がして嬉しかったです。
こういう「舞台裏」みたいなモノも好きですしね。
だが、一番はロリス。これは譲れない。
メタ小説でありながら、分裂せずに物語性を保った構成力は素晴らしいと思います。
素晴らしい!!!!
キャラに対する考え方が面白かったです