Coolier - 新生・東方創想話

成分の十割は優しさ

2008/09/15 00:50:39
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薬とは違うのだよ、薬とは。
看病ってのは、そんな雰囲気を漂わせる憎い奴って評判らしいです。












季節の変わり目、というのは風邪を引きやすい時期である。


暑かったり涼しかったりのそれが、体の調子を狂わせるからだ。
それは、例え空を飛べようが魔法を使えようが、時を止められようが、人間なら例に漏れない。







「げほっ、ごほっごほっ」




紅魔館のとある場所で、苦しそうな咳の音が響く。
ここには、喘息持ちの知識人が一人いるので、咳の音が聞こえれば精々、子悪魔ぐらいが喘息持ちの当人、パチュリー・ノーレッジの元へパタパタと飛んでいって常備薬を持って行くくらいの認識である。




確認、本来なら。である。
だから、それがこの場所の日常に深く係わっている者であったとしたら少々話は変わってくる。
それは、日常の延長線でありながら、割と珍しいことでもあった。






「あちゃー……すごい熱ですよ、お嬢様」
美鈴は咳の持ち主が口に咥えていた体温計を引き抜いて感想を漏らした。
「困ったわねぇ、本当に」
レミリアもなにやら心配そうにため息を漏らした。


「げほ、ごっほ、げほ、げほげほ、しゅいません、おじょーさま……げほ、ごほ、ずずー」
咳だけではなく鼻水まで出てくる。


「ああ、咲夜さん。鼻水出てますよ……はい、鼻かんでください」
美鈴は……人間というのはなかなかに賢いもので、こういう時には人間が発明したティッシュペイパーというものは大変便利である。それを、咲夜の鼻にあてがって促す。


チーンと、鼻をかんだ音がする。
「咲夜が風邪を引くなんてねぇ……」


レミリアが漏らしたとおり、この紅魔館のパーフェクト超人……ではなく、メイド長の咲夜は風邪を引いた。
顔は紅く、息は荒い。時折、激しい咳や鼻水を出して熱も一向に下がる気配は無い。
それは、妖怪顔負けの能力を誇る彼女に残る人間らしい弱点でもあった。


しかしこのメイド長。


自分が風邪を引いているにも拘らず仕事をしようとして、そんな生真面目な彼女を部屋に閉じ込めておくため、いまは門番とレミリアが2人で看病している。




わざわざそんなことをするのにも理由があった。




美鈴は咲夜の額に置かれて、すっかり温くなった手拭いを手に取る。それを水の張った桶につけて、きゅっと固く絞る。
それから、そっと咲夜の額にまた乗せる。


はずだった。


レミリアと美鈴は、咲夜が急にベッドからいなくなったのを確認すると、ゆっくりとドアの方を振り向く。
そこには、ドアに寄りかかって苦しそうに息を荒げる咲夜がいた。


2人は顔を見合わせてため息をつく。


一つの理由に、一時間に二回くらいの割合でこうなるということがある。
時を止めてまで部屋を出ようとした咲夜は、仕事、仕事。と、うわ言のように呟いていた。
こんな調子だから、美鈴とレミリアが彼女にひっついて看病しているわけである。





始めは咲夜の風邪もそこまで心配するようなものではなく、一日寝ていれば治るようなものであった。
それが、無理に働いたせいで変にこじらせてしまった。




次の日、流石にダウンした彼女は妖精メイドたちの看病を受けていた。
しかし、レミリアがフランの元へ行こうと真っ赤な廊下を飛んでいたとき、メイドたちに看病されているはずの咲夜が廊下に倒れていた。右手に掃除道具を握り締めたまま。
レミリアは彼女を抱えて、彼女が寝ていたはずの部屋に戻る。
すると、看病に従事していたと思しき妖精メイドたちは脳天にナイフを刺したまま倒れていた。




「あ、ありのままに起こったことを話します。止めたけどメイド長が急に立ち上がって、気付いたら頭にナイフが刺さっていた」
「じ、自分でも何を言っているか良くわかりませんが、気付いたら頭にナイフが刺さっていて、メイド長がいなかった」


後で聞いた事情である。
あと、そのメイドは妙に顔の彫りが深く、変なポージングをしていたのだが、どうでも良かった。
本当に。






「ほらほら、咲夜さんはしっかりと休んでいてください」
「でもー……わたしがいなくちゃ……メイドたちはじぶんたちのことでせーいっぱい……しょくじもーそうじげっほ、ごっほ、げふ、げほ、わたしが、げほげっほごっほ」
美鈴におぶられた咲夜は手を口元にあてて、一際大きな咳をあげた。


「……だいじょーぶ「じゃありません」
咲夜の鼻声を美鈴が遮る。


美鈴は咲夜をベッドに降ろして、あまり慣れているとは言えない手つきで掛け布団をかぶせる。
美鈴の手によってベッドに横になった咲夜の頬を、レミリアはそっと優しく撫でた。


「もう……貴女は休んでいなさい、って命令が聞けないのかしら?」
「げっほ、ごほげほ、すいません……」


「謝らない。いいわね?」
少しだけ、声の調子が強かった。


「ごほごぼ、ずいまぜん……」


「今の咲夜さんの仕事は、寝て休んで元気一杯になることなんですよ。だから、その仕事をサボっちゃ駄目ですよ?」
美鈴はそのやり取りを見て、柔和な表情で肩をすくめた。


「う゛う゛……めぇりんにぞんなこといわれるなんて……」
「あらま、酷い言われようです」


美鈴は苦笑する。









とんとん。


「入るわよ、レミィ」


ノックだけして了解を取らず入ってきたのは少女だった。
紫色の長い髪を持ち、細く白く伸びる手はパチュリー・ノーレッジのものである。


「ああ、パチェ。よかったわ。薬は出来たの?」
「もちろん」
パチュリーはレミリアの言葉にコクリと頷いた。


「でも、その前に確認したいことがあるのだけど、いいかしら?」
パチュリーはすたすたと歩いて、咲夜が横になっているベッドの前に立った。
「んっ……」
咲夜がパチュリーに触られて小さく喘ぎ声を上げる
それから、おもむろに咲夜の額に手を当てて、耳を胸に当てて心音を聞いて、それから難しい顔をして一言。




「これは――――っ。うん、大丈夫そうね」
「難しそうな顔して、心配させないでよパチェ」
レミリアは少し怒った素振りをみせ、パチュリーの帽子に軽くチョップ。本当に軽く。
本気でやったら最後、紅色の知識が生々しくぶちまけられるからだ。




「ハイ、じゃあコレ薬。本当は食後の方がいいんだけど」
ちょっと潰れた帽子を左手で直しながら、パチュリーが懐から取り出し足るは紫色の小さな小瓶。
中には緑色の液体が妖しく光っている。


「ああ、それなら心配ありませんよ」
美鈴はわざわざ挙手をしてパチュリーのぼやきに答えた。


「妹様が料理を作っているはずですから」
「フランが?大丈夫なの?」
レミリアは目を丸くして美鈴に問う。


「お嬢様よりも、かなりよろしいですよ。むしろ、比べるのが妹様に失礼なくらいです」
後半は蛇足ではなく、口は災いの元。と人間が言うものである。




………。




「レミィ、怒らないの。美鈴の言っていることは概ね正しいわ。概ね」
拳を硬く握り締めて、わなわなと体を振るわせるレミリアにパチュリーが釘をさす。


「それにしても、咲夜が風邪を引くなんて……ま、当然だといえば当然だけど」
咲夜を横目で見てから一呼吸置いて、パチュリーは言葉を続ける。


「でも、私より弱っているところを見るなんて、想像も出来なかったわ」


人間でありながらもそんなことを言われるということは、彼女の人間離れした能力を証明していた。
そんなことを言っても、やはりいまここに横になっているのは紛れも無く風邪を引いて、衰弱した人間。
すっかり弱った普通の女の子である。




「まあ、確かにこんな咲夜を見るのは初めてね」
レミリアはうんと頷き、美鈴もうんうんと頷く。









ばぁーん。



べしべしべし。
「あいたたたたた」



突然、ドアが粉々に砕け散った。
ベッドの方に飛んでいった破片は、咲夜に当たる前に全て美鈴が処理した。


「ごめんなさい、ちょっと邪魔だったものだから、つい」
砕けたドアの先に立っていたのは悪魔の妹であった。


土鍋と蓮華、それと湯のみを乗せた盆を両手で持って立つ金髪の少女の姿は、その手に持つ和を漂わせる物体とあっているようであってなかった。
「さあ、咲夜。お待たせ」
「本当にフランが作ったの?」
「ええ、お姉さま。ちなみに卵粥よ」


自信満々のフランはベッドまで盆をひっくり返さないようにそこそこ気をつけながら移動する。


「ねぇ、咲夜。自分で食べられる?」
「ぢょっとむりぞうです、げほ、ごほいもぉーとざま、ごほごほ」
ベッドに横になって、低くなった自分の視線の高さに顔をあわせてしゃがみこんだフランを見た咲夜は、首を一回だけ横に振った。


「はい、それじゃああーんして咲夜。食べさせてあげるから」
フランは蓮華で湯気がやんわり昇る土鍋から、お粥を一掬い。それから、咲夜の口に近づけて口を開けるように促す。
しかし、その行為を止めるものがいた。




「―――――――――お待ち下さい、妹様」
「何よ、美鈴」
なぜか挙手をしている美鈴の顔は真剣そのものであった。




「それは私にやらせてもらえませんか?」
声の張り方といい、真剣であるのが伝わる。




パリィーン。




「あらやだ、突然窓が割れてしまったわ、パチェ」
「ええ、本当に突然だったわ」
「あら、お姉さま。誰か一人足りないような気がするけど、気のせいよね?」
「気のせいよ、フラン」


窓ガラスが突然割れた。それだけの事実である。


「ごほ、ごほごほ、ばかみだいなごどゆうからよぉ……ごほごほ」
遠くで、ぼちゃんという音が聞こえたような気がする。


「はい。じゃあ改めて、咲夜。あーん」
咲夜が口を開けると、フランは蓮華を咲夜の口に入れる。
ぱくん、と咲夜が口を閉じる。
フランはゆっくりと咲夜の口から蓮華を抜き出す。もぎゅ。




あちゅいです、いみょーとさま。


熱と口の中で暴れる粥の熱さで呂律が上手く回らない咲夜。




「ごめんごめん。じゃあ、ふーふーしてあげるからね」
フランはそう言うと、もう一度粥をすくって自分の息をかけて、粥の熱を飛ばす。
そして、改めて。


「あーん」
咲夜の口の中に蓮華を運び、咲夜が口を閉じてから蓮華を抜く。もぎゅもぎゅもぎゅ。


「どう咲夜、おいしい?」
フランが尋ねると、咲夜は緩慢な動作で首を縦に振った。顔には笑顔が浮かんでいる。
「それはよかったわ。はいじゃ、またあーんして、咲夜」




ふーふー。
あーん。
ぱく。
もぎゅもぎゅ。




ふーふー。
あーん。
ぱく。
もぎゅもぎゅ。




「―――――――ねぇ、パチェ」
「何かしら、レミィ?」
その光景を見守っていたレミリアが自嘲気味に哂った。









「何かに負けてしまったような気がするわ」
「気のせいのような気もするけど、多分、気のせいじゃないかもしれないけど、やっぱり気のせいよ」


レミリアとパチュリーは一体何を言いたかったのだろうか。
一つ分かることは、現在部屋の中にあるのはフランの優しさだけであるということだった。























それから、咲夜の着ていた寝巻きが汗でびっしょりになっていたので着替えさせようという話になった。


その時、先程はいなかったはずの美鈴が急に窓から飛び込んできて。


「私がやります」


と、前にも見たようなことがある挙手の姿勢で言い放った。
しかも、今度は目元がキラリと光った。


また、窓が割れた。


レミリアが、わたしがする。と言ったが、表情が何だか怪しかった。
結局パチュリーとフランですることになった。


その後も紆余曲折あったが、結局紅魔館の三つ目の窓が割れる頃には夜になった。
パチュリーの薬を飲んだ咲夜は、現在ぐっすりと眠っている。
何だか妙に騒がしかった咲夜の周りにも、その傍にいるのは、今はレミリアだけであった。









「……」
レミリアは特に何をするわけでもなく、静かに座っていた。
時折、咲夜の髪を弄ったり頬を撫でる。宵闇に浮かぶ三日月の光は窓を介すことも無く、蒼く青く一人の人間と一匹の吸血鬼を照らしていた。




「咲夜―――――――――……」
言葉が漏れた。


「……はい、何でしょうか?」
漏れた言葉に返事が返ってきた。


「っあら、起きてたの」
「……いまさっきですが、はい……それと、おじょうさま。今日は……ありがとうございました」
「別に、気にしなくてもいいのよ」
レミリアの表情がふっと緩む。


「わざわざかんびょうして下さって……嬉しく思います。それに、いまだってそばにいてくださいますし」
「看病、ねぇ……私はずっと傍にいただけなのに?」


食事はフランがしてくれた。
咲夜を診たのはパチュリー、そういえば美鈴もいろいろとしていた。


「それが、嬉しかったんですよ……と。お嬢様、何がおかしいのですか?」
「くすくす、人間って可笑しな生き物ね。傍にいるだけの何が嬉しいのかしら」
レミリアの笑顔を見て、咲夜もやんわりと微笑んだ。




「さあ、何が嬉しいんでしょうね……これが、恋ってやつでしょうか?」




ぽかんとするレミリア。




「ふふ、冗談ですよ」
「……やっぱり、人間って可笑しな生き物ね」
「そうですね……ちょっと眠くなってきました、お嬢様……」


「ええ、お休みなさい咲夜」
「はい、お休みなさいませお嬢様」


それからまた、暫く静かな時間が流動した。
涼しげな夜風がさわさわとしなやかに窓から入り込んでいる。


レミリアは、先程の咲夜が言った言葉を思い出していた。


「はあ……やれやれね」


声色は呆れていたが、どこと無く嬉しそうでもあった。










不意に、月の光が途切れた。













「ふーん、悪魔って言うのも、こんなときくらいは湿っぽいもんなんだねぇ」
「―――――――――だれ?」




レミリアが窓の方を向くと、吹きさらしの窓には人影が立っていた。
その人影の姿は容姿などに気をかけさせるよりも、何よりその手に携えるものに意識を持っていかれる。




闇に溶け込む、槍のように長い柄。その先に白く伸びる歪な流線を描く長い刃。月の光を浴びて銀色に光る鎌が、彼女の象徴とも言えた。




「わたし?ああ、見ての通り死神さ。真面目な、ね」
今日は珍しく、を加えるべきであるのだが、そんなことはレミリアの知るところではない。


「小野塚小町って言うんだけどさ、ま。そんなことはどうでもいいよね?」
「ええ、どうでもいいわ。それより、死神が私に何の用かしら?」


空気が急速に緊張する。
レミリアの言葉には、警戒心が惜しげもなく篭められていた。


「あー、違う違う。用があるのはあんたじゃくて、そこの人間」
小町は首を横に振り、ついでに右手もそれに合わせて降る。


「惜別は済んだかい?済んだなら、もう連れて行きたいんだけど」
「……咲夜はまだ死んでいないわ」
「またまた。そんなに偲ばれるなんて、その人間も幸せそうだねぇ。悪魔に偲ばれるってのも微妙だけど」


小町はよっと絨毯の上に着地すると、咲夜に近寄る。
尋常ではない底の厚さの下駄を履きながら、彼女は器用に歩く。







「ほれ、やっぱり死んでるじゃ……」


「……まだ生きてますよ」





まだ寝つけていなかった咲夜が言葉を発すると、小町の歩みが途中で止まった。




「―――――――――そんな馬鹿な」




「馬鹿は貴女よ」




レミリアの罵倒に、いやいやそんなはずは、と小町は懐から黒い手帳を取り出して、パラパラと捲る。


あったあった……。えーと。……


しばらくぶつぶつと呟いた後。
「ごめん、間違えた。やっぱり、真面目に仕事なんてするもんじゃないわね。日付は合ってたけど、年が違ってた」
小町はパチンと両手を合わせて謝罪する。その拍子に持っていた鎌がパタンと地面に落ちた。


「咲夜が早々死ぬわけ無いじゃない……って、危ないわね」
「おっとっと、ついうっかり」
鎌を拾い上げた小町は照れ笑いでレミリアを見上げた。


「じゃあ、失礼したね」
「死神というのはみんな貴女みたいな奴ばかりなの?」
「みんな私みたいに優秀だよ。……あ、じゃあ私も一ついいかい?」
問に答えた小町は振り返って、レミリアに問を返す。




「何でさ、あんたは人間と一緒に暮らしているんだい?吸血鬼の癖に」




「――――――」








ばーん、ひゅ―――――――。うわぁああああ―――――……








「……そういえば、どうしてだったかしら?ねえ、咲夜」
ぼちゃん、と昼間にも似たような音が遠くで聞こえた。


「お嬢様が、仰ったからですよ」
目を閉じたまま咲夜は言葉を紡ぐ。




レミリアは先程死神が出て行った窓まで歩いていく。




「じゃあ、質問を変えるわ。何故、貴女は吸血鬼の住む館でメイドをしているのかしら?」




「―――――――――それはですね、わたしは嬉しかったからです」
咲夜の表情がやんわりとした笑顔になる。
レミリアは月を眺めているので、その表情を見ることはなかった。




「嬉しかった?」
「はい」
怪訝そうな表情のレミリア。
咲夜は目を閉じているので、その表情を見ることはなかった。






「何が嬉しかったのかしら?」


「おじょうさま。いまのはすべてねごとですから、わすれていただけるとうれしいです……おやすみなさいませ、おじょうさま。……くー」
レミリアは首だけを咲夜のほうに振り向かせて、はあ。と嘆息を漏らす。




向き直り、清廉な輝きを放つ欠けた月を見上げる。




「傍にいるだけで、ねぇ―――――――――」
そういえば、さっきもそんなことを言っていたような気がするわ。









紅い悪魔は、蒼い月を見上げ何を思うのか。


微笑んでいるのか、呆れているのか。


その表情は、穏やかに麗しく。
それも悪くは無い。そんな風に思う自分が不思議であったが、吸血鬼は別段に悪い気もしなかった。

























吸血鬼の見上げる、三日月の下。




「あのー、美鈴さん」
「何ですか?小悪魔さん」


星が煌き、まったりと更ける夜。
紅魔館の門番は、所々に包帯をまいて本来守るべき門に寄りかかっていた。
そんな紅美鈴に声をかけたのは、図書館の主……パチュリー・ノーレッジの小間遣い。と、言うと本人は怒るだろうが、大体そんな感じである。


彼女は小悪魔。
名前はまだ無いのではなく、小悪魔。それが名前らしい。
そして、悪魔である。からかう者はいない。


「なんで、あんなにも咲夜さんの世話をしようとしていたんですか?」
「うっ……」
美鈴は恥ずかしそうに顔を伏せる。
その様子を見た小悪魔が、はは~ん。と呟いて、勘ぐり出した。


「教えてくださいよ~」
「だ、駄目です」
美鈴が顔を赤くして、首を横に振る。


コイツはもう確実だ。
小悪魔は確信した。
そう、コーラを飲んだらげっぷが出るくらいの確実さを小悪魔は確信した。





「あ~、じゃあ、いいですよ。言わなくても。ただ、私がパチュリー様にあの魔導書燃やしたの美鈴さんです。って、言うだけですから」
小悪魔のその言葉に、ずるいですよ。と言ってから、美鈴は観念したように白状し始めた。
小悪魔はもうちょっと粘るかと思ったが、以外にも素直な美鈴にちょっと拍子抜けする。



「……実は」


「実はっ!?」
ずずい、と美鈴に詰め寄る小悪魔。
頭の両側に生えた、小さな可愛らしい対の悪魔の翼がパタパタとせわしなくはためく。


「何を興奮してるんですか……ただ、ちょっと優しく看病して差し上げれば、私が失態をした時にそのことを思い出すとします」


「ほほう!それでっ!?」
ずずずい、とさらに詰め寄る小悪魔。




「そしたら、少しは温情が出るかなぁ~なんて、思いまして」




「……」
小悪魔は、照れくさそうに髪をかきあげながら話を続ける美鈴に、呆気にとられていた。


「白黒を通すたびにナイフを刺されちゃ、流石にこちらの身も持ちませんから……小悪魔さん?」
「あ、やっぱり馬鹿みたいだなんて思っているんでしょ。だから、言いたくなかったんですよ」




「……」
「どうしました?え、小悪魔さーん?」





「……つまらない」




この時の小悪魔は、酷くしけた表情をしていた。
小悪魔からしてみれば、本当にガッカリもいいところである。




「へ?」




「つまらないので、やっぱりパチュリー様に報告します」
「つまらないってなんですかっ。あ、ちょ、ちょっと待って下さいよーっ!言ったら言わない「とは言っていませんが?」
「そんなー酷いですよーっ」




美鈴の悲愴な呼び声も聞かず、小悪魔はパタパタと図書館の方向へ飛んで行った。
暫くもしない内に、彼女は夜の帳の中に消えた。



















咲夜の容態が急変した。



















ということも無く、咲夜が眠りについたのを確認してから眠ったレミリアを起こしたのは、昨夜まで眠っていた咲夜であった。
韻が踏まれたのは偶然の産物である。


「おはようございます、お嬢様」
「ふぁ……ん、咲夜。風邪はもう大丈夫なのかしら?」
「はい、しかも掃除などの重労働はメイドたちが珍しく頑張っていてくれるので、私のすることと言えば、こうしてお嬢様を起こすことと、紅茶を淹れるくらいのことですが」
ちょっとまだ熱っぽい表情で咲夜は、なんだか照れくさそうにはにかんだ。


普段、妖精メイドたちは自分たちのことをするので精一杯なのだが、咲夜の調子が完全に戻るまでは、と何だか張り切っていた。
メイド長としての咲夜の人望がそこら辺から窺うことが出来た。
ただ、不慣れな妖精メイドたちが地獄絵図を作り出しているのを知るのは、もう少し先になりそうである。









「咲夜」
「はい」
「紅茶を淹れて頂戴」
「かしこまりました」


いつもの風景。





「咲夜」
「はい」


ドアノブに手をかけた咲夜をレミリアは呼び止めた。






「貴女、昨夜は随分と饒舌だったわね、寝言が」


「――――――そうでしたか」










ドアは静かに開いて、静かに閉じる。
閉じたドアの向こう側から、ありがとうございます。
レミリアにはそう聞こえたような気がしたその夜は、一度も時が止まらなかったそうだ。
それから、三日後のこと。


「ごふ。流石に、これは、死ぬかも、しれません」


一冊一冊が百科事典のような分厚さを誇る本。
呻き声を上げながら、それを一度に十数冊も運ぶのはよくへまをする門番であった。


「あー辛い。無理、もう無理ですよパチュリー様ぁー」
美鈴は弱音を吐くが、パチュリーはいない。


美鈴が命じられたのは、魔導書を除く、全ての本の整頓であった。
魔導書の比率と比べると、圧倒的に少ないのだが、全体数が多すぎるので一割でも一つの図書館くらいの蔵書量である。


図書館に篭って三日目、美鈴の仕事はまだ終わっていない。
独りで重労働。精神的にも肉体的にも辛かった。


そんな風に這いつくばりながらも、健気に整頓に従事する美鈴の成果は徐々に現われている。
元は彼女の自業自得で始まった苦しみも、あとを残すは本棚二つに迫っていた。


「ま、残った本棚もあと二つだけですしぃー、何とかー頑張ってー……」
と、自分を激励して、次の本棚に移動すると。


「あれ、ここってやってあったけ?」


美鈴は首を傾げるが、その本棚は整頓されていたのでやったのだろう。


「よーし、俄然やる気が出てきました」
労働力は変わらないのだが、こういうのは得てして得した気分になる。
と、美鈴が張り切って最後に残る本棚に移動すると……。


「あれ……ここも、整頓されてる」
綺麗に本が整頓されていた。


「なんだ、実はもう終わってたんじゃないですか。……馬鹿馬鹿しいったら――――ん?」
安堵の溜息をついた美鈴は、足で何かを踏んでいることに気づいた。


もしかして……本?ま、まずいかもしれません。


美鈴は恐る恐る足をあげると、そこに本は無かった。


それから、美鈴は嬉しそうに微笑む。



「あはは……ありがとうございます。咲夜さん」



銀色に輝くナイフは赤い絨毯の上に佇み、全てを黙したままに語っている。
誰がいるわけでもなく、美鈴は深くお辞儀をした。






~~~~◆~~~~~◆~~~~◆~~~~~







美鈴が変態で、咲夜さんを付け狙っている?
誰だ、小悪魔と同じこと考えやがった奴は。


と、こんな感じだったらいいのにな。雑炊ではなく、お粥。
卵粥うめえ。
紅魔館に土鍋と蓮華はあるのか。あったら美味しい。
ただ、お粥に中途半端に砂糖を入れたのはどうだったのか。そこら辺は皆様のご判断にお任せします。


あ、フランは引きこもっていたから、家事が得意なんだよ、きっと。


それと小町が出てきたのは、最初は咲夜さんが、(鎌的な意味で)持ってかれるお話だったからですよ。
でも、さっくり貰っていけるわけ無いぜ。
……口調が微妙なのは気のせい。


運命見ても病死なんてあるはずが無い。って、おぜうさまが仰ってた。


最後に、ここまで読んでくださってありがとうございます。
と、いう感謝が大きすぎて大きすぎて。


追伸:煉獄さま(間違えてたら腹切ってくる)誤字を指摘して下さって、わざわざありがとうございました。


安価なんて使ったことない、レス返しとか間違えた時のこと思うと怖すぎる。
niojio
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コメント



0.860簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
シリアスなのかギャグなのか和みなのか・・・
掴みどころのないお話でただただ面白かったです

あんまりおじさんをからかうもんじゃないよ
所々ハラハラしたわ
8.80煉獄削除
シリアスとギャグが良い感じに混ぜられた面白い作品でした。
そうですよねぇ・・・咲夜さんは人間だから季節の変わり目には気を付けないと。(苦笑)
お嬢様との雰囲気も良かったです。
しかしフランドールが料理できるというのは新鮮でしたね。
食べてみたいものですが・・・。

誤字、及び脱字の報告です。
>すっかり温くなった手拭い手に取る。
 ここですが「を」が抜けていますね。
 正しくは「手拭いを手に取る。」ですよね。
>それが、無理に働いてせいで~
 ここは「無理に働いたせいで~」ですね。
以上、報告でした。(礼)