※オリキャラ注意
岩肌が剥き出しとなり、人間では到底まともに進むことが出来ないであろう険しい山道
少女は確実に、確実に奥へと進んで行く
途中、呻き声や叫び声が聞こえた気がするが、少女は何事もなかったかのようにそれらを踏み越えて進む
奥に進むにつれ岩肌が針のように鋭くなり、いかにもこの先への進入を拒んでいるかのようだったが
少女はもちろんそれを承知の上で、こんな妖気渦巻く山へと来たのだ
少女の顔は周囲の禍々しい風景にありながらも、それは穏やかで涼しい笑みを浮かべていて
端から見ればその様は、まさに禍々しい事この上なかった
いつの間にか岩肌が消え、少女は薄暗い森を歩いていた
鳥のさえずりがどこからか聞こえ、木々の隙間からは僅かだが日が差し込んでいる
先ほどまでの異様な雰囲気は、もうすっかりなりを潜めていた・・・かに思えた
だが少女の笑みは薄れ、左手に提げた傘の柄が、ぎりりと軋む
異様なのは彼女でなくとも気づくだろう
この森は全くの無風・・・いや、むしろ風という概念が無い空間といった感じで、木も葉もこれっぽっちも揺れないのだ
そのせいでまるで死の直後のような静けさが森の基盤となり、爽やかな鳥のさえずりさえ少女の耳には酷く騒音に聞こえていた
少女は一瞬の眩暈に襲われたがすぐさま立ち直り、森の奥深くへと進んでいった
開けた場所に出た
周りを円状に森が囲み、大きな木が一本生えているだけの、芝生の公園のような場所に着いた少女は
「ここで昼寝ができたらどんなに気持ち良いかしら」と思い、その大きな木の根元を見つめていた
そこには耳が大きく金毛で、頭と同じく立派な金色の尻尾が九本も生えた妖怪らしき女が一人、木にもたれてゆったりと眠っていた
「・・・見~つけた」
少女はツカツカと妖怪に近づいて、顔を覗き込む
「もしも~し」
「・・・・・・・・・・」
「おはようございま~す・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・もしかして死んでます?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・こんなところに油揚げが・・・」
「よいしょっと・・・あんた誰だい?とりあえず、ただ者じゃあないね」
少女は空間に裂け目を創ったかと思うと、おもむろにそこから手の平ほどの油揚げを取り出していた
右手でヒラヒラと見せびらかすつもりだったが、油揚げは一瞬でその妖怪の腹に収まっていた
「やれやれ、さすがは最強の妖獣と言われるだけはありますね」
「おや、それを知っててわざわざこんな所まで?まったくもの好きな娘さんね」
「よく言われますわ」
妖怪はくつくつと肩をすくめながら笑いを浮かべている
少女もまた口に手をあて、おほほと優雅に笑いを返した
「・・・その妖気、あなたも妖怪だね?それもこんな所まで来れるなんて、相応の実力をお持ちの」
「あら、あなたに比べれば赤子のようなものですわ」
一瞬、空気が震えた
この二人の妖怪の放つ妖気は恐ろしく強大で、さっきまでピクリともしなかった木々がざわざわと揺れだしていた
遠くにいたであろう鳥のさえずりも、その瞬間に止まった
空気に絶えられずに気を失ってしまったのかもしれない
だがその妖気の放出も一瞬でぴたりとやみ、女は手をひらひらと振った
「失礼、今のは挨拶代わり。この程度のことで怖気づくようなら、私はあなたを食っていたよ。・・・用件は何?」
「それを聞いて安心しました。それでは単刀直入に・・・」
少女は顔を逸らしてこほんと咳払いをした後、目の前の妖怪の目を真っ直ぐに捉え、スっと鼻から息を吸い込んだ
「九尾の天狐よ。妖怪の賢者たる我、八雲紫の式となり、我が行く末を支えてほしい」
「ほう・・・」
九尾は顎をさすりながら、妖怪の賢者と自称する目の前の紫を今一度見回した
なるほど確かに、隠し切れないほどの強大な妖気と、小柄だが何事にも動じないであろう堂々とした態度
賢者と言うくらいだから、それなりに頭も切れるのだろう
器としては申し分ない
「・・・だけど、どうして私なんだ?あなたなら、もっと扱い易い式なんて簡単に創れるだろう」
「主人を守るのが式の役目、その式が私と実力が離れすぎていては意味が無いのです。少なくとも私と同等以上の力を、私は求めていました」
「なるほど。しかし、ここまで来れたあなたを守る必要があるのかが、私には疑問なのだけど」
この場所へは厳しい山道、辺りに住まう強力な妖怪、九尾の張った結界や術等を看破していかなければならない
だが少女には傷どころか、服に汚れ一つ付いていなかったのだ
そんな異常とも言うべき強大な力を持つ妖怪に、果たして守護者たる式が必要なのだろうか
九尾は首をひねった
「・・・だけどこんな所までわざわざ足を運んで来たということは、相応の理由があるのだろう?よければ聞かせてくれないか」
「・・・・・」
しばらく考え込んだ後、やがて紫は真っ直ぐに九尾の目を見据えたまま語りだした
「・・・私には、愛する故郷があります」
「うん?」
「その故郷の名は幻想郷。あなたもその存在は知っているでしょう」
「ああ、確か東の山奥にあるという・・・」
「幻想郷には多くの魑魅魍魎が平和に暮らしています。ですが最近、以前から僅かに住んでいた人間が、急激に増えだしているのです」
「・・・幻想郷の人間には、妖怪狩りが多いと聞くけど」
「はい。おとなしい妖怪を数に任せて無意味に狩る者もいて、妖怪が主を成していた幻想郷本来の均衡が崩れようとしています」
「・・・・・」
「私は幻想郷を・・・妖怪たちが平和に暮らせる地を愛しています。それ故、私は幻想郷を守りたいのです」
「今のあなたの力なら、それは難しいこととは思えないが」
「人間を攻撃することはできません。なぜなら人間の中にもまた、平和に暮らす者たちがいます。彼らの気持ちを反故にはできません」
「なら、力というのは?」
「・・・私は今、各地の力の弱った妖怪達を呼び寄せ、人間の増長を防ぐ仕組みを考えています」
「・・・結界の類・・・かい?」
「はい。ですが今の私に半永久的に発生する結界などは張れず、完成したとしてもこれから先、私一人では到底維持できるものではないでしょう」
「それで、妖術や結界術に優れた強力な式が必要というわけね・・・」
まいったな、と九尾は頭を掻いた
この少女はただ愛する故郷を守るために、力を貸してくれる者が必要なのだ
妖怪ゆえに見た目では歳がわからないが、恐らくは気の感じからして、たかだか数百年しか生きていないだろう
幾千年の時を重ねてきた九尾に比べれば、その少女は正に、少女そのものだ
だがその目には一点の迷いもなく、ただひたすらに愛する故郷の未来のため
いや、それだけに限らず世界中の虐げられた妖怪たちの未来のために人生をかける覚悟が写っている
だけど私は
「あなたの気持ちはよくわかった。・・・だけど、悪いが今日は身を引いてくれないか」
「・・・なぜ?なら次はいつ来ればよろしい?」
少女の決意は想像以上に確たるものだったらしく
さっきまで真剣かつ穏やかだった表情は眉が歪み、急に曇っていく
「私にも都合があるんだ。だから今は返事ができない。・・・その結界は、どのくらいで完成する?」
「・・・理論だけで、最低でも5年はかかります」
「5年・・・そうか。なら、5年後に結界の理論が完成した時に、またここに来てほしい」
「・・・・・」
「その時は天狐の力、喜んで差し出そう。だからは今は・・・頼む。・・・理由をお話できないことを許してほしい」
紫はしばらく黙り込んでしまったが、やがてにやりと胡散臭い笑みを浮かべて九尾に背中を向けた
「・・・いいでしょう。5年後、私も完璧な理論を立てた上で参りますわ」
そう言うと、少女の横に空間の裂け目が現れて、少女は闇へと入っていった
「・・・まさかそれでここまで一気に来たんじゃないだろうね」
「いくら私でも、目的地がわからなければ移動はできませんわ。ただし5年後は急に現れますので、くれぐれも驚かれぬよう」
ぽかんとする九尾を尻目に、空間は閉じられた
九尾は大きく溜め息を付いて木の根元に座り込むと、ぐるんと空を仰ぐ
「はぁ・・・。まったく、この九尾を使おうとするとは大した妖怪だね、八雲紫。・・・5年・・・まぁ、私もなんとかしないといけないな」
よいしょと立ち上がり、九尾は森へと消えて行った
数千年の時を生きる妖怪にとって、5年などは本当に微々たるもの
だが確実に5年という月日は流れ、紫は九尾との約束通り結界をほぼ完成させていた
だが、やはりどう考えてもこれだけの結界を扱うには、まだまだ自身の力が足りなすぎる
たとえ今以上の力を身につけたとしても、一人では維持は不可能
だからこそ、自分と同等の強大な結界術を持つ式が必要だった
その望みは、もうすぐ叶う
結界を実際に張るにはまた更に色々な準備が必要なのだが、それでも紫の胸は高鳴っていた
紫はあの美しく気高く、強い力を持つ九尾に魅せられていた
うきうきとする気持ちを抑え、紫は5年前のあの場所への道を、息をするかのように簡単に開いた
森に囲まれ、ここだけが開けた場所はあの時と何も変わらない
だが、何かが違う
木々がさわさわとなびいていて、鳥のさえずりは紛うことなき美しいさえずりだった
妙な違和感を覚えつつ、紫は辺りを見回した
ふと、木の根元にもたれて寝ている九尾の姿があった
あの時と変わらぬ格好で
紫はうふふと笑い、九尾のもとへ歩いた
「もしも~し」
「・・・・・・・・・・」
「おはようございま~す・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・また死んでいるのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・こんなところに油揚げが・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・起きなさい、天狐」
「・・・ん、ああ・・・八雲、紫か・・・。すまない、よく聞こえ、なくて」
九尾は消えそうな声で、紫の怒鳴り声に応えた
紫の顔からは、いつものような笑みは完全に消えていた
九尾の目は、閉じられたままだった
「八雲紫・・・。すまない、ね。5年で結界は・・・完成、した・・・?」
九尾の顔には尋常でない量の汗が滲んでいた
紫はわけがわからないという顔で、地に手を付いて九尾を呆然と見つめていた
どういうことだ、この状況は
「一体・・・なにがあったのですか」
「何も・・・ない、さ。私も長く生きたから・・・ね。実を言うと、あの時、私はもう・・・死ぬはずだった」
「っ・・・!それは・・・どういう意味」
「あなたに会うまでは、ね。あなたに・・・この世の妖怪達、全て、に救いの手を伸ばす、あなた、に・・・私は胸を、打たれた・・・」
「・・・・・!」
「だから、ね、こんな死に損ないの狐・・・、でも役に立ち、たくて、さ。術でなんとか、生きながらえて、5年・・・」
「約束が違う・・・!私はあなたの力を欲した。だがあなたはもう死ぬと?そんな馬鹿な話があるか!」
紫は目を見開いて叫んだ
恐らく、自分でも今まで出したことのないような声だったのだろう
紫は、はっと口を押さえた
九尾は口元に柔らかな笑みを浮かべると、紫の頭にそっと手を置いた
「本当に・・・すまない。5年、さぞや大変だった、ろう・・・ね」
「・・・・・・・・・私はまだ途方も無い寿命を残しています。あなたの今の苦しみに・・・比べたら・・・」
「はは・・・そんなことは、ない・・・さ。まぁ、思い残すとすれば、幻想郷の、行く末を見られないこと・・・かな」
紫は歯を食いしばり、悔しさだか悲しさだかわからない感情を押し殺していた
「・・・・・!ならばあと少し、この5年のように生き永らえればいいでしょう!」
「本当に・・・・・・本当に、すまない・・・」
だけど、と九尾は続けた
「私の代わりに、この子が見てくれる」
ふと、紫は視界の端に、もぞもぞと動く気配を感じた
見ると美しい九本の尾の下から、その尾にそっくりな小さな一本を生やした赤ん坊が、よたよたと這い出て紫の顔を覗き込んでいた
「この子は・・・」
「この歳になって、まさか初めて親になる・・・とはね・・・。・・・あの時、から、私の力を少しずつ、腹にいたこの子に、移していて・・・、つい先日、生まれた。この子がやがて大きく、なれば・・・私と同等の力を持っている・・・はずだ」
「この子を私に・・・?」
僅かににっこりと頷くと、九尾はその笑顔のまま手探りで赤ん坊を抱き寄せた
抱き上げられた赤ん坊は、天使のような笑顔をしている
「この子は私の術で生まれ、たんだ・・・。言うなれば八雲紫の、幻想郷への愛が生んだ子・・・」
「天狐・・・私は・・・」
紫は言葉を詰まらせた
自分の幻想郷への愛を、たった一度会っただけでここまで汲み取ってくれるなんて
今まで誰にも理解されなかった気持ちを解ってくれた者の、死
紫は、生き物の死という感覚を初めて味わった
そして、嬉しさからか悲しさからか、紫の目からは涙が溢れていく
これもまた、紫には初めての経験だった
「八雲紫・・・この子、に、名前を・・・」
「え・・・?だけど、この子は」
「この子はもう、あなたの子・・・。だから・・・」
「・・・わかりました」
「・・・ありがとう・・・」
天狐・・・まだあなたの名前を聞いていない
・・・私の名は・・・
・・・そう、ならばこの子は・・・
「ふにゃ・・・おはようございます紫さま・・・」
「おはよう橙。・・・あら?何か違わないかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あにゃっ!?」
目をこすりながら起きてきた橙は、バッと窓の外を見る
太陽はすっかり昇っていた
今日は快晴らしい
「ごごごごめんなさいっ!昨日はえっと・・・チルノちゃん達といっぱいいっぱい走ったから・・・その・・・」
「あらあら、疲れてたのね。今回は大目に見てあげるけど、次に寝坊してきたら・・・」
「はにゃぁ~っ!!すすすすぐ朝ご飯・・・じゃなくってお昼ごはんの仕度をーっ!!」
どたどたと台所へと駆けていく小さな猫を、紫はくすくすと見送った
「藍しゃまごめんなさーい!!」
「藍ー!お腹空いたー!」
幻想郷は今日も何事もなく、平和だったそうな
岩肌が剥き出しとなり、人間では到底まともに進むことが出来ないであろう険しい山道
少女は確実に、確実に奥へと進んで行く
途中、呻き声や叫び声が聞こえた気がするが、少女は何事もなかったかのようにそれらを踏み越えて進む
奥に進むにつれ岩肌が針のように鋭くなり、いかにもこの先への進入を拒んでいるかのようだったが
少女はもちろんそれを承知の上で、こんな妖気渦巻く山へと来たのだ
少女の顔は周囲の禍々しい風景にありながらも、それは穏やかで涼しい笑みを浮かべていて
端から見ればその様は、まさに禍々しい事この上なかった
いつの間にか岩肌が消え、少女は薄暗い森を歩いていた
鳥のさえずりがどこからか聞こえ、木々の隙間からは僅かだが日が差し込んでいる
先ほどまでの異様な雰囲気は、もうすっかりなりを潜めていた・・・かに思えた
だが少女の笑みは薄れ、左手に提げた傘の柄が、ぎりりと軋む
異様なのは彼女でなくとも気づくだろう
この森は全くの無風・・・いや、むしろ風という概念が無い空間といった感じで、木も葉もこれっぽっちも揺れないのだ
そのせいでまるで死の直後のような静けさが森の基盤となり、爽やかな鳥のさえずりさえ少女の耳には酷く騒音に聞こえていた
少女は一瞬の眩暈に襲われたがすぐさま立ち直り、森の奥深くへと進んでいった
開けた場所に出た
周りを円状に森が囲み、大きな木が一本生えているだけの、芝生の公園のような場所に着いた少女は
「ここで昼寝ができたらどんなに気持ち良いかしら」と思い、その大きな木の根元を見つめていた
そこには耳が大きく金毛で、頭と同じく立派な金色の尻尾が九本も生えた妖怪らしき女が一人、木にもたれてゆったりと眠っていた
「・・・見~つけた」
少女はツカツカと妖怪に近づいて、顔を覗き込む
「もしも~し」
「・・・・・・・・・・」
「おはようございま~す・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・もしかして死んでます?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・こんなところに油揚げが・・・」
「よいしょっと・・・あんた誰だい?とりあえず、ただ者じゃあないね」
少女は空間に裂け目を創ったかと思うと、おもむろにそこから手の平ほどの油揚げを取り出していた
右手でヒラヒラと見せびらかすつもりだったが、油揚げは一瞬でその妖怪の腹に収まっていた
「やれやれ、さすがは最強の妖獣と言われるだけはありますね」
「おや、それを知っててわざわざこんな所まで?まったくもの好きな娘さんね」
「よく言われますわ」
妖怪はくつくつと肩をすくめながら笑いを浮かべている
少女もまた口に手をあて、おほほと優雅に笑いを返した
「・・・その妖気、あなたも妖怪だね?それもこんな所まで来れるなんて、相応の実力をお持ちの」
「あら、あなたに比べれば赤子のようなものですわ」
一瞬、空気が震えた
この二人の妖怪の放つ妖気は恐ろしく強大で、さっきまでピクリともしなかった木々がざわざわと揺れだしていた
遠くにいたであろう鳥のさえずりも、その瞬間に止まった
空気に絶えられずに気を失ってしまったのかもしれない
だがその妖気の放出も一瞬でぴたりとやみ、女は手をひらひらと振った
「失礼、今のは挨拶代わり。この程度のことで怖気づくようなら、私はあなたを食っていたよ。・・・用件は何?」
「それを聞いて安心しました。それでは単刀直入に・・・」
少女は顔を逸らしてこほんと咳払いをした後、目の前の妖怪の目を真っ直ぐに捉え、スっと鼻から息を吸い込んだ
「九尾の天狐よ。妖怪の賢者たる我、八雲紫の式となり、我が行く末を支えてほしい」
「ほう・・・」
九尾は顎をさすりながら、妖怪の賢者と自称する目の前の紫を今一度見回した
なるほど確かに、隠し切れないほどの強大な妖気と、小柄だが何事にも動じないであろう堂々とした態度
賢者と言うくらいだから、それなりに頭も切れるのだろう
器としては申し分ない
「・・・だけど、どうして私なんだ?あなたなら、もっと扱い易い式なんて簡単に創れるだろう」
「主人を守るのが式の役目、その式が私と実力が離れすぎていては意味が無いのです。少なくとも私と同等以上の力を、私は求めていました」
「なるほど。しかし、ここまで来れたあなたを守る必要があるのかが、私には疑問なのだけど」
この場所へは厳しい山道、辺りに住まう強力な妖怪、九尾の張った結界や術等を看破していかなければならない
だが少女には傷どころか、服に汚れ一つ付いていなかったのだ
そんな異常とも言うべき強大な力を持つ妖怪に、果たして守護者たる式が必要なのだろうか
九尾は首をひねった
「・・・だけどこんな所までわざわざ足を運んで来たということは、相応の理由があるのだろう?よければ聞かせてくれないか」
「・・・・・」
しばらく考え込んだ後、やがて紫は真っ直ぐに九尾の目を見据えたまま語りだした
「・・・私には、愛する故郷があります」
「うん?」
「その故郷の名は幻想郷。あなたもその存在は知っているでしょう」
「ああ、確か東の山奥にあるという・・・」
「幻想郷には多くの魑魅魍魎が平和に暮らしています。ですが最近、以前から僅かに住んでいた人間が、急激に増えだしているのです」
「・・・幻想郷の人間には、妖怪狩りが多いと聞くけど」
「はい。おとなしい妖怪を数に任せて無意味に狩る者もいて、妖怪が主を成していた幻想郷本来の均衡が崩れようとしています」
「・・・・・」
「私は幻想郷を・・・妖怪たちが平和に暮らせる地を愛しています。それ故、私は幻想郷を守りたいのです」
「今のあなたの力なら、それは難しいこととは思えないが」
「人間を攻撃することはできません。なぜなら人間の中にもまた、平和に暮らす者たちがいます。彼らの気持ちを反故にはできません」
「なら、力というのは?」
「・・・私は今、各地の力の弱った妖怪達を呼び寄せ、人間の増長を防ぐ仕組みを考えています」
「・・・結界の類・・・かい?」
「はい。ですが今の私に半永久的に発生する結界などは張れず、完成したとしてもこれから先、私一人では到底維持できるものではないでしょう」
「それで、妖術や結界術に優れた強力な式が必要というわけね・・・」
まいったな、と九尾は頭を掻いた
この少女はただ愛する故郷を守るために、力を貸してくれる者が必要なのだ
妖怪ゆえに見た目では歳がわからないが、恐らくは気の感じからして、たかだか数百年しか生きていないだろう
幾千年の時を重ねてきた九尾に比べれば、その少女は正に、少女そのものだ
だがその目には一点の迷いもなく、ただひたすらに愛する故郷の未来のため
いや、それだけに限らず世界中の虐げられた妖怪たちの未来のために人生をかける覚悟が写っている
だけど私は
「あなたの気持ちはよくわかった。・・・だけど、悪いが今日は身を引いてくれないか」
「・・・なぜ?なら次はいつ来ればよろしい?」
少女の決意は想像以上に確たるものだったらしく
さっきまで真剣かつ穏やかだった表情は眉が歪み、急に曇っていく
「私にも都合があるんだ。だから今は返事ができない。・・・その結界は、どのくらいで完成する?」
「・・・理論だけで、最低でも5年はかかります」
「5年・・・そうか。なら、5年後に結界の理論が完成した時に、またここに来てほしい」
「・・・・・」
「その時は天狐の力、喜んで差し出そう。だからは今は・・・頼む。・・・理由をお話できないことを許してほしい」
紫はしばらく黙り込んでしまったが、やがてにやりと胡散臭い笑みを浮かべて九尾に背中を向けた
「・・・いいでしょう。5年後、私も完璧な理論を立てた上で参りますわ」
そう言うと、少女の横に空間の裂け目が現れて、少女は闇へと入っていった
「・・・まさかそれでここまで一気に来たんじゃないだろうね」
「いくら私でも、目的地がわからなければ移動はできませんわ。ただし5年後は急に現れますので、くれぐれも驚かれぬよう」
ぽかんとする九尾を尻目に、空間は閉じられた
九尾は大きく溜め息を付いて木の根元に座り込むと、ぐるんと空を仰ぐ
「はぁ・・・。まったく、この九尾を使おうとするとは大した妖怪だね、八雲紫。・・・5年・・・まぁ、私もなんとかしないといけないな」
よいしょと立ち上がり、九尾は森へと消えて行った
数千年の時を生きる妖怪にとって、5年などは本当に微々たるもの
だが確実に5年という月日は流れ、紫は九尾との約束通り結界をほぼ完成させていた
だが、やはりどう考えてもこれだけの結界を扱うには、まだまだ自身の力が足りなすぎる
たとえ今以上の力を身につけたとしても、一人では維持は不可能
だからこそ、自分と同等の強大な結界術を持つ式が必要だった
その望みは、もうすぐ叶う
結界を実際に張るにはまた更に色々な準備が必要なのだが、それでも紫の胸は高鳴っていた
紫はあの美しく気高く、強い力を持つ九尾に魅せられていた
うきうきとする気持ちを抑え、紫は5年前のあの場所への道を、息をするかのように簡単に開いた
森に囲まれ、ここだけが開けた場所はあの時と何も変わらない
だが、何かが違う
木々がさわさわとなびいていて、鳥のさえずりは紛うことなき美しいさえずりだった
妙な違和感を覚えつつ、紫は辺りを見回した
ふと、木の根元にもたれて寝ている九尾の姿があった
あの時と変わらぬ格好で
紫はうふふと笑い、九尾のもとへ歩いた
「もしも~し」
「・・・・・・・・・・」
「おはようございま~す・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・また死んでいるのですか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・こんなところに油揚げが・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・起きなさい、天狐」
「・・・ん、ああ・・・八雲、紫か・・・。すまない、よく聞こえ、なくて」
九尾は消えそうな声で、紫の怒鳴り声に応えた
紫の顔からは、いつものような笑みは完全に消えていた
九尾の目は、閉じられたままだった
「八雲紫・・・。すまない、ね。5年で結界は・・・完成、した・・・?」
九尾の顔には尋常でない量の汗が滲んでいた
紫はわけがわからないという顔で、地に手を付いて九尾を呆然と見つめていた
どういうことだ、この状況は
「一体・・・なにがあったのですか」
「何も・・・ない、さ。私も長く生きたから・・・ね。実を言うと、あの時、私はもう・・・死ぬはずだった」
「っ・・・!それは・・・どういう意味」
「あなたに会うまでは、ね。あなたに・・・この世の妖怪達、全て、に救いの手を伸ばす、あなた、に・・・私は胸を、打たれた・・・」
「・・・・・!」
「だから、ね、こんな死に損ないの狐・・・、でも役に立ち、たくて、さ。術でなんとか、生きながらえて、5年・・・」
「約束が違う・・・!私はあなたの力を欲した。だがあなたはもう死ぬと?そんな馬鹿な話があるか!」
紫は目を見開いて叫んだ
恐らく、自分でも今まで出したことのないような声だったのだろう
紫は、はっと口を押さえた
九尾は口元に柔らかな笑みを浮かべると、紫の頭にそっと手を置いた
「本当に・・・すまない。5年、さぞや大変だった、ろう・・・ね」
「・・・・・・・・・私はまだ途方も無い寿命を残しています。あなたの今の苦しみに・・・比べたら・・・」
「はは・・・そんなことは、ない・・・さ。まぁ、思い残すとすれば、幻想郷の、行く末を見られないこと・・・かな」
紫は歯を食いしばり、悔しさだか悲しさだかわからない感情を押し殺していた
「・・・・・!ならばあと少し、この5年のように生き永らえればいいでしょう!」
「本当に・・・・・・本当に、すまない・・・」
だけど、と九尾は続けた
「私の代わりに、この子が見てくれる」
ふと、紫は視界の端に、もぞもぞと動く気配を感じた
見ると美しい九本の尾の下から、その尾にそっくりな小さな一本を生やした赤ん坊が、よたよたと這い出て紫の顔を覗き込んでいた
「この子は・・・」
「この歳になって、まさか初めて親になる・・・とはね・・・。・・・あの時、から、私の力を少しずつ、腹にいたこの子に、移していて・・・、つい先日、生まれた。この子がやがて大きく、なれば・・・私と同等の力を持っている・・・はずだ」
「この子を私に・・・?」
僅かににっこりと頷くと、九尾はその笑顔のまま手探りで赤ん坊を抱き寄せた
抱き上げられた赤ん坊は、天使のような笑顔をしている
「この子は私の術で生まれ、たんだ・・・。言うなれば八雲紫の、幻想郷への愛が生んだ子・・・」
「天狐・・・私は・・・」
紫は言葉を詰まらせた
自分の幻想郷への愛を、たった一度会っただけでここまで汲み取ってくれるなんて
今まで誰にも理解されなかった気持ちを解ってくれた者の、死
紫は、生き物の死という感覚を初めて味わった
そして、嬉しさからか悲しさからか、紫の目からは涙が溢れていく
これもまた、紫には初めての経験だった
「八雲紫・・・この子、に、名前を・・・」
「え・・・?だけど、この子は」
「この子はもう、あなたの子・・・。だから・・・」
「・・・わかりました」
「・・・ありがとう・・・」
天狐・・・まだあなたの名前を聞いていない
・・・私の名は・・・
・・・そう、ならばこの子は・・・
「ふにゃ・・・おはようございます紫さま・・・」
「おはよう橙。・・・あら?何か違わないかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あにゃっ!?」
目をこすりながら起きてきた橙は、バッと窓の外を見る
太陽はすっかり昇っていた
今日は快晴らしい
「ごごごごめんなさいっ!昨日はえっと・・・チルノちゃん達といっぱいいっぱい走ったから・・・その・・・」
「あらあら、疲れてたのね。今回は大目に見てあげるけど、次に寝坊してきたら・・・」
「はにゃぁ~っ!!すすすすぐ朝ご飯・・・じゃなくってお昼ごはんの仕度をーっ!!」
どたどたと台所へと駆けていく小さな猫を、紫はくすくすと見送った
「藍しゃまごめんなさーい!!」
「藍ー!お腹空いたー!」
幻想郷は今日も何事もなく、平和だったそうな
天狐の分身? 子供?が、今の藍ですか。
色々な解釈のしかたがあって面白いですよね。
誤字の報告
>「それで、妖術や結果術に優れた~」とありますが
「結界術」じゃなくて「結果術になっちゃってますよ。
以上、報告でした。(礼)
作品タイトルが「あい」ですが、「藍」と書いて「あい」とも読む(というか普通はそうだが)ってことですよね?幻想郷への愛の作った子ってことで、掛けてあるんですよね。そこで「藍」は「らん」って読むことをわかった上での話ですよね。本気で「あい」って読んでないですよね?
作品の後半、名前を決めるところで気になったので。どうしても藍の読みが「あい」になってそうな勢いだったものですからつい・・・
作品は好きなほうですよ。これからもがんばってください
ああ・・・確かに言われてみれば、そう見える・・・orz
誤解を招いてしまい、申し訳ありません
らんしゃまは俺の嫁です