「月を飼うんだ」
ヴワルの平和な夜のティータイムは彼女の破天荒極まりない宣言によって中断された。
中断されたのを悟られないために、視線を動かさず紅茶をすすってみる。
「月を飼うんだ」
「聞こえてるわよ」
無視はさせてくれないらしい。試しにもう一度黙ってみた。
「…………」
「……………」
彼女はしばらくワクワクした表情でこちらをみつめていた。そして、
「月を…」
「わかったから」
強制ルートみたいだった。
「で、確かに学術的興味と純粋な好奇心はくすぐられる話だけど、そのロマンしか感じられないプロジェクトをどのように遂行してくれるのかしら」
目を向ければ窓の外には遠く、この紅茶のように赤い月。
「簡単なんだぜ。取り出したるは魔法の……」
彼女は担いできた袋に手を入れゴソゴソしたかと思うと、
「タライ」
タライを取り出した。
漢字で書くと「盥」。文字面からして紛れも無く水を溜めるための道具であった。
「なぁ、水出してくれよ。ピューっと。水符、あるだろ」
……人を水道と勘違いしているこの魔法使いを消極的に(否、この際積極的であっても一向に構うことは無いのだが)懲らしめる手段を模索しつつ、タライを水で満たしてやった。ちなみにこのとき顔面に水を引っ掛けてやろうかとも思ったが、こいつはタライを差し出しつつも片手で「私の」本を抱えていたため、断念せざるを得なかった。
「さてさて。こいつをだな……」
彼女は立ち上がると、それを窓際に持っていく。
「よっし、捕まえたぜ」
誇らしげに振り向く彼女の手の中、タライの水に月が浮いていた。
「世界初。天体をペットにした女だぜ」
「…………」
「餌はいらないんだ」
「訊いてねーわよ」
いや違う。突っ込み所はそこでは無かった気がした。
「アホくさ……」
一瞬でも何かを期待した自分が恥ずかしくなってきた。そうだった、コイツはこういうやつだった。無茶な真似をして道理と言い張る、究極的にマイペースな女だった。
「なんだよ、心外だな。お前へのプレゼントだってのに。それにさっきロマンがどうこういってたが、実際ロマンチックじゃないか?月を飼うなんてのは」
「プレゼントにロマンチックなものをっていう心遣いは評価するけどね……どうすんのよこんなもの。朝になれば消えるじゃない」
「そこはそれ、夜行性なんだコイツ」
モノは言い様だった。
「全く……タライのなにがロマンチックだか」
「水槽のほうがよかったんだが持ちにくかったんだ」
「心遣いまでできてたんだからそこはがんばりなさいよ」
「ハートが大事、だぜ」
そんなくだらない会話を交えながら
二人でずっと、水面に浮かぶ小振りな月を眺めていた。
飽きもせずに、触れもせずに。
ヴワルの平和な夜のティータイムは彼女の破天荒極まりない宣言によって中断された。
中断されたのを悟られないために、視線を動かさず紅茶をすすってみる。
「月を飼うんだ」
「聞こえてるわよ」
無視はさせてくれないらしい。試しにもう一度黙ってみた。
「…………」
「……………」
彼女はしばらくワクワクした表情でこちらをみつめていた。そして、
「月を…」
「わかったから」
強制ルートみたいだった。
「で、確かに学術的興味と純粋な好奇心はくすぐられる話だけど、そのロマンしか感じられないプロジェクトをどのように遂行してくれるのかしら」
目を向ければ窓の外には遠く、この紅茶のように赤い月。
「簡単なんだぜ。取り出したるは魔法の……」
彼女は担いできた袋に手を入れゴソゴソしたかと思うと、
「タライ」
タライを取り出した。
漢字で書くと「盥」。文字面からして紛れも無く水を溜めるための道具であった。
「なぁ、水出してくれよ。ピューっと。水符、あるだろ」
……人を水道と勘違いしているこの魔法使いを消極的に(否、この際積極的であっても一向に構うことは無いのだが)懲らしめる手段を模索しつつ、タライを水で満たしてやった。ちなみにこのとき顔面に水を引っ掛けてやろうかとも思ったが、こいつはタライを差し出しつつも片手で「私の」本を抱えていたため、断念せざるを得なかった。
「さてさて。こいつをだな……」
彼女は立ち上がると、それを窓際に持っていく。
「よっし、捕まえたぜ」
誇らしげに振り向く彼女の手の中、タライの水に月が浮いていた。
「世界初。天体をペットにした女だぜ」
「…………」
「餌はいらないんだ」
「訊いてねーわよ」
いや違う。突っ込み所はそこでは無かった気がした。
「アホくさ……」
一瞬でも何かを期待した自分が恥ずかしくなってきた。そうだった、コイツはこういうやつだった。無茶な真似をして道理と言い張る、究極的にマイペースな女だった。
「なんだよ、心外だな。お前へのプレゼントだってのに。それにさっきロマンがどうこういってたが、実際ロマンチックじゃないか?月を飼うなんてのは」
「プレゼントにロマンチックなものをっていう心遣いは評価するけどね……どうすんのよこんなもの。朝になれば消えるじゃない」
「そこはそれ、夜行性なんだコイツ」
モノは言い様だった。
「全く……タライのなにがロマンチックだか」
「水槽のほうがよかったんだが持ちにくかったんだ」
「心遣いまでできてたんだからそこはがんばりなさいよ」
「ハートが大事、だぜ」
そんなくだらない会話を交えながら
二人でずっと、水面に浮かぶ小振りな月を眺めていた。
飽きもせずに、触れもせずに。
次回作はもっと長くて厚みのある作品を書いてくれることを期待します
元ネタわかる人すくないんじゃ…