~ ケロ帽 in 地下666階 ~
やだ、キモい何あれ。
水橋パルスィは、今まさに橋姫である彼女の眼を憚ろうとせずに地底の橋ある方に向かってくる異物を目撃した。異物、と忌み嫌われて地上から追い立てられた世界に住む者が口にする表現ではない気もするが、それは確かに異物以外に表現しようがなかった。
見るに、パルスィのひざ下までの丈の、肌色の円柱体。キモい。
見るに、前頭部に眼球を模したと思われる球体が二つ。キモい。
見るに、脚部などは見当たらないその異形は、縦に無駄多くゆさゆさ揺れながらこちらに向かってくる。キモい。
「明らかに橋を渡る気だ……どうしよう」
それすなわち、すぐそばまで異物が迫ってくるということ。
パルスィはその異物に声をかけるべきかどうかためらっていた。
彼女は、消極的でいて攻撃的な感情を操る。侵入者に対して自分がそれを妬ましいと感じたら十分に噛みつく動機になり得るのだ。それゆえ、彼女は決闘をはじめとしたいざこざを焚きつけることに関しては、同じ地底世界の住人、黒谷ヤマメとはまた違った理由で積極的で好戦的と言えた。
そのパルスィが、目の前を通らんとする侵入者に、声をかけ制止させるべきかどうかさえ迷っている。好奇心の類より、もっさりふよふよ緋想天衣玖さん並の歩行速度(?)で迫ってくる未知生物への警戒心のほうが圧倒的に勝っていたのだ。
今にも嫉妬姫の称号を放棄して「恐ろしいわ」と悲鳴を上げそうになっていた。妬ましっ子のアイデンティティの喪失より目の前のブツのほうが怖い。てかキモい。
「あーあー、こちらフロッグ。早苗、早苗応答せよー」
喋った。
恐怖のあまり尖った耳がキュインと逆立った。言葉を発することができそうなフォルムが存在しないそのブツの内部から声が聞こえてきたのだ。
……パルスィは泣きそうになるのをこらえながら手頃な凶器がないかとあたりを探し始めた。
『早苗です。諏訪子様どうされました?』
にわかにくぐもった声が、それに応える。音声が目玉から発信されているように聞こえたのは気のせいだろうか。
「前が見えない。ここはどこー? ……いや、前は見えるよ、うん。視界狭いけど。ただ、少し迷ったみたいでさ」
「早苗、神奈子よ。「ちょっと神奈子、狭いんだから、やめ」私たち、今何やら壮麗な渡し橋に差し掛かっているんだけど「押ーすなー」ここは渡って大丈夫なのよね?」
『はい。間違いないです。その橋を渡ると、本格的な地底世界――旧都と呼ばれる場所に着きます』
「あいよ、ありがと。「だから頭押さえつけるな~」愛してるよ、早苗「潰れる~生まれる~」」
……明らかに三人分のやりとりが聞こえた。軽く辺りを見渡してみても他の話相手は見当たらず、つまるところこのクリーチャーに三人分の発言を擁する三人分の人格が備わっているのだろう。
「恐ろしい子……!」
パルスィのアイデンティティは時代錯誤のパクリで、ここに潰えた。程度の能力と台詞の一つで人格が決定されるような世界で、まさかの決め台詞「妬ましいわ」の放棄。もはや明日からは水橋パクリィを称えなければならなくなるだろう。もしくは水橋インスパルスィ。いずれにせよ、語呂も語感も悪い。
そんな某館の主と張るネーミングセンスによる名付けをした日には日本幻想郷ぱるぱる協会(JGPA)の皆さんに丑の刻参り七日目で祟り殺され、なかったことにされるだろうからあまり考えないことにして、
パルスィはそこらへんに生えていたバールのようなものを拾ってきて、両手に構え、少々錯乱気味にクリーチャーに対峙していた。
ひいふうと鼓動を沈ませる呼吸で、精神安定の暗示をかけるかのように訥々と言った。
「……声の発信元はおそらく三か所。それぞれを左目玉、右目玉、円柱体と仮定して、一撃を狙うなら古来より実の本体はそこ、と決まっている、向かって左側……!」
古来からといってもせいぜい十数年前だが。
パルスィは向かって左、右目部に狙いを定めて全力でバール(ry)を振り下ろした。そこに、嫉妬心に駆られる乙女の姿はなく、あるのはL5発症患者の姿だけだった。
『ところで神様方。そこに橋姫と呼ばれる、地上と地底をつなぐ橋を守る妖怪がいるようです。道案内を頼んでみるのもよいかもしれませんよ』
「あー、こちらフロッグ。了解した。直ちに交渉に入るー」
「……そういうことなら一旦”これ”除けた方がいいわね。邪魔だし、キモいし」
「キモい言うな。まぁ、人の姿で対した方が話はしやすいだろうしねぇ」
と言って、二柱がケロ帽フォルムを解除した刹那だった。
「往ねやぁぁーーーーーーーー!!」
像を残すほどに鋭く振り下ろされたバールは、ちょうど表に出てきた諏訪子の脳天をぴたりととらえていた。
***
「……てっきり潰される際にメメタァとか口で言ってくれるものだと思ってたけど」
「うっさい死ね中距離支援型MS。……あ~痛」
「ごめんなさいごめんなさい」
懇謝を重ねるパルスィ。恐怖でどこか地上の彼方へ飛んでいっていた自我が戻ってきた頃には、二人組の背が低い方の身長をさらに半分にまで潰し込むような一撃を加えた後だった。
「まぁ、私らは一妖怪の一打撃でやられるようなタマじゃないからね。こいつ、諏訪子に関しては特に、ね」
「でも痛いのは痛いっての。何よあの出会い頭マキ割りダイナミックは。まだ麓の神社の巫女の方がもう少し……ルールに乗っ取ったぁ…………良識あるぅ…………? と、とにかく背ぇ縮んだらどうしてくれるのさ」
彼女が一に心配する身長差分はというと、頭の体積を三割増するほどのたんこぶによって、むしろ数値上では身長は伸びていた。
諏訪子は、こぶを隠すように円柱体を頭にかぶせる。……二人が言うに、どうやらそれは彼女の帽子、だったそうだ。確かに言われてみれば――穿った見方をすれば、ようやく――麦藁帽子的なものに見えなくもない。かなり頑張る。ステレオ画像を立体視で浮かび上がらせようと眼に力を入れて頑張っちゃう、それぐらいの眼力は必要だ。力うんぬんの問題ではない気もするが。現実逃避と常識放棄はパワーでなんとかなる問題ではない。
……だいたい、帽子だと主張するそれに、この二人は中に入ってこっちに向かってきた気がするのだが。あの帽子の中には三次元にもう一次元を加えた、えもいわれぬファンタジー空間が広がっているとでも言うのだろうか。
「ともかくさ、こちらがビビらせたのが最初なのには変わりないんだからさ気にしないでいいよ」
その言葉を得て、ようやくパルスィは下げ続けていた頭を上げた。誤解と言い得ぬ恐怖のみで危うくエスカリボルグってしまいそうになったことに対する申し訳なさは、幻想郷の住人の例に洩れずすでに感じなくなっていたが、何にも増して忘我していたことによる恥ずかしさは募るばかりだった。
自慢の耳も血潮のたぎる赤に染まっていることだろう。あぁ、自分のこの耳が恨めしい。頭に血が上っているのがバレバレじゃないか。
――あれ。これって考えようによっては精神的に大きなダメージ負ったのはむしろ私の方じゃないか? 目の前のこの二人は平然とした顔を崩さないし、……妬ましいわね。
「どうしたんだい。突端とした表情をして」
「え、あーいや、何でもないわ。それよりあなたたち、私に頼みがあるとか言ってたけど」
ここでようやく二人の訪れた目的とパルスィがすることのすり合わせが始まる。
――。
有り体に言うと。
彼女たち曰く、『私たちは地上に住まう地の妖精。このたび、坤を司る妖精として、地の下の世界を知っておくべきと思い至り、地底世界さらには旧地獄を見巡りに来た』らしい。
これはパルスィが掻い摘んだ要約で、諏訪子のほうが地獄烏にヤタ……と言うと隣からひじ打ちが飛び、核エネ……なんたらと口にするとどこからともなく柱が降ってきて諏訪子に直撃するという不幸な事故があったりして話が飛び飛びになってしまったこともなんとも不自然な要約になった理由の一つにあった。
「てか、私はともかく神奈子が妖精だっていう設定は無理があ」
その後、諏訪子はケロ帽に飲み込まれてしばらく姿を消すことになる。
「……大丈夫なの、助けなくて」
「あぁ、いつものことだから気にしなさんな。飲みつ飲まれつの関係なんだよ、こいつらは」
言って、神奈子は大層に笑うがあまりうまいこと言った印象をパルスィは受けなかった。どこかの九代目が聞いても、特別うまいこと言ってねーよと抗言するだろう。
そも、帽子と対等の関係って何だ。あのクリー……帽子に一個人が認められているとでも言うのだろうか。
パルスィは嘆息する。もはやこの人ら(人……? 妖精だと言い張るが、もうどうでもいい)に嫉妬心も生まれないので陽気な彼女らに対してパルスィは一方的に疲れるだけだ。
これ以上関わると負の感情を生む力もなくなってしまいそうなので、早いとこ厄介払いをしてしまおう、とパルスィ。
「……この橋を渡り、深さ優先で探索を続けていけば、旧都と呼ばれる場所に着くわ。迷うような道途ではないと思うけど、寄り道は決してしないことね。生の保証はもちろん、転生の保証もできないわよ。無事、旧都についたとして、その先の道順は旧都の住人にでも聞けばいいと思う。
……私は橋姫だから、ここを離れることはできない。口頭の説明になったけど、容赦してもらえるかしら」
「あぁ、すまないね。あとは旧都とやらで適当にやるさ」
言うと、神奈子は帽子にのまれた諏訪子を小脇に抱えて、教えられた方角へと早々と歩みを始めた。すらりと伸びた後付きと軽くひらひらと振られた手の平が、感謝と別れの挨拶だった。
――世話の焼ける奴らだったわね。
パルスィは碌に追求することはなかったが、調子よく口から洩れる一言一言が疑念の種ような嘘談の塊の二人組だった。おそらく、彼女らの言葉のうち、本当の言は一割にも満たなかったのだろう。
……まぁでも悪事を働きに来たわけではないのだろう、と、愉快すぎる奴らを見ていて訝しむことさえも忘れてしまったのだと、勇儀にはそう言い訳しておこう。
そも、ヤマメが無傷で通した(であろう)相手だ。それに加えて、パルスィ自身の判断が間違っていたとしても、旧都には勇儀がいるし、地霊殿に迷い込んだら館の主と対して真実を隠しきることは不可能だろう。
それでも、地上と地底をつなぐ橋を守る姫として、
パルスィは、
「おそらく」
「ん」
神奈子は顔を少し横に向けて足を止めた。それではこちらの顔が見えないだろう、とパルスィは思ったが、聞く耳をこちらに向けていたのだろう。
「多分……いえ、絶対、あなたたちは地底世界では歓迎されない。いたずら好きだけの妖精ならともかく、爪を隠しきれない鷹ならば、特に」
「私らはただのしがないようか……じゃなくて妖精よ」
「本気で隠し通そうとしない、その余裕も」
「……妖精って設定は無理があったかね」
と。
圧倒する威圧。
パルスィは吹き飛ばされそうになる自分を予感して、地を強く踏みしめた。
パルスィは初め、隠した爪をのぞかせた神奈子が攻撃を仕掛けてきたのかと推した。だが、当の神奈子は、見るに、ただこちらを振り返っただけだった。
……。
「まさか、ねぇ?」
半ば呆れ気味に笑う。
それまで仕舞いこんでいた霊力が顕れただけで、吹き飛ばされる幻想を見させられたというのか。
臨戦に入ろうとするパルスィの緊張感と対照的に、神奈子はなぜか少し決まりの悪そうな顔をしていた。頬をぽりぽりと掻いて、逡巡し、無害を押し出すようににこりと笑ってから、言った。
「大丈夫さ。私らは”神の子”に愛された、ただの過去の者だよ。何があっても、こんな場所では潰えることはないし、別に私らだってここに危害を加えにきたわけでもないさ」
そう言って、今度こそ神奈子は旧都の方角へ消えていった。
***
行く道が一通りであれば戻る道も一通りであるわけで。
橋姫が橋姫である以上、この先を行った者が地底世界での永住を望まない限り、もう一度出会うのは必然だった。
愉快で騒々しい。そして何よりも胡散臭い二人組は、別れてから僅か半日強でパルスィの元へ戻ってきた。
初対面の時と違うのは、帽子にもぐって潜伏するふざけた移動方法ではなく、その足で普通に歩いてきたところだ。
神奈子を引きずりながら。
「……どうしたのよ」
「いやぁ、ちょっと無茶が過ぎてね。主にこいつが」
言うは、帽子から解放されていた諏訪子の方で、彼女がべんべんと頭をはたくのは、フランクが過ぎたのか、見るからに泥酔状態の神奈子だった。
只の飲みすぎとはいえ、一人で立てる状態ではなさそうなので諏訪子が肩を貸してやっているのだが、その身長差を鑑みるに非常にきつそうだった。
「勇儀に飲み合いを挑まれたのね。無謀なことを」
「弾幕ごっこは目立つから避けたかっただけなんだけどねー。こいつも飲み比べなら、と意気込んでたし、そんじょそこらの人妖には負けないだろうと、私も高をくくっていたから、”気付かなかった”。相手が鬼だと気づいた時には時すでに遅し、ってね」
なぜか楽しそうに笑う諏訪子だった。
「……お帰りはあちらですから。ここで介抱なんてしないからね」
「わかってるさね。ささ、ほら、歩け歩けキャノ子」
乗馬騎手のように鞭打って歩かせようとする諏訪子。神奈子はすっかり怪しくなった呂律で寝言だか夢見事だかをのたまきながら歩を進めていった。
「結局何しに来たのかしら……」
「ケロ帽にステルス性能が足りなかったわね。作戦立て直してまた来るわよ」
「……また来るんかい」
何度目かわからない嘆息はしかし、徐々に緩む口元からは漏れなくなっていった。
.
やだ、キモい何あれ。
水橋パルスィは、今まさに橋姫である彼女の眼を憚ろうとせずに地底の橋ある方に向かってくる異物を目撃した。異物、と忌み嫌われて地上から追い立てられた世界に住む者が口にする表現ではない気もするが、それは確かに異物以外に表現しようがなかった。
見るに、パルスィのひざ下までの丈の、肌色の円柱体。キモい。
見るに、前頭部に眼球を模したと思われる球体が二つ。キモい。
見るに、脚部などは見当たらないその異形は、縦に無駄多くゆさゆさ揺れながらこちらに向かってくる。キモい。
「明らかに橋を渡る気だ……どうしよう」
それすなわち、すぐそばまで異物が迫ってくるということ。
パルスィはその異物に声をかけるべきかどうかためらっていた。
彼女は、消極的でいて攻撃的な感情を操る。侵入者に対して自分がそれを妬ましいと感じたら十分に噛みつく動機になり得るのだ。それゆえ、彼女は決闘をはじめとしたいざこざを焚きつけることに関しては、同じ地底世界の住人、黒谷ヤマメとはまた違った理由で積極的で好戦的と言えた。
そのパルスィが、目の前を通らんとする侵入者に、声をかけ制止させるべきかどうかさえ迷っている。好奇心の類より、もっさりふよふよ緋想天衣玖さん並の歩行速度(?)で迫ってくる未知生物への警戒心のほうが圧倒的に勝っていたのだ。
今にも嫉妬姫の称号を放棄して「恐ろしいわ」と悲鳴を上げそうになっていた。妬ましっ子のアイデンティティの喪失より目の前のブツのほうが怖い。てかキモい。
「あーあー、こちらフロッグ。早苗、早苗応答せよー」
喋った。
恐怖のあまり尖った耳がキュインと逆立った。言葉を発することができそうなフォルムが存在しないそのブツの内部から声が聞こえてきたのだ。
……パルスィは泣きそうになるのをこらえながら手頃な凶器がないかとあたりを探し始めた。
『早苗です。諏訪子様どうされました?』
にわかにくぐもった声が、それに応える。音声が目玉から発信されているように聞こえたのは気のせいだろうか。
「前が見えない。ここはどこー? ……いや、前は見えるよ、うん。視界狭いけど。ただ、少し迷ったみたいでさ」
「早苗、神奈子よ。「ちょっと神奈子、狭いんだから、やめ」私たち、今何やら壮麗な渡し橋に差し掛かっているんだけど「押ーすなー」ここは渡って大丈夫なのよね?」
『はい。間違いないです。その橋を渡ると、本格的な地底世界――旧都と呼ばれる場所に着きます』
「あいよ、ありがと。「だから頭押さえつけるな~」愛してるよ、早苗「潰れる~生まれる~」」
……明らかに三人分のやりとりが聞こえた。軽く辺りを見渡してみても他の話相手は見当たらず、つまるところこのクリーチャーに三人分の発言を擁する三人分の人格が備わっているのだろう。
「恐ろしい子……!」
パルスィのアイデンティティは時代錯誤のパクリで、ここに潰えた。程度の能力と台詞の一つで人格が決定されるような世界で、まさかの決め台詞「妬ましいわ」の放棄。もはや明日からは水橋パクリィを称えなければならなくなるだろう。もしくは水橋インスパルスィ。いずれにせよ、語呂も語感も悪い。
そんな某館の主と張るネーミングセンスによる名付けをした日には日本幻想郷ぱるぱる協会(JGPA)の皆さんに丑の刻参り七日目で祟り殺され、なかったことにされるだろうからあまり考えないことにして、
パルスィはそこらへんに生えていたバールのようなものを拾ってきて、両手に構え、少々錯乱気味にクリーチャーに対峙していた。
ひいふうと鼓動を沈ませる呼吸で、精神安定の暗示をかけるかのように訥々と言った。
「……声の発信元はおそらく三か所。それぞれを左目玉、右目玉、円柱体と仮定して、一撃を狙うなら古来より実の本体はそこ、と決まっている、向かって左側……!」
古来からといってもせいぜい十数年前だが。
パルスィは向かって左、右目部に狙いを定めて全力でバール(ry)を振り下ろした。そこに、嫉妬心に駆られる乙女の姿はなく、あるのはL5発症患者の姿だけだった。
『ところで神様方。そこに橋姫と呼ばれる、地上と地底をつなぐ橋を守る妖怪がいるようです。道案内を頼んでみるのもよいかもしれませんよ』
「あー、こちらフロッグ。了解した。直ちに交渉に入るー」
「……そういうことなら一旦”これ”除けた方がいいわね。邪魔だし、キモいし」
「キモい言うな。まぁ、人の姿で対した方が話はしやすいだろうしねぇ」
と言って、二柱がケロ帽フォルムを解除した刹那だった。
「往ねやぁぁーーーーーーーー!!」
像を残すほどに鋭く振り下ろされたバールは、ちょうど表に出てきた諏訪子の脳天をぴたりととらえていた。
***
「……てっきり潰される際にメメタァとか口で言ってくれるものだと思ってたけど」
「うっさい死ね中距離支援型MS。……あ~痛」
「ごめんなさいごめんなさい」
懇謝を重ねるパルスィ。恐怖でどこか地上の彼方へ飛んでいっていた自我が戻ってきた頃には、二人組の背が低い方の身長をさらに半分にまで潰し込むような一撃を加えた後だった。
「まぁ、私らは一妖怪の一打撃でやられるようなタマじゃないからね。こいつ、諏訪子に関しては特に、ね」
「でも痛いのは痛いっての。何よあの出会い頭マキ割りダイナミックは。まだ麓の神社の巫女の方がもう少し……ルールに乗っ取ったぁ…………良識あるぅ…………? と、とにかく背ぇ縮んだらどうしてくれるのさ」
彼女が一に心配する身長差分はというと、頭の体積を三割増するほどのたんこぶによって、むしろ数値上では身長は伸びていた。
諏訪子は、こぶを隠すように円柱体を頭にかぶせる。……二人が言うに、どうやらそれは彼女の帽子、だったそうだ。確かに言われてみれば――穿った見方をすれば、ようやく――麦藁帽子的なものに見えなくもない。かなり頑張る。ステレオ画像を立体視で浮かび上がらせようと眼に力を入れて頑張っちゃう、それぐらいの眼力は必要だ。力うんぬんの問題ではない気もするが。現実逃避と常識放棄はパワーでなんとかなる問題ではない。
……だいたい、帽子だと主張するそれに、この二人は中に入ってこっちに向かってきた気がするのだが。あの帽子の中には三次元にもう一次元を加えた、えもいわれぬファンタジー空間が広がっているとでも言うのだろうか。
「ともかくさ、こちらがビビらせたのが最初なのには変わりないんだからさ気にしないでいいよ」
その言葉を得て、ようやくパルスィは下げ続けていた頭を上げた。誤解と言い得ぬ恐怖のみで危うくエスカリボルグってしまいそうになったことに対する申し訳なさは、幻想郷の住人の例に洩れずすでに感じなくなっていたが、何にも増して忘我していたことによる恥ずかしさは募るばかりだった。
自慢の耳も血潮のたぎる赤に染まっていることだろう。あぁ、自分のこの耳が恨めしい。頭に血が上っているのがバレバレじゃないか。
――あれ。これって考えようによっては精神的に大きなダメージ負ったのはむしろ私の方じゃないか? 目の前のこの二人は平然とした顔を崩さないし、……妬ましいわね。
「どうしたんだい。突端とした表情をして」
「え、あーいや、何でもないわ。それよりあなたたち、私に頼みがあるとか言ってたけど」
ここでようやく二人の訪れた目的とパルスィがすることのすり合わせが始まる。
――。
有り体に言うと。
彼女たち曰く、『私たちは地上に住まう地の妖精。このたび、坤を司る妖精として、地の下の世界を知っておくべきと思い至り、地底世界さらには旧地獄を見巡りに来た』らしい。
これはパルスィが掻い摘んだ要約で、諏訪子のほうが地獄烏にヤタ……と言うと隣からひじ打ちが飛び、核エネ……なんたらと口にするとどこからともなく柱が降ってきて諏訪子に直撃するという不幸な事故があったりして話が飛び飛びになってしまったこともなんとも不自然な要約になった理由の一つにあった。
「てか、私はともかく神奈子が妖精だっていう設定は無理があ」
その後、諏訪子はケロ帽に飲み込まれてしばらく姿を消すことになる。
「……大丈夫なの、助けなくて」
「あぁ、いつものことだから気にしなさんな。飲みつ飲まれつの関係なんだよ、こいつらは」
言って、神奈子は大層に笑うがあまりうまいこと言った印象をパルスィは受けなかった。どこかの九代目が聞いても、特別うまいこと言ってねーよと抗言するだろう。
そも、帽子と対等の関係って何だ。あのクリー……帽子に一個人が認められているとでも言うのだろうか。
パルスィは嘆息する。もはやこの人ら(人……? 妖精だと言い張るが、もうどうでもいい)に嫉妬心も生まれないので陽気な彼女らに対してパルスィは一方的に疲れるだけだ。
これ以上関わると負の感情を生む力もなくなってしまいそうなので、早いとこ厄介払いをしてしまおう、とパルスィ。
「……この橋を渡り、深さ優先で探索を続けていけば、旧都と呼ばれる場所に着くわ。迷うような道途ではないと思うけど、寄り道は決してしないことね。生の保証はもちろん、転生の保証もできないわよ。無事、旧都についたとして、その先の道順は旧都の住人にでも聞けばいいと思う。
……私は橋姫だから、ここを離れることはできない。口頭の説明になったけど、容赦してもらえるかしら」
「あぁ、すまないね。あとは旧都とやらで適当にやるさ」
言うと、神奈子は帽子にのまれた諏訪子を小脇に抱えて、教えられた方角へと早々と歩みを始めた。すらりと伸びた後付きと軽くひらひらと振られた手の平が、感謝と別れの挨拶だった。
――世話の焼ける奴らだったわね。
パルスィは碌に追求することはなかったが、調子よく口から洩れる一言一言が疑念の種ような嘘談の塊の二人組だった。おそらく、彼女らの言葉のうち、本当の言は一割にも満たなかったのだろう。
……まぁでも悪事を働きに来たわけではないのだろう、と、愉快すぎる奴らを見ていて訝しむことさえも忘れてしまったのだと、勇儀にはそう言い訳しておこう。
そも、ヤマメが無傷で通した(であろう)相手だ。それに加えて、パルスィ自身の判断が間違っていたとしても、旧都には勇儀がいるし、地霊殿に迷い込んだら館の主と対して真実を隠しきることは不可能だろう。
それでも、地上と地底をつなぐ橋を守る姫として、
パルスィは、
「おそらく」
「ん」
神奈子は顔を少し横に向けて足を止めた。それではこちらの顔が見えないだろう、とパルスィは思ったが、聞く耳をこちらに向けていたのだろう。
「多分……いえ、絶対、あなたたちは地底世界では歓迎されない。いたずら好きだけの妖精ならともかく、爪を隠しきれない鷹ならば、特に」
「私らはただのしがないようか……じゃなくて妖精よ」
「本気で隠し通そうとしない、その余裕も」
「……妖精って設定は無理があったかね」
と。
圧倒する威圧。
パルスィは吹き飛ばされそうになる自分を予感して、地を強く踏みしめた。
パルスィは初め、隠した爪をのぞかせた神奈子が攻撃を仕掛けてきたのかと推した。だが、当の神奈子は、見るに、ただこちらを振り返っただけだった。
……。
「まさか、ねぇ?」
半ば呆れ気味に笑う。
それまで仕舞いこんでいた霊力が顕れただけで、吹き飛ばされる幻想を見させられたというのか。
臨戦に入ろうとするパルスィの緊張感と対照的に、神奈子はなぜか少し決まりの悪そうな顔をしていた。頬をぽりぽりと掻いて、逡巡し、無害を押し出すようににこりと笑ってから、言った。
「大丈夫さ。私らは”神の子”に愛された、ただの過去の者だよ。何があっても、こんな場所では潰えることはないし、別に私らだってここに危害を加えにきたわけでもないさ」
そう言って、今度こそ神奈子は旧都の方角へ消えていった。
***
行く道が一通りであれば戻る道も一通りであるわけで。
橋姫が橋姫である以上、この先を行った者が地底世界での永住を望まない限り、もう一度出会うのは必然だった。
愉快で騒々しい。そして何よりも胡散臭い二人組は、別れてから僅か半日強でパルスィの元へ戻ってきた。
初対面の時と違うのは、帽子にもぐって潜伏するふざけた移動方法ではなく、その足で普通に歩いてきたところだ。
神奈子を引きずりながら。
「……どうしたのよ」
「いやぁ、ちょっと無茶が過ぎてね。主にこいつが」
言うは、帽子から解放されていた諏訪子の方で、彼女がべんべんと頭をはたくのは、フランクが過ぎたのか、見るからに泥酔状態の神奈子だった。
只の飲みすぎとはいえ、一人で立てる状態ではなさそうなので諏訪子が肩を貸してやっているのだが、その身長差を鑑みるに非常にきつそうだった。
「勇儀に飲み合いを挑まれたのね。無謀なことを」
「弾幕ごっこは目立つから避けたかっただけなんだけどねー。こいつも飲み比べなら、と意気込んでたし、そんじょそこらの人妖には負けないだろうと、私も高をくくっていたから、”気付かなかった”。相手が鬼だと気づいた時には時すでに遅し、ってね」
なぜか楽しそうに笑う諏訪子だった。
「……お帰りはあちらですから。ここで介抱なんてしないからね」
「わかってるさね。ささ、ほら、歩け歩けキャノ子」
乗馬騎手のように鞭打って歩かせようとする諏訪子。神奈子はすっかり怪しくなった呂律で寝言だか夢見事だかをのたまきながら歩を進めていった。
「結局何しに来たのかしら……」
「ケロ帽にステルス性能が足りなかったわね。作戦立て直してまた来るわよ」
「……また来るんかい」
何度目かわからない嘆息はしかし、徐々に緩む口元からは漏れなくなっていった。
.
もし入ったとしても帽子をかなりデカくしないと。
でも、まあ・・・何と言いますか。
なんか平坦な流れでしたね・・・。
もうちょっと、こう・・・何かあれば良かったんですけど。
いや、バールを振り下ろしたのは面白かったですけどね。(苦笑)
誤字?のようなもの
>こいつも飲み比べなら、といきこんでいたし~
「いきこんで」じゃなくて「意気込んで(いきごんで)」かなぁ?
以上で報告?でした。(礼)
ネタ的には面白いですが、委託開始が始まった今となっては、少々物足りないですね。
続編を希望させていただきます。
>一撃を狙うなら古来より実の本体はそこ、と決まっている、向かって左側……!
あれは例外中の例外でしょうw
マジで吼えましたよ、当時。
生まれた~www