『起工記念祭と言いつつみんなで天人を虐める祭』
天人の手によって起こされた異変も終結に向かおうとしている頃、
萃香の発案で、天界を会場にした上記のイベントが開催された。
彼女の萃を操る程度の能力に加え、参加者が皆天人にいい印象を持っていないおかげで、
今回のお天気&地震騒動に巻き込まれた人妖の殆どが天界に集結した。
あの生意気な天人を遠慮なくボッコボコにしたい。参加者達の思いはこの一点に集中していた。
うすら寒い笑みを浮かべ、得物を振り回しながら上空に向かう少女達は、さぞや不気味に見えたことだろう。
だが、意気揚々と天界に集まってはみたものの、結果は惨敗。
私、博麗 霊夢を含め全員、不良天人こと比那名居 天子に手も足も出なかったのだ。
萃香は本気を出さなかったし、レミリアや紫は祭に参加してなかったから、
実際の実力はどんなもんか分かったもんじゃないけど、
あいつが幻想郷の中でもかなりの実力者なのは間違いないだろう。
みんなが仲良く天子に返り討ちにあったところで、今回の騒動はひとまずの終焉を迎えた。
その後はいつもの通り、集まったメンバー達でその場で宴会が開かれる。
異変を解決したあとは、黒幕と酒を酌み交わし親睦を深める。これが幻想郷の常識だ。
酒と料理を並べ、萃香が乾杯の音頭をとり、今回もまたアルコール臭に溺れた夜が幕を開ける。
「なんだこりゃ? ひどい味がするぜ」
参加者の一人、魔理沙が不愉快そうな声で叫ぶ。
「あら本当、水気も少なく甘みも無い。こんなのお嬢さまに出したら怒られちゃうわね」
「見た目は熟してて美味しそうなんですけどね。食べられないって程じゃないんですが……」
咲夜、妖夢の従者コンビも顔を歪めながらそれに続く。
彼女達が持っているのは、天界のそこらじゅうに生えている桃の実。
ちょっと手を伸ばせば取れるほど、大量に実っている。
なるほど、ここに居れば食べ物には困らない。確かに天国だわ。
天界に来た当初はそう思っていたが、魔理沙達があまりに騒ぐので試しに食べてみると、
先ほどの甘い考えが、一瞬で私の頭から吹き消えた。
不味い。
とにかく桃は不味かった。今まで食べたどんな桃よりも。
不味い、といっても単純に私の舌に合わないとかそんなレベルではない。
百人に食べさせたら百人不味いというであろう、いわば純粋な不味さ。
こんなものを毎日食べるなんて、いくら私が貧乏だからって耐えられるものではない。
これと比べたら、まだその辺に生えている雑草のほうが美味しく感じるだろう。
実際、タンポポはそう悪い味じゃなかったしね。
味、香り、歯ごたえ、舌触り。全てが最低ランク。
桃を齧る度に、魔理沙達の表情から生気が失われていく。
何も知らない人が見たら、確実にお通夜か葬式だと思われるであろう雰囲気が漂っている。
この間、香霖堂で行った『連載終了おめでとう単行本まだかよパーティ』の方がまだ盛り上がっていたという始末。どうなっとるんだこの宴会は。
「さっきから不味い不味いうっさい! 人ん家で勝手に宴会を始めた挙句、食べ物にケチをつけるなんて、一体どういう教育受けたのよ!」
ずしん、と地面を揺らして一人の少女が立ち上がる。
今回の騒動の黒幕である、天人の比那名居 天子だ。
「だってさぁ、本当に不味いぜこれ」
「だったら無理に食べないでもいいわよ!」
「しかし、私のナマズ料理はもう食べてしまいましたし、あとはお酒ぐらいしか残っていませんわ」
「じゃあ酒飲んで寝てればいいでしょ! ほら幽霊。見なさい、あんたの主人なんか文句一つ言わず桃を食い荒らしてるじゃない! 少しは見習いなさいよ!」
「ああ、幽々子様はいいんです、バカ舌ですから。どうせ味なんて分かっていませんよ」
酒で熱くなった体を冷やすため、木陰に座って天子と三人のやりとりを眺める。
少し喉が渇いたので、木に実っていた桃を採り一口齧る。
次の瞬間、吐き捨てる。不味い、食えたモンじゃないわ。
「大体ねえ、この桃は本来別の使い方があるんだから、味が悪いのは当たり前なの!」
「あー? 何言ってんだ? 美味しく食べられない果物なんかに、何の意味があるっていうんだ?」
「じゃあ何に使うの? 鞭打ちの練習台にでもするのかしら?」
「咲夜さん、普段桃でそんなことしてるんですか?」
酔っているせいか好き勝手なことを言う三人に、天子が薄い胸を張って高らかに叫ぶ。
「いい? この桃はね、体を強化する力のある特別な桃なのよ」
「強化?」
「ええそうよ。たとえ脆弱な人間でも、この桃を一口齧れば、その場で肉体は鋼となり、並の妖怪では比べ物にならない程の力を手にすることができるの」
「へえ……それは凄いですね」
「古来より権力者達がこの桃を求め争いあい、運良く桃を手にした者は、長きに渡り大陸を支配する覇王となりこう言ったの。俺が天下に背こうとも、天下が俺に背くことは許さん、と……」
死にそうなだった三人の面に光が戻る。
絶対誇張が入ってるだろ、と思われる天子の説明に目を輝かせながら聞き入っている。
「な、なあ、今の話本当かっ!?」
「私が嘘を言うと思って? 全て本当の話よ」
「道理で……ナイフが刺さらないなんて、いくらなんでもおかしいと思ったわ」
「毎日欠かさず食べてるおかげかしらね。まあ、食べなくても貴女には負けないけど」
「つまり、これを食べれば私も天人級に強くなれる……と」
「さあ? 私程になれるかは知らないけど、少なくとも風邪はひかなくなるんじゃない?」
へえ、この桃にそんな力がねえ。
良薬口に苦し。強力な効果がある代わりに、味は落ちるってことか。
完璧なんてない。世の中うまくできてるものね。五行思想や四大元素説と同じかしら。
「ずるいぜ、天人だけそんなものを食べてるなんて。卑怯だ、インチキだ、チートだ」
「別に隠してたわけじゃないわよ。食べたかきゃ勝手に食べなさいよ、どうせいくらでもあるんだし」
「あら、じゃあ頂こうかしら。いつかもう一度貴女と戦いたいし」
「わ、私ももうちょっと食べてみます……これで、半人前って呼ばれなくなるかも……」
三人は立ち上がり、辺りの木に実る桃を回収し始めた。
私ならいくら強くなっても、あんな不味い桃を食べるなんてまっぴらだけど。
「霊夢もどうだ? 今まで以上に強くなって主人公らしくなるぜ」
「いや、遠慮しておくわ。私、そこまで強さに執着してないし」
「ははっ、そうか。強くなった私に最強の座を奪われても知らないぜ」
「そっちこそ気をつけなさい。力に溺れて身を滅ぼすのは、昔からの黄金パターンなんだから」
「私は主人公サイドだからな。これは定番の修行イベントみたいなもんだから大丈夫だ」
「あっそう」
期待に目を輝かせながら桃に喰らいつく魔理沙。
齧った瞬間、彼女の眉間に皺が出来る。愛エプなら局の外に名前を貼られるレベルね、こりゃ。
そんなこんなで、酒も尽きた事もあり天界での宴会は自然と終了し、
「しばらくここに住むことにした」という萃香を残し、参加者達は各々の住処に戻っていった。
宴会の後片付けは、神社の修復にも使った天子の部下がやってくれたらしい。ご苦労様。
◆◇◆
翌日。
あの騒動で倒壊した神社も、もうすっかり元通りに修復された。
どうやら萃香は宴会に参加しつつも、ミニ萃香達を使って再建を進めてくれてたらしく、
私が昨日の宴会から帰った時には、既に神社は完成し、すぐにでも住める状態になっていた。
人妖に付きまとっていた異常な天気も無くなり、空は本物の快晴が広がっている。
その心地よい日差しの中で、私は出来たてでピカピカの縁側に座り出涸らしのお茶を味わっていた。
また一つ、異変が解決した。これでしばらくは平和な日々が送れるだろう。
あまり飲まなかったせいか、宴会明けの割には今日は気分がいい。
このまま日暮れまで、のんびりと昼寝でもして過ごすとしよう。
私は久しぶりに穏やかな一日を送れることを、心から喜んでいた。
「れいむー、遊びにきたぜ!」
「ごきげんよう、気分はどう?」
「あ、神社元通りになったんですね。貧相なのは相変わらずですが」
……三匹の化け物が神社に来るまでは。
「どうした霊夢? 鳩が豆弾幕を食らったような顔をして」
「来客が来たのよ。お茶とお菓子の一つでも出すのが普通ってもんじゃない?」
「まあ出されても食べませんけど。博麗神社のお菓子なんて何が使われてるか分かったもんじゃないですからね」
三匹は私に好き勝手な言葉を浴びせかける。
だが、それも私の耳には殆ど入ってこない。三匹の姿を見た瞬間、私は言葉を失い硬直してしまった。
「……ねえ」
頭がパニックを起こす中、私は深呼吸をして心を落ち着かせ、
お茶を一気に飲み干してから、目の前の三匹に一つの質問を投げかける。
「……誰?」
「魔理沙だぜ」
「咲夜よ」
「妖夢です」
即答だった。
三匹はそれぞれ、一秒も迷う様子もなく自らをそう名乗った。
確かに、顔と声だけで判断するなら、三匹は私の友人に間違いない。
魔理沙のひねくれたツラ、咲夜のドS顔、妖夢の誘い受けフェイス。
飽きるほど見たその顔を、まさか見間違えたりするものか。
……だが、それ以外が。
顔、それに声以外の部分が凄まじく間違っていた。
「誰? だなんて失礼だな。霊夢は親友の顔も忘れたのか?」
「神社の食料が尽きて飢え死にしそうになる度に、紅魔館から支援物資を届けてるのを忘れたのかしら。全く薄情な巫女ですこと」
「毎回、宴会の片付けを一緒にした仲じゃないですかー」
口々に不満を漏らす三匹の顔を、私は首が痛くなるくらい頭を上げて見つめる。
そう、今のあいつらの顔はこうやって見上げなければいけない程高い位置にあるのだ。
三人の身長は、個人差こそあれ同世代の女性とそれほど変わらなかった筈。
だが、今のあいつらはそんな私の記憶をあざ笑うかのような、とんでもないサイズに変貌を遂げていた。
一番背の小さい妖夢ですら190cmはあるだろうか。咲夜なんかは明らかに2mを越えている。
デカイ。どう考えてもデカすぎる。長身で知られる小町ですら霞んで見える。
少し視線を下に落とすと、次に目に入ってくるのは首だ。
こいつも、普段の三人からは考えられない異型のものとなっている。
というか首なのか肩なのか分からねえ。太すぎてどこが境界なのかさっぱりだ。一茂なんてメじゃない。
更にそこから下に行くと、もうそこは魔界だ。パンデモニウムだ。
逞しく膨れ上がった分厚い胸板に、上着が窮屈そうに悲鳴をあげる。
そこから生える丸太のような腕には、鋼のような筋肉がボコボコと盛り上がり、
お腹からは一切の無駄な肉を排除され綺麗に割れた腹筋が顔を出す。
そして両足は腕よりも更に太く、大型草食動物のような威圧感・重量感をかもし出していた。
簡単に言おう。
三人の体は一晩見ないうちに、見る者を圧倒させるほどのマッチョと化していたのだ。
可憐な少女の顔の下に付く、黒光りする不自然なガチムチボディ。
その狂気じみたアンバランス感、見てるだけで気を失いそうになる。
「朝起きたら体がこんなになってて、本当にびっくりしましたよ」
元の服が小さい妖夢はもうスカートが腰ミノ状態だ、何も隠せちゃいねえ。
はちきれんばかりの臀部の筋肉を、申し訳程度に覆うドロワーズという、
ワカメちゃんより有り難味の無いパンチラを惜しみも無く披露してくれる。
「……で、何でこうなったの?」
「そりゃあまあ……」
「原因は一つしか考えられないわよね」
ぶっとい腕を組みながら、魔理沙達は顔を見合わせる。
私も大体の予想はついている、ていうかそこ以外考えられん。
「皆さんのお察しの通り、その体は天界の桃の影響によるものです」
突如、場に誰のものでもない声が響く。
驚いた私達が辺りを見回していると、上からヒラヒラした布のようなものが落ちてきた。
そしてそれは、境内の丁度真ん中辺りに降り立ち、徐々に人の形を形成していく。
「お久しぶりです、皆さん」
「あら、貴女はこの前の……」
現れたのは、異変の最中に緋色の雲で出会った女。
帽子から生えた珍妙な触角を揺らし、こちらに笑いかける。
「タツノオトシゴ」
「竜宮の使いです」
胃に入りゃ全部一緒だって。
「お久しぶりです。確か、永江、ながえ……?」
「永江 衣玖。そうだったわよね」
「覚えていただき光栄です妖夢さん、咲夜さん。さて、今回のこの体の異変ですが……」
「おお! こないだのサタデーナイトフィーバーじゃないか、おひさーだぜ!」
「桃による体の強化、これが分かりやすく筋肉という形で出てしまったのが原因で……」
「む、無視か! 私だけスルーなのか!?」
落ち着いた物腰で華麗に魔理沙をシカトする衣玖。
その匠の技、長年天人の我侭を聞き続けた末に習得したものだろうか。
「おい、私だけ無視なんて酷いじゃないか! 大体、なんで急にお前が来るんだよ!」
「私の仕事は人々に異変を知らせること。異変の起きたこの場に居ても不思議ではありません」
「むぅ……」
「それに私は空気の読める女。私が来なくても貴女達だけでそのうち異変の正体には気づくでしょうが、それだと結論にたどり着くまでにカスみたいな文章力で無駄な会話や低俗かつ寒いギャグが幾度も繰り返され、テンポも悪くなり読む側にとっても大きな負担になってしまいます。そこで私が説明役を請け負うことにより、かったるい展開を全て飛ばしてスムーズに話を次に進めることが可能になるのです」
ありがたいが妙に腹立たしい。
衣玖はそんな空気を読んでないのか、読んだ上でスルーしているのか、異変の説明を再開する。
「つまり、あの桃を食べたせいでこんな体になった、ってこと?」
「だけど、桃の力って言ったって、毎日食べてる天子は筋肉質じゃないぜ?」
「天人や妖怪には、桃による身体の変化を抑えるだけの力があるということです。貴女方の知り合いの妖怪達も、昨日桃を食べたけどなんともなってないでしょう?」
「確かに、パチュリー様は普段どおりでしたわね」
「幽々子様もです。筋肉質になるのは人間だけってことでしょうか、私も半分は幽霊なのに……」
つまりマッチョはこの三人だけってことか。
はー、良かった。これ以上幻想郷中にマッチョが溢れかえったら、東方projectがメサイヤ開発だと思われてしまう所だった。
「でも、桃なら霊夢も食べてたじゃない。なんで霊夢は変わらないの?」
「はっきりとは言えませんが、恐らくは博麗の力のせいではないかと。無重力の力が、桃の身体への干渉をシャットアウトしたのでしょう」
「へー、まるで化け物だな」
化け物はお前らだ、この筋肉ダルマどもが。
「……元に戻る方法は?」
「心配はいりません。喩えるなら桃は一時的なドーピング剤のようなもの。一晩経てば皆さんの体も元に戻るでしょう」
私の問いに、衣玖はにっこり笑って答えた。
良かった、すぐに戻るのか。もし三人がこのままなら、今後の付き合いを考えさせてもらう所だった。
「ちなみに、ちょっと前に他の方が書いた筋肉ネタのSSがありましたが、これは別にパクったわけではありません。偶然の一致です」
「おい、それは言わなくていいぜ」
余計なことを。こいつ、本当に空気が読めてるのか?
とりあえず何かあれば言ってください。前向きに善処します。
「説明は以上です。質問が無ければ、私はこれで」
「あら、もう帰るの?」
「ええ、空気の読める女ですから。出番が終わったらすぐに帰ります」
自分の役割を完全に弁えてるのか、
衣玖は嫌な顔一つせずに来たときと同じように、ヒラヒラと天に昇っていった。
便利な奴だ。冨樫・虎丸・雷電という単語が思い浮かんだが何故だろう。
「聞いた? そういう訳よ。放って置いてもそのうち戻るんだって」
「ふーん、ちょっと残念だな」
魔理沙は少し顔を曇らせて、ダブルバイセップスのポーズをとる。
それにあわせ、両方の上腕二頭筋がモリモリッという音を立て形を変える。
やめろ、気色悪い。
「ほら、分かったらとっとと帰りなさい。もう、暑苦しいったらありゃしないわ」
「ん? なんで帰らなきゃいけないんだ?」
私の言葉に、魔理沙は極太の首を傾げる。
さも、三人が神社にいるのが当然のような口ぶりだ。
「今日は神社に泊まるつもりで来たんだが。ほら、お泊りセット」
「なっ!? 聞いてないわよ!」
「言ってないしな。この巨体じゃ私の家は狭すぎるんだ」
「ふざけるんじゃないわよ! だったらアリスの所にでも行きなさいよ!」
「ああ、私も最初はそうしようと思って、アリスん家に行ったんだがな……」
魔理沙は言いにくそうに言葉を濁らせる。
何、痴話喧嘩でもしたの?
「酷いんだぜ? 久しぶりに一緒に熱くて濃い夜を過ごそうと思ったのに、アリスったら私の姿を見た途端、悲鳴をあげてアーティフルサクリファイスを投げつけてきたんだ」
……まあ、気持ちは分からんでもない。
私も最初にお前らをみたときは、思わず退治しようかと思った。
「結局、それが家中の人形に誘爆して、アリスの家は跡形も無く吹き飛んじまったんだ。だからアリスの家には泊まれない、家が無いからな」
「……アリスは?」
「入院した、全治一ヶ月だってさ。私はこの肉体のおかげで無傷だぜ、きっとアリスは昨日桃を食べなかったんだな」
私は頭を抱え大きく溜息をついた。
ウチだって二メートルを越える大女を収容するキャパシティは無いわい。
行くんなら、紅魔館か白玉楼にでも行けっての、あそこ無駄に広いし。
「あ、ウチは無理よ」
「私の所もダメです。私たちも今日は神社に泊まるつもりで来ました」
「はぁ!? なんでよ!」
「私の体を見たお嬢さまに『咲夜、キモいからどっか行って』て言われて追い出されちゃったのよ。大変だったのよ、妹様は泣き出すし、パチュリー様は卒倒して意識が戻らないし、美鈴からは爆笑されるし……殴っておいたけど」
「私も同じです。幽々子様に『そんなの妖夢じゃない!』と喚かれて、しばらく帰って来なくていいって言われました」
だーかーらっ! それでなんでウチに来るんだよ!
ここは日雇い労働者の泊まるネットカフェじゃねーんだぞ!
もう嫌だ。
ただでさえ連日の格闘三昧で疲れ果ててるのに、こいつらのお守りまでしてられるか。
私はある決意を固め、針とお札を持って空へと浮かび上がる。
「おーい霊夢ー、どこ行くんだー!?」
「天界よっ! あの馬鹿天人に、今すぐ体を元に戻す方法を聞きだしてくるわっ!」
何が悲しくて、新築間もない神社に汗臭い薔薇野郎を三人も泊めにゃいかんのだ。
体を強くする桃があるなら、きっとそれを打ち消す手段もあるに違いない。
無かったなら無いで、あの天人の家に乗り込み、明日まで比那名居家の家計が傾くまで豪遊三昧してやる。
「そんなに私たちが嫌なのかしら。冷たいわね」
「博麗の巫女は人間も妖怪分け隔てなく平等に接すると聞いてましたが、所詮はその程度ですか」
マッチョは平等の中に含まれてねえよ。
「待ってくれ霊夢! どうせ明日には元に戻るんだ、そんな無理に解決させなくてもいいじゃないか!」
「その一日が耐えられないのよ! 魔理沙だって、そんなムキムキな体から早くオサラバしたいでしょ?」
「いや、それは……」
目を逸らして口ごもる魔理沙。
「霊夢……私はいつも言ってるよな、弾幕はパワーだって……」
んあ? そういやなんか言ってたような気がする。
だが、それが今なんの関係があるというのだ。
「この体型になってから、全身の筋肉から魔力が溢れてくるんだ。今なら、八卦炉なしでもマスタースパークが撃てそうなんだ……」
「……?」
「このボディは、パワータイプの魔法使いとして私が求めていたものの完成形かもしれない……。頼む霊夢! あと一日しか持たないなら、それまでこの肉体を堪能させてくれ!」
天界に向かおうとする私の足に、凄まじい力で魔理沙の腕が絡みつく。
なんというパワー、無重力の私がまるで動けないなんて。
力を振り絞って上空に向かおうとするも、魔理沙の腕はぐいぐいと私を下に引きずりこんでいく。
まさか魔理沙が筋肉質に憧れていたとは、そんなの初耳だ。
「あのねえ、もう一度落ち着いて自分の体を見てみなさいよ。 変だとは思わないの?」
「いいや、そんなことは無い。この完璧なバランスの肉体美に、思わず鏡を抱きしめそうになったぜ」
「……桃のせいで目が腐っちゃったのかしら?」
「霊夢こそ、なんで筋肉の美しさに気づかないんだ。いいか、よく見ろ。ここが大臀筋といってだな……」
「いいわよ説明しなくて。おい、ここで服を脱ぐな! ……ちょっと、今ドロワーズからビリッって音が、いや見せるな、見せんなっつーの!」
もう魔理沙はダメだ、色々と、むしろ全てが。
咲夜と妖夢はどうだろう。魔理沙よりは常識が残っていると信じたいが。
「咲夜……」
「私も、しばらくはこのままでいたいわね」
「!!」
なんと、意外な返答だ。
紅魔館メイド長・十六夜 咲夜といえば、完全で瀟洒な従者の異名を持ち、
外見や能力おいて何一つ欠点の無く、冷酷な性格にも関わらず、その美貌に魅了されたファンも大勢いるパーフェクトメイドだ。
そんな咲夜が、この瀟洒とは程遠い肉体を受け入れたというのか? そんな、信じられない。
「咲夜、あなた一体……」
「霊夢……見なさい」
咲夜は静かにそう言うと、逞しい大胸筋を前につき出し、私に見せ付けてきた。
「……屋敷を出る前、こっそり部屋で測ってみたの」
「測ったって……」
「勿論、ここのサイズよ。結果は驚くべきものだったわ。なんと大台の100オーバー、そんじょそこらの凡キャラとは比べ物にならない、まさに脅威の胸囲だったわ」
「え、なにそれ、駄洒落?」
「遂に、遂に私は巨乳キャラの仲間入りを果たしたのよ! もうニコ厨のクソガキどもからPAD長PAD長連呼されることも無いわっ! こんなに喜ばしいことが他にあるかしら、あははははっ、なんて素晴しいの! 世界はこんなにも美しかったのねっ!」
咲夜の狂った高笑いが辺りに響き渡る。
目を覚ませ、正気に戻るんだ咲夜。
数字だけに捕らわれるんじゃない。もっと、ワイドな目線で物事を見るんだ。
そんなシャーマン戦車装甲のような胸板が、巨乳なんかであるものか!
「見なさい霊夢! これが貧乳派の永遠の憧れ、『乳揺れ』ってヤツよ!!」
大胸筋を上下にピクピク動かしてるだけじゃないか。
ダメだ、咲夜もダメになってしまった。
彼女のコンプレックスは、我々が思っているよりもずっと深く歪んでいるものだったのだ。
ていうか咲夜。その体型にメイド服って、なんだかコガラシみたいね。
「クハハハハ!」
いや真似しなくていいから。
なんてことだ。
魔理沙だけでなく、咲夜までも筋肉の誘惑に屈してしまった。
残る希望は妖夢ただ一人。彼女は大丈夫だろうか。
正直、あまり期待はできないが、それでも三人の中では一番の常識人だったはずだ。
私は僅かな希望を託し、視線を妖夢にむけ声をかけた。
「ねえ、妖……」
そこで私の言葉は止まった。
私の目に映ったもの。
それは、二重の苦輪で半霊を人間化させ、鏡映しのような形で向かい合い、
恍惚とした表情でポージングを決める妖夢の姿だった。
「妖夢……貴女まで……」
「えっ? あ、いや。霊夢、これは違うんです!」
私に気づいた妖夢が、慌てて弁解する。
「べ、別に私は自分の体に見惚れてたとかそんなんじゃ」
「思いっきりウットリしてたじゃない……」
「ちょ、違いますよ、私ナルシストなんかじゃありません! ただ……」
「ただ?」
「……この肉体なら、もう半人前って呼ばれることもないかなって、これなら、お師匠様のように幽々子様をお守りできるかなって、そう思ったら嬉しくなっちゃって……」
「あんたはその幽々子に追い出されて来たんでしょうが」
「そ、それは! 急に私が変わって幽々子様も驚いただけですっ! 幽々子様が見慣れてくれればきっと大丈夫なはずです!」
妖夢は色んなものがはみ出しそうになりながら私に迫ってくる。
あー分かった分かった、分かったから近寄るな。目が腐る。
「今の私なら、夜中に目が覚めても一人で厠に行ける気がしますっ!」
そっすか。
「結局、三人とも明日までその体のままでいたいのね」
「まあそういうこった」
「ウフフ、今のうちに写真撮っておこうかしら」
「いつの日か、自らの力でここまで鍛え上げたいですね」
爽やかな笑顔で筋肉を強調するポーズをとる三人。
どんな感性をしているのやら、なんと三人とも元に戻るのを拒絶した。
少女天国である幻想郷の歴史の中で、ここまで筋肉濃度が高まったことが過去にあっただろうか。
紫とその他の妖怪の賢者達も、きっと草葉の影で泣いている。死んでないけど。
「それでも霊夢が天界に行こうってなら、私たち三人がこのマッシヴなボディを持って止めて見せるぜ」
「いくら霊夢とはいえ、三人同時相手じゃ分が悪いでしょう? 大人しく明日を待つことね」
「……分かったわよ」
確かに、流石に多勢に無勢。というより相手にしたくない。
このクソ暑い中、肉塊と弾幕ごっこなんて冗談じゃない。汗とか目に入りそうで嫌だし。
私は溜息をつきながら、天界に行くのを諦めた。
「でも、神社には泊めないわよ」
「えー、なんでですかー」
「泊めてくれそうな場所が、神社以外思いつかないんだよ。頼むぜ」
「嫌よ。あんたらみたいのが三人もいちゃ、狭くてしょうがないわ」
何もウチじゃなくても泊まる場所ならあるだろう。
永遠亭なら、マッチョも差別せずに泊めてくれそうだ。臨床実験に使われそうだが。
守矢神社は……年頃の娘がいるし厳しいか。でもウチよりずっと立派な造りだし、頼み込めばなんとかなるか。
それがダメなら閻魔の所もある。行ったことはないが、閻魔ってぐらいだからきっと広い家に住んでるに違いない。
「分かったらさっさと他の場所に行きなさい」
「酷いぜ霊夢ー」
「酷くない、これが普通。魔理沙は、霖之助さんの所にでも行ったらどう?」
「おいおい、男の一人暮らしにか弱き乙女を送り込もうってのか? 襲われたら責任とってくれるのか?」
2m超えの巨女を、どうやったらヒョロっちい霖之助さんが襲えるのか教えてくれ。
「なあ霊夢、そんな事言わずに……」
「ダメだっつの、ウチじゃ泊められないから」
「器が小さいわねえ。私ならお嬢さまに『一晩一緒にいて』って言われたら二つ返事でOKするのに」
「私だって宴会で遅くなった日に、騒霊楽団を部屋に泊めたことありますよ。夜中にルナサさんが私の下着を漁ってたから叩っ斬りましたけど」
知るか。自宅をゴリラに蹂躙される身にもなれ。
全く、いくら私が異変解決を仕事にしてるからって、そうなんでもかんでも持ち込むなっての。便利屋じゃないんだぞ。
「俺の名前は博麗 霊夢。報酬次第でどんな仕事も請け負う、所謂なんでも屋だ」ってか? 中二病小説の冒頭かっての。
「ほら、とっとと帰った帰った」
「……」
三人は不満そうな顔を浮かべる。そんな顔したって無駄よ、帰れ帰れ。
「……霊夢」
「ああ?」
「覚えているか? 私とお前が始めて会った日のことを……」
唐突に、魔理沙が深刻な口調で語りだす。
なに? いきなり。
「あの頃は私も世間知らずでさ、自分より強い奴なんて魅魔様ぐらいしかいないと信じてたんだ」
「……?」
「だけど私はお前に負けた。ショックだったよ、家も何もかも捨てて、ただ魔法の修行にだけ明け暮れた私にとって、敗北はそれまでの人生を全て否定するのに等しかったからな……」
魔理沙と始めて会った時? 何時だ?
98時代? 確か、髪の色が違った頃だったか。何色だったっけ?
青? 緑? ピンク? やば、全然覚えてないわ。
「だけどお前は、霊夢は……負けた私に対して手を差し伸べてくれた。『何かあったら私を頼りなさい、出来ることなら協力するわよ』、そう言って落ち込む私を慰めてくれたんだ」
「え、ええ、そんなこともあったわね……?」
「嬉しかったよ。あの時の霊夢の言葉が無かったら、今の私はきっと無かった。こんなこと言うのは恥ずかしいけどさ、霊夢はずっと私のライバルであり心の支えだったんだ」
んー、そういやよく考えばそんな事も言ったような……。
「だけど、今日霊夢は私を拒絶した。見えないかもしれないが、今、結構傷ついてるんだぜ」
「うっ……そ、それは……」
「なあ霊夢、あの時私にかけた言葉は嘘だったのか? 霊夢に見捨てられたら、私はこれからどうすればいいんだ? 頼むよ、私は最期まで霊夢を信じていたいんだ……」
脳裏に過去の映像がフラッシュバックする。
私に敗北し、地べたに伏して泣き崩れる一人の少女。
たかが一回負けたぐらいで、まるで世界の終わりかの様に嘆き悲しみ続ける。
その少女こそ、後に私の親友となる魔法使い・霧雨 魔理沙であった。
彼女は己の魔法に全てを懸けていた。魔法以外に信じるものが無かった。
だから、自分の魔法が通用しなかったと知った時、彼女の自我は崩壊した。
そうだ。その時、私は少し前まで敵だった少女に手を差し伸べた。
偽善でも、憐れみの心でもない。ただ、彼女を救いたいの一心だったと思う。
あの頃は、まさかこんな傍若無人な奴だとは思わなかったが。
「魔理沙……あなた昔にそんな事が」
「過去を話すのは嫌いだからな、口に出すのは初めてだぜ」
思い出した、その時私は魔理沙を助けると約束した。
幻想郷の中立を司る巫女ではなく、人間の博麗 霊夢として。
なぜ忘れていたのだろう。魔理沙は、ずっと覚えていてくれたというのに。
……魔理沙、私は貴女を裏切りたくはない。
「……魔理沙」
「ん?」
「泊まってもいいわ、ただし一晩だけよ」
その言葉を聞き、三人の顔がパッと明るくなる。
「れ、霊夢! お前は……!」
「いいってことよ。魔理沙、私は意外と義理堅いのよ?」
「私たちもいいんですか?」
「あー構わないわよ。一晩だけなんだから一人も三人も一緒よ」
人の心を裏切ることに比べたら、自宅がマッチョで埋まることぐらいどうってことない。
これで正しかったんだ。そうよね、魔理沙……。
「ところで……さっきの話って本当なんですか?」
「おいおい、疑う気か? 私は毎日新聞記者より正直な魔法使いで通ってるんだぜ」
「大体の人はそうだと思いますけど」
「まあつまり、嘘なのね」
「いいんだよ、私と霊夢の過去話なんて、ガチでやったら旧作知ってる人から突っ込みがくるしな。それに、私も霊夢も過去の出来事は黒歴史として封印してあるから記憶が曖昧でな、それっぽい昔話をすれば絶対に信じてくれると思ったぜ」
てめえ!!
「さて、荷物も部屋に置いてきたし、特にすることもなくなったな」
縁側で魔理沙達が大きく伸びをする。
ああ、やっぱり泊めるんじゃなかった。
見ろ、縁側の板があいつらの方に傾いているじゃないか。
それともこれは萃香の手抜き工事が原因か?
アルコール臭を漂わしながら建ててる時点で、正直どうかな? とは思ったが。
「そうね。お屋敷と違って仕事も無いし」
「何かあれば手伝おうとは思いましたが、掃除は行き届いているし、食事の時間もまだですしね」
いいから静かにしてろよ。
縁側でゆっくりとお茶を飲む。これ以上何を望むというんだ。
「この肉体のせいか、体を動かしたくて仕方が無いな。……よし、いっちょ弾幕ごっこでもするか!」
「えっ!? ちょっと!!」
「いいですね。魔理沙、私がお相手しましょう」
魔理沙と妖夢がのしのしと庭に向かう。
「二本勝負な、妖夢は2P側でいいか?」
「構いませんよ。私、こっち側でもコマンド入れられますから」
「ちょ、ちょっとちょっと! 待ちなさいよ!」
「ん? どうした霊夢」
「どうしたじゃないわよ。昨日やっと神社が直ったばかりなのに、弾幕ごっこなんてやられちゃ堪んないわよ! また壊れたらどうしてくれるのよ!」
普通の弾幕ごっこですら、鳥居や石畳が悲惨な状態になるのだ。
力が漲っている今のあいつらが争ったら、どんな惨状が繰り広げられるのか。
いくら私が太陽系で最もサバイバル技術に長けている巫女とはいえ、こうも何度も住処を失ってはたまらない。
「ふむ、確かにそれは不味いな」
「神社が壊れたら、私たちの今夜の寝床も無くなりますしね」
「でしょ! だから、頼むから大人しくしててよ、ね!」
「よし、ならば弾幕を使わない弾幕ごっこだ! いくぜ妖夢!」
「望むところ! 受けよ、未来永劫……ドロップキィーックッ!!」
妖夢の巨体が魔理沙に向けて宙を舞う。
魔理沙はその大砲のようなとび蹴りを受け、背後の石灯籠を粉砕しながら吹き飛んだ。
「あ゛あ゛あーーーっ! 灯篭がぁぁぁーっ!!!」
「なかなかやるな妖夢! ならば私は、スターダスト……背負い投げっ!」
魔理沙が見事なフォームで妖夢を投げ飛ばす。
あまりの勢いに妖夢は石畳を割り、仰向けの姿勢で地面にめり込んだ。
「やーめーろーっ! 灯篭も石畳もわざわざ新調したんだぞーっ!!」
私の悲痛な叫びも、獣のように暴れ狂う二人の耳には届かない。
見る見るうちに、綺麗だった境内が瓦礫の山と化していく。
なんなんだ、私が一体何をしたっていうんだよ!
「全く、仕方が無いわねあの二人も……」
私と一緒に縁側に座っていた咲夜が、溜息をつきながら腰を上げる。
「咲夜! あの二人を止めて!」
「困るわよね、あんなに暴れられると」
私じゃあの二人のバトルに割って入るなんて恐ろしくてできない。
この場で、二人を止められるのは、同じマッチョな肉体を持つ咲夜だけだ。
お願い咲夜、もう貴女だけが頼りなの。あいつらを止めて! 私の生活を守って!
「……私も参加したくなっちゃうじゃない」
ダメだぁぁぁーーーっ!!!
なんとなく予想はしてたけどやっぱりダメだったぁーーーっ!!!
「二人とも、私も入れなさい! 行くわよ、殺人……フライングクロスチョーップ!!!」
咲夜が争いの渦に飛び込んだのを確認した後、私の目から一筋の涙が零れた。
「なあ、権べさ。やっぱやめにしねえか……?」
「今さら何を言ってるだ田吾! この階段を上れば博麗神社(はぐれ゛ーずんじゃ)はすぐだど!」
「だってよぅ……博麗神社(はぐれ゛ーずんじゃ)にはおっかねえ妖怪が、わんさかいるって話でねえか。オラ、怖くて……」
「阿呆! オラ達はその妖怪さ会いに行くだど、忘れたんか!」
「わ、忘れちゃいねえさ。ただ、ここまで来て急に恐ろしくなっでよう」
「稗田さん所の本に書いてあったでねえか、博麗神社(はぐれ゛ーずんじゃ)には、毎日のようにえれえ美人のスキマやめんこい妖怪がおるって。神社(ずんじゃ)に賽銭さ入れりゃ、きっとその美人妖怪さとお知り合いになれるに違えねえだ」
「で、でも、食われちまったらどうするだ?」
「オラ、それでも構わね。これからずっと、死ぬまで牛の世話と畑を耕す毎日なら、美人さに食われるのも悪くねえでねえか。怖いんなら一人で帰れ、オラだけだけでも行くかんよ」
「ま、待ってけろ権べさ! 置いてかねえでくれ!」
「マスターッ、ラリアットォー!!」
「二百由旬の、ブレーンバスターっ!!」
「瀟洒ブリーガー! 死ねぇ!」
目の前で繰り広げられる、ガチムチ女達のキャットファイト。
三人が技を繰り出す度に神社が荒れていく。私はそれを、ただ見ているだけしかできなかった。
だって、話聞いちゃくれないんだもん。
攻撃、通用しないんだもん。試しに遠距離からショットを撃ってみたが、お札は弾かれるし、針は刺さらないという有様。
なにあの筋肉、緋緋色金製? バランスクラッシャーもいいとこだ。早く修正パッチ出せよ。
「ああ、また石畳が割れた……」
深く大きな溜息をつく。できることなら、夢であって欲しい。
辛い現実を否定するように、私は三人から視線を逸らし遠くの山々を見つめる。
「……ん?」
目線を動かしてる最中に、私の視界に何か違和感を感じるものが映った気がする。
何かと思い、目線を元の位置までゆっくりと戻してみる。
「鳥居の所……誰かいる」
よく目を凝らしてみると、三人が暴れてる地点よりも更に奥。
鳥居の下に二人の男性が立っているのが確認できた。
見た感じ若くは無い。衣服からして里の農夫だと思われる。
はて、私にあんな農夫の知り合いいただろうか?
脳細胞をフル回転させて記憶をサルベージさせてみるも、該当する人物は思い浮かばない。
となると、あれは純粋に神社に用事があってやってきた人か、そりゃ分からない筈だ。
いや待てよ、神社に客ってことは……?
「……参拝客!?」
そうだ、普通の人間が神社に用事だなんて、それ以外に考え付かない。
妖怪の集会場と宴会場に使われていた期間が長かったせいか、そんな当たり前のことを忘れていた!
参拝客といえば賽銭だ、賽銭が入ると言う事は信仰が増える、ついでに私の生活費も増える、素晴らしい!
こうしちゃいられない! 早速、営業モードに変更して参拝客と接触だ!
私は縁側を両足で蹴り、勢いをつけて参拝客の元へ飛翔する。
「いらっしゃいませー、博麗神社へようこそー! 二名様ですかー?」
二人の農夫の前に着地し、精一杯の笑顔を振りまいて話しかける。
神社の巫女とは思えない台詞だがまあいい。普通の巫女の振る舞いなんかとうに忘れた。
「あ、ああ……」
「えーと、参拝客の方ですよね。素敵な賽銭箱はあちらになりまーす」
「な、なんだべこれは……」
ところが、幻想郷の巫女の中でも二本の指に入る程の美少女である私の微笑みにも、農夫はまるで反応する様子がない。
それどころか、まるで私など視界に入ってないようにも見える。これはどうしたことか。
「ご、権べさ、これは一体全体どういうことだっぺ!?」
二人のうちの、気弱そうな男がもう一人に叫ぶ。
「博麗神社(はぐれ゛ーずんじゃ)には、美人の妖怪で溢れ返ってるって言ったでねえか、それがなんだべこれは!」
「し、知らねえよぉ、オラだって人づてに聞いただけなんだからよぉ……」
「知らねえで済むか! 見ろ、美人妖怪どころか、大入道が三匹で相撲を取ってるだけでねえか!」
え、なになに? 何でこの人たち、いきなり喧嘩を始めたの?
そんな事してる暇があったら、早く賽銭を入れて欲しいんだけど。
とりあえず、二人と会話をしなければどうしようもない。
私は、口論の隙を見てやや大きめな声で二人に話しかけた。
「あ、あの……」
「ひっ!」
「な、なんだべお前はっ!」
私の声に驚く二人。今まで気づいてなかったのだろうか?
「あ、ええ、私はこの博麗神社の巫女、博麗……」
「ひぃぃ、やめてけれ、食わねえでけれぇ!」
「ほれ見たことか、美人妖怪がいるなんて嘘ばっかりだべ! きっとこの神社は、その噂を聞いてやって来た人間を食う妖怪の住処に違えねえ! こんな神社に賽銭だなんてとんでもねえ!」
「え? あの……」
「オラ、死にたくねえだ! とっとと逃げるべーっ!」
「ま、待ってけれ田吾! 置いてかねえでけれーっ!!」
最期まで私の言葉を聞かず、二人は背を向け階段を転げ落ちるように駆け去っていった。
後に残されたのは、二人に話しかけたポーズで固まる私だけ。
背後では、相変わらず三人が見苦しい乱闘を続けている。
私は、その姿勢のままゆっくりと首を三人に向ける。
参拝客は来た。
なのに、賽銭は入らなかった。ああこりゃ不思議だね。
大入道? はは、そんな妖怪がどこにいるっていうのかしら。
ねえ、魔理沙達もそう思うでしょ?
「ふっ……妖夢、お前剣が無きゃ何も出来ないと思っていたのに、素手でもなかなかやるじゃないか」
「魔理沙も、魔法使いの割にはいい格闘センスしてますよ……伊達に、格ゲーに出演してませんね」
「久しぶりに大暴れできて楽しかったわ……いつ以来かしら、こんなの……」
今あったことなんてまるで気にせず、三人の巨人は夕日をバックに互いの健闘を讃えあっている。
何も知らなきゃ、なかなか感動的な光景に見えるかもしれないが、
今の私には、その無駄な爽やかさに殺意以外の感情が浮かぶことはなかった。
つーか今、夕方じゃねーし。
「……アンタ達」
「おお、霊夢。どうした、怖い顔して。お腹痛いのか?」
魔理沙が能天気な顔を浮かべて言う。
よくもまあいけしゃあしゃあと、私の賽銭はお前達のせいで……。
気づいた時には、私はスペルカードを持って三人に向け駆け出していた。
実力差から考えて、私が勝てる確率は限りなくゼロに等しい。
だが、勝てる勝てないの問題じゃない。これは、私のものになるはずだった、賽銭の弔いだ!
「おっ、やっぱり霊夢も参加したかったのか?」
「もう一戦ですか? いいですよ、受けて立ちましょう」
「だけど、今日の私達は以前とは違くてよ。覚悟なさい」
「知るかぁ! よくも私の賽銭を、死ねえぇぇーーーっ!!!」
霊力と筋肉。相反する力が境内の中心で激突する。
その戦いで巻き起こった爆発が、壊滅寸前だった境内にトドメを刺すことになるのだが、
今の私にはそんなこと気づくはずもなかった。
◆◇◆
「なあ霊夢、いい加減泣き止んでくれよ」
「えぐっ、えぐっ……だってえ……」
縁側で泣きべそをかく私の周りに、三人の巨漢が心配そうな顔をして集まる。
日はすっかり西に沈み、世界を鮮やかな赤で染め上げていた。
「本当に気づかなかったのよ。参拝客が来てたなんて」
「まさか、私達以外の人間がこの神社に訪れるなんて、まるで予想してなくて……」
すぐそこまで、鳥居の所まで来ていたのに。
あと10mも行けば賽銭箱だったのに、こいつらが居たせいで。
この悔しさ、いくら悔やんでも悔やみきれない。
「久しぶりの、お客さんだったのに……ぐすっ」
「だから悪かったってば、何も今日の参拝客が人生唯一のってわけじゃないだろ? 待ってればまた別の客が来るって。その前はいつ頃に来たんだ?」
「……12年前」
「おいっ、靈異伝の頃から来てないのかよ!?」
「もはやギネスレベルですね。もうこのまま記録を伸ばしたほうがいいんじゃないですか?」
ふざけんじゃねえ。
参加者私しかいねえじゃねえか。そんな悲しいギネスがあるか。
ああ、心も痛いが体も同じぐらい痛い。
畜生、体じゅうアザだらけだ。こいつら全然手加減しないんだもの。
思い出すのも嫌だ。筋肉と筋肉のサンドイッチ、ぬめりつく汗、伝わる嫌な熱。
まさに地獄絵図。勝てやしないって、天人クラスの奴が三人だよ? 一方的にボコボコだよ。
無敵主人公の私がボロ負けって、これ公式至上主義に叩かれやしないだろうな。
「賽銭ぐらいなら私が入れてやるって。……あれ、ポケットにお金ない、レシートでいいか?」
よくねえよ。ゴミ箱じゃねえんだよ。
「ほら、終わったことをいつまでもいじけてるんじゃないの」
「一体誰のせいだと……」
「今夜は私たちが夕飯を作ってあげるから。ほら妖夢、貴女も手伝いなさい」
「あ、はーい」
咲夜と妖夢がドスドスと足音をたてて台所に歩いていく。
……うん、賽銭は諦めきれないけど、二人の料理が食べれるんなら別にいいかな。
「おお、私も手伝うぜ!」
「魔理沙はダメ、変なキノコ入れたがるから。あんたはそこで霊夢を慰めてなさい」
「承知だぜ! おーし、霊夢、よーしよしよしよし!」
「あ゛あ゛ああぁーっ、気色悪い、抱きつくな、首が折れる! 頬擦りすんなぁーーっ!!」
そんなこんなで日も暮れて、居間から美味しそうな匂いが漂ってきた。
アームロックをされながらの、魔理沙の畑正憲ばりの愛撫から抜け出し、居間へと向かう。
「おーっ、凄いじゃない!」
目の前に現れたのは、和洋合わさった外界の文献でしか見たこと無いような素敵な料理。
説明しようにも、料理の名前を知らないから説明できない。
それが、見慣れたちゃぶ台の上に所狭しと並んでいる。
「ありあわせのもので作ったからね、この位しかできなかったわ」
「家から食材を持ってくればよかったですね」
米と山菜、それと少量の肉と魚と虫しか無かったのに、
どうやればこんな立派な料理ができるのだろうか。
レミリアと幽々子はもっと従者を大切にしたほうがいいわ。
「お、旨そうだな。いやー、昼間よく運動したからお腹が減ってしょうがないぜ」
「冷めないうちに食べましょう。ほら、霊夢も席について」
咲夜に促され、座布団に座る。
……つーか狭いな。元々一人用のちゃぶ台だから、四人、しかも大柄なのが三人も座るともう一杯一杯だ。
左右に座る咲夜と妖夢の肘が当たる。凄い圧迫感だ、こんな状態で飯なんて食えるのか?
「みんな、ちゃんと座ったかしら? それじゃ、いただきまーす」
「いただきまーす」
「いただくぜー」
まあいいや、今は料理に集中しよう。
うーん、いい香り。そんじゃ、両手を合わせてっと。
「いただきまーすっ」
料理を箸で一摘みして口に運ぶ。
「……美味しいっ!」
「あら、ありがとう」
食べた瞬間、芳醇な香りが口いっぱいに広がり、舌がとろけそうな感覚に襲われる。
あー、いつ食べても咲夜と妖夢の料理は絶品の一言だ。
いいなああいつら、こんな従者がいて。どっちかくれないかな。
「咲夜っ、おかわりだぜ!」
「あ、私もいいですか?」
「はいはい、丁度私も食べ終わった所だし別にいいわよ」
なんだ、もう食べ終わったのか。
こういう上品な料理はもっと味わって食べなさいよ。
ああ、一口食べるたびに魂が天へ昇るよう、天界は料理あんま旨くないけど。
「おかわりっ!」
「おかわりお願いします」
……ってオイオイ、幾らなんでも食うの早すぎじゃないか?
私まだ半分も食べちゃいないのに、どんなペースなんだよ。
そうこうしているうちに、三人の皿から次々と料理が消えていく。
「あら、もうご飯も料理も残ってないわ」
台所から咲夜の声がする。
マジかよ! 私はまだ全然食べ足りないのにっ!
「えー、私はまだ食べたりないぜー!」
「今からでも何か作りましょうか? 簡単なものならすぐに出来ますけど……」
「ダメね、神社の食材はさっきので全部使っちゃったわ。もう一粒の米も残ってないわ」
「もう、もっとゆっくり食べないから……」
……ちょっと待て、今なにか聞き捨てならない事が耳に入った気がする。
「神社の食材は全部使った」。私の耳には確かにそう聞こえた。
その言葉の意味を理解するために、私の脳は五秒ほどの時間を有した。
「……っ!!」
箸を投げ捨て、ちゃぶ台を飛び越え、台所に転がりこむ。
台所には、料理はなくともまだ美味しそうな残り香が漂っていた。
震える手で米びつの蓋を掴み、そしてゆっくりと蓋を開けていく。
心臓がバクバクする。私の記憶が確かなら、昨日まではこの中に、あと三日分は米が入っていたはずだ。
頼む、どうか聞き間違えであってくれっ! 神よ、私をお救いください!
「……はっ!」
「どうした、神奈子!?」
「……今、私の頭に救いを求める声が届いたわ」
「まーた、苦しいときの神頼みじゃないの? 外の世界の時も、神に祈ってくるのなんて受験生か満員電車で腹痛に襲われたサラリーマンだけだったじゃない」
「違う……、もっと強くて切実な願い。とても懐かしい、私達が治めていた国の古代の人間達のような純粋な願いだわ……」
「な、なんだってー! そこまで本気で神を信じる者が、まだ存在していたっていうの!? 神奈子、これは……!」
「ええ諏訪子、ここまで頼られたら黙っている訳にはいかないわ。私はこの者の想いに応え、救いの手を差し伸ばす必要がある。そう、神として!」
「八坂様、諏訪子様、お夕飯ができましたよー」
「わーい」
「わーい」
「……無い」
私の想いは通じなかった。
米びつの中には何も入ってなかった。それだけではない。
米びつの横に置いていた野菜も、水瓶に入れていた魚も、全ては変わり果てた姿で燃えるゴミの袋に突っ込まれていた。
既にこの場に、食料と呼べるものは何一つない。信じられねえ、楽しみにしていた干し柿まで使いやがった。
「あらごめんなさい。昼間運動してお腹がすいたから、つい作り過ぎちゃって」
作りすぎにも程があるだろ、何も全部使うことはないじゃないか。
あの食料を得るために、一体どれだけの苦労があったと思っているんだ。
妖怪退治の依頼、その最中に出会った悪者から追われる少女、国ぐるみの偽札組織、奴は大変なものを盗んでいきました。
幾多もの試練を乗り越えて、ようやく手に入れたというのに、それをお前はこうも簡単に……。
「霊夢ー、食べないのかー? 食べないのなら私が貰うぜー!」
「え? あっ、ちょっと!」
「抜け駆けはずるいですよ、私だって狙ってたんですから!」
居間から二人の騒ぐ声が聞こえる。
何馬鹿なことを言っているんだ、私がご飯を食べないわけ……。
「あー、やっぱ美味いぜ!」
「ちょっと、私にも分けてくださいよ!」
まだ返事してねえだろ!
「ごっそーさま!」
「あーん、ずるいですよー」
「お前らぁ! 何勝手に人の飯を食ってんだ!」
「あれ? 食べちゃダメだったのか?」
「ダメに決まってるだろ! 食べていいなんて一言も言ってなかっただろうが!」
「白玉楼では『食べていい?』なんて言葉は使いません。何故なら幽々子様がその言葉を頭の中に思い浮かべた時には、既に食べて終わっているからです。『もう食べた』なら使ってもいいです」
「やかましい、お前んとこの阿呆な常識をウチに持ち込むな! 大体、あれだけ散々おかわりしといて、何でまだ足りないのよ!」
「レスラーは筋肉を維持するために一日一万カロリーは摂取するって言うだろ?」
「維持させようとすんな!」
まだ半分も食べてないというのに、なんという仕打ち。
こいつらが来てから、私の身に不幸なことが起こりっぱなしだ。
厄神か、近くに厄神がいるのか? その白い歯を全部へし折ってやろうか。
皿に残った魔理沙の食べかすが悲しそうに私を見つめる。せめて、この欠片だけでも……。
「ほら霊夢、何してるの。食器洗っちゃうから早くしなさい」
欠片に手が届こうとしたその時、無情にも咲夜によって食器が下げられてしまった。
グッバイ、私の夕食、またいつかめぐり合える日を楽しみにしているわ……。
「さて、食事も済んだし、風呂にでも入るか!」
「お風呂はもう沸いてるわよ。霊夢、最初に入……らなそうね」
先ほどの食事の件で私の心はすっかり鬱モード。
咲夜が何か言ってるが私の耳には入ってこない。はぁ、私のご飯……。
「おいおい、またいじけてるのか? どうしようもないな霊夢は」
「いい加減ウザいですね。自分のキャラが扱い辛いからって根暗系に方向転換ですか?」
「心の弱い主人公って、もう随分前にブームが過ぎた気がするけど……幻想入りしたのかしら?」
お前ら、その筋肉が消える明日になったら覚えておけよ。
「霊夢が入らないなら、私が先に入らせてもらうわよ。昼間の運動で汗かいちゃって、早く綺麗にしたいの」
「ちょっと待った、一番風呂は私が入りたいぜ」
「じゃあ、みんなで一緒に入りませんか? これなら平等ですよ」
「それはいいけど……この体で三人も入れるかしら?」
「大丈夫だろ、萃香が宴会後に神社に泊まれるよう、風呂場を大きく造ったって言ってたし。湯船も一人ずつ入ればきっと問題ないぜ」
そう言いながら、三人は着替えを持って風呂場に向かっていった。
いや、いくら大きめに造ってあるって言っても、二メートルオーバーが三人も入るのは無理だろ……。
今度は風呂を壊す気じゃないだろうな。少し不安になってきた。
私は忍び足で脱衣所に近付き、聞き耳を立ててみる。
「自分から言い出したけど、やっぱり他人の前で裸になるのはちょっと恥ずかしいですね……」
「女同士で何言ってるのよ! それっ!」
「きゃっ! ちょ、ちょっと咲夜さん!」
「ははは、脱がせ脱がせーっ! ほら、スカートは私に任せろ!」
「気をつけなさい、魔理沙は真性のレズだから、油断すると色々と奪われるわよ」
「ぎゃおー! 食ーべちゃーうぜー!」
「ほんとに止めてくださいってばー!」
声だけは全く変わってないから、こうしてるとまるで女子高の修学旅行のような空気なんだがなぁ。
まさか壁一枚挟んだ先に、金剛力士像が三体も鎮座してるとは誰も思うまい。ここ、神社なんだけどな。
「それにしても、咲夜さんの胸筋。分厚くて素敵ですね」
「あら、ありがとう。ほら見て、上下に動かすことできるのよ」
「私のだって負けちゃいないぜ! 見ろ、このまるで新興住宅地のように綺麗に分かれた腹筋を!」
「いいなぁ二人とも。私の筋肉、そんなに大きくないし……」
「そんな事ないわよ。妖夢だって、背中に浮かび上がった鬼(オーガ)がお洒落じゃない」
女子高の修学旅行が、一瞬にして大学ラグビー部の強化合宿に!
なんて恐ろしい、これが筋肉の魔力だというのか。
「だが、お前らよりも私の肉体が一番美しいっ! ふうぅぅぅんっ!!」
「聞き捨てならないわね、そんな妄言は私を見てから言いなさい。はあぁぁぁぁぁーっ!!!」
「全体のバランスなら負けません! ぬぅぉりやぁぁぁぁーっ!!!」
早く風呂に入れ馬鹿どもが。
いかん、こんな会話を聞いていたら私の脳も筋肉菌に冒されてしまう。
気分が悪い。吐き気がする。とっとと退散して水でも飲もう。
私は頭を抱えながら、ふらつく足取りでその場を後にする。
その後も約30分間、脱衣所から野太い咆哮が止むことはなかった。
「いやー、いい湯だったぜ」
体から湯気を立てながら、三人が風呂から出てくる。
あの巨体では、湯気がまるで闘気か何かに見えてくる。
とりあえず、シュイン、シュイン、という例の音は聞こえてこなかった。
「次、いいわよ」
「大丈夫です、お風呂場はどこも壊してません」
咲夜と妖夢は、それぞれバスローブと浴衣を着ていた。
体が大きくなったから、それに合わせた寝巻きを用意したのだろう。
風呂に入る前に比べて、肉体の露出が少なくなったせいか、見苦しさはかなり軽減されている。
それでも、プロレスラーと力士に見えて仕方がないのだが。
「あー喉が渇いた。れいむー、この牛乳飲んでいいかー?」
対して魔理沙は、着替える前よりさらにパッツンパッツンのタンクトップを着ていた。
風呂上りのノーブラタンクトップ。普通ならかなり感情を揺さぶられるコスだが、
今の魔理沙ではどう見てもコマンドーか魂斗羅である。魔理沙がいかに何も考えずに服を持ってきたのがよく分かる。
「……じゃあ、私もお風呂に入ろうかしら」
三人を待っている間に、夕食の時の心の傷が少しずつ癒えてきた。
熱いお風呂に入って、憂鬱な気持ちを完全に洗い流そう。
そうだ、いつまでもウジウジしていてもしょうがない。これから季節は秋になる。食べ物なんて山でいくらでも採れるじゃないか。
お風呂に入って、縁側で涼んで、ふかふかの布団でぐっすり寝れば、きっと明日にはいいことがあるさ!
気持ちを前向きに切り替えた私は、着替えを持って軽やかな足取りで風呂へと向かった。
「おいコラァ! 湯が全然入ってねえじゃねえかぁっ!! 全部溢れさせやがったなお前らぁ!!!」
◆◇◆
「そこ、もう少し詰められないかしら?」
「ちゃぶ台は台所に出しちゃっていいんじゃないか?」
「予想はしていましたが狭いですねぇ、どういう姿勢で寝るのがベストなんでしょうか」
私が風呂から上がった時、居間では既に布団が敷かれ始めていた。
流石にマッチョ三人で同じ部屋に寝るのは窮屈らしく、
魔理沙達は布団の配置について、あーでもないこーでもないと意見を飛ばしあっていた。
「おお霊夢、上がったか。どうだ? さっぱりしたか?」
「ええ、お陰様でね。浅い水溜りで行水するカラスの気持ちがよく分かったわ」
「じゃあこれからは天狗社会でも暮らしていけるわね」
好き勝手言いやがって。
「で、霊夢。どう思うコレ? 結構狭いけど頑張れば寝れそうでしょ?」
咲夜が居間の床を指差す。
そこには、来客用の布団を全部引っ張り出したのだろう。畳が見えない程に布団が敷き詰められていた。
床一面が真っ白に染められたその光景は、どこか天界の眺めにも似ていた。
「んー? まあ別にいいんじゃない? 寝れれば」
色々と面倒臭くなった私は、咲夜の問いかけに適当に答える。
「そこの奥に妖夢、その隣に魔理沙、私はちょっと膝を曲げることになるわね。それで、霊夢の位置だけど……」
「え、私もここで寝るの!? いや無理でしょ、もうスペース無いって!」
「浮いて寝れば大丈夫だろ。霊夢なら楽勝だろ?」
「寝れるか! 私は自分の部屋があるからいいわよ」
「ダメですよー、こういうのは皆で一緒の部屋で寝るのが楽しいんじゃないですかー」
「筋肉に囲まれて寝るのの何が楽しいのよ……」
ああ、こいつら無理にでも私も一緒に寝せるつもりだ。
自室でさっさと寝てしまえば、翌日にはこの悪夢から解放されるだろうと思っていたのに、
最後の最後まで私を筋肉ワールドから逃がさないつもりだ。
はぁ、やってられない。もう筋肉なんて単語を聞くのも嫌だ。
「妖夢、悪いけど半霊を台所に出してくれないかしら。そうしないと霊夢の寝る場所が無いわ」
「わかりました」
「ほら霊夢、お前は私の隣だ。どうした、緊張してるのか? 誰かと一緒に夜を過ごすのは初めてか?」
「その動きはやめろ、このスケコマシ」
「先、シャワー浴びてこいよ」
「今風呂上りだっつの」
渋々、魔理沙の隣の布団に潜り込む。
普段より暑く感じるのは風呂上りだからか、それとも筋肉から発せられる熱のせいか。
どちらにしろ、今夜はなかなか寝付けそうにない。
「それじゃあ、灯りを消すわよ」
咲夜の声と共に、部屋の灯りが消され辺りは闇に包まれる。
暗闇の中で目を閉じても、部屋に三体の巨大生物が横たわっているのを肌で感じる。
落ち着かない、まるで象の檻の中で寝ている気分だ。寝返りでも打たれたら、その場で巫女のミンチが出来あがるんじゃなかろうか。
「……起きてるかー?」
しばらくして寝付けないのか、魔理沙が誰に言うわけでもなく語り掛ける。
「……起きてますよー」
「起きてるわ」
どうやら二人も起きていたらしい。小声で魔理沙に応える。
「……霊夢は寝たみたいだな」
「そうみたいね。今日だけで霊夢には色々と迷惑をかけちゃったし、疲れてたんでしょう」
「……ちょっと、調子に乗りすぎましたね」
返事をしない私を寝たと判断したらしく、三人は私抜きで会話を始める。
「……明日にはもう、この体ともお別れなんだな」
「体が変化したのが昨日の寝てる間ですから、きっと日が昇る頃にはもう元通りですね」
「名残惜しいわね。こんなに素晴らしい力なのに。霊夢にも少しでいいからその良さを理解して欲しかったわ」
勘弁してくれ。私まで別に筋肉フェチのナルシストになるのは御免だ。
それに、私はそこまで力を求めていない。中立の巫女である私に必要なのは、全てを圧倒する力ではない。
強すぎる中立はただの支配だ、私には偶に起こる異変を解決できるだけの力があればいい。
今のままでも、十分に妖怪と張り合える。これ以上何を望む?
「これからちょくちょく天界に桃を食べに行くかな」
「ウチもデザート用に仕入れようかしら、でも肝心の味がねえ……」
今度マッチョになっても、もう神社には泊めんぞ。
それにしても、あの桃の存在って結構厄介よね。こんなに簡単に強大な力を持てるんだから。
今はまだいいけど、桃の事が他にも知れてしまったら、一体どうなることやら。
長く生きた叡智ある妖怪ならともかく、人間や知性の低い妖怪があの桃を求めたりしたら……。
幻想郷のパワーバランスに大きく影響が出ることは間違いない。あまり好ましくない展開だ。
今回の異変の当事者以外には、なるべく天界のことは伏せておくべきかも。出来るだろうか?
「でも、なんだか空しいですね」
筋肉を惜しむ二人とは明らかに違うテンションで、妖夢が寂しそうに呟く。
「空しい? どういうことだ妖夢?」
「……この肉体は、確かに強いし格好いいです。私の求める理想の従者像かもしれません」
「何が言いたいの?」
「私は、この強さを目指して、いつの日かお師匠様のように剣の道を極めることを夢見て、毎日修行にあけくれてました。だけど、たとえ一日限定とは言え、ただ桃を食べるだけでその境地に近付くことができてしまったんです」
「……」
「だったら、私が今までやってきたことは何だったんでしょう? 私の修行が間違っていたというなら、もっと効率のいい方法があっただけというなら、それまでな話なのですが……そう思うと、なんだか凄く空しくなっちゃって」
「妖夢……」
場がしん、と静まりかえる。
……妖夢は気づいていたのだ、この力が間違った力であることを。
いや、言葉に出さないだけで、魔理沙も咲夜も感づいているのかもしれない。
心配する必要なんてなかった。私の友人は、私が思っているよりずっと出来た人間だったんだ。
「あ、すいません、なんかつまんない話しちゃって……」
「……」
「もう寝ますね、おやすみなさい……」
「……妖夢」
「はい?」
「まだ寝るには早すぎるぜ、どうせ明日には元通りなんだ。最期の最期までマッスルを堪能しようじゃないか!」
「そうね、時間は加速したり止めたりはできても、逆に流れることなんてないもの。限られた時間は余す所なく楽しまないと損ってものよ」
「皆さん……」
「でも、この部屋じゃ一体何ができるのかかしら?」
「せっかくみんな横になってるんだ、ここは夜明けまでに何回腹筋ができるか競うってのはどうだ!?」
「いいですねそれ、負けませんよ!」
「それじゃいくぜ! いーち、にぃー、さーん、しぃー!」
「「ごぉー、ろーく、しーち、はーち!」」
「やかましいっ! 馬鹿やってないでとっとと寝ろっ!」
前言撤回、こいつらは阿呆だ。
見ろ、今の衝撃でまだ神社が震えてるじゃないか。
やること成すこと全て、私と神社への攻撃になるってどういうことだよ。
「お、おい霊夢、お前起きてたのかよ!」
「起きてたわよ。あんたらの話も最初から全部聞いてたから」
「おいおい、だったら言ってくれよー。私なんか変なこと喋ってなかったかー?」
「あらヤダ、私が小児性愛者だという秘密が知られてしまったのね」
「そんな話してねえだろ! ていうか普段から隠してねえじゃねーか!」
「すいませーん。厠に行きたいんですが怖いから一緒について来て……」
「一人で行けっ!!!」
もうグッタリ。本当に最期まで私を疲れさせてくれる。
まさか、筋肉の世話がこんなにも重労働だとは思わなかった。
四天王に脳筋が一人しかいない理由も頷ける、四人全員筋肉バカだったら魔王様過労死しちゃうよ。
もう寝る、本当に寝る。
これでもまだ騒ぐっていうんならもう私は知らん。お前らとは絶交だ。
神社の宴会にも参加させないし、次回作にも出してやらん。
魔理沙の代理はちゆりにやらせる。絵柄は毎回変わるし、どうせ誰も気づきやしないさ。
ああ、だんだん瞼が重くなってきた。
この目が再び開く時には、世界はもとの少女天国に戻っているだろう。
今日のことは忘れよう。旧作設定と一緒に納屋の奥に突っ込んでおいてやる。
「……! 何? 揺れてる?」
ところが、もうあと数秒で眠りに落ちようというその時、神社全体から不自然な揺れを感じた。
なんだ、魔理沙達はまだ懲りてないのか?
今度はなんだ、朝まで耐久スクワット大会でもしてるのか?
「ちょっと魔理沙!」
「あー、なんだぜ……?」
「アンタ達、静かにしなさいって言ったでしょ! 一回言われたら分かりなさいよ!」
「……何を言ってるの霊夢。私達は何もしてないわよ」
「だって、床が揺れて……」
そう言い掛けた瞬間、僅かに感じる程度だった揺れが一気に強さを増す。
襖が勝手に動くほどの強い横揺れ、台所から食器が落ちて割れる音が響く。
あまりの衝撃に、私達は掛け布団を蹴飛ばし跳ね起きた。
「な、なんですか!」
「地震? 結構大きいわね……」
しばらくすると、揺れは徐々に弱くなりやがて完全に止まった。辺りに再び夜の静寂が訪れる。
「収まったみたいですね」
「おおっ、ここが神社で良かったぜ。私の家だったら間違いなく圧死していたところだ」
私は暗闇の中でぐるりと辺りを見回す。結構大きな地震だったが、台所以外は特に目立った被害は無いようだ。
今日はもう遅いし、掃除は明日やればいいだろう。私はそう思い、再び布団に潜り込む。
「……地震?」
だが、何かがおかしい。今の地震に何か違和感を感じる。
確かに大きな地震だったが、それ以上に何か引っかかるような……。
「……地震っ!? なんで地震が起きるの!?」
私は、揺れを感じたときと同じように、布団から跳ね起きた。
突然の大声に驚いたのか、三人も目を擦りながら身を起こす。
「なんだよ霊夢。私は今から寝るんだぜ。静かにしてもらわないと困るぜ」
「地震、今地震が起きたのよね!?」
「あれが地震じゃなくてなんだっていうのよ……レティがジャンプしたとでも言うつもり?」
「そーじゃなくてっ! おかしいでしょ、地震が起こるなんて! だって神社の下には……!」
「すいませーん、厠について来て……」
「お前まだ行ってなかったのかよ!」
私は慌てて外に飛び出した。
そしてそのまま、靴も履かずに神社の縁の下に潜り込む。
寝巻きが泥まみれになってしまうが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「なんで地震が起きるのよ……要石はどうなったのよ……」
天子によって神社の下に埋められた要石。
あれが埋まっている限り、幻想郷に地震が起きることは無いはずだ。
なのに、たった今地震は起きた。これはどういう事か。
天子の言う事が嘘じゃなければ、要石に何かが起きたと考えるのが普通だ。
だが、地中深くに埋まっている要石に、そんな簡単に異変なんて起きるわけ……。
「おー、こりゃまずいな。石の一部が地面から出ちゃってるぜ」
魔理沙が縁の下を覗き込みながら言う。
八卦炉で火を灯してくれたらしく、縁の下が一気に明るくなる。
私は目の前の光景に思わず言葉を失った。
魔理沙の言う通り、建築時に深く埋められた筈の要石が、一部とは言え外に出てしまっていたのだ。
黒い土から顔を出す、殆ど白に近い色の要石は、明らかに存在が浮いていて酷く不気味に見えた。
完全には抜けてないせいか、大地震とまではいかなかったものの、
このままではいつ大惨事に発展するか分からない。このままにしておくのは危険だ。
それにしても、一体なぜ要石が地中から出てきてしまったんだ。
「石畳にできたヒビが、縁の下にまで伸びてますね。これが原因でしょうか」
「あら、これって昼間に私達が作ったヒビじゃない。じゃあ、あの乱闘の衝撃で石が動いちゃったってこと?」
……おめーらのせいかよ。
「おい霊夢っ! 見ろ、向こうを! なんかヤバいぜっ!」
今度はなんだよ。
どれだけ私を苦しめれば気が済むんだ、お前らは。
正直もう限界だってのに……。
「里の方に、何か光が見えますね……」
縁の下から這い出て、魔理沙の指差す先に視線を移す。
妖夢が言う通り、確かに里の方角に幾つかの光があるのが見える。
「火事? いや、あれは灯りね。でもこんな時間にどうしたのかしら?」
咲夜の言う通り、あれは松明や提灯などの人の手による灯りだ。
つまりそれは、里の人間が外に出ていることを示している。
日が暮れてすぐならそう珍しい光景ではない。だが、今は既に日付も変わった深夜。
妖怪に襲われるかもしれないのに、里の人間が外を出歩くのは不自然だ。
何か悪い予感がする、さっきの地震と何か関係があるのかもしれない。
「……ちょっと、着替えてくる」
「おい、霊夢。どうしたんだいきなり」
「里の様子を見に行ってくる。もしかしたら、さっきの地震で何か起きたのかもしれない」
「こんな遅くに? 里には半獣もいるし、わざわざ霊夢が見に行く必要もないと思うけど……」
「嫌よ! だって地震の原因が知られたらウチの責任になるじゃない!」
「あ、里の人間が心配とかそういうのじゃないんですね」
悪いか。いつだって自分の身が一番カワイイんだ。
寝巻きを脱ぎ捨て、いつもの巫女服に袖を通す。何も起きてなきゃいいけど……。
「霊夢、私達も行くぜ!」
「いや、魔理沙達には別のことを頼むわ」
「別のこと……ですか?」
「天界に行って天子を連れて来て頂戴! 要石を扱えるのはアイツだけだから、次の地震が起こる前に石を元の場所に戻さなきゃいけないの!」
「……わかったわ」
要石のことを三人に任せ、私は里に向けて飛び出した。
あの筋肉三人衆に迫られたら、我侭の天子も大人しく従わざるおえまい。
あいつらを連れて里に行きたくなかった、という意図もあるが。
「神社から見えたのは……ここね」
やはりあの光は人の持つ灯りだったようで、深夜だと言うのに多くの人達が里のある一点に集まっていた。
私が地上に降りるとほぼ同時に、一人の女性が私の元に駆け寄ってきた。
「霊夢か? どうしたんだこんな時間に」
里の守護者、上白沢 慧音だ。
僅かだが声が上擦っている。何か良からぬことが起きたのは間違いないらしい。
「里が騒がしくしてるのが神社から見えてね。で、どうしたのよこれは?」
「あ、ああ、さっきの地震でな、見ろあれを」
慧音が最も多くの人が集まっている場所を指差す。
人が多くてよく見えない。私は少しだけ宙に浮き、何が起きたのかを確認する。
野次馬達を掻き分け、人の輪の中心に顔を出す。
そこには、私が想像していた以上の惨状が広がっていた。
「……っ! 家が崩れてるっ!?」
崩れ落ち瓦礫と化した建物。それを撤去しようとする里の男達。群がる野次馬。
背中に嫌な汗が流れる。おいおい、こりゃ洒落にならんよ。マジモンの災害が起きてるじゃん。
死亡者とか出てないだろうな。ギャグSSでそういうのやられると困るんだけど。
それにしても、あの家。見覚えがあるような……。
「さっきの地震で、稗田家の蔵が崩壊したんだ。古くからあって老朽化が進んでいたからな」
ああ、そっか。あれ阿求の家だ。
家かと思ったら蔵か。金持ちはすげえなぁ。
「それで被害は? 蔵が崩れただけ? 誰も巻き込まれてない?」
「……」
「慧音……?」
慧音が言葉を詰まらせる。ちょっと、まさか……。
「……阿求が瓦礫の下敷きになった。蔵に書物を取りに行った際に、丁度さっきの地震が起きたらしい」
「阿求が? ねえ、それって大丈夫なの、阿求は無事なの!?」
「分からない、呼びかけても返事が無いんだ。石造りの蔵だから、瓦礫の一つ一つが重くて救出作業も難航している」
「あんたの能力でどうにかなんないわけ? ほら、よく全部無かったことにするオチで使われるじゃない!」
「無理だ。歴史は隠せても、既に起きてしまった事実は変えられない……。くそっ、今夜が満月ならあんな瓦礫、簡単に除いてやるのに!」
思った以上に大変な事態だ。この状況で地震の原因がバレたら……。
いいや、今はそんなことを考えてる場合じゃない!
阿求は無事だろうか。私は野次馬を飛び越え、救出現場の近くに移動する。
「田吾さ! もっと踏ん張るだ!」
「だ、ダメだべ! 権べさ、この瓦礫、重すぎてビクともしねえだ!」
「あきらめるでねえ! 阿求ちゃんが死んでもいいだかっ!」
里の屈強な男達が十人近くで撤去作業にあたっている。
だが、他のと比べ一際大きな瓦礫が彼らを苦しめる。
単体でも異常な重さの上、倒れた柱などに複雑に重なり合い、男達の力でも動かすのは困難のようだ。
阿求が下にいる以上、砕くと言う手段も使えないのだろう。
「ったく、冗談じゃないわよ!」
腕をまくり、私は男達に混じり瓦礫に手をかける。
「ふんっっっ!!!」
全身全霊の力を込めて、巨大な瓦礫を持ち上げようとする。
だが、腕が引き千切れそうな程の痛みにも関わらず、瓦礫はまるで動かない。
「無理だお嬢ちゃん、オラ達でも動かすことすらできねえのに、お嬢ちゃんの肩が外れちまうだ!」
「博麗の巫女を、舐めるなぁぁぁぁっ!!!」
粋がってはみるものの、やはり私一人が加わっただけでどうなるものでもない。
弾幕ごっこなら無敵を誇る私も、腕力は人並みの少女のそれでしかないのだ。
ああ、こんなことなら魔理沙達に天界から萃香を呼んできて貰えばよかった。
どうする? 仮に阿求が無事だとしても、このままでいたらいずれ……。
「困っているようだな! 霊夢っ!」
悲観的な空気が流れる中、明らかに場に相応しくない能天気な声が響く。
あまりに突然な出来事に、場に居た野次馬全員の目線がそちらに向けられる。
「これは……酷いですね、ぺしゃんこになってます」
「霊夢ったら、来たはいいけど何の役にも立ってないじゃない。もう少し考えて行動なさい」
人々の間にざわめきが起こる。
突如として現れた、三人の人影。
野次馬の輪を挟んでもその姿を確認できる、圧倒的な存在感。
里の人間より頭一つどころか、三つは飛びぬている巨大なシルエット。
その謎の人影が、人々の持つ灯りに照らされ全貌が映し出されていく。
「ご、権べさ! ありゃ昼間に見た大入道でねえか!」
「なんだってこんな所に来るだ! ひぃっ、お助け!」
現れたのは予想通り、魔理沙、咲夜、そして妖夢の三人。
神社で着替えてきたらしく、衣服はゆったりとした寝巻きから、今にも張り裂けそうな見苦しい普段着へ逆戻りしていた。
三人は堂々たる立ち振る舞いで、怯える人々など目に入らないように、ゆっくりと私に近付いてくる。
三人の足を進めると、野次馬が慌てふためいて道をあける。
その姿はまるでモーセの奇跡。モーセって誰だか知らないけど。
早苗が言うにはなんか海とか色々割ったりした人らしい。つまり割れ厨か。
「お、おい霊夢。なんだあの逞しい御仁は。お前の知り合いか?」
慧音が裏返った声で聞いてくる。
「おいおい慧音、私のことを忘れたのか? この幻想郷で一番キュートな魔法使いを」
「その声……魔理沙か!? それじゃあまさか、隣にいるメイドと剣士は……」
「お久しぶりね慧音さん。今日から私も巨乳同盟の仲間入りよ、よろしくね」
「西行寺家が庭師、魂魄 妖夢、ただ今推参! ……どうです? 少しは貫禄がついてますか?」
「咲夜、それに妖夢か!? ど、どうしたんだお前達……一体何があったんだ」
「フッ、思えば私も幾多の死線を越えてきた。紅い悪魔、華胥の亡霊、永遠を生きる月人……そいつらとの、命を懸けたバトルが、私をここまで成長させたのさ!」
嘘つけ、桃食っただけじゃねえか。
というか、なんで魔理沙達がここにいるんだ、もう天界から戻ってきたのか?
いくらなんでも早すぎる。私が里に着いてから五分も経ってないのに。
「ちょっと魔理沙、ちゃんと天界に行ってきたんでしょうね!」
「あー? 天界に行ってたら、こんなに早くここに来れるわけないだろ?」
「大丈夫よ。石はちゃんと私達で地面に埋めてきたから。天人を呼びに行ってる間に、また地震が起きたら困るでしょ?」
「な、何言ってるの? あれは天子じゃないと扱えないって……」
「私達のこのパワフリャな肉体があれば、あんな石ころ一つ動かすぐらい造作もないことです」
動かせたのかよ! 公式設定を捻じ曲げるなよ、本物の化け物かお前らは!
三人は得意げな顔でサイドチェストのポーズをとる。やめろ、腹が立つ。
「ほら、どきな! お前らじゃ足手まといだぜ!」
「ひいぃぃ!」
魔理沙達は撤去作業をしていた男達をその場から退避させる。
普段、肉体労働に従事しているであろう男達よりも、三人のほうが更にデカイ。
改めて見ても異常な姿だ。もう同じ人間の枠に入れるのも嫌になってくる。
「ちょっと、三人だけで持ち上げるつもり!?」
「そのつもりだけど、何か問題でも?」
「何考えてるのよ、人数は多いほうがいいでしょ!」
魔理沙は少し顔を俯かせる。
「霊夢、この蔵が崩れたのは、地震を起こしたのはそもそも私達だ。だから、これは私達だけで解決しなきゃいけないんだ」
「魔理沙……」
「後始末ぐらい、きっちりつけますよ。だから、要石も天人の力を借りずになんとかしたんです」
「そういうことよ。霊夢の手を煩わせるまでもないわ。それに……」
「……それに?」
「このほうが、私達の筋肉を多くの人に見せびらかせるからな!」
おい、そっちが本音だろ。
「行くぜ! 咲夜、妖夢!」
「いつでもいいわ」
「せーの、で持ち上げましょう!」
十人がかりでも持ち上がらなかった瓦礫を三人のマッチョが囲む。
野次馬達が固唾を呑んで見守る中、魔理沙は一回深呼吸をして叫んだ。
「せぇーのっ!」
力を込めた三人の腕に、固い筋肉の山が盛り上がる。
目を見開き、歯を食いしばり、瓦礫の下に手を入れ体全体を細かく震えさせながら持ち上げようと試みる。
「はあぁぁぁぁぁーっ!!!」
「ぬぅぉりやぁぁぁぁーっ!!!」
「ふうぅぅぅぅーんっ!!!」
するとどうだろう。今まで、大の男が束になっても動かなかった瓦礫が、少しずつ浮きあがってきたではないか。
周りから歓喜の声が上がる。三人は、顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと確実に瓦礫を持ち上げていく。
これならいける。場にいる誰もがそう思ったその時。
「……くそっ、これ以上腕が上がらないぜ!」
唐突に、瓦礫の上昇が止まってしまった。
口を開いたのは魔理沙。だが、他の二人も同じ状況のようで、その苦しげな顔は腕の高さを維持するだけで精一杯であることを物語っている。
これは一体どうしたことか。あの三人の怪力なら、もう少しやれると思ったのだが。
「ちょっと、あんた達どうしたのよ!」
「霊夢……心配するな……阿求は必ず助けて見せるぜ」
「ちょっと、要石を動かすのに力を使いすぎただけよ……」
咲夜が汗だくの笑いかえる。その笑顔にいつもの余裕はなく、今にも倒れそうな危うさが感じられた。
その姿をみて私は気づいた。三人には、もう力が殆ど残っていないということを。
天人しか扱えない要石を、無理矢理力づくで動かす。要石にかけられたルールを力任せに捻じ曲げたのだ。
妖夢はさっき軽く言って見せたが、その反動は凄まじいものなのだろう。もしかしたら、立っているだけでやっとなのかもしれない。
「や、やっぱ無理だったんだべ、いくら力自慢だって、たった三人で持ち上げようだなんて……」
後ろの群集の中から、悲観的な言葉が聞こえてくる。
三人が顔を真っ赤に染めて踏ん張っているが、瓦礫は一向に動く気配を見せない。
流石に無理だったのか。いくら天人の桃とはいえ、人間の力には限界があるのか。
「くそっ、なんて重たさだ……!」
「瀟洒な従者の名に傷がつくわ……」
「情けない……私はここまでなのか……」
周りの空気に影響されてか、魔理沙達まで弱音を吐き始める。
今まで自分の筋肉に絶対の自信をもっていた三人とは思えない言葉だ。
そして、それに伴い徐々に瓦礫を持つ手が下がってくる。
魔理沙達は懸命に腕に力を込めるが、それをあざ笑うかのように瓦礫と地面の距離が縮まっていく。
このままでは、あと一分もしない内に瓦礫は元の位置に戻ってしまう。
三人にはもう体力は残っていまい、一度地面に付いたら、二度と持ち上げることは叶わないだろう。
どうすればいいんだ、このままでは阿求が……。
「ダメだ、私達の力じゃあこれ以上は無理だ……」
魔理沙が遂に諦めの言葉を吐く。
やはり、人間の力には限界があるのか。
天人の桃は、限界まで肉体を高められても、その限界を超えることはできないのか。
次の瞬間、私の脳裏に今日の映像が思い起こされてきた。
私に向かって、嬉しそうに自分の肉体を見せびらかす魔理沙。
爽やかな笑顔を浮かべながら、その有り余るパワーを乱闘で存分に発揮する咲夜。
そして、自分の肉体の極限について、少し悲しそうに語る妖夢。
なぜ、それらが浮かんだのかは分からない。
ただ、頭にその映像が流れた時、私は魔理沙達に向かって叫んでいた。
「魔理沙、咲夜、妖夢っ! あんた達の力はそんなものだったの! その自慢の筋肉は、神社を壊し夕飯を奪い風呂を溢れさせる為だけにあるの!? 違うでしょ、もっと、もっとやれるはずよ! あんたたちの限界は、まだまだ先にあるのよっ!!」
場が一気に静まり返る。
魔理沙達が一斉に顔をこちらに向ける。
三人は、始めは何を言われたのか分からない、といった顔をしていたが、
数秒の後、一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべ、再び瓦礫に目線を移した。
「二人とも、もっかい行くぜ! 気合を入れろっ!」
「ええ、これが最後のチャンスね」
「絶対に成功させましょう! この筋肉に懸けてっ!」
今までの辛そうな顔が嘘のように、三人の表情に輝きが戻る。
そして、先ほどよりも更に大きい叫びをあげて、再び両腕に力を込める。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
下がる一方だった瓦礫が上昇を始める。
今度は途中で止まる気配はない。魔理沙達の膝程度だった高さが、徐々に太もも、腰と順調に上がっていく。
「お、大入道! 頑張るだ、阿求ちゃんを助けてけろ!」
「助けてくれたら、明日からおめえらを崇めるだ。賽銭だって毎日入れてやる!」
周りの野次馬達もそれを見て、魔理沙達に声援を送り始める。
気のせいか、声援が強くなればなるほど、瓦礫の上昇速度が上がっているように見える。
そしてついに、巨大な瓦礫は魔理沙達の胸辺りまで持ち上げられる。
「よし、ここまで上げればもう大丈夫だ。せーの、でそっちに投げるぜ」
「せーの……」
「それっ!」
蔵を覆うように置かれていた瓦礫は、稗田家の庭に投げ捨てられ粉々に砕かれていった。
阿求は無事だろうか。砂煙でよく様子が確認できない。
私と野次馬達が、目を凝らして阿求の安否を確認しようとしていると、砂煙の中から巨大な三体の影がゆっくりと浮かび上がってきた。
「安心しろ皆、阿求は無事だ!」
「うまく瓦礫の隙間に入り込めたようね。本当に運が良かったわ」
「気を失っていますが、怪我はかすり傷程度です。阿求さんは私達が救出しました!」
煙の中から、魔理沙達の堂々たる姿が現れる。
魔理沙の腕には、眠ったように気絶している阿求が抱かれていた。
再び、場に大きな声援が巻き起こる。
阿求の無事を喜ぶ声、魔理沙達を讃える声、言葉にならない叫びの声。
横に居た慧音も、騒ぎこそしないが安堵の表情で胸を撫で下ろしていた。
魔理沙が私に親指を立てて自慢げに合図を送る。
私は、それに反応することもできずに、緊張が解けた疲れでその場に座り込んでしまった。
「う、うん……私は、一体……?」
「お? 目を覚ましたか」」
辺りの騒ぎが聞こえたのか、魔理沙の腕に抱かれている阿求が、
気絶から回復し目をゆっくりと開けていく。
「ま、魔理沙さん? 一体これは……ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!!」
「おい阿求! どうした!?」
「あら、また気絶したわ」
「どうしたんでしょう? 目立った外傷はない筈ですけど」
可哀想に。
阿求はこれから死ぬまでずっと、顔が乙女で体がマッチョの怪奇生物に抱かれていた記憶を持ち続けなければならないのだ。
首を傾げる魔理沙達以外、その場にいる全員が白目を剥いて気絶した阿求に哀れみの目線を送っていた。
◆◇◆
幻想郷に再び朝日が昇る。
結局、神社に戻ってこれたのは既に二時を回ってからだった。
三人は体力的に、私は精神的に疲れ果て、戻ってきた途端に布団に倒れこみ、そのまま眠りに落ちてしまった。
目が覚めたとき、三人の体型は昨日の出来事が嘘のように元に戻っていた。
服が伸びきってしまっている以外は、特に後遺症のようなものも見当たらない。
桃の効力は完全に切れたらしい。間違いなく、普段見慣れてる魔理沙、咲夜、妖夢の姿だ。
「あーあ、元に戻っちゃったぜ」
魔理沙が自分の腕を撫でながら残念そうに呟く。
「……少しぐらい胸に肉が残ってもいいのに」
「あの体、気に入ってたんですけどねえ」
咲夜、妖夢もそれに続き、自分の体を見て溜息をつく。
「なーにが残念よ。あんな気持ち悪いの、もう二度と見たくないわよ」
「霊夢もあの肉体を手に入れれば、あの素晴らしさが分かると思うんだがなあ」
「天界に行って桃を採ってきましょうか? 一度に十個ぐらい食べさせれば、いくら霊夢とはいえマッチョになれるかもしれないわよ」
「女は度胸、なんでもやってみるものですよ」
「馬鹿なこと言うんじゃないの。あんた達、まさか機会があったらまたあの桃を食べようとか考えてるんじゃないでしょうね?」
あの桃は、人の手には余るものだ。そう簡単に持ち出していいものではない。
私も魔理沙達は一応信じてはいるが、筋肉に魅入られたこいつらが、いつまた自分の欲望に負けてしまうか……。
「心配するな霊夢。私達は、もう二度とあの桃には手を出さない」
「あれ? 案外あっさりしてるのね」
さっきまであれほど筋肉を名残惜しんでいたにも関わらず、予想外に淡白な反応。ちょっと拍子抜け。
そりゃあ、手を出さないに越したことはないけど、どういった考えなんだろ?
「なあ霊夢、昨晩お前は、私達が阿求の救出を諦めそうになっていた私達を怒鳴りつけたよな」
「え? ……ん、まあそんなこともあったわね。あの後、急に魔理沙達が元気になって、一気に瓦礫を持ち上げたんだっけ?」
「なんでだか、分かるか?」
「?」
んなこと言われてもな。何が言いたいんだろ?
「確かに、天人の桃は体を桁違いに強化してくれる。だけどな、それは決して限界までって訳じゃないんだ」
「……」
「あの時、私達の体力は尽きかけていた。だが、霊夢の声を聞き私達は力を取り戻した。その時気づいたんだ、限界じゃない、まだまだ先があるって」
「……限界じゃなかったのは分かったわ。でも、なんで私の声で強くなれたわけ?」
「それはね、貴女の言葉が私達に肉体を次の段階に移す為の鍵になっていたからよ」
横から咲夜が口を挟む。
「鍵?」
「そう、鍵。それを得たから私達は、あの時、肉体を更に高めることができたの」
「……あの、もう少し分かりやすく説明してくんない?」
「つまりだな、私達は物足りなかったわけだ! 圧倒的なパワー、強靭な筋肉、でかい胸。一見、私達が望んだものが完璧に手に入ったように見える。だが、心の底ではあと少し足りてなかったと感じていたんだ」
「足りなかったもの……って何よ」
私の言葉に、魔理沙は少しだけ言いにくそうにしたが、
他の二人と顔を見合わせ、覚悟を決めたかのように語りだす。
「……私の目標は霊夢、お前に追いつくことだ。かつて私をギッタンギタンにしてくれたお前に勝利して、私の力を認めて欲しかったんだ」
「? 私になら昼間の乱闘で勝ったじゃない、そりゃもう完膚なきまでに」
「確かに、勝つだけならできた。だけど、お前は筋肉を気味悪がるばかりで、私の力を全く認めようとはしなかった」
だって、実際気持ち悪かったしなぁ。
それに、あの時は賽銭を逃したショックで勝ち負けに拘ってなかったし。
「だからあの時、阿求を救出する時、霊夢が私の力を信じて必要としてくれた時に、やっと満たされた気がしたんだ。不思議な感覚だったよ、足りないパズルピースがやっと見つかった、みたいな。きっと、私の目標が達成されたから肉体が更に上を求めて強化されたんだろうな」
「……そういうもんなの?」
「さあな、これはただの憶測に過ぎないからな。でも、私はそうであると信じているぜ」
「じゃあ、咲夜と妖夢はどうなるのよ。別に、二人は私をライバル視してる訳じゃないでしょ」
「私も魔理沙と似たようなものよ。折角の巨乳も、他人に認められなきゃ意味がないもの」
「魂魄の剣は、大切な人を守るための剣。きっと、誰かに必要とされてこそ、真の力を出せるのでしょう」
私の叫びが、偶然にも三人の求めているものに一致したってことか。
そんなもんかね。でもあの時、魔理沙達の力が不自然なまでに強くなったのは事実だしね。
「分かるか? 私達の限界は、あんなものじゃないんだ。やり様によっては、まだまだ上にいける可能性があるんだ」
「桃による体の強化は、確かに楽だし効果も大きいわ。だけど、それ以上を求める者にとって、もうそれは必要ないの」
「いつかきっと、自らの努力でお師匠様ぐらい強くなってみせます。霊夢の声は、その道を私達に照らしてくれたんです」
……なーんか恥ずかしいわね。煽てたって何も出ないわよ。
むしろ、魔理沙達から今回の騒ぎの損害を請求してやるんだから。
紅魔館からは神社の修繕費、白玉楼からは一年分の食料。
魔理沙からは……温泉の素とかでいいか。しっかりと取り立ててやるからね。
ふと、三人の顔を見ると、どこか昨日までとは違うような気がした。
希望に溢れているというか、進むべき道を見つけたというか。
魔理沙達は筋肉こそ失ってはいるものの、今までよりも強く、そして頼もしく見えた。
限界の向こう側を見てきたせいで、内面的に成長したとでもいうのだろうか。
「……? どうした霊夢、私の顔に何かついてるか?」
「え? あ、いや、なんでもないわよ」
人間はまだまだ上に行ける……か。
魔理沙達は、これからもっと高みを目指していくのだろう。
いつの日か、私なんか比べ物にならないぐらい強くなるのかもしれない。
まあ、本物の筋肉質になられても困るけどね。
私も、今日から少し真面目に修行でもしてみようか。
魔理沙達の真っ直ぐに輝く瞳を見て、そんなことを考えた。
「すいませーん。霊夢さーん、いますかー?」
と、その時。
神社の玄関口から、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
はて誰だろう、こんな朝っぱらから。参拝客だろうか。
今までの経験からして、あと十年は来なそうだと思っていたが。
私はその場から立ち上がり、寝癖を軽く直して玄関に向かう。
「はーい、素敵な賽銭箱はあっちよー」
「参拝客じゃありません。ていうか、開口一番お賽銭を要求しないでくださいよ。だからここの神社は信仰が集まらないんですよ」
玄関口に立っていたのは、脇丸出しの服を着た緑の髪をした少女。守矢神社の巫女、東風谷 早苗だった。
その両手には、なにやら大きめの箱が抱えられていた。
「早苗じゃない、どうしたの? 賽銭箱はあっちよ」
「ですから参拝じゃありませんて。そんな頻繁に賽銭賽銭言ってると、かえって逆効果ですよ」
「会話の中にさり気なく「賽銭」というワードを混ぜて、相手の深層心理に訴えかける。これが博麗の信仰の集め方よ」
「それ、外の世界じゃ禁じられてますから」
「おお、早苗じゃないか!」
来客者が気になったのか、気がつくと後ろに魔理沙達がついて来ていた。
「あ、皆さんお揃いで! よかった、周る手間が省けました」
「どうした今更、もうすぐこの話は終わりだぜ」
「お、終わり……? この話?」
「魔理沙の言葉は気にしないでいいわよ。で、何の用? その言葉から察するに、ウチや冥界にも行くみたいだったけれど
「あ、はい! 実はですね、今日は皆さんにおすそ分けを持ってきたんですよ」
そういって早苗は手に持った箱を下に置き、蓋を開ける。
私達が身を乗り出して覗き込むと、そこには綺麗に並べられた緑の球体状のものが入っていた。
「……梨?」
「はい! これ、みんなウチの神社で採れたものなんですよ!」
「へえ、これはまた随分と大きいわね」
「八坂様は農業の神でもありますからね、神社では野菜や果物がよく育つんです。よかったら食べてみてください」
「それじゃ、遠慮なく……」
次の瞬間、梨のうちの一つが綺麗に八分割になる。咲夜が時を止めて切り分けたようだ。
私達は箱から切られた梨の一片を手に取り、口に入れる。
「……美味しいっ!」
「本当、瑞々しくって甘みがあって、それでいてしつこくない。こんな美味しい梨初めてだわ」
思わず声をあげた。
その梨は、私達が今まで食べたどれよりも素晴らしい味だった。
「喜んでもらって良かったです。それ、今朝収穫したばっかりで、八坂様や諏訪子様もまだ食べてないんですよ」
起きてから何も食べてない私達の胃に、次々と梨が収められていく。
食べた瞬間、口いっぱいに爽やかな香りが広がる。
歯ごたえも申し分なく、甘みの強い果汁が噛むたびに口を潤す。
空腹であることを差し引いても、この梨の味はまさに絶品だった。
「やっぱり、果物は美味しい方がいいですね」
「ああ、あの桃なんかとは全然違うぜ。あれは酷すぎた」
「桃? 何のことですか?」
「こっちの話よ。早苗は食べないの?」
「私はいいです。実は、ついさっき博麗神社に着く前に、こっそり少し食べちゃいましたから」
小さく舌を出してつまみ食いを白状する早苗。
つまみ食いしたくなる気持ちも分かる。
こんな魅力的な誘惑、年頃の女性が我慢できるはずがない。それで納得できる程この梨は美味しいのだ。
やろうと思えばこの箱に入ってる分、全て食べられる気がする。
魔理沙達もそれは同じらしく、箱の中の梨を次々を切り分け食べ続けている。
レミリアや幽々子の分を取っておかなくて大丈夫なんだろうか。
「やめられないぜこれ……なんか中毒性のある成分でも入ってるのか?」
「失礼ですね、八坂様と諏訪子様の神通力が込められている以外は、至って普通の梨ですよ!」
「神通力?」
「ええ、この梨にはお二方の力が込められてるんです。それにより、味は勿論のこと、健康にもとても優れている理想的な果物に仕上がっているのです」
「健康にも? そういえば、なんだか頭がすっきりして、体も軽くなったような……」
「なんだか、力が湧いてくるような感じですね」
「それが神の力です! 滋養強壮、栄養補給。お受験や残業にも効果覿面! その名も『美味しくて強くなる、守矢のミラクルフルーツ』! ゆくゆくはこれを幻想郷の皆さんに配って、一気に信仰を獲得しようと考えてるんですよー」
その言葉を聞き、私達の梨を食べる手が止まった。
何か、早苗の言葉に引っかかるものを感じたのだ。
「……美味しくて」
「強くなる……?」
私達は四人で顔を見合わせる。
そして、『それ』はその直後に訪れた。
「おお、流石は神の力! 天人のなんかとは味も効果も桁違いだぜ!」
「あちゃー、これは神通力の込めすぎですね。要改良です」
「しかし困りましたね。これじゃあ今日も家に帰れそうにありませんよ」
「仕方ないわね。もう一日、博麗神社で過ごすとしましょうか。早苗も一緒に泊まる?」
「え、いいんですか!? うわぁ、皆さんと一緒のお泊り、楽しみです!」
「そんなわけだ。霊夢、今日も一日よろしく頼むぜ!」
玄関の戸と屋根を突き破り爆誕した、身長三メートル近い四人の筋肉巨人。
私はこれから訪れるであろう、昨日を遥かに上回る悪夢を想い、気を失いその場に崩れ落ちた……。
バカヤロウwww
えっと、あれだ、筋肉が凄かったし、
いい話を混ぜようとしているところが逆にカオスだった
うん、ピクピクする胸筋って素敵です
バカヤロウwwwww
中盤までは筋肉ムキムキでも普通に読んでいたのに
最後の早苗が持ってきた梨で吹き飛んでしまいました。
と、いうか笑ってしまいました。
くそっ・・・! 悔しい・・・悔しいが面白かったです。
お見事。
誤字の報告
>天子のセリフで「~~食べ物にケチつけつなんて~」
という誤字になっています。
正確には「食べ物にケチつけるなんて」でしょう。
以上、報告でした。(礼)
楽しく読ませていただきましたw
筋肉イェイ、イェイ。
そして最後のAAに、とどめを刺されましたwww
俺の腹筋が新興住宅地のように六つに割れるくらい笑ったわ。
この作品のおかげでずいぶん腹筋が鍛えられたような気がします。
最高だ!!!!!
>閻魔ってぐらいだからきっと広い家に住んでるに違いない。
映姫様…………。
いい作品でした!
つか早苗さんをマッチョにすんじゃNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE
>ちなみに、ちょっと前に他の方が書いた筋肉ネタのSSがありましたが、これは別にパクったわけではありません。偶然の一致です
マチョリーのことかー!
>四人全員筋肉バカだったら魔王様過労死しちゃうよ。
正論過ぎてクソワロタ
腹筋崩壊しかけたぞコノヤロウwwwww
後書きで台無しじゃないですかカテジナさんっ!!(誰)
>この間、香霖堂で行った『連載終了おめでとう単行本まだかよパーティ』
多分1度や2度の開催じゃないですね。わかります。
そしてフェイスだだ下がりな山の神二人がとても愛しく感じました。
やっぱり三食足りて満足するは人も神も同じなのですな。
とりあえず一ついえるのは「腹筋崩壊したwwwwwwww」
カオス過ぎて目も当てられないwwwww
>出来てしまいまったんです
出来てしまったんです、の誤字かと思われます。
いいぞ、もうやるな
もうねwどこから突っ込めばいいやらwww
面白すぎる。朝から馬鹿みたいに笑っちまったよ・・・
内容はあくまでカオスなのに割といいお話になっててびっくりです。けどとりあえずその筋肉をしまってください。
こいつらが腹筋が凄いことになって
俺の腹筋も逆の意味ですごいことにwwwwww
明日は筋肉痛かも・・・www
霊夢…強く生きろよ…
>「あー構わないわよ。一晩だかなんだから一人も三人も一緒よ」
一晩だけ、かな。
いやぁ、こんな笑ったのはいつ以来だろうw
今まで以上に精神を病んでもおかしくないような…ww
金剛力士像が鎮座の神社に、ただただ合掌
ナイスマッスル!
食料も無いし神社も壊れてるし、
ここから先どうなるんだ?
(ギャグなのに、安易に歴史食ってもらうENDでなかったのが良かったです。)
殺す気か!!死んでるけど!!
あと最後のAAに早苗さんの追加を要求する!!
作者はこの作品を公開することで
俺らをマッチョにするつもりなんだ
ナ ナンダッテー!!
Ω ΩΩ
たったこれだけの後書きに作品に対する覚悟を感じました。
ああ……頭の中で葉山宏治の曲がエンドレス……
素晴らしい作品でした。
さらに終盤で止めまでくれやがりました
なんという霊夢ブレイカー早苗
情景を思い浮かべるのにちょうど良いのはキャラメイクできるプロレスゲーの東方バージョンもしくはお嬢の浴室か
秀逸な作品でした
ダメだこの作者wwwwwwwwwwwww
バカスwwwwwwwww
作曲:葉山宏治
大いに笑わせていただきました。ギャグものとしては創想話でベスト10に入る出来だと思います。
全然違うw
…とまあ野暮な突っ込みは別にして大声で笑わせてもらいますたwwww
作者のキャラのぶっ飛びぶりはハンパねーなあ。全部巡礼してみるか!
笑わせて貰ったよホントwwwwww
草を生やさざる終えないwwwwwwww
最後のAAで盛大に吹いたwww
咲夜さんだけなんか理由がアレすぎて泣いた。例えも「シャーマン戦車装甲」って、微妙に薄いし……。
ところで、
>「俺の名前は博麗 霊夢。報酬次第でどんな仕事も請け負う、所謂なんでも屋だ」ってか
なぜ私が中二のときに書いた小説の冒頭を知ってる。
虫・・・!?
wwww
なんなんだ!クソッ!そんなにみんなの嫁を貶めたいと言うのか!
チクショーッ!でも笑っちまったじゃないかよー!
もうだめだこの幻想郷www
脳内で『兄貴と私』のFLASHが何度も何度もリフレイン……w
いや、あの隠しシナリオにもマッチョ出てましたけど。
詰めすぎw
ばwwwwwろwwwwwすwww
あとところどころにあるメタもいい感じに効いた
…………もう許してください……。
なにげに守矢の二柱がいいバイプレイヤーだった。
この俺の鈍い脳みそで瞬時にツッコミができた一文は久々だぜ…
ワロわせてもらいました
筋肉に支配されていた恐怖を・・・
参拝客を帰された屈辱を・・・