ああ、そうだ誰もが思い描いた通り。
葬礼の曲が鳴り響き。
皆、十六夜咲夜を中心に手を合わせ、或いは手を組み。
そして各々感慨はあると言うのに、まだ葬送は終らないのだ。
『1 宴の支度、もしくは式の初まり』
「全く、全然楽しくないわ」
レミリア・スカーレットはぶつぶつ文句を言って、手を擦り合わせた。
「本当なら私は暗い部屋の中ですすり泣いて、悲しみに浸っていないとならないはずよ? どうしてこんな所で陣頭指揮を執らなくてはならないの? 」
「それは誰もやる人が居ないからですね」
「当たり前の事を言わないで」
「すみません」
レミリアがぐいと差し出した紅茶を、ありがたく押し頂いた紅美鈴はふーっと息を吹いて啜った。湖の朝は、初夏でもかなり涼しい。温かさが美味しい。
「咲夜さんがいてくれれば」
「今回の主賓に何かしてもらうわけにはいかないでしょう? 最も、何も出来ない主賓だけど」
「……すみません」
紅魔館の頭首の入れた紅茶は熱くてよい香りがした。咲夜さんがレミリア様に教えた紅茶の入れ方だ、と思うと、ぎゅっと胸が詰まった。
七月の朝、まだ日の昇らない内から支度は始められている。夜の闇にまぎれてひっそりと、と言うのも吸血鬼らしくてよいと思ったけれど、咲夜は吸血鬼では無いので止めたのだった。夜明けと共に、この館の廻りを冥い霧が覆うはずだった。レミリアがしていたのは、その為の魔方陣を描く事と、参列者席を並べる指示、そして働く者達へのねぎらいに、紅茶を入れて廻る仕事。
「何を謝るの? 美鈴。まさか本人に本人の葬儀を手伝わせるわけにはいかないでしょう? 当たり前の事を言っただけよ、私は」
「……はい」
「新聞にも載せたし、きっと参列者は来るわ。咲夜の為にも立派な御葬式にするわよ」
「はい」
「全く……私と一緒に生きるって決めてくれれば、こんなことする必要なかったのに。本当に茶番だわ」
美鈴には何も言えなかった。
彼女も自らの主に使えて永い。気丈に振舞ってはいるが、今この茶番で一番寂しい想いをしているのはレミリア本人だという事に気づいているからだ。哀しそうな顔一つ見せないのは、この式を執り行うという作業に没頭しているからだろう。
紅美鈴は、黒いスーツを着ている。
レミリア・スカーレットのドレスも黒い。ただ靴だけが赤い。
箱の中に詰まっている花と、十六夜咲夜を見てフランドール・スカーレットは。
「これ、粉々にしちゃおうか」
と言った。
「どうせ動かないんだしさ。その方が手っ取り早いでしょ」
「フラン様」
「言ってみただけ」
パチュリーは、やつれている。言葉少ない彼女にフランドールは。「私がそれを出来るってことを、知って欲しかっただけ」と付け加える。
「一体どれくらい生きたんだろうね、これ。皺だらけで、小さくって。でもどう見ても咲夜なんだよね。不思議だよね」
「そうですね」
パチュリー・ノーレッジがぐったりしているのは、その横たわった咲夜を見てからだった。年老いた咲夜はいつも通りの動きで食卓を彩り、掃除をし、そして自分の部屋に篭った。篭って、出て来なかった。パチュリーが部屋に行くと、もう動いていなかった。レミリアに報告しなくては。そう思いながら、がっくりと腰が落ちた。さっきまでつい三日前まで動いていた彼女。いつかこうなることは判っていた。けれど早すぎる。自分が思っていたよりも、遥かに早くこの十六夜咲夜は動きを止めたのだった。
吐き気がした。
葬式の支度を手伝う。手伝うが、頭の中には何も入ってこない。まさか自分のメンタルがこんなに弱いとは知らなかった。そして自分の心の中で十六夜咲夜と言う人物がどれほど大きい存在だったのかも。
明るい紫の長衣は、アメジストを溶かして煮凝りにしたような暗い紫に染まっている。片やフランはまだ花柄のパジャマのままだった。
「ねえ、パチェ、咲夜の葬式の時、泣く? 私泣かないなあ。だって人間が死ぬのは当たり前じゃない」
「そうですね」
「当たり前の事で泣かないでよ」
「……そうですね」
口にして、自分の目から涙が出ている事に気がついた。
この豪勢な箱の中で横たわる、十六夜咲夜と呼ばれたモノの活動停止が、ここまで自分に衝撃を与えるとは。否、それは十六夜咲夜と呼ばれたモノだからこそ、ここまでの感情が生まれるのだ。
悲しい。
哀しい。
そんなパチュリーの側にフランはやってきて、そっと頭を抱かかえて言うのだった。
「私だって、悲しくないわけじゃないんだよ。
ただ、この式じゃ泣けないって言いたいだけ」
「……はい」
「私ね、ずーっと夢見てたんだ」
「何をですか? 」
「誰かの御葬式の時に、泣いている遺族を慰める役。一度やってみたいって思ってたんだあ。でもここの人って、中々死なないじゃない」
ちょっと早く、夢叶っちゃったかなあ。
そんな子供っぽいことを言いながら自分を抱きしめてくれるフランドールは、少し怖くて、とても温かかった。
『2 死神を通して、閻魔は見ないふりで』
ああ、どうも参列の方ですね? どうぞ、こちらにご記帳下さい。
どこでこの情報をお知りに? はあ、新聞で。ご愛読ありがとうございます。
おっと、余計な話はなしですよ。古道具屋の旦那。今紅魔館は深い悲しみに満ちているところなのですから。
私ですか? 私は、はい、ご覧の通り受付を担当しております。一体どういう方がいらっしゃるのか観察も兼ねて……。
そうなんですよ。意外と人間の方も多くいらっしゃっていて。まあ紅魔館と付き合いのある方ばかりなんですがね。以前、ほら、吸血鬼の方がこちらにいらしたばかりの時の、一騒動の折、巻き込まれた一家の子孫なんてのも来てます。妙な交友関係もあったもんですな。なんというか幻想郷の面子は、人間も妖怪もあちゃらかなのがおおございます。まあ輪廻も転生も、ある意味約束されたこの地で、遺恨ばかり引っ張っちゃつまりませんからねえ。
え? 私? あややや。冗談言っちゃあいけません。私は誠実な新聞記者ですよう。ほら、この見出し。
『メイド遂に冥途へ!? 』
中々シャレてると思いませんか? え? ふざけ過ぎ? 確かに、まるで冗談みたいに見えるでしょう? それがいいんです。
ああ、どうぞどうぞ、ご参列の方ですね。どうぞ……こちらに……。
天狗の新聞記者であり『文々。新聞』発行者、射命丸文の言葉が途切れたのは、そこに立っている女性が死の女だと知っているからだった。
西行寺幽々子が、そこに居た。
白い頭蓋骨ほどの大きさの石を持って。
「私の名前だけでよろしいかしら」
そう尋ねる彼女に、受付係は、他に誰かいらっしゃるんですか? と聞き返すと。
「まあ、まるで私しかいないみたい。酷いこと言うわね。ねえ? 」
と話しかける。
「酷いこと言う天狗ね? 妖夢。折角二人で来たのに。いいわよ。勿論貴女の名前も書いてあげるわ、妖夢。私たち、ずっと一緒だものねぇ」
白い石を撫でて幽々子は生気の無い顔で微笑んだ。
白い石には魂魄妖夢と書かれている。
受付係の台帳に書いた文字と同じ文字で、魂魄妖夢と書かれている。
『3 西行寺幽々子の述懐』
「あなたが白玉楼に来てから、たくさんの時が過ぎたわ」
幽々子は話しかける。そっと椅子に座って、式の開始を待ちながら。
霧は夜の者達を傷めないくらい日の光を和らげていて、それなのに緑は美しかった。花は飾られ、それは全てその庭師が丹精込めて育てたものであった。
「あなたの庭と比べて、どう? 妖夢」
歌うように幽々子は言って、白い石を撫でる。
「さっきの天狗の言葉聞いた? 天狗は、いつでも嘘ばかりつくのよねぇ。口から先にうまれたのかしら。どこの口から生まれてきたのかしら。不思議よね。
ふふふ」
目の前で、喪主に挨拶しにいく人たちを見ながら、幽々子は白い石をつついたり撫でたりする。妖夢と二人きりの時に、いつもしている仕草だ。そして石に手のひらがぴったりとくっつく時、幽々子は妖夢の肌触りをまざまざと思い出すのだ。
「たくさんの時が過ぎたわ。
私たちが出会って、それからあなたが育って、今に到るまで。貴女はこんなに小さくなっちゃって。小さくなったのに、持ち運ぶのは結構重いのよ?
でもほら、こうしていると、貴女のことを思い出すわ。貴女の半身半霊。二つで一つだったわね、貴女は。私も貴女と、二人で一人なのよ」
白い石と西行寺幽々子。石は語らない。彼女は語る。
「妖夢、大切なのは見立てなのね。
居たと言う事実と、居なくなると言う事実を同時に存在させる見立てが葬儀なのね。動かない物に新たに名前をつけて、死者を生者に見立てる。生者に見立てられて、一時的に生き返るからこそ、輪廻の輪に向かうことが出来るのだわ。
貴女にはそれをしてあげられないけれど、その必要は無いものね。私たち、ずっと一緒だものねえ、妖夢。
ねえ妖夢」
来年桜は咲くかしら?
応える声は無い。
*
ねえ妖夢、耳掻きしてあげるわ。こちらに来なさい。
え? またですか、幽々子様。
この前もしたばかりですよ、と言いながら妖夢は幽々子の前にもじもじと立つ。老廃物が出ない幽々子にとって、妖夢の耳掻きをするのは一つの楽しみなのであった。妖夢は遠慮してみせるけれど、それが単なるポーズなのは幽々子に見え見えだ。
そんな事言わないで。いつかこんな事、出来なくなる日が来るかもしれないでしょ?
冗談めかした幽々子の言葉に、妖夢は屈んだ。そっと膝に、頭を乗せる。
耳掻きをいれると、ぴくん、と身体が動く。
ほんと、残念、粉みたいなのしか無いわ。
そう言って幽々子が耳にふっと息をかけると、妖夢がまたぴくんと動いた。
今度はこっちの耳ね、と幽々子が、ぽんぽん、と肩を叩くと、妖夢の目からどっと涙が溢れた。
あら、ごめんなさい。どこか痛くした?
狼狽した幽々子に、声を詰まらせながら、妖夢。
「いなくならないですよね? 」
「なあに? 」
「ゆゆこさま、わたしからいなくならないですよね? 」
しゃくりあげて泣く妖夢に彼女は笑って、当たり前じゃないの、と応えたら。
「わたしも、ずっとおそばにいますがら! 」
と、もつれた舌で妖夢が言った。
「ずっとおそばにおりますから! 」
あんまり必死に泣くので、幽々子の唇が半笑いになった。
妖夢の口は引きつっていて、でも唇は柔らかかった。
泣き声にしゃくりあげるその口を、唇程度の柔らかさにするのには、いかな幽々子の唇で難しかった。
幽々子の口の奥から、喉の奥まで、妖夢の声で一杯になる。溺れそうになって妖夢の身体を強く抱くと、鍛えられた妖夢の、より強い抱擁が待っていた。泣いていた唇が、今は泣きながら幽々子を貪っている。
妖夢の身体に霧の如く付き従う半霊が、今は幽々子の身体もすっぽりと覆っていた。
*
白い石を抱きながら、幽々子は思い出していた。
まるで昨日のことのようだった。
『4 後々の為のほんの少しの覚悟の為、それと舞台を整える為に魔理沙は』
アリス・マーガトロイドが挨拶に伺うと、パチュリーが出迎えた。アリスは厳しい顔だった。厳しい顔なのは、厳粛な式だからなのだろうか。もしかしたら隣に居る黒い魔法使いのせいなのかもしれない。
「なんで貴女がここにいるのよ」
非難がましい目で見られても、この空気を読まない魔法使いは。
「友達の葬式だもん。来るのは当たり前だぜ」
などと平気な顔でいる。
パチュリーは舌打ちして。
「お前は邪魔。お前は迷惑。お前の存在が式の全てをめちゃくちゃにする。帰れ。それとも呼ばれなかった魔女よろしく、茨姫の呪いでもかけるつもり? 」
「おいおい待てよ。私もそこまで空気読めてないわけじゃないぞ。第一私が呪いをかけて眠れなくする前に、もう主賓はお休み中じゃないか」
肩をすくめて、霧雨魔理沙は。
「いいか。空気を読めるその証明として問題を出してやる。私は何者だ?
あ、いや、言うな。あんたらが言っても意味が無い。私から言ってやろう。私は、魔法使いだ。その事を忘れたか? 」
「……そうね。貴女は魔法使いだわ」
アリスは何だか悔しそうな顔でうなづく。
「でも、そうね。あなたは呼ばれてないのよ。きっとレミリアも迷惑すると思うわ」
「いや、きっと歓迎されると思うね」
「どうしてよ」
「そりゃ、元人間の友人が訪ねてきたって言えば、あのお嬢様でもうなづかずにはいられんだろう。霊夢も……居ないしな」
魔理沙の言葉に、パチュリーは大きな溜息をついて、確かにそうね、と言った。
「そうね、貴女は魔法使いだったわ、もう。か弱い人間のままではない。そう言う事ならこの場に来れるのもうなづけるわ。それにしても……」
「霊夢がここに、居たらな」
しみじみとした魔理沙の声に、アリスは。
「霊夢が死んで、あんたは生きてるってのは滑稽ね」と皮肉を込める。
「本当に、あなたは大嫌い! 人の気持ちをよくまあそこまで逆撫でできるものね!! 」
「え? うーん。私は私なりに、気持ちの整理含めて参加したいだけなんだがな……。どうしてもダメなら帰る」
「待って魔理沙。アリスも落ち着いて。レミィに話してくるから。私はまた、あなたがかき乱すために来たのかと思った。そうでないなら……私たちの仲間として、認めるわ」
「ちょっと、パチュリー! 」
「いいのよ。これもちょっとした御祭りよ。
アリス、あなたに今日の事を色々相談したけれど、余り深刻に考えないで。私は……」
そう言ってパチュリーは、何故かぎゅっと魔理沙を抱きしめた。
「ごめんなさい。ちょっとショッキングなものを見ているから、あなたが本当に生きているのか確かめたいの」
「え? ……勿論、私は生きてるぜ?
イタッ――! 」
魔理沙が叫んだ。
パチュリーが魔理沙の首の付け根を、思い切り噛んだからだった。
*
紅魔館のテラス、二人お茶を飲んでいた。茶菓子はタルト。肴は、あの女の話。
「人間のままで、魔法使いなんていい迷惑だわ」
「何より迷惑なのは、本を勝手に持ち出すことよ」
二人は魔法使い。生きる術を探す者ではなく、術を探す為に生きる者である。
一人は人形のような少女。もう一人は病弱そうな少女。姿形は少女の物だが、容姿は衰えることなく年を経る。
「人間の身で、ずかずかと秘められた世界に押しかけてくる態度が気に入らないのよ」
「本を枕に寝てたりするのよ。怒ったら人のベッドを勝手に使って」
神秘の法を唱える口でストロベリータルトを頬張り、契約の印を描く指先で紅茶のカップを持つ。
脳の迷宮から導かれし予言者。其は答う。ノリ・メ・タンゲレ。触れてはならない、真理。
「人間の癖に、私達をまるで恐れないのよね」
「まるで友達みたいな顔して、すぐに死ぬ運命の癖に」
パチュリーの言葉に、アリスが。
「いつ?! 」と声を上げると。
「さあ、少なくとも私たちより、先に死ぬのは間違いないわね」と平気な顔で応えた。
「……ただの人間だものね」
「そうね」
世俗を語らぬはずの魔術師の唇は引き結ばれて、隔世を見る瞳は深く閉じられた。
「私、魔理沙嫌いよ」
「私も同じよ」
一人は紅茶を飲み、もう一人はタルトを齧り、二人の言葉が重なった。
「あの人、ずっと人間のままで居るつもりなのかしら? 」
『5 司会の視界、あるいは参列者たち』
青空の下、白い霧の中、葬儀は進む。
祭壇の上に黒い棺がある。
八意永琳は司会としての役割を果たしている。
司会の役割は、淡々と読み上げ、続け、繋ぐ事だ。本当なら経の一つでも上げればよいのかもしれないが、喪主も、或いは経を読まれる本人もそれを望んでいるとは思えない。神事を司る巫女も居ない。今はない。
蓬莱山輝夜は泣いている。目頭を押さえている。永遠と須臾を行き来する彼女にとって、かそけき人の命など大したことが無い、訳ではないらしい。それほど深い親交があった訳ではないが、葬儀と言う状況が彼女の胸を打つらようだ。よく言えば感じやすいと言うことだが、悪く言えば劇場見物に近い興味はあるだろう。輝夜の心情はやや不謹慎だが、喪主のレミリアはそれを見て嬉しそうな顔をしているので、問題にしないことにした。
黒染め衣装の永琳は、会場の中で一番不吉に見える。本人も重々承知している。
集っている者も皆、黒い。不自然なまでに深くベールを被っている客もいる。西行寺のお嬢様くらいだろうか、いつもの服装なのは。しかし彼女は亡霊なので、誰も喪服に着替えない無礼を問わないだろう。彼女の抱える、魂魄妖夢だと称する白い石が、常軌を逸していた。悪趣味にすら思えるが、彼女はあれを冗談でやっている訳ではない。鬼気迫るものがある。あのお調子者の魔理沙さえ、彼女に声をかけるのを躊躇ったほどだ。
魔理沙とスカーレット家の付き合いは旧い。客として来た筈なのに、もう式の裏方になって働いている。少なくとも、この家の誰よりも世慣れている。整えられていた祭典に彼女が手を加えると、より葬式らしくなった。よく見れば黒いドレスも、いつもの物とは違う。黒く細い立て筋のついている灰色のズボンに濃紺のベスト、そして黒いネクタイを締めていた。ズボンはダボッとして見えるけれど、スカートよりも動き易い物を。黒いコートは良く見ればきちんとモーニングで、葬儀が午前中に行われるものと意識したものだ。彼女の実家は、幻想郷で商家を営んでいたと言う。その頃に仕込まれた作法と支度が、今現れているのだろう。宴を盛り上げている術を心得ているのに、素直に感心した。
その点、我が弟子優曇華院は落ち着きが無い。
姫の隣に座っているのに、きょろきょろと周囲を見回す。挙動不審に見える。それ以外はだらっとしていて、緊張感が無い。ちゃんと葬式の理を魔理沙に教わるよう、後で言っておかねば。
*
「ねえ、永琳、私たちもいつか死ぬのかしら」
姫は、十六夜咲夜死亡の報を知って、そんなことを言った。
「私たちずっと死なないと思ってたけど、もしかしてそんな事無いんじゃないかしら」
どうしてそんな事を考えるのですか? と尋ねると。
「だって、今まで彼女が死ぬなんて、思ってもみなかったから」
と単純なお答。
*
輝夜がそっと顔を伏せ、イナバの手を握る。爪が立っていて、鈴仙・優曇華院・イナバは少し痛かった。
師匠、八意永琳は淡々と式を進めている。式の理由から、参加者方々へのお礼の言葉に始まって、故人の略歴。
「十六夜咲夜様は、紅魔館のメイドとして……」
故人の思い出のアルバムまで用意してあって、それが大映像で表示された時は、吹きそうになったが我慢した。
美鈴と花を摘む咲夜。
パチュリーに紅茶を入れる咲夜。
庭の妖精達と。図書館の悪魔と。
白い日傘をさして歩くレミリアの脇で、地を指差す咲夜。レミリアの指は天を指している。
そして、フランドールに本を読んでいる、咲夜。
年老いてなお幸福そうな貴婦人が画面に映って、鈴仙はぞっとした。不意に現実を見せ付けられた気分だった。姫はもう初めの写真から泣いていた。小さな声で。
「イナバ、私たちも、写真取りましょうね」
と囁く。
「一杯、撮っておきましょうね。みんなの記念の為に」
正直、少しひいた。
けれど咲夜を中心に、スカーレット一家が記念撮影をしている姿は、不覚にもうるっときた。何だろう、御芝居の御約束で、陳腐な展開が見え見えなのに、それでも泣けてしまうご都合主義的な涙。演出効果だな。そう思った。自分のような冷静に見ているものでも、泣けるのだから、そこに何らかの感情がある人ならば、尚更その涙腺をつつきっ放しだろう。
――でも、こんなもんじゃ泣かないわね。全然足りないわ。
すん、すんと鼻を鳴らす音すら聞こえる会場で、鈴仙は、きっとこうやって白けているのは自分だけだろうな、と思っていた。アトラクションショーの舞台を見ながら「あん中に人入ってるんだぜ」と、自慢げに叫ぶ子供のような痛さ。賢明なつもりで、実はそのポーズをとるのに一生懸命な自分。世間を斜に見た行為。
――てゐはどう考えているんだろうか。
因幡てゐは、長生きしている地上の兎である。永遠亭に仕えても永い。いつも毒舌なこの兎の感想が聞きたくて彼女に目を向けたら、厳粛な顔つきで式に挑んでいて、何だかドキドキした。こんな張り詰めた表情の彼女は見たことが無かった。泣きそうな顔にも、見えた。
映像が終って、縁のある人々からの一言の紹介に到る。そこで司会は、笑顔のまま少し固まった。固まった、と判ったのは、もしかすると鈴仙だけかもしれない。式の進行は喪主たるレミリアの気まぐれによって次々と変化する。司会進行に、何か無茶な指令でも突きつけられたのだろうか。
とは言え、この年経た人は何事も無かったように式を再開した。
「この式に、読経も聖職者の説法もありません。ただ、各代表の告別を代わりに当てたいと思います。まずは妖精代表から」
名前を呼ばれる前にチルノは、ハイ! と手を上げて壇上に歩き出した。
右手と右足が同時に出ていた。
表情がカチコチだった。
『6 チルノのQ。そしてまるで日曜日の終わりのような追悼』
咲夜が死んで、びっくりしました。妖精たちもびっくりしました。アタ……。
わたしもびっくりしています。
わたしが挨拶すると、咲夜も挨拶しました。挨拶しなかった時は、咲夜も挨拶しませんでした。これは他の妖精に対しても同じでした。だからきっと妖精は好きでも嫌いでもないんだなあ、と思いました
でもコーマ館の妖精はお茶とお菓子が食べれて羨ましいなと思いました。だからわたしも、お茶とお菓子が欲しいと言ったら、あなたはいつも悪戯ばかりして困ると怒りました。悪戯したら怒られないとつまらないけれど、怒られるのもつまらないので、わたしはお菓子をくれないと悪戯するんだと言いました。そしたら咲夜は笑って。
「あなたは毎日が十月三十一日なのね」と言いました。
咲夜は頭が悪いなあと思いました。その日は春だったからです。
*
「おやつはあげるわ。その代わり少し働いて欲しいの。
最近蒸してきたから、皆に冷たいものを振舞いたいわ。ボールをひんやりさせてくれる? 」
「カチカチじゃなくていいの? 」
「ひんやりがちょうどいいのよ」
咲夜は、とても大きなボウルに濃厚なミルクと果汁を注ぎ入れる。チルノはひんやりさせる。大きなしゃもじで咲夜がかき混ぜる。すぐに角の立つ氷菓子が出来上がった。咲夜は指で一すくいして、舐めた。
「こんなものかしら」
その後しゃもじを渡して。
「しゃもじについてるの、味見していいわよ」
おいしい! とチルノが言うと、咲夜が笑った。
ホールケーキの周りを切ったふちもくれた。美味しかった。
*
咲夜は優しくないけれど、優しいと思いました。咲夜は冷たいけれど、あたしよりは温かいです。
後、コーマ館なのに子馬を見たことがありません。後で見せて欲しいと思いました。
咲夜が死んで寂しいのは本当です。
おわりです。
「続いては、人間代表です」
まず、このたびは紅魔館の方々、並びに関わり深い方におきましては、心からお悔やみを申し上げます。
私は人間の部類に入れて頂いておりますが、ご存知の通り妖怪の血が混じっております為、遥かに長命であります。一人の人が居なくなる。いつかこんな日が来ると知りつつも、それがまさか今日と言う日になろうとは思いもしませんでした。
咲夜さん。あなたは仕事に熱心な方でした。あなたの仕える人は常命の方ではありません。それ故か、あなたは人間に対していささか冷たい様子にも見えました。
けれどあなたはその他人を近づけさせない空気の中にも、少々天然の面がありました。例えば買い物しようと里まで出かけて、財布を忘れたり、或いは、店先で魚を猫に奪われて、新しい物を買わずに追いかけてしまったりとか。その時垣間見える苦笑じみた表情に、親しみを感じると言えば、あなたは怒るでしょうか? いいえ、きっと頓着しないでしょう。けれどそれでもいいのです。あなたの崩した表情に、みんなが微笑みます。おそらく、太陽ですら微笑むでしょう。
今日もいい天気です。
あなたへの野辺送りにはちょうどいい日かもしれません。
ここに居る普通の人間の参列者は、紅魔館と繋がりがある人ばかりですが、儀礼と言うばかりではありません。私たちは、あなたが思っている以上にあなたのことが好きなのです。
願わくば、この常命の者たちに、もう少しあなたの笑顔を向けて頂ければと思ったのですが、それは叶わぬことなのでしょう。それでも私たちはあなたが嫌いではありません。
この言葉に、いえ、全てのあなたに向けた想いにお腹立ち無いようお願い致します。
ご遺族の方、また縁の方々は重ね重ねご愁傷様でございます。
人間代表、森近霖之助。
「続いて亡霊代表」
西行寺幽々子は夢見るように立ち上がると、ふらりと壇上に向かった。
彼女の胸元には、石があった。
『7 西行寺幽々子の韜晦。霧雨魔理沙のでまかせ』
「生と死に、それほどの違いはありません」
亡霊の姫君がやわやわと笑うほど、会場はぞっとするのであった。
「なぜなら、その人が居ると思えばその人は居るわけです。居なくなったと言うのは客観的な判断で、当人にとっての事実とは異なるからです。現にこの会場に居る人たちは、今日の主賓が亡くなったとご存知なわけですが、参加していない方にとっては、その事実を知りえないわけです。
自分が生きていると思えば、その人は生き続けているのです。自分の側にいるのです。
ねえ、妖夢」
少女のように白い石に囁きかけて。
「私はこれに、妖夢の名をつけました」
一瞬、幽々子の眉間に何かが凝った。盲いていた人が、突如光を取り戻したようなはっきりした視線。けれどそれはすぐに深い霧に包まれて見えなくなる。
「私は、だからいつも妖夢と一緒です。
妖夢?
妖夢、聞こえている? 私は本当にあなた無しでは駄目なの。私一人じゃ、何も出来ないのよ? あなたは私の庭師なのだから、私の茂みもきちんと整えてくれなくては困るわ。
私は、あなたの作るご飯が食べたい。
お腹が空いて、お腹が空いて仕方ない。ぽっかりとした空腹感ばかりがあるから、私がこうやってあなたを抱きしめると、少しお腹が満たされる。
妖夢、最後にあなたに別れを告げる時に、あなたは言ったわね?
「これから何があるのか判らないけれど、いきます」と。
「御側についておれないのが残念ですが、お許し下さい」と。
それでも、逝って良いと言ったのは私なのですもの。
私のような亡霊が居たとしても、必ずしも全ての者が私のようにこの世と関われる物ではない。
また、当の私ですら、私の生きていた頃を知らないのです。
妖夢がもし私の前に現れたとしても、それは新しい彼女かもしれません。私にはそれが判らない。
でももし彼女が現れたら、私はきっと彼女を抱きしめます。そして涙が出るでしょう。
ああ、でも今私はあなたを抱いているのね。だから私は泣かないのだわ。私は妖夢がいて幸せです。けれどあなたはダンスが出来ないわね。あなたと一緒に」
踊りたいわ。
そう言って幽々子はくるりと廻って、笑った。
どう見ても、狂っていた。
だからこの後で壇上に立つのは難しいなと魔理沙は思っていた。
自分がこの後に出て行って、どれだけ式を盛り上げられるか疑問だ。何よりあの場には自分の縁のある人間も居る。魔法使いになって、すっかり過去は拭い去ったつもりだが、社会はそうもいかないようだった。
――はて、私の手際は褒められるかしらん?
人間世界と一線を隔してから、久々にあの時代を思い出して整えた舞台である。葬儀の飾りつけは、もはや縁の無い実家でみっちり教えられたことの一つだ。急な参加の急ごしらえだけれど、見かけはシャンとしたはずだ。
深呼吸した。
けれど盛り上げるのは、劇的な何かではなく、積み重ねる事だと言う事も判っていたから、いつも通りでいいやと腹はくくっていた。
このでたらめと思いつきの弔辞の連続は、レミリアの気まぐれの指名だ。ある意味、一貫性はある。流石にチルノには、別れの言葉を述べてくれ、と言う指示は前もってしてあったけれど、他の二人は不意打ち指名である。アドリブにしては、よくやったと言えよう。
――いや、普段から思っていることを口にしただけか。
そうだ、やっぱりそれなんだな。いつも通りでいいんだ。そう思ったら、呼ばれるのが楽しみになった。
魔理沙は魔法使いになった。
そして人間の彼女達と友達でも、あった。
「友人代表、霧雨魔理沙」
そら来た、と思った。
案外すたすたと足が出た。
「友人と言うと、恐らく本人は怒ると思うけれど、私は友達だと思っているので、構わない。咲夜は大好きな友達の一人だ。
皺くちゃの彼女を見て、嘘だろ、と思い、動かなくなった彼女を見て、嘘だ、と思った。私は彼女と戦った事もあるからだ。敵としても、味方としても。
よく霊夢の神社で飲んだ。宴会した。霊夢がここにいないのは、信じられない。でもそれは当然だ。霊夢だって年をとるし、今咲夜と同じ場所にいるはずだ。
二人は何を話しているのかなあ。妖夢もそこにいる。けれど私はそこに行かなかった。行かないでここに居る。年を取らず、遥か人間よりも永遠に近いもの達の側に来ている。
正直彼らに好かれているとは言えないな、私は。うん。自覚してないわけじゃないんだ。さっきも、空気読んで帰れって言われた。私がいると、邪魔だってね。
でも私はいつも考えるんだ。今は居ない友達のことや、人の世で生活していた時のこと。別れてしまうと、案外それはすぐ遠くに行ってしまう。
それから、霊夢のことも。ほんとあいつは冷たい奴で、無頓着で、自分が死ぬ時も何の感慨も持たない。博麗の巫女だから、とかじゃなくて、あいつはそう言う奴なんだ」
霊夢の名前を出した時に、自分の声が、ぎゅっと悲しくなったのに気づいた。
なんだ、馬鹿だなあ、私は。
けれどここでその悲しいを否定したら、言葉が一気にうそ臭くなるので、その感情はそのままにした。何、自分の弔辞が終るまで、涙も零れずにもつだろ、と思った。
おやおや、嘘つきだなあ、私は。
心の中でそっと呟く。
右目から思ったより早く、一筋涙、零れた。
*
自分の葬式どうする? と聞くと、三人口を揃えて。
「埋めといて」
と言った。
「もしくは、焼いて」
博麗霊夢、魂魄妖夢、そして十六夜咲夜は自分たちの死についてそれほど深刻に考えていない。
「幽々子様とお別れするのは寂しいですけれど、でもそれはまだ先の事ですし。いつか来た時は、お別れを言えれば満足です。
後、次の庭師が気になるくらいで」
と言ったのは妖夢。
「お嬢様は、私が死んでも別にどうって事無いですよ。ただ、人並みに葬式くらいは挙げてあげるわ、って大喜びでしたね。予行演習くらいしかねません」
とは咲夜。
「魔理沙は魔法使いになるのよね。妖怪の。そしたら御葬式なんて考える必要無いから楽よね」
そう質問返ししてきたのは、霊夢。
「そしたら霊夢に退治されないといけなくなるからなあ。まあ人間の時でもたまに退治されるけど」と魔理沙が言えば。
「あんたが懲らしめる時もあるでしょう? 私懲らしめられるようなこと、何にもしてないけれど」
「じゃあ私は、きちんと懲らしめられるように、幻想郷にびっくりするような異変を引き起こそう」
魔理沙の意外な提案に、ぎょっとした顔の三人。異変? と口を揃えると、魔理沙。そう、異変、とうなづいた。
博麗神社の側、霊夢の家の中でお茶を飲みつつ語る茶飲み話。あの畳、あのちゃぶ台、そしてあの縁側。
「死者を蘇らせるんだ。
妖夢と咲夜とそれから霊夢。あんたらが全員死んだ後にさ。
そんで蘇ったあんたらに、成敗される。これっていいアイデアだろ? 」
「亡者になるならともかくぅ、反魂はエネルギー保存の法則を無視するから、無ぅ理よぅ」
「霊夢、似てない」
「紫様、そこまで間延びしてしゃべらないです」
魔理沙と妖夢のつっこみに、ふん、と鼻を鳴らして、霊夢。
「いいじゃない。紫ってわかったなら、物まねの意味はあるのよ」
「いや、もっと紫は甘い声なんだよ。妖夢ぅ、魔理沙ぁ、咲夜ぁ。
そんで、霊夢ぅ。
霊夢の時だけ、語尾が下さがりなんだよな。他は上に上がるのに」
「ああ、判る判る」咲夜のつっこみに魔理沙は調子に乗って。
「そんでなんか、もっと甘いの。
れいむぅ、れいむぅって」
爆笑されて、霊夢が赤くなった。咲夜も調子に乗る。
「れいむぅ、御賽銭、いつもどこに入ってるのかしらぁ?
ちっともあるようにはみえないんだけどぉ」
「似てる似てる」
「れいむぅ」
「あはは」
「らぁんん」
「そっくり! 」
「ちぇえええん」
「それは藍でしょ」
はしゃぐ三人に、半笑いで巫女が、アレに聞かれても知らないわよ、なんて言っていた。
おっと桑原桑原。
雷が落ちないうちに、はしゃいでいた面子は静かにお茶を飲む。四人が顔を合わせて微笑む中。
「おいしくない、お茶ねえ」
と間延びした声で誰かが言った。
ぷ、と思わず魔理沙が噴出した。
噴出したのは、魔理沙だけだった。
*
あの時の事をふと思い出して、もう一度魔理沙の喉から笑い声が漏れた。失礼、と咳き込んで見せてから、さっと涙を指先で拭う。
「逝く本人は未練が無くても、残されたものは哀しい。だから私は、やっぱり皆がいなくなって寂しいんだ。
寂しい。本当に寂しい。
友達として言えることは、やっぱりそれだけだ。
それだけなんだな」
なんとも煮え切らないオチだな、と思ったけれど、これ以上は続けられなかった。
右目だけではなく、左目の我慢も出来なくなってきたからだった。
博麗神社の側、霊夢の家の中でお茶を飲みつつ語る茶飲み話。あの畳、あのちゃぶ台、そしてあの縁側。
今はもう、あそこに彼女達はいないのだ。
彼女達は、魔理沙の側にいる。
『8 目が見えない妹と、展開の見えない出来事』
フランドール・スカーレットは、今までの挨拶の中で一番楽しそうだった。初めての御遊戯会に参加する園児のような顔。自分の持つ力の大きさから、パーティーの参加も遠くから眺めるくらいしか出来なかったフランにとって、こう言う場で一席ブツのは一度やってみたい事でもあった。
まず場内がぎゅっと静まったのは、フランが棺おけの上に立った時だった。
勿論中には、この会の主賓が入っている。永琳はそんな風景を見なかったかのように、静かに。
「スカーレット家代表。
フランドール・スカーレット様」
呼ばれたフランは、姉のように優雅に微笑んで見せた。
「ごきげんよう皆さん。今日はこのメイドの冥土行きにご参加下さいまして、まことにありがとうございます。急な日取りとなりましたが、お集まり頂いた事、嬉しく思います。
二日前この年老いたガラクタが、永遠にその動きを停止しました。この惨めな存在を作った造物主に、まずは尊敬の念を捧げます。実に良く出来たガラクタでした」
パチュリーが頭を抱える。隣に座ったアリスが睨む。
ふん、なんとでも思うがいいよ。
こんな式は馬鹿馬鹿しい。ぶっ壊してやる。別に破壊しなくてもぶっ壊すやり方は、私だって心得ているんだから。
「ほんと、咲夜は最後ぼろ雑巾みたいでした。死ぬって惨めなんだなあって思いました。汚い。その上、ちゃんと腐ってきてるの。おかしいでしょ? おかしくないですか? 動かなくなっただけでこんなふうになっちゃうのなら、人間ってなんて脆いんでしょう!
私人間でなくて本当によかったと思います」
立て板に水で、言葉が流れ出る。水の下にある水車は舌だ。くるくる動く。
「一緒に、永遠に生きるって咲夜が決めてくれたら、こんなことしないで済んだのに、めんどくさい。お姉さまなんて、咲夜の代わりにみんなに紅茶入れて廻ったのよ? 本当なら咲夜がやるはずだったのに。
美鈴は一番いいお花を切って、あのガラクタの周りに詰めたの。全部薔薇よ? 白いのと赤いの。お花は切られてもあんなにきれいなのに、あのガラクタは臭いのよ。何で出来てるのかしら。ほんとよく出来てるガラクタだわ。
パチュリーなんて、あれを見て泣いたのよ。恥ずかしい! 咲夜が、か、可哀想だと思ってなんて言うの! おかしいでしょう? あの動かない図書館が、泣くのよ?
咲夜が馬鹿だから! 永遠に生きることを望まなかったから!! 」
おかしいな。
喉が変だ。
ちょっといがらっぽくなって、咳き込む。
「失礼。
とにかく、私は全然ショックじゃありません。こんなの茶番です。馬鹿です。よく出来たガラクタなんて言ったけど、嘘です。ゴミです。このひつぎの中に入ってるのは、咲夜じゃありません。驚いた? 驚いたでしょう? ゴミ人形! ただのゴミ人形よ!!
当たり前じゃない! こんな中に入ってるのが咲夜なわけ無いじゃない!!
馬鹿!!
当たり前の事言わせないでよ!! 」
まずいなあ、って自分でも思う。
気が触れてるって言われるのは、きっとこう言うところなんだろう。情緒不安定になる。
違うのに。
もっと冷静にやるはずだったのに。
お姉さまはすごいなあ、自分みたいに成らないから。
微かに心のどこかで、自分を観察している自分だけが冷静。
後の私は、大した事ない。だって。
「……くやが、し、し、しししししぬわけ、なななないじゃない!! 」
両手がわなわなと震える。おかしい。
「咲夜は本を読んでくれるし、おいしいご飯つくってくれるし、めめめめいりんと一緒に花飾りつくってくれる。ねえ、美鈴! 美鈴は咲夜大好きだよね!? 」
門番の顔を見る。駄目だ、こいつは役立たずだ。私の方を見て、ボロボロ涙を零している。馬鹿、私がこんなになってるから、お前が止めないといけないのに、口を押さえて泣いている場合か。おかしいでしょ!
「本を読んでくれるのは、ぱ、パチュリーと一緒に、パチュリーと一緒に外の本で、私が、読めるのは、本を、私が本読めるのに、咲夜は私が読めって言ったら、私が読める本を、読むのよ!?
童話とか、マザーグースとか。馬鹿みたい。ぱ、パチェに、だから咲夜は死んでも哀しくないのって聞いたら、パチェは哀しいですなんて言うの。ま、まほうつかいのくせに、ばばばばかなんだから」
肩を小さく震わせてパチュリーが泣いている。アリスがその背をそっと撫でている。傍らに立つ魔理沙は、さっきからずっと帽子を深くかぶって顔が見れない。おかしい、茶番だ、茶番だ、こんなの茶番だ! 判ってるのに!
嘘だ、嘘だ嘘だ。
うううううそだ。
うそなんだから!
*
紅魔館の中で、咲夜とかくれんぼする。
数えなくてもいいのに、私はいつもちゃんと十まで数える。
咲夜、どこ?
どこにいるの?
彼女は時を止めて、その間に隠れてしまうから、まるで初めからいなかったみたいに思える。でも、だからこそ、咲夜は私の側でかくれんぼする。
「咲夜、この箱の中でしょ? 」
「残念、この箱でした」
咲夜。
呼べば彼女は、出かけている時でない限りすぐに私のところに来てくれた。
お姉さまのところに居る場合も、来れなくて仕方ない。
咲夜はお姉さまが大好きだから。お姉さまも咲夜を大好きだから。
咲夜は今、私の前からかくれんぼしている。
私の足元の箱には、死んだガラクタがある。
そうだ。
お姉さま。
お姉さまは。
*
お姉さまはいつも通りの表情で私を見ていた。
黒い服を着ているお姉さま。
ただエナメルの靴だけがつやつやして赤い。
「ばかだ! もう、嘘だ! 何とか言いなさいよ! 出てきなさいよ、咲夜!
まるで。
本当に。
貴女が。
しんだみたいじゃないの!!
おかおかおかおかしいでしょ!! お芝居でしょ!!
だって咲夜、あなたが死んだら、貴女が死んだら、おねえさまが」
おねえさまが。
おねえさまが、かわいそうでしょぉっ!!
絶叫だった。
絶叫したら、頭がすーってなった。でも激情は止まらないから、足がガクガクした。
「おおおおねえさまは、さくや、咲夜のことだだだいすきなのに。だいだい大好きなのに。一人で生きろって言うの? 残酷よ。おねえさまかわいそうよ。あなたはかってに死んで。ひどいわよ、おねえさまがかわいそうよ。
誰がお姉さまにキスするの? 誰がお姉さまを抱きしめるの? あなたは誰の物なの? お姉さまのものじゃないの?
さくや。
へ、へへへへへんじ、してぇ。
もういいよって、言って。
かくれんぼ、しない、でぇぇぇぇ」
わっ。
わああああああああああっ!
号泣した。
そっと手を添えて美鈴が立たせてくれた。だから形ばかりのお辞儀をした。何だろう、この気持ち。
でも、ちょっと静粛に厳粛にやるつもりだったのに上手くいかなかったから、恥ずかしかった。
その後、レミリア・スカーレットが喪主として挨拶した。
人間は役に立たないわね。さ、咲夜は死にました。
さようなら咲夜。私、あなたを忘れられるわ。
あっけない言葉で、喪主の挨拶は締めくくられた。
けれど幽々子は、初めてここで涙を流した。会場は既に涙を拭く人ばかりだったのに、この狂気の女性はずっと夢心地のまま座っていただけだったのである。
逆に涙がひいたのは、輝夜である。
「嘘つき」
と小さな声で言った。なんか白けた、とは言わなかった。司会の永琳も、レミリアの言葉で涙していたからだ。そしてイナバも。
イナバ・優曇華院・鈴仙は泣いていた。
フランドール・スカーレットの発言でもう涙腺がきていたのだけれど、レミリアの、「さ」にやられた。咲夜の「さ」。それを口に出したくなかった、レミリアの気持ちが、気持ちの差なのだ。差があるのだ。その気持ちが、何だか痛いほど想像できた。実際そうなのかはわからないけれど、想像は出来た。
「では、これより、埋葬に移ります」
静かな声で永琳が言った。誰が準備したのか、葬送曲が聞こえてくる。
レミリアは何故か誇らしげだった。けれどその顔が一瞬、狼狽した。
ゴ――――――――――ン。
夜鳴る紅魔館の鐘が、今正午を告げた。
その時ぱっくりと空間が避けて、行列が現れたのだ。
その行列の一点を見て。
西行寺幽々子、思わず立ち上がった。
『9 八雲紫』
二人の先導は、鐘を鳴らし鈴を鳴らし、その後の行列を導くのであった。
霧が篭っていた。
列を中心に、周りで煙っていた。
鬼が舞っていた。面をつけていた。呼び魂返しの、古い踊りだった。
長い髪が、うねる。
ざ。
ザ。
二本の角が踊った。
太刀がゆったりと閃いた。
リーン。小さな鐘が響く。
シャンシャン。鈴が鳴る。
妖狐と妖猫が、片や鐘、片や鈴を鳴らして、路を進む。
そしてその後ろに、闇の中からぬっくと出てきたように。
八雲紫が居た。
紫のドレスは風を孕んでいる。
ゴ―――――ン。
再び鐘楼が鳴り響く。空気が鳴っているのだ。追悼の鐘は空に高く地に低く、かそけき音を包み込み、震わせ、かえって静寂であった。
「追悼にまかりこす」
静かに紫が言った。そして。
「レミリア・スカーレット、何故彼女を殺した」
と詰問した。
怖い声だった。
「老いさらばえた従者を見るのが嫌になったのか。それとも彼女を飼うのに飽きたのか。
許されざるよ、運命を弄びし者。
いっそ従者と共に行け」
「……あんたは呼んでないわよ。
図書館好きの鼠より、胡散臭いのよあんたは」
レミリアは彼女の前に立って、威嚇する。喪服が風にはためいた。
「あなたがいると、葬式が嘘臭くなるのよ」
言い切ったレミリアに、紫は重々しく告げる。
「全ての式は、結果への過程。結論を導き出すもの。式を通して出された結論こそが、事実が存在した証明。その過程がどんなに胡散臭くとも、導き出された答えがあればそれは一つの式と成り得る。
お前の求める結果は何だ? この式は何の結果を生む。
レミリア・スカーレット。
お前はそんなにも従者を殺したいのか? 」
「私が何で咲夜を殺したいのよ」
馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めてレミリア。
「幾ら呼んでも応えない個人がいるから、葬式は成り立つのよ。これはただそれだけのこと。
呼んでも応えないようにする為には、咲夜を殺す必要があったの。
そうね。それでも、そうなら。
そうよ。私が咲夜を殺したの。
彼女の葬式をするのに、彼女は必要無いわ」
彼女の思いもかけない告白が、会場の固唾を飲ませた。咲夜は死んだのでは無く、殺されたのか? これは十六夜咲夜の葬式ではなくて、レミリア・スカーレットの罪状を暴く糾弾の場であったのか。淡々と妖怪の賢者は問う。
「ではお前は、葬式をするためにその箱の中の者を殺したのか」
「その通り」
「槍で刺したのか。それとも食い殺したのか」
「私が手を下すまでも無いわ。時が全てを解決してくれる。私はこれを死ぬように運命ただけ」
「時を早めて、老衰させたと言うのか」
「そうよ。悪い? 」
「ならばその棺の中にあるものへの葬儀なのか、これは」
「棺の中の亡骸には興味が無いわ。私がしたかったのは、十六夜咲夜の葬儀よ」
そして大きな声で、会場中に宣言した。
「勘違いしている人もいるみたいだけれど、これは別に咲夜の葬式のデモンストレーションでは無いのよ? これは十六夜咲夜の本葬です。
咲夜の葬儀をすることが、私の目的なの!
そして、あえて付け加えるなら……。
この葬式は、あんたの登場のせいで成功。
そこがとても忌々しいけれど」
会場中がざわめいた。
どう言う事か?
参加者は皆、棺の中の咲夜を見ている。安らかな表情のメイド。その顔は年老いた女で、悪趣味なまでに本人に似ていた。よくまあこんなものを用意したものだ、と感心すると同時に、誰が用意したのかはすぐに予想がついていた。幻想郷には優秀な人形使いがいる。
これは、いつか起こりえる出来事の為の儀式なのだ。皆そう思っていた。人より遥か長く生きる吸血鬼たる主の、従者との別れの予行演習なのだと。半信半疑で集った人間達も、レミリアのこうした気まぐれのパーティーには慣れている。むしろそのノリについていけなければ、紅魔館の面子と御付き合いなんて出来ない。擬似葬式とは悪趣味だけれど、参加した人間達は。あるいは妖怪たちも。今より遥か先にあるであろう彼女の葬式を想像し、また短い命の者は、自らがその場に立ち会うことの無いことを知ってこの群像劇の役者の一人として参加していたのだ。
長き命を持つ者の、気持ちの整理の一つなのだろうと。
けれどそれにしては、あの人形はあまりにリアルだったのではあるまいか? そう言えばあの箱の中からは死臭を感じた気がする。紅魔館の人々の悲しみようも、何か演技とは思えないものを感じる。それは今まで家族の死を想像してのものかと思っていたけれど、本当は今起きている出来事の不吉さを知っているのではなかろうか。
十六夜咲夜は死んでいるのか?
この馬鹿げた疑問は、胡散臭い乱入者のせいで不意に現実味を帯びてくる。まさかと思いながらも、否定しきることの出来ない厭な感覚。これを笑い飛ばせるのは当の本人か、もしくは死を司る死神と閻魔の二人くらいだろう。
咲夜の葬式をすることが、私の目的。
そしてそれは今、紫のせいで成功した。
そう言い切ったレミリアに、紫は妖しい微笑を浮かべて。
「おめでとう」と言った。
「本当にひねくれてるのね、吸血鬼」
「何がよ」
「私としたことが、一本取られたわ。まあ、その可能性も考えて折込済みなのだけれど」
「ふん。かき乱そうって腹でも、別に構わないわ。どう転んでもいいのだもの」
「でも私は呼ばれていない」
「そうよ。あんたは呼んでないわ。そして咲夜も呼んでないわ。
誰も咲夜を呼んでいない。哀悼の意を表示しただけ。
ああ、フランが呼んだわね。でもフランが呼んで出てこないと言うことは、我侭な私以上に我侭ね」
訳の判らない事を言うレミリアの言葉を、この境界の妖怪は理解しているようだ。にやにやしながら。
「レミィ。お前が呼んでやればいいのに」
「私が呼んで来るのは当たり前でしょう? そしてフランが呼んだのに出て来ないのは傲慢だわ。そうよ、傲慢よ。本当ならあそこで出てくるべきでしょう?! 」
急に怒り出したレミリアに、紫は。
「本当は嬉しいくせに」
「うるさいわね」
その二人の言葉を不意に、声が遮る。
「妖夢! 」
「魂魄妖夢!! 」
立ち上がっていた西行寺幽々子は、足早に参列者の中を抜け、中央にまかり出て。
大声で叫んだ。
「来なさい、妖夢! 」
もう我慢出来なかった。
駆け出していた。
何もかもかなぐり捨てて、走った。
角のついたかつらを脱ぎ捨て、面を剥ぎ。
鬼籍に入りし者、奇跡の軌跡を描き。
「ゆ、ゆ、こ、さ、まぁーっ!! 」
自らの主を抱きしめた。
「勝手に人を亡き者にしないで下さいぃぃぃ」
「すっかり泣き者だけどね」
「ふぇぇぇぇぇん」
誰彼構わず泣き続ける妖夢の胸元に、幽々子がぎゅっと何かを押し付けた。
「これ持って」
「何ですか? これ」
「魂魄妖夢」
「勝手に石に私の名前付けないで下さい! 」
「あら、ちょうどあなたの頭と同じくらいの重さよ? 膝に乗せると、耳掻きしてあげたのを昨日の事のように思い出したわ」
「耳掻きしたのは、一昨日の話じゃないですか! 」
涙をぬぐって妖夢はきゅっと眉根を寄せた。
「おかしいと思った! いきなり博麗神社に泊まりに行ってらっしゃいなんて言うんですから! 」
*
「これから何があるのか判らないけれど、いきます」
精精楽しんでらっしゃい、と言う幽々子に怪訝な顔をして妖夢が応える。
「御側についておれないのが残念ですが、お許し下さい」
「許すも許さないも、私が行きなさいというのだから、何の心配も無いわよ」
なおも尋ねようとする妖夢の口を笑顔で閉じさせて、白玉楼の主は更に付け加えた。
「ただし、初めに言ったとおり、博麗神社に彼女が居なかった場合は、すぐに私のところに戻ってくるように。
彼女はあなたの友人でもあるでしょう? 一応。その時は紅魔館に行っては駄目よ? すぐ私のところに戻りなさい。
いいわね」
*
「まさかこんなオチが用意されてるなんて、思ってもみませんでした」
「ずっと、これ、見てたの? 」
「……はい。紫様のスキマから」
「そう」
幽々子はちょっと困った顔をして、それから。
「我が反魂、今成せり」と囁いた。
幽々子の身体から、微かに桜の薫りがした。
魔理沙!
彼は立ち上がって、呼んだ。
「ほら、出てらっしゃいな、魔理沙」
古道具屋の主、森近霖之助は大きな声で、もう一度呼ぶ。
アリスとパチュリーは、思わず顔を見合わせた。魔理沙が居る場所は、霖之助にもすぐ判るはずだ。トレードマークのあの大きな帽子。そして彼女は自分たちのすぐ後ろに居たはず。けれど魔理沙の声は全然別のところから聞こえた。
「なんで私を呼ぶんだよ」
葬式をかなぐり捨てた赤いドレスで魔理沙が現れた。庭中に飾られた飾り幕の影に隠れていたのである。全然正反対の方向から現れた彼女に、二人の魔法使いは度肝を抜かれた。
「呼ぶなら私の名前じゃないだろう」
「僕が彼女を呼ぶのは、何か違うと思ってね。折角珍しいドレスアップなんだから、君がやらないと」
これまた葬礼の列の中から無遠慮に抜け出してきた彼は、しれっとした顔で魔理沙に近づいていく。
「ほら、ミスディレクションの効果が切れちゃうよ」
ミスディレクション。
一方に興味をひきつけて、肝心なタネを隠し続ける手品の基本技術。
霖之助にそういわれては仕方ない。
「……判ったよ。
もういいぞ、霊夢」
「待ちくたびれたわよ、魔理沙」
振り返ったアリスは、もう後ろに立っているのが誰なのか気づいていたし、パチュリーも同様だった。けれど帽子を取った後、そこに見慣れた彼女の姿が出てきたのは、新鮮な驚きがあった。
そこには楽園の巫女、博麗霊夢が立っていた。
「その話は後で聞くって言ったから、今言うわよ!? 全く嘘ばっかり! もうちょっと他の面子みたいに上手くごまかして言えないの?
霊夢は今ここに居ない、なんて嘘じゃ、ちっとも芸が無いでしょう?
霊夢は姿を変えて、今でも私を見守っている、とか、幾らでもごまかしようあるじゃない!? 」
「冷たくて無頓着、のところはいいんだ」
アリスの突っ込みに霊夢は、それは本当だもの、と答えて。
「全く、普通は巫女が自分に霊を降ろすのよ? 巫女が降りてどうするの! 」
「しかも魔法使いの上にな」
肩を竦める魔理沙を軽く睨んでから、博麗神社の巫女は大きな声で。
「さあ、ある者は呼び、またある者は宿らせて、今ここにいないはずの人間を呼び出したわよ!
次はあんたの番でしょ!!
さっさと迎えに行きなさい! それで立派に葬式を失敗させなさいよ! 」
と言った。
目を細めて霖之助は、腕を組む。その表情は満足そうな笑顔。
*
「君、死んだんじゃなかったのか? 」
怪訝そうな顔で尋ねると、尋ねられた彼女の方ではなく随行者が。
「何の話だ? 」と聞き返した。
「私らはこれから神社で鍋パーティーだ。それがどうして死ぬの死なないのって話になるんだよ」霧雨魔理沙のふてくされた質問に。
「ああ、それで八卦炉を見てくれなんて言い出したのか。そっちは大丈夫。以前みたいに鍋ごと吹き飛ばしたりする心配は無いよ。
でも町まで彼女も一緒に行くとなると、驚く人は何人か居るんじゃないかねえ」
大きく息を吐いて、まあよかったよかったと香霖堂店主、森近霖之助は言った。二人の買い物客は何のことか判らずに首をひねっている。特に勝手に死人扱いされた方は、怪訝な顔のままだ。彼は苦笑して。
「ねえ、恐らく君のお嬢様は、神社から一歩も動くなって言う命令を君に出しているんじゃないかな? その命令に背くのはまずいんじゃない? ここは彼女だけ神社に帰った方がいいんじゃないかなあ。買い物なら魔理沙だって出来るでしょ? 」
「意味深ですね。どういうことです? 」
いぶかしげな声で、彼女が尋ねる。
魔理沙の最大の武器であり、魔術の補助道具である八卦炉。火力を自由に操るアイテムを作り上げるほどの能力の持ち主であり、幻想郷外の世界からの特殊な道具まで取り扱う香霖堂店主は、人は悪いが悪人ではない。意味も無く他人を死者扱いするような悪趣味も持っていない。何か理由があるはずだ。
「うーん」
首をひねって彼は考える。
「教えちゃっていいのかなあ。まあ僕のところまで命令が来ているわけじゃないし、こう言うのも全部織り込み済みなのかもしれないし、隠しておいても誰かが同じ事を言うだろうしなあ。
簡単に言えば、新聞に君の死亡記事が載っていた」
最早珍しくも無い天狗の号外新聞。その一面にでかでかと『メイド、冥土へ』と書かれている。
「死亡時刻は昨日。死因は老衰。葬式は明日。恐らくお嬢様は一昨日君に休暇を出して、きっかり五日は帰って来なくていい、とか指示を出したんでしょう? 神社にいろ、とかなんとか」
新聞を彼女に手渡すと、魔理沙が横から覗いて、わ、本当に出てる、すげーぜ、と驚いた。
「驚いたのは僕の方だよ。里の人間がわざわざやってきて、相談に来た。これは本当かどうか、何てね? 彼らも全然信じていないかったけれど、明日は葬式に出るそうだ。人の悪いパーティーは初めてじゃないしね。彼らは、あのお嬢様が君を肴に何か出し物をしようとしていると思っているみたいだよ。
その想像は、これまた間違いじゃないみたいだな」
彼女は小さくうなづいた。
そして彼女にしては珍しく。
「私はどうすればいいと思いますか? 」と尋ねる。
「そんなの僕はわからないよ。僕はあのお嬢様の下僕では無いもの」
人の悪い店主はにやっと口の端を曲げて言った。
「でも、今から紅魔館に帰るのは得策では無いと思うね。神社に戻って、友達と相談してみると良い。まあ、あの魅力的なお嬢様が、君の気持ちを傷つける為だけにこんな茶番をやって見せたわけではないと言うのは確かかな」
「本当にそうでしょうか? 」
「なんだ、もっと自信を持ちなよ。
いいかい? 老衰だよ、老衰。この前のお花の狂い咲きの異変から一ヶ月と経っていないんだ。あの時ピンピンしてた君が、今ぽっくり老衰なんてするもんかね。誰も信じちゃ居ない。
ただ彼女の事だ。何の相談も無しに、君が上手に動いてくれる事を期待しているんじゃないのかな? 何せ君は良く出来た紅魔館のメイド長殿だからね」
なんの理由も無く長期休暇を下さるなんて、おかしいと思ってましたわ、とこの瀟洒な人は笑った。
眉はまだ、困った形にゆがんでいたけれど。
*
「……だから、それが成功だと言ってるじゃない。葬式の本義に則っているつもりよ。私は。失敗じゃないのよ」
レミリアがぶちぶち呟くのを面白そうな目で見ながら、紫は。
「遺体が痛い痛いって言いたいみたいよ」
と促した。
「茨姫は本当に我慢強いわ。私なら茨の棘に囲まれて寝るなんて絶対無理ね」
「何それ? ヒントのつもり? 」
馬鹿にしたような声でレミリアは言い返すと、紫から踵を返す。
「心配しなくても、場所は判っているのよ! ええ、判ってるわよ! 」
*
「そう」
レミリア・スカーレットは深夜の竹林で言ったのだ。
「咲夜も不老不死になってみない? そうすればずっと一緒にいられるよ」
「私は一生死ぬ人間ですよ」
十六夜咲夜は、応えた。
「大丈夫、生きている間は一緒にいますから」
*
咲夜の未来図のような老婆の顔は一度も見なかった。
棺に納められている時も勿論。
家に届いた時からずっと。
自分で依頼したのに、咲夜の偽者を見るのは我慢ならなかった。
けれど一日とは言え、紅魔館で動いていた「咲夜」と名づけられた何かが、棺の中に居た事は確かで、それは立派な葬式の見立てとなったのも確かだった。レミリアにはそれで充分だった。棺の中には、十六夜咲夜が眠っている。
だから、棺を開けた時に彼女が寝ていてもまるで驚かなかった。
薔薇の花に包まれて彼女は片目を開けて。
「只今還りました」
「御孵りなさい。咲夜」
薔薇を零しながらゆっくり咲夜は起き上がると、周囲を見渡した。
早速美鈴がこちらに向かって走り始めている。妹様の手を引いている。パチュリー様と目が合った。彼女はそ知らぬ顔で目を反らす。隣に座ったアリスが肩に手を回して立ち上がるように促している。棺の傍らにはにやにや笑いの黒い巫女が。
「キスするかと思った」
赤い魔法使いは。
「折角の眠り姫のご帰還なのにな」
妖夢が手を振っている。傍らの幽々子が大きく欠伸をしている。
その他の見知った顔、人間、人妖、妖精、妖怪その他諸々。とんだ茶番に付き合わされたにも関わらず、まあよくも揃ってニヤニヤ出来るものだ。
「咲夜が生き返った! 」
チルノがはしゃいで飛び上がった。
「あの箱の中、おばあちゃんが入ってたのに、どうして!? 」
「そう言えば咲夜。あの人形どうしたの? 」
レミリアの質問に咲夜は。
「ああ、あの薄気味悪いお婆ちゃんなら、湖に捨てました」
その言葉を耳にして、バタバタとアリスが駆けて行った。その人形の回収に向かうのだろう。
今や棺の置いてある壇上に、紅魔館の面子が揃っている。霊夢と魔理沙はこっそりと下に降りて、代わりに駆けつけた美鈴とフランドールが壇に上がった。屋敷で働くメイド妖精たちも主たちの周りに集っている。ふわ、とパチュリーが宙を飛んで、そこに加わると、ストロボの強い光が彼女らを包んだ。
スカーレット家の集合写真。
「さあ! パーティーよ!! 」
レミリア・スカーレット当主の鶴の一声。
里の人間達が満面の笑顔で一斉に立ち上がった。
その手には水辺の物、陸の物。珍味、ご馳走の元限りなし。
葬送曲も、陽気なメロディになった。
『10 冗長な後日談。それは簡素な「めでたしめでたし」の放逐』
さあ! それからはパーティーの始まり。
昼間から文月の宵までは長く、けれど支度は楽し。
まず里から持ってきた御馳走の類は、お昼ご飯の代わりに。それから庭は瞬く間にパーティー会場へと様変わり。全くこう言う時の人間のよく働く事!
ある者は買出しへ、ある者は掃除飾り付けに余念が無く、この館のメイド長殿を働かせる暇もございません。また使いに行った者も、内内の式でしょうからと気を使っていた人間まで呼び寄せて、ぐんと人数も増えて参りました。
いっそそれなら些事は人間に任せて、妖怪たちは優雅にお茶をとすっかり腰に根の生えた御様子。疲れきった者はホールのソファーに横になりとろとろと午睡の事。夕方にもさしかかりますと、早、虫癒しのサンドウィッチやらカナッペやら、或いはお握りお寿司が並び、音楽も陽気に掛かります。
プリズムリバー三姉妹は、今日はレクイエムの演奏に御呼ばれしていたのに、今では陽気な音楽演奏。
「どう? 音楽の幅を広げたのよ? 今日は初の御披露目」とはルナサ・プリズムリバー。
「折角練習したのに、あんまり暗い方は吹けなかったわ」とはメルラン・プリズムリバー。
「うんうん。やっぱりいつも通りがいいね。いつもが一番」とリリカ・プリズムリバー。
人間の楽団もやってきて、陽気な歌、高らかに湖に響き。
ところどころでダンスが始まる。
*
「魂を呼び戻す事、これこそが葬儀の本質なのよねぇ」
トロン、とした声で八雲紫は言うと、シュークリームを半分にちぎって口の中に押し込んだ。手や口元にまぶされたクリーム。そのべたべたの手の中の物を、今度は幽々子の唇に押し込んだ。二人ともクリームだらけである。指先で幽々子の口の周りをぬぐってやったのを、また幽々子の唇になぞらせてやる。幽々子は紫の指から直接クリームを舐めとる。満足そうに頬笑むと、紫は汚れた右手をひらひらさせた。傍らに立つ八雲藍が、その手をハンケチできれいにする。慣れた仕草だった。
「魂を呼び戻そうとし、呼ばれて戻らなければ送り、残された死の穢れを葬る。けれど送ったはずなのに、戻ってくる事は前提なのよねぇ。
輪廻転生だの、極楽浄土に行くの、はたまた最後の審判まで眠り続けるなんて言ったところで、人は帰ってくる霊魂の夢を見ずには居られない。
けれど全ての葬式は失敗しているのよね。魂は自由。戻るも戻らないも本人次第。
そもそも戻ってくると言う前提の、魂自体あるのか無いのかも判らない。死んだ後に抜け出る何かが魂だったとしても、それが本人の意思を維持しているのかなんて、それこそ死んで見ないと判らないわ」
「例外はあるけどね」
当の例外がそう言ってシュークリームをぱくつくと、紫は鼻の頭を掻いて。
「そうね」と言った。
「吸血鬼のお嬢様の目的は、恐らく送る葬儀の失敗よ。送っているはずの死者が戻ってきたら、御葬式のぶち壊しだわ。あんな穴だらけの計画、誰だってすぐに看破する。寧ろ前日まで誰も気づかなかった方がオドロキよ。
あの子達、鍋の計画が無かったら、きっと今でも神社でごろごろしてたわよ」
「博麗神社でごろごろしてなさい。外に出たら駄目よ。
その言葉だけでゆっくりしてたんだから、あのご主人様の命令も、相当な強制力よね」
「あら幽々子。あなたの庭師も同じじゃないの」
「それはそうよ。妖夢は聞き分けのよい、良い子だもの。
藍、あなただってそうよね? 」
「紫様がそう望むのなら、私は」
九尾を持つ妖狐であり、紫の忠実な腹心たる八雲藍は慇懃に頭を下げたけれど、当の主人は扇子を振って。
「駄目駄目、藍は全然駄目よ。私からそんな事言われたら、はいかしこまりましたで引き下がれるわけないじゃないの。私が好きで好きでたまらないから、ちゃんと説明してやらなくちゃならないわ。面倒くさい。おまけに自分の葬式なんてされてて御覧なさい。本当の藍の葬式挙げなきゃならなくなるわ。
ほら、藍、いつも通りでいいわよ。いかにスカーレット家の陣地とは言え今は無礼講。傍らに座って、シュークリームをお食べなさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
紫の側の椅子を引いてそこに座ると、藍は遠慮なく山積みのシュークリームの一つを取ってかぶりつき。
「もう、幽々子様の庭師、かわいそうでしたよ」と言った。
「あら、妖夢が? 何で? 」
「もうあの白い石の演出に確実にヤラレタらしくって……。いつか来る自分と幽々子様の別れに感極まって涙止まらなかったんですから」
「あらら、容易に想像がつくわ。面倒かけたわね、紫」
紫は目を細めて、藍のカップに紅茶を注ぐ。紅茶の茶葉と御湯のお代わりは、人間の給仕がしてくれている。なんでもスカーレット家懇意の紅茶店が、臨時休業で御手伝いにきたとか何だとか。恐縮しつつ紅茶のカップを押し頂き、藍は紅茶を啜って、一息ついてからまた続ける。
「従者の意見からすれば、これは全くの悪趣味ですよ」
「あら? それは主人に生殺与奪を握られていることを、否が応でも思い出させるから? 」
「紫様はすぐそうやって厭なことをおっしゃる……。そうじゃなくてですね、まあそう言う点もあるのでしょうけれど、二つの理由に絞られますね。
一つは、主人に見捨てられたのではないかと言う絶望感」
「ああ、それは判る気がするわ。もう一つは? 」
「それはですね。そんな重要な式典の準備は、是非とも自分に任せてもらいたかったと言う口惜しさです」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべる、幻想郷の実力者二人。
「馬鹿ねえ、藍。葬儀の張本人が葬儀に出てきてどうするの。それこそブチ壊し……」
と言ったところで、何かを考え、紫は二度三度大きくうなづいた。
「ああ、そうね。そうよね。そう言うこともあるわよね。
藍、それは確かに私たちには無い発想だわ」
*
立食パーティーの様相を呈したテーブルの中で、随分と陽気な葬式だな、と口を開けば。
「来るのが遅すぎたのよ」
と蓬莱山輝夜が嗜めた。
「あなたはいつもそう。間が悪いと言うかなんと言うか」
「葬式に物見遊山で来るような奴に言われたかないね」
藤原妹紅は、自分でえり分けた皿の上のオイルサーディンをつまんで食べた。
「私は、彼女と、まあ接触が無かったわけじゃないし、もし本当に老衰だったとしたら、何か不穏な空気があるンじゃないかと思ってここまで来ただけだ」
「不穏ねえ」
にっと笑って、輝夜は妹紅の皿から、チーズの乗ったカナッペを失敬する。小さな角切りのトマトの乗っている奴だ。チーズとトマトの取り合わせは美味しい。今日の料理はまだまだ出るようで、どうもピザが用意されるらしいからとても楽しみにしていた。ピザは好きだ。
「まあ、悪ふざけとしては特上ね。私は何でレミリアがこんな真似したのか、全然理解出来ないのだけど」
八意永琳はグラスを傾けて、結構な勢いで中身を飲み干した。
「自分の心にけじめをつける為に、こう言う御遊びをしたんだと思ったわ。その気持ちは判らないでもないから、司会を引き受けたの。でも結局失敗してニコニコしてる」
失敗するためにやったんだとしたら、随分間抜けよね、と既に自分の年齢を数える事を止めた天才は言うのだった。
「失いたくないから、わざと失敗する。だったら初めから失ったふりもしなければいいのに」
「そうなのよねえ」
輝夜も永琳に同調する。
「私はねえ、嘘ついたのが嫌だったわ。忘れられるわけが無いのに、忘れられる振りして。あの吸血鬼が、彼女のことを忘れられるかしら」
「やっぱり準備だったんだろ。あの召使の葬儀の」
妹紅は汚れた指を舐めて、今度はアボカド寿司をつまんだ。
「聞いた話じゃ、後は棺を始末するだけだったみたいじゃないか。式の予行演習としたら、そこまでで充分だろ。聊か最後は過剰演出になったみたいだけれど、それは多分嬉しい計算違い。
あの吸血鬼の思考は反復横飛びだからな。葬式の練習って言うプランをさっさと捨てて、魂呼ばいの実践って言うプランに変更したんだろう」
「それにしては、あのスキマ妖怪の出現に驚いていたわよ」
「だから、計画には幅を持たせていたんだろ。予行演習と、葬式で行われている本人の帰還の可能性と両方。確かに八雲殿の登場は予想外で、それには驚いたろうけれど、やっぱり本人の帰還って結果としては予想通りだったと推測するね。私は」
「まあ、結局はただの悪ふざけ、よね」
永琳の言葉に、妹紅は。
「安心して見せてるけれど、あんたはどうなんだい」
「え? 」
「蓬莱の薬。不老不死なんて言ってるけれど、それは理論での話。理論が必ずしも結論にならないのは当然でしょう? いつか突然片割れが死んだらどうするね」
「永琳が死んだら、私泣いちゃう」
本当に泣きそうな顔で輝夜が言う。永琳は、また縁起でもない、とすぐ側のテーブルからワインの瓶を取り、グラスにじゃぶじゃぶ注いだ。ザルである。
「私、永琳が死んだら、泣いて泣いて、蘇るまで呼ぶからね。喉が切れて血が出るまで」
「やあ、それは大変。そしたら私も生き返らざるを得ないわね」
呆れた声で永琳は言うと、またがぶがぶとワインを飲み干した。
「姫の切れた喉を治してあげなきゃ」
「どうやって? 」
「こうやって」
酒臭い二人の顔が近づいて、互いの唇を塞ぐので、妹紅は。
「わお」
と言った。
「ふん。藤原の。お前のアドバイス通り実践しているところよ。そんな呆れた目で見ないで」
「どこでもしろなんて言ってないよ。変態か、お前らは」
珍しく輝夜が妹紅にした相談に乗ってやった内容は、永琳との仲のことで、確かに「余計な口きくくらいならキスしろ」だったが、こんなところで実践されれば、アドバイスした自分が恥ずかしい。恐らくその効果を狙っての事だろう。照れ恥ずかしがる妹紅を見て、輝夜。
「あら、妹紅もして欲しいの? 永琳はそんなことで嫉妬したりしないから、いいわよ? 」
「仰るとおり」
「お前達は馬鹿か!? 永遠が退屈でも、な、何したっていいってわけじゃないだろうが! 」
「あら、キスが駄目でも、じゃあ、ダンスはいいわよね? 」
吸血鬼の思考が反復横飛びと言ったけれど、輝夜の思考も上下が激しい。やりましょう、しましょう、嫌です、しません。一度決めたらテコでも動かないガンコさがある。妹紅の持ってる皿を奪って、手に手を取って。
「永琳、私踊ってくるわ」
「ちょっと待て、輝夜。私はこう言う場所で、踊った事なんてないぞ。ましてやダンスなんて……」
「あら、何言ってるの」
焦る妹紅に、輝夜が当たり前みたいな顔で。
「私たちいつも踊ってるでしょ? 」
竹林での、殴り合い、或いは弾の飛ばしあい殺し合い。
永い付き合いだ。月が満ちる時、有り余る殺意をぶつけ合う、そんな関係でもある。
妹紅は溜息を吐いて。
「ああ言う殺伐としたのがダンスとは知らなかった」
「あらやだ。つれないわね。習うより慣れろよ」
ぐいぐい輝夜が引っ張るので、手首が痛い。イラッとする。けれど手に手を取って、初めて加わるダンスの輪は、存外楽しかった。
*
「おや、香霖堂はもうお帰りですか? 」
「ああ、先生」
宴の外に出るところを上白沢慧音に呼び止められて、霖之助はその場を取り繕うように笑った。
「まだパーティーは佳境には程遠いでしょうに、もうお帰りとは」
「いやあ、佳境に入る前に私は退散しようかと。こう言う騒ぎは苦手です」
「へえ、そうとは思えませんけれど」
「まあ、場合によりますね。今日みたいなパーティーは、家に帰った時一人の寂しさを否が応でも感じさせますから。
盛り上がり切る前に辞退して、家で宴の盛り上がる様を想像するくらいがちょうどいいんですよ」
「一人寝が寂しい? 」
慧音の踏み込んだ発言に苦笑して。
「まあそうですね。
幻想郷の人間も妖怪も、割合人懐こくて、ありていに言えばスケベェなところもあります。その上洒落が効いていて、大体どんなことでも楽しめる陽気さもある。生きるのに逞しいのでね。あんまり長い事接していると、当てられる。僕は物言わぬ古道具の中で、古道具に語りかけるくらいがちょうどいい」
「へえ、それなら私が御相手しましょうか? 」
「先生がそう言う事を言うと、色気がありすぎて困ります」
困ったように笑ったところに、別の声が重なって。
「淫蕩にメリハリが無くては、惰性に過ぎない。どんなものにも緩急が必要よ」
と嗜めた。
椅子に座ってシャンパングラスを傾ける彼女は、身体のラインにぴったりと吸い付くような黒の衣装を身に着けていて、少ないなりに凹凸を強調している。むき出しの鎖骨が色っぽい。ばっちりと化粧もしているけれど、嫌味にはなっていない。イヤリングもネックレスも、落ち着いた大人の瑪瑙。
「え、閻魔様、これはこれは……」
「四季、と呼んで。もしくは映姫」
アンニュイな面持ちの彼女は、普段の顔を知っている者からすれば、驚くべき変わりようである。死者の罪を裁く閻魔の職を持つ彼女は、もっと厳しくはきはきとした少女でなかったか? けれど今ここにいるのは、物憂げで美しい女である。遊びなれた有閑マダムとでも言った面持ち。
「全ての物には多面があります。あなたはその一面にばかり興味を向けすぎる。だから不意に見せるもう一つの面に容易く心を奪われるのです。
なんて、御説教した方がいいかしら? 」
媚を含んだ笑顔は艶然としていて、ドキッとさせられる。今更ながら、ネックレスが胸元に視線を集めさせるアクセサリーだということを再確認させられて、霖之助はどぎまぎした。
「あなたがどうしてここに? 」
尋ねる慧音に面白そうな表情で、四季。
「何、小町が、死ぬ予定の無い人間の死亡記事がでてる、なんて報告してきたものでね。事情は大体飲み込めていたけれど、噂の紅魔館の様子をついでだから直に見ておこうと思って」
飲み干したシャンパンをテーブルに置き、映姫はゆっくりと唇を指で拭った。
「気まぐれよ、ほんの気まぐれ。多すぎる魂の裁きも一段落ついたし。巫女のところには顔を出したりしていたけれど、たまにはこう言う派手なところにも顔を出したいじゃない?
私だって、ね? 」
「少し自由すぎはしませんか? その……」
「その場その場でふさわしい振る舞いがあるのよ。こんな場所に閻魔の服装で参加して御覧なさい? 宴の場が死ぬでしょう。その方がよほど罪、よほど悪よ。この宴席が邪悪のもので、それを潰したいというならともかく」
「まあ、それは……」
「悪趣味であることが、罪であることにはならないわ。それは趣向だもの。その内容はともかく、私はこう言うのも嫌いではないわ。二度目あったら、苦言するつもりですけれど。
死は……」
「映姫様」
彼女の言葉は、傍らのダークスーツに止められた。総髪の、仮面をつけた女性である。その髪は、普段両端を結んでいる。
「どうぞ」
差し出したのは、バタフライマスクで、二人がそれをつけると、悪趣味なのになぜかとても似合った。
「蝶は抜け出た魂を暗示するもの。私たちが似合わなくてどうします? 」
人の悪い笑みを浮かべて、映姫は手を差し出す。ダークスーツの死神は、そっとその手を取って、彼女を立たせた。
「さあ、小町、遊ぶわよ。全力で遊び、全力で仕事をする。よもや遊びの時もサボるなんて言わないでしょうね? 」
ニッと微笑んで、小野塚小町はそっと捧げ持った彼女の手の甲にキスした。普段能弁な死神は、ここぞと言う時の沈黙を心得ている。何食わぬ顔で踊りの輪に加わろうとする二人を見て、霖之助はさっきまで閻魔の座っていた椅子に腰掛けた。
「やれやれ、びっくりした。やけに深くベールを被ってる参列者がいると思ったら……」
「後で踊りましょうよ」
椅子に座ったのを、パーティーに残ると言う意味だと解釈した慧音が誘うと、僕は踊れないんです、と言うそっけない返事。
「踊れるのはラインダンスくらいです」
「いいじゃないですか」
「花一もんめですよ」
「あらら」
「それでよければ」
「欲しい子、いるんですか? 森近さんは」
「先生は? 」
「うふふ。内緒」
その瞬間浮かべた蕩けるような笑顔に、女の普段見せない部分を見つけて、森近霖之助はなんとなく背筋に寒いものを感じる。
「相談しよう、そうしよう、か」
呟くと、勝手に閻魔の残した飲みさしをシャンパングラスに注いで失敬した。まだ泡は残っていて充分冷たい。
空で花火が、破裂した。
*
「始まったみたいだな」
花火の音を聞いて魔理沙が言うと、鳥のから揚げの油ぎりしていたアリスが。
「あんたが持ってきた奴? 」
と尋ねた。
「そーそー。これからフランがバンカバカ鳴らすはずだぜ」
魔理沙特性の七色花火。
「アリスって名前だ」
「私が空で炸裂するの? 嫌味なのね」
「嫌味なのはアリスだろ。きれいだぜ」
「ばーか」
油ぎりの終ったから揚げの盛り付けは人形に任せて、アリスは次のから揚げをあげに掛かる。一方パチュリーは、瓶詰めのピクルスの中から梅干を探したり、食材庫からソーセージやらハムやらをしてきて、今は一休み中である。
「私の名前の花火はないのね」
「あくまで七色の花火だから、アリスってつけただけだからなあ」
「じゃあ今度は私の名前のも作って、空で炸裂させてよ」
「むむ……やってみよう」
ちょうど五十個ずつのおにぎりの六皿目を作り終えたところで、魔理沙は大きく伸びをした。
「さーて、ようやく握り終わった。寿司の売れ行きはどうかなぁ。煮物はくってくれてるかなあ」
「御煮しめ、汁物、御寿司におにぎり。結構な量作ったわね」
「アリスだって、クッキーにサンドイッチ、炙り物焼き物、今は揚げ物だってしてるじゃないか」
「私は人形が手伝ってくれるもの。
それにしてもパチュリーが中華なんて。美鈴から教わったの? 」
「本で読んだ知識を実践したくて。足りない部分は美鈴から教わったわ。今日は前菜しか作ってないけれど、二人の配分からはこんなところでしょ」
普段、家に篭って仕事をする魔法使いの面々にとって、厨房も一つの実験室である。主賓の咲夜に変わって裏方に徹する彼女らは、それはそれで楽しそうであった。
作り終えた料理を、魔理沙がどんどんワゴンに積み込んでいく。するとちょうど。
「お皿提げてきたよ」
橙が食器を乗せたワゴンを持ってやってきた。魔理沙はぽかんとして。
「あれ? てっきり藍と踊ってると思ったのに」
「藍様は、今紫様と一緒に、凍った湖の上で踊ってるよ」
水が苦手な猫の式神は、そう言って肩を竦める。
「御二人のダンスはきれいだけど、いつ落ちるかゾクゾクして見てらんない」
「へえ。それで手伝ってくれてるのか。悪いね」
「あの辻斬りが、幽々子様に捕まったからね。その代わりを仰せつかったの」
さっきまでワゴンの上げ下げをしてくれていたのは妖夢である。どうやら主人が痺れを切らしたらしい。奪い取られた労働者の代わりに、御馳走を貪っていた橙がその役割をおおせつかったと言うわけだ。
「じゃあ悪いけれど、頼むわ」
「任せて」
「あ、その前に、橙」
「何? 」
パチュリーが小皿を持って近寄る。
「酢は大丈夫? はい、マリネ。あーんして」
小魚のマリネを指でつまんで、橙の口の中に押し込む。少し不満そうだった橙の顔が緩む。
「あうぃあほ」
と言って、彼女は重いワゴンをすいすいと押していった。やがてあれが廊下を抜けて裏口を抜け、庭まで出て外のパーティー会場を彩るのだ。
「あー。もうかれこれ四時間は働いてるわ」
アリスが言うとパチュリーが。
「何? 疲れた? 悪いわね」
「これくらいのは疲れたうちに入らないわよ。ただ……。
ああ、ちょっと疲れたのかもね。気にしないで」
気にしないで、と言いながら、足が微かにダンスのステップ踏んだ。
「悪いわね」
「何が? 」
「人形とか」
「ああ、もう少し持つと思ったんだけど、やっぱりそれほど持たなかったみたいね」
「そうそう、咲夜に似せた人形で、自律したやつ作ったんだろ? おめでとう」
魔理沙が言うとアリスは。
「そんなんじゃないわよ」
と首を振る。
「咲夜の動きをトレースさせて、同じようなことが出来る人形を作っただけ。料理みたいな精密な行動をするものは、私の動作の移植。人形の中に上海を内蔵させて、上海に操作させたの。けれど思った以上に魔力を使ったみたいで、上海がもたなかったわ」
「上海すげーな」
「でもあの子が出来る動きは限られている。私の命令もある程度理解して、ある程度忠実に動ける人形だけれど、自分の意志で何か出来るわけじゃないのよ。会話も相槌くらいしか打てない。
ただあの子は他の人形を操る時の、媒体になってたりするから、今回みたいな人形操作の依頼にはある程度役に立ったかもね」
漬け込んだ鶏肉はもう全部揚がって、当の上海人形が盛り付けている。気密性はしっかりしていたから中に水が漏れることも無く無事だった。水仕事をしたりするくらいは出来るが、全身ずぶ濡れはやはりメンテナンスに時間が掛かるのだという。
「ああ、だから動作をする時に、一瞬止まったりしてたのね? 私は老人のリアルさを出すためにやってたんだと思った」
洗い場に皿を運んできたパチュリーが、水の精霊を使って皿を洗う。脂の多くついた食器も多いので、炎の力で熱湯にし、シャボンを混ぜて拭わせる。
「外の世界には、自動皿洗い機なんてものがあるのよ。これはその応用」
アリスも魔理沙も、随分乱暴な洗い方だと思いながら、何も言わない。恐らく咲夜が側にいたら、こんな洗い方は絶対に許さないだろう。宙でぐるぐる廻りながら洗浄されていく皿は危なっかしくて仕方ない。
こんなふうに普通に裏方の時間が過ぎているのだから、別に大丈夫だろうと魔理沙は腹をくくっていた。特に追求される事もなかろうと。けれど皿を積み上げたパチュリーは。
「で、魔理沙。いよいよ私たちのところに来る気になったの? 」
と問うた。
「あなたは確かに里の暮らしを捨てて、魔法使いになった。けれど私やアリスと同じように、本当に人間を捨てたわけじゃない。人間と魔法使いの境界を行ったり来たりしている。迷惑なのよ」
「うーん。前も言った通り、まだ考えている途中なんだ。人間の身体でどこまで出来るかって言うのも魅力でね」
「それは判ってるわ。その辺は尊重しているつもり」
「それにさ、困るだろ」
空気を変えようとして魔理沙はいつもの軽口で言う。
「私が死なないとさ、お前から借りてた本、永遠に戻ってこないぜ? 」
「そんなのは別にいいのよ!! 」
激昂するパチュリーは珍しい。声低く怒る姿はあるが、声を上げることは余り無い。詰みあがった皿が揺れる。上海がさっと皿の山を支えた。他の人形が手分けして皿の山を均一にする。
「人間なら、もっと人間らしくしなさいよ! どこにでもすぐ溶け込んで! 馬鹿じゃないの!? 死んだらどうするの? それとも死んでもいいの?!
魔術を極めるのは、人の身では危険が多すぎる。それでもその身でぎりぎりまでやるのを否定しないわ。人それぞれだもの。でも、あなたはもうその境界をとっくに越えているのよ!? 」
「大丈夫だって、弾幕ゴッコじゃ、死なないから」
余裕の笑顔に、パチュリーは目の前が暗くなる。
「バカ! 」
声に出すと、思わずボロボロと涙が零れる。
「ほんと、魔理沙ったら、いっつも外すわねえ」
アリスは溜息をついて、料理酒をコップに注いで飲む。魔理沙のおむすびは、口の中でほろりと崩れて美味しかった。
*
「御疲れさん」
ぐるぐる廻って、一休みをさせてもらった妖夢が草原に座り込むと、誰かが話しかけてきた。鬼が居た。
「踊り疲れかい? 泣き疲れかい? 」
「どちらもですね」
妖夢が素直に応えると、人の悪い笑みを浮かべた伊吹萃香は、あははと笑って。
「あんたは素直だね」
と言った。
「素直で、嘘を吐かないからお前は好きさ。浚ってしまいたいくらい」
「な! 」
「でも浚いたい奴はたくさんいるから、選べないんだ、どうすればいい? 」
「……私にはよく判りません」
「一途なんだねぇ」
萃香が、ぐい、と差し出した瓢箪を、妖夢は受け取って、くぴりくぴりと飲んだ。
「強いですね、これ」
「鬼の酒だからな」
「はーぁ。身体、熱くなってきました」
「鬼の酒だからな」
くい、と肩を引っ張ると、すとんと萃香の身体に妖夢の身体が引き寄せられた。酔っている妖夢は容易く鬼の手の中に落ちる。
「ほーら、そんなに無防備にしてると、鬼に食べられちゃうぞー」
宴の喧騒は、そんな二人の姿に目も留めていない。
幽々子は今紫とスケートをしている。
チルノの作ったアイススケート場で、くるくる廻っている。
そっと萃香が妖夢の胸元に触れると、びくっと妖夢が震えた。鬼の指が優しく円を描くと、ひく、ひくとする。
「鬼は嫌いか? 」
「嫌いじゃないです」
「じゃあ、好きってことかい? 」
「鬼全般は会ったことないですけど、萃香様は好きです」
「どうして? 」
「やさしーじゃないですか。お面貸してくれたし」
すっかり酔いの毒が回って、妖夢は萃香のされるがままになっている。
「わたし、泣いちゃって、ゆかりさまに目―うさぎだって言われてさー。そしたら萃香様がぁ、お面貸してくれたじゃないですか」
「まあ、泣きはらした顔で立つ舞台じゃなかったからね」
「でも、やっぱり、私我慢できなかった」
急に涙交じりの声になった妖夢の頭を、萃香は優しく撫でる。優しく撫でられた妖夢は、我慢が出来ない。
「私、我慢してなさい、合図があるまで駄目ですって紫さまに言われたのに、がまんできないで幽々子さまのところ行っちゃった。
駄目なんです。先先の事考えないで、すーぐ自分の感情通りに動いちゃって。だから駄目なんです」
ぽろぽろと泣く彼女は、いつもの凛々しい表情が消えている。
「それも全部、紫の思惑の一部だからいいんだよ」
「そうなんですか? 」
「そりゃそうさ」
そっと萃香が妖夢の唇にキスをする。すると、突然、妖夢の唇からくぐもった泣き声が漏れてきた。仰天した萃香が。
「ど、どうした? 」
「ゆ、幽々子様、まだ私にキスしてくれてないんです! 」
と泣く。
「幽々子様、私とダンスするなんて言って、今紫様と踊ってらっしゃるし……」
「あんたをほっといてか? 」
「後で踊ろうね。今夜は寝かさないわよ、って」
「大団円じゃないか」
「でも、キスしたいの! 幽々子様大好きなの! それなのに萃香様そんなに優しくキスするんだもん! 私どうしたらいいのよぅ……」
「何やってんの、鬼」
「あ、霊夢」
いつの間にかそこに立つ黒いスーツの巫女に、萃香が笑いかける。
「この子かわいーわ」
「あんまからかわないでやってね? この子意外とてんぱるから」
「てんぱってませんー! 身体が熱いだけですー」
「判ったから、妖夢。ほら」
萃香から妖夢を奪い取って、自分の膝枕で霊夢が寝かせると、萃香は霊夢にも瓢箪を差し出した。受け取ってぐびぐび飲み、はい、と鬼に返す。
「強いわね」
「鬼の酒だからな」
ド―――――――ン。
大きな花火が爆裂する。
空でフランドールが、魔理沙の特性花火を直に爆裂させているのだ。空高く高く。星空に混じって散っていく、花火。
「うわ、あれ、パチュリーの顔だ」
霊夢が驚いて、指差す。
「あれはアリス。あらら」
「霊夢もいるね」
「……そうね。
あ、ほら、妖夢、あなたのも上がるかもよ。ほら、上がった」
「すごいねえ、さすが魔理沙だねえ」
褒める萃香に霊夢は。
「何よ、全部自分の知り合いの顔じゃない。こんな内輪の花火作ってどうするつもりかしら。開いた口が塞がらないわ」と手厳しい。
「おやおや、開いた口がふさがらないなら、私が塞いであげようかね」と萃香が言えば。
「鬼のその口、瓢箪の栓で塞ぐわよ」とこれまた手厳しい。
*
人間も妖怪も、氷の池で滑っている。
氷のグラウンドは、チルノが凍らせて紫がその境界をつるつるに磨き上げた特別性だ。
こっからここまでが、凍らせていいライン。
紫に教わった事くらい、自分にだって出来る。
あたいったら、最強。
紫が飛んだ。幽々子が廻った。二人で手を取り合って、また廻った。
おっかなびっくりに滑る人間、このダンスを知っていて、それなりに踊る人間。妖怪だって、滑れる妖怪と滑れない妖怪がいる。
「悪いね、チルノ」
声をかけてきたのは、紫の子分の八雲藍だ。さっきまで紫と踊ってた。今は一人で氷のグラウンドの縁を滑っている。
「よければどう? 私と踊らない? 」
「あたいと? 氷の妖精の力舐めてるの? 」
あんたがあたいの踊りのついてこれるの? そんな意味で聞いたのに、この狐平気な顔で。
「勿論さ。氷の女王様」
と応える。
チルノは聞き返す。
「今、なんて言った? 」
「氷の女王様」
「あ、あたい女王さまになったのか! 」
わーい、と喜ぶチルノが藍の手を掴む。
「踊ろ! おどろ!
ねえ、兎! 今日あたい女王様だって」
「へえ、そう、よかったわね」
手を繋いで氷の上を滑りぬける鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐは、呼び止められてから半回転して止まった。半回転する力を利用して、鈴仙はてゐをリフトしている。てゐは得意げだった。
「全く、こんなわけの判らない葬式もどき兼なし崩しパーティーなんて、私の瞳以上に狂気だわ。そんな日なら、妖精も女王になれるかもしれないわね」
「兎の目―」
リフトから無事に下ろされたてゐが、氷の上でタップしながら冷やかす。何よ、と問う鈴仙に因幡てゐは。
「れいせん、泣いて兎の目―♪」と囃した。
「まあ、氷の妖精ですら、きちんと追悼して氷の女王になったのに、月の兎がただの兎の目になっちゃったんだから。もっときちんと修行しないとね? 鈴仙? 」
「あああああれは、たまたま演出にやられただけよ! 」
「へえ? 波長が狂っちゃった? 」
「てゐ! 」
叫ぶ優曇華院に、ねえ、一つ聞いていい、とチルノがいつになく真面目な表情で言う。
「女王とお嬢様って、どっちが偉いの? 」
七色の大きな花火が、夜空一面に広がった。
*
踊る、踊る、踊る。
踊りから離れ、踊りに加わり、十六夜咲夜とレミリア・スカーレットを中心に踊りの輪は収まらない。
「どう? 咲夜。まだ踊れる? 」
「まだ踊れますよ、お嬢様」
掴んでいた手、離して、別の誰かの手を取る。くるくる廻る。手を離す。もう一度レミリアと踊る。
汗が飛んだ。
レミリアは平気な表情で、それでもしっとりと汗が浮いている。
吸血鬼なのに。
まるで人間みたいに。
咲夜の胸が一杯になる。
それを押し隠して、今日の料理とか、誰がやってるんですか? と尋ねた。
「夜店みたいなのもありますけれど、オーブン料理とかは館の中じゃなきゃできないですよね? 」
「人間と魔法使いの有志よ。今日は特別。奇特な志願者が大勢居るの。だから今日はあなたは踊っていればいいのよ」
レミリアに言われて、この完璧なメイド長は大げさに嘆いてみせる。
「ああ! パチュリー様! お皿割ったりしてらっしゃらないかしら? この前外の本で、自動皿洗い機なるもののカタログを見てたんですよ? 妖しげな洗い方してないか心配だわ。
それに他二名の魔法使い! あのドタバタ娘が厨房をどんな荒らし方することやら。銀器の数も数えなおさないと。魔理沙が持ってくかもしれない。
それと人間ですって?! 一家の主婦達が集って、ここの台所をどうかきまわすつもりかしら! 」
「ぐちゃぐちゃになった厨房を、きれいに戻すのもメイド長の勤めよ。まあ、明日明後日と時間をかけて元通りにすればいいから……」
「そんなもの、明日中にやっちゃいますよ! 当たり前じゃないですか! 好きにさせるのは今日だけですから」
「それでこそ咲夜」
いたずらっ子の笑みを浮かべるレミリアに、優しく咲夜は。
「なんで、私の葬式なんてしようと思ったんですか? 」
と問いかけると。
「何か意味があって私がやったと思っているのかしら?
今盛り上がってるからいいじゃない? 」
「それは全面的に賛成ですけれど」
「じゃあ、私がびっくりパーティーを催したかった以外の理由があるなら、言ってみて? 」
上気した囁き声は、口付けまで後一歩の距離で交わされている。
どちらかが首を傾ければ、すぐ届くくらいの近さで。
「レミリア様、私の御葬式なんてしたら、泣いちゃうからですよね?
その為の予行演習かしら? 」と冗談めかしたら。
「何で泣くのよ。雨は苦手なの」
「あら、キスの雨なら平気でしょ? 」
「バカね、キスは雨のようになんて降らないわ。礫のように、肌に穿つものよ」
二本の牙が、唇からほっそりと見えた。
「あえて理由をつけるなら、あなたが人間のままで居るなんて言うから、今のうちにやっておいただけよ。
あー、面倒くさかった。
もうこれであなたが何時何所で死んでも、私は葬式なんてあげないからね」
「はいはい」
「あなたが人間で居る限り、あなたは私の従者であって、友達でも、まして、恋人でも無いのよ」
「はい」
「精精、長生きなさい」
「……はい」
咲夜はレミリアを引き寄せて、抱きしめて廻る。くるり、と一回転して、目の端に浮いた涙をごまかした。
「ほら、咲夜、次の王子様、来たよ」
咲夜の心のうちを知ってか知らずか、レミリアは咲夜の腕からするりと抜け出して、そっと後押しする。
「王子と言うには役不足ですが」
咲夜の前に立った彼女ははにかんでから、そっと青い薔薇を差し出して、咲夜の髪に飾った。髪飾りに細工したようだった。
「赤と白の薔薇は、もう飽きたかと思いますので、それを」
「美鈴、あなたも浮かれすぎじゃない? 」
肩を竦めて、溜息をついて見せて、咲夜は大げさに呆れてみせる。それでも美鈴があまりに嬉しそうだったので、そっとその胸に抱き寄せられて。
「つきあうわ」
と囁いた。
「仰せの通りに」
普段はのほほんとした紅魔館の門番にして庭師。
鍛えられたナイフのような紅魔館のメイド長。
「ほんと、身体使うことにかけては紅魔館一だわ、美鈴」
呆れているのか、褒めているのか判らない表情でレミリアは言って、踊りの輪からそっと外れてワインを飲む。酒はすぐにエネルギーになって良い。つまみにトマトとチーズのカナッペをつまんで。
「う、乾いてる」
紅美鈴、十六夜咲夜。
紅魔館の二人。
そのアクロバティックな舞踏で、踊りの輪の華になる。
*
「魔理沙ごくろうさま」
料理変わってもらえたの? と巫女が問うと。
「そうなのよ。若い者はおばちゃんに代わって楽しんでおいでって里の人たちが、私たちの方が年上なのにね」
とアリス・マーガトロイドが応えた。
「若い者に、楽しんできてもらう余裕が持てるほど、自分たちは年取っているからって」
パチュリー・ノーレッジも付け加える。
「何にせよ、一杯飲みたいぜ。こっそり料理酒飲んでる奴とは私は違うからなあ」
はしゃぐ魔理沙を睨んでいた人形遣いの顔が、不意に崩れた。
「あ、フラン、こ、こんばんは」
「ねー! 魔理沙、花火見た!? 」
アリスの挨拶も無視して、焦げかけのフランは魔理沙への報告に夢中だ。
「でっかい花火、すごかったよ! 私が、がーってやったら、ばーんって言って、ボン、だからね!
みんなの顔も出た! すごかった! 私の知らない顔もあったけど、知ってる顔もあったねえ! あ、パチェ、パチェの顔もあったよ!! 」
アリスとパチュリーがはっとして魔理沙の顔を見る。魔理沙は少し照れたような顔で。
「花火で細かい顔が作れるんじゃないかって思って。もちろん、アリスのもある」
「でもさ、あれよりか、最後のやつ。すごい大きな虹の花火あったよね?! あれが一番好きだなあ。派手で。永い間空に残っててさ! 七色! すっごい七色なの!! 」
「そうね。あれはきれいだったわね」
霊夢が言うと、アリスの顔がぱーっと真っ赤になった。が。
「あの花火の名前、当ててやろうか?! ずばりフランでしょ! フランドール・スカーレット! 」
と聞いた途端、顔色が変わった。
ああ、まさに七色の魔術師だなあ、と魔理沙は思う。
「みんなの顔があるのにさあ、私の顔だけないんだもん。もし最後まで私の顔が花火で出てこなかったら、もう絶対ただじゃおかないって思ってたんだけど、真打は最後に登場するのよね? あの大きな花火! 私の羽の色と同じ七色!!
魔理沙大好き! 今度また作ってね!! 」
「ああ、おおあたりだぜ、フラン。
あの花火の名前はフランドール、お前の名前だよ」
ぎゅっと妹様に抱きしめられて、それ以外の言葉で返せる人間がいたら見物だ。けれどその後ろで、人間並みに嫉妬を燃やしている魔法使いを無事になだめられる生き物がいたら、それこそ見物だろうとパチュリー・ノーレッジは考える。
さし当ってデキャンタされているワインをグラスに注いで飲んでから御煮しめを御行儀悪くつまんだ。煮物の売れ行きはわりかしよいようで、それを証明するように、冷めていても美味しかった。
『終章 メイド冥土逝き記念式典始末記』
「あら、妖夢、もう酔っ払ったの? 」
「酔っ払ってないですよぅ。ただちょっとくらくらしてるだけです」
「いいわよ、もう踊らなくても」
「え!? そんな! 」
「別に今日踊らなくても、明日から毎日踊れるでしょ? ねえ妖夢」
「わああん、そんな石に話しかけないでくださぁい」
「あなたはしっかり御漬物漬けてね」
「私は漬物石じゃないですぅ。漬物石はそっちですぅ。あ! なんでそっちにキスするんですかあ! 」
「え? 藍様、橙はまだ仕事が……」
「その前に一緒に踊ろう。悪い藍様だね。橙にばかり働かせて、自分は踊ってて」
「そんなこと無いですよぅ。だって、橙は藍様と一緒に、いつだって踊れるじゃないですか」
「……バカ。そりゃ確かにそうだけれど、この一時は今しかないんだよ」
「ねえ、藍さま」
「なあに? 」
「チルノとのダンス、楽しかった? 」
「まあね。紫様とのダンスも楽しかった。でも、きっと橙とのダンスが一番楽しいと思うよ? 橙もいろんな人と踊ったら、きっとその違いが判ると思うな」
「はい! 橙も踊りたい! でも、本当は、藍様を独り占めしたいです! 」
「ちぇん……。おまえってやつは……」
「らんさま? 」
「私が悪かった。私もお前を独り占めしたいよ!!!!! 」
「らんさま―――――っ!! 」
「チェェェェェェン!! 」
「永琳! 妹紅ったら私の足三度踏んだのよ?! 」
「……輝夜は私の足を四度蹴った」
「それくらいで済んだのなら、いいじゃないですか」
「あ! ピザ! 永琳、これ、温かい? まだ熱い? 」
「さっきとってきたばかりだから、まだ温かいと思うけど」
「がっつくなよ輝夜! 」
「何よ、これは私のよ? あんたは自分でとってくればいいでしょ?! 」
「ほら、妹紅。お前の分はきちんととってあるぞ」
「な、なんだよ慧音! 別に私はピザが欲しいわけじゃないって!! 」
「本当にまあ、えらいぐだぐだで」
「ぐだぐだでもいいじゃないかしらぁ? 」
「……それ、誰の真似です? 」
「八雲紫」
「本人がやったら、それは真似とは言いませんよ」
「まあいいじゃないの。飲むかい? 」
「鬼の酒は酔いが早いので止めておきます」
「なんだい、あんたは見てるだけかい」
「参加できないのは寂しいですけれどね、見てるだけでも楽しいものも、あるんですよ。
時にはね」
「なんかまとめようとぉ、しないでくださるぅ、霖之助ぇ」
「だから、本人がやったら真似じゃなくなるでしょ? 」
「あら、これは私の真似じゃないわ。
私の真似をしている、霊夢の真似」
*
「さて、どうやら咲夜の葬式をしようとしてるみたいだけど」
香霖堂から戻ってきた咲夜と魔理沙の報告を聞いて、霊夢は尋ねる。表情は険しい。何かを決心した時の顔つきである。もしくは企んだ時の。
「どうする? 今から止めに行く? 」
「止めに行くのは簡単だけど、今止めに行ったら、どうしてそれに気づいたのか問い詰められると思うわ」
主、レミリアの思考を正確に読んでいる咲夜はそう言って反対した。
「私は特別休暇で、博麗神社に行き、宿泊して巫女にプレッシャーを与える事、って言う指示があるし、本来なら神社から外に一歩も出ちゃいけないのよ」
「よくそんな無茶苦茶な命令を、霊夢が受け入れたな」
最もな魔理沙の言葉に霊夢は。
「別に珍しくも無いでしょ。無茶苦茶だけど」と応えた。
「まあ咲夜に掃除とか色々手伝ってもらったし、感謝してたのよ。二人のお泊り会、楽しかったわ。それなりに」
「……もしかして、幽々子様も、その計画に何か便乗しようとしているのかもしれませんね。まさか、私との合同葬とか……」
と妖夢は自分で話を振っておいて。
「ああ、やりそうだぁ」
と自己完結した。
「それにしても、この新聞記事、本当に嘘八百じゃない。咲夜が死んだなんて」
憤慨する霊夢に魔理沙は、嘘は書いてないぜ、と言う。
「咲夜は白玉楼にも行ったし、閻魔様にも会ったんだろ? 冥土に行ったって言っても過言じゃない。まして、後ろに『!?』がついてる。本当、とも言ってない」
「葬儀の日取りも書いてあるじゃない」
「予定、ってついてるだろ? 予定は未定。だから嘘じゃない。
最も、葬式と称した何かは、この日やるんだろうけどな」
「まあ、ともかくどうしたらいいのか考えなくっちゃね。恐らくこれは、こっちから仕掛けてかき乱させる為の餌みたいなものよ。そして私たちの使命は、その抜群のタイミングで登場して、レミリアを喜ばせる事ね」
霊夢の言葉に魔理沙が。「それよか、思惑を外してやった方がいいじゃん」と提案したが、それは即効で却下された。
「それじゃ意味無いじゃない。お前は空気読めなかったなって言われておしまいよ。つまらない。逆に相手が驚くくらいお膳立てして、度肝抜いてやるのよ! これは私たちへの挑戦状よ! 」
巫女の着火点もよくわからない。今神社の応接間でくつろぐ四人は確かに皆常人以上の力を持つ者達ばかりである。が、この中で一番理性的に見えて、一番過激なのは博麗霊夢その人である。どこと無く思考が妖怪っぽい。あの妖怪に似ているなんて言ったら、それこそ激怒されてしまうわけだけれど。
そんな時魔理沙が尋ねた。
「ところで、全然関係ない話なんだけど、みんなさあ」
自分の葬式どうする? と聞くと、三人口を揃えて。
「埋めといて」
と言った。
「もしくは、焼いて」
八雲紫は、その会話を全部聞いていた。
その後の会話も、勿論。
霊夢のお茶をゆっくりと飲んでから。
「おいしくない、お茶ねえ」と言った。
魔理沙が笑ったので、魔理沙にしようと思った。
これからどう言う計画にするか、何も考えていなかったけれど、とりあえず魔理沙にさせようと紫は思った。
*
「咲夜、おかえり! 」
「ありがとう」
「氷のダンス場も楽しいよ! 後であたいと踊ろう! 」
「ありがとう」
「ところで子馬はどこにいるの? 」
「あの子と踊る時は気をつけなさいよ? 手が冷えすぎて痛くなるから」
「気をつけるわ」
「鈴仙はうかつなんだよ。ちょっと考えればすぐ判るのにね」
「それもそうね」
「うるさいわね、てゐも咲夜も! でも楽しいかったわよ。後でもう一度滑ろうかしら」
「咲夜! あれが魂よばいの儀式ってのは判ったわ! そんでその為に時間を止めて、中身が入れ替わったのも判った」
「はい、妹様」
「でもそれならどうして、私が呼んだ時に出てこなかったわけ!? やっぱり姉さまの方が好きだから? 仕方ないとは思うけど……」
「待って、フラン。私があの時出られなかったのは、あなたが棺の上に乗っていたから」
「ああ、そうなの。それなら本当に仕方ないわね。
それなら私今度から、棺桶の上には絶対乗らないようにするわ」
踊る、踊る。咲夜は踊る。
妖怪魔法使い、巫女、そして時たま普通の人と。
パン屋のおじさんとか、八百屋のおばさんとか。
その隙間を縫って、妖蝶マスクの婦人二人が踊りながら問う。
「不愉快かな? 十六夜咲夜」
「判りません。正直」
踊りながら咲夜は応える。冗談めかして、でも真摯に。
「けれど、今と同じような気持ちでずっといる事は、ナイフを錆びさせることになりませんか? 」
「抜き身のナイフが、その持ち主を傷つけないためには、ナイフが鞘を身にまとう必要がある。必要な時に抜けばよい。抜き身のナイフの方が、よほど錆びやすく、そして主にも他人にも危険だよ」
*
微笑してバタフライマスクの二人が離れる。
今日の話題の中心、十六夜咲夜も今のダンスパートナーから手を離し、次の相手に手を差し出すと。
いつの間にか咲夜の目の前に主が立っていた。
「全く、全然楽しくないわ」
レミリア・スカーレットはぶつぶつ文句を言って、咲夜に手を合わせた。
「本当なら私は自分の部屋の中ですすり泣いて、あなたが戻ってきた喜びに浸っていないとならないはずよ? どうしてこんな所で踊り狂って無ければならないの? 」
「それはあなたしかそれが似合わないからですよ。お嬢様」
「そうね。それが当たり前。当たり前の事だわ」
二人は笑って、そして。
こちらを見て。
「あんたも、見てるだけじゃなくて、一緒に踊りなさい! 」
と笑顔の脅迫。
ああ、そうだ誰もが思い描いた通り。
騒霊の曲が鳴り響き。
皆、十六夜咲夜を中心に手を合わせ、或いは手を組み。
そして各々感慨はあると言うのに、まだ騒奏は終らないのだ。
(文責 射命丸文)
葬礼の曲が鳴り響き。
皆、十六夜咲夜を中心に手を合わせ、或いは手を組み。
そして各々感慨はあると言うのに、まだ葬送は終らないのだ。
『1 宴の支度、もしくは式の初まり』
「全く、全然楽しくないわ」
レミリア・スカーレットはぶつぶつ文句を言って、手を擦り合わせた。
「本当なら私は暗い部屋の中ですすり泣いて、悲しみに浸っていないとならないはずよ? どうしてこんな所で陣頭指揮を執らなくてはならないの? 」
「それは誰もやる人が居ないからですね」
「当たり前の事を言わないで」
「すみません」
レミリアがぐいと差し出した紅茶を、ありがたく押し頂いた紅美鈴はふーっと息を吹いて啜った。湖の朝は、初夏でもかなり涼しい。温かさが美味しい。
「咲夜さんがいてくれれば」
「今回の主賓に何かしてもらうわけにはいかないでしょう? 最も、何も出来ない主賓だけど」
「……すみません」
紅魔館の頭首の入れた紅茶は熱くてよい香りがした。咲夜さんがレミリア様に教えた紅茶の入れ方だ、と思うと、ぎゅっと胸が詰まった。
七月の朝、まだ日の昇らない内から支度は始められている。夜の闇にまぎれてひっそりと、と言うのも吸血鬼らしくてよいと思ったけれど、咲夜は吸血鬼では無いので止めたのだった。夜明けと共に、この館の廻りを冥い霧が覆うはずだった。レミリアがしていたのは、その為の魔方陣を描く事と、参列者席を並べる指示、そして働く者達へのねぎらいに、紅茶を入れて廻る仕事。
「何を謝るの? 美鈴。まさか本人に本人の葬儀を手伝わせるわけにはいかないでしょう? 当たり前の事を言っただけよ、私は」
「……はい」
「新聞にも載せたし、きっと参列者は来るわ。咲夜の為にも立派な御葬式にするわよ」
「はい」
「全く……私と一緒に生きるって決めてくれれば、こんなことする必要なかったのに。本当に茶番だわ」
美鈴には何も言えなかった。
彼女も自らの主に使えて永い。気丈に振舞ってはいるが、今この茶番で一番寂しい想いをしているのはレミリア本人だという事に気づいているからだ。哀しそうな顔一つ見せないのは、この式を執り行うという作業に没頭しているからだろう。
紅美鈴は、黒いスーツを着ている。
レミリア・スカーレットのドレスも黒い。ただ靴だけが赤い。
箱の中に詰まっている花と、十六夜咲夜を見てフランドール・スカーレットは。
「これ、粉々にしちゃおうか」
と言った。
「どうせ動かないんだしさ。その方が手っ取り早いでしょ」
「フラン様」
「言ってみただけ」
パチュリーは、やつれている。言葉少ない彼女にフランドールは。「私がそれを出来るってことを、知って欲しかっただけ」と付け加える。
「一体どれくらい生きたんだろうね、これ。皺だらけで、小さくって。でもどう見ても咲夜なんだよね。不思議だよね」
「そうですね」
パチュリー・ノーレッジがぐったりしているのは、その横たわった咲夜を見てからだった。年老いた咲夜はいつも通りの動きで食卓を彩り、掃除をし、そして自分の部屋に篭った。篭って、出て来なかった。パチュリーが部屋に行くと、もう動いていなかった。レミリアに報告しなくては。そう思いながら、がっくりと腰が落ちた。さっきまでつい三日前まで動いていた彼女。いつかこうなることは判っていた。けれど早すぎる。自分が思っていたよりも、遥かに早くこの十六夜咲夜は動きを止めたのだった。
吐き気がした。
葬式の支度を手伝う。手伝うが、頭の中には何も入ってこない。まさか自分のメンタルがこんなに弱いとは知らなかった。そして自分の心の中で十六夜咲夜と言う人物がどれほど大きい存在だったのかも。
明るい紫の長衣は、アメジストを溶かして煮凝りにしたような暗い紫に染まっている。片やフランはまだ花柄のパジャマのままだった。
「ねえ、パチェ、咲夜の葬式の時、泣く? 私泣かないなあ。だって人間が死ぬのは当たり前じゃない」
「そうですね」
「当たり前の事で泣かないでよ」
「……そうですね」
口にして、自分の目から涙が出ている事に気がついた。
この豪勢な箱の中で横たわる、十六夜咲夜と呼ばれたモノの活動停止が、ここまで自分に衝撃を与えるとは。否、それは十六夜咲夜と呼ばれたモノだからこそ、ここまでの感情が生まれるのだ。
悲しい。
哀しい。
そんなパチュリーの側にフランはやってきて、そっと頭を抱かかえて言うのだった。
「私だって、悲しくないわけじゃないんだよ。
ただ、この式じゃ泣けないって言いたいだけ」
「……はい」
「私ね、ずーっと夢見てたんだ」
「何をですか? 」
「誰かの御葬式の時に、泣いている遺族を慰める役。一度やってみたいって思ってたんだあ。でもここの人って、中々死なないじゃない」
ちょっと早く、夢叶っちゃったかなあ。
そんな子供っぽいことを言いながら自分を抱きしめてくれるフランドールは、少し怖くて、とても温かかった。
『2 死神を通して、閻魔は見ないふりで』
ああ、どうも参列の方ですね? どうぞ、こちらにご記帳下さい。
どこでこの情報をお知りに? はあ、新聞で。ご愛読ありがとうございます。
おっと、余計な話はなしですよ。古道具屋の旦那。今紅魔館は深い悲しみに満ちているところなのですから。
私ですか? 私は、はい、ご覧の通り受付を担当しております。一体どういう方がいらっしゃるのか観察も兼ねて……。
そうなんですよ。意外と人間の方も多くいらっしゃっていて。まあ紅魔館と付き合いのある方ばかりなんですがね。以前、ほら、吸血鬼の方がこちらにいらしたばかりの時の、一騒動の折、巻き込まれた一家の子孫なんてのも来てます。妙な交友関係もあったもんですな。なんというか幻想郷の面子は、人間も妖怪もあちゃらかなのがおおございます。まあ輪廻も転生も、ある意味約束されたこの地で、遺恨ばかり引っ張っちゃつまりませんからねえ。
え? 私? あややや。冗談言っちゃあいけません。私は誠実な新聞記者ですよう。ほら、この見出し。
『メイド遂に冥途へ!? 』
中々シャレてると思いませんか? え? ふざけ過ぎ? 確かに、まるで冗談みたいに見えるでしょう? それがいいんです。
ああ、どうぞどうぞ、ご参列の方ですね。どうぞ……こちらに……。
天狗の新聞記者であり『文々。新聞』発行者、射命丸文の言葉が途切れたのは、そこに立っている女性が死の女だと知っているからだった。
西行寺幽々子が、そこに居た。
白い頭蓋骨ほどの大きさの石を持って。
「私の名前だけでよろしいかしら」
そう尋ねる彼女に、受付係は、他に誰かいらっしゃるんですか? と聞き返すと。
「まあ、まるで私しかいないみたい。酷いこと言うわね。ねえ? 」
と話しかける。
「酷いこと言う天狗ね? 妖夢。折角二人で来たのに。いいわよ。勿論貴女の名前も書いてあげるわ、妖夢。私たち、ずっと一緒だものねぇ」
白い石を撫でて幽々子は生気の無い顔で微笑んだ。
白い石には魂魄妖夢と書かれている。
受付係の台帳に書いた文字と同じ文字で、魂魄妖夢と書かれている。
『3 西行寺幽々子の述懐』
「あなたが白玉楼に来てから、たくさんの時が過ぎたわ」
幽々子は話しかける。そっと椅子に座って、式の開始を待ちながら。
霧は夜の者達を傷めないくらい日の光を和らげていて、それなのに緑は美しかった。花は飾られ、それは全てその庭師が丹精込めて育てたものであった。
「あなたの庭と比べて、どう? 妖夢」
歌うように幽々子は言って、白い石を撫でる。
「さっきの天狗の言葉聞いた? 天狗は、いつでも嘘ばかりつくのよねぇ。口から先にうまれたのかしら。どこの口から生まれてきたのかしら。不思議よね。
ふふふ」
目の前で、喪主に挨拶しにいく人たちを見ながら、幽々子は白い石をつついたり撫でたりする。妖夢と二人きりの時に、いつもしている仕草だ。そして石に手のひらがぴったりとくっつく時、幽々子は妖夢の肌触りをまざまざと思い出すのだ。
「たくさんの時が過ぎたわ。
私たちが出会って、それからあなたが育って、今に到るまで。貴女はこんなに小さくなっちゃって。小さくなったのに、持ち運ぶのは結構重いのよ?
でもほら、こうしていると、貴女のことを思い出すわ。貴女の半身半霊。二つで一つだったわね、貴女は。私も貴女と、二人で一人なのよ」
白い石と西行寺幽々子。石は語らない。彼女は語る。
「妖夢、大切なのは見立てなのね。
居たと言う事実と、居なくなると言う事実を同時に存在させる見立てが葬儀なのね。動かない物に新たに名前をつけて、死者を生者に見立てる。生者に見立てられて、一時的に生き返るからこそ、輪廻の輪に向かうことが出来るのだわ。
貴女にはそれをしてあげられないけれど、その必要は無いものね。私たち、ずっと一緒だものねえ、妖夢。
ねえ妖夢」
来年桜は咲くかしら?
応える声は無い。
*
ねえ妖夢、耳掻きしてあげるわ。こちらに来なさい。
え? またですか、幽々子様。
この前もしたばかりですよ、と言いながら妖夢は幽々子の前にもじもじと立つ。老廃物が出ない幽々子にとって、妖夢の耳掻きをするのは一つの楽しみなのであった。妖夢は遠慮してみせるけれど、それが単なるポーズなのは幽々子に見え見えだ。
そんな事言わないで。いつかこんな事、出来なくなる日が来るかもしれないでしょ?
冗談めかした幽々子の言葉に、妖夢は屈んだ。そっと膝に、頭を乗せる。
耳掻きをいれると、ぴくん、と身体が動く。
ほんと、残念、粉みたいなのしか無いわ。
そう言って幽々子が耳にふっと息をかけると、妖夢がまたぴくんと動いた。
今度はこっちの耳ね、と幽々子が、ぽんぽん、と肩を叩くと、妖夢の目からどっと涙が溢れた。
あら、ごめんなさい。どこか痛くした?
狼狽した幽々子に、声を詰まらせながら、妖夢。
「いなくならないですよね? 」
「なあに? 」
「ゆゆこさま、わたしからいなくならないですよね? 」
しゃくりあげて泣く妖夢に彼女は笑って、当たり前じゃないの、と応えたら。
「わたしも、ずっとおそばにいますがら! 」
と、もつれた舌で妖夢が言った。
「ずっとおそばにおりますから! 」
あんまり必死に泣くので、幽々子の唇が半笑いになった。
妖夢の口は引きつっていて、でも唇は柔らかかった。
泣き声にしゃくりあげるその口を、唇程度の柔らかさにするのには、いかな幽々子の唇で難しかった。
幽々子の口の奥から、喉の奥まで、妖夢の声で一杯になる。溺れそうになって妖夢の身体を強く抱くと、鍛えられた妖夢の、より強い抱擁が待っていた。泣いていた唇が、今は泣きながら幽々子を貪っている。
妖夢の身体に霧の如く付き従う半霊が、今は幽々子の身体もすっぽりと覆っていた。
*
白い石を抱きながら、幽々子は思い出していた。
まるで昨日のことのようだった。
『4 後々の為のほんの少しの覚悟の為、それと舞台を整える為に魔理沙は』
アリス・マーガトロイドが挨拶に伺うと、パチュリーが出迎えた。アリスは厳しい顔だった。厳しい顔なのは、厳粛な式だからなのだろうか。もしかしたら隣に居る黒い魔法使いのせいなのかもしれない。
「なんで貴女がここにいるのよ」
非難がましい目で見られても、この空気を読まない魔法使いは。
「友達の葬式だもん。来るのは当たり前だぜ」
などと平気な顔でいる。
パチュリーは舌打ちして。
「お前は邪魔。お前は迷惑。お前の存在が式の全てをめちゃくちゃにする。帰れ。それとも呼ばれなかった魔女よろしく、茨姫の呪いでもかけるつもり? 」
「おいおい待てよ。私もそこまで空気読めてないわけじゃないぞ。第一私が呪いをかけて眠れなくする前に、もう主賓はお休み中じゃないか」
肩をすくめて、霧雨魔理沙は。
「いいか。空気を読めるその証明として問題を出してやる。私は何者だ?
あ、いや、言うな。あんたらが言っても意味が無い。私から言ってやろう。私は、魔法使いだ。その事を忘れたか? 」
「……そうね。貴女は魔法使いだわ」
アリスは何だか悔しそうな顔でうなづく。
「でも、そうね。あなたは呼ばれてないのよ。きっとレミリアも迷惑すると思うわ」
「いや、きっと歓迎されると思うね」
「どうしてよ」
「そりゃ、元人間の友人が訪ねてきたって言えば、あのお嬢様でもうなづかずにはいられんだろう。霊夢も……居ないしな」
魔理沙の言葉に、パチュリーは大きな溜息をついて、確かにそうね、と言った。
「そうね、貴女は魔法使いだったわ、もう。か弱い人間のままではない。そう言う事ならこの場に来れるのもうなづけるわ。それにしても……」
「霊夢がここに、居たらな」
しみじみとした魔理沙の声に、アリスは。
「霊夢が死んで、あんたは生きてるってのは滑稽ね」と皮肉を込める。
「本当に、あなたは大嫌い! 人の気持ちをよくまあそこまで逆撫でできるものね!! 」
「え? うーん。私は私なりに、気持ちの整理含めて参加したいだけなんだがな……。どうしてもダメなら帰る」
「待って魔理沙。アリスも落ち着いて。レミィに話してくるから。私はまた、あなたがかき乱すために来たのかと思った。そうでないなら……私たちの仲間として、認めるわ」
「ちょっと、パチュリー! 」
「いいのよ。これもちょっとした御祭りよ。
アリス、あなたに今日の事を色々相談したけれど、余り深刻に考えないで。私は……」
そう言ってパチュリーは、何故かぎゅっと魔理沙を抱きしめた。
「ごめんなさい。ちょっとショッキングなものを見ているから、あなたが本当に生きているのか確かめたいの」
「え? ……勿論、私は生きてるぜ?
イタッ――! 」
魔理沙が叫んだ。
パチュリーが魔理沙の首の付け根を、思い切り噛んだからだった。
*
紅魔館のテラス、二人お茶を飲んでいた。茶菓子はタルト。肴は、あの女の話。
「人間のままで、魔法使いなんていい迷惑だわ」
「何より迷惑なのは、本を勝手に持ち出すことよ」
二人は魔法使い。生きる術を探す者ではなく、術を探す為に生きる者である。
一人は人形のような少女。もう一人は病弱そうな少女。姿形は少女の物だが、容姿は衰えることなく年を経る。
「人間の身で、ずかずかと秘められた世界に押しかけてくる態度が気に入らないのよ」
「本を枕に寝てたりするのよ。怒ったら人のベッドを勝手に使って」
神秘の法を唱える口でストロベリータルトを頬張り、契約の印を描く指先で紅茶のカップを持つ。
脳の迷宮から導かれし予言者。其は答う。ノリ・メ・タンゲレ。触れてはならない、真理。
「人間の癖に、私達をまるで恐れないのよね」
「まるで友達みたいな顔して、すぐに死ぬ運命の癖に」
パチュリーの言葉に、アリスが。
「いつ?! 」と声を上げると。
「さあ、少なくとも私たちより、先に死ぬのは間違いないわね」と平気な顔で応えた。
「……ただの人間だものね」
「そうね」
世俗を語らぬはずの魔術師の唇は引き結ばれて、隔世を見る瞳は深く閉じられた。
「私、魔理沙嫌いよ」
「私も同じよ」
一人は紅茶を飲み、もう一人はタルトを齧り、二人の言葉が重なった。
「あの人、ずっと人間のままで居るつもりなのかしら? 」
『5 司会の視界、あるいは参列者たち』
青空の下、白い霧の中、葬儀は進む。
祭壇の上に黒い棺がある。
八意永琳は司会としての役割を果たしている。
司会の役割は、淡々と読み上げ、続け、繋ぐ事だ。本当なら経の一つでも上げればよいのかもしれないが、喪主も、或いは経を読まれる本人もそれを望んでいるとは思えない。神事を司る巫女も居ない。今はない。
蓬莱山輝夜は泣いている。目頭を押さえている。永遠と須臾を行き来する彼女にとって、かそけき人の命など大したことが無い、訳ではないらしい。それほど深い親交があった訳ではないが、葬儀と言う状況が彼女の胸を打つらようだ。よく言えば感じやすいと言うことだが、悪く言えば劇場見物に近い興味はあるだろう。輝夜の心情はやや不謹慎だが、喪主のレミリアはそれを見て嬉しそうな顔をしているので、問題にしないことにした。
黒染め衣装の永琳は、会場の中で一番不吉に見える。本人も重々承知している。
集っている者も皆、黒い。不自然なまでに深くベールを被っている客もいる。西行寺のお嬢様くらいだろうか、いつもの服装なのは。しかし彼女は亡霊なので、誰も喪服に着替えない無礼を問わないだろう。彼女の抱える、魂魄妖夢だと称する白い石が、常軌を逸していた。悪趣味にすら思えるが、彼女はあれを冗談でやっている訳ではない。鬼気迫るものがある。あのお調子者の魔理沙さえ、彼女に声をかけるのを躊躇ったほどだ。
魔理沙とスカーレット家の付き合いは旧い。客として来た筈なのに、もう式の裏方になって働いている。少なくとも、この家の誰よりも世慣れている。整えられていた祭典に彼女が手を加えると、より葬式らしくなった。よく見れば黒いドレスも、いつもの物とは違う。黒く細い立て筋のついている灰色のズボンに濃紺のベスト、そして黒いネクタイを締めていた。ズボンはダボッとして見えるけれど、スカートよりも動き易い物を。黒いコートは良く見ればきちんとモーニングで、葬儀が午前中に行われるものと意識したものだ。彼女の実家は、幻想郷で商家を営んでいたと言う。その頃に仕込まれた作法と支度が、今現れているのだろう。宴を盛り上げている術を心得ているのに、素直に感心した。
その点、我が弟子優曇華院は落ち着きが無い。
姫の隣に座っているのに、きょろきょろと周囲を見回す。挙動不審に見える。それ以外はだらっとしていて、緊張感が無い。ちゃんと葬式の理を魔理沙に教わるよう、後で言っておかねば。
*
「ねえ、永琳、私たちもいつか死ぬのかしら」
姫は、十六夜咲夜死亡の報を知って、そんなことを言った。
「私たちずっと死なないと思ってたけど、もしかしてそんな事無いんじゃないかしら」
どうしてそんな事を考えるのですか? と尋ねると。
「だって、今まで彼女が死ぬなんて、思ってもみなかったから」
と単純なお答。
*
輝夜がそっと顔を伏せ、イナバの手を握る。爪が立っていて、鈴仙・優曇華院・イナバは少し痛かった。
師匠、八意永琳は淡々と式を進めている。式の理由から、参加者方々へのお礼の言葉に始まって、故人の略歴。
「十六夜咲夜様は、紅魔館のメイドとして……」
故人の思い出のアルバムまで用意してあって、それが大映像で表示された時は、吹きそうになったが我慢した。
美鈴と花を摘む咲夜。
パチュリーに紅茶を入れる咲夜。
庭の妖精達と。図書館の悪魔と。
白い日傘をさして歩くレミリアの脇で、地を指差す咲夜。レミリアの指は天を指している。
そして、フランドールに本を読んでいる、咲夜。
年老いてなお幸福そうな貴婦人が画面に映って、鈴仙はぞっとした。不意に現実を見せ付けられた気分だった。姫はもう初めの写真から泣いていた。小さな声で。
「イナバ、私たちも、写真取りましょうね」
と囁く。
「一杯、撮っておきましょうね。みんなの記念の為に」
正直、少しひいた。
けれど咲夜を中心に、スカーレット一家が記念撮影をしている姿は、不覚にもうるっときた。何だろう、御芝居の御約束で、陳腐な展開が見え見えなのに、それでも泣けてしまうご都合主義的な涙。演出効果だな。そう思った。自分のような冷静に見ているものでも、泣けるのだから、そこに何らかの感情がある人ならば、尚更その涙腺をつつきっ放しだろう。
――でも、こんなもんじゃ泣かないわね。全然足りないわ。
すん、すんと鼻を鳴らす音すら聞こえる会場で、鈴仙は、きっとこうやって白けているのは自分だけだろうな、と思っていた。アトラクションショーの舞台を見ながら「あん中に人入ってるんだぜ」と、自慢げに叫ぶ子供のような痛さ。賢明なつもりで、実はそのポーズをとるのに一生懸命な自分。世間を斜に見た行為。
――てゐはどう考えているんだろうか。
因幡てゐは、長生きしている地上の兎である。永遠亭に仕えても永い。いつも毒舌なこの兎の感想が聞きたくて彼女に目を向けたら、厳粛な顔つきで式に挑んでいて、何だかドキドキした。こんな張り詰めた表情の彼女は見たことが無かった。泣きそうな顔にも、見えた。
映像が終って、縁のある人々からの一言の紹介に到る。そこで司会は、笑顔のまま少し固まった。固まった、と判ったのは、もしかすると鈴仙だけかもしれない。式の進行は喪主たるレミリアの気まぐれによって次々と変化する。司会進行に、何か無茶な指令でも突きつけられたのだろうか。
とは言え、この年経た人は何事も無かったように式を再開した。
「この式に、読経も聖職者の説法もありません。ただ、各代表の告別を代わりに当てたいと思います。まずは妖精代表から」
名前を呼ばれる前にチルノは、ハイ! と手を上げて壇上に歩き出した。
右手と右足が同時に出ていた。
表情がカチコチだった。
『6 チルノのQ。そしてまるで日曜日の終わりのような追悼』
咲夜が死んで、びっくりしました。妖精たちもびっくりしました。アタ……。
わたしもびっくりしています。
わたしが挨拶すると、咲夜も挨拶しました。挨拶しなかった時は、咲夜も挨拶しませんでした。これは他の妖精に対しても同じでした。だからきっと妖精は好きでも嫌いでもないんだなあ、と思いました
でもコーマ館の妖精はお茶とお菓子が食べれて羨ましいなと思いました。だからわたしも、お茶とお菓子が欲しいと言ったら、あなたはいつも悪戯ばかりして困ると怒りました。悪戯したら怒られないとつまらないけれど、怒られるのもつまらないので、わたしはお菓子をくれないと悪戯するんだと言いました。そしたら咲夜は笑って。
「あなたは毎日が十月三十一日なのね」と言いました。
咲夜は頭が悪いなあと思いました。その日は春だったからです。
*
「おやつはあげるわ。その代わり少し働いて欲しいの。
最近蒸してきたから、皆に冷たいものを振舞いたいわ。ボールをひんやりさせてくれる? 」
「カチカチじゃなくていいの? 」
「ひんやりがちょうどいいのよ」
咲夜は、とても大きなボウルに濃厚なミルクと果汁を注ぎ入れる。チルノはひんやりさせる。大きなしゃもじで咲夜がかき混ぜる。すぐに角の立つ氷菓子が出来上がった。咲夜は指で一すくいして、舐めた。
「こんなものかしら」
その後しゃもじを渡して。
「しゃもじについてるの、味見していいわよ」
おいしい! とチルノが言うと、咲夜が笑った。
ホールケーキの周りを切ったふちもくれた。美味しかった。
*
咲夜は優しくないけれど、優しいと思いました。咲夜は冷たいけれど、あたしよりは温かいです。
後、コーマ館なのに子馬を見たことがありません。後で見せて欲しいと思いました。
咲夜が死んで寂しいのは本当です。
おわりです。
「続いては、人間代表です」
まず、このたびは紅魔館の方々、並びに関わり深い方におきましては、心からお悔やみを申し上げます。
私は人間の部類に入れて頂いておりますが、ご存知の通り妖怪の血が混じっております為、遥かに長命であります。一人の人が居なくなる。いつかこんな日が来ると知りつつも、それがまさか今日と言う日になろうとは思いもしませんでした。
咲夜さん。あなたは仕事に熱心な方でした。あなたの仕える人は常命の方ではありません。それ故か、あなたは人間に対していささか冷たい様子にも見えました。
けれどあなたはその他人を近づけさせない空気の中にも、少々天然の面がありました。例えば買い物しようと里まで出かけて、財布を忘れたり、或いは、店先で魚を猫に奪われて、新しい物を買わずに追いかけてしまったりとか。その時垣間見える苦笑じみた表情に、親しみを感じると言えば、あなたは怒るでしょうか? いいえ、きっと頓着しないでしょう。けれどそれでもいいのです。あなたの崩した表情に、みんなが微笑みます。おそらく、太陽ですら微笑むでしょう。
今日もいい天気です。
あなたへの野辺送りにはちょうどいい日かもしれません。
ここに居る普通の人間の参列者は、紅魔館と繋がりがある人ばかりですが、儀礼と言うばかりではありません。私たちは、あなたが思っている以上にあなたのことが好きなのです。
願わくば、この常命の者たちに、もう少しあなたの笑顔を向けて頂ければと思ったのですが、それは叶わぬことなのでしょう。それでも私たちはあなたが嫌いではありません。
この言葉に、いえ、全てのあなたに向けた想いにお腹立ち無いようお願い致します。
ご遺族の方、また縁の方々は重ね重ねご愁傷様でございます。
人間代表、森近霖之助。
「続いて亡霊代表」
西行寺幽々子は夢見るように立ち上がると、ふらりと壇上に向かった。
彼女の胸元には、石があった。
『7 西行寺幽々子の韜晦。霧雨魔理沙のでまかせ』
「生と死に、それほどの違いはありません」
亡霊の姫君がやわやわと笑うほど、会場はぞっとするのであった。
「なぜなら、その人が居ると思えばその人は居るわけです。居なくなったと言うのは客観的な判断で、当人にとっての事実とは異なるからです。現にこの会場に居る人たちは、今日の主賓が亡くなったとご存知なわけですが、参加していない方にとっては、その事実を知りえないわけです。
自分が生きていると思えば、その人は生き続けているのです。自分の側にいるのです。
ねえ、妖夢」
少女のように白い石に囁きかけて。
「私はこれに、妖夢の名をつけました」
一瞬、幽々子の眉間に何かが凝った。盲いていた人が、突如光を取り戻したようなはっきりした視線。けれどそれはすぐに深い霧に包まれて見えなくなる。
「私は、だからいつも妖夢と一緒です。
妖夢?
妖夢、聞こえている? 私は本当にあなた無しでは駄目なの。私一人じゃ、何も出来ないのよ? あなたは私の庭師なのだから、私の茂みもきちんと整えてくれなくては困るわ。
私は、あなたの作るご飯が食べたい。
お腹が空いて、お腹が空いて仕方ない。ぽっかりとした空腹感ばかりがあるから、私がこうやってあなたを抱きしめると、少しお腹が満たされる。
妖夢、最後にあなたに別れを告げる時に、あなたは言ったわね?
「これから何があるのか判らないけれど、いきます」と。
「御側についておれないのが残念ですが、お許し下さい」と。
それでも、逝って良いと言ったのは私なのですもの。
私のような亡霊が居たとしても、必ずしも全ての者が私のようにこの世と関われる物ではない。
また、当の私ですら、私の生きていた頃を知らないのです。
妖夢がもし私の前に現れたとしても、それは新しい彼女かもしれません。私にはそれが判らない。
でももし彼女が現れたら、私はきっと彼女を抱きしめます。そして涙が出るでしょう。
ああ、でも今私はあなたを抱いているのね。だから私は泣かないのだわ。私は妖夢がいて幸せです。けれどあなたはダンスが出来ないわね。あなたと一緒に」
踊りたいわ。
そう言って幽々子はくるりと廻って、笑った。
どう見ても、狂っていた。
だからこの後で壇上に立つのは難しいなと魔理沙は思っていた。
自分がこの後に出て行って、どれだけ式を盛り上げられるか疑問だ。何よりあの場には自分の縁のある人間も居る。魔法使いになって、すっかり過去は拭い去ったつもりだが、社会はそうもいかないようだった。
――はて、私の手際は褒められるかしらん?
人間世界と一線を隔してから、久々にあの時代を思い出して整えた舞台である。葬儀の飾りつけは、もはや縁の無い実家でみっちり教えられたことの一つだ。急な参加の急ごしらえだけれど、見かけはシャンとしたはずだ。
深呼吸した。
けれど盛り上げるのは、劇的な何かではなく、積み重ねる事だと言う事も判っていたから、いつも通りでいいやと腹はくくっていた。
このでたらめと思いつきの弔辞の連続は、レミリアの気まぐれの指名だ。ある意味、一貫性はある。流石にチルノには、別れの言葉を述べてくれ、と言う指示は前もってしてあったけれど、他の二人は不意打ち指名である。アドリブにしては、よくやったと言えよう。
――いや、普段から思っていることを口にしただけか。
そうだ、やっぱりそれなんだな。いつも通りでいいんだ。そう思ったら、呼ばれるのが楽しみになった。
魔理沙は魔法使いになった。
そして人間の彼女達と友達でも、あった。
「友人代表、霧雨魔理沙」
そら来た、と思った。
案外すたすたと足が出た。
「友人と言うと、恐らく本人は怒ると思うけれど、私は友達だと思っているので、構わない。咲夜は大好きな友達の一人だ。
皺くちゃの彼女を見て、嘘だろ、と思い、動かなくなった彼女を見て、嘘だ、と思った。私は彼女と戦った事もあるからだ。敵としても、味方としても。
よく霊夢の神社で飲んだ。宴会した。霊夢がここにいないのは、信じられない。でもそれは当然だ。霊夢だって年をとるし、今咲夜と同じ場所にいるはずだ。
二人は何を話しているのかなあ。妖夢もそこにいる。けれど私はそこに行かなかった。行かないでここに居る。年を取らず、遥か人間よりも永遠に近いもの達の側に来ている。
正直彼らに好かれているとは言えないな、私は。うん。自覚してないわけじゃないんだ。さっきも、空気読んで帰れって言われた。私がいると、邪魔だってね。
でも私はいつも考えるんだ。今は居ない友達のことや、人の世で生活していた時のこと。別れてしまうと、案外それはすぐ遠くに行ってしまう。
それから、霊夢のことも。ほんとあいつは冷たい奴で、無頓着で、自分が死ぬ時も何の感慨も持たない。博麗の巫女だから、とかじゃなくて、あいつはそう言う奴なんだ」
霊夢の名前を出した時に、自分の声が、ぎゅっと悲しくなったのに気づいた。
なんだ、馬鹿だなあ、私は。
けれどここでその悲しいを否定したら、言葉が一気にうそ臭くなるので、その感情はそのままにした。何、自分の弔辞が終るまで、涙も零れずにもつだろ、と思った。
おやおや、嘘つきだなあ、私は。
心の中でそっと呟く。
右目から思ったより早く、一筋涙、零れた。
*
自分の葬式どうする? と聞くと、三人口を揃えて。
「埋めといて」
と言った。
「もしくは、焼いて」
博麗霊夢、魂魄妖夢、そして十六夜咲夜は自分たちの死についてそれほど深刻に考えていない。
「幽々子様とお別れするのは寂しいですけれど、でもそれはまだ先の事ですし。いつか来た時は、お別れを言えれば満足です。
後、次の庭師が気になるくらいで」
と言ったのは妖夢。
「お嬢様は、私が死んでも別にどうって事無いですよ。ただ、人並みに葬式くらいは挙げてあげるわ、って大喜びでしたね。予行演習くらいしかねません」
とは咲夜。
「魔理沙は魔法使いになるのよね。妖怪の。そしたら御葬式なんて考える必要無いから楽よね」
そう質問返ししてきたのは、霊夢。
「そしたら霊夢に退治されないといけなくなるからなあ。まあ人間の時でもたまに退治されるけど」と魔理沙が言えば。
「あんたが懲らしめる時もあるでしょう? 私懲らしめられるようなこと、何にもしてないけれど」
「じゃあ私は、きちんと懲らしめられるように、幻想郷にびっくりするような異変を引き起こそう」
魔理沙の意外な提案に、ぎょっとした顔の三人。異変? と口を揃えると、魔理沙。そう、異変、とうなづいた。
博麗神社の側、霊夢の家の中でお茶を飲みつつ語る茶飲み話。あの畳、あのちゃぶ台、そしてあの縁側。
「死者を蘇らせるんだ。
妖夢と咲夜とそれから霊夢。あんたらが全員死んだ後にさ。
そんで蘇ったあんたらに、成敗される。これっていいアイデアだろ? 」
「亡者になるならともかくぅ、反魂はエネルギー保存の法則を無視するから、無ぅ理よぅ」
「霊夢、似てない」
「紫様、そこまで間延びしてしゃべらないです」
魔理沙と妖夢のつっこみに、ふん、と鼻を鳴らして、霊夢。
「いいじゃない。紫ってわかったなら、物まねの意味はあるのよ」
「いや、もっと紫は甘い声なんだよ。妖夢ぅ、魔理沙ぁ、咲夜ぁ。
そんで、霊夢ぅ。
霊夢の時だけ、語尾が下さがりなんだよな。他は上に上がるのに」
「ああ、判る判る」咲夜のつっこみに魔理沙は調子に乗って。
「そんでなんか、もっと甘いの。
れいむぅ、れいむぅって」
爆笑されて、霊夢が赤くなった。咲夜も調子に乗る。
「れいむぅ、御賽銭、いつもどこに入ってるのかしらぁ?
ちっともあるようにはみえないんだけどぉ」
「似てる似てる」
「れいむぅ」
「あはは」
「らぁんん」
「そっくり! 」
「ちぇえええん」
「それは藍でしょ」
はしゃぐ三人に、半笑いで巫女が、アレに聞かれても知らないわよ、なんて言っていた。
おっと桑原桑原。
雷が落ちないうちに、はしゃいでいた面子は静かにお茶を飲む。四人が顔を合わせて微笑む中。
「おいしくない、お茶ねえ」
と間延びした声で誰かが言った。
ぷ、と思わず魔理沙が噴出した。
噴出したのは、魔理沙だけだった。
*
あの時の事をふと思い出して、もう一度魔理沙の喉から笑い声が漏れた。失礼、と咳き込んで見せてから、さっと涙を指先で拭う。
「逝く本人は未練が無くても、残されたものは哀しい。だから私は、やっぱり皆がいなくなって寂しいんだ。
寂しい。本当に寂しい。
友達として言えることは、やっぱりそれだけだ。
それだけなんだな」
なんとも煮え切らないオチだな、と思ったけれど、これ以上は続けられなかった。
右目だけではなく、左目の我慢も出来なくなってきたからだった。
博麗神社の側、霊夢の家の中でお茶を飲みつつ語る茶飲み話。あの畳、あのちゃぶ台、そしてあの縁側。
今はもう、あそこに彼女達はいないのだ。
彼女達は、魔理沙の側にいる。
『8 目が見えない妹と、展開の見えない出来事』
フランドール・スカーレットは、今までの挨拶の中で一番楽しそうだった。初めての御遊戯会に参加する園児のような顔。自分の持つ力の大きさから、パーティーの参加も遠くから眺めるくらいしか出来なかったフランにとって、こう言う場で一席ブツのは一度やってみたい事でもあった。
まず場内がぎゅっと静まったのは、フランが棺おけの上に立った時だった。
勿論中には、この会の主賓が入っている。永琳はそんな風景を見なかったかのように、静かに。
「スカーレット家代表。
フランドール・スカーレット様」
呼ばれたフランは、姉のように優雅に微笑んで見せた。
「ごきげんよう皆さん。今日はこのメイドの冥土行きにご参加下さいまして、まことにありがとうございます。急な日取りとなりましたが、お集まり頂いた事、嬉しく思います。
二日前この年老いたガラクタが、永遠にその動きを停止しました。この惨めな存在を作った造物主に、まずは尊敬の念を捧げます。実に良く出来たガラクタでした」
パチュリーが頭を抱える。隣に座ったアリスが睨む。
ふん、なんとでも思うがいいよ。
こんな式は馬鹿馬鹿しい。ぶっ壊してやる。別に破壊しなくてもぶっ壊すやり方は、私だって心得ているんだから。
「ほんと、咲夜は最後ぼろ雑巾みたいでした。死ぬって惨めなんだなあって思いました。汚い。その上、ちゃんと腐ってきてるの。おかしいでしょ? おかしくないですか? 動かなくなっただけでこんなふうになっちゃうのなら、人間ってなんて脆いんでしょう!
私人間でなくて本当によかったと思います」
立て板に水で、言葉が流れ出る。水の下にある水車は舌だ。くるくる動く。
「一緒に、永遠に生きるって咲夜が決めてくれたら、こんなことしないで済んだのに、めんどくさい。お姉さまなんて、咲夜の代わりにみんなに紅茶入れて廻ったのよ? 本当なら咲夜がやるはずだったのに。
美鈴は一番いいお花を切って、あのガラクタの周りに詰めたの。全部薔薇よ? 白いのと赤いの。お花は切られてもあんなにきれいなのに、あのガラクタは臭いのよ。何で出来てるのかしら。ほんとよく出来てるガラクタだわ。
パチュリーなんて、あれを見て泣いたのよ。恥ずかしい! 咲夜が、か、可哀想だと思ってなんて言うの! おかしいでしょう? あの動かない図書館が、泣くのよ?
咲夜が馬鹿だから! 永遠に生きることを望まなかったから!! 」
おかしいな。
喉が変だ。
ちょっといがらっぽくなって、咳き込む。
「失礼。
とにかく、私は全然ショックじゃありません。こんなの茶番です。馬鹿です。よく出来たガラクタなんて言ったけど、嘘です。ゴミです。このひつぎの中に入ってるのは、咲夜じゃありません。驚いた? 驚いたでしょう? ゴミ人形! ただのゴミ人形よ!!
当たり前じゃない! こんな中に入ってるのが咲夜なわけ無いじゃない!!
馬鹿!!
当たり前の事言わせないでよ!! 」
まずいなあ、って自分でも思う。
気が触れてるって言われるのは、きっとこう言うところなんだろう。情緒不安定になる。
違うのに。
もっと冷静にやるはずだったのに。
お姉さまはすごいなあ、自分みたいに成らないから。
微かに心のどこかで、自分を観察している自分だけが冷静。
後の私は、大した事ない。だって。
「……くやが、し、し、しししししぬわけ、なななないじゃない!! 」
両手がわなわなと震える。おかしい。
「咲夜は本を読んでくれるし、おいしいご飯つくってくれるし、めめめめいりんと一緒に花飾りつくってくれる。ねえ、美鈴! 美鈴は咲夜大好きだよね!? 」
門番の顔を見る。駄目だ、こいつは役立たずだ。私の方を見て、ボロボロ涙を零している。馬鹿、私がこんなになってるから、お前が止めないといけないのに、口を押さえて泣いている場合か。おかしいでしょ!
「本を読んでくれるのは、ぱ、パチュリーと一緒に、パチュリーと一緒に外の本で、私が、読めるのは、本を、私が本読めるのに、咲夜は私が読めって言ったら、私が読める本を、読むのよ!?
童話とか、マザーグースとか。馬鹿みたい。ぱ、パチェに、だから咲夜は死んでも哀しくないのって聞いたら、パチェは哀しいですなんて言うの。ま、まほうつかいのくせに、ばばばばかなんだから」
肩を小さく震わせてパチュリーが泣いている。アリスがその背をそっと撫でている。傍らに立つ魔理沙は、さっきからずっと帽子を深くかぶって顔が見れない。おかしい、茶番だ、茶番だ、こんなの茶番だ! 判ってるのに!
嘘だ、嘘だ嘘だ。
うううううそだ。
うそなんだから!
*
紅魔館の中で、咲夜とかくれんぼする。
数えなくてもいいのに、私はいつもちゃんと十まで数える。
咲夜、どこ?
どこにいるの?
彼女は時を止めて、その間に隠れてしまうから、まるで初めからいなかったみたいに思える。でも、だからこそ、咲夜は私の側でかくれんぼする。
「咲夜、この箱の中でしょ? 」
「残念、この箱でした」
咲夜。
呼べば彼女は、出かけている時でない限りすぐに私のところに来てくれた。
お姉さまのところに居る場合も、来れなくて仕方ない。
咲夜はお姉さまが大好きだから。お姉さまも咲夜を大好きだから。
咲夜は今、私の前からかくれんぼしている。
私の足元の箱には、死んだガラクタがある。
そうだ。
お姉さま。
お姉さまは。
*
お姉さまはいつも通りの表情で私を見ていた。
黒い服を着ているお姉さま。
ただエナメルの靴だけがつやつやして赤い。
「ばかだ! もう、嘘だ! 何とか言いなさいよ! 出てきなさいよ、咲夜!
まるで。
本当に。
貴女が。
しんだみたいじゃないの!!
おかおかおかおかしいでしょ!! お芝居でしょ!!
だって咲夜、あなたが死んだら、貴女が死んだら、おねえさまが」
おねえさまが。
おねえさまが、かわいそうでしょぉっ!!
絶叫だった。
絶叫したら、頭がすーってなった。でも激情は止まらないから、足がガクガクした。
「おおおおねえさまは、さくや、咲夜のことだだだいすきなのに。だいだい大好きなのに。一人で生きろって言うの? 残酷よ。おねえさまかわいそうよ。あなたはかってに死んで。ひどいわよ、おねえさまがかわいそうよ。
誰がお姉さまにキスするの? 誰がお姉さまを抱きしめるの? あなたは誰の物なの? お姉さまのものじゃないの?
さくや。
へ、へへへへへんじ、してぇ。
もういいよって、言って。
かくれんぼ、しない、でぇぇぇぇ」
わっ。
わああああああああああっ!
号泣した。
そっと手を添えて美鈴が立たせてくれた。だから形ばかりのお辞儀をした。何だろう、この気持ち。
でも、ちょっと静粛に厳粛にやるつもりだったのに上手くいかなかったから、恥ずかしかった。
その後、レミリア・スカーレットが喪主として挨拶した。
人間は役に立たないわね。さ、咲夜は死にました。
さようなら咲夜。私、あなたを忘れられるわ。
あっけない言葉で、喪主の挨拶は締めくくられた。
けれど幽々子は、初めてここで涙を流した。会場は既に涙を拭く人ばかりだったのに、この狂気の女性はずっと夢心地のまま座っていただけだったのである。
逆に涙がひいたのは、輝夜である。
「嘘つき」
と小さな声で言った。なんか白けた、とは言わなかった。司会の永琳も、レミリアの言葉で涙していたからだ。そしてイナバも。
イナバ・優曇華院・鈴仙は泣いていた。
フランドール・スカーレットの発言でもう涙腺がきていたのだけれど、レミリアの、「さ」にやられた。咲夜の「さ」。それを口に出したくなかった、レミリアの気持ちが、気持ちの差なのだ。差があるのだ。その気持ちが、何だか痛いほど想像できた。実際そうなのかはわからないけれど、想像は出来た。
「では、これより、埋葬に移ります」
静かな声で永琳が言った。誰が準備したのか、葬送曲が聞こえてくる。
レミリアは何故か誇らしげだった。けれどその顔が一瞬、狼狽した。
ゴ――――――――――ン。
夜鳴る紅魔館の鐘が、今正午を告げた。
その時ぱっくりと空間が避けて、行列が現れたのだ。
その行列の一点を見て。
西行寺幽々子、思わず立ち上がった。
『9 八雲紫』
二人の先導は、鐘を鳴らし鈴を鳴らし、その後の行列を導くのであった。
霧が篭っていた。
列を中心に、周りで煙っていた。
鬼が舞っていた。面をつけていた。呼び魂返しの、古い踊りだった。
長い髪が、うねる。
ざ。
ザ。
二本の角が踊った。
太刀がゆったりと閃いた。
リーン。小さな鐘が響く。
シャンシャン。鈴が鳴る。
妖狐と妖猫が、片や鐘、片や鈴を鳴らして、路を進む。
そしてその後ろに、闇の中からぬっくと出てきたように。
八雲紫が居た。
紫のドレスは風を孕んでいる。
ゴ―――――ン。
再び鐘楼が鳴り響く。空気が鳴っているのだ。追悼の鐘は空に高く地に低く、かそけき音を包み込み、震わせ、かえって静寂であった。
「追悼にまかりこす」
静かに紫が言った。そして。
「レミリア・スカーレット、何故彼女を殺した」
と詰問した。
怖い声だった。
「老いさらばえた従者を見るのが嫌になったのか。それとも彼女を飼うのに飽きたのか。
許されざるよ、運命を弄びし者。
いっそ従者と共に行け」
「……あんたは呼んでないわよ。
図書館好きの鼠より、胡散臭いのよあんたは」
レミリアは彼女の前に立って、威嚇する。喪服が風にはためいた。
「あなたがいると、葬式が嘘臭くなるのよ」
言い切ったレミリアに、紫は重々しく告げる。
「全ての式は、結果への過程。結論を導き出すもの。式を通して出された結論こそが、事実が存在した証明。その過程がどんなに胡散臭くとも、導き出された答えがあればそれは一つの式と成り得る。
お前の求める結果は何だ? この式は何の結果を生む。
レミリア・スカーレット。
お前はそんなにも従者を殺したいのか? 」
「私が何で咲夜を殺したいのよ」
馬鹿馬鹿しい、と肩を竦めてレミリア。
「幾ら呼んでも応えない個人がいるから、葬式は成り立つのよ。これはただそれだけのこと。
呼んでも応えないようにする為には、咲夜を殺す必要があったの。
そうね。それでも、そうなら。
そうよ。私が咲夜を殺したの。
彼女の葬式をするのに、彼女は必要無いわ」
彼女の思いもかけない告白が、会場の固唾を飲ませた。咲夜は死んだのでは無く、殺されたのか? これは十六夜咲夜の葬式ではなくて、レミリア・スカーレットの罪状を暴く糾弾の場であったのか。淡々と妖怪の賢者は問う。
「ではお前は、葬式をするためにその箱の中の者を殺したのか」
「その通り」
「槍で刺したのか。それとも食い殺したのか」
「私が手を下すまでも無いわ。時が全てを解決してくれる。私はこれを死ぬように運命ただけ」
「時を早めて、老衰させたと言うのか」
「そうよ。悪い? 」
「ならばその棺の中にあるものへの葬儀なのか、これは」
「棺の中の亡骸には興味が無いわ。私がしたかったのは、十六夜咲夜の葬儀よ」
そして大きな声で、会場中に宣言した。
「勘違いしている人もいるみたいだけれど、これは別に咲夜の葬式のデモンストレーションでは無いのよ? これは十六夜咲夜の本葬です。
咲夜の葬儀をすることが、私の目的なの!
そして、あえて付け加えるなら……。
この葬式は、あんたの登場のせいで成功。
そこがとても忌々しいけれど」
会場中がざわめいた。
どう言う事か?
参加者は皆、棺の中の咲夜を見ている。安らかな表情のメイド。その顔は年老いた女で、悪趣味なまでに本人に似ていた。よくまあこんなものを用意したものだ、と感心すると同時に、誰が用意したのかはすぐに予想がついていた。幻想郷には優秀な人形使いがいる。
これは、いつか起こりえる出来事の為の儀式なのだ。皆そう思っていた。人より遥か長く生きる吸血鬼たる主の、従者との別れの予行演習なのだと。半信半疑で集った人間達も、レミリアのこうした気まぐれのパーティーには慣れている。むしろそのノリについていけなければ、紅魔館の面子と御付き合いなんて出来ない。擬似葬式とは悪趣味だけれど、参加した人間達は。あるいは妖怪たちも。今より遥か先にあるであろう彼女の葬式を想像し、また短い命の者は、自らがその場に立ち会うことの無いことを知ってこの群像劇の役者の一人として参加していたのだ。
長き命を持つ者の、気持ちの整理の一つなのだろうと。
けれどそれにしては、あの人形はあまりにリアルだったのではあるまいか? そう言えばあの箱の中からは死臭を感じた気がする。紅魔館の人々の悲しみようも、何か演技とは思えないものを感じる。それは今まで家族の死を想像してのものかと思っていたけれど、本当は今起きている出来事の不吉さを知っているのではなかろうか。
十六夜咲夜は死んでいるのか?
この馬鹿げた疑問は、胡散臭い乱入者のせいで不意に現実味を帯びてくる。まさかと思いながらも、否定しきることの出来ない厭な感覚。これを笑い飛ばせるのは当の本人か、もしくは死を司る死神と閻魔の二人くらいだろう。
咲夜の葬式をすることが、私の目的。
そしてそれは今、紫のせいで成功した。
そう言い切ったレミリアに、紫は妖しい微笑を浮かべて。
「おめでとう」と言った。
「本当にひねくれてるのね、吸血鬼」
「何がよ」
「私としたことが、一本取られたわ。まあ、その可能性も考えて折込済みなのだけれど」
「ふん。かき乱そうって腹でも、別に構わないわ。どう転んでもいいのだもの」
「でも私は呼ばれていない」
「そうよ。あんたは呼んでないわ。そして咲夜も呼んでないわ。
誰も咲夜を呼んでいない。哀悼の意を表示しただけ。
ああ、フランが呼んだわね。でもフランが呼んで出てこないと言うことは、我侭な私以上に我侭ね」
訳の判らない事を言うレミリアの言葉を、この境界の妖怪は理解しているようだ。にやにやしながら。
「レミィ。お前が呼んでやればいいのに」
「私が呼んで来るのは当たり前でしょう? そしてフランが呼んだのに出て来ないのは傲慢だわ。そうよ、傲慢よ。本当ならあそこで出てくるべきでしょう?! 」
急に怒り出したレミリアに、紫は。
「本当は嬉しいくせに」
「うるさいわね」
その二人の言葉を不意に、声が遮る。
「妖夢! 」
「魂魄妖夢!! 」
立ち上がっていた西行寺幽々子は、足早に参列者の中を抜け、中央にまかり出て。
大声で叫んだ。
「来なさい、妖夢! 」
もう我慢出来なかった。
駆け出していた。
何もかもかなぐり捨てて、走った。
角のついたかつらを脱ぎ捨て、面を剥ぎ。
鬼籍に入りし者、奇跡の軌跡を描き。
「ゆ、ゆ、こ、さ、まぁーっ!! 」
自らの主を抱きしめた。
「勝手に人を亡き者にしないで下さいぃぃぃ」
「すっかり泣き者だけどね」
「ふぇぇぇぇぇん」
誰彼構わず泣き続ける妖夢の胸元に、幽々子がぎゅっと何かを押し付けた。
「これ持って」
「何ですか? これ」
「魂魄妖夢」
「勝手に石に私の名前付けないで下さい! 」
「あら、ちょうどあなたの頭と同じくらいの重さよ? 膝に乗せると、耳掻きしてあげたのを昨日の事のように思い出したわ」
「耳掻きしたのは、一昨日の話じゃないですか! 」
涙をぬぐって妖夢はきゅっと眉根を寄せた。
「おかしいと思った! いきなり博麗神社に泊まりに行ってらっしゃいなんて言うんですから! 」
*
「これから何があるのか判らないけれど、いきます」
精精楽しんでらっしゃい、と言う幽々子に怪訝な顔をして妖夢が応える。
「御側についておれないのが残念ですが、お許し下さい」
「許すも許さないも、私が行きなさいというのだから、何の心配も無いわよ」
なおも尋ねようとする妖夢の口を笑顔で閉じさせて、白玉楼の主は更に付け加えた。
「ただし、初めに言ったとおり、博麗神社に彼女が居なかった場合は、すぐに私のところに戻ってくるように。
彼女はあなたの友人でもあるでしょう? 一応。その時は紅魔館に行っては駄目よ? すぐ私のところに戻りなさい。
いいわね」
*
「まさかこんなオチが用意されてるなんて、思ってもみませんでした」
「ずっと、これ、見てたの? 」
「……はい。紫様のスキマから」
「そう」
幽々子はちょっと困った顔をして、それから。
「我が反魂、今成せり」と囁いた。
幽々子の身体から、微かに桜の薫りがした。
魔理沙!
彼は立ち上がって、呼んだ。
「ほら、出てらっしゃいな、魔理沙」
古道具屋の主、森近霖之助は大きな声で、もう一度呼ぶ。
アリスとパチュリーは、思わず顔を見合わせた。魔理沙が居る場所は、霖之助にもすぐ判るはずだ。トレードマークのあの大きな帽子。そして彼女は自分たちのすぐ後ろに居たはず。けれど魔理沙の声は全然別のところから聞こえた。
「なんで私を呼ぶんだよ」
葬式をかなぐり捨てた赤いドレスで魔理沙が現れた。庭中に飾られた飾り幕の影に隠れていたのである。全然正反対の方向から現れた彼女に、二人の魔法使いは度肝を抜かれた。
「呼ぶなら私の名前じゃないだろう」
「僕が彼女を呼ぶのは、何か違うと思ってね。折角珍しいドレスアップなんだから、君がやらないと」
これまた葬礼の列の中から無遠慮に抜け出してきた彼は、しれっとした顔で魔理沙に近づいていく。
「ほら、ミスディレクションの効果が切れちゃうよ」
ミスディレクション。
一方に興味をひきつけて、肝心なタネを隠し続ける手品の基本技術。
霖之助にそういわれては仕方ない。
「……判ったよ。
もういいぞ、霊夢」
「待ちくたびれたわよ、魔理沙」
振り返ったアリスは、もう後ろに立っているのが誰なのか気づいていたし、パチュリーも同様だった。けれど帽子を取った後、そこに見慣れた彼女の姿が出てきたのは、新鮮な驚きがあった。
そこには楽園の巫女、博麗霊夢が立っていた。
「その話は後で聞くって言ったから、今言うわよ!? 全く嘘ばっかり! もうちょっと他の面子みたいに上手くごまかして言えないの?
霊夢は今ここに居ない、なんて嘘じゃ、ちっとも芸が無いでしょう?
霊夢は姿を変えて、今でも私を見守っている、とか、幾らでもごまかしようあるじゃない!? 」
「冷たくて無頓着、のところはいいんだ」
アリスの突っ込みに霊夢は、それは本当だもの、と答えて。
「全く、普通は巫女が自分に霊を降ろすのよ? 巫女が降りてどうするの! 」
「しかも魔法使いの上にな」
肩を竦める魔理沙を軽く睨んでから、博麗神社の巫女は大きな声で。
「さあ、ある者は呼び、またある者は宿らせて、今ここにいないはずの人間を呼び出したわよ!
次はあんたの番でしょ!!
さっさと迎えに行きなさい! それで立派に葬式を失敗させなさいよ! 」
と言った。
目を細めて霖之助は、腕を組む。その表情は満足そうな笑顔。
*
「君、死んだんじゃなかったのか? 」
怪訝そうな顔で尋ねると、尋ねられた彼女の方ではなく随行者が。
「何の話だ? 」と聞き返した。
「私らはこれから神社で鍋パーティーだ。それがどうして死ぬの死なないのって話になるんだよ」霧雨魔理沙のふてくされた質問に。
「ああ、それで八卦炉を見てくれなんて言い出したのか。そっちは大丈夫。以前みたいに鍋ごと吹き飛ばしたりする心配は無いよ。
でも町まで彼女も一緒に行くとなると、驚く人は何人か居るんじゃないかねえ」
大きく息を吐いて、まあよかったよかったと香霖堂店主、森近霖之助は言った。二人の買い物客は何のことか判らずに首をひねっている。特に勝手に死人扱いされた方は、怪訝な顔のままだ。彼は苦笑して。
「ねえ、恐らく君のお嬢様は、神社から一歩も動くなって言う命令を君に出しているんじゃないかな? その命令に背くのはまずいんじゃない? ここは彼女だけ神社に帰った方がいいんじゃないかなあ。買い物なら魔理沙だって出来るでしょ? 」
「意味深ですね。どういうことです? 」
いぶかしげな声で、彼女が尋ねる。
魔理沙の最大の武器であり、魔術の補助道具である八卦炉。火力を自由に操るアイテムを作り上げるほどの能力の持ち主であり、幻想郷外の世界からの特殊な道具まで取り扱う香霖堂店主は、人は悪いが悪人ではない。意味も無く他人を死者扱いするような悪趣味も持っていない。何か理由があるはずだ。
「うーん」
首をひねって彼は考える。
「教えちゃっていいのかなあ。まあ僕のところまで命令が来ているわけじゃないし、こう言うのも全部織り込み済みなのかもしれないし、隠しておいても誰かが同じ事を言うだろうしなあ。
簡単に言えば、新聞に君の死亡記事が載っていた」
最早珍しくも無い天狗の号外新聞。その一面にでかでかと『メイド、冥土へ』と書かれている。
「死亡時刻は昨日。死因は老衰。葬式は明日。恐らくお嬢様は一昨日君に休暇を出して、きっかり五日は帰って来なくていい、とか指示を出したんでしょう? 神社にいろ、とかなんとか」
新聞を彼女に手渡すと、魔理沙が横から覗いて、わ、本当に出てる、すげーぜ、と驚いた。
「驚いたのは僕の方だよ。里の人間がわざわざやってきて、相談に来た。これは本当かどうか、何てね? 彼らも全然信じていないかったけれど、明日は葬式に出るそうだ。人の悪いパーティーは初めてじゃないしね。彼らは、あのお嬢様が君を肴に何か出し物をしようとしていると思っているみたいだよ。
その想像は、これまた間違いじゃないみたいだな」
彼女は小さくうなづいた。
そして彼女にしては珍しく。
「私はどうすればいいと思いますか? 」と尋ねる。
「そんなの僕はわからないよ。僕はあのお嬢様の下僕では無いもの」
人の悪い店主はにやっと口の端を曲げて言った。
「でも、今から紅魔館に帰るのは得策では無いと思うね。神社に戻って、友達と相談してみると良い。まあ、あの魅力的なお嬢様が、君の気持ちを傷つける為だけにこんな茶番をやって見せたわけではないと言うのは確かかな」
「本当にそうでしょうか? 」
「なんだ、もっと自信を持ちなよ。
いいかい? 老衰だよ、老衰。この前のお花の狂い咲きの異変から一ヶ月と経っていないんだ。あの時ピンピンしてた君が、今ぽっくり老衰なんてするもんかね。誰も信じちゃ居ない。
ただ彼女の事だ。何の相談も無しに、君が上手に動いてくれる事を期待しているんじゃないのかな? 何せ君は良く出来た紅魔館のメイド長殿だからね」
なんの理由も無く長期休暇を下さるなんて、おかしいと思ってましたわ、とこの瀟洒な人は笑った。
眉はまだ、困った形にゆがんでいたけれど。
*
「……だから、それが成功だと言ってるじゃない。葬式の本義に則っているつもりよ。私は。失敗じゃないのよ」
レミリアがぶちぶち呟くのを面白そうな目で見ながら、紫は。
「遺体が痛い痛いって言いたいみたいよ」
と促した。
「茨姫は本当に我慢強いわ。私なら茨の棘に囲まれて寝るなんて絶対無理ね」
「何それ? ヒントのつもり? 」
馬鹿にしたような声でレミリアは言い返すと、紫から踵を返す。
「心配しなくても、場所は判っているのよ! ええ、判ってるわよ! 」
*
「そう」
レミリア・スカーレットは深夜の竹林で言ったのだ。
「咲夜も不老不死になってみない? そうすればずっと一緒にいられるよ」
「私は一生死ぬ人間ですよ」
十六夜咲夜は、応えた。
「大丈夫、生きている間は一緒にいますから」
*
咲夜の未来図のような老婆の顔は一度も見なかった。
棺に納められている時も勿論。
家に届いた時からずっと。
自分で依頼したのに、咲夜の偽者を見るのは我慢ならなかった。
けれど一日とは言え、紅魔館で動いていた「咲夜」と名づけられた何かが、棺の中に居た事は確かで、それは立派な葬式の見立てとなったのも確かだった。レミリアにはそれで充分だった。棺の中には、十六夜咲夜が眠っている。
だから、棺を開けた時に彼女が寝ていてもまるで驚かなかった。
薔薇の花に包まれて彼女は片目を開けて。
「只今還りました」
「御孵りなさい。咲夜」
薔薇を零しながらゆっくり咲夜は起き上がると、周囲を見渡した。
早速美鈴がこちらに向かって走り始めている。妹様の手を引いている。パチュリー様と目が合った。彼女はそ知らぬ顔で目を反らす。隣に座ったアリスが肩に手を回して立ち上がるように促している。棺の傍らにはにやにや笑いの黒い巫女が。
「キスするかと思った」
赤い魔法使いは。
「折角の眠り姫のご帰還なのにな」
妖夢が手を振っている。傍らの幽々子が大きく欠伸をしている。
その他の見知った顔、人間、人妖、妖精、妖怪その他諸々。とんだ茶番に付き合わされたにも関わらず、まあよくも揃ってニヤニヤ出来るものだ。
「咲夜が生き返った! 」
チルノがはしゃいで飛び上がった。
「あの箱の中、おばあちゃんが入ってたのに、どうして!? 」
「そう言えば咲夜。あの人形どうしたの? 」
レミリアの質問に咲夜は。
「ああ、あの薄気味悪いお婆ちゃんなら、湖に捨てました」
その言葉を耳にして、バタバタとアリスが駆けて行った。その人形の回収に向かうのだろう。
今や棺の置いてある壇上に、紅魔館の面子が揃っている。霊夢と魔理沙はこっそりと下に降りて、代わりに駆けつけた美鈴とフランドールが壇に上がった。屋敷で働くメイド妖精たちも主たちの周りに集っている。ふわ、とパチュリーが宙を飛んで、そこに加わると、ストロボの強い光が彼女らを包んだ。
スカーレット家の集合写真。
「さあ! パーティーよ!! 」
レミリア・スカーレット当主の鶴の一声。
里の人間達が満面の笑顔で一斉に立ち上がった。
その手には水辺の物、陸の物。珍味、ご馳走の元限りなし。
葬送曲も、陽気なメロディになった。
『10 冗長な後日談。それは簡素な「めでたしめでたし」の放逐』
さあ! それからはパーティーの始まり。
昼間から文月の宵までは長く、けれど支度は楽し。
まず里から持ってきた御馳走の類は、お昼ご飯の代わりに。それから庭は瞬く間にパーティー会場へと様変わり。全くこう言う時の人間のよく働く事!
ある者は買出しへ、ある者は掃除飾り付けに余念が無く、この館のメイド長殿を働かせる暇もございません。また使いに行った者も、内内の式でしょうからと気を使っていた人間まで呼び寄せて、ぐんと人数も増えて参りました。
いっそそれなら些事は人間に任せて、妖怪たちは優雅にお茶をとすっかり腰に根の生えた御様子。疲れきった者はホールのソファーに横になりとろとろと午睡の事。夕方にもさしかかりますと、早、虫癒しのサンドウィッチやらカナッペやら、或いはお握りお寿司が並び、音楽も陽気に掛かります。
プリズムリバー三姉妹は、今日はレクイエムの演奏に御呼ばれしていたのに、今では陽気な音楽演奏。
「どう? 音楽の幅を広げたのよ? 今日は初の御披露目」とはルナサ・プリズムリバー。
「折角練習したのに、あんまり暗い方は吹けなかったわ」とはメルラン・プリズムリバー。
「うんうん。やっぱりいつも通りがいいね。いつもが一番」とリリカ・プリズムリバー。
人間の楽団もやってきて、陽気な歌、高らかに湖に響き。
ところどころでダンスが始まる。
*
「魂を呼び戻す事、これこそが葬儀の本質なのよねぇ」
トロン、とした声で八雲紫は言うと、シュークリームを半分にちぎって口の中に押し込んだ。手や口元にまぶされたクリーム。そのべたべたの手の中の物を、今度は幽々子の唇に押し込んだ。二人ともクリームだらけである。指先で幽々子の口の周りをぬぐってやったのを、また幽々子の唇になぞらせてやる。幽々子は紫の指から直接クリームを舐めとる。満足そうに頬笑むと、紫は汚れた右手をひらひらさせた。傍らに立つ八雲藍が、その手をハンケチできれいにする。慣れた仕草だった。
「魂を呼び戻そうとし、呼ばれて戻らなければ送り、残された死の穢れを葬る。けれど送ったはずなのに、戻ってくる事は前提なのよねぇ。
輪廻転生だの、極楽浄土に行くの、はたまた最後の審判まで眠り続けるなんて言ったところで、人は帰ってくる霊魂の夢を見ずには居られない。
けれど全ての葬式は失敗しているのよね。魂は自由。戻るも戻らないも本人次第。
そもそも戻ってくると言う前提の、魂自体あるのか無いのかも判らない。死んだ後に抜け出る何かが魂だったとしても、それが本人の意思を維持しているのかなんて、それこそ死んで見ないと判らないわ」
「例外はあるけどね」
当の例外がそう言ってシュークリームをぱくつくと、紫は鼻の頭を掻いて。
「そうね」と言った。
「吸血鬼のお嬢様の目的は、恐らく送る葬儀の失敗よ。送っているはずの死者が戻ってきたら、御葬式のぶち壊しだわ。あんな穴だらけの計画、誰だってすぐに看破する。寧ろ前日まで誰も気づかなかった方がオドロキよ。
あの子達、鍋の計画が無かったら、きっと今でも神社でごろごろしてたわよ」
「博麗神社でごろごろしてなさい。外に出たら駄目よ。
その言葉だけでゆっくりしてたんだから、あのご主人様の命令も、相当な強制力よね」
「あら幽々子。あなたの庭師も同じじゃないの」
「それはそうよ。妖夢は聞き分けのよい、良い子だもの。
藍、あなただってそうよね? 」
「紫様がそう望むのなら、私は」
九尾を持つ妖狐であり、紫の忠実な腹心たる八雲藍は慇懃に頭を下げたけれど、当の主人は扇子を振って。
「駄目駄目、藍は全然駄目よ。私からそんな事言われたら、はいかしこまりましたで引き下がれるわけないじゃないの。私が好きで好きでたまらないから、ちゃんと説明してやらなくちゃならないわ。面倒くさい。おまけに自分の葬式なんてされてて御覧なさい。本当の藍の葬式挙げなきゃならなくなるわ。
ほら、藍、いつも通りでいいわよ。いかにスカーレット家の陣地とは言え今は無礼講。傍らに座って、シュークリームをお食べなさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
紫の側の椅子を引いてそこに座ると、藍は遠慮なく山積みのシュークリームの一つを取ってかぶりつき。
「もう、幽々子様の庭師、かわいそうでしたよ」と言った。
「あら、妖夢が? 何で? 」
「もうあの白い石の演出に確実にヤラレタらしくって……。いつか来る自分と幽々子様の別れに感極まって涙止まらなかったんですから」
「あらら、容易に想像がつくわ。面倒かけたわね、紫」
紫は目を細めて、藍のカップに紅茶を注ぐ。紅茶の茶葉と御湯のお代わりは、人間の給仕がしてくれている。なんでもスカーレット家懇意の紅茶店が、臨時休業で御手伝いにきたとか何だとか。恐縮しつつ紅茶のカップを押し頂き、藍は紅茶を啜って、一息ついてからまた続ける。
「従者の意見からすれば、これは全くの悪趣味ですよ」
「あら? それは主人に生殺与奪を握られていることを、否が応でも思い出させるから? 」
「紫様はすぐそうやって厭なことをおっしゃる……。そうじゃなくてですね、まあそう言う点もあるのでしょうけれど、二つの理由に絞られますね。
一つは、主人に見捨てられたのではないかと言う絶望感」
「ああ、それは判る気がするわ。もう一つは? 」
「それはですね。そんな重要な式典の準備は、是非とも自分に任せてもらいたかったと言う口惜しさです」
一瞬、きょとんとした表情を浮かべる、幻想郷の実力者二人。
「馬鹿ねえ、藍。葬儀の張本人が葬儀に出てきてどうするの。それこそブチ壊し……」
と言ったところで、何かを考え、紫は二度三度大きくうなづいた。
「ああ、そうね。そうよね。そう言うこともあるわよね。
藍、それは確かに私たちには無い発想だわ」
*
立食パーティーの様相を呈したテーブルの中で、随分と陽気な葬式だな、と口を開けば。
「来るのが遅すぎたのよ」
と蓬莱山輝夜が嗜めた。
「あなたはいつもそう。間が悪いと言うかなんと言うか」
「葬式に物見遊山で来るような奴に言われたかないね」
藤原妹紅は、自分でえり分けた皿の上のオイルサーディンをつまんで食べた。
「私は、彼女と、まあ接触が無かったわけじゃないし、もし本当に老衰だったとしたら、何か不穏な空気があるンじゃないかと思ってここまで来ただけだ」
「不穏ねえ」
にっと笑って、輝夜は妹紅の皿から、チーズの乗ったカナッペを失敬する。小さな角切りのトマトの乗っている奴だ。チーズとトマトの取り合わせは美味しい。今日の料理はまだまだ出るようで、どうもピザが用意されるらしいからとても楽しみにしていた。ピザは好きだ。
「まあ、悪ふざけとしては特上ね。私は何でレミリアがこんな真似したのか、全然理解出来ないのだけど」
八意永琳はグラスを傾けて、結構な勢いで中身を飲み干した。
「自分の心にけじめをつける為に、こう言う御遊びをしたんだと思ったわ。その気持ちは判らないでもないから、司会を引き受けたの。でも結局失敗してニコニコしてる」
失敗するためにやったんだとしたら、随分間抜けよね、と既に自分の年齢を数える事を止めた天才は言うのだった。
「失いたくないから、わざと失敗する。だったら初めから失ったふりもしなければいいのに」
「そうなのよねえ」
輝夜も永琳に同調する。
「私はねえ、嘘ついたのが嫌だったわ。忘れられるわけが無いのに、忘れられる振りして。あの吸血鬼が、彼女のことを忘れられるかしら」
「やっぱり準備だったんだろ。あの召使の葬儀の」
妹紅は汚れた指を舐めて、今度はアボカド寿司をつまんだ。
「聞いた話じゃ、後は棺を始末するだけだったみたいじゃないか。式の予行演習としたら、そこまでで充分だろ。聊か最後は過剰演出になったみたいだけれど、それは多分嬉しい計算違い。
あの吸血鬼の思考は反復横飛びだからな。葬式の練習って言うプランをさっさと捨てて、魂呼ばいの実践って言うプランに変更したんだろう」
「それにしては、あのスキマ妖怪の出現に驚いていたわよ」
「だから、計画には幅を持たせていたんだろ。予行演習と、葬式で行われている本人の帰還の可能性と両方。確かに八雲殿の登場は予想外で、それには驚いたろうけれど、やっぱり本人の帰還って結果としては予想通りだったと推測するね。私は」
「まあ、結局はただの悪ふざけ、よね」
永琳の言葉に、妹紅は。
「安心して見せてるけれど、あんたはどうなんだい」
「え? 」
「蓬莱の薬。不老不死なんて言ってるけれど、それは理論での話。理論が必ずしも結論にならないのは当然でしょう? いつか突然片割れが死んだらどうするね」
「永琳が死んだら、私泣いちゃう」
本当に泣きそうな顔で輝夜が言う。永琳は、また縁起でもない、とすぐ側のテーブルからワインの瓶を取り、グラスにじゃぶじゃぶ注いだ。ザルである。
「私、永琳が死んだら、泣いて泣いて、蘇るまで呼ぶからね。喉が切れて血が出るまで」
「やあ、それは大変。そしたら私も生き返らざるを得ないわね」
呆れた声で永琳は言うと、またがぶがぶとワインを飲み干した。
「姫の切れた喉を治してあげなきゃ」
「どうやって? 」
「こうやって」
酒臭い二人の顔が近づいて、互いの唇を塞ぐので、妹紅は。
「わお」
と言った。
「ふん。藤原の。お前のアドバイス通り実践しているところよ。そんな呆れた目で見ないで」
「どこでもしろなんて言ってないよ。変態か、お前らは」
珍しく輝夜が妹紅にした相談に乗ってやった内容は、永琳との仲のことで、確かに「余計な口きくくらいならキスしろ」だったが、こんなところで実践されれば、アドバイスした自分が恥ずかしい。恐らくその効果を狙っての事だろう。照れ恥ずかしがる妹紅を見て、輝夜。
「あら、妹紅もして欲しいの? 永琳はそんなことで嫉妬したりしないから、いいわよ? 」
「仰るとおり」
「お前達は馬鹿か!? 永遠が退屈でも、な、何したっていいってわけじゃないだろうが! 」
「あら、キスが駄目でも、じゃあ、ダンスはいいわよね? 」
吸血鬼の思考が反復横飛びと言ったけれど、輝夜の思考も上下が激しい。やりましょう、しましょう、嫌です、しません。一度決めたらテコでも動かないガンコさがある。妹紅の持ってる皿を奪って、手に手を取って。
「永琳、私踊ってくるわ」
「ちょっと待て、輝夜。私はこう言う場所で、踊った事なんてないぞ。ましてやダンスなんて……」
「あら、何言ってるの」
焦る妹紅に、輝夜が当たり前みたいな顔で。
「私たちいつも踊ってるでしょ? 」
竹林での、殴り合い、或いは弾の飛ばしあい殺し合い。
永い付き合いだ。月が満ちる時、有り余る殺意をぶつけ合う、そんな関係でもある。
妹紅は溜息を吐いて。
「ああ言う殺伐としたのがダンスとは知らなかった」
「あらやだ。つれないわね。習うより慣れろよ」
ぐいぐい輝夜が引っ張るので、手首が痛い。イラッとする。けれど手に手を取って、初めて加わるダンスの輪は、存外楽しかった。
*
「おや、香霖堂はもうお帰りですか? 」
「ああ、先生」
宴の外に出るところを上白沢慧音に呼び止められて、霖之助はその場を取り繕うように笑った。
「まだパーティーは佳境には程遠いでしょうに、もうお帰りとは」
「いやあ、佳境に入る前に私は退散しようかと。こう言う騒ぎは苦手です」
「へえ、そうとは思えませんけれど」
「まあ、場合によりますね。今日みたいなパーティーは、家に帰った時一人の寂しさを否が応でも感じさせますから。
盛り上がり切る前に辞退して、家で宴の盛り上がる様を想像するくらいがちょうどいいんですよ」
「一人寝が寂しい? 」
慧音の踏み込んだ発言に苦笑して。
「まあそうですね。
幻想郷の人間も妖怪も、割合人懐こくて、ありていに言えばスケベェなところもあります。その上洒落が効いていて、大体どんなことでも楽しめる陽気さもある。生きるのに逞しいのでね。あんまり長い事接していると、当てられる。僕は物言わぬ古道具の中で、古道具に語りかけるくらいがちょうどいい」
「へえ、それなら私が御相手しましょうか? 」
「先生がそう言う事を言うと、色気がありすぎて困ります」
困ったように笑ったところに、別の声が重なって。
「淫蕩にメリハリが無くては、惰性に過ぎない。どんなものにも緩急が必要よ」
と嗜めた。
椅子に座ってシャンパングラスを傾ける彼女は、身体のラインにぴったりと吸い付くような黒の衣装を身に着けていて、少ないなりに凹凸を強調している。むき出しの鎖骨が色っぽい。ばっちりと化粧もしているけれど、嫌味にはなっていない。イヤリングもネックレスも、落ち着いた大人の瑪瑙。
「え、閻魔様、これはこれは……」
「四季、と呼んで。もしくは映姫」
アンニュイな面持ちの彼女は、普段の顔を知っている者からすれば、驚くべき変わりようである。死者の罪を裁く閻魔の職を持つ彼女は、もっと厳しくはきはきとした少女でなかったか? けれど今ここにいるのは、物憂げで美しい女である。遊びなれた有閑マダムとでも言った面持ち。
「全ての物には多面があります。あなたはその一面にばかり興味を向けすぎる。だから不意に見せるもう一つの面に容易く心を奪われるのです。
なんて、御説教した方がいいかしら? 」
媚を含んだ笑顔は艶然としていて、ドキッとさせられる。今更ながら、ネックレスが胸元に視線を集めさせるアクセサリーだということを再確認させられて、霖之助はどぎまぎした。
「あなたがどうしてここに? 」
尋ねる慧音に面白そうな表情で、四季。
「何、小町が、死ぬ予定の無い人間の死亡記事がでてる、なんて報告してきたものでね。事情は大体飲み込めていたけれど、噂の紅魔館の様子をついでだから直に見ておこうと思って」
飲み干したシャンパンをテーブルに置き、映姫はゆっくりと唇を指で拭った。
「気まぐれよ、ほんの気まぐれ。多すぎる魂の裁きも一段落ついたし。巫女のところには顔を出したりしていたけれど、たまにはこう言う派手なところにも顔を出したいじゃない?
私だって、ね? 」
「少し自由すぎはしませんか? その……」
「その場その場でふさわしい振る舞いがあるのよ。こんな場所に閻魔の服装で参加して御覧なさい? 宴の場が死ぬでしょう。その方がよほど罪、よほど悪よ。この宴席が邪悪のもので、それを潰したいというならともかく」
「まあ、それは……」
「悪趣味であることが、罪であることにはならないわ。それは趣向だもの。その内容はともかく、私はこう言うのも嫌いではないわ。二度目あったら、苦言するつもりですけれど。
死は……」
「映姫様」
彼女の言葉は、傍らのダークスーツに止められた。総髪の、仮面をつけた女性である。その髪は、普段両端を結んでいる。
「どうぞ」
差し出したのは、バタフライマスクで、二人がそれをつけると、悪趣味なのになぜかとても似合った。
「蝶は抜け出た魂を暗示するもの。私たちが似合わなくてどうします? 」
人の悪い笑みを浮かべて、映姫は手を差し出す。ダークスーツの死神は、そっとその手を取って、彼女を立たせた。
「さあ、小町、遊ぶわよ。全力で遊び、全力で仕事をする。よもや遊びの時もサボるなんて言わないでしょうね? 」
ニッと微笑んで、小野塚小町はそっと捧げ持った彼女の手の甲にキスした。普段能弁な死神は、ここぞと言う時の沈黙を心得ている。何食わぬ顔で踊りの輪に加わろうとする二人を見て、霖之助はさっきまで閻魔の座っていた椅子に腰掛けた。
「やれやれ、びっくりした。やけに深くベールを被ってる参列者がいると思ったら……」
「後で踊りましょうよ」
椅子に座ったのを、パーティーに残ると言う意味だと解釈した慧音が誘うと、僕は踊れないんです、と言うそっけない返事。
「踊れるのはラインダンスくらいです」
「いいじゃないですか」
「花一もんめですよ」
「あらら」
「それでよければ」
「欲しい子、いるんですか? 森近さんは」
「先生は? 」
「うふふ。内緒」
その瞬間浮かべた蕩けるような笑顔に、女の普段見せない部分を見つけて、森近霖之助はなんとなく背筋に寒いものを感じる。
「相談しよう、そうしよう、か」
呟くと、勝手に閻魔の残した飲みさしをシャンパングラスに注いで失敬した。まだ泡は残っていて充分冷たい。
空で花火が、破裂した。
*
「始まったみたいだな」
花火の音を聞いて魔理沙が言うと、鳥のから揚げの油ぎりしていたアリスが。
「あんたが持ってきた奴? 」
と尋ねた。
「そーそー。これからフランがバンカバカ鳴らすはずだぜ」
魔理沙特性の七色花火。
「アリスって名前だ」
「私が空で炸裂するの? 嫌味なのね」
「嫌味なのはアリスだろ。きれいだぜ」
「ばーか」
油ぎりの終ったから揚げの盛り付けは人形に任せて、アリスは次のから揚げをあげに掛かる。一方パチュリーは、瓶詰めのピクルスの中から梅干を探したり、食材庫からソーセージやらハムやらをしてきて、今は一休み中である。
「私の名前の花火はないのね」
「あくまで七色の花火だから、アリスってつけただけだからなあ」
「じゃあ今度は私の名前のも作って、空で炸裂させてよ」
「むむ……やってみよう」
ちょうど五十個ずつのおにぎりの六皿目を作り終えたところで、魔理沙は大きく伸びをした。
「さーて、ようやく握り終わった。寿司の売れ行きはどうかなぁ。煮物はくってくれてるかなあ」
「御煮しめ、汁物、御寿司におにぎり。結構な量作ったわね」
「アリスだって、クッキーにサンドイッチ、炙り物焼き物、今は揚げ物だってしてるじゃないか」
「私は人形が手伝ってくれるもの。
それにしてもパチュリーが中華なんて。美鈴から教わったの? 」
「本で読んだ知識を実践したくて。足りない部分は美鈴から教わったわ。今日は前菜しか作ってないけれど、二人の配分からはこんなところでしょ」
普段、家に篭って仕事をする魔法使いの面々にとって、厨房も一つの実験室である。主賓の咲夜に変わって裏方に徹する彼女らは、それはそれで楽しそうであった。
作り終えた料理を、魔理沙がどんどんワゴンに積み込んでいく。するとちょうど。
「お皿提げてきたよ」
橙が食器を乗せたワゴンを持ってやってきた。魔理沙はぽかんとして。
「あれ? てっきり藍と踊ってると思ったのに」
「藍様は、今紫様と一緒に、凍った湖の上で踊ってるよ」
水が苦手な猫の式神は、そう言って肩を竦める。
「御二人のダンスはきれいだけど、いつ落ちるかゾクゾクして見てらんない」
「へえ。それで手伝ってくれてるのか。悪いね」
「あの辻斬りが、幽々子様に捕まったからね。その代わりを仰せつかったの」
さっきまでワゴンの上げ下げをしてくれていたのは妖夢である。どうやら主人が痺れを切らしたらしい。奪い取られた労働者の代わりに、御馳走を貪っていた橙がその役割をおおせつかったと言うわけだ。
「じゃあ悪いけれど、頼むわ」
「任せて」
「あ、その前に、橙」
「何? 」
パチュリーが小皿を持って近寄る。
「酢は大丈夫? はい、マリネ。あーんして」
小魚のマリネを指でつまんで、橙の口の中に押し込む。少し不満そうだった橙の顔が緩む。
「あうぃあほ」
と言って、彼女は重いワゴンをすいすいと押していった。やがてあれが廊下を抜けて裏口を抜け、庭まで出て外のパーティー会場を彩るのだ。
「あー。もうかれこれ四時間は働いてるわ」
アリスが言うとパチュリーが。
「何? 疲れた? 悪いわね」
「これくらいのは疲れたうちに入らないわよ。ただ……。
ああ、ちょっと疲れたのかもね。気にしないで」
気にしないで、と言いながら、足が微かにダンスのステップ踏んだ。
「悪いわね」
「何が? 」
「人形とか」
「ああ、もう少し持つと思ったんだけど、やっぱりそれほど持たなかったみたいね」
「そうそう、咲夜に似せた人形で、自律したやつ作ったんだろ? おめでとう」
魔理沙が言うとアリスは。
「そんなんじゃないわよ」
と首を振る。
「咲夜の動きをトレースさせて、同じようなことが出来る人形を作っただけ。料理みたいな精密な行動をするものは、私の動作の移植。人形の中に上海を内蔵させて、上海に操作させたの。けれど思った以上に魔力を使ったみたいで、上海がもたなかったわ」
「上海すげーな」
「でもあの子が出来る動きは限られている。私の命令もある程度理解して、ある程度忠実に動ける人形だけれど、自分の意志で何か出来るわけじゃないのよ。会話も相槌くらいしか打てない。
ただあの子は他の人形を操る時の、媒体になってたりするから、今回みたいな人形操作の依頼にはある程度役に立ったかもね」
漬け込んだ鶏肉はもう全部揚がって、当の上海人形が盛り付けている。気密性はしっかりしていたから中に水が漏れることも無く無事だった。水仕事をしたりするくらいは出来るが、全身ずぶ濡れはやはりメンテナンスに時間が掛かるのだという。
「ああ、だから動作をする時に、一瞬止まったりしてたのね? 私は老人のリアルさを出すためにやってたんだと思った」
洗い場に皿を運んできたパチュリーが、水の精霊を使って皿を洗う。脂の多くついた食器も多いので、炎の力で熱湯にし、シャボンを混ぜて拭わせる。
「外の世界には、自動皿洗い機なんてものがあるのよ。これはその応用」
アリスも魔理沙も、随分乱暴な洗い方だと思いながら、何も言わない。恐らく咲夜が側にいたら、こんな洗い方は絶対に許さないだろう。宙でぐるぐる廻りながら洗浄されていく皿は危なっかしくて仕方ない。
こんなふうに普通に裏方の時間が過ぎているのだから、別に大丈夫だろうと魔理沙は腹をくくっていた。特に追求される事もなかろうと。けれど皿を積み上げたパチュリーは。
「で、魔理沙。いよいよ私たちのところに来る気になったの? 」
と問うた。
「あなたは確かに里の暮らしを捨てて、魔法使いになった。けれど私やアリスと同じように、本当に人間を捨てたわけじゃない。人間と魔法使いの境界を行ったり来たりしている。迷惑なのよ」
「うーん。前も言った通り、まだ考えている途中なんだ。人間の身体でどこまで出来るかって言うのも魅力でね」
「それは判ってるわ。その辺は尊重しているつもり」
「それにさ、困るだろ」
空気を変えようとして魔理沙はいつもの軽口で言う。
「私が死なないとさ、お前から借りてた本、永遠に戻ってこないぜ? 」
「そんなのは別にいいのよ!! 」
激昂するパチュリーは珍しい。声低く怒る姿はあるが、声を上げることは余り無い。詰みあがった皿が揺れる。上海がさっと皿の山を支えた。他の人形が手分けして皿の山を均一にする。
「人間なら、もっと人間らしくしなさいよ! どこにでもすぐ溶け込んで! 馬鹿じゃないの!? 死んだらどうするの? それとも死んでもいいの?!
魔術を極めるのは、人の身では危険が多すぎる。それでもその身でぎりぎりまでやるのを否定しないわ。人それぞれだもの。でも、あなたはもうその境界をとっくに越えているのよ!? 」
「大丈夫だって、弾幕ゴッコじゃ、死なないから」
余裕の笑顔に、パチュリーは目の前が暗くなる。
「バカ! 」
声に出すと、思わずボロボロと涙が零れる。
「ほんと、魔理沙ったら、いっつも外すわねえ」
アリスは溜息をついて、料理酒をコップに注いで飲む。魔理沙のおむすびは、口の中でほろりと崩れて美味しかった。
*
「御疲れさん」
ぐるぐる廻って、一休みをさせてもらった妖夢が草原に座り込むと、誰かが話しかけてきた。鬼が居た。
「踊り疲れかい? 泣き疲れかい? 」
「どちらもですね」
妖夢が素直に応えると、人の悪い笑みを浮かべた伊吹萃香は、あははと笑って。
「あんたは素直だね」
と言った。
「素直で、嘘を吐かないからお前は好きさ。浚ってしまいたいくらい」
「な! 」
「でも浚いたい奴はたくさんいるから、選べないんだ、どうすればいい? 」
「……私にはよく判りません」
「一途なんだねぇ」
萃香が、ぐい、と差し出した瓢箪を、妖夢は受け取って、くぴりくぴりと飲んだ。
「強いですね、これ」
「鬼の酒だからな」
「はーぁ。身体、熱くなってきました」
「鬼の酒だからな」
くい、と肩を引っ張ると、すとんと萃香の身体に妖夢の身体が引き寄せられた。酔っている妖夢は容易く鬼の手の中に落ちる。
「ほーら、そんなに無防備にしてると、鬼に食べられちゃうぞー」
宴の喧騒は、そんな二人の姿に目も留めていない。
幽々子は今紫とスケートをしている。
チルノの作ったアイススケート場で、くるくる廻っている。
そっと萃香が妖夢の胸元に触れると、びくっと妖夢が震えた。鬼の指が優しく円を描くと、ひく、ひくとする。
「鬼は嫌いか? 」
「嫌いじゃないです」
「じゃあ、好きってことかい? 」
「鬼全般は会ったことないですけど、萃香様は好きです」
「どうして? 」
「やさしーじゃないですか。お面貸してくれたし」
すっかり酔いの毒が回って、妖夢は萃香のされるがままになっている。
「わたし、泣いちゃって、ゆかりさまに目―うさぎだって言われてさー。そしたら萃香様がぁ、お面貸してくれたじゃないですか」
「まあ、泣きはらした顔で立つ舞台じゃなかったからね」
「でも、やっぱり、私我慢できなかった」
急に涙交じりの声になった妖夢の頭を、萃香は優しく撫でる。優しく撫でられた妖夢は、我慢が出来ない。
「私、我慢してなさい、合図があるまで駄目ですって紫さまに言われたのに、がまんできないで幽々子さまのところ行っちゃった。
駄目なんです。先先の事考えないで、すーぐ自分の感情通りに動いちゃって。だから駄目なんです」
ぽろぽろと泣く彼女は、いつもの凛々しい表情が消えている。
「それも全部、紫の思惑の一部だからいいんだよ」
「そうなんですか? 」
「そりゃそうさ」
そっと萃香が妖夢の唇にキスをする。すると、突然、妖夢の唇からくぐもった泣き声が漏れてきた。仰天した萃香が。
「ど、どうした? 」
「ゆ、幽々子様、まだ私にキスしてくれてないんです! 」
と泣く。
「幽々子様、私とダンスするなんて言って、今紫様と踊ってらっしゃるし……」
「あんたをほっといてか? 」
「後で踊ろうね。今夜は寝かさないわよ、って」
「大団円じゃないか」
「でも、キスしたいの! 幽々子様大好きなの! それなのに萃香様そんなに優しくキスするんだもん! 私どうしたらいいのよぅ……」
「何やってんの、鬼」
「あ、霊夢」
いつの間にかそこに立つ黒いスーツの巫女に、萃香が笑いかける。
「この子かわいーわ」
「あんまからかわないでやってね? この子意外とてんぱるから」
「てんぱってませんー! 身体が熱いだけですー」
「判ったから、妖夢。ほら」
萃香から妖夢を奪い取って、自分の膝枕で霊夢が寝かせると、萃香は霊夢にも瓢箪を差し出した。受け取ってぐびぐび飲み、はい、と鬼に返す。
「強いわね」
「鬼の酒だからな」
ド―――――――ン。
大きな花火が爆裂する。
空でフランドールが、魔理沙の特性花火を直に爆裂させているのだ。空高く高く。星空に混じって散っていく、花火。
「うわ、あれ、パチュリーの顔だ」
霊夢が驚いて、指差す。
「あれはアリス。あらら」
「霊夢もいるね」
「……そうね。
あ、ほら、妖夢、あなたのも上がるかもよ。ほら、上がった」
「すごいねえ、さすが魔理沙だねえ」
褒める萃香に霊夢は。
「何よ、全部自分の知り合いの顔じゃない。こんな内輪の花火作ってどうするつもりかしら。開いた口が塞がらないわ」と手厳しい。
「おやおや、開いた口がふさがらないなら、私が塞いであげようかね」と萃香が言えば。
「鬼のその口、瓢箪の栓で塞ぐわよ」とこれまた手厳しい。
*
人間も妖怪も、氷の池で滑っている。
氷のグラウンドは、チルノが凍らせて紫がその境界をつるつるに磨き上げた特別性だ。
こっからここまでが、凍らせていいライン。
紫に教わった事くらい、自分にだって出来る。
あたいったら、最強。
紫が飛んだ。幽々子が廻った。二人で手を取り合って、また廻った。
おっかなびっくりに滑る人間、このダンスを知っていて、それなりに踊る人間。妖怪だって、滑れる妖怪と滑れない妖怪がいる。
「悪いね、チルノ」
声をかけてきたのは、紫の子分の八雲藍だ。さっきまで紫と踊ってた。今は一人で氷のグラウンドの縁を滑っている。
「よければどう? 私と踊らない? 」
「あたいと? 氷の妖精の力舐めてるの? 」
あんたがあたいの踊りのついてこれるの? そんな意味で聞いたのに、この狐平気な顔で。
「勿論さ。氷の女王様」
と応える。
チルノは聞き返す。
「今、なんて言った? 」
「氷の女王様」
「あ、あたい女王さまになったのか! 」
わーい、と喜ぶチルノが藍の手を掴む。
「踊ろ! おどろ!
ねえ、兎! 今日あたい女王様だって」
「へえ、そう、よかったわね」
手を繋いで氷の上を滑りぬける鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐは、呼び止められてから半回転して止まった。半回転する力を利用して、鈴仙はてゐをリフトしている。てゐは得意げだった。
「全く、こんなわけの判らない葬式もどき兼なし崩しパーティーなんて、私の瞳以上に狂気だわ。そんな日なら、妖精も女王になれるかもしれないわね」
「兎の目―」
リフトから無事に下ろされたてゐが、氷の上でタップしながら冷やかす。何よ、と問う鈴仙に因幡てゐは。
「れいせん、泣いて兎の目―♪」と囃した。
「まあ、氷の妖精ですら、きちんと追悼して氷の女王になったのに、月の兎がただの兎の目になっちゃったんだから。もっときちんと修行しないとね? 鈴仙? 」
「あああああれは、たまたま演出にやられただけよ! 」
「へえ? 波長が狂っちゃった? 」
「てゐ! 」
叫ぶ優曇華院に、ねえ、一つ聞いていい、とチルノがいつになく真面目な表情で言う。
「女王とお嬢様って、どっちが偉いの? 」
七色の大きな花火が、夜空一面に広がった。
*
踊る、踊る、踊る。
踊りから離れ、踊りに加わり、十六夜咲夜とレミリア・スカーレットを中心に踊りの輪は収まらない。
「どう? 咲夜。まだ踊れる? 」
「まだ踊れますよ、お嬢様」
掴んでいた手、離して、別の誰かの手を取る。くるくる廻る。手を離す。もう一度レミリアと踊る。
汗が飛んだ。
レミリアは平気な表情で、それでもしっとりと汗が浮いている。
吸血鬼なのに。
まるで人間みたいに。
咲夜の胸が一杯になる。
それを押し隠して、今日の料理とか、誰がやってるんですか? と尋ねた。
「夜店みたいなのもありますけれど、オーブン料理とかは館の中じゃなきゃできないですよね? 」
「人間と魔法使いの有志よ。今日は特別。奇特な志願者が大勢居るの。だから今日はあなたは踊っていればいいのよ」
レミリアに言われて、この完璧なメイド長は大げさに嘆いてみせる。
「ああ! パチュリー様! お皿割ったりしてらっしゃらないかしら? この前外の本で、自動皿洗い機なるもののカタログを見てたんですよ? 妖しげな洗い方してないか心配だわ。
それに他二名の魔法使い! あのドタバタ娘が厨房をどんな荒らし方することやら。銀器の数も数えなおさないと。魔理沙が持ってくかもしれない。
それと人間ですって?! 一家の主婦達が集って、ここの台所をどうかきまわすつもりかしら! 」
「ぐちゃぐちゃになった厨房を、きれいに戻すのもメイド長の勤めよ。まあ、明日明後日と時間をかけて元通りにすればいいから……」
「そんなもの、明日中にやっちゃいますよ! 当たり前じゃないですか! 好きにさせるのは今日だけですから」
「それでこそ咲夜」
いたずらっ子の笑みを浮かべるレミリアに、優しく咲夜は。
「なんで、私の葬式なんてしようと思ったんですか? 」
と問いかけると。
「何か意味があって私がやったと思っているのかしら?
今盛り上がってるからいいじゃない? 」
「それは全面的に賛成ですけれど」
「じゃあ、私がびっくりパーティーを催したかった以外の理由があるなら、言ってみて? 」
上気した囁き声は、口付けまで後一歩の距離で交わされている。
どちらかが首を傾ければ、すぐ届くくらいの近さで。
「レミリア様、私の御葬式なんてしたら、泣いちゃうからですよね?
その為の予行演習かしら? 」と冗談めかしたら。
「何で泣くのよ。雨は苦手なの」
「あら、キスの雨なら平気でしょ? 」
「バカね、キスは雨のようになんて降らないわ。礫のように、肌に穿つものよ」
二本の牙が、唇からほっそりと見えた。
「あえて理由をつけるなら、あなたが人間のままで居るなんて言うから、今のうちにやっておいただけよ。
あー、面倒くさかった。
もうこれであなたが何時何所で死んでも、私は葬式なんてあげないからね」
「はいはい」
「あなたが人間で居る限り、あなたは私の従者であって、友達でも、まして、恋人でも無いのよ」
「はい」
「精精、長生きなさい」
「……はい」
咲夜はレミリアを引き寄せて、抱きしめて廻る。くるり、と一回転して、目の端に浮いた涙をごまかした。
「ほら、咲夜、次の王子様、来たよ」
咲夜の心のうちを知ってか知らずか、レミリアは咲夜の腕からするりと抜け出して、そっと後押しする。
「王子と言うには役不足ですが」
咲夜の前に立った彼女ははにかんでから、そっと青い薔薇を差し出して、咲夜の髪に飾った。髪飾りに細工したようだった。
「赤と白の薔薇は、もう飽きたかと思いますので、それを」
「美鈴、あなたも浮かれすぎじゃない? 」
肩を竦めて、溜息をついて見せて、咲夜は大げさに呆れてみせる。それでも美鈴があまりに嬉しそうだったので、そっとその胸に抱き寄せられて。
「つきあうわ」
と囁いた。
「仰せの通りに」
普段はのほほんとした紅魔館の門番にして庭師。
鍛えられたナイフのような紅魔館のメイド長。
「ほんと、身体使うことにかけては紅魔館一だわ、美鈴」
呆れているのか、褒めているのか判らない表情でレミリアは言って、踊りの輪からそっと外れてワインを飲む。酒はすぐにエネルギーになって良い。つまみにトマトとチーズのカナッペをつまんで。
「う、乾いてる」
紅美鈴、十六夜咲夜。
紅魔館の二人。
そのアクロバティックな舞踏で、踊りの輪の華になる。
*
「魔理沙ごくろうさま」
料理変わってもらえたの? と巫女が問うと。
「そうなのよ。若い者はおばちゃんに代わって楽しんでおいでって里の人たちが、私たちの方が年上なのにね」
とアリス・マーガトロイドが応えた。
「若い者に、楽しんできてもらう余裕が持てるほど、自分たちは年取っているからって」
パチュリー・ノーレッジも付け加える。
「何にせよ、一杯飲みたいぜ。こっそり料理酒飲んでる奴とは私は違うからなあ」
はしゃぐ魔理沙を睨んでいた人形遣いの顔が、不意に崩れた。
「あ、フラン、こ、こんばんは」
「ねー! 魔理沙、花火見た!? 」
アリスの挨拶も無視して、焦げかけのフランは魔理沙への報告に夢中だ。
「でっかい花火、すごかったよ! 私が、がーってやったら、ばーんって言って、ボン、だからね!
みんなの顔も出た! すごかった! 私の知らない顔もあったけど、知ってる顔もあったねえ! あ、パチェ、パチェの顔もあったよ!! 」
アリスとパチュリーがはっとして魔理沙の顔を見る。魔理沙は少し照れたような顔で。
「花火で細かい顔が作れるんじゃないかって思って。もちろん、アリスのもある」
「でもさ、あれよりか、最後のやつ。すごい大きな虹の花火あったよね?! あれが一番好きだなあ。派手で。永い間空に残っててさ! 七色! すっごい七色なの!! 」
「そうね。あれはきれいだったわね」
霊夢が言うと、アリスの顔がぱーっと真っ赤になった。が。
「あの花火の名前、当ててやろうか?! ずばりフランでしょ! フランドール・スカーレット! 」
と聞いた途端、顔色が変わった。
ああ、まさに七色の魔術師だなあ、と魔理沙は思う。
「みんなの顔があるのにさあ、私の顔だけないんだもん。もし最後まで私の顔が花火で出てこなかったら、もう絶対ただじゃおかないって思ってたんだけど、真打は最後に登場するのよね? あの大きな花火! 私の羽の色と同じ七色!!
魔理沙大好き! 今度また作ってね!! 」
「ああ、おおあたりだぜ、フラン。
あの花火の名前はフランドール、お前の名前だよ」
ぎゅっと妹様に抱きしめられて、それ以外の言葉で返せる人間がいたら見物だ。けれどその後ろで、人間並みに嫉妬を燃やしている魔法使いを無事になだめられる生き物がいたら、それこそ見物だろうとパチュリー・ノーレッジは考える。
さし当ってデキャンタされているワインをグラスに注いで飲んでから御煮しめを御行儀悪くつまんだ。煮物の売れ行きはわりかしよいようで、それを証明するように、冷めていても美味しかった。
『終章 メイド冥土逝き記念式典始末記』
「あら、妖夢、もう酔っ払ったの? 」
「酔っ払ってないですよぅ。ただちょっとくらくらしてるだけです」
「いいわよ、もう踊らなくても」
「え!? そんな! 」
「別に今日踊らなくても、明日から毎日踊れるでしょ? ねえ妖夢」
「わああん、そんな石に話しかけないでくださぁい」
「あなたはしっかり御漬物漬けてね」
「私は漬物石じゃないですぅ。漬物石はそっちですぅ。あ! なんでそっちにキスするんですかあ! 」
「え? 藍様、橙はまだ仕事が……」
「その前に一緒に踊ろう。悪い藍様だね。橙にばかり働かせて、自分は踊ってて」
「そんなこと無いですよぅ。だって、橙は藍様と一緒に、いつだって踊れるじゃないですか」
「……バカ。そりゃ確かにそうだけれど、この一時は今しかないんだよ」
「ねえ、藍さま」
「なあに? 」
「チルノとのダンス、楽しかった? 」
「まあね。紫様とのダンスも楽しかった。でも、きっと橙とのダンスが一番楽しいと思うよ? 橙もいろんな人と踊ったら、きっとその違いが判ると思うな」
「はい! 橙も踊りたい! でも、本当は、藍様を独り占めしたいです! 」
「ちぇん……。おまえってやつは……」
「らんさま? 」
「私が悪かった。私もお前を独り占めしたいよ!!!!! 」
「らんさま―――――っ!! 」
「チェェェェェェン!! 」
「永琳! 妹紅ったら私の足三度踏んだのよ?! 」
「……輝夜は私の足を四度蹴った」
「それくらいで済んだのなら、いいじゃないですか」
「あ! ピザ! 永琳、これ、温かい? まだ熱い? 」
「さっきとってきたばかりだから、まだ温かいと思うけど」
「がっつくなよ輝夜! 」
「何よ、これは私のよ? あんたは自分でとってくればいいでしょ?! 」
「ほら、妹紅。お前の分はきちんととってあるぞ」
「な、なんだよ慧音! 別に私はピザが欲しいわけじゃないって!! 」
「本当にまあ、えらいぐだぐだで」
「ぐだぐだでもいいじゃないかしらぁ? 」
「……それ、誰の真似です? 」
「八雲紫」
「本人がやったら、それは真似とは言いませんよ」
「まあいいじゃないの。飲むかい? 」
「鬼の酒は酔いが早いので止めておきます」
「なんだい、あんたは見てるだけかい」
「参加できないのは寂しいですけれどね、見てるだけでも楽しいものも、あるんですよ。
時にはね」
「なんかまとめようとぉ、しないでくださるぅ、霖之助ぇ」
「だから、本人がやったら真似じゃなくなるでしょ? 」
「あら、これは私の真似じゃないわ。
私の真似をしている、霊夢の真似」
*
「さて、どうやら咲夜の葬式をしようとしてるみたいだけど」
香霖堂から戻ってきた咲夜と魔理沙の報告を聞いて、霊夢は尋ねる。表情は険しい。何かを決心した時の顔つきである。もしくは企んだ時の。
「どうする? 今から止めに行く? 」
「止めに行くのは簡単だけど、今止めに行ったら、どうしてそれに気づいたのか問い詰められると思うわ」
主、レミリアの思考を正確に読んでいる咲夜はそう言って反対した。
「私は特別休暇で、博麗神社に行き、宿泊して巫女にプレッシャーを与える事、って言う指示があるし、本来なら神社から外に一歩も出ちゃいけないのよ」
「よくそんな無茶苦茶な命令を、霊夢が受け入れたな」
最もな魔理沙の言葉に霊夢は。
「別に珍しくも無いでしょ。無茶苦茶だけど」と応えた。
「まあ咲夜に掃除とか色々手伝ってもらったし、感謝してたのよ。二人のお泊り会、楽しかったわ。それなりに」
「……もしかして、幽々子様も、その計画に何か便乗しようとしているのかもしれませんね。まさか、私との合同葬とか……」
と妖夢は自分で話を振っておいて。
「ああ、やりそうだぁ」
と自己完結した。
「それにしても、この新聞記事、本当に嘘八百じゃない。咲夜が死んだなんて」
憤慨する霊夢に魔理沙は、嘘は書いてないぜ、と言う。
「咲夜は白玉楼にも行ったし、閻魔様にも会ったんだろ? 冥土に行ったって言っても過言じゃない。まして、後ろに『!?』がついてる。本当、とも言ってない」
「葬儀の日取りも書いてあるじゃない」
「予定、ってついてるだろ? 予定は未定。だから嘘じゃない。
最も、葬式と称した何かは、この日やるんだろうけどな」
「まあ、ともかくどうしたらいいのか考えなくっちゃね。恐らくこれは、こっちから仕掛けてかき乱させる為の餌みたいなものよ。そして私たちの使命は、その抜群のタイミングで登場して、レミリアを喜ばせる事ね」
霊夢の言葉に魔理沙が。「それよか、思惑を外してやった方がいいじゃん」と提案したが、それは即効で却下された。
「それじゃ意味無いじゃない。お前は空気読めなかったなって言われておしまいよ。つまらない。逆に相手が驚くくらいお膳立てして、度肝抜いてやるのよ! これは私たちへの挑戦状よ! 」
巫女の着火点もよくわからない。今神社の応接間でくつろぐ四人は確かに皆常人以上の力を持つ者達ばかりである。が、この中で一番理性的に見えて、一番過激なのは博麗霊夢その人である。どこと無く思考が妖怪っぽい。あの妖怪に似ているなんて言ったら、それこそ激怒されてしまうわけだけれど。
そんな時魔理沙が尋ねた。
「ところで、全然関係ない話なんだけど、みんなさあ」
自分の葬式どうする? と聞くと、三人口を揃えて。
「埋めといて」
と言った。
「もしくは、焼いて」
八雲紫は、その会話を全部聞いていた。
その後の会話も、勿論。
霊夢のお茶をゆっくりと飲んでから。
「おいしくない、お茶ねえ」と言った。
魔理沙が笑ったので、魔理沙にしようと思った。
これからどう言う計画にするか、何も考えていなかったけれど、とりあえず魔理沙にさせようと紫は思った。
*
「咲夜、おかえり! 」
「ありがとう」
「氷のダンス場も楽しいよ! 後であたいと踊ろう! 」
「ありがとう」
「ところで子馬はどこにいるの? 」
「あの子と踊る時は気をつけなさいよ? 手が冷えすぎて痛くなるから」
「気をつけるわ」
「鈴仙はうかつなんだよ。ちょっと考えればすぐ判るのにね」
「それもそうね」
「うるさいわね、てゐも咲夜も! でも楽しいかったわよ。後でもう一度滑ろうかしら」
「咲夜! あれが魂よばいの儀式ってのは判ったわ! そんでその為に時間を止めて、中身が入れ替わったのも判った」
「はい、妹様」
「でもそれならどうして、私が呼んだ時に出てこなかったわけ!? やっぱり姉さまの方が好きだから? 仕方ないとは思うけど……」
「待って、フラン。私があの時出られなかったのは、あなたが棺の上に乗っていたから」
「ああ、そうなの。それなら本当に仕方ないわね。
それなら私今度から、棺桶の上には絶対乗らないようにするわ」
踊る、踊る。咲夜は踊る。
妖怪魔法使い、巫女、そして時たま普通の人と。
パン屋のおじさんとか、八百屋のおばさんとか。
その隙間を縫って、妖蝶マスクの婦人二人が踊りながら問う。
「不愉快かな? 十六夜咲夜」
「判りません。正直」
踊りながら咲夜は応える。冗談めかして、でも真摯に。
「けれど、今と同じような気持ちでずっといる事は、ナイフを錆びさせることになりませんか? 」
「抜き身のナイフが、その持ち主を傷つけないためには、ナイフが鞘を身にまとう必要がある。必要な時に抜けばよい。抜き身のナイフの方が、よほど錆びやすく、そして主にも他人にも危険だよ」
*
微笑してバタフライマスクの二人が離れる。
今日の話題の中心、十六夜咲夜も今のダンスパートナーから手を離し、次の相手に手を差し出すと。
いつの間にか咲夜の目の前に主が立っていた。
「全く、全然楽しくないわ」
レミリア・スカーレットはぶつぶつ文句を言って、咲夜に手を合わせた。
「本当なら私は自分の部屋の中ですすり泣いて、あなたが戻ってきた喜びに浸っていないとならないはずよ? どうしてこんな所で踊り狂って無ければならないの? 」
「それはあなたしかそれが似合わないからですよ。お嬢様」
「そうね。それが当たり前。当たり前の事だわ」
二人は笑って、そして。
こちらを見て。
「あんたも、見てるだけじゃなくて、一緒に踊りなさい! 」
と笑顔の脅迫。
ああ、そうだ誰もが思い描いた通り。
騒霊の曲が鳴り響き。
皆、十六夜咲夜を中心に手を合わせ、或いは手を組み。
そして各々感慨はあると言うのに、まだ騒奏は終らないのだ。
(文責 射命丸文)
かなり長かったけどすらすらと読める文章で良かったです。
いろいろ考えさせられました。
私のような者が論理的なコメントをするのは無理なので素直な一言を残します。
ありがとう
ただ、私の読解力の問題もありますが、いささか読みづらい箇所が見受けられました。また、話の言わんとするところをもう少し明確にされたほうが、これくらいの長文ならば良いように思えます。その点を加味して点数をつけさせていただきました。
何はともあれ、良いお話でした。
追伸
矢意→八意
途中二カ所程八意が矢意になっていますよ。
ただ、良作であることは間違いないかと。
一部誤字を差し引いてもその評価は変わりありません。
たこ焼きだと思ってマヨネーズをつけて食べたらたこ焼きはケーキでマヨネーズはカスタードだった、そんな気分です。
おじちゃん100点あげちゃうぞ!まだ成人して間もないが
それにしても葬式のときの幽々子様こええ。
しかし読み難さを、文章の含みに巧みに変えていくテクニックは見事でした。
ああだまされた
だまされた
この涙を返せ!
それが後になると生きていてホッとしたような感じです。
結構長い文章でしたがスムーズに読むことができました。
面白かったです。
100点ですら生ぬるい
前半の幽々様に狂気染みたものを感じ取って軽くガクブル。
見事に騙されたけれど、よく読み返してみるとちゃんと伏線があるあたり上手いなと思った。
何て感想をつければ良いのかよく分からないけれど凄みがあるSSだった。
>新しい物を買わずに追いかけてしまったりとか。
サ●Za○江さんwwwwwwwwwwwwww
>椅子に座ってシャンパングラスを傾ける彼女は、身体のラインにぴったりと吸い付くような黒の衣装を身に着けていて、少ないなりに凹凸を強調している。むき出しの鎖骨が色っぽい。
いつものロリじゃねぇwwwww(ラストジャッジメント
>ばっちりと化粧もしているけれど、嫌味にはなっていない。イヤリングもネックレスも、落ち着いた大人の瑪瑙。
そうか、年齢は大人なんだn(シャモジ
>橙「あうぃあほ」
我々はこれであと、50年は戦える。
特にフランのとこ。
狂ってる幽々子とかいろいろもうつぼですごかったわ。
1000点くらいあげたい。
感動ものでした。
大人の会話っぽいのが
全て理解したあとに最初から読みなおすとまた深い
100点じゃ足りんですよ
ところどころ抜き出していけば、個人的にはしっくりこないキャラ造形なんかもあるけど、
作品として考えれば瑣末な事。
いい物語をありがとう。
ウサギは鈴仙・優曇華院・イナバでした。
本当に楽しく読まさせてもらいました。
ありがとう、おもしろかったです。
それに尽きる。
作品自体もメッチャ面白かったよ(`・ω・´)b
でもエロすぎなので-10
ヒントはレミリアが出した死亡記事だけなのにゆゆ様、まりさの二人はうまく立ち回り、
結果として人間組みの蘇生術を披露してくれました。
これを考え出す人間組みの頭の回転は恐ろしいですねw
多分私の中の幻想郷はこれなんだと思います
本当に面白い御伽噺を読ませて頂きました
有難う御座います
続きが凄い気になって仕方なかったです。夢中でスクロールバーを動かしていました。
素晴らしい作品を有難うございました!!
ですが読み進めていくうちに、回想をうまく挟んだ構成に引き付けられ、フランの弔辞に思わず涙ぐみ、中盤のどんでん返しにやられたと膝を叩き、充実した気分で最後の宴を読み終えられました。
素敵な作品をありがとうございます。
>「へえ、それなら私が御相手しましょうか? 」
相手によって見える側面が違うけーねに容易く心を奪われてしまったので、えーき様の説教の続きを聞きに行きたいと思います。
というか読み直すことで印象が変わっていくお話を久しぶりに読めて楽しかったです。感謝をこめてこの点数を。
って考えてた自分をはりたおしたい。
アリス・魔理沙・パチュリーの会話辺りで違和感に気付きましたが
妹様の弔辞には思わず涙ぐんでしまいました。
想像のつかない“結末”に衝撃を受けました。
でも二人とも生きててよかった
決別を悼み、その道程を労い、そして最大限の敬意を以って新亡に引導を渡す。
例えどのような理由があろうと、徒に行うことは許されない神聖な儀式です。
私の感想は、一言で言うなら第10章の妹紅のある台詞と一緒です。
勿論、作者も重々それは承知の上でしょうし、私が斜に話を捉えている所もあると思います。
ですが、後半の展開で輝夜のように白けてしまった感は拭えません。それが非常に残念です。
話の流れはとてもよく、特にフランの独白には胸に迫るものがありました。
これからのご活躍にも期待しています。お目汚し失礼しました。
話の展開といい言い回しといいよかたー
ただ、後半のKissのRUSHがががっが……百合苦手~(泣)
でも面白かったですらー
あと、役不足は誤用かなーとか思ったりなんかしちゃったりして。
なんか無理やり感がしたのでこの点数
メイド長jは永遠なり!
いいぞ、もっとやれ!
この文章量で、この内容…実にお見事
でも、話の展開は素直に凄いと思った
前半の幽々子様は素晴らしい引き立て役です
>「へえ、それなら私が御相手しましょうか? 」
是非!私めが是非!!お願いしますけーねせんせえええぇぇぇぇ!!!!!!1
じゃあ本当にシリアスな葬式やるのかと読み進め、
幽々子様たちの様子をみて、人間連中みんな死んじゃったのかよ・・・と。
沈鬱な気持ちで列席者の弔辞を読んでいたら、トントンと話が回転し、
あれ?いつの間にかみんながイチャつきだしたよ?
あっちこっちでチュッチュしてますよ?
チ、チルノちゃん、何がどうなってるのか教えてくれるかな・・・?
素晴らしいとしか言えない
個人的に狂った幽々子とフランの弔辞の場面がすごかったです。
ホント100点じゃ足りない。
作者さんの脳内の幻想郷はこんな百合ユリな雰囲気なんですかね・・・
悪趣味と断じられるかもしれないけど、それでもこれを見た咲夜さんは自分は幸せものだと
痛感するだろう葬式とバカ騒ぎ。
でも自分百合苦手やねん;;
ホント咲夜さんは幸せものだね~
あ~、いいもの見させてもらいました。
白けすぎた
さんが仰られておられるように、偽葬は礼を著しく失する行為です。
生前葬と考えればまだ酌量の余地はありますが、今回の場合は偽葬と解せざるを得ません。
また、後半のどんでん返しで、前半に殊更に描写されていた幽々子の狂気描写の意義が
薄れてしまっています。死んだ事実を返さずに、読後に狂気の余韻を残した方がいいかと思います。
結論としては、やはり全員を殺しておくべきだったのだと感じました。
それでも、構成、文章、キャラクター性ともにとても秀逸でした。
時間軸が一直線でなくても違和感を感じさせないのは、きちんと構成が練られている証拠です。
台詞の前の地の文の表現や、行間の取り方には、私も多く勉強させていただきました。
各キャラクターの位置づけ、行動や言動による性格付けは、くどくどしくなく(特に終章に下るにつれて)簡潔明快で、見てて気分の良いものでした。
良くも悪くも現代小説のようで、現代に生きてこのような作品が読めて良かったと思います。
作品をありがとうございます。これからも頑張ってください。
長文失礼しました。
結局生きてたしって思うけど長編お疲れ様ってことで点数入れときます
描写の見事さや最初に惹きつけてどんでん返しに持ち込む構成、
後から読み直してにやりとする伏線など魅力はたくさんありましたが、
一番の要素は偽の葬式という主題そのものでした。
この葬式騒ぎの意味はいくつか作品中でも提示されていますが、
予行演習としての葬式は、本来は寿命など意識することのない妖怪が
人間の寿命を受け入れる手段、という面白いテーマだと思います。
また、永琳達の台詞にもあるとおり、敢えて偽の葬式を行い、
復活という形で失敗して、最後は宴会にまでなだれ込む、
というのは、まさに死を否定して今を永遠にしようとする儀式魔術なのでしょう。
そう考えてみると、偽の葬儀という不謹慎さも、
「死などに自分の大切な今を奪われてなるものか」
という妖怪らしい傲慢な感覚を表現したものに思えます。
もちろんこれらは作者様の出されたヒントから勝手に再構成した物で、
的外れな物かも知れませんが、「偽の葬式」という主題は、
幻想郷の妖怪と現実に住む我々の生死観の違い浮き彫りにするものだと私には思えました。
単なる理解不能な異質な物としてでなく、はっきり筋の通った形で違う常識を垣間見せてくれる、
非常に面白い作品だったと思います。
葬式に関しては、本当に凄いと思いながら読んだ。
知り合いのお婆ちゃんの葬式で、一番仲の良かったお爺ちゃんが葬式の終わる頃に来て「腐りかけとる」とだけ言って去っていった。
葬式ってそういうものだと思う。
「本当に咲夜とか死んでたら何か違うよな」と思いながら読んでたけど、ちゃんとその通りだったので自分の満足度としてはこの辺。
それから、イロイロな要素が詰め込まれていて、ちょっとボリューム過多にも感じたのでそれも含めて。
他の方も色々と誤用の指摘しているけど文章力はすごいのにもったいない日本語力がねぇ……。
というわけで-20
こういう話が出てくる発想力にまず感嘆。
周囲がそれなりの態度を取っている中、鈴仙のしらけた態度を入れたのは本当に上手い。
こういう気付ける人は気付ける伏線(自分は気付けなかった人ですが)が所々に散りばめられ、
何度も読み返して楽しませてもらいました。
いやあ、前半の物悲しい雰囲気から後半の騒がしくもエチい雰囲気の落差が素晴らしい。
そして咲夜さんの登場が瀟洒すぎる。
葬式の皮を被った、生前の反魂の儀式。なんとも悪趣味でなんとも痛快でございました。
…葬儀に関する意見は別として、後半パートがちょっと長すぎて間延びした感が。
「生死」というテーマに相応しいキャラに限定してエピソードを絞れば改善できた気がします。
(永琳や輝夜&妹紅に比して、チルノや式コンビ、霖之助はテーマから遠い位置ですし)
それから笑えた。ありがとうございました
でもフランの追悼のところは今読み返しても胸に来ます。よっぽど大事な家族なんですね。
霖之助と慧音のやり取りもニヤニヤさせてもらいました。
最後まで読んで余計泣いた。
鼻水でた。素敵。
淡々とした雰囲気の中進んでいく「これは本葬?仮葬?」という不安。
全てが深く、感動しました。
真面目な中にも霖之助がサザエさんの歌詞だったり、
クスリと笑えてよかったです。
詩的でしっくりきた(御孵りなさい。とか)
何故かフランの所で信長のエピソード(葬式に遊んでいる時と同じ汚い服で乱入して父親の棺に無言で線香立てを投げつけた)を思い出した。
実に悪趣味だ!(そしてこの点数)
とてもすごかったです。
死んでも亡霊なんてのがいるから、死すらも遊びにできるってのはどうにも現実に生きてる僕には理解できない感覚だわ
幻想郷ってのは、本当にいいところなのかなぁ