「お初にお目にかかります……今回、幻想郷方面に配属となる小野塚小町と申します」
上司に呼ばれ本庁の会議室に出向いた四季映姫を待っていたのは一人の新人死神であった。
「幻想郷方面のヤマを務めています。四季映姫です」
映姫も小町に向かって自己紹介を行う。
映姫は目の前の新人を見て、随分と真面目な印象を受けた。
大きな体躯を真っ直ぐに伸ばし、指先にまで力が篭っている。
紅い美しい髪は几帳面に整えられていて、これまた美しい瞳に宿る真っ直ぐな光。
全身のどこをみても一部の隙も無い。
「死神の任務は初めてですか?」
映姫も堅苦しいとよく評されているが、目の前の新米はそれに輪をかけて堅苦しいように思えた。
「はい、今回の任務が初めてです」
事務的に小町が答えた。
なるほど……これなら信頼して仕事を任せられる。
映姫は小町の真面目さが上辺だけのものでは無いことを確信する。
「そうですか。幻想郷方面は色々と特殊ですから、少し慣れるのに時間が掛かると思います」
そこで一度、小町の顔を見る。
相変わらず真っ直ぐに映姫を見据えていた。
「ですが、一緒にがんばっていきましょうね」
映姫は少し表情を崩して小町に語りかけた。
「はい。了解いたしました」
小町は眉一つ動かさずに答えた。
「では行きましょう」
映姫は小町を連れて、仕事場である、幻想郷へ飛び立った。
このとき、映姫は何か違和感のようなものを感じていた。
小町は映姫の見立てでは、真面目で信頼できる死神である。
(……まあ、仕事ぶりを見てみますか)
映姫は一度、呼吸をし、後ろを振り返る。
映姫の後を小町が引き締まった表情をしながらついてきていた。
小町の仕事ぶりをみた映姫は驚いていた。
もともと、幻想郷方面は特殊な魂が多いこともあり、優秀な死神が配備されている。
が、小町の成績はその死神たちの上をいっていた。
大きな体躯で船を操り、迅速に魂を運ぶ。
他の死神が一名運ぶ間に、彼女は三名の魂を運んだ。
「それでは一名引き渡します」
小町は直立し魂を引き渡すとまた対岸へと帰っていく。
映姫は彼女の仕事ぶりに満足していた。
優秀な死神が配備されたものだ。
映姫は帰っていく小町の背を見送りながらそう思った。
映姫と小町のコンビは順調に成績を伸ばしていった。
外界の繁忙区に匹敵する成績である。
もともと、優秀な映姫である。
そこに優秀な死神がつけばこの結果は当然である。
小町から引き渡された魂を裁いた後、映姫は椅子に座り、ため息をついた。
ここ最近忙しかったので映姫も少し疲労を体に蓄えていた。
同じ様に忙しかった上に映姫よりも肉体労働の比率が多い小町が、
表情一つ変えずに、仕事をしていることを考えると映姫は感嘆すら覚えた。
「……優秀な死神ね」
映姫は一人呟いた。
今度、美味しい料理屋に連れて行ってあげよう。
ご褒美というわけではないが、熱心に働く部下を労いたくなったのだ。
そんな折、事件が起きた。
吸血鬼異変である。
幻想郷で突然起きたその異変により、彼岸へとやってくる魂の数が突如として増大したのである。
小町も映姫も普段よりもペースを上げて対応するものの、彼岸の魂は減っていかない。
「妖怪一名、引き渡します」
小町は、魂を引き渡すと軽く礼をしてまた、船へと向かっていく。
「小町、対岸の様子はどうですか」
努めて冷静を装い小町に尋ねる。
映姫にはまだ若干の余裕があったが、ずっと船を動かしていた小町には明らかに疲労の色が見えた。
急ぎ船に戻ろうとしているが、肩を上下させながら呼吸をしている。
普段は冷静なその表情も汗で濡れていた。
小町は艪を掴み映姫に向き直る。
「未だ、三割程度しか運びきれていません」
小町は苦しそうに答える。
映姫は苦渋の選択を迫られていた。
「それでは、対岸に戻ります」
一瞬でも惜しいという様子で船に戻ろうとする小町。
それをみて映姫は下唇を噛む。
「小町、徳の高い魂から先に運びなさい」
映姫は苦渋の選択をした。
徳の高い魂ほど、川は細くなり容易にわたることが出来る。
その逆、徳の低い魂は川幅が広くなってしまい渡るのに時間が掛かる。
だからこそ、徳の高い魂を優先することで時間を節約できる。
その上、徳の高い魂からは渡河の銭を多く得られるので、地獄も潤う。
「それは、徳の低い魂は無視しろ、ということですか」
小町は荒い呼吸で言った。
燃えるように美しい瞳で映姫を見据える。
「そういうことです。そうしなければ、彼岸の魂をこちらに運ぶことは不可能だと思います」
映姫も小町の瞳を見返す。
小町の方が体格が良いので、少々見上げる感覚になる。
「……」
何かを考えているように小町は俯く。
「いいですか、小町」
映姫は小町を見据えながら言う。
それは、この世界でどこでも行われていること。
この選択はヤマとしてなら最良で当然の選択である。
二人の間に沈黙が流れる。
静かな彼岸の地。
紫の桜の木の葉が風に揺られる音のみが響く。
「その命令は聞けません」
小町は顔を挙げ映姫を睨む。
「な……」
映姫は絶句する。
この新米は何を言うのか。
すでに彼女の能力は限界近いのである。
それでも、まだ全ての魂を運ぼうというのか。
「今の速さで足りないのならば……倍の速さで漕いで見せましょう」
小町は低く、それでも意思の篭った声色で映姫に言う。
その響きに、流石の映姫も少し圧倒される。
「ですが……」
「それでも……それでも、足りなければ三倍の速さで漕いでみせます!!」
なんとか喋ろうとした映姫を小町が制する。
小町の叫びに近い声に、映姫は再び絶句する。
「それでは、行きます!!」
小町は船に向かい走り出す。
映姫はただ黙ってその背中を見つめていた。
小町は自身の言葉通りの速さで魂を運んできた。
今度は映姫が肩で呼吸をしていた。
ヤマの中でも優秀な部類に入る映姫の余裕を奪う程の速さで小町は己の任務を遂行していたのだ。
その速さ故、通常ならば川を渡りきれずに、消えてしまうような魂ですら小町は渡しきった。
裁判を待つ列が出来るほどではなかったが、裁くとすぐに新たな魂がたどり着くといった様子である。
そこで初めて映姫は気づいた。
小町が赴任してから、船の上で消えてしまった魂が殆ど無いことに。
そう、彼女はどんな魂でもしっかりと渡しきっていた。
これがどれだけ凄いことか、長年ヤマを努めている映姫にはわかる。
そして、もう一つ映姫は気づく。
最初小町を見たときに感じた違和感に。
彼女は真面目すぎるのだ。
そう、小町は魂に対して真摯過ぎる。
大抵死神というのは飯の種として仕事を行っている。
仕事に誇りを持っているといっても、所詮宮仕えだ。
皆どこか甘えの様なものをもっている。
その違和感は小町自身の危うさであったのだ。
自身の体に無茶をかけてでも、魂に真摯に向かい合う。
彼女は自身の身を潰してでも、任務を遂行するであろう。
「一名引き渡します。よろしくお願いします」
小町の声に映姫ははっとする。
映姫は思考の世界から呼び戻され、はっとする。
「はい、引き受けました」
小町は一礼し、再び走り去る。
映姫はその背中に、先ほど気づいた違和感の正体が間違っていないことを確信した。
結局、映姫と小町は相当の時間を残業することとなった。
それでも、増援無しで異変の死者を処理しきったことはとても凄いことである。
「これで最後です」
小町は息を切らし魂を引き渡す。
若干服は乱れ、ずっと漕いでいた手はボロボロとなっていた。
折角の美しい手が傷だらけになっているのを見て、映姫の中に熱いものがこみ上げる。
「よく、頑張りました。そこで休んでいなさい」
映姫も疲労はしていたが、何とか微笑むと小町に言った。
「はい……そうさせていただきます」
そのまま小町は屈みこんでしまった。
「ふう」
映姫は最後の魂を裁き終えた。
そして、背もたれに持たれかかりため息をついた。
心地の良い疲労感が映姫を満たしていた。
ここまで忙しく任務を行ったのは、何年ぶりか。
そのときになってやっと増援の閻魔が来た。
映姫は立ち上がり、服を直す。
現状をその閻魔に報告する。
閻魔は二人の仕事ぶりに驚いていた。
いくら優秀な映姫とは言え、新米の死神と組んで、ここまで魂を処理したのが信じられなかったようだ。
「よく終りましたね」
と、応援の閻魔が映姫に言う。
「優秀な死神のお陰ですよ」
映姫は微笑んだ。
応援の閻魔が後の処理を引き受けてくれたので、映姫は帰り支度をし、裁判所を出る。
辺りはすっかり夕闇に染まっていた。
すでに外は暗闇に包まれていた。
普段では考えられない量の仕事をこなした体に、風が吹き付ける
ここまで遅くなるのも珍しい、と映姫は思いつつ一歩踏み出したとき、
遠くに小町の姿が見えた。
彼女は立ったまま川のを見ていた。
絹のような紅い髪と死神の装束が風で棚引いている。
そのどこか寂しげな姿に映姫の眼はひき付けられてしまった。
映姫がその背中に声をかけようかどうか迷っていると小町がこちらに気づいたように、振り向いた。
「あ、お疲れ様です」
ちょっとだけ驚いた表情を見せたが、すぐに普段の落ち着きのある表情を取り戻す。
映姫は一瞬動転してしまったが一度、コホンと咳払いをすると小町の横に並ぶ。
「なにをしていたのですか?」
川を眺め、小町に尋ねた。
映姫の動きを眼で追っていた小町も川へと視線をもどす。
「考え事をしていました」
風の音に消え入りそうなくらい静かな声で小町が呟く。
「そうですか」
二人とも何も喋らぬまま風の音のみがあたりに響く。
二人の前を流れる静かな川。
生きるものとの境界となる絶対の川。
その流れはとても静かで優しかった。
その水面に映る幾千もの星達。
数え切れないその光たちは浮世に生きる者達の命の光に似ている。
不意に、その中の一つが流れたとき、小町が口を開いた。
「今日だけで、どれだけの魂がここを渡っていったのでしょう」
ややハスキーな声が彼岸に響く。
切なそうな小町に映姫も静かに呟く。
「あなたは真面目すぎますね」
ため息をつきながら映姫は言った。
「いけませんか」
自分の意見を変えることなく小町が返した。
「いけなくはないですよ。ただ……」
そこで映姫は一呼吸置いた。
小町がこの仕事に過剰に身を入れてるのは確かだった。
「身を入れすぎるといつか自身を滅ぼしますよ」
ヤマという仕事に過剰に身を入れていたのは映姫自身で有ったのかもしれない。
いや、もしかしたら今もそうなのかもしれない。
だから、映姫は小町に忠告をするのだ。
今にも身を滅ぼしそうな危うい小町の身を案じずにはいられなかったのだ。
「それでも……それでも私は魂というものに真剣でいたいのです」
小町は声色を変えずに告げる。
あまりに青臭く、あまりに危うい小町の言葉。
映姫は少し微笑む。
「私もそう思います」
映姫は今の自分を省みていた。
自身では真剣に仕事をしているつもりであるが、本当にそうであったか。
新米の死神によって自分の仕事振りを省みることになるとは。
映姫は心の中で苦笑していた。
川はゆったりと流れ、星はただ静かに夜空に浮かんでいた。
上司に呼ばれ本庁の会議室に出向いた四季映姫を待っていたのは一人の新人死神であった。
「幻想郷方面のヤマを務めています。四季映姫です」
映姫も小町に向かって自己紹介を行う。
映姫は目の前の新人を見て、随分と真面目な印象を受けた。
大きな体躯を真っ直ぐに伸ばし、指先にまで力が篭っている。
紅い美しい髪は几帳面に整えられていて、これまた美しい瞳に宿る真っ直ぐな光。
全身のどこをみても一部の隙も無い。
「死神の任務は初めてですか?」
映姫も堅苦しいとよく評されているが、目の前の新米はそれに輪をかけて堅苦しいように思えた。
「はい、今回の任務が初めてです」
事務的に小町が答えた。
なるほど……これなら信頼して仕事を任せられる。
映姫は小町の真面目さが上辺だけのものでは無いことを確信する。
「そうですか。幻想郷方面は色々と特殊ですから、少し慣れるのに時間が掛かると思います」
そこで一度、小町の顔を見る。
相変わらず真っ直ぐに映姫を見据えていた。
「ですが、一緒にがんばっていきましょうね」
映姫は少し表情を崩して小町に語りかけた。
「はい。了解いたしました」
小町は眉一つ動かさずに答えた。
「では行きましょう」
映姫は小町を連れて、仕事場である、幻想郷へ飛び立った。
このとき、映姫は何か違和感のようなものを感じていた。
小町は映姫の見立てでは、真面目で信頼できる死神である。
(……まあ、仕事ぶりを見てみますか)
映姫は一度、呼吸をし、後ろを振り返る。
映姫の後を小町が引き締まった表情をしながらついてきていた。
小町の仕事ぶりをみた映姫は驚いていた。
もともと、幻想郷方面は特殊な魂が多いこともあり、優秀な死神が配備されている。
が、小町の成績はその死神たちの上をいっていた。
大きな体躯で船を操り、迅速に魂を運ぶ。
他の死神が一名運ぶ間に、彼女は三名の魂を運んだ。
「それでは一名引き渡します」
小町は直立し魂を引き渡すとまた対岸へと帰っていく。
映姫は彼女の仕事ぶりに満足していた。
優秀な死神が配備されたものだ。
映姫は帰っていく小町の背を見送りながらそう思った。
映姫と小町のコンビは順調に成績を伸ばしていった。
外界の繁忙区に匹敵する成績である。
もともと、優秀な映姫である。
そこに優秀な死神がつけばこの結果は当然である。
小町から引き渡された魂を裁いた後、映姫は椅子に座り、ため息をついた。
ここ最近忙しかったので映姫も少し疲労を体に蓄えていた。
同じ様に忙しかった上に映姫よりも肉体労働の比率が多い小町が、
表情一つ変えずに、仕事をしていることを考えると映姫は感嘆すら覚えた。
「……優秀な死神ね」
映姫は一人呟いた。
今度、美味しい料理屋に連れて行ってあげよう。
ご褒美というわけではないが、熱心に働く部下を労いたくなったのだ。
そんな折、事件が起きた。
吸血鬼異変である。
幻想郷で突然起きたその異変により、彼岸へとやってくる魂の数が突如として増大したのである。
小町も映姫も普段よりもペースを上げて対応するものの、彼岸の魂は減っていかない。
「妖怪一名、引き渡します」
小町は、魂を引き渡すと軽く礼をしてまた、船へと向かっていく。
「小町、対岸の様子はどうですか」
努めて冷静を装い小町に尋ねる。
映姫にはまだ若干の余裕があったが、ずっと船を動かしていた小町には明らかに疲労の色が見えた。
急ぎ船に戻ろうとしているが、肩を上下させながら呼吸をしている。
普段は冷静なその表情も汗で濡れていた。
小町は艪を掴み映姫に向き直る。
「未だ、三割程度しか運びきれていません」
小町は苦しそうに答える。
映姫は苦渋の選択を迫られていた。
「それでは、対岸に戻ります」
一瞬でも惜しいという様子で船に戻ろうとする小町。
それをみて映姫は下唇を噛む。
「小町、徳の高い魂から先に運びなさい」
映姫は苦渋の選択をした。
徳の高い魂ほど、川は細くなり容易にわたることが出来る。
その逆、徳の低い魂は川幅が広くなってしまい渡るのに時間が掛かる。
だからこそ、徳の高い魂を優先することで時間を節約できる。
その上、徳の高い魂からは渡河の銭を多く得られるので、地獄も潤う。
「それは、徳の低い魂は無視しろ、ということですか」
小町は荒い呼吸で言った。
燃えるように美しい瞳で映姫を見据える。
「そういうことです。そうしなければ、彼岸の魂をこちらに運ぶことは不可能だと思います」
映姫も小町の瞳を見返す。
小町の方が体格が良いので、少々見上げる感覚になる。
「……」
何かを考えているように小町は俯く。
「いいですか、小町」
映姫は小町を見据えながら言う。
それは、この世界でどこでも行われていること。
この選択はヤマとしてなら最良で当然の選択である。
二人の間に沈黙が流れる。
静かな彼岸の地。
紫の桜の木の葉が風に揺られる音のみが響く。
「その命令は聞けません」
小町は顔を挙げ映姫を睨む。
「な……」
映姫は絶句する。
この新米は何を言うのか。
すでに彼女の能力は限界近いのである。
それでも、まだ全ての魂を運ぼうというのか。
「今の速さで足りないのならば……倍の速さで漕いで見せましょう」
小町は低く、それでも意思の篭った声色で映姫に言う。
その響きに、流石の映姫も少し圧倒される。
「ですが……」
「それでも……それでも、足りなければ三倍の速さで漕いでみせます!!」
なんとか喋ろうとした映姫を小町が制する。
小町の叫びに近い声に、映姫は再び絶句する。
「それでは、行きます!!」
小町は船に向かい走り出す。
映姫はただ黙ってその背中を見つめていた。
小町は自身の言葉通りの速さで魂を運んできた。
今度は映姫が肩で呼吸をしていた。
ヤマの中でも優秀な部類に入る映姫の余裕を奪う程の速さで小町は己の任務を遂行していたのだ。
その速さ故、通常ならば川を渡りきれずに、消えてしまうような魂ですら小町は渡しきった。
裁判を待つ列が出来るほどではなかったが、裁くとすぐに新たな魂がたどり着くといった様子である。
そこで初めて映姫は気づいた。
小町が赴任してから、船の上で消えてしまった魂が殆ど無いことに。
そう、彼女はどんな魂でもしっかりと渡しきっていた。
これがどれだけ凄いことか、長年ヤマを努めている映姫にはわかる。
そして、もう一つ映姫は気づく。
最初小町を見たときに感じた違和感に。
彼女は真面目すぎるのだ。
そう、小町は魂に対して真摯過ぎる。
大抵死神というのは飯の種として仕事を行っている。
仕事に誇りを持っているといっても、所詮宮仕えだ。
皆どこか甘えの様なものをもっている。
その違和感は小町自身の危うさであったのだ。
自身の体に無茶をかけてでも、魂に真摯に向かい合う。
彼女は自身の身を潰してでも、任務を遂行するであろう。
「一名引き渡します。よろしくお願いします」
小町の声に映姫ははっとする。
映姫は思考の世界から呼び戻され、はっとする。
「はい、引き受けました」
小町は一礼し、再び走り去る。
映姫はその背中に、先ほど気づいた違和感の正体が間違っていないことを確信した。
結局、映姫と小町は相当の時間を残業することとなった。
それでも、増援無しで異変の死者を処理しきったことはとても凄いことである。
「これで最後です」
小町は息を切らし魂を引き渡す。
若干服は乱れ、ずっと漕いでいた手はボロボロとなっていた。
折角の美しい手が傷だらけになっているのを見て、映姫の中に熱いものがこみ上げる。
「よく、頑張りました。そこで休んでいなさい」
映姫も疲労はしていたが、何とか微笑むと小町に言った。
「はい……そうさせていただきます」
そのまま小町は屈みこんでしまった。
「ふう」
映姫は最後の魂を裁き終えた。
そして、背もたれに持たれかかりため息をついた。
心地の良い疲労感が映姫を満たしていた。
ここまで忙しく任務を行ったのは、何年ぶりか。
そのときになってやっと増援の閻魔が来た。
映姫は立ち上がり、服を直す。
現状をその閻魔に報告する。
閻魔は二人の仕事ぶりに驚いていた。
いくら優秀な映姫とは言え、新米の死神と組んで、ここまで魂を処理したのが信じられなかったようだ。
「よく終りましたね」
と、応援の閻魔が映姫に言う。
「優秀な死神のお陰ですよ」
映姫は微笑んだ。
応援の閻魔が後の処理を引き受けてくれたので、映姫は帰り支度をし、裁判所を出る。
辺りはすっかり夕闇に染まっていた。
すでに外は暗闇に包まれていた。
普段では考えられない量の仕事をこなした体に、風が吹き付ける
ここまで遅くなるのも珍しい、と映姫は思いつつ一歩踏み出したとき、
遠くに小町の姿が見えた。
彼女は立ったまま川のを見ていた。
絹のような紅い髪と死神の装束が風で棚引いている。
そのどこか寂しげな姿に映姫の眼はひき付けられてしまった。
映姫がその背中に声をかけようかどうか迷っていると小町がこちらに気づいたように、振り向いた。
「あ、お疲れ様です」
ちょっとだけ驚いた表情を見せたが、すぐに普段の落ち着きのある表情を取り戻す。
映姫は一瞬動転してしまったが一度、コホンと咳払いをすると小町の横に並ぶ。
「なにをしていたのですか?」
川を眺め、小町に尋ねた。
映姫の動きを眼で追っていた小町も川へと視線をもどす。
「考え事をしていました」
風の音に消え入りそうなくらい静かな声で小町が呟く。
「そうですか」
二人とも何も喋らぬまま風の音のみがあたりに響く。
二人の前を流れる静かな川。
生きるものとの境界となる絶対の川。
その流れはとても静かで優しかった。
その水面に映る幾千もの星達。
数え切れないその光たちは浮世に生きる者達の命の光に似ている。
不意に、その中の一つが流れたとき、小町が口を開いた。
「今日だけで、どれだけの魂がここを渡っていったのでしょう」
ややハスキーな声が彼岸に響く。
切なそうな小町に映姫も静かに呟く。
「あなたは真面目すぎますね」
ため息をつきながら映姫は言った。
「いけませんか」
自分の意見を変えることなく小町が返した。
「いけなくはないですよ。ただ……」
そこで映姫は一呼吸置いた。
小町がこの仕事に過剰に身を入れてるのは確かだった。
「身を入れすぎるといつか自身を滅ぼしますよ」
ヤマという仕事に過剰に身を入れていたのは映姫自身で有ったのかもしれない。
いや、もしかしたら今もそうなのかもしれない。
だから、映姫は小町に忠告をするのだ。
今にも身を滅ぼしそうな危うい小町の身を案じずにはいられなかったのだ。
「それでも……それでも私は魂というものに真剣でいたいのです」
小町は声色を変えずに告げる。
あまりに青臭く、あまりに危うい小町の言葉。
映姫は少し微笑む。
「私もそう思います」
映姫は今の自分を省みていた。
自身では真剣に仕事をしているつもりであるが、本当にそうであったか。
新米の死神によって自分の仕事振りを省みることになるとは。
映姫は心の中で苦笑していた。
川はゆったりと流れ、星はただ静かに夜空に浮かんでいた。
公式でも花映塚で映姫が小町の第一印象を
「最初に見た時はもっと真面目な奴だと思ってた」って
言ってましたし。
じゃ、今との落差は何なんだという気もしますが。
小町堕落編希望w
だらけてても,魂に対する姿勢は真面目みたいですし。
同じく,堕落編希望w
そっと切れてしまいそうな緊張の糸、楽しく読ませていただきました。
こまっちゃんはやればできる子だよ!!
なんとなく予想は付くものの
見てみたいですw
こういうお話は、大好きです。
閻魔様に匹敵するほど真面目な死神とは……新しい。
確かに実力はありそうですよね。
私がどうのこうの言う筋合いはないのですが、堕落編を書かれるのなら、楽しみにしております。
続編があるならば、小町が魂に対して真摯過ぎる理由についてや堕落する原因となった出来事の話、この小町と映姫様の仕事外での会話などが補足されるといいなぁ。
ともあれ次回作の期待しています。
すみません噛みました。
何をどうしたら現在のこまっちゃんになるんですか!?あれですか?日がな一日上司のことを考えるようになって仕事が疎かに・・・とかいう甘い展開なのか?
いや、単に考えかたが変わった?魂の話を聞くうちに?
どんな霊でも断らずに対岸まで運ぶ小町さんらしいと思えました。
現在との差の理由を仄めかしすらせず放り投げた印象です。
既に続編云々などと言われていますが、もしあればそれと繋げて一本の作品になるとは思いますが、
前半だけでぶった切ったような状態ではこの評価で。
ここから堕落させるのは相当きついだろうがそこが作者の腕の見せ所。
想定以上の高評価に恐縮しております。
続編のご希望を頂恐縮です。
さて、続編という形では書かない予定です。
あくまで別角度での話を書かせていただきます。
本来この現実に起きる出来事というのは必ずしも連続的に情報を得られる訳では無く。
必ずしも明示的に終るわけではありません。
いえ、殆どの場合、無秩序に非連続的な情報の断片が得られるのみで明示的な終わりというものはありません。
テレビで報道されている事件の何割がきちんとした終わりまで、報道されますか?
大抵うやむやになって終わりでしょう。
大抵の他の長編作品のように連続的で完全な完結を私は用意いたしません。
幻想郷はずっと続いていくのですから。
ただ、私は別角度からこの二人について描きます。
現実の世界における物体は最低でも三方向から観察せねば、
正しい姿は観測できません。
私はこの考え方で幻想郷を描きたいと思います。
そこには、説明不足が発生するかもしれませんし、明示的な終わりというものは無いかもしれません。
しかし、この書き方が幻想郷というものを描写するのに最適だと私は思いました。
それでもよろしいという奇特な方々、どうか次回作にご期待ください。
拙い筆力ではありますが、
全力で書かせていただきます。
長文失礼致しました
最初からあくまでその、真面目だった小町の場面を描写したかったのですね
あなたの次の作品が楽しみです。
いくつか他の作品を読んでこそ、という風に受取りました。
格好いいんだぜ。