このSSは作品集58「どれだけ君を愛しても三分の一も伝わらない。否、寧ろ悪化させるくらいの勢いで」の続編となっております。
先にそちらからお読みください。
猶、本作品は8割がた以前執筆した実験作品を無理矢理SSとして転用したものとなっております。
なので整合性がかなり無視されており、タイトルが現すとおり相当カオスです。
――ていうかスクロールバー見てビビりましたよね?
以上を強要できる猛者のみがこの先にお進みください。
それにしてもメディア間でキャラの口調を統一して欲しい。
魔理沙が出て行ってすぐに遡る。
美鈴はいつもの如く魔理沙に突破されたことによるお仕置きで、昨日の晩から食事を取っていなかった。
「うう……お、おなかすいた~!咲夜さ~ん、そろそろ許してくださいよ~~~!!」
遂には大人気なくじたばた暴れだす美鈴。そんな美鈴に声をかけてくる黒い影。
「よう中国。随分とひもじそうだなぁ」
影は実際にも黒かった。
「誰かさんのおかげでね」
「……はは、そりゃ悪いことしたな。それに今までも迷惑かけてきたし……随分世話になったぜ」
「いや、そんな今生の別れみたいに謝らなくても」
「みたい、じゃないぜ」
「………はい?」
魔理沙の言葉に、思わず美鈴は聞き返してしまった。
「別に驚くようなことでもないだろ?これだけ無茶苦茶してきて、いままで追い出されなかったのが異常なんだよ。まあフランに言われたのは少し以外だったけどな」
そういって去り際に魔理沙の浮かべた苦笑は、美鈴には泣いているようにしか感じられなかった。
そして少しして現れた、彼女の使える主の妹、フランドール・スカーレット。
口さがないメイドの間では、フランドール・霧雨になるか魔理沙・スカーレットになるか賭けが行われているらしいが……
「あ、妹様。さっき魔理沙の様子がおかしかったみたいですけど……どうかなされたんですか?」
様子のおかしいフランドールに話しかけたこと自体は悪くは無い。
それに先ほどの魔理沙の態度からして、美鈴がそれを尋ねたことは責められないだろう。
ただそれでも、明らかに何かあったと思われる魔理沙の名を、ストレートに出したのは拙かった。
まあ、そのことに気づいたのは夢の中であったのだけれど。
現実世界では、美鈴の身体は轟音と共に起こった、大規模な爆発に弄ばれていた。
「うう……どうにか生きてた」
本当に辛うじてだったのか、マスタースパークを受けても数分あれば復活する美鈴の全身は、未だに包帯だらけだ。
『全く……気を操る程度の能力の割には気が利かないわね』
確かにまったく反論できない。
「……返す言葉もございません」
瓦礫に埋もれていた美鈴が、他の門番隊に救出されたのはそれからすぐだった。
取り敢えず館の中に運び込まれた美鈴は、そこでようやく紅魔館が陥っている危機を説明されるのだった。
今まで唯一無事だった筈の自分に知らされていなかったことに、美鈴がへこんでしまったのはご愛嬌だろう。
つまりは自分がこんな包帯ぐるぐる巻きの姿になってしまったのは、この目の前の主が原因ということか。
『不幸な事故だったわ』
「……いや、九割方お嬢様が原因の気がするのですが」
自分の仕えている(筈の)主のあんまりな一言に、美鈴といえども流石にジト目で非難がましい視線を送る。
更には似たような視線が周囲からも向けられているのを感じたレミリアはジト汗で眼を逸らす。
「ふぅん?どうやら私達から奪った薬は、かなり碌でもないことに使われてしまったようね」
『誰だ……って薬師!?』
何時の間に現れたのか、そこには数日前、レミリアが薬を強奪しに行った永遠亭の『月の頭脳』八意永琳が佇んでいた。
『何だ?今更抗議にでも来たのか?』
「そういうわけではないわ。ただちょっと教えに来ただけ」
永琳は其処の知れない笑みを浮かべる。
「あなたの妹は預からせてもらった」
最後まで言い切る前に、永琳の首にナイフが突きつけられた。
それだけではない。紅魔の番犬の放つ気が、図書館の主とその従者の纏う魔力が、何よりもこの館の主の血のように紅い妖気が、物理的な圧力さえも伴って永琳へと叩きつけられる。
人間であれば、それだけでその命を失うほどのさっきの奔流の中、元人間であった筈の月の頭脳はそれでも猶、悠然としている。
「落ち着きなさい。貴方達の思っているような意味ではないわ。今言ったのはそのままの意味。あなたの妹が行く当てなくふら付いているのを、偶々ウドンゲが見つけて保護しただけの話」
『紛らわしい言い方をするな!!心臓に悪い!!』
「勘違いしたのはそっちよ……まあ、それで大体事情がわかったから、こっちに来たわけだけど……拙いわね。これだけの相手を解毒するには材料も足りないし、そもそもこの手の純粋な魔法薬に関しては私1人じゃどうしようもないわ」
『まあいい。未来永劫この状態が続くわけじゃないとわかっただけでもね。それより、フランの様子は?』
「安心なさい。あなたの妹は怒ってなかったわ」
現金なもので、その一言でレミリアは即座に復活した。
「魔理沙が心配でそれどころじゃなかったみたい」
そして倒れた。
「ああ、一応彼女から言伝を預かってるわ」
そして再び復活。
「『絶対帰らない』ですって」
「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして精神崩壊。
「あら?そんなに喜ばなくても」
『からかうのはいいけど、ほどほどにね?』
レミリアの口から魂のようなものが抜け出した。
そんなレミリアのリアクションがよほどお気に召したのか、或いは永遠亭を襲撃されたのがよほど腹に据えかねていたのか、永琳は次々と持ち上げては落としを繰り返している。
「えっと、取り敢えず魔理沙探してきますね。もしかしたら妹様説得してくれるかもしれないんで」
そんな2人を横目に見ながら、美鈴はいつもの如く巻き込まれる前にさっさと出発しようとした。
そんな彼女の前に歩み寄るパチュリー。その手が掲げる画用紙には、1つの問い掛けが書かれていた。
『今は、あなたにとって楽しい?』
美鈴にはパチュリーの問い掛けの意味がなんとなく理解できた。
この問い掛けの答えなど決まりきっている。
「正直、魔理沙が来るようになってから、毎回吹っ飛ばされてお仕置きを喰らうし、妹様や小悪魔さんと一緒に起こす悪戯に巻き込まれるし。
お嬢様は暴走して、咲夜さんは騒ぎを大きくして、パチュリー様がツッコミを入れて妖精メイドは野次馬になってはしゃぎ回って。
その上、魔理沙の所為でいつの間にか呼び名も中国で統一され始めてるし。
だけど――」
美鈴はこれでも感謝しているのである、霧雨魔理沙という人間に。
まあ、仮にも悪魔の館などと呼ばれている館の門番としては、気恥ずかしさも手伝い、面と向かっては言っていなかったのだが。
(私も実はパチュリー様を笑えないなぁ)
美鈴はそんなことを考えている自分に少しばかり苦笑をしたが
「――今までの紅魔館よりずっと楽しいです」
直ぐに満面の笑顔でそう答えた。
これより小悪魔の推察。
フランドールの精神は魔理沙や霊夢と出会ってから、495年分を取り戻さんばかりに、著しく成長している。
嘗ては血と肉の塊としか認識していなかった人間とて、今は完全に一個の生き物として認識するようになったし、子供ならではの相手への手加減の無さも大分減って来ている。
だが成長するということはそれだけ思考も複雑になるということ。
成長するということは悩みというものが増えるということでもあるのだ。
相手は奇しくも姉の悩みの対象と同じ、霧雨魔理沙。
内容は……465年目にして初めて訪れた思春期とでも言っておこうか。
そんなこんなで彼女はそれと見せずとも、相当深く悩んでいた。
相談しようにもレミリアは、変態だし当てになりそうに無い。
咲夜はなんだかこの手の話は嫌いそうで微妙に相談しづらい。(実際はそんなことも無いのだが)
パチュリーは……なんだか嫌。(理由は察して欲しい。先ほども述べたとおり超絶的に遅い思春期なのだ)
因みに美鈴は最初から思い切りスルーされている……憐れな。
と、まあそんなこんなで色々と大変だったわけであるが……其処に来て先の事件。
タイミング的には最悪で、彼女が実の姉に絶好宣言をしてもおかしくは無かった、という訳だ。
『……というのが私の説です。ひょっとしてパチュリー様、少し複雑ですか~?強力なライバル出現』ってぐべらぁ!?」
概ね合っているところは評価できるのだが、徹底的に懲りない奴である。
『ところで私が当てにならないとはどういうことだ?』
『フランお嬢さまから見た私って……』
取り敢えず美鈴がここにいなかったことは不幸中の幸いだと思う。
「でも概ねこんなところだと思うわよ?ただ……」
落ち込むレミリアを余所に、永琳は考え込むような仕種を取りながら、咲夜やパチュリーをじっと見つめる。
『何か?』
「ええ、まあ……思春期は大変。そういうことよ」
その頃の永遠亭。レミリアと師匠がアホなことをやっている間、鈴仙は針の筵にいるような気分で頑張っていた。
先ほどの永琳の話に出ていたように、現在フランドールはここに保護されていた。今は比較的顔見知りである鈴仙が、彼女の世話をしているところである。
夢遊病者のような彼女が、竹林に迷い込んでいたところを見つけたときは、はっきり言ってかなりびびった。
なにせ彼女がその気になれば、鈴仙など一瞬にして血袋どころか跡形も無くなってもおかしくないのだから。
(よく魔理沙はあんな風にじゃれあえるよなぁ)
あの巫女とは違う形での平等さは、尊敬できるかもしれない。鈴仙は現実逃避気味にそんなことを考えた。
もっとも、結局放っておけずに連れて来てしまった鈴仙のお人好しさも大概な物ではあろうが。
(で、でもどうしよう……こんな時、霊夢や魔理沙の百分の一でいいから度胸があればなぁ)
あの2人の百分の一は最早度胸とは呼べないだろうね。
まあそれは兎も角
喋らない。フランドールの状態は知っているし、魔理沙との一件とて、勘違いであり、説明すれば魔理沙も許してくれる。そう説得もした。それでも少女は俯いたままだった。
筆談さえもしようとしない。そんなフランドールに鈴仙は困り果てる。
どうやら彼女の受けたショックは想像以上に深かったようだ。
それでも鈴仙は、敬愛する師匠に場を任されたことからの責任感からか、それとも単純に生来の人の良さからか、必死でフランドールから落ち込んでいる理由を聞き出した。
また偶々暇を持て余しその場にいた輝夜の空気を読まない発言も、非常に珍しいことにいい方向に作用したのかもしれない。
その甲斐あってかフランドールはポツリポツリと語りだした。
魔理沙に……
以前のように無邪気に抱きつけなくなった。
以前のように気楽に好きだといえなくなった。
以前のように近くにいられなくなってきた。
何故か、そうしようとすると奇妙に鼓動が早くなり、彼女の顔を見れなくなってしまう。
それだけじゃない。
美鈴という門番が何だかんだ魔理沙を認め、魔理沙に勝つことを目標に頑張っているのを知っている
パチュリーが、本当はいつも門が騒がしくなると慌てて身なりを整えているのを知っている。
咲夜が魔理沙と他愛も無い口げんかをしながらも、1人分紅茶を多く用意しているのを知っている。紅茶が残された時、少しだけ寂しそうにしているのも。
レミリアが、魔理沙を嫌っているような素振りを見せながら、その癖、魔理沙と騒ぎを起こしているときは生き生きしているのを知っている。
そしてそれら全てがフランドールの心をやけにザワメカセル。
其処に来てあの事件だった。
あの時、急に感情の押さえが利かなくなって、あのままではレミリアを壊してしまいそうで、怖ろしくなって飛び出してしまった。
『……私…どこか壊れちゃったのかな?』
だとしたらまた地下室に入らないといけない。
だとしたらもう魔理沙には会えない、会っちゃいけない。
そこまで語り終えた時、鈴仙と輝夜はニヤニヤを抑えきれないといった風情で、こちらを見つめていた。そんな2人をフランドールは逆にきょとんと見つめ返す。
「「ぐはぁ!!」」
そして何故か同時に吐血した。
「っくく……何、何なの、紅魔館で発生しているこのストロベリーな空気は!?」
「や、やばいわね。穢れた私にはこの純真な少女のピュアな恋心は厳しすぎる!これがありとあらゆる能力を凌駕する、思春期の甘酸っぱい初恋というものから湧き出る、無限の(萌)力だというのか!!」
どうした。とくにてるよ。
「……?」
「そう!恋よ、恋なのよ!大人になる時は必ず経験するもの!それが初恋!ってけーねがいってた!」
慧音が言っていたというのであれば間違いは無いのだろう。
「くっ!!それも『近所の格好いい年上への淡い憧れが、徐々に幼い恋心へ』などという王道とは!!」
恋という言葉くらいは彼女も知っている。ただ、自分とはきっと縁遠いことだろうと、薄っすらと思っていた。まして、魔理沙に恋をしているのだとすれば、ハードルはあまりにも多い。
第一に性別の壁。そして種族の壁、寿命の壁。世間知らずといっていいフランドールだが、これらの壁はとても分厚いものだということは理解できる。
だがそれでも……それらを理解しても、自覚した恋という言葉はフランドールの胸に、確実に熱い何かを灯す。
そしてその熱は同時に膿むような粘性を伴う痛みも生み出していた。
「う~ん。思えば私の初恋も大分前だったわね」
「……それってキリストが生まれるより後ですか、先ですか?」
「あんたも大概失礼ね……………B・Cよ」
これが恋だとして……魔理沙は自分のことをどう思っているか。精々手の掛かる子供程度の認識だろう。もしかしたら頭に我侭な、とでも付くかも知れない。
そしてそれは最近自分でも薄々と思っていたことだった。
これは薬の所為で起こった勘違い。鈴仙にはそう説明された。
しかしそれでも自分はその後、魔理沙を急いで追うなり、レミリアから事情を聞きだすなりも出来たはず。
だが現実には、魔理沙を傷つけた挙句に、子供じみた癇癪で皆の前から逃げ出し、ただ他の誰かが魔理沙を見つけるのを待っているだけだ。
あまりの自分の子供さ加減をフランドールは嫌悪した。
知らず、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
フランドールは俯きながら、自分に割り当てられた部屋へと帰っていった。
その寂しげな姿に、鈴仙はどう声をかけてよいのやら分からない。
「なーかせた、なーかせた。せーんせーいにいってやろー!」
「うわっ!?最近聞かないと思ったらやっぱり幻想入りしてた!!…・・・ってそんなことより私、何か泣かせるようなこと言っちゃいましたっけ!?」
全く空気を呼んでいない輝夜の発言はさておき、目の前でいきなり泣かれ出した鈴仙は凄く気まずかった。
かといってあの状態のフランドールをどう慰めればいいものか……
(うう……こっちが泣きたいわよ)
正直、この状況の原因を作り出した彼女の姉を半殺しくらいにしてやりたいが、無理だろうなぁ。それが出来るくらい強ければ、そもそも薬を強奪などされなかったろうし。
(……月に帰りたい)
ストレスのあまり、遂にはそんな危険なことまで考え始めた鈴仙。だが丁度そこへタイミングよく(?)来客が訪れる。
「ああ、診察の方ですか……ってアリスじゃない。どうしたの、酷い顔色だけど」
「そ、それがちょっと風邪で寝込んでたんだけど、最近魔理沙が来てなかったから、後一歩で孤独死するところだったわ」
「そ、それはデンジャラスな生活送ってたのね(人形を遣えばよかったのに……っていうか魔理沙以外に友達いないのかな?)」
副音声になにやら失礼なことを考えてしまい、少しだけ反省する鈴仙。そうでもなければ孤独死寸前まで追い詰められるなど早々ありえない、ということは意識的に無視した。
「――っていうかあなた魔理沙以外に友達いないの?」
「悪いの?」
「言っちゃったーーーーーー!!!!!」
「それと魔理沙は友達じゃない、嫁よ」
「こっちもなんか言ってるーーーー!!!って結局友達いないって事!?」
「ごほっ……まあいいわ。一時期肺炎まで悪化したけど、2日かかってどうにか持ち直してここまで来たのよ」
「肺炎まで悪化した風邪を自力で治したの!?すげえ!!」
話が進まなくなるので、輝夜を無理矢理奥へと押し込み、アリスの診察を開始する。
粛々と診察が進む中、アリスは突然寝耳に水な話題を持ち出した。
「そういえばさっき魔理沙を見かけたんだけど」
「えっ!どこで!?」
「魔法の森。なんだか私より病人っぽかったけど珍しいこともあるものね」
アリスはそっけなく応えると興味なさそうに顔を逸らした。もっともさっきから物凄い貧乏揺すりをしているので、心配していることがバレバレ。
クールぶっている割にはやたらと判りやすいアリスの態度に苦笑する鈴仙。
そんな刹那、轟音と共に鈴仙の隣の壁が『破壊』された。
並大抵のことでは傷1つつかない、弾幕勝負さえも可能にするほどの強度を誇る永遠亭の壁。
だというのにその場には破片1つ散らばってはいない。
「――って何!?」
鈴仙は何事かと振り返ったが、考えてみれば幻想郷でもそんなことが出来るのは彼女しかいない。
「――――」
フランドールは能力で作った出口から、どこぞの天狗を越えるやも知れない凄まじい速度で、夜の闇に飛び出した。
「げぶらぁ!?」
アリスを巻き込んで。アリスは都会派とかインテリとは程遠い悲鳴と共に吹き飛ばされ、向い側の壁へと突っ込んだ。
「うわーーーん!!!!また壁壊れたーーー!!この前の頑張って直したのにーーーー!!」
「うう……なにこれ、トドメ?」
本当に何処までも悲惨なコンビである。
そんな2人の不幸はほっといて話は魔理沙へと移る。
あれから何処をどう飛んだかはわからない。
ただ誰もいないところに行きたくて、ひたすらに人の少ないところに向かった結果、今魔理沙は魔法の森の一角にいた。
ここはアリスも知らない場所だった。魔理沙は1人になりたい時によくここに来る。
もっとも、ここまで気持ちの沈んだときに来たことは無かったのだが。
「……私は、なにをやってるんだろうな」
フランドールの様子がおかしかった事には直ぐに気がついた。
あの時は、ただ単に怒っているのかとも思ったが、もしかしたら必死で自分に何かを訴えかけていたのかもしれない。
なのに自分はフランドールを無視してこんなところで蹲っている。
「本当に、なにをやってんだ、私は」
今すぐに引き返して事情を聞かなくてはいけない。そう思っているのに体は動いてはくれなかった。
「――なんてシリアスに黄昏てるとこ台無しにするみたいだけど、案の定魔理沙の勘違いだったみたいよ」
「うわっ!?ちゅ、中国!?」
突然現れた美鈴に涙を見られないよう、慌てて顔を袖で拭う。
「勘違いってどういうことだよ?」
「まあ有体に言えば……お嬢様なんだけどね」
「……うん。納得した」
結局事情はよく分からないものの、それだけで魔理沙は概ね納得した。要するにいつものことというわけだ。
「……と、まあこれで済めば問題は無いんだろうけど――」
美鈴はそれまでの疲れたような苦笑を一変、真剣な表情で魔理沙を見つめてきた。
「魔理沙が泣いてたのは、妹様に色々言われたからだけじゃないんでしょ?」
魔理沙の顔が強張る。案の定このままうやむやにするつもりだったようだ。
美鈴は魔理沙の表情の変化から、自分の考えが正しいことを確信する。
「……よかったら話して見て」
黙りこくる魔理沙。それでも美鈴の絶対に誤魔化されないだろう意思の篭った瞳の前に、魔理沙は少しずつ自分の内を打ち明け始めた。
「……フランから色々言われた時にな――もしかしたら本当は霊夢もああいう風に感じていたのかもしれないって思っちまったんだ。アリスだって、紫達だって。幽々子達も。輝夜達も。山の奴等、早苗達だって。ひょっとしたら魅魔様も――」
それは心の中では薄っすらと感じていた不安。
それがフランの言葉で一気に噴出してしまったのだろう。
この少女は周囲が思っているほど器用ではなかったようだ。
だから今回くらいは、お家芸を奪って、こちらからこじ開けていくとしよう。
「ふう。魔法使いだから私よりずっと頭は良いんだろうけど――馬鹿でしょ、あなた」
「んぁ!?」
「それもチルノより性質が悪いわ」
「それも⑨以下扱い!?」
「それに鈍感!あと天然ジゴロ!!」
「ひでぇ!そして最後は関係ないだろ!」
流石にショックを受ける魔理沙に構わず美鈴は続ける。
「魔理沙が遊びに来る様になる前は、紅魔館って本当に空気が悪かったのよ」
「はぁ?何の話「いいから聞く!」あ~……はい」
「パチュリー様は物凄く無愛想で、知識を高めること以外にはまるで興味なしだったし」
「そりゃ今もだろ?」
「あんなもんじゃないわよ。酷い時は十年間単位で誰とも会話しないこともざらだった!」
「マジかよ!?引きこもりにしてもスケールでか過ぎるぞ!?」
「咲夜さんにしたって本当に根暗だったし、狂暴だったし、お嬢様以外どうでもいい、ミスした部下は次の瞬間には息をしてなかった、なんてことが当たり前!」
「あの変態で名ばかり瀟洒な駄メイド長が!?つーか紅魔館、どんだけバイオレンスな館だったんだよ!」
「なによりお嬢様の我侭は今と違ってギャグ要素がゼロだった!!」
「洒落にならねーー!?」
「そもそも皆行動はテンでばらばら。お嬢様を中心に無理矢理纏まっていた。それが私達。勿論私も例外じゃなかったわ。実際、ここまで紅魔館の空気が変わったのは――あなたが来てからなの」
魔理沙は、美鈴の視線から逃れるようにそっぽ向き、叫ぶように否定した。
「私は!そんな大それたことしちゃいない!私はやりたいように好き勝手にやっただけだ!」
「その好き勝手やってるあなたが、妹様やパチュリー様と一緒にいたのは何故?そうしたかったからでしょ?それはこっちも同じなのよ」
「間違っても皆、本気で嫌いな相手とこれだけ長く付き合える性格なんてしていないわ。それは幻想郷にいる妖怪も人間なら、皆同じ筈よ」
「だから、あなたがどういう結論を出すにしても、私達は諦めないわよ。妖怪らしく無理矢理でもあなたを連れ戻す!」
美鈴は宣言する。妖怪らしく、紅魔の門番らしく、普段の彼女なら浮かべない不敵な笑みと共に。
「な、なんつーわがままな……」
「生憎、紅魔館は好き勝手さでは魔理沙にも負けないわよ。お嬢様をみていればわかるでしょ」
自分の想いを全て語り終え、美鈴は静かに瞳を閉じる。
魔理沙の答えを待つかのように。
暫しして、魔理沙は消え入りそうな小さな声で呟いた。
「……ずるいぜ。結局どっちにしてもさよならなんて出来ないじゃないか」
真っ赤になっている顔を見られたくなくて、魔理沙は帽子を目深く被りなおした。
「そりゃあずるいわよ。これでも魔理沙よりずっと長く生きてる妖怪なんだから」
美鈴は、魔理沙の帽子をひょいと取ると、少しだけ笑って魔理沙の頭を撫でた。
「ぐっ……子ども扱いするなって」
「あら?私達から見れば魔理沙や咲夜さんだって娘みたいなものよ」
――まあ、絶対に咲夜さんにはいえないけどね――
悪戯っぽい表情でそう締め括った美鈴を見て、魔理沙は小さく溜息を吐いた。
「つーかどちらかというと孫の孫くらいの代だぜ」
「――ってありがたいお話を聞かせてもらった相手にそんなことをいうのはこの口かー!!」
「い、いひゃひゃ!?」
2人でじゃれあいながら魔理沙は想う。
きっと今回の騒動も、この門番にとってはよくある子供の痴話喧嘩なのだろう。
「こんなネゴシェイターは反則だぜ」
日ごろ瞬殺していた門番が初めて見せる年長者らしい姿。
なんだか咲夜まで子供に見えてきそうなその姿に、魔理沙は不思議と心地良い敗北感を感じた。
「あ~……美鈴。ちょっとフランドールのところに行って来るわ。……謝んなきゃな、色々と」
「魔理沙がそうしたければ、きっとそれは魔理沙にとって最善のことよ」
「……なんか美鈴に励まされると調子狂うぜ……ありがとうな」
「まったく。本当に鈍感なんだから、あの天然ジゴロさんは」
魔理沙があんな風に悩んでいたとは思っていなかった。
一体何処をどうすれば自分が嫌われてる、だなんて思えるのだろう。
あれだけ周りから愛されているというのに。
「本当に……鈍感ね。その癖、自覚が無いなんて、性質が悪いな」
あんな姿を見せられたら、もう少しだけ素直になってあげようとか思ってしまうではないか。
「しかもこんな時はしっかり名前で呼んでくるなんて……」
美鈴は苦笑しながら飛び立った。帰ろう。そしてさしあたっては――
「今度会った時、のんびりお茶をする算段でもして見ますか」
たまには弾幕勝負するだけでなく、そんな時間を過ごすのもいい。
今宵は、やけに星が綺麗に感じた。
そして、主演2人は再開を果たす。
「フラン!よかったぜ。ここにいたのか」
フランドールの耳に明るさを取り戻した魔理沙の声が届いた。もう彼女の表情に暗さは無い。
「魔理沙?」
(そっか……魔理沙、私を探してくれてたんだ)
フランドールがそれを知った時、彼女の胸中を占めた思いは歓喜ではなく――惨めさだった。
自分より傷ついた筈の魔理沙が、自分を心配して探しに来ている。
(ずっと長生きしてる私がしっかりしなくちゃいけなかったのに……)
或いは咲夜が魔理沙の笑顔を取り戻したのだろうか?美鈴?小悪魔?レミリア?或いは……パチュリー?
(……っっ!?)
恐らく、現在もっとも魔理沙に近い人物の1人を思い浮かべ、フランドールの心は軋みを上げた。
冒頭の小悪魔の推察は間違ってはいない。しかし成長することによって生まれたのはそれだけではない。
人は成長するにつれ、他者と自己の比較によって自己を分析する能力を身に着けていく。
だがそれは取りも直さず彼女の中に、周囲の『大人』へのコンプレックスを生み出すことになった。
彼女にとっての不幸は、周囲の大人が優秀すぎたということもあるのかもしれない。
ぎしり
心が軋みを上げ、胸の奥から何かが這いずり出てくる。
本能とも、狂気とも別物の――破壊の根源。そうだ。フランドールが能力を制御できないのは当たり前だ。
前提が間違っていた。『この力』にとってフランドールなど、自分を収める唯の器だ。
心が、食い尽くされる。そうだ、忘れていた。自分が生れ落ちた瞬間、これを無理矢理押し込めるため、『狂気』を纏ったのだった。
そして儚き抵抗は今潰えた。
破壊そのものである能力が、フランドールを侵食していく。
『狂気』という鎧で無理矢理固めていた心は、鎧無しではあまりに脆弱だった。
抵抗できない。蝕まれる。喰い尽くされる。飲み込まれる。融け込んでいく。
(魔……理沙)
意識の全てが飲み込まれる瞬間、フランドールが読んだ名前。
それはレミリアでも、咲夜でもなく、ようやく自覚したばかりの想い人の名前だった。
くすり
目の前の少女が笑った。それだけだというのに、魔理沙の脳内を数え切れないほどの危険信号が過ぎる。
(フラン、だよな?)
それでも魔理沙はそれを捻じ伏せ、フランドールに話しかけた。
「フ、フラン?」
返礼は、眼前の空間を埋め尽くす弾幕。そして美しい声が彩る醜悪な哄笑。
(おいおい、まさか……)
そこから魔理沙は結論を出す。というか目の前に迫る、無数の弾幕。
否これは弾幕ではない。本来のルール、回避できなくてはいけない、という大前提を無視した純然たる『攻撃』。
(思い切り暴走させてやがる!?)
だがその思考が決定的な回避の遅れを生み出した。今から避けるのは間に合わない。
「まさか能力自体が半ば自我を持っていたとはねぇ」
弾幕が直撃する―――瞬間、魔理沙のよく知る声が、彼女をスキマへと引きずり込んだ。
「ゆ、紫!?」
「らしくないわねぇ。あの程度の直線的な攻撃、軽くかわせるでしょうに」
「わ、わりぃ――ってそんなことより何しに来たんだよ!」
「勿論幻想郷を救いに、よ。それとも友人を助けるため、の方がいいのかしら?」
「私に聞かれても困るぜ」
スキマ妖怪 八雲紫
どちらも立派な理由の筈なのに彼女が言うと酷く胡散臭かった。
「フランはどうなってんだ!!お前のことだからわかってるんだろ!」
「ええ、大体はね。あれはあなたが思っている様な単純な暴走ではないわ」
今にも掴みかからんばかりの魔理沙を落ち着かせ、紫は訥々と語りだす。
「あの娘の心は地下室にいたころに比べて本当に良く育ったわ。自分でさえも追いつけないほどに、ね」
あまりに急激に育った心にフランドールは完全に振り回されている。
「あの狂った状態もそれはそれで『狂っている』という形で安定していたのよ。
故に精神が豊かになった所為で、同時に不安定になる部分も現れた。
今のあの娘は自我があまりにも強力な能力に侵食されそうになっているのね。
もっともまさか能力自体が寧ろ本体だった、なんて事は予想外でしたけど」
可哀想に。まるでそう思っていなさそうな口調で呟いた。
「ある意味ではあの狂っていた頃より危険とも言えるわ。それこそ幻想郷を脅かすほどに」
「な、なんだよ、そりゃ!!幻想郷がやばいとか、能力が本体とか訳判らないぞ!?」
呆然とする魔理沙を無視して紫は続ける。
「ふふふ、貴女ほど聡明な人間なのだから理解できているのしょう?理解できない振りをして現実から眼を逸らすのはお止めなさいな」
ああ、そうだ。霧雨魔理沙はとうに理解している。フランドール・スカーレットの狂気とは云わば封印。
能力とは呼べないような異様な能力の拘束に、精神を持たせるための鎧。
それが今崩れ去った。
故に彼女は告げてるのだ。
フランドール・スカーレットは排除する、と。
先にそちらからお読みください。
猶、本作品は8割がた以前執筆した実験作品を無理矢理SSとして転用したものとなっております。
なので整合性がかなり無視されており、タイトルが現すとおり相当カオスです。
――ていうかスクロールバー見てビビりましたよね?
以上を強要できる猛者のみがこの先にお進みください。
それにしてもメディア間でキャラの口調を統一して欲しい。
魔理沙が出て行ってすぐに遡る。
美鈴はいつもの如く魔理沙に突破されたことによるお仕置きで、昨日の晩から食事を取っていなかった。
「うう……お、おなかすいた~!咲夜さ~ん、そろそろ許してくださいよ~~~!!」
遂には大人気なくじたばた暴れだす美鈴。そんな美鈴に声をかけてくる黒い影。
「よう中国。随分とひもじそうだなぁ」
影は実際にも黒かった。
「誰かさんのおかげでね」
「……はは、そりゃ悪いことしたな。それに今までも迷惑かけてきたし……随分世話になったぜ」
「いや、そんな今生の別れみたいに謝らなくても」
「みたい、じゃないぜ」
「………はい?」
魔理沙の言葉に、思わず美鈴は聞き返してしまった。
「別に驚くようなことでもないだろ?これだけ無茶苦茶してきて、いままで追い出されなかったのが異常なんだよ。まあフランに言われたのは少し以外だったけどな」
そういって去り際に魔理沙の浮かべた苦笑は、美鈴には泣いているようにしか感じられなかった。
そして少しして現れた、彼女の使える主の妹、フランドール・スカーレット。
口さがないメイドの間では、フランドール・霧雨になるか魔理沙・スカーレットになるか賭けが行われているらしいが……
「あ、妹様。さっき魔理沙の様子がおかしかったみたいですけど……どうかなされたんですか?」
様子のおかしいフランドールに話しかけたこと自体は悪くは無い。
それに先ほどの魔理沙の態度からして、美鈴がそれを尋ねたことは責められないだろう。
ただそれでも、明らかに何かあったと思われる魔理沙の名を、ストレートに出したのは拙かった。
まあ、そのことに気づいたのは夢の中であったのだけれど。
現実世界では、美鈴の身体は轟音と共に起こった、大規模な爆発に弄ばれていた。
「うう……どうにか生きてた」
本当に辛うじてだったのか、マスタースパークを受けても数分あれば復活する美鈴の全身は、未だに包帯だらけだ。
『全く……気を操る程度の能力の割には気が利かないわね』
確かにまったく反論できない。
「……返す言葉もございません」
瓦礫に埋もれていた美鈴が、他の門番隊に救出されたのはそれからすぐだった。
取り敢えず館の中に運び込まれた美鈴は、そこでようやく紅魔館が陥っている危機を説明されるのだった。
今まで唯一無事だった筈の自分に知らされていなかったことに、美鈴がへこんでしまったのはご愛嬌だろう。
つまりは自分がこんな包帯ぐるぐる巻きの姿になってしまったのは、この目の前の主が原因ということか。
『不幸な事故だったわ』
「……いや、九割方お嬢様が原因の気がするのですが」
自分の仕えている(筈の)主のあんまりな一言に、美鈴といえども流石にジト目で非難がましい視線を送る。
更には似たような視線が周囲からも向けられているのを感じたレミリアはジト汗で眼を逸らす。
「ふぅん?どうやら私達から奪った薬は、かなり碌でもないことに使われてしまったようね」
『誰だ……って薬師!?』
何時の間に現れたのか、そこには数日前、レミリアが薬を強奪しに行った永遠亭の『月の頭脳』八意永琳が佇んでいた。
『何だ?今更抗議にでも来たのか?』
「そういうわけではないわ。ただちょっと教えに来ただけ」
永琳は其処の知れない笑みを浮かべる。
「あなたの妹は預からせてもらった」
最後まで言い切る前に、永琳の首にナイフが突きつけられた。
それだけではない。紅魔の番犬の放つ気が、図書館の主とその従者の纏う魔力が、何よりもこの館の主の血のように紅い妖気が、物理的な圧力さえも伴って永琳へと叩きつけられる。
人間であれば、それだけでその命を失うほどのさっきの奔流の中、元人間であった筈の月の頭脳はそれでも猶、悠然としている。
「落ち着きなさい。貴方達の思っているような意味ではないわ。今言ったのはそのままの意味。あなたの妹が行く当てなくふら付いているのを、偶々ウドンゲが見つけて保護しただけの話」
『紛らわしい言い方をするな!!心臓に悪い!!』
「勘違いしたのはそっちよ……まあ、それで大体事情がわかったから、こっちに来たわけだけど……拙いわね。これだけの相手を解毒するには材料も足りないし、そもそもこの手の純粋な魔法薬に関しては私1人じゃどうしようもないわ」
『まあいい。未来永劫この状態が続くわけじゃないとわかっただけでもね。それより、フランの様子は?』
「安心なさい。あなたの妹は怒ってなかったわ」
現金なもので、その一言でレミリアは即座に復活した。
「魔理沙が心配でそれどころじゃなかったみたい」
そして倒れた。
「ああ、一応彼女から言伝を預かってるわ」
そして再び復活。
「『絶対帰らない』ですって」
「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして精神崩壊。
「あら?そんなに喜ばなくても」
『からかうのはいいけど、ほどほどにね?』
レミリアの口から魂のようなものが抜け出した。
そんなレミリアのリアクションがよほどお気に召したのか、或いは永遠亭を襲撃されたのがよほど腹に据えかねていたのか、永琳は次々と持ち上げては落としを繰り返している。
「えっと、取り敢えず魔理沙探してきますね。もしかしたら妹様説得してくれるかもしれないんで」
そんな2人を横目に見ながら、美鈴はいつもの如く巻き込まれる前にさっさと出発しようとした。
そんな彼女の前に歩み寄るパチュリー。その手が掲げる画用紙には、1つの問い掛けが書かれていた。
『今は、あなたにとって楽しい?』
美鈴にはパチュリーの問い掛けの意味がなんとなく理解できた。
この問い掛けの答えなど決まりきっている。
「正直、魔理沙が来るようになってから、毎回吹っ飛ばされてお仕置きを喰らうし、妹様や小悪魔さんと一緒に起こす悪戯に巻き込まれるし。
お嬢様は暴走して、咲夜さんは騒ぎを大きくして、パチュリー様がツッコミを入れて妖精メイドは野次馬になってはしゃぎ回って。
その上、魔理沙の所為でいつの間にか呼び名も中国で統一され始めてるし。
だけど――」
美鈴はこれでも感謝しているのである、霧雨魔理沙という人間に。
まあ、仮にも悪魔の館などと呼ばれている館の門番としては、気恥ずかしさも手伝い、面と向かっては言っていなかったのだが。
(私も実はパチュリー様を笑えないなぁ)
美鈴はそんなことを考えている自分に少しばかり苦笑をしたが
「――今までの紅魔館よりずっと楽しいです」
直ぐに満面の笑顔でそう答えた。
これより小悪魔の推察。
フランドールの精神は魔理沙や霊夢と出会ってから、495年分を取り戻さんばかりに、著しく成長している。
嘗ては血と肉の塊としか認識していなかった人間とて、今は完全に一個の生き物として認識するようになったし、子供ならではの相手への手加減の無さも大分減って来ている。
だが成長するということはそれだけ思考も複雑になるということ。
成長するということは悩みというものが増えるということでもあるのだ。
相手は奇しくも姉の悩みの対象と同じ、霧雨魔理沙。
内容は……465年目にして初めて訪れた思春期とでも言っておこうか。
そんなこんなで彼女はそれと見せずとも、相当深く悩んでいた。
相談しようにもレミリアは、変態だし当てになりそうに無い。
咲夜はなんだかこの手の話は嫌いそうで微妙に相談しづらい。(実際はそんなことも無いのだが)
パチュリーは……なんだか嫌。(理由は察して欲しい。先ほども述べたとおり超絶的に遅い思春期なのだ)
因みに美鈴は最初から思い切りスルーされている……憐れな。
と、まあそんなこんなで色々と大変だったわけであるが……其処に来て先の事件。
タイミング的には最悪で、彼女が実の姉に絶好宣言をしてもおかしくは無かった、という訳だ。
『……というのが私の説です。ひょっとしてパチュリー様、少し複雑ですか~?強力なライバル出現』ってぐべらぁ!?」
概ね合っているところは評価できるのだが、徹底的に懲りない奴である。
『ところで私が当てにならないとはどういうことだ?』
『フランお嬢さまから見た私って……』
取り敢えず美鈴がここにいなかったことは不幸中の幸いだと思う。
「でも概ねこんなところだと思うわよ?ただ……」
落ち込むレミリアを余所に、永琳は考え込むような仕種を取りながら、咲夜やパチュリーをじっと見つめる。
『何か?』
「ええ、まあ……思春期は大変。そういうことよ」
その頃の永遠亭。レミリアと師匠がアホなことをやっている間、鈴仙は針の筵にいるような気分で頑張っていた。
先ほどの永琳の話に出ていたように、現在フランドールはここに保護されていた。今は比較的顔見知りである鈴仙が、彼女の世話をしているところである。
夢遊病者のような彼女が、竹林に迷い込んでいたところを見つけたときは、はっきり言ってかなりびびった。
なにせ彼女がその気になれば、鈴仙など一瞬にして血袋どころか跡形も無くなってもおかしくないのだから。
(よく魔理沙はあんな風にじゃれあえるよなぁ)
あの巫女とは違う形での平等さは、尊敬できるかもしれない。鈴仙は現実逃避気味にそんなことを考えた。
もっとも、結局放っておけずに連れて来てしまった鈴仙のお人好しさも大概な物ではあろうが。
(で、でもどうしよう……こんな時、霊夢や魔理沙の百分の一でいいから度胸があればなぁ)
あの2人の百分の一は最早度胸とは呼べないだろうね。
まあそれは兎も角
喋らない。フランドールの状態は知っているし、魔理沙との一件とて、勘違いであり、説明すれば魔理沙も許してくれる。そう説得もした。それでも少女は俯いたままだった。
筆談さえもしようとしない。そんなフランドールに鈴仙は困り果てる。
どうやら彼女の受けたショックは想像以上に深かったようだ。
それでも鈴仙は、敬愛する師匠に場を任されたことからの責任感からか、それとも単純に生来の人の良さからか、必死でフランドールから落ち込んでいる理由を聞き出した。
また偶々暇を持て余しその場にいた輝夜の空気を読まない発言も、非常に珍しいことにいい方向に作用したのかもしれない。
その甲斐あってかフランドールはポツリポツリと語りだした。
魔理沙に……
以前のように無邪気に抱きつけなくなった。
以前のように気楽に好きだといえなくなった。
以前のように近くにいられなくなってきた。
何故か、そうしようとすると奇妙に鼓動が早くなり、彼女の顔を見れなくなってしまう。
それだけじゃない。
美鈴という門番が何だかんだ魔理沙を認め、魔理沙に勝つことを目標に頑張っているのを知っている
パチュリーが、本当はいつも門が騒がしくなると慌てて身なりを整えているのを知っている。
咲夜が魔理沙と他愛も無い口げんかをしながらも、1人分紅茶を多く用意しているのを知っている。紅茶が残された時、少しだけ寂しそうにしているのも。
レミリアが、魔理沙を嫌っているような素振りを見せながら、その癖、魔理沙と騒ぎを起こしているときは生き生きしているのを知っている。
そしてそれら全てがフランドールの心をやけにザワメカセル。
其処に来てあの事件だった。
あの時、急に感情の押さえが利かなくなって、あのままではレミリアを壊してしまいそうで、怖ろしくなって飛び出してしまった。
『……私…どこか壊れちゃったのかな?』
だとしたらまた地下室に入らないといけない。
だとしたらもう魔理沙には会えない、会っちゃいけない。
そこまで語り終えた時、鈴仙と輝夜はニヤニヤを抑えきれないといった風情で、こちらを見つめていた。そんな2人をフランドールは逆にきょとんと見つめ返す。
「「ぐはぁ!!」」
そして何故か同時に吐血した。
「っくく……何、何なの、紅魔館で発生しているこのストロベリーな空気は!?」
「や、やばいわね。穢れた私にはこの純真な少女のピュアな恋心は厳しすぎる!これがありとあらゆる能力を凌駕する、思春期の甘酸っぱい初恋というものから湧き出る、無限の(萌)力だというのか!!」
どうした。とくにてるよ。
「……?」
「そう!恋よ、恋なのよ!大人になる時は必ず経験するもの!それが初恋!ってけーねがいってた!」
慧音が言っていたというのであれば間違いは無いのだろう。
「くっ!!それも『近所の格好いい年上への淡い憧れが、徐々に幼い恋心へ』などという王道とは!!」
恋という言葉くらいは彼女も知っている。ただ、自分とはきっと縁遠いことだろうと、薄っすらと思っていた。まして、魔理沙に恋をしているのだとすれば、ハードルはあまりにも多い。
第一に性別の壁。そして種族の壁、寿命の壁。世間知らずといっていいフランドールだが、これらの壁はとても分厚いものだということは理解できる。
だがそれでも……それらを理解しても、自覚した恋という言葉はフランドールの胸に、確実に熱い何かを灯す。
そしてその熱は同時に膿むような粘性を伴う痛みも生み出していた。
「う~ん。思えば私の初恋も大分前だったわね」
「……それってキリストが生まれるより後ですか、先ですか?」
「あんたも大概失礼ね……………B・Cよ」
これが恋だとして……魔理沙は自分のことをどう思っているか。精々手の掛かる子供程度の認識だろう。もしかしたら頭に我侭な、とでも付くかも知れない。
そしてそれは最近自分でも薄々と思っていたことだった。
これは薬の所為で起こった勘違い。鈴仙にはそう説明された。
しかしそれでも自分はその後、魔理沙を急いで追うなり、レミリアから事情を聞きだすなりも出来たはず。
だが現実には、魔理沙を傷つけた挙句に、子供じみた癇癪で皆の前から逃げ出し、ただ他の誰かが魔理沙を見つけるのを待っているだけだ。
あまりの自分の子供さ加減をフランドールは嫌悪した。
知らず、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
フランドールは俯きながら、自分に割り当てられた部屋へと帰っていった。
その寂しげな姿に、鈴仙はどう声をかけてよいのやら分からない。
「なーかせた、なーかせた。せーんせーいにいってやろー!」
「うわっ!?最近聞かないと思ったらやっぱり幻想入りしてた!!…・・・ってそんなことより私、何か泣かせるようなこと言っちゃいましたっけ!?」
全く空気を呼んでいない輝夜の発言はさておき、目の前でいきなり泣かれ出した鈴仙は凄く気まずかった。
かといってあの状態のフランドールをどう慰めればいいものか……
(うう……こっちが泣きたいわよ)
正直、この状況の原因を作り出した彼女の姉を半殺しくらいにしてやりたいが、無理だろうなぁ。それが出来るくらい強ければ、そもそも薬を強奪などされなかったろうし。
(……月に帰りたい)
ストレスのあまり、遂にはそんな危険なことまで考え始めた鈴仙。だが丁度そこへタイミングよく(?)来客が訪れる。
「ああ、診察の方ですか……ってアリスじゃない。どうしたの、酷い顔色だけど」
「そ、それがちょっと風邪で寝込んでたんだけど、最近魔理沙が来てなかったから、後一歩で孤独死するところだったわ」
「そ、それはデンジャラスな生活送ってたのね(人形を遣えばよかったのに……っていうか魔理沙以外に友達いないのかな?)」
副音声になにやら失礼なことを考えてしまい、少しだけ反省する鈴仙。そうでもなければ孤独死寸前まで追い詰められるなど早々ありえない、ということは意識的に無視した。
「――っていうかあなた魔理沙以外に友達いないの?」
「悪いの?」
「言っちゃったーーーーーー!!!!!」
「それと魔理沙は友達じゃない、嫁よ」
「こっちもなんか言ってるーーーー!!!って結局友達いないって事!?」
「ごほっ……まあいいわ。一時期肺炎まで悪化したけど、2日かかってどうにか持ち直してここまで来たのよ」
「肺炎まで悪化した風邪を自力で治したの!?すげえ!!」
話が進まなくなるので、輝夜を無理矢理奥へと押し込み、アリスの診察を開始する。
粛々と診察が進む中、アリスは突然寝耳に水な話題を持ち出した。
「そういえばさっき魔理沙を見かけたんだけど」
「えっ!どこで!?」
「魔法の森。なんだか私より病人っぽかったけど珍しいこともあるものね」
アリスはそっけなく応えると興味なさそうに顔を逸らした。もっともさっきから物凄い貧乏揺すりをしているので、心配していることがバレバレ。
クールぶっている割にはやたらと判りやすいアリスの態度に苦笑する鈴仙。
そんな刹那、轟音と共に鈴仙の隣の壁が『破壊』された。
並大抵のことでは傷1つつかない、弾幕勝負さえも可能にするほどの強度を誇る永遠亭の壁。
だというのにその場には破片1つ散らばってはいない。
「――って何!?」
鈴仙は何事かと振り返ったが、考えてみれば幻想郷でもそんなことが出来るのは彼女しかいない。
「――――」
フランドールは能力で作った出口から、どこぞの天狗を越えるやも知れない凄まじい速度で、夜の闇に飛び出した。
「げぶらぁ!?」
アリスを巻き込んで。アリスは都会派とかインテリとは程遠い悲鳴と共に吹き飛ばされ、向い側の壁へと突っ込んだ。
「うわーーーん!!!!また壁壊れたーーー!!この前の頑張って直したのにーーーー!!」
「うう……なにこれ、トドメ?」
本当に何処までも悲惨なコンビである。
そんな2人の不幸はほっといて話は魔理沙へと移る。
あれから何処をどう飛んだかはわからない。
ただ誰もいないところに行きたくて、ひたすらに人の少ないところに向かった結果、今魔理沙は魔法の森の一角にいた。
ここはアリスも知らない場所だった。魔理沙は1人になりたい時によくここに来る。
もっとも、ここまで気持ちの沈んだときに来たことは無かったのだが。
「……私は、なにをやってるんだろうな」
フランドールの様子がおかしかった事には直ぐに気がついた。
あの時は、ただ単に怒っているのかとも思ったが、もしかしたら必死で自分に何かを訴えかけていたのかもしれない。
なのに自分はフランドールを無視してこんなところで蹲っている。
「本当に、なにをやってんだ、私は」
今すぐに引き返して事情を聞かなくてはいけない。そう思っているのに体は動いてはくれなかった。
「――なんてシリアスに黄昏てるとこ台無しにするみたいだけど、案の定魔理沙の勘違いだったみたいよ」
「うわっ!?ちゅ、中国!?」
突然現れた美鈴に涙を見られないよう、慌てて顔を袖で拭う。
「勘違いってどういうことだよ?」
「まあ有体に言えば……お嬢様なんだけどね」
「……うん。納得した」
結局事情はよく分からないものの、それだけで魔理沙は概ね納得した。要するにいつものことというわけだ。
「……と、まあこれで済めば問題は無いんだろうけど――」
美鈴はそれまでの疲れたような苦笑を一変、真剣な表情で魔理沙を見つめてきた。
「魔理沙が泣いてたのは、妹様に色々言われたからだけじゃないんでしょ?」
魔理沙の顔が強張る。案の定このままうやむやにするつもりだったようだ。
美鈴は魔理沙の表情の変化から、自分の考えが正しいことを確信する。
「……よかったら話して見て」
黙りこくる魔理沙。それでも美鈴の絶対に誤魔化されないだろう意思の篭った瞳の前に、魔理沙は少しずつ自分の内を打ち明け始めた。
「……フランから色々言われた時にな――もしかしたら本当は霊夢もああいう風に感じていたのかもしれないって思っちまったんだ。アリスだって、紫達だって。幽々子達も。輝夜達も。山の奴等、早苗達だって。ひょっとしたら魅魔様も――」
それは心の中では薄っすらと感じていた不安。
それがフランの言葉で一気に噴出してしまったのだろう。
この少女は周囲が思っているほど器用ではなかったようだ。
だから今回くらいは、お家芸を奪って、こちらからこじ開けていくとしよう。
「ふう。魔法使いだから私よりずっと頭は良いんだろうけど――馬鹿でしょ、あなた」
「んぁ!?」
「それもチルノより性質が悪いわ」
「それも⑨以下扱い!?」
「それに鈍感!あと天然ジゴロ!!」
「ひでぇ!そして最後は関係ないだろ!」
流石にショックを受ける魔理沙に構わず美鈴は続ける。
「魔理沙が遊びに来る様になる前は、紅魔館って本当に空気が悪かったのよ」
「はぁ?何の話「いいから聞く!」あ~……はい」
「パチュリー様は物凄く無愛想で、知識を高めること以外にはまるで興味なしだったし」
「そりゃ今もだろ?」
「あんなもんじゃないわよ。酷い時は十年間単位で誰とも会話しないこともざらだった!」
「マジかよ!?引きこもりにしてもスケールでか過ぎるぞ!?」
「咲夜さんにしたって本当に根暗だったし、狂暴だったし、お嬢様以外どうでもいい、ミスした部下は次の瞬間には息をしてなかった、なんてことが当たり前!」
「あの変態で名ばかり瀟洒な駄メイド長が!?つーか紅魔館、どんだけバイオレンスな館だったんだよ!」
「なによりお嬢様の我侭は今と違ってギャグ要素がゼロだった!!」
「洒落にならねーー!?」
「そもそも皆行動はテンでばらばら。お嬢様を中心に無理矢理纏まっていた。それが私達。勿論私も例外じゃなかったわ。実際、ここまで紅魔館の空気が変わったのは――あなたが来てからなの」
魔理沙は、美鈴の視線から逃れるようにそっぽ向き、叫ぶように否定した。
「私は!そんな大それたことしちゃいない!私はやりたいように好き勝手にやっただけだ!」
「その好き勝手やってるあなたが、妹様やパチュリー様と一緒にいたのは何故?そうしたかったからでしょ?それはこっちも同じなのよ」
「間違っても皆、本気で嫌いな相手とこれだけ長く付き合える性格なんてしていないわ。それは幻想郷にいる妖怪も人間なら、皆同じ筈よ」
「だから、あなたがどういう結論を出すにしても、私達は諦めないわよ。妖怪らしく無理矢理でもあなたを連れ戻す!」
美鈴は宣言する。妖怪らしく、紅魔の門番らしく、普段の彼女なら浮かべない不敵な笑みと共に。
「な、なんつーわがままな……」
「生憎、紅魔館は好き勝手さでは魔理沙にも負けないわよ。お嬢様をみていればわかるでしょ」
自分の想いを全て語り終え、美鈴は静かに瞳を閉じる。
魔理沙の答えを待つかのように。
暫しして、魔理沙は消え入りそうな小さな声で呟いた。
「……ずるいぜ。結局どっちにしてもさよならなんて出来ないじゃないか」
真っ赤になっている顔を見られたくなくて、魔理沙は帽子を目深く被りなおした。
「そりゃあずるいわよ。これでも魔理沙よりずっと長く生きてる妖怪なんだから」
美鈴は、魔理沙の帽子をひょいと取ると、少しだけ笑って魔理沙の頭を撫でた。
「ぐっ……子ども扱いするなって」
「あら?私達から見れば魔理沙や咲夜さんだって娘みたいなものよ」
――まあ、絶対に咲夜さんにはいえないけどね――
悪戯っぽい表情でそう締め括った美鈴を見て、魔理沙は小さく溜息を吐いた。
「つーかどちらかというと孫の孫くらいの代だぜ」
「――ってありがたいお話を聞かせてもらった相手にそんなことをいうのはこの口かー!!」
「い、いひゃひゃ!?」
2人でじゃれあいながら魔理沙は想う。
きっと今回の騒動も、この門番にとってはよくある子供の痴話喧嘩なのだろう。
「こんなネゴシェイターは反則だぜ」
日ごろ瞬殺していた門番が初めて見せる年長者らしい姿。
なんだか咲夜まで子供に見えてきそうなその姿に、魔理沙は不思議と心地良い敗北感を感じた。
「あ~……美鈴。ちょっとフランドールのところに行って来るわ。……謝んなきゃな、色々と」
「魔理沙がそうしたければ、きっとそれは魔理沙にとって最善のことよ」
「……なんか美鈴に励まされると調子狂うぜ……ありがとうな」
「まったく。本当に鈍感なんだから、あの天然ジゴロさんは」
魔理沙があんな風に悩んでいたとは思っていなかった。
一体何処をどうすれば自分が嫌われてる、だなんて思えるのだろう。
あれだけ周りから愛されているというのに。
「本当に……鈍感ね。その癖、自覚が無いなんて、性質が悪いな」
あんな姿を見せられたら、もう少しだけ素直になってあげようとか思ってしまうではないか。
「しかもこんな時はしっかり名前で呼んでくるなんて……」
美鈴は苦笑しながら飛び立った。帰ろう。そしてさしあたっては――
「今度会った時、のんびりお茶をする算段でもして見ますか」
たまには弾幕勝負するだけでなく、そんな時間を過ごすのもいい。
今宵は、やけに星が綺麗に感じた。
そして、主演2人は再開を果たす。
「フラン!よかったぜ。ここにいたのか」
フランドールの耳に明るさを取り戻した魔理沙の声が届いた。もう彼女の表情に暗さは無い。
「魔理沙?」
(そっか……魔理沙、私を探してくれてたんだ)
フランドールがそれを知った時、彼女の胸中を占めた思いは歓喜ではなく――惨めさだった。
自分より傷ついた筈の魔理沙が、自分を心配して探しに来ている。
(ずっと長生きしてる私がしっかりしなくちゃいけなかったのに……)
或いは咲夜が魔理沙の笑顔を取り戻したのだろうか?美鈴?小悪魔?レミリア?或いは……パチュリー?
(……っっ!?)
恐らく、現在もっとも魔理沙に近い人物の1人を思い浮かべ、フランドールの心は軋みを上げた。
冒頭の小悪魔の推察は間違ってはいない。しかし成長することによって生まれたのはそれだけではない。
人は成長するにつれ、他者と自己の比較によって自己を分析する能力を身に着けていく。
だがそれは取りも直さず彼女の中に、周囲の『大人』へのコンプレックスを生み出すことになった。
彼女にとっての不幸は、周囲の大人が優秀すぎたということもあるのかもしれない。
ぎしり
心が軋みを上げ、胸の奥から何かが這いずり出てくる。
本能とも、狂気とも別物の――破壊の根源。そうだ。フランドールが能力を制御できないのは当たり前だ。
前提が間違っていた。『この力』にとってフランドールなど、自分を収める唯の器だ。
心が、食い尽くされる。そうだ、忘れていた。自分が生れ落ちた瞬間、これを無理矢理押し込めるため、『狂気』を纏ったのだった。
そして儚き抵抗は今潰えた。
破壊そのものである能力が、フランドールを侵食していく。
『狂気』という鎧で無理矢理固めていた心は、鎧無しではあまりに脆弱だった。
抵抗できない。蝕まれる。喰い尽くされる。飲み込まれる。融け込んでいく。
(魔……理沙)
意識の全てが飲み込まれる瞬間、フランドールが読んだ名前。
それはレミリアでも、咲夜でもなく、ようやく自覚したばかりの想い人の名前だった。
くすり
目の前の少女が笑った。それだけだというのに、魔理沙の脳内を数え切れないほどの危険信号が過ぎる。
(フラン、だよな?)
それでも魔理沙はそれを捻じ伏せ、フランドールに話しかけた。
「フ、フラン?」
返礼は、眼前の空間を埋め尽くす弾幕。そして美しい声が彩る醜悪な哄笑。
(おいおい、まさか……)
そこから魔理沙は結論を出す。というか目の前に迫る、無数の弾幕。
否これは弾幕ではない。本来のルール、回避できなくてはいけない、という大前提を無視した純然たる『攻撃』。
(思い切り暴走させてやがる!?)
だがその思考が決定的な回避の遅れを生み出した。今から避けるのは間に合わない。
「まさか能力自体が半ば自我を持っていたとはねぇ」
弾幕が直撃する―――瞬間、魔理沙のよく知る声が、彼女をスキマへと引きずり込んだ。
「ゆ、紫!?」
「らしくないわねぇ。あの程度の直線的な攻撃、軽くかわせるでしょうに」
「わ、わりぃ――ってそんなことより何しに来たんだよ!」
「勿論幻想郷を救いに、よ。それとも友人を助けるため、の方がいいのかしら?」
「私に聞かれても困るぜ」
スキマ妖怪 八雲紫
どちらも立派な理由の筈なのに彼女が言うと酷く胡散臭かった。
「フランはどうなってんだ!!お前のことだからわかってるんだろ!」
「ええ、大体はね。あれはあなたが思っている様な単純な暴走ではないわ」
今にも掴みかからんばかりの魔理沙を落ち着かせ、紫は訥々と語りだす。
「あの娘の心は地下室にいたころに比べて本当に良く育ったわ。自分でさえも追いつけないほどに、ね」
あまりに急激に育った心にフランドールは完全に振り回されている。
「あの狂った状態もそれはそれで『狂っている』という形で安定していたのよ。
故に精神が豊かになった所為で、同時に不安定になる部分も現れた。
今のあの娘は自我があまりにも強力な能力に侵食されそうになっているのね。
もっともまさか能力自体が寧ろ本体だった、なんて事は予想外でしたけど」
可哀想に。まるでそう思っていなさそうな口調で呟いた。
「ある意味ではあの狂っていた頃より危険とも言えるわ。それこそ幻想郷を脅かすほどに」
「な、なんだよ、そりゃ!!幻想郷がやばいとか、能力が本体とか訳判らないぞ!?」
呆然とする魔理沙を無視して紫は続ける。
「ふふふ、貴女ほど聡明な人間なのだから理解できているのしょう?理解できない振りをして現実から眼を逸らすのはお止めなさいな」
ああ、そうだ。霧雨魔理沙はとうに理解している。フランドール・スカーレットの狂気とは云わば封印。
能力とは呼べないような異様な能力の拘束に、精神を持たせるための鎧。
それが今崩れ去った。
故に彼女は告げてるのだ。
フランドール・スカーレットは排除する、と。
漫画版スクライドの蟹座で美形なジグマールのアルター、ギャランドゥですね! よくわかります! 秋田書店(C)
そしてお姉さんなめーりんにめーりん!めーりん!(AA略
>>能力が本体
ええ、ラストで魚乗っけたパンを丸呑みしてたアイツですね
とりあえずギャグから一気にシリアス化させる程度の能力を所持してる作者は凄いな
30年どうした?