「あ、どうも、何時もお世話になっております。私、八雲紫と申します。
……ええ、ええ。そのように受け取っていただいて構いませんわ」
「……」
「はい……はい……なるほど、そういう事でしたの」
「……」
「ええ……ええ、それでは、そのペットとやらの処遇はお任せくださる、と」
「……」
「はい、了解しましたわ。それでは、失礼致します」
「……」
「……ふぅ。慣れない事すると疲れるわねぇ」
どこぞの親御さん同士のような会話を終えると、紫は深い溜息を吐いた。
たった今、さとりから耳にした話……地上に起きている異変は、自分のペットの仕業だろうとの情報は、
膠着を通り越して迷走しかけていた事態を、一気に進展させるものだった。
こうなれば後は、そのペットを見つけ出してしばき上げてしまえば、殆ど方が付くと分かったからだ。
……が、それが出来るかどうかは、また別の話である。
本来なら期待に答えてくれるであろう霊夢はあの調子であったし、
一方の魔理沙にしても、本人は元気そのものだったが、サポートする役に少々問題がある。
いや、少々で済ませて良いのかも疑問な状態だ。
「いいかげん立ち直りなさいな……別に、貴方の存在そのものが否定された訳でも無いでしょうに」
「……」
依然、返答は無い。
部屋の隅で体育座りをさせれば、アリス・マーガトロイドに適うもの無し。
そんな風評が大いに正しかった事が、今ここで証明されんとしていた。
ちなみに、今の体育座りはというと、セカンドエディションと呼ばれるタイプである。
部屋の隅へと頭を向けるこの方式のメリットは……詳しい説明は次の機会に譲りたいと思う。
ともかく今、アリスは絶望のズンドコでどん底にいた。
それが、間違いであって欲しくとも、間違えようもない事実である。
「……紫」
ここでようやく、アリスの口が開かれる。
と言っても、相変わらずの体勢ゆえ、少々怖い。
「……な、なに?」
「……私、しつこい?」
「え? ど、どうなのかしらねぇ」
「……言葉を濁すってことは、そうなのね……私、ストーカー?」
「そ、それは大丈夫。私のほうがずっと悪質だもの」
「……否定はしてないわね……私、ヤンデレ?」
「十分病んでるとは思うけど、自覚症状のある内は定義されないから平気じゃないかしら」
「……もっと酷いってことね……」
「うざー……」
思わず紫の口から、率直な感想が漏れる。
もはや今のアリスにとっては、どのような言葉も否定的意見と受け取られるに違いない。
「(いっそこのまま帰してしまおうか……)」
が、その案は、採用されなかった。
このようなダウナー系薬物汚染妖怪ではあるが、それでも魔理沙の手綱を握れる唯一の存在であることに変わり無し。というのが紫の見解である。
霊夢が想定の範囲を超えてダメダメな現状、ここでアリスを切り捨てるのは早計であろう。
いっそ、第一部完という事にして、全員引き上げさせるという手もあったが、
同条件下で第二部が再開出来る保障が何処にもない以上、その決断を下すのは容易ではなかった。
「むーん……」
全て式任せのグータラ妖怪との位置付けに戻る事が出来たなら、どれほど楽であっただろう。
だが紫にはもう、後戻りする手立ては残されてはおらず、また、その気も無い。
それは責任を負った者の矜持か、それとも……。
『ゆかりー、いるー?』
久方振りに発信された声に、紫は苦笑いを浮かべつつ陰陽玉へと顔を近付ける。
壁にもたれかかるような姿勢で、不機嫌とも取れる表情を浮かべている、最愛の少女の姿。
それは紫にとって、吉報とも呼べる光景であった。
「……はいはい。いいともからごきげんようまで貴方の暮らしを見つめるゆかりんです」
『一時間半だけなの?』
「最近は色々と忙しいの。その様子だと、お酒は抜けたみたいね」
『一応ね。すっごく気分悪いけど』
「一足早い二日酔いって所よ、辛くとも我慢なさい」
『あー、それで……私、何か変な事口走ってなかった? 鬼と乾杯した辺りから、殆ど記憶が無いんだけど』
「いいえ、全然。いつもの霊夢だったわよ」
淀みの無い返答。
流石は天下の隙間妖怪。虚実を述べれば天下一品……という訳ではなく、ほぼ真実だったからだ。
もっとも、紫以外の者にとってもそうか、と問われれば微妙な所であるが。
『そう……今は信じておくわ。で、地霊殿、だっけ? そんな感じの場所に着いたんだけど、これからどうすればいいの?』
「そのまま中庭に向かって。どこかに、更に地下に通じるルートがある筈なの。この件の黒幕はその奥よ」
判断力はすでに正常。体調もほぼ回復している。
そう判断した紫は、先程さとりから入手した情報を、そのまま霊夢へと伝えた。
『うぇー……まだ潜るのー? さっきから暑くなる一方だっていうのに……』
「でしょうね、元々は地獄だった場所だもの。……即ち、それだけ危険な場所でもあるという事。
だからここからは逐一ナビゲートするわ。回線を切ってはダメよ」
『え? 紫、ここ来た事あるの?』
無論、ない。
だが、それでも紫には、霊夢を導くだけの自信があった。
結界維持の仕事をすべて藍に任せて来たのも、魔改造を施してまで博麗神社に本部を作ったのも、全ては、この時の為だったのだから。
「いいから、私を信じなさい」
故に紫は、霊夢の問いに答えず、ただそれだけを口にする。
『根拠も無しに頷ける無いでしょ、馬鹿』
「ぐふっ」
紫は泣いた。
ついでに吐血した。
このままアリスの隣に行って、部屋の隅の人第二号として生命を終えようか。
そんな破滅的思想が浮かび始めた頃、ようやく霊夢から慌てたような声が聞こえてきた。
『ち、ちょっと紫。 冗談よ? 冗談』
「心臓に悪い冗談は止めなさい! 危うく幽々子に会って来るところだったわよ!?」
『い、いや、その、あんたが妙に深刻な雰囲気出すもんだから、少し場を和ませようかなーって』
「あれで和むなら、誰も雰囲気作りに苦労なんてしないわよ……って、そんなに深刻に聞こえた?」
『うん』
「(……確かに、らしくなかったわね)」
思わず自嘲する。
見守る側の立場であったはずなのに、逆に心配されては世話は無い。
『……光栄に思いなさいよ。私に信用される妖怪なんて、そうそういるもんじゃ無いんだからね」
「……ええ、その通りね」
ぶっきらぼうな台詞と、仏頂面とも言える表情。
だが、紫は満面の笑顔をもって、それに答えていた。
「(……何、この戻り辛い雰囲気……)」
一人の愚者がいた。
その名をアリス・マーガトロイドと言う。
冷静に考えればそこまで落ち込む程のものでもない、と気付いたまでは良かったのだが、
結局、現世に復帰するタイミングを見失ったまま、今の状況に至ってしまったこの少女を、愚者と呼ばずして何と呼ぶのか。
「(どうしろって言うのよ……こんな時に限って、魔理沙は連絡してこないし……)」
胸に抱えた魔理沙人形から反応は無い。
だが、対外的には絶望の底にいるはずのアリスが、自分から連絡を取ることは出来ないというジレンマである。
実際問題、今の心境で魔理沙と言葉を交わしたところで、喧嘩になる以外の末路が見出せないのだ。
いっそ、自爆して、全て無かったことにしてしまうのも有りかもしれない。
そんな考えすら浮かぶ程に、今のアリスは追い込まれていた。
◇
同時刻。
地底深層、灼熱地獄跡にて。
「大丈夫? お姉さん。 さとり様を一瞬でのしイカにしたっていうから期待してたのに、さっきから当たってばっかだよ?」
「ええい、余計なお世話だ。私は暑さと寒さには弱いんだ」
「両方なんだ。難儀だねー」
そんな会話の最中にも、眼前の少女は、魔理沙へと向けて弾幕を打ち放つ。
それは、先程のさとりの物と比較しても劣らない……いや、より熾烈なものであった。
「……ちっ」
前方、後方、上方、下方、文字通り全方向から迫り来る弾幕の渦。
箒を震わせるかのような挙動で、その隙間を抜けんとしていた魔理沙だったが、
やがて判断の誤りを悟ったのか、己の肩に乗っている人形の内の一体を掴むと、前方に向けて投擲する。
刹那、二人の間を、閃光が迸った。
「……便利だね、その人形」
「ああそうかい。その言葉は作成者に伝えてやってくれ、っと」
ターン終了、といったところか。
二人は意図的に弾幕を張る手を止めては、一定の距離を取った。
「(くそう……さとりの奴のせいで、調子が狂っちまったかな)」
内心、魔理沙は焦っていた。
さとりから事の真相を聞き出し、霊夢より一足先に進攻を開始したまでは良かった。
だが、その先に待ち受けていたのは、元地獄は伊達ではないとばかりに襲い来る、有象無象の怨霊の群れ。
持ち前の根性と勢い。そして、幾多の人形の犠牲を払って切り抜ける事こそ出来たものの、
その先に待ち受けていた一匹の猫……今、相対している、お燐という少女が、
本日の魔理沙の地底行において、最大の壁として立ちはだかったのだ。
極めて陰湿な性格の持ち主だったという訳でもなく、むしろ素直で好ましいと評せよう。
さとりのような凶悪な能力を持っていたのかと言えば、それも今のところは否。
では何が問題なのか……それは単純に、弾幕ごっこの相手として、相当な実力を持っていたというのが解答である。
無論、魔理沙には、これまでも幾度となく強敵との戦闘を繰り広げた経験があり、
その感覚から逸脱するようなレベルというわけではなかったのだが、灼熱地獄という極めて不利な環境。
及び、ある一つの懸念が魔理沙の枷となっており、このような苦戦を強いられる羽目になっていたのだ。
「おい、アリス! 返事しろって言ってるだろっ! いつまでへこんりゃ気が済むんだっ! このヤク中!」
『……』
「あー、今のは冗談だ。もう止めたって言ってたもんな。パートナーに必要なのは信頼関係だよな、うん。
……だからもう、機嫌直して返事しろー。おーい」
『……』
もはや、何度目とも知れない呼びかけ。
対する回答もまた、それまでと同じもの……無言であった。
「あの馬鹿……逆に私の足引っ張ってどうするんだ……」
魔理沙の懸念。それは勿論、アリスの存在だった。
確かに、先程の一件は、少し拙かったという自認はある。
だが、それだけのことで、本来の仕事を放棄されたのでは、魔理沙としても堪ったものではない。
アリスがしっかりとナビゲート役を果たしていたのならば、このような無茶な特攻を行う必要も無かった筈だろうし、
お燐との戦闘にしても、こうも無様なものにはならなかったろう。
もっとも、今の危機的状況を救ったのもまた、アリスが持たせた人形であるのだから、何とも皮肉な話である。
「さっきから誰と話してるの? あたいにも見えない誰かが、そこにいるのかな? ……うわ、こわっ!」
「よせって、私まで怖くなるだろ。……あー、それよりもお前、もしかしてさとりのペットか?」
「言わなかったっけ? そうだよ。もっとも、あたい以外にも沢山いるけどね」
「ふむ……」
時間稼ぎの意味も兼ねた会話であったが、お燐は異論をさし挟むことなく、素直に受け答えていた。
悪名高いとされる地底の妖怪だが、どうにも律儀な輩が多い。
「だから、さとり様との会話も見てたよ。……でも、アレだねお姉さん。
間欠泉がどうとか言ってたけど、本当は全然興味無かったりするでしょ?」
「んが。お前も私の心が読めるのか?」
「誰でも分かるって。で、そんなお姉さんに提案があるんだけど」
「……提案だって?」
「うん。あのね、もしあたいに勝ったら……」
◇
『アーーーーーーーーーーーーーーーーリーーーーーーーーーーーーーーーーースーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
「!?」
耳を劈く轟音。
いや、それはもう音の域を超え、一種の衝撃波となっていた。
即ちアリスは、抱えた膝の中という超至近距離から、衝撃波の直撃を食らったという事になり、
弾丸に弾かれたかのように首の仰け反らせ、勢い余って畳へと後頭部を強打する羽目に陥っていた。
「……な、な、な……」
苦痛よりも驚きの方が大きかったのか、弾かれたままの体勢で口を震わすアリス。
そこに、抱えた人形からの第二声が届く。
『これが最後だ! もしこれにも答えないんなら、金輪際お前との縁は……』
「え? ち、ちょっと待ちなさいよ! 今まで全然音沙汰無かった癖に、いきなり何なのよ!?」
『……あ?』
「あ? じゃないわよ! 私がどれだけ心配したと……」
『……あー、どうも会話が噛みあってない気がするんだが』
「……そうね、私もよ」
意思の疎通とは、かくも難しい。
図らずも、そんな感想を同時に抱いた二人は、今取りうる唯一の手段……会話をもって、再び見解の統一を図った。
『何だ。要するにまた故障してたって事か。案外使えないなぁ、これ』
「……使えなくて悪かったわね」
今更、紫の作ったものだ。とは言えなかった。
にも拘らず、どこか救われた感があったのは何故だろう。
『まあ、それは置いておくとして、だ。……アリス。お前の力を借りたい』
「……トラウマになるようなワンパターン弾幕しか使えない妖怪に、出来ることなんてあるの?」
『まだ気にしてるのかよ……いい加減、機嫌直せって。な? ほら、土産にアメちゃん買ってってやるから』
「子供じゃないっ! ……大体、最初から怒ってなんかいないわよ」
言葉通り、アリスは怒りなど抱いてはいない。
仮に存在するとしたら、それは魔理沙へのものではなく、自分自身の無力さに対しての怒りだろう。
計画の根本に位置し、外部折衝、情報収集、環境設営、そして霊夢へのサポートと全てをこなしている紫に対し、
自分がやった事と言えば、魔理沙を唆した事くらいのものというのが、アリスの認識だ。
もっとも、この時のアリスの心情を紫が耳にしていたならば、こう答えていただろう。
『そもそも、それを出来るのが、貴方しかいないのよ』と。
『……何だかよく分からんが、とりあえず情報をくれ。正直、手詰まりに近い』
「え? ……了解したわ。少し時間を頂戴」
『おう』
アリスは、まだ自分に残されているだろう冷静な部分へと意識を切り替えると、魔理沙人形のつぶらな瞳を覗き込んだ。
「……猫、か」
外見的特長から導き出された、率直な感想。
だが、本当にただの猫の類であるのなら、魔理沙が援護を求める筈もないだろう。
なにやら、荷車のようなものを手にしているが、それが武器の類なのかどうかも推測が突かない。
……要するに、やはり何も分からなかったのだ。
{今、猫って言った!?}
「ひうっ!?」
溜息を吐くよりも先に、アリスは悲鳴をあげていた。
その原因は、完全に過去のものとなっていたはずの、アドバイザー席からの声にあった。
{答えなさいアリスっ! ガチで猫なの!? もふもふしてるのっ!?}
「な、なんなのよもう……あんた、寝たんじゃなかったの?」
{猫とあれば永眠からだって目覚めて見せるわよ。で、どうなの。ふさふさ? にゃーにゃー? ふぎゃーっ!}
「……」
元々ダメな奴との認識はあった。
そして今日この時間をもって、ダメの数は二倍となり、晴れてパチュリーはダメダメな奴との認識を得られる事となったのである。
めでたしめでたし。
{ふーっ! ふーっ!}
「……あー、もう、あんたの猫狂いは存分に理解したから、威嚇しないで。
ええと、確かに猫のようね。といっても、あんな所に生息してるのが普通の猫とも思えないけど」
{にゃー……ふむ。あれは火車ね}
「……かしゃ?」
聞き覚えの無い言葉に、鸚鵡返しのアリス。
もっとも、突然まともになったパチュリーについていけなかったという理由のほうが大きそうであるが。
{ええ。罪人の死体を運ぶの生業とする妖怪よ。でも、まさか、こんなにも愛らしい猫だったなんて……}
「ええと、それは良いとして、弱点みたいなものは無いの? 魔理沙、苦戦してるみたいなのよ」
{……マタタビ?}
「さようならパチュリー。もう会う事も無いでしょうけど、元気でね」
{ジョーク! イッツアユダヤンジョーク! 私の全生命を賭けて探り出してみせるから、もう一度だけ機会を下さいませっ!}
「あ、いや、そこまで必死になる事でも……」
{その代わり、何としてでも捕獲して持ち帰りさない! そうすれば、我が野望にまた一歩近づくことに……}
「……」
アリスは無言で立ち上がると、今だ何事かを喚き続ける水晶柱を取り上げ、縁側へと歩み寄る。
そして自慢の遠投力をもって、空の彼方へと向けて投擲する。
幻想郷の空に一つ、星が増えた。
「……ごめん、魔理沙。殆ど何も分からなかったわ」
『そか。まあ、そっち方面は殆ど期待してないから気にしなくて良いぜ』
喜ぶべきか、悲しむべきか、魔理沙の声色には、本当に変動が見られなかった。
だが、今はそこを突っ込んでいる場合では無いことは分かっている。
故にアリスは、追求すべき事項のみを口にしていた。
「それで、手詰まりってどういう事なの? 正直、そんな大物には見えないんだけど……」
『だろうなぁ。さとりのペットって話だしな』
「……なるほど。確かにそれは、避けて通れない相手ね」
真相はどうあれ、幻想郷における騒動の解決方法は、弾幕戦をおいて他に無い。
知りたくば倒せ。倒せば分かる。
どこぞの庭師のようなシンプルな思考だが、それは紛れも無く正論なのだ。
『もう単刀直入に言うぜ。こいつに勝つ方法考えてくれ。暑くて頭が回らないんだ』
「……とりあえず、今の状況を教えなさい」
『クソ暑いせいで体調はイマイチ。体力的にもそんなに余裕は無い。
魔砲も道中で使っちまったんで、当分は再使用不可だ。あと、残りの人形は四体だけだな』
「もうゲームオーバー目前じゃないの!」
『誰のせいだ、誰の』
「(……少なからず、頼りにはしてくれてるって事なのかな)
最初で……恐らくは最後の面目躍如の機会。
そこで臆す程に、アリスの性根は曲がりきってはいなかった。
「多分、何とかなるわ。ただし、一つだけ約束してちょうだい」
『何だ? 婚約とかは御免だぞ』
「この戦闘の間……私の人形になると」
……やはり、曲がっているのかもしれない。
◇
「(……何だこれ……)」
戦闘中であるにも関わらず、魔理沙の意識は戦闘に置かれていなかった。
手を伸ばせば届きそうな距離を通過して行く弾幕。
だが、生じるはずの危機意識は皆無と言える程に薄く、次なる展開に向けての判断も成される事はない。
魔理沙は今、紛れも無くアリスの操る人形と化していた。
『九時の方向に全速加速。途中で四番を回収……停止。イリュージョンレーザー、正射』
「……」
当初、あれやこれやと開かれていた口は、閉ざされて久しい。
俄かには信じがたい事だが、アリスは、こちらの呼吸数すら計算に入れて、指示を下している。
ならば、余計な手間を増やすべきではない、との判断からだ。
もっとも、それすらもアリスにとっては余計な事なのかも知れないが。
「(……やばいな……癖になりそうだ、これ……)
一切の思考を捨て、命じられるがままに動く。
霧雨魔理沙という意思の放棄は、ある種の倒錯的な快楽をもたらしていた。
『一番、四番、続けて目標に投擲。二秒後、マジックミサイル六発発射。完了後、浮力停止』
「……」
浮力停止。
即ち、自由落下しろとの命である。
だが、そんな抗弁してしかるべき場面においても、魔理沙の口は開かれない。
「うひゃっ!」
指示通りに投擲した人形が、お燐を掠めるような位置で爆裂する。
続けて打ち放たれた魔弾は、使い魔とでも言うべき怨霊の壁に阻まれていた。
無論、そうした視覚情報は、魔理沙にも入っている。
が、そこに思考の余地は一切含まれない。
『カウント後、魔力再始動。3……2……1……始動。姿勢を維持し、微速前進』
「……」
微速ってどれくらいだ、との問いも無い。
仮に間違っていたとしても、それに対する指示が即時に下されるからだ。
「……あれ?」
見れば、遥か上空のお燐は四方へと視線を彷徨わせていた。
高速戦闘中における、突然の自由落下という荒行の効果であった。
その間に魔理沙は、指示に従い、お燐の視界外からゆっくりと距離を詰める。
『三時の方向、全速上昇。……歯、食いしばってぶち当たりなさいっ!』
「……」
それでも、所々でこうした感情の入り混じった言葉が発されたりもするのは、ご愛嬌といったところだろうか。
「……ん、そこっ!」
流石とでも言うべきか、お燐の反応は早かった。
反射的と称するには重厚に過ぎる光弾が、弾幕となって魔理沙の進行方向へと展開される。
が、それでも魔理沙は止まらない。
止まる事を、アリスに指示されていないからだ。
『三番、始動!』
指示というよりは直接的な命令だったのか、魔理沙の元に残されていた最後の人形が、
一層の結界と形を変え、弾幕との間に割り込むように展開された。
見た目どおり、さしたる効力ではなく、弾幕に押しつぶされるように、容易く霧散する結界。
が、その一瞬の間は、十分な成果として、結果に現れていた。
「……!」
「つっ……あ」
気付けば魔理沙は、先程とは正逆の位置……お燐の真上へと位置していた。
直接的な体当たりは回避されたのか、互いに直接的な被害は皆無。
だが、アリスの思惑は、そこにはない。
何の阻害要素も無い、開けた空間。
無理な回避によって体勢を崩され、無防備となっているお燐。
展開されていた弾幕も、今の魔理沙が位置する地点には、何ら影響を及ぼす事のない。
まるでお互いに台本に従ったかの如く、設えられた状況だった。
『……ご苦労様。後は魔理沙の好きにして良いわよ』
「ぷはぁ……良く言うぜ。もう、私のやる事なんて、一つしか残ってないじゃないか。
まさか、チャージ時間まで計算に入れてたってのか?」
『さあ、偶然でしょ』
八卦炉を手にし、口の端を吊り上げるような、厭らしい笑みを浮かべる魔理沙。
自由を取り戻した思考は、極めて分かりやすい結論を導き出すところだった。
「(……いやいや、もう勘弁だぜ。本当に癖になったら困る)」
光の奔流が、灼熱地獄を更なる白で染め上げた。
◇
マスタースパークの直撃を受け落下するお燐を、魔理沙が拾い上げたところまで確認すると、
アリスは人形から身体を離すや否や、倒れこむように畳へと四肢を突く。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
たった今まで全力疾走していたかの如き、荒い息を吐くアリス。
精神的な疲労によっても、体力とは消耗されるのだとの証明である。
「(……や、やれば出来るものね……でも、もう……二度と御免だわ……)」
図らずも、魔理沙と同じ結論へと到達するアリス。
即興で考え、実行したそれが結果を出したのは、半ば奇跡のようなものだった。
生身の人間を言葉のみで操るなど、魔力の糸を用いて人形を操るのとはまったく話が違うのだ。
『……しかし何だ。お前、新興宗教とか始めたりするなよ?』
「はぁ、はぁ……はあ? いきなり何言ってるのよ」
『もう確信したんだ。人形遣いの名は伊達でも真田でも無いってな』
「ふぅ……褒め言葉として受け取っておくわ……ひぃ」
『褒めてないんだが……』
極度の疲労のせいか、アリスの思考はいまだ定まってはいなかった。
そこに飛び込んだのは、第三者の声。
『やー、お姉さん達やるねぇ。あんな訳のわかんない戦闘、初めて体験したよ』
『達って言うな達って。直接弾幕り合ったのは私だぜ』
「ふぅ……もうそれでいいわよ。で、貴方、お燐だっけ?」
『そだよ、地上のお姉さん』
「地上の間欠泉。貴方の仕業なのよね? 直ぐに止めて頂戴」
『やだなぁ。違うって言ったじゃん』
「……へ?」
間抜けな呻きが、アリスの口から漏れる。
……いや、呻きだけではないのかもしれない。
『おいおい、何を今更な事を聞いてるんだ。私は恥ずかしいぜ』
「え、いや、あの……え?」
『落ち着けって』
「……ち、違う、の? ラスボスじゃなかったの?」
『んー、まあ、関わってたのは認めるけど、事を起した張本人はあたいじゃないよ。
あいつはもっと奥……最深部にいるはずさ』
「……」
開いた口が塞がらないとは、正にこの事を指すのだろう。
せっかく話の通じる相手だったのに、どうして事前に確認しておかなかったのか。
悔やんでも悔やみきれない、誤算であった。
「ど、どうするのよっ! もう人形一体も残ってないのよ!? 魔力だって殆ど無いでしょ!?」
『うむ。自慢じゃないが、弾幕戦は土下座してでも回避したいところだな』
「本当に自慢にならないわよっ!」
体力は気力でカバー出来たとしても、枯渇した魔力を回復させるには絶対的な時間が必要である。
ましてや、物資的な面でも貧窮を極めた今、これ以上の進攻は自殺行為に等しい。
完全な、手詰まりだった。
『で、どうするの? 約束したし、案内してあげても良いけど』
『おう。勿論行くともさ』
「……魔理沙? 約束って何よ」
たった今、弾幕戦は勘弁と言っていたばかりであることを考えると、更なる進攻を意味しているとは考えがたい。
ならば、一体何だと言うのか。
『……うっ……あ、アリス……わ、私はもうだめだ……あ、後のことは頼む……どうか、幻想郷に平和を……』
「唐突に死亡台詞を残すなっ! 何を企んでるの!?」
『あー、こっちのお姉さんと賭けをしたんだよ。もし、あたいが負けたら、地霊殿の隠し宝物庫に案内するってね』
『……どーして、どいつもこいつも素直かなぁ』
「……」
ここにおいてアリスは、完膚なきまでに言葉を失った。
主人の財産を、盗賊相手に独断で公開してしまうという、ある意味猫らしいお燐の忠誠心に驚いたというのもあるが、事はもっと根深い。
「(……え? 何? 魔理沙が私を頼ったのって……全部、このため?)」
共に黒幕を打倒しようと誓った訳でもない。
紫達に先じようと、功名心を昂ぶらせていた訳でもない。
それどころか、少し前までは、共に盗掘の算段を立てていた程だ。
だが、それでもアリスは、迫り来る虚無感に、抗う事が出来なかった。
『いや、まあ、黙ってたのは悪かったけど、いっぱいいっぱいだったのは本当の所だからなぁ。
それなら手ぶらで引き返すより、このほうがずっとマシだろ?』
「……」
『じゃ、霊夢によろしく言っといてくれ。……まあ、あいつの事だから、もう終わってるかもしれないけどな』
「……」
魔理沙からの言葉が途絶えると同時に、アリスは畳へと突っ伏していた。
色々な意味で、精神力の限界を迎えたのだ。
「……全部聞いてたわよ。お疲れ様、アリス」
「……」
何時の間にか紫が、アリスの傍らへと歩み寄っていた。
「貴方達は十分にやってくれたわ。後は私達に任せなさい」
「……」
慈愛に満ちた表情で語り掛ける紫。
しかし、相変わらず、アリスの口は閉じられたまま。
「……じゃ、私はナビゲートに戻るわ。貴方はゆっくり休んでいて」
「……」
もう、休息を取る意味すら無い。
今のアリスには、そんな返しを口にする気力も残っていなかった。
◇
「(舞台は全て整った……あとは、霊夢次第……)」
畳との一体化運動に勤しんでいるアリスを横目に、紫は一人、心の中で呟いていた。
末路はともかくとして、魔理沙とアリスの手によってもたらされた成果は、極めて大きいものがあった。
この作戦の最終目標……異変を起こした犯人は判明し、その所在も特定済みである。
また、その情報を得ると同時に、そこに至るまでの大きな阻害要素もまた、排除されたという事になる。
後は、黒幕たるペットとやらを締め上げれば、全ては終わるのだ。
だが、不安要素が無い訳でもなかった。
事を成すべき張本人……霊夢自身が、その最たるものである。
「霊夢? そっちじゃないわよ?」
『……え? あ、ああ、うん。そうだったわね』
「大丈夫なの? さっきから、間違えてばっかりじゃない」
『……平気よ。ちょっと、喉渇いただけ』
「アルコールの影響ね……水分はまめに補給しておきなさい。拙いと思ってからでは手遅れよ」
『……うん』
ここに来て、極端に霊夢の口数が減っていた。
自業自得とは言え、決して芳しいとは言いがたい体調に加え、
元地獄の名に相応しい熾烈極まりない猛暑と、絶えず襲い来る魍魎の群れ。
今の霊夢にとっては、最深部に辿り着くという行程ですら、相当な難題と感じられている事だろう。
だが、遠く地上に位置する紫には、出来ることはもう殆ど無い。
せいぜいが、言葉による励ましを送り続ける事くらいだった。
それから、どれだけの時間が経過した事だろうか。
数時間単位だったかもしれないし、ほんの数分だったかもしれない。
幾度目とも知れない、長い沈黙に耐えかね、紫が口を開かんとしたその時だった。
『……紫』
「霊夢……平気? ウェルダンに焼けてない?」
『まだレア程度よ。……今のところはね』
軽口を叩く程度の余裕はある……そう判断できないこともない。
だが、むしろ紫にとって気に掛かっていたのは、後半の言葉のほうだった。
この傾向は拙い、と。
「……本当に危険を感じたなら、引き返しなさい。機会は今日だけじゃないわ」
これまで、一度として口にされかった類のもの……撤退という方向性が、初めて言葉として表に出た。
実際のところ、二度目の機会を作ることは、時間的な問題により、極めて厳しいというのが事実であるのだが、
それでも紫は、口に出さざるを得なかったのだ。
『冗談言わないで……土下座されたって、こんな道のりを二度も繰り返したくないわ』
「……」
『……私、考えが甘かったのかなぁ』
「……霊夢?」
その瞬間、紫の表情が大きく歪んだ。
『……ここ最近、何もかもあんたに頼りっぱなしで、自分でどうにかしようって気持ちが薄れてたのかな……。
今回も……いざとなれば、紫が何とかしてくれるって、心の何処かで思ってた気がするの。
これはその報いだったのかもね……』
「馬鹿! 何で過去形で話してるのよ!」
『うん……馬鹿だ、私』
先程案じてい事が、現実となっていた。
紫以外の誰も知る事のなかった、霊夢の内面。
普段の快活さからは到底想像も付かない、極端なまでの負の思考の連鎖。
この状態に陥った霊夢を立ち直らせる術を、紫は知らなかった。
「駄目よ霊夢。弱気になっては駄目。今の貴方は、ちょこっと熱気にやられて、思考能力が低下しているだけなのよ」
『……私、元々馬鹿だもん。だから今だって、こんな風に紫を困らせてる……』
ここが、限界。
それが好ましくない結末と分かっていながらも、紫の決断は早かった。
「霊夢、限界よ。もう戻りなさい」
『……やだ』
「え?」
しまった、と思った時には、もう遅かった。
この状態の霊夢は、平常時以上に頑固であることを失念していたのだ。
『……ここで戻ったら、もう二度と来られない気がするの。だから、やだ』
「ば、馬鹿言うんじゃないの! そんな状態で何が出来るって言うの!?」
『……わかんない。でも、戻るのは嫌』
「ほ、ほーらー、霊夢ちゃーん。今戻ったら、ゆかりん特製宇治金時ジャンボフラッペこさえてあげますよー?」
『……今ちょうだい』
「あう……」
グダグダだった。
もはや二人の会話には、人格崩壊の気すら見られている。
果たして幻想郷は、このような不本意な形で終わりを告げてしまうのであろうか。
そんな中。
唐突かつ投げやりに、救世主は降り立った。
「……もう力づくで引き戻しなさいよ。鬱陶しいから」
「『!?』」
反射的に紫は、横へと顔を向ける。
何時の間にか、肘を着いて寝転がる体勢へと変わっていたアリスが、絵に描いたような仏頂面を見せていた。
と、その瞬間。
陰陽球の向こうで、何かが爆発するような音が響く。
「霊夢!? どうしたの!?」
『ど、ど、どうもこうも無いわよっ! ま、まさかそこにアリスいるの!?』
先程までのダウナーモードは何処へ行ったのか、正に普段通りの口調で霊夢が一気にまくしたてた。
「……いて悪かったわね。申し遅れましたけど、お邪魔してますわ」
『う、あー、あー、うー、ああー……』
「ああ。そういえば……」
そこでようやく、紫は気付く。
今の今まで、魔理沙とアリスの存在について言及していなかった事を。
『じ、冗談はここまでにしましょう! うん! さ、さっさと片付けないとねっ!』
「え、ええ、頼んだわよ」
「……アホらしい。状況に乗じて甘えてみたかっただけなんじゃないの」
『っーーーーー!!』
声にならない悲痛な呻きを最後に、霊夢との通信は断絶された。
が、それは先程までの絶望的な状況を思えば、急転上昇とでも評すべき事態の好転であろう。
「……結果的に助けられたわね。ありがと、アリス」
「これっぽっちも嬉しくないわよ」
苦笑いを浮かべる紫へと吐き捨てると、畳との一体化運動を再開するアリス。
実際の話、本当に嬉しくなかったのだ。
何が悲しくて、絶望の淵に置かれた最中に、他人同士の聞くに堪えない会話を聞き続けならねばいけないのか。
先程の突っ込みは、単にそれが気に食わなかったからに過ぎない。
……要するに、嫉妬である。
「本当よ。あの子、一度思考がマイナスに傾くと、際限無く落ち込んじゃう性質があるの。
今回だって、冗談抜きで、地の底から戻ってこられない可能性もあったわ」
「……あっそ。良かったわね」
今のアリスには、紫の発する言葉の全てが、のろけにしか聞こえなかった。
そのような話、他の誰に話したところで、信じては貰えないだろうから。
「でもこれで……」
「……これで?」
半ば聞き流していたアリスであったが、唐突に途切れた言葉に、億劫そうにしながらも顔を上げる。
と、濁り切っていたはずのその瞳が、大きく揺れ動く。
「……こ、こんな……時、に……」
「ちょっと、紫?」
「……ごめ……」
紫の体が大きく傾いだ。
◇
地底の連中は、全員律儀かつ出歯亀。
図らずも霊夢は、魔理沙と同じ結論に到達していた。
「あー! もー! さっさと倒されなさいっ!」
「ちょ、ちょっと! わざわざ出向いてやったのに、その態度は酷いんじゃないの!?」
「あんたも見てたんでしょ!? 聞いてたんでしょ!? その記憶まっさらにしてあげるから、大人しくしてなさい!」
「さ、さっきから何言ってるの!? こっちにも分かるように話しなさいよっ!」
紛れも無き最終決戦であるはずのその戦闘は、目を覆わんばかりに見苦しいものとなっていた。
無論、内容ではなく、互いの言動が、である。
紫、そしてアリスとの通信を強引に終わらせた霊夢は、ほぼ時を同じくして、一人の少女と出会っていた。
霊烏路空。
さとりのペットの一人であり、この間欠泉騒ぎを起した張本人である。
が、そうした情報を仕入れるよりも先に、霊夢は空への攻撃を開始していた。
曰く、こんな所にいるんだからラスボスに違いない。との事であるが、
それが本当に動機だったのかは、霊夢の言動からして非常に怪しいと言わざるを得ない。
「というか、普通は聞くんじゃないの?」
「何をよっ!」
「だから、その、どうして間欠泉を出したのかー、とか。止める方法を教えろー、とか」
「んなこと知るかっ! 私は、あんたを叩きのめせればそれで満足なのっ!」
「な……」
余りにも滅茶苦茶な言動に、空は絶句した。
地上側から言うところの、異変の原因……即ち、自分を探しにわざわざ地上からやって来た奇特な人間がいる。との噂を耳にした空は、
一体どのような輩なのかと心を浮き立たせて、ここ地底の最深部にして待ち構えていたのだ。
だが、現実に現れた相手はいうと、一人きりであるにも関わらず、落ち込んだり叫び出したりと姦しい事この上なく、
顔を合わせたら合わせたで、詰問も無ければ、口上も無しに、突然攻撃を仕掛けてくるという、奇特を遥かに通り越した変人だったのだ。
失望するよりも、動揺のほうが先立ってしまったのも、無理の無いことである。
「ひー……ふー……ひー……」
「な、何よ、もう息が上がってるじゃない。そんなんでよくも偉そうな口が聞けたわね」
「ひー……これは波紋の呼吸法よ……ふー」
空の動揺を更に深めていたのが、その戦闘の組み立てであった。
……いや、それはもう、組み立てなどと呼べる代物ではない。
手当たり次第にスペルカードを取り出しては、弾幕とも呼びがたい雑多な攻撃を繰り出し続けるという、
スペルカードルールの考案者に謝れ、と言いたくなるような戦い方に終始していたのだ。
……無論、霊夢がその考案者である事など、空は知りはしない
今後も知ることは無いだろう。
「(……しくじったわね……)」
一方、その変人こと霊夢は、内心に沸き起こる不安感を、必死に押し殺していた。
一連の奇行は実のところ、本能半分、計算半分といったものだった。
限界に近い程に体力を消耗している事に気付いていた霊夢が選んだ戦法。
それが、半ば勢い任せに等しい、短期決戦であった。
が、今の状況を鑑みるに、霊夢の目論見は破綻したと言わざるを得ない。
「……黒い太陽、八咫烏様。我に力を与えてくださったのに、申し訳ありません。
究極の核融合の力、発揮する機会はまだ先となりそうです」
「……ふひゅー……何、勝手に口上述べてるのよ」
「もういいわ。これ以上貴方と付き合っている暇はない。
さっさと終わらせて、地上にこの力を試しに行くわ。
……そう、それは、新しい灼熱地獄が生まれ出ずる時」
「……」
誇大妄想、大言壮語、傲慢不遜。
大海を知らぬ愚者が陥りがちな要素を全て兼ね備えていた空であったが、その実力に関しては本物だったのだ。
天性の弾幕センスと持ち前の幸運、そして何よりも強固なる意地をもって、戦闘の形は維持しているものの、
体力的問題は何ら解決していない事を思うと、早晩均衡が崩れるのは必至である。
「(……仕方ない、か)」
霊夢は懐の陰陽玉へと手を伸ばす。
あのような醜態を晒した今、紫に助言を求める事が躊躇われるのは否定出来ない。
だが、ここで無残に敗れ去ってしまうことを思えば軽いものだ。
「……紫。悪いけど、また知恵を借りるわよ」
『霊夢っ。残念ながら、今は無理よ』
「ありゃ? アリス?」
予想外の返答に、霊夢の声のトーンが、心なしか下がる。
『……紫が倒れたわ』
「え!?」
『生命の危機とか、そういう大げさなものじゃないと思うけど……ただ、意識が戻らないの。多分、過労の類だと思うわ』
「か、過労ってあんた……」
それは、紫に一番似合わない原因だ。
そう言い掛けた口を、自ら噤む。
霊夢は、知っていた。
紫が誰よりも幻想郷を愛しており、その為ならば、一切の苦労をも省みないことを。
今回の異変……今になって本当に拙い事態であると気付いた事だが、それに紫が感づいていたとすれば、
自分の知らないところで、方々を駆け回っていたとしても、何ら不思議ではない。
「(……それに対して、私は……)」
禄に戦闘準備すら整えないままに飛び出しては、早々に八つ当たりを披露し、
我を失う程に酒をかっくらい、果てには散々弱音を吐いて困らせる始末だ。
はじめてのおつかいだって、もう少しまともに動くだろう。
論ずるに値しない。即ち、論外だった。
『霊夢?』
「……聞こえてるわ」
『もしかして、拙い状況だったりするの? 私で良ければ、助言くらいは出来るけど……』
「ありがと。……でも、もう良いわ。
博麗の巫女がね。最後の最後まで妖怪に頼りっきりだったなんて歴史、残す訳には行かないものね」
『もう十分残ってるような気がするけど』
「うるさい。いいからあんたは紫を診てて頂戴」
『……分かったわ』
心は、決まった。
「あー、そうそうアリス。一つ言い忘れてたわ」
『何よ』
「……帰ったら、ブレインウォッシュ開始よ。覚悟しといてね」
『わ、分からない。霊夢の言ってる事がさっぱり分からないわ。健忘症かしら』
動揺している時点で、記憶に残ってます。と宣言しているようなものなのだが、
それに気付いているのかいないのか、まるで逃げるように、アリスの声は遠くなっていった。
「ったく……人に偉そうに説教しておいて、自分がダウンしてちゃ世話ないわよ……」
苦笑を浮かべつつ、自らのトレードマークとも言える、紅い大きなリボンへと手を掛ける。
地の底という特殊な場所故か、長く艶やかな黒髪が、まるで四方に手を伸ばすが如く、大きく広がった。
「これが切り札、ね。……はぁ。結局、本当に頼りっぱなしで終わっちゃうなぁ」
一枚のスペルカードを見つめるその瞳の色は、怪訝半分、期待半分。
いまだ、弟子になった記憶は無いが、これだけ世話をかけておいては説得力も何も無い。
「(必ず……成功させる)」
霊夢は地底世界の地表へと立ち、眼前の空を見据えた。
◇
「(……待つ必要、あったのかな)」
戦闘中に突然足を止め、ぶつぶつと独り言を始めた霊夢を、何をするでもなく眺める空。
地底に住まう面々の例外に漏れず律儀だった……というのもあるが、
一番大きかったのは、何を企んだところで、最終的に勝つのは自分という、確たる自信があったからに他ならない。
それほどまでに、空の得た神の力は強大なものだった。
故に、空は気付かない。
心の奥底で育っていた、ある一つの感情に。
「あんた、さっき勝手に口上述べてたわよね」
「へ?」
独り言タイムは終わったのか、いつの間にか髪を下ろしていた霊夢が、憮然とした表情で見据えていた。
「八咫烏様がどうとかいうあれよ。
ずるい。そんなの許可してないのに」
「い、いや、ずるいとか、そんな事言われても……」
「だから、私も言うわ」
聞いちゃいなかった。
実のところ、その口上とて、霊夢の奇行のせいで、前々から考えた台詞から改変せざるを得なかったのだが、
そうした愚痴を漏らす暇すら、与えては貰えなかったのだ。
「地上に行く前に、私に会えた事を感謝しなさい。
貴方は必然的に、地上侵略を諦める事になる。
地上に住む、究極の巫女の力と……地上を守る、至高の妖怪の力で倒されてねっ!」
「ず、ずるいのはどっちよっ! そっちのほうが格好良さそうっ!」
霊夢がスペルカードを展開したのを確認すると、いささかズレ気味の台詞と共に、空もまたスペルを発動させる。
知恵熱を出す程に考えに考えた末、勝負を決める一手として生み出された大技、『サブタレイニアンサン』。
八咫烏の力を用いて、地底世界に人工の太陽を生み出すというそれは、弾幕ごっこというカテゴリーに納めるにしては、
余りにも大袈裟な代物であったのだが、それでも空がスペルカードとして採用するに至った理由は、主に一つ。
格好よかったからである。
「……あれ?」
が、空の思惑は、早くも外れた。
このスペルカードの特徴は、太陽を模した恒星の吸引力により、相手の行動を阻害するという点にあったのだが、
どういう訳なのか当の霊夢は、大地に脚を踏みしめたまま、微動だにしていない。
しかも、カード展開のポーズを取ったままというのが、滑稽でもあり、恐ろしくもあった。
これまで霊夢が展開していた弾幕には、極めて乱暴であり、法則性の欠片も見られない。
しかし、一度も危機感を覚えなかったのかと言えば、それは嘘だ。
突如、頭上から金ダライが落ちてきた時は、ダメージ皆無とは言え直撃は直撃だった。
道路標識を投げつけられた時などは、回避したにも関わらず、存分に肝を冷やしたものだ。
結界の形を模した弾幕を全方向から寄せられた時に至っては、足元がお留守である事に気付かなければ、終わっていた可能性すらある。
そして今、空が感じていた圧力には何処か、それらの記憶を思い起こされるものがあったのだ。
「(く、来る!? わ、訳が分からないけど、何かが来る!)」
空は知らない。
科学技術の粋を結集して作られ、時代の変遷によって役目を終えたという、幻想郷に相応しき、そのスペルカードを。
空は知らない。
考えてしまった時点で、すべては終わっているのだと。
それは弾幕というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして精巧すぎた。
それはまさに……電車だった。
「ぎょぴっ」
まるで交通事故のような強烈なダウン……というよりは、正真正銘、交通事故の被害者となった空は、
金魚のような悲鳴と共に一直線に吹き飛ぶと、ピンポン玉のように天井、壁、地面と跳ね返っては、数回転がり……。
……そのまま動かなくなった。
「……あ、ごめん。宣言してなかったわ。
ええと、廃線『ぶらり廃駅下車の旅』……なんつーネーミングセンスしてるのよあいつ」
「……」
空は答えない。
それどころか、答えられるだけの身体機能が残っているかどうかも怪しい。
かくして、幻想の枠を超えた核融合の力は、幻想となった物体の前に敗れた。
かの八咫烏ですら、『鉄道運行上よくあること』の一言で済まされてしまうという、驚愕の事実が判明した瞬間である。
「私の勝ちで良いわね? もう馬鹿な事考えるんじゃないわよ?」
「……」
「……って言っても、どうせ忘れてるか。んじゃ、さいなら」
そう言うと、既にして空への興味を失ったのか、霊夢は勝利の立役者たる電車へと乗り込んだ。
どういう原理なのか、警笛の音が聞こえたかと思うと、がったんごっとんとレール無きビクトリーロードを走り出す3500系。
どうやら幻想入りした廃線は、地下鉄として新たな息吹を得たようだ。
後に、霊烏路空は語ったという。
幻想って凄いなぁ、と。
◇
霊夢が博麗神社へと帰還したのは、間もなく日付も変わらんとする時刻だった。
本日の地底行。時間にしておよそ十六時間。
お出かけ、と称するには些か長い時間と評せない事も無かったが、
地底世界という強大な敵を相手にした事を思うと、凄まじいまでの電撃作戦だったと言えよう。
もっとも、職務放棄に始まり、交通事故に終わったものが、強大な相手だったかどうかは疑問の余地があるかもしれない。
「ただーまー」
「おかえりなさい。霊夢」
返事がある事を予測していなかったのか、霊夢の目が一瞬、驚きに大きく開かれる。
「紫! あんた、起きてて大丈夫なの?」
まったくをもって普段と変わりない……いや、それは少し違っただろうか。
紫が優しげな微笑を浮かべている姿は、そうそう誰もが目に出来るものではないからだ。
「ええ……心配を掛けてしまったようね」
「別に心配なんてしてないわよ。ただ、パートナーに急に雲隠れされたら、こっちが困るから」
「あら。パートナーであるとは認めているのね」
「まあ、あれだけ世話になれば、流石にね。
……って、元はと言えば、何の情報も無しに、地底に放り込んだあんたが悪い気がするんだけど?」
「はいはい、終わった事を気にしない。ちょっと遅くなっちゃったけど、晩御飯食べる?」
「……いらない。お茶だけ頂戴」
空腹は覚えていたが、それ以上に疲労感のほうが大きかった。
棒のように重い足を何とか動かしつつ、霊夢は居間に通ずる襖を潜る。
「ふぅ……何とか帰ってこれたわね」
閑散としてるとも評せよう、愛しき畳の空間。
何も変わっていないという事実が、霊夢の心を安息へと導いていた。
……ここがつい先程まで、作戦本部として雑多の極みを迎えていた事など、霊夢は知らない。
無論、知らないままのほうが彼女にとって幸福であることは言うまでもない。
「少し待ってなさい。お茶、淹れてくるわ」
「あー、うん。……その前に、一つ聞いておきたいんだけど」
「ん?」
「あの座敷童、何?」
「……このまま見なかった事にしておいてくれたら、嬉しかったわねぇ」
二人の視線が、部屋の隅へと集中する。
クイーン・オブ・フィジカル・エデュケイション・シッティング。
和名、永世体育座り女王こと、アリスマーガトロイド嬢が、魔理沙人形の頭部を掻き毟りつつ、
見えない誰かさんへの懺悔を延々と繰り返すという、その名に恥じぬ、匠の座りっぷりを披露していた。
ちなみに此方は、基本に忠実な、ファーストエディション。
壁に背を預けているため、長時間の体勢保持には有利……どうでも良い話ゆえ、やはり別の機会にしておきたい。
「……生きててごめんなさい……酸素を消費してごめんなさい……祝勝ムード壊してごめんなさい……ゆかれいむの邪魔してごめんなさい……」
もはや、近寄り難いを通り越して、物理的に近付ける気がしなかった。
接近を試みる勇敢な輩がいたとしても、次の瞬間にアリスゾーンに飲み込まれる様が、ありありと思い浮かぶ。
「……どーして、ああなっちゃうの?」
「さあ……私が起きた時は、もうあの状態だったから」
どうせ落ち込むのなら、もう少し場所を選んで欲しいというのが、霊夢の率直な感想である。
が、強制的に放り出すという手に出ることは無い。
もっとも効果的であると思われる手法、そして、その手札を持ち合わせていたからだ。
「……まあ、こんなこったろうとは思ったが、本当にその通りだとなんか疲れるな」
霊夢の背後から、のっそりと顔を覗かせる、エプロンドレスの金髪少女。
見目麗しいとも称せそうな外見と、背負っている唐草模様の風呂敷包みのギャップが、実に蠱惑的であった。
「あら、魔理沙。無事だったのね」
「おう。当然だとも」
「……なーに言ってんのよ。途中で私が拾わなかったら、あのままマントルの一部になってたわよ?」
「過去を振り返るなんて霊夢らしくないぜ」
明らかに言い訳の類であったが、不思議と賛同出来るものがあった。
今に至るまで、魔理沙が何をしていたのかを、霊夢は知らない。
無論、帰路で聞く機会はあったのだが、今になってはもはや、どうでも良い事だった。
異変は無事解決され、全員が健在。それで、十分なのだ。
もっとも、約一名は無事かどうかは、判断に苦しむところであり、
数にすら加えられなかったもう一名に至っては、同情を禁じえない。
「……で、何をどうすれば、こんな有様になっちまうんだ?」
「いや、あんたが分からないのに、私達に分かる訳無いでしょ」
「……ごめんなさい……困惑させてごめんなさい……」
「おい、アリス。いい加減目を覚ませ」
それまで、誰も入る事の出来なかったアリスゾーンへと、いとも容易く脚を踏み入れる魔理沙。
怒っているような、笑っているような、今ひとつ判断のつきかねる表情で。
というか、その人形は何のつもりだ。私はウッソの母親か何かか?」
「……ごめんなさい……猟奇的でごめんなさい……病んでてごめんなさい……」
「……おりゃっ」
ごっすん、と鈍い音が、居間全体へと響き渡った。
「ちょ、ちょっと魔理沙、いくらなんでもそれは、死ぬんじゃないの?」
「問題ないぜ。いつもの事だ」
「……若い内から過激なプレイに走ってると、倦怠期も早いわよ」
いささか方向性のズレた紫の呟きを無視しつつ、手にしていた鈍器を放り捨てる魔理沙。
そこに丁度、殴打の対象であったアリスが、その顔を上げていた。
「……あ、魔理沙?」
「やっとお目覚めか」
「……」
焦点の合っていなかった瞳。
それが次第に光を取り戻していったかと思うと、ある一点……魔理沙の瞳へと集約される。
「れ……」
「れれれ? 箒ならあるぞ?」
「連絡しろって言ったでしょ! この鳥頭!」
ウインドウズも見習って欲しい、と言いたくなるような素早い再起動だった。
アリスは跳ねるように身体を起すと、眼前で中腰になっていた魔理沙へと飛び掛ったのだ。
「ごふっ」
不自然な体勢故か、容易に転がされては、背中及び後頭部を痛打する魔理沙。
そこにアリスは更に馬乗り……というよりはマウントポジションを取っては、危険な光を宿した瞳で、眼下を見据える。
感動の再会と称するには、余りにもバイオレンスに過ぎる光景である。
「ふー、ふー、ふー……」
「ま、待て、アリス。時に落ち着こう。今必要なのは話だ。対話だ。その為に言葉は存在するんだ!」
「肉体言語って言葉、知ってるでしょ」
「知らぬ! 存ぜぬ! 理解したくない!」
「……そう。ならば、身体で分からせてあげましょう」
「ヘルプ! ヘルプ!」
「相変わらず、仲良しさんねぇ」
「……そう見えるの?」
手を伸ばせば届きそうな距離で行われている、じゃれあいとも殺し合いとも付かないやり取りを他所に、
顔を突き合わせては、静かに茶を啜る、霊夢と紫。
話題を探そうと思えば、数限りなくあったのだが、それでも交わされる言葉は、他愛の無いものばかりだった。
お互いに疲れていたから。としておく事も出来る。
だが、実のところ、二人とも分かっていた。
話をする機会なんて、これから先いくらでもあるからだ、と。
「……ふあぁ……」
「おねむ?」
「当たり前でしょ……こちとら半日以上動きっぱなしだったのよ」
「あら。途中、かなりブランクがあったんじゃないの?」
「う、うるさいわね。あれだって仕事の内なのよ」
「ふふっ、そうね。本当にお疲れ様。……ふあぁ……」
「……あんたも、お疲れ様」
顔を背けつつ言うと、霊夢はおもむろに立ち上がる。
無論、横から聞こえてくる殴打音やら破壊音やらは、完全に意識の外である。
意識していては、この先の行動に移る時間が、大幅に遅くなりそうなのだ。
「寝るわ」
「あ、霊夢」
「……何?」
「ええと……このまま私も泊まって行っても良いかしら」
恐る恐る、といった感じで問いかける紫に、思わず霊夢は苦笑を浮かべた。
何を今更という話である。
「紫、あんたねぇ……ここまでやっといて、泊まる泊まらないなんて概念が残ってたの?」
「そういう問題じゃないの。物事には何かと境界が必要なんです」
「む。あんたが言うと、説得力あるわね……布団一つしか無いけど、それで良いなら許可するわ」
「うー……私、畳?」
「馬鹿。あんた一応、非健康体でしょ」
「変な言い回しね」
「病人って言葉使うと、移されそうな気がするからよ」
「……ありがと」
一瞬、視線を合わせると、霊夢と紫は、襖の向こうへと消えた。
『私は妖怪をやめるぞ! 魔理沙ぁーーーーーーーーーっ!』
『んな簡単に種族変更すんなっ! 大地のオーブ分けてやるから落ち着けっ!』
『どうせ星のオーブは手元なんでしょ!? もう、あんた一人に任せるのは我慢出来ないのよっ!』
『お、折れる! この角度は、人体構造上有り得ない! 愛が無いでしょう!』
相変わらず、訳の分からない叫びの応酬は続いていたが、それもさしたる問題ではない。
激動の一日も、終わってみれば毎度の光景。
幻想郷は、今日も平和だった。
ちなみに、その後。
地霊殿の面々が、博麗神社を訪れたという噂は、とんと聞かない。
むべなるかな。
……ええ、ええ。そのように受け取っていただいて構いませんわ」
「……」
「はい……はい……なるほど、そういう事でしたの」
「……」
「ええ……ええ、それでは、そのペットとやらの処遇はお任せくださる、と」
「……」
「はい、了解しましたわ。それでは、失礼致します」
「……」
「……ふぅ。慣れない事すると疲れるわねぇ」
どこぞの親御さん同士のような会話を終えると、紫は深い溜息を吐いた。
たった今、さとりから耳にした話……地上に起きている異変は、自分のペットの仕業だろうとの情報は、
膠着を通り越して迷走しかけていた事態を、一気に進展させるものだった。
こうなれば後は、そのペットを見つけ出してしばき上げてしまえば、殆ど方が付くと分かったからだ。
……が、それが出来るかどうかは、また別の話である。
本来なら期待に答えてくれるであろう霊夢はあの調子であったし、
一方の魔理沙にしても、本人は元気そのものだったが、サポートする役に少々問題がある。
いや、少々で済ませて良いのかも疑問な状態だ。
「いいかげん立ち直りなさいな……別に、貴方の存在そのものが否定された訳でも無いでしょうに」
「……」
依然、返答は無い。
部屋の隅で体育座りをさせれば、アリス・マーガトロイドに適うもの無し。
そんな風評が大いに正しかった事が、今ここで証明されんとしていた。
ちなみに、今の体育座りはというと、セカンドエディションと呼ばれるタイプである。
部屋の隅へと頭を向けるこの方式のメリットは……詳しい説明は次の機会に譲りたいと思う。
ともかく今、アリスは絶望のズンドコでどん底にいた。
それが、間違いであって欲しくとも、間違えようもない事実である。
「……紫」
ここでようやく、アリスの口が開かれる。
と言っても、相変わらずの体勢ゆえ、少々怖い。
「……な、なに?」
「……私、しつこい?」
「え? ど、どうなのかしらねぇ」
「……言葉を濁すってことは、そうなのね……私、ストーカー?」
「そ、それは大丈夫。私のほうがずっと悪質だもの」
「……否定はしてないわね……私、ヤンデレ?」
「十分病んでるとは思うけど、自覚症状のある内は定義されないから平気じゃないかしら」
「……もっと酷いってことね……」
「うざー……」
思わず紫の口から、率直な感想が漏れる。
もはや今のアリスにとっては、どのような言葉も否定的意見と受け取られるに違いない。
「(いっそこのまま帰してしまおうか……)」
が、その案は、採用されなかった。
このようなダウナー系薬物汚染妖怪ではあるが、それでも魔理沙の手綱を握れる唯一の存在であることに変わり無し。というのが紫の見解である。
霊夢が想定の範囲を超えてダメダメな現状、ここでアリスを切り捨てるのは早計であろう。
いっそ、第一部完という事にして、全員引き上げさせるという手もあったが、
同条件下で第二部が再開出来る保障が何処にもない以上、その決断を下すのは容易ではなかった。
「むーん……」
全て式任せのグータラ妖怪との位置付けに戻る事が出来たなら、どれほど楽であっただろう。
だが紫にはもう、後戻りする手立ては残されてはおらず、また、その気も無い。
それは責任を負った者の矜持か、それとも……。
『ゆかりー、いるー?』
久方振りに発信された声に、紫は苦笑いを浮かべつつ陰陽玉へと顔を近付ける。
壁にもたれかかるような姿勢で、不機嫌とも取れる表情を浮かべている、最愛の少女の姿。
それは紫にとって、吉報とも呼べる光景であった。
「……はいはい。いいともからごきげんようまで貴方の暮らしを見つめるゆかりんです」
『一時間半だけなの?』
「最近は色々と忙しいの。その様子だと、お酒は抜けたみたいね」
『一応ね。すっごく気分悪いけど』
「一足早い二日酔いって所よ、辛くとも我慢なさい」
『あー、それで……私、何か変な事口走ってなかった? 鬼と乾杯した辺りから、殆ど記憶が無いんだけど』
「いいえ、全然。いつもの霊夢だったわよ」
淀みの無い返答。
流石は天下の隙間妖怪。虚実を述べれば天下一品……という訳ではなく、ほぼ真実だったからだ。
もっとも、紫以外の者にとってもそうか、と問われれば微妙な所であるが。
『そう……今は信じておくわ。で、地霊殿、だっけ? そんな感じの場所に着いたんだけど、これからどうすればいいの?』
「そのまま中庭に向かって。どこかに、更に地下に通じるルートがある筈なの。この件の黒幕はその奥よ」
判断力はすでに正常。体調もほぼ回復している。
そう判断した紫は、先程さとりから入手した情報を、そのまま霊夢へと伝えた。
『うぇー……まだ潜るのー? さっきから暑くなる一方だっていうのに……』
「でしょうね、元々は地獄だった場所だもの。……即ち、それだけ危険な場所でもあるという事。
だからここからは逐一ナビゲートするわ。回線を切ってはダメよ」
『え? 紫、ここ来た事あるの?』
無論、ない。
だが、それでも紫には、霊夢を導くだけの自信があった。
結界維持の仕事をすべて藍に任せて来たのも、魔改造を施してまで博麗神社に本部を作ったのも、全ては、この時の為だったのだから。
「いいから、私を信じなさい」
故に紫は、霊夢の問いに答えず、ただそれだけを口にする。
『根拠も無しに頷ける無いでしょ、馬鹿』
「ぐふっ」
紫は泣いた。
ついでに吐血した。
このままアリスの隣に行って、部屋の隅の人第二号として生命を終えようか。
そんな破滅的思想が浮かび始めた頃、ようやく霊夢から慌てたような声が聞こえてきた。
『ち、ちょっと紫。 冗談よ? 冗談』
「心臓に悪い冗談は止めなさい! 危うく幽々子に会って来るところだったわよ!?」
『い、いや、その、あんたが妙に深刻な雰囲気出すもんだから、少し場を和ませようかなーって』
「あれで和むなら、誰も雰囲気作りに苦労なんてしないわよ……って、そんなに深刻に聞こえた?」
『うん』
「(……確かに、らしくなかったわね)」
思わず自嘲する。
見守る側の立場であったはずなのに、逆に心配されては世話は無い。
『……光栄に思いなさいよ。私に信用される妖怪なんて、そうそういるもんじゃ無いんだからね」
「……ええ、その通りね」
ぶっきらぼうな台詞と、仏頂面とも言える表情。
だが、紫は満面の笑顔をもって、それに答えていた。
「(……何、この戻り辛い雰囲気……)」
一人の愚者がいた。
その名をアリス・マーガトロイドと言う。
冷静に考えればそこまで落ち込む程のものでもない、と気付いたまでは良かったのだが、
結局、現世に復帰するタイミングを見失ったまま、今の状況に至ってしまったこの少女を、愚者と呼ばずして何と呼ぶのか。
「(どうしろって言うのよ……こんな時に限って、魔理沙は連絡してこないし……)」
胸に抱えた魔理沙人形から反応は無い。
だが、対外的には絶望の底にいるはずのアリスが、自分から連絡を取ることは出来ないというジレンマである。
実際問題、今の心境で魔理沙と言葉を交わしたところで、喧嘩になる以外の末路が見出せないのだ。
いっそ、自爆して、全て無かったことにしてしまうのも有りかもしれない。
そんな考えすら浮かぶ程に、今のアリスは追い込まれていた。
◇
同時刻。
地底深層、灼熱地獄跡にて。
「大丈夫? お姉さん。 さとり様を一瞬でのしイカにしたっていうから期待してたのに、さっきから当たってばっかだよ?」
「ええい、余計なお世話だ。私は暑さと寒さには弱いんだ」
「両方なんだ。難儀だねー」
そんな会話の最中にも、眼前の少女は、魔理沙へと向けて弾幕を打ち放つ。
それは、先程のさとりの物と比較しても劣らない……いや、より熾烈なものであった。
「……ちっ」
前方、後方、上方、下方、文字通り全方向から迫り来る弾幕の渦。
箒を震わせるかのような挙動で、その隙間を抜けんとしていた魔理沙だったが、
やがて判断の誤りを悟ったのか、己の肩に乗っている人形の内の一体を掴むと、前方に向けて投擲する。
刹那、二人の間を、閃光が迸った。
「……便利だね、その人形」
「ああそうかい。その言葉は作成者に伝えてやってくれ、っと」
ターン終了、といったところか。
二人は意図的に弾幕を張る手を止めては、一定の距離を取った。
「(くそう……さとりの奴のせいで、調子が狂っちまったかな)」
内心、魔理沙は焦っていた。
さとりから事の真相を聞き出し、霊夢より一足先に進攻を開始したまでは良かった。
だが、その先に待ち受けていたのは、元地獄は伊達ではないとばかりに襲い来る、有象無象の怨霊の群れ。
持ち前の根性と勢い。そして、幾多の人形の犠牲を払って切り抜ける事こそ出来たものの、
その先に待ち受けていた一匹の猫……今、相対している、お燐という少女が、
本日の魔理沙の地底行において、最大の壁として立ちはだかったのだ。
極めて陰湿な性格の持ち主だったという訳でもなく、むしろ素直で好ましいと評せよう。
さとりのような凶悪な能力を持っていたのかと言えば、それも今のところは否。
では何が問題なのか……それは単純に、弾幕ごっこの相手として、相当な実力を持っていたというのが解答である。
無論、魔理沙には、これまでも幾度となく強敵との戦闘を繰り広げた経験があり、
その感覚から逸脱するようなレベルというわけではなかったのだが、灼熱地獄という極めて不利な環境。
及び、ある一つの懸念が魔理沙の枷となっており、このような苦戦を強いられる羽目になっていたのだ。
「おい、アリス! 返事しろって言ってるだろっ! いつまでへこんりゃ気が済むんだっ! このヤク中!」
『……』
「あー、今のは冗談だ。もう止めたって言ってたもんな。パートナーに必要なのは信頼関係だよな、うん。
……だからもう、機嫌直して返事しろー。おーい」
『……』
もはや、何度目とも知れない呼びかけ。
対する回答もまた、それまでと同じもの……無言であった。
「あの馬鹿……逆に私の足引っ張ってどうするんだ……」
魔理沙の懸念。それは勿論、アリスの存在だった。
確かに、先程の一件は、少し拙かったという自認はある。
だが、それだけのことで、本来の仕事を放棄されたのでは、魔理沙としても堪ったものではない。
アリスがしっかりとナビゲート役を果たしていたのならば、このような無茶な特攻を行う必要も無かった筈だろうし、
お燐との戦闘にしても、こうも無様なものにはならなかったろう。
もっとも、今の危機的状況を救ったのもまた、アリスが持たせた人形であるのだから、何とも皮肉な話である。
「さっきから誰と話してるの? あたいにも見えない誰かが、そこにいるのかな? ……うわ、こわっ!」
「よせって、私まで怖くなるだろ。……あー、それよりもお前、もしかしてさとりのペットか?」
「言わなかったっけ? そうだよ。もっとも、あたい以外にも沢山いるけどね」
「ふむ……」
時間稼ぎの意味も兼ねた会話であったが、お燐は異論をさし挟むことなく、素直に受け答えていた。
悪名高いとされる地底の妖怪だが、どうにも律儀な輩が多い。
「だから、さとり様との会話も見てたよ。……でも、アレだねお姉さん。
間欠泉がどうとか言ってたけど、本当は全然興味無かったりするでしょ?」
「んが。お前も私の心が読めるのか?」
「誰でも分かるって。で、そんなお姉さんに提案があるんだけど」
「……提案だって?」
「うん。あのね、もしあたいに勝ったら……」
◇
『アーーーーーーーーーーーーーーーーリーーーーーーーーーーーーーーーーースーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
「!?」
耳を劈く轟音。
いや、それはもう音の域を超え、一種の衝撃波となっていた。
即ちアリスは、抱えた膝の中という超至近距離から、衝撃波の直撃を食らったという事になり、
弾丸に弾かれたかのように首の仰け反らせ、勢い余って畳へと後頭部を強打する羽目に陥っていた。
「……な、な、な……」
苦痛よりも驚きの方が大きかったのか、弾かれたままの体勢で口を震わすアリス。
そこに、抱えた人形からの第二声が届く。
『これが最後だ! もしこれにも答えないんなら、金輪際お前との縁は……』
「え? ち、ちょっと待ちなさいよ! 今まで全然音沙汰無かった癖に、いきなり何なのよ!?」
『……あ?』
「あ? じゃないわよ! 私がどれだけ心配したと……」
『……あー、どうも会話が噛みあってない気がするんだが』
「……そうね、私もよ」
意思の疎通とは、かくも難しい。
図らずも、そんな感想を同時に抱いた二人は、今取りうる唯一の手段……会話をもって、再び見解の統一を図った。
『何だ。要するにまた故障してたって事か。案外使えないなぁ、これ』
「……使えなくて悪かったわね」
今更、紫の作ったものだ。とは言えなかった。
にも拘らず、どこか救われた感があったのは何故だろう。
『まあ、それは置いておくとして、だ。……アリス。お前の力を借りたい』
「……トラウマになるようなワンパターン弾幕しか使えない妖怪に、出来ることなんてあるの?」
『まだ気にしてるのかよ……いい加減、機嫌直せって。な? ほら、土産にアメちゃん買ってってやるから』
「子供じゃないっ! ……大体、最初から怒ってなんかいないわよ」
言葉通り、アリスは怒りなど抱いてはいない。
仮に存在するとしたら、それは魔理沙へのものではなく、自分自身の無力さに対しての怒りだろう。
計画の根本に位置し、外部折衝、情報収集、環境設営、そして霊夢へのサポートと全てをこなしている紫に対し、
自分がやった事と言えば、魔理沙を唆した事くらいのものというのが、アリスの認識だ。
もっとも、この時のアリスの心情を紫が耳にしていたならば、こう答えていただろう。
『そもそも、それを出来るのが、貴方しかいないのよ』と。
『……何だかよく分からんが、とりあえず情報をくれ。正直、手詰まりに近い』
「え? ……了解したわ。少し時間を頂戴」
『おう』
アリスは、まだ自分に残されているだろう冷静な部分へと意識を切り替えると、魔理沙人形のつぶらな瞳を覗き込んだ。
「……猫、か」
外見的特長から導き出された、率直な感想。
だが、本当にただの猫の類であるのなら、魔理沙が援護を求める筈もないだろう。
なにやら、荷車のようなものを手にしているが、それが武器の類なのかどうかも推測が突かない。
……要するに、やはり何も分からなかったのだ。
{今、猫って言った!?}
「ひうっ!?」
溜息を吐くよりも先に、アリスは悲鳴をあげていた。
その原因は、完全に過去のものとなっていたはずの、アドバイザー席からの声にあった。
{答えなさいアリスっ! ガチで猫なの!? もふもふしてるのっ!?}
「な、なんなのよもう……あんた、寝たんじゃなかったの?」
{猫とあれば永眠からだって目覚めて見せるわよ。で、どうなの。ふさふさ? にゃーにゃー? ふぎゃーっ!}
「……」
元々ダメな奴との認識はあった。
そして今日この時間をもって、ダメの数は二倍となり、晴れてパチュリーはダメダメな奴との認識を得られる事となったのである。
めでたしめでたし。
{ふーっ! ふーっ!}
「……あー、もう、あんたの猫狂いは存分に理解したから、威嚇しないで。
ええと、確かに猫のようね。といっても、あんな所に生息してるのが普通の猫とも思えないけど」
{にゃー……ふむ。あれは火車ね}
「……かしゃ?」
聞き覚えの無い言葉に、鸚鵡返しのアリス。
もっとも、突然まともになったパチュリーについていけなかったという理由のほうが大きそうであるが。
{ええ。罪人の死体を運ぶの生業とする妖怪よ。でも、まさか、こんなにも愛らしい猫だったなんて……}
「ええと、それは良いとして、弱点みたいなものは無いの? 魔理沙、苦戦してるみたいなのよ」
{……マタタビ?}
「さようならパチュリー。もう会う事も無いでしょうけど、元気でね」
{ジョーク! イッツアユダヤンジョーク! 私の全生命を賭けて探り出してみせるから、もう一度だけ機会を下さいませっ!}
「あ、いや、そこまで必死になる事でも……」
{その代わり、何としてでも捕獲して持ち帰りさない! そうすれば、我が野望にまた一歩近づくことに……}
「……」
アリスは無言で立ち上がると、今だ何事かを喚き続ける水晶柱を取り上げ、縁側へと歩み寄る。
そして自慢の遠投力をもって、空の彼方へと向けて投擲する。
幻想郷の空に一つ、星が増えた。
「……ごめん、魔理沙。殆ど何も分からなかったわ」
『そか。まあ、そっち方面は殆ど期待してないから気にしなくて良いぜ』
喜ぶべきか、悲しむべきか、魔理沙の声色には、本当に変動が見られなかった。
だが、今はそこを突っ込んでいる場合では無いことは分かっている。
故にアリスは、追求すべき事項のみを口にしていた。
「それで、手詰まりってどういう事なの? 正直、そんな大物には見えないんだけど……」
『だろうなぁ。さとりのペットって話だしな』
「……なるほど。確かにそれは、避けて通れない相手ね」
真相はどうあれ、幻想郷における騒動の解決方法は、弾幕戦をおいて他に無い。
知りたくば倒せ。倒せば分かる。
どこぞの庭師のようなシンプルな思考だが、それは紛れも無く正論なのだ。
『もう単刀直入に言うぜ。こいつに勝つ方法考えてくれ。暑くて頭が回らないんだ』
「……とりあえず、今の状況を教えなさい」
『クソ暑いせいで体調はイマイチ。体力的にもそんなに余裕は無い。
魔砲も道中で使っちまったんで、当分は再使用不可だ。あと、残りの人形は四体だけだな』
「もうゲームオーバー目前じゃないの!」
『誰のせいだ、誰の』
「(……少なからず、頼りにはしてくれてるって事なのかな)
最初で……恐らくは最後の面目躍如の機会。
そこで臆す程に、アリスの性根は曲がりきってはいなかった。
「多分、何とかなるわ。ただし、一つだけ約束してちょうだい」
『何だ? 婚約とかは御免だぞ』
「この戦闘の間……私の人形になると」
……やはり、曲がっているのかもしれない。
◇
「(……何だこれ……)」
戦闘中であるにも関わらず、魔理沙の意識は戦闘に置かれていなかった。
手を伸ばせば届きそうな距離を通過して行く弾幕。
だが、生じるはずの危機意識は皆無と言える程に薄く、次なる展開に向けての判断も成される事はない。
魔理沙は今、紛れも無くアリスの操る人形と化していた。
『九時の方向に全速加速。途中で四番を回収……停止。イリュージョンレーザー、正射』
「……」
当初、あれやこれやと開かれていた口は、閉ざされて久しい。
俄かには信じがたい事だが、アリスは、こちらの呼吸数すら計算に入れて、指示を下している。
ならば、余計な手間を増やすべきではない、との判断からだ。
もっとも、それすらもアリスにとっては余計な事なのかも知れないが。
「(……やばいな……癖になりそうだ、これ……)
一切の思考を捨て、命じられるがままに動く。
霧雨魔理沙という意思の放棄は、ある種の倒錯的な快楽をもたらしていた。
『一番、四番、続けて目標に投擲。二秒後、マジックミサイル六発発射。完了後、浮力停止』
「……」
浮力停止。
即ち、自由落下しろとの命である。
だが、そんな抗弁してしかるべき場面においても、魔理沙の口は開かれない。
「うひゃっ!」
指示通りに投擲した人形が、お燐を掠めるような位置で爆裂する。
続けて打ち放たれた魔弾は、使い魔とでも言うべき怨霊の壁に阻まれていた。
無論、そうした視覚情報は、魔理沙にも入っている。
が、そこに思考の余地は一切含まれない。
『カウント後、魔力再始動。3……2……1……始動。姿勢を維持し、微速前進』
「……」
微速ってどれくらいだ、との問いも無い。
仮に間違っていたとしても、それに対する指示が即時に下されるからだ。
「……あれ?」
見れば、遥か上空のお燐は四方へと視線を彷徨わせていた。
高速戦闘中における、突然の自由落下という荒行の効果であった。
その間に魔理沙は、指示に従い、お燐の視界外からゆっくりと距離を詰める。
『三時の方向、全速上昇。……歯、食いしばってぶち当たりなさいっ!』
「……」
それでも、所々でこうした感情の入り混じった言葉が発されたりもするのは、ご愛嬌といったところだろうか。
「……ん、そこっ!」
流石とでも言うべきか、お燐の反応は早かった。
反射的と称するには重厚に過ぎる光弾が、弾幕となって魔理沙の進行方向へと展開される。
が、それでも魔理沙は止まらない。
止まる事を、アリスに指示されていないからだ。
『三番、始動!』
指示というよりは直接的な命令だったのか、魔理沙の元に残されていた最後の人形が、
一層の結界と形を変え、弾幕との間に割り込むように展開された。
見た目どおり、さしたる効力ではなく、弾幕に押しつぶされるように、容易く霧散する結界。
が、その一瞬の間は、十分な成果として、結果に現れていた。
「……!」
「つっ……あ」
気付けば魔理沙は、先程とは正逆の位置……お燐の真上へと位置していた。
直接的な体当たりは回避されたのか、互いに直接的な被害は皆無。
だが、アリスの思惑は、そこにはない。
何の阻害要素も無い、開けた空間。
無理な回避によって体勢を崩され、無防備となっているお燐。
展開されていた弾幕も、今の魔理沙が位置する地点には、何ら影響を及ぼす事のない。
まるでお互いに台本に従ったかの如く、設えられた状況だった。
『……ご苦労様。後は魔理沙の好きにして良いわよ』
「ぷはぁ……良く言うぜ。もう、私のやる事なんて、一つしか残ってないじゃないか。
まさか、チャージ時間まで計算に入れてたってのか?」
『さあ、偶然でしょ』
八卦炉を手にし、口の端を吊り上げるような、厭らしい笑みを浮かべる魔理沙。
自由を取り戻した思考は、極めて分かりやすい結論を導き出すところだった。
「(……いやいや、もう勘弁だぜ。本当に癖になったら困る)」
光の奔流が、灼熱地獄を更なる白で染め上げた。
◇
マスタースパークの直撃を受け落下するお燐を、魔理沙が拾い上げたところまで確認すると、
アリスは人形から身体を離すや否や、倒れこむように畳へと四肢を突く。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
たった今まで全力疾走していたかの如き、荒い息を吐くアリス。
精神的な疲労によっても、体力とは消耗されるのだとの証明である。
「(……や、やれば出来るものね……でも、もう……二度と御免だわ……)」
図らずも、魔理沙と同じ結論へと到達するアリス。
即興で考え、実行したそれが結果を出したのは、半ば奇跡のようなものだった。
生身の人間を言葉のみで操るなど、魔力の糸を用いて人形を操るのとはまったく話が違うのだ。
『……しかし何だ。お前、新興宗教とか始めたりするなよ?』
「はぁ、はぁ……はあ? いきなり何言ってるのよ」
『もう確信したんだ。人形遣いの名は伊達でも真田でも無いってな』
「ふぅ……褒め言葉として受け取っておくわ……ひぃ」
『褒めてないんだが……』
極度の疲労のせいか、アリスの思考はいまだ定まってはいなかった。
そこに飛び込んだのは、第三者の声。
『やー、お姉さん達やるねぇ。あんな訳のわかんない戦闘、初めて体験したよ』
『達って言うな達って。直接弾幕り合ったのは私だぜ』
「ふぅ……もうそれでいいわよ。で、貴方、お燐だっけ?」
『そだよ、地上のお姉さん』
「地上の間欠泉。貴方の仕業なのよね? 直ぐに止めて頂戴」
『やだなぁ。違うって言ったじゃん』
「……へ?」
間抜けな呻きが、アリスの口から漏れる。
……いや、呻きだけではないのかもしれない。
『おいおい、何を今更な事を聞いてるんだ。私は恥ずかしいぜ』
「え、いや、あの……え?」
『落ち着けって』
「……ち、違う、の? ラスボスじゃなかったの?」
『んー、まあ、関わってたのは認めるけど、事を起した張本人はあたいじゃないよ。
あいつはもっと奥……最深部にいるはずさ』
「……」
開いた口が塞がらないとは、正にこの事を指すのだろう。
せっかく話の通じる相手だったのに、どうして事前に確認しておかなかったのか。
悔やんでも悔やみきれない、誤算であった。
「ど、どうするのよっ! もう人形一体も残ってないのよ!? 魔力だって殆ど無いでしょ!?」
『うむ。自慢じゃないが、弾幕戦は土下座してでも回避したいところだな』
「本当に自慢にならないわよっ!」
体力は気力でカバー出来たとしても、枯渇した魔力を回復させるには絶対的な時間が必要である。
ましてや、物資的な面でも貧窮を極めた今、これ以上の進攻は自殺行為に等しい。
完全な、手詰まりだった。
『で、どうするの? 約束したし、案内してあげても良いけど』
『おう。勿論行くともさ』
「……魔理沙? 約束って何よ」
たった今、弾幕戦は勘弁と言っていたばかりであることを考えると、更なる進攻を意味しているとは考えがたい。
ならば、一体何だと言うのか。
『……うっ……あ、アリス……わ、私はもうだめだ……あ、後のことは頼む……どうか、幻想郷に平和を……』
「唐突に死亡台詞を残すなっ! 何を企んでるの!?」
『あー、こっちのお姉さんと賭けをしたんだよ。もし、あたいが負けたら、地霊殿の隠し宝物庫に案内するってね』
『……どーして、どいつもこいつも素直かなぁ』
「……」
ここにおいてアリスは、完膚なきまでに言葉を失った。
主人の財産を、盗賊相手に独断で公開してしまうという、ある意味猫らしいお燐の忠誠心に驚いたというのもあるが、事はもっと根深い。
「(……え? 何? 魔理沙が私を頼ったのって……全部、このため?)」
共に黒幕を打倒しようと誓った訳でもない。
紫達に先じようと、功名心を昂ぶらせていた訳でもない。
それどころか、少し前までは、共に盗掘の算段を立てていた程だ。
だが、それでもアリスは、迫り来る虚無感に、抗う事が出来なかった。
『いや、まあ、黙ってたのは悪かったけど、いっぱいいっぱいだったのは本当の所だからなぁ。
それなら手ぶらで引き返すより、このほうがずっとマシだろ?』
「……」
『じゃ、霊夢によろしく言っといてくれ。……まあ、あいつの事だから、もう終わってるかもしれないけどな』
「……」
魔理沙からの言葉が途絶えると同時に、アリスは畳へと突っ伏していた。
色々な意味で、精神力の限界を迎えたのだ。
「……全部聞いてたわよ。お疲れ様、アリス」
「……」
何時の間にか紫が、アリスの傍らへと歩み寄っていた。
「貴方達は十分にやってくれたわ。後は私達に任せなさい」
「……」
慈愛に満ちた表情で語り掛ける紫。
しかし、相変わらず、アリスの口は閉じられたまま。
「……じゃ、私はナビゲートに戻るわ。貴方はゆっくり休んでいて」
「……」
もう、休息を取る意味すら無い。
今のアリスには、そんな返しを口にする気力も残っていなかった。
◇
「(舞台は全て整った……あとは、霊夢次第……)」
畳との一体化運動に勤しんでいるアリスを横目に、紫は一人、心の中で呟いていた。
末路はともかくとして、魔理沙とアリスの手によってもたらされた成果は、極めて大きいものがあった。
この作戦の最終目標……異変を起こした犯人は判明し、その所在も特定済みである。
また、その情報を得ると同時に、そこに至るまでの大きな阻害要素もまた、排除されたという事になる。
後は、黒幕たるペットとやらを締め上げれば、全ては終わるのだ。
だが、不安要素が無い訳でもなかった。
事を成すべき張本人……霊夢自身が、その最たるものである。
「霊夢? そっちじゃないわよ?」
『……え? あ、ああ、うん。そうだったわね』
「大丈夫なの? さっきから、間違えてばっかりじゃない」
『……平気よ。ちょっと、喉渇いただけ』
「アルコールの影響ね……水分はまめに補給しておきなさい。拙いと思ってからでは手遅れよ」
『……うん』
ここに来て、極端に霊夢の口数が減っていた。
自業自得とは言え、決して芳しいとは言いがたい体調に加え、
元地獄の名に相応しい熾烈極まりない猛暑と、絶えず襲い来る魍魎の群れ。
今の霊夢にとっては、最深部に辿り着くという行程ですら、相当な難題と感じられている事だろう。
だが、遠く地上に位置する紫には、出来ることはもう殆ど無い。
せいぜいが、言葉による励ましを送り続ける事くらいだった。
それから、どれだけの時間が経過した事だろうか。
数時間単位だったかもしれないし、ほんの数分だったかもしれない。
幾度目とも知れない、長い沈黙に耐えかね、紫が口を開かんとしたその時だった。
『……紫』
「霊夢……平気? ウェルダンに焼けてない?」
『まだレア程度よ。……今のところはね』
軽口を叩く程度の余裕はある……そう判断できないこともない。
だが、むしろ紫にとって気に掛かっていたのは、後半の言葉のほうだった。
この傾向は拙い、と。
「……本当に危険を感じたなら、引き返しなさい。機会は今日だけじゃないわ」
これまで、一度として口にされかった類のもの……撤退という方向性が、初めて言葉として表に出た。
実際のところ、二度目の機会を作ることは、時間的な問題により、極めて厳しいというのが事実であるのだが、
それでも紫は、口に出さざるを得なかったのだ。
『冗談言わないで……土下座されたって、こんな道のりを二度も繰り返したくないわ』
「……」
『……私、考えが甘かったのかなぁ』
「……霊夢?」
その瞬間、紫の表情が大きく歪んだ。
『……ここ最近、何もかもあんたに頼りっぱなしで、自分でどうにかしようって気持ちが薄れてたのかな……。
今回も……いざとなれば、紫が何とかしてくれるって、心の何処かで思ってた気がするの。
これはその報いだったのかもね……』
「馬鹿! 何で過去形で話してるのよ!」
『うん……馬鹿だ、私』
先程案じてい事が、現実となっていた。
紫以外の誰も知る事のなかった、霊夢の内面。
普段の快活さからは到底想像も付かない、極端なまでの負の思考の連鎖。
この状態に陥った霊夢を立ち直らせる術を、紫は知らなかった。
「駄目よ霊夢。弱気になっては駄目。今の貴方は、ちょこっと熱気にやられて、思考能力が低下しているだけなのよ」
『……私、元々馬鹿だもん。だから今だって、こんな風に紫を困らせてる……』
ここが、限界。
それが好ましくない結末と分かっていながらも、紫の決断は早かった。
「霊夢、限界よ。もう戻りなさい」
『……やだ』
「え?」
しまった、と思った時には、もう遅かった。
この状態の霊夢は、平常時以上に頑固であることを失念していたのだ。
『……ここで戻ったら、もう二度と来られない気がするの。だから、やだ』
「ば、馬鹿言うんじゃないの! そんな状態で何が出来るって言うの!?」
『……わかんない。でも、戻るのは嫌』
「ほ、ほーらー、霊夢ちゃーん。今戻ったら、ゆかりん特製宇治金時ジャンボフラッペこさえてあげますよー?」
『……今ちょうだい』
「あう……」
グダグダだった。
もはや二人の会話には、人格崩壊の気すら見られている。
果たして幻想郷は、このような不本意な形で終わりを告げてしまうのであろうか。
そんな中。
唐突かつ投げやりに、救世主は降り立った。
「……もう力づくで引き戻しなさいよ。鬱陶しいから」
「『!?』」
反射的に紫は、横へと顔を向ける。
何時の間にか、肘を着いて寝転がる体勢へと変わっていたアリスが、絵に描いたような仏頂面を見せていた。
と、その瞬間。
陰陽球の向こうで、何かが爆発するような音が響く。
「霊夢!? どうしたの!?」
『ど、ど、どうもこうも無いわよっ! ま、まさかそこにアリスいるの!?』
先程までのダウナーモードは何処へ行ったのか、正に普段通りの口調で霊夢が一気にまくしたてた。
「……いて悪かったわね。申し遅れましたけど、お邪魔してますわ」
『う、あー、あー、うー、ああー……』
「ああ。そういえば……」
そこでようやく、紫は気付く。
今の今まで、魔理沙とアリスの存在について言及していなかった事を。
『じ、冗談はここまでにしましょう! うん! さ、さっさと片付けないとねっ!』
「え、ええ、頼んだわよ」
「……アホらしい。状況に乗じて甘えてみたかっただけなんじゃないの」
『っーーーーー!!』
声にならない悲痛な呻きを最後に、霊夢との通信は断絶された。
が、それは先程までの絶望的な状況を思えば、急転上昇とでも評すべき事態の好転であろう。
「……結果的に助けられたわね。ありがと、アリス」
「これっぽっちも嬉しくないわよ」
苦笑いを浮かべる紫へと吐き捨てると、畳との一体化運動を再開するアリス。
実際の話、本当に嬉しくなかったのだ。
何が悲しくて、絶望の淵に置かれた最中に、他人同士の聞くに堪えない会話を聞き続けならねばいけないのか。
先程の突っ込みは、単にそれが気に食わなかったからに過ぎない。
……要するに、嫉妬である。
「本当よ。あの子、一度思考がマイナスに傾くと、際限無く落ち込んじゃう性質があるの。
今回だって、冗談抜きで、地の底から戻ってこられない可能性もあったわ」
「……あっそ。良かったわね」
今のアリスには、紫の発する言葉の全てが、のろけにしか聞こえなかった。
そのような話、他の誰に話したところで、信じては貰えないだろうから。
「でもこれで……」
「……これで?」
半ば聞き流していたアリスであったが、唐突に途切れた言葉に、億劫そうにしながらも顔を上げる。
と、濁り切っていたはずのその瞳が、大きく揺れ動く。
「……こ、こんな……時、に……」
「ちょっと、紫?」
「……ごめ……」
紫の体が大きく傾いだ。
◇
地底の連中は、全員律儀かつ出歯亀。
図らずも霊夢は、魔理沙と同じ結論に到達していた。
「あー! もー! さっさと倒されなさいっ!」
「ちょ、ちょっと! わざわざ出向いてやったのに、その態度は酷いんじゃないの!?」
「あんたも見てたんでしょ!? 聞いてたんでしょ!? その記憶まっさらにしてあげるから、大人しくしてなさい!」
「さ、さっきから何言ってるの!? こっちにも分かるように話しなさいよっ!」
紛れも無き最終決戦であるはずのその戦闘は、目を覆わんばかりに見苦しいものとなっていた。
無論、内容ではなく、互いの言動が、である。
紫、そしてアリスとの通信を強引に終わらせた霊夢は、ほぼ時を同じくして、一人の少女と出会っていた。
霊烏路空。
さとりのペットの一人であり、この間欠泉騒ぎを起した張本人である。
が、そうした情報を仕入れるよりも先に、霊夢は空への攻撃を開始していた。
曰く、こんな所にいるんだからラスボスに違いない。との事であるが、
それが本当に動機だったのかは、霊夢の言動からして非常に怪しいと言わざるを得ない。
「というか、普通は聞くんじゃないの?」
「何をよっ!」
「だから、その、どうして間欠泉を出したのかー、とか。止める方法を教えろー、とか」
「んなこと知るかっ! 私は、あんたを叩きのめせればそれで満足なのっ!」
「な……」
余りにも滅茶苦茶な言動に、空は絶句した。
地上側から言うところの、異変の原因……即ち、自分を探しにわざわざ地上からやって来た奇特な人間がいる。との噂を耳にした空は、
一体どのような輩なのかと心を浮き立たせて、ここ地底の最深部にして待ち構えていたのだ。
だが、現実に現れた相手はいうと、一人きりであるにも関わらず、落ち込んだり叫び出したりと姦しい事この上なく、
顔を合わせたら合わせたで、詰問も無ければ、口上も無しに、突然攻撃を仕掛けてくるという、奇特を遥かに通り越した変人だったのだ。
失望するよりも、動揺のほうが先立ってしまったのも、無理の無いことである。
「ひー……ふー……ひー……」
「な、何よ、もう息が上がってるじゃない。そんなんでよくも偉そうな口が聞けたわね」
「ひー……これは波紋の呼吸法よ……ふー」
空の動揺を更に深めていたのが、その戦闘の組み立てであった。
……いや、それはもう、組み立てなどと呼べる代物ではない。
手当たり次第にスペルカードを取り出しては、弾幕とも呼びがたい雑多な攻撃を繰り出し続けるという、
スペルカードルールの考案者に謝れ、と言いたくなるような戦い方に終始していたのだ。
……無論、霊夢がその考案者である事など、空は知りはしない
今後も知ることは無いだろう。
「(……しくじったわね……)」
一方、その変人こと霊夢は、内心に沸き起こる不安感を、必死に押し殺していた。
一連の奇行は実のところ、本能半分、計算半分といったものだった。
限界に近い程に体力を消耗している事に気付いていた霊夢が選んだ戦法。
それが、半ば勢い任せに等しい、短期決戦であった。
が、今の状況を鑑みるに、霊夢の目論見は破綻したと言わざるを得ない。
「……黒い太陽、八咫烏様。我に力を与えてくださったのに、申し訳ありません。
究極の核融合の力、発揮する機会はまだ先となりそうです」
「……ふひゅー……何、勝手に口上述べてるのよ」
「もういいわ。これ以上貴方と付き合っている暇はない。
さっさと終わらせて、地上にこの力を試しに行くわ。
……そう、それは、新しい灼熱地獄が生まれ出ずる時」
「……」
誇大妄想、大言壮語、傲慢不遜。
大海を知らぬ愚者が陥りがちな要素を全て兼ね備えていた空であったが、その実力に関しては本物だったのだ。
天性の弾幕センスと持ち前の幸運、そして何よりも強固なる意地をもって、戦闘の形は維持しているものの、
体力的問題は何ら解決していない事を思うと、早晩均衡が崩れるのは必至である。
「(……仕方ない、か)」
霊夢は懐の陰陽玉へと手を伸ばす。
あのような醜態を晒した今、紫に助言を求める事が躊躇われるのは否定出来ない。
だが、ここで無残に敗れ去ってしまうことを思えば軽いものだ。
「……紫。悪いけど、また知恵を借りるわよ」
『霊夢っ。残念ながら、今は無理よ』
「ありゃ? アリス?」
予想外の返答に、霊夢の声のトーンが、心なしか下がる。
『……紫が倒れたわ』
「え!?」
『生命の危機とか、そういう大げさなものじゃないと思うけど……ただ、意識が戻らないの。多分、過労の類だと思うわ』
「か、過労ってあんた……」
それは、紫に一番似合わない原因だ。
そう言い掛けた口を、自ら噤む。
霊夢は、知っていた。
紫が誰よりも幻想郷を愛しており、その為ならば、一切の苦労をも省みないことを。
今回の異変……今になって本当に拙い事態であると気付いた事だが、それに紫が感づいていたとすれば、
自分の知らないところで、方々を駆け回っていたとしても、何ら不思議ではない。
「(……それに対して、私は……)」
禄に戦闘準備すら整えないままに飛び出しては、早々に八つ当たりを披露し、
我を失う程に酒をかっくらい、果てには散々弱音を吐いて困らせる始末だ。
はじめてのおつかいだって、もう少しまともに動くだろう。
論ずるに値しない。即ち、論外だった。
『霊夢?』
「……聞こえてるわ」
『もしかして、拙い状況だったりするの? 私で良ければ、助言くらいは出来るけど……』
「ありがと。……でも、もう良いわ。
博麗の巫女がね。最後の最後まで妖怪に頼りっきりだったなんて歴史、残す訳には行かないものね」
『もう十分残ってるような気がするけど』
「うるさい。いいからあんたは紫を診てて頂戴」
『……分かったわ』
心は、決まった。
「あー、そうそうアリス。一つ言い忘れてたわ」
『何よ』
「……帰ったら、ブレインウォッシュ開始よ。覚悟しといてね」
『わ、分からない。霊夢の言ってる事がさっぱり分からないわ。健忘症かしら』
動揺している時点で、記憶に残ってます。と宣言しているようなものなのだが、
それに気付いているのかいないのか、まるで逃げるように、アリスの声は遠くなっていった。
「ったく……人に偉そうに説教しておいて、自分がダウンしてちゃ世話ないわよ……」
苦笑を浮かべつつ、自らのトレードマークとも言える、紅い大きなリボンへと手を掛ける。
地の底という特殊な場所故か、長く艶やかな黒髪が、まるで四方に手を伸ばすが如く、大きく広がった。
「これが切り札、ね。……はぁ。結局、本当に頼りっぱなしで終わっちゃうなぁ」
一枚のスペルカードを見つめるその瞳の色は、怪訝半分、期待半分。
いまだ、弟子になった記憶は無いが、これだけ世話をかけておいては説得力も何も無い。
「(必ず……成功させる)」
霊夢は地底世界の地表へと立ち、眼前の空を見据えた。
◇
「(……待つ必要、あったのかな)」
戦闘中に突然足を止め、ぶつぶつと独り言を始めた霊夢を、何をするでもなく眺める空。
地底に住まう面々の例外に漏れず律儀だった……というのもあるが、
一番大きかったのは、何を企んだところで、最終的に勝つのは自分という、確たる自信があったからに他ならない。
それほどまでに、空の得た神の力は強大なものだった。
故に、空は気付かない。
心の奥底で育っていた、ある一つの感情に。
「あんた、さっき勝手に口上述べてたわよね」
「へ?」
独り言タイムは終わったのか、いつの間にか髪を下ろしていた霊夢が、憮然とした表情で見据えていた。
「八咫烏様がどうとかいうあれよ。
ずるい。そんなの許可してないのに」
「い、いや、ずるいとか、そんな事言われても……」
「だから、私も言うわ」
聞いちゃいなかった。
実のところ、その口上とて、霊夢の奇行のせいで、前々から考えた台詞から改変せざるを得なかったのだが、
そうした愚痴を漏らす暇すら、与えては貰えなかったのだ。
「地上に行く前に、私に会えた事を感謝しなさい。
貴方は必然的に、地上侵略を諦める事になる。
地上に住む、究極の巫女の力と……地上を守る、至高の妖怪の力で倒されてねっ!」
「ず、ずるいのはどっちよっ! そっちのほうが格好良さそうっ!」
霊夢がスペルカードを展開したのを確認すると、いささかズレ気味の台詞と共に、空もまたスペルを発動させる。
知恵熱を出す程に考えに考えた末、勝負を決める一手として生み出された大技、『サブタレイニアンサン』。
八咫烏の力を用いて、地底世界に人工の太陽を生み出すというそれは、弾幕ごっこというカテゴリーに納めるにしては、
余りにも大袈裟な代物であったのだが、それでも空がスペルカードとして採用するに至った理由は、主に一つ。
格好よかったからである。
「……あれ?」
が、空の思惑は、早くも外れた。
このスペルカードの特徴は、太陽を模した恒星の吸引力により、相手の行動を阻害するという点にあったのだが、
どういう訳なのか当の霊夢は、大地に脚を踏みしめたまま、微動だにしていない。
しかも、カード展開のポーズを取ったままというのが、滑稽でもあり、恐ろしくもあった。
これまで霊夢が展開していた弾幕には、極めて乱暴であり、法則性の欠片も見られない。
しかし、一度も危機感を覚えなかったのかと言えば、それは嘘だ。
突如、頭上から金ダライが落ちてきた時は、ダメージ皆無とは言え直撃は直撃だった。
道路標識を投げつけられた時などは、回避したにも関わらず、存分に肝を冷やしたものだ。
結界の形を模した弾幕を全方向から寄せられた時に至っては、足元がお留守である事に気付かなければ、終わっていた可能性すらある。
そして今、空が感じていた圧力には何処か、それらの記憶を思い起こされるものがあったのだ。
「(く、来る!? わ、訳が分からないけど、何かが来る!)」
空は知らない。
科学技術の粋を結集して作られ、時代の変遷によって役目を終えたという、幻想郷に相応しき、そのスペルカードを。
空は知らない。
考えてしまった時点で、すべては終わっているのだと。
それは弾幕というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして精巧すぎた。
それはまさに……電車だった。
「ぎょぴっ」
まるで交通事故のような強烈なダウン……というよりは、正真正銘、交通事故の被害者となった空は、
金魚のような悲鳴と共に一直線に吹き飛ぶと、ピンポン玉のように天井、壁、地面と跳ね返っては、数回転がり……。
……そのまま動かなくなった。
「……あ、ごめん。宣言してなかったわ。
ええと、廃線『ぶらり廃駅下車の旅』……なんつーネーミングセンスしてるのよあいつ」
「……」
空は答えない。
それどころか、答えられるだけの身体機能が残っているかどうかも怪しい。
かくして、幻想の枠を超えた核融合の力は、幻想となった物体の前に敗れた。
かの八咫烏ですら、『鉄道運行上よくあること』の一言で済まされてしまうという、驚愕の事実が判明した瞬間である。
「私の勝ちで良いわね? もう馬鹿な事考えるんじゃないわよ?」
「……」
「……って言っても、どうせ忘れてるか。んじゃ、さいなら」
そう言うと、既にして空への興味を失ったのか、霊夢は勝利の立役者たる電車へと乗り込んだ。
どういう原理なのか、警笛の音が聞こえたかと思うと、がったんごっとんとレール無きビクトリーロードを走り出す3500系。
どうやら幻想入りした廃線は、地下鉄として新たな息吹を得たようだ。
後に、霊烏路空は語ったという。
幻想って凄いなぁ、と。
◇
霊夢が博麗神社へと帰還したのは、間もなく日付も変わらんとする時刻だった。
本日の地底行。時間にしておよそ十六時間。
お出かけ、と称するには些か長い時間と評せない事も無かったが、
地底世界という強大な敵を相手にした事を思うと、凄まじいまでの電撃作戦だったと言えよう。
もっとも、職務放棄に始まり、交通事故に終わったものが、強大な相手だったかどうかは疑問の余地があるかもしれない。
「ただーまー」
「おかえりなさい。霊夢」
返事がある事を予測していなかったのか、霊夢の目が一瞬、驚きに大きく開かれる。
「紫! あんた、起きてて大丈夫なの?」
まったくをもって普段と変わりない……いや、それは少し違っただろうか。
紫が優しげな微笑を浮かべている姿は、そうそう誰もが目に出来るものではないからだ。
「ええ……心配を掛けてしまったようね」
「別に心配なんてしてないわよ。ただ、パートナーに急に雲隠れされたら、こっちが困るから」
「あら。パートナーであるとは認めているのね」
「まあ、あれだけ世話になれば、流石にね。
……って、元はと言えば、何の情報も無しに、地底に放り込んだあんたが悪い気がするんだけど?」
「はいはい、終わった事を気にしない。ちょっと遅くなっちゃったけど、晩御飯食べる?」
「……いらない。お茶だけ頂戴」
空腹は覚えていたが、それ以上に疲労感のほうが大きかった。
棒のように重い足を何とか動かしつつ、霊夢は居間に通ずる襖を潜る。
「ふぅ……何とか帰ってこれたわね」
閑散としてるとも評せよう、愛しき畳の空間。
何も変わっていないという事実が、霊夢の心を安息へと導いていた。
……ここがつい先程まで、作戦本部として雑多の極みを迎えていた事など、霊夢は知らない。
無論、知らないままのほうが彼女にとって幸福であることは言うまでもない。
「少し待ってなさい。お茶、淹れてくるわ」
「あー、うん。……その前に、一つ聞いておきたいんだけど」
「ん?」
「あの座敷童、何?」
「……このまま見なかった事にしておいてくれたら、嬉しかったわねぇ」
二人の視線が、部屋の隅へと集中する。
クイーン・オブ・フィジカル・エデュケイション・シッティング。
和名、永世体育座り女王こと、アリスマーガトロイド嬢が、魔理沙人形の頭部を掻き毟りつつ、
見えない誰かさんへの懺悔を延々と繰り返すという、その名に恥じぬ、匠の座りっぷりを披露していた。
ちなみに此方は、基本に忠実な、ファーストエディション。
壁に背を預けているため、長時間の体勢保持には有利……どうでも良い話ゆえ、やはり別の機会にしておきたい。
「……生きててごめんなさい……酸素を消費してごめんなさい……祝勝ムード壊してごめんなさい……ゆかれいむの邪魔してごめんなさい……」
もはや、近寄り難いを通り越して、物理的に近付ける気がしなかった。
接近を試みる勇敢な輩がいたとしても、次の瞬間にアリスゾーンに飲み込まれる様が、ありありと思い浮かぶ。
「……どーして、ああなっちゃうの?」
「さあ……私が起きた時は、もうあの状態だったから」
どうせ落ち込むのなら、もう少し場所を選んで欲しいというのが、霊夢の率直な感想である。
が、強制的に放り出すという手に出ることは無い。
もっとも効果的であると思われる手法、そして、その手札を持ち合わせていたからだ。
「……まあ、こんなこったろうとは思ったが、本当にその通りだとなんか疲れるな」
霊夢の背後から、のっそりと顔を覗かせる、エプロンドレスの金髪少女。
見目麗しいとも称せそうな外見と、背負っている唐草模様の風呂敷包みのギャップが、実に蠱惑的であった。
「あら、魔理沙。無事だったのね」
「おう。当然だとも」
「……なーに言ってんのよ。途中で私が拾わなかったら、あのままマントルの一部になってたわよ?」
「過去を振り返るなんて霊夢らしくないぜ」
明らかに言い訳の類であったが、不思議と賛同出来るものがあった。
今に至るまで、魔理沙が何をしていたのかを、霊夢は知らない。
無論、帰路で聞く機会はあったのだが、今になってはもはや、どうでも良い事だった。
異変は無事解決され、全員が健在。それで、十分なのだ。
もっとも、約一名は無事かどうかは、判断に苦しむところであり、
数にすら加えられなかったもう一名に至っては、同情を禁じえない。
「……で、何をどうすれば、こんな有様になっちまうんだ?」
「いや、あんたが分からないのに、私達に分かる訳無いでしょ」
「……ごめんなさい……困惑させてごめんなさい……」
「おい、アリス。いい加減目を覚ませ」
それまで、誰も入る事の出来なかったアリスゾーンへと、いとも容易く脚を踏み入れる魔理沙。
怒っているような、笑っているような、今ひとつ判断のつきかねる表情で。
というか、その人形は何のつもりだ。私はウッソの母親か何かか?」
「……ごめんなさい……猟奇的でごめんなさい……病んでてごめんなさい……」
「……おりゃっ」
ごっすん、と鈍い音が、居間全体へと響き渡った。
「ちょ、ちょっと魔理沙、いくらなんでもそれは、死ぬんじゃないの?」
「問題ないぜ。いつもの事だ」
「……若い内から過激なプレイに走ってると、倦怠期も早いわよ」
いささか方向性のズレた紫の呟きを無視しつつ、手にしていた鈍器を放り捨てる魔理沙。
そこに丁度、殴打の対象であったアリスが、その顔を上げていた。
「……あ、魔理沙?」
「やっとお目覚めか」
「……」
焦点の合っていなかった瞳。
それが次第に光を取り戻していったかと思うと、ある一点……魔理沙の瞳へと集約される。
「れ……」
「れれれ? 箒ならあるぞ?」
「連絡しろって言ったでしょ! この鳥頭!」
ウインドウズも見習って欲しい、と言いたくなるような素早い再起動だった。
アリスは跳ねるように身体を起すと、眼前で中腰になっていた魔理沙へと飛び掛ったのだ。
「ごふっ」
不自然な体勢故か、容易に転がされては、背中及び後頭部を痛打する魔理沙。
そこにアリスは更に馬乗り……というよりはマウントポジションを取っては、危険な光を宿した瞳で、眼下を見据える。
感動の再会と称するには、余りにもバイオレンスに過ぎる光景である。
「ふー、ふー、ふー……」
「ま、待て、アリス。時に落ち着こう。今必要なのは話だ。対話だ。その為に言葉は存在するんだ!」
「肉体言語って言葉、知ってるでしょ」
「知らぬ! 存ぜぬ! 理解したくない!」
「……そう。ならば、身体で分からせてあげましょう」
「ヘルプ! ヘルプ!」
「相変わらず、仲良しさんねぇ」
「……そう見えるの?」
手を伸ばせば届きそうな距離で行われている、じゃれあいとも殺し合いとも付かないやり取りを他所に、
顔を突き合わせては、静かに茶を啜る、霊夢と紫。
話題を探そうと思えば、数限りなくあったのだが、それでも交わされる言葉は、他愛の無いものばかりだった。
お互いに疲れていたから。としておく事も出来る。
だが、実のところ、二人とも分かっていた。
話をする機会なんて、これから先いくらでもあるからだ、と。
「……ふあぁ……」
「おねむ?」
「当たり前でしょ……こちとら半日以上動きっぱなしだったのよ」
「あら。途中、かなりブランクがあったんじゃないの?」
「う、うるさいわね。あれだって仕事の内なのよ」
「ふふっ、そうね。本当にお疲れ様。……ふあぁ……」
「……あんたも、お疲れ様」
顔を背けつつ言うと、霊夢はおもむろに立ち上がる。
無論、横から聞こえてくる殴打音やら破壊音やらは、完全に意識の外である。
意識していては、この先の行動に移る時間が、大幅に遅くなりそうなのだ。
「寝るわ」
「あ、霊夢」
「……何?」
「ええと……このまま私も泊まって行っても良いかしら」
恐る恐る、といった感じで問いかける紫に、思わず霊夢は苦笑を浮かべた。
何を今更という話である。
「紫、あんたねぇ……ここまでやっといて、泊まる泊まらないなんて概念が残ってたの?」
「そういう問題じゃないの。物事には何かと境界が必要なんです」
「む。あんたが言うと、説得力あるわね……布団一つしか無いけど、それで良いなら許可するわ」
「うー……私、畳?」
「馬鹿。あんた一応、非健康体でしょ」
「変な言い回しね」
「病人って言葉使うと、移されそうな気がするからよ」
「……ありがと」
一瞬、視線を合わせると、霊夢と紫は、襖の向こうへと消えた。
『私は妖怪をやめるぞ! 魔理沙ぁーーーーーーーーーっ!』
『んな簡単に種族変更すんなっ! 大地のオーブ分けてやるから落ち着けっ!』
『どうせ星のオーブは手元なんでしょ!? もう、あんた一人に任せるのは我慢出来ないのよっ!』
『お、折れる! この角度は、人体構造上有り得ない! 愛が無いでしょう!』
相変わらず、訳の分からない叫びの応酬は続いていたが、それもさしたる問題ではない。
激動の一日も、終わってみれば毎度の光景。
幻想郷は、今日も平和だった。
ちなみに、その後。
地霊殿の面々が、博麗神社を訪れたという噂は、とんと聞かない。
むべなるかな。
ありがとう、お腹いっぱい夢いっぱいです。
ところで、キスメは?
かなり読み応えがあり、面白い作品でした。
霊夢たちのやりとりにもう少しシリアスを望みたかったですけど・・・
それは野暮かな?
最後のあの電車の攻撃って・・・カラスとかが良くそういう事故にあうから・・・でしょうか?
最後に電車を持ってくるセンスに爆笑した
個人的にはこういうオリジナル要素があったほうがやっぱり楽しめるなーと思っています。
あと狂おしいほど同意していますがサブタイトル自重してくださいw
かなり推敲に時間を掛けられたのでは?
読んでいて不思議な安心感があり最後まで楽しめました。GJ!
個人的にはれいゆかのが好きですが、ですが貴女のゆかれいむは素晴らしい。
母娘にしか見えないトコが特に。
これ以降電車は霊夢の切り札に……!無いな。
パッチュさん、猫への情熱は凄く良く分かるけれど落ち着け。
でないとパチュ燐が誕生してしまう。
アリスの体育座りは幻想郷の保護指定遺産。魔理沙がアブノマぷれいに目覚めそうでイヤバカン。(イヤバカンじゃねーよ
脱字らしきもの
「おいアリス~いつまでヘコんりゃ~」→「ヘコんでりゃ」ではないかと。
あと「というか、その人形~」→『「』←が外れています。
ゆかれいむ万歳
ちょくちょく挟まれる小ネタを存分に楽しませてもらいました。
ストレスがぶっ飛んだw
話もかなり練りこまれていて
完成度が高いと感じました
…褒め言葉ですよ?
地霊殿に小ネタがたっぷり入ってスパイスが効いてた。
とても面白かったです。
どうしようもなく100点です
最後なんて地霊殿の面々でさえ触れられたのに触れられてないし
不憫な子=======(ノД`)・゚・。