(ネタバレ深度:東方永夜抄体験版・及びフォルダ内おまけ.txtキャラ紹介の項程度。
本作について、製品版まで一切の情報を断っておられる方は、
速やかに閲覧を中断なさいますよう。
また、製品版での記述に触れているのではないか、
と思われる向きもあるかと存じます。
これについては証明の手立ては御座いませんが、
上記テキストの内容を逸脱した記述が無いよう注意を払ったつもりです。
其処の辺りが信用ならぬと思われた製品版未プレイの方は、
皆様一律に閲覧の中断を勧めたく思います。
以下、空白行の後開始します。)
「語るまでも無いかもしれんが、
ここには私しか語る者がいない。
まず、聴き手には無闇やたらと長い前置きを入れることを了承してもらおう。
聴く者が一人とて存在しない現状、
語りが騙ったところで誰が困るものか。
「ここは、里だ。大なる郷の内、小なる里だ。
今この場合に限って、郷の外、邦や国を意識する必要は無い。
何故なら、郷は夢の世界だ。けらく亡き楽園、失楽園から昇格した悠久の土地。
概ね、平和という言葉がここの為に生み出された葉だと言って差し支えの無いほどには。
そんな史こそ無いが。
「とは言えど、ここにも勿論危険はある。
それは外で言うような危険とは大きく指向性の異なる災厄で、
持って回った言い方を省くなら、怪物どもの跳梁と言える。
怪物とは、即ち異能の連中だ。連中とて毎日災厄でいるわけじゃないが、
人の子に言い含める程度の注意はやはり必須だろう。
「異能は、異能であるだけで危険だ。
無論人間とて他の動物からすれば異能の生物で、
その異能が人間自体に危機を齎すこともあろう。
この場合は、異能の質、ないしは位階が問題視されるのだ。
何食わぬ顔して生きる少女も、指の一振りで国を越えた世すら消し去る力を持っている。
大概はその即効性こそが問題点だと言える。
「そうだ。異能保有者。幻想種と呼ばれる超越類。
この郷には、そんな奴が平気で日々を続き得る結界が張ってある。
その一人一人が、世を百度転覆させてなお余りある力を持ちながら、
ただ生活することのできる郷。これ以上の楽土は考えられない。
「妖怪。生命種の大分類からすれば私もその一種で、
付け加えるならやはりこの場を地上の楽園のように思っている。
しかし、それに付けても常々感じるのは、
その妖たちの日々の在り方へのささやかな疑問だ。
「まずもって、
この郷には長命者が多すぎる。
長短は命の質には関係無い。永らく生きていた事に意味が生じるには、
その生存証明が少なくとも本人によって成されねばならない。
「だのに、
この郷には忘却者が多すぎる。
記憶の彼方が遠すぎて地平線の先はもう夢の世界と同化していて、
それを再確認するには自己の終焉に到来する走馬燈が求められるほどだ。
「だが、
この郷には不死者が多すぎる。
外の普く生き物に共通する筈の事項が通用しない。
系類の差こそあれ、完璧に滅却し得る存在の種が数えるほどしかいない。
「そして、
この全てに該当する者が多すぎる。
自らの終端に無頓着で、存えている事に無理解で、命の向きを無目的とするモノが。
長閑なる住人が、見守る者が、いなくてもいい者が多すぎる。
「先述の三点と自己の性質を照らし合わせるに、私は単なる長命者に過ぎない。
長き世を生きる。永き先に死ぬ。
この身に半ば流れる人の血は紅く、この身に半ば流れる妖の血もまた紅い。
「動物のカタチ。血管は命を運ぶ導管。
これを運命線と呼んだ吸血者がいた。
長く見えていないが、まだ続いているだろう、あの悪魔は。
忠実にして瀟洒なる従者は、その異能が許す限りに続き、
その本能が許す限りで終わった、と記憶している。
「あれは数十年を遡る過去の出来事だ。葬儀は行われなかったが、
この地で悲哀を胸に世を去る生命は私の知る限り力無き人間だけだ。
その生き様と同じく、無欠のままに従者は死に様を曝した。
あの在り方は悪くないと、久々に感じた覚えがある。
自分の涙の味も、一時湖に広がった追悼の匂いも先程の事のように浮かぶ。
「忘れてたまるものか、どんな事であろうと。
何百年昔であろうと構わない、過去を私に問うてみるといい。
あなたが何かを志した希望、きみたちが夢を見失った衝撃、
故人が死期に至った悟界、櫂で掻き混ぜられている泥の海。
たちまちに答えてみせよう。
紐解くまでも無く、私は現在自己以前の全てを覚えている。
「先の三点の二つ目とは真逆の特質。
私は忘却喪失者だ。あるいは夢想撤回者と言い換えてもいい。
『生書(リビングバイブル)』などと呼ぶ輩もいるが、
生憎私の歴史に神の奇跡は訪れない。
知れるのは歴々たる世の全てであり、それは整然とされているが故に、
混濁した彼のアカシャ文書の如き全能を齎さない。
私から何かに到達することは出来ず、
同様に私は何処かへと突破することは出来ない。
「だが、それで良いのだ。
陽光は私を人の子にする。月光は私を妖の仔にする。
どちらでもない半人。どちらをも好く半獣。
生れ付きの半端は、死ぬ迄の半端。
時流の三点に一つだけでも触れられれば、それは僥倖というものだ。
世界を創る力を持つということなのだから。
「ああ、私は果報者だ。
絶対者は飽く。超越者は急く。ついでに言うなら到達者は泣くのだ。
そのどれともかけ離れた私が、幸せ者でなくて何だというのか。
「何か事をやり遂げたものは涙を流す。
それは達成感による滂沱ではない。感動などは二の次三下四の後の情動に過ぎない。
完遂の涙は、事に触れる時が終わった悲哀による慟哭だ。
曰く、いつまでもこうしていられたらいいのに。
「結果でなく過程を重んじるのは感傷かもしれない。
でも、これは本当のことだ。
『それをしている』間以外を『する』とは言わないのだから。
『するだろう』にも『した』にも、本人にとって然したる価値は無い。
過去の栄光は、過去の栄光ですらない。本当の栄光は生じた刹那に隠滅されるんだ。
「だが、結びが訪れない永遠の過程にもまた価値は無い。
結びは産霊、終焉は始原、始まるためには終わりが不可欠であり、
自ら何も創めない者は真実の無価値者だ。
「私は、里に住み日々を生きる能力未開の人間たちを、
幻想の住人たちが引き起こす危険から、己の特質を超えた異能を用いて守っている。
里の歴史をこの私の矮躯に喰らい込み、見えない胎の中に隠蔽することで、
内外にその行為を知られること無く今の里を今の世から遮断する。
「理由は遠い。遠いけど、いつだって手元にある。
夢見ることを撤回した私の、一つだけの夢。それ自体が幻想にして虚構の、
歴史だけで出来た歯車だらけの心のカタチ。
「私は、人間が好きだ。自分が人間を好きだ、と想える心、夢。
無論、それは私の半分が人間で出来ている事と密接に関係がある。
「名を持つより前、無意識で世へ向けて存在発祥を高らかに鳴いた私は、
まず私ができるまでを知り、両親ができるまでを知り、両親の両親ができるまでを知り、
連鎖の果てに全ての人を知った。物心付く前に、
私は私という生命の成り立ちを世界の始まりまで遡行して知り得た。
「いや、本当は私だけが特別なのではなく、人の赤子は皆同じなのかもしれない。
己を取り巻く世界に名乗りを上げ、そこでの存在を世から認可される。
その喜びに今度こそ赤子は涙を流して叫び、世の存在を全て知覚するのだ。
「産まれるという言葉を否定的に捉えるのは容易いが、
しかし自分自身を0から産むものは神でしかないのだ。それは生き物ではない。
産まれるとは、存在発祥に協力してもらう、という意味だ。
だから、多くの生命は最初の協力者に感謝する。
それはつまり存在しようという意思が産まれる前から存在していたということの証明だ。
このつくりが理解できていれば、親という協力者に悪態など吐けるものか。
それを用無しであると見捨てるのは、自分の最初の意志を否定するのと同じなのだ。
「でも、そんな大切を全て、普通の生命であれば永らえるうちに忘れてしまう。
自分という一つの世界への理解と定義と定義の連鎖を構築するのに手一杯で、
それ以前に手に入れた膨大な情報は丸投げしてしまい、やがて風化するのだろう。
それは本当に、大事な大事な、人というものの根底を証明する記憶なのに。
私の特質は、自分の世界にその情報を包含することが出来た、というだけの話なのかもしれない。
とすればやはり、私は幸せ者なのだ。自分が幸せ者であると理解納得できるという幸福。
「そうして私はたった一つ、忘却することだけを始めに忘れてきて、
全部を覚えたまま今を生きている。
広大な世界でも、私ほど“現在”を認識するのに長けた存在はそういまい。
だから、私はそういった意味でも人間が好きだ。
人間はいつだって己の足跡と見果てぬ先行きから自分の今を模索する生き物。
自らに近しい者を愛しく想うのは自然なことだろう?
「いつだって過去を見ている私は、過去でない瞬間を誰よりも強く認識できる。
あの悪魔はそれは未来を見ていないのだと揶揄する運命操作者だったが、
彼女には自分自身が奴隷だと思っている節があった。
恐らくそれは正しい。圧倒的に正しいのだろう。赤より紅い歴史を持つ彼女は、
歴史ばかり見ているお前には運命を変えられないと言った。
その時すぐに言い返せなかったのは、彼女の自意識が私にはわかってしまったからだ。
運命ばかり見ている彼女には、現在とその先を変えられないなんて、言えなかった。
「・・・悪魔の話は伏せよう。友達のように語っても、
彼女と私は双極の二点に位置する間柄でも無い。会った回数だって数えるほどだ。
「ともかく、私は自身の特質と異能を以って人間を好く妖なのだ。
以前を知る性質と、歴史喰いの能力。ここまでは、理解できたか?
「ふん。まるっきり最初から理解できていないのか、
聴くまでもなく全てを納得し尽くしているのか・・・。
或いは、私の先程の仮説が正しいのなら、
今、お前は世界の全てを知っている状態なのかもしれないな。
「しかし、これもまた仮説に拠るならばだが、
お前は程無くしてその全てを忘れていってしまうことになる。
なら、これは私の身勝手になるわけだが、
せめてお前がどうやって存在を発祥した、如何なる存在なのか、
という事項のみであっても、忘れないように私が記憶し、
お前に語って聞かせたい。
「私には、歴史を操ることはできない。
史の編纂は始の偏向であり、それは死の変貌に繋がる。
どれだけ私が悪食を重ねて歴史を隠蔽しようとも、
それはただ隠されているだけで、繋がりが完全に断たれたわけではない。
その証拠に、境界途上者とでも呼ぶべき妖は嘗てこの細い細い口を開かずに見通してのけた。
超越者の異能に敵うだけの力は無いのだ。
「だが私にはもう一面、歴史への干渉手段がある。
山奥の緑に同化する陽の下の碧い光から、
夜色の闇を浸食する月下の赤い光へと遷移し、
その夜の間、月の仔である時のみ扱える片一方の異能。
それは、歴史を創る程度の能力。
私の創作部分を歴史に生み出す力。創造の能力、クリエイティブヒストリ。
「一から創った歴史は、現存世界に婉曲的に影響を及ぼす。
そして、その気になれば、既存の歴史では存在し得なかった生命を創ることもできる。
命を作る。即ち一個の新世界を創造することと同義だ。
新生の為のパターンメイカー。
「その力は強大すぎる。一夜限りの縛りを以ってしても、
新世界創造は旧世界破壊と何らの変わりも無いんだ。
産霊は結び。始原は終焉。大いなる始まりに対して世界は縮み終わるのみ。
私は今ある世界の愛すべき人々を、私の手に拠って葬り去ってしまうことを怖れ、
これまでに巨大な歴史の創造を行うことは無かった。
「でも、でもな。私も人だ。好奇心は常に絶えなかった。
更に言うなら、私は妖だ。これはほんの気紛れの災厄なのかもしれないんだよ。
こんなことをしてしまって、と私の中の人は後悔している。
こんなことも出来ずにいたのか、と私の中の妖は後悔している。
だけど、どちらの後悔よりも、今私には強い想いが宿っている。
「理解しているか?把握しているか?創造に想像が追いついているか?
そうだよ、そう。
お前は、私が創った歴史の先に産まれた、新造の生命だ。
この広大な世界にたった一人、他と同じつくりの人間でありながら、
あらゆる生命と出自を異にする、言わば別世界からの来訪者。
新世界の到来を告げる旧歴史との橋渡し役、新旧世界間の大使。
「私はお前をこの里に住まわせようと思っている。
何、私が拾い子をして里の厄介を増やすのはいつものことだよ。
彼らは苦笑いをしつつも、優しき心根でお前を育ててくれるだろう。
この郷には、人間は少ないんだ。里の仲間が増えることを、彼らは歓迎してくれる。
「案ずる事は何も無いんだ。心配はいらない。
外敵の災厄は私が防ごう。里の人たちと仲良く暮らし、
日々を健やかに生きて欲しい。それ以上のことは何も望まない。
創り出したからといって、私はお前に対して見返りを要求したりはしない。
私の好く人間たちの中で、人間らしくこの郷の幻想に生きていって欲しい、
それだけなんだ。それだけ。
なのに。
「だのにどうして、そんなにも激しく泣き叫ぶの?
そうまで強く涙を流されたら、抱いた懐で悲しみの香りを漂わせたら、
―――見ている、こっちが、泣きたく、なる。
「涙は、見ている人の重荷になるんだよ。一生抱え続ける、大事な荷物なんだ。
人はその荷物を指針にしてそれからを生き、誰にもその悲しみの負担を与えないために、
人前では、涙を堪えるんだ。悲しくても哀しくても、ただじっと、歯を食い縛って。
私もずっと昔、悲しい事があった時から、
もうきっと、誰かの前で泣いたりはしない、って、決めたの、に。
「泣かない。泣かないよ。産まれたばかりのお前なんかに、泣かされてやるものか。
その手にはかからないんだ。ほら、だから早く、そうして喚くのを止めるんだ。
そうしないと、お前は、私の涙を重荷に、一生を続けなければいけなくなる。
「嫌だろう?こんな異能者の荷物は背負いたくないだろう?
外見も人の身とはかけ離れたこの妖を、醜く恐ろしく思うだろう?
だから、さぁ、泣き止んで。
私の姿が恐ろしくて泣くのなら、もう二度と私はこの姿を見せないよ。
怖くない。ほら、怖いのはすぐに何処かに行ってしまうから。
お前はすぐに暖かで幸せな所に行けるのだよ。こんな化け物とは金輪際出会うことも無い。
「嫌われる事には慣れているよ。私はお前に怖がられたって、悲しくも何とも無いんだ。
そんな悲しみは、とっくの昔に背負ってる。
一度乗り越えた壁、何度も蹴躓くはずがないじゃないか。
そんな涙で私の慟哭を誘ったって、無駄なんだよ。
「ほら見えるか、あの家。子沢山で家計は何時だって火の車だけれど、
毎日が楽しくてしょうがない、そんな幸せな家族が住んでいるんだ。
私の歴史の追加のせいで、明日からお前はあの家の一員になるという道筋ができた。
辛い事もあるだろう、人間なのだから。
だけど、きっといつかそんな日々が最高だと思える日が来るよ。
朱に交わればと言うけれど、お前は今正にまっさらな状態なんだから。
「そういう人間が今の世には少ないんだ。
生きている事を喜べない人間が、外の国には多過ぎる。
産まれたって言葉を曲解して、生きている事に対して被害者ぶる輩が。
折角存在しているのに、そんなのは哀しすぎるじゃないか。
産まれたがっていたのは、自分なのに。
「そう、お前もきっと、産まれたがっていたんだね。
私は好奇心か気紛れかで歴史を創ったけれど、
そんな私の行動もお前の産まれたいという意思が招いた結果だったのかもしれない。
この私を動かしたのだ、誇りに思っていいぞ。全く、大した奴だ。
そこまで強い誕生の願望は、きっとビッグバン前の宇宙だって持っていなかったさ。
「・・・ほら、そう喚いては、そろそろ家人が気付くよ。私はここの人々とは顔見知りだが、
あまり妖の仔の時に出会うことは無い。嫌われ慣れていても、
哀しい出来事はなるべく減らすべきだ。これは処世術という奴だぞ。
楽しく生きていくなら、最低限覚えておくべきだ。肝に銘じろ。
「泣き止んでくれない、か。
でも、このままだと私は、お前を紹介も無しにあの家の軒下に置いていくことになる。
何度も言うけど、私は姿を見せたくないんだ。
置いて行って泣き止まなければ家人に迷惑がかかる。
お前も家に入れてもらうまでは寂しい思いをするだろう。
それは私としては望むところではない。
「今の私が家人に見えてお前を紹介すれば、お前が生きるこれからに、
辛い事の混じる割合が増えてしまうだろう。それも私は望まない。
妖の仔と呼ばれる日々。親を憎んだことは無かった。
だが同じことをお前に体験させたいとは思わない。
「明日まで待てばいいと思うか?一晩の世話をも厭う狭量を笑うか?
泣き止むのなら、それでもいいけど。
残念ながら、それをも私は望まない。
何故なら、夜が明ければお前は、もう私の手の届かないどこかへと消えてしまうのだから。
「お前を創った歴史は元より独立した0からの新規歴史ではなく、
ある歴史の一点から新たに伸ばした追記歴史。
今夜を境に、併走していた新歴史は軌道を逸れ、この世と位相を異にする。
大木の如く枝分かれしてしまう。
「そうすれば、お前は正真正銘別世界の人間になってしまう。
此れは私の我儘だけれど、そんなのは嫌なんだ。
私は、私の創った歴史が生んだお前を、お前自身の歴史を知りたい。
それが叶わないのが嫌なんだよ。命はいつだって気紛れに産まれ、気紛れに終わっていく。
その気紛れにこそ命の価値があるんだ。片方の気紛れだけじゃ、私は満たされない。
「お前が静かにしていてくれれば、筋道通りにお前はこの家の歴史に繋がる。
二つの線が結び、お前の歴史が産声を上げる。
そうなればもう何の心配もいらない。私の心配事も無くなる。
だから、頼むから、言うことを聴いて欲しい。
お願いだ、泣き止んで。
「・・・。
「・・・そうだよ、それで良いんだ。
わかって、くれたんだな。静かにお眠り。
目覚めたときには、この夜のことは大概忘れているだろう。安心なさ―――
『かあさま』
「―――、 え?
『かあさま』
「これは、少々驚いたな。私に伝えているのは、お前、なのか?
産まれついての異能か、少々不便があるかもしれないな。だが、その程度であれば勘のいい人間で済む。
・・・しかしその気持ちは嬉しいが、私を母と呼ぶのは半分正しく、半分的外れだぞ。
私は歴史を創っただけだ。お前を創ったのは、
『かあさまが、かあさま』
「創ったのは、私、だ・・・と? 何だ、これは一体どういう事だ。
私に歴史創作なしで人間を創る力など無いのに、これは。
馬鹿な、馬鹿な。まさか、こんなことが。
私の仮説が正しいという証明か?
お前はこの先手に入れるはずの全能を、今この時のみ持ち得ているのか。
そしてお前がこんな力を得てしまうのは、私の創った歴史のせいなのか、
それともあの悪魔の力を私がとうとうと語ってしまったからか。
『かあさまは、かあさま』
「この、歴史の改竄は、お前の仕業なのだな。
私にも不能な、歴史の編纂。
お前は、歴史を操る程度の能力をいつか手に入れるのだな。
『かあさまと、わたくし』
「語が増えたか。それは些か早すぎるよ。
しかも、嗚呼。
今ので、取り返しがつかなくなってしまったんだな。
その力は、そんな風に返せなくなる借金を講のように続発する。
『わたくしと、かあさま』
「―――駄目だよ、止めなさい。それは濫用していいモノじゃない。
もう、いくら泣いてもいいから。どれだけ涙をはらと零れさせても、
その全てを私が受け止めてあげよう。お前によって、
私とお前の歴史は繋がってしまった。これ以上の歴史の癒着は許されることじゃない。
お前がその人の短き命を終えるまで、この私が最後までずっと付き添ってやるから、
今はもうお眠りなさい。
そうして早く、一度その力を失ってしまうんだ。
『かあさま?』
「そうだ、私は―――不思議と、すんなり受け入れられる“新事実”だが―――お前の母だよ。
血の繋がりこそ皆無だが、お前の操った強固な歴史の重なりが、
何よりも深く私たちを親子たらしめている。
『・・・』
「いや、違うのかな。
私の思い込みなのかもしれないが、
もしかするなら、こうなることをこそ、お前は無意識で望んでいたのか。
―――“私の子として産まれる”、ということを。
そして私もまた、お前が私の子になることを心の何処かで望んでいた、のか。
『・・・』
「・・・ああ、静かになったと思ったら、眠ったのだな。お休み。母が抱いていてやろう。
早く家に帰って、その真っ赤に泣き腫らした顔を綺麗にしてやらないとな。
『・・』
「人の子をあやすのには慣れているんだ。
まず明日起きたら、近隣の牛飼いに頼んで乳の暖めたのを飲ませてあげる。
少しばかり気恥ずかしいが、育児用品も里で工面しようか。
『・・』
「そうだな、お前が何時に起きても相手をしよう。そのうち古今東西の遊びを教えようか。
お前は聡明そうな、それでいて健やかな顔をしているよ。
好きなだけ文に触れさせてあげよう、思う様身体を動かす術を伝えよう。
『・』
「ああ、着物は・・・私のお古を切り取って裁縫するかな。
それよりむつきをどうしたものか、借りてどうこうというものでも無いし。
ふむ、外の物が手に入る古道具屋をあたろう。何やら便利なものがあるかもしれない。
あの店がまだあるのかどうかが気がかりだが・・・。
『・』
「ふふ、何故だか楽しくなってきたな。
そういえば、さっきから妙に気分が晴れやかだ。
まだ、晧々と満月が私を照らしているというのに。
何だというのだろうな、この心に満ちる穏やかさは。
これが、母性というものなのかもしれないな。
母心は、妖の昂ぶりをすら上回る喜びなのだな。
そうか、歴史の創造が此れほどまでの強い思いを生むのなら。
命一つを作り出すのが、こんなにも嬉しい気持ちを私に根付かせるのなら。
『・・・かあさま』
「そうだな。今度は。
―――原初の一から、最終の端まで喰らおうか。
―――そして丸ごと、歴史を零から創ってみようか」
This trad land story didn't sang sad songs.
Nobody lucky.
Everybody happy.
理解できる部分とできない部分がありましたが(苦笑
長編も見ています。頑張ってください。
理解できたかはまったく怪しいですけど・・・解釈は人それぞれですよね!
sinsokkuさんの話をもっと見てみたいです