『永遠を望む鳥籠』
「自らの望みをかなえるため、たったそれだけのために幻想郷全体を覆う結界を作り上げた子」
「結界の中に閉じ込められた幻想郷の時は止まる。それが結界の効果であり、何よりもあの子の願いなのだから」
「その、結界と言う名の鳥籠の中で、あの子は止められた鳥達を、そしてその中で最後まで止まらない鳥を眺めて楽しもうとする」
「けれど、あの子は気付いているのかしら?鳥籠に閉じ込めた鳥を観賞する者も、同じ世界に閉じ込められているということに」
「それらを閉じこめた世界が、己の心をも反映していることに」
「それは決して、楽園ではないことに」
咲夜の懐中時計が、丁度5時を指し示していた時間。
紅魔館から離れた場所にある魔法の森。真夜中だというのに、仄かに明るく照らされたある広場に、その人物はいた。
フード付の白いローブを纏い、目深くそれを被っていたため、詳しい容貌は分からない。だが、身長は小さく、小さな子供程しかなかった。
その人影は、周囲を見渡し、納得したように頷く。
「着いたか。じゃが・・・・・・東方にこれほどの地が造られているとはのう」
声色こそ少女のものだったが、それとは裏腹に、その口調は老人のようである。
少女は顎に手を当て、ふむ、と呟く。
「自然豊かで、精神文化が発達した地か。良い所じゃが・・・・・・惜しむらくは、あれか」
そして、少女は頭上を見上げた。
夜だというのに、空に浮かぶ満月はさながら太陽のように明るく地上を照らし、その周りでは星が輝く、綺麗で透明な、いつも通りの夜空の筈だった。
だが、少女には、そこにあるモノが構築されているのが見えていた。
「まったく、面倒な事をしでかしてくれたものじゃて。よりにもよってあんなモノを構築しようとするとはのう。・・・・・・じゃが、これで読めたわ」
ため息混じりに呟いた後、再び顎に手を当て、ニヤリと笑う。
「あやつがこれ程のことをするとなると、理由は間違いないのう。固執もここまでくると、呆れるわい・・・・・・詫びで治まってくれるといいんじゃが。怒らせたくはないのう」
そう呟き、少女は紅魔館とは逆の方向へ歩き始める。
と、その時、
「あ、人間発見」
上空から声が聞こえてきたかと思うと、少女の正面に、鳥の妖怪である少女が降り立つ。
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライ。その歌声は人を魅了し、極端に視力を低下させる――つまり鳥目にさせる力を持つ。
彼女も影響を受けているせいか、普段に比べれば動きが鈍いが、それでも動き回るには支障がないらしい。
「妙な夜だと思ったけど、人間もちゃんと動いてるみたいだし、まあいいか」
「わしに何か用かのう?」
少女の問いに、ミスティアは物騒な笑みを浮かべる。
「勿論、あんたを食べるため。鳥目になっちゃえ!夜盲『夜雀の歌』!!」
ミスティアがスペルカードを手に叫ぶと同時に、少女の視界が急速に狭められる。そして辛うじて見える範囲からは、無数の妖弾が降り注いだ。
だが、少女のほうは慌てることなく、むしろ納得するように頷きながら、面白そうに笑った。
「ほう、なかなか面白そうな仕組みじゃのう。一枚のカードに詠唱や儀式すべてを詰め込んだか。成る程、成る程・・・・・・」
「余裕じゃない。だけど、まだまだこれから激しくなるわよ!かわせるかしら!?」
「かわす必要はないのう」
ミスティアの言葉に少女は鼻を鳴らして答え、手をかざす。
そして、降り注いだ弾幕が少女に当たりかけ――次の瞬間には、そのすべてが、少女の体をすり抜けたかのように通過し、背後の地面を抉る。
「っ!?」
驚くミスティア。躍起になって攻撃を仕掛けるが、そのすべてが背後の地面を抉るだけに留まり、無効化されていた。
「ふむ、次はわしの番か」
激しい攻撃の真っ只中、しかしそれを意に介さず、ローブから出した手には、紐で縛られた大きな狼の絵が描かれているカードが握られていた。
それを手に、少女は楽しそうに言う。
「これがスペルカード、というものか。どれほどのものか分からぬが・・・・・・物は試し、じゃて。呪縛『グレイプニル』」
宣告すると同時に、少女を中心に無数の光線が放たれ、そのすべてがミスティア目掛けて空を走る。
「わ、わわっ!?」
自身のスペルを中断し、辛うじてそれを避けるミスティアだったが、時間が経過すればする程、少女の攻撃は止まらないどころか激しさを増していた。
「まだまだ」
その言葉と同時に、少女を中心にして円形に光弾が展開、わずかな停滞の後、一斉に放たれる。
だが、ミスティアは次々に向かってくる光線に気を取られ、その光弾が放たれたことを知らない。
ミスティアがそれに気付いた時には、すぐ目の前にまで迫っていた。
「きゃああぁぁ!?」
かわしきれず、光弾に被弾したミスティアは、そのまま逃げるように飛び去る。
逃げ始めたのを確認した少女は、追撃することもなく、すぐにスペルカードを仕舞い、満足そうに頷く。
「即興にしてはまずまず、じゃな。・・・・・・まったく、東方の地には、面白いモノが多いわい。ゆっくりと観光したいんじゃが、そうも言ってはいられぬか。あやつがこんなことをしでかした以上、致し方ないのう」
そして、少女は再び空を見上げた。
太陽のように明るい月と構築されたモノを眺めながら、ため息をつく。
「己の過ちに気付くのが先か、逆鱗に触れるが先か・・・・・・いずれにせよ、いざという時の覚悟はしておこうかのう」
重々しく呟いて、少女は再び歩き始める。その足取りに迷いはなく、まっすぐに目的地へ進んでいるようにも見えた。
ほぼ同時刻、桜花結界に程近い上空。
冥界の主である西行寺幽々子と、その庭師、魂魄妖夢の二人は、一路紅魔館へと向かっていた。
ちなみに魔理沙とアリスだが、橙が幽々子の元を訪れた際には、既に自宅へ帰っていた。白玉楼に着くや否やそれを知った橙は、二人を迎えにいくと言ってあっと言う間に飛び立った。
その台風のような行動に、取り残された幽々子と妖夢は、しばらくの間呆然としていたが、やがて気を取り直し、一足先に向かうことにしたのだ。
前を飛びながら、幽々子は妖夢に首をかしげて聞いた。
「紫から「紅魔館に来るように」だなんて、どうしたのかしら?この異変と関係あるのかしらね、妖夢」
「そうですね」
「それにしても、時が止まる異変だなんて、今までのとは型が違うみたいね。今度の犯人は誰なのかしら?」
「そうですね」
流石は冥界の主である。紫に教えられたわけでもないのに、異変を感じ取っていたらしい。
だが、幽々子の問いに、従者である妖夢はうわの空で返答。その様子に、幽々子はそっとため息を漏らす。
実は、紅魔館から戻ってきた時から心ここにあらず、といった具合だったのだ。普段なら絶対に転ばない筈の、何の変哲もない廊下で転んだりしていたのだがそれは序の口であり、木の幹に激突したり、飲もうとしたお茶をすべて服にぶちまけたり。極めつけは、魔理沙が置いていった竹箒で剣の素振りをしたり、等など、普段からはおよそ考えられない行動を取り続けていた。
特に最後の部分は、その光景を見た幽々子は流石にからかうことも笑うこともできず、しばらくの間呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
しかもその間、何を話しかけても「そうですね」か「なんですか?幽々子様」としか返してこなかったのだ。
その光景を思い出し、幽々子は深いため息をついた後、疑惑を確信に変えるべく、今まであえて触れなかった話題を持ち出した。
「妖夢」
「なんですか?幽々子様」
「・・・・・・そんなにショックだったの?」
幽々子の言葉は、あらゆる意味で効果てきめんだった。
「な、なっなにを言うんですか幽々子様。私は別に、子供が羨ましいとか、ちょっと妬ましいとかなんて思ってません!咲夜さんに子供がいるのを知って動揺もしてません!!」
弾かれたように主の方へ向き直り、顔を真っ赤にして否定する妖夢だったが、はっきり言って説得力はない。ついでに言えば、幽々子は一言も「咲夜」とは言っていない。つまり、妖夢は見事に墓穴を掘っていたことになる。
その様子に、幽々子は疑惑が確信に変わるのをはっきりと感じた。
「・・・・・・妖夢」
「な、なんですか幽々子様、その疑いの眼差しは!」
「・・・・・・まあ、人の趣向に口出すつもりはないけど、相手が悪いから諦めなさい」
「違います!!」
「ああ、いいのよ妖夢。私はそんなあなたが大好きだから」
「・・・・・・幽々子様?」
「あなたがメイド長に対してどう思ってるかは分かっているから・・・・・・」
「だから――!!」
どこか達観したかのような微笑みを浮かべる幽々子と、顔を真っ赤にして反論する妖夢。からかう者とからかわれる者、という、非常に分かりやすい関係である。
ある意味近寄りがたい、二人だけの世界をかもし出しながら飛ぶ幽々子と妖夢。だが、いつの世も、その世界に介入する者はいるようだ。
「すみません」
唐突にかけられた声――声色から判断して、女性の声だろう――に、二人の動きが同時にに止まり、幽々子、妖夢共に真剣な表情を浮かべ、周囲を見渡した。
ほどなく、声をかけたであろう、目深くフードをかぶり、白いローブをまとった女性が真後ろに飛んでいるのを見つけ、妖夢は真剣な表情を崩さず、刀を構える。
――声をかけられるまで、気付かなかった・・・・・・!
いくら注意力が散漫だったとは言え、気配がまったく感じられずにあっさりと背中を見せてしまった事実は、庭師兼剣士でもある妖夢にとっては屈辱だった。音が鳴る程強く歯をかみ締め、先ほどの表情が嘘のように鋭い目つきで、その女性を睨みつける。
友好的とは言いがたい雰囲気が伝わったのだろう。女性はローブの中から両手を出し、そこに何もないことを示す。
「急に声をかけてごめんなさい。敵意はないから、そう構えないで、ね?」
「・・・・・・」
諭すような言葉に、妖夢は刀を納めたものの、いつでも攻撃できる体勢は崩さない。
だが、女性はそれでも安心したのか、安堵のため息をつく。
「・・・・・・何か御用ですか?」
若干棘の残る妖夢の言葉に、しかし女性は気にすることなく問い返す。
「この近辺で、髪は銀色、目は黒の女の子を見ませんでしたか?」
「・・・・・・探してどうなさるつもりかしら?」
「話さないと、教えてもらえないのですか?」
女性の言葉に、幽々子はしばらくの間考え込み、
「・・・・・・あなたが探している子かどうかは分からないけど、よく似た女の子がいるわ」
「幽々子様?」
その言葉に、妖夢は驚いて主の方を向く。
だが、幽々子はそんな妖夢などおかまいなしに話を進めた。
「丁度、そこへ行く予定だから、ご一緒しません?」
「ありがとうございます」
礼を言う女性に、幽々子は微笑む。が、妖夢は主の言葉が理解できていないような表情を浮かべていた。
耳元で、幽々子だけに聞こえるように聞く。
「幽々子様、一体どういうことですか?」
「銀髪に黒の瞳の少女。止まった時。そしてそれを探す女性。僅か一日でこれだけ関連がありそうな事が起きたわ。何もかもができすぎてると思わない?」
「え・・・・・・?」
「虎児を得るためには虎穴に入らないといけないでしょう?」
そう言って微笑む幽々子を見て、妖夢は目を白黒させていた。
そんな妖夢を尻目に、幽々子は尚も楽しそうに笑いながら、目の前の女性に対し、先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。
「ところで、あなた。顔を隠しているけど、見られたくない理由でもあるのかしら」
「別にありませんよ」
そう言って、女性はあっさりとフードを取り――露になった容貌に、二人は絶句した。
――満月に照らされ、浮かび上がったその顔立ちは、瞳が金色であることと、髪が若干長いことを除けば、十六夜咲夜そのものだった。
レミリアの私室、魔法の森の中、桜花結界の近くで、それぞれの会合と出会いが繰り広げられていた丁度その頃、ヴワル図書館ではもう一つの会合が行われていた。
参加者は咲夜、ベル、図書館の主パチュリーの他に、成り行きで非番をもらった美鈴と司書の小悪魔である。もっとも、ベルは小悪魔と一緒に遊んでいるため、その場にはいないのだが、話題に関わりがあるため、一応は参加者ということになっている。
三人とも一つのテーブルを囲んでおり、しかしその表情は一様に険しい。
「・・・・・・要するに、あの子と一緒に遊ぶにしても、何をすればいいのか分からない訳ね?」
「はい」
「そうなんですよ」
パチュリーの言葉に、咲夜と美鈴はほぼ同時に頷く。
休暇をもらい、いざという場面になって、二人とも何をすればいいのか分からなくなったらしい。そこで、館一番の知識人であるパチュリーに助言を求めにきた、ということだ。
頷く二人を見て、しかしパチュリーはすぐに答えず、険しい表情で考え込む。
「・・・・・・私でも未だに分からないことって多いんだけど、子供の遊び関係は全滅ね。第一、この図書館にそういう系列の本があると思う?」
その言葉に、咲夜と美鈴は考え込み、そして同時に首を振った。
考えるまでもないことである。ここにはあらゆる知識が眠っていると言われているが、そのすべてが魔道書、と言っても過言ではない。少なくとも、パチュリーや小悪魔、魔理沙が知る範囲では、魔道書関係の本しか見たことがなかった。
パチュリーはため息をつき、その後、思い出したように呟く。
「私よりも・・・・・・多分、司書の子の方が詳しいんじゃないかしら」
実はここを訪れた際も、司書である小悪魔は率先してベルの相手を買って出た。しかも何故か子供の扱いに馴れており、咲夜から離れたにも関わらず、ベルも楽しそうに遊んでいたのだ。
その光景を思い出し、二人は納得したように頷いた。
「なら、その子に聞いた方が早いみたいですね」
「そうね。パチュリー様、その子は今どちらに?」
「多分、あっちに――」
「パチュリーさん!」
パチュリーが真横を指差したとほぼ同時に、その方向から、切羽詰った表情を浮かべた小悪魔が飛んできた。――文字通り、尋常ではない速度で。
突進するかのような飛行に、三人は思わず腰を上げ、いつでも逃げられる体勢を作る。
だが、小悪魔は目前で体勢を変え、急ブレーキを踏むかのごとく停止した。
体当たりをくらわずに済み、安堵のため息をつく二人に対し、いつもとは違う現れ方を不審に思ったのか、パチュリーはジト目で問う。
「一体どうしたのよ?」
「と、とにかく、た、大変なんです!えっと、その・・・・・・!!」
余程焦っているのか、その後に続く言葉が出てこない。
あまりの取り乱し様に、パチュリーは軽くため息を漏らし、小悪魔の眼前に掌をかざす。
たったそれだけだというのに、効果は抜群だった。小悪魔の視線はその手に集中し、今までの切羽詰った様子が嘘のように静かになった。
その様子を見て、パチュリーは手を引っ込め、改めて聞いた。
「で、一体どうしたの?」
「・・・・・・ベルちゃんが、迷子になりました」
「「「・・・・・・・・・・・・え!?」」」
小悪魔から語られた言葉に、三人はしばらくの間考え込み、やがて同じタイミングで素っ頓狂な声を上げた。
予想以上の声の高さに、小悪魔はほとんど反射的に身をすくめた。
「ち、ちゃんと一緒に遊んでいたんですよ?けど、本に興味を示して、それを読み始めたのを確認してから、一瞬目を離した隙にどこかへ行っちゃったみたいで・・・・・・」
恐る恐る、といった具合に報告する小悪魔。
その言葉に、パチュリーは険しい表情を浮かべた。
「・・・・・・まずいわね。ただでさえここは危険な魔道書の宝庫だし、中には自立的に侵入者を感知して攻撃を仕掛ける物まであるのよ」
「そ、そんなものまであるんですか!?」
「一時期、対魔理沙用に仕掛けた罠ね。結局被害が上乗せされるだけだから取りやめにしたんだけど、かなりの数を仕掛けたから、多分、廃棄しきれてない物がある筈よ」
「・・・・・・急いだほうがいいかもしれませんね。最後にいた場所まで案内してくれないかしら」
「は、はい」
頷いて飛び立つ小悪魔の後ろを、三人はついていった。
「ここです」
案内されてたどり着いたのは、何の変哲もない、本棚と本棚の間にある通路だった。唯一他と違うといえば、ベルが読んでいたであろう本が落ちていたことのみである。
「ここを中心に探しましょう。美鈴は向こうを。あなたはあっちを。パチュリー様は――」
「私はここに残るわ。ちょっと調べないといけないこともあるし、もしかしたら戻ってくるかもしれないから」
「分かりました。私はこっちを探すから、見つけたら大声で知らせてね」
「「はい」」
それぞれ別方向に飛んでいく三人が完全に見えなくなってから、その場に残ったパチュリーは床に落ちていた本を手に取り、何気なくページをめくり始める。
「・・・・・・見たところは、魔力も帯びていないただの本みたいだけど・・・・・・」
呟き、しかしあるモノを見た瞬間、ページをめくる指が止まった。
そこに書かれていた内容に、パチュリーは険しい表情を浮かべ、しばらくの間考え込んだ。
そして、時間にして3分程度が経過した時、パチュリーはふと、レミリアの言葉を思い出した。
「・・・・・・まさか?でも一体なんで・・・・・・」
その呟きは、パチュリーの耳にしか届かない。
再び、しばらくの間考え込んでいたパチュリーは、意を決したように顔を上げ、持ち歩いていた呼び鈴を鳴らす。
リーン、と静かに図書館に響き渡り――ほどなくして、小悪魔が飛んできた。
「お呼びですか?」
「悪いけど、私の部屋にレミィを呼んできて。その後美鈴と咲夜も連れてきてもらえないかしら」
「ですが、ベルちゃんは・・・・・・」
「多分、大丈夫よ。もしかしたら、それ以上の問題になりそうだけど」
どこか釈然としない様子だったが、それでも主の命令である。小悪魔はレミリアの元へと飛んでいった。
その後姿を眺めながら、パチュリーはポツリと呟く。
「もしかして、レミィが言ってたのは、こういうことなのかしら・・・・・・?」
答える者は、ここにはいない。
一方その頃、咲夜は図書館の中を飛び回っていた。珍しく、その顔には焦燥が浮かんでいる。
急いで探し出さないと危ない目にあうかもしれないというのに、ベルに関する手がかりはまるでなかったのだ。魔道書が反応した痕跡もなく、足取りはまったくつかめていない。
まるで、咲夜が時を止めて移動するのと同じように――
「まさか、ね」
導き出した結論を、しかし咲夜はため息と共に首を振って否定した。
「慣れないことが多すぎて疲れたのかしら。こんなこと考えてる時間はないのに」
呟き、時間を確認するために懐中時計を取り出そうとして、
――こっちよ。
唐突に響いてきた声に、咲夜の動きが止まる。
5秒程固まった後、ゆっくりと周囲を見渡し、気配を探るが、人影はおろか、異常も何も見当たらない。
だが、咲夜はその声が気になった。
「・・・・・・確か、こっちの方から聞こえてきたはずよね」
自身に確認するように呟き、そちらへと向かう。
ほどなく、図書館の出入り口が見えてきた。
「この図書館にはいない、ということ?」
返事はない。が、咲夜は自らの直感とその声を信じることにした。
躊躇わず図書館を出て、そのまま紅魔館の外へと向かう。
まるで、何かに導かれるように。
「パチュリーの話を聞いて、確信を持てたわ。急がないと大変なことになるわよ」
開口一番、レミリアはパチュリーの部屋に集まった人物――慧音、パチュリー、フランドール、美鈴、紫の5人に告げた。その表情も実に様々だが、パチュリー以外の4人の心境は見事に一致していた。
「どういうことだ?」
4人の心境を慧音が一言で表すと、レミリアは目が笑っていない微笑みを浮かべて答える。
「幻想郷を覆う結界よ。あれは恐らく、まだ完成してはいない」
レミリアの言葉に、事情が分かっていない美鈴を除く全員が絶句した。
「――どういう意味、かしら」
「あの結界は時を止める効果がある、というのは、あなたが言ったことよ?そして、力の弱い者から順に止められている――つまり、最終的に私たち全員の時を止めるまで、完成しないのよ。そして、構築されてから実に5時間以上が経過している今、私たちにも影響が出始めていると見ていい。のんびりはしていられないわ。幽々子とその従者は途中で合流する手はずになってるけど、霊夢や魔理沙達を待つ時間はない・・・・・・咲夜は?」
「そ、それが・・・・・・図書館にはいませんでした。恐らく外に出たんだと思いますが・・・・・・」
「そう・・・・・・」
レミリアは小さくため息をつき、未だに首をかしげる美鈴に向かって鋭い視線を向け、命令する。
「美鈴、あなたも来なさい」
「は、はい!・・・・・・けど、お嬢様、一体何が起きているんですか?」
「ここで説明するには長くなるから、向かいながら話すわ。・・・・・・この異変と騒動の犯人を」
レミリア達が慌しく動き始めた頃、咲夜は魔法の森上空を飛んでいた。
ほとんど勘に近い行動である。この先にベルがいる確証があるのか、と問われれば、咲夜は「ない」と迷わず答えただろう。だが、何故かそこにいるような気がしてならなかったのだ。
レミリアの言葉を借りるならば、『運命』というものなのだろうか。咲夜はふとそう思った。
「こんばんは」
唐突に真横からかけられた声に、咲夜は無意識の内に時を止め、ナイフを手にそちらへと向き直り――そこにいる人物を見て、目を白黒させた。
真夜中だというのに、顔の半分を隠すかのように日傘を差し、白のドレスを身に纏い、背中には蝙蝠のような羽を生やした少女。それは、咲夜が毎日目にする主の姿に酷似していた。
「レミリアさ――」
言いかけて、咲夜は微かな違和感を感じた。
――レミリア様、じゃない・・・・・・?
「流石ね。本物の私が目をかけるだけはあるわ」
心を読んだかのような言葉に、咲夜は絶句し、反射的にナイフを構える。
その様子に、しかし少女は気にしていないかのように、楽しそうに微笑む。
「心配しなくてもいいわ。私はあなたの敵ではない。あなたの主の敵にもならないわ。なりたくない、というのが正確かしら?」
「・・・・・・あなたは?」
「名前を聞いているのなら・・・・・・そうね、別にどう呼ばれても構わないけど・・・・・・フォルでいいわ」
「どういうこと?」
「私には名前がないのよ。今まで呼ばれたこともないし、必要ないものだったから」
フォルと名乗った少女はそう言って、一瞬だけ、様々な感情が混ざった笑みを浮かべる。
だが、咲夜がその笑みをよく見ようとした時には、既にそれを打ち消し、真剣な表情を浮かべていた。
「行くわよ。あの子――あなたがベルと名付けた子なら、この先にいるわ」
「何故――」
「『知っているの?』なら、答えは簡単。この異変を解決するために私は動いているんだけど、ベル、という子が、その犯人だからよ」
「・・・・・・なんですって?」
信じられない、といった表情を浮かべた咲夜に、フォルは冷静な声で問う。
「あなた、もしかして、分かっててその名前をつけたわけじゃないの?」
「どういうこと?」
問い返す咲夜の、氷のような鋭い視線を向けられ、しかしフォルは呆れたようにため息をつく。
「『北欧神話』という言葉に聞き覚えはないかしら?」
「聞いたことくらいならあるけど、内容までは知らないわ」
咲夜の言葉に、フォルは納得したように頷いた。
「成る程ね。これも『運命』というものかしら」
「説明してもらえるかしら?」
訳が分からずに首をかしげる咲夜に、フォルは微笑みを浮かべて説明を始めた。
「北欧神話の中に、運命又は時の三姉妹と呼ばれる女神がいるのよ。過去と運命を司る長女ウルド。未来と存在を司る三女スクルド。そして・・・・・・現在と必然を司る次女、ベルダンディ」
「ベルダンディ・・・・・・ベル・・・・・・まさか?」
「そう、そのまさかよ。時を止めるとは即ち現在をとどめること。つまり、幻想郷を覆う結界はあの子が作り出したモノということよ。・・・・・・実はね、あの子が現れる前から、幻想郷の時の流れが緩やかになっていたのよ。誰も――あなたでさえも気付かないくらい、ゆっくりと。その時から既に、結界は構築され始めていたの。もっとも、本当に不完全な代物だったんだけど、それを依り代にして、あの子はこの地に現れた」
「・・・・・・」
「そして、あなたに出会ったその日に、あの子は24時で時を止めた。その瞬間こそが、過去と未来の境界である『現在』を使う、あの子が最も力の出せる時間だから。その力を利用して、この結界――『時の鳥籠』を構築したのよ」
「『時の鳥籠』?」
「そう」
そこで一旦言葉を切り、フォルは日傘をたたみ――月光に照らされたその容姿に、咲夜は言葉を失った。
髪はレミリアよりも若干長く、顔立ちもどちらかと言えば大人びている、という程度の相違しかない。だが、その髪も、そして瞳も、鮮やかな深紅だった。
呆然と立ち尽くす咲夜に、フォルは可笑しそうに微笑み、言葉を続けた。
「私たちは鳥。あの子は、鳥達が飛び出さないように、死なないように、鳥籠を作り、その中の時を止めた」
「・・・・・・何故?」
「大体の予想はつくけど・・・・・・あの子に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
そう言って、フォルは視線を上空へと向け、咲夜も釣られるようにそちらへ向き直って、
「ベル・・・・・・」
「お母さん」
満月を背に、宙に浮かぶベルの姿を見つけた。
その姿は、注意して見ないとすぐに消え去りそうな、そんな儚げな印象を咲夜に与える。
「ベル」
感情のない――けれども、冷徹とも硬質的とも言えない声で、咲夜は自身がつけた名前を呼ぶ。
呼ばれて、ベルは悲しそうな目で咲夜を見つめる。
その目をまっすぐ見返しながら、単刀直入に、咲夜は先ほど疑問に思ったことを聞いた。
「ベル、何故、時を止めたの?」
「・・・・・・たかったから」
「え?」
あまりにも小さな、消え去りそうな声に、咲夜は思わず素っ頓狂な声をあげる。
だが、ベルは悲痛に満ちた表情のまま、呟くように言った。
「お母さんと、ずっと一緒にいたかったから」
「・・・・・・」
「時を止めれば、何も起きないから。お母さんとずっと一緒にいられるから・・・・・・」
今にも消え去りそうな声で話すベルに、しかし咲夜は首を振った。
「ベル、時間を元に戻しなさい」
「・・・・・・お母さんは私が嫌いなの?」
「あなたは嫌いではないわ。けど、この結界に関しては、好き嫌い以前の問題なのよ」
「なんで?」
「洗濯物が乾かないわ」
「・・・・・・」
大真面目に答える咲夜に、ベルは目を白黒させた。咲夜の隣では、フォルが必死に笑いをこらえている。
それを横目に、咲夜は大真面目に言葉を続けた。
「それにね、ベル。人は太陽の下で生きるものなの。ずっと夜だと調子が狂うし、健康にもよくないわ」
「・・・・・・それだけなの?」
「他にも言いたいことはあるけど、それは時間を元に戻してから。さあ、ベル」
そう言って、咲夜は手を差し出した。
その手を悲しそうに見つめ、ベルは首を振った。
「・・・・・・嫌」
「ベル。聞き分けのないことを言わないで」
「お母さんの頼みでも、これだけは絶対に譲れない。ずっと一緒にいるためなら、私は・・・・・・時を、止める」
ベルが言い終えると同時に、周囲の空気が変質する。
ただそこにいるだけで、まるで液体の中にいるような感覚。その変質を、咲夜もフォルも敏感に感じ取っていた。
恐らくは、周囲の空気さえも止めにかかったのだろう。
「これ以上、話し合いの余地はないみたいね。恐らく、スペルカードも持っているでしょうし・・・・・・止めるつもりなら、本気でいかないと手痛い目にあうわよ?あれでも神の一人なんだから」
「・・・・・・分かっているわ」
「じゃあ、この場限りの即席コンビとして頑張りましょうか」
両手にナイフを持ち、構える咲夜。フォルは日傘を手に、口調とは裏腹に目を鋭く細める。
「――この異変を終わらせる為に」
「――再び正常な時を刻む為に」
「その稚拙な性根を叩きなおしてあげるわ、『現在』の女神!」
「時間をあるべき存在に戻させてもらうわよ、ベル!」
「自らの望みをかなえるため、たったそれだけのために幻想郷全体を覆う結界を作り上げた子」
「結界の中に閉じ込められた幻想郷の時は止まる。それが結界の効果であり、何よりもあの子の願いなのだから」
「その、結界と言う名の鳥籠の中で、あの子は止められた鳥達を、そしてその中で最後まで止まらない鳥を眺めて楽しもうとする」
「けれど、あの子は気付いているのかしら?鳥籠に閉じ込めた鳥を観賞する者も、同じ世界に閉じ込められているということに」
「それらを閉じこめた世界が、己の心をも反映していることに」
「それは決して、楽園ではないことに」
咲夜の懐中時計が、丁度5時を指し示していた時間。
紅魔館から離れた場所にある魔法の森。真夜中だというのに、仄かに明るく照らされたある広場に、その人物はいた。
フード付の白いローブを纏い、目深くそれを被っていたため、詳しい容貌は分からない。だが、身長は小さく、小さな子供程しかなかった。
その人影は、周囲を見渡し、納得したように頷く。
「着いたか。じゃが・・・・・・東方にこれほどの地が造られているとはのう」
声色こそ少女のものだったが、それとは裏腹に、その口調は老人のようである。
少女は顎に手を当て、ふむ、と呟く。
「自然豊かで、精神文化が発達した地か。良い所じゃが・・・・・・惜しむらくは、あれか」
そして、少女は頭上を見上げた。
夜だというのに、空に浮かぶ満月はさながら太陽のように明るく地上を照らし、その周りでは星が輝く、綺麗で透明な、いつも通りの夜空の筈だった。
だが、少女には、そこにあるモノが構築されているのが見えていた。
「まったく、面倒な事をしでかしてくれたものじゃて。よりにもよってあんなモノを構築しようとするとはのう。・・・・・・じゃが、これで読めたわ」
ため息混じりに呟いた後、再び顎に手を当て、ニヤリと笑う。
「あやつがこれ程のことをするとなると、理由は間違いないのう。固執もここまでくると、呆れるわい・・・・・・詫びで治まってくれるといいんじゃが。怒らせたくはないのう」
そう呟き、少女は紅魔館とは逆の方向へ歩き始める。
と、その時、
「あ、人間発見」
上空から声が聞こえてきたかと思うと、少女の正面に、鳥の妖怪である少女が降り立つ。
夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライ。その歌声は人を魅了し、極端に視力を低下させる――つまり鳥目にさせる力を持つ。
彼女も影響を受けているせいか、普段に比べれば動きが鈍いが、それでも動き回るには支障がないらしい。
「妙な夜だと思ったけど、人間もちゃんと動いてるみたいだし、まあいいか」
「わしに何か用かのう?」
少女の問いに、ミスティアは物騒な笑みを浮かべる。
「勿論、あんたを食べるため。鳥目になっちゃえ!夜盲『夜雀の歌』!!」
ミスティアがスペルカードを手に叫ぶと同時に、少女の視界が急速に狭められる。そして辛うじて見える範囲からは、無数の妖弾が降り注いだ。
だが、少女のほうは慌てることなく、むしろ納得するように頷きながら、面白そうに笑った。
「ほう、なかなか面白そうな仕組みじゃのう。一枚のカードに詠唱や儀式すべてを詰め込んだか。成る程、成る程・・・・・・」
「余裕じゃない。だけど、まだまだこれから激しくなるわよ!かわせるかしら!?」
「かわす必要はないのう」
ミスティアの言葉に少女は鼻を鳴らして答え、手をかざす。
そして、降り注いだ弾幕が少女に当たりかけ――次の瞬間には、そのすべてが、少女の体をすり抜けたかのように通過し、背後の地面を抉る。
「っ!?」
驚くミスティア。躍起になって攻撃を仕掛けるが、そのすべてが背後の地面を抉るだけに留まり、無効化されていた。
「ふむ、次はわしの番か」
激しい攻撃の真っ只中、しかしそれを意に介さず、ローブから出した手には、紐で縛られた大きな狼の絵が描かれているカードが握られていた。
それを手に、少女は楽しそうに言う。
「これがスペルカード、というものか。どれほどのものか分からぬが・・・・・・物は試し、じゃて。呪縛『グレイプニル』」
宣告すると同時に、少女を中心に無数の光線が放たれ、そのすべてがミスティア目掛けて空を走る。
「わ、わわっ!?」
自身のスペルを中断し、辛うじてそれを避けるミスティアだったが、時間が経過すればする程、少女の攻撃は止まらないどころか激しさを増していた。
「まだまだ」
その言葉と同時に、少女を中心にして円形に光弾が展開、わずかな停滞の後、一斉に放たれる。
だが、ミスティアは次々に向かってくる光線に気を取られ、その光弾が放たれたことを知らない。
ミスティアがそれに気付いた時には、すぐ目の前にまで迫っていた。
「きゃああぁぁ!?」
かわしきれず、光弾に被弾したミスティアは、そのまま逃げるように飛び去る。
逃げ始めたのを確認した少女は、追撃することもなく、すぐにスペルカードを仕舞い、満足そうに頷く。
「即興にしてはまずまず、じゃな。・・・・・・まったく、東方の地には、面白いモノが多いわい。ゆっくりと観光したいんじゃが、そうも言ってはいられぬか。あやつがこんなことをしでかした以上、致し方ないのう」
そして、少女は再び空を見上げた。
太陽のように明るい月と構築されたモノを眺めながら、ため息をつく。
「己の過ちに気付くのが先か、逆鱗に触れるが先か・・・・・・いずれにせよ、いざという時の覚悟はしておこうかのう」
重々しく呟いて、少女は再び歩き始める。その足取りに迷いはなく、まっすぐに目的地へ進んでいるようにも見えた。
ほぼ同時刻、桜花結界に程近い上空。
冥界の主である西行寺幽々子と、その庭師、魂魄妖夢の二人は、一路紅魔館へと向かっていた。
ちなみに魔理沙とアリスだが、橙が幽々子の元を訪れた際には、既に自宅へ帰っていた。白玉楼に着くや否やそれを知った橙は、二人を迎えにいくと言ってあっと言う間に飛び立った。
その台風のような行動に、取り残された幽々子と妖夢は、しばらくの間呆然としていたが、やがて気を取り直し、一足先に向かうことにしたのだ。
前を飛びながら、幽々子は妖夢に首をかしげて聞いた。
「紫から「紅魔館に来るように」だなんて、どうしたのかしら?この異変と関係あるのかしらね、妖夢」
「そうですね」
「それにしても、時が止まる異変だなんて、今までのとは型が違うみたいね。今度の犯人は誰なのかしら?」
「そうですね」
流石は冥界の主である。紫に教えられたわけでもないのに、異変を感じ取っていたらしい。
だが、幽々子の問いに、従者である妖夢はうわの空で返答。その様子に、幽々子はそっとため息を漏らす。
実は、紅魔館から戻ってきた時から心ここにあらず、といった具合だったのだ。普段なら絶対に転ばない筈の、何の変哲もない廊下で転んだりしていたのだがそれは序の口であり、木の幹に激突したり、飲もうとしたお茶をすべて服にぶちまけたり。極めつけは、魔理沙が置いていった竹箒で剣の素振りをしたり、等など、普段からはおよそ考えられない行動を取り続けていた。
特に最後の部分は、その光景を見た幽々子は流石にからかうことも笑うこともできず、しばらくの間呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
しかもその間、何を話しかけても「そうですね」か「なんですか?幽々子様」としか返してこなかったのだ。
その光景を思い出し、幽々子は深いため息をついた後、疑惑を確信に変えるべく、今まであえて触れなかった話題を持ち出した。
「妖夢」
「なんですか?幽々子様」
「・・・・・・そんなにショックだったの?」
幽々子の言葉は、あらゆる意味で効果てきめんだった。
「な、なっなにを言うんですか幽々子様。私は別に、子供が羨ましいとか、ちょっと妬ましいとかなんて思ってません!咲夜さんに子供がいるのを知って動揺もしてません!!」
弾かれたように主の方へ向き直り、顔を真っ赤にして否定する妖夢だったが、はっきり言って説得力はない。ついでに言えば、幽々子は一言も「咲夜」とは言っていない。つまり、妖夢は見事に墓穴を掘っていたことになる。
その様子に、幽々子は疑惑が確信に変わるのをはっきりと感じた。
「・・・・・・妖夢」
「な、なんですか幽々子様、その疑いの眼差しは!」
「・・・・・・まあ、人の趣向に口出すつもりはないけど、相手が悪いから諦めなさい」
「違います!!」
「ああ、いいのよ妖夢。私はそんなあなたが大好きだから」
「・・・・・・幽々子様?」
「あなたがメイド長に対してどう思ってるかは分かっているから・・・・・・」
「だから――!!」
どこか達観したかのような微笑みを浮かべる幽々子と、顔を真っ赤にして反論する妖夢。からかう者とからかわれる者、という、非常に分かりやすい関係である。
ある意味近寄りがたい、二人だけの世界をかもし出しながら飛ぶ幽々子と妖夢。だが、いつの世も、その世界に介入する者はいるようだ。
「すみません」
唐突にかけられた声――声色から判断して、女性の声だろう――に、二人の動きが同時にに止まり、幽々子、妖夢共に真剣な表情を浮かべ、周囲を見渡した。
ほどなく、声をかけたであろう、目深くフードをかぶり、白いローブをまとった女性が真後ろに飛んでいるのを見つけ、妖夢は真剣な表情を崩さず、刀を構える。
――声をかけられるまで、気付かなかった・・・・・・!
いくら注意力が散漫だったとは言え、気配がまったく感じられずにあっさりと背中を見せてしまった事実は、庭師兼剣士でもある妖夢にとっては屈辱だった。音が鳴る程強く歯をかみ締め、先ほどの表情が嘘のように鋭い目つきで、その女性を睨みつける。
友好的とは言いがたい雰囲気が伝わったのだろう。女性はローブの中から両手を出し、そこに何もないことを示す。
「急に声をかけてごめんなさい。敵意はないから、そう構えないで、ね?」
「・・・・・・」
諭すような言葉に、妖夢は刀を納めたものの、いつでも攻撃できる体勢は崩さない。
だが、女性はそれでも安心したのか、安堵のため息をつく。
「・・・・・・何か御用ですか?」
若干棘の残る妖夢の言葉に、しかし女性は気にすることなく問い返す。
「この近辺で、髪は銀色、目は黒の女の子を見ませんでしたか?」
「・・・・・・探してどうなさるつもりかしら?」
「話さないと、教えてもらえないのですか?」
女性の言葉に、幽々子はしばらくの間考え込み、
「・・・・・・あなたが探している子かどうかは分からないけど、よく似た女の子がいるわ」
「幽々子様?」
その言葉に、妖夢は驚いて主の方を向く。
だが、幽々子はそんな妖夢などおかまいなしに話を進めた。
「丁度、そこへ行く予定だから、ご一緒しません?」
「ありがとうございます」
礼を言う女性に、幽々子は微笑む。が、妖夢は主の言葉が理解できていないような表情を浮かべていた。
耳元で、幽々子だけに聞こえるように聞く。
「幽々子様、一体どういうことですか?」
「銀髪に黒の瞳の少女。止まった時。そしてそれを探す女性。僅か一日でこれだけ関連がありそうな事が起きたわ。何もかもができすぎてると思わない?」
「え・・・・・・?」
「虎児を得るためには虎穴に入らないといけないでしょう?」
そう言って微笑む幽々子を見て、妖夢は目を白黒させていた。
そんな妖夢を尻目に、幽々子は尚も楽しそうに笑いながら、目の前の女性に対し、先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。
「ところで、あなた。顔を隠しているけど、見られたくない理由でもあるのかしら」
「別にありませんよ」
そう言って、女性はあっさりとフードを取り――露になった容貌に、二人は絶句した。
――満月に照らされ、浮かび上がったその顔立ちは、瞳が金色であることと、髪が若干長いことを除けば、十六夜咲夜そのものだった。
レミリアの私室、魔法の森の中、桜花結界の近くで、それぞれの会合と出会いが繰り広げられていた丁度その頃、ヴワル図書館ではもう一つの会合が行われていた。
参加者は咲夜、ベル、図書館の主パチュリーの他に、成り行きで非番をもらった美鈴と司書の小悪魔である。もっとも、ベルは小悪魔と一緒に遊んでいるため、その場にはいないのだが、話題に関わりがあるため、一応は参加者ということになっている。
三人とも一つのテーブルを囲んでおり、しかしその表情は一様に険しい。
「・・・・・・要するに、あの子と一緒に遊ぶにしても、何をすればいいのか分からない訳ね?」
「はい」
「そうなんですよ」
パチュリーの言葉に、咲夜と美鈴はほぼ同時に頷く。
休暇をもらい、いざという場面になって、二人とも何をすればいいのか分からなくなったらしい。そこで、館一番の知識人であるパチュリーに助言を求めにきた、ということだ。
頷く二人を見て、しかしパチュリーはすぐに答えず、険しい表情で考え込む。
「・・・・・・私でも未だに分からないことって多いんだけど、子供の遊び関係は全滅ね。第一、この図書館にそういう系列の本があると思う?」
その言葉に、咲夜と美鈴は考え込み、そして同時に首を振った。
考えるまでもないことである。ここにはあらゆる知識が眠っていると言われているが、そのすべてが魔道書、と言っても過言ではない。少なくとも、パチュリーや小悪魔、魔理沙が知る範囲では、魔道書関係の本しか見たことがなかった。
パチュリーはため息をつき、その後、思い出したように呟く。
「私よりも・・・・・・多分、司書の子の方が詳しいんじゃないかしら」
実はここを訪れた際も、司書である小悪魔は率先してベルの相手を買って出た。しかも何故か子供の扱いに馴れており、咲夜から離れたにも関わらず、ベルも楽しそうに遊んでいたのだ。
その光景を思い出し、二人は納得したように頷いた。
「なら、その子に聞いた方が早いみたいですね」
「そうね。パチュリー様、その子は今どちらに?」
「多分、あっちに――」
「パチュリーさん!」
パチュリーが真横を指差したとほぼ同時に、その方向から、切羽詰った表情を浮かべた小悪魔が飛んできた。――文字通り、尋常ではない速度で。
突進するかのような飛行に、三人は思わず腰を上げ、いつでも逃げられる体勢を作る。
だが、小悪魔は目前で体勢を変え、急ブレーキを踏むかのごとく停止した。
体当たりをくらわずに済み、安堵のため息をつく二人に対し、いつもとは違う現れ方を不審に思ったのか、パチュリーはジト目で問う。
「一体どうしたのよ?」
「と、とにかく、た、大変なんです!えっと、その・・・・・・!!」
余程焦っているのか、その後に続く言葉が出てこない。
あまりの取り乱し様に、パチュリーは軽くため息を漏らし、小悪魔の眼前に掌をかざす。
たったそれだけだというのに、効果は抜群だった。小悪魔の視線はその手に集中し、今までの切羽詰った様子が嘘のように静かになった。
その様子を見て、パチュリーは手を引っ込め、改めて聞いた。
「で、一体どうしたの?」
「・・・・・・ベルちゃんが、迷子になりました」
「「「・・・・・・・・・・・・え!?」」」
小悪魔から語られた言葉に、三人はしばらくの間考え込み、やがて同じタイミングで素っ頓狂な声を上げた。
予想以上の声の高さに、小悪魔はほとんど反射的に身をすくめた。
「ち、ちゃんと一緒に遊んでいたんですよ?けど、本に興味を示して、それを読み始めたのを確認してから、一瞬目を離した隙にどこかへ行っちゃったみたいで・・・・・・」
恐る恐る、といった具合に報告する小悪魔。
その言葉に、パチュリーは険しい表情を浮かべた。
「・・・・・・まずいわね。ただでさえここは危険な魔道書の宝庫だし、中には自立的に侵入者を感知して攻撃を仕掛ける物まであるのよ」
「そ、そんなものまであるんですか!?」
「一時期、対魔理沙用に仕掛けた罠ね。結局被害が上乗せされるだけだから取りやめにしたんだけど、かなりの数を仕掛けたから、多分、廃棄しきれてない物がある筈よ」
「・・・・・・急いだほうがいいかもしれませんね。最後にいた場所まで案内してくれないかしら」
「は、はい」
頷いて飛び立つ小悪魔の後ろを、三人はついていった。
「ここです」
案内されてたどり着いたのは、何の変哲もない、本棚と本棚の間にある通路だった。唯一他と違うといえば、ベルが読んでいたであろう本が落ちていたことのみである。
「ここを中心に探しましょう。美鈴は向こうを。あなたはあっちを。パチュリー様は――」
「私はここに残るわ。ちょっと調べないといけないこともあるし、もしかしたら戻ってくるかもしれないから」
「分かりました。私はこっちを探すから、見つけたら大声で知らせてね」
「「はい」」
それぞれ別方向に飛んでいく三人が完全に見えなくなってから、その場に残ったパチュリーは床に落ちていた本を手に取り、何気なくページをめくり始める。
「・・・・・・見たところは、魔力も帯びていないただの本みたいだけど・・・・・・」
呟き、しかしあるモノを見た瞬間、ページをめくる指が止まった。
そこに書かれていた内容に、パチュリーは険しい表情を浮かべ、しばらくの間考え込んだ。
そして、時間にして3分程度が経過した時、パチュリーはふと、レミリアの言葉を思い出した。
「・・・・・・まさか?でも一体なんで・・・・・・」
その呟きは、パチュリーの耳にしか届かない。
再び、しばらくの間考え込んでいたパチュリーは、意を決したように顔を上げ、持ち歩いていた呼び鈴を鳴らす。
リーン、と静かに図書館に響き渡り――ほどなくして、小悪魔が飛んできた。
「お呼びですか?」
「悪いけど、私の部屋にレミィを呼んできて。その後美鈴と咲夜も連れてきてもらえないかしら」
「ですが、ベルちゃんは・・・・・・」
「多分、大丈夫よ。もしかしたら、それ以上の問題になりそうだけど」
どこか釈然としない様子だったが、それでも主の命令である。小悪魔はレミリアの元へと飛んでいった。
その後姿を眺めながら、パチュリーはポツリと呟く。
「もしかして、レミィが言ってたのは、こういうことなのかしら・・・・・・?」
答える者は、ここにはいない。
一方その頃、咲夜は図書館の中を飛び回っていた。珍しく、その顔には焦燥が浮かんでいる。
急いで探し出さないと危ない目にあうかもしれないというのに、ベルに関する手がかりはまるでなかったのだ。魔道書が反応した痕跡もなく、足取りはまったくつかめていない。
まるで、咲夜が時を止めて移動するのと同じように――
「まさか、ね」
導き出した結論を、しかし咲夜はため息と共に首を振って否定した。
「慣れないことが多すぎて疲れたのかしら。こんなこと考えてる時間はないのに」
呟き、時間を確認するために懐中時計を取り出そうとして、
――こっちよ。
唐突に響いてきた声に、咲夜の動きが止まる。
5秒程固まった後、ゆっくりと周囲を見渡し、気配を探るが、人影はおろか、異常も何も見当たらない。
だが、咲夜はその声が気になった。
「・・・・・・確か、こっちの方から聞こえてきたはずよね」
自身に確認するように呟き、そちらへと向かう。
ほどなく、図書館の出入り口が見えてきた。
「この図書館にはいない、ということ?」
返事はない。が、咲夜は自らの直感とその声を信じることにした。
躊躇わず図書館を出て、そのまま紅魔館の外へと向かう。
まるで、何かに導かれるように。
「パチュリーの話を聞いて、確信を持てたわ。急がないと大変なことになるわよ」
開口一番、レミリアはパチュリーの部屋に集まった人物――慧音、パチュリー、フランドール、美鈴、紫の5人に告げた。その表情も実に様々だが、パチュリー以外の4人の心境は見事に一致していた。
「どういうことだ?」
4人の心境を慧音が一言で表すと、レミリアは目が笑っていない微笑みを浮かべて答える。
「幻想郷を覆う結界よ。あれは恐らく、まだ完成してはいない」
レミリアの言葉に、事情が分かっていない美鈴を除く全員が絶句した。
「――どういう意味、かしら」
「あの結界は時を止める効果がある、というのは、あなたが言ったことよ?そして、力の弱い者から順に止められている――つまり、最終的に私たち全員の時を止めるまで、完成しないのよ。そして、構築されてから実に5時間以上が経過している今、私たちにも影響が出始めていると見ていい。のんびりはしていられないわ。幽々子とその従者は途中で合流する手はずになってるけど、霊夢や魔理沙達を待つ時間はない・・・・・・咲夜は?」
「そ、それが・・・・・・図書館にはいませんでした。恐らく外に出たんだと思いますが・・・・・・」
「そう・・・・・・」
レミリアは小さくため息をつき、未だに首をかしげる美鈴に向かって鋭い視線を向け、命令する。
「美鈴、あなたも来なさい」
「は、はい!・・・・・・けど、お嬢様、一体何が起きているんですか?」
「ここで説明するには長くなるから、向かいながら話すわ。・・・・・・この異変と騒動の犯人を」
レミリア達が慌しく動き始めた頃、咲夜は魔法の森上空を飛んでいた。
ほとんど勘に近い行動である。この先にベルがいる確証があるのか、と問われれば、咲夜は「ない」と迷わず答えただろう。だが、何故かそこにいるような気がしてならなかったのだ。
レミリアの言葉を借りるならば、『運命』というものなのだろうか。咲夜はふとそう思った。
「こんばんは」
唐突に真横からかけられた声に、咲夜は無意識の内に時を止め、ナイフを手にそちらへと向き直り――そこにいる人物を見て、目を白黒させた。
真夜中だというのに、顔の半分を隠すかのように日傘を差し、白のドレスを身に纏い、背中には蝙蝠のような羽を生やした少女。それは、咲夜が毎日目にする主の姿に酷似していた。
「レミリアさ――」
言いかけて、咲夜は微かな違和感を感じた。
――レミリア様、じゃない・・・・・・?
「流石ね。本物の私が目をかけるだけはあるわ」
心を読んだかのような言葉に、咲夜は絶句し、反射的にナイフを構える。
その様子に、しかし少女は気にしていないかのように、楽しそうに微笑む。
「心配しなくてもいいわ。私はあなたの敵ではない。あなたの主の敵にもならないわ。なりたくない、というのが正確かしら?」
「・・・・・・あなたは?」
「名前を聞いているのなら・・・・・・そうね、別にどう呼ばれても構わないけど・・・・・・フォルでいいわ」
「どういうこと?」
「私には名前がないのよ。今まで呼ばれたこともないし、必要ないものだったから」
フォルと名乗った少女はそう言って、一瞬だけ、様々な感情が混ざった笑みを浮かべる。
だが、咲夜がその笑みをよく見ようとした時には、既にそれを打ち消し、真剣な表情を浮かべていた。
「行くわよ。あの子――あなたがベルと名付けた子なら、この先にいるわ」
「何故――」
「『知っているの?』なら、答えは簡単。この異変を解決するために私は動いているんだけど、ベル、という子が、その犯人だからよ」
「・・・・・・なんですって?」
信じられない、といった表情を浮かべた咲夜に、フォルは冷静な声で問う。
「あなた、もしかして、分かっててその名前をつけたわけじゃないの?」
「どういうこと?」
問い返す咲夜の、氷のような鋭い視線を向けられ、しかしフォルは呆れたようにため息をつく。
「『北欧神話』という言葉に聞き覚えはないかしら?」
「聞いたことくらいならあるけど、内容までは知らないわ」
咲夜の言葉に、フォルは納得したように頷いた。
「成る程ね。これも『運命』というものかしら」
「説明してもらえるかしら?」
訳が分からずに首をかしげる咲夜に、フォルは微笑みを浮かべて説明を始めた。
「北欧神話の中に、運命又は時の三姉妹と呼ばれる女神がいるのよ。過去と運命を司る長女ウルド。未来と存在を司る三女スクルド。そして・・・・・・現在と必然を司る次女、ベルダンディ」
「ベルダンディ・・・・・・ベル・・・・・・まさか?」
「そう、そのまさかよ。時を止めるとは即ち現在をとどめること。つまり、幻想郷を覆う結界はあの子が作り出したモノということよ。・・・・・・実はね、あの子が現れる前から、幻想郷の時の流れが緩やかになっていたのよ。誰も――あなたでさえも気付かないくらい、ゆっくりと。その時から既に、結界は構築され始めていたの。もっとも、本当に不完全な代物だったんだけど、それを依り代にして、あの子はこの地に現れた」
「・・・・・・」
「そして、あなたに出会ったその日に、あの子は24時で時を止めた。その瞬間こそが、過去と未来の境界である『現在』を使う、あの子が最も力の出せる時間だから。その力を利用して、この結界――『時の鳥籠』を構築したのよ」
「『時の鳥籠』?」
「そう」
そこで一旦言葉を切り、フォルは日傘をたたみ――月光に照らされたその容姿に、咲夜は言葉を失った。
髪はレミリアよりも若干長く、顔立ちもどちらかと言えば大人びている、という程度の相違しかない。だが、その髪も、そして瞳も、鮮やかな深紅だった。
呆然と立ち尽くす咲夜に、フォルは可笑しそうに微笑み、言葉を続けた。
「私たちは鳥。あの子は、鳥達が飛び出さないように、死なないように、鳥籠を作り、その中の時を止めた」
「・・・・・・何故?」
「大体の予想はつくけど・・・・・・あの子に聞いた方が早いんじゃないかしら?」
そう言って、フォルは視線を上空へと向け、咲夜も釣られるようにそちらへ向き直って、
「ベル・・・・・・」
「お母さん」
満月を背に、宙に浮かぶベルの姿を見つけた。
その姿は、注意して見ないとすぐに消え去りそうな、そんな儚げな印象を咲夜に与える。
「ベル」
感情のない――けれども、冷徹とも硬質的とも言えない声で、咲夜は自身がつけた名前を呼ぶ。
呼ばれて、ベルは悲しそうな目で咲夜を見つめる。
その目をまっすぐ見返しながら、単刀直入に、咲夜は先ほど疑問に思ったことを聞いた。
「ベル、何故、時を止めたの?」
「・・・・・・たかったから」
「え?」
あまりにも小さな、消え去りそうな声に、咲夜は思わず素っ頓狂な声をあげる。
だが、ベルは悲痛に満ちた表情のまま、呟くように言った。
「お母さんと、ずっと一緒にいたかったから」
「・・・・・・」
「時を止めれば、何も起きないから。お母さんとずっと一緒にいられるから・・・・・・」
今にも消え去りそうな声で話すベルに、しかし咲夜は首を振った。
「ベル、時間を元に戻しなさい」
「・・・・・・お母さんは私が嫌いなの?」
「あなたは嫌いではないわ。けど、この結界に関しては、好き嫌い以前の問題なのよ」
「なんで?」
「洗濯物が乾かないわ」
「・・・・・・」
大真面目に答える咲夜に、ベルは目を白黒させた。咲夜の隣では、フォルが必死に笑いをこらえている。
それを横目に、咲夜は大真面目に言葉を続けた。
「それにね、ベル。人は太陽の下で生きるものなの。ずっと夜だと調子が狂うし、健康にもよくないわ」
「・・・・・・それだけなの?」
「他にも言いたいことはあるけど、それは時間を元に戻してから。さあ、ベル」
そう言って、咲夜は手を差し出した。
その手を悲しそうに見つめ、ベルは首を振った。
「・・・・・・嫌」
「ベル。聞き分けのないことを言わないで」
「お母さんの頼みでも、これだけは絶対に譲れない。ずっと一緒にいるためなら、私は・・・・・・時を、止める」
ベルが言い終えると同時に、周囲の空気が変質する。
ただそこにいるだけで、まるで液体の中にいるような感覚。その変質を、咲夜もフォルも敏感に感じ取っていた。
恐らくは、周囲の空気さえも止めにかかったのだろう。
「これ以上、話し合いの余地はないみたいね。恐らく、スペルカードも持っているでしょうし・・・・・・止めるつもりなら、本気でいかないと手痛い目にあうわよ?あれでも神の一人なんだから」
「・・・・・・分かっているわ」
「じゃあ、この場限りの即席コンビとして頑張りましょうか」
両手にナイフを持ち、構える咲夜。フォルは日傘を手に、口調とは裏腹に目を鋭く細める。
「――この異変を終わらせる為に」
「――再び正常な時を刻む為に」
「その稚拙な性根を叩きなおしてあげるわ、『現在』の女神!」
「時間をあるべき存在に戻させてもらうわよ、ベル!」
非日常世界の非日常がお見事でいらっしゃる。
主役が誰か、なんて気にならないくらい、誰も彼も格好良いです。
努めて理性的に書いていますが、興奮度はかなり高いのです。
ああ、次回以降も目が離せません。勝手に期待大。
紅色の狂月下の感想にも書きましたが、オリジナルの設定を組み込む巧さが凄い。続きが気になる気になる。
次は弾幕戦かな? それとも? なんて色々と想像しながら次回をお待ちしています。