Coolier - 新生・東方創想話

時の鳥籠 4話

2004/09/05 08:17:13
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『鳥籠の中の舞踏会』




咲夜とフォルがベルと対峙していた、丁度その頃。

「ベルちゃんが、幻想郷全体の時を止めているんですか!?」

紅魔館を覆う湖を、魔法の森の方角へと飛びながら告げられた異変とその犯人に、美鈴は大声をあげた。
そのあまりの大声に、近くを飛んでいた慧音とパチュリーが顔をしかめて両耳を塞ぎ、目線だけで「うるさい」と訴える。
あまりに鋭いその目線に、美鈴は反射的に身をすくめた。

「そういうことよ。東方の地に現れる理由が分からなかったから、今まで考えもつかなかったんだけど、この異変はその子――ベルダンディが現れたとしか思えないわ」
「咲夜以外で時を止めるなんて芸当、ついさっきまで考えもつかなかったけど、どこか心の隅に引っかかっていたのよね。はっきりと確信できたのは、これよ」

そう言ってパチュリーが取り出したのは、ベルが読んでいたもの――タイトルに『北欧神話』とだけ書かれた、分厚い本だった。

「神話?」
「そうよ。幻想郷の外の世界でも、北欧と呼ばれる地に伝わる神話ね。詳しい説明は省くけど、その中にこんなものを見つけたのよ」

あるページを、全員に見せるように開く。
そこには、『運命又は時の三姉妹』と書かれており、それぞれの司る力、名前などが細かく記されていた。

「・・・・・・ベルダンディ。三姉妹の次女。現在と必然を司る女神・・・・・・そういうことか」
「そういうことよ。多分、これがキーワードになった筈」

鼻を鳴らし、納得するように頷く慧音と同意するパチュリー。美鈴とフランドールも理解はできているようだが、どこか納得できていない部分があるのか、しきりに首をひねっていた。

「だが、そうなると・・・・・・記憶喪失というのも、本当かどうか疑わしいな」

慧音の呟きに、美鈴とフランドール以外――とは言え、美鈴は未だに混乱から立ち直ってないだけであり、フランドールは直接ベルに会ってないので分からないだけなのだが――の全員が頷いた。
結界を作るという行為は、実はその過程すべてを理解した者のみが可能な事であり、決して簡単にできるものではない。霊夢と紫はいともたやすく張っているように見えるが、それもスペルカードというものがあってこそ出来る芸当であり、本来は、強力な結界を張ろうとすれば、それに比例した大きな、かつ複雑な儀式が必要となってくる。簡易な代物ならともかく、幻想郷全体を覆うほどの結界を、記憶喪失のままで構築することなど出来るはずがないのだ。
仮に、そんなことが儀式なしで出来たとすれば、それこそ外にいる多くの術士から見れば発狂モノであり、紫でさえも驚き、我が目を疑うだろう。それほどまでに常軌を逸しているのだ。
そうなると、記憶は初めから失われていなかった、と考える方が妥当だった。
だが、もう一つ疑問が残る。

「けれど、それなら、どうやって結界を構築したのかが疑問なのよ。それらしい気配はなかったし・・・・・・」
「素人の技じゃないわよ、これ。私から見ても強固に張られているのが一目で分かったんですもの」
「・・・・・・スペルカード、か?」

慧音の呟きに、全員があっ、と声を上げる。今の今まで思い当たらなかったらしい。
紫とレミリアは納得したように頷く。

「・・・・・・考えられるとすればそれね。けど、いつ?」
「咲夜のカードを見て、それを手本にしたのかしら?」
「とにかく、私たちがここであれこれ言うより、本人に聞いたほうが早いな。どっちにいるか分かるか?」

慧音の問いに、レミリアは頷く。

「この先に咲夜がいるから、多分その子もいるわ。――紫、霊夢と魔理沙、アリスはまだかしら?」
「藍と橙が呼びにいってるけど、どこかで入れ違いになったみたい。まだ時間がかかりそうね。幽々子と妖夢は途中で合流する手はずになっているわ」
「もう来てるわよ」
「お待たせしました」

唐突に聞こえてきた言葉と共に、上空から降りてきたのは、幽々子と妖夢、そして――

「・・・・・・幽々子」
「なに?紫」
「その人はどなた?」

そう言って紫が指差したのは、幽々子の後ろにいる、外見のほとんどが咲夜に酷似した女性だった。
その場にいた全員の視線が一点に集中する中、その女性は丁寧にお辞儀をする。

「申し遅れました。私の名はウルドと申します」
「ウルド・・・・・・?もしかして、三姉妹の長女かしら?」
「はい」

頷き、ウルドと名乗った女性は申し訳なさそうに目を伏せる。

「今回は妹が大変なことをしてしまって、申し訳ありません。皆様に多大な迷惑を被らせたことをお詫びにきました」
「やっぱりベルダンディが関わっているのね?」
「はい。見つけ次第、すぐにやめさせますので・・・・・・」
「ついでに「もう二度とこんなことをしない」と誓わせればどうだ?」
「それは――」

慧音の言葉に、ウルドが何かを言いかけて、

「それが守られておれば、わしも姉上も、勿論あやつもここにはおるまいよ。つまりはそう言うことじゃて」

上空から聞こえてきた声に、ウルドの言葉が遮られる。
そして、全員が視線を上に向けて――


――満月を背に、一人の少女が浮かんでいた。


ベルよりも更に幼く、背もかなり低い。腰まで伸びた銀色の髪に、咲夜のような青い瞳。――だが、とても見た目相応とは思えない雰囲気を醸し出していた。
まるで、支配者と賢者を足して割ったような、そんな雰囲気に、今まで感じたこともない気配だからか、ウルド以外の全員が眉根を寄せた。
その様子を無表情に眺めながら、少女は鼻を鳴らす。

「昔、わしらの間で交わした約束事があった。決して人の世に現れぬ、と。能力が能力じゃからな、わしらが現れただけで、人の世には影響が出始める。それは、好ましくはないからのう。・・・・・・それを、あやつは破った」
「だから、あの子を連れ戻しにきたんでしょう?スクルド」
「姉上、そんな甘いことを言ってはいられぬぞ」

スクルドと呼ばれた少女は、表情を崩さずに言葉を続けた。

「わしと姉上ならば、あやつを連れ戻すことも可能じゃろう。・・・・・・じゃが、同じことをまた繰り返さない、という保障がない。あやつが自ら、己のしでかした間違いに気付かなければ、またしでかすじゃろうな」

その言葉に、レミリアは目を鋭く細めて問う。

「・・・・・・だから?」
「気付くまで、しばし時間をもらえないかのう」
「嫌だと言ったら?」

紫の言葉とほぼ同時に、事態を察したのか、全員の気配が変わる。
各々の手にスペルカードが握られているのを見てとったスクルドは、微かに笑った。

「時間稼ぎ、という名目で、わしと一緒に弾幕ごっこでも興じようかのう。心配せずとも、退屈はさせぬ――そんな暇すら与えぬ」

言い終えるとほぼ同時に、スクルドから発せられていた気配がガラリと変わった。
鋭く尖った刃を全身に当てられているような、そんな気配――咲夜が侵入者に対して向けるような、鋭利な殺気。

――その殺気に、ほぼ毎日向けられている美鈴は反射的に逃げ腰になり、

――幽々子、レミリア、紫、フランドールは、楽しそうに微笑み、

――パチュリー、慧音、妖夢は身構えた。

その様子を眺めながら、スクルドはウルドに対して手を横に振った。離れていろ、という意思表示だ。

「姉上は下がっておれ」
「スクルド、私たちがあの子を連れ戻せば終わることよ?私があの子を説得するから――」
「わしらが言ったところで耳には届かぬ」

ウルドの言葉を、スクルドは即座に否定した。

「丁度よい機会じゃ。きつい灸でもすえてもらえばよいわ・・・・・・姉上、下がっておれ」
「スクルド・・・・・・」
「これはあくまで遊びじゃて。弾幕ごっこ、とはそういうものじゃろう?」
「ええ、そうね」

鋭い目つきで相槌をうつレミリアに、スクルドは口元だけで笑みを浮かべた。

「おぬしらはこの先へ行こうとする。わしはそれを阻止する。弾幕り合う理由は、分かりやすいほうがいいじゃろう」
「こっちは本当に時間がないんだけどね」
「案じずともよい。既にこの近辺にはわしが結界を張った。この中ならば、あやつの結界の力も及ばぬ。――時間など気にせず、楽しもうではないか、人の世に生まれし者達よ」

スクルドは言う。自身も、とても楽しそうに笑いながら。

「まずは小手調べじゃ。わしの力の片鱗、かわしてみせよ」

そう言ってローブから出された手には、巫女の絵が描かれた一枚のカードが握られていた。
それを天にかざし、スクルドは宣告する。

「神託『グロアの弾幕予言』」




その頃、咲夜、フォル、ベルの方にも、動きがあった。
先手を打ったのは、意外にもベル。
周囲の空気が変化すると同時に、咲夜とフォルの前方に魔法陣が一つ浮かび上がり、そこから全方向に向けて、一直線に光弾が放たれる。
だが、普段より動きが鈍くなる空気の中とはいえ、そんな単純な攻撃が、二人に通じるはずもなかった。
片や、紅魔館のメイド長であり、霊夢や魔理沙を筆頭に様々な相手と弾幕勝負を繰り広げてきた者。
片や、弾幕勝負こそ経験はないが、限られた『世界』の運命を操る者。
時間が経つごとに、移動した二人を狙うように光弾は迫ってきたが、所詮は直線の攻撃、当たらない。

「始まりの余興にしては、面白味にかけるわね」

心底つまらなさそうに呟き、お返しとばかりに、大小様々な大きさの紅弾を放つ。
その弾は一直線にベルに向かって飛び、その途中にある魔法陣を直撃し――紅弾は霧散した。
そして次の瞬間、魔法陣が震えたかと思うと、それに合わせるかのように弾の軌道も変化する。

「そういうこと」

鼻を鳴らし、それでも慌てることなく回避する。
だが、一度震え始めた魔法陣は、止まるどころか、次第に弾を放つ角度を広めていく。

「さて、どうしましょうか」
「・・・・・・分かっててやったでしょう」
「どうでしょうね」

鋭い目つきで問う咲夜に、フォルは弾をかわしながら、楽しそうに微笑んで答えむ。
ため息と共に、咲夜は数本のナイフを、魔法陣の左右を通過するような軌道で放った。
そのまま直線に進むかと思われたそれは、繰り出される弾をすり抜け、魔法陣の横を通過した時、軌道を変え、ベル目掛けて空を走った。

「届かないよ」

少し拗ねたような口調で、ベルは言った。
その言葉通り、ナイフがベルに当たろうかという距離まで近づいた時、唐突に動きが止まる。
フォルは片方の眉を僅かに上げたが、咲夜は予想していたのか、無反応。

「時を止める結界を、自分の周囲にも張ってあるみたいね」
「多分そうだと思ったわ。空気そのものを止めにきた時点で予測できたことよ」
「手厳しいわね」

フォルはクスリと笑い、右手に持った日傘を広げて、

「じゃあ、その結界、周辺の空気と同時に壊させてもらいましょうか」

まるで「ちょっとそこまで」と言わんばかりの気軽さで言った。
そしてその言葉は、いつの間にか左手に現れていた、天から落ちる12枚の羽を持つ天使が描かれたスペルカードによって、実証されることとなる。

「天壊『明けの明星』」

宣告すると同時に、空が割れ――そうとしか言いような変化が空に起きた。その割れ目から大きな隕石が現れ、ゆっくりとした速度でベル目掛けて落ち始める。
そしてそれはある地点に到達すると同時に砕け散り、大小様々な弾となって降り注いだ。
だが、ベルはその場をまったく動かず――かすりはしたものの、その一発もベルには当たらなかった。
その様子に、咲夜はフォルを睨む。

「狙ってないじゃない」
「このスペルはそれが目的じゃないわよ」

フォルは微笑んで返す。
その言葉通り、フォルの放ったスペルは、状況に確実な変化をもたらした。

――液体の中にいるような感覚だった、変質していた空気が、いつも通りに戻ったのだ。
そして同時に、ベルの手前で止まっていたナイフも動き出す。

「――っ!」

動き始めたのを感じたのか、慌てて避けるベル。それを確認し、フォルは満足そうに咲夜に視線を移した。

「これでいいかしら?」
「これでまともに戦える状態になっただけよ」

だが、咲夜の返事は冷たい。結界が破れたとは言え、ベルの能力は未だに健在なのだ。
その証拠に、回避し、別の場所にいた筈のベルが、いつの間にか元の位置に戻っており――恐らく時を止めて戻ったのだろうが――その手には、燃え盛る虹が描かれているカードが握られていた。

「炎虹『ビフレスト』!」

その言葉と同時に、ベルの真正面と左右斜め前方に魔法陣が現れる。そしてベルが手をかざすと同時に、それぞれの魔法陣から三色の光線が空を走り、自身の手からは、軌道の安定しない炎が放たれた。
直線に走るだけの光線なら簡単に回避できる攻撃だが、そこに、直前までどう動くか分からない炎まで追加されたとなると、途端に難しくなる。炎を回避しても、その先に光線があれば意味がない。その逆も然りである。
だが、二人にとって、そのスペルは小手調べのようなものにしか感じられなかった。

「まあ、開幕のスペルはこんなものね。これからどうなるか楽しみだわ」
「余裕ね」
「勿論。そう言うあなたは?」
「問題ないわ」

そんな軽口を叩きあう程である。一定時間が経過する毎に、光線の走る位置が変化していたが、要はその場所を覚え、後はそこに近づかないように炎を回避すればいいだけなのだ。咲夜も、フォルも、能力を使わずにかわしている。
そんな二人を、ベルは頬を膨らませて睨みつけていた。

「お母さんと仲良くお喋りしないで!」

どこか問題点のずれているベルの言葉に、二人は揃って脱力する。

「ベル・・・・・・そう見えたの?」
「ずっとこの調子だったのかしら?」
「ここまで、独占欲は強くはなかったはずだけど・・・・・・」
「・・・・・・多分、これが本来の彼女なんでしょうね。稚拙もここまでくると呆れるわ」

言葉通り、心底呆れたようなため息を漏らし、虚空から一枚のカードを取り出す。
鎖に縛られた天使の描かれたカードを手に、フォルは呆れの表情を浮かべたまま傘を折りたたみ、

「もう手っ取り早く終わらせるわよ。断罪『アザゼルの反逆』」

そう言って、たたんだ傘を振るい――通り過ぎた後に、ざっと見ただけでも10以上の魔法陣が浮かび上がった。
そして、フォルの背後から無数の鎖が放たれ、自らの意思を持つかのように空を走り――魔法陣に触れた瞬間、それが巨大なレーザーに変化した。それも、すべての鎖が、である。
勿論、レーザー自体は直線。だが、鎖は時間が経つ毎に角度を変えて別の魔法陣に触れ、絶え間なくレーザーの発生位置及び軌道を変えていき、ベルの放った攻撃をすべて飲み込む。
だが、ベルは素早くスペルを中断し、次々に変化する無数のレーザーの隙間に潜り込み、簡単にかわした。

「簡単じゃない」

得意げに胸を張るベルに、フォルは口元だけで笑みを作った。

「これを本命と思ってもらったら困るわね」
「え?」

素っ頓狂な声をあげるベル。だが、次の瞬間、その意味を思い知らされることとなる。

「幻象『ルナクロック』」

その言葉が聞こえてきたのは、真横。
反射的に真横を向いたベルの目に飛び込んできたのは、飛び交う無数のナイフだった。
本来なら、一定の軌道を描いて飛ぶものと、バラバラに飛び交うものとに分かれるのだが、突然の攻撃に、ベルの頭の中は混乱しており、そんな判断をする余裕はない。

「――っ!!」

声にならない叫び声を上げて、時を止めるベル。だが、レーザーやナイフの動きは止められても、二人は止められなかった。
空中に止まったナイフの中を縫うように、咲夜がベルの前に躍り出る。続いて、フォルもレーザーを発生させていない部分を突き抜け、ベルに接近。
そして、二人は同時に叫ぶ。

「堕天『紅色の十字軍』!」
「メイド秘技『操りドール』!」

20メートルも離れていない位置から、扇状に広がり、しかも途中で数を増す紅弾と、ベル目掛けて放たれ、わずかな停滞の後広がるように飛び交うナイフを見せ付けられ、ベルの頭の中はますます混乱した。
それでも、無意識の内にスペルカードを発動させたのは、流石は神の一人というべきなのか。

「月陽『ハティとスコール』!!」

ベルの叫び声と同時に、青、赤に光る大きな光弾が出現し、彼女を守るように周囲を高速で回り始めた。それは余程の速度と威力があるのか、咲夜とフォルの放った攻撃すべてが弾かれる。
その様子を見てとり、両者とも一瞬だけ舌打ちした後、すぐにその場を離脱し――その判断は正解だった――直後、回転する青と赤の大きな光弾から、同じ色の小さな弾がはじき出されるように放たれ、先ほどまで二人がいた場所を凄まじい速度で通過する。
だが、まともに狙いの定まっていない軌道で、高速弾は飛び交い続けた。

「まったく、厄介な攻撃ね!」
「あれを破る方法はないの?」
「あるといえばあるけど、加減を間違えたらあの子も吹き飛ばすわよ?あなた、言いたいことがあるんでしょう!」
「――っ!」

高速で打ち出される弾を、ほとんど見ずにかわす二人。弾が速すぎて目で追いきれないためであり、じっくりと眺める余裕もない上、最初の攻撃で体勢を崩された二人に、反撃のスペルカードを用意する余裕もなかった。回避に徹するしかない。
そんな二人に、今度はベルが追撃にかかる。

「お母さん・・・・・・ごめんなさい」

その言葉に、放たれた弾を回避しながらベルを見た二人は、もう片方の手に握られたカードを見て絶句する。

「――まさか、ダブルスペル!?」
「厄介なモノを――!」
「不落『永遠の満月』!!」

驚く咲夜と盛大に舌打ちするフォル。そして、何かを決意したようなベルの言葉。
そして、ベルはスペルカードを天高く掲げて――



――月が現れた、としか言い様がなかった。

宣告と同時に、空に浮かぶものと同じ光を放つ満月が、ベルの真上に忽然と現れる。
青と赤弾は相変わらずベルの周囲を旋回していたが、いつの間にか、高速弾は打ち出されなくなっていた。
だが、二人はあまりの光景に絶句してその事に気付かず、しかし同時に、ほぼ同じことを感じていた。

――あれは――

「大丈夫、お母さん。死にはしないから・・・・・・結界が完成するまで」

――最も本物に近い、けれど最も異質な――

「眠っていて・・・・・・」

――この地上に創られた、もう一つの月――!!

ベルが言い終えるとほぼ同時に、旋回していた青と赤弾から再び高速弾が打ち出され始め――それに呼応するかのように、満月からも無数のレーザーが放たれた。

「――っ!」

レーザーを回避し、次にくるであろう高速弾に備えて体勢を立て直そうとした矢先、咲夜は再び絶句する羽目になる。
かわした筈のレーザーが、目の前を通過したのだ。
慌てて急停止した咲夜のすぐ後ろを、高速弾が通過する。
思わず肝を冷やして立ち尽くす咲夜に、フォルが大声で警告する。

「気をつけて、この光線、数秒と経たずに攻撃位置が変わっているわよ!」
「だったら――!」

咲夜は時を止めにかかろうとする。だが、それは咲夜自身も危険な賭けだと認識していた。
時を止める為には、一時的にせよそちらに精神を傾けなければならない。この激しい攻撃の中、本来ならばそんな余裕などある筈がない。攻撃位置が数秒おかずに変化する攻撃の中でのそのわずかな停滞が、被弾、敗北を意味することにもなりかねないのだから。ましてや、ベルが干渉してくる可能性もある。成功率は低い。
だが、咲夜はあえて危険を冒し、時を止めにかかる。

「――時よ、止まれ!」
「させない」

咲夜が時を止めたのと、ベルがそれに干渉したのは、ほぼ同時。
互いの力がぶつかりあい――一瞬の停滞の後、無音の衝撃が二人を襲う。

「あ――」
「くっ!」

時間を止める力同士の衝突、勝ったのは――咲夜だった。
ほんの一秒程とは言え、ベルの干渉に打ち勝ち、攻撃の手を止める。
その一秒の間に、衝撃によって行動するチャンスを潰された咲夜に変わり、フォルが動く――正確には、咲夜が時を止めようとする前から、ベル目掛けて突進していたのだ。ほんの一瞬だけでも、咲夜が時を止めると確信していたから。
フォルには分かっていた。このチャンスをモノにし、この攻撃を――最低でも高速弾とその発生源を潰し、中断させなければ、もうほとんど勝機は残されていないことに。
故に、フォルはあえて、ベルが巻き込まれるのを覚悟の上で、本気で攻撃することを決意する。

――運がよければ、後で咲夜のお説教を聞けるかもね。運が悪かったら、後で私が聞かされそうだけど。

物騒なことを考えながら、フォルはベルに肉薄する。

「もう手加減しないわ・・・・・・本気で殺してあげる」

まるでレミリアのような言葉を呟き、口元だけで、物騒な笑みを浮かべる。
ほんの一瞬でベルと距離を詰めたフォルは、時が動きだす寸前には、既にスペルカードをその手に持っていた。

「本物の狂気を見せてあげるわ!紅狂『ルナティック・スカーレット』!!」

――新月――

時が動くと同時に、フォルを中心に、時計回りに大きな紅弾が放たれ、その後を、大小様々な大きさの弾が高速で飛び交う。
そして丁度一回りした時、フォルの手からひときわ大きな紅弾が、ベル目掛けて放たれる。
それらは高速弾を飲み込み、ベルの周囲を旋回する青や赤の弾とは相殺したものの、レーザーを放つ月までは潰せなかった。

「このスペルは壊せない!そんな攻撃で壊させないから!!」

まるで自身に言い聞かせるようなベルの言葉に、しかしフォルは楽しそうに微笑む。

「あら、結論を焦っては駄目よ?狂気はまだ顔を見せ始めたばかり――」

――三日月――

そう呟き、フォルは再び時計回りに大きな紅弾と大小様々な弾が放たれた。
先ほどと一緒かと思われた攻撃は、しかし、フォルが呟いた瞬間、一変する。

――ベル目掛けて放たれたもの以外のすべてが、三日月のように弧を描いた。
軌道の変わったそれらの一部が、図ったように、ベルや上空の月を目掛けて殺到する。

「えっ!?」
「言ったでしょう?狂気は顔を見せ始めたばかりだと」

威力まで上がっているのか、紅弾はレーザーをも容易く飲み込み、月に激突する。
月は、まだ壊れない。だがフォルは鼻を鳴らし、鋭い視線をベルに向けつつ、呟く。

「だけど、これでも、本当の狂気からはまだ程遠い・・・・・・」

――半月――

そうフォルが呟いた瞬間、攻撃範囲が、目に見えて変化した。
時計回りに、全方向にバラまくように展開していた弾は今まで通りだったが、ベルを目標に放たれていた弾を、扇形に展開させてきたのだ。しかも真っ直ぐベルや月目掛けていくものもあれば、僅かに軌道のそれたものは、先ほどと同じように弧を描いて飛び交う。
簡単に言えば、扇状に放たれたものすべてが、完全に狙いを定めているとしか思えない軌道で、ベルや月に向かっていたのだ。これには、ベルも驚きのあまり声が出せない。
そして、そのすべてが月に命中し――かすかな音を立てて、亀裂が入った。
自らが創り出した物とはいえ、月に亀裂を入れた攻撃に、ベルは声にならない悲鳴を上げる。

「――っ!!」
「まだまだよ!本当の狂気はこれから!!」

――満月――

――最早、それは弾幕と呼べるようなものではなかった。少なくとも、ベルにはそう感じられた。
狂ったように飛び交う、視界すべてを埋め尽くすほどの、紅。恐らく時を止めても、弾幕勝負に慣れていないベルが抜け道を見出す可能性など、ほぼ皆無。弾幕ではなく壁が迫ってくるような錯覚を、ベルは確かに感じた。
回避を諦め、ベルは周囲に結界を張ろうとして、

「大丈夫、当たらないわ」

どこからか響いてきた咲夜の声に、ベルの動きが止まる。
迫り来る紅弾は、しかし咲夜の言葉通り、ベルに当たる直前に進路を変え、そのすべてが、上空の月に命中し――月に亀裂が入る。

「そん、な」
「所詮は紛い物の月、ということね。あなたでは完全な月は創れないわ」

ガラスが割れる音が響くと同時に、ベルが創り上げた月が崩壊する。
そして、呆然とするベルを、更に追い討ちがかかる。
崩壊する月。その破片がベルの目の前を通過した、次の瞬間――


――ベルの目の前に、スペルカードを手にした咲夜が立っていた。


「どうやって――!?」
「奇術師の奇術とでも言っておきましょうか。幻符『殺人ドール』!」

咲夜を囲むように現れたナイフの群れは、そのすべてがベル目掛けて、至近距離から高速で空を走った。
だが、突然現れた咲夜のせいで混乱していたベルは、それを回避するどころか、動くことすらもままならない状態だった。

「きゃあ!?」

顔を守るように腕を交差させ、目を閉じるベル。その横を、無数のナイフが通過した。
至近距離でこのスペルを受けてかすり傷程度で終わったのは、運が良かったわけではなく、咲夜がそう狙ったからに過ぎない。
恐る恐る、といった具合に目を開けるベルを睨みつけ、咲夜は厳しい口調で、諭すように言った。

「ベル、もう勝負はついたわ。結界を解除しなさい」
「お母さん・・・・・・」
「・・・・・・随分と甘いわね?」

いつの間にか、隣に立っていたフォルのからかうような言葉に、咲夜はため息をつく。

「子供相手に本気にはなれないわ」
「あら、じゃあ、本気で反撃した私は子供なのかしら」
「・・・・・・本気でやったのね?」
「勿論。じゃないと、あんなスペル使うわけがないわ」

睨みつける咲夜と、開き直ったかのように笑うフォル。その様子を、ベルは複雑な表情で眺めていた。
そして――泣きそうな表情を浮かべて、ベルは首を振る。

「・・・・・・や」
「ベル」
「絶対に嫌・・・・・・」
「それがお母さんを困らせているってことに気付いているのかしら」

フォルの言葉に、ベルは今にも泣きそうな――もう一押しあれば確実に泣くような表情で、ベルは俯き、

「絶対に完成させる・・・・・・結界『時の鳥籠』」

押し殺すような口調で紡がれた言葉と同時に、咲夜とフォルを覆うように、不透明な結界が構築された。
だが、なぜか二人とも動かず、構築されるのをただじっと待っている。

「幻想郷を覆う結界の縮小版、といったところかしら。なかなか強力ね」
「これを、ベルが構築していたのね」
「そういうことよ」

しかもまったく慌てていない。二人の現状を考えれば、幻想郷の時を止める力を持つ結界を二重に張られているのだから、なんらかの影響を受けていてもおかしくはないというのに、その動きには異常がまったく見られなかった。
それどころか、どこか楽しそうである。

「個人的には、この結界がどれ程の力まで耐えられるか試したかったんだけど」
「そろそろいくわよ」
「しょうがないわね・・・・・・言うことを聞かない子にはおしおきの時間かしら」
「おしおきで済めばいいんだけどね」

そう言う咲夜の目は、普段能力を使う際に染まる紅よりも深い――そう、まるでレミリアのような深紅に染まっていた。
その様子を見て、フォルも物騒な笑みを浮かべる。
そして、二人は同時にスペルカードを取り出し、宣告する。

「幻世『ザ・ワールド』!」
「紅界『紅色の世界』!」

閉ざされた空間の中で、二つの『世界』が生まれる。
さほど広くもない空間で、それ以上の範囲に影響を及ぼす『世界』が二つも同時に発生すれば、結果どうなるか――その膨張によって、内側から、結界を崩壊へと導く。

「あ――」

まさか壊されるとは思ってもいなかったのだろう。結界が崩壊した後、ベルが茫然自失といった様子で立ち尽くしていた。
立ち直る隙を与えないつもりか、二人はベル目掛けて疾走する。
それを見て、ベルは混乱したまま、新たなカードを取り出そうとして、





――トスッ、という音が、辺りに響いた。





「え――?」

何が起きたのか理解できない、といった表情で、カードを取り出そうとした掌に刺さったナイフを眺めるベル。
そのナイフは、咲夜が『操りドール』を使った際、その中に紛れ込ませ、遠くへと放った物だった。

「言ったでしょう、勝負はついている、と」

咲夜の言葉に、しかし理解が追いついていないのか、茫然自失のままで立ち尽くすベル。その隙を見逃さず、二人は容赦なく追撃にかかった。

「紅星『スカーレット・ノヴァ』!」

スペルカードが発動すると同時に、無数の紅色の光線が、フォルを中心にまずは四方向に。その後、徐々に数を増していき、やがて全方向に、ほぼ隙間なく展開する。その後、時計回りに大きな紅弾が放たれ、それらは一定距離進んだ後、ベル目掛けて殺到した。
寸前で立ち直り、自身を狙う紅弾を避けるベル。だが周囲に無数の光線が展開されており、必然的に動きは制限される。
だが、そんな中を、メイド服の一部が焼き切れながらも頓着せずに、咲夜は疾駆する。
そして、殺人ドールよりも近い距離で、咲夜は死の宣告にも等しいスペルカードを発動させた。

「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」

殺人ドールの時よりも多く、鋭いナイフが、咲夜の周辺を煌き――残像を残す程の速度で、ベルに向けて放たれた。

月の光に反射し、自分に向かって疾走するナイフを、ベルは眺めることしかできなかった。

とりあえずまず謝ります。前の後書き通りにはできませんでした。

最初にExtraいれようと試みてみたものの、どう考えても、弾幕勝負となるとそっちのほうが本編より多いんですよね、色々と。
だから次にまわさせてもらいました。


そして、書いている最中に気付いたのですが、どうも僕は弾幕勝負の描写が苦手なようです。
特にオリジナルスペルなんてもの持ち出した日には・・・・・・
既存のスペルならば、ある程度の描写さえあれば大抵の人は思い浮かべてもらえるでしょうが、オリジナルだとそうはいかないんですよね。
詳しく書かないと、自分が思っている弾幕が伝わらない。けれどそれを書くには力不足・・・・・・うーん。要精進ですね。

本文の描写で思い浮かべてもらえたのならば幸いです。


この調子でExtraも書けるんだろうかと今から心配orz


そして、オリジナルスペルは元ネタも勿論あるんですが、ほとんどが感覚(つまり思いつき)で書いたものばかり。
なのでどこかおかしい部分があるかもしれませんorz

まあ、考えたものの書かなかったスペルも勿論ありますが(汗


キャラ設定

ベルダンディ
時間を止める程度の能力を持つ。一応は女神であり、姉にウルド、妹にスクルドがいるが、三人の中で一番子供っぽく、母親離れができておらず、一緒に暮らすためだけに幻想郷の時を止めたというはた迷惑な性格。
だが、実は三姉妹の中では一番おとなしかったりもする。怒ってもまだ子供っぽく、残りの二人はかなり怖いから。
三人の精神はある程度繋がっており、たった一度、しかも力は劣るが、他の二人の能力を使うことが出来る。月を創り上げた際も、その力を利用した。
所持スペルカード7枚。
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コメント



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6.20一読者削除
( ;´Д`)こりゃまたどでかいスケールで(褒め言葉
しかし矢張りと言いいますか、オリキャラは深い設定になればなる程長編にしない限り読者をほったらかしにする可能性が無きも非にあらず・・・・

ごめんなさい、正直よく判りませんでしたorz
まぁ1度読んだだけなのでもう1~2度程読めばいいでしょうかね・・・・
8.40shinsokku削除
動作の妙を表現するのは何にせよ難しく思うのですが、
弾幕は特に日常で見慣れた動きではないですから、
想像の通りの動作を伝達するのに必要以上に筆を尽くすことになってしまう。
それで百聞は一見に如かずを体現してしまうのは、何とも悔しく思います。
しかしやしかし、そんな創造された文を噛み砕いて、
作者様がどんな弾幕描写を試みているのかを読み解いて自分も想像すること、
これも東方という世界観でなければ容易になされないもので、
そしてそれがまた、自分めには大変興味深いものに思えるのです。
と、馴れ馴れしく感じられたら申し訳御座いません。
要するにまぁ、楽しませて頂き有難う御座います、なのです。

つ、続きが気になって仕方が無い・・・。