注意)ネタバレって程でもない。でも、刻符の効果くらいは知っておいた方がいいと思う。
夜の博麗神社。現在、この神社の人口密度は普段の倍になっている。簡単に言えば、お客さんが一人来ているだけ。
今日のお客は紅魔館の主、レミリア=スカーレット。ほんの数分前に1人でやって来て霊夢にお茶を要求し、そのまま縁側に座り込んでいるのだ。足をブラブラ、羽はパタパタ、指はモジモジ。非常に落ち着きのない仕草だが、何かを真剣に考え込んでいることだけは辛うじて読み取れる。
「うーん・・・」
自らの細い人差し指をこめかみに当て、眉間にしわを寄せながら唸り声を上げる。そうとう煮詰まっているのか、ついにその場に寝転がり始めた。そのまま右へ左へと転がり、たまに身を起しては唸り、また寝転がっては右へ左へエンドレス。
そんな挙動不審者を訝しげに眺めていた霊夢は、面倒事になりそうな予感を感じながらも淹れたてのお茶を差し出す。
「レミリア、お茶持ってきたわよ。寝転がってないで起きなさい」
「ありがとう。・・・・・ねえ、霊夢。あなたの能力は空を飛ぶ程度の能力と、霊気を操る程度の能力よね?」
「?・・・そうだけど」
「魔理沙は魔法、咲夜は時間、フランは破壊、パチュは多数の属性。そして私は運命よね」
「・・・・・・・・・」
「わからない?」
「分かる分からない以前の問題だと思うんだけど」
憮然とした声での抗議。
それを聞いたレミリアは、「しかたないわね」と呟いて人差し指を立てる。
「ヒントその1、能力の有効活用。ヒントその2、スペルカードと能力の関連性」
言うだけ言うと、再び自分の頭を両手で抱えて寝転がる。そしてまたゴロゴロと転がって、悩み倒している。
対し霊夢は、頭の上に大きな?を浮かべながらレミリアの奇行を見つめていた。
だが見つめているだけでは、いつまで経っても解決に向かわないので、霊夢は再度問いかける。
「結局のところ何が言いたいのよ?」
「霊夢のスペルは霊力を使用。魔理沙は言うまでもなく魔法よね。咲夜は時間を操作するスペルを持っている。パチュは複合魔法。フランは言うまでもなく桁外れの破壊力」
「だから?」
「ふう・・・・・・私のスペルのどこに自分の能力が作用しているの?」
その言葉をきっかけに、霊夢の頭の中に浮かんでは消える思い出。
突然幻想郷を包み込んだ妖霧。その霧を排除する為に現況を求めて彷徨った夏の日。長いようでいつもと同じ長さの一日。敵は宵闇妖怪から始まり、氷精、華人、本の虫、メイド、目の前の吸血鬼、そして吸血鬼妹。
それと同時に思い出される個性的なスペルカードの数々。
「そう言われてみれば、たしかに(あの頃は、若かったわ・・・・)」
「そうなのよ。運命を操ると言う大層な能力を持っていながらスペルには一切活用していない。つまりこれは宝の持ち腐れ。だから私は決心したのよ。私は新しいスペルカードを作り上げる。今度こそ、自分の能力を活かした私だけのスペルカードを作ってみせるわ!」
自らの決意を言い残し、神社を飛び去るレミリア。その飛行速度は、信じられないほど速く、あっという間にその姿を認識する事は出来なくなってしまった。
完全に取り残された形になった霊夢は、唖然としながらも行儀よくお茶を口にする。
そして、とてもまったりとした空気の中、頭の中に残った疑問を口にした。
「どうでもいいけど、それを言いに来ただけ?」
2週間後。
霊夢はレミリア直々の招待を受け、紅魔館を訪れていた。場所はレミリアの部屋ではなく、紅魔館の庭先。2人以外には誰もおらず、唯一咲夜が紅茶を持って来るときに顔を出したくらいだ。そんな訳で今日は2人だけのお茶会。
その席で2週間前の話が持ち上がったのだ。
「確かにそんなやりとりあったわね」
「私はあの日から部屋にこもって、ずっとスペルカード開発をしていたわ。パチュと咲夜の協力、フランの励まし、中国の美しい自己犠牲精神、そして自身の弛まぬ努力。その全てが新スペルカードに込められているわ」
「3つ目辺りが重いわね」
レミリアがカード製作を始めてから今日までの2週間。幻想郷には何度も何度も断末魔の悲鳴が響き渡っていた。その声が響くたびに虫や動物達が静まり返り、世界から音が失われた。幻想郷の住人は、無音状態の恐怖を嫌というほど味わっただろう。
「でも、そのおかげで完成したわ。私の能力を最大限に引き出した究極のスペルカード。名付けて・・・・天運『ゴーイングデスティニー』よ!!」
高らかな宣言と提示される一枚のカード。
全体は黒で統一され、赤い文字で複雑な魔法陣が描かれている。大きさはトランプより2周りほど大きく、十分な厚みもある。カードの表面は非常に滑らかで、淡い月光をも反射して煌びやかに輝いている。まるで芸術品のような完成度だ。
だが、返ってきた反応はあまりにも冷ややかだった。
「・・・・・・・・で?」
「ノリが悪いわね。このカードは材質から違うわよ。ベースとしてオプシディアンを使っているわ」
「オプシディアンって・・・宝石の?」
オプシディアン。和名、黒曜石。
旧石器時代から何千年もの間、武器などの素材として使用されてきた。感情のバランスを保ったり、秘められた力を解放する等の効果がある。
「そうよ。そして文字の方は自分の血を石に刷り込んだの。そっちの方がカードとの同調率が高いのよね」
そう言ってカードを頬擦りするレミリア。その恍惚に満ちた表情は、近づくのを躊躇わせるほどのものだった。ましてや頬擦りしている対象が、自身の血液を使ったと言う趣味の悪い物だ。現に、霊夢も心なしか引き気味になっている。
しかし自分のカードに心酔しているレミリアは、それに気付く事なく黒いカードを賞賛し続ける。
「自分で言うのもなんだけど、これは最高の出来よ。まだ完成品を使った事はないけど、出来によってはラストスペルと入れ替えてどんどん使っていくわ。刻符なしでも30分でゲームクリアよ」
「それは絶対無理」
「たとえ無理だとしても、このスペルカードを使って吸血鬼こそが最強だと幻想郷中に知らしめてあげるわ。これからは私が幻想郷の支配者よ!」
その場で立ち上がり、右の拳を高く上げて堂々の宣言。その言葉の中には、冗談など微塵も含まれていない。瞳は爛々と燃え上がり、唇は不敵な笑みを維持し続けている。
いったい何人の妖怪が、自信満ちたその表情に引き寄せられるだろう。大勢の妖怪の前で行っていれば、紅魔館か揺るぎない地位を手にしたかもしれない。
ただ、イスの上に立って高度を稼いでいたのがマイナスと言えばマイナスだった。
「それじゃ、お披露目会といくわよ」
そう言って、レミリアは椅子から飛び下りる。その場で周囲をキョロキョロと見回して、余計な者が被害にあわない様に注意を払っている。
その姿を見た霊夢は恐ろしい結論に辿り着いてしまった。今、庭に居るのは霊夢とレミリアの2人。そこから導かれる答えは1つ。
「ま、まさか、私はその為に・・・」
「ご名答。実験台よ、そして記念すべき犠牲者第1号でもあるわ」
「絶対いやよ、私は帰るわ」
慌てず、騒がず、速やかに席を立つ霊夢。動作としてはかなり優雅なものだ。
だが、いくら優雅に動こうと現実は一切変わらない。
がしっ
「逃がすと思ってる?」
「ちょっと、離しなさいよ!実験なんて今までどおり中国でやればいいでしょ!」
霊夢に指摘され、きょとんとするレミリア。まるで、初めてその可能性に行き着いたかの様な表情だ。
だがそんな表情をしたのも束の間、遠い目をして何かを回想し始めた。そして数秒の空白の後、レミリアの体が一瞬だけ硬直する。何かよくない事を思い出してしまったのだろう。頬の筋肉が引き攣り、こめかみ辺りを冷汗が伝っている。
ここまで顔に出せば、美鈴の身によくない事が起こったのは一目瞭然だ。だが、それでも何とか笑顔(のようなもの)をつくって言葉を紡ぐ。
「ちゅ、中国は・・・あ~・・・・・中国ね。中国は・・・ちょっと、ね。あれよ、その・・・・うん、大人の事情?」
とてつもなく不出来な笑顔を浮かべて、必死ではぐらかそうとするレミリア。しかし目は泳ぎ、羽は所在無さげに動いている。まるで挙動不審を具現したかの様な行動だ。
そんな不審な動きを目の前で見せ付けられた霊夢は、これ以上ないほど完璧に硬直してしまった。顔色も悪くなり、レミリアと同じ様に嫌な汗もかいている。
「レ、レミリア?まじめに聞くけど、中国はどうしたの?」
「いや、だから・・・・あれよ。休暇?・・・そう、休暇をあげたのよ!最近疲れが溜まってるらしくて。顔色も悪かったし、ねえ」
「私に聞かないでよ、そんな事」
「とにかく中国の話は終わり。今日はスペル実験の為に呼んだんだから、そっちの目的を果たしましょう」
「いやよ、1人でやってなさい!」
レミリアの手を振り払い、空へと舞い上がる霊夢。かなり慌ててその場から離れようとするが、レミリアの行動の方が早かった。
テーブルの上に乗せられた黒いカードを手に取って、魔力を一気に注ぎ込む。カードに流れ込んだ魔力が血文字を伝い、その魔力をオプシディアンが増幅。
準備完了と言わんばかりに赤く輝くカード。
レミリアはそのカードを高々と掲げる。
「天運『ゴーイングデスティニー』!」
スペル宣言と同時に腕を振り下ろし、カードを地面に叩きつける。赤く光る黒曜石のカードは跡形もなく砕け散り、同時に赤く大きな魔方陣を大地に展開した。大きさは直径30m以上。無数の幾何学模様が複雑に絡み合い、大地は赤一色に染まっている。
さらに、その魔方陣は半球状に変化し、空間その物を赤く染め上げる。
「これからが本番よ、覚悟しなさい。リセット!!」
レミリアの発したキーワードを合図に、空間内が強い光に包まれる。そして使用者も知覚不可能なほどの速度で、魔方陣は自らの役割を果たしていく。使役者であるレミリアの魔力を喰らい、空間内に存在する全てのものに強制力を働かせる。
その結果、空気は凍てつき、大地は割れ、草木は枯れる。そしてレミリアと霊夢は、何かに引っ張られる様に急接近する。
2人は突発的に働いた力に逆らう事も出来ずに、
ガンッ!!
「いたっ!」
「きゃ!」
鈍く響く衝突音と共に強制解除される紅の空間。
その場に残されたのは、色々な意味で冷たい空気と罅割れて枯れた大地。
そして、頭を押さえながら悶え苦しんでいる二人の少女。
「レ、レミリア?なんで、私とあんたが、頭突きしないといけないの・・・」
「ふっ・・・我ながら、恐ろしいスペルを作ってしまったわ・・・。でも、これで完成したわ。私だけの、スペルカード・・・・・・・」
レミリアは襲いかかる激痛に耐えながら、実験の成功に酔っていた。間違っても無事とは言えない状態になっているが、その表情から後悔の二文字は読み取れない。
「ラストスペルにするには不安要素が大きいけど、別の事で使えそうね・・・・・・・・・」
その言葉を最後にレミリアは気を失った。その寝顔(?)には、心から満足したような素晴らしい笑顔が浮かんでいる。
だがそんな事を歯牙にもかけないのが、被害者こと博麗霊夢だ。
「ちょっと・・質問に答えなさいよ・・・・・」
痛みで震える両手を駆使してレミリアの元へと這い寄る。苦痛の表情、そしてゆっくりとした進行は、9月4日に放映された某映画のゾンビを彷彿とさせる。
それでも霊夢は前へ進む。このままでは納得できないと言わんばかりに。
だが、その進行は無情にも長くは続かない。頭部に受けたダメージは、そんな生易しいものではなかったのだ。
「ああ、だめ。意識が・・薄れて・・・・・・・・・」
結局霊夢は、最後の最後までスペルの概要を知る事なく意識を手放した。
右人差し指の先には、最後の力を振り絞って書いた「レミリア」の文字。だが、気力を振り絞って書いたダイイングメッセージは、無残にも冷たい風に攫われてしまった。
いと哀れ。
ちなみにこの2人は、巡回していたメイドに無事(?)保護された。
もう1つ、ついでに。
その頃、中国こと紅美鈴は・・・・。
「い、いや・・・・怖い・・・・黒いカード・・・・・・・・・・怖い・・・・」
「しっかりしなさい、中国!眠ったら死ぬわよ!!」
「咲夜、首絞まってるわよ」
「そろそろ死んじゃうね。花とってこよ」
生死の境を彷徨っていた。
おわり
補足
天運『ゴーイングデスティニー』
有効範囲内に存在する全て(レミリア含む)の運命を強制変更する。
一言で言えば、能力の暴走をカードで誘発したようなもの。
本人にも何が起こるか分からない。
まさに運を天に任せたスペル。
運が悪いと中国のように・・・・・・・・になるかも。
それって、パルp(ゴイングディステニ
ぱた ←とてつもなく恐ろしいものを見てしまったようだ
そもそも運命を操る程度の能力って何?w
こういうパルペンテ(間違ってる)なスペルは運命というより運気の方が大事だと思ったりw
でもテキストの出来は相変わらずいいですね。うーん、シナリオやネタ的、もう1つリハビリしてどうでしょうか?
そんなわけで、パルペンテって何ですか?
ぶっちゃけ知らないっす。
すみません中国語訳しか覚えてないですゴメンナサイ orz
「パルプンテ」でググって見ましょう。一発ですよ。
てっきりそれを元ネタにと思ったので、作者様が知らないとは思いませんでした。
冒頭部分ですが、人が一人増えたら、人口密度は2倍になるのでは?
あの呪文は良い効果もありますが、使うのがレミリアだって事を考えると、このスペルはろくでもない事ばかり起きそう。『別の事で使えそう』って、何に使うんだこの吸血姫は?