Coolier - 新生・東方創想話

「笑うこと、愛を持つこと」

2008/09/20 23:19:47
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「紫さま!いつまでも若くいる秘訣ってなんですか?」






橙が何やら神妙な顔付きで放ったその一言は、幻想郷でもトップクラスの頭脳を持つ二人の脳内で、一大会議を開かせることとなった


(何を言い出すのこの子は・・・?秘訣も何も私はまだピチピチの××××歳・・・いや、若さ=美しさって意味で言ったのかしら?)
(おま・・・っ!紫さまにでそんなことを言ったら・・・!・・・いやまてよ?はっきり「バ○ア!」と言ったわけでもなし・・・)


橙の意図は、なかなかに読みにくかった

橙が紫の歳を馬鹿にするようなことなど絶対にありえない、それだけは確か

だが悲しいかな、二人には橙が主人に向かって「歳食ってるくせに綺麗だな」と暗に言っているという捉え方しかできなかった

八雲家の食卓のは、朝だというのに妙な重苦しさが漂っていた


「橙、あなたはまだ子供じゃない。どうして急にそんなこと・・・」
「そそ・・・そうだよ橙。それにさ、なにもわざわざ紫さまに聞かなくてm痛ぁあーい!!!」
「らっ、らんしゃま!!」


紫の右手が、藍の尻尾のうちの一本をがっしりと捉えていた

この一家ではまま良くある光景なのだが、なぜか今日の橙は、紫が掴んでいる藍の尻尾を見て今にも泣き出しそうだった

その顔を見た紫は呆気にとられて、藍の尻尾を掴んだまま少しの間固まってしまった

藍も悶絶しながら橙の顔を確認すると、痛みも忘れて固まった

固まった主に尻尾を掴まれたまま固まる狐と、それを見てとうとう嗚咽を漏らしはじめた猫

なんとも不可解な朝の光景が、そこにあった


「えっと・・・橙?何か私、悪いことしたかしら?」
「ああ橙・・・!ごめんよ、私の声がびっくりしたんだね・・・」


とりあえずは自分達がしっかりしなければと、二人はおろおろとつまらないことにこだわるのはやめにした

ますは可愛い娘の話を聞いてやるのが先だと、紫は藍の尻尾を放して橙の顔を覗き込んだ

すると橙は、ぐずりながら首をふるふると横に振る

いや、こんな日常茶飯事な光景を見て急に泣き出すなんて、どう考えてもおかしい

主人達は目配せをして、次の行動を確認して頷いた

使命を受けた藍はいつものように顔を橙の高さに合わせて、優しく尋ねた


「橙、なにか悩みでもあるのか?」


こくりと頷く


「・・・そうか。それは今、話せる?」


少し考えた後、首を横に振った

ううむ弱ったな

そこで、仕方ないとばかりに紫が立ち上がる


「橙、それなら私が出ていくから、藍と二人でゆっくりしていって・・・」
「あっ!」
「わっ」


急に、橙が出て行こうとする紫を呼び止めた

紫も藍も、さっきまでぐずっていた橙が急に声をあげたのに驚いて、また固まってしまった

橙幻想郷最強クラスの妖怪二人は、小さな猫にすっかり踊らされている


「ど、どうした?橙」
「あ、ご、ごめんなさい」
「橙?私にいてほしいの?」
「は・・・はい。ていうか・・・・・」
「・・・?」




「・・・・・ら、藍さまが出てってください」




その時、藍に電流走る――――――――!!



「あら」
「・・・え・・・?橙・・・?あれ、私・・・橙・・・?」
「・・・・・ですから、藍さまにはお話出来ないんです!」
「!!!」


二度目の電流を受けたのを確認した藍は真っ白になりながら、ふらふらと襖を閉めて出て行った

襖の向こうで床をこするような不気味な音が聞こえたが、紫は加齢・・・華麗にスルーすることにした

だって、橙が私を選んだんじゃない

普段なら「藍なんかより私のほうが好きよね~?」なんて頬をスリスリするところだが、今回ばかりは紫も複雑だった

改めてただ事ではないと自分に言い聞かせた紫は、ぐっと橙の目を見た


「橙、じゃあ・・・私には聞かせてくれるのね?」
「・・・は、はい。実は・・・・・・・」
「実は・・・?」
「実は昨日、紫さまの書斎の本を勝手に読んじゃったんです」

























最愛の式に大声で「出てけ」と言われた藍はすっかり気を落とし、屋敷にも入られなくなりしばらく外を歩くことにした

その肩はだらりと下がり、ぶらぶらと手を揺らし俯きながら歩く姿は、端から見ればどこの幽霊よりも幽霊らしかった

魂の抜け具合は、もうこのまま徒歩で三途を渡って行くんじゃないかというほどの重症だった

立派な九本の尾も、今にもぼろんと抜けそうに垂れ下がっている


「橙・・・・・なんだって紫さまだけに・・・・・?私が何か橙に嫌われるようなことを・・・・・?」


そんなことを呟きながらふらついていると、ふと後ろから呼ぶ声がした


「・・・藍殿か?」
「・・・・・」
「・・・・・?もし!八雲 藍殿!」
「・・・ああ、上白沢殿か・・・」


藍は無意識のうちにいつの間にか人里近くまで来ていたらしく、上白沢 慧音は藍の極負のオーラを気にかけて呼び止めた

藍が支離滅裂ながらも諸々の事情を話すと、慧音は藍を放ってはおけなくなり、ひとまず家に連れて行くことにした









「・・・藍殿、少しは落ち着いたか?」
「面目ない・・・上白沢殿」


藍は鼻をすすりながら、慧音の出したお茶をすすっていた

慧音は卓袱台を挟んで藍の向かいに座り、とても心配そうに藍を見つめている

なぜなら、藍が飲んでいるのは慧音が自分の前に置いたお茶だったからだ

藍の目の前には口を付けていないお茶が、俺を飲めよと寂しそうに湯気を立てている

これは重症だ、と慧音は眉を寄せながら、藍に出したはずのお茶に手を伸ばした


「藍殿、本当に心当たりがないのか?」
「・・・・・いや、よくよく考えてみれば・・・あります」
「む?そうか。良ければ話してみてくれ」
「・・・食事を一緒に作ったり、風呂で一緒に10数えさせたり、寝る時は必ず本を読んでやったり・・・。今にして思えば、橙には窮屈だったのかもしれません」


慧音は「そんなことないだろう」と諭しながらも、嫉妬の炎を内に燃やしていた

妬ましい、私もそうやって妹紅ともこもこしたい


「・・・だが聞くところによると、橙は紫殿に若さの秘訣とやらを尋ねたんだったな」
「は、はい」
「それはつまり・・・・・言い難いことなのだが、橙は女としての美しさを紫殿に見出して、今頃は女を磨いているのかもしれん」
「女を磨くだと!?そそそそ・・・そんな馬鹿な!!ならば橙は、紫さまとあんなことやこんなことをぉお・・・!!?」


藍はガバッと立ち上がると、こうしてはおれんと飛び出そうとした

慧音は走りだそうとした藍の服の裾を踏み、藍を止めた

さすがはEXボス、服の強度もEXである

顔を派手に畳に打ち付けた藍がぐるんと起き上がると、鼻からは結構な量の血がこぼれていた

これはどのタイミングで出た血なのだろう


「落ち着け藍殿。なぜそこで慌てる必要がある。・・・橙は今頃は紫殿に化粧の仕方でも習っているのではないかと、そういうことだ」
「・・・は、はぁ・・・・・・え?化粧、ですか?」


藍は慧音の言っていることが理解できず、頭の上に「?」を浮かべながら首をひねった


「うん。あくまで私の推測だが、橙が紫殿に若さ・・・つまりは美しさの秘訣を聞いたということは、恐らくは橙もそういったことに興味を持ったのではないか?」
「な、なるほど・・・・・いや、ですが私は・・・」
「藍殿、紫殿は美しいと思うか?」
「ええ?そ、そうですね・・・。こう言ってはなんですが、私はあの方のことを、この世で最も強く美しい存在だと思っています」
「そうか。私は藍殿も相当な美貌をお持ちだと考えるが・・・その藍殿が言うんだ。橙も今回のところは、紫殿を頼りにしたんだろう」
「あっ・・・」


自分が美しいと面と向かって言われ、藍は顔を真っ赤にして俯く

だが慧音の考えは一理・・・いや、真理に近いような気もした

そもそも、元は紫に若さの秘訣を聞いたということは、紫の美しさを橙が認識した上でのこと

よく考えれば、橙がそういうことに興味を持ったかもしれないというそれくらいのこと、すぐに考え付いたはずだ

それを私は橙に「出て行け」と言われたくらいで取り乱し、あげく関係の無い慧音にまで迷惑をかけてしまった

藍は自分の未熟さを恥じ、しゅんと肩を竦めた


「・・・上白沢殿、面目ない。私は親として、情けない姿を晒してしまっていたようです」
「橙にどう写ったかは解らないが・・・・・藍殿の橙に対する愛情は本物だと、誰しもが知るところだと私は思うがな」


藍がはっと顔を上げると、そこには慧音の穏やかな笑みがあった


「上白沢殿・・・・・」


藍はこの上白沢 慧音こそが、子供達を導く母としてのあるべき姿なのだと思い、少し滲んだ目を細めた













「・・・それでは上白沢殿、私はこれで」
「うん、くれぐれも取り乱すことのないようにな」
「はは、もう大丈夫ですよ。それでは、本当にお世話になりました」


藍は深々と頭を下げ、竹林の脇を通って帰って行った

その表情は、ここに来た時とはまるで違うとても晴れやかな表情で、慧音はやれやれと安堵の息を漏らした


「よー慧音。昼飯にしよう・・・。ん?あれは八雲の藍じゃないか。来てたの?」
「妹紅か。ああ、少しばかり話をな」


背中に籠いっぱいの山菜を背負って現れた藤原 妹紅は、ふぅんと遠くからでも目立つ立派な尻尾を眺めながら首を傾げた


「・・・・・どんな話?」
「ん、なんだ妹紅」


妹紅は暫く考えた後、訝しげに慧音の顔を覗き込んだ


「・・・そこまで気になるならば話せんこともないが・・・。そんなに聞きたいか?」
「べ、別に!・・・ただ・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・な、何でもな・・・」
「嫉妬してるのか?」


ボッと音がしたかと思うと、妹紅の顔は耳まで真っ赤になっていた

顔から火が出るとはよく言ったものだが、妹紅の体のそこかしこからは本当にプスプスと小さな炎が漏れ出していた


「うぁっ!違う違う!!私はただ、藍がこんなところに来るなんて珍しいと思ってそれで・・・」
「わかったわかった。わかったから火をしまえ妹紅、後で話してやるからな」
「ううう・・・慧音の馬鹿・・・」













「へえ、あの子猫も女らしくなりたい年頃なんだ」
「あくまで仮説だがな。だが、わざわざ藍殿を追い出したことにも説明は付く」
「うん?」
「橙は藍殿に、綺麗になった姿を見せて驚かせようとしているのではないかな」
「ははは、そんな上手い話かねえ?」
「わからんが、あの親にしてあの子あり。そういった事を好む紫殿のことも見ていれば、おかしくはないだろう」
「そうかなぁ。ま、夢はあったほうがいいか。今度藍に聞いてみよう」
「そうだな。・・・ところで妹紅、お前ももう少し身なりに気を遣ってもバチは当たらんと思うのだが・・・」
「え?・・・うわっ!ちょ、慧音!?な、何引っ張って・・・・・あ!ちょっ・・・脱げるって脱げる!!脱げ・・・・・・」


もこもこ
















藍は内心うきうきと竹林の脇の道を歩いていた

実のところ、藍も既に「橙が綺麗になって驚かせてくれるかも」ということはすっかりと頭に思い浮かべていた





『藍さま・・・橙は、綺麗ですか・・・?』
『ああ・・・橙、すごく綺麗だよ・・・』
『・・・藍さま、実は私、藍さまのことが・・・・・』
『橙、いけないよ。血の繋がりが無いとはいえ、私達は親子なんだ。そんなことは・・・』
『・・・・・だめです!もう我慢できません!らんしゃまああああああああああ!!』
『・・・・・橙!ちぇぇぇえぇえええええええええぇぇえん!!』





「ちぇぇぇえぇえええええええええぇぇえん!!・・・はっ!こうしてはおれん!早く帰らねば!!」


藍はもういつもの藍だった

鼻血の量もEX

まさにスッパテンコー一歩手前の藍はいてもたってもいられず、空に飛び上がった


「待っていろよ!綺麗な橙!!」


全速力で屋敷へ向かおうとした藍は、ふと眼下に見慣れた二つの影を見つけた


「あ、あれは・・・」


藍が見たてくてくと並んで歩く二人、それはまさしく紫と橙だった

竹林から出てきたらしく、橙は何やら薬瓶のようなものを抱えている

竹林で薬瓶・・・ならば十中八九、永遠亭の薬師のところへ行っていたのだろう

ははぁ、ではあの瓶は恐らく新手の(?)化粧品か何かだな

藍はいつもの冷静さも取り戻し、沈着に状況を見極めた

妄想とも言うが、冷静な藍にはどちらでも関係ない

それなら私はどうする?

今ここで降りて行くべきか

気付かれぬように尾行し、橙が化粧を終えたのを見計らい中へと入るか・・・

どちらがシチュ的に得かを考えれば・・・

断然後者

藍にもう迷いはなかった

一度は飛び上がったがすぐに地上へと降りて、物陰に隠れながら屋敷まで二人の後をつけていった













二人が玄関から中へ入ったのをを確認すると、藍は居間の裏手にある庭の窓付近に陣取った

ここからなら化粧台も見ることができる

はやる気持ちを抑えつつ、藍は橙が座るであろう化粧台を見つめた

ああ・・・橙、早く私に綺麗な姿を・・・

と、ふいにピシリと後頭部に、小石が当たったような軽い痛みが走った

だが、今の藍には後ろを向く暇などない

一刻も早く、橙の姿を・・・

ぴしぴし

早く・・・

ぴしぴし

橙の・・・

びしびし

慣れない化粧をする初々しい橙の姿を・・・

ごんっ


「~~~~~~~~っ!なんなんださっきから!!私は今とても忙しい・・・」


激しい痛みに耐えかねて振り向くと、そこには手が浮いていた

いや、性格には「出ていた」

紫の腕が


「あ・・・・・」


ちょいちょいとスキマから手招きをする主人を見て、藍は改めて一枚上手だと思った














「た、ただいま~」
「あっ、藍さまお帰りなさい!」


橙がとてとてと駆けてきて出迎えたが、すぐに「あっ」という顔をして目を伏せてしまった


「・・・橙?」
「あ、あの、さっきは酷いこと言っちゃって・・・ごめんなさい」
「酷いこと?・・・・・ああ、全然気にすることないよ」


「私と橙の未来のためじゃないか」とは言わなかった


「それで、紫さまとのお話は済んだの?」
「あ、えと・・・済んだっていうか」
「?」


藍が首を傾げていると、さきほど藍の頭を叩いたりしていた紫が大層白々しい笑顔で「あらお帰り」と言って来た


「はい、ただいま帰りまし・・・」
「ぷふーっ!」
「はい?」


頭を下げて挨拶した藍だったが、急に吹き出した主人をぽかんと見つめた


「・・・あの、紫さま?ええと、とりあえず橙との話は・・・」
「ふくくく・・・・・え?な、何?」
「え?って・・・いや、橙との話ですよ」
「ああ、はいはい。とりあえずは橙の悩みとやらは聞いてあげ・・・ぶはっ!!」


なんなんだろうこの人

藍は、どういうわけか笑い狂う主人を目の前に、自分の将来の不安を感じた


「もーっ!紫さま、藍さまを笑わないでください!」
「えっへへへへ・・・ああ、ごめんなさい。ごめんなさ・・・っははは!」
「紫さまぁーっ!」


ぽかぽかと紫の足元を叩く橙の愛らしさといったらなかったが、今の藍にはさっぱり反応できなかった

とうとう転げ回りだした主人とそれを追い回す式を、ただ呆然と見つめることしかできなかった

あれ、なにこの展開












「はぁ・・・はぁ・・・あー、ごめんなさいね藍。決して悪気があったわけじゃ・・・ふっ!」
「・・・いえ、もういいです」
「っと冗談はここまでにして・・・」
(悪気あったのかよ・・・)
「橙、あれを」
「は、はい!」


紫の横に座っていた橙が身を乗り出し、先ほど藍が見た薬瓶を手渡した


「??あ・・・ありがとう・・・?あれ?」
「・・・失礼します!」


襖がぴしゃりと小気味良い音を立てて閉まり、橙は部屋を出て行った

藍には状況が全く理解できない

黒い瓶を呆然と手に持って、藍は残った紫を見た


「・・・あの、これは?」
「っくくくく・・・!!」
「は?」
「ああ・・・あはは・・・し、知りたい?」
「そりゃ知りたいですよ」


さっきからわけもわからず自分が笑われているのに腹が立ってきた藍は口を尖らせた


「そう、知りたいの。・・・・・落ち着け、落ち着くのよ紫」
「え~・・・」


もうなんでもいいから、早くしてくれよと藍は思った

ついさっきまで最高潮だったテンションは、すっかり平均を下回っていた


「ふぅ・・・・・よし、じゃあ言うわよ?覚悟はよろしい?」
「は、はい」
「それはね・・・・・」
「これは・・・・・?」


































「毛生え薬」








何て?


「何て?」
「だから毛生え・・・ぷふぉあっ!!!」


主人はまたもや転げ回った

いや、この転げようはちょっと尋常じゃない

どこぞの虫の妖怪も、今日だけは「G」の称号をこの人に与えてゆっくりできるかもしれない

紫は腹をかかえてゲラゲラとのたうち回った

ていうか毛生えってどういうこと


「紫さま?あの・・・これはどういう」
「あっははは・・・・・え?どういうって、だから藍が・・・・・ぶふっ!!」


藍はとりあえず、紫が治まるまで待つことにした

というか、もう半分どうでもよくなっていた

むしろこのまま顎でも外してくれないかと思った








30分ほど笑い転げていた紫はようやく落ち着きを取り戻し、ぜえぜぇと肩で息をしながら座り直した


「はぁ~笑った笑った。もう向こう3年分は笑ったわ」
「じゃあもう3年は笑わないでください」


紫を見る藍の目に、光はなかった


「もう大丈夫よ。心配かけたわね、藍」
「いいえ」


心配してません

自分の将来なら心配しましたが


「それで、毛・・・・・この薬はどういった意図で?」
「藍、あなた最近抜け毛が増えたとか言ってたでしょう」
「え?・・・・・いや全く言ってませんし気にもしてませんけど」
「でしょうね。冗談冗談、うふふ」


うふふじゃねえよ

あんたのほうこそ増えたんじゃないのか、とは思いもしなかった

万が一読まれたら死は免れない


「・・・紫さま、お願いですから真面目に聞いてください。橙はいったい、紫さまに何を相談したのですか」
「わかったわよ。え~と・・・・・・はいこれ」
「なんですか?」


紫がスキマに手を突っ込んで取り出したのは、ある一冊のやや厚めの本

それを藍に渡すと、首をくいと上げて藍に読むように促した

藍はわけがわからないまま、パラパラとページをめくっていく


「これは・・・・・妖怪図鑑ですか?」


本には様々な魑魅魍魎が描かれていて、簡単な説明文も添えられている

その姿はどれも異形を成していた


「それは外から落ちてきた妖怪の図鑑。変ちくりんな姿でしょう?外では私たちって皆こんなだと思われているのよ」
「はぁ・・・・・で、これが何か?」
「あなたの項もあるわ」
「私・・・・・妖狐ですか」


ページを進めていくと、そこには言うとおり四本足で数本に尻尾の分かたれた狐の絵が描かれていた

その端には、折り目が付けられている


「そこ、線が引いてあるでしょ。読んでみなさい」
「え?あ・・・はい」


え~と・・・なになに






狐霊の進化について


狐霊ははじめ尻尾が1本のみだが、長い年月を掛けて妖力を増やし、それにより尾が裂けて一本ずつ増えていき

最終的には9本となり「九尾の狐」となる

故に九尾の狐とは、いわば妖狐の最終形態とも言える

つまり、尾が多い妖狐ほど強い妖狐というわけである

しかし妖狐は九尾になると、それ以上は目立った成長の兆しを見ることは出来ない

善狐の場合(いわゆる善良な狐。主に白狐、金狐など)さらに成長すると今度は尻尾が減っていく

これは神に近づくことで狐の姿を保つ必要がなくなったためだと考えられていて

天狐(1000歳を超えて神格化された狐)の尾が4本、空狐の尾(3000歳を超えて神格化された狐)が0本というのがよい例である











尻尾が減っていく


尻尾が減っていく


尻尾が減っていく






藍は本を持ったままわなわなと小刻みに震えだした

紫はというと


「ぎゃっははははははははははいひひぃぃい~~~!!!」


なんということでしょう

ならば橙の悩みというのは・・・・・


「私の尻尾が無くなるのを恐れて・・・?」
「らっ藍の尻尾がな・・・な・・・なくなって・・・なくなっぶふぁっはー!!」


若さの秘訣

紫に相談

毛生え

ああ、そういうこと

橙は私の尻尾を心配してくれていたのか

藍はなんだかどっと疲れ、ばたばたともがき苦しんでいる主人を思いっきりまたいで居間を後にした

上白沢先生、私さっきちょっと嘘付きました

























「橙!風呂にしよう」


部屋にこもっていた橙を努めて明るくいつも通りに呼ぶと、橙はすんなりと出てきてくれた

いつものような笑顔とはいかなかったが、それでも藍は満足した

いつものように裸になり、いつものように体を洗ってやり、風呂につかる

そこでも橙はどこかよそよそしく、落ち着きがなかった


「ふぅ~。ああ、今日も疲れたなぁ橙」
「あの、藍さま・・・」


ばしゃばしゃと顔を洗う藍の隣で、、橙は心配そうに藍の顔を窺った


「・・・・・橙、いいかい?私達は式だ」
「え?」
「式になったその瞬間から、出世の道は断たれている」
「・・・?」
「だから私が神格化されることなんてないし、尻尾だってこのままだよ」
「あ・・・・・」


藍がにかっと笑ってやると、橙も恥ずかしそうに笑みを返す


「藍さま、今日はごめんなさい」
「なに、気にするな。私の心配をしてくれたんだろう?なら、むしろ私は橙にお礼を言わないとな」
「あっ・・・えと、違うんです」
「うん?」
「あ・・・・・いや、ええと、違わないんですけど、藍さまの心配じゃなくて・・・じゃなくって!心配はしてたんです!けど・・・」
「ち、橙?」


橙は風呂のなかでざぶざぶと手を振り回している

やっぱりまだまだ子供、これでは化粧なんてまだ先だなと藍は目を細めた

やがて橙は「はっ」と何かをひらめいたようで、ぴたりと動きをとめて藍の目を見た


「・・・藍さま」
「は、はい」


急にまじめに言われたので藍は思わずドキッとして、自然と「はい」と言ってしまった


「藍さまは何があっても、絶対に藍さまなんですよね。」
「? あ、ああそうだとも」
「私、藍さまの尻尾が無くなっちゃうって知って・・・・・その時はほんとにほんとに嫌だったんです。だけど、私は間違ってたってわかったんです」
「橙・・・・・。うん、そうだよ。私の尻尾はこれからもずっと・・・」


「だって尻尾が無くなったって、どんなことがあったって私は藍さまが大好きだから」


「その・・・まま・・・・・」



「だからごめんなさい藍さま。私は尻尾じゃなくて、藍さまがいなくなっちゃう方がずっとずっと、ず~っと嫌です!」



ちぇ・・・・・・・・・・!・・・ちぇ・・・・・・・・・・・・・!

ちぇ・・・・・・・・・・・・・・・!!



「だけど尻尾が無くなっちゃわないんなら、それが一番です!優しくて強い藍さまも、もふもふで柔らかい尻尾も大好きです!」


「ちぇ・・・・・っ!!う、うあぁぁああああああっ!!」
「らっ、らんしゃま!?」


「ごめんよぉぉおおお!!私も・・・・・私も大好きだ!!化粧なんかしなくても・・・っ!私は橙が大好きなんだあぁあああーっ!!!」


「わわっ!らんしゃま、お湯がもったいないです・・・え?お化粧?」

「ぐすっ・・・なんでもないさ!!さぁ橙!今度は『プリンセス九尾クリーニングテンコー』でもう一度キレイに洗ってやるから、おいでっ!」

「えっ!尻尾でですか!?わーい・・・・・にゃっ!?ら、らんしゃまくすぐったい・・・・・・」








いつもより、幾分騒がしい八雲亭の小浴場

月夜に照らされ、親子の幸せそうな夜はふけていく


















「やあ、藍殿ではないか」
「これは上白沢殿に妹紅殿、こんにちは。上白沢殿、その節はどうもありがとうございました」
「いやいや、当然のこと」
「・・・あっ、藍?橙は・・・・・綺麗だったかい?」
「こ、こら妹紅!いや、藍殿すまない。あの後妹紅がどうしても聞きたいと言ってきてな」
「はは、そうでしたか。まぁ、笑い話ですし」
「・・・・・で、どうだったのさ」
「・・・はい、それはとても可愛いかったですよ。本当に」
「ほぉ・・・そうか。それはお目にかかりたかったな」
「ね、どんな風に可愛かった?具体的にこんな感じ・・・とかない?」
「ふむ・・・・・そうですね。強いて言うなら・・・・・」
「うんうん」









「明るくて思いやりがあって、愛嬌もある。背伸びをせず、自然体でどこまでも純粋な、私の自慢の娘です」
「あら、また来たの?もしかして、薬が合わなかったのかしら」
「・・・・・」
「・・・・・紫?」
「・・・・・・・・」
「なになに、顎の付け根が尋常じゃなく痛む?・・・何したの」
「・・・・・・・・・・・」
「お尻がつるっつるな藍を想像したらどうしようもなく・・・って、それは私には理解しかねるわ。まったく馬鹿じゃないの」
「・・・・・・・・・・・・・!」
「え・・・?うどんげの?」
「はい?な、なんですか師匠」
「・・・・・ぶふっ!!」
「はぁっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あはっ・・・い、いえなんでもないわ・・・え?て、てゐ?」
「失礼しま~っす。頼まれたお薬お届けに・・・」
「ぶふぁあっ!」
「あ?」
「・・・・・・・・・・!」
「や・・・・やめ・・・・っ!っはははは!!ふ・・・ふ・・・・・二人の、み、耳が・・・・・あっはははははははは!!」
「し、師匠~!?おのれスキマ妖怪、師匠に何をしたんですか!」
「・・・なんだこの状況うぜぇ~」

~完~
漢字太郎
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コメント



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15.100名前が無い程度の能力削除
久々にワロタwwwwwww
21.90スゥ削除
毛はえ薬・・・wwww
駄目だ吹くwwww