この話を読む前に「大切な日常」を読んだほうがよろしいかと思われます。
今も、守りたいものがある。
それは、今でも変わらなくて――
でも、それが今では自分にとって重いものでしかなかった。
守りたい日常
あの雪の日の三日ほど前。
紅魔館でのこと。
ガシャーン!
ああ、また窓が割れた。と図書館にいたパチュリーは思う。
窓を治すのは自分の役割ではない。だが、自分の世界に入り浸っているところに窓が割れた音を聞くと不快にならない訳がない。
「よお、今日も本借りに来たぜ」
「盗りに来た、の間違いでしょう」
箒で突っ込んできた魔理沙は悪びれた様子もなくパチュリーのところまでやってきた。
「わかってるじゃないか。なら話は早い、本借りてくぜ」
「駄目」
「うぐぇっ!?」
一冊の本を懐に入れようとした魔理沙を目の端に捉えたパチュリーは、魔法でその首を少しだけ絞める。
「今日はえらく強めじゃないか…………?」
「いつも通りよ」
首元を押さえて言う魔理沙を見て、パチュリーが答える。
「大体、何度も何度も盗っていって、一度も返したことがないというのはどういうことよ」
「勉強のためだぜ」
「それに付け加えて、私の読みかけの本まで持っていく始末じゃない」
「おーおー。今日はやけに元気じゃないか」
適当に流す魔理沙に、もう何を言っても聞かないとわかりつつ、それでも読みかけの本くらいは返して欲しかったりするのが本音だ。
「そこまで言うのなら自分で取りに来ればいいじゃないか」
「あのねえ…………」
そんな飄々とした態度の魔理沙に、
「借りたものは返すというのが道理でしょう」
「だから、パチュリーが直々に取りに来れば何の問題もない」
「嫌よ。そんな暇があったら一行でも魔道書を解読するわ」
その言葉に、今度は魔理沙が呆れた声を出す。
「あのなあ、パチュリー。外に出ればいいじゃないか。こんなところに何時までもい続けるから外の楽しさとか……そういうものがわからないんだろ?」
「……………余計なお世話よ」
外に出る。
パチュリーだって、そんなことわかっている。
確かに魔理沙の言うとおり、外に出れば今まで見えなかったものや楽しいことや美しいものが絵画や話などではなく自分の目で見ることができる。ずっと図書館にひきこもりのパチュリーにとってそれは魅力的であり、憧れることも、たまに、ある。
しかし、
パチュリーにとってそれは『変化』である。
暗い部屋から外へ出ることへの期待と不安――それがまぜこぜになって、外に出ることを拒否してしまうのである。
パチュリーにとっての『日常』は、外に出て活発的に動くことではない。
「私は外に出歩くことに慣れていないの。これでいいのよ。本を読むことが私にとってとても大切なことなのだから」
「そういうものか?」
何故、そんなことを訊く?
魔理沙はそんなにも、私を連れ出したいのだろうか。
それは、友人であるがゆえに?
「そういうものよ」
パチュリーは答えることができなかった。いや、
答えなかった。が正解であろうか。
パチュリーは頭がいい。勘が鋭いともいえる。
何故、魔理沙がこんなにもしつこいのか、大体の理由がわかった気がした。
(本当に、人思いなのね)
パチュリーは溜息を一つ、漏らす。
(――まあ、それもあなたが自分の行動に出すら鈍感だからできることかしら)
寂しげな笑みを漏らすパチュリーに、
魔理沙は不思議に思った。
魔理沙が一人で本を読んでいると、上から重いものが覆いかぶさった。
「魔理沙~!」
「フランか、どうした?」
覆いかぶさったのはフランドール・スカーレット。
この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの妹である。
「ん~? さっきこっちのほうから窓が割れる音がしたの。だから魔理沙が来たんだな、って思って」
そして、フランドールは無邪気な笑顔を見せる。
「ねえねえ、魔理沙。遊ぼう?」
「おう。今日も弾幕ごっこか?」
「うん! 魔理沙! 早く早く!」
袖を引っ張るフランドールに苦笑しながらも、魔理沙は外に出向く。
それは、少しずつ近づく、
何か音がする。
「よし、じゃあいくね!」
「おう、望むところだぜ」
二人が飛び上がって、弾幕ごっこが開戦された。
弾幕ごっこはただの「遊び」。
しかし、やりすぎると取り返しの付かなくなる――
危険な「遊び」である。
「あははっ!」
狂気が渦巻く上空で、二つの弾幕が交わる。
「ねえ、魔理沙楽しい? 私は楽しい!」
「おう、私も楽しいぜ」
箒の上に乗っている魔法使いは帽子の下から冷や汗を覗かせる。が、それでも、唇は楽しさに歪んでいた。
あと四秒。
紅く空を覆う弾幕。
熱が入る二人。
あと三秒。
「最後よ! 禁忌『レーヴァテイン』!」
二、
「何の!」
一、
「恋符『マスタースパーク』!」
零。
「……………?」
八卦炉から光線が出ない。
「故障? それにしても――」
「魔理沙っ! 危ない!」
遅かった。
フランドールから放たれた弾幕が目の前を覆う。
「っく!」
箒を手に取る、が。
「なっ!?」
思うように動かせない。
回避、できない――
「魔理沙? 魔理沙!?」
声がする―――
「ん………………」
目を開けると、天井がうつっている。
そういえば、フランの攻撃をよけようとして、箒がいうことをきかなくて――
体を起こすと、フランドールが抱きついてきた。
「魔理沙、魔理沙ぁ………」
「フラン…………」
「――目を覚ましたのね」
声のしたほうに目を向けると、パチュリーがいた。
「パチュリー……」
「本当に、大変だったんだから。妹様がこちらに来たと思えば血まみれのあなたを抱きかかえて泣き出すし」
「そうか………なんか、すまんかった」
「わかればいいわ」
パチュリーは少しだけ微笑むと、
「妹様、少し席をはずしてもらえませんか?」
「え?」
「魔理沙と二人で大事な話があるんです」
それから少しの間、フランドールはぐずっていたが、しぶしぶ承諾したようでドアの向こうへ消えていった。
「それで、何か変わったことがあったのね?」
開口一番、パチュリーが訊いてくる。
「ああ、そうだ」
魔理沙はさっき起きたことを覚えている限りはなした。
八卦炉が使えなくなっていたこと。
箒が乗れなくなっていたこと。
パチュリーは、それを真剣な顔で聞いていた。
そして、
「――大体の原因はわかったわね」
「なんなんだよ」
「あら、もうあなたでも気づいているはずじゃない?」
「……………魔法が使えなくなった、ということか?」
信じたくはなかったけれど、
ここまで言われれば認めなければいけない。
「そう、あなたが今回魔法が使えなくなった理由。それは――『干渉』ね」
「『干渉』?」
「そうよ」
パチュリーは頷く。
「強力な魔法使いはいつも傍にいるわけではない。この理由がわかる?」
「わからん」
「大きな魔力と魔力がぶつかれば、『干渉』という自然的なものによって打ち消される。だから強力な魔法使いは傍で魔法を使いあわないの。今回の魔理沙は、その『干渉』によって起こされたものだと思うわ」
「戻れないのか?」
「戻ることはできる」
パチュリーの目は真剣だった。
「期限は最低で一ヶ月。でも、戻らないケースもあるわ」
魔理沙はショックを受けた。
自分の魔法が使えない?
戻らないケース?
自分が魔法が使えないなんて、ただの人間。
人間。
妖怪退治も何もすることができない。妖怪の餌食になってしまう存在。
人間になる。
誰も、守れない。
誰も、
誰も、
(アリス………!)
思い浮かんだのは、君の顔。
(もう、私は、お前を守れないかもしれないのか?)
君の笑顔を、守れない。
「でね、その『干渉』っていうのは――魔理沙!」
説明を聞かずに飛び出した。
魔法が原因なんだとしたら、魔法使いと一緒にはいられない。
君と一緒に、笑えない。
「アリス………アリスッ………!」
君と一緒に、歩けない。
「で、ここまで逃げ込んできたってわけ」
「そうだよ、悪いか」
博霊神社の縁側で、霊夢と魔理沙は座っていた。
「どうするのよ」
「なにが」
「アリス」
心臓が跳ねる。
「…………どうもこうもないぜ。このままじゃ一緒に居られない」
「アリスがアンタを受け入れないとでも?」
「そうじゃない…………自分が、嫌になる」
受け入れてくれる。多分、彼女なら。
人間になった自分を、
ある程度の距離を持ってでも。
「……………そう。まああなたが決めたことだから、私は何も言わないけど」
「…………………」
「………そんなに嫌なら、そのままでもいいじゃない」
一滴、また一滴、
魔理沙の目からあふれ出る涙。
「……うっ……く……あ……」
隣で泣く魔理沙を、霊夢は見つめていた。
(………なんでここの住人はみんな不器用なのよ)
チラリ、一粒の白い小さな塊。
冬は、まだ、終わらない。
今も、守りたいものがある。
それは、今でも変わらなくて――
でも、それが今では自分にとって重いものでしかなかった。
守りたい日常
あの雪の日の三日ほど前。
紅魔館でのこと。
ガシャーン!
ああ、また窓が割れた。と図書館にいたパチュリーは思う。
窓を治すのは自分の役割ではない。だが、自分の世界に入り浸っているところに窓が割れた音を聞くと不快にならない訳がない。
「よお、今日も本借りに来たぜ」
「盗りに来た、の間違いでしょう」
箒で突っ込んできた魔理沙は悪びれた様子もなくパチュリーのところまでやってきた。
「わかってるじゃないか。なら話は早い、本借りてくぜ」
「駄目」
「うぐぇっ!?」
一冊の本を懐に入れようとした魔理沙を目の端に捉えたパチュリーは、魔法でその首を少しだけ絞める。
「今日はえらく強めじゃないか…………?」
「いつも通りよ」
首元を押さえて言う魔理沙を見て、パチュリーが答える。
「大体、何度も何度も盗っていって、一度も返したことがないというのはどういうことよ」
「勉強のためだぜ」
「それに付け加えて、私の読みかけの本まで持っていく始末じゃない」
「おーおー。今日はやけに元気じゃないか」
適当に流す魔理沙に、もう何を言っても聞かないとわかりつつ、それでも読みかけの本くらいは返して欲しかったりするのが本音だ。
「そこまで言うのなら自分で取りに来ればいいじゃないか」
「あのねえ…………」
そんな飄々とした態度の魔理沙に、
「借りたものは返すというのが道理でしょう」
「だから、パチュリーが直々に取りに来れば何の問題もない」
「嫌よ。そんな暇があったら一行でも魔道書を解読するわ」
その言葉に、今度は魔理沙が呆れた声を出す。
「あのなあ、パチュリー。外に出ればいいじゃないか。こんなところに何時までもい続けるから外の楽しさとか……そういうものがわからないんだろ?」
「……………余計なお世話よ」
外に出る。
パチュリーだって、そんなことわかっている。
確かに魔理沙の言うとおり、外に出れば今まで見えなかったものや楽しいことや美しいものが絵画や話などではなく自分の目で見ることができる。ずっと図書館にひきこもりのパチュリーにとってそれは魅力的であり、憧れることも、たまに、ある。
しかし、
パチュリーにとってそれは『変化』である。
暗い部屋から外へ出ることへの期待と不安――それがまぜこぜになって、外に出ることを拒否してしまうのである。
パチュリーにとっての『日常』は、外に出て活発的に動くことではない。
「私は外に出歩くことに慣れていないの。これでいいのよ。本を読むことが私にとってとても大切なことなのだから」
「そういうものか?」
何故、そんなことを訊く?
魔理沙はそんなにも、私を連れ出したいのだろうか。
それは、友人であるがゆえに?
「そういうものよ」
パチュリーは答えることができなかった。いや、
答えなかった。が正解であろうか。
パチュリーは頭がいい。勘が鋭いともいえる。
何故、魔理沙がこんなにもしつこいのか、大体の理由がわかった気がした。
(本当に、人思いなのね)
パチュリーは溜息を一つ、漏らす。
(――まあ、それもあなたが自分の行動に出すら鈍感だからできることかしら)
寂しげな笑みを漏らすパチュリーに、
魔理沙は不思議に思った。
魔理沙が一人で本を読んでいると、上から重いものが覆いかぶさった。
「魔理沙~!」
「フランか、どうした?」
覆いかぶさったのはフランドール・スカーレット。
この紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの妹である。
「ん~? さっきこっちのほうから窓が割れる音がしたの。だから魔理沙が来たんだな、って思って」
そして、フランドールは無邪気な笑顔を見せる。
「ねえねえ、魔理沙。遊ぼう?」
「おう。今日も弾幕ごっこか?」
「うん! 魔理沙! 早く早く!」
袖を引っ張るフランドールに苦笑しながらも、魔理沙は外に出向く。
それは、少しずつ近づく、
何か音がする。
「よし、じゃあいくね!」
「おう、望むところだぜ」
二人が飛び上がって、弾幕ごっこが開戦された。
弾幕ごっこはただの「遊び」。
しかし、やりすぎると取り返しの付かなくなる――
危険な「遊び」である。
「あははっ!」
狂気が渦巻く上空で、二つの弾幕が交わる。
「ねえ、魔理沙楽しい? 私は楽しい!」
「おう、私も楽しいぜ」
箒の上に乗っている魔法使いは帽子の下から冷や汗を覗かせる。が、それでも、唇は楽しさに歪んでいた。
あと四秒。
紅く空を覆う弾幕。
熱が入る二人。
あと三秒。
「最後よ! 禁忌『レーヴァテイン』!」
二、
「何の!」
一、
「恋符『マスタースパーク』!」
零。
「……………?」
八卦炉から光線が出ない。
「故障? それにしても――」
「魔理沙っ! 危ない!」
遅かった。
フランドールから放たれた弾幕が目の前を覆う。
「っく!」
箒を手に取る、が。
「なっ!?」
思うように動かせない。
回避、できない――
「魔理沙? 魔理沙!?」
声がする―――
「ん………………」
目を開けると、天井がうつっている。
そういえば、フランの攻撃をよけようとして、箒がいうことをきかなくて――
体を起こすと、フランドールが抱きついてきた。
「魔理沙、魔理沙ぁ………」
「フラン…………」
「――目を覚ましたのね」
声のしたほうに目を向けると、パチュリーがいた。
「パチュリー……」
「本当に、大変だったんだから。妹様がこちらに来たと思えば血まみれのあなたを抱きかかえて泣き出すし」
「そうか………なんか、すまんかった」
「わかればいいわ」
パチュリーは少しだけ微笑むと、
「妹様、少し席をはずしてもらえませんか?」
「え?」
「魔理沙と二人で大事な話があるんです」
それから少しの間、フランドールはぐずっていたが、しぶしぶ承諾したようでドアの向こうへ消えていった。
「それで、何か変わったことがあったのね?」
開口一番、パチュリーが訊いてくる。
「ああ、そうだ」
魔理沙はさっき起きたことを覚えている限りはなした。
八卦炉が使えなくなっていたこと。
箒が乗れなくなっていたこと。
パチュリーは、それを真剣な顔で聞いていた。
そして、
「――大体の原因はわかったわね」
「なんなんだよ」
「あら、もうあなたでも気づいているはずじゃない?」
「……………魔法が使えなくなった、ということか?」
信じたくはなかったけれど、
ここまで言われれば認めなければいけない。
「そう、あなたが今回魔法が使えなくなった理由。それは――『干渉』ね」
「『干渉』?」
「そうよ」
パチュリーは頷く。
「強力な魔法使いはいつも傍にいるわけではない。この理由がわかる?」
「わからん」
「大きな魔力と魔力がぶつかれば、『干渉』という自然的なものによって打ち消される。だから強力な魔法使いは傍で魔法を使いあわないの。今回の魔理沙は、その『干渉』によって起こされたものだと思うわ」
「戻れないのか?」
「戻ることはできる」
パチュリーの目は真剣だった。
「期限は最低で一ヶ月。でも、戻らないケースもあるわ」
魔理沙はショックを受けた。
自分の魔法が使えない?
戻らないケース?
自分が魔法が使えないなんて、ただの人間。
人間。
妖怪退治も何もすることができない。妖怪の餌食になってしまう存在。
人間になる。
誰も、守れない。
誰も、
誰も、
(アリス………!)
思い浮かんだのは、君の顔。
(もう、私は、お前を守れないかもしれないのか?)
君の笑顔を、守れない。
「でね、その『干渉』っていうのは――魔理沙!」
説明を聞かずに飛び出した。
魔法が原因なんだとしたら、魔法使いと一緒にはいられない。
君と一緒に、笑えない。
「アリス………アリスッ………!」
君と一緒に、歩けない。
「で、ここまで逃げ込んできたってわけ」
「そうだよ、悪いか」
博霊神社の縁側で、霊夢と魔理沙は座っていた。
「どうするのよ」
「なにが」
「アリス」
心臓が跳ねる。
「…………どうもこうもないぜ。このままじゃ一緒に居られない」
「アリスがアンタを受け入れないとでも?」
「そうじゃない…………自分が、嫌になる」
受け入れてくれる。多分、彼女なら。
人間になった自分を、
ある程度の距離を持ってでも。
「……………そう。まああなたが決めたことだから、私は何も言わないけど」
「…………………」
「………そんなに嫌なら、そのままでもいいじゃない」
一滴、また一滴、
魔理沙の目からあふれ出る涙。
「……うっ……く……あ……」
隣で泣く魔理沙を、霊夢は見つめていた。
(………なんでここの住人はみんな不器用なのよ)
チラリ、一粒の白い小さな塊。
冬は、まだ、終わらない。
続編に期待してます。
もしもまほうがつかえなくなったらとおもうと・・・
いいさくひんでした!