注:前作のようにほのぼのまったりしていません。また続編かどうかは想像にお任せします。オリ設定あり
普段怒らない人間が怒ると恐ろしい、そういう言葉を私はどこかで聞いたことがある。
なんだ、人間も妖怪も一緒なのか。
「れ、鈴仙……。なにをやって、るの……?」
手の中でぐちゃぐちゃという物体を掴んだままそんなことを考えていると、いつのまにか後ろにてゐがいた。いつもの通りのピンクの服に黒い髪。私を見る目はいつもと違うけど同じ色。赤。
あぁ、でもいけないわてゐ。それ以上近づいたら服が汚れちゃう。
「なにって、何? 見て分からない?」
自然と笑みがこぼれる。いつも疑問を投げかけるはずの私が今日は投げかけられている。ちょっとした優越感。今日は今までとは違う、私が驚かす番。てゐがナニを聞きたいのかは分かってる。でもおかしいよね、見れば分かるじゃない。この足元の血溜と呻くモノを見れば分かるじゃない。
「そ、そこに!」
「姫と師匠のこと? えぇ、私がやったわ」
床に転がる二つのモノを見ながら答える。それにしてもあっけなかった。姫はまだしも師匠はもう少し抵抗すると思ったんだけど。月の頭脳とやらも奇襲には勝てないって所なのかしら。平和ボケって線もあるわね。
「聞いてよ、てゐ。私、この日のために一生懸命準備も練習もしてたっていうのに……あっけなく勝負がついちゃった。姫なんて食事に混ぜておいた毒だけで動けなくなるし、師匠は姫に注意がいきすぎて隙だらけ。なんか怖がってた私が馬鹿みたいよね」
姫も師匠も死んではいない。そんなことしたらすぐにでも蘇ってしまうし。
とりあえず、姫には死なない程度の神経毒を飲ませたから数日は動けない。もしかしたら最終的に餓死かショック死をするかもしれないけど、それはそれで仕方がない。問題は師匠だった。毒が効かないっていうのは反則じゃないかと思う。結局こうやって武力による奇襲を用いるしかなかったし、そのせいで成功率もぐっと下がっていたんだから。まぁもう終わったことなんだけれど。
「何で!」
「ちゃんと理由はあるわ。でも教えてあげない」
それにしても姫に近寄る師匠は本当に隙だらけだった。何だかんだいっていても姫が大事なんだなぁ、と首の骨を折りながら私は思った。蘇生されるまでの間に手足を杭で打ちつけて一段落。ちょうど蘇生した師匠が何かを言おうとしていたけど、当初の予定通りに目と喉を潰しておく。これで大丈夫。でもやっぱり安心しきれないから脇腹を適当に抉っておいた。蓬莱の薬の強さもイマイチ分からないしね。
「それじゃ、ここですることはもうないから行くわ」
「ま、まって――――」
てゐの制止の声を聞きながら、私は竹林へと走り出した。
足元でぴくりとも動かない大妖精を見ながらボーっと考える。もしかして、自分はまぁまぁ強いのではないかと。師匠の時もそうだったけど、外に出てからいくつかの妖怪や妖精を叩き伏せているが、怪我という怪我もないし思いのほか一方的である。なんだ、やればできるこなんだな私って。木に背を預けながらそう思う。
でも油断はしない。この身の内の狂気が切れるまで。この身の内の願いを果すまで。何か間違っている気もする。でもどうだろう。分からない。狂気が狂気に取り憑かれるなんて笑い話だ。笑えないけど。でもなんでこんなことをしてるんだろう。願いってなんだったっけ。師匠たちは大丈夫だろうか。あれ、なんで私はてゐに手を出さなかったんだろう。分からない。でもしょうがないよね、今の私は狂ってるんだもの。仕方ない。仕方ない。分からない。
そういえば、この大妖精と一緒にいた氷の妖精はどこに行ったんだろう。自分が時間を稼ぐから逃げろとかいわれてたから、そのとおりに逃げたのだろうか。どうでもいいといえばどうでもいいことだけど気にはなる。そういう風には見えなかったけど。足元にきのこ。後ろに気配。
「こんばんは、いい夜ね。ウドンゲ」
「あら、アリスさんじゃないですか。こんばんは」
言われて気づいた。もう夜なんだ。そうだ、竹林を抜けたときにお日様が沈みかけていたような気がする。あぁ、月が、まん丸のお月様がとても綺麗。それに大きい。これなら狂ってしまうのは無理もないかもしれない。
「すこし尋ねたいんだけど。なにやら氷の妖精が、兎に襲われたって泣きついてきたの。知らないかしら」
「どうですかね、兎なんてどこにでもいますから。それに見てください、今日は満月。兎としては絶賛大興奮中って感じですよ、きっと」
アリスさんが人形を構えながら私に近づいてくる。近づいてくるアリスさんの目の中に私をみる。瞳が赤い。それにしても何だろう、私に用があるのだろうか。
困っちゃうな、今用事を思いついちゃったから、
「そう。兎も跳ねねば討たれまい。気づいてる? 貴方、服に返り血がついているわ」
「そうだ。アリスさんにもお裾分けしますね。私の身の内で狂い狂う狂気を」
アリスさんの用事に付き合ってられないわ。
アリスさんの弾幕はとても綺麗だ。色とりどり。しかも今は夜だから光る七色はよく映える。
自分に飛んでくる弾幕を避けながら私は距離をつめる。できれば近距離戦に持ち込みたい。でもアリスさんはそれを許さず文字通り弾の幕を作って近づかせない。凄いな、あんな弾幕私には作れないかもしれない。というか、私には今弾幕ごっこをするつもりはない。潰す。そのために近づく。これでも月にいた頃は厳しい訓練にも耐えていたし、この日のためにコンディションを整えている。
でも近づく一番の理由は、原始的な暴力が効果的だって分かっているから。
なんでみんな殴りあわないんだろう。弾幕ごっこなんて、弾があたっても少々痛いだけだし決め手にならない。やるなら潰さないと。せめて意識を刈り取らないと油断した瞬間にやられかねない。あぁ、でもここのルールとして弾幕ごっこで勝負をつけなきゃいけないんだったっけ。じゃあ私はなんでアリスさんをこの手で殴ろうとしているんだろうか。まぁいいや。
「上海! 蓬莱!」
「シャンハーイ」「ホウラーイ」
アリスさんの手元から二体の人形が躍り出る。可愛いな。あんな人形私も欲しい。
上海と呼ばれた人形が右に、蓬莱と呼ばれた人形が左に展開。私を囲むように弾をばら撒いてくる。
「アリスさんはちょっと勘違いをしているかもしれません」
弾幕を避ける。私の声を聞きながらもアリスさんの攻撃のスピードは止まらない。むしろ上がっている。そろそろきつい。でもまだいける。まだまだいける。もう少し、この危険な状況を楽しみたい。だって、もう勝負はついているんだから。
「もしかして、今いい勝負ができているとか。自分が優勢だとか思っていませんか?」
「あまり無駄な話をしていると当たるわよ。ま、安心しなさい当たっても骨が折れる程度よ」
まったく話を聞いてくれていない。仕方がない。身をもって教えてあげよう。
勝負はあの話しかけてきていた瞬間についていたってことを。
「アリスさん、今私が見えてますか?」
「なっ!?」
私は発動させる。『狂気を操る程度の能力』と称される力を発動させる。
それだけで後は十分。視界が狂ったアリスさんに私は見えない。最初にあったとき、既に狂化させる準備は出来ていた。だって彼女は私の目を見たもの。赤い赤い狂気の瞳。魔女の癖に無用心ね、いつぞや永遠亭に乗り込んでいた時の方がよっぽど真剣だった。
私を見失って動揺しているアリスさんにさっさと近づく。こういう時は速攻、相手がいつ復帰するかも分からないんだから迅速に的確に。人形と弾を避け切りアリスさんの前へと。うん、ベストポジションだ。これならいい一撃が入れられそうな気もする。しかし簡単にいきすぎだ。どうしたことだろうアリスさんらしくもない。
もしかして舐められていたのかしら。
そう思いながら七色の人形遣いの腹に拳を打ち込んだ。
「流石に殺しはしませんよ? どこかの姫たちのように生き返るなら何度か殺して差し上げるんですけどね」
人形遣いを潰していくらか時間が経った。あれから誰にも会っていない。ずっと森の中を彷徨ってる。不思議だ。あてどなく移動してるんだから誰かに会いそうな気もするんだけど。あぁ、もしかしたら何も考えずに移動しているから誰にも会わないのかもしれない。成程、問題解決だ。つまりどこかに行けばいいということで、どこに行こうか。あれ、私って何をしようとしてるんだっけ。いけないいけない狂気に飲み込まれちゃダメだ。もう飲み込まれてるんだけど。えぇと、何が目的だったっけ。そうだ、ちゃんと目的があった。ちゃんとあった。
「えっと、それでどこにいけばいいんだったっけ?」
「うどんげ、お前はどこにもいけないぜ」
上からの声に顔をあげるとそこには箒にまたがった黒白の魔法使いがいた。
「魔理沙さん、こんばんは。今日は満月でいい夜ですね」
「そうか……。私にとってはどうも悪い夜みたいだぜ」、
箒に乗ったまま私から少し離れたところにゆっくりと降りてくる魔理沙さん。どうしたんだろう、いつもなら嫌っていっても向こうから近づいては耳とかをべたべた触ってくるっていうのに。飽きられたかしら。いつもはやめてっていってたけど急にやめられると寂しく感じるのはなぜかしら。兎だから。
「どうしたんですか? 何かあったならお手伝いしますよ。今は用事があって無理ですけど」
「奇遇だな。私も用事があるんだ。大事な大事なやつがな」
なんと、年中暇そうにしている魔理沙さんに用事があると。明日はきっと雪が降るわね。雪が降ったらたくさん雪兎を作ろう。てゐや師匠や姫と。あぁ、でも無理か。師匠たちは今動けないんだっけ。仕方がないからてゐと二人で作ろう。そして師匠たちに見せてあげよう。きっと喜ぶはずだ。
「じゃあ、用事を片付けるとするか」
「用事って私にですか? 奇遇ですね。私も魔理沙さんに用事があるんです」
そうと決まればこの人間をさっさと始末しないと。
魔理沙さんはいつもと違った戦い方をしている。どうしてだろう。いつもなら攻めれる時は強引に近づいて撃ち込んでくるのに。弾幕はパワーなのに。これだと目も合わせにくいし狂化させるのも一手間だわ。それにしても嫌に慎重。明日は本当に雪が降るかもしれない。楽しみだな。
「魔理沙さん、どうしたんですか? いつもと動きが違います。調子が悪いなら師匠からお薬貰ったほうがいいですよ」
「あぁ、いつもと違うぜ。いつも通りにすると狂わされるらしいからな」
なんだ、魔理沙さんちゃんと私のこと勉強してきてるじゃない。どうしてかしら、今まで気にもせずにいたのに。何か変なことでもあったのかな。それともあの人形遣いから教えてもらったんだろうか。きっとそうだ、そうに違いない。だって狂気の瞳は初めて永遠亭に来た時くらいしか使ってないもの。こんなことになるなら喋れないように喉は潰しておいた方が良かったかな。でもそれが原因で死んだら大変だからやらなくて正解だった気がする。よかったね、アリスさん。
「私としてはこんな戦い方をしたくないが、私のしたい戦いじゃないからその辺は勘弁してくれ」
「いいですよ。弾幕ごっこは楽しいですから」
私に迫る星の形をした弾。ゆっくりとはやく飛んでくる星。まだあった中間くらいの速さの星があった。掠った。掠ったくらいで済んだ。危なかった。まだ飛んでくる。相殺するために弾を撃つけど数が違う。魔理沙さん、気が乗らないなんていってるけど本気だ。私も頑張ろう。
右からくる星を避けて後ろに下がる。左からくる星を避けて前に出、抜けれそうな場所が見つからないから後退。なんだかどんどん後ろに下がっている気がする。気のせいかな。まぁいいや、後ろに下がれるんだったら下がった方がいい、私に向って飛んでくる星が減るわけだし。でもそうすると勝負はどうなるんだろう。私も弾を撃ってるけど全部避けられてるし、近づいて潰せないなら勝負がつかないんじゃないかな。私にはまだまだ用事が出来る予定なのに。さっさと終わってくれないかしら。諦めてくれないかな、魔理沙さん。そして私に潰されてくれないかな。
「魔理沙さん、このままじゃ勝負がつきませんよ。弾幕ごっこはおいといて、私の用事済ませてもいいですか?」
「おやおや、折角ダンスに誘ったっていうのに詰まらないと返されちまったぜ。魔理沙さんは泣きそうだ」
「泣いててもいいですよ、私は関係なく潰しますから。あ、私の用事ってそれなんですよ」
「そうかそうか。人間より兎の方が美味いってことを教えてやるぜ」
魔理沙さんが弾幕の形を変えた。左右からゆっくりと幅を狭めてきている。でも今のところ危険な感じはしない。上にも後ろにもまだまだ余裕がない。あれ、おかしいな、さっきまであった隙間が満天の星で覆われている。綺麗だな、魔法使いの弾幕って綺麗なのばっかり、今度皆で見よう。うん、それがいい。
【魔符:スターダストレヴァリエ】
なんだ酷いや魔理沙さん。いくぜ、とか一言いってからいつもスペルカードを使うのに。いつもの魔理沙さんらしくない。でも今日の魔理沙さんはいつもと違うんだっけ。ならいいや、魔理沙さんは悪くない。よかったね、魔理沙さん。
でもどうしよう。うえもみぎもひだりもうしろもいっぱいのほしでにげられない。
【恋符:マスタースパーク】
あ、お得意の超極太レーザーがこっちに向って飛んできている。避けないと。あれに当たったら痛いで済まないかも知れない。前当たった時は痛かったなぁ。あれ、痛いで済んでる気がする。どっちだろう。やっぱり当たりたくはないな。でも逃げれそうにない。ほし、いっぱい。
「あんま調子にのんじゃねーぞ、人間風情がっ!!」
狂わせる。狂わせる。狂わせてやる。狂わせてみせる。狂わせれる。私ならできる。あの程度ならできる。たかが人間の技程度、私にとって狂わせられないはずがない。
飛んでくるマスタースパークに干渉する。波長を弄る。このくらいのことなら私の能力でも許容範囲。だって私の能力は狂気を操ることじゃないもの。あれは結果。いける。物事の波長を操るのが私の能力。力。干渉完了。いけた。狂わせる。狂わせた。方向を狂わせた。大丈夫。もう当たらない。やった。そういえばてゐは元気かしら。あら、向こうで呆然としている魔理沙さんがいる。隙だらけだ。
「私だってやるときはやるんです。私、できるこなんですよ」
私は走り近寄る。魔理沙さんが思い出したかのように攻撃を再開しようとしている。が、もう遅い。私は走りながら拾った石を魔理沙さんの肩に向かって投げつける。当たった。これも弾としてカウントされるのかしら。それだったら私は弾幕ごっこでも勝ったことになる。嬉しいな。魔理沙さんの体が後ろに流れる。弾がズレた。いけるな、これは。勝った勝った。終わった後の悔しがる魔理沙さんの顔が目に浮かぶ。かわいい。
「どっちも私の勝ちでしたね」
私の前に星はない。周りに飛んでいるだけ。まるで私をよけて飛んでいるよう。
昔、モーゼだかテーゼだかいう人も海を割ったんだっけ。よく覚えてないや。でもそれに似てる気がする。多分だけど。
ほしよわれろ。
嫌だ。目の前にあんまり会いたくない人がいる。うろうろしてたら見つけてしまった。向こうは気がついてないから今のうちに逃げられるかも。でももしかしたら用事ができるかもしれない。どうしよう。でも用事ができない気がする。もの凄くする。それにしてもこんな時間になんでこんなところにいるんだろう。今日は不思議なことばっかりだ。何でか魔理沙さんにも襲われるし。本当に何でだろう。どうでもいいか。
バレないように慎重に能力を発動させる。ゆっくり、慎重に。本人にはかけない。周りの空間に。いつぞや妖精たちを竹林で迷わせたように。波長を弄る。私と絶対に会えないように波長を弄る。よし、できた。これで大丈夫。もし何かあったらすぐに分かるし、何もなければ今日はずっと会わずにいられる……と思う。どうだろ、あんまり安心できないな。だって凄い人だし。でも今日の私はできるこ、頑張れ。
じゃあね、霊夢さん。また今度。
「あ、いたいた。探しましたよ鈴仙さん」
いつの間にか後ろに緑と赤の妖怪がいた。
「え、あ、美鈴さん、こんばんは」
「はい。こんばんは」
気がつかなかった。何で。気を抜いた時なんて一時もない。近づけばすぐに分かるはずなのに。どうして。足音だってしなかった。してなかった。何でだろう。
「どうしたんですか、美鈴さん。こんな夜に。もう皆寝静まってる時間ですよ?」
「そうですねぇ。夜くらいはお家でぐっすり寝たいですよ、実際。フラン様の相手って疲れるんですから、本当に」
何か嫌な感じだな。美鈴さんは私に何の用なんだろう。私には用事なんてないのに。美鈴さんに用事はできないのに。なんだかへんな感じ。
「だったらお家でゆっくりしてください。あ、美鈴さんは門番でしたっけ。じゃあ門の番をしてないと。お仕事しないと怒られちゃいますよ。職務怠慢です」
「それをいわれると困りますね。でも、貴方も相当でしょう。薬師の弟子が血塗れっていかがなものかと」
なんだろう。美鈴さんは何がしたいんだろう。何が言いたいんだろう。ただ話をするだけならまた今度にして欲しいな。今の私は忙しい気がする。どんどん用事ができる気がするから。
「それじゃ、私はまだまだ用事ができるので。お話はまた今度でいいですか?」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。私は貴方に二つほど用事があるんです」
私には用事なんてない。
「何ですかね? 私、忙しいから手早くお願いできますか?」
「そうですね、手短に。一つ目、霊夢さんから伝言です。『鈴仙、私のところに来なさい』以上です」
なんだろ、霊夢さんに呼ばれることって何かしたかな。あ、もしかして風邪でも引いたんじゃないかな。それだと師匠に頼んで薬を貰ってこないと。うん、そうだ。そうに違いない。やっぱり霊夢さんには用事が出来なかったな。うん、自分の勘を信じて正解だ。できるこだな、私。
「分かりました。また今度行きますって霊夢さんに伝えてください」
「はい。あ、それともう一つの用事ですが」
美鈴さんが構えをとってる。なんでだろう。誰かと戦うのかな。
「赤い兎を捕まえなくてはなりません。ご協力、お願いできますか?」
「普通の兎は白いですよ? 美鈴さん」
「ならばその兎は普通じゃないんでしょうね。狂ってるんじゃないかと」
「そうですか。でも私は用事ができるので、これで」
美鈴さんは礼儀正しい。だから話をする時にちゃんと相手の目を見てくれる。私の目を見てくれる。赤い赤い瞳。あんなにもしっかりと見てくれたから、私もしっかり視界を狂わせることができる。美鈴さん、ありがとう。本当に一度も視線を逸らさないなんて、あの白黒にも見習って欲しい。
美鈴さんの横を通り抜ける。まだ美鈴さんの目には狂った私が見えている筈。用事があったらここで一発ぶち込んでもいいんだけど、用事がないから仕方がない。次の用事はいつできるかしら。
お腹に一発ぶち込まれた。
「っ!?」
「聞いてますよ。貴方の能力とやらを。だからこそ来たんですよ。多分、幻想郷の中でも一番適してると思うんですよ、私が。鈴仙さんの相手をするのを。色々な意味で、ね」
おかしい。おかしい。おかしい。痛い。痛い。お腹が痛い。何でだろう。確かに狂わせたのに。狂ってるはずなのに。
私はすぐさま距離をとる。訓練の賜物だ。攻撃しかけてくる相手のすぐ傍で止まってるなんて愚の骨頂。でも何で、何で私が見えた。何で私が分かった。どうやって私を認知した。視界は狂わせておいたのに。聴覚、触覚、嗅覚、まさか味覚で判断したわけじゃ。
「何で……」
「貴方が狂気を操るように、私も気を使うんですよ。ほら、武術家ですし。気の流れを狂わせられたのなら元に戻せばいい。簡単な話ですよ」
よく分からない。けど分かったことがある。同じだ。同じタイプだ。同じ能力の持ち主だ。
痛いお腹を摩りながら考える。どうしよう美鈴さんに用事はないっていうのに美鈴さんは通してくれそうにない。波長を弄って痛みはもう感じなくしておいた。すぐに動ける。でも通してくれない。何で。
「そこを通してください美鈴さん。私は貴方に用事はありませんし、できません」
「そうはいきません。こちらには用事があるんです」
「いいからどいてください。私は貴方を潰したくありません」
「狂ったフリはもうやめませんか、鈴仙さん」
美鈴さんが何かいっている。聞こえない。全然聞こえない。
「狂ったフリ? おかしなことをいいますね。こんなにもまん丸のお月様を見て、狂わない兎がどこにいるっていうんです?」
「ならば、我が身を持って狂気を正気に変えてあげましょう。私の『気を使う程度の能力』で」
美鈴さん、通してくれないみたい。こんなにも頼んでいるのに。少しくらい道をあけてくれてもいいと思うんだけど。あぁ、急がないと次々用事が出来るはず。なんで急がないといけないんだっけ。私はどこに行こうとしてたんだっけ。何をしようとしてたんだっけ。頭の中までぐるぐる狂ってきている気がする。狂ってる。そう私は狂ってる。目的はただ一つ。譲れない、その為だけに私は走り回ってるんだから。
「どうしても通してくれませんか。本当に美鈴さんに用事はないんです」
「どうしても通せませんね。私に用事がある限り」
交渉決裂だ。それなら潰すしかない。本当は嫌なのに。美鈴さんは潰したくないのに。美鈴さんが悪いんだ、通してっていってもいうことを聞いてくれないんだもの。
「こんなにも大きな満月だから――――」
「とても綺麗な満月です。なので――――」
本当に、私は美鈴さんを潰したくないのに。
「月に潰れろ、下賤の妖!」
「月まで飛ばすぞ、クソ兎!」
接近戦は出来るだけ避けたい。いや少し違う、いけるときまで極力避ける方向でいきたい。美鈴さんは武術を嗜んでいる。その力量は、月にいた頃の教官よりもはるかに上。それも当然だろう、ただ武術という一点だけを日々磨き続けたんだから。教官は軍人だった、敵を倒すために、生き残るために、なにより戦争に勝つために多くの技能を手にし、またそれを良しとしていたんだから。方向性が違う。
教官の元で訓練に励んだ私もタイプとしては同じ。幅広い選択肢を持てるように自分を磨いてきた。正に真逆の存在。しかし同じ能力を持っている。面白い。とても興味がある。同じ能力、違うタイプ。刀と剣。
「それでは、いきます」
美鈴さんが踏み込んでくる。早い。でも焦らない。バックステップで距離をとる、ように見せかけて横一列に隙間なく弾幕を。続いて美鈴さんがいた辺りに適当に拡散弾。これで少しは時間が、
「なんの、まだまだ」
稼げてない。流石、武術家。流れるような体捌きで隙間のなかった筈の弾幕をすり抜ける。若干近寄るスピードは落ちたものの、このままでは追いつかれる。ならば発動させる。能力を発動させる。
「狂いなさい」
目を合わせた方が効果は高いけど、それが絶対条件ではない。この瞳で見ることが重要。美鈴さんの足の力を、その方向性を狂わせる。
「効きま、せん」
狂わせる傍から正常に戻されてる。ダメだ、狂わせるならもっと直接的に、もっと強い力で一気にやらなければ。でもそんなチャンスがあるんだろうか。自分より強い武術家に、直接的に能力をぶつける隙が生まれるか。できそうにない。ならば生み出すのみ。ちょうど美鈴さんは目の前にいる。
早くて見えない打撃。でも避ける。拳が見えなくても肩を見ろ、足の運びを見ろ、体の動きを見ろ。大丈夫、ギリギリ見えなくもない。次は右。その次は真ん中。次の次は足元を。ギリギリ避けられている。
「おや、鈴仙さん。武術の経験が?」
「一応、これでも月にいたころは教官に扱かれましたので」
「軍人さんでしたか、成程成程。そういえば、口振りが元に戻ってますよ」
「強敵相手に頭を狂わせている余裕はないですから」
避けられてはいるが、実際はかなり危ない。主導権はずっと美鈴さんの方にある、これはいけない。暴風の前で右往左往するだけでは意味がない。飛び込むか、後退するか。後退は余りよろしくないみたいだ。後退してもこちらのできることは美鈴さんの感覚を狂わせる、または弾幕を展開すること。どちらも多少の時間稼ぎでしかなく根本の解決にならない。
美鈴さんはさっき近づいてきたときに牽制の弾すら飛ばしてこなかった。自分の体、武術家としての自分に余程自信があるのだろう。それに魔理沙さん辺りに弾道を狂わせるってことを聞いているのかも。どちらにしろ弾幕を撃つような気配はない。ならばすることは決まっている。
暴風に飛び込む。
「せっ!」
肩辺りを狙っているだろう拳を何とか避ける。その腕の中へと体を入れようとしてやめる。そのまま入っていたら返す手で体のどこかを掴まれていた。危ない。それでも隙を見て近づくのをやめない。危険だ。とても危険だ。でもこうするしかない。チャンスを物にするにはリスクを負わなければ。
拳をよける。できるだけ空間的余裕を持って。相手は武術家、何をするかも分からない。掴まれれば投げられるし、下手するとそのまま絞められるかもしれない。避ける。
「ぐっ……」
避け切れなかった。右肩に美鈴さんの拳が掠る。掠っただけなのに分かる力。体が後ろに流される。私の体が吹き飛ばされかける。その崩れた体勢、好機を美鈴さんは逃さない。ここ一番の瞬間、体を回しての後ろ回し蹴り――――
「そうはいきません!」
待っていた。好機。ここで展開する。用意していた弾幕を展開する。美鈴さんの周りに置けるだけ、出せるだけ、力の許す限り。
美鈴さんは動けない。いや動いている最中で止められない。当たる。そして私に当たる筈だった蹴りは弾幕が全て防いでくれる。当たった。
「なん」
最後まで話させない。好機、仕留める。四方から被弾して動けない美鈴さんに近寄り全力で鳩尾を殴る。顔を下げる美鈴さんの顎を上に打ち抜き、最後に無防備なその首元を殴り飛ばす。
一瞬の出来事。私の出来る最高の動き、たてられる最高の作戦。これ以上はない。
衝撃で吹き飛ぶ美鈴さん。受身も取れずにそのまま地面に。
「やった……」
今気がついた、右肩が痛い。よく見れば服ごと少し切れている。武術家の拳は刃物か何かなのだろうか。倒せてよかった。いつまでもあの攻撃を避けられたとは到底思えない。もしこれが顔やお腹にでも当たっていたら。想像もしたくない。
とりあえず、どこかで休もう。少し疲れてきた。波長を弄って体調を整えないと。
倒れている美鈴さんに私は背を向けて歩き、
「まだ、終わっていませんよ」
出せなかった。後ろから声。そんな馬鹿な。
振り返った私の目に映ったのは、傷だらけで血塗れの美鈴さん。
「どうして、立てるんですか……」
「武術家ってのは頑丈に出来ているものですよ。あと、用事も済んでいませんしね」
恐ろしい。最高の出来だった。なのに相手は立ち上がってくる。何故。
美鈴さんがにこやかに笑いながら近づいてくる。その動きは少しぎこちない。大丈夫、全く効いていないわけじゃない。それが私を安心させる。大丈夫、主導権は私。優位なのは私。
まだ回復しきっていない美鈴さんに弾を飛ばそうとして、気がつく。
「あ、れ……?」
目が回っている。何で。どうして。おかしい、視点が定まらない。だめだ、美鈴さんがすぐ傍まで来ているっていうのに。来ているのが分かるのに、頭がおかしい。狂っている。狂って、いる。
「さっき一撃入れたときに、真似させていただきました。ほら、私も気を使いますから」
一撃。右肩に掠ったあの一撃。成程、確かに同じ能力なのだから同じようなことが出来て当然だった。失念していた。認識が甘かった。それにしても視界が狂っている。今まで狂わせた人たちはこんなものを見ていたのだろうか。こんな気持ちだったのだろうか。
「では、終わりにしましょうか。私は優しいから一発で済ませてあげますね」
美鈴さんが目の前にいる。構えている。私に打ち込む気だ。頭かな、お腹かな。どっちにしろ痛いんだろうな。あぁ、視界が回る。くるくる回る。狂い狂う。ぐちゃぐちゃに狂って、
「そうはいきませんよ」
元通り。
狂気を扱う者が狂わされるなんておかしな話だ。狂気に飲まれることはあっても狂わされることなんてない。例え狂わされたとしても、すぐさま元に戻せる。波長は弄った。元通り。美鈴さんが出来たことなら私にも出来る。
「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂えっ!」
狂わされていたフリをやめ美鈴さんの目の前、鼻先が触れ合うくらいに近づく。
そして見る。目を見る。美鈴さんを見る。私の瞳で。狂気の瞳で。兎の赤い狂った瞳で。
「あ」
精一杯の力で狂わせた。いくら美鈴さんでもそうそう元に戻せない。私でも簡単に戻せないだろう狂気を送り込んだ。人間にかけたなら死んでもおかしくない。いや、死んでいる。大量の狂気。
目の焦点のあってない美鈴さんを押し倒し、そのままマウントポジションを取る。これが最後だ。これでダメなら諦めるしかない。絞める、首を絞める。これなら頑丈だろうと関係ない。ここで絞め落とす。ここで決めなければならない。ここで、
気がついたら、私のお腹に美鈴さんの拳が突き刺さっていた。
「いくら狂気の瞳で見てこようと、私のしてきた努力は狂わせられません。一日に何回この突きをしているのか私にも分からないくらいですから」
目を覚ますと、私は美鈴さんに膝枕をしてもらっていた。
「私、負けたんですね」
「えぇ。私が勝ちました」
にこりと笑う美鈴さん。あぁそうか、やっぱり私は負けたのか。何故かそうなる気がしていた。
そのまま空を見上げる。満月はとても高いところまで登っている。今は何時だろう。
今まで聞こえていなかった虫たちの声が聞こえる。風がとても心地よい。
こんなにもいい夜に、私はなにをしていたんだろう。
「私、怖かったんです」
口が勝手に動き出す。
「怖かったんです。怖くて怖くて仕方がなかった。最初はちょっと気になっただけでした。本当にちょっと気になっただけ。でもその内不安になってきて、馬鹿な話だって笑い飛ばしたくて、笑い飛ばせなかった。だれにも相談できなくて、ただ疑問と恐ろしさだけがどんどん大きくなっていて。ずっと一人で考えていました」
「……」
美鈴さんは何も言わない。
「いつからかそのことだけで頭が一杯になって、どうしようもなくて。いっそ狂ってしまえば楽なのにな、なんて考えるようになってから……それから加速する一方でした。本当に気が狂いそうに、狂気がどんどん大きく加速していきました。本当に最初はちょっとした疑問だったんです。『もし、この忘れられたモノが流れ着く幻想郷で忘れられたらどうなるんだろう』って」
「どうなるんでしょうね。私にも分かりません」
「皆、皆私のことを名前で呼んでくれなかったんです。いつもウドンゲっていうんです。それは私の名前じゃないのに。姫はイナバっていうんです。それは私の名前じゃないのに。私の名は鈴仙、レイセンなのに。怖かった。私はレイセンなのに皆は私をウドンゲやイナバって呼ぶんです。考えなければ良かった、このまま誰にも呼ばれなくなったらレイセンはどうなるんだろうなんて」
「その気持ち、分かりますよ。だからこそ、私は貴方を止めようとしました。狂って、他人を襲って、そうしてまで名前を皆の心に刻もうとした貴方を止めようとしました。私も、同じことを考えたことがありますから」
そうだ。美鈴さんも同じ境遇だったんだ。自分のことに手一杯で、全然気がつかなかった。
美鈴さんも戦っていたんだ。私だけじゃない。美鈴さんもこの恐怖と戦っていたんだ。
私はなんて馬鹿なんだろう。ただ一人で抱え込んで、狂って。
「でも、私がそんな狂行にでなかったのはある人がいてくれたから。その人は私のことを名前で呼んでくれましてね、といっても普通は名前で呼ばれるものなんですが。他の人は私のこと門番って呼ぶのに、妹様は、フラン様は私のことをメイリンと呼んでくれるんです。だから、やめました」
羨ましい。純粋にそう思う。私にも、私にも名前を呼んでくれる人が――――
「鈴仙さん、貴方にもいるでしょう。貴方にも私にとってのフラン様のような人が、兎がいるでしょう?」
あぁ、馬鹿だ。私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。
なんだ、いたじゃないか。身近なところに、すぐ傍に。あのこがいたじゃないか。
一人で苦しんで、悩んで、狂って。本当になにをやってたんだろう。この大馬鹿者。
あのこはいつも呼んでくれていた。私のことを鈴仙と呼んでくれていた。
何で気がつかなかったんだろう。あのこはちゃんと、私の名を呼んでくれていた。
月がきれい。まん丸のお月様。
でも何故だろう。満月が滲んで見える。こんなにも、きれいなのに。
某年某月某日、第一次ウドンゲ事件は終息。
翌日、名前で呼ばれない同盟に兎が加入しました。
普段怒らない人間が怒ると恐ろしい、そういう言葉を私はどこかで聞いたことがある。
なんだ、人間も妖怪も一緒なのか。
「れ、鈴仙……。なにをやって、るの……?」
手の中でぐちゃぐちゃという物体を掴んだままそんなことを考えていると、いつのまにか後ろにてゐがいた。いつもの通りのピンクの服に黒い髪。私を見る目はいつもと違うけど同じ色。赤。
あぁ、でもいけないわてゐ。それ以上近づいたら服が汚れちゃう。
「なにって、何? 見て分からない?」
自然と笑みがこぼれる。いつも疑問を投げかけるはずの私が今日は投げかけられている。ちょっとした優越感。今日は今までとは違う、私が驚かす番。てゐがナニを聞きたいのかは分かってる。でもおかしいよね、見れば分かるじゃない。この足元の血溜と呻くモノを見れば分かるじゃない。
「そ、そこに!」
「姫と師匠のこと? えぇ、私がやったわ」
床に転がる二つのモノを見ながら答える。それにしてもあっけなかった。姫はまだしも師匠はもう少し抵抗すると思ったんだけど。月の頭脳とやらも奇襲には勝てないって所なのかしら。平和ボケって線もあるわね。
「聞いてよ、てゐ。私、この日のために一生懸命準備も練習もしてたっていうのに……あっけなく勝負がついちゃった。姫なんて食事に混ぜておいた毒だけで動けなくなるし、師匠は姫に注意がいきすぎて隙だらけ。なんか怖がってた私が馬鹿みたいよね」
姫も師匠も死んではいない。そんなことしたらすぐにでも蘇ってしまうし。
とりあえず、姫には死なない程度の神経毒を飲ませたから数日は動けない。もしかしたら最終的に餓死かショック死をするかもしれないけど、それはそれで仕方がない。問題は師匠だった。毒が効かないっていうのは反則じゃないかと思う。結局こうやって武力による奇襲を用いるしかなかったし、そのせいで成功率もぐっと下がっていたんだから。まぁもう終わったことなんだけれど。
「何で!」
「ちゃんと理由はあるわ。でも教えてあげない」
それにしても姫に近寄る師匠は本当に隙だらけだった。何だかんだいっていても姫が大事なんだなぁ、と首の骨を折りながら私は思った。蘇生されるまでの間に手足を杭で打ちつけて一段落。ちょうど蘇生した師匠が何かを言おうとしていたけど、当初の予定通りに目と喉を潰しておく。これで大丈夫。でもやっぱり安心しきれないから脇腹を適当に抉っておいた。蓬莱の薬の強さもイマイチ分からないしね。
「それじゃ、ここですることはもうないから行くわ」
「ま、まって――――」
てゐの制止の声を聞きながら、私は竹林へと走り出した。
足元でぴくりとも動かない大妖精を見ながらボーっと考える。もしかして、自分はまぁまぁ強いのではないかと。師匠の時もそうだったけど、外に出てからいくつかの妖怪や妖精を叩き伏せているが、怪我という怪我もないし思いのほか一方的である。なんだ、やればできるこなんだな私って。木に背を預けながらそう思う。
でも油断はしない。この身の内の狂気が切れるまで。この身の内の願いを果すまで。何か間違っている気もする。でもどうだろう。分からない。狂気が狂気に取り憑かれるなんて笑い話だ。笑えないけど。でもなんでこんなことをしてるんだろう。願いってなんだったっけ。師匠たちは大丈夫だろうか。あれ、なんで私はてゐに手を出さなかったんだろう。分からない。でもしょうがないよね、今の私は狂ってるんだもの。仕方ない。仕方ない。分からない。
そういえば、この大妖精と一緒にいた氷の妖精はどこに行ったんだろう。自分が時間を稼ぐから逃げろとかいわれてたから、そのとおりに逃げたのだろうか。どうでもいいといえばどうでもいいことだけど気にはなる。そういう風には見えなかったけど。足元にきのこ。後ろに気配。
「こんばんは、いい夜ね。ウドンゲ」
「あら、アリスさんじゃないですか。こんばんは」
言われて気づいた。もう夜なんだ。そうだ、竹林を抜けたときにお日様が沈みかけていたような気がする。あぁ、月が、まん丸のお月様がとても綺麗。それに大きい。これなら狂ってしまうのは無理もないかもしれない。
「すこし尋ねたいんだけど。なにやら氷の妖精が、兎に襲われたって泣きついてきたの。知らないかしら」
「どうですかね、兎なんてどこにでもいますから。それに見てください、今日は満月。兎としては絶賛大興奮中って感じですよ、きっと」
アリスさんが人形を構えながら私に近づいてくる。近づいてくるアリスさんの目の中に私をみる。瞳が赤い。それにしても何だろう、私に用があるのだろうか。
困っちゃうな、今用事を思いついちゃったから、
「そう。兎も跳ねねば討たれまい。気づいてる? 貴方、服に返り血がついているわ」
「そうだ。アリスさんにもお裾分けしますね。私の身の内で狂い狂う狂気を」
アリスさんの用事に付き合ってられないわ。
アリスさんの弾幕はとても綺麗だ。色とりどり。しかも今は夜だから光る七色はよく映える。
自分に飛んでくる弾幕を避けながら私は距離をつめる。できれば近距離戦に持ち込みたい。でもアリスさんはそれを許さず文字通り弾の幕を作って近づかせない。凄いな、あんな弾幕私には作れないかもしれない。というか、私には今弾幕ごっこをするつもりはない。潰す。そのために近づく。これでも月にいた頃は厳しい訓練にも耐えていたし、この日のためにコンディションを整えている。
でも近づく一番の理由は、原始的な暴力が効果的だって分かっているから。
なんでみんな殴りあわないんだろう。弾幕ごっこなんて、弾があたっても少々痛いだけだし決め手にならない。やるなら潰さないと。せめて意識を刈り取らないと油断した瞬間にやられかねない。あぁ、でもここのルールとして弾幕ごっこで勝負をつけなきゃいけないんだったっけ。じゃあ私はなんでアリスさんをこの手で殴ろうとしているんだろうか。まぁいいや。
「上海! 蓬莱!」
「シャンハーイ」「ホウラーイ」
アリスさんの手元から二体の人形が躍り出る。可愛いな。あんな人形私も欲しい。
上海と呼ばれた人形が右に、蓬莱と呼ばれた人形が左に展開。私を囲むように弾をばら撒いてくる。
「アリスさんはちょっと勘違いをしているかもしれません」
弾幕を避ける。私の声を聞きながらもアリスさんの攻撃のスピードは止まらない。むしろ上がっている。そろそろきつい。でもまだいける。まだまだいける。もう少し、この危険な状況を楽しみたい。だって、もう勝負はついているんだから。
「もしかして、今いい勝負ができているとか。自分が優勢だとか思っていませんか?」
「あまり無駄な話をしていると当たるわよ。ま、安心しなさい当たっても骨が折れる程度よ」
まったく話を聞いてくれていない。仕方がない。身をもって教えてあげよう。
勝負はあの話しかけてきていた瞬間についていたってことを。
「アリスさん、今私が見えてますか?」
「なっ!?」
私は発動させる。『狂気を操る程度の能力』と称される力を発動させる。
それだけで後は十分。視界が狂ったアリスさんに私は見えない。最初にあったとき、既に狂化させる準備は出来ていた。だって彼女は私の目を見たもの。赤い赤い狂気の瞳。魔女の癖に無用心ね、いつぞや永遠亭に乗り込んでいた時の方がよっぽど真剣だった。
私を見失って動揺しているアリスさんにさっさと近づく。こういう時は速攻、相手がいつ復帰するかも分からないんだから迅速に的確に。人形と弾を避け切りアリスさんの前へと。うん、ベストポジションだ。これならいい一撃が入れられそうな気もする。しかし簡単にいきすぎだ。どうしたことだろうアリスさんらしくもない。
もしかして舐められていたのかしら。
そう思いながら七色の人形遣いの腹に拳を打ち込んだ。
「流石に殺しはしませんよ? どこかの姫たちのように生き返るなら何度か殺して差し上げるんですけどね」
人形遣いを潰していくらか時間が経った。あれから誰にも会っていない。ずっと森の中を彷徨ってる。不思議だ。あてどなく移動してるんだから誰かに会いそうな気もするんだけど。あぁ、もしかしたら何も考えずに移動しているから誰にも会わないのかもしれない。成程、問題解決だ。つまりどこかに行けばいいということで、どこに行こうか。あれ、私って何をしようとしてるんだっけ。いけないいけない狂気に飲み込まれちゃダメだ。もう飲み込まれてるんだけど。えぇと、何が目的だったっけ。そうだ、ちゃんと目的があった。ちゃんとあった。
「えっと、それでどこにいけばいいんだったっけ?」
「うどんげ、お前はどこにもいけないぜ」
上からの声に顔をあげるとそこには箒にまたがった黒白の魔法使いがいた。
「魔理沙さん、こんばんは。今日は満月でいい夜ですね」
「そうか……。私にとってはどうも悪い夜みたいだぜ」、
箒に乗ったまま私から少し離れたところにゆっくりと降りてくる魔理沙さん。どうしたんだろう、いつもなら嫌っていっても向こうから近づいては耳とかをべたべた触ってくるっていうのに。飽きられたかしら。いつもはやめてっていってたけど急にやめられると寂しく感じるのはなぜかしら。兎だから。
「どうしたんですか? 何かあったならお手伝いしますよ。今は用事があって無理ですけど」
「奇遇だな。私も用事があるんだ。大事な大事なやつがな」
なんと、年中暇そうにしている魔理沙さんに用事があると。明日はきっと雪が降るわね。雪が降ったらたくさん雪兎を作ろう。てゐや師匠や姫と。あぁ、でも無理か。師匠たちは今動けないんだっけ。仕方がないからてゐと二人で作ろう。そして師匠たちに見せてあげよう。きっと喜ぶはずだ。
「じゃあ、用事を片付けるとするか」
「用事って私にですか? 奇遇ですね。私も魔理沙さんに用事があるんです」
そうと決まればこの人間をさっさと始末しないと。
魔理沙さんはいつもと違った戦い方をしている。どうしてだろう。いつもなら攻めれる時は強引に近づいて撃ち込んでくるのに。弾幕はパワーなのに。これだと目も合わせにくいし狂化させるのも一手間だわ。それにしても嫌に慎重。明日は本当に雪が降るかもしれない。楽しみだな。
「魔理沙さん、どうしたんですか? いつもと動きが違います。調子が悪いなら師匠からお薬貰ったほうがいいですよ」
「あぁ、いつもと違うぜ。いつも通りにすると狂わされるらしいからな」
なんだ、魔理沙さんちゃんと私のこと勉強してきてるじゃない。どうしてかしら、今まで気にもせずにいたのに。何か変なことでもあったのかな。それともあの人形遣いから教えてもらったんだろうか。きっとそうだ、そうに違いない。だって狂気の瞳は初めて永遠亭に来た時くらいしか使ってないもの。こんなことになるなら喋れないように喉は潰しておいた方が良かったかな。でもそれが原因で死んだら大変だからやらなくて正解だった気がする。よかったね、アリスさん。
「私としてはこんな戦い方をしたくないが、私のしたい戦いじゃないからその辺は勘弁してくれ」
「いいですよ。弾幕ごっこは楽しいですから」
私に迫る星の形をした弾。ゆっくりとはやく飛んでくる星。まだあった中間くらいの速さの星があった。掠った。掠ったくらいで済んだ。危なかった。まだ飛んでくる。相殺するために弾を撃つけど数が違う。魔理沙さん、気が乗らないなんていってるけど本気だ。私も頑張ろう。
右からくる星を避けて後ろに下がる。左からくる星を避けて前に出、抜けれそうな場所が見つからないから後退。なんだかどんどん後ろに下がっている気がする。気のせいかな。まぁいいや、後ろに下がれるんだったら下がった方がいい、私に向って飛んでくる星が減るわけだし。でもそうすると勝負はどうなるんだろう。私も弾を撃ってるけど全部避けられてるし、近づいて潰せないなら勝負がつかないんじゃないかな。私にはまだまだ用事が出来る予定なのに。さっさと終わってくれないかしら。諦めてくれないかな、魔理沙さん。そして私に潰されてくれないかな。
「魔理沙さん、このままじゃ勝負がつきませんよ。弾幕ごっこはおいといて、私の用事済ませてもいいですか?」
「おやおや、折角ダンスに誘ったっていうのに詰まらないと返されちまったぜ。魔理沙さんは泣きそうだ」
「泣いててもいいですよ、私は関係なく潰しますから。あ、私の用事ってそれなんですよ」
「そうかそうか。人間より兎の方が美味いってことを教えてやるぜ」
魔理沙さんが弾幕の形を変えた。左右からゆっくりと幅を狭めてきている。でも今のところ危険な感じはしない。上にも後ろにもまだまだ余裕がない。あれ、おかしいな、さっきまであった隙間が満天の星で覆われている。綺麗だな、魔法使いの弾幕って綺麗なのばっかり、今度皆で見よう。うん、それがいい。
【魔符:スターダストレヴァリエ】
なんだ酷いや魔理沙さん。いくぜ、とか一言いってからいつもスペルカードを使うのに。いつもの魔理沙さんらしくない。でも今日の魔理沙さんはいつもと違うんだっけ。ならいいや、魔理沙さんは悪くない。よかったね、魔理沙さん。
でもどうしよう。うえもみぎもひだりもうしろもいっぱいのほしでにげられない。
【恋符:マスタースパーク】
あ、お得意の超極太レーザーがこっちに向って飛んできている。避けないと。あれに当たったら痛いで済まないかも知れない。前当たった時は痛かったなぁ。あれ、痛いで済んでる気がする。どっちだろう。やっぱり当たりたくはないな。でも逃げれそうにない。ほし、いっぱい。
「あんま調子にのんじゃねーぞ、人間風情がっ!!」
狂わせる。狂わせる。狂わせてやる。狂わせてみせる。狂わせれる。私ならできる。あの程度ならできる。たかが人間の技程度、私にとって狂わせられないはずがない。
飛んでくるマスタースパークに干渉する。波長を弄る。このくらいのことなら私の能力でも許容範囲。だって私の能力は狂気を操ることじゃないもの。あれは結果。いける。物事の波長を操るのが私の能力。力。干渉完了。いけた。狂わせる。狂わせた。方向を狂わせた。大丈夫。もう当たらない。やった。そういえばてゐは元気かしら。あら、向こうで呆然としている魔理沙さんがいる。隙だらけだ。
「私だってやるときはやるんです。私、できるこなんですよ」
私は走り近寄る。魔理沙さんが思い出したかのように攻撃を再開しようとしている。が、もう遅い。私は走りながら拾った石を魔理沙さんの肩に向かって投げつける。当たった。これも弾としてカウントされるのかしら。それだったら私は弾幕ごっこでも勝ったことになる。嬉しいな。魔理沙さんの体が後ろに流れる。弾がズレた。いけるな、これは。勝った勝った。終わった後の悔しがる魔理沙さんの顔が目に浮かぶ。かわいい。
「どっちも私の勝ちでしたね」
私の前に星はない。周りに飛んでいるだけ。まるで私をよけて飛んでいるよう。
昔、モーゼだかテーゼだかいう人も海を割ったんだっけ。よく覚えてないや。でもそれに似てる気がする。多分だけど。
ほしよわれろ。
嫌だ。目の前にあんまり会いたくない人がいる。うろうろしてたら見つけてしまった。向こうは気がついてないから今のうちに逃げられるかも。でももしかしたら用事ができるかもしれない。どうしよう。でも用事ができない気がする。もの凄くする。それにしてもこんな時間になんでこんなところにいるんだろう。今日は不思議なことばっかりだ。何でか魔理沙さんにも襲われるし。本当に何でだろう。どうでもいいか。
バレないように慎重に能力を発動させる。ゆっくり、慎重に。本人にはかけない。周りの空間に。いつぞや妖精たちを竹林で迷わせたように。波長を弄る。私と絶対に会えないように波長を弄る。よし、できた。これで大丈夫。もし何かあったらすぐに分かるし、何もなければ今日はずっと会わずにいられる……と思う。どうだろ、あんまり安心できないな。だって凄い人だし。でも今日の私はできるこ、頑張れ。
じゃあね、霊夢さん。また今度。
「あ、いたいた。探しましたよ鈴仙さん」
いつの間にか後ろに緑と赤の妖怪がいた。
「え、あ、美鈴さん、こんばんは」
「はい。こんばんは」
気がつかなかった。何で。気を抜いた時なんて一時もない。近づけばすぐに分かるはずなのに。どうして。足音だってしなかった。してなかった。何でだろう。
「どうしたんですか、美鈴さん。こんな夜に。もう皆寝静まってる時間ですよ?」
「そうですねぇ。夜くらいはお家でぐっすり寝たいですよ、実際。フラン様の相手って疲れるんですから、本当に」
何か嫌な感じだな。美鈴さんは私に何の用なんだろう。私には用事なんてないのに。美鈴さんに用事はできないのに。なんだかへんな感じ。
「だったらお家でゆっくりしてください。あ、美鈴さんは門番でしたっけ。じゃあ門の番をしてないと。お仕事しないと怒られちゃいますよ。職務怠慢です」
「それをいわれると困りますね。でも、貴方も相当でしょう。薬師の弟子が血塗れっていかがなものかと」
なんだろう。美鈴さんは何がしたいんだろう。何が言いたいんだろう。ただ話をするだけならまた今度にして欲しいな。今の私は忙しい気がする。どんどん用事ができる気がするから。
「それじゃ、私はまだまだ用事ができるので。お話はまた今度でいいですか?」
「いえいえ、そういうわけにもいきません。私は貴方に二つほど用事があるんです」
私には用事なんてない。
「何ですかね? 私、忙しいから手早くお願いできますか?」
「そうですね、手短に。一つ目、霊夢さんから伝言です。『鈴仙、私のところに来なさい』以上です」
なんだろ、霊夢さんに呼ばれることって何かしたかな。あ、もしかして風邪でも引いたんじゃないかな。それだと師匠に頼んで薬を貰ってこないと。うん、そうだ。そうに違いない。やっぱり霊夢さんには用事が出来なかったな。うん、自分の勘を信じて正解だ。できるこだな、私。
「分かりました。また今度行きますって霊夢さんに伝えてください」
「はい。あ、それともう一つの用事ですが」
美鈴さんが構えをとってる。なんでだろう。誰かと戦うのかな。
「赤い兎を捕まえなくてはなりません。ご協力、お願いできますか?」
「普通の兎は白いですよ? 美鈴さん」
「ならばその兎は普通じゃないんでしょうね。狂ってるんじゃないかと」
「そうですか。でも私は用事ができるので、これで」
美鈴さんは礼儀正しい。だから話をする時にちゃんと相手の目を見てくれる。私の目を見てくれる。赤い赤い瞳。あんなにもしっかりと見てくれたから、私もしっかり視界を狂わせることができる。美鈴さん、ありがとう。本当に一度も視線を逸らさないなんて、あの白黒にも見習って欲しい。
美鈴さんの横を通り抜ける。まだ美鈴さんの目には狂った私が見えている筈。用事があったらここで一発ぶち込んでもいいんだけど、用事がないから仕方がない。次の用事はいつできるかしら。
お腹に一発ぶち込まれた。
「っ!?」
「聞いてますよ。貴方の能力とやらを。だからこそ来たんですよ。多分、幻想郷の中でも一番適してると思うんですよ、私が。鈴仙さんの相手をするのを。色々な意味で、ね」
おかしい。おかしい。おかしい。痛い。痛い。お腹が痛い。何でだろう。確かに狂わせたのに。狂ってるはずなのに。
私はすぐさま距離をとる。訓練の賜物だ。攻撃しかけてくる相手のすぐ傍で止まってるなんて愚の骨頂。でも何で、何で私が見えた。何で私が分かった。どうやって私を認知した。視界は狂わせておいたのに。聴覚、触覚、嗅覚、まさか味覚で判断したわけじゃ。
「何で……」
「貴方が狂気を操るように、私も気を使うんですよ。ほら、武術家ですし。気の流れを狂わせられたのなら元に戻せばいい。簡単な話ですよ」
よく分からない。けど分かったことがある。同じだ。同じタイプだ。同じ能力の持ち主だ。
痛いお腹を摩りながら考える。どうしよう美鈴さんに用事はないっていうのに美鈴さんは通してくれそうにない。波長を弄って痛みはもう感じなくしておいた。すぐに動ける。でも通してくれない。何で。
「そこを通してください美鈴さん。私は貴方に用事はありませんし、できません」
「そうはいきません。こちらには用事があるんです」
「いいからどいてください。私は貴方を潰したくありません」
「狂ったフリはもうやめませんか、鈴仙さん」
美鈴さんが何かいっている。聞こえない。全然聞こえない。
「狂ったフリ? おかしなことをいいますね。こんなにもまん丸のお月様を見て、狂わない兎がどこにいるっていうんです?」
「ならば、我が身を持って狂気を正気に変えてあげましょう。私の『気を使う程度の能力』で」
美鈴さん、通してくれないみたい。こんなにも頼んでいるのに。少しくらい道をあけてくれてもいいと思うんだけど。あぁ、急がないと次々用事が出来るはず。なんで急がないといけないんだっけ。私はどこに行こうとしてたんだっけ。何をしようとしてたんだっけ。頭の中までぐるぐる狂ってきている気がする。狂ってる。そう私は狂ってる。目的はただ一つ。譲れない、その為だけに私は走り回ってるんだから。
「どうしても通してくれませんか。本当に美鈴さんに用事はないんです」
「どうしても通せませんね。私に用事がある限り」
交渉決裂だ。それなら潰すしかない。本当は嫌なのに。美鈴さんは潰したくないのに。美鈴さんが悪いんだ、通してっていってもいうことを聞いてくれないんだもの。
「こんなにも大きな満月だから――――」
「とても綺麗な満月です。なので――――」
本当に、私は美鈴さんを潰したくないのに。
「月に潰れろ、下賤の妖!」
「月まで飛ばすぞ、クソ兎!」
接近戦は出来るだけ避けたい。いや少し違う、いけるときまで極力避ける方向でいきたい。美鈴さんは武術を嗜んでいる。その力量は、月にいた頃の教官よりもはるかに上。それも当然だろう、ただ武術という一点だけを日々磨き続けたんだから。教官は軍人だった、敵を倒すために、生き残るために、なにより戦争に勝つために多くの技能を手にし、またそれを良しとしていたんだから。方向性が違う。
教官の元で訓練に励んだ私もタイプとしては同じ。幅広い選択肢を持てるように自分を磨いてきた。正に真逆の存在。しかし同じ能力を持っている。面白い。とても興味がある。同じ能力、違うタイプ。刀と剣。
「それでは、いきます」
美鈴さんが踏み込んでくる。早い。でも焦らない。バックステップで距離をとる、ように見せかけて横一列に隙間なく弾幕を。続いて美鈴さんがいた辺りに適当に拡散弾。これで少しは時間が、
「なんの、まだまだ」
稼げてない。流石、武術家。流れるような体捌きで隙間のなかった筈の弾幕をすり抜ける。若干近寄るスピードは落ちたものの、このままでは追いつかれる。ならば発動させる。能力を発動させる。
「狂いなさい」
目を合わせた方が効果は高いけど、それが絶対条件ではない。この瞳で見ることが重要。美鈴さんの足の力を、その方向性を狂わせる。
「効きま、せん」
狂わせる傍から正常に戻されてる。ダメだ、狂わせるならもっと直接的に、もっと強い力で一気にやらなければ。でもそんなチャンスがあるんだろうか。自分より強い武術家に、直接的に能力をぶつける隙が生まれるか。できそうにない。ならば生み出すのみ。ちょうど美鈴さんは目の前にいる。
早くて見えない打撃。でも避ける。拳が見えなくても肩を見ろ、足の運びを見ろ、体の動きを見ろ。大丈夫、ギリギリ見えなくもない。次は右。その次は真ん中。次の次は足元を。ギリギリ避けられている。
「おや、鈴仙さん。武術の経験が?」
「一応、これでも月にいたころは教官に扱かれましたので」
「軍人さんでしたか、成程成程。そういえば、口振りが元に戻ってますよ」
「強敵相手に頭を狂わせている余裕はないですから」
避けられてはいるが、実際はかなり危ない。主導権はずっと美鈴さんの方にある、これはいけない。暴風の前で右往左往するだけでは意味がない。飛び込むか、後退するか。後退は余りよろしくないみたいだ。後退してもこちらのできることは美鈴さんの感覚を狂わせる、または弾幕を展開すること。どちらも多少の時間稼ぎでしかなく根本の解決にならない。
美鈴さんはさっき近づいてきたときに牽制の弾すら飛ばしてこなかった。自分の体、武術家としての自分に余程自信があるのだろう。それに魔理沙さん辺りに弾道を狂わせるってことを聞いているのかも。どちらにしろ弾幕を撃つような気配はない。ならばすることは決まっている。
暴風に飛び込む。
「せっ!」
肩辺りを狙っているだろう拳を何とか避ける。その腕の中へと体を入れようとしてやめる。そのまま入っていたら返す手で体のどこかを掴まれていた。危ない。それでも隙を見て近づくのをやめない。危険だ。とても危険だ。でもこうするしかない。チャンスを物にするにはリスクを負わなければ。
拳をよける。できるだけ空間的余裕を持って。相手は武術家、何をするかも分からない。掴まれれば投げられるし、下手するとそのまま絞められるかもしれない。避ける。
「ぐっ……」
避け切れなかった。右肩に美鈴さんの拳が掠る。掠っただけなのに分かる力。体が後ろに流される。私の体が吹き飛ばされかける。その崩れた体勢、好機を美鈴さんは逃さない。ここ一番の瞬間、体を回しての後ろ回し蹴り――――
「そうはいきません!」
待っていた。好機。ここで展開する。用意していた弾幕を展開する。美鈴さんの周りに置けるだけ、出せるだけ、力の許す限り。
美鈴さんは動けない。いや動いている最中で止められない。当たる。そして私に当たる筈だった蹴りは弾幕が全て防いでくれる。当たった。
「なん」
最後まで話させない。好機、仕留める。四方から被弾して動けない美鈴さんに近寄り全力で鳩尾を殴る。顔を下げる美鈴さんの顎を上に打ち抜き、最後に無防備なその首元を殴り飛ばす。
一瞬の出来事。私の出来る最高の動き、たてられる最高の作戦。これ以上はない。
衝撃で吹き飛ぶ美鈴さん。受身も取れずにそのまま地面に。
「やった……」
今気がついた、右肩が痛い。よく見れば服ごと少し切れている。武術家の拳は刃物か何かなのだろうか。倒せてよかった。いつまでもあの攻撃を避けられたとは到底思えない。もしこれが顔やお腹にでも当たっていたら。想像もしたくない。
とりあえず、どこかで休もう。少し疲れてきた。波長を弄って体調を整えないと。
倒れている美鈴さんに私は背を向けて歩き、
「まだ、終わっていませんよ」
出せなかった。後ろから声。そんな馬鹿な。
振り返った私の目に映ったのは、傷だらけで血塗れの美鈴さん。
「どうして、立てるんですか……」
「武術家ってのは頑丈に出来ているものですよ。あと、用事も済んでいませんしね」
恐ろしい。最高の出来だった。なのに相手は立ち上がってくる。何故。
美鈴さんがにこやかに笑いながら近づいてくる。その動きは少しぎこちない。大丈夫、全く効いていないわけじゃない。それが私を安心させる。大丈夫、主導権は私。優位なのは私。
まだ回復しきっていない美鈴さんに弾を飛ばそうとして、気がつく。
「あ、れ……?」
目が回っている。何で。どうして。おかしい、視点が定まらない。だめだ、美鈴さんがすぐ傍まで来ているっていうのに。来ているのが分かるのに、頭がおかしい。狂っている。狂って、いる。
「さっき一撃入れたときに、真似させていただきました。ほら、私も気を使いますから」
一撃。右肩に掠ったあの一撃。成程、確かに同じ能力なのだから同じようなことが出来て当然だった。失念していた。認識が甘かった。それにしても視界が狂っている。今まで狂わせた人たちはこんなものを見ていたのだろうか。こんな気持ちだったのだろうか。
「では、終わりにしましょうか。私は優しいから一発で済ませてあげますね」
美鈴さんが目の前にいる。構えている。私に打ち込む気だ。頭かな、お腹かな。どっちにしろ痛いんだろうな。あぁ、視界が回る。くるくる回る。狂い狂う。ぐちゃぐちゃに狂って、
「そうはいきませんよ」
元通り。
狂気を扱う者が狂わされるなんておかしな話だ。狂気に飲まれることはあっても狂わされることなんてない。例え狂わされたとしても、すぐさま元に戻せる。波長は弄った。元通り。美鈴さんが出来たことなら私にも出来る。
「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂えっ!」
狂わされていたフリをやめ美鈴さんの目の前、鼻先が触れ合うくらいに近づく。
そして見る。目を見る。美鈴さんを見る。私の瞳で。狂気の瞳で。兎の赤い狂った瞳で。
「あ」
精一杯の力で狂わせた。いくら美鈴さんでもそうそう元に戻せない。私でも簡単に戻せないだろう狂気を送り込んだ。人間にかけたなら死んでもおかしくない。いや、死んでいる。大量の狂気。
目の焦点のあってない美鈴さんを押し倒し、そのままマウントポジションを取る。これが最後だ。これでダメなら諦めるしかない。絞める、首を絞める。これなら頑丈だろうと関係ない。ここで絞め落とす。ここで決めなければならない。ここで、
気がついたら、私のお腹に美鈴さんの拳が突き刺さっていた。
「いくら狂気の瞳で見てこようと、私のしてきた努力は狂わせられません。一日に何回この突きをしているのか私にも分からないくらいですから」
目を覚ますと、私は美鈴さんに膝枕をしてもらっていた。
「私、負けたんですね」
「えぇ。私が勝ちました」
にこりと笑う美鈴さん。あぁそうか、やっぱり私は負けたのか。何故かそうなる気がしていた。
そのまま空を見上げる。満月はとても高いところまで登っている。今は何時だろう。
今まで聞こえていなかった虫たちの声が聞こえる。風がとても心地よい。
こんなにもいい夜に、私はなにをしていたんだろう。
「私、怖かったんです」
口が勝手に動き出す。
「怖かったんです。怖くて怖くて仕方がなかった。最初はちょっと気になっただけでした。本当にちょっと気になっただけ。でもその内不安になってきて、馬鹿な話だって笑い飛ばしたくて、笑い飛ばせなかった。だれにも相談できなくて、ただ疑問と恐ろしさだけがどんどん大きくなっていて。ずっと一人で考えていました」
「……」
美鈴さんは何も言わない。
「いつからかそのことだけで頭が一杯になって、どうしようもなくて。いっそ狂ってしまえば楽なのにな、なんて考えるようになってから……それから加速する一方でした。本当に気が狂いそうに、狂気がどんどん大きく加速していきました。本当に最初はちょっとした疑問だったんです。『もし、この忘れられたモノが流れ着く幻想郷で忘れられたらどうなるんだろう』って」
「どうなるんでしょうね。私にも分かりません」
「皆、皆私のことを名前で呼んでくれなかったんです。いつもウドンゲっていうんです。それは私の名前じゃないのに。姫はイナバっていうんです。それは私の名前じゃないのに。私の名は鈴仙、レイセンなのに。怖かった。私はレイセンなのに皆は私をウドンゲやイナバって呼ぶんです。考えなければ良かった、このまま誰にも呼ばれなくなったらレイセンはどうなるんだろうなんて」
「その気持ち、分かりますよ。だからこそ、私は貴方を止めようとしました。狂って、他人を襲って、そうしてまで名前を皆の心に刻もうとした貴方を止めようとしました。私も、同じことを考えたことがありますから」
そうだ。美鈴さんも同じ境遇だったんだ。自分のことに手一杯で、全然気がつかなかった。
美鈴さんも戦っていたんだ。私だけじゃない。美鈴さんもこの恐怖と戦っていたんだ。
私はなんて馬鹿なんだろう。ただ一人で抱え込んで、狂って。
「でも、私がそんな狂行にでなかったのはある人がいてくれたから。その人は私のことを名前で呼んでくれましてね、といっても普通は名前で呼ばれるものなんですが。他の人は私のこと門番って呼ぶのに、妹様は、フラン様は私のことをメイリンと呼んでくれるんです。だから、やめました」
羨ましい。純粋にそう思う。私にも、私にも名前を呼んでくれる人が――――
「鈴仙さん、貴方にもいるでしょう。貴方にも私にとってのフラン様のような人が、兎がいるでしょう?」
あぁ、馬鹿だ。私は馬鹿だ。大馬鹿者だ。
なんだ、いたじゃないか。身近なところに、すぐ傍に。あのこがいたじゃないか。
一人で苦しんで、悩んで、狂って。本当になにをやってたんだろう。この大馬鹿者。
あのこはいつも呼んでくれていた。私のことを鈴仙と呼んでくれていた。
何で気がつかなかったんだろう。あのこはちゃんと、私の名を呼んでくれていた。
月がきれい。まん丸のお月様。
でも何故だろう。満月が滲んで見える。こんなにも、きれいなのに。
某年某月某日、第一次ウドンゲ事件は終息。
翌日、名前で呼ばれない同盟に兎が加入しました。
なんというか狂気自体が更に狂気に駆られると恐ろしいことになるということを目の当たりにした気分です。
そんな自分は愛称よりも名前派。
シリアスタッチで描くとまた違った面白さが・・・勿論作者の筆力あってこそだと思いますが、
面白かった~。
次は早苗さんや秋姉妹も入りそうな気がするww
面白かったです
名前で呼んでもらえない同盟か・・・
天子も入ってるかな?
なんちゃって
毒が効かないのって、えーりんだけだっけか?
戦闘シーンが素敵でかっこいい。面白かったです。
あと、美鈴カッコ好いよ美鈴
私も名前派ですが、あだ名はあだ名で親しみあって良いです。
……けどねえ。
ギャグ以外の場面において、明らかな蔑称を呼びまくるというのはどうかと思うんだよなぁ。
そこに愛はあるのかと小一時間(ry
シリアスで狂気な話が展開すると思ったら、まさかの名前ネタ。
びっくりしましたが、面白かったです。