人の世界で異能の能力を持った子供がごく稀に生まれる事がある。
それは、一般に超能力と言われる。念力、テレパシー、透視・・・それらは、決して人では持ち得ない能力である。人にして人外の力を有する彼らはその能力を発揮する事無く歴史から消えていった。同じ種である人間自身の手により迫害、虐待、殺害されたのである。
そして、また一人の少女がそんな異能な能力を持ち生まれた。仲の良い両親との間に生まれた少女はすくすくと育っていった。しかし、ある出来事を境に少女は人として扱われなくなった。それまで少女を育ててきた両親は、少女との間に壁を作った。それは決して崩す事の出来ない拒絶の壁であった。
少女が、自分の能力が他の人達と違うと気が付いたのは人として大きく成長した時であった。少女は自身が持った能力が誰もが持っているものだと思っていた。しかし、周りの人々は少女を能力を見るたびに一人、また一人と少女の前から消えていった。彼らが少女を避けるのを当たり前のようになっていた。そんな少女に彼らは口を揃えて言うのであった。
『バケモノ』と・・・。
少女は孤立していった。人々から、人の世から、世界から・・・
少女の中で音を立てて確実に何かが崩れていった。
― * ―
「んぅ~」
紅魔館のとある一室。
カーテン越しから朝日が差し込んでくる。そんな朝日は眩し過ぎるほどだが同時に心地よくもあった。
紅魔館の朝は早い。まあ、自分の立場上これくらいの時間に起きなければ他の者に示しがつかないのだからしょうがない。
「・・・、着替えなくちゃ。」
ベットからもそもそとゆっくりした動作で起き上がった彼女は、いつもしているように普段着ている制服を取り出した。着替える間、眠気に何度も襲われたがそれに耐えながらなんとか着替える事が出来た。制服を着た彼女には眠気など残っていなかった。制服を着がえた彼女は完璧に職務を全うする完全で瀟洒な従者となる。
*
彼女の仕事は主に紅魔館の管理、メイド達の指揮、食料の調達など多岐にわたる。それはメイド長としての証でもある。
彼女はこの紅魔館で主であるレミリア・スカーレットに次いで二番目に偉い事になる。そんな彼女は驚くべき事に訪れてたった数週間でこの地位を築いたのだ。
紅魔館の妖怪、メイド達、図書館の魔女、主でありスカーレットデビルと恐れられる吸血鬼ですら認める能力を有していた。それは他に類を見ない特殊な能力であった。
『時間を操る能力』
それが彼女の持つ絶対的な能力であった。どんな攻撃しようとも、いかに避けきれない攻撃をしようと彼女には誰一人として傷一つ付ける事ができなかった。
レミリアを除いては・・・。
彼女は何事も無いかのように平然と立っているのである。そして、自分の死角より攻撃してくる無数のナイフ。それらは避けるのすら困難であり、例え避けたとしてもそのナイフは180度回転して自分を狙い続ける。
絶対回避にして絶対逃れられない攻撃を持つ彼女がメイド長につくのは自然な成り行きだった。
「食料の事はこれでいいわ、持ち場に戻りなさい。」
「はい。ではそのように手配します、咲夜様。」
そんな彼女にメイド達は、主のレミリアのように従順に従っていた。それは決して尊敬、忠誠などではない。
あるのは恐れによる服従。
実際、彼女の能力を見ていないものでも彼女を恐れた。自分より強い者には逆らわない。故に、服従する。それは当然の力関係だろう。
しかし、そのメイド長は他のメイド達のような妖怪ではなく、ただの人間だという事だった。
*
彼女にとってメイド長などと言った地位などには興味が無かった。
ただ人の世を捨てさ迷っていた時、偶然見つけたのが紅魔館だったという事だ。自分にとってご飯が食べれて適当に休める所がある場所ならどこでも良かった。例え、この館のように吸血鬼や妖怪などと一緒に住むことになってもが関係無かった。
今の地位も自分に意見する雑魚を排除していったら自然と手に入れたものだからだ。
「・・・・・・」
だから、何も涌いてこない。
まるで自分が欲や感情を捨ててきてしまったかのように自分の中からは何も涌いてこなかった。ただ、そこに在る。自分という物が居るのではなくただそこに在るとしか思えなかった。そんな自分でも興味を惹く物があった。
それは自分の部屋に所狭しと置かれている銀製のナイフである。
ここに来る前には数本しか持っていなかったナイフも今や数百を越える程である。本当はもう少し欲しいのだが、この幻想郷という世界では銀は稀少な物らしくなかなか手に入らない。
休憩時間にこれらのナイフを手入れするのが日課であり、同時に唯一の生きがいであった。他人からはナイフなんて物騒だの煙たがれるだろう。実際、図書館に引き篭もって滅多に出てこない魔女なんかは私の部屋に入るなり思いっきり顔をしかめていたのを今でも覚えている。
でも、私には何故か落ち着くのである。ナイフの刀身を磨くとまるで鏡のように光を反射し、自分の顔が映る程綺麗になる。
まるでナイフのように心が研ぎ澄まされるそんな気分になれる。
こうやってナイフを一本一本を磨いている時、まるで自分だけの世界のように安ら・・・
―――バンッ
「咲夜さ~ん、酷いじゃないですかぁ~。」
ぐ、はずだった。
突然、部屋の扉が開け放たれたのだ。それも入ってきたら入ってきたで、いきなり泣き叫ぶんだから安らぎたくとも安らぐはずがない。私の部屋をノックも無しにいきなり入ってくるのは一人ぐらいしか居ない。
「・・・美鈴。今は休憩時間なんだから後にしてくれない。」
案の定、そこに居たのはこの紅魔館で門番をしている紅美鈴であった。
決して派手ではない服装ながら、動きやすさを追求したチャイナドレスのような緑色の服装。トレードマークとも言える『龍』と書かれた帽子を被り、燃えるような紅い髪に深い青色の瞳をした少女である。
しかし、今の彼女は、門番の風格はなく瞳には溢れんばかりの涙を溜めていた。
「そんな人事みたいに・・・。」
「人事よ。」
「うぅ・・・」
この紅魔館に来て1、2ヶ月経ち、大部分のメイド達は自分の事を恐れ仕事時以外話しかけてこないのに、この紅美鈴という門番だけは懲りずに私に絡んでくる。暇があれば私の部屋に来ては磨いたばかりのナイフを触ったり落としたりして、傷を付けたりしてくる。その度に、ナイフを数本お見舞いしたりするのだが性懲りも無く何度も来るのである。
「・・・で、何の用?」
「何の用じゃないですよ。また私達の食料削ってるじゃないですか。このままじゃ倒れる者も出てきますよ。」
「しょうがないでしょ。食料が尽きそうなんだから。」
美鈴の言う通り、今朝メイド達の食料配給を2分の1にするように手配したのは確かである。最近、食料庫の貯蓄が底を尽きかけていたので配給を減らしたのである。
「しょうがないって・・・、咲夜さんが食料班を滅多刺にするからじゃないですか。」
「裏庭で怠けていたから、制裁を加えただけよ。」
怠けていたというより空腹で倒れていただけであったが、咲夜は取り敢えず職務怠慢でナイフをプレゼントしていた。おかげで食料班は半数が全治2ヶ月以上の重症を負い、食料が足らなくなったわけである。
「なら貴方達、警備班が集めてきてくれるかしら。そっちの方が効率がよさそうだし」
「うぅ~、分かりましたよ。私と数人で調達してきますよ。」
「あとフラン様のおもちゃがなくなったから、そっちの方も頼むわね。」
「・・・・・・」
―――パタン
入ってきた時と違い、勢い無く扉が閉じられた。
少し気の毒とは思ったが、まあ苦労せずに食料が集まるのだから邪魔された分に見合った報酬である。途中だったナイフの手入れを再開した。
「・・・・・・」
再開しようとした手が、ふと止まった。
今、自分は彼女の『気の毒と思った。』からである。とっくに捨て去ったと思っていた感情であった。彼女と話していると少し落ち着く感じがある。
「・・・、早く終わらせないと」
自分には感情の起伏など必要無いと言わんとばかりに手入れを再開した。
―――コン、コン
再開した直後にこれである。普段、昼の休憩時間は滅多に人が訪れないのに今日に限って二人目である。
「・・・どうぞ。」
苛立ちを感じながらも声には出さずに返事した。
「入るわね。」
ドアから入ってきた人物に少し驚いた。入ってきたのはこの紅魔館の主である『レミリア様』である。
背は私より低く12、3歳の容姿の少女である。少女らしい可愛げなピンク色の服を着て、銀色の髪を持ちお嬢様らしい姿をしている。それだけならどこにでも居る少女だが、少女の瞳は血のように紅い色をしていて口からは長くとがった牙が見える。
その少女は500年もの長い時を生き続ける吸血鬼である。幼い容姿でありながら幻想郷では紅い悪魔、スカーレットデビルと恐れられる程の力を持っている。
その能力がどういうものか分からないが、私の能力を容易く退ける程の力の持ち主だ。
「何か用ですか?レミリア様」
「いえ、美鈴が咲夜の部屋から落ちこみながら出てきたからなんかあったのかしらと思って」
そんな吸血鬼の少女は、くすりと笑って微笑んだ。それは、幼い年相応な笑みだった。
「・・・、何か用があったのではないですか?」
「そんな冷たくしないで。ちょっと話がしたいだけなんだから」
そう言いながら、私の隣に腰掛けてきた。さっきまでの笑みはどこにいったのか真面目な顔をして私の顔を覗き込んでくる。
「・・・咲夜」
白い小さな手が私に触れようと迫ってくる。
「・・・、レミリア様。休憩時間が終わりましたので職務に戻らせて頂きます。」
「咲夜・・・」
そう言って私はナイフの手入れ道具を放ったまま席を立った。小さな声で私の事を呼んだ気がしたが、構わず部屋から出た。
―――パタン
小さな音を立てて扉が閉まった。
それは私の小さな拒絶である。レミリア様は本当にただ話がしたかったのかもしれない。
「・・・・・・」
違う・・・。
彼女は私をこの紅魔館に置いてくれた。それは感謝する事だろう。でも、未だに自分の主人を信じる事は出来なかった。
彼女が私をここに置いた理由はきっと私の能力だ。私にこの能力が無ければ、あの時全ての血を抜かれ殺されていただろう。
捨ててきた人の世界でも、この幻想郷でも力こそ全てである。強者が弱者を力で律する。
彼女が私を置いたのは、この能力を持った私である。
そして、人間である私の新鮮な血が目的だと心の中で常に考えている事だった。
*
「・・・・・・」
いつものように決まった時間に起き朝を迎える。
ただの機械のように繰り返される毎日。
朝起きてメイド達に指示を出し、適当に食事を取り疲れ果てて眠る日々。ここに来て繰り返す毎日。
でも、苦痛とは感じない。
「・・・着替えないと」
朝、起きていつもの制服を纏い職務を全うする。
自分という物はとうの昔に捨てた。そこにあるのは生き続ける限り動き続ける機械と同じ、命令に従い動き職務をこなす人の形をした人形だ。
自分が人であると思えるのは机の上に置いてある古い懐中時計があるからだ。私がナイフ以外にここに来る時に持っていた唯一の持ち物である。表面には何の飾りも無く簡素な作りをしているが、生まれた時から肌身離さず持っている私の宝物であった。
そして、この懐中時計だけが私、十六夜咲夜という存在を明確にする物である。
本当の私を知っている時計。本当の私を唯一知る時計。
しかし、懐中時計が時を刻む事はもう無い。文字盤を覆うガラスは砕け、文字盤も穴が開き歪んでいる。それは自分自身が人の世界を捨てると決めた時に自らのナイフで壊したのだ。大事な懐中時計を壊した時でも私の中からは何も涌いてこなかった。
その時にはすでに私の心は何も感じなくなっていたのかもしれない。
それが私、十六夜咲夜という存在である。
――― バンッ
「咲夜様!侵入し・・・」
突然入ってきたメイドは用件を言い終わる前に絶命した。
その額には一本の銀製のナイフが刺さっていた。
「・・・、侵入者か。珍しいわね。」
咄嗟とはいえ一つの命を奪ったのにもかかわらず何も体の中からは涌いてこなかった。
何事も無かったようにメイドの額からナイフを抜き取った。刃には血が纏わり付き、朝日を浴びて紅い光を放っていた。反射して映る自分の顔。紅い鏡のように、そこにはもう一人の自分がいるようであった。
人を躊躇いも無く殺し、血を全身に浴びながら笑い続ける自分自身の姿を思い浮かべた。
「全く、面倒な朝になったわ。」
わざとらしくため息をつきながら部屋を後にした。そして、その懐には壊れた懐中時計を携えていた。
その懐中時計は、決して動く事はないだろう。私の心も同じようにあの世界で壊れてしまったのだろう。
時計が時を刻まないように私の心もこの先ずっと何も感じる事が無いのかもしれない。
懐中時計を壊したナイフは私の心をも壊した。
いや、私の心は手に握っているナイフと同じで他者を近づけもしなく自らを切り刻む冷たい血塗られたナイフなのだろう。
そう冷たいこのナイフのような・・・
永夜抄の咲夜は天然ボケ風味(笑)のような感じですが、どこか影があるのが本来の咲夜なんじゃないかな~と思ってます(自分もそう書いたつもり…)。
ところで、シリアスなSSだと咲夜って割と冷たい女性ですよね。やっぱりみんな心の底では同じイメージ?(笑)
やっぱ咲夜さんのこういった一面は恐ろしいですな。
そしてこの話続きますかね?気になります。
>誤字・・・・?
この幻想郷でも力こそ全てある→力こそ全てである
だと思いました。
これでいいのであれば、申し訳ございません
暗い終わらせ方自体は、それが作品の雰囲気に合っていれば問題はないかと思います。
誤字かなと思った箇所を。
『入ってきたらは入ってきたで』→『入ってきたら入ってきたで』
『チェイナドレス』→『チャイナドレス』
『証拠にも無く』→『性懲りも無く』
他者との関わりを拒むわけでなく、あるポジションに置きそれ以上でも以下でもないと言う感じが好きです。
美鈴の気さくさを初めとした紅魔館一同が、咲夜さんの止まった心を動かしてくれる事を願って・・・
物語の都合上仕方ないとは言え、もっと読後感を良くする手段はあると思う。
MSCさんと同じくこの話は続くのかな?と
物語の感じとしては暗いとは感じませんでしたよ。
次はがんばってください。
貴方の次の作品に期待しています