幻想郷に浮かぶ、蒼い満月が地上を照らす中、少女は歌う。
どこまでも響き、そして透き通るような声で歌う。
けれど、人も、妖も、動物も、その歌声に耳を貸さない。
――幻想の地 飛ぶは『二色の蝶』 縛られぬ者
――幻想の地 内持つは『蜘蛛と蝶』 狭間統べる者
――幻想の地 進むは『黒き風』 停滞知らぬ者
――幻想の地 使うは『七つの色』 形操る者
――幻想の地 浮かぶは『完全な紅月』 紡ぐ者
――幻想の地 側にあるのは『銀の僕』 従う者
――幻想の地 想うは『死霊の姫』 舞う者
――幻想の地 側にあるのは『最後の侍』 断つ者
――幻想の地 構えるは『従わぬ変革』 眺める者
――幻想の地 側にあるのは『不完全な紅月』 紡がせる者
――幻想の地 現れるは『銀氷の華』 止める者
蒼い満月を背に、日傘を差した少女は歌い続ける。
口元で微笑を作り、楽しそうに、紡ぐように、語るように、独白のように歌う。
誰もその歌声に耳を貸さない。まるで聞こえていないかのように。
――異郷に咲く 冷たく可憐な華 銀色の夢
――華は銀色を好む 見せてはいけない 誰かが見せてしまう
――華は時計を好む 見せてはいけない 誰かが見せてしまう
――銀色を見つけて 時計を抱いて 華は気に入るから きっと華は咲くから
――異郷に咲く 冷たく儚い華 誰にも分からせない 誰にも気付かせない
――氷の華 願うは夢 孤独を嫌う 孤独になる
――夢は壊れる 華は悲しむ そして失う
――華は願う 夢の夢を 永久の輪の中に
そして、少女は唐突に歌うのを止める。
口元に微笑みを浮かべたままの表情で、少女は、ふふふ、と笑う。
「紅い霧。訪れなかった春。欠けた満月。すべての騒動を乗り切ったあなた達。さすが、というべきかしら?」
楽しそうに、嬉しそうに、少女は言葉を続ける。
「けれど、これから起こる騒動はあらゆる意味で別格。人でもなく、妖でもない、限りなく、自然と言う名の純度が高められた事象。従わざるをえない、影響を受けざるをえない者達。だからこそ、普通ならば誰も気付かない。気付く筈もない。それが正常な、あるべき姿なのだから」
微笑みを浮かべたまま――それ以外の表情を知らないかのように、少女は囁く。
「果たして、この騒動が終わるまでの間、最後まで動いていられるのは、あなた達の内何人かしら?それとも――」
「――誰も、動かなくなってしまうのかしら?」
その言葉を最後に、少女の姿が消える。けれど誰も気付かない。
まるで、初めからそこには誰もいなかったかのように、幻想郷はいつも通りの夜を刻み込む。
――人も、妖も、動物や虫でさえも気付かない、ある変化も刻みながら――