「霊夢、はい、あーん」
目の前に幽香が居る、それだけでも蕩けてしまいそうなほどに幸せなのに、プリンまで食べさせてくれている。
私は今多分生まれてから一番幸せだ。
幽香が差し出すスプーンに口を付ける。ちゅるん、といった感触とともに口の中に甘い味が広がる。
私は今、神社で幽香と二人きりの時間を過ごしていた。
「どう? 向日葵と蒲公英を使ってみたんだけど、美味しい?」
「美味しいわ」
私は正直にそう答えた。本当に心の底からそう思ったのだ。
或いは、脳内補正が掛かっているのかも知れない。幽香にならドリアンの香りの紅茶を飲まされても美味しいと答えるだろう。
それにしても、美味しい。微かに香る向日葵の匂い、少し苦味のある蒲公英のカラメル、皿を見ると、花で装飾までされている。実に彼女らしいと思った。
「霊夢、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「あ、ううん。 何でもないわ、ちょっと眠くなっただけ」
「そう? それならいいんだけど、じゃあ……一緒に寝る?」
自分の顔が熱くなっていくのがわかった。幽香と一緒に寝る……そんな日が来るとは思ってもみなかったのだ。
「い、一緒に? いいの?」
思わず聞き返してしまう。
「良いに決まってるじゃない。むしろ私が一緒に寝たいくらいだわ」
向日葵のような笑顔を向ける幽香。
「じゃ、じゃあお布団持ってくるわね」
そう言って私は立ち上がり、布団を取りに駆け出して――
「……ん」
瞼を持ち上げると、目の前に広がるのは見慣れた天井だった。
「夢……か」
一気に訪れる虚脱感。周りに誰も居ないことがわかると、寂しさのような感情が湧き上がってくる。
賑やかなら誰だっていい、というわけでは無い。そうでは無いのだけれど、この静寂を誰かに破ってほしかった。
「幽香……」
声に出すと、より一層静寂が引き立つようだった。寂しいと思うことなんて今までは無かったのだが、最近では幽香のことを考える度、そう思うようになっていった。誰かに静寂を破ってほしいというのは、この気持ちを少しでも忘れたいというだけなのだろうか。それとも、こうしているときも幽香のことを考えてしまうということは、その逆なのだろうか。
「呼んだかしら?」
幻聴までする。重症だなぁ、と自分でも思った。
「せっかく参拝客が現れたって言うのに、博麗の巫女はそれを無視するの?」
声がする方に目を向ける。
目に入ってきたのは緑色の艶がかかった髪、チェック模様の服、純白の傘。
「ゆ…ゆ、幽香っ!?」
「っ……うるさいわね」
まさか本人が来てくれるとは。ありがとう神様! 私一生巫女続けます!
「え、えーと、お賽銭なんていらないからあがっていってよ!」
「え? 賽銭いらないの?」
「そんなものどうだっていいわよ」
ささ、と幽香の腕を引っ張って多少無理やり上がらせる。こうして置けば長居してくれるはずだ。
「どういう風の吹き回しかしら? いつもは挨拶とばかりに『賽銭箱はあっちよ』とぼやいているのに」
そんなに賽銭賽銭煩いと思われていたのだろうか。軽くショックだ。
「そんなことより、お茶持ってくるわね」
「ちょっと、待ってそれならいいのが……」
ごそごそ、と幽香が取り出したのは向日葵のイラストがあしらわれたティーパック。それを私に手渡す。わざわざ作ってきてくれたようだ。はじめから上がっていくつもりだったのか。
「あ、ありがとう……」
指先が少しだけ触れる。それだけで私の心臓は飛び跳ねた。体中に電撃が走るようだ。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
私はあまり紅茶を淹れる事が無いが、以前、予めこういった事態も想定して紅魔館でメイド長に教わったことがある。上手くできるかどうかはわからないが、一応茶葉でもパックでも淹れることはできるはずだ。
「確かこれにお湯を入れて……」
とんでもなく苦かった。
何がって? この紅茶が、よ。
もしかしたら淹れ方がまずかったのかも知れない。折角幽香が持ってきてくれたというのに、失敗してしまうなんて……紅茶というのは淹れる人間によってこうも違いがでるのだろうか。
幽香のカップを覗く。良かった。まだ口を付けていないようだ。
「どう? 美味しい?」
美しいとしか言いようのない、優雅な笑みを浮かべた幽香がたずねてくる。
はっきり言ってとても飲めたものじゃない。だからといって幽香が自ら作ったものを今さら失敗したなどといえるはずも無く……
「とっても美味しいわ♪」
♪がつくほど笑顔でそう答えておいた。
「ふふ……く……」
「幽香? 大丈夫?」
見ると幽香が腹を抱えてうずくまっている。もしかしたらこれを飲んで呼吸器がどうかしてしまったのかもしれない。だとしたら大変だ。
「幽香? 大丈夫?」
「ふ、あははははははっ! あは、はははははっ」
幽香が突然笑い出す。床をどんどん叩いて。爆笑とはこういうことか。というか最強の妖怪に叩かれると床が壊れてしまうのだが。まぁ幽香ならいいか。
「幽香、どうしたの?」
「だって、ふふ、それ……紅茶じゃなくてお薬……」
幽香が説明するには、あの凄い臭いと苦さで有名な某腹痛薬を粉末状にしたものの臭いを消してパックにつめたものを飲ませたらしい。
道理で苦いわけだ。
「それを美味しいって……あぁ、ニスかシンナーとかああいう頭の痛くなるような臭いで気持ちよくなるっていうあれと似たようなものかしら?」
「違うわよっ!」
「じゃあどうしてあんな笑顔で美味しいなんて言えるのかしら?」
「う……それは……」
ここで告白ができるほどの勇気なんてない私は黙り込んでしまう。
それでも幽香の笑顔をずっと見ていられるのはこの上なく幸せであることに変わりはないので、ちらりと幽香の顔を覗きながらうつむいていた。
「霊夢……大体事情はわかったから、皆には秘密にしておくわ」
「えぇ!? 事情がわかったって……」
「ええ、味覚障害なんでしょう?」
「え? あ、うん。ありがとう……」
とりあえずばれないように空気を読んでおいた。
そう私は空気を読める――ってこれじゃ天界のアイツか。
「なんだか今日は変ね」
「天気?」
「……霊夢が、よ」
確かに先ほどの対応はとても不味かった。久しぶりに幽香に会えたことで気が動転していたのだ。今も心臓はばっくばくだが。
「そ、そうかしら」
「絶対いつもとは違うわ。これ飲んだら治るんじゃない?」
そういって幽香が自分のティーカップを掴んでこちらに差し出す。
幽香がそうしてくれるのはとても嬉しいけど流石にもうそれは飲みたくない……のに口にぐいぐい押し付けられる。
「それはもういら……んんー!」
「いっき♪いっき♪」
口をあけた瞬間に流し込まれてしまった。口に広がる腐ったような味。吐き気がする。
「けほけほ……うぅ、もうそれはいいから……」
「そう、じゃあ私は帰るわね」
「え?」
突然の帰宅宣言。いくらなんでも来たばっかりだ。この不味い茶(SEROGAN)を飲ませるためだけに来たのか。
もう少し長居をしてもいいと思う。というか長居してほしい。一生神社に住んでくれたって一向に構わないのに。
「『え?』って何よ、もっと居てほしいの?」
それはもうYESに決まっているが、そんなこと恥ずかしくていえる訳が無い。
「それは……きゃ……!?」
幽香が私の体を引き寄せる。
「うふふ、何だかこういう霊夢を見てると苛めたくなっちゃう」
下を見ていたので目で確認することはできないが、幽香は今確かに自分を抱いている。
それが好意では無いにしても、鼓動はこれ以上無いほど早まっている。体を密着させていると気づかれるのではないかと思いつつ、気づいてくれたらいいな、とも思っていた。
鼻腔を擽る幽香の匂い、太陽の香り。顔に触れる緑色の髪。柔らかな体の感触。髪をなでる綺麗な手。そのすべてが私を狂おしいまでに溶かしてくれる。
「ふふ、じゃあね、霊夢」
しゅるり、と離れていく幽香の温もり。自分を満たすものが無くなっていくような感覚に思わず
嗚咽が漏れる。
「ぁ……」
「何?」
「あの、その」
「ちゃんと言わないとわからないわよ、っ!?」
そして私は幽香の胸に飛び込んだ。
言葉で言うなんて恥ずかしくてできそうになかったのだ。
「れ、霊夢?」
幽香は最初驚いたようだったが、しばらく私が動かないのを確認すると、背中に腕を回して強く抱きしめてくれた。
私はそれに対して、幽香に聞こえないような小さい声で言った。
「……き」
「え? なんて言ったの?」
「……なんでもない」
「幽香様、って呼んでくれるんだったら私も霊夢のこと好きになっちゃうかもね」
「えぇっ!?」
往々にして『なんて言ったの?』などと尋ねる人間は大体尋ねた数秒後には相手がなんと言ったか理解していることが多い。今回もそういうことなのだろう。
完全に主導権を握られてしまったが相手が幽香ならかまわない。
きっと恥ずかしさで真っ赤になっている顔をもっと紅くして私は言った。
「幽香様……大好きです」
「私も好きよ、霊夢」
目の前に幽香が居る、それだけでも蕩けてしまいそうなほどに幸せなのに、プリンまで食べさせてくれている。
私は今多分生まれてから一番幸せだ。
幽香が差し出すスプーンに口を付ける。ちゅるん、といった感触とともに口の中に甘い味が広がる。
私は今、神社で幽香と二人きりの時間を過ごしていた。
「どう? 向日葵と蒲公英を使ってみたんだけど、美味しい?」
「美味しいわ」
私は正直にそう答えた。本当に心の底からそう思ったのだ。
或いは、脳内補正が掛かっているのかも知れない。幽香にならドリアンの香りの紅茶を飲まされても美味しいと答えるだろう。
それにしても、美味しい。微かに香る向日葵の匂い、少し苦味のある蒲公英のカラメル、皿を見ると、花で装飾までされている。実に彼女らしいと思った。
「霊夢、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
「あ、ううん。 何でもないわ、ちょっと眠くなっただけ」
「そう? それならいいんだけど、じゃあ……一緒に寝る?」
自分の顔が熱くなっていくのがわかった。幽香と一緒に寝る……そんな日が来るとは思ってもみなかったのだ。
「い、一緒に? いいの?」
思わず聞き返してしまう。
「良いに決まってるじゃない。むしろ私が一緒に寝たいくらいだわ」
向日葵のような笑顔を向ける幽香。
「じゃ、じゃあお布団持ってくるわね」
そう言って私は立ち上がり、布団を取りに駆け出して――
「……ん」
瞼を持ち上げると、目の前に広がるのは見慣れた天井だった。
「夢……か」
一気に訪れる虚脱感。周りに誰も居ないことがわかると、寂しさのような感情が湧き上がってくる。
賑やかなら誰だっていい、というわけでは無い。そうでは無いのだけれど、この静寂を誰かに破ってほしかった。
「幽香……」
声に出すと、より一層静寂が引き立つようだった。寂しいと思うことなんて今までは無かったのだが、最近では幽香のことを考える度、そう思うようになっていった。誰かに静寂を破ってほしいというのは、この気持ちを少しでも忘れたいというだけなのだろうか。それとも、こうしているときも幽香のことを考えてしまうということは、その逆なのだろうか。
「呼んだかしら?」
幻聴までする。重症だなぁ、と自分でも思った。
「せっかく参拝客が現れたって言うのに、博麗の巫女はそれを無視するの?」
声がする方に目を向ける。
目に入ってきたのは緑色の艶がかかった髪、チェック模様の服、純白の傘。
「ゆ…ゆ、幽香っ!?」
「っ……うるさいわね」
まさか本人が来てくれるとは。ありがとう神様! 私一生巫女続けます!
「え、えーと、お賽銭なんていらないからあがっていってよ!」
「え? 賽銭いらないの?」
「そんなものどうだっていいわよ」
ささ、と幽香の腕を引っ張って多少無理やり上がらせる。こうして置けば長居してくれるはずだ。
「どういう風の吹き回しかしら? いつもは挨拶とばかりに『賽銭箱はあっちよ』とぼやいているのに」
そんなに賽銭賽銭煩いと思われていたのだろうか。軽くショックだ。
「そんなことより、お茶持ってくるわね」
「ちょっと、待ってそれならいいのが……」
ごそごそ、と幽香が取り出したのは向日葵のイラストがあしらわれたティーパック。それを私に手渡す。わざわざ作ってきてくれたようだ。はじめから上がっていくつもりだったのか。
「あ、ありがとう……」
指先が少しだけ触れる。それだけで私の心臓は飛び跳ねた。体中に電撃が走るようだ。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
私はあまり紅茶を淹れる事が無いが、以前、予めこういった事態も想定して紅魔館でメイド長に教わったことがある。上手くできるかどうかはわからないが、一応茶葉でもパックでも淹れることはできるはずだ。
「確かこれにお湯を入れて……」
とんでもなく苦かった。
何がって? この紅茶が、よ。
もしかしたら淹れ方がまずかったのかも知れない。折角幽香が持ってきてくれたというのに、失敗してしまうなんて……紅茶というのは淹れる人間によってこうも違いがでるのだろうか。
幽香のカップを覗く。良かった。まだ口を付けていないようだ。
「どう? 美味しい?」
美しいとしか言いようのない、優雅な笑みを浮かべた幽香がたずねてくる。
はっきり言ってとても飲めたものじゃない。だからといって幽香が自ら作ったものを今さら失敗したなどといえるはずも無く……
「とっても美味しいわ♪」
♪がつくほど笑顔でそう答えておいた。
「ふふ……く……」
「幽香? 大丈夫?」
見ると幽香が腹を抱えてうずくまっている。もしかしたらこれを飲んで呼吸器がどうかしてしまったのかもしれない。だとしたら大変だ。
「幽香? 大丈夫?」
「ふ、あははははははっ! あは、はははははっ」
幽香が突然笑い出す。床をどんどん叩いて。爆笑とはこういうことか。というか最強の妖怪に叩かれると床が壊れてしまうのだが。まぁ幽香ならいいか。
「幽香、どうしたの?」
「だって、ふふ、それ……紅茶じゃなくてお薬……」
幽香が説明するには、あの凄い臭いと苦さで有名な某腹痛薬を粉末状にしたものの臭いを消してパックにつめたものを飲ませたらしい。
道理で苦いわけだ。
「それを美味しいって……あぁ、ニスかシンナーとかああいう頭の痛くなるような臭いで気持ちよくなるっていうあれと似たようなものかしら?」
「違うわよっ!」
「じゃあどうしてあんな笑顔で美味しいなんて言えるのかしら?」
「う……それは……」
ここで告白ができるほどの勇気なんてない私は黙り込んでしまう。
それでも幽香の笑顔をずっと見ていられるのはこの上なく幸せであることに変わりはないので、ちらりと幽香の顔を覗きながらうつむいていた。
「霊夢……大体事情はわかったから、皆には秘密にしておくわ」
「えぇ!? 事情がわかったって……」
「ええ、味覚障害なんでしょう?」
「え? あ、うん。ありがとう……」
とりあえずばれないように空気を読んでおいた。
そう私は空気を読める――ってこれじゃ天界のアイツか。
「なんだか今日は変ね」
「天気?」
「……霊夢が、よ」
確かに先ほどの対応はとても不味かった。久しぶりに幽香に会えたことで気が動転していたのだ。今も心臓はばっくばくだが。
「そ、そうかしら」
「絶対いつもとは違うわ。これ飲んだら治るんじゃない?」
そういって幽香が自分のティーカップを掴んでこちらに差し出す。
幽香がそうしてくれるのはとても嬉しいけど流石にもうそれは飲みたくない……のに口にぐいぐい押し付けられる。
「それはもういら……んんー!」
「いっき♪いっき♪」
口をあけた瞬間に流し込まれてしまった。口に広がる腐ったような味。吐き気がする。
「けほけほ……うぅ、もうそれはいいから……」
「そう、じゃあ私は帰るわね」
「え?」
突然の帰宅宣言。いくらなんでも来たばっかりだ。この不味い茶(SEROGAN)を飲ませるためだけに来たのか。
もう少し長居をしてもいいと思う。というか長居してほしい。一生神社に住んでくれたって一向に構わないのに。
「『え?』って何よ、もっと居てほしいの?」
それはもうYESに決まっているが、そんなこと恥ずかしくていえる訳が無い。
「それは……きゃ……!?」
幽香が私の体を引き寄せる。
「うふふ、何だかこういう霊夢を見てると苛めたくなっちゃう」
下を見ていたので目で確認することはできないが、幽香は今確かに自分を抱いている。
それが好意では無いにしても、鼓動はこれ以上無いほど早まっている。体を密着させていると気づかれるのではないかと思いつつ、気づいてくれたらいいな、とも思っていた。
鼻腔を擽る幽香の匂い、太陽の香り。顔に触れる緑色の髪。柔らかな体の感触。髪をなでる綺麗な手。そのすべてが私を狂おしいまでに溶かしてくれる。
「ふふ、じゃあね、霊夢」
しゅるり、と離れていく幽香の温もり。自分を満たすものが無くなっていくような感覚に思わず
嗚咽が漏れる。
「ぁ……」
「何?」
「あの、その」
「ちゃんと言わないとわからないわよ、っ!?」
そして私は幽香の胸に飛び込んだ。
言葉で言うなんて恥ずかしくてできそうになかったのだ。
「れ、霊夢?」
幽香は最初驚いたようだったが、しばらく私が動かないのを確認すると、背中に腕を回して強く抱きしめてくれた。
私はそれに対して、幽香に聞こえないような小さい声で言った。
「……き」
「え? なんて言ったの?」
「……なんでもない」
「幽香様、って呼んでくれるんだったら私も霊夢のこと好きになっちゃうかもね」
「えぇっ!?」
往々にして『なんて言ったの?』などと尋ねる人間は大体尋ねた数秒後には相手がなんと言ったか理解していることが多い。今回もそういうことなのだろう。
完全に主導権を握られてしまったが相手が幽香ならかまわない。
きっと恥ずかしさで真っ赤になっている顔をもっと紅くして私は言った。
「幽香様……大好きです」
「私も好きよ、霊夢」
踏んで下さい。
ごちそうさまでした
ごちそうさまです