「こんにちは、私の畑で迷ったお人」
どこまでもどこまでも、どこまでも続くヒマワリ畑。
夏でもないのに咲き誇る太陽の花たち。
季節感、などという言葉を忘却してしまいそうな鮮やかな黄色と緑のコントラストの中。
爽やかに駆け抜ける風に流れる萃色の髪を梳き、
麦藁帽子を首にかけた少女が私に声をかけた。
「ごきげんよう旅人さん。私は風見幽香、花と共に在る者ですわ」
ニコリと微笑んで自己紹介をする。
ペコリとお辞儀をするとチェックのスカートがヒラヒラと揺れた。
私は、永らく忘れてしまっていた笑顔の作り方を思い出し、同じように声をかける。
「こんにちは。まずは黙って貴女の畑に足を踏み入れた無礼をお許しいただきたい。
あまりにも鮮やかなこのヒマワリ畑に見惚れてしまって、帰り道を忘れてしまったようだ」
「仕方の無いことです。ここは私の自慢のヒマワリ畑。
現実を忘れ、幻想を垣間見ても、それは無理の無いことですわ」
「いやしかし、本当に見事なヒマワリ達だ。何かコツでもあるのかい?」
「そうですね……強いて言うならば『愛』です。
さぁ、暗くならないうちに帰り道を教えて差し上げましょう」
少女はヒマワリ畑の中から一際小さいヒマワリを一輪手折ると私の前に差し出す。
「でもその前に、よかったら私の自慢のヒマワリ畑の種まきを手伝ってはくれませんか?」
日はまだ高く、天幕の頂点に居座ったままだ。
少しなら、まぁ良いか。
どうせ先を急ぐ旅でもあるまい。
私は風見幽香と名乗った少女の提案を聞き入れた。
「ココよ。ほら、まだこの土には種を蒔いてないの。
とても良い土なのに、勿体無いでしょう?」
「本当だ。良く肥えている」
「二人でやればきっと仕事も早く終わるでしょう」
そう言うと風見幽香は手に持っていた枯れたヒマワリから種を削ぎ落とし、
二つの皮袋に分けて、そのうちの一つを私に手渡した。
私は向こうから、風見幽香はこちらから、お互いに種を蒔きながら歩き続ける。
「~~♪」
種を蒔きながら少しずつ歩いていく。
ふと気が付くと、頬をくすぐる風に、メロディが混じっていた。
種を蒔いていく大地の向こうで、風見幽香が唄っている。
風に乗って、懐かしいその唄が聞こえる。私の故郷の童唄だった。
「Will you walk into my parlour~♪」
女の子が唄うには、らしくないその唄も、
風見幽香が唄うとまるで別の旋律に聞こえる。
優しく、子守唄のように、
これから育つヒマワリたちへ愛を込めて唄っているのだろうか?
やがて、私と風見幽香は畑の中心で再び出会う。
「こんにちは、私の畑で迷ったお人。また出会いましたね」
「こんにちは、ご無沙汰してました。なんてな」
「私は風見幽香、種を蒔く者。
再会を祝していい物をあげましょう。……眼を閉じて」
私は言われるままに眼を閉じた。
「はい、あーん」
――カリ
私の口に放り込まれたのは、香ばしいヒマワリの種だった。
太陽の恵みをいっぱいに受けて育ったヒマワリの種は、
咀嚼するごとに芳醇な香りが鼻を抜けていく。
「芽を出すというのはそれはそれは大変な生命力が必要になるの。
ヒマワリの種も芽を出す元はほんの小さなひとかけら、
残りは全部栄養です」
「なるほど、栄養タップリのヒマワリの種、と言うわけだ」
「そのとおり。さぁさ、旅のお方。
種蒔きを手伝ってくれたお礼に道を教えて差し上げますわ」
風見幽香は種の入った皮袋をしまい、代わりにどこから持ってきたのか日傘を広げる。
「でもその前に、おなかが空いたでしょう。
実はシチューを多く作りすぎてしまったの。良かったら一杯、如何です?」
天を仰ぐ。太陽は相変わらず、その座を動こうとはしなかった。
どうせ急ぐ旅でもあるまい。
私は風見幽香の親切を受け入れた。
風見幽香の家はヒマワリ畑の中にあった。
私よりもかなり背の高いヒマワリの間を通り抜けていくと、
ヒマワリ達に護られるかのように風見幽香の家が建っていた。
「君は不思議な人だ。花を……花だけじゃないか、植物を愛しているんだね」
狭いが整然とされた室内。
部屋の至る所に植木鉢が置かれ、
まるで花園の中に居るようだった。
私はテーブルにつき、
風見幽香がキッチンでシチューを煮込み直しているのを眺めながら話しかける。
「ええ」
彼女はヒマワリだけでなく、植物を見るとき、
すごく優しい眼をするということに私は気が付いた。
それが植物を見事に育てるスパイス、『愛』なのだろう。
「そういえばさっき唄っていた歌。あれはドコで?」
「魂の、故郷です」
風見幽香との会話は、ドコと無く受け答えがフワフワとしている。
何か漠然としないが、そんな不思議なところが彼女の魅力なのだろう。
「へぇ、あの唄はさ。私の故郷でも良く唄われていたんだ、懐かしいなぁ」
「私も、懐かしいです。こうやって客人を招くのは一年ぶりかしら、
来てくれてありがとう。私の畑で迷ったお人」
「光栄だね」
「さぁ、召し上がれ」
風見幽香はシチューを二つの皿に盛り、テーブルに置き、私の向かい側に座る。
立ち上る匂いが食欲を刺激する。
「「いただきます」」
風見幽香の作ったシチューは野菜がタップリ入っていて、とても美味しかった。
私はシチューを食べた後も彼女と他愛も無いことで談笑していた。
知れば知るほど、風見幽香という人間は魅力的だ。
特に植物に関しての知識はそれなりに博識を自負していた私よりも遥かに深く、
改めて勉強させられることばかりだった。
文字通り、時間も忘れるほど有意義な刻を過ごし、
やがて、太陽がヒマワリ畑の向こうへと沈む。
「いつの間にか日が暮れてしまったね」
「お引止めしてしまって申し訳ありません。
急いで道を教えて差し上げましょう」
風見幽香は玄関のドアを開けようとしてパンと手を合わせ、私のほうへクルっと向き直る。
「夜は妖怪の闊歩する時と言います。
日が暮れてしまってから外に出るのは自殺行為。
どうです、夜明けまでここで休んで行かれては如何?」
風見幽香の頬がほんのり桃色に染まっている。
私自身も、もっと彼女と楽しい時間を一緒に過ごしてみたかった。
どうせ急ぐ旅でもあるまい。
私は風見幽香のお願いを受け入れた。
窓からは朝日が零れていた。
私は一つしかないベッドを軽く軋ませて起き上がると幽香を起こさないように部屋を出る。
急ぐ旅でもなかったが、ゆっくりする旅でもなかった。
身支度を整え、楽しい時間を過ごせたこの家を後にするつもりだった。
「……起こしてしまったようだね」
寝室からパジャマ姿の幽香が出てきた。
「私がいつも起きる時間です。分かってます、旅のお方。
そろそろ道を教えましょう」
「ああ、頼む」
そう言って玄関のドアを開ける私。
いつもと変わらない朝の清涼な空気が肺に満ちていく。
と、
「でも、せめて……せめて蒔いた種が芽吹くまで
……その日まで共に待っては如何?」
背中に幽香が寄りすがっている。
空を仰ぐ。
太陽は、まだ顔を出してはいなかった。
代わりに、視界一杯の太陽の花。
紛れも無く、私たちを見つめていた。
ここを出たところで、当ても無く南へと向かうだけだった。
どうせ意味のある旅でもあるまい。
私は振り返ると彼女の額に軽くキスをして
幽香に返事をした。
潤み、慈しむかのような眼で幽香が私を見つめている。
やがて、私の返事の意味を理解すると互いに唇を重ね合わせた。
今日も幽香が私の手を取り、帰り道を案内する。
ヒマワリ畑の中にある、二人の家へと――。
ココで引き返せばタダのシアワセな甘い甘い物語よ。
どうです、幻想に浸かること無く、現実を知っては如何?
風見幽香は妖怪だった。
その妖怪ぶりと来たら、相も変わらず平和な幻想郷において、
未だに『妖怪』として恐れられている程の妖怪っぷりだった。
畏敬を込めて与えられた異名は、そのまま彼女の属性を示す。
即ち、
『フラワーマスター』
花と共に在るモノ。
彼女の畑に迷い込んだ人間と生活を共にし、四季が一巡りした。
蒔いた種の、発芽の時期がやってきた。
沢山、話しかけてあげた。
沢山、栄養を摂取させた。
沢山、愛を囁いてあげた。
たっぷりと愛情を注いで育てた種の、記念すべき発芽の刻である。
タダ一つ、心残りがあるとすれば、それは――。
「あなたに伝えなければならないことがあります」
二人並んで歩いていたヒマワリの林。幽香は足を止めて旅人へと語りかける。
「ん? なんだい幽香」
「とうとう、蒔いた種が芽吹くときがやってきました」
「へぇ……もう、そんなに経つんだね。
あの時蒔いた大地は……確かここよりずっと南の方だった。
早く芽を見てみたいな」
「残念ながら、一緒にソレを見ることはできません。
さようなら、私の畑で迷ったお人」
「え……急に何を言い出すんだい幽香?」
「芽を出すというのはそれはそれは大変な生命力が必要になるの。
ヒマワリの種も芽を出す元はほんの小さなひとかけら、残りは全部栄養です」
「一体何のことを……」
唐突に、不思議なことを言う幽香。
それは、旅人がいつか聞いたセリフだった。
けれど、どうしてもそのセリフを、幽香がいつ言ったのか、思い出せなかった。
不意に、鼻腔を、香ばしいヒマワリの種の匂いが突き抜けていく。
「残りは全部栄養です」
――ポン
どこかで綿の弾けるような音がした。
急に身体に力が入らなくなり、地面に膝をついてしまう。
まるで地面に根付いてしまったかの様に身体が動かなかった。
「いつかアナタに教えて差し上げたでしょう。ヒマワリを綺麗に育てるコツ」
旅人の脳裏に思い浮かんだのは、幽香と初めて出会ったときのコト。
ヒマワリを綺麗に育てるコツを、幽香は『愛』だと言っていた。
今更ながら気が付いてしまった。
幽香が自分に向けていた視線と、ヒマワリに向けていた視線は……
『全く同じだった』
「ごきげんよう旅人さん。私は風見幽香、アナタと共に、いつまでも……」
寂しそうに。愛しそうに。嬉しそうに。……悲しそうに。
幽香は旅人を抱きしめた。
その日。
風見幽香のヒマワリ畑には、一輪の綺麗な向日葵が咲いた。
「こんにちは、私の畑で迷ったお人。帰り道を教えて差し上げましょう」
「でも、その前に――」
いい加減外道だぞゆうかりん
何か昔話を彷彿とさせる展開でした
すいません、ヒマワリ畑に行くにはどうしたらいいでしょうか?
けど、そっちの方がグロかったかな
原作の曲はもっと良い話なので是非ご拝聴ください。
ちょっぴりコメ返し。
>>11さん、31さん
『可愛く』、『妖しい』幽香を描いたのでS度は控えめです。と言うか皆無ですよ?
>>18さん
童話とは皮肉たっぷりなのです。たっぷりなのです。
>>39さん
確かにネタが被っているような……!
でもそんなの気にしない!
ていうか何ゆえ皆様方ゆうかりんにグロ、えろ(違う)を望みますか……!
それでは、次のお話でもまた出会えることを信じて。
ごきげんよう。
◇ ◇ ◇
紅い館の一室。
既に人の気配の無い忘れられた客間に向かい合う二人。
赤と言う色で構成された部屋にはいささか不釣合いな配色の服装をした人物は、
読んでいた本を閉じるとテーブルにポンと置く。
「どうかしら」
感想を問われた人物は、ふむ、と両手を組み片手を顎に当てて思案する。
「言葉遊びね。……想起するのは、そう、まざあ・ぐうす」
「ご名答。歌詞が作中にも引用されているし、余りにも直球過ぎたかしらね」
感想を問うた人物は、傍らにあるアンブレラに一瞬視線を移し、
何事も無かったかのようにティーカップに口を付けてコクンと嚥下する。
「そうね……。三つ?」
「全部で四つ」
「唄、時系列、季節。後の謎かけは何かしら?」
少女は勝ち誇ったように口の端をつり上げると静かに答える。
「向日葵はいつから向日葵だったか」
少女はほう、と感嘆の声を漏らし、謎かけの意味を理解する。
「……なるほどね。そういう見方もあるのか」
「次は貴女ね」
――彼女たちのお茶会は続く。
お茶会にも舌を巻いてしまいました。
俺も種をまかれたい。切実に。
ゆうかりん
に
たねをまきた(ry
本望だ。