ねえ、蓮子。私は思うのよ、妖怪にとって人間っていうのは劇の観客みたいなものなんだって。怖くてスリリングな劇の、ね。
だもんで人間が怖がってくれたらしめたもの、興行は成功。子どもが泣きだしたり、誰かがショックでトラウマでも抱え込んでくれりゃ、もう大成功。逆にそうでないとお話にもならない。
でさ、劇って観客がいなけりゃやっぱり成立はしないでしょう? そういうものよね?
じゃあさ、なんかの劇を演じていて、その最中に外的要因により観客の身に危険が迫ったとしたら、どうする?
劇場が崩落しそうだとか、爆弾積んだ車が劇場に突っ込んでくるぞー、とか何でもいいんだけど――そうなったらさ、当然劇場の支配人も劇の主催者も、そしてアクターたちも客を守る側に回る。
当たり前よね、劇に付き合ってくれてる上客なんだもの、そんな下らないことで命を落としてもらっちゃあ困るってものよ。
で、それはそうと月面ツアーの件なんだけど
―― 第三章 ~ the Embodiment of Scarlet Devil. ~ ――
――――――199X年5月10日、幻想郷 月齢13.6
赤い絨毯が延々と伸びる館内を、八雲紫は歩いていく。
天井はかなり高い。
スキマを用いて侵入したから警報の類は作動しておらず、中はしんと静まり返ってただ紫の足音だけが響いている。
夢幻館――この館はそう呼ばれている。
普段は名もない湖の水底に存在しているのだが、今日は何か理由があってか――おそらく満月だからだろう――湖水はどこかへと消えていて、紫が到着したときには館は露出していたのだった。
しばらく行くと絨毯がなくなり、それと同時に周囲の壁や天井も消え、青紫色の星と思しきものが飛び交う暗い空間へと場は転じる。その星には実体がないらしく、接触してもそのまま後方へとすり抜けて行ってしまうのだった。
さらに進むと、辺りにまばらに蓮の花が現れ始める。どうやって水分を補給しているのだろうと紫は思う。
――釈尊でもあるまいに
その黒い空間の更なる奥、深淵ともいうべきその場所に、場には不釣り合いな木製のドアがあった。
周りに壁等はないから、何かにはめ込まれているというわけではない。ただドア板が一枚、暗い空間の中に浮かんでいるのだ。
それを開く。
その先は――拍子抜けするくらいの、普通の洋室だった。
洋式の、外の世界ならばアンティーク扱いであろう家具たち。どこで手に入れたのか分からないガレのランプ。
家具の上には無数のさし木が置かれている。この部屋の主が折れてしまった花々を拾ってきて作ったものだろう。その花瓶もガレ製である。結構気に入っているのかもしれない。
そして部屋の奥には、天蓋天幕がそろった上質のベッドが据えられている。
ベッドにかけられた羽布団は、人一人分くらい盛り上がっていて、そこからピンクのナイトキャップと緑の髪がのぞいている。布団を顔までかぶって寝ているのだ。
近寄ってその部分をはぐる。
――あらあら
世にも幸せそうな顔をして、風見幽香が眠っていた。
ピンクのパジャマ。艶やかな、しかしぼさぼさの長髪。細いから傷みはしないかと、つい紫は無用の心配をしてしまう。
頬には寝返りの拍子についたと思われる布団だか枕だかの跡が付いている。しかし肌に張りがあるからだろうか、それはすぐに消えてしまうのだった。
なんとなく腹が立った。
それで紫はぼそりと幽香の耳元で囁く。
「メキシコ料理」
「だ、駄目よ。サボテンをステーキにするなんてそんなあああ……ZZZ」
寝言である。
「ヴェトナム料理」
「ふぉ~……」
「トルコ料理」
「どんどるま~……」
「で、そろそろ起きなさいな。風見幽香」
「……ZZZ」
「うーん」
――まったく、寝起きが悪いわねえ
「貴女に……むにゃ……言われたくぅ……むにゃむにゃ」
「ほら、起きなさい」
布団を全てはぐる。
「さむい……」
しかし幽香は敷布をつかむと、そのまま器用に丸まった。できたてのミイラのようになる。
「ちょっと、いい加減起きなさいよ」
傘でばしばしと殴打する。どうせ阿呆なくらい頑丈だから不都合はない。
「……ZZZ」
しかし起きない。頑として起きない。
「ちょ、藍でも泣くのに!? もう、起きてってば~」
もう一度叩く。それでやっと幽香は目を開いた。
「う~……ああ、エリー。おはよう~」
「違うっての」
「て、何だ、紫じゃないの。起きて早々嫌なものを見たわ。二度寝は三文の得というわね、お休みなさい。昔の人はたいへん良いことを言った」
「ええい、起きなさい」
睡眠と覚醒の境界を弄くる。
「まったく、なんでこんな下らないことで能力を使わなきゃならないんだか……しゃきっとしましたか?」
「まあ、しましたけど……で、何か用かしら? Z」
「実は貴女に頼みごとがあって来たのよ」
「どうせろくなもんじゃないんでしょうねえ。ZZ」
「そうでもないわ。貴女にとってはきっと楽しい頼みごと」
「へえ、それは面白そ……ZZZ」
「寝るな! ていうかあっさり人の能力を覆さないの~」
すったもんだの後――
「さて、今度こそ起きたわね」
「起きたわよ。眠いけど」
目をこすりながら答える幽香。ベッドの上に座っている。
むすっとしている割に女の子座りが何だかかわいらしいから、紫はまたしても腹が立ってくるのだった。
「で、用事ってのは何よ?」
「万博イヤー」
「ヴァンパイア? くるみが何か問題起こしたの?」
「違うわよ。今晩、新しいのが外から入ってくるの。おたくのお嬢さんとはレベルの違うね」
「なんでそんなこと知ってる?」
「だって私が誘い込んだんだもん」
呆れ顔で幽香はため息をつく。
緑の長髪は相も変わらずぼさぼさである。
「ひょっとして私にあんたの駒になれってこと? ごめんだわ」
「活きのいい吸血鬼よ~? とっても、とっても強い」
「う……」
「でも貴女興味ないのよねえ。残念ですわ、私が両方相手してしまいましょう。運命、破壊、紅二つ」
「腹立つわね。分かったわよ、そいつら二匹? 折檻すればいいのね」
「一体は私がやりますけどね」
内心で紫は安堵する。
あの姉妹両方を一度に相手にするのは、さすがの紫も骨が折れるというものだった。
「ところでなんで私なの? 他にいるでしょ、快く貴女に協力してくれそうなの。西行寺のとか、あんたのペットとか」
「ちょっと計算違いがあってねえ……藍は人捜し。幽々子は私の代わりにお説教を受けてもらってる」
「お説教?」
「こわーいお方からの。私の分も込みで、ね」
実際冗談めかして言ってはいるが、今回の紫の計画にはすでに結構な計算違いが生じていた。
それを是正するにあたって、どうにも四季映姫の協力が必要になってしまったのだが――自分で赴けば三日三晩説教をくらうのはまず間違いないため、代わりに幽々子に是非曲直庁へと行ってもらったのだった。
無論その幽々子にしたって叩けば埃はわんさと出るだろうから、受けるであろう説教の時間はもはや紫でも計算ができず――
――ごめんね、幽々子。こんどお菓子持って行くから
心の中で友人にわびた。
「ふあ~あ……今晩は満月だったかしら? 吸血鬼が一番力を発揮しやすいときね」
欠伸まじりで幽香が呟く。
「ええ、今宵が始まりよ。吸血鬼による異変のね」
「そいつ等は頭が悪いの?」
「ん? なんで?」
「だって、外から来たんでしょう? ふつうは様子見だなんだとやって、ここがどういう場所か見極めようとするはずだわ」
「あんたからそんな建設的な意見を聞くとは思わなかった……あちら側に立って考えてみなさいな。今宵を逃せば満月は一ヶ月先よ?」
幽香は少し考える仕草をした。
「ああ、そういうことね。ここが雑魚だらけの平和ボケした場所なら、今日一気に暴れてしまえばいい。どうせ雑魚ばかりだから反撃も怖くない」
「そう。で、仮にここが強敵だらけの危険な場所なら」
「一番強い力を発揮できる今晩、ある程度の示威行為や要所の制圧を……え? ちょっと待ちなさい、たしか吸血鬼の食糧は――」
「主に人間の血」
「人里、やばいんじゃないの? 兵糧の確保は最優先で行うんじゃ――」
「あらあら、風見幽香とは思えない優しいセリフ」
「違うってば。人間も妖怪もどうなろうが私は知ったこっちゃない。ただ、この場所が壊れるのは困るのよ。ここでしか咲けない花たちがいる」
外の世界で幻想になったもの、そこには当然絶滅した動植物たちも含まれているのだ。
「人里については、とりあえず今晩は大丈夫よ。あちらはたったの数人、兵糧以前にそもそも兵がいない。だからまず最初に勢力の確保に乗り出すわ。人間たちなんて後から簡単に制圧できる、って思っているでしょうから」
実際はそう簡単にはいかないだろう。
妖怪が跋扈する幻想郷――そこに生きている人間たちである。博麗の巫女の言う通り、そうやわではない。
幽香はまだ納得のいかない表情をしている。
「敵はなぜそう急いてる? 次の満月まで待てばいいじゃない。戦争しようってんでしょ? なのに偵察すらなしだなんて、戦術も戦略もありゃしない。それともよほど自分の力に自信があるのか……まあそれならそれで屈服させるかいがありそうね、ふふふ」
ぶつぶつ言いつつ、幽香はサディスティックな笑みを見せた。
それを呆れ顔で見ながら、紫は彼女の疑問に答える。
「一言でいうなら燃料不足、かしら? まあそんなことはどうでもいいじゃない。協力してくれるんでしょ?」
「眠いんだけど」
「ご協力感謝致しますわ」
「楽しそうだからついて行ってあげるだけ。勘違いなさらないことね」
そう言うと風見幽香はまたミイラになるのだった。
紫はふうとため息をつくと、先ほど払いのけた羽毛布団を元に戻すのだった。
「ちゃんと起きなさいよ~?」
そう一言残すと、紫はスキマを開いて屋敷の外へと出ていった。
◇◆◇
――――地底世界
黒瓦が特徴的な日本建築の立ち並ぶ街路。
地下は当然ながら天井も岩盤であり、光源に乏しい。だから街路には常にまばらに篝火が焚かれている。
そのかつての地獄の街道を、濃緑色の、どことなく大陸的な意匠の含まれた衣を身にまとった少女が楽しそうに歩いて行く。
「死体旅行、死体旅行っ♪」
左右に二本下がった三つ編みは真っ赤な髪色で、そこかしこに黒いリボンがあしらわれている。頭部にはリボン同様に黒い、猫の耳。
衣装は総じて暗めの色彩を帯びていて、地下の光の少なさと相まって喪衣のようでもある。
「地獄いいとこ、一度はおいで♪」
少女は名をお燐という。
死体の回収(と蒐集)を生業とする、地霊殿の火焔猫である。
現在はその回収した死体を運搬する最中で、その愛用の手押し車には一体の骸が、まるで安楽椅子に座らせられるかのように乗せられていた。
三十歳ばかりと思われる、たいそう筋肉質な男性の死体である。
「オラハシンジマッタダー」
その横を飛ぶ怨霊が独特の声で言う。暢気な口調である。
もとは運ばれている死体に入っていた魂なのだが、総じてお燐に運ばれ怨霊と化すとこういったふうになる。
お燐は死者たちの声を聞く術を持っているし、その関係で怨霊たちとの親交は篤い。今のように新米が入って来た折には、大体はこうして死体旅行と称して地底世界を案内して回るのだ。
そうしている間に死者の肉への執着は削げ落ち、終わる頃にはすっかり地底世界の一員となっているという寸法である。
死体は単なる『もの』に過ぎない。魂魄双方揃って人は人たるのだ。魂が抜け、それが彼岸なり冥界なり地獄なりに逝ってしまえば、残った肉体は中身のない入れ物に過ぎなくなる。
そうしたことは生きている内は中々理解し難いものがあるのだが、いざ死んでそこから抜け出てみると、即座に得心がいく――とのことである。お燐は人間ではないのでその辺りの心理には疎いのだが。
「お兄さんガタイがいいねえ。惚れ惚れする死体だ」
「アンガトヨー」
お燐は楽しそうな口調でその怨霊に話しかけた。
「シタイ、ドウスル?」
「そうさねえ、炉にくべて地獄の釜の燃料にするか、烏に食べさせるか――あるいは陳列するかだね。こいし様はあんな顔して意外とガチムチ好きだから……あ、こいし様ってのはあたいの飼い主さまね。で、まあたぶんあんた『だった』モノは飾られるねえ」
「テレルナー」
「別にいいだろ、いいカラダしてるしさ」
「シュウリシテクレー」
やはり独特の声で怨霊は答える。
男性の死体は額が石榴のように割れていて、そこから血が今も流れ出ているのだった。流れ出た血は荷台の下に溜まっている。
死者が最も厭うこと、それは変わり果てたかつての体を他人――特に親しい者に見られることである。それだけは我慢ならないのだそうだ。だからこそ死体は早々に焼くなり埋めるなりして隠されなければならない。鳥や動物に啄ばまれる場合も、半端に残骸を野晒しにするのはどうにも嫌であるとのことで、それであるならいっそ骨まで念入りに喰らって欲しいのだと死者は言う。
お燐が運ぶ死体はその大体が無縁仏か、あるいは親類縁者に知られず野垂れ死んだ存在かのどちらかである。言い換えるなら、中々隠してもらえない死体たちということだ。
そうした不遇な死体たちの声をお燐は聞き、運ぶ。
だからお燐は多くの場合、運んできた死者たちには感謝される。それが火焔猫としての仕事の遣り甲斐でもあり、またお燐自体も死体は大好きなので、趣味も実益もそれで満たされてしまう。
結構うまく回っている――そうお燐は思う。
「まかせな、こいし様のボディコレクションの修復作業は全部あたいがやっている。腕は信じていい。きっちり縫合してあげるよ」
そう言ってお燐はほほ笑む。エンバーミングはお燐の十八番である。
怨霊も安心した様子だった。
「ところでなんで死んじまったんだい?」
「コロンダー」
「ドジだねえ」
「メンボクネー」
お燐もたまに手違いで葬儀中の死体を持ってきてしまうことはあったが(鳥葬や風葬ははたから見ると死体遺棄と見分けがつかないので)、幻想郷の人間の死生観からしてもやはり死体はただのモノなので、せいぜい猫が魚を持って行った程度にしか思われない。騒がれはするが、騒がれるというだけである。死体に思いを馳せる暇があったら彼岸にいる魂に祈りを捧げた方がよっぽど理に適っているからだ。
もちろん生きている人間に手を加えようとしたなら――お燐は少なくとも地上ではそれはしないが――そのときは全力で排除されるのだろう。
「地下も中々いいもんだろう? てなわけで、到着だ」
回り回ってお燐と怨霊と死体は地霊殿へとやってきた。
その中へと歩み入り、ステンドグラスが目を引く回廊をしばし進んでいく。途中で妖獣や、そうではない普通の獣たちとすれ違う。
心を読むという地霊殿の主の力は、言葉を持たない存在からしてみるとたいそう有難いものであり、だからこうしてここに住み着く獣は後を絶たないのだ。当の主はその能力故に他妖怪からは忌み嫌われてもいるのだが、お燐からしてみれば大切な親代わりともいうべき存在なのである。
「ただいまー、さとり様~」
勢いよく戸を開ける。
「『こいし様向けガチムチボディが手に入った』……あの子も悪趣味だわ」
お燐が室内に入るや否や、主人――古明地さとりはため息交じりで言った。
水色に撫子色という、どことなく幼さのようなものを感じさせる暖色の色合いを身にまっている。髪は仄かなピンク色。
淡彩色の少女である。
故に胸元に見える真っ赤な『第三の眼』がひと際に異彩を放っている。
ここは応接室である。来賓用の長机が置かれていて、さとりは賓客と思しき人物と向き合って座しているのだった。
悪趣味というのが死体の陳列のことを指しているのか、それともこいしの嗜好のことを指しているのかはお燐には分からなかったのだが――
「両方よ、両方」
「さいですか」
「『私の好み』? まあ死体飾ってもしょうがないけど、強いていうなら……うん、女の子のボディが好きかな……」
「……」
「って『百合かい』って何よ。そういう意味じゃないわよ」
さとりは対峙する相手の考えていることを先手を打って口にする癖がある。
お燐が思うにそれは彼女なりの対人作法なのだ。
さとりの前では隠し事はできない。しかしそれは言いかえるのなら隠し事をする必要がないということでもある。本音と建前を使い分けるようなことは、自分の前では必要ない――それを伝えるべくさとりはいちいち相手の考えていることを口にする。
心を読むさとりからすれば、他人の持つ負の情念などは慣れっこである。
むしろ相手がそうした感情を有していることより、それを押し隠されることの方をさとりは厭うているのだ。一緒に住んでいるとそのことがよく分かる。
もちろん大半の相手にはそんな心情など伝わりはしないし、いきなり本音を言えといったところでそんなことは土台無理でもあるので――古明地さとりは忌み嫌われている。
「『御主人が一番素直じゃない』……ふん」
不機嫌そうにお燐の主人はそっぽを向いた。
心を読まれている――お燐がただの獣だった頃から何もかもが筒抜けだったのだから、今さら気にもならない。口を動かす労力が省かれるだけである。
「『ところでその人、誰です?』……私の好みなんか聞く前にそっちを気にしなさい」
「あたいは聞いてませんよ。さとりさまが勝手に答えただけです。女の子のボディが好きだー、って」
「む……」
「今度かわいい子でもさらってきますか? ちなみにあたいは死んでいるなら老若男女は問いません。死体はみんな愛おしい」
「火車、ですか。何だかうちの渡し守りに似てるけど、あの子と違って仕事は真面目みたいね」
来客者が言った。
「『羨ましいわ、小町もこれぐらいまじめに働いてくれればいいのに』」
「まったくだわ……教育がなっているようね」
「放任ですがね」
「猫だもんねえ」
来客者はお燐を見て笑いかける。
基調は紺と白。規律、秩序――そうしたものを感じさせる人物である。ただどことなく茶目っ気のようなものも感じるから、何となくバランスがいいという印象をお燐は抱く。
「お燐、こちらは四季映姫様」
「うえ?」
妙な声をあげてしまう。その名には聞き覚えがあったからだ。
――もしかして
「察しの通り、ヤマザナドゥね」
事もなげにさとりはそう答える。
しかしお燐からしてみると気が気ではない。途端にそわそわし出す。
閻魔といえば鬼神長と並ぶ地獄の要職、秩序の具現化したような存在だ。その人物の前でお燐はあろうことか死体を運んでいるわけで――
「お燐さん、というのね」
夜摩天の少女の口調は実に柔らかだったのだが、お燐の方は完全に委縮してしまっていた。
「何をそんなに縮こまっているのです? あ、さとり、ひょとしてこの子――」
「『閻魔様に死体運びの現場を見られた~、こりゃヤバい』」
「あわわ、さとり様っ!」
「やっぱりか……」
映姫は一つため息をつき、そして周章するお燐を見つめる。
何もかもを見抜くかのような、澄んだ瞳。思わずお燐は目をそらしてしまう。
さとりのそれが『今』を読み取る眼だとするなら、こちらは『これまで』を見抜く眼だ――そう感じた。
「その死体、どうするの? もう魄も抜け落ちて、後は朽ちるばかりよ」
「処理を施して私の妹のコレクションに加える――かどうかを検討中らしいですね。妹はどこかをほっつき歩いているみたいだけど」
はてどこから説明したものかと逡巡していたお燐をさとりが補足する。
「そこの怨霊は陳列には同意しているのですか?」
「え? ええ」
「シュウリシテクレー」
「分りました。きちんと修復してあげなさいね」
そう言ってほほ笑むと、閻魔は口を閉ざした。お話はここまで、といった素振りである。
お燐からすると説教か、下手をすれば簡易の裁判の一つでも食らうかと戦いていたから、実に拍子抜けである。
「えっと……あの」
「『怒らないの?』、だそうです」
「怒る? どうして? 死体はただのモノですよ。飾ろうが炉にくべようが好きにするといい。それくらいしか用途がないし、ほっといたって腐るし――そうなったら一番辛いのはその怨霊でしょうしね」
淡々と映姫は語る。
「むしろ是非曲直庁が捕捉しきれなかった死者を貴女は回収しているのだから、私としては感謝したいぐらいだわ……そう、貴女はもっと己の仕事に自信を持つべきなのです。死体は単なるモノ、真に尊ばれなければならないのは魂魄一揃えの生きた心身と、それが一生であると心得なさい。そして故に、死したる身体は速やかに隠され、抜け落ちた魂は迅速に幽の領域へと送り届けられなければならない……ま、貴女もどうやらそれは分かっているようですが――」
淀みのない口調で閻魔はお燐に教えを説く。お燐はお燐でそれを真面目に聞いている。
「――胸を張って死体を持ち去ること、それが今の貴女に積める善行です。さ、早く修復してあげなさい」
「は、はいっ!」
「ただし、縁のある死者は手を出してはいけませんよ? 人間には人間なりの、幽明のけじめの付け方というものがある」
「肝に銘じときます」
さとりと映姫に一つ頭を下げると、お燐は死体と怨霊とともに応接室を後にしようとする。
「ちょっと待ちなさい、お燐」
それをさとりが呼び止める。
「死体のストックは――『燃料も餌もしばらく持つ』。なるほど」
「どうかしました?」
「備蓄は十分みたいね。じゃあお燐、貴女には暇を出すとしましょう」
「……」
「『お空、今まで楽しかったよ。でも残念ながらお別れみたいだ。お燐は地霊殿を去ります、さようなら。よよよ』……いや、クビじゃないってば。単に休めって言ってるの」
「なんだ、紛らわしい。寿命が縮みましたよう」
「ともかくしばらく猫車運送はお休み。理由? 約束されていない人死が出る可能性があるってところかしらねえ」
「んー、よく分かんないけど、とりあえずあたいはお空と釜の管理でもしときますね」
そしてお燐は応接室を後にした。
「いい子じゃないの。うちの奴と交換したいぐらい」
お燐の去った後の室内にて、四季映姫はくすりとほほ笑みながら言った。
「嘘はいけないわ、閻魔様ともあろう方が。手放す気なんて毛頭ないくせに」
「ばれましたか」
「『眼』に頼らなくても」
二人ともくっくと笑い、机に置かれたダージリンの紅茶に手を伸ばす。
「『紫も幽々子も無茶ばかり言うわ、まったく』……ふふ、亡霊姫は派手に説教をされたようで」
さとりが意地の悪い笑顔を浮かべる。
「真面目に冥界管理をするように注文しただけですよ。どうせまた何か悪戯でも企んでいるのだろうけど」
「暇なんでしょう。それで先程の件ですけどね……広域の事象否定なんて、そんな大それたこと可能なのですか? それに確か白澤は代替わりしていたような――」
幾分か真剣味を帯びた三つの瞳が映姫を見据える。
「白澤の力不足については、まあ何とかする。でもそれにしたってやらなきゃいけないことはわんさとあるわ。干渉時空域の策定に、削除対象となる事象の選定に――」
「因果関係の初期化」
「それが一番厄介だわね。出来ることならば何も起こらなければいいのですが」
映姫は面倒くさそうにため息をついた。
「諏訪……久しぶりに聞きましたよ、そんな地名」
さとりは地上と地下が分断された頃からこの場に居を構えている。地上の、それも幻想郷の外の地名などを耳にするのは実に久しぶりだった。
そして読心の少女は顔をしかめる。それとは逆に第三の目は、刮目するかのようにひと際大きく見開かれた。
「龍と接触する気ですか?」
「場合によってはね。私ごときの言葉が届くどうかは知りませんが」
「上から咎めがあるかもしれませんよ」
「それはほら――」
「『私はヤマザナドゥだから』……しかしくれぐれもご自愛の程を。無事でなければ衆生の相手もままならない」
「ええ、ありがとう。それではそろそろ帰ります。万が一部下が真面目に働いていたら大変ですから」
映姫が笑う。
「虚静恬淡――貴女は白黒はっきりしていて余計な気を遣わないでいいから楽でいい。またお出で下さいな」
忌避された読心の少女も、ごく稀に見せる人懐こい笑顔を浮かべた。
そして二人は気が付いてはいなかった。
真綿で絞め殺すかのように着々と地霊殿を侵犯してくる存在に――
暗中を蠢き、地上と地下の双方に厄災をもたらそうとしている存在に――
◇◆◇
――――霧の湖
湖はその中心部に島とも言うべき場所を抱えており、全体のサイズもかなり大きい。
時間は夜、湖の映し出す光景もまた夜のそれである。
空には円い満月――天幕に穴を穿つかのようにくっきりと浮かび上がっている。
その満月の放つ直截的な光は、湖畔に疎らに立ち込めた霧を透過する過程で幾分か柔らかになり、湖畔にたたずむ少女の姿を淡く照らし出していた。
――色彩の相性がいい
そんなことを大妖精は思う。
湖畔の草むらに座った彼女の膝は、今はチルノの枕代わりになっている。遊び疲れて眠ってしまったのだ。
その髪と満月の光は互いを引き立て補完し合い、調和している。だから相性がいいと感じる。他方でチルノは陽光の中ではしゃいでいてもやはりそれはそれで映える。
自由なのだろうと思う。
――だから……
チルノと共にあるとき、彼女は楽しさと同時に一抹の不安を感じる。少なくとも昔はそうだった。
自分と違って自在だから――だからいつの間にか自分の手の届かないところに行ってしまうような気がして怖かった。
その不安は結局のところ現実のものとなり、チルノは極東のこの地へ、そして大妖精は欧州の山へと取り残され、二人は一世紀ばかりの別離を強いられたのだが――
――もうそんなことはないだろうけど……
チルノの髪をなでる。
手入れなどまるでしていないだろうに、するりと抜けていく。
大妖精の手の内には、何も残らない。
それが少し厭だった。綺麗な柔らかい髪だけれど、厭だ。
ちょっとぐらいはこの指がしがらみになってくれればいいのに――そう思う。
だが、自分のように無用の鎖に縛られてほしくはないとも思う。自由奔放こそがチルノにはよく似合う。
それも分かっているから、結局のところ大妖精は何もできないのだった。
「……大ちゃん」
チルノが目を覚ます。
「あ、起こしちゃった?」
「いや、起きたの」
むくりと起きあがると、チルノは膝をついて大妖精の顔をのぞき込んだ。
そして心配そうにたずねる。
「なんかヤなことあったの?」
青の瞳。
温かな氷――そういう矛盾した表現を大妖精はなぜだか思い浮かべた。
「別に。どうして?」
「なんとなくそう思っただけ」
チルノは立ち上がると湖の方を向いた。
六枚の水晶のような羽が大妖精の方を向く。澄んでいるから空の色がそのまま映っている。
「大ちゃん」
「なあに?」
「ごめんね」
突然チルノは謝ったが、そうされる理由が大妖精には思い浮かばない。
「なんで?」
「一人でこっちに来ちゃったこと」
「それは――仕方ないことだから、私は気にしてないよ」
――寂しくはあったけれど
「そういえば聞いてなかったけど、どうやってこっちに来たの?」
文にも語った内容をそれとなく話す。
チルノは分かっているのか分っていないのか判然としない態度でそれを聞いていたが――
「わかんない」
あらかたの説明が終わった後にそう言った。それで大妖精はため息をつく。
――あの人たちは大丈夫かしら?
大妖精は自分をこちらへと転送した二人組のことを思い浮かべる。
吸血鬼と魔女――特に気がかりなのは魔女の方である。
『他の三体』から聞いたところでは、彼女はずいぶん長きに渡って精霊や妖精の幻想郷への転送というものを行っていたのだそうだ(実のところ大妖精が最後の一体であったらしい)。
だが、その彼女自身が相当弱っているようにも感じられた。
当然といえば当然だ。
魔法使いとは詰まるところその存在の多くを魔法の力に依っている者のことである。ならば大妖精が消えかかっていたのとまったく同じ理由で、彼女自身もまたその存在を脅かされていたのだとしても何らおかしくはない。
おそらく同行していた吸血鬼は、早々に彼女を連れてこちらへと越してしまいたかったのだろうと思う。それでもあの魔女は消えかかっていた者たちに地道に手を差し伸べ続け、吸血鬼はそれに付き合っていたようだった。
彼女がなぜ大妖精たちに手を差し伸べたのかは分からない。
賢者の石の練成のため、精霊魔法のため――当人はそう言っていたが、それならばそのために必要な要員だけを選定して送り届ければよかったはずである。しかし実際にはそれとは関係のないような、力のない――たまたま行きそびれてしまったような子たちまで、彼女は引き受けていたらしい。こちらに来てから聞いた話である。
――無事……なのかな?
そして大妖精が心中でそれとなく祈りを捧げようとしたその時、凪いでいた湖に突然と波紋がたった。
やがてさざ波が年輪のように幾重にも連なって湖畔へと寄せる。
その中心にあるのは変哲のない島である。二人の立つ湖畔から島まではそこそこの距離がある。波はその島を中心として発生している。
「花火?」
チルノが首をかしげる。
島の中央部で青い火花が次々と散り、それとともに波がどんどん強くなっていく。飛沫が二人の元まで飛んでくる。
――島が……歪む?
強まる火花とともに島を中心とした周囲の景観が奇妙に歪曲する。
風景の映り込んだ水を乱暴に攪拌したかのように島が歪み、ひずんで、そしてそれが収束を迎えたとき――
「真っ赤だ……」
チルノが呟く。
それまで存在していなかったものが島の中心部に出現していた。
紅い、瀟洒な洋館。
均整な四角形と三角形のみで構築された西洋建築であり、時計台と思しき尖塔が、月を貫くかのように屹立している。
その大胆な紅い色彩は、温帯の夜の風光からは画然として――それでいて不思議と違和感がない様にも感じられる。
――何か……
そして大妖精は悪寒を覚える。
何かが始まった。何かが違え、食い違った。
そういう予感がする。
風は躍り騒ぎ、安穏の終わりを、静穏の死を報せる。水面が落ち着きなく震う。
この風を大妖精は知っている。これは――戦の始まりを告げる風だ。
――そんなの……厭だ
「ちょ、ちょっと!?」
気が付いたらチルノの手を引き、林の奥へと走っていた。
離れなければ、隠れなければ――枝を葉を土を、大地を踏み蹴散らして、ひた走る。
――『その勘の鋭さはもうしばらく残しておいた方がいい』
その言葉が大妖精の中で反響していた。
――――人間の里
「FM音源――と言うのだそうです。演奏しているのは幺樂団の皆さんですね」
上白沢慧音は寺子屋の件で稗田家の屋敷を訪れていたのだが、いつの間にか夕餉を馳走になることになり、今は食後の紅茶を味わっていた。
そこで耳慣れない音楽が鳴っていたので、当代の当主――稗田阿求にそのことについてたずねてみたのだった。
「えふえむ?」
「私も詳しいことは知らないですけどね、なんだか懐かしくてかわいい感じ。そう思いません?」
「そういうものだろうか?」
「そういうものです」
阿求は慧音に背を向け、レコードの針を調節した。それで曲目が変わる。
「何という曲かな?」
「『Lotus Love』とあります。かなり古い曲ですね。ところで今日は満月ですけど、お役目の方はよろしいのですか?」
二人が今いるのは阿求の書斎で、その窓から青白い月が見える。
だから今の慧音は白澤の状態である。額には猛牛のような角が生えている。
「もうしばらくしたら帰るよ」
そう慧音はつぶやいた。
稗田家は千年以上に渡ってこの地の歴史を記録してきた由緒ある家系である。その蓄えられた資料は、膨大なものがある。
稗田家の敷地内にはその資料を保存するための蔵が大量に設けられている。またそれを維持管理するための司書たちも住み込んでいるため、稗田の屋敷は人里の内でも最も大きな建造物となっているのだった。
阿求の書斎は高いところにあり、また稗田の屋敷自体が比較的里の中央寄りに位置しているため、人里が良く見渡せる。
「そろそろ幻想郷縁起の執筆に取りかかろうと思うのですが……いかんせん平和すぎて何を書けばいいのか分かりません」
阿求が苦笑いを受かべた。
赤紫の髪とトレードマークの花飾り。明るい色合いをした花柄の着物。
転生というシステムについては慧音はよく知らないのだが、不思議なことに御阿礼の子はある程度成長した姿で此岸へと現れるのである。だから、出生祝いでもある御阿礼神事の折には、すでに今と同じ年頃の外見をしていた。そのときの『文々。新聞』の写真を見れば明らかである。
「幻想郷縁起は元を正せば妖怪の対策書だろう? 平和なら――危険度なり何なりを水増ししておけばいいさ。ちょっとは怖がっておかなきゃ妖怪はどんどん弱くなってしまうよ。風見幽香なんぞは普通に花屋に買い物に来るから、ちっとも怖がられていない。ノンカリスマ妖怪だ。そうだ、当人のためにも危険度極高とか書いておいてやれ」
白澤状態なので、多少慧音はべらんめえ口調である。
「そういえば先生、外来の方が一人見付かったとか」
「ああ、一昨日な。ルーミアの奴に襲われて『食われた』よ」
「あら、それはそれは――で、その方はどちらに?」
「とりあえずは小兎家の屋敷で働いてもらうことになった。健康な青年みたいだから人足としても優秀だ。外界では『さっかあ』とかいう競技の選手だったそうだが……蹴鞠をもう少し激しくしたような代物らしいわ。子どもたちの運動に良いかもしれないね」
「その方は無事だったのですね」
「ああ、『食べられ』はしたがね。つまり彼方側での彼は死んだよ」
古き約款の生きる幻想郷においては、通過儀礼の類はいまだ有効である。外の世界においてはそうしたものはすっかり寂れてしまったようなのだが――そうした儀礼は概ね『擬似的に一旦死んで、それから再生する』という体裁をとる。
ここでいう擬似的な死とは、要するにあちら側のルールを脱却し、こちら側のルールに新たに従うための加入礼を意味する。今回の件で言うなら『妖怪に襲われる』ということこそが、それに相当する。
そしてルールとは即ち理、有り体に言うならば世界観のことだ。
「ここが気に入ったようでね、帰るつもりもないようだ」
つまりその青年は、あちら側――外の世界の理を捨て、人と妖怪の共存するこちら側の理へと従うことを選択したのだ。ルーミアに襲われることによって、妖怪に襲われる恐れのある幻想郷の世界観を学習し、受け入れたということである。
無論ある程度知性のあるルーミアに見付かったから彼は儀礼的に死んだだけで済んだのだが、これが知性の浅い妖怪の類に見付かっていたら文字通りの意味で食われて死んでいたのだろう。だから彼は運が良かったのだ。
「今日は――満月ですね」
窓の外を見ながら阿求が呟く。
程よく雲の立ち込めた夜空に、冴え冴えとした円い月が浮かんでいる。
幻想郷から見える月は、単に本物の月が天蓋に映り込んだだけの代物だ。月は、決して直截にその姿を地上にさらすことはない。
硝子や水などの別のものに投影された姿――多くの者はそれを月として認識しているだけなのだ。
本物の月はもっと畏れ多く、狂気的な存在である。
月の影響を殊更に受ける慧音には、それが良く分かる。
そこで慧音は少し妙なことを考える。
硝子や水に映った月は、砕くことができる。硝子を割るなり、水をかき混ぜるなりすれば、あっという間にその月はバラバラになる。
なら、もしも何らかの力でもって天蓋を破壊することができたのなら――
――あの月も砕けるか
彼方には、夜に染まって鉄紺色になった妖怪の山が見える。
そこを下りいくつかの森や林、草原の類を経ると人里である。
人里はその周囲を瓦造りの土塀に覆われている。
その塀はそれなりの高さを有しており、空を飛ぶ手段を持たない種相手には結構な侵入防止効果が望める。逆に空を飛ぶ者たちに対しては、あって無いようなものなのだが。
里の東西南北には、入口の門扉がある。
そのそれぞれの入口からは、里の中央の広場に向かって真っすぐに大路が延びていて、人里の大まかな区画はこの四本の道により定まっている。要するに『田』の字に近しい区画区分をしているのだ。
それ以外の小路も、そのほとんどが碁盤の目のような規則的な形で走っている。明治期に外部と別れたという割に、区画整備はしっかりしているのだ。
聞くところによると妖怪の賢者の数学的趣味ということらしいのだが。
中央の広場には、竜神の石像が祭られている。
眼の色でその日の天気が分かるという優れもので(河童の細工によるものらしい)、白なら晴れ、青なら雨、灰色は曇りといったふうである。この目が赤くなっているときは予測不可能ということであり、つまるところ異変が起こっているということである。
広場の近辺にはひと際高い二つの建物――物見櫓と半鐘台が設けられている。
半鐘台は四方位の門の横、および各区画の中央付近にそれぞれに一本ずつ――合計九本が立っていて、当番制でもって火災や外部の動向の監視等がなされている。ただ最近はまったく平和だったため、ほとんど閑職とも言うべき状態になっているのだが。
物見櫓からは広場を見下ろすことはできない。言わずもがな、竜神像を下に見るなどもっての外だからである。
食堂だの酒屋だのといった店屋の類は中央付近に多く集まっている。慧音の行きつけのヤツメ堂もそうだ。
その付近の建物は多分にモダンな要素も含まれていて、ものによっては西洋建築の意匠が取り入れられている場合もある。明治的なのだ。
逆に中央から離れたエリア(つまり人里の大半)においては、蔵造りだの長屋だのといった江戸時代的な意匠が目立つ。
建築技術に関しては幻想郷は外部から隔絶された時からさして進歩していないのだが、ここに住まう人間たちはそれで満足しているのだった。
「平和ですねえ……ん?」
阿求は何かを見つけたのか、夜空に向けて目を凝らした。
「どうした?」
「いえ……」
「何かあったのか?」
「……あれ、見えますか? 先生」
阿求が月を指さす。慧音も目を凝らす。そこには――
――蝙蝠?
円い月の中央に陣取るかのように、巨大な蝙蝠が――
――違う
あれは蝙蝠ではない。
蝙蝠のような羽を生やした、人型だ。
それが月を背負い込むようにして幻想郷の空に浮かんでいるのだった。
「先生!?」
次の瞬間、上白沢慧音は走っていた。
――――人間の消える道
「ヒトッ、ヒトッ、ヒトをッ♪」
相変わらずの珍妙な歌を聞かされつつ、リグル・ナイトバグは数日前と同じように屋台で(水を)ちびちびやっていた。
「人間を~さらえぇ♪」
店主はいつもに増して上機嫌で、お構いなしである。ぶんぶん腕を振り回しながら歌って、リグルのオーダーした八つ目鰻を焼き始める気配は一向にない。
「オーダーはまだ?」
痺れを切らしてリグルが問う。
「オーダーはまだ?」
鸚鵡返しのようにミスティアが聞き返す。
「はやく注文をしてくれなきゃ焼けるものも焼けやしないわ」
「だからもうしたっての。鳥は三歩も歩けばものを忘れるっていうけど、あんたは動いてすらいないのに忘れるんだから器用だよ」
うんざりした声でリグルは答える。
「そりゃ器用じゃなきゃ鰻は焼けぬ」
「いや、そうじゃなくて」
「ホタルのひ~か~り♪」
「もういいよ……」
「ま~ど~の幽鬼~♪」
「なんか違う気がする」
一日の疲れを癒すべき屋台でなぜ更なる疲労を蓄積しなければならないのかとリグルは悩むが、それでも何となくここに足を運んでしまう自分が少しおかしかった。
「ところでリグル」
「ん?」
「あんた地味だよね」
「なにさ、藪から棒に。悪かったね」
――人の気にしていることを……
ただそのミスティアの発言はもっともで、確かにリグルの格好は他の妖怪たちと比べても特徴に乏しい。申し訳程度にフリルがあしらわれたシャツに、ドロワーズと丈が一緒なために不格好に膨れ上がってしまっている半ズボンという、色気もへったくれもない取り合わせである。
「だからってあんたは派手すぎ」
対するミスティアは派手だ。
そこかしこに翼の飾りが付された服に、極めつけに特徴的な帽子――彼女はその格好や割と激しい調子の歌声から、古参の妖怪たちの間では疎んじられることも多い。
当人はそんなことはまったく気にも留めていないようなのだが、リグルとしては少々心配ではあった。
「王さまなんでしょ、虫の。もっとなんかないの? マント羽織るとかさ」
「この格好でマント羽織ったって様にならないでしょう?」
「そこはもっとゴージャスな感じの服を着るのよ」
「どこで仕立てるのさ?」
「コーリンドーとかいう人間ならやってくれるんじゃない? 確か服を売っていたよ。知り合いの朱鷺の子が言ってた」
「うーん……」
リグル自身もともとそれほど外見に気を遣う方ではなかったし、また特に王という立場から権威風を吹かそうとも思ってはいない。だから威厳や風格といったものをあまり求めてはいないのだ。
しかし天狗等のプライドの高い妖怪からすると、そういう態度はいけないのだという。特に人間に対してはもっと上段からの目線で挑め、というようなことをよく言われる。
そういう意味ではリグルもミスティア同様に鼻つまみ者なのである。
――でもねえ……
現状の幻想郷の人間は、人里を侵犯したり作物を過度に荒らしたりしない限りは虫たちにも寛容なのだ。分を弁えているとでもいうのだろうか。
だから古参妖怪たちのように居丈高に構えて肩肘を張って生きるより、人との共生を図った方がよっぽど得策だとリグルは考えている。
「ところでさ」
「んー?」
リグルとしてはミスティアにたずねておきたいことがあった。そのミスティアといえばようやく八つ目鰻を焼き始めたようである。
「客入りはどうなの、この屋台?」
「え……ぼ、ぼちぼち」
ミスティアは一瞬返答に詰まったようだった。
「私とルーミア以外に誰か来た?」
「えっと、ヤツメの師匠と慧音が一回」
「あとは?」
「……それだけ」
気まずそうにミスティアは目をそらす。
「やっぱり閑古鳥じゃないか。営業時間と場所を見直した方が――」
「だって、これ以上里に近寄ると怒られるしさー」
「からかいすぎるからそうなるのよ。人間好きなのは分かるけどさあ」
「す、好きじゃないわよ、あんな連中」
「はいはい。あんまり里に入り浸ってると次辺りの幻想郷縁起で『友好度、悪』とか書かれちゃうよ?」
「だって~、あいつら鳥目にすると楽しいんだもん。こうね、ふらふらってしてね」
ミスティアは人間の目を見えなくさせる。
逆にリグルは人間の視界を奪う闇の中で輝く。
夜を好む者どうしだが、実のところやっていることは対照的である。
「ん?」
焼きあがった鰻を差し出しがてら、ミスティアが月を見上げる。
つられてリグルもそちらを見る。今宵は満月である。
「何だろう、あれ」
「ミスティアの仲間じゃないの? 羽が生えてる」
作業の手を休め、ミスティアが屋台から出る。リグルもそれに従う。
「違うと思うけど。でも何か……何か厭だ、アレ」
ミスティアが珍しく警戒する素振りを見せた。
――――幻想郷上空、雲海
龍宮の使いと呼ばれる種族は、基本的に雲の中を泳いで暮らしており、眠る時も泳ぎながら眠る。
永江衣玖もその多分に漏れず、ゆらゆら雲中をたゆたいながらまどろんでいた。雲の中はほどよく湿気ていて、竜宮の使いである衣玖にはとても心地が良い。
「おーい、衣玖~」
仲間の竜宮の使い達が三人ばかり泳ぎ寄ってくる。衣玖と同じく緋色の衣をまとっている。
「なんでしょう?」
衣玖は眠気を払って用件をたずねる。
実のところは相当まどろんでいたのだが、空気の読める衣玖のこと、眠気まなこでの応対などはしない。
「この前やって来たっていう二人組、誰だったの? 長とダイレクトでお話なんて」
先だっての二人の来訪者たちのことである。
妖怪兎と魔界神――あのあと彼女たちは竜宮の長と一通り何かを話し、地上へと帰って行ったのだった。
よく考えれば奇妙な組み合わせである。魔界神といえば、ことによっては竜にも匹敵し得る権能を掌る神だ。しかし一方であの兎は、至って普通の、それも大して力のない妖怪に見えた。
無論、ああして長が面会に応じた以上は名のある妖怪なのだろうが――空気の読める衣玖は他人の嘘を見抜くのも上手い。その衣玖をして妖怪としての格を感じ取ることができなかったのだから、これは本当に取るに足らない妖怪だったか、もしくは恐ろしく巧妙に自身の正体を隠しているかのどちらかなのだろう。
とは言え、相方の魔界神にしたって威厳だの風格だのはあまり感じられなかったから、案外そんなものなのかもしれない。
「何を話したんだろうねえ?」
同僚たちはそんなことを話し合っている。
それは衣玖も気になってはいた。
幻想郷の最高神の代弁者と、魔界の最高神が対面したのである。衣玖たちのような一般の妖怪には与り知らぬ、高度に政治的な問題をはらんだ話であったのだろうと思う。ただ、そうなると益々あの兎はいったい何だったのかという疑問が募るのだが。
――そういえば
あの後、衣玖は魔界神から小さな水晶のような球体を預かっていた。
それがいったい何なのかは知らないのだが、しばらくはそれを捨てずに持っていてほしいと衣玖は魔界神から頼まれたのだった。
断る理由は特になかったので、今でもそれとなく気を払いつつ所持している。
――ん?
そのときだった。
言いようのない、『厭な』空気が伝ってくるのを衣玖は感知した。
それは同僚たちも一緒だったようで、皆一様におしゃべりを止めて、雲の下へと目をやった。
不穏。不吉。そして不安。
そうした気配がひしひしと下界から伝わってきている。
その空気は、けっして龍宮の使いだから感知出来たという類のものではない。遍く全ての、意識を持った生物ならば簡単にそれを感じ取ることができたであろう代物だった。
はっきりと克明に流れる、禍事の兆しを孕んだ風。
「下で何が――」
そう衣玖が呟いたとき――
下界が紅に染まった。
焔のような、血のような、紅の光。
焼き尽くすかのように、下界を照らす。
いや、下界だけではない。雲の内までもが、禍々しい光に侵されていた。
そしてまるで幻想郷そのものに向かって発せられているかのような、掛値なしの純粋な敵意が、空気を、闇を、夜を貫通して、高き雲海の内にまでまざまざと伝わって来る。
腹を殴られたかのように重く不快な感覚を伴い、凄烈な威圧感が衣玖の身体を突き抜ける。
紅い衝撃。
「何よ……これ」
まどろみは一気に霧散して、永江衣玖は戦慄した。
◇◆◇
――――妖怪の山、九天の滝中腹
犬走椛は己の目を疑った。
つい先ほどまでは青白かったはずの夜空が、今は紅に染まっていた。
夜陰を突き破り、天蓋を染める紅色の光――月は辛うじて見えるが、星はすでに呑まれてしまい見えなくなっている。
「何さ、アレ……」
隣でにとりが短く呟く。
それぐらいしか言葉が出てこないのだろう。椛もそうだから分かる。
椛たちの見ている方角――そこに巨大な紅い十字架が屹立していた。
天蓋の月を焦がし、幻想郷に終末を突き付けるかのようなその光が、夜を紅く照らしている。
「椛、場所は分かる?」
頭上から射命丸文がたずねる。
椛は視界を千里眼に切り替え、十字架の根元へと目線を移す。
数本生えた桜の木。
いくつか設けられた簡素な墓石。
幻想郷においても有数の、外と繋がりやすい地点――
「出現地点は無縁塚――」
簡潔に報告する。
「無縁塚……まさか外部の?」
文が呟く。
その背後で、向日葵を携えた妖精が――
「危ない!」
とっさに椛は盾を構えて文の前へと飛び出す。
妖精から無数の弾丸が発せられる。
椛の盾がそれを防ぐ。
弾を撃ってきた妖精の瞳は真っ赤だ。血走り、かっと見開かれている。
しかし、それでいてその目線はどことなく暗く虚ろで、何も見ていないように感じられる。
どう見ても正気ではない。椛には分かる。
彼女とて椛の部下だ。平素の彼女は、決してこんな目をする子ではなかった。
「にとり!」
「あいよ!」
にとりが手をかざす。
すると一団の横を流れ落ちていた滝の軌道が変化した。
そしてそれがそのまま正気を逸した妖精の少女を直撃する。
彼女はそのまま吹き飛び、滝壷へと落下していった。
「すまんねえ、一回休みだ」
にとりが言う。
その横で文が天に向けて扇を振るった。
「標」
短い音声。それと共に竜巻が出現する。
滝壺より生じ、水を呑みこみ、渦となって巻き上がる。
椛が上を見ると、さきほどの妖精の少女と同じ眼をした妖精やら妖怪やらが吹き飛んで行くところだった。
舞上がった雫が雨のように降り注ぐ。
「言っておきますが貴女の助力なんて要りませんでしたから」
突っぱねるように文は言い、それを聞いた椛はため息をつく。
「貴女にとってはそれが必要ないってことぐらい分かってますよ。ただ警備の習慣でね」
「ふん……それにしても、何が起きているのかねえ?」
いつの間にか十字架そのものは消えていたが、禍々しい空気の残滓は少しも薄まることなく幻想郷全域を覆っている。
鳥、虫、獣――そして魑魅たちがざわざわと騒いでいるのが伝わってくる。
「分りませんが、明らかに彼女たちは正気を失っていました」
「だねえ。上も似たような状況かしら?」
文はあごに手をやり、滝の上の方を仰ぎ見た。
一方椛は再び千里眼を行使する。先ほどは十字架に阻まれ見えなかったが、今ならその中心に何がいたのか確認できる。
目を凝らす。
――子ども?
少なくとも体躯はそうだ。十字架のあった場所を飛んでいたのは、妖精と見紛うような小さな少女だった。
しかし、これだけ距離をおいてもなお直視するのがはばかられるような異様なプレッシャーがその小さな体には充溢しているのだった。
――あれは……
水色に近い薄紫色の髪。
いくつかのリボンのあしらわれた貴族的な上等のドレス。
背には蝙蝠のような、羽のない巨大な黒い翼が生えていて――
「まさか――吸血鬼か!?」
反射的に叫んでいた。
にとりも驚いた顔をする。
そして不機嫌そうに顔をしかめ、文が呟く。
「外部から吸血鬼……まるで数百年前の再来ね」
「天狗様はここに吸血鬼が流入した時のことを?」
にとりが文たずねる。にとりや椛に比べると文はそれなりに齢を重ねた身ではある。当然『その時』の記憶は未だ鮮明に残っていた。
「拡張計画の頃から生きている妖怪なら――たぶん誰もが覚えています。あれは……」
戦争でしたから、と文は言った。
吸血鬼は――無論個体差はあるが――妖怪拡張計画以降に流入した種の中では最も強力な妖魔である。
初めてそれが幻想郷に現れた際には、妖怪の山や、当時は絶大な力を誇っていた虫の妖怪たちなどといった様々な勢力を巻き込んで、一大紛争となったのだった。
最終的には幻想郷の妖怪側が勝利し、様々な禁止事項を設けた契約を結んで騒動は終息したのだが――
「大結界があれば大丈夫だと思っていましたが……参ったわね。ここの人間を捕ってはいけないなんて、初めて来た奴には通用しないよねえ」
「天狗様、数百年前に入ってきた一派は今――」
「ご心配なく。大半は契約に嫌気がさして外に帰ったわ。まだ大結界が張られる以前のことでしたから。まあ、力のあまりない連中はこっちに残ってのほほんと暮らしているけれどね。だから反乱の恐れは多分ない……ただ」
「ただ?」
「私の記憶が確かなら、あれは――」
あれは数百年前に来襲した吸血鬼たちより、遥かに強い――そう文は言った。
――――迷いの竹林
生ぬるい夜風を受け、竹林全体が巨大な生き物のように蠕動している。
その葉は夜空を細切れにして月の光を遮り、その幹は内に立つ者を幽閉するかのように伸びる。
この竹林がどこまで続いているのか、内にいる者には分からない。
この密林はどこから続いていたのか、踏み入った者には分からない。
そうして林の内と外とは隔絶しているから、この竹林には閉塞感だの圧迫感だのといった感覚が常に付きまとう。
その世俗と切り離された檻がごとき空間で、藤原妹紅は一人の少女と対峙していた。
橙に似ている――目の前の少女を見て、妹紅はそう思う。
少女は何も身にまとってはいない。
腰には二本の猫族の尾。髪の毛の合間からは三角の耳がのぞいている。橙と同じ種であることは容易に見て取れる。
ただ橙と違って、髪も尻尾も真っ白い。
そして何より、その身は橙よりもずっと猫の形質とでもいうべきものが残っていた。
「化けた……のか?」
中途半端なのだ。全体のフォルムこそ人型をしているが、四肢の先端や関節の各所には白い体毛が残り、どうにも獣じみている。
その目つきは追い詰められた獣のそれと変わらず、血走って殺気立っている。
威嚇としか思えない荒い吐息。
滲み出るのは――
――怯え、か……
妹紅は無造作にポケットに突っ込まれていた両手に少し力を込めた。恐怖を感じた獣は、手負いの獣と同じぐらい厄介だ。
――あの十字架に反応したのか?
つい先刻あれが出現するまで――目の前の少女はいたって普通の白猫だったのだ。
藍と出会った日に、妹紅に魚をねだってきた猫である。
結局あの後それとなく懐かれてしまったのだが、それが十字架の出現とともに何の前触れもなく急に妖獣へと変化し、そして――
「しゃあっ!」
爪が振るわれる。
橙ほど捷くはない。
ただ橙よりも知性が未発達なのだろう、おおよそ加減というものが感じられない。
ひっかく、ではない。
それは引き裂くための動作だった。
「おっと」
妹紅はそれをスウェーバックしてかわす。
少女は爪を振るった勢いで前のめりに回転した。そして浴びせ蹴りの要領で足の爪を妹紅の脳天へと振り下ろす。
妹紅はポケットに突っ込んでいた左手をかざして、その脚を受け止めた。その手には、斜めの角度を付しておく。
それで蹴りの勢いが殺されるとともに力が受け流され、少女はバランスを崩した。
そしてポケットに突っ込まれたままだった妹紅の右手が、一瞬だけ抜かれる。
腰を切り、ポケットを鞘代わりにして、居抜きのような貫き手が奔る。
それを腹にめり込まされるように打ち込まれ――少女はそのまま気絶して倒れ込んだ。
「すまんね」
彼女が倒れたとき、すでに妹紅の両手はポケットに戻されていた。
そして妹紅は新たな殺気を感じ取る。
――囲まれたか
今度は一体だけではない。妹紅を包囲するかのように、大量に集まってきている。
かさかさという音がする。
暗い竹藪の向こうに、紅く光る無数の双眸が浮かびあがった。
「これは……あの詐欺兎のとこの?」
竹の向こうから這い出てくる幾人もの少女たち。
頭部には妹紅とも面識のある妖怪兎と同じ、白い耳が垂れている。先ほどいなした少女と同じく、一糸まとわぬ姿でいる。
その動きは一様にぎこちない。糸のほつれた繰り人形のような、まるで『その身体で動く』ことに慣れていないかのような――
「……まさか」
続々と同じ種族の少女たちが現れる。
月光を無為に反射するだけの、自律性の感じられない瞳が妹紅を囲む。虚ろだ。ただやはりその奥には強い怯えと敵意が宿っている。
「ああああああああああああああああああ」
実に厭な感じの声が竹林に響き渡った。
妖怪兎たちが啼いている。
人のフォルムをしているのに知性などがほとんど感じられないから、そこから感じる違和と嫌悪は並々ならぬものがある。
思わず妹紅は顔をしかめてしまう。
「まさか、こいつら全員『なりたて』か!?」
そして兎の少女たちは、奇妙の動作で一斉に妹紅に向かって飛びかかった。
――――人間の里
人里はすでに混乱の渦中にあった。
里の方々で、妖獣へと変化した獣たちが跋扈している。
地では犬や猫、馬などの家畜たちが暴れまわっている。
空は鷹や烏、鳶などが舞う。
人化したものから、形はそのままで妖気だけを顕わにしたものまで、様々だ。
多くの人間たちは稗田の屋敷や、それに次ぐ規模を誇る小兎家の屋敷へ向かって逃げていく。その二つが里の有事の際の避難所なのだ。
戦う術を持つ者は、獣ら相手に戦っている。
「そんな……」
そしてその混乱の中、中央の広場にて慧音は絶句していた。その周りの人々も同様に慄いている。
あってはならない光景が、人々の前に現出していた。
里の中心に祀られた竜神の石像は、幻想郷に何らかの異変が起こっている際にはその眼が赤く染まる仕組みになっているのだが――
血が流れている。
人も妖怪も、幻想郷に住まう全ての存在が畏れ敬う最高神――それを象った石像の両の眼から、嘆き悲しむかのように真っ赤な血が滴り落ちている。
それは即ち極大の異変の前兆である。
「皆、稗田か小兎家の屋敷へ避難しろ!」
立ちすくむ人々に向け慧音は叫び、そして自身は北門へと走り出す。得体の知れない十字架が出現したのが里の北方だからだ。
その緑がかった銀髪が、夜の宙に乱れる。
「戦いの心得のある者は避難の支援を!」
すれ違う人々や、友好的な妖怪たちに指示を出しながら北門へ向け急ぐ。
横を素朴な木造の建物が流れていく。
そして慧音の前方で低いうなり声が響く。
三匹の犬が迫る。巨大な、猟犬のような体躯をした妖犬たちだ。
「邪魔をするなっ!」
一声叫び、慧音はレーザーを放つ。それで犬たちは退く。
直後、猟銃の発砲音が轟いた。
慧音の右側の道で、彦左衛門が暴走した馬に弾丸を撃ち込んだところだった。
反対の左の道からは朝倉理香子が歩いてくる。
先端に拡声機の取り付けられた何かの装置を携えている。相当重いのだろう、足取りが覚束ないでいる。
「朝倉さん、それは?」
「ちょっとした兵器よ。間に合わせだけど」
十字路の真ん中で慧音と理香子は合流する。
「兵器? いやそれより、この事態は――」
「魔力に当てられて変化を促されている。強制的な『進化』だ」
生物の進化は、生存の危機へいかに対処するかという命題に従ってなされる。
あの十字架と、それを引き起こした存在から伝わる敵意――それがある程度力をつけていた獣たちに、妖獣への進化を選択させたのだ。
そうしなければ生き残れない――本能がそう察知したということなのだろう。
「だが今ならまだ動物向けの武器が効くわ。そこの猟師の人、手伝ってくれ!」
理香子の声を聞き、馬に手を合わせていた彦左衛門が走り寄ってきた。
「これを中央の物見櫓まで運んで。私の腕力じゃ運動効率が悪い」
「分かった」
彦左衛門がひょいと装置を持ち上げる。
そこへ向かって上空から羽根の生えた人型が飛来する。
もとは恐らく鷹か何か――だったのだろう。足先には黄色の鳥族の爪、左手は人間のそれだが、右手は大きな茶色の翼をしている。
人と獣の形質が不整合に混ざった左右非対称のグロテスクな容。
なり立てなのだ。意識と存在の変化に、体の変化が追い付いていない。
「sowilo」
理香子が短い音節を発し、空に省略型のヘルシンゲ式ルーンを刻む。
その文字が光弾に変化し、飛来した鳥を落とす。
幻想郷には珍しい白衣が風にはためく。
「……仕方がない。魔法を解禁する」
眼鏡のフレームを直しながら、科学の輩は悔しそうに言った。
「先生、北側が手薄だ」
彦左衛門が報告する。その後方、二つの屋敷では術師たちによる障壁が展開し始めている。
「西側はあらかた避難済み、東は小兎家の令嬢さんが行っとります。南はオーレウスの――」
「急げ、猟師の人! 時間が経てば経つほど『効き』が弱くなる!」
理香子と彦左衛門は里の中央へと向かう。
慧音は北の半鐘台へと疾駆する。
その上空に浮かぶ満月は、いつの間にか先ほどの十字架と同じ紅に染まっていた。。
――――博麗神社
大結界の彼方より吹き込む風が、神社の周囲の木々を揺らす。
博麗神社は幻想郷と外の世界との境界に立っている。だから結界の向こう側から吹いてくる風は外からの風だ。
地理的、空間的には幻想郷は外部と連続している。常識的にその連続性が否定されているだけなのである。
夜の神社は、社殿の明かりと鳥居の朱色を除けば、そのほとんどが闇に同化しかけている。
その内でも克明に浮かび上がる朱塗りの鳥居からは、紺青色に染まった石畳が社殿に向かって続いている。
その社殿に設けられた賽銭箱――不遜にもそこに腰をかけ、一連の夜空の出来事を眺めている女性がいた。
形を成さない足、三日月の矛――魅魔である。
彼女は種族としては悪霊と呼ばれる存在であり、つまりは何か尋常でなく強い怨嗟の念を抱いた霊ということなのだが――
――はて、何をそんなに恨んでいたやら
時代や場所のせいか、それとも生来の性格のせいなのかは知らないが、彼女は肝心の恨みの内容をすっかり忘れてしまっているのだった。
覚えているなら晴らせもしようが、忘れてしまってはどうしようもない。
それで結局彼女はこうして顕界をうろうろとしているのだった。
脇に置かれた猪口を呷る。
その後方で、霊夢の寝室の障子が静かに開かれる。中から出てきたのは――
「始まりましたね」
博麗の巫女と――
「これがスキマ妖怪の言っていたことですかな、魅魔殿」
人語を解し、浮遊する不思議な大亀――玄爺と呼ばれている――である。
「だろうねえ……しかしなあ……」
魅魔は浮かない口調である。
前足でもって器用に障子を閉めつつ、玄爺が問う。
「どうかされましたかな?」
「いや……手に負えるのか、と思ってね」
あの吸血鬼が出現すること自体は八雲紫からすでに告げられていて承知のことではあったのだが、魅魔としてはよもやここまで強力な存在を呼び込んでくるとは思ってもみなかったのである。
それほどまでに強いプレッシャーを、上空の吸血鬼は放っているのだった。
「こりゃあちょいとばかし気合を入れないといけないわね」
今回の件に関しては戦後処理の都合上、巫女は中立を貫くこととなっている。
だから戦の間、博麗神社を守護してほしい――それが魅魔が八雲紫から頼まれた事だった。
「おお、いたいた」
ハスキーな感じの声が鳥居の向こうの石段から聞こえた。
一人の女性がそこを上ってくる。幻想郷には珍しくシンプルな感じのデザインをした、紅白の袴。紫の長髪は飾りっ気なく後ろで束ねられている。
腰には徒戦用の打刀拵えの刀。
「明羅殿。お久しゅうございます」
玄爺が器用にこうべを垂れる。
「巫女の『試験』の件で話をしようと思ったんだが、どうもそれどころではないようだなあ。とんだ騒ぎだ」
紅い満月を見やりつつ明羅はため息をつく。
「まあ試験は適当でいいさ。呑め呑め」
魅魔が酒をすすめる。
「適当って、それでいいのか?」
「構わないと思いますよ。だってあの子、今も寝てますし」
巫女が言った。明羅は驚いた顔をする。
「寝ているだと? この状況でか?」
「ええ。彼女は私なんかより、ずっと『博麗』です。この騒ぎに己が関わるべきではないと、きちんと理解している」
「博麗の『勘』か。なるほど、確かに試験は適当で良さそうだな」
「そういうこった。何か陰陽玉の隠れた力どうしたとか、理由は適当にでっちあげりゃいい。それより――」
猪口を置くと、魅魔は巫女に向き合った。
「あんたはどうなのよ? あんたはあの子ほど割り切れてはいないんじゃないのかい?」
それは相変わらずのさばさばした口調だったが、言葉の端々には巫女に対する顧慮がにじみ出ていた。
「霊夢が起きて来ないのなら、この騒ぎは少なくとも幻想郷にとってマイナスにはならないはずです」
「それは総体で見て、ということかもしれないわよ?」
「それは……」
巫女は言葉に詰まる。
「霊夢は優秀だ。あんたは今すぐ役目を投げ打って人里に走っても――」
「大丈夫です。この異変は、私が見届けます」
己に言い聞かせるようにして、巫女はそう宣言した。
「辛い立ち位置になるぞ」
「覚悟は出来ています」
「そうかい……なら何も言わん。がんばりな」
そう言うと魅魔は猪口を巫女に手渡し、そこに酒を注いだ。
「しかしまあ、あの出来の悪い娘が言うようになったもんだ」
「う……」
「懐かしいねえ、風見の奴とあんたを鍛えてた頃が。正直最初は人選ミスだと思ったんだが……本当に立派になった。あんた今年で」
「二十歳になります」
「干支が一周したか。早いもんだね」
少ししみじみとした口調で魅魔は言った。
そのとき上空を見ていた明羅が何かに反応した。
「あれは――」
「どうした、明羅?」
「天狗の空戦部隊だ。どうやら接触する気らしい」
全員が空を見やる。
月を背負った吸血鬼に向かって、無数の人影が飛来しているところだった。
――――魔界、中枢
暗い空間に、最低限の装飾だけが施されたコバルト色の柱が立ち並ぶ。
その下の床もまた単色で無装飾に近しいから、シンプルを通り越して半ば安普請のような空間が出来上がっている。
本来この場所は魔界の最高権力者が座す、いわば玉座の間ともいうべき場所なのだが――
「始まったね~、夢子ちゃん」
神綺は相変わらずの調子で隣に立つ従者の女性に語りかけた。
彼女たちの前には、幻想郷の模様が映し出された水晶球が置かれている。
自分のとこは適当でいいやなどと当の最高権力者が考えているせいで、この場所は全体が微妙に未完成なままになっているのだ。
その外、魔界の街自体は綿密な都市整備がなされているし、また直属の娘たちの部屋に至っては過剰ともいうべき丹精が込められているから――これは完全に神綺の手抜きである。
空間同様に間に合わせな感じの玉座に座る彼女の膝の上には、一人の小さな少女が乗っかっていて、足をぶらぶらさせながら何かの本を読んでいる。
「ブクレシュティの魔物……手に負えるのかなあ?」
ちらりと水晶を見やりつつ少女は呟いた。
見る者に奇妙な違和感を覚えさせる少女である。
ただ、それは決して不快感を伴う類のものではない。むしろそれは少女のまとう神秘性めいたものを際立たせる方向に作用している。
違和感は、おそらくはその整いすぎた外見に起因して喚起されるのだろう。
青と薄いピンクを基調とした服、金の髪、白い肌、顔立ち――そのどれを取っても、どうにも作り物じみた端正さを有している。まさしく人形のような少女なのだ。
人形とは本来ちょこんと座って、言葉も発さず、ただかわいらしく陳列されているべきはずの代物だ。それがあろうことか細やかに表情を変化させ、微妙な身体の動作を伴い、普通に生きて動いている――そこに人は魅力的な違和感を見出す。
そんな少女である。名をアリスという。
「そうねえ……千慮の一失、今回の紫はミスが多いわね」
「一失、で済んでいるのでしょうか? いささか杜撰に過ぎるような気がするのですが……」
主の言葉を受けて従者の女性――夢子が呟く。
「んー、吸血鬼っていうのはね、もともと誇り高いというか高慢ちきというか、まあそんな感じの種族なのよ。数百年前のときだって、特に理由もなく戯れ半分で幻想郷を支配しようとしたしね。で、紫は――まあ、私もだけど――今回だってそれと同じノリで事は進むと目論んだ」
「でも違ったと?」
「ええ。あの吸血鬼も、かわいそうな子のようね……」
突然憐みの言葉を神が紡ぐ。夢子とアリスは首をかしげた。
「神綺さま、かわいそうって?」
「アリスちゃんはあの吸血鬼から何を感じる?」
「え?」
水晶玉を凝視するアリス。
そこに映っているのは幻想郷の月である。そこに小さな点のような人影が浮かんでいる。
水晶越しにも伝わってくる、呆れるくらいに強い威圧感。
しかしその裏に伏流するのは――
「――焦り、かなあ? 何だろう……なんか余裕がない感じ。もう後が無いみたいな。うーん」
「今回は戦う理由がある、ということですか?」
「ええそうよ、夢子ちゃん。この子は数百年前の連中みたく、しょうもない理由で攻め入ってるわけではないの。決してそんなことではない……詳しい事情までは分からないけれど間違いなく言えるのは、これが追い詰められた果てのやけっぱちの回天劇だってことね」
水晶に映った吸血鬼から発せられる敵意は、幻想郷全体に向けられている。
今あの吸血鬼がやらんとしていることは、世界を丸ごと敵に回すことに等しいのだ。普通の、余裕のある者なら絶対にそんなことはしない。
幻想郷は閉ざされた狭い世界である。しかしそこに跋扈する者たちは、その狭い世界に無事おさまっているのが不思議なくらいに強力な存在ばかりだ。
「それでも何か、世界に戦いを挑まなければならないような理由が彼女にはあるのよ。そしてそれに負けてしまえばもう後がない。絶壁の境涯。だからこんな無謀なことをする。しかしね、そうであるからこそ――」
「強い」
アリスと夢子が同時に言った。
「そういうこと。難しいこと言ったら疲れちゃった……門の担当はサラちゃんとルイズちゃんだったわね?」
「はい」
「しかるべき時が来たら指示するわ。その時は開門なさい」
「開門、ですか? 閉門ではなく?」
「ええ。それと向こうから『暴走した』連中が迷い込むかもしれないから、警備体制はレベル5で。二人だけだとさすがに厳しいだろうから、ユキちゃんとマイちゃん辺りにも行ってもらって――」
「神綺さま、なぜわざわざ門を開くの? 警備を強化するくらいなら最初から門なんか閉じておけば――」
「難民対策、よ。まあ追々話してあげる。それより何かほしいものはあった? 可能な限りお土産は買ってくるわよ」
アリスの頭をなぜながら、神綺は言った。
そのアリスは持っていた本とにらめっこをしている。
薄い装丁の本である。あまり長い間保存しておくことを想定していないつくりなのだろう。表紙には『信州観光ガイド199X年度版』と記されている。
「えっと、お外の人形がほしいな」
神綺の方を振り返り、アリスはかわいらしく笑った。
「お人形かあ……善処するわ。まあ手に入らなかったら紫にせびろう。ところでアリスちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なあに?」
ぴょんと跳ねてアリスが神綺の膝からおりる。
「作ってほしい人形があってね」
神綺の手が一瞬光ったかと思うと、そこに一枚の紙と羽根ペンが現れる。
それを使って神綺は何かをすらすら書き込んでいく。
「ここに記した内容通りにお人形を作りなさい。手間がかかるだろうけど、出来るだけたくさんね」
「ん、わかりました」
そういうとアリスはガイドブックとメモを持ってその場を去って行った。人形用のアトリエに行くのだろう。
そして残された神綺は水晶球に手をかざした。
そこに映り込むのは緋色の衣――
「衣玖さん、といったかしら? まだちゃんと持ってくれているみたいね」
「また幻想郷の方に出向かれるので?」
「ええ。もっともあんまり気乗りはしないけど……」
仕方ないわねと言って魔界の神は頭をかくのだった。
◇◆◇
――――人里、北門付近
獣たちの襲撃を退け、人々を避難所の方へと誘導しつつ、北門を目指して慧音は急ぐ。
――くそっ、何て威圧感なのよ……
北を目指すということは、あの得体の知れない存在へとどんどん近付いていくことを意味する。
一歩進むごとに冷や汗が湧く。
気を抜くと立ち止まりそうになる。
丹田に力を込める。己を鼓舞して奮い立たせる。
そうでもしなければ――体は瞬く間に鈍磨して、気力は見る間に消沈して、その場に座り込んでしまいそうだった。
――耐えろ。走れ。
里を守護する者として、ここで立ち止まるわけにはいかない。
そうしてかなりの疲労感を伴いつつも、北門とその脇の半鐘台へとたどり着く。
その時、背後で奇妙な音が鳴り響いた。
ギイギイという、ガラスを引っ掻くような不快な音だ。それが音域の変化を伴いながら、里の内部に大音響で響き渡る。
「っ!」
思わず耳を覆ってしまう。
――これは……朝倉さんか?
この音域は多くの哺乳類にとっては、警告音となっていたはずだ。それが里中に鳴り響いている。
朝倉の言っていた兵器とはこのことだったのだろう。
そしてそれに反応したのか、多くのなりたての妖獣たちが大路を走ってくる。里の各所において同様の光景が展開しているはずだ。
慧音は飛び上がって一気に半鐘台の上へと登った。高さは二十メートルほどだ。
後方にちらりと稗田家と小兎家に張られた障壁が見えた。
「六助! 大丈夫か?」
半鐘台に上にいたのは樵の六助だった。
「へへ、こんな日に当番たあ運が悪い」
酒徳利を片手に彼は力なく笑う。
「先生……情けねえ話ですが、プレッシャーで吐きそうだ。呑まなきゃやってらんねえ」
「呑んでも吐くだろうが。ここは私が代わる。お前も早く逃げるんだ」
半鐘台の下では、獣たちが塀を乗り越えて野へと抜け出ていく最中だ。蜘蛛の子を散らすかのように黒い点たちが山野へと拡散していく。
そのうち何割かは、じきに完全に人化するのだろう。
「頭上に気をつけろ」
鳥類と哺乳類では耳の構造は大きく異なる。だからあの装置の周波数では鳥の妖獣には影響が及ばないはずだ。現にそれらはいまだに里の上空を旋回している。
「すまねえ、先生。先生も無理はなさらず」
長筒型の望遠鏡を慧音に手渡すと、六助は梯子を下りて行った。
その向こうでは稗田の屋敷周りの障壁が完成していた。
そして慧音が手渡された望遠鏡を覗こうとしたそのとき――西の方角で爆発が起こった。オレンジ色の火の玉が膨らむ。
あの場所は――
――竹林……妹紅か?
妹紅が慧音をどう思っているかは知らないが、慧音にとっては妹紅は友人である。
そして時折寂しげな顔を見せるあの少女は、普通の人間と変わらない存在なのだとも思っている。
だが今は――
――許せ、妹紅。
慧音は心中で己の打算を恥じる。
妹紅ならどうせ死なないから、今は放っておく。無限の命を持つ蓬莱人より、人里の人間を優先する。
いま己は間違いなくそう考えているのだ。
命の重さを天秤に掛けて、今は妹紅は捨て置くべきと考えている。
その合理的すぎる思考が、妹紅のことを裏切っているようで、厭だった。
――すまない……
望遠鏡をのぞきこむ。
白澤の血を騒がせる、巨大な紅い月。
その中央にはこの騒動の発端たる存在がいるのだろうが、あいにく周囲に人影が並んでその姿はうまく確認できない。
狂騒の夜を生み出した存在は、天狗の空戦部隊により包囲されていた。
――――妖怪の山
「空戦部隊、対象を包囲」
周りにいる面々に椛は状況を知らせる。
変わり者の上司。友人の河童。
そして先ほどの騒動から程なくして訪れた三柱の神――穣子、静葉の姉妹神に、鍵山雛である。
「上は相当警戒しているわね」
滝の上方を眺めながら文が言った。
「早期に潰す気か……文さん、やはり上は――」
「数百年前の再来を恐れている――のでしょうねえ。私もあれはゴメンだわ。新聞業務の規制に徴兵……ろくなもんじゃない」
文は天狗の内でもかなり腕の立つ方である。
彼女が戦の要員として徴用されたであろうことは椛にも容易に想像がついた。
「どう? 何か動きはあった?」
はやるような口調で穣子が問う。姉の静葉は相も変わらず言葉は発さず、微笑んでいる。
「どうやら仕掛けるようですね」
椛の千里眼の視界内で、天狗の部隊が動きを見せる。
他部隊の行動規準などは知らなかったが、どうやら威嚇も警告も無しのようだ。
「どうかね?」
少し調子のずれた声でにとりがたずねる。
「いや、まだ何とも……は? え?」
椛の目が見開かれる。
「どうした?」
「待ってよ……そんな」
「椛?」
「嘘だ……」
冷静な椛にしては珍しく声が上擦り、そしてすぐさま絶句した。
そして思わず彼女は自分の眼をこする。視界の中で繰り広げられた出来事が信じ難かったからだ。
冷や汗が椛の額を伝う。
いくら必死に目を凝らしても、視界の内の光景に変化はない。
夜空に吸血鬼が浮かんでいる。
吸血鬼『だけ』が浮かんでいる。
天狗たちは――
「全滅……した」
「はあ!? ちょっと待ちない、椛。全滅って――」
にとりが素っ頓狂な声を出す。
「天狗様の部隊だろ? 精鋭でしょ?」
「だから、全滅だってば!」
「なんでさ!?」
「分んないってば! 捷すぎたんだ。私には――何も見えなかった」
ほんの僅かな間に、五十近くからいた天狗の部隊は駆逐されていた。
ある者は腕を落とされ、ある者は腹部を抉られ、そしてある者は首を削がれ――エリュシオンに血の雨を降らせながら墜ちた。
吸血鬼は一歩も動いていないように見えたというのに。
「し、死んじゃったの?」
おどおどとした様子で穣子がたずねる。
「いえ、そう簡単には死なないでしょうが……ただしばらくは動くことすらままならないかと」
「初動はこちらの完敗か。参ったわね」
「文さん、数百年前の時は――」
「天狗の部隊と、吸血鬼の『群れ』は互角でしたよ……私は一旦上に戻ります。おそらく相当混乱しているでしょうから」
怜悧な天狗の目付きで文は言い、千里を見透かす瞳がその視線を受け止める。
「警備……違うね、防衛。頼んだよ、狼」
「有益な情報を頼みますよ、鴉」
短いやり取りの後、文は濡れ羽を広げ山頂へと飛び去って行った。
――――博麗神社
「なんと……」
縁側で玄爺が嘆息した。
「天狗共がいとも容易く……」
明羅もさすがに唖然としていた。当人はそれを意識してはいなかったが、自然とその手は腰の刀へと添えられていた。
「八雲の阿呆め、ものには限度ってものがあるわよ」
そして忌々しげに魅魔が呟く。
平和であるが故に危機的状況でもある――その紫の言い分はよく分かる。賛同もしている。
だからこそ振られた役割も引き受けたのだ。だが――
「リハビリにしちゃ重すぎる」
瞬きの間に人里を駆け抜ける速さ。
片腕で巨木をなぎ倒す怪力。
そして獣たちの血を刺激し、その眠りを覚まさせた膨大な量の魔力。
個々の要素ならば比肩する者もあろうが、そのすべてを兼ね備えた種族は吸血鬼だけであるとされる。またあまりに強力であるが故に、幻と実体の境界が今の今まで『認識しなかった』存在でもあるのだ。
紫はこれを黒船に例えたが、そんな生易しいものではないだろう。眠りから覚める前に砲撃されているようなものである。
それに実のところあの吸血鬼はまだ何もしていないに等しい。単に出現しただけ、単に降りかかる火の粉を払っただけである。
そして天狗以外の妖怪たちも動き出す。天狗同様、直接の攻撃を仕掛ける者。地上から砲撃を行う者。
しかし近付いた者はことごとく落とされ、砲撃などは目標に到達する前にかき消されてしまっている。決定打どころか有効打すらない。
それを尻目に、魅魔は巫女の方を見やる。
巫女の顔は青ざめている。月夜だから、まるで今にも倒れてしまうのではないかと思うくらい蒼白に見える。
――やっぱりお前さんはこの役割は向いていないよ
内心で魅魔はそう思う。
もともとこの巫女の出自は人里である。もとは人里の、何の変哲もない花屋の娘だったのだ。
それが七つばかりのころに紫によって見込まれ巫女に抜擢され、魅魔やら風見幽香やらといった面々でそれとなく修行をつけたのだった。
霊力は申し分ない。結界の維持管理も真面目にやる。
しかしどうにも――人里にいる時間が長かったからなのだろう――人里から切れてはいなかった。
吸血鬼という種族の生態を考えれば、今後人里は不可避的に攻撃の対象となる。
しかしたとえそうなっても、中立である彼女は人里に助勢を加えることはできないのだ。人里の道が血に塗れようとも、生家の親が食われるとも、彼女は中立でいなければならない。
人間の心理などいうものは魅魔にもよくは分からない。だが間違いなくそれは苛酷な立ち位置になるのだろう。
そしてそこまで考えたところで魅魔は紫のことを思い浮かべた。
――アイツもこの子と同じ立ち位置か……
八雲紫ほど真摯に幻想郷を――
「玄爺、巫女! 中に入れ!」
魅魔の思考は明羅の叫びにより中断した。
上空で吸血鬼のもとに紅い光が収斂していく。
それはやがて背後の満月と重なり合い、紅い球体と化したのだった。
――何か仕掛ける気か?
魅魔は手にした手にした三日月の矛に力を込めた。
――――妖怪の山
河城にとりは隣に浮かぶ鍵山雛のことが気になっていた。
スカートの上で重ねられた雛の手の平は、心なしか強張っているように見える。
――雛……
満月の光線を受ける横顔は、一直線に人間の里の方へと向けられている。
スクリーンのように月の光をそのまま反映した青白い横顔。
無機と有機の境界は、彼女の前ではひどく曖昧になってしまう。その様は美しくはあるが、同時にひどく危うい何かをにとりに感じさせるのだった。
その横に浮かぶ秋姉妹もにとり同様に雛のことを気にしているようだ。
「あれは……何をする気だ?」
状況を監視していた椛が呟く。
右手には細腕には不釣り合いな巨大な太刀。峰は右肩に乗せ、鎬を後頭部にあてがい、背負い込むようにしてその刀身を支えている。左手には紅葉の印が刻まれた盾。
「さっきのよりヤバいんじゃないかね……」
先ほどの十字架の比ではない禍々しい気配をにとりは感じる。
月を呑み込んだかのような紅い光球。
本能が警告を発する。何かが――とてつもなく危険な何かが迫っていると心身に報せて来る。
「雛?」
にとりたちの前に雛が進み出る。
少しだけ露出したうなじがやけに白い。
そして彼女はその手折れそうなくらい細い右手を前方にかざした。
「勝利の緑……慈悲の青……」
何かを呟く。
「其は大アルカナがX――運命の輪」
厄神は静やかにそう詠じた。
すると手の平で赤紫のヘキサグラム型の魔方陣が回転し出し、そこから無数の護符が吐き出されて周囲の空間を埋め尽くした。
椛が何かを察したのか声を上げる。
「全員護符の後ろに回れ!」
周囲にいた妖精や天狗たちに呼びかける。
そして次の瞬間その遥か彼方で、月が爆発したかのように紅色の光が爆ぜた。
鎖、鎖、鎖――
幾筋数多の紅い鎖が空を引き裂き、天へ、地へ、ありとあらゆる場所へと有機的にうねりながら高速で伸びて――幻想郷の夜は蹂躙された。
――――上空、雲海
雲を構築する水滴を突き破って、無数の紅色の鎖が雲中を侵犯する。
各々の先端には槍のような突起が付されている。
永江衣玖は、とっさに身に付けた緋色の衣によって自分に向って伸びてきた鎖を弾いた。
「きゃあっ!」
しかし衝撃を完全に殺すことはできず、そのまま吹き飛ばされる。
さらにそこを狙うかのようにもう一本鎖が迫る。
「くっ!」
衣玖が天に向かって指を突き出す。
雷鳴。稲光が衣玖の体を直撃し、それにより鎖は退けられた。
そして衣玖は周囲へと目をやる。
「うそ……でしょう?」
先ほどまで和やかに談義をしていた仲間の竜宮の使いたち――その彼女たちの腹に鎖が繋がっている。
かわせなかったのだ。刺し貫かれている。
ただ不思議と出血はない。
最悪なことに、出血がない。
血が出ないのなら、それは肉体ではなく精神に作用する類の攻撃ということである。それは妖怪にとっては致命的だ。
そして目線を移せば雲の内では、同様の光景がそこかしこで繰り広げられている。
龍宮の使いをはじめとする、雲の中を泳いで暮らす種の妖怪たち――それらがみなこの得体の知れない鎖の攻撃対象となっているようだった。
雲の中に無数の紅い直線、曲線。
そして仲間たちに刺さっていた鎖が発光し、消えた。
「皆さん、大丈夫ですか!」
衣玖が仲間たちのもとへと泳ぎ寄る。
だがその仲間たちは、あろうことか衣玖に向って――羽衣を振るった。
「な、何を!?」
それを辛うじて受け流し、衣玖は叫ぶ。
しかし言葉をかけられた仲間たちは何も反応をしない。
先ほどまでとはまったく異なる、虚ろな瞳で地上の方を見つめている。
そこには自我だの何だのといったものは感じられない。
――まさか……操られて?
「……館へ」
「え?」
機械の様な抑揚のない口調で仲間の一人が何か呟いた。
「……紅魔館へ」
「紅魔館へ……」
「な、何を言って――」
「紅魔館へ」
次々に操り人形のようになった仲間たちが同様の言葉を発する。
うわ言のように、それしか言葉を知らないかのように――
そして自我を失った幾多の妖怪たちが、雲を抜け出て地上へと下って行った。
――――人里
己に向かってくる鎖に対し、すんでのところで慧音は防壁を展開した。
それと鎖が接触し――衝撃で慧音は吹き飛ばされた。
鎖が半鐘台の屋根を薙ぐ。
そして慧音は付近の建物の屋根に落下した。
「ぐあっ……」
落下の拍子に瓦がめくれる。
背から落ちたから、肺の空気が思いきり逆流する。
――痛い……
そこへ向かって第二の鎖が伸びる。
とっさに横に転がり避ける。鎖は瓦の屋根をいとも容易く貫いた。
「何が起きている……」
気を振り絞って起きる。
空が赤い。
幾重にも連なる鎖が――その紅い線が集まって、紅い天蓋と化し、本来の夜空を覆い隠している。いったい何本の鎖が連なっているのか見当もつかない。
目線を里の方へとやる。
不思議と稗田や小兎の屋敷はほとんど攻撃の対象とはなっていなかったようである。
しかし街路で状況をうかがっていた里に馴染みの妖怪たちは皆鎖を見舞われたようで――多くの者たちは貫かれていた。
――妖怪を狙っているのか?
鎖の直撃を受けた妖怪たちは、人形の様な奇妙な動きを見せたかと思うと、そのまま里の外へと飛び出し、全員が同じ方角を目指して飛び去って行った。
――何が始まる?
慧音は途方に暮れたが、すぐさま第三第四の攻撃が迫り、防御と回避に専念することを余儀なくされるのだった。
――――人の消える道
「リグル……」
尻もちをついたリグルの前で、ミスティアが引きつった笑いを浮かべている。
「えへへ、何だろうね、これ……」
恐怖だとか、混乱だとか――そうしたものが度を逸して昂じたとき、そこに現れるのは笑顔だ。それをリグルは思い知らされている。
「なんか……なんか入ってくるの」
ミスティアの腹に――
「私の中に……チガウもの……が…」
「ミスティア!」
グロテスクな紅い鎖。
芯を抜かれたかのようにがくりとミスティアの体が折れる。そして――
「……Den Schiffer im kleinen Schiffe,」
「ミス――ティア?」
突如として、手ぶりも身ぶりも伴わない淡々とした吟詠が始まる。
ミスティアの眼から光が消えた――そのようにリグルには見えた。虚ろな眼。普段のミスティアのそれとは全く調子が異なっている。
「Ergreift es mit wildem Weh;」
この紅い混沌には不釣り合いな、穏やかな調子である。
だからこそ逆にそれは心を乱す不協和音となり、リグルの耳を侵す。
――っ!?
そしてリグルの視界が少しずつ闇に削り取られていく。
「Er schaut nicht die Felsenriffe,
Er schaut nur hinauf in die Höh'.」
歌が続く。
奏でられるやさしい歌声が、残酷に光を奪う。
「Ich glaube, die Wellen verschlingen
Am Ende Schiffer und Kahn;」
「ミスティア! しっかりして!」
歌声は止まない。リグルの言葉は届かない。
歌声は届く。リグルの視界は暗闇に覆われゆく。
「Und das hat mit ihrem Singen」
「ミスティア……」
魂惑わす、ローレライの魔声――
――もう……
「Die Lorelei getan ……」
歌しか聞こえない。
「紅魔館へ……」
暗闇に冒されたリグルの耳に、ミスティアがどこかへと飛び去っていく羽音が空しく響いた。
――――博麗神社
神社の周囲を旋回する、赤、紫、青、緑の四色の球体。
その一つ一つから無数の光弾が放たれ、聖域を侵さんとする鎖を押し退ける。
オーレリーズの魔法――回る球体の中心に魅魔は浮かび、矛でもってその動きを制御している。
一方、明羅と巫女は霊夢の寝室の前に陣取り、万が一防ぎきれなかった鎖があった場合に備えていた(結局それはなかったのだが)。
「……やるじゃあないか」
多少平素の人間臭さが失せた声で魅魔は呟く。
大結界の完成以来、本気で魔法を行使することなど久しくなかったのだが――上空の吸血鬼はそれをさせたのだった。
そして本腰を入れて動き出したのはどうやら魅魔だけではないようだった。
――虹?
雨上がりでもないというのに、夜空に虹が浮かんでいる。
虹とは龍の通り道であり、またそれとの間に交わされた約束の徴でもある。
かつて妖怪の賢者たちは、己の存在をかけ永遠の平和を龍神に誓ったのだ。明治十八年のことである。
――こりゃあやばいぞ、八雲の
――――霧の湖付近
チルノとともに大妖精は暗翳に満ちた森の中を駆ける。
普段なら月の光がこぼれてきそうな枝葉の隙間からは、今は赤い光が、まるで血でも流れ込むかのように差し込んでいる。
通り過ぎざまに、枝や葉が皮膚に細かい傷を刻む。構わない。今は逃げなければならない。
けれど――
――どこに?
逃げ場がない。
隠れる場所もない。
森に入れば安全などということはなかった。うねる鎖は幻想郷の至るところへ向かって縦横無尽に伸びている。
周囲の木をなぎ倒し、大地を抉り、空気を切り裂き、二人に向って迫る。
それを紙一重のところでかわしながら大妖精はチルノと逃げる。この鎖の根元にいる存在から少しでも遠ざかるために――それをしてどうこうなるわけではないということはとっくに分かっていたが、それでも遁走する。怖かったのだ。
あの鎖が怖い。
そして何より――この手の中の温もりをまた失ってしまうのが怖くて、
とてもこわくて
もう一人になりたくなくて
だから――
――だから
「危ない、大ちゃん!」
チルノに突き飛ばされ、大妖精は腐葉土の上に倒れ込んだ。楚々とした装束が腐れた土に汚れる。
「あ……」
「大ちゃん……」
弱々しい声でチルノが名前を呼ぶ。
「チ……ルノ……ちゃん」
――厭だ
「ごめん、大ちゃん……」
チルノが力なく笑っている。
厭だ。
厭だ。
もう失うのは――
「あ……あああ」
百年ぶりに出会った大切な大切な親友の胸に、
紅い鎖が生えて――
「いやああああああああっ!」
這うようにして駆け寄る。
「チルノちゃん!」
その友達の眼には、もう光が宿っていない。
「嫌だ! そんなのいやだ!」
―――こんな、こんなもの!
大妖精は友人の胸から伸びる鎖に触れた。
次の瞬間、彼女は鎖の先にいる存在と接続した。
◇◆◇
――――妖怪の山
河城にとりは、やはり隣に浮かぶ鍵山雛のことが気になっていた。
彼女の配した護符により、滝の中腹一帯は辛うじて敵の鎖からは守られていた。
攻撃を退けた影響だろうか、雛の前髪を結ぶリボンは裂けてしまっている。
「椛さん」
結びを失い垂れ下がった髪を肩の後ろへとやりつつ、雛は真一文字に結ばれていた口を開く。
すでに山は混乱の渦中にあり、指揮系統も乱れてしまっている。上方でも下方でも、鎖の一撃を受けたであろう妖怪たちが次々に山を離脱していく。そこには当然天狗や河童の姿も含まれていた。また山以外の場所においても状況は同様のようで、空から、また地から、無数の魑魅魍魎、山精木魅の類が夜空へと浮かび上がっていく。
「戦に――なりますか」
弱々しい声で雛は問うた。その声がどことなく悲壮なものを孕んでいるから、にとりは厭わしい気持ちになる。
「恐らく。いいえ、確実に」
親友の天狗が答えるが、その彼女も何かを言い淀んでいるようだった。
その眼は一瞬だけにとりの方へと向けられ、またすぐに雛の方へと戻される。
「遠からず人里は攻撃の対象になります。食糧庫としても、『力』の供給源としても、敵があの場所を放っておく道理はありません……」
そこで椛は雛から目をそらした。苦渋がその表情からは見え隠れしている。
「そうですか」
納得か諦観か、どちらとも取れる声で雛は言った。その体は固く微動だにせず、まるで完全な人形の体と化してしまったかのようである。
ただ注視してみれば、彼女は震えているのだった。
――雛……
そして雛は何かを決意したかのように前を見据える。
その目から揺らぎや惑いといったものが消えたようににとりには見えた。震えもいつの間にか収まっているようだ。
そして風。一陣。
夜が動く。
「行くの?」
そう言ったのは秋静葉だった。
静かだが不思議とよく通る声である。その顔から先ほどまでの微笑みは消えていて、ただ真っ直ぐに雛を見据えている。
幻想郷を構成する、干渉不能な自然の系統――三月、五行、そして四季。その内の衰亡の秋を司る神が彼女である。壊乱の内にあって、しかしその周囲だけはやけに静やかな雰囲気を保ち続けている。
「ええ、行くわ」
雛は短くそう答えた。
「そう……」
静葉は納得するような素振りとともに、どことなく哀しそうな笑顔を見せた。
だが――にとりは納得などとはほど遠い心情である。
――行くって……まさか人里に?
にとりが漠と感じていた嫌な予感は急速に膨張し、その輪郭を明らかにしていく。
不可避的に攻撃対象となるであろう人里に充満する厄。それを、雛は――
「お姉ちゃん」
穣子が姉を呼ぶ。
「どうやら私たちも行かなきゃいけないみたいよ」
秋という要素は二つの因子からなる。
姉がその片方である衰亡を司るなら、妹の彼女が司るのはその前段階としての豊穣、即ち『結果』である。
そして秋の後には終わりの季節――『死』の冬が訪れる。
「『彼女』が敵に回った。あれが攻勢に加わったら――人里なんて一晩ともたない」
厳しい表情をして穣子は言う。この姉妹は普段はおおむね明るい表情をしている。だが今は――非常時ということなのだろう。
「そういうことだから私たちも一緒に行くよ、雛」
「ま、待ってよ!」
狼狽しつつ、にとりは叫んだ。
「雛、まさか里の厄を背負いこむ気?」
「うん」
事も無げに、さも当然のことであるかのように、雛は即答した。
「だめだよ! そんなことしたら……」
引き裂かれた腕を思い出す。
「役割だから」
厄神がほほ笑む。
明るい笑顔なのに、いや明るい笑顔だからこそ――儚い。
厭だ。
「ダメ……ダメだよ、雛……」
神様だって、壊れるときは壊れる。
「戦争なんだよ!? 体が持たない!」
必死の形相で叫ぶ。
厭だった。
腕が千切れただけであんなに辛いのに、ほんの少し創を刻んだだけであんなにも痛々しかったのに――
「ダメだよ……」
「にとり……」
いかにも困ったといった顔を雛がする。
それが余計に苛立つ。
そんな『困った』などという安々した状況ではないのだ。もっと怯えだの憂いだの拒絶だの、そうしたものを孕んだ顔をするべきだというのに、それをしたって誰も咎めたりはしないというのに――やはり雛はさも何ともないことであるかのようにきょとんとしている。
どうにもあどけない。
鈍感なのだ。
人の痛みや不幸は鋭敏に覚るが、自分の傷には、とても鈍い。
「行っちゃダメだ! 絶対ダメだ! 役割なんか放って――」
「にとり!」
叫ぶにとりを制したのは椛だった。彼女はにとりの方を見ると、首を横に振った。
椛は三柱の方へと向き直ると――
「これで何かの足しになるとも思えませんが」
二度拝礼し、二度柏手を打った。
「行ってらっしゃいませ」
そしてもう一度拝礼をした。
三柱はそれぞれに笑顔を見せ、滝を後にする。
「ひな……」
「ごめんね、にとり」
普段はまとめて結わえられている髪を、尾を引くかのようになびかせて、厄神はにとりのもとから離れて行った。
「……すまない」
遠ざかっていく神々を見送りながら、椛が呟く。
もう手も届かない。姿も見えない。
「ううん、ありがとう……」
絞り出すようにそう言うと、河城にとりはそれっきり押し黙ってしまった。
風はいつの間にか止んでいた。
――――人の消える道
時間が経つにつれ徐々に視界が回復していき、リグルは周囲の状況を把握する。
辺りは酷い有様である。整列していた木はへし折れ、地面にはいくつもの穴が穿たれている。
視界を失っている間に攻撃を受けなかったのは不幸中の幸いとしか言えないが――
――ミスティア……
一週間ばかり前に歩み出した夜雀の屋台は、見るも無残に破壊されてしまっていた。
屋台骨が砕かれ支えを失った屋根が落ち、そこに炭の火が燃え移って燻ぶっている。白煙が立ち上り、辺りには破片が乱雑にまき散らされている。
「くそっ!」
屋台は完全に壊れてしまったいた。その理不尽な仕打ちに対する怒りがこみ上げてくる。だがそれを引き起こした存在に対し、力のないリグルができることなど皆無である。それがさらなる憤りを呼び寄せる。
屋台に近寄り、火に気を払いつつ屋根をどける。カウンターの上には手を付けていなかった八つ目鰻の蒲焼きが乗っている。その奇跡的に無事だった一本をリグルは口にした。
温い。
しかしそれで視界は完全に回復する。
そしてリグルはこれから何をすべきかと逡巡する。残念ながらミスティアについては現状ではリグルに出来ることはなさそうである。
それに今は王としてやらなければならないことがある。
――みんな、無事?
他の虫たちに伝令を送る。安否の確認と、統制の確保のためである。
そして続々と返信が帰ってくる。一連の出来事によりいくらかの個体は失われたようだが、総じて虫たちは混乱してはいなかった。獣たちに比べて鈍感だからである。
その鈍感であるという点は、少なくとも虫たちにとっては何らマイナスの要因たり得ない。むしろ強みですらある。現にそのおかげで獣たちのように暴走することもなく、現状に対応できている。
虫たちは揺るがない――リグルは王として彼らを信頼している。
そしてリグルは、失われた個体たちの輪廻の旅の冥福を祈った。
――『古生種の動向に注意するように』
しかし気がかりなのはミスティアから聞いたルーミアの忠告である。
古の虫たちはその能力故に忌み嫌われ、地底に住まわされているのだが、その彼らはリグルによる統制の埒外にあり注意しろと言われたところでどうこうなるものではない。リグルはあくまで地上の虫たちの王なのだ。
念のため数少ない地底の妖怪の知り合いに連絡は入れておいたのだが――
そのときリグルの周囲一帯で地面から砂煙が噴き上がった。
「こ、今度は何よ?」
上空からのそれとは異なる、どことなく陰湿な感じのする圧迫感が足の裏から全身へと伝播する。
地中で何かが蠢いている。
そして妖怪化する以前より培われたリグルの本能が、この場を離れるようにと警告を発する。それに従いリグルは地面を蹴り宙へと浮き上がった。
一瞬遅れて周囲の地面が揺れ出す。
土や砂が、まるで液体にでもなったかのようにその緊密さを失い、波うつ。小刻みな振動を受け、ふるいにかけられたかのように砂埃や砂利や礫が舞う。
――まさか
この現象にリグルは心当たりがあった。
やがて一帯の地面が、屋台の残骸を中心として水流のように渦を描き、回転を始める。
石も草も木も、それに呑まれて回転している。渦の中心にある屋台は徐々に土中に沈んでいく。
渦の直径は三十メートルほどであり、夜の光量の少なさのせいでまるで本物の水禍が現出したかのようにも見える。
「これは……蟻地獄か!」
次の瞬間、めきめきという耳障りな音をたて屋台が完全に呑み込まれた。
材木の破砕音。リグルの予測が正しければ、それは咀嚼音である。
しばらくして破片が吐き出される。
そして堰を切るように土の渦は一気に勢いを増し、辺りのものをもろともに吸い込みだす。
瞬く間に地面がすり鉢状に陥没し、草木はそこを滑り落ちて屋台同様に土中へと消えていく。
やがて辺りがもはや道としての原型を失し、巨大な円錐型の『巣』と化したとき、その中心から何かが勢いよくリグルに向って吐き出された。
それは人の形をしている。リグルも良く知った顔――
「ヤマメさん!」
空中で受け止める。
すり鉢の底から放り出されたのは、黒谷ヤマメ――リグルの数少ない地底の妖怪の知り合いだった。気を失っているのか、身体に力が入っておらず重い。リグルの細腕では支えるのがやっとである。
額からは血が流れている。
――いったい何が……
『王よ……』
土の中からリグルに向け発せられる言葉――先ほどリグルが地上の虫たちと行ったものと同じテレパシーの類である。
『蠱毒を経ぬ偽りの王よ……』
心の機微が微塵も感じられない無機質な声である。だからこそ奇妙なプレッシャーがそこにはある。
『長よりの伝令――我々は地上に反旗を翻す』
「なん――ですって?」
――ルーミアが言っていたのはこのことか?
鬼や天狗と並び怖れられた、古き蟲たち――もしそれらが害意をもって地上に這い出て来たのなら、それは間違いなく全ての妖怪たちにとって脅威たり得る。
「どうして――」
『手出しをしないなら、地上の虫に危害は加えない』
そして人間たちからしてみればそれは――絶望に等しい。
鬼のようにルールが通じる相手ではないのだ。
生命力においても、殺傷力においても、人など到底太刀打ちできない。
そして何より数が圧倒的に、暴力的なまでに多い。
『それは裏切り者。すでに我々の仲間ではない』
「待ちなさい!」
血相を変えリグルはそう呼びかけたが、相手はそれに答えることなく再び土を巻き上げ地中へと潜って行ったようだった。最低限伝えるべきことを伝えただけなのだろう。
一時的な静寂が訪れる。
しかしそれは嵐の中心の様なものだ。またすぐに、これまで以上の勢いをもって風は荒び出すのだろう。
「……止めなきゃ」
ミスティアのことは気がかりだったが、しかし今は地下の虫たちをどうするかが先決である。
彼等が本気で行動を起こせば人里など瞬く間に制圧される。そして今は上空にも人間を脅かす存在が現れている。
言わば人里は二重の危機に晒されているのだ。
「リグル……」
ヤマメが目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
地面に降り、残っていた木にヤマメを寄り掛からせる。
「すまんね、王さま。派手にやられちまったよ」
痩せ我慢にしか見えない笑顔をヤマメは浮かべる。かなり衰弱している。
「ったく、絡新婦の奴め。次会ったら叩きのめしてやる……あ痛てて」
「地下で何が?」
「地霊殿が落ちた」
「地霊殿?」
「今はさとりさんが水際で食い止めちゃいるが……詳しいことは後で話すよ。それより連中は虫の報せで地上が混乱に陥ることを予測していたみたいでね……それに合わせて、いや正確に言うならその後の疲弊したところを狙って人里を侵略する気だ。こすい話さ」
「まさか――畏怖の情念の独占を?」
人間からの畏怖の念――それこそが妖怪の力の糧となる。
「だろうね。そうなれば――虫の天下だと考えているんだろう」
馬鹿馬鹿しい、とヤマメは悪態をついた。
人なくして妖怪無し――妖怪を見て妖しい、畏れ多いと感じる者がいなければ、大半の妖怪は妖怪であることの意味を喪失してしまう。そうなればそれは単なる『生き物』に過ぎなくなる。
だから人里は幻想郷においては取るに足らない存在であると同時に、絶対に落とされてはならない要衝でもあるのだ。
それに今は人と妖怪がいがみ合い、殺傷し合う時代ではない。もうそのような無益なことは幻想郷において望まれてはいない。
「あのコウモリみたいなのが本格的に攻勢を開始するまでには、まだ少し猶予があるはずだよ。だから、王さまよ」
「分かりました」
それまでに地下の虫を何とかする――どうやらそれが今一番に己のすべきことであるとリグルは悟る。
――ったく……何考えてんのよ、長とやらは
地上の妖怪が地下に立ち入ることは禁止されているが、今は状況が状況である。
古生種の長――それがどういった存在かは知らないが、地上の虫をまとめる者としてそれを放っておくわけにはいかない。今の虫と人の関係が崩れることをリグルは望んでいないのだ。
「ヤマメさん。傷は――」
「すまんが、明日の朝まで待っとくれ。さすがにまだ動けそうにない。それから、助っ人が必要だ」
ヤマメが目を閉じる。
「あんたも休みな。地下は危険なところだからさ」
それを境に気力が尽きたのか、ヤマメは再び気を失うかのように眠りについた。
――地下か……
忌み嫌われた妖怪たちの禁域――昨日まではそのようなところに出向くことになるとは思ってもみなかった。
だがこの場所を――
――この場所を崩されてたまるか。ここにしか居られない子たちだっているんだ
虹の蠢く夜の下、地上の虫の王は静かにその決意を固めるのだった。
――――上空、雲海
「龍神様が……」
突如として雲海に流れ込んだ七色の潮流に抗いながら、永江衣玖は慄く。
虹――天を翔ける龍脈。
鎖の一撃を辛うじて退けた雲の中の妖怪たちも、皆その光の激流に呑まれ押し流されていく。衣玖が何とか踏みとどまっていられるのは、彼女がひと際に羽衣の扱いに優れていたからというだけである。
――憂いておられる
百年ばかり前に誓われた幻想郷の平和が今乱されている。それを龍は悲しんでいる。
龍の姿そのものは見えず、ただ気配だけが出現している。
それで十分なのだ。もし龍が完全に顕現したのなら――この場にいる妖怪たちは皆無事では済まない。出現するだけで、それはすでに莫大なエネルギーを生んでしまう。幻想郷の最高神とはそういうものである。
そして衣玖の扱うそれとは比べ物にならないほど眩い雷光が、天を割るかのように鳴り響く。
その次に衣玖が目にしたのは、まるで洪水のようにうねりながら押し寄せる水流だった。
雨――そう表現するにはそれは余りに凄烈だ。
――そっくりだ……
雷鳴。
豪雨。
龍が最後に出現した明治十八年の空と、今の空は非常に似通っている。あの直後、幻想郷は昼でも光の射さない闇の世界に陥って――
そのとき、五筋の光が押し寄せる水流に向って照射された。
赤い光が四本。そしてそれに囲われるようにして、紫色のひと際に太い光が一本。
それらが水流を突き破り、拡散させ、ただの雨滴へと分解した。
「分社、ちゃんと持ってくれていたみたいね。永江さん」
聞き覚えのある声がした。
「魔界の?」
魔界神が、あの日と同じように雲の内にいた。ただあの時より幾分か表情は険しい。
そして彼女の隣にはもう一人、見知らぬ人物がいた。深緑の髪、悔悟の棒――
「魔界神……紫は貴女まで担ぎだしたのですか」
「ええ、姦計に乗せられてしまいましたわ。閻魔様」
――閻魔?
二人は羽衣も持っていないというのに、虹の流れの中で揺らぐことなく立っている。
「永江さん、通訳をお願い出来るかしら?」
神綺が言った。
「え? ええ」
空気を読み、それにより龍の言葉を伝令するのが龍宮の使いの役目である。
「先ほどの非礼をお詫びいたしますわ、龍神様。かくも短期の間に二度も接見頂くことになるとは思ってもみませんでしたが……お動きになられるのは今しばらくお待ち頂けないでしょうか」
その神綺の言葉に対して龍が反応する。衣玖はそれを龍以外の者にも伝わる言葉へと変換する。
「『神綺。それから映姫も。久しぶりですね』」
衣玖を介し、龍の意思の一部が伝えられる。
龍はまだ穏やかな心情でいるようで、憂いこそあれ怒りなどの類はまだ感じられない。
つまりさきほどの雷鳴や水流は、龍の世界からこちらの世界へと働きかける際の副産物であって、これといった負の感情を伴うものではなかったということなのだろう。
「『待つように、と言いましたね。しかしすでに状況は八雲紫の制御下にはないのでしょう?』」
もちろん翻訳であるから、一字一句正確に言葉を再現しているということではない。
映姫が答える。
「確かに当初の盤面は守られてはいないようですが――しかし未だ我々で是正が可能な段階です。貴女が動かれる必要はありません」
閻魔というからには彼女は是非曲直庁の者なのだろう。
つまりこの二人は幻想郷の内部のものではないということだが――それが故にこうして龍と対峙できているのかもしれないと衣玖は思う。
その目線は衣玖にではなく、龍の気配のする方へと向けられている。
そこにあるのは黒雲である。その向こうが龍の領域だ。
「『ふむ……』」
龍は少しだけ逡巡していたようだったが、やがて――
「『私としても早々に動くのは不本意ですから、ここはいったん引くこととしましょうか』」
と言った。そしてそれを境にその気配は遠ざかる。
緊張の糸が切れたのか、それに合わせて衣玖の全身から冷や汗が湧いた。
何だか拍子抜けするほどあっさりと引き下がったが――衣玖としてはこれほど近くで龍の気配と向き合ったのは初めての経験だったから、正直その方がありがたかった。
「『ああ、そうだ。紫に会うことがあったら伝えなさい』」
遠ざかり様に龍は付け足す。
「『もしも、この場の秩序が度を逸し乱れてしまったのなら、その時は――』」
龍が最後の言葉を紡ぐ。
「『その時は、貴女を粛清します』」
◇◆◇
気が付いたら大妖精は真っ暗な空間に投げ出されていた。
周囲には何もない。虚無である。寒々しい暗闇だけがただ満ちていて、空間的な厚みも広がりも感じられない。
何にも見えないし聞えもしないから、自分がどういった有様でいるのかも判然としない。
――どこだろう、ここ
感覚もまた虚ろであり思考だの思索だのが結実しない。どうにも胡乱であり――
「パチェ……」
か細い、消え入るような声がした。
一人の少女が縮こまるように、何かに怯えるかのように膝を抱えてうずくまっている。
薄い水色の髪に、幼く華奢な身体。
その身体を覆うものは何もない。脆弱性を感じさせる小さな裸身である。
全体に色素が薄い。
背後の暗黒に冒され、呑み込まれてしまいそうである。
――レミリアさん?
それは大妖精をこちらへと転送した恩人、外界の吸血鬼だった。
だが大妖精が外で出会った彼女は、こんな弱々しい声を出すようには見えなかったのだが――
「お前は失格だよ」
ぞっとするほど冷やかな声が響き渡った。
その声のした方には――そこにもまたレミリアがいた。
こちらは上等なドレスを身にまとっており、まるで汚物を見下すかのように座り込んだ方のレミリアを睥睨している。
「お前は誰も救えはしない」
ドレスをまとったレミリアが言った。
「……違う」
裸のレミリアは、その言葉を拒絶するかのように身体を震わせた。
「美鈴もパチェも見捨てて――」
――パチュリーさんは来ていないの?
大妖精の見た通りなら、パチュリー・ノーレッジは大分弱っていて、むしろ真っ先にこちらへと『避難』しなければならない状況であるように思えたのだが。
「……違う……ちがう」
「お前だけのうのうと逃げおおせた」
「違う!」
ドレスをまとったレミリアは、歪んだ笑みを浮かべた。
「違うだと? 何が違う? どこが違っている? すべて事実でしょう? 貴女の過ちで――美鈴は死ぬわ」
「やめて……」
蹲踞したレミリアは、その小さな手で自身の耳を塞いだ。
「パチェは囚われる。連中の奴隷だ。ははっ、またスティグマでも刻まれるのかしら?」
「やめろ!」
裸身のまま、もう一人の自分を睨み返した。
泣いている。
そしてそれを見下ろすレミリアは、激昂する。
「お前のせいだろう! お前が――私たちが醜態を晒している間にさあ……」
その彼女もまた、泣いていた。
片や裸身を震わせ、片や怒りの表情を浮かべて――泣いている。
そしてドレスをまとった方のレミリアもまた崩れ落ちるようにうずくまった。
「パチェが……パチェが……」
そして、入れ替わるかのようにうずくまっていた方のレミリアが立つ。
両目を泣き腫らしながら、ドレスをまとったレミリアに歩み寄る。歩み寄られた方のレミリアは、先ほどとは逆にそれを見上げた。
「私たちが――私がやるべきことは」
うずくまった彼女が言う。
「分かっているよ」
何もまとわず暗黒の内に立つ彼女が答える。
そしてすっと目を閉じると、ドレスをまとった自分自身に触れた。
その瞬間、ドレスをまとった方のレミリアは淡く輝いて消えて――その貴族的なドレスは裸身をさらしていた方のレミリアの肌を新たに覆ったのだった。
――鎧だ
なぜかそれを見て大妖精はそう感じた。
そしてゆっくりとレミリア・スカーレットはその目を開く。
血のような紅の瞳が、闇の中に克明に輝く。
そこに涙はもうない。
「貰い受けるわよ、幻想郷」
そうして幼き少女は、王女になった。
「ま、待って下さい! レミリアさん!」
大妖精は彼女に駆け寄る。
レミリアは分かっていないのだ。この場所のことを――全てが受け入れられるこの場所のことを、何も知らないのだ。
ここは平和な場所。ここは――
「ここはそういう場所ではないんです! 支配とか戦争とか、そんなことはこの場所には――」
次の瞬間、大妖精は腹に鈍い衝撃を受け吹き飛ばされた。
そして周囲の風景が、夜の森のそれに忽然と戻る。チルノとともに鎖から逃げていた、あの森である。
それとともにレミリアの薄い水色の髪は、いつのまにか見慣れたフロスティブルーに変化して――
「チルノちゃん……」
虚ろな目をした親友が目の前にいる。
世紀を一つまたいで、ようやく再開した大切な仲間。
――あ、あれ?
急速に身体から力が抜けていくのを大妖精は感じる。
――な、なんで?
立つことがままならない。足がふらつき、大地を捉えることを拒否しつつある。
どうやら朦朧としている内にチルノから攻撃を受けたようで、身体がかなりのダメージを負っていた。何か施されたのか、普段のチルノに比べて魔力が格段に高い。
そして先ほど腹に鎖を受けたというのに、チルノに出血はない。
「……紅魔館へ」
そう言うとチルノはふわりと浮き上がる。
「紅魔館へ」
チルノが――親友が飛び去っていく。
思わず大妖精は手を伸ばす。
届かない。
――そんなの……
自分と友人を再会させてくれた恩人。
その恩人が、あろうことかその親友自身を奪い去っていく。
――そんなのって、ないよ
自分自身、怒っているのか悲しんでいるのか、分からない。
余りに色々なことが一度に起きて、感情が状況の推移に追いつかない。
ただ涙は流れる。
身体が痛い。もともとチルノは妖精としては破格の力を持っている。それを手加減抜きで受けたのだ。
そして身体を支えるだけの力を失い、大妖精は背後に倒れ込んだ。
何者かがそれを途中で受け止める。
「運命操作……計算は覆されたのか」
――誰?
「ごめんね、こんなことになるとは思ってなかったよ」
輝く金の髪。夜の中では影法師にしか見えないシンプルな黒色の服。
穏やかな、しかし憂いを孕んだ赤い瞳。
「ルーミア……さん」
そして大妖精の周囲は再び闇に覆われていく。
ただそれは先ほどまでの寒々しいものとは違って、不思議な安堵感を伴うものだった。
それは全てを眠りに誘う、優しい宵闇――
「今は眠りなさい、シルフィード」
宵闇の少女が優しく微笑む。
――その名前は好きじゃないんだけどなあ……
意識が遠のいていく。
「次に目を覚ました時は――戦いの時だから」
そのルーミアの言葉を最後に、風を司る四大精霊の一人は眠りについた。
◇◆◇
紅く染まった月。鎖に蹂躙された空。
そこに浮かぶのは虹と稲妻である。
干上がった湖底に立ち、自らの企みによって導かれたその壊乱を眺める紫の背後で――ゆっくりと夢幻館の扉が開いた。
「お目覚め?」
「ええ。虹が――出ましたから」
風見幽香が立っていた。
夜の闇の中においてもなお青々輝く、深緑の髪。どこまで分け入っても碧い、夏山の緑のようなその髪は、均整にウェーブしながら腰の辺りまで伸びている。
左手には鎖のあしらわれた懐中時計を、右手には紫のそれとはまた違ったデザインの日傘を携え、眼前の赤色の混沌に動ずることもなくただ優雅にたたずんでいる。
「今日はもんぺじゃないんだ?」
オレンジ色の格子模様のスカートとベスト――それを楚々とした白いシャツに合わせて着込んでいる。
「八雲紫」
険を含んだ声と、鋭利な視線。
射抜くかのように、刺し貫くかのように、紫に向けられる。
「何かしら?」
「貴女の描いた盤面はどこまで守られている? そしてどこから違えた?」
「ほぼ盤面通りですわ」
「嘘ね。あんたは普段はいくらでも巧妙に嘘を重ねるけれど、殊『この場所』が危なくなると一気に余裕がなくなる。拙い虚言は私には通じない。だから正直に言いなさい――協力はしてあげるから」
ほんの少しだけ――付き合いの長い者でないと察知できないような微細な優しさが、幽香の声に混じる。
そして珍しく余裕の失せた声で紫が言う。
「正直ねえ、ここまでとは思ってなかったわ。力の桁が明らかに事前に観測しておいたものと違ってる。たぶんかなり上質な血を含んだんだと思うわ」
もちろん紫は――焦慮こそあれ――冷静さを欠いているわけではない。
状況の打開と、違えた個所の是正、そのためのカリキュレートは全力で行っているし、そこまで高度な演算を行うことができるのは紫ぐらいのものである。
「あの子、その気になれば単騎で妖怪の山も崩せるんじゃないの?」
「たぶんね」
「で、あのレベルがもう一匹。おまけにエンボディメントだけでかなりの奴等が持ってかれた、と……面白い話だけど情けない話でもあるわねえ。エリー、ちょっと」
突然名を呼ばれて、状況を静観していた門番――エリーはびくりと身体を震わせた(要領の良いことに紫のことは見て見ぬふりを決め込んでいたらしい)。
「な、なんでしょうか?」
おずおずとたずねるエリー。
得物は外側に刃のついた大鎌。かなり湾曲していて、まるで自身の首に引っかけるかのようにして背負っている。
額には大きな鰐広帽をかぶっている。
「あんた三途の川に行きなさい」
唐突に幽香はそう言い放った。みるみる内にエリーの顔が青ざめる。
「ごめんなさい~! まだ死にたくないです。一生懸命働き――」
「ボトルネックの死神がいる」
「は?」
「そいつに絶対仕事をさせるな。全力全霊でサボタージュさせなさい。今宵よりしばし三途の渡しは運休、分かったわね?」
もとがもとだから大丈夫でしょうけど、と幽香は付け加える。
「ええと……」
エリーが帽子を正す。それでおどおどした感じの表情はつばに隠れ、見えなくなった。
「手段は」
「問わない」
「畏まりました。館の番は――」
「くるみと、あと名前忘れたけどあのオレンジ色の奴――あいつ等に任せていいわ。足りないようなら夢幻の姉妹も起こせばいい」
「しかし三途の渡しを止めただけで人死は防げますか?」
エリーが問う。
「エリー、死というのはね――」
天機を知る花の妖怪は静かに語り出す。
「死というのは三途の渡しなり火車なりを介し、魂魄と肉体とが完全に流離することを言うのです。魂とは心、即ち『質』。そして魄とは器である肉体そのものが朽ちないように、腐らないように支えるための『気』――通常私たちはこれを気質と呼び、それがその辺をうろついている幽霊というものの正体でもある。生きているということは、その気質がしっかりと肉体へと固着し、両者が別ちがたく結び付いている状態のことを言うの。そして――その気質が此岸に残っているのなら、それは死としては不完全、恢復の余地はある。肉体などという仮の棲家は、そこの胡散臭いのが適当になんとか――」
「あー、幽香さま?」
「んい?」
「さっぱり分かんないです」
「もう! 分かんないなら言われたことをやってなさい。最悪の場合は幻想郷を『開花』させるけど――それはとても面倒だから最後の手段。渡しがサボれば私もサボれる。分かった? 分かんなくても早く行け」
しっしっ、と言って幽香は追い払うような仕草をした。
「うぅ、分かりましたよう。それじゃあちょっと出かけて――」
「待ちなさい」
紫が二人を制する。
「まだ動かないで」
「今さら何? 上手の手から水は零れた。演目は御破算よ」
「それでも――まだ動くな。貴女だって見たでしょう? そして憂えたはずよ。こんなに妖怪たちは腑抜けてしまったか、こんなにこの場所はやわになってしまったのかと。ちょっと一体強そうなのが顕現しただけで、怯えて尻尾を振るう。しかもこれだけ派手な登場をしたというのに、その後の第二撃も満足にかわせやしない。それで精神を重んじる妖怪が、無様に腹を貫かれて、そしてこともあろうかその精神を持っていかれているのよ? それがどれだけ危惧すべきことだか、分かるでしょう?」
早口で紫はまくしたてる。しかしそれでいてその表情はどことなく悄然としている。
「貴女が言ってることは、それは分かるわよ。でもねえ……龍が動いている」
幽香は上空にかかる冥い虹を見上げた。
「そうね」
「死ぬかもしれないわよ?」
「覚悟の上ですわ」
「そんな覚悟は望んでいない」
「珍しいことを言う」
「あんたのペットや西行寺の奴ならそう言うかと思ってね。私も――管理者としての貴女は評価しているから、まあ勝手に死ぬのは許さないと言っておきましょう。だから次の機会を待てばいい。今回は適当に潰してしまえば――」
「あいつ、幾つだと思う?」
唐突に紫はそうたずねた。
「ん? そうねえ、どの位だろう。あれだけの力があるのなら――」
「あれはね、齢五百にも満たない」
「え?」
初めて幽香が驚いた顔を見せた。
「……それ本当?」
「ええ。おまけに肝心の能力はほぼ封じられている。それで――あのレベルよ? 仮にもしあいつがもっと年を重ねた状態で攻め入って来たらどうなる? 無碍にその力を揮えたとしたらどうなる? きっとこの程度では済まなかったはずよ。そして――」
外の世界はもう、名のある神ですら信仰を維持できないほどに幻想の力が衰亡している。
今後、神界クラスの大物どもが続々流入することは十分に考えられるのだ。
そのどれもが友好的で、場の状況やルールを酌んでくれるなどとは到底思えないし、フィルターをかけて問題のなさそうな存在だけを選んで招き入れるというのも結界の性質上無理だろう。大体それだけ強い力を持っている連中ならば、何を施そうがどうせ無理やり入ってくるのだ。
そういった連中にも対抗できるだけの力を、この場所に住まう者たちは身に付けなければ、あるいは取り戻さなければならない。
支配されぬため、この場を守り抜くため、そして――
「そういう奴は、叩きのめしてこの場所のルールに従わせるってことかしら? 数百年前の騒動の時みたく――」
「そうですわ、風見幽香。これはとてもシンプルなことなの。そしてそのシンプルなことすら出来ないようなら、いずれ遠からず――」
「ねえ」
「何かしら?」
「辛いの?」
直接的すぎるその問いに、紫は言葉を詰まらせた。
幽香の瞳はまっすぐ紫を見据えている。思わず紫はそこから目をそらした。
「私はそういう立ち位置ですもの」
「そんなお利口な言葉が聞きたいんじゃない。あんたはこの場所を誰より――」
「そんなの――どうでもいいでしょう?」
紫が幽香を睨み返す。そして毅然として言い放つ。
「もう一度言う。貴女はまだ動くな」
一時、沈黙が二人の間に生まれる。
境界を超越し、何処にでも存在する少女。
四季を超越し、何時にでも存在する少女。
紅の月の下、夢現を分かつ館の前、凛とした面持ちで二人向かい合っている。
そして幽香はため息を一つつくと、降参するようなポーズをとった。
「はいはい、負けましたわ……ふふっ」
呆れているような、楽しんでいるような、何ともいえない不敵な声で幽香は笑った。
そしてそこから臨戦態勢がごとき険の相が消え、代わりに無邪気な少女の表情が顔を出す。
もう一度クスクスと笑うと、幽香はゆっくりと手にした日傘を閉じた。
「ふあ~あ……早起きは三度寝の得。昔の人はいい事を言いました」
すでにその口ぶりは普段ののんびりとしたものに戻っている。
「また? 寝すぎよ、寝すぎ。呆けるわよ? ちょっとは私を見習いなさいな」
紫も復調している。
「せっかく着替えたのにねえ……今しばらくは夢の向こう側。時が動いたのなら起こしなさい」
「自分で起きてよ。何のための目覚まし時計かしら?」
そう言って紫は幽香の手の時計を指さす。
「って、貴女に寝すぎとか言われたくないわ」
「ずれてるずれてる」
実はまだ寝ぼけているのではないかと紫は疑ってしまう。
「この時計ね……これは終末への時を刻む時計なの」
「およ?」
実に悲しそうな目をして、幽香は訥々と語り出す。
「この時計が鳴り響くとき、世界は終わりを迎えるのです。タナトスとカタストロフが星を包み、すべては等しく原子の霧へと還る」
「え? ちょっと待ってよ。そんなの聞いていないわ」
「……とか」
「とか?」
「あったらいいな、と思って」
「こら!」
「この時計は止まっているの。眠りを妨げることのない優秀な目覚まし時計よ」
百花の少女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
干渉不能な自然の一系統、四季――それは自然の循環的運行のことであり、また生きとし生けるものの一生のことでもある。四季映姫が生者の四季を司るならば、風見幽香が司るのは自然の四季であり、だからこそその笑顔には干渉しがたいものがあるのだろうと紫は思う。
そしてやはり何となく腹が立った。
「じゃ、ちゃんと起こしてね~」
そう言い残し、幽香は悠然と館の内へと戻って行く。エリーがその後へ続いて館へと入り、そうして夢現館の扉は閉ざされた。
後には紫が一人残されるばかりとなる。
「寝ぼすけねえ――ま、私も人のことは言えないか」
一人そう呟くと、境界を司る少女は天を仰ぎ見た。
十全なる狂気を孕み、またそれを見る者の内にも狂いを誘わんとする紅い月が、夜叉がごとき金色の瞳に映る。
――耐えて。そして、切り抜けてみせなさい。愛しき楽園の住人たち……
ほんの一瞬だけ目を閉じ、何かに祈りを捧げるような仕草をすると、八雲紫は隙間の向こう側へと姿を消した。
そしてそれを待っていたかのように、無人の湖底にどこからともなく大量の水が流れ込む。
その水は不思議と辺りの土壌をこそぐこともなく、澄んだ青色を保ったまま夢幻館とその周囲を呑み込んだ。
やがて窪地に水は満ち、湖が蘇る。
揺らめく湖面に天蓋の月が映り込む。
それはどことなく脆く、危うい輝きを放つ偽りの月輪だった。
(④へ続く)
次回も期待しています。
最後までお付き合いさせていただきます。
これからどうなっていくのか気になりますよ。
あ、それとちょっと思ったことがあるのですが。
この年に阿求っていましたっけ?
まだ、先代とかじゃありませんでしたっけ?
ラストシーンまで追っかけますぜ!
すばらしいんですが
リグルは女の子なので光りません><
カリスマお嬢様カッコイイ!!(裏がありそうだけど)
さあ次は諏訪サイドかな?
ですが、今一番入れたい点数は最後にとっておきたいと思います。
完結を楽しみに待っています。細かい感想はそのときに。
相変わらずすばらしいです
次回も楽しみ
本当に話の構成や演出、セリフがうまい!
登場キャラがとても多いのですが、それによって一人一人の存在感が薄くなることもなく、むしろ一人一人のキャラがたっていることは圧巻でした。地霊殿メンバーまでも登場しているのは嬉しかったです。
また、「あれはね、齢五百にも満たない」という紫のセリフは鳥肌ものでした。
お嬢様が1500歳くらいになったら凄いことになりそうだ・・・。
それでは、次回を楽しみにしております。
レミリア、紫、幽香など、幻想郷実力者たちの暴れっぷりに期待です。
博霊の第二試験開始・・・パワーバランス修正段階第二段階へ」
東方プロジェクトの第一段階は、旧作の霊夢が魔界を閉鎖するところまで(これが博霊の第一試験)。
東方プロジェクトの第二段階は、適度な異変が起きること、パワーバランスの維持(これがパワーバランス修正第一)
異変が起きなくなりパワーバランスがダウンしたら第二段階へ(東方プロジェクトは第三段階へ)
てな感じの勝手な妄想
あまつさえ旧作キャラまで登場させておきながら、物語に些細な
違和感すら感じさせない。そして一人一人に(里の一般人にいたるまで)
役割が与えられ、物語の中で生き生きと動いている。
オリジナルのようでいて要所要所は公式設定をきちんと踏襲している。
なぜにこれほどのものが書けるのか……
とりあえず、今度からるみゃを「ルーミアさん」と呼ばざるを得ない。
冗談はさておき、これだけ壮大な物語をしっかり管理できる作者さんはうらやましいです・・・
最後まで丁寧に書いてほしいな、と思います。
…しかし、このおぜうさまが「ぎゃおー」とか言い出すようになると思うと、幻想郷恐るべしw
完結の日を楽しみにしています
紫と幽香の旧作ちっくな会話とか旧作を含めよく東方を理解してしてらっしゃるなと
これからの展開に期待大です!
紫や大ちゃんもおぜうさまの状況を間違えちゃってるんですな。
まだ名前しか出てないメンバーにも期待。
最初は大ちゃんとヤマメさんがかなり痛々しい状況になっていたのですが、やはり流血はいかんと思い書き直しました。
でも今後は少なからずそういうシーンも出るかと思います。話が話なんで……
>>煉獄様
199X年と書いてはありますが実際のところは97、98年辺りを想定して書いています。香港還ってきてますし。
でどうやらこの時点でのあっきゅんは転生して四年ぐらい、でも文々。新聞の写真は今と容姿が変わっていないっぽいので
「じゃあ最初からあのフォルムなんだろう」と勝手に判断してこうなりました。
>>22の方
弾幕的な意味で、と補完をば。
>>23の方
次はたぶんヨーロッパの話になるかと思います。書いた奴は本州から出たことすらないというのに……
出せるとは。
どのキャラも名前が出ているだけ、という状態でないのがいい。
あー。ほんとにもう! 続きが楽しみでならないです。
オールスターで且なるべくすべてのキャラをうまく活かそうとしてるのはわかるし見てて楽しいんだけれども、なんかこう……逆にそれが「いかにも物語してます」という風に捉えられなくもないように思えたので、そういった意味では東方らしくない気が。
まぁそもそもオリジナル加えてるからそこは気にしないくてもいい所なんだろうけど。
なんかナイトウィザードとかに有り得そう。
そう感じて頂いたなら、それはむしろ予定通りですわ。
などと言ってみる。
旧作から地霊殿まで数多のキャラクターとキーワードを散りばめて、たくさんの物語を一点に収束していってる・・・
ていうかこんなカリスマ溢れるお嬢様が見れるなんて、感動し過ぎて言葉が見つかりませんw
こうしてみると一方的な侵略なのに②があるから感慨深いですね
というか竜神様も起きる異変で寝ている霊夢ってw
紫と幽香の関係が素敵ですね。