Coolier - 新生・東方創想話

ほんの小さな始まり

2008/09/21 19:59:55
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 河城にとりは、人見知りである。
 
 
 
 夏の暑さというのは、外の世界も幻想郷も例外ではない。
 むしろ「季節の明確さ」が幻想になったかと思しきほど、幻想郷では春夏秋冬がよりはっきりとしている。
 何が言いたいかというと、夏は暑いということである。
 それは、妖怪の山でも例外ではない。
 
 
 額から流れる汗は、幼い顔立ちを蹂躙して顎へと流れ落ちる。それは一筋や二筋といったものではない。小さな明り取りの窓から差し込む太陽の光に照らされて汗がきらりと光る。
 それを時たま軍手をはめた手袋でぬぐうが、無意味というほかない。
「このプラグはここで・・・・・・あれ、どこやったかな」
 山の中にある、明らかに不似合いなコンテナ。その硬い質感は山の自然と馴染みそうにない気もするが、長年使われているためか張った蔦がいい具合にその不自然さを緩和している。
 そんな中で、河城にとりは生活していた。
「赤いコードと青いコード・・・・・・ってなんだこれ」
 ただしそれは生活と言えるかどうかかなり怪しかった。コンテナの中は機械や道具や配線や基盤や、もう元が何か分からないまでに分解された機械が散らばっている。
 申し訳なさそうに設置された机やベッドの上ですらそんな調子なのだから、生活臭といったものがまったく感じられない。
 だがこれは、紛れも無く河城にとりの生活空間である。
「ああもう、訳わかんない!」
 格闘していた機械が心を開いてくれず、不機嫌になったにとりは両手を投げ出して後方に寝転んだ。散らかったこのコンテナの中ではそれは自殺行為に等しいが、黒白曰く「どこに何があるかは分かる」――綺麗に散らばった部品を避けてひとりは寝転がった。
「暑い・・・・・・」
 目立たないように空けられた換気口から入ってくる風も、この季節では皆無。外の世界では“えあこん”なるものがあるらしいが、夏が幻想とならない限りその機械が幻想入りすることはないだろうと、湯だった頭でにとりは考えた。
 基本的にコンテナというのは、熱がこもりやすい。そこでにとりが生活するのは、人見知りゆえに他者と関わるのが苦手だからである。そんな時にこのコンテナを見つけたのは幸運だったか不幸だったか。
(間違いなく後者だろうな)
 夏限定でにとりはそんな考えに囚われる。
 さて、こうなると暑さをなんとかしなければならない。
 だがにとりにとってその手段はおおよそ一つ。
「・・・・・・泳ぐか」
 一応これでも河童である。皿はなくても河童である。
 
 
 最近流れ着いてきた水着を服の下に着込んでおく。
 この水着、水分を生地に吸着させるとかさせないとかで速さを追求したものらしいが、にとりは別に速く泳ぎたいわけではない。
 ただ他の水着が、胸元に「かわしろにとり」と大きく書かれた紺色の水着や、貝殻が三個付いているだけのものだったりするので、消去法でそれになっただけである。
「よし」
 準備も完了、コンテナハウスを出て鍵をかける。昔なら鍵なんかかけなくても盗みに入るような人間は居ないし、食料も別に隠してあるから妖怪が来ることもなかった。
 だが最近知り合ったとある黒白の鼠に光学迷彩を取られかけて以来、にとりは用心を怠らないことにしている。
「・・・・・・はぁ」
 その時のことを思い出して溜め息をつき、彼女は光が差し込める森の中を歩き始めた。目指すは近場の河。
 
 
「あづい・・・・・・」
 気分を味わおうと歩いてきたのが間違いだったか、飛んでいたとしても変わりはなかったのか。顔どころか服の中まで汗がだらだらだった。
「河のそばにコンテナがあったらなぁ」
 そんな理想を語るが、そのためにはコンテナを運ばないといけない。残念ながらそんなことができそうな知り合いは居ない。
 ・・・・・・射命丸文の風を使えば分からないが、河のそばどころか飛び越しそうな気がするので却下。
「・・・・・・誰も居ないよね」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、にとりは誰も居ないことを確かめる。人見知りなこともあるが水着で泳いでいる姿なんてそうそう人に見られたいものでもない。
 二重にも三重にも安全を確認してから、河に出っ歯った岩の陰に身を寄せる。そこで着替えるのだ。といっても、ただ上の服を脱ぐだけだが。
「うわ・・・・・・びちょびちょ」
 道中は身体も汗で濡れていたので気にしていなかったが、岩の上に畳んで置くと服の濡れ具合がよく分かる。あとで洗濯することになるだろう。
「でも、まずは体からだよね」
 着替えを終えて水着姿になったにとりは、流れのゆるやかな河へと飛び込んだ。
 水しぶきが盛大に上がり、彼女の姿が消える。
 
 そこはにとりお気に入りの場所であり、穴場でもあった。
 元から穏やかな流れの河だが、そこは川幅も広がりさらに緩やかな流れとなっている。水浴びにはもってこいの場所。意外と深いことから、潜るのにも適している。
 
 そんな深い河の底で、にとりは水面を見上げていた。
(綺麗だなぁ・・・・・・)
 河の底から見上げれば、きらきらと煌く水面が美しい。流れが緩やかだから、穏やかにその煌きを見続けることができる。
 河童というのは、一呼吸での潜水時間が人間やそこいらの妖怪よりも遥かに長い。
 それを存分に活かしての潜水と見上げる水面が、にとりのお気に入り。
 何をするでもない、穏やかに穏やかに、たゆたいながら見上げる水面が疲れた心をいやしてくれる。
 
 そう、最近ににとりは疲れていた。
(・・・・・・はぁ)
 仲間の河童とも離れて、一人コンテナで暮らす生活は、悪くない。社交的にどうかと思ったこともあるが、そこはしょうがない。
 別にそれで寂しいとは思っていなかった。
(だけど)
 神社の事件で出会った魔理沙はたまににとりの家を訪れる。どこか気が合うのか、彼女と話していてもにとりは苦にならなかった。
 ただ、彼女が帰ってから思うことはある。喋る相手は居ない、たまに会いに来てくれる妖怪も、にとりのことを知ってくれるからすぐに帰ってくれる。
 それが寂しいなんて、今までにとりは思ったことがなかった。
(・・・・・・何やってんだろ)
 そう思いながら、体勢を変える。まだ息は持つが、たまには水からあがらないと変化がないし、そのまま眠ってしまいそうになる。
 それほど、水は気持ちが良い。
「ぷはぁっ」
 酸素の補給。じりじりと照りつける日差しも、水の中に居れば逆に気持ちが良い。
 水と空気の境目は、夏だからこそ気持ち良い。
 そんな気持ちよさを邪魔するように、上空から翼のはためく音がした。
「烏?」
 それに応えるように舞い降りてきた一羽の烏が、にとりの頭の上に止まる。爪を立てないように気をつけていてくれるのか痛みは感じない。
 次に降りてきたのは、その烏の飼い主(?)だった。
「こんにちは、にとりさん」
 挨拶をしながら降りてきたのは、射命丸文だった。いつものように涼しそうな服装は、空を飛ぶには場違いな気もするが、彼女がそれを気にしている様子はない。
「どうしたんですか、射命丸さん」
「取材ですよ、取材」
 文の登場に、にとりの頭に止まっていた烏が飛び立った。ばさばさと飛び、文の肩に止まる。
 取材という割には、その手にはメモ帳も書くものもない。
「暇なんですか?」
「暇なんです」
 思わず口をついて出た失礼な言葉に、文は笑って応える。空を飛ぶのは暑いだろうに、その顔を流れる汗はない。
 体質なんだろうかとにとりは思った
「ネタ探しみたいなものですよ」
 すういっと降りてきた文は、水面ぎりぎりで停止した。対してにとりは水面から顔だけを出している。
 岸に上がろうか、とも思ったが、気持ちいいので出たくない。
「とはいったものの・・・・・・暑さのせいかみんなだらけてまして、特に面白いネタがないんですよね~」
 困った顔でそう溜め息を吐いた。
 どうやらさしものブン屋も、夏の暑さには勝てないようだ、取材的な意味で。
 ネタを探す腕があっても、ネタがなければどうしようもない。
「・・・・・・ネタ、あります?」
「ごめん、ない」
 ですよね~、といった雰囲気で文は手を振る。本人も別に期待していたわけではないようだ。
 それに、普段あまり人と会わないのにネタを持っているわけもない。
 そう考えて、にとりはふと聞いた。
「射命丸さん」
「はい、なんですか?」
 人当たりの良い営業スマイルで答える文に、にとりは聞いた。
「“寂しい”って、どう思います?」
 
 
「・・・・・・ん~、寂しい、ですか」
 いきなり投げ掛けられた質問に、その意味を問うかのように文は唸る。だが、にとりが真剣な表情をしていることに気が付いたのか、その唸りの質が変わる。
「私にはあまり分からないですね、仕事柄もありますし」
「そうですか・・・・・・」
 残念そうなにとりの声に、文は続ける。
「ですけど・・・・・・仕事柄、そういった人とは会うんですよ。いろんな人が居ますから」
 たとえば、その実力故に孤高を選んだ者。
 たとえば、その能力故に孤独を選んだ者。
 さまざまな人妖を、彼女は取材してきた。
「寂しい、って感情にもいろいろあるんですよ。人が周りに居ないから孤独という人もいれば、人が周りに居ないから孤独だ、って人もいるみたいで」
「そうなんですか?」
「えぇ、力故に人が居ても孤独、能力故に周りに人が居ない、“寂しい”にもいろいろあるんですよ。ところで――貴方は、そのどちらです?」
 逆に投げ掛けられた質問に、にとりは黙りこくる。
 文も沈黙で先を促す。
「私は・・・・・・分からない。今まで、そんなこと思ったことがないから」
「これは重症ですね、自分のことなのに気がついてないなんて。でも、それなら何で寂しいことに気が付いたんです?」
 まるで取材のように聞く文。
 陽は高く、水は冷たい。
「・・・・・・魔法使いに出会ったから、かな」
 相手が妖怪であれ神であれ、自らの力で立ち向かう人間。
 にとりに対してもそれは変わらない。
 彼女は「相手に合わせる」ということをしない。どんな相手でも態度を変えない。
 それは博麗の巫女とは違う“平等さ”だと、文は思う。
「倒した相手に慕われる、のはあの二人の特権ですよねほんと」
「あの二人?」
 気にしないでください、と文は手をひらひらと振る。
 にとりもそれ以上は聞かない、なんとなく彼女の言っていることが分かったから。
 あの時も、侵入者に倒されたとはいえ恨みは特にわかなかった。
「でもまぁ、寂しいってことに気がつけたなら、それは一歩前進ですよ」
 ですが、と文は続ける。
「そこで立ち止まれば、結局は寂しいだけです」
「・・・・・・・・・・・・」
 考え込むにとりに、文は笑顔を投げ掛ける。
 
 
 そして、大事なことを口に出す。それは今まで彼女が隠していたこと。
 
 
「そういえば――今日、魔理沙さんと山で会ったんですよ」
「え?」
「なんでも・・・・・・にとりさんの家に行くとか」
 すっ転んだ、にとりは水の中でみごとにすっ転んだ。
 その反応に文は笑う。面白いなぁ、と。
「な、なんでそれを早く言ってくれないんですか!」
「う~ん、忘れてました」
 てへっ、と擬音がつきそうな笑いに何か言い返そうとして、だが時間がないことに気が付いてにとりは急いで岸辺に向かった。
 それを見送って、文は高度を上げる。
「がんばってくださいね~」
 遠ざかるにとりに、彼女はそう声をかけた。
 
 
「ま、魔理沙さん!」
「おうにと――なんだその格好?」
 水から上がり急いで着替え全速力でコンテナハウスへと戻ったにとりを魔理沙は笑顔で――怪訝な笑顔で迎えた。
 何せにとりの服はところどころめくれ下には水着がそのままなのだ。
「はぁ、はぁ・・・・・・ちょっと水浴びをしてたんで」
「ん~、文のやつが知らせてくれたのか?」
「え、えぇ、そうなんです」
 その言葉に「なるほどな」と納得顔で頷く魔理沙。
 にとりとしては、なぜ今日彼女が来たのかが気になっていた。
「何か事件でもあったんですか?」
「あぁ、それがなぁ――」
 
 
「分かりました、手伝わせてください!」
「そう言ってくれて助かるぜ、じゃあ明日な」
「はい!」
 用件を済ませると魔理沙はさっさと帰っていった。その後姿が見えなくなるまで見送って、にとりは溜め息を吐いた。
 魔理沙が帰って、また“寂しく”なってきたから。
「・・・・・・これが、“寂しい”」
 かみ締めるように、自らの気持ちを再確認する。
 そして思い浮かべるのは、「明日な」と言ってくれた彼女の笑顔。
「でも、“また明日”会えるんだ」 
 それなら、この気持ちも悪くないとにとりは思った。
 
 
 

 「寂しい、か」
 はるか上空、照りつける陽を全身に浴びながら文は考える。
 彼女は一つにとりに嘘をついた。彼女だって、寂しいと思ったことはある。
 だから、彼女はブン屋を続けているのかもしれない。
 人とのつながりが欲しいから。
「・・・・・・って、我ながらおかしな話ですよね~」
 傍らを飛ぶ烏にそう声をかける。返ってきたのはしゃがれた鳴き声だった。
「そういえば――私も準備しなきゃいけなかったんだ」
 他人のことばかり考えていたせいか自らの用事を失念していた文は、飛ぶ速度を上げた。風が巻き起こり、彼女もまた“風”になった。
 
 
 
「普通の魔法使いに人見知りの河童・・・・・・あとあと一波乱ありそうですよ~」
 ネタができたことに喜びながら、文は飛び続ける。
 空はどこまでも青く、夏はどこまでも暑かった。
 
 
 
 
そして地霊殿へと続く・・・・・・・・・・・・のか?
 
夏の暑さに頭をやられて書いたSSです(つまり水浴びさいこー)
本来ならにとりに絡んだシリアスストーリーになるはずが、
なぜか地霊殿の前日談的ストーリーに。
春な頭も駄目ですが、夏な頭も駄目ですね。
 
書き始めは地霊殿のことなんかこれっぽっちも頭に無かった(つまり後付け)ので、
ツッコミどころがあれば華麗にスルーかコメントお願いします。
 
 
次回作は「魔理雛(?)」的SSの予定です。
 
 
評価とコメント、ありがとうございます。
 
名前が無い程度の能力さん
二つの意味でありがとうございます。
 
名前が無い程度の能力さん
盛り上がる場面というか大事な場面での誤字は駄目ですよね・・・・・・
いろいろとすみませんでした。
 
呑眠さん
もうほんとにすみません。
夏の暑さのせいにしておいてください(自己逃避)
 
煉獄さん
和らぐどころか、主人公勢にかかれば誰も寂しいなんて思う暇はないでしょうね。
 
名前が無い程度の能力さん
そういえば最近見ませんね、貝殻水着・・・・・・
RYO
[email protected]
http://book.geocities.jp/kanadesimono/ryoseisakuzyo-iriguti.html
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コメント



0.790簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
普通に楽しく読めたわね

誤字
――綺麗に散らばった部品を避けてひとりは寝転がった。

にとりで脳内変換してよかとですね
3.80名前が無い程度の能力削除
人が周りに居ないから孤独という人もいれば、人が周りに居ないから孤独
これっておそらく
人が周りに居ないから孤独という人もいれば、人が周りに居るから孤独
ですよね?間違ってたらすみません。

なかなか良い文でした。
4.80呑眠削除
お値段以上のssでした。
ただ「寂しい、って感情~居るみたいで」の部分が……
5.90煉獄削除
読みやすく、面白い作品でした。
地霊殿に続くかもしれないある一日の一コマですか。
私ってビデオカードの性能で今作が・・・・。
と、それは置いておいて。
にとりの寂しいっていう気持ちがいつか和らげば良いですね。

文章の修正
>そう、最近ににとりは疲れていた。
とありますが、「に」が一つ余計ですね。
以上、報告でした。(礼)
14.70名前が無い程度の能力削除
貝殻水着も幻想入りか………
それはともかく、にとりは何だか応援したくなるな。いい子だ。