マヨヒガ。幻想郷の境界にあるここでさえ、今年の猛暑から逃げられない。いつぞやの貪眠妖怪でさえ、寝苦しくてどこかへ出掛けていた。
「藍さま、あついー」
「我慢だ橙。これも精神の修行だと思え。」
「うぅぅ、水浴びしたい…」
水が苦手、おまけに憑きが解除される猫の式神とは思えぬ発言。それだけ暑さにやられてる、ってことだろう。
やれやれ、という表情にしてるけど、藍もいつもの覇気が無い。自慢の尻尾がただの暑苦しい代物に成り下がり、橙がふかふかしてこないのが原因かもしれないが。
「やはりどうにかしてほしいものだ、この熱気には…」
「どうにかしましょうか?」
ススー、と隙間が開く。その中から抜け出した者こそこの家の主人、すきま妖怪八雲紫である。年齢は永遠の謎。
「あ、紫さまおかえりー」
「お帰りなさい紫様。どちらへ行かれたのですか?」
「ん、ちょっと神社に。それよりほら、これ。」
そう言って紫が取り出したとは、小さなペンダントだった。エメラルドっぽい宝石に、「フォン」という字が刻まれている。
「ダサ…」
「こら橙、そういうことは口に出しちゃだめだろう。」
結局ダサいんかい。
「外見で物を判断しちゃダメよ。かなり便利だわ、これが。」
「と、いいますと?」
「ふふ…『大変涼しくなれ』。」
フゥーー
「にゃ!?」
ペンダントから、涼しい風が吹き出した。ジロジロとそれを見つめていた橙の顔面に直撃しながら。
「これは…?」
藍も驚いた顔で紫に振り向く。対して紫はまったりとペンダントを居間の入り口の上に吊って、そのままくつろいでいた。
「霊夢の戦利品らしかったけど、こういう妙な能力があるから借りてきたわ。あっ藍、戸と窓を締めてくれる?その方が涼しくなりそうだわ。」
「え、あ、はい。」
ぱたぱた、かごん。
「これで安眠できるわー。あそうだ藍、そのペンダントは掴んで念じれば動くから、あなた達も使いたければ使っていいわよ。」
「判りました…が、あの巫女が乗り込んで来たらどうしますか?」
「大丈夫よ、今度は多分私が犯人だと知らないから。」
知らなくてもまずここに当たってくるじゃないかな、と藍は思わずにいられなかった。
* * *
それから数週。珍しく藍の思惑が外れ、マヨヒガは平和そのものだった。例のペンダントは、昼は藍が家事で使って、夜は橙が遊んで、そして夜明けは紫が安眠のため冷房として使ってる。まぁ暑過ぎる日は三人一緒に仲良く避難してるが。
ちなみに主にペンダントを起動してるのは藍。なんでも性格がマジメなほど、使う効果も大きいらしい。
そして月が満ちる。夏の、最後の満月の夜に。
異変が、起った。
―――――
ぱちり、と。紫はいつものように、真夜中に起きた。
「ごはん…」
朝食ならず夜食、紫の一日の始まりも、やはりご飯を食べることだ。いつもは藍が作り置いてるが、遅くまで起きたらやはり藍がその場で作る。
そして今夜は当たりらしく、台所からいい匂いが漂ってくる。自然と、足が香りの元に向かう。
「いい匂いわね、ら、ん…」
しかしそこに広がるのは、信じられない光景だった。
「あ、紫さま。もうすぐできるから、あとすこし待っててくださいね。」
「ち…橙?」
「はい、なんですか紫さま?」
疑問を投げても、無邪気な、いつもの橙の笑顔が返ってきた。だが紫の知る限り、橙は料理が出来ないはずだ。あそうか、藍から習ったか。それなら納得できる、じゃそういうことに決定、とすぐ納得したが。
「いえ別になんでもないけど…そういえば藍は?」
「外で遊んでるよ。」
ガーン
重い音が紫の頭の中に響いた。あの、生真面目な藍が仕事を橙に任せて自分が遊ぶに行くなんて…!!ありえない、ありえないわ…!
「あ、紫様。もう起きたのですか?」
と、いいタイミングで藍が戻ってきた。混乱してる所でいきなり声をかけられて、やや面食らった気味の紫。
「え、ええ…ところで藍、どこに行ったのかしら?」
「ちょっと散歩を…どうしたのですか、紫様?」
主が顔を青ざめてることに気付いて、心配そうな顔を浮かぶあたりが、やはり藍である。彼女じゃなければ紫の表情の微妙な変化を気付けないのだろう。
「う…いや、ただ珍しいなぁって。藍が仕事を他人任せにするのは。」
む、とちょっと困惑する藍。
「そういえばそうですね…橙がいきなり『ねぇねぇ藍様、私が夜食を作ってみようか?』と乗り出して、あまり深く考えずに承諾して、そして暇になったから散歩しよう、と…あれ?橙って料理できるんだっけ…?」
思えば思うほど違和感が湧き上がる。例え橙に食事を任しても、自分は傍で見守るべきではないのか?そういえば最近こんなことあったっけ?昨日、一昨日…記憶を辿ろうとしても、曖昧なイメージしか思い出せない。一体、何が起ったと言うのだ……?
「紫さま、藍さま、ご飯できたよー」
振り向くと、橙が夜食を持って出てきた。今日のメニューは…えっ!?
「今日は、私と藍さまの大好きな油揚げを作りました~」
「…えっと」
「…橙、あなたは油揚げが好きだったっけ…?」
「…え?」
はてな、と首を傾げる橙。そしてその表情がみるみる疑問が満ちていく。
「あれれ、私、何でこんなの食べたくなったの…?」
(つづく)
>>後書き ガッ
はたして八雲家に何が起こった!?
結局何が言いたいかといえば、橙好き(感想になってねえ)。
とにかく、続きを楽しみにしてまーす。
八雲一家に訪れた変化の原因は? って感じです。
それと…
>なんでも性格がマジメなほど、使う効果も大きいらしい。
とゆー事はこのペンダント、ゆかりんや霊夢が使っても、効果など無きに等s(ry
>いち読者さん
いや、すくなくても懐中電灯程度の効果はあります。妖夢は探照灯ですが(ぉ