※注意
この話では、「リグルは男の子」という事が前提になっています。
夜が来た。
夜は彼の時間。彼が大好きな時間。
なぜなら、彼は蛍の妖怪だから。
なぜなら、彼は夜にこそ輝くから。
空にはきれいな月。満月を過ぎて少し欠けた月だが、彼を照らすにはこれで充分。
あまり明るすぎると彼が輝けない。夏の夜は彼が主役なのだから。
その月に向かって、彼は飛ぶ。
月に向かって地を蹴って。1,2の3で飛び上がる。
ふわり。
まっすぐ月を目指して昇る、昇る。あの月が手に届きそうな所まで。
この夜空は彼のキャンバス、月の明かりでさえここではスポットライト。
彼の光は月よりも妖しく、星よりも儚く。
地上の流星となって、夜を翔ける。
地上の彗星となって、空を駆ける。
ぴたり。
周りのどの山よりも高い所まで来て、ついに今夜の夜空は彼のもの。
木も、森も、ヒトも、妖怪も。豆粒みたいに小さく見える。邪魔なものは何一つない。
紅白の神社も、大きな湖も、紅い館も。
白銀の深山も、辺境の迷い家も、人形の遊び場も。
深い森も、人間の通る道も、人間の里も。全てを見下ろせる。
ふわり。
でも、彼はさらに空を目指す。
本当は、スポットライトを浴びたいんじゃない。漆黒のキャンバスで輝きたいんじゃない。
本当は、あのスポットライトを見ていたい。あの大きな月を独り占めしたい。
だから、どこまでも空を目指す。この羽根が動く限り、高みを目指す。
―――きれいな月だなぁ。
―――昨日見た満月もすごかったけど、
―――今夜は本当に月と星ばかりだ。
―――チルノと一緒に来ればよかったかな?
ぴたり。
さっきよりずっと高い所まで来て。
月が少し大きくなったような気がする。
月の光が強くなったような気がする。
あの月にさえ手が届きそうな気がする。
「きれいな月だね~」
―――え?
「月を見に来たんでしょ?満月は昨日だったけど」
振り返れば、そこにはわだかまる闇。
その闇の中から、声がする。
その闇の中に、誰かがいる。
その闇に向かって、声をかけずにはいられない。
―――だ、誰?真っ暗で何も見えないよ・・・・・
「・・・・・・・ああ、そうだっけ。ちょっと待って」
すぅっ・・・と、夜が明けるように闇色が引く。
闇の中から出てきたのは、金髪の女の子が一人。リグルより少し年上に見える。
まだかすかに残る闇色の中で、一人ニコニコと微笑んでいる。
「キミ、男の子?珍しいね」
―――珍しいって、何が?
「キミが男の子だって事。久しぶりに見たなぁ・・・」
―――(・・・確かに。地上に出てきてから見たのは女の子ばかりだった・・・・・・なんで?)
「まぁ、そんな事はどうでもいいか、キミも月を見に来たんでしょ?」
―――え?まぁ・・・・・・・・うん。
「私もそうなんだ。一緒に見よっか?」
―――あっ・・・・!?
戸惑うリグルと手をつなぎ、一緒に月を見上げる女の子。
どうしたらいいか分からず、つないだ手を振りほどくわけにもいかず。
リグルにできる事は、チラチラと横を見ながら言葉をしぼり出す事のみ。
―――あ・・・・あのさ。君、誰なの・・・?名前くらい教えてよ・・・・・
「私?私、ルーミア。こう見えても実はね・・・・・」
―――妖怪、でしょ?
「・・・・・あれ?バレてた?」
―――空を飛んでるのはともかく、そんな闇を操ってたら分かるよ・・・・・・
「んふふふ・・・・・・やっぱり分かっちゃうかぁ。キミも妖怪みたいだしね」
何がそんなに嬉しいのか、笑いを押し殺すルーミア。
隣のリグルは、突然手を握られてまだ戸惑いっぱなし。
年上の雰囲気を持つ彼女にドキドキしているのかも知れない。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どれほどの時間が経ったのか。
ゆっくり動く月を見つめ続け、無言で宙空を漂う二人。
手はずっとつないだまま。放そうとは思わないし、
放したら何故かもう二度と会えないような気がして。
だから、ルーミアの手を握る力も強くなる。
「・・・・・・・・ねぇ」
―――何?
「私たち、何だか舞台にいるみたいだね」
―――そう?
「あの月が私たちを照らすスポットライト。で、この空が私たちの舞台」
―――・・・・僕もさっき同じ事考えてた。
顔を見合わせて笑う二人。
出会ったばかりという事も忘れて、声を潜めて二人笑う。
このシンパシーは二人だけの宝物、誰にも知られてはいけない。
だから、誰もいなくても声を潜めてクスクスと笑う。
―――あぁ、もうすぐ夜が終わっちゃう・・・・・・
「そうだね・・・・・・・・・・・ねぇ、踊ろうか?」
―――・・・・・・・・・・・・・・はぁ?
突然の申し出に口をあんぐりのリグル、
至って真顔(笑顔だが)のルーミア。
笑顔のついでに、リグルの両手を持って向かい合う。
目と目が合って、ますますニッコリ微笑むのはルーミア。
目と目が合って、顔を真っ赤にするのはリグル。
―――ちょ、ちょ、ちょっと待って!
「何?」
―――なんで、いきなり・・・・・・踊るの?
「え、なんでって・・・・・面白そうだから」
―――・・・・・・それだけ?
「それだけ。さっ、せっかくだから踊ろうよ!」
ふわり。
戸惑うリグルの手を引っ張ってもう少しだけ高い所へ。
舞台に出るダンサーのようにゆっくりと、堂々と。
夜空の舞台で踊り始めるリグルとルーミア。
ステップを踏み、身体を反らせ、くるりと回り。
ルーミアがリードし、リグルが恐る恐るついて行き。
それはとても楽しそうで、しかしどこか儚げで。
朝が近付いてきているのを忘れ、二人は踊り続ける。
「そうだ、キミの名前をまだ聞いてなかったっけ」
―――僕はリグル。この格好で、僕が何の妖怪だか分かる?
「ん~?・・・・・・・・・ゴキb」
―――・・・・違う・・・・・・・・・・・・・・・・あ、お客さんだ。
「お客さん?」
―――下を見てごらん、僕の仲間たちさ。
言われるままに下を見ると、辺り一面に光の粒。
緑色の光で、二人を足元から照らす。
「・・・・・・すご~い!」
―――これで分かった?僕は『蛍』の妖怪なのさ。
「へぇ・・・・・・・・」
―――もうすぐ朝になるけど、僕たちを見ようと集まってきたんだね。
「そーなのかー」
―――・・・・もう朝になる、彼らも次の夜までお休みだ・・・・・・・・・
二人を取り囲むように群がり、思い思いに蠢き、そして散っていく蛍たち。
ほんの少しの間だけ見せてくれた、蛍流のスタンディングオベーション。
そして小さな観客たちが立ち去った後・・・・・・
―――また、逢えるかな?
「きっと逢えるよ。その時はまた、一緒に踊ってくれる・・・・・?」
―――うん、約束する。
「じゃあ、この月の下で・・・・また逢おうね、リグルくん・・・・・・・・」
―――・・・バイバイ、ルーミア・・・・・・・
最初に会った時より、二人の距離が少しだけ近付いたような気がした。
この話では、「リグルは男の子」という事が前提になっています。
夜が来た。
夜は彼の時間。彼が大好きな時間。
なぜなら、彼は蛍の妖怪だから。
なぜなら、彼は夜にこそ輝くから。
空にはきれいな月。満月を過ぎて少し欠けた月だが、彼を照らすにはこれで充分。
あまり明るすぎると彼が輝けない。夏の夜は彼が主役なのだから。
その月に向かって、彼は飛ぶ。
月に向かって地を蹴って。1,2の3で飛び上がる。
ふわり。
まっすぐ月を目指して昇る、昇る。あの月が手に届きそうな所まで。
この夜空は彼のキャンバス、月の明かりでさえここではスポットライト。
彼の光は月よりも妖しく、星よりも儚く。
地上の流星となって、夜を翔ける。
地上の彗星となって、空を駆ける。
ぴたり。
周りのどの山よりも高い所まで来て、ついに今夜の夜空は彼のもの。
木も、森も、ヒトも、妖怪も。豆粒みたいに小さく見える。邪魔なものは何一つない。
紅白の神社も、大きな湖も、紅い館も。
白銀の深山も、辺境の迷い家も、人形の遊び場も。
深い森も、人間の通る道も、人間の里も。全てを見下ろせる。
ふわり。
でも、彼はさらに空を目指す。
本当は、スポットライトを浴びたいんじゃない。漆黒のキャンバスで輝きたいんじゃない。
本当は、あのスポットライトを見ていたい。あの大きな月を独り占めしたい。
だから、どこまでも空を目指す。この羽根が動く限り、高みを目指す。
―――きれいな月だなぁ。
―――昨日見た満月もすごかったけど、
―――今夜は本当に月と星ばかりだ。
―――チルノと一緒に来ればよかったかな?
ぴたり。
さっきよりずっと高い所まで来て。
月が少し大きくなったような気がする。
月の光が強くなったような気がする。
あの月にさえ手が届きそうな気がする。
「きれいな月だね~」
―――え?
「月を見に来たんでしょ?満月は昨日だったけど」
振り返れば、そこにはわだかまる闇。
その闇の中から、声がする。
その闇の中に、誰かがいる。
その闇に向かって、声をかけずにはいられない。
―――だ、誰?真っ暗で何も見えないよ・・・・・
「・・・・・・・ああ、そうだっけ。ちょっと待って」
すぅっ・・・と、夜が明けるように闇色が引く。
闇の中から出てきたのは、金髪の女の子が一人。リグルより少し年上に見える。
まだかすかに残る闇色の中で、一人ニコニコと微笑んでいる。
「キミ、男の子?珍しいね」
―――珍しいって、何が?
「キミが男の子だって事。久しぶりに見たなぁ・・・」
―――(・・・確かに。地上に出てきてから見たのは女の子ばかりだった・・・・・・なんで?)
「まぁ、そんな事はどうでもいいか、キミも月を見に来たんでしょ?」
―――え?まぁ・・・・・・・・うん。
「私もそうなんだ。一緒に見よっか?」
―――あっ・・・・!?
戸惑うリグルと手をつなぎ、一緒に月を見上げる女の子。
どうしたらいいか分からず、つないだ手を振りほどくわけにもいかず。
リグルにできる事は、チラチラと横を見ながら言葉をしぼり出す事のみ。
―――あ・・・・あのさ。君、誰なの・・・?名前くらい教えてよ・・・・・
「私?私、ルーミア。こう見えても実はね・・・・・」
―――妖怪、でしょ?
「・・・・・あれ?バレてた?」
―――空を飛んでるのはともかく、そんな闇を操ってたら分かるよ・・・・・・
「んふふふ・・・・・・やっぱり分かっちゃうかぁ。キミも妖怪みたいだしね」
何がそんなに嬉しいのか、笑いを押し殺すルーミア。
隣のリグルは、突然手を握られてまだ戸惑いっぱなし。
年上の雰囲気を持つ彼女にドキドキしているのかも知れない。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どれほどの時間が経ったのか。
ゆっくり動く月を見つめ続け、無言で宙空を漂う二人。
手はずっとつないだまま。放そうとは思わないし、
放したら何故かもう二度と会えないような気がして。
だから、ルーミアの手を握る力も強くなる。
「・・・・・・・・ねぇ」
―――何?
「私たち、何だか舞台にいるみたいだね」
―――そう?
「あの月が私たちを照らすスポットライト。で、この空が私たちの舞台」
―――・・・・僕もさっき同じ事考えてた。
顔を見合わせて笑う二人。
出会ったばかりという事も忘れて、声を潜めて二人笑う。
このシンパシーは二人だけの宝物、誰にも知られてはいけない。
だから、誰もいなくても声を潜めてクスクスと笑う。
―――あぁ、もうすぐ夜が終わっちゃう・・・・・・
「そうだね・・・・・・・・・・・ねぇ、踊ろうか?」
―――・・・・・・・・・・・・・・はぁ?
突然の申し出に口をあんぐりのリグル、
至って真顔(笑顔だが)のルーミア。
笑顔のついでに、リグルの両手を持って向かい合う。
目と目が合って、ますますニッコリ微笑むのはルーミア。
目と目が合って、顔を真っ赤にするのはリグル。
―――ちょ、ちょ、ちょっと待って!
「何?」
―――なんで、いきなり・・・・・・踊るの?
「え、なんでって・・・・・面白そうだから」
―――・・・・・・それだけ?
「それだけ。さっ、せっかくだから踊ろうよ!」
ふわり。
戸惑うリグルの手を引っ張ってもう少しだけ高い所へ。
舞台に出るダンサーのようにゆっくりと、堂々と。
夜空の舞台で踊り始めるリグルとルーミア。
ステップを踏み、身体を反らせ、くるりと回り。
ルーミアがリードし、リグルが恐る恐るついて行き。
それはとても楽しそうで、しかしどこか儚げで。
朝が近付いてきているのを忘れ、二人は踊り続ける。
「そうだ、キミの名前をまだ聞いてなかったっけ」
―――僕はリグル。この格好で、僕が何の妖怪だか分かる?
「ん~?・・・・・・・・・ゴキb」
―――・・・・違う・・・・・・・・・・・・・・・・あ、お客さんだ。
「お客さん?」
―――下を見てごらん、僕の仲間たちさ。
言われるままに下を見ると、辺り一面に光の粒。
緑色の光で、二人を足元から照らす。
「・・・・・・すご~い!」
―――これで分かった?僕は『蛍』の妖怪なのさ。
「へぇ・・・・・・・・」
―――もうすぐ朝になるけど、僕たちを見ようと集まってきたんだね。
「そーなのかー」
―――・・・・もう朝になる、彼らも次の夜までお休みだ・・・・・・・・・
二人を取り囲むように群がり、思い思いに蠢き、そして散っていく蛍たち。
ほんの少しの間だけ見せてくれた、蛍流のスタンディングオベーション。
そして小さな観客たちが立ち去った後・・・・・・
―――また、逢えるかな?
「きっと逢えるよ。その時はまた、一緒に踊ってくれる・・・・・?」
―――うん、約束する。
「じゃあ、この月の下で・・・・また逢おうね、リグルくん・・・・・・・・」
―――・・・バイバイ、ルーミア・・・・・・・
最初に会った時より、二人の距離が少しだけ近付いたような気がした。
その表現力は自分の中に場景を描くのに十分でした。すごい。
リグルが男の子と想像すると、私の中で何かが壊れそうです。
可愛い女の子と、可愛い男の子。それは萌える!!(爆)
短く切られた1つ1つの文が、雰囲気的に作品の中身と良くマッチしていますね。まるで詩のようで。
私も、峰下翔吾(仮)さんと同じく、狩月さんの絵が浮かんできたクチです。