Coolier - 新生・東方創想話

おはようからおやすみまで

2008/09/24 15:51:48
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守矢神社を幻想郷へと移す計画を実行するとき、人間は早苗一人しか同行できなかった。
他の人間は神長官以下、末端の人間に至るまで同行は許されていない。
それは、妖怪の存在があったからだ。
人間を襲い、喰らうモノ。
神奈子は、信仰心を失って力が弱まり幻想郷への移動によって今ある力をほぼ使い果たしてしまうであろう状況下で多くの人間を連れて行くのは危険だと判断した。
信仰が集まり、力を回復させた後でも守り通せるかどうかわからない。
できる限り危険に晒させてしまうことはしたくなかった。できるなら、誰も連れて行かずに済めばいい。
しかし、神社とは人と神の関係によって成り立つ。
神奈子と諏訪子は奉じられている身として、神社に縛られているといってもいい。
神社は信仰を集めるためのいわば貯金箱だ。
信仰を集めるためには目に見えたシンボルである神社が必要不可欠になる。
そして、その神社を管理するのは人間の役目だ。
神と人間の両方が居てこそ、神社は機能できる。
限りなく少ない人数、しかも幻想郷の生活の中で自分の身を守る力のある人間。
幼い頃から失われた秘術を会得してきた早苗に白羽の矢が立ったのは、当然の帰結だった。
家族と離れ離れになる。いや、離れ離れにさせてしまう。その事は神奈子も悩んだ。
しかし早苗も、早苗の両親も別離に応じた。

最後に出来る神への奉仕を、と。
自分は神へ身を捧げている、と。

神奈子は神として最大限の感謝の意を表した。

早苗もまた、決意した。
神に仕えてきた一族として、最早神を信仰することのできなくなってしまう両親の分まで自分が頑張らなければ。
これからは一人で皆の分まで立派に役目を果たさなければ。











「――頑張れ、なんて事は言わないよ。お前は言わなくても一生懸命にするのだろうから」
「ただ――元気でいてね」



それは、過去の記憶。



「今日からは私たちが家族だね。代わりではないよ、本当の家族だ」
「うん、私たちは親子…いや姉妹かな。うん、姉妹」


それは、現在へと至る起点。



「―――――――――――――――――」



そして、未来への道標。



















夜明け前、薄暗い部屋の中で目を覚ます。

「――ん……」

寝相が良いのか殆ど寝乱れていない布団の中、夢の中を漂っていた意識は徐々に現へと帰還する。
習慣として身に付けているため毎日ほぼ同じ時間に起きることが出来るが、本来は朝に弱いので起き上がるまでには時間を要する。
数分程度夢と現の境を行き来した後に、ようやくもそもそと寝床を抜け出す。
手を畳に這わせ体をうねうねと揺らしながら抜け出す姿は蛇の様だ。

「…………」

布団からの脱皮を果たし、生まれ変わった東風谷早苗は活動を開始する。
緩慢な動きで布団を片付け終わる頃には、意識も多少はっきりとしてきている。
それでもやはり緩々とした動きで、枕元に置いていた白装束を手に取ると着替え始めた。
巫女服ではない。一日の初めに心身を清める禊を行う為の衣服である。
薄い白衣に身を包んだ早苗は外に出ると、守矢神社の一角を流れる川へ歩いていった。
山から風神の湖へと流れているこの川は、禊には丁度良い。

季節は春。
冬の凍てつく寒さ程ではないとはいえ、山の上である。
吐く息は白く、朝の澄んだ空気は冷たい。
ましてや、川の冷たさは普通の人間ならば足をつけるだけでも逡巡してしまう程だ。

その川の中へ、早苗は躊躇わずに入っていった。
腰が浸かる程度の深さになっている所まで歩き、そのまま膝を折り祈るような格好で水の流れを身に受けた。
体を芯まで突き刺すような感覚。水は首筋の高さにある。
容赦なく体温を奪う水流。
清冽の中、目を瞑る。
日々の穢れを清める。
この痛みは生の痛み。
心は無色透明。
しかし意識は明確に。
今「在る」のだと実感する。


丁度100秒後。
キリの良い時間になった時、一度頭まで全て水に浸かり、体を上げ川から出てくる。
体に張り付いた布が動きを邪魔する。
濡れた白装束を脱ぎ、用意していた手ぬぐいで体を拭き、代わりの白衣に着替えた。

「……ふう」

寒い。
心頭を滅却すれば……とは言うが、その境地には遠いようだ。それともあの格言は火専用なのだろうか。
冷え切った体を震わせて寝所の中へと戻ってくる。
さらしを巻き、綺麗に畳んでおいた巫女服へと着替える。神に仕える乙女の正装。幻想郷に来てからは、寝るとき以外のほぼ全ての時間着ている服だ。
そして、蛇と蛙を模した髪飾りを身に付ける。
着替えが完了し、改めて気を引き締める。
さあ、一日の始まりだ。





朝食の準備を始めよう。
糧となる食材への祈りを終え、調理にとりかかる。
早苗の料理の腕は悪くない。いや、悪くなくなった。
幻想郷へと来る以前、早苗は料理などまともにしたことがなかった。
母の作る料理の味見をしたりつまみ食いをしたりつまみ食いをしたり、その程度である。手伝いですらない。

そんな料理初心者であるのだから、幻想郷に来た当初の料理は酷いものであった。
主食は米。ぱさぱさで、おこげの部分は炭に近い。
基本的なおかずは所々焦げた野菜炒め。
その横に鎮座するのは外の世界から大量にもってきた納豆。
そして味が薄かったりやけに塩辛かったりする、増えすぎたわかめと豆腐の味噌汁。
最初は良かった。神奈子・諏訪子の二柱は早苗が料理を全く出来ないことを知っている。
少しずつ上達していけばいい、成長を見守ろう……と。そんな風に思っていた。
しかし一日三食、一週間と全て同じ献立が食卓に並んだ日の夜、神は泣いた。
後生だから違うものを、何か違うものを食べさせてください。
懇願した。

神奈子と諏訪子も料理は――そもそも台所に立つということを許されるはずもなく――出来ない。人間によって奉じられた神にとって、食とは捧げられるものである。人間が神に奉仕し、その見返りに神徳を与える。この関係を崩してしまうわけにはいかない。神に家事をさせるなど以ての外だ。少なくとも、早苗にとっては。

早苗もまた、元々は作る側ではなかった。外の世界では巫女であるのと同時に現人神として祀られる側にあったからだ。信仰心をほとんど失っていた外の世界においては二柱の神ほどに厳重ではなかったものの、自分で何かを作るという機会を与えられることは殆ど無かったのである。

早苗とて心苦しかった。自分には蓄積された経験が何も無い。手本を参考にしようとしても、教本の類は持ってくるのを忘れたし、本来であれば料理の秘伝を伝授してくれる唯一の存在である母は、もういない。
だから自分一人で模索するしかないのだが……無理だった。神に涙を呑んでもらうしかなかったのだ。

そうした日々を過ごし――その日々の中で麓の巫女と魔法使いによって幻想郷の信仰心ガッチリキャッチ大作戦(命名・神奈子)が叩き潰された――全く上達する気配の無い家事能力に自分自身辟易として自信を失いかけていたある日、一人の女性と出会った。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜である。
神社備蓄の食糧は底を尽き、里へと買出しに出かけたものの食材の良し悪しや幻想郷の金銭的感覚について全くの無知であった早苗が、露天商から悪品を高値で売りつけられようとしていた時、声を掛けられた。

――ねえそこの貴女、高いお金を払ってまでお腹を壊したいのかしら。もしかして被虐趣味を持ってる特殊な人?――

いろんな意味で決して忘れられない出会いだった。
その後咲夜と親しくなり、沢山のことを教えてもらった。
賢い買い物の方法、料理のいろは、幻想郷の中を生きるうえでの知恵など。
そして、事あるごとに咲夜は早苗をからかった。それはもう咲夜に「早苗をからかうのは生活の糧」と言わせるくらいに。
他人をからかう為には能力の出し惜しみをしないという性格は生真面目な早苗を困惑させたが、それでも最後の最後には優しい咲夜の事は好ましく思っている。
咲夜の手ほどきのおかげで早苗の腕は上達した。神が、悪魔へ感謝する程に。



「~~~~♪」

料理は楽しい。こんなに楽しいものだったのだ。鼻歌さえ軽やかだ。
今や早苗にとっての唯一の趣味となりつつある料理を楽しんでいると、

「早苗。おはよう」

威厳のある、それでいて温かさも感じさせる声が耳に届いた。

「八坂様。おはようございます」

八坂神奈子。守矢神社に奉られている二柱の神様の内の一柱である。
神奈子は居間にある指定席へ座ると、嬉しそうな顔をした。

「味噌の良い香りね。楽しみだわ」
「ありがとうございます。もう少しで出来ますから待っていてくださいね」
「ええ、わかったわ」

そうしている内に、朝食が完成した。
白飯に味噌汁、卵焼きにたくあんと非常に質素なものではあるが、一品ごとの味付けは以前と比べ物にならない。

「さ、出来上がりましたよ」
「待ってたわ。うん、やっぱり朝は白飯と味噌汁に限るわね」
「お口に合えばよいのですが。えっと、洩矢様はまだお見えになってませんね」
「諏訪子ならまだ寝てるんでしょ?放っておいて私たちだけで食べましょう」
「そういうわけにはいきません。申し訳ありませんが少々お待ちいただけますか?私が起こして参ります」
「ええ、わかったわ。蹴飛ばして起こしてあげて」
「い、いえ、それは神に対して……」
「ふふ、冗談よ」

諏訪子の寝所へとやってきた。襖に区切られているためにその姿は確認できないが、中からは寝息が聞こえてくる。
襖の前に膝をつき、諏訪子へと声をかける。

「洩矢様、早苗です。朝餉の準備が整いましたので、居間へおいでいただきたいのですが」
「すー……すー……」
「八坂様も既に食卓についていて、お待ちしていただいてます。そろそろ起きて頂けますか……?」
「すー……すかー…」
「……」

(蹴飛ばして起こしてあげて)

ふと、先程の神奈子の声が頭をよぎる。
いけない、自分は神に仕える者。そのような真似は何があっても許されない。
早苗は湧き起こった邪念を振り払い、再度諏訪子へと声をかけた。

「失礼いたします」

一礼し襖を開け、寝所の中へと入る。
分かっていたことではあるが、諏訪子は寝ていた。
布団を蹴り飛ばしている。両手両足を投げ出し仰向けになった状態で、見事なまでに寝ていた。
早苗は諏訪子へと近寄り、声を掛ける。

「洩矢様、洩矢様。起きてください」
「んー……んあー?……んー」

承諾の意なのだろうか。微妙である。
仕方がない。早苗は少々乱暴な手段に打って出ることにした。

「洩矢様、起きてください」
「んー……んおっ?」

揺すった。諏訪子の小さな身体を両手で揺すってみた。
神様とはいえ、無防備な状態では為す術もない。されるがままに揺られていた。

「おおーう……おおーう……んん、しゃなえ……?」
「洩矢様、朝餉の準備が整っていますよ。さ、起きてください」
「んおーう、わかった、おきる」

揺すっていた手を離して、少し離れる。
諏訪子は身体を反転、うつ伏せになると手を這わせ体をうねうねと揺らしながら聖域――ふわふわの敷布団――から抜け出した。

「(……ちょっと蛇っぽい)」

そうして、布団を抜け出した諏訪子はそのまま少し離れた場所に置いている帽子のところへ這っていき、手に取った。

「ふわぁーー、おはよう早苗。悪いね、わざわざ」
「いえ、いいのです。さ、八坂様が待っていますよ。参りましょう」
「うん。朝ごはんが待ってるんだね」

多少時間はかかったが無事に任務を果たした早苗は、諏訪子と共に神奈子の待つ居間へと戻っていった。

「おはようさん、神奈子」
「遅い。アンタどんだけ寝れば気が済むのよ。起こさなけりゃ一日中寝てそうだわね」
「寝る子は育つんだってさ」
「諏訪子の場合はそのまま干乾びるんじゃないの?」
「日向じゃなけりゃ大丈夫だって」
「干乾びるのは否定しないのね。それじゃあ今晩の内に外へ出しておこうかしら」
「まあまあ八坂様、洩矢様も。ご飯が冷めてしまいます。さ、どうぞお席へ」

いつも通りといえばいつも通りだが、この掛け合いを放っておいたらいつまでも続くので間に割って入る。
両者にとっても、これは朝の挨拶のようなものだ。
適当なところで早苗が止めてくれるのがわかっているので、大人しく引き下がる。
それぞれが指定の席に座った。



「「「いただきます」」」

早苗は糧となる食材たちに、神奈子と諏訪子は料理を作った早苗に感謝の言葉を告げ、朝食を食べ始める。

「んー、美味しいねえこの卵焼き。ふわふわだよふわふわ」
「ありがとうございます、お口に合って何よりです」

卵焼きを頬張りながら嬉しそうに言う諏訪子に早苗が答えていると、不愉快そうに神奈子が言った。

「口に食べ物を入れたままで喋らないの、みっともない」
「あんたの座り方よりはマシ。何よその立て膝」
「これは神の座り方。これがないと神威が落ちてしまうでしょう」
「座り方一つで落ちる神威なんて要らないじゃん」
「要るわよ。まあ、これ以上落ちる程の神威も無い諏訪子にはわからないことだったわね」
「なんだとー」
「なによ」
「まあまあ洩矢様、八坂様も。折角のお食事なのですから、楽しく食べましょう?」
「そーだね」「そうね」

早苗は小さくため息をついた。神様たちの諍いに嫌気がさしたわけではない。これは日常茶飯事だ。
いや、日常茶飯事だからため息をついたのか。
今のやりとりは毎日のように行われている。ほぼ同じ台詞でだ。
もしかすると何かスイッチのようなものが身体に付いているのではないかと疑う。
それとも長い時間在り続けると、マンネリさえ通り越して楽しくなってしまうものなのか。
言い争うならば、せめて違う定型文の開発を提案したい。

その後は何事もなく食事が進んだ。
やはり神奈子と諏訪子の言い争いは単なる日課なのである。



「ご馳走さまでした」
「「ご馳走さま、早苗」」
「はい、お粗末さまでした」

朝食を終え、早苗と神奈子と諏訪子はまったりとお茶を飲んでいた。
お茶の飲み方は三者三様である。
諏訪子は熱いままのお茶をぐいーっと飲み干し、お代わり。ぐいーっと飲み干し、お代わり。
神奈子は最初から最後まで全くペースを変えることなくちびちびと飲む。
早苗は猫舌なので、息を吹きかけつつ冷めるのを待ってから飲み始める。
そんな団欒の風景の中、神奈子が口を開いた。

「ねえ早苗、今日の予定は何かあるのかい?」
「フーッ、フーッ、ふぇ?あ、はい。午前はいつもと変わりません。お二方の寝所の清掃の後、鳥居周辺から散った花びらを掃き始めようかと」

と、早苗が答えていると、四杯目をぐいーっと飲んでいた諏訪子が声を上げた。

「あー、あそこは特に桜の木がいっぱいだからねえ、毎日桜吹雪だ。あれは大変だよ?後回しにすればいいのに、明日とか」
「ダメです。毎日でもしないと」
「うーん、頑張るねえ」
「ええ、頑張ります」

「そう。まあぼちぼちとやればいいわよ、無理はしないようにね。午後はどうするの?」
「博麗神社に顔を出してきます。様子を見ておきたいので」
「成程ね。ん、わかったわ。私たちは一日予定ないから、何か用事があればいつでも呼びなさい」
「はい、わかりました」

一日の予定を伝える。日課ではあるが、さして変わりない内容であるので簡潔に。

「まったく、予定が無いなんてぐーたらにも程があるよね。これだから神ってのは」
「アンタもでしょ」
「私は忙しいわよ」
「そこらの蛙と仲良く合唱してるのが忙しいの?それはご苦労様ですこと」
「会議よか・い・ぎ!」

またじゃれ合いが始まった。
しかし食後にまったりとしていた早苗は止める気が起こらなかった。ようやく冷めてきたお茶を飲み干す。
未だ口論を続けている神奈子と諏訪子に挨拶をして、早苗は居間を出た。飽きれば自然に止まるだろう。
さあ、次は掃除の時間だ。



早苗の日常において、午前中は必ずといっていいくらいに掃除の時間が割り当てられている。
神の寝所は勿論、生活している空間は常に綺麗にしておかなくてはならない。手は抜けない。
また、広大な守矢神社は早苗一人の手によって管理されている。
一日で全てを、などと無謀なことはさすがにしないが毎日少しずつ各所の清掃作業を行っている。
神社はそれ自体が神の住まう場所だ、そこに手を抜くわけにはいかない。
しかしそれでは下手をすると一日の全てが掃除に割り当てられてしまうことになる。
そこで神様たちは早苗に午後は極力他の事をするように言い渡した。修行に励むもよし、休むもよし。好きなことをすれば良い、と。
早苗はそれに従い、午後の行動は毎日変えている。勿論まだ足りないと、引き続き掃除をする時もある。また、里へ向かい信仰を広める活動をする時もある。山の妖怪たちとの宴会に備え、準備をする時もある。料理の腕を磨く為に練習する時もあれば、休息を取って知り合いに会いに行く時もある。――あまり休まないが。

神奈子と諏訪子、それぞれの寝所を清掃し終えた早苗は、布団を持って縁側に出た。
今日は天気がいいから天日干しをしよう。昼頃に回収すれば良い。
次は、鳥居の清掃だ。諏訪子が言っていた通り、花びらで埋め尽くされている。まるで絨毯だ。
これはこれで綺麗なものではあるが、掃除しないわけにはいかない。持ってきた箒を握り締め、掃き始めた。
鳥居周辺などは広い境内のごく一部でしかない。そのごく一部でさえ、綺麗に掃き終えるには相当な労力が必要になる。
しかも、花びらは絶え間なく散っている。一通り掃いても、すぐに新しい花びらが舞い降りてくる。
それでも早苗は掃き続けた。無駄に見えても地道な作業を続けていれば綺麗になると信じているから。
早苗が止めてしまえば、守矢の神社はすぐに荒れ放題になってしまう。もうここには一人しかいないのだから。

どれだけ時間が経ったのだろうか。気がつけば、高く積み上がった花びらが桜の丘を形成している。
ふと見渡せば、花びらの絨毯をひっぺがし、石の参道が姿を見せていた。

「……こんなものかな」

しかしここは境内のごく一部だ。他は鳥居周辺ほどに酷くはないものの、桜の花びらが沢山落ちている。

「全然終わってないけど、でもちょっとだけ……」

鳥居に身体を預け、しばしの休憩をとる。
じっとりと汗をかいていた。風は穏やかだが、汗ばみ熱を帯びた身体には丁度いい。
一息ついていると、突風とも思える強い風が吹き込んできた。

「毎度お馴染み射命丸です!」

天狗だった。

「これはこれはどうもどうも。はいこれ、本日の文々。新聞です」
「……ぁ、お疲れ様です。どうもありがとうございます」

突然現れた天狗――射命丸文――に驚き思考停止に陥っていたが、戸惑いつつも新聞を受け取った。
文々。新聞、そういえばそんなものがあったな……。

「いえいえ。ああ、ところで先日お話した取材の件は考えて頂けましたか?」
「え、あ……私の一日を密着取材するとか……ですよね」
「はい、その通りです。どうです?」

密着取材。自分の一日を見たところで面白いものなど何もないのに。
その考えを、口に出してみた。

「あの、私を取材しても何も面白くありませんよ?」
「いえいえ、そんなことはありません。貴女は今をときめく山の神社の巫女、そこに読者は注目するのですよ。面白い日常であったならば羨望が、つまらない日常であったならば親近感が。どちらに転んでも良いのです」

中身ではなく、外見。いや、話題性か。
その言葉には納得できる。しかしその対象が早苗自身に向くのは、あまりいい気分ではなかった。それに恥ずかしいし。
渋るような表情を見てとったのか、文は切り札を出してきた。

「私の新聞は天狗仲間だけではなく人間の里にも配っています。つまり、貴女の名前ひいては守矢神社の名前を浸透させる機会でもあるのですよ。信仰を広めるにはまず名前から。どうです、悪い話ではないでしょう?」

信仰を広めるため。その言葉を無視することは早苗には出来ない。
確かにそうだ。今でも里に下りての活動はしているが、一人での活動は限界がある。そこで新聞を通して知ってもらえば……。
早苗は羞恥と信仰の間で揺れ動いた。が、結局のところ最後に勝ったのは、

「わかりました、その取材お受けします」
「ありがとうございます!」

当然のように信仰だった。

「それでは、その内取材させていただきますね」
「は、はいよろしくお願いします。それで、取材の日などは。予定を空けておきましょうか?」
「ああ、大丈夫です。お知らせはしませんので」
「え?」

取材をするのに?
疑問符を浮かべていると、

「読者が見たいのは自然体の日常。よりよいものを書くために、貴女に悟られないように隠れて密着取材します。ですので、お知らせしません」
「えっと……隠れて密着取材?それはつまり、盗撮というやつでは……。それに、わざわざ許可を取る必要なんてなかったような」
「いえいえ、たった今しっかりと取材の許可を取りましたから盗撮ではありません、あくまでも自然体を追及するための処置です。それに、許可なく取材をしてこちらの神様方のご不興を買うのはいただけませんから、天狗としては」
「はあ……」
「では、失礼します。記事が出来たら渡しますね」

来たときと同じように、強い風と共に去っていった。
まるで嵐であった。
最初から最後まであっけにとられっぱなしだった早苗は、

「(これからしばらく禊の時は厚着しよう)」

などと、とりとめも無いことを考えた。



日も高くなってきた、そろそろ昼食時か。
掃除を切り上げ、料理を作るために戻っていった。
干していた布団を回収し、それぞれの部屋に片付けてから居間の方へ戻ってくると諏訪子がごろごろしていた。

「や、早苗。さっき天狗が来てたみたいだったけど何かあったのかい?」
「はい、何故だか私が新聞の取材を受けることになりまして。あ、どうぞ、新聞です」
「ありがと。へー、早苗が。天狗の取材なんてよく受ける気になったねえ」
「色々とありまして……」
「? 迷惑ならやめさせようか?」
「いえ、それには及びません。お心遣い、ありがとうございます洩矢様」
「ん。まあ早苗がいいならいっか」

新聞を受け取り、またごろごろし始めた諏訪子に一礼し、早苗は台所へ入っていった。
さあ、昼は何を作ろうか。



「お、焼きおにぎり……のお茶漬け?」
「はい。さっぱりしてて美味しいですよ」
「ほうほう」

諏訪子にレシピなどを語っていると、神奈子がやってきた。

「八坂様。昼餉の準備が整いました」
「ええ、ご苦労様。……山葵は抜いてね」
「承知しております」
「相変わらずだね、子供舌」
「うるさい」
「ふふん」
「……」

早々に決着が付いた。
珍しいこともあるものだと早苗は感心したが、新たな闘争が起こらない内にと昼食を勧めた。

「さあ、八坂様も洩矢様もお召し上がりください」
「ええ、そうするわ」
「そうしようそうしよう」

全員に行き渡ったところで、早苗も席に付く。

「「「いただきます」」」



諏訪子が三杯、神奈子と早苗が一杯ずつ食べたところで昼食は終わった。
満足げな表情で食後のお茶を諏訪子がぐいーっと、神奈子がちびちびと、早苗がフーフーしていると、一足先に飲み終えた諏訪子が口を開いた。

「そういえば早苗が、天狗が作ってる新聞の取材を受けるんだって。ね、早苗」
「フーッ、フーッ、ふぇ?あ、はいそうです」
「へえ、天狗の新聞にねえ。どうしてまた取材なんぞに、面倒じゃない?」
「はい。新聞を通して里の皆さんに少しでもこの神社のことを知っていただこうかと思いまして。信仰を広める取っ掛かりになるかな、と」
「それはまあ、良い事ではあるけど。それじゃあどうして私たちに話が無かったんだい?」

何故だろうか。そういえば文は早苗にしか話を通してなかったようである。しばし考えてみたものの、わからなかった。

「何、神奈子あんた新聞に載りたかったの?」
「馬鹿蛙。早苗一人に負担させるのも悪いでしょう」
「八坂様、ありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ」
「そう、早苗が大丈夫だというのならそうなのでしょう。ごめんなさいね、余計な気を回して」
「いえ、お心遣い感謝します」
「早苗は可愛いからね、良い記事ができるわ」
「い、いえそんな……その、頑張ります……」

早苗は、はにかんで答えた。



昼食を終え、早苗は麓の神社へ行くために外に出ていた。
見送りに来ていた二柱は言葉をかける。

「行ってらっしゃい。気をつけてねー」
「あまり遅くなるようだったら迎えに行くわよ。夜の山を飛ぶのはしんどいからね」
「ありがとうございます。それでは八坂様、洩矢様、行って参ります」

ふわりと飛び立ち、ふよふよと麓の神社へ向かっていった。






博麗神社。
幻想郷を見守り続けている神社。
守矢神社と同じように桜の花びらがはらはらと散る境内の中、博麗霊夢は

「あー!またサボってますね!」

お茶を飲んでいた。
横目で早苗を視認した霊夢は、慌てず騒がず抗議した。

「いきなり現れて言いがかりはやめて欲しいわね。休憩かもしれないじゃない」
「……それは、そうですけど。それじゃあ休憩なんですか?」
「勿論よ。今日は一日休憩」
「それはサボりです!」
「違うわよ。サボりっていうのはやらなきゃいけないことをやらないことでしょ。私は最初からやらなくてもいいって決めてるもの」
「それがだめなんですっ。参拝客の為に境内を綺麗にするのは当然じゃないですか」
「雪ならともかく、花びらは参拝の邪魔にはならないわよ。風情があっていいじゃない」
「もー!」
「あら、蛇や蛙だとばかり思ってたら本当は牛を奉っていたの?」
「違います!」

馬耳東風。全く相手にされていない。
のらりくらりとかわされるのはいつもの事だが、それだけに腹立たしい。
早苗は頬を膨らませ霊夢を軽く睨む。が、効果なし。

「わかりました。ここに分社を置いている以上、無関係ではありません。私が掃除します」

と言って裏から箒を引っ張り出し、戻ってきた。

「ちょっと、目の前をうろうろされたら落ち着けないじゃない」
「いいじゃないですか、霊夢さんはのほほんとしすぎだから気が散る程度が丁度いいんです」
「……はあ、わかったわよ私もやるわ。さっさと終わらせて休憩しましょう」
「はい。では私はあちらを掃いてくるので霊夢さんは鳥居周辺をお願いします」
「はいはい」

霊夢は箒をもう一本持ってきてゆったりと掃除を始めた。
一方の早苗は遠くの方をかなりの勢いで掃いていっている。
その姿を眺め、ため息をついた。

「なんていうか……頑張るわねえ」

半分程まで掃いたところで、早苗が帰ってきた。

「霊夢さん、向こうは掃き終わりましたよ。それじゃあ私もこっちを手伝いますね」
「はいはい、お願いね」

そうして二人がかりで境内を粗方掃き終えた後、休憩に入った。

「はぁ、ようやくお茶が飲めるわ」
「さっきから飲んでたじゃないですか」
「早苗が来たから飲めなくなったんじゃない」
「それは、そうですけど……」
「まぁいいわ、のんびりしましょ」

折角天気もいいのだからと、春の陽気に似た暢気さで霊夢は言った。
二人は団子を用意してお茶を飲みつつまったりと花見を楽しんだ。

「ですから、人里への宣伝が足りてないんですよ。さあ、私と一緒に活動しましょう」
「いやよ、メンドい」

あまり楽しんでいなかった。

「どうしてそんなにやる気がないんですか」
「やる時にだけやる気を出せばいいのよ。もぐもぐ」
「今がそのやる時です!」
「そうかなー、違うんじゃない?」

糠に釘。押す早苗に受け流す霊夢。

「はぁ……」

どうにも霊夢には覇気というものが無い。日がな一日お茶を飲み、暢気に過ごしている。
信仰を集める気がないのだろうか。
いや、参拝者が来ないことを嘆いているのだ、そんなハズはないだろう。
しかし

「はふ……やっぱり花見はいいわね。お団子美味しい。もぐもぐ」

これである。
早苗にとってはどうにも歯痒い。
やろうと思えば自分以上に色んなことができるだろうに。
ズルい。何てズルい人だ。
持っている才能を隠すこともひけらかすこともせず、ただお茶を飲む霊夢の姿に嫉妬する。

「(もういい、この人は動きたくないんだ。やる気の無い人に何を言っても無駄なんだ、私一人でも頑張らないと)」

早苗は和んでいる霊夢を置いて里へ向かおうとした、その時、

「だーれだ?」
「ひゃうっ!?」

世界が闇に染まった。
背中には軽い重み。両目を隠す温かな感触。聞こえてきたのは涼やかな声。
自分にこんなことをする人なんて一人しか思い浮かばない。

「さ、咲夜さん!?」
「ふふ、正解」

背中に感じていた重みと目を覆っていた感触が無くなり、世界が拓ける。
振り向けば、そこに微笑を湛えた十六夜咲夜が居た。

「まったく、巫女は神社に居るものだけどまさかあっちの神社じゃなくてこっちの神社に居たとはね。探したわよ」
「さ、咲夜さん!驚かさないでください!」
「それは無理よ。目隠し一つでここまで驚いてくれるような逸材に何もしないなんて、そんなことできないわ」
「も、もー!」
「あら、牛」
「違いますっ」

霊夢とはまた違った意味でのらりくらりとした咲夜。
早苗は動悸がする胸を押さえながらため息をついた。
気配も何も感じなかった。それに早苗たちが座っているのは拝殿の前だ、背中には賽銭箱がある。気付かれないようにするなんて容易ではない。
まさか時を止めて後ろに回りこんだのか。相変わらず趣味に全力をかけている。

「咲夜、いらっしゃい」
「お邪魔してるわ」
「あんた早苗と知り合いだったの?もぐもぐ」
「ええ。まあ知り合いなんて浅い関係ではないけれど。もっと濃密よ?」
「ま、またそういう……」
「その辺りは詳しく聞きたいですね」

と、新たな声が聞こえた。
横を向いてみると、少し離れたところに天狗が立っている。
先程も会った射命丸文だ。

「あんたも来てたの」
「ええ。咲夜さんが山に立ち入ろうとしたので止めに入ったのですが、弾幕勝負で負けまして。仕方ないので守矢神社までお送りしたんですよ」
「で、行ってみたら早苗は留守だって神様に聞いてね。だからこっちに来たの」
「それに私も同行しました」

何故文が同行したのかは謎だが、咲夜は早苗を探していたようだ。

「そうだったんですか。咲夜さん、何か私にご用でも?」
「あら、悲しいことを言うわね」

咲夜は早苗の髪にそっと指を絡ませ、囁いた。

「貴女に会いたかったから。会いに来る理由なんてそれだけで十分でしょう?」

真っ直ぐな視線が早苗を射抜いた。
その視線から逃れることなど出来るはずもなく、ただ無言のまま見つめ返す。
冷めた口調で霊夢が何事かを言っているが、早苗には届かない。
何やら二人の世界を築き上げていると、パシャリ、と不思議な音がした。
ふと横を見れば、文がカメラを構えている。

「あ、私のことは気にせず続きをどうぞ」
「……ぇえっ!?」

我に戻り、慌てて咲夜から離れた。
咲夜は特に慌てる素振りも無く「あら残念」などと呟いている。

「な、な、何をしてるんですかっ」
「取材です、取材活動。さ、どうぞどうぞ続きを」
「しません!そもそも続きはありません!」
「そうですか、残念です。まあ良いネタを仕入れることが出来ましたし、こんなもので」

そうだ、このままでは記事にされてしまう。

「だ、だめです!これは偶然の出来事というか事実無根です!」
「大丈夫です、私これでも長く生きてますから。色んな愛の形があっていいと思いますよ」
「ちがうー!」

「(ああ、この人も話を聞いてくれない……)」

幻想郷は怖いとこです……と嘆いていたら、傍観していた咲夜が口を開いた。

「ねえ天狗さん」
「はい?」
「一つ言っておきたいのだけれど」

真っ暗だった目の前に光が差した。

「(そうだ、咲夜さんだって撮られた側なんだから怒ってるはず)」

「さっきの写真、焼き増しして頂戴ね」
「ええ、良いですよ」
「咲夜さん何言ってるんですかっ」
「あら、早苗も要るの?」
「い、要らないです。というか咲夜さんいいんですか、あれが新聞に載るんですよ!?」
「別にいいんじゃないかしら。天狗の新聞を真面目に受け取る人なんて居ないわよ、大勢が読んでいるわけでもないのだし」
「そ、そうなんですか。それなら別にいい……のかな?」

普及していなかったのか。
それなら被害は軽微だしいいか、と少し楽になった。
しかし記録として残るのはいただけない。
どうにかして発行された新聞を回収できないだろうか。
守矢の秘術にそんなものあったかなと真剣に早苗が考えていると、

「……ねえ、いい加減落ち着いたら?折角の花見なんだから」

呆れたような声が聞こえた。霊夢である。
繰り広げられていたコントを横目で眺めながら一人もぐもぐと団子を食べ続けていた。

「そうですね。良いネタも仕入れたし、今日はもういいかな。では私も相伴を」
「お団子はあげないわよ。お茶だけにしなさい」
「えー」

文はカメラを仕舞いつつ座った。

「私もお花見としゃれ込みましょうか。ね、早苗」
「えと、でも私は……里に」

思い出した。自分は里へ向かおうとしていたのだと。
咲夜には悪いが、ここでお茶を飲んでいても信仰は得られない。
少しでも広めていかなければ……と、立ち上がろうとする。

「あら、早苗が居ないと寂しいわ。ね、折角私も少し時間がとれたのだし、今日は私に付き合ってくれない?お願い」
「咲夜さん……」

咲夜は早苗の恩人である。
受けた恩は計り知れない。生活面でも、精神面でも。
そんな咲夜からの『お願い』を無下にすることは、できない。

「わかりました、お付き合いします」
「ありがとう、早苗」

咲夜は微笑み、三人と同じように並んで座った。
四人並んでお茶を飲む。
団子は早苗たちがじゃれている間に霊夢が全て食べてしまっていた。

お喋りをしながら花見を楽しむ四人。
咲き誇る桜にも負けない華やかさがある。
陽の光を受け、心も穏やかになっていく。
一名ほど心中では煩悶していたが。


日が傾き始め、空が橙色に染まる頃。

「あの、そろそろ……」

帰ります、と早苗が口を開きかけた時に新たな客人がやってきた。

「おお?何だ、皆気が早いな。もう集まってたのか」

普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
その不思議な言葉に、霊夢が呆れた口調で言った。

「何言ってんのよ、遅いくらいじゃない。もう夕方でしょ」
「だから早いんじゃないか、まだ日も落ちていないぜ。宴会には早いくらいだ」
「宴会?何言ってんのよ、一昨日したばかりじゃない」
「だから今日もするんだろう?萃香から聞いたぜ」
「はあ?」

噛み合わない会話。
霊夢が呆気にとられていると、件の妖怪がどこからともなく現れた。
小さい体躯に似合わぬ勇壮な角が印象的なその姿。伊吹萃香である。
酔っ払っているためか、ふわふわとした足取りで霊夢に寄ってきた。

「やー霊夢。今日も楽しい宴会になりそうだねえ」
「萃香、あんたねえ。宴会するなんて聞いてないわよ」
「そうなの?何か皆が集まってたからこれは宴会でもするのかなぁと思ったんだけど」
「しないわよ」
「うーん、でももう知ってる奴には声を掛けたし私の力で色んなのを萃めてるから遅いかなー。さ、諦めて楽しく宴会しよう」

萃香が楽しげに言った。
霊夢が呆れ、早苗がどうしようかと困惑していると、

「咲夜。宴会があるのならどうして私を誘わないの」

日傘を差したレミリアが飛んできた。

「あらお嬢様、お早いお着きですね。これから迎えに行こうと思ってましたのに」
「本当かしら。まあいいわ、もう来てしまったからね」

ふわりと降り立ったレミリアは早苗を見て取ると、近づいてきた。

「早苗、久しぶりね。元気だった?」
「レミリアさん、お久しぶりです。この間はお世話になりました」

レミリアとは以前咲夜から紅魔館に招待して貰った時に知り合った仲だ。
知り合いとはいえ、咲夜ほど深く知っているわけではない。少し緊張しつつ挨拶した。

その後も沢山の妖怪が博麗神社に集まってきた。
亡霊、騒霊、妖精。多種多様な妖怪たち。
幻想郷の中においても、今の博麗神社は異様であった。

その中で、早苗は迷っていた。
宴会自体は守矢神社で山の妖怪たちとしたことはあるが、ここは博麗神社だ。どうにも居心地が悪い。
神奈子と諏訪子も待っているだろうし、早く帰るべきかそれとも二柱を呼んでくるべきか。
そう迷っていると、

「さなえー、楽しそうなことになってるねえ」
「宴会でも始まるようだね。これは私たちも参加しないと」
「洩矢様、八坂様!」

丁度思い浮かべていた神さまたちが現れた。

「ど、どうしてここに?」
「いや、ちょっと遅いから様子でも見に行こうかなーと思ってね」
「そういうことね。それに不思議な感じもしたから、呼ばれているような」

そういえば先程の妖怪が力を使って「萃めている」と言っていた。
これがその力ということなのだろうか。
神奈子は大勢集まっている中に霊夢を見つけると、声を掛けた。

「霊夢、なんだか楽しそうじゃない。私たちもこの宴会に参加させてもらうよ」
「ああ、神奈子に諏訪子か。ええ、もう好きにして。こうなったらとことん呑むわよ!」

投げやり気味に、しかし楽しげに叫んだ。


斯くして、宴会が始まった。






どんちゃん騒ぎ。
これほど今の状況にぴったりな言葉もないだろう。もしくは阿鼻叫喚。
人間と妖怪たちが呑み、騒ぎ、踊り、歌い、呑んでいる。
種族も何も関係なく、ただ楽しんでいる。
これが、幻想郷。全てを受け入れ、包み込む。

そのお祭り騒ぎの中。いや、そんなお祭り騒ぎの外で、早苗はぼーっと座っていた。
少し離れた位置に座り、宴会を眺めている。
酒はあまり好きではない。下戸ではないが、進んで呑みたいとは思わない。
それに、この宴会の中でも、

「(こんなに沢山いるんだから、集められる信仰だってそれなりになるよね)」

そんなことを考えている自分が、嫌になる。
この考えは間違ってはいないはずなのに。
巫女としては当然なのに。
でも、

「(霊夢さんはそんなこと考えてないんだろうな)」

そう思う。
同じように、神に仕える身なのに。どうしてこんなに違うんだろう。
自分は頑張っているはずなのに。どうしてこんなに惨めな気持ちになるんだろう。

宴会を眺める。
ここにいる人間・妖怪の全てが霊夢を知っている。霊夢を親しく思っている。
この宴会があの妖怪の力によって集まったものでも、確かに中心には霊夢がいる。
霊夢が何もしないなんて、間違いだ。こんなに妖怪たちが集まっている。楽しそうな宴会の中心にいる。
それに比べて、自分は、

「私は、何も出来ていない。一人じゃ何もできない。本当に、無力だ……」

口に出したとたん、世界が遠のいた気がした。
周りの音が聞こえない。怖くて、思わず俯く。
自分一人しかいなくなってしまった様な感覚。
しかし、その感覚は錯覚なんかじゃないなと自嘲していると、

「あら、自分を卑下するようになったら終わりよ?」

声が、届いた。

「まったく、酔っ払った早苗に悪戯しようと思ってたのに、呑むどころか居ないんだもの。探したわよ」
「咲夜さん……」

顔を上げると、目の前に咲夜がいた。
大分酒を呑んだのか、少し顔を赤らめている。
咲夜は早苗の横に座った。

「宴会の席で呑まないなんてダメじゃない。ほら、いきましょう」
「い、イヤです」

怖い。こんな自分が宴席に居ていいのか。
咲夜の言葉とはいえ、聞けない。早苗は固辞した。
すると咲夜は、

「そう」

とだけ言い、そのまま黙った。
風が吹く。
沈黙の時間が続いた。
どうすればいいのか、何か言うべきなのかわからない。咲夜の隣なのに、居心地が悪い。
暫くそうしていると、咲夜がようやく口を開いた。

「そういえば早苗、さっき一人じゃ何もできないなんて言ってたけど、そんなの当然よ。人間は誰も一人じゃ何もできないわ。私にも出来ないことは沢山あるわよ」
「う、嘘です。咲夜さんは一人で何でもできてます」
「そうかしら」
「そうです」

完全で瀟洒。この言葉を冠することが出来る人間は、十六夜咲夜だけなのだから。
早苗にとって、咲夜とは理想である。一から十まで、その全てが。

「そう、早苗にとって今の私は完全なのね」
「はい」
「でもね、早苗。その私を作ったのは私ではないわ、お嬢様よ。あの方が私を変えたの。今の私があるのはお嬢様のおかげ。レミリア様が私を作った。文字通りね。ほら、私は一人で完全な私になったわけではないわ」
「で、でも」
「あら、今度はなあに?」

わからない。わかりたくない。
早苗は意固地になった。
だって、咲夜にそんなことを言われたら揺らいでしまう。
今まで一人でやってきた自分が。やれてこれたと思い込んでいた自分が。

「霊夢さん、霊夢さんは一人です。誰かと一緒に居るわけじゃない。一人で何でも……」
「私は霊夢の全てを知っているわけではないけど、彼女だって誰かによって育てられたはずよ。精神的な、という意味でね。あの子にも確かにいるわ、精神の基盤となり、心の支柱となっている誰かが。それが誰だかはわからないけどね」
「……」

そうなのだろうか。あの霊夢にも、誰かの支えがあるのだろうか。
わからない。
どうすればいいのかわからずに、ただ膝を抱えていると、咲夜が早苗を抱き寄せた。

「さ、咲夜さん!?」

突然のことに驚く。
咲夜は優しい口調で語りかけた。

「ね、早苗。あなたは自分に自信が持てないのね。ちょっとしたことで揺らいでしまう。そんな自分がいやなら変えてしまえばいいわ。でも、変わるのは一人の力じゃ無理よ。だから」

咲夜は早苗を抱いている腕に少し力を込めた。

「私があなたを変えてあげる。揺らがないあなたに、確固たる自信を持てるあなたに。そうすればわかるわ、自分にできることと出来ないことの違いが。そして、あなたはあなたにとって完全になれる」
「咲夜、さん……」

自然、涙が溢れる。無意識に、全く無意識に。
咲夜の腕の中で、たった二人の世界の中で早苗は泣き続けた。





「落ち着いたかしら?」
「は、はい。すみません、泣いてしまって」
「あら、いいのよ。早苗の可愛い顔を見れて私は満足」
「み、見なくていいです……」

恥ずかしくて咲夜の顔を見ることが出来ない。
咲夜から顔をそらす。
そうして、暫く黙っていると、

「でもあなたは幸せものよ。早苗を変えてくれるのは私だけではないわ」
「…え?」
「あなたの神様たち。あの神様たちも、あなたの事を大切に思ってる」
「で、でも私は奉仕する立場で、そんな事は畏れ多いです」
「ふう、まずはそこから変えなくちゃだめかしらね。あのね、早苗。そんな固いことを考えてるのはあなただけよ。私だって数度しか会った事ないけど、神様たちのあなたを見る目、娘を心配する親そのものよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そう」

思えば幻想郷に来る時、確かに神奈子と諏訪子は言った。これからは自分たちが家族だと。
でも、家族と別れる自分を哀れんで言ってくれてるのだと思っていた。
だけど、

「(そうじゃなかったんですね。本当に私のことを、家族だって思ってくれていた)」

自分こそが彼女たちを見ていなかったのか。

「な、なら八坂様と洩矢様に謝らないと」
「はー、これは大変ね…。早苗、こういう時は謝るんじゃなくて感謝するの。まったく、こんなの普通よ?」

咲夜は嘆いた。これは大変な苦労になると。
早苗は嬉しかった。こんな人に巡り会えたことが。
こんな素敵な人たちが自分を変えてくれるということが。
嬉しそうに笑顔を浮かべる早苗を見て、咲夜は言った。

「さ、それじゃあ呑みましょうか。まずはお酒を呑んで羽目を外すことを覚えないとね」
「うえぇ?いきなりそれは飛びすぎじゃないですか?」
「何言ってるのよ、幻想郷じゃ基本よ基本。さ、今度こそ呑んで酔っ払わせて悪戯するわよ」
「それはやめてください!」

強引に早苗を引っ張る咲夜。
その姿に未来を幻視する。
前途多難だが、その先に待つのはきっと、素晴らしい未来だろう。















顔に当たる強い風と、身体に感じる温かさで目が覚めた。
誰かに背負われている。

「ん……」
「あら、目が覚めた?」
「ぇ……あ、八坂様…?」

早苗を背負っていたのは神奈子だった。見れば、横には諏訪子も居る。

「お、よかったー。お酒呑み過ぎて倒れたときにはどうしようかと思ったよ」
「ええ。早苗は慣れていないんだから呑みすぎは危険よ?まあ慣れてても呑みすぎはよくないけど」
「ぁ…すみません……。宴会は……?」
「ん、もう宴もたけなわって感じだったからね。引き上げてきたよ」
「すみません…私のせいですね」
「違うよ、十分楽しんだらキリがいいところですっぱりやめるのも必要だってことさ」

恐らくは早苗に気を使っているのだろうが、今はその気遣いが嬉しい。

「八坂様、洩矢様……ありがとうございます」
「ん」
「いいってことよー」

穏やかな時間が続く。強い風が気持ち良い。
早苗は目を瞑り、この大切な神様たちに聞いてみた。

「八坂様。洩矢様。……私と、家族になってくれますか……?」

しばしの沈黙。そして、

「ええ。私たちはずっとあなたの家族よ。親の代わりは務まらないけど、新しい親になることはできる」
「あ、私は姉だよ」
「馬鹿蛙」

そんないつも通りのやりとりを聞いて、早苗は微笑んだ。
今、何かが変わった気がする。
これからも変わらず信仰を集めるために奔走するだろう。自分は巫女。神に仕える身だ。
でもそれは、家族と一緒に。皆で協力しながらだ。一人ではない。

眠気が襲ってくる。
慣れない酒が意識を奪う。
混在する夢と現の間で、家族の声を聞く。









「おやすみ、早苗。明日からよろしくね。明日から、やっと本当の家族になれるね」
3作目です。寧ろ3早苗さん目です。そして3ベタ目でもあります。
いやもう守矢神社さんが家族になる話は一度は書きたいものだったんです。

さて、今回はプロット(っぽいもの)を作りつつ書いてみました。元々は1作目を書いた後にちょろっと書きなぐってた文章を元に作ったんですが、かなり大幅に加筆しました。
元の文章っていっても博麗神社での霊夢との会話から咲夜さんが早苗さんをからかうとこまでなんですけど。
しかし長い文章を書いてると疲れますね。何が疲れるって前の会話との整合性がどんどんとれなくなるからそのたびに修正するのが。何度読み返してもっ。
ストーリー自体は、終盤まで緩急がつけられなかったから少々冗長かもしれませんが、早苗さんの日常(妄想)は書いててすごく楽しかったからそれだけでいいですw

反省点としては、ちょっと咲夜さんを都合の良い万能キャラにしすぎたかな、物語のキーマンとして。完全にお姉様になりました。でもそんな咲夜さんが好きです。

それでは、読んでいただいた方に感謝を。早苗さんに愛を。

*指摘していただいた部分を修正。た、多分これで大丈夫……かな?
桜田
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コメント



0.2220簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
早苗さんと咲夜さんの詳しい関係は前作に書いてるのかな?
5.90煉獄削除
早苗と咲夜さんの雰囲気がとってもよろしいですね~。
今度は早苗と咲夜さんが出会ってあれこれする話を(ぉ
早苗可愛いよ!咲夜さんもお姉さんみたいで素敵です。
とても面白かったです。
6.80wiki削除
大変面白い内容でスラスラと読むことができました。
 しかし文の最後に付く「~は」と言うところ、「早苗がかんがえていると」や「早苗は」というところです。
「~は、」というように点でつなげればもっとよいと思います。
 下手な指摘ですね、すみません。とにかく、最後の文字には点を入れたほうがいいと思います。
  
 それにしても新聞はどうなったのか知りたいですね
8.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんとの関係は1早苗さん目のものですか
いや、いいなぁこの関係

あ、新聞!
俺もすっかり忘れてたぜ・・・
というわけで100点は4早苗さん目までお預けで
9.80名前が無い程度の能力削除
>やろうとしてやらないこと
日本語がおかしいです。

やれるけどやらないこと。 
やるべきことをしないこと。

などになるのではないかと思いますが。
19.80名前が無い程度の能力削除
あっちこっちで主や師が姉宣言しそうだw
22.90名前が無い程度の能力削除
前作でも同じ指摘をしちゃったんだけど、

「咲夜、いらっしゃい。」
「あんたも来てたの。」

惜しい!惜しいよ!!

あと、会話の部分で少しおかしいかなって感じたのが、
実際の会話で、いちいち相手の名前を呼ぶかなーってこと。
例としてレミリアと早苗の会話を挙げるけど、

「早苗、久しぶりね。元気だった?」
「レミリアさん、お久しぶりです。この間はお世話になりました」

俺なら
「あら、久しぶりね。元気だった?」
「あ、レミリアさん。お久しぶりです。この間はお世話になりました」
ってするかな。他の部分も同じようなところがあったんだけど、
全部書くとすげー長くなりそうだから略。
それよりも今回はさくやさんのキャラがツボすぎたんで90点。

注意されてるからって落ち込んだりしたらだめだー。
注意される=注目されてるってことだから、頑張って!
これからも応援してるよー。
27.無評価桜田削除
皆様、コメントありがとうございます。
>3さん
すみません、そういえばここまで咲×早(っぽい関係)をプッシュしておきながら、肝心の二人の掘り下げってやってませんでした。
その内にでも書けたらいいなあ……。

>煉獄さん
咲夜さんと早苗さんの姉妹関係(スール的な意味で)が更に強くなった気がしますw
出会いは二人の関係の根幹でありながら詳細らしい詳細を出してきてませんでしたからね、いつか書きたいなあと思います。

>wikiさん
指摘していただいた部分を修正しました。ありがとうございます。
その部分に関しては自分でもつけていいのか悪いのかわかっていなかったので、揺れがありました。次回からは確実につけたいと思います。
新聞は、どうなったんでしょうね(ぉ
一応、本当に特に影響が無かったのと、ちょっとした騒動になるのと両方考えてるんですけど……。

>8さん
はい、確かに今作の二人の関係は1早苗さん目のものを引き継いだ形になっています。咲夜さんのお姉様度がグングン上昇中。
新聞は咲夜さんとの禁断(?)の写真もそうですが、射命丸さんの密着取材もありますからね。どうしたかったんだろう、自分(ぇ

>9さん
指摘していただいた部分を修正しました。お、恐らくこれで大丈夫、かな?
これを素でスルーしていた自分が怖いです(ぇ

>19さん
皆、自分の年齢を考えるんd(スキマ
心にキラキラしたものをもっていれば女性はいつまでも少女のままなんです……っ(苦しげに

>22さん
ぬう、今回は見直しの段階で全て駆逐したと思っていたのに…っ。ご指摘ありがとうございます、修正しました。
ただ名前の部分に関してですが、これは間違えたというよりは意識して書いていた部分でもありますので、今回は私の未熟さの証明ということでそのままにさせていただきます。次回、書く上での注意点として気をつけますね。
確かによくよく考えれば不自然でした……。

指摘していただくのはまったく問題ないです。というか感謝です、本当に。
私も一人では完全にはなれない未熟者ですので。
29.90名前が無い程度の能力削除
咲夜さんはお姉さんキャラがよく似合う
それはともかく初っ端から早苗さんが禊してるところに文屋が木の上から、河童が水中からシャッター切りまくってるところを幻視した俺はもうダメだw
34.100名前が無い程度の能力削除
早苗さんの成長と取り巻く環境に今回も和ませていただきました。

指摘に対して非常に真摯に受け止めており、その真剣さに好感が持てますが
肩肘を張り過ぎて文章が縮こまらないかが心配です。押し付けず、押し付けられずの距離を測るといいかもしれません
次回作も楽しみにお待ちしています。
39.100名前を表示しない程度の能力削除
桜田氏の書かれる早苗&二柱と早苗&咲夜には癒されますね。
お姉様な咲夜さんにいじられる早苗さん・・・いいぞもっとやれ、むしろお願いします。

しかしタイトルを見た直後に「くらしに夢をひろげる」と口走った自分はもういろいろとダメかもしれない。
44.90灰華削除
タイトルのあとには「早苗を見つめ続ける、文々。新聞の提供でお送りいたします」
って続いているんですね、わかります。
新聞の部分を書いてくれることを期待してこの点数で。
46.100名前が無い程度の能力削除
早苗と咲夜さんって原作では接点無いけど無いからこそ
里で出会って人間同士自然に仲良くなってたりするかも知れませんね。

完全で瀟洒なお姉さまの咲夜さんがとっても素敵でした。
50.無評価桜田削除
コメントに感謝であります(修正ver.)
>29さん
私の中の咲夜さんイメージ映像は、常に腕を組んで悠然と構えて流し目を寄越しております。瀟洒!!
早苗さんの生活は全て天狗と河童に記録されている……何てすばらし救いようの無いっ。

>34さん
今回は早苗さんの固い部分と弱さが出せたらなあ、と思いました。出せたかなあ?
ご指摘の事は、心配していただいてうれしはずかし、です。
今は自分の作風というものすらわかっていないので、とりあえず今まで通り心の赴くままに書けたらなあ、と思います。

>名前を表示しない程度の能力さん
やー、そう言っていただけて幸いです。
お姉様な咲夜さんは書いててすごく楽しいんですけど、やりすぎて本当の意味で早苗さんを「落として」しまいそうで怖いですw
連想としては(恐らく)正常です、大丈夫です!(何

>灰華さん
それだ!!(ぇ
新聞は書きたいなーという思いはあります。
しかし少し考えてはみたものの、どうしても射命丸さんがド変態になってしまって困ります。

>46さん
人間同士っていうのは意外と少ない東方ですからね、数少ない組み合わせの妄想は中々楽しいですw
何故かSSを書き始めてから自分の中で咲夜さんの存在がどんどんと大きくなってきてます。お姉様っ
56.90名前が無い程度の能力削除
GJ!
57.無評価桜田削除
>56さん
ありがとうございますっ!