Coolier - 新生・東方創想話

月と本音と、月見酒

2004/08/20 02:10:09
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※<少女達のお仕事事情>の続きです。突発的な。


「はぁ……」
夜。
夜行性で無い限り、人ならばもう眠っている時間。
草木も眠る丑三つ時、なんて言い方もある。
そんな時間にもかかわらず、
咲夜は寝付けずに、物思いに耽っていた。
「過去…か…」
過去。
今の自分を作る土台。

『私には、貴女と言う本来ならば背中を預ける相手が居るけれど、
 どう足掻いても背中は預けられないの。
 いや、貴女だけじゃない、誰にも預けられない』
『そう。預けようとしても、この翼が邪魔をして、
 私の背中が、貴女の背中に届かない』
『どうにかしてその隙間を無くそうとするのだけど、
 そうやって努力している間に相手は一生を終えてしまう。
 徒労に終わってしまうの。
 そして残されるのは、私だけ』

お嬢様は、そう言った。
相手に背中を預けようとして、出来ずに終わった過去。
彼女は常に、それを見つめている。
だと言うのに、自分はそれから目を背けている。

『…確かに人それぞれ、可能な事、不可能な事はあるよ。
 殊に私は、そのテの事がお前達より遥かに多い』
『でも。可能不可能で物事は語れない。
 レミリアの、パチュリーに会うまでと、
 お前に会うまでが、その良い例なんじゃないか?』
『それからもう一つ。
 可能不可能で物事は語れない。だから、
 …可能不可能でやるかやらないかを決めちゃいけないんだ』

それでも魔理沙は、「茨の道を選ぶ」と言った。
不可能を目の当たりにした過去。
彼女は常に、それに挑んでいる。
自分はと言えば。
「諦めちゃったものなぁ……」
溜め息と共に言葉が漏れ出る。
何だか自分が、情けなくなって来た。

―……。

咲夜はふと、さっきから感じられる気配が気になった。
窓の方からだ。
誰かが、外にいるのだろうか。
カーテンを開けると、そこには。
「…魔理沙…」
満月の明かりをバックに、魔理沙が横向きで箒に座っていた。


魔理沙は咲夜に気付くと、そちらを見て笑った。
「どうしたんだ、こんな時間に腐った顔なんてして。
 肌に悪いぞ」
窓越しだと言うのに、
その音は何の障害も無いかのように伝わり、咲夜の耳に入って来た。
「何やってるの、こんな時間にこんな所で」
窓を開けつつ咲夜は問う。
魔理沙は事も無げに答えた。
「見ての通りさ。
 お前こそ、悩み事に寝不足。
 どっちも女性の大敵じゃないか」
「……分かるの?」
思わず誤魔化すのを忘れる咲夜。
しかし。
「……その顔を見れば分かるよ」
そう答える魔理沙の声は、真面目だった。
しかし、すぐにいつものおどけた口調に戻る。
「ま、そう言う時は酒飲んで忘れるのが一番だ。
 一杯付き合わねぇか?」
「……」
「探してたんだ。
 誰かと飲みたいって思う時に限って皆寝てるんだぜ、
 困ったもんだよ」
頭を掻きながら魔理沙は言う。
なんだか無理やりな理由だ。
でも、今夜はそれが咲夜の耳に自然に入って来た。
「……良いわよ」
咲夜は、魔理沙を部屋へと招き入れた。


「ビールモルト?」
「うん。面白いだろ、酒から作る酒なんて初めて見たよ」
魔理沙の帽子はどんな作りをしているのだろう、と咲夜は時々思う。
何でも出て来るのだ。
現に今も、冷えたグラスに酒の瓶、氷まで。
そう咲夜が考えている間も、魔理沙は慣れた手つきで2つのグラスに酒を注いでいく。
ちなみにビールモルトとは、ビールを蒸留して作るウイスキーの事だと、
魔理沙は咲夜から後で教えてもらう事になる。
「はい」
「ありがと」
グラスを受け取る咲夜。
そして、どちらからとも無く飲み始めた。
窓は開けたまま。
灯りは点けていないため、月明かりだけが部屋を照らしていた。
咲夜は酒を口に含み、ちょっと顔をしかめた。
「結構きついわね」
「…そうかな?」
魔理沙はそう言って、グラスを傾ける。

カラカラカラ……

氷とグラスが奏でる、あの独特の音。
「いつも大変だよな、お前」
「何が?」
「いや、昨日も言ったけど、
 お前には自分を労わる暇が無いと言うか、何と言うか。
 今だってそうだ。寝る間も惜しんで何か悩んでる。
 ……人に言えない悩みって言うのは、言うのが苦しいから言えないんじゃない。
 言わないから苦しいんだ。
 言ったからといってそれが解決されるわけじゃないけど、
 誰かに言えば、少しは楽になると思うぜ?
 酒の勢いでも、なんででもな」
労わる時間が作れないのなら。
誰かがこうやって、それを作るべきだ。

―だから今夜は、私がその「誰か」になる。

魔理沙の眼が、そう言っていた。
もしかしたら、その為に来てくれたのかも知れない。

―だって、夜に。
 
「……魔理沙」
「あん?」
「私ね、時々思うのよ」
そう思った咲夜は知らず、話していた。
やっぱり、誰かに話したかったのだろう。
咲夜は、他人事のように納得した。

―夜に寝ている奴なんて、私の知っている中には居ないんだから―



「こういう日常が、夢なんじゃないかって」
「……」
「なんか、幸せすぎるから」
月が、翳った。
魔理沙の横顔に、少し影が落ちる。
「……そうか。
 まあ、誰にだってあるよ、そう思う事は。
 昔とのギャップが、大きければ大きいほど、な」
「!?まり……」
咲夜の声をさえぎるように、魔理沙は続ける。
「お前の過去は知らないし、知る気も無い。
 お前自身も、過去を振り返るのは、ご臨終の時ぐらいで十分だよ。
 過去ってのは、人の土台のような物だからな。
 自分が立ってる土台を気にしても、そこには何の意味も無い」
「…ご臨終って…」
「わざわざ、過去の過ちを追体験する事も無いだろ?
 過去ってのは意地悪な奴でな、
 例え良い思い出を持ってても、
 こっちが振り返ると悪い物しか見せてくれない事が多いんだ」
月が晴れる。
魔理沙の顔は、笑みを浮かべていた。
「大事なのは今なんだから、とっとと忘れる。
 眠って起きたら、仕事に励む。
 これで充分だろ」
「労わるのは何処へ言ったのよ」
「ばか。労わる云々はそれ以前の問題だぜ。
 もうお前は分かってるんだから、今更」
言うまでも無い、とグラスを口に運ぶ。
咲夜は、そんな魔理沙を見て、ふと訊きたい事ができた。
何でなのかは、分からない。
酔った勢いなのかも知れない。
でも、それでも良かった。
「……ねえ」
「……?」
「貴女の生き方の秘訣って、何?」

―口元に手をやり、たっぷり一分考えてから、魔理沙は答えた。

「秘訣?秘訣なんて無いぜ。
 考えた事も無いし。
 ……まあ、強いて言うなら、私がその秘訣なのかな」
「…ナポレオン?」
「誰だそれは?」
「知らないのなら、いいわ」
「そうか。
 しかしお前、そんなの人に訊いてどうするんだ?
 お前の生き方はお前が決めるもんだろ」
「……その生き方に、自信が持てなくなったらどうするの?」
「それは、死ぬ時まで無いだろ。
 いや、死んでも無いだろ。
 もしそれでもって言うのなら、それはお前が決めた物じゃないって事だぜ」
そこで、咲夜は考える。
一時の悩みとは言え、私は自分に疑問を持った。
でも、従者でいると、自分は決めたんだ。
自分で決めたんだ。

―だから、それに自信を持とう。

過去は、今の自分を成り立たせるためには不可欠な物だし、
もし、あの中の1つでも欠けていたら、きっとここにはいない。
「そう……そう、よね」
「あ、やっと笑ったか」
「そうよね、らしくないわよね」
「らしくない?それは違うよ」
グラスに酒を継ぎ足しながら魔理沙は言う。
「“In vino veritas there is truth”…。
 知ってるか?西洋の古い諺なんだが」
「えーっと…『酒中に真あり』、だっけ?」
「そう、酒は人を正直にするんだ。
 酔えば本音で戯言の1つや2つ、誰だって言うさ。
 今夜のお前は、随分と出来上がってるようだな」

―だから、忘れてやるよ。

グラスを一気に呷り、
その言葉を、魔理沙は酒と共に飲み込んだ。


魔理沙が酒を嚥下するのと同時に、部屋の扉が静かに開いた。
「あら、月を肴にオンザロックとは、随分洒落てるわね」
「……それはこいつだけだよ」
「お、お嬢様……?」
「氷の良い音がしたから、ね」
レミリアが入って来る。
「御一緒して良いかしら?」
「これは魔理沙が持って来たので、まり……あ」
声をかけようと魔理沙を向くと、既にもうグラスを準備していた。
「私は魔理沙だぜ。
 それとも、もう呂律がアレか?」
「違うわよ」
「ふーん…」
「あれ、なんで4つも?」
見ると、何処からか取り出したテーブルに、グラスが6つ。
自分たちのグラス2つを除くと、4つ出した事になる。
魔理沙は帽子に手を突っ込み、何やら楽しそうにごそごそとやっていた。
「…後3人、呼んで来いって事でしょ?」
そんな彼女の代わりに、レミリアが言った。
その返事の代わりに、咲夜は部屋を走って出て行った。


「何でいっつもいっつも中国なんですかぁ~……しくしく」
「美鈴、泣き上戸だったのね」
「あああ、お嬢様にもバカにされたぁ~……しくしく」
「それ、被害妄想って……」
「あああ、咲夜さんにもバカにされたぁ~……
 もう私、どじでのろまな亀って言われても言い返せないわぁ~…しくしく」
「誰も言わないわよ」
「しくしくしくしく……」
「ねぇ、魔理沙。パチュリーさんが、
 前に魔理沙や咲夜の事を『イレギュラー』って言ってたんだけど、どう言う事?」
「んー、その質問はどう言うニュアンスだ?」
「どうもそうに見えないから、どこら辺が、って事かな」
「そうだな……どっちつかずな所、なんだろうな」
「……?」
「“かわいらしい起き上がりこぼし”って事なんだけど……
 これじゃ分かるはず無いな」
「……うん」
「まりさぁ~…」
「うわっ、パチュリー!絡むのはやめろ絡むのは!
 ……人間の定義、妖怪の定義、どちらも曖昧なもんだから、
 私や咲夜、霊夢みたいにどっちも当てはまる奴が出てくるんだ。
 イレギュラーの所以はその辺なんだろ。
 魔法って言うのは、限定された対象に効果を及ぼすものが多くてな、
 私みたいに限定しきれない者には通用しない物も出てくるんだよ。
 特に、あの結界とか……って、おい!ばか、何処触ってるんだよ!」
「まりさぁ~…」
「酒癖悪ぃな、ったく……
 レミリア、何とかしろ!」
「ごめーん、美鈴慰めるので手一杯なの」
「そんなの後回しで良いだろ!」
「自業自得よ。常日頃貴女が中国って呼んでるから悪いのよ」
「あーもー!」


夜。
夜行性で無い限り、人ならばもう眠っている時間。
草木も眠る丑三つ時、なんて言い方もある。
そんな時間にもかかわらず、
紅魔館はとても明るかった。


どうも、斑鳩です。
突発的な続き物を書いてみました。
夢で見た内容をそのまま丸写しして、酒ネタになると言う悲劇。
黒魔法音楽堂氏の疑問にさりげなく答えようとして、あからさまっぽくなる追い討ち。
久しぶりにきついです。
酒飲みながら書いたせいだな、きっと。


感想待ってます。
斑鳩
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