※注 東方音楽CD・蓮台野夜行~Ghostly Field Club.のコメントに登場するキャラが出てきます。
というよりもメインです。主役やってます。最初は彼女たちしか出てきません。
蓮台野夜行を知らなくても大丈夫だし、読めば分かる! とは思い、信じているのですが、やはり小心者であるnonokosuは事前にお知らせいたします。
それと、例によってオリジナル設定やら、出所と真偽が不明な小ネタやらも登場してます。
ご注意を――
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相変わらず蓮子はヘンにキレイだ。
目的地に行く道すがら、私はそんなことを考える。
別に蓮子がとんでもなくキレイだ、って意味ではない。
蓮子の持つ『ヘンな部分』と『キレイな部分』が密接にからみあい、表現のしようの無い、おかしな美しさを作り出してるって意味だ。
普段と同じように、彼女は今も空を『視』ながらポテポテ歩いてる。
まっくろな、夜空に溶け込みそうな瞳は、上を向いたまま離れない。
よく転ばないなあ、と毎回思う。
前に聞いたら「慣れよ、慣れ」という言葉が返ってきた。本当にそんなものなんだろうか?
いつもかぶってる黒いシンプルな帽子と、根元までキチっと締めてるネクタイは、彼女のトレードマークだ。
「ちょっと探偵みたいでしょう?」とは彼女の言。
私には、どっちかって言うと詐欺師みたいに見えたけど、それは本人には言ってない。自己暗示というのは結構力を持っている。そこに水を差すなんて野暮もいいとこだ。
「2時14分45秒――2時14分52秒――2時15分2秒――」
これは、蓮子が呟いてるものだ。
夜間、ヒマがあるとしてる彼女の癖でもある。
蓮子は星を見るだけで現在の時刻が、それこそ秒単位で分かる。
電話で時報を聞いたとしても、まったく同じ言葉が聞こえることだろう。
もし違ってても、それは経度のわずかな違いのため、そう断言できるほどに彼女の『星詠み』は正確だ。
「コツさえ分かれば誰でもできる」らしいけど、さすがに秒単位まで分かるのは蓮子ぐらいだよ。
どこを見てるのか分からない視線のまま、彼女は夜空を見上げ、刻を告げる。
それは人間ばなれしていて、どこか神聖なもののようにも映る。
現世のことなんかこれっぽっちも気にしてない、空に住んでる人みたいな印象だ。
実際、以前は「わたしは月と星とちょっとばかりのオカルトがあれば、それで生きていける」とか断言してた。
お金は? 夢とか想像力は? とも思ったけど、まあ、つまり、蓮子はそんな人なんである。
――――あ、自己紹介が遅れてた。
私の名前はメリー。
蓮子とは違い、どこにでもいるような、普通の女の子だ。
いや、まあ、『幾つかの点』を除けば、ではあるんだけど、それはおいおい語ってく。
私と蓮子は、秘封倶楽部というサークルに入ってる。総部員数、2人。幽霊部員は本物も偽物も既にいない。昔はいたんだけど『退部』してもらった。
今や部員は私と蓮子だけという、超弱小サークルだ。
一応、表向きはオカルト系に属してるんだけど、『なんにもしてくれない』ことで我が倶楽部は有名だ。
もし、仮に「わ、わたし怨霊に憑かれてるんですぅぅ!!」とかの相談が来ても、「すこしばかりのお金を払ってこの場所に行ってくださいね? 私たちなんかよりもずっと親切に話を聞いてくれますから」と笑顔で追い返す。
「こ、この写真、人の顔が写ってるんです!!」と叫ぶ人がいれば、蓮子が懇切丁寧に、本人が納得しようがしまいが関係なしに、ずうっとカメラの構造と心理学について説明してくれる。
両者とも、1度くれば2度と来ない。
かくして日中は、蓮子と一緒に部室でヒマしてる。
――まあ、どれもこれも『偽装』なんだけどね。
表むきはヒマヒマサークル・秘封倶楽部、その実体は、夜な夜な結界を暴く不良倶楽部だったりする。
実を言うと、私には結界が見えるって特技がある。
そりゃもう堂々かつハッキリと『視』える。
結界っていうのは非常に独特の存在感があって、私みたいな人間からすると、とんでもなく目ざわりだ。
えーと、そうだな、例えて言うと『全長100mのケン○ッキーおじさんに、いつでも見おろされてる感覚』っていうのが近いだろうか。
無視しようと思っても無視しきれない、あのうさんくさい笑顔がどうにも気に障る。
あなたがもし、そういう状態にあって、足元にロケットランチャーがあったらどうするだろうか? そのケン○ッキーおじさんに向けて発射、爆破してスッキリというのが、きっと当然の感覚だろう。
だから、私たちがやってることも、そういうことなんである――――
+++
――――到着した目的地は、正月や受験シーズンでなければ誰も来そうに無い、さびれにさびれ切った神社。
名前は博麗神社って言うらしい。
境内を吹く夜風は冷たい。とんでもなく冷たい。半そでの私は震えたまま、動くことすらできなかった。
こう、『オラオラ、シロウトが何しに来てるんじゃい!』と脅し文句を吐かれてる気分。
葉っぱが緑色なのが、不自然だとさえ思えた。
今は夏じゃなかったのか、熱帯夜は一体どこに消えたんだ、この神社だけなんで異様に寒いんだと、誰彼かまわず問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。
たとえば、すぐ横にいる、完全防寒着の蓮子とかに。
「ねえ! 蓮子!」
思わず大声で呼びかける。
そうしてないと、寒さを紛らわすことなんてできやしない。セミロングに伸ばした金髪が、これほどまでにありがたいと思ったことなんて無かった。ショートなんかにしてたら絶対に耳は凍ってる。
「なによメリー。いま探索中なのよ?」
本人の言う通り、蓮子はゆっくりと慎重に、博麗神社を調べてた。
もこもことした服がひょこひょこ動いてるのは、普段クールな蓮子がすると結構ユーモラスに映るんだけど、いまの私はぜんぜん笑えない。
「なんでこんなに寒いのよ! そして、何でそれをあんたは当たり前みたいな顔で予想してんの!?」
「ん?」
やぶ睨みのツリ目が、私の方を向いた。
いつも変わらない真っ黒な瞳。
「今日は何月何日だか知ってる? メリー」
「え? えーと、8月15日に決まってるじゃない」
「そ、今日はお盆の正日なのよ、『地獄の釜の蓋が開く日』とも言われているわね。なら、夜は寒いに決まってるじゃない」
「――ど、どういうこと?」
なかば答えが分かってるのに聞いてしまう。
い、言われてみれば寒さの質がちょっと違っているような気が……
「だから、きっと『お客さん』が大量にいるんでしょ、ここに。ちょうど神社なんだしね。暑くなる要素より冷たくなる要素の方が多ければ、寒くなるのは当然よね」
「……蓮子の目って、そういうの『視』えたんだっけ?」
寒さが増したような気がして、私は気持ち、蓮子に近づいた。
「そんなわけないじゃない、ただ母さんが、『今夜はお祭りがあるみたいだから暖かくしてきなさい』って、御節介なほど着膨れさせてくれたのよ」
「お、お祭りって何よ?」
「さあ? 私も聞いてないわよ、あの人からマトモな解説が聞けたことなんて、片手でも指1本でも数えられないくらいだもの。まあ、でも母さんが『視』れるものだから、やっぱりそういうことなんじゃない?」
「まじ……?」
周囲を見渡してみると、確かに『そんな雰囲気』があるような気がした。
えーと、なんて言えばいいんだろう、つまり、『静かなのに騒がしい』。
2人しかいないハズなのに、沢山の人でひしめいてるみたいな感覚。
夜カーテンの向こうから気合の入ったフクロウの声がとどろき、こずえの音が瀑布みたいに鳴りに鳴り、犬の遠吠えが疾走する槍のように過ぎ去る。
……妙な表現だとは自分でも思うけど、ホントに、そう感じた。
まるで、誰かが三重奏を奏でてるみたいだ。
楽しげで喧しいのに物悲しい、そんな矛盾した賑やかさ。
風は鳴る。
風が鳴る。
ざあっと神社の向こうから彼方まで、飛ばしてめくれて巻き起こす。
フクロウやら遠吠えやらがそこに重なる。
天が高くて、淋しくて、本当になんにも無い夜空。
からっぽのさわがしさ、そんな空気だ。
「ん、もう2時33分34秒なのか、ちょっと急がないとね」
蓮子が我に返らせてくれた。
彼女は空を見上げて、真剣な顔になっている。
いつものように夜空で時間を確認してたらしい。
彼女は星で時間が分かるだけじゃなく、月を見るだけで今どこに居るのか分かるって話だ。あと、それ以外にも念写能力とかできたりして、人間離れしてるなあ、とよく思う。
本当に人間なのかと疑いたくなるようなことも平気でやったり、知ってたりもするけれど、そんな彼女が「メリーって人間離れしてるよね」と口癖のように言うのはちょっと許しがたい。
「ね、メリー、本当に、ここには結界が『視』えないの?」
「うん、無いわよ」
単に寒々しい神社でしかない。
結界のケの字もありはしない。
「……けれど、わたしの念写には不審なのが写っていたのよね。規模で言えば最大級のが」
「へえ、どれどれ」
蓮子が取り出した写真を、横から覗き込んで見てみる。
私も夜目は効くから、星明りだけでも充分見ることができた。
「は?」
な、なんだこりゃ? 蓮子は本気なんだろうか?
そりゃ、たしかに最大級っぽくはあるけど……
「これ、冗談でしょ?」
「まさか!」
眉間にしわが寄っていた。
蓮子も馬鹿馬鹿しいとは思ってるみたい。
「だって、これ――」
「言わないで、自分の念写能力に自信がなくなるから」
そこに写っていたのは、『仲良さそうに戯れる、ごく普通の3人』だった。
大きさこそ背景に写ってる神社より大きいし、念写とは思えないほどハッキリ写ってるけど、それ以外のものには見えない。
まるで下手な合成写真みたいだ。
あ、まあ、違ってることとしては、写真の中にいる3人が『サンマを咥えて逃げてる猫耳の女の子』と、それをエプロン姿で追いかける『狐の耳と尻尾を生やしてる女の人』と、そのすぐそばでぐーぐー寝てる『怪しさ100%のゴスロリ少女』なことくらい、かな。
明らかに人間じゃない。
でも、なんで念写に写ったのかも分からないよ、こりゃ。
「んー」
「この3人が誰かも分からないけど、その関係も分からないわね」
「…………」
ネコ耳、狐にゴスロリだ。確かに分かりにくい。
だけど、私は直感的に、この3人が『仲のいい家族』って風に見えた。
なんて言ったらいいのかな、一見、バラバラな人たちなのに、どこか『確かな繋がり』を感じるんだ。心の深い場所で信頼し合っているからこそ好き勝手ができる、そんな印象。
「――――強いて言えば、病弱で寝たきりの女の子と、それを看病する心配性の母親と、お魚くわえたドラネコ、ってところなのかしらね」
――蓮子は私とは微妙に違う印象みたいだ。
うーん、そう言われると、そう見えなくもない。
「よ、よく分からないけど、『ここに何かがある』のは間違いないのよね?」
「100枚とって、写ったのがこれ1枚、しかも、こんなのだからね。保証はできないわ」
「え、じゃあ、ひょっとして無駄足の可能性もあるわけ」
「いままでだって、無駄足の場合は多かったわよ」
「いや、そりゃそうだけど……」
なんていうか、納得いかない。
こんだけ苦労するんだから、やっぱりそれなりのものを発見したい。
前みたいに一晩中しらべまわった挙句に何も見つからず、登る太陽を見つつ、「メリー、わたしたちへの報酬は、あの朝日よ。そう思いましょう」「うう、日本晴れだねえ」なんていう会話をするのはまっぴらなのだ。
しかも、その足で学校に行ったから、皆から「おお、ゾンビか!?」「生きてるのか?」と妙な心配をされるオチまでついた。
「――うん、本当だったら押し入れからコタツを引っぱり出して、のんびり優雅にお茶でも飲みつつ時代劇を見てたのに。そこを押して出てきたんだから、何か手がかりだけでも持って帰りたいよ、やっぱり」
力強く断言する。
「……メリーって、見た目は西洋人形なのに、中身は完全和風なのよね……」
「生まれは違うけど、育ちは日本だもん、当然でしょ」
「そこまで『和』に走るの、今時、国内でも珍しいわよ?」
「なげかわしい。日本の心はどこいったのデショウ」
「あ、それは外人っぽい」
そう、私は『外見だけ西洋人』だ。
エイゴとやらいう外来語はまるで分からないし、道端でガイジンに声をかけられても愛想笑いを浮かべて逃げたし、ナイフとフォークを持つとジンマシンが出る。ものを喰うにはやっぱり箸だ。
でも、見た目は蓮子も言ったみたいに、完璧に金髪碧眼って顔立ちなので、そういうことをするとものすごい違和感をまわりに与えるらしい。
失礼な話である。
中身と外見が違うなんて、そこら中に溢れるくらいありふれた良くある話なのに。たとえば、安○大サーカスのゴッツイ人みたいに。
「う、けど、ホントに寒いよ。熱いお茶とか飲みたいなあ。特にほうじ茶!」
寒い風が吹き付けて、私は現実に帰還する。
うん、こんな時に、お茶飲むと最高なんだろうなあ。
からだがあったまるし、なにより美味しい。
「はいはい、なら、早速さがしましょうね」
「なによ、その子どもをあやすみたいな声色は」
「結界のほころびる方向、丑寅の方角に、精密な処置がほどこしてある。だから、何かここにあることはあると思うのよ」
「うわ、無視したし」
「問題はどうやってこの結界を作ったか、ね。どれだけ力量があっても、結界の『基点』となるもの、『こちら』と『あちら』を繋ぐ重複存在は残るはずなんだけど……」
「蓮子さーん、聞いてる? ねえ?」
「『基点』自体を、さらに何かで隠蔽してるのかしら? でも、それにしたってメリーの目に映らないのはおかしいし」
「……やっぱ、ここ寒い――――蓮子! ちょっと飲み物買ってくる!」
私はトコトコと近くの自動販売機に向かう。
蓮子は聞いてなかったみたいだけど気にしない。
私も彼女の話をろくに聞いてないから、差し引きゼロだ。
「いえ、それだけじゃないわ。境内から見る星空は位相にずれがある。明らかに結界を施した後があるのに、それを2人とも感知できないなんて――」
「わ、なにこのラインナップ。見た事無いのばっか。っていうかジュース1本80円!? 中身とか賞味期限とか大丈夫かな、これ」
「『基点』にせよ、結界にせよ、それを更に隠すものにせよ、ここまでの大規模なものが『視』えないなんてこと、ありえるのかしら……」
「えーと、なになに、『巾寐路』に『書来水』、『滅子緒流』に『日揮水』? なんで全部漢字なのかな。しかも、なんか直感的に飲みたくないし」
「誰にも気づかれないジャミング? どんなものが――」
「あ、よく見ると冷たいのしかない。うわ、この最中で冷たいのを飲むのはキツイなあ」
あったまるために買おうとしてるのに、もっと寒くなってはどうしようもない。
私はアヤシゲな自動販売機の前でうんうん唸ってた。
他人から見れば、私もセットで怪しいんだろうな、これは。
「あれ?」
気がつくと、右下にある『独田亞辺派亞』がHOTになっていた。
ついさっきまで、全部がCOLDだったと思ったんだけど……
「……まあ、いっか」
あったまればこの際、なんでもよし。
私は80円を入れて、すぐさま押した。
「――――」
ぴー、がたん。
やかましい音を響かせて、中身のつまった缶が落下する。
私は、ボタンを押したまま硬直してた。
致命的な間違いをした予感が、ヒシヒシとしてる。
そっと指を離すと、やっぱりそこには『独田亞辺派亞・COLD』と書かれたボタンが厚かましく張り付いてやがる。
念のため下の取り出し口から回収してみても、それはやっぱり冷たかった。
「おい、こら」
自動販売機に喧嘩を売ってみる。
私は見た、私の冷たさに凍えてる指がボタンを押す直前、HOTだった表示がCOLDに変わり、逆に左上の『冷士雨』がHOTになったのを。
(機械の故障、なワケはないわよね。ホントに寸前で変わったし。なんか笑い声とかも微妙に聞こえたし)
メラメラと、私の負けん気に火がついた。
ただでさえ寒すぎて頭にきてるっていうのに、この上、自販売機にまでコケにされてたまるか!
蓮子の方はまだ何かぶつぶつ呟いてる。ああなったらしばらくはあのままだろう。時間はある。
そしてなによりも、私はこういう無駄な争いごとが大好きなんだ。
「買ってやろうじゃないのよ、喧嘩もHOTな飲み物も!」
ありったけの小銭を財布から取り出す。
チャリンチャリンと音響かせながら、投入を続ける。
「このこの! くの! こら! おら!」
逆の手でHOTと表示されるボタンを押し続けた。
予想通り、HOT表示は私の指をすり抜け、あちらこちらに移動し、回避する。
ふふ、負けてなるものか。
自分の頬が引きつってるのが分かる。
少ない財布の中身を無尽蔵につぎ込んでいるんだ。我に返ったら絶対、泣く。
フェイント、両手押しも織り交ぜつつ、私が自動販売機と格闘をしていると――
「メリー」
「なによ!?」
戦闘を続行しながら返事する。
「――――ご神木に、何してんの?」
「へ?」
何を言ってるんだ?
私がジュースを買おうとしてるのは、世界各国万国共通の認識だろうに。
そんなことを思いながら蓮子を見ると、あからさまに『やっぱ人間離れしてる』と顔に書いてあった。失礼な。
憮然としつつ、自販機を指差し説明しようとするが――
「なんじゃ、こりゃ」
なんてこったい。確かにそこには樹があった。
しめ縄とかも掛けられてる立派なご神木だ。
こずえがサワサワとささやかに鳴り、シルエットが夜闇から抜け出している。
さっきまでの自動販売機――うそ臭い蛍光燈、そこかしこにあった薄汚れたシミ、変に響く購入音はカケラもない。
「お、お金が……」
最初に考えたことがそれだった。
この程度の不思議は驚くに値しない。ここで叫び声なんて上げては秘封倶楽部はやっていられない。
それよりも、あれだけの小銭をフイにした方がやばい。
「いったい何で――っていうかご神木が小銭を食った……?」
「メリー? だいじょうぶなの?」
ああ、蓮子、頼むからそんな風に『ちょっと可愛相な人』を見る目でみないで。
お金を盗られて多少のショックを受けてるけど、私はいつも通りなはずだ、たぶん。
けど、なんでどうして、こんなことが起こったんだろう。
さっきまでは確かに自動販売機だったのに、なぜに今はご神木?
鉄製製品から木製自然物なんて、素材さえ違うじゃないか。
「…………………………………あ、ひょっとして!」
気がつく。
びっくりしていた意識に渇を入れて、私は慎重に『視』た。
すう、っと。幽霊みたいに『それ』が現れる。
そうだ。『蓮子には見えない』けど『私には見える』。そんなヘンテコ複雑怪奇なものなんて、一つしかありえない。
憎むべき諸悪の根源は――
「結界だ!」
――――うん、つまり、そこにあったのは、『自動販売機の形をした結界』なのだった。
+++
「はあー」
ため息とも感嘆とも言える声が出る。
コレを作った人は、絶対に性格が悪い。
『結界が見えない人』は、ここに御神木しか見えない。そして、『結界が見える人』は自販機としか分からない。
どっちも境内にあって不自然じゃないものだから、わざわざ2人で「あそこに何がある?」って確認し合わないかぎり、絶対に分からないワケだ。
いや、っていうか非常識すぎる! こんなものを結界で作ろうなんて、普通は思わないよ……
「うわ。これって、匠の技だ」
見れば見るほど良く出来ていた。
何をどうしたら『触れたら鉄の感触』で『叩いたらカンカンと音がして』、『ランプが微妙に切れてる具合』を結界に付与できるんだろう。
「メリー? 大丈夫? ついに脳の配線が切れた?」
なんだか失礼なことを蓮子が聞いてくる。
うん、まあ、彼女から見れば、興味深そうにご神木を調べてる変人に見えるんだろうな。
いちおう、釈明をしておく。
「蓮子、ここに『自動販売機の結界』がある」
「は?」
ひさびさに聞いた間抜けな声だった。
理解できてないっぽいのを無視して私は続ける。
「私に結界が『視』えないのは、結界を隠蔽するものがあるから、そんなこと蓮子言ってたわよね?」
「――ええ」
「たぶん、コレがそうなんだと思う。『結界を隠すために作られた結界』なんだ」
言いつつ、私は御神木と自動販売機を同時に『視』た。
そして、その状態のまま、『お金を入れないで』HOT表示のボタンに手を伸ばす。
そう、普通は自販機にお金を入れないでボタンを押すなんてことはしない。
通常しないこと、一般人がとらない行動こそ、この場合の『正解』であるはずだ。
「蓮子、結界解除の呪文とか、そんな類いのものに心当たりはある?」
「え、ええ、あるけど……」
「悪いけど唱えて」
返事を聞かないまま、私はHOTボタンを押す。
思ったとおり、押した途端、いままでにない反応をした。ディスプレイの缶がゆっくりと回転を始めたのだ。
蓮子は、素直に祝詞を唱えてくれてる。きっと、こうなった時の私に何を言っても無駄なことを分かっているんだろう。
ぱんぱん! と拍手を叩く音がふたつして、初文が朗々と詠まれた。
「――掛まくも畏き幻想が郷里の大前に、穏主八雲紫さまに拝み奉りて申し上げる。我ら、巣を抜け、理を越え、あまつちの間すべて視るを望むもの。我ら、知り得ぬを写し、境界を視るも、其の先を知らず、其の先を視えず。我ら壊さず侵さずこの地を踏みて去るを宣誓す。其の御心に頭を垂れ、許しを請い、かしこみかしこも白す――」
よく分からない古語が続けて響く中、私は無心にボタンを押していた。
夜の下、カチカチとボタンを押す音と、祝詞だけが満ちる。
私は、いつの間にか、知りもしない蓮子の祝詞と、言葉を重ねていた。
声が増え、境内に広がる。
「「こうろうみ、ちがわらん、はらはてる、ひふみよとにさく、さらすべみよ、ししとが、しきみよ、さはちるらん、こうとみ、すみろして、しさきにいう、ちがらむらん、ふるふれる、みしるしあらけく――」」
闇がもっと濃くなった。
月も星も消え、目の前の自動販売機以外はよく見えない。
ピカピカと不定期に光り、缶はコマみたいに回転しつつ、ぶつかったり弾いたりを繰りかえしてた。
びょうびょうと風が吹き荒れるけど、寒さはもう感じない。
五感が遠かった。
見える範囲もどんどん狭くなる。
まるで墨汁を周囲から流し込まれてるみたい。
鳥居が、神社が、玉石が、どんどん闇に沈んで見えなくなった。
この世に2人しかいないような錯覚が、私を襲ってた。
ぴんぽーん!
やがて、まぬけな音を立て、自動販売機が姿を消した。
のっぺりとした平面、そこに大きく縦に『非常口』、と書かれた達筆な文字が出現した。
左下にある、『by ゆかりん』って文字が現実味を無くしてる。
カタン、と音を立てて『非常口』が開く。
扉の隙間から光があふれ、闇を蹴散らし、私たちを照らし出す。
―
――
―――
―――――
―――――――――宴会場だった。
なぜかゆっくり動く映像だった。
まるでビデオのスロー再生。
私たちに気づく人はいないみたい。と言うよりも、誰の目にも映ってないらしい。
こちらと同じ夜。
大きな三日月が掛けられ、星々が大勢でにぎわってる。
幽霊たちが楽しげに酒を飲み、人魂が電飾みたいに行儀良く整列してる。
画像はゆっくりなままだけど、声だけはそれとは別個に、普通に聞こえた。
「こら、橙! サンマは焼かないと危ないんだ! 特に今年は海温が高いから寄生虫の危険もある!」
「えー、藍さま、さかなはやっぱり生が一番だよ。素材の味が生きるんだよ?」
「ああ! 走りながら食べるな行儀が悪い! わたしはお前をそんな式に育ててた覚えは無いぞ!」
「Zoo……Zoo……」
「ほらほら、紫さまも生が一番だって言ってるし」
「言ってないから止まれ! 手をふけ! 虫下しを飲め!」
「あれ苦い~」
逃げる猫耳、追う狐。寝てるゴスロリ少女の周りをぐるぐると回っていた。
――巫女服を着た、たぶん普通の人と、白すぎるほど白い肌の、人魂を浮かべてる普通じゃない人が、画面の中央で喋ってる。
「ねえ、西行寺の幽々子さん? なんで、ウチの境内で幽霊たちが宴会してるのかしら?」
「あ、霊夢。実はね、幻想郷って、アレが無いらしいのよ」
「アレ?」
「夏祭り。じゃあやろうって皆で多数決とって決めたの、悪く思わないでね」
「皆って誰と誰と誰よ」
「私と妖夢と亡霊のみんな。うん、みんしゅてき」
「――――」
「あれ、霊夢、どうしたの? そんなにいっぱい青筋うかべて顔赤くして。ちょっと気味が悪いわよ? ほらほら御神酒でも飲んで落ち着きなさいよ。ちなみにあなたの部屋に隠してあったものだけど気にしないでね」
「あ・ん・た・わ~!!!」
「わ、ちょっと揺らさないで、本当に危険よ。すでにリミットいっぱいというか……」
「知ったことかあ!! 地主の断りなしに祭り会場にするな! というかこれは単なる酒盛りじゃない!!!」
「うゆ――」
ちょっと生々しいリバース音と悲鳴。普通じゃない人がエクトプラズムを吐いていた。
――緑いろの服を着た、さっぱりした感じの女の子と、キリっとしたメイドさんが木陰で話してる。
「はう~」
「あら、どうしたの妖夢」
「あ、咲夜さん」
「珍しいわね、貴女がそんなに隙だらけなんて」
「ええ、珍しく宴会に参加できる側になったので気が抜けてるんです。こんなんじゃ剣士失格ですね」
「たまにはいいんじゃない? 折角の宴会だしね。けど、いつもはそんなに酷いの?」
「ええ、それはもう! あの亡霊たちは放っておくと人が苦労して整えた木々を平気で椅子代わりにするんですよ!? 桜は折るし、梅は折らないし、わざとやってるとしか――」
「そ、そう、大変なのね」
刀を差した人がこぼすグチを、冷や汗まじりに聞いていた。
――白い白いテーブルで、赤い2人が喋ってる。片方は機嫌よく、もう片方は不機嫌に。
「姉さま、なんでわたしだけジュースなのよ?」
「フランドール、貴女はまだ子どもじゃない、お酒はまだ早いわ」
「うー、なによ。たった5年しか違わないじゃない」
「そんな目したってダメよ、この赤ワインは渡さないわ」
「……そのものすごく高そうなお酒、酒蔵から姉さまがコッソリ持ち出したの見かけたけど、咲夜に言ってもイイのよね?」
「――待ちなさい」
「なになに♪」
「分かったわよ、少しだけね。あと酔ってものを壊さないこと」
「はいはーい!」
赤くて幼い姉妹は、仲良さそうにワインを飲む。片方は自然に、片方は不自然に。
三姉妹が空に舞いながら音楽を鳴らし、自分で自分の曲に酔っている。彼女たち自身も、音符みたいに上へ下へとフラフラしてた。
中国風の衣装を来た人が、転けて水桶に頭からつっこんでる、青い服を着た妖精がそれを見てケラケラ笑ってる。中国風は普通の酔っぱらいで、妖精は笑い上戸みたい。
奥の方では本を片手にした少女が、この上なく幸せそうに、誰かにひざまくらをしてた。ほほを染める桜色がとても綺麗だ。
(――――ん?)
なんかがひっかかった。
この風景は、どこか人を不安にさせる要素がある。
楽しいだけでは終ってくれない、そんな予感がひしひしとしてた。
何なんだろうと良く『視』てみると――
ぱち
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
目を開けたゴスロリ少女と目が合った。
間違いなく、こっちを見てる。私を見てる。
寝転んだまま、うさんくさい笑みとウインクで、
『逃げないと、危ないわよ?』
と告げてきた。
これは、まるで神託みたいだ、って思った。
確実に、私に向けられた忠告だった。
ゴスロリさんは、それだけを言ってまた目を閉じる。
くーくーと眠る様子は『冬眠』って言葉がピッタリだった。
風が吹き、私の髪をわずかに揺らした。
酒気をおびた、にぎにぎしくも楽しい風。
(ああ、むこうとこっち、繋がってるんだ……)
夢うつつに、そんなことを思った。
扉を開けた時から現実感はふっとんでいた。
女の子だけのお祭りは、ゆっくりと、けれどやかましく続く。
わたしは、夢の傍観者みたいだった。
――画像の向こう側に隠れてた人の上半身が、むっくりと起きる。
「――――」
真っ青な顔の黒い魔法使いが、
「あ、頭に響くぜ、静かにしようぜ……」
言いながら、光を手の先に集めてる。本の少女が止めるのもまるで聞いてない。
初めは小さな球だったのがあっというまに大きくなり、小さな雷をまとわせる。
黒帽子が「うぷっ」とか言いながら狙いを定め、光球が決壊寸前のダムみたいに力をたくわえ、ふるえ――――
「って、やばいじゃんかよーーーー!!!!!」
最後まで『視』るより先に、私は蓮子の手を引いて走った。
我が相方は『なにすんのよ』ってな顔してるけど、そんなの知らない。
これは、これは逃げなければ死ぬ、滅ぶ、お亡くなりになる! 絶対に!!
・ ・ ・ ・ ・
駆け抜ける境内の、空間がたわんだ。
しゅぴん、しゅぴん、と音をたててあちこちに火花が散る。
限界を超えた負荷が、『むこう』と『こっち』を繋げようとしてるんだ。
後ろからは、まだ声が聞こえてた。
「こらーーー!! 魔理沙! なにやろうとしてんのよ!!」
「おねえひゃま、にゃんか目がまわう……」
「……抱きついてくれるのは嬉しいんだけど、困ったわね、逃げられないじゃない」
「ね、魔理沙、落ちついて……それはやめた方が……」
「あ、新展開? 曲もヒートアップさせなきゃ!」「おっけー」「りょうかい!」
「うぷ――――お前らが悪いんだぜ?」
弾のようなものが頬をかすった。
後ろで聞こえる「やった弾幕ごっこだー!」という嬉しそうな声と関係があるっぽい。
というか、やっぱり『むこう』の出来事が『こっち』にも影響するんかい!
「人があたま痛くて苦しんでるのに、騒ぎやがって……」
「うわ、あの目、マジだ」
「くっ! 間に合うかしら」
「お嬢様、妹様、助力いたします」
「ああ! 幽々子さま! ふらふら近づかないでください!」
「なんかキレイね~」
「――――人も妖怪も亡霊も騒音も、なにもかもまとめて一切合財、全部きれいに吹き飛ばしてやるぜ、
マスター・スパーーーーーーーーーーーーーーク!!!!!!!!!!!!」
博麗神社が光を放出した。
夜はどこ行ったんだと言いたいくらいの閃光と炸裂音。
まるで光の巨人が放った渾身の右ストレートみたいに、何もかもを押し潰して突進する。
「ひょっええー!!!?」
「な、なによこれーー!!!?」
それは、すぐさまこちらにまで来た。
私たちは恥も外聞も無く、叫びながら目的地点へと跳躍する。
空中で、熱閃が背中をかすり、ものすごい勢いで通過したのを感じた。文字通りな間一髪。
『安全な場所』に頭から突入し、私たち二人は沈黙した。
「…………」
「――――」
爆発的に広がった閃光は、同じくらいの速さでおさまった。
私たちは、かろうじて石段の所まで到着できていた。
神社を隅無くなめつくした閃光は、予想通り直線しかできないみたいだ。
夜空の向こう、私らのすぐ上を閃光が通り抜けたのが見えていた。
私たちは、階段の一段目のとこで仲良く転けてる。2人して出来損ないのシャチホコみたいなポーズだ。でも、そのお陰で無事だったんだから、顔を強打した事とか服が土まみれな事とかスカートが盛大にめくれた事とかは不問にしとく。
「うう……」
「いてて――」
起き上がり、埃をパンパンはたく。
あれだけの爆光後のせいなのか、やけに周囲が暗くて静かに思えた。
耳奥では、まだ炸裂音がコダマし、目もこの暗さに慣れてない。
「…………はあ、今日の結界探索って最悪だったね」
「まったくもって、その通りね」
蓮子も憮然とした顔だった。
あの宴会を視れたことは嬉しいけど、土まみれ埃まみれ傷だらけでは帳消しだった。
「う、痛っつ~、ひざ小僧も擦りむいちゃってる、また半端に痛いな、これ」
「私もよ。メリー、バンソウコウとか持ってきてる?」
「うあー、そんなの無いよ~」
「せめて、傷口だけでも洗いたいわね」
「この寒空の下で? 私はヤダよ。はやく家に帰ろうよ、もう」
うー、膝だけじゃない、体のあちこちが痛む。
これでそのままシャワーとか入ったら、すっごい滲みそうだ。因幡の白兎をリアルに追体験できそう。
「そうね、今日はもう――」
「ん? どうしたの蓮子?」
「――――」
唐突に、蓮子はフリーズした。
それはもう、ピタっと。
『だるまさんがころだ』でもここまでの瞬間硬直力はないと思う。
あ、いや、口だけは何かを喋ろうとしてるみたいだけど、酸欠の金魚みたいにパクパクさせてるだけで一向に音を発しない。
限界まで目を見開いて、蓮子はゆっくりと、おそるおそる私の後ろを指した。
「ん? なにが――――」
振り返り、私もまた硬直した。
蓮子よ、スゴイ。よく動けた。
――巫女服、幽霊姫、狐女、猫娘、ゴスロリ少女、青妖精、中国服、黒魔法少女、本少女、音楽三姉妹、侍少女、メイドさん、人形少女、黒十字架少女、赤姉妹、雀少女、幽霊各種に人魂各種が、『目の前』にいた。
まあ、つまり、その、なんだ? さっきまでの『宴会場』が、今度は『現実』として出現したりしてた――――
ま、参りました・・・面白すぎます。
もう、3割ほど読んだ辺りで既に演出の上手さ、
メリーの醸し出す現代ッ子の気質に惚れてしまっていたというのに、
何ですか、あの彼女達の楽しそうな姿は・・・ッ!
世にも居心地の良さそうな境内をそう易々と幻視させられて脱帽、
自分の表現力の無さっぷりに絶望、なんて韻を踏んで自虐する程に、
大ッッ変楽しませて頂いてしまいました。
次回をとんでもない迫力で期待いたします。ええもう、力士より迫力。
あのCDにちょこちょこ書いてあった事柄だけで、よくここまで・・・。
それにしても、自然すぎて怪しく見えない結界のアイデアに脱帽。
そういう手できますか、とw
続き、楽しみにしてます。
現代人で、しかも突っ込み適正抜群のメリーは、
一筋縄ではいかない幻想境面子にどう対応していくのでしょうか。
あと中国、酔ってても運が悪いですな。
でも飲み物の名前が読めない・・・orz
「めっこおる」と「どくたあぺっぱあ」はなんとなくわかったけど。
面白い展開が多々ある中でも、メリーと自動販売機?の結界とのやり取りは思わずにやけてしまったw
作品を呼んでいるうちに幻想郷ってかなり平和なようなほのぼのしたような感じだ。
続きを期待したいですね。