幻想郷では、定期的に宴会が行われる。それも並みの宴会ではない。
氷精や大妖精、花の妖怪から閻魔、強いものから弱いもの、(少ないが)人間まで居るほどの大宴会だ。
主催者は黒白、場所提供は紅白ということもまた、これだけの妖怪が集まる宴会を可能にしているのだろう。
ただし後片付けをしない連中ばかりなので紅白は嫌がっているが。
その紅白は――
「んぐ、んぐ・・・・・・ぷはぁっ!」
「おっと博麗選手、これは良い呑みっぷり! 対する伊吹選手は――」
「あん? もう呑んじゃったよぉ」
「さすがだ、さすが酔っ払いだ!」
境内の一角を占拠して行われている呑み比べ大会に出場だ。もちろん司会は射命丸文(酔っ払い)、出場者は博麗霊夢(酔っ払い)と伊吹萃香(万年酔っ払い)。
出場者が二人しか居ないのは、単にこの面子に対抗できる者が少ないからというのもあるが、家族サービス(?)に勤しむものが多いのもまた理由の一つ。
例えば酒を呑ませたら右に出る者は居ないであろう日本の神はというと――
「早苗ぇ・・・・・・私の酒が呑めないってのかいぃ」
「いやあの、私未成年ですしその・・・・・・」
自らの巫女にからんでいた、酔っ払っていた。
これで持っているのがコップ一杯程度の酒であればどちらにも可愛げはあるのだがそこは日本の神、赤くてでかい“あの”杯である。
ちなみにこれが幻想郷でいうところの“一杯”である。
自らの信仰する神を(たとえ酔っ払っていようと)無碍に扱うことなど東風谷早苗にはできない。とはいうもののさすがにこれはまずい。
かといって反対側は――
「さなえぇ、呑んじゃいなよ呑んじゃいなよ」
「いや、あのですね・・・・・・」
見た目幼女にしか見えない幼女が居たりする。いわば二柱に挟まれる形だ。
ちなみにこの幼女――洩矢諏訪子のことをごく最近まで早苗は知らなかったのだが、それはまた別の話。
酔っ払っても気の強い神と酔っ払ってもやっぱり幼女にしか見えない神に挟まれて、早苗はいっそ差し出された杯を飲み干してしまおうかという自暴自棄な思いに駆られていた。
そんな神社組の傍では、
「夏がなんだってんだぁ!」
「暑いだけの夏がなんだってんだぁ!」
秋静葉・秋穣子、通称『秋姉妹』が酔っ払っていた。これで季節が秋ならもう少し違う酔っ払い方になっていたかもしれないが、二人にとって秋以外の季節は『秋以外の季節』でしかない。
そんな姉妹の叫び声は宴会の参加者の耳には届かない。酔っ払った者に演説をしたところでまったく意味はないのだから。
「水着がなんだってんだぁぁ!!」
「西瓜がなんだってんだぁ!」
静葉の声がほんのちょっと気迫に満ちた。
その視線は穣子(の主に胸辺り)に向けられている。ちなみに穣子は「豊かさと稔りの象徴」である。後はお察しいただきたい。
「胸がなんだってんだぁあぁ!」
「胸がな――おねぇちゃん?」
言っていることのおかしさと自らに向けられた視線に込められた殺気に対して穣子が我に返ったときにはすでに遅く、静葉の手がわきわきと動きながら穣子(の主に胸の辺り)に向けて――
妹の悲鳴と姉の悲鳴(あまりの大きさに)は冷たい夜空へと吸い込まれていった。
「ふむ・・・・・・ここだ!」
「ん、やりますねぇ、ならばここで!」
周りの喧騒も、犬走椛と河城にとりには届かない。真剣に、集中して、目の前の盤上に全神経をそそいでいる。まるで負けた者が死ぬかのように。
戦士の気迫がそこにはあった。
「よし、ここだ!」
「ならばあそこだぁ!」
待ち時間一秒にも満たない指し合い。次々と繰り出される妙手。あまりの速さに相手のミスにすら気づかないこともしばしば。
「よぉし行けぇ!」
「負けるなぁ!」
お互いに言い合いながら彼女たちは指し合う。
将棋盤の上では――ルークが二6に置かれ四隅を黒が取っている。
そんな中で二人は指し合いどころかどこぞの世紀末伝説もかくやと言わんばかりにそれぞれの駒を打ち出している。
「おぬし、なかなかやるな!」
「できる――名をなのれぇ!」
椛の手には天狗自慢の杯、にとりの手にはコップと胡瓜。
二人の周りに転がった酒瓶の数々がこの惨状の理由を物語っている。
「なにをぉ!」
「やるかぁ!」
もはや場外乱闘を始めた二人が宴会の喧騒に加わる。
これが今日の宴会に出席した妖怪山の面々だった。
「あれ?」
そこまで見渡して、霧雨魔理沙は声を上げた。
「ん、どうしたの?」
「いや・・・・・・なんでもないが・・・・・・」
彼女の隣ではアリス・マーガトロイドが静かにコップの酒を飲んでいる。彼女は滅多に酔わない、というより酔うまで呑まない。
そこに目をつけられて前に一度彼女に酒を飲ませたこともあったが、その時は“酷かった”。
惨状を思い出して、魔理沙は身震いする。
「寒いの?」
「あ、あぁいや・・・・・・なんでもない」
当然というかご都合的というか、その時の記憶をアリスは持っていない。
考えを振り払うかのように魔理沙は質問を出した。
「なぁアリス、この宴会これで全員か?」
「・・・・・・主催者は貴方でしょうに。でも、これで全員だと思うけど」
「そうか」
主催者といってもせいぜい参加を呼びかけるぐらいしか魔理沙はしない。
場所の提供も後片付けもほとんどが霊夢に丸投げしているほどだ。
そのことについて針が飛んでくることもしばしば。
「これで、全員だよな」
吸血鬼姉妹は肩を並べて眠り、その従者は満面の(ちょっと危ない)笑顔でそれを見つめている。門番はここぞとばかりに食いまくり図書館の魔女はちょっとはしゃぎすぎている八雲の従者に対して「そこまでよ!」を連発。
門番に負けじと食いまくる亡霊嬢を止める役を持っているはずの庭師兼従者は竹林の薬師に月兎ともども苛められている。そんな彼女を止められるかもしれない永遠亭の主はなぜか妖精たちにまとわり疲れている。
酔うといろいろとやばいと噂の境界の主は(どこから持ち込んだのか)布団にくるまって寝ているし、なぜかその布団に入り込んだ黒猫もまた同様。
閻魔は人里の半妖にいろいろと愚痴っているし、人里の半妖は不死鳥に愚痴っている。死神はそんな閻魔を抱き抱えている。
あとあと記憶を残していれば全員が悶絶しそうな状況だが、幸いにして酔っ払っているか否かに問わずその辺りの記憶はあやふやになっている。一説によれば幻想郷の安全を願う美しい女が記憶の境界を弄っているというが噂の出所が出所なので胡散臭い。
そして最後はほとんどが酔っ払って弾幕を撃ち始め、それが大事になる前に酔っ払った紅白の巫女が全員を撃ち落してから寝始める。
そうして宴会はお開きになった・・・・・・酒瓶や寝入った者を残したまま。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな宴会を、はるか上空から見つめる存在が一つ。
「・・・・・・山って涼しいもんだと思ってたぜ」
自然豊かな幻想郷でも、もっとも手付かずで自然がそのまま残っているのがここ、妖怪の山。清流が流れ木々が生い茂るここは、天狗も住み着く魔窟である。
そんな山を、河の流れに逆らうようにして魔理沙は飛んでいた。愛用の箒にまたがり風を切って飛んでいく。その箒の先には日本酒の瓶が顔をのぞかせる袋が吊り下げられている。
件の守矢神社の時とは違い、今日は友好的な登山(?)である。見回り天狗が飛んで来たことはあったが(椛ではなかった)、“友好的な話し合い”で争いに来たわけではないことを伝えればすぐに通してもらえた。
「風は気持ちいいが・・・・・・」
結構な速度を出す箒の上では当たる風が心地よさを生む。ただしその速度のせいか彼女に周りの景色を楽しむ余裕はないが、別に彼女がここに来たのは避暑のためでも観光でもない。
「確かこっちだったような・・・・・・」
おぼろげな記憶を頼りに、箒は進路を変えた。変わらぬ速度のまま箒は木々の間を突き抜けていく。
それは小さなお堂だった。
木々の間にしっかりと――だが周囲から隠されているかのようにひっそりとそれは佇んでいた。
まるで世間からの隔絶を選んだ世捨て人が建てたかのようなそのお堂の中に、彼女は居た。
「・・・・・・はぁ」
少々形容しにくい――目に悪いということは確かだが――センスの服に身を包み、憂鬱そうに自らの髪を撫でている。
彼女の名は、鍵山雛。
髪をくるくると指に巻きつけては戻す、という意味も無い単純な作業を彼女は繰り返す。暇で憂鬱な時の彼女の癖だった。
そして彼女はいつも暇で憂鬱だった。
こんなところまでわざわざ来る人間は居ない――定期的に麓の人間から供物が届けられるが――、それは妖怪だって同じ。彼女の傍に近寄れば人妖問わず誰でも不幸になる。ならばわざわざ近づく者は普通居ない。
普通でない者もたまに居るが――
「お~い、居るか~?」
そう、例えば今、扉を叩いている人間とか。
「居ないわよ~」
「そうか居ないのか~、なら邪魔するぜぇ」
「邪魔するなら帰って」
「残念、それが私の目的だ」
前にも似たような皮肉とユーモアにあふれた会話が行われた。
そして前と同じように――霧雨魔理沙はあっさりとお堂に入った。
そして前と同じように何もないところでつまづいてすっ転ぶ。
「ぶっ!?」
顔面を強打し奇妙な声が漏れる。持っていた袋が宙を待って雛の手にすっぽり収まる。ずっしりとしたそれが割れなかったのは不幸中の幸いだろう。
「お酒?」
「とっておきの日本酒だぜ・・・・・・」
赤くなった鼻をさすりながら魔理沙は起き上がった。雛に近づいて袋を取ると、中身を床にあげる。ごろごろと数本の瓶が転がった。
怪訝そうな顔をする雛と、笑顔の魔理沙。
「供物なら受け取るけど・・・・・・」
「酒盛りならどうだ?」
一瞬、目の前の笑顔の魔女を追い出そうかと雛は思った。それは別に彼女が鬱陶しいからではない・・・・・・・・・・・・断じて。
それをさせなかったのは彼女の無邪気な笑顔と日本酒の銘柄、どっちだったのだろうか。
「確かコップはこっちだったよな」
宴会の誘い(全て断っているが)に二度ほど来ただけだというのに、勝手しったるとばかりに食器が置かれた棚の方へ歩いていって――また見事に転んだ。
「腐ってるのかもね、気をつけて」
そうじゃないことぐらい分かっているのに、雛にはそう言うことしかできない。
「厄いわねぇ・・・・・・」
呑み始めて数分も経っていないのに、雛は思わずそう呟いていた。
「それで霊夢のやつ、倒れてるのにほっとくんだぜ? おまけに帰ろうとしたらアリスのやつ、「あらその程度?」なんて言いやがる!」
宴会ではそうでもなさそうなのに、彼女は酔い始めると途端に愚痴り始めた。呑む相手が何人かで酔い方も変わるのだろうかと、アルコールが回り始めたばかりの鋭敏な思考で雛は考える。
「人の心配もなしに・・・・・・」
ブツブツと呟きながら魔理沙の手はよどみなく、コップを掴み酒を注ぎそれを飲み干しまた酒を――のループを繰り返している。小さめのコップでなければ犠牲になった酒が増えていたところだ。
「ああ、はいはいそれは大変ね」
適当に相槌を打ちながら、自分の分がなくなったら大変だとばかりに雛も酒を飲んでいく。体躯や見た目によらず(それは幻想郷大半の住人に言えるが)彼女もまた酒好きである。悪酔いするほどではないが。
「だろだろぉ? 私の努力も鑑みてほしいものだぜ」
「人に言える努力は努力じゃないわよ」
そういって(しまった)と内心雛は思った。自分の言ったことは正論であるが、わざわざそれを目の前の魔理沙に言う必要はなかった。失礼であると同時に、この酔っ払いが調子に乗りかねない。
「・・・・・・確かにそうだよなぁ、私はまだまだ弱い」
だが魔理沙はそう言っただけだった。
(変な酔い方ね、ほんと・・・・・・)
そう思いながらも、魔理沙が注いでくれた酒を雛は飲み干す。おぼつかない手つきのせいか、そのほとんどが彼女の黒っぽい服に零れていることに自身は頓着していないようだし、それをわざわざ告げようとも雛は思っていない。
酒の魔力は、限定的ながら効果を発揮していた。
酒は狂い水と言われるらしい。
だが、『狂う』というのは少し違うかもしれない。
「でさぁ、誰か忘れたが裸踊り始めるやつもいてなぁ、ほんと凄かったぜ」
「・・・・・・そういえば、そんなの居たわねぇ」
記憶から引っ張り出せば、そんな存在が居た気もする。
と、魔理沙が怪訝そうな顔で見つめてきたので、雛は失敗に気づいた。
「・・・・・・お前、見てたのか?」
「あぁ――――ちょっと近くに用事があったから、覗いただけよ」
悪いことをしたのでもないのに、雛は少し間を開けてからトーンを落として声に出す。その内容が嘘であることも大きい。
魔理沙としては、それより気になることがあったようだ。
「どんな用事だよ、宴会より大事なのって」
酔うと人間、ペースを落とすらしい。いまさらになってちびちびと魔理沙は呑んでいる。それは雛も同様に。
「私の用事って、厄の回収以外にあったかしら」
「ふぅん・・・・・・宴会より大事なんだな、それ」
どこか口を尖らせて言った言葉が、雛には少しきつかった。自分の役割は自分にしかできない。それを理解してもらおうなんて、雛は端から思っていない。
だけどそれは杞憂に終わった。
「やっぱお前ってすごいな、うん」
「・・・・・・え?」
杞憂に終わったはいいが予想外の返答に、雛が言葉を失う。
その合間に魔理沙は放し続けた。
「だってさ、わざわざ人間なんかのために厄を回収して回るんだろう? それも、楽しい宴会を断ってまで、夜中までずっと。そんなこと、私には到底できない」
「そ、それは・・・・・・」
確かにそうだ。大きな厄というのはそれを背負った人間だけでなくその周りにも被害をもたらす。それを何とかするために雛が居るのだ。
だけど――
「人のために自らを犠牲にする――うん、私には到底できそうもない」
それを言う人間に特有の自嘲気味たものもなく、無邪気に魔理沙は言う。その無邪気さが――なんとなく雛の癪に障った。
「そんなんじゃ・・・・・・ない」
「え?」
今度は、魔理沙が言葉を失った。
目の前の雛が何か・・・・・・変わって見えたから。
「別に凄くなんてない、それが役割だから、私はそれをやっているだけ。凄いも偉いも、関係ない」
「でも――やっぱり凄いぜ。そんなことができるのは、よっぽど強いやつだけだ」
「私は――!」
声音を上げた雛に、魔理沙の手が止まる。彼女はゆっくりと、コップを置いた。それだけ雛が真剣な表情だったから。
「私は・・・・・・強くなんてない・・・・・・・・・・・」
厄を回収し、人間を護る雛は、近寄る人妖を不幸にする。
それは究極の矛盾、護るべき者が傷つける者になる。
でも、それは結局のところ、矛盾でもない。
「強くなんて・・・・・・ない」
厄を持つから不幸になる、不幸にする。
それが分かっているから、彼女はこうして山の奥深くに住む。
そうすれば、むやみに誰かを不幸にすることがないから。
だから宴会の誘いも全部断った。
「私は、ただ――」
それでも、様子だけは見に行った。
これもまた矛盾かもしれない、でも矛盾ではない。
宴会の誘いを断るのも、宴会の様子を見に行くのも――
「私は、人間が――“皆が”好きだだから」
その言葉に対する魔理沙の答えは、
「・・・・・・やっぱり、お前は強いぜ」
それだけだった。
「うぅ・・・・・・頭がぁ、頭がぁ」
「・・・・・・自業自得よ――痛っ」
翌日、仲良く二人は二日酔いを起こしていた。
他にも魔理沙の服が以上に濡れていたりはだけていたり・・・・・・二日酔いと合わせてこの程度の“被害”で済んだのは、幸運ゆえか力ゆえか。
(分かっているのに・・・・・・わざわざ来てくれた)
雛の持つ厄は、多い時なら普通の人間でも“分かる”ほどだ。それがどんなものか分かっていながら――目の前で頭痛を抑える彼女は来てくれた。
「ねぇ・・・・・・」
「痛いぃ――ん、なんだ?」
「次の宴会って、いつ?」
幻想郷は、全てを受け入れる。
宴会もまた同様に。
マリヒナも案外おいしいかもしれませんね。
面白い作品をありがとうございました。
間違いない、あの御方(少女臭)だ!!
ごちそうさまです。