この作品は『心はナイフのように鋭く、冷たく』の続きにあたる話になっています。
部屋を出るとそこには長い廊下が左右に広がっている。床一面真っ赤な絨毯が敷かれたその廊下には規則的に配置された大きな窓が同じように何処までも並んでいる。その窓からは眩しいほどの朝日が差し込み絨毯は赤と黒の異様な模様をつくりあげている。
美しいとさえ見える真っ赤な廊下。
誰もいないこの赤い廊下に自分の足音だけが響く。コツコツと一定のリズムを刻みながら歩き続ける。向かう先は紅魔館の入り口、そこに強い力を持つ者がいると本能的に感じ取っていた。
「少しは楽しめそうかしら?」
紅魔館で暮らす日々は彼女にとってただの日常でしかない。刺激の無い日々に時折訪れる侵入者は私にとって何にも変え難い娯楽の時間である。
赤い廊下終点には彼女を満足させえる者が存在するのだろうか。
これまで月に1、2度の割合で侵入してくる侵入者。しかし、それらはたった一撃で地に伏させてきた。決して私を満たす事無く散っていく敵。
あの時の快感をもう一度、味わいたいが為に足を進める。
向かう先には生と死しか存在しない戦いの場。必ず、どちらかが命を落とす事になる。
彼女は、それでも歩き続ける。自身の顔に笑みを浮かべながら
*
向かった玄関付近の廊下は酷い有様というべきであろう。
普段から赤い紅魔館をさらに紅く染め上げるような赤。
床には無数のメイド妖怪だったものが転がり、それらから出る大量の赤い液体。廊下を充満する錆びた鉄の匂い。鼻腔に纏わりつくような濃厚で甘美にさえ思える血の匂いである。
床だけでなく壁や窓、数メートルはある天井にまでも血が妖怪達の肉片がへばりついている。窓から差す朝日の光さえここでは赤く染まり果て、天井から落ち続ける血はさながら血の雨であり、血の雨は廊下に血の海を作り上げている。
「貴方がやったのね。」
「・・・・・・」
その真っ赤な血の海の中に佇む人影。
頭から足先までどす黒い布で覆われ、その人物の顔を確認する事は出来ない。この人物が侵入者であり、この殺戮の限りを尽くした張本人だという事はすぐに分かった。
この場所にいる時点で奴がやったのは明白である。が、例えこの場所にいなくとも私は目の前にいる人物がやったのだと思うだろう。
何十、何百という命を奪おうと、それらの無数の未来を踏み躙ろうと奴はどうとも思わない。それは自分と同じものが心に巣食う者だという事が一瞬で分かったからだ。
「話もできないのかしら。」
「・・・・・・」
「まあ、いいわ。」
元より話をするつもりも無い。
ただ自分と同じものを持つ侵入者に問いたかったのだ。
――― 楽しかった?
と、
ただそれだけを聞きたかった。
「死になさい。」
シュッ
ナイフを構える動作も、投げる動作も無く投げられたナイフは殺気すら纏わず紅い世界を飛翔する。放たれたナイフはさながら銀の弾丸の如く直走る。
朝日を受け疾走する赤銀色の光は一直線に敵に向かい突き進む。今まで数多の侵入者を排除してきた一撃。
並の相手なら何が起こったのかわからずにその命を散らせるだろう。
「面白い・・・」
しかし、敵は今までの雑魚妖怪とは違った。
これまで数多の敵を仕留めてきた必殺の一撃は布から伸びた2本の指に挟まれその勢いを失っていた。常人では確認さえ出来ない速さと敵の頭蓋骨すら貫通させるほどの力で投げたナイフを意図も容易く防いだ。
空の心を涌き躍らせる甘美な刺激。
あの時以来、感じる事の無い心が満たされる感触。全身の血が煮えたぎるように熱く滾り、体は今か今かと目の前の敵を切り刻みたいと打ち震える。
――― さあ、早く始めよう
脳がただ一つの事しか考えられなくなる。目の前の敵をやつ裂きにしたい。
ただ、それだけ。
「始めましょうか。どちらかが死ぬまで」
*
「・・・え」
そこに広がるのは一面を覆う赤い世界。
血の世界と化した廊下に広がるのは銀製の無数のナイフ。深深と突きたてられたそれらはさながら銀のむしろのようだ。それらはメイド妖怪達を容赦無く貫きただの肉の塊へと変えていた。それは地獄を再現したかのような世界であった。
それは500年生きた吸血鬼であるレミリアさえ驚愕に値するものであった。
夜の活動を基本とするレミリアは今まで自室で深い眠りについていた。普段なら、どんな物音をしても日が昇っている間は目を覚ます事は無い。それは生命活動に必要な最小限の機能以外を停止させた状態、一種の仮死状態となり眠っているからだ。
しかし今日はいつもと違っていた。仮死状態とはいえ吸血鬼の本能は生きている。部屋に充満した濃厚な血の匂いを嗅げば否応なく体が反応し活性化する。血に導かれるように向かった先にあったのは想像を絶するナイフの地獄であった。
キンッ
ここに来て何度も耳につくけたたましいほどの金属音。
しかし目の前に広がるのは紅と銀の二色の世界。動くものも音を出すものも何一つ無い。
ガキンッ
「!」
耳元で弾けるような金属音。それと同時に足元には先程まで無かったナイフが突き立てられていた。
辺りをよく見ると同じように何時の間にか現れ壁や床、天井を銀に染めていく。それは不可思議な現象であり、この紅魔館でこんな事を出来るのはただ一人だけである。
「咲夜・・・」
時間を操り、空間さえも捻じ曲げる能力。彼女自身の檻であり、彼女の固有結界。
― プライベートスクウェア ―
そこは、咲夜の心象世界。何時までも冷たく凍りついた全てが停止した世界。その世界は針を失ったかのように永遠に時を刻む事は無い。
自分の能力を持ってしても掌握する事の出来ない小さくも強固な世界である。
幾度と無くその強固なる世界を開かせようと試した。
結局、自分では咲夜の世界を開かせる事は出来なかった。最初から分かっていた。彼女がここに着た時から、いや、もっと前からかもしれない。
体中を取り巻く無数の紅い糸。運命を操る自分以外に見る事の出来ないそれらは、未来に起こりうる末路につながっている。その中には咲夜の末路も存在する。
――― 血に塗れ、無差別に他者の命を奪う殺人人形
渇いた心は何も感じる事無く 死ぬ ―――
何度も変えようとした未来の構図は何をしても変わらない。
運命を操る、そんな完璧な能力など存在しない。
枝分かれする紅い糸をただ一つの未来に誘う事は出来る。しかし、一本しか存在しない紅い糸の先を操ることは出来ない。導くのであって存在しない未来を創る事は自分の能力には無い。それが運命の糸であり、咲夜の変えられない末路である。
それを変える事が出来るのはきっと運命を打ち破るの運命であろう。
紅い糸は戒めのように少女を絞めつける。
*
「あははははは」
楽しい。
こんな気持ちになれたのは久しぶりだ。
全力を出し殺し合える。私を満たす究極の快楽。
ギンッ
投げては弾かれるナイフ。瞬きさえ許されない攻防。一撃で命を奪う急所の攻めぎ合い。
数十を超える生と死のやり取り。
「貫け」
投げられたナイフは声に導かれ、高速で投げられたナイフを加速させる。
亜音速とも言える速度に達したナイフは既に肉眼では確認できない域に達している。
ガキンッ
それさえも弾き返えし、すぐさま放たれる応酬のナイフ。銀の軌跡を残しながら突き進むナイフは咲夜の投げるナイフのスピードには劣るものの数メートル離れた距離をコンマ単位で走り抜ける。
キンッ
止めど無く聞こえる銀の交錯音は、さながら死の狂騒曲のように辺りに木霊する。
*
秒単位の命のやり取りは既に数刻に渡る。両者合わせて百をも超えるナイフを互いに投げ合っている。
しかし、両者引かぬ攻防の中、徐々にその均衡は崩れていった。
それは圧倒的な物量の差、故にであった。
咲夜のプライベートスクウェアは、一種の結界である。時間、空間さえ捻じ曲げる虚像の世界は、過去、現在、未来、あらゆる時間軸に干渉する。
過去に存在するもの、未来に存在するものを強引に手元に手繰り寄せる。結果、この世界では彼女は無尽蔵とも言えるナイフを所有している事になる。
対する敵は上級妖怪さえも上回る身体能力を持ちえている。咲夜の投げる光速とも思えるナイフをも受け流し、反撃に転じる俊敏さ、百を超えるナイフを投げても衰える事の無い体力。それ程の大量のナイフを所持しながら対等に戦う事の出来ること事態が異常である。
そんな異常とさえ思える攻防は何時までも続かない。ナイフといえど無限に持ち合わせる事は出来ないからだ。
全てが致命的な一撃となるナイフ投げ。玄人になれば数本で相手の命を容易く断つ事が出来る。
一瞬で勝負を決める、それがナイフ投げである。
しかし長期戦になると状況は一変する。いかに相手の攻撃をかわし、攻めに転じるタイミングこそが重要となる。普通の人間ならば二、三十本ぐらいしかナイフを携帯が出来ないだろう。それ以上の携帯はナイフの重さにより、己の身体能力を著しく低下させ勝機を失う事に繋がるためだ。
相手のナイフ、体力が消耗させた所を仕留めるのがセオリーであろう。技量が同じであり決定的な一撃を打ち込む事が出来ないのなら、物量の差で相手を圧倒させるのみである。
無尽蔵のナイフを持つ咲夜が有利なのは誰が見ても明白である。いかに卓越した身体能力を持ってしても攻撃する手を失い、永遠と続く攻撃を避け続ける事は出来るはずが無いのである。
百を超える攻防で、優劣は目に見える程であった。
所持するナイフが尽きたのか黒い布を纏う侵入者は防御に徹するのみとなり、咲夜の攻撃はその激しさを増していく。
そして、遂に
パリンッ
咲夜の投げる光速のナイフに侵入者の手に持つナイフは砕け散ったのである。砕け散るナイフが合図となり両者の間に静寂が訪れた。
「終わりかしら?」
「・・・・・・」
普段からは考えられないような活気に満ちた声は、酷く残念そうに聞こえる。
この楽しい時間の終わりを示していたからだ。あと一本ナイフを投じれば容易く命を奪う事は今の咲夜にとって造作も無い事である。侵入者はそれを知ってか知らずか頑なに口を開く事は無かった。
「楽しかったわ。」
それは本心であった。無為に過ごす日々に訪れた久々の刺激、人として生きた実感を持てた一時であった。
なら、それに見合う最高の手向けで敵を殺すのが礼儀である。
シュッ
手より連続で放たれる数十本のナイフ。仕留めるには十分過ぎる量のナイフは一直線に敵に向かい突き進む。
「曲がれ」
声は言葉通り複雑にナイフはその軌道を曲げる。複雑に何度もその軌道を変化させながら突き進むナイフは糸で操っているかのようにぶつかる事が無い。敵を包囲しながら距離を詰めていく。
360度全ての方向から殺到するナイフを避ける事は絶対に不可能である。
「!」
が、ナイフは肉を爆ぜる事も血を吸う事も無い。
ただ、黒いぼろ布を虚しく貫くだけであった。
『ミスディレクション・・・』
侵入者が初めて口にしたありえない言葉。
しかし、胸を貫く鋭利で冷たい感触が現実である事を否応無く認識させられる。血は噴水のように噴出し自分も侵入者さえ赤く染めていく。止めど無く吹き出る血に意識が朦朧としてくる。
相手を確認する暇も無く意識は深い闇の中に沈んでいった。
*
長い間続いた耳を裂くような轟音が収まり、静けさだけが残された。
廊下を埋め尽すのは幻想のような風景。
「咲夜!」
空間が歪みから吐き出されるように現れたのは胸を一突きにされた咲夜の変わり果てた姿であった。触れた頬はまだ温かくあるが急速に冷えていっている。逃れられない死の運命が彼女に迫っていた。
「弱いものね。」
「あなた・・・」
なんの感情も読み取れない声。ただ言葉を発した、それだけしか感じとれない無機質で機械的な声。咲夜の作る空間から現れた人物は咲夜と対峙していた侵入者。
しかしその姿にレミリアは困惑するしかなかった。
腕に抱きとめる少女と同じ姿を持つ人物が目の前に迫ってくる。手を伸ばせば届く距離まで来て深深とお辞儀をする。体を真っ赤に染めながらもお辞儀する少女は咲夜そのものである。
「お待たせしました。レミリア様。」
声すらも同じその人物は顔を上げる。意思の欠片のさえ感じられぬ瞳は血のように赤く染まっている。
手についた血を舐めながら笑う少女は私の知らない咲夜であった。
部屋を出るとそこには長い廊下が左右に広がっている。床一面真っ赤な絨毯が敷かれたその廊下には規則的に配置された大きな窓が同じように何処までも並んでいる。その窓からは眩しいほどの朝日が差し込み絨毯は赤と黒の異様な模様をつくりあげている。
美しいとさえ見える真っ赤な廊下。
誰もいないこの赤い廊下に自分の足音だけが響く。コツコツと一定のリズムを刻みながら歩き続ける。向かう先は紅魔館の入り口、そこに強い力を持つ者がいると本能的に感じ取っていた。
「少しは楽しめそうかしら?」
紅魔館で暮らす日々は彼女にとってただの日常でしかない。刺激の無い日々に時折訪れる侵入者は私にとって何にも変え難い娯楽の時間である。
赤い廊下終点には彼女を満足させえる者が存在するのだろうか。
これまで月に1、2度の割合で侵入してくる侵入者。しかし、それらはたった一撃で地に伏させてきた。決して私を満たす事無く散っていく敵。
あの時の快感をもう一度、味わいたいが為に足を進める。
向かう先には生と死しか存在しない戦いの場。必ず、どちらかが命を落とす事になる。
彼女は、それでも歩き続ける。自身の顔に笑みを浮かべながら
*
向かった玄関付近の廊下は酷い有様というべきであろう。
普段から赤い紅魔館をさらに紅く染め上げるような赤。
床には無数のメイド妖怪だったものが転がり、それらから出る大量の赤い液体。廊下を充満する錆びた鉄の匂い。鼻腔に纏わりつくような濃厚で甘美にさえ思える血の匂いである。
床だけでなく壁や窓、数メートルはある天井にまでも血が妖怪達の肉片がへばりついている。窓から差す朝日の光さえここでは赤く染まり果て、天井から落ち続ける血はさながら血の雨であり、血の雨は廊下に血の海を作り上げている。
「貴方がやったのね。」
「・・・・・・」
その真っ赤な血の海の中に佇む人影。
頭から足先までどす黒い布で覆われ、その人物の顔を確認する事は出来ない。この人物が侵入者であり、この殺戮の限りを尽くした張本人だという事はすぐに分かった。
この場所にいる時点で奴がやったのは明白である。が、例えこの場所にいなくとも私は目の前にいる人物がやったのだと思うだろう。
何十、何百という命を奪おうと、それらの無数の未来を踏み躙ろうと奴はどうとも思わない。それは自分と同じものが心に巣食う者だという事が一瞬で分かったからだ。
「話もできないのかしら。」
「・・・・・・」
「まあ、いいわ。」
元より話をするつもりも無い。
ただ自分と同じものを持つ侵入者に問いたかったのだ。
――― 楽しかった?
と、
ただそれだけを聞きたかった。
「死になさい。」
シュッ
ナイフを構える動作も、投げる動作も無く投げられたナイフは殺気すら纏わず紅い世界を飛翔する。放たれたナイフはさながら銀の弾丸の如く直走る。
朝日を受け疾走する赤銀色の光は一直線に敵に向かい突き進む。今まで数多の侵入者を排除してきた一撃。
並の相手なら何が起こったのかわからずにその命を散らせるだろう。
「面白い・・・」
しかし、敵は今までの雑魚妖怪とは違った。
これまで数多の敵を仕留めてきた必殺の一撃は布から伸びた2本の指に挟まれその勢いを失っていた。常人では確認さえ出来ない速さと敵の頭蓋骨すら貫通させるほどの力で投げたナイフを意図も容易く防いだ。
空の心を涌き躍らせる甘美な刺激。
あの時以来、感じる事の無い心が満たされる感触。全身の血が煮えたぎるように熱く滾り、体は今か今かと目の前の敵を切り刻みたいと打ち震える。
――― さあ、早く始めよう
脳がただ一つの事しか考えられなくなる。目の前の敵をやつ裂きにしたい。
ただ、それだけ。
「始めましょうか。どちらかが死ぬまで」
*
「・・・え」
そこに広がるのは一面を覆う赤い世界。
血の世界と化した廊下に広がるのは銀製の無数のナイフ。深深と突きたてられたそれらはさながら銀のむしろのようだ。それらはメイド妖怪達を容赦無く貫きただの肉の塊へと変えていた。それは地獄を再現したかのような世界であった。
それは500年生きた吸血鬼であるレミリアさえ驚愕に値するものであった。
夜の活動を基本とするレミリアは今まで自室で深い眠りについていた。普段なら、どんな物音をしても日が昇っている間は目を覚ます事は無い。それは生命活動に必要な最小限の機能以外を停止させた状態、一種の仮死状態となり眠っているからだ。
しかし今日はいつもと違っていた。仮死状態とはいえ吸血鬼の本能は生きている。部屋に充満した濃厚な血の匂いを嗅げば否応なく体が反応し活性化する。血に導かれるように向かった先にあったのは想像を絶するナイフの地獄であった。
キンッ
ここに来て何度も耳につくけたたましいほどの金属音。
しかし目の前に広がるのは紅と銀の二色の世界。動くものも音を出すものも何一つ無い。
ガキンッ
「!」
耳元で弾けるような金属音。それと同時に足元には先程まで無かったナイフが突き立てられていた。
辺りをよく見ると同じように何時の間にか現れ壁や床、天井を銀に染めていく。それは不可思議な現象であり、この紅魔館でこんな事を出来るのはただ一人だけである。
「咲夜・・・」
時間を操り、空間さえも捻じ曲げる能力。彼女自身の檻であり、彼女の固有結界。
― プライベートスクウェア ―
そこは、咲夜の心象世界。何時までも冷たく凍りついた全てが停止した世界。その世界は針を失ったかのように永遠に時を刻む事は無い。
自分の能力を持ってしても掌握する事の出来ない小さくも強固な世界である。
幾度と無くその強固なる世界を開かせようと試した。
結局、自分では咲夜の世界を開かせる事は出来なかった。最初から分かっていた。彼女がここに着た時から、いや、もっと前からかもしれない。
体中を取り巻く無数の紅い糸。運命を操る自分以外に見る事の出来ないそれらは、未来に起こりうる末路につながっている。その中には咲夜の末路も存在する。
――― 血に塗れ、無差別に他者の命を奪う殺人人形
渇いた心は何も感じる事無く 死ぬ ―――
何度も変えようとした未来の構図は何をしても変わらない。
運命を操る、そんな完璧な能力など存在しない。
枝分かれする紅い糸をただ一つの未来に誘う事は出来る。しかし、一本しか存在しない紅い糸の先を操ることは出来ない。導くのであって存在しない未来を創る事は自分の能力には無い。それが運命の糸であり、咲夜の変えられない末路である。
それを変える事が出来るのはきっと運命を打ち破るの運命であろう。
紅い糸は戒めのように少女を絞めつける。
*
「あははははは」
楽しい。
こんな気持ちになれたのは久しぶりだ。
全力を出し殺し合える。私を満たす究極の快楽。
ギンッ
投げては弾かれるナイフ。瞬きさえ許されない攻防。一撃で命を奪う急所の攻めぎ合い。
数十を超える生と死のやり取り。
「貫け」
投げられたナイフは声に導かれ、高速で投げられたナイフを加速させる。
亜音速とも言える速度に達したナイフは既に肉眼では確認できない域に達している。
ガキンッ
それさえも弾き返えし、すぐさま放たれる応酬のナイフ。銀の軌跡を残しながら突き進むナイフは咲夜の投げるナイフのスピードには劣るものの数メートル離れた距離をコンマ単位で走り抜ける。
キンッ
止めど無く聞こえる銀の交錯音は、さながら死の狂騒曲のように辺りに木霊する。
*
秒単位の命のやり取りは既に数刻に渡る。両者合わせて百をも超えるナイフを互いに投げ合っている。
しかし、両者引かぬ攻防の中、徐々にその均衡は崩れていった。
それは圧倒的な物量の差、故にであった。
咲夜のプライベートスクウェアは、一種の結界である。時間、空間さえ捻じ曲げる虚像の世界は、過去、現在、未来、あらゆる時間軸に干渉する。
過去に存在するもの、未来に存在するものを強引に手元に手繰り寄せる。結果、この世界では彼女は無尽蔵とも言えるナイフを所有している事になる。
対する敵は上級妖怪さえも上回る身体能力を持ちえている。咲夜の投げる光速とも思えるナイフをも受け流し、反撃に転じる俊敏さ、百を超えるナイフを投げても衰える事の無い体力。それ程の大量のナイフを所持しながら対等に戦う事の出来ること事態が異常である。
そんな異常とさえ思える攻防は何時までも続かない。ナイフといえど無限に持ち合わせる事は出来ないからだ。
全てが致命的な一撃となるナイフ投げ。玄人になれば数本で相手の命を容易く断つ事が出来る。
一瞬で勝負を決める、それがナイフ投げである。
しかし長期戦になると状況は一変する。いかに相手の攻撃をかわし、攻めに転じるタイミングこそが重要となる。普通の人間ならば二、三十本ぐらいしかナイフを携帯が出来ないだろう。それ以上の携帯はナイフの重さにより、己の身体能力を著しく低下させ勝機を失う事に繋がるためだ。
相手のナイフ、体力が消耗させた所を仕留めるのがセオリーであろう。技量が同じであり決定的な一撃を打ち込む事が出来ないのなら、物量の差で相手を圧倒させるのみである。
無尽蔵のナイフを持つ咲夜が有利なのは誰が見ても明白である。いかに卓越した身体能力を持ってしても攻撃する手を失い、永遠と続く攻撃を避け続ける事は出来るはずが無いのである。
百を超える攻防で、優劣は目に見える程であった。
所持するナイフが尽きたのか黒い布を纏う侵入者は防御に徹するのみとなり、咲夜の攻撃はその激しさを増していく。
そして、遂に
パリンッ
咲夜の投げる光速のナイフに侵入者の手に持つナイフは砕け散ったのである。砕け散るナイフが合図となり両者の間に静寂が訪れた。
「終わりかしら?」
「・・・・・・」
普段からは考えられないような活気に満ちた声は、酷く残念そうに聞こえる。
この楽しい時間の終わりを示していたからだ。あと一本ナイフを投じれば容易く命を奪う事は今の咲夜にとって造作も無い事である。侵入者はそれを知ってか知らずか頑なに口を開く事は無かった。
「楽しかったわ。」
それは本心であった。無為に過ごす日々に訪れた久々の刺激、人として生きた実感を持てた一時であった。
なら、それに見合う最高の手向けで敵を殺すのが礼儀である。
シュッ
手より連続で放たれる数十本のナイフ。仕留めるには十分過ぎる量のナイフは一直線に敵に向かい突き進む。
「曲がれ」
声は言葉通り複雑にナイフはその軌道を曲げる。複雑に何度もその軌道を変化させながら突き進むナイフは糸で操っているかのようにぶつかる事が無い。敵を包囲しながら距離を詰めていく。
360度全ての方向から殺到するナイフを避ける事は絶対に不可能である。
「!」
が、ナイフは肉を爆ぜる事も血を吸う事も無い。
ただ、黒いぼろ布を虚しく貫くだけであった。
『ミスディレクション・・・』
侵入者が初めて口にしたありえない言葉。
しかし、胸を貫く鋭利で冷たい感触が現実である事を否応無く認識させられる。血は噴水のように噴出し自分も侵入者さえ赤く染めていく。止めど無く吹き出る血に意識が朦朧としてくる。
相手を確認する暇も無く意識は深い闇の中に沈んでいった。
*
長い間続いた耳を裂くような轟音が収まり、静けさだけが残された。
廊下を埋め尽すのは幻想のような風景。
「咲夜!」
空間が歪みから吐き出されるように現れたのは胸を一突きにされた咲夜の変わり果てた姿であった。触れた頬はまだ温かくあるが急速に冷えていっている。逃れられない死の運命が彼女に迫っていた。
「弱いものね。」
「あなた・・・」
なんの感情も読み取れない声。ただ言葉を発した、それだけしか感じとれない無機質で機械的な声。咲夜の作る空間から現れた人物は咲夜と対峙していた侵入者。
しかしその姿にレミリアは困惑するしかなかった。
腕に抱きとめる少女と同じ姿を持つ人物が目の前に迫ってくる。手を伸ばせば届く距離まで来て深深とお辞儀をする。体を真っ赤に染めながらもお辞儀する少女は咲夜そのものである。
「お待たせしました。レミリア様。」
声すらも同じその人物は顔を上げる。意思の欠片のさえ感じられぬ瞳は血のように赤く染まっている。
手についた血を舐めながら笑う少女は私の知らない咲夜であった。
続編を期待した私にとって嬉しい限りです。
殺し合いを楽しむ咲夜の狂気ぶりに身震いしました。咲夜やレミリア能力など設定が違和感無くあり読んでいて、「そうなのか~」と感じるところがありました。
レミリアの前に現れた咲夜でない咲夜。この後の展開に期待大です。
妖怪はぱかぱか死ぬし血はどばどば出るし殺し合いを楽しんでるし……
なんというか、全体的にダークな雰囲気が漂いまくっているのですが、ここからどーやってハッピーエンドに持っていくのでしょう。
それだけが気がかりです。咲夜さん二人出てきてるし。
ああ全然想像つかない、続きが読みたいです。
レミリアよりスカーレットデビルって感じが満々。
今後どうなるか激しく期待。